[ATARU]マドカ「ねぇ……」(64)


マドカ「私……」

近くのビルの一室から教会を見下ろしていた。
あの教会にはシスター・アリーニがいる。
でも会いには行かない。
……行けない。

マドカ「……Sinful adults must be punished.」

マドカ「罪深き大人達は罰せられなければならない……」

その信条の元、今まで私はやってきた。
アメリカでは私のやり方に賛同していた人も少なからずいた。

――まあ、自ら動こうともせずただ見ているだけの連中などどうでも良かったが。

視線をパソコンに移し、椅子に座りキーボードを叩き始める。
昔作った魔方陣……コンピューターウイルス、ウィザードだ。

*注意:ATARUの映画を見た、もしくはその小説を見た人でないとわからない。
事件の概要さえ書いてない。
映画・小説ごちゃ混ぜのマドカ目線。
台詞、場面等が少し違う所もあるかと思われ。

変な注釈して申し訳ない。続きを投下。


――十五年前、あの時はアタルがいつも隣にいた。
無邪気な笑顔、興味津々でパソコンを覗き込む顔。

そんな顔をもっと見たくてアタルが夢中になって凝視していた映像、
パソコンで中継されていたラスベガスにあるベラージオ・ホテル前の噴水のプログラムをこのウィザードで弄った。

マドカ『マドカがもっときれいにしてあげる』

そう言ってエンターキーを押すと噴水が一際大きく、更に派手に展開された。

それを見たアタルはとても嬉しそうで、楽しそうな様子だった。
そんなアタルを見て、私も嬉しかった。


――忘れもしない、ルート66のキングマン。初めて私とアタルで解決した事件。
二人背中合わせにいつものように座り、二人で推理した。
周りには警官がいて、その推理の元、無事に事件は解決した。

マドカ「あの頃は本当に楽しかった」

昔を思い出し、顔が綻ぶ。沢山の事件をアタルと解決した。
いつも一緒にいた。二人で本を読みあった。背中合わせで。
横に行って覗くと居心地が悪いようですぐにそっぽを向かれてしまう。

でも近くにいたい。体温を感じていたい。背中合わせならアタルは逃げなかった。

だからいつも背中合わせ。



マドカ「……アタルに裏切られるとは思わなかった」

今度は顔が歪み、苦い思いが胸を占めた。

SPBを離れた後、私は人を殺した犯罪者達を次々と死に追いやった。
SPBにいて学んだ。汚い大人なんて、犯罪者なんて全て死ぬべきだ。

沢山の犯罪者を葬ったが私は捕まらなかった。
当たり前だ。馬鹿な大人達に簡単に捕まるような間抜けじゃない。

だけど五年前、私は逮捕された。私を捕まえる協力をしたのは……

――アタルだった。

何故?という思いと憎悪と、きっと周りの大人達に騙されたのだという思いでぐちゃぐちゃだった。

そして私は独房でその時に犯した罪の分だけ歯を折った。今はほぼ全ての歯が銀歯だ。
これは私の象徴……。


……アタル……今でも悪い大人にいいように使われているんだね。
可哀想に。

でもね、貴方も悪いのよ? そんな大人達の言うことを聞いて私を裏切ったりするから。

――そろそろ動く時間だ。

マドカ「……アタル、貴方だって犯罪者になれる」

ねぇ、貴方は私と一緒に来てくれる?こんな私と……。
貴方を復讐の道具として使った私と……。

指は軽快にキーボードを鳴らしている。
そして一拍を置き、エンターキーを打った。


.


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

―――
――



マドカ「ここがアタルのお家……」

アタルの実家の前に来ていた。きっともうすぐ出てくる。

暫くすると予想通り、アタルのパパとママが慌てて家から飛び出した。
ラリーを監視していた甲斐があった。
馬鹿な大人が馬鹿な事を言ったお蔭でちょっとした道具を手に入れられる。
アタルの為の道具。

私はわざとアタルのママにぶつかった。

ゆり子「あ、すみません」

アタルのママが持っていたタッパーが道路に転がる。
それを拾うふりをしてラップにくるまれたそれを散らばせた。

ゆり子「ああ、すみません」


二人は散らばったおにぎりを拾い始めた。
同じように拾う仕草をしながらその内の一つを気付かれないようそっと奪った。

誠「どうぞ、もう行ってください」

アタルのパパが私に気を使い、行くように促してくれた。
優しいパパとママ。
アタルが羨ましい。こんなおにぎりなんて私に作ってくれる人はいない。

だけどあの人達も一度はアタルを捨てた。

マドカ「……大人は汚い」

今は元の家族に戻ったと聞いた。
……だからと言って捨てた事実は変わらない。

マドカ「大人は汚い」

そう言い聞かせるように吐き捨てた。


.


