きっと彼の青春ラブコメは間違っている (26)

出会いとは悲劇の始まりである。
リアルが充実している者たちは出会いに希望を見いだし、そしてその出会いで失ったものから目を背け手に入れた物を誇示する。
まるで自分たちの出会いが後世に語り継がれるべき素晴らしいものであるかのように取り繕う。
その姿は欺瞞に満ちあふれていて滑稽ですらある

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誰かと出会えば必ず何かを失う。
例えば、自分と合わない人間と出会ったとしよう。
その人と過ごす時間は苦にしかならないだろう。その人と過ごすためにいやでも自分の貴重な時間をどぶに捨てることになる。あと多分ストレスとかで髪も失う。
例えば自分と合う人間と出会ったとしよう。
その人と過ごす時間はきっと楽しいものになるだろう。忘れたくない大切な思い出へと変わっていく。
しかし、人生の終着点が死である以上は必ず別れは来てしまう。
それが死による別れなのか、それとも他の他愛ないすれ違いなどによる別れなのかは分からない。
それでも、大切な人との別れは辛く悲しいものである。だからきっとそのショックで色々と失うのだ。髪とか。

由比ヶ浜の誕生日パーティーが終わってから約一ヶ月。柔道部とのなんやかんやも終わり、夏休みまで残すところあと一週間だ。

もーういーくつねーるーとー!なーつーやーすーみー!ということで最近の俺はテンションが高い。どれくらい高いかと言えば、今朝小町に気持ち悪がられたくらいだ。死にたい。

俺が死にたがっていようとなかろうと、奉仕部でやることは変わらない。

俺と雪ノ下は本を読み、由比ヶ浜はケータイを弄るか雪ノ下に絡むかとどちらかだ。

変わったことと言えば今日はいつもの髪型だが、たまに由比ヶ浜が雪ノ下の髪をセットするようになったことくらいか。

仲が良いですねお二人とも。残された俺は二人が仲良くなればなるほど孤独感が増していく。まあ元からメーター振り切ってるからたいして気になるわけでもないが。

それにしても、孤独感なんてのは慣れてしまったからいいが、この暑さは看過できん。さっきからシャツが張り付いて不快だ。

八幡「……なあ雪ノ下、今日もどうせ依頼人は来ないだろうし、もうお開きにしないか」

雪乃「なにを言っているかしら比企谷君。例え誰も来なかったとしてもそれが帰っていい理由にはなるわけではないのだけれど。誰がいつ来ても万全の態勢で受け入れられるようにしなければならないのよ」

八幡「いやでもほら……ああそうだ、今日俺友達んちに行く予定なんだわ」

雪乃「あなたのような不審者を家に入れる人間がいるわけないでしょう。嘘を吐くならせめてもう少し現実味のあるものにしなさい」

八幡「おい。俺を不法侵入者みたいに言うのはやめろ。小学校の時、誕生日パーティーで俺を家に入れた藤宮が、俺のことを終始不審者みたいに見てたこと思い出すだろうが」

結衣「うわあ……」

今までケータイを弄っていた由比ヶ浜がこれでもかというほどに同情的な視線を向けてくる。その目やめろ。

しかし、なんであんな目で見られていたんだろうか……クラスメイトの、しかも女子の家に上がったのはあれが初めてだったが、そんなに気持ち悪い反応してたか?……いや深く思い出すのはやめておこう。

八幡「同情的な視線を向けるな。もしかしたら藤宮が俺のことを無駄に意識しすぎてただけかもしれんだろうが」

雪乃「そうね、確かに家の中にここまで目が腐った男がいたら意識してしまうわね。藤宮さんとやらもさぞ大変だったことでしょう」

結衣「可哀想……」

さっきの視線より当社比八割増しの同情が向けられる。しかも今度はおそらく藤宮に向けて。

ま、まあ確かに、俺は同情されるほど別に辛くなんてなかったからな。あの時目からこぼれたのはただの汗だからな。

今もまたこぼれ落ちそうになる汗を必死に食い止めながら俺は話を元の話題に戻していく。

八幡「まあほらアレだ、つまりそういうわけだから。帰っていいよな」

雪乃「なにをもって許可を得たと勘違いしているのかしらこの男は……」

雪ノ下は深いため息を吐く。すると、まるで俺をフォローするかのように由比ヶ浜が言う。

八幡「で、でもさ!ヒッキーなんでそんなに帰りたがってるの?もしかして本当に用事があるとか?」

由比ヶ浜は雪ノ下と違い、俺の目を見てまっすぐに聞いてくる。そのせいで次に考えていた嘘が飛んでしまった。

っていうかそんな綺麗な目で俺を見るのやめてくれません?思わず浄化されそうになっちまうだろうが。

八幡「いや……今日暑いだろ。俺暑いのは苦手なんだよ。本がくしゃってなっちゃうし、なんか気分暗くなるし」

結衣「えー、暑いとテンション上がらない?こう、夏だー!って感じで」

八幡「おれがそんなテンションの上げ方したら末期だろ……」

結衣「確かに……」

一瞬で納得されてしまった。自分で言っておいてなんだが、もうちょい間とか欲しかったな……。

しかし本当に暑い。旧校舎は日陰にあるおかげで幾分か涼しく感じていたが、さすがに限界も近い。っていうか超えてる。

あとはもうこの教室にもエアコンを入れてもらうか、見惚れるような美しさで本を読んでいる氷の女王が氷雪系魔法に目覚めてくれるかしかない。

いっそ依頼人でも来てくれりゃ、気が紛れるかもしれないんだがな……。

そんな風に働かないことを胸に決めている俺が、奇跡的にも仕事が来ることを望んだからだろうか。

ノックの音もなしに扉が開かれた。

平塚「邪魔するぞ」

雪乃「ですから平塚先生、ノックを」

平塚「ん?はっはっは、すまんすまん」

全く悪びれた様子もなく適当な謝罪を口にしながら入ってきたのは、まあ想像通り平塚先生だった。

雪ノ下は再三ノックについての注意をしているがきっとこの人にとってはノックとは、ノックアウトのノックという意味でしかないのだろう。

つまり、本当にこの人がノックをした日にはきっと近くに誰かの動かなくなった体が倒れているはずだ。多分俺だが。

雪乃「……ご用件は?」

平塚「ん、実はな……」

そう言って平塚先生が教室の中に二歩ほど踏み込んでくる。先生の立ち位置が変わったことでその後ろにいた二人目の人物が目に入ってきた。

大きめの眼鏡に目を隠すように伸ばされた前髪。視線は下を向いており、鞄を抱きしめるようにしている姿からは警戒心と恐怖心が感じ取れる。見たことのない男子だった。

それは由比ヶ浜も同じだったらしく小さく首を傾げている。が、雪ノ下は違ったらしい。

雪乃「……江ノ島君?」

江ノ島と呼ばれた男はその声を聞いて初めて顔を上げた。その視線はまず声の発生源の雪ノ下を、それから俺と由比ヶ浜を捉えた。

結衣「ゆきのんの知り合い?」

雪乃「クラスメイトよ」

端的にそう答えると、読んでいた本にしおりを挟んで机の上に置いた。

雪乃「彼が今回の依頼人でしょうか?」

平塚「いや、それは少し違う」

そういって、扉の前で俺たちの姿を認識したまま固まっていた江ノ島とやらを先生が優しく教室内へ招き入れる。

平塚「雪ノ下は知っているようだが、改めて紹介する。彼の名前は江ノ島渡。この奉仕部の……四人目の部員だ」

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