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―――
――



高輪奈署の留置所、ここにアタルがいる。
頭の悪い人達……ちょっと罠を仕掛けただけで簡単にアタルに疑いの目を向けこんな所に閉じ込めた。

監視員にソード型スタンガンを押し付け気絶させる。
そして目の前にあるパソコンにウィザードを展開させた。
これで監視モニターに私は映らない。
映るのはアタルだけ。


カツン……カツン……

独房に私の足音だけが響く。

アタル「おにぎりくださーい」

奥からアタルの声が聞こえた。
……懐かしい声。

おもむろにスタンガンを取りだし、鉄格子に当て電流を流す。
今度はカンカンカンという金属音とバチバチという火花を散らす音が響く。

鉄格子の前に立ち、アタルを見据える。

アタル「マドカちゃん」

アタルにそう呼ばれるのは何年ぶりだろう。

五年前、アタルは私が捕まった後、移送される時にしか来なかった。
あの時……何かを私に渡そうとしてくれた……。なんだったっけ?


――まあいい。
今はアタルが鉄格子の中。笑いが込み上げてくる。

マドカ「ふふふ……まるで五年前の私みたい」

アタル「マドカちゃん、おにぎりください」

……目の前に自分を嵌めた人間がいるというのに、なんら態度が変わらない。

――アタルらしい。
そうだ、アタルに聞きたい事があった。

マドカ「……どうしてあの時、私を刑務所にぶち込む手伝いをしたの?」

アタルは答えない。目を逸らし、そわそわとしている。

マドカ「まさかアタルに裏切られるとは思わなかった」

アタルが協力しなければ私は捕まらなかっただろう。

アタル「マドカちゃん、殺されるって……」


……そう脅したのか。アタルが捕まえなければ私が殺される、と。

マドカ「……私が間抜けな大人達に殺されると思う?」

馬鹿馬鹿しい。少し苛立った。アタルは私がそんなに簡単に殺られると思ったのだろうか。

アタル「マドカちゃん、死なない」

マドカ「……そうよ、大人達はみんな汚いわ。騙されちゃダメ」

そう、今度は優しく諭すように彼に言った。
ふと、アリーニの顔が浮かぶ。
彼女は……彼女だけは汚い大人じゃ……きっとない。

アタルは私の言葉を聞き、納得したのかこくりと頷いた。


マドカ「それよりどう? 檻の中に閉じ込められた気分は」

アリーニの顔を忘れるように次の質問をした。
するとアタルはゆっくりと私を指差し、

アタル「待ってた」

と、意外な事を言い出した。
待ってた? 何を? 誰を?

…………私を?

マドカ「私がここに来るって思ってたの?」

アタル「うん」

マドカ「自分からは会いに来なかったくせに……」

非難めいた言葉を発すると、アタルはおたおたと慌てているように見えた。
その様子が少しおかしくなり、微笑みながらあるものを取り出した。


マドカ「はい、ママのおにぎり。これを届けに来たのよ」

盗っておいたおにぎりだ。
それを取ろうとアタルが手を伸ばす。
その手を勢いよく掴んだ。

アタルの体がびくりと震え、必死で掴んだ手から逃れようとしている。

アタルは人に触れられる事を嫌がる。
手を引き剥がすと後ろを向いてしまった。

マドカ「アタルは変わらないね。……私の事が怖い?」

アタル「……ううん」

怯えたように背を向けたまま答えてきた。
……嘘ばっかり。


マドカ「はい、おにぎり」

もう一度、おにぎりを差し出す。
今度は恐る恐る、指でおにぎりを摘まんでさっと取っていくと、また、私に背を向けた。

マドカ「……アタルは……私の事……」

そこから先の言葉が出てこない。

アタル「食べて、おいしいよ」

ぬっと鉄格子の間から半分にされたおにぎりが差し出された。

アタル「一緒に食べよ?」

そう促されゆっくりとおにぎりを手にし、鉄格子を背に座った。
アタルもそれを見て私の後ろの鉄格子を背に座り、おにぎりを頬張り始めた。


私も一口、おにぎりを口にした。
ご飯のほのかな甘い味と塩のしょっぱさ、海苔の風味が口に広がる。
そして……アタルのママの愛情が感じられた。

マドカ「……おいしいね、アタルのママのおにぎり」

アタル「うん」

嬉しそうに答えたアタルの声を聞いて少し苛立った。

マドカ「アタルはいいね……私の欲しいもの全部持ってる」

私には両親がいない。教会に置き去りにされた捨て子だ。
養護施設では勝手に付けられた男のような名前でいじめを受けた。

唯一、アリーニが優しくしてくれた。
男の名前でいじめられるのならばとマドカという女の子の名前もくれた。


――だけど引き裂かれた。

事故に遭って今のような能力が表れ、どこからかそれを聞き付けたSPBの連中が私とアリーニを引き裂いた。

アリーニは止めてくれたが、養護施設には子供が沢山いる。
引き取る者がいるなら是非もないのが施設側の心情だろう。

別れ際にアリーニは人形を渡そうとしてきた。
私が教会に置き去りにされた時に持っていた人形だ。

私はそれが嫌いだった。これに限らずぬいぐるみ全てが嫌いだった。
例に漏れずアタルのネズミのぬいぐるみも嫌いだった。
置き去りにされた、あの日の嫌な気持ちを思い出すからだ。

――首を降り、それを拒絶するとSPBの連中が私を連れて行った。

そうして引き取られた先でアタルと出会った。
アリーニと引き離され、沈んだ気持ちもアタルのお蔭で回復しつつあった。

アタルといると楽しい、嬉しい、そんな気持ちでいっぱいになる。
――なのに……また私は奪われる。



アタル「一緒だよ」

不意にアタルが声を掛けてきた。

マドカ「一緒? 何が?」

今度は酷く苛立った。
何が一緒なの?
私と貴方とでは全てが違う。
貴方は恵まれている。それに比べて私は……。

マドカ「だったら一緒に行こう」

そう、ここから連れ出す為に来たんだ。
計画を遂行する。きっと馬鹿な大人は騙される。
ざまぁみろ。

私は立ち上がり、独房の鍵を開けた。
アタルはそれを見て勝手に扉を開けて出てくる。
監視カメラにはアタルが一人で外へ出る様子しか映っていない。


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アタルはふらふらしながらも私に付いてきた。
送電線が張り巡らされた鉄塔が見える場所へ辿り着く。

アタル「きれいきれい」

夜景を見て少し興奮しているみたいだ。

マドカ「もっときれいにしてあげる」

いつかアタルに言った言葉。
どこからかバラバラとヘリコプターの音がする。
時間通りだな、と思い行く先を見つめた。
回りの灯り、障害灯までが消え、辺りは真っ暗になった。


ヘリはそのまま送電線に接触しバチバチと音を立て、爆発。
それはまるで花火のように火花を散らしながら墜落していった。

アタル「ぶーん、ばちばち……ちゅどーん」

それを見ていたアタルは楽しそうに嬉しそうにしている。

アタル「きれいきれーい」

私はそんなアタルの様子を見て、微笑んだ。

これでアタルは犯罪者になった。
馬鹿な大人達は誰も見抜けないだろう。

ラリー、貴方の大事なアタルは犯罪者になったのよ。

大事なアタルを私から遠ざけて私を切り捨てた。
アタルと私を引き裂いた貴方を許さない。


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―――
――



――さあ、仕上げよ。
もう誰にも邪魔はされない。
犯罪者を閉じ込めている倉庫の分電盤に負荷を掛けるべくキーボードを叩き始める。

倉庫の真ん中には電球があり、その中にはナフサ(ガソリンの様なもの)をゼリー状にした物を入れてある。
電球に高圧電流を流せばフィラメントからナフサに火がつき、焼夷力の大きい炎が広がり炎上する。


モニターに映る犯罪者、志和吹悟(しわぶきさとる)はぐったりしてあまり動かなくなった。
放っておいても死にそうだが、やはり犯した罪と同様の形で死んでもらう。
即ち焼死。殺した子供と同じ死に方。
目には目を、歯には歯を。


キーボードを叩いているとふと、違和感を感じた。何かに邪魔をされてうまくいかない。

マドカ「……アタル?」

きっとアタルだ。誰かがアタルにパソコンを? 捕まった筈なのに。
……存外優秀な者がいたという事か。それとも……アタルをどこまでも信じる者が……。

パソコンに表示される送電表が危険を意味する赤に変わる。
だが、すぐに通常状態の緑へと変えられてしまう。

マドカ「……アタル、また邪魔をするの?」

警察の無線を傍受していると、志和吹を監禁している場所へ向かっているようだ。どうやら居場所がバレたらしい。

キーボードを叩く指を更に速める。

そうこうしている内に志和吹を閉じ込めている倉庫に刑事達がやって来ていた。
モニターに映るそれを横目で観察していると、倉庫の扉に車が突っ込んできた。
中から出てきた刑事は日本でアタルと共に捜査していた男だ。


私はそれを確認しつつ最後のキーを叩いた。
パソコンに表示されている送電表の線が真っ赤に染まる。

――アタル、間に合わなかったわね。

そうほくそ笑む。
もうすぐ爆発する、そう思ったその時、送電表の線が次々に緑に変わっていく。

マドカ「――っ!」

倉庫を映し出しているモニターを見遣る。
分電盤はショートし燃え上がっているが、電球は消えてしまっていた。
刑事達が志和吹を救出している。

……今一歩というところで止められた。

マドカ「……さすがね、アタル……」

不思議と笑いが込み上げてきた。


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―――
――



最後の仕上げに失敗し、何をするでもなくぼぅっとしていた。
先程からチョロチョロと排水管から漏れ出る水音が部屋にこだましている。
床は水浸しだ。


マドカ「アタル……」


ぽつりと呟くと昔の記憶が甦ってきた。




SPBにいる頃、アタルとは部屋の中でよくかくれんぼをしていた。


アタル『もういいかーい?』

マドカ『まぁだだよ』

小さな私は棚の陰に隠れた。

マドカ『もういいよー』

そう言うとアタルがぱたぱたと私を探し始める。

アタル『どこー? ねぇねぇ、マドカちゃん。どこー?』

見つけられるかな?
どきどきわくわくしながらアタルが私を見つけるのを待った。
そして――――




アタル「マドカちゃん、みっけ」



ハッとして振り向いた。
そこには現在のアタルがいた。

マドカ「……やっと来てくれた」

銀歯を剥き出し、笑った。今度はアタルから来てくれた。

マドカ「さすがアタル。よくここが分かったわね」

古い雑居ビルの一室で私達は向かい合ったままだ。
アタルは扉の近くでふらふらと立っている。

――きっと一人じゃない。
捜査員が何人も待ち構えている筈だ。
銃を取り出し辺りを牽制する。

マドカ「また汚い大人に騙されたの?」

アタル「誰もいません」


マドカ「……え?」

アタルのその言葉に四方八方に向けていた手が止まる。

マドカ「一人で来たの……? 目的は何?」

信じられない。

アタル「マドカちゃん、助けに……」

マドカ「嘘よ」

信じられない!
アタルに銃を突き付け詰め寄った。
アタルはあたふたしながら後ろを向き、何かごそごそと鞄を漁っている。
何をしているの、と言おうとすると、アタルは白い百合の花を取り出した。

アタル「花があります」

四輪の白い百合の花。
それはアタルの家族の花。
昔アタルが教えてくれた。
……それも羨ましくて堪らなかった。

この期に及んでそんな花を見せつけてなんだというのか……。
イライラする。


そんな私の様子を知ってか知らずか一輪一輪指を指しながら昔のように教えてきた。

アタル「パパ、ママ、たすく、アタル……」

マドカ「知ってるよ。アタルの家族の花。だから何?」

本当に一体何だというのか。
イライラが募って来た頃、アタルは鞄からもう一輪の花を取り出してきた。


アタル「……アンド、マドカ」



どくんっと心臓が跳ねた。
今、なんて言ったの?

混乱して動きの止まった私にアタルは白い百合の花を渡そうと手を伸ばしてきた。

アタル「花があります」

マドカ「……」

私はアタルに銃を突き付け、アタルは私に花を差し出している。

白い百合を差し出すアタルを見て、唐突に思い出した。

五年前のあの日、アタルが私に渡そうとしたのは……この、百合の花だ。
群衆をかき分け、必死に私の元へ来てくれた。
……人混みなど好きではないだろうに。

アタルに突きつけていた銃を降ろし、そっと百合を受け取った。
なんとも言えない幸せな気持ちが胸に広がる。

一輪の花を見る私の口から自然と笑みが溢れていた。


.


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


貰った百合の花を片手に、この部屋に放置されていたベッドの上でアタルと背中合わせで座っていた。

マドカ「アタルの心臓の音が伝わってくる……懐かしい……」

とくんとくんと脈打つ振動が心地いい。

昔はこうやって、二人で一緒に勉強をした。
そう、いつも背中合わせで。背中合わせだとアタルは逃げない。
……一緒にいてくれる。

マドカ「覚えてる? 初めて一緒に捜査した時の事……」

荒野の中の一本道。ルート66のキングマン。
あの時も背中合わせだった。
あの頃を思い出し、くすりと笑った。

マドカ「……楽しかったぁ」

アタルはこくんと頷いた。
アタルも楽しかったんだ……。私と一緒にやった事。


マドカ「アタル、これからは一緒に汚い大人に罰を与えるのよ」

一緒ならもっとうまくやれる。
一緒ならきっと楽しい。
アタルはそわそわしているようだ。背中越しに伝わってくる……。

アタル「マドカちゃん、もうやめよう」

その言葉に堪らず振り向いた。

マドカ「何故? 人の命を奪った大人が、のうのうと生き長らえていくなんておかしいじゃない」

そうよ、私は間違ってない。SPBにいる頃、沢山の薄汚い人殺しを見てきた。
人を殺しておきながら捕まるだけで死なない汚い大人達。生きる価値のないものは死ぬべきだわ。

マドカ「ねぇ、アタル……私達は、史上最強の犯罪者になれる」

そう……一緒になろう……アタル……

優しく笑いかけながらあろうことかアタルの手を取ってしまった。

アタル「!!」


びくりと身体を震わせ私の手を振り払った。
それが全てを拒絶されたように感じて酷く悲しかった。

マドカ「私の事、嫌?」

思わずそう尋ねていた。

アタル「ううん」

アタルは大きくかぶりを振りそうではないと全身で示した。
ああ……そうだった。

マドカ「……そっか、触られるの苦手だもんね」

アタルは手が触れ合うのが殊(こと)の外苦手だ。知っていたのについ握ってしまった。

アタル「マドカちゃん、……一緒にいこ?」

マドカ「警察に突き出すの?」

やはり私を……。


アタル「……ううん」

するとアタルは私の胸の辺りを指差し、次に自分の胸を差した。

アタル「……心……泣いてる」

その言葉にぎくりとした。

アタル「僕が、絶対絶対……守る」

守る……私を? アタルが……守ってくれる?
――本当に?

アタル「……」

するとジリジリとアタルの手が私の手に伸びてきた。
ゆっくりゆっくりと、酷く苦しそうに。
手を触れられるのが大の苦手であるアタルが、私に自ら触れようとしてくれている。


私はそれを邪魔することなくじっと見ていた。
漸く私の手にアタルが触れた。触れただけじゃない。

手を握ってくれた。

嬉しくて嬉しくて、目に涙が溢れそうだった。
アタルの覚悟を見て、信じようと思えた。
私も手を握り返しゆっくりと頷こうとした

――その時だった。

水溜まりを踏むペチャ、という足音を響かせ招かざる客が現れたのは。

乱暴に扉が開かれ、銃を構えた男が入ってくる。そのすぐあとに女が一人。

沢「マドカ、動くな!!」

舞子「チョコザイ君!!」

男は沢俊一、女は蛯名舞子。日本でアタルと捜査を共にしていた人達。
……アタルの側にずっといた人達……。


先程までじんわりと暖かかった心に冷や水をかけられたようだった。
変わりに絶望と怒りが襲ってくる。

すぐにアタルの手を振り払い、花を投げ捨て、銃を取り出すとアタルに突き付けた。
アタルを盾に沢と睨み合う。

マドカ「騙したのね!?」

感情のままアタルに怒鳴った。

アタル「ううん!」

アタルは首を振り否定した。
この状況でそれを信じろと言うの?

沢「アレッサンドロ・カロリナ・マドカだな? 署まで同行してもらおうか」

マドカ「動くと撃つ」

舞子「やめて! チョコザイ君を離して!!」

アタルのこめかみに銃をめり込ませ、本気を見せた。


沢「……お前にチョコザイ君が撃てるのか?」

……ムカつく男だ。睨み合ったままでいると不意にアタルが口を開いた。

アタル「マドカちゃん、いいよ。バーンて」

その言葉に目を見開き、アタルを見た。

舞子「チョコザイ君! 何を言ってるの!?」

沢「そいつは凶悪な犯罪者だぞ!」

アタル「マドカちゃんは悪い子じゃない!!」

――驚いた。強い口調で沢の言葉を否定したアタルに。アタルは私を……。
銃をゆっくりと下ろし、アタルを見た。

その瞬間を逃さず沢が撃ってきた。弾は私の持っていた銃に当たり、それは床に転がった。
そして沢は私に標準を合わせる。


アタル「ダメー!! 主任! 撃たないでー!!」

アタルは両手を広げ、私を全身で庇った。驚きで私の動きが止まる。
アタルを避け、沢はまた私に銃を向け直した。

アタル「ダメー!!!」

アタルは更に私を庇う。
沢は激しく動揺した様子でアタルを見ていた。

今度は私がその隙を逃さず、素早くパソコンに手を伸ばした。
エンターキーを押すと直ぐに奥の出口へと向かう。

沢は私に再び銃を向けようとしたが、スプリンクラーから水がどしゃ降り宜しく降り注ぎそれは叶わなかった。
これは万が一の為に用意してあったプログラム。
水によって濡れたパソコンはバチバチと音を立てていた。

私はスタンガンを取りだし、電源を入れる。
それを笑いながら放り投げ、そこを後にした。


.

*今日はここまでで。
また明日ノシ


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―――
――



ある場所の手漕ぎボートに寝転がりぼんやりと空を見ていた。
すぐ近くを電車が走っていく。

マドカ「ねぇ……アリーニ……私……」

昔アリーニに言われた言葉を思い出す。


アリーニ『悪い人には神様から罰が与えられるのよ』


悪い人には罰が。

マドカ「……私……間違えたのかな……」

こんな私をアリーニには見せられない。私はアリーニには会えない……。


マドカ「きっとそう……ねぇ、アリーニ……」

本当は等の昔に分かってた
……カリカリと銀歯の擦れる音がする。
ここは時折電車が通る以外は静かだ。

マドカ「……アタル」

庇ってくれた。全身で。
守ろうとしてくれた。嘘じゃなかった。

マドカ「アタル……」

――アタルと引き離されたあの日、アタルは大事にしていたねずみのぬいぐるみを私に渡そうとしてくれた。

アタルのママがアタルに、と作ったぬいぐるみ。
肌身離さず持ち歩いていたぬいぐるみ。

私がいくら嫌いだと言っても必ず持っていた。
アタルにとってそれはとても大切な物だったのだろう。

それを私に渡そうとしてくれた。


――私はそれを拒んだ。

マドカ「アタル」

じわりと視界が滲み、胸が苦しい。
アタル、貴方の名前を呼ぶだけで私の冷えきった心がこんなにも揺らぐ。

本当は貴方の傍にいられればそれで良かったのかもしれない。
けれどもSPBで見た犯罪の数々にどうしようもない憤りが心を支配していた。

――彼等に罰を与えなければ罰を与えなければ……。

彼等は悪い人だから。


電車がまた、通り過ぎて行く。
私はゆっくり身体を起こした。

マドカ「……アタル」

貴方は今でも変わらない。あの頃のまま。純粋で心は子供のよう……。
私はそんな貴方が……。

マドカ「……」

――アタルは来てくれる。ウィサードの中に散りばめた暗号に気付いている筈。
これが最後。これで最後。だからお願い……。
いいえ……

きっと来る。

私達の思い出の地、ルート66のキングマンに。


.


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
―――
――



砂漠の道をふらふらと歩いている青年がいる。

アタルだ。

いつもと同じベージュのコートに白いパーカー。

二台のバイクがアタルの横を通り過ぎた。
それに気をとられているアタルのすぐ横にトラックを付け、スタンガンを押し付ける。

バチバチと音がしてアタルはその場に崩れ落ちた。
私はトラックから降り、まだ意識のあるアタルに話しかける。


マドカ「人間の感情は全て脳内の電気信号なのよ」

感情は電気信号……。
同じ電気なのだからこれで全て消せればいいのに。

意識が朦朧としているアタルを見遣り、バチバチとスタンガンを鳴らす。

マドカ「……そう、この電気と一緒……」

言い終わるか終わらないうちにアタルの意識は無くなったようだった。

アタルを縛り上げ、トラックに乗せて発進する。
行く先は決まっている。
思い出の場所。


.


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
―――
――


アタル「ん……」

マドカ「……目が覚めた?」

アタルは自分の状況を把握しようとしている。
私はアタルと背中合わせで縛り、アタルの手には銃を自らに向くように持たせ、テープで固定していた。

アタルは不思議そうに銃を見ていた。

マドカ「これでずっと一緒だよ……」

マドカ「死んでからも」

アタル「……」

アタルは何も答えない。


マドカ「……覚えてる? この場所」

アタル「うん」

マドカ「楽しかった。あの頃……」

アタル「今も楽しいよ」

貴方はね……。

マドカ「アタル、引き金を引いて。それで全てが終わるわ」

アタルは遣ってくれるだろうか?

マドカ「死んでも一緒だよ」

アタル「……分かった……マドカちゃん」

私が胸に銃を押し当てると同じく、アタルも胸に銃を押し付けたようだった。

ああ……アタル……一緒に遣ってくれるんだね……。


今まさに引き金を引こうとした時、再び、あの招かざる客が現れた。

舞子「チョコザイくーん!!」

沢「チョコザイ君!!」

例の二人はハネムーンに使う様な真っ赤なオープンカーで乗り付けてきた。

どこまでも邪魔を……。

慌てて車から降り、こちらへと近づいてきた。
彼等を威嚇すべく、銃を空へと撃った。

身体をびくりとさせ、二人はその場に止まった。
銃を二人へと向ける。

マドカ「動かないで」

舞子「貴女本当にチョコザイ君を殺すつもり!?」


真剣なその様子に思わず笑みが溢れる。

マドカ「アタルが死んだら貴女悲しい?」

舞子「あったり前でしょ!?」

即答か。
ふふふ……可笑しい……。
アタル……大事に想われているのね。

……私が死んだら……悲しんでくれる人はいるんだろうか……?

沢「マドカ! やめるんだ!!」

沢のその声に反応し、改めて銃を二人に突き付ける。

アタル「大丈夫」

唐突にアタルから声を掛けられた。驚いてアタルを見ると優しく諭すようにもう一度繰り返した。

アタル「大丈夫だよ、マドカちゃん」


まるで二人を近づけさせないとでも言っているようだった。
アタルを見たまま固まっていると更にアタルが続けた。

アタル「マドカちゃん、これほどいて」

毒気を抜かれた私はその言葉に逆らう気にもなれず、縄をほどいた。

アタル「マドカちゃん、一人じゃないよ……ずっと一緒だよ」

マドカ「アタル……」

私と一緒に……ずっと……。

私は持っていた銃の撃鉄を戻し、安全装置をかけた。
そしてアタルの手に固定していた銃もはずし、顔をアタルへ向けた。

マドカ「私と……ずっといてくれるの?」

するとアタルはゆっくり、ゆっくりと私に近付き私のおでこに自分のおでこをくっつけてきた。
人に触れるのが嫌いなアタルが。


アタル「アタルとマドカちゃん、ずーっと一緒だよ……」

マドカ「アタル……」

目を瞑り、おでこを擦り合わせる。長く長く……。

暫くして目を開けた。

マドカ「……ありがとう、アタル」

アタルは私を見捨てなかった。一緒に逝こうとしてくれた。
ずっと一緒にいてくれると言ってくれた。

じんわりと温かい気持ちが心を埋め尽くし、溢れ出す。

マドカ「……アタル……」



マドカ「大好き」



ありったけの笑顔でそう伝えた。
そうしてまた目を瞑る。


――カリカリと銀歯の擦れる音がする。
これは私の犯した罪の象徴。
人殺し共を葬った代償。

……相手が人殺しとはいえ、人の命だ。それを奪った私もまた、人殺しだ。

――そう、人殺しだ。

沢山、沢山殺した。
もう歯では足りないくらい。

アタル、貴方と私ではもう何もかもが違う。
私は人殺し。貴方は人を助ける人。

貴方は昔から変わらず純粋で中身はまるで子供の様。
今の私は子供じゃない。
もう……子供じゃないの。

私は呟く。


マドカ「……罪深き大人は罰せられなければならない」


つけ合っていたおでこを離し、銃を取り出した。
安全装置を解除し撃鉄を起こしながら自分のこめかみへと突きつけた。


沢「よせ!!」

舞子「やめて!!」

こんな私でも止めてくれるのか……。

わざわざアタルの為にアメリカまで来た二人。
アタルの周りには良い人ばかり。
きっとアタルが良い人だから……。ねぇ、アタル。

もう全て……全て終わりにするね……。

これで最後。

最後の裁き。

これでお仕舞い。

マドカ「Mission accmplished.」

私はそう言うと引き金を引いた――。


.




――私の身体が地に伏し、道を赤く染めていく。

アタル「……うぅー……」

――アタルはオロオロし、ほんの少し私の身体に触れた。

アタル「マドカちゃん、ずっーと、ずっーと一緒だからね」

――そう言うとアタルに着けていた銃を拾い上げこめかみへと当てた。

沢「チョコザイ君!?」

舞子「いやぁぁ!!」


アタル「――バイバイ」


――目から一筋の涙を流し、アタルは引き金を引く。
アタルの身体は私の身体に倒れ込み、手を重ねた形で収まった――。


.


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
―――
――



――とある病院に私の身体が安置された。
アタルも一緒の病院だ。

暫くするとラリー達が私に会いに来た。

ラリー「……アタルの拳銃に弾は入っていなかったんですね」

沢「ああ」

――ふふ……私がアタルを死なせる訳ないじゃない。
真剣に止めに入るあなた達は可笑しかったわ。
当のアタルは今、別の病室で眠っている。

沢「マドカは最初から一人で死ぬつもりだったんだ。全ての罪を償うために……」

舞子「最後の瞬間だけは……ひとりぼっちじゃなくて、チョコザイ君と一緒に過ごしたかったのかも……」


ラリー「……マドカと……二人っきりにしてもらえますか?」

――ラリーがそう言うと二人は部屋をあとにした。
二人きりだなんてすごく嫌。

ラリー「マドカ……」

――気持ち悪い。私の名を呼ばないで。

ラリー「すまない」

――ダメよ。許さない。

ラリー「……すまなかった……マドカ」

――泣き崩れたって許すものか。
そうやって罪悪感に苛まされればいい。
一生そうしていればいい。


そして

その気持ちを抱えたままアタルの傍にいればいい。

……私みたいにならないように見ていて。
もう二度と、こんな人間を作り出さないよう、アタルに学んで。

今の貴方に出来ないとは言わせないわ。

だからずっと許さない。ずっとだからね。
ラリー。


――外が騒がしいと思って見ると、どうやらアタルが消えたらしい。

あのねずみのぬいぐるみを置いて。

思えば私に会いに来たアタルはこのぬいぐるみを持っていなかった。
私がそれを嫌いだったから……?

アタル……。

アタルはあの二人が乗ってきた赤いオープンカーに乗ってどこかへ行ったようだ。

……行く先はきっと。


.


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
―――
――



――いた。
そこは二人の思い出の場所。そして……私が死んだ場所。

アタルは車から降り、とことこと私のいた所まで歩いていく。
私の痕跡をじっと見ると、踵を返し車へと戻った。

赤いオープンカーには溢れんばかりの白い百合の花束でいっぱいだった。

その花束を一束両手に抱え、歩き出す。
と、別の車がこちらへと向かってきた。

沢「あそこだ!」

舞子「チョコザイ君!!」

あの二人がまた現れた。


――ふふ、アタルがいる所にあなた達は現れるのね。

アタルの下へ駆け出そうとした舞子を沢が制し、見守ることにしたようだ。

その間にもアタルは二人を気にするでもなく歩き続けていた。
私の痕跡まで来ると、そこにそっと花を置いた。

また、踵を返すと百合の積まれた車へ戻る。
そして花束を抱え……。

何度も、何度も何度も繰り返した。


白百合の花……家族の花。
咲いた四輪の花。それがアタルの家族の花だった。
一輪少なくても、一輪多くてもそれは花ではないと否定した。

四輪で家族の花。


――ふふ、アタルがいる所にあなた達は現れるのね。

アタルの下へ駆け出そうとした舞子を沢が制し、見守ることにしたようだ。

その間にもアタルは二人を気にするでもなく歩き続けていた。
私の痕跡まで来ると、そこにそっと花を置いた。

また、踵を返すと百合の積まれた車へ戻る。
そして花束を抱え……。

何度も、何度も何度も繰り返した。


白百合の花……家族の花。
咲いた四輪の花。それがアタルの家族の花だった。
一輪少なくても、一輪多くてもそれは花ではないと否定した。

四輪で家族の花。

間違えた


けれど砂漠の道に並べられていく花は五輪咲かせている。


アタル『アンド、マドカ』

アタル『花があります』


あの古い雑居ビルでそう言ってくれた。
私を家族にしてくれた。
アタルの家族に……。

陽は傾き始めていた。アタルは歩みを止めない。
花は一束、また一束と道に増えていく。

いつの間にか赤黒い私の痕跡は覆いつくされ、ルート66のキングマンの道には白い百合の花束でいっぱいになった。

それはまるで花で作られた白いバージンロードの様。

ふ、とアタルは足を止め、しゃがみこんだ。
白百合をちょんっと指先で触れると、軽く顔を膝へと埋めた。


真っ白な花が道に広がっている。全てが私の為に。
私の死を悼む為に……。




アタル……

ありがとう



ねぇ……

アタル





大好き。

おしまい

映画観て、マドカをもうちょい掘り下げてほしかった。そんな気持ち。

こんな時期だし、状況から察するに見ていてくれた方がいたか怪しいが、万が一億が一いたらありがとうございましたー。

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2015年01月10日 (土) 15:10:49   ID: mupUX7m0

とても感動しました。
映画を観てマドカファンになってしまって
最近テレビで放送していたのを観て
なんとなく検索してみるとこのサイトを見つけました。
映画の最後を見るととても悲しい終わり方でしたが、
この小説の最後の「アタル、大好き。」という言葉を見て
マドカは最後は幸せだったんだなと、
何故か私が救われた気持ちになりました(笑)


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