過去に書いた厨二小説晒す (67)

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・プロローグ

どこかで誰かの泣き声が聞こえた。
幼い私が声を上げて泣いている。

「泣かないで」

見てられなくて、幼い私にそう言って抱きしめてあげたいのに、身体が動かない。

「泣かないで」

別の声が聞こえた。
長い長い髪の女の子。今まで泣いていた、幼い私はその声でピタリ、と動きを止めた。

「泣かないで」

もう一度、静かに女の子は言った。手を差し出される。真っ白な手。
幼い私はおずおずと手を重ねた。女の子は重なった手をぎゅっとにぎりしめ、優しく微笑った。

・第1章

夢を見た。とても、とてもなつかしい気がする夢。
正直、どんな夢だったのかは覚えてないのだけれど。

「はやせっ!」
「おはよう」

名前を呼ばれ振り向くと、そこには友人の菅原さくらの姿。
だきついてくるさくらを軽くあしらい、学校への道を足早に歩く。

「あーもう、はやせつめたーい」
「はいはい」

頬をふくらませるさくらに「ごめんごめん」と笑う。
それでもすねて立ち止まるさくらを引っぱろうと手をのばすとふいに誰かの視線を感じ後ろを振り向いた。
髪の長い女生徒と目が合う。
なんてきれいな目をしているんだろう。蒼い青い、すいこまれそうな瞳。私も向こうも目をそらさない。いや、そらせない。
彼女の口許が小さくほころんだ。ぞっとした。美しいのに、どこまでもどこまでも冷たい笑み。

「はやせ?どうしたの?」

後ろを向いたまま動かない私に、さくらが不機げんそうに問うてくる。
それでも私は動けなかった。頭の中に次々と浮かんでくる記憶の残像。

もしかして、もしかして……。

突然目がそらされる。
私は考える間もなく一歩足をふみ出し呼び止めようと声を発した。

「あの……!」

聞こえてないはずはない。
けれど、その人はふり無垢ことはなくあっという間に通学の雑踏の中へと消えていった。

「はやせ?」

さくらがひょいっと顔を出し私の視線の先を見て首をかしげる。

「ごめん」

私は謝るともう一度だけ彼女の消えた方向を見て歩き出した。

「行こ、遅刻しちゃうよ」

だって、そんなはずない。

「あ、ちょっとはやせ、待ってよお!」

チョークが黒板に字を連ねる音。先生の声、生徒の私語。
昼休みが終わった後の教室は汗くさい。時計の進む音が心なしかいつもよりおそい。
頬づえをつき、外を眺める。どこかのクラスの体育の授業を見るのにも飽きて、すずしい風の入ってくる窓ぎわの後ろの席で私は顔を伏せた。

「……あの人」

そして今朝見たあの女生徒のことを思い出す。
そんなはずない、と思いながらも、もしかして、と思ってしまう。
彼女はあの日、私の前から消えてしまったあの子なんじゃないか、と。

『はやせちゃん、遊ぼう』

いつも独りだった私に唯、独り、声をかけてくれたのはあの子だった。
確か同い年か1つか2つ上だった気がする。私もあの子も、普段は独りだった。だから私たちはそれをうめるかのように常に一緒にいた。

そう、あの日までは。

『ねえ、知ってる?あの子、変なチカラ、持ってるんだって』
『近付いちゃダメよ、あんな化けモノみたいな子!』

いつのまにか、インフルエンザみたいに広がっていたうわさ。

『はやせ、あなた、あの子と仲良しなんですって?あんな子とはさっさと縁をきっちゃいなさい!』

気味わるがられるあの子。
私もいつのまにか離れて行った。

『はやせちゃん』

優しい笑顔で近付いてくるあの子が子どもを喰らう化けモノに見えて、私は怖くて逃げた。
その時、彼女がどれだけ傷ついた顔をしていたかは、今でも覚えている。きっと顔に出さないよう努力していたのだろうけれど、彼女は一瞬、泣きそうな表情になった。
それでも私は彼女から離れた。
彼女はある日この町から姿を消した。
それから小学校、中学校と友達にもめぐまれ、いつのまにか彼女の存在を忘れるようになった。
けれど今日、あの人を見たとき、何故か彼女のことを思い出した。それだけあの人の瞳が彼女に似ていた。

一体あの人は……。

チャイムが鳴った。先生が出て行く。それと同時に私も席を立った。

「あれ、はやせ、もう帰るの?」
「うん、ちょっと行きたいとこあって」

さくらがかけよってくる。
私は手を振ると教室を出た。

「行きたいとこー?」

さくらの声が追いかけてきた。

「行きたいとこ、神厳山(しんごんざん)!」

『神厳山』

それは神のすまわっているとされる神聖な山。そこには“おばあちゃん”が住んでいる。
本当のおばあちゃんではない。昔、幼い頃あの子と一緒に迷い込んだ時出会ったその山に住んでいる人だ。
しばらく会っていなかったけれど、あの子が姿を消してからも私は度々訪れていたので多分分かってくれるだろう。
突然行こうと思い立ったのは、もちろんあの子のことを聞くためだ。あの子はおばあちゃんのことを本当のおばあちゃんのようにしたっていた。
そういえばおばあちゃんは、あの子が消えてから私が一人で行っても何も言わなかった。
何か知っているのかもしれないし、それにあれからも彼女はおばあちゃんのところに来ているかも知れない。
それはなんとなく確信に近かった。私のかんはよく当たる。今日おばあちゃんのところへ行けば何か聞けるんじゃないかと思った。

「……やっぱり、入っちゃっていいのかな……」

神厳山は、『神の山』とあって入りにくい雰囲気がただよっている。
実さいに、親に「入っちゃダメ」と注意されていた。けど、あの日は確か、山からおりてきて迷子になっていた子だぬきを戻そうと入ったのだ。
(それでけっきょく自分たちが迷子になったのだけど)
私はしばらく考え込み、それから以前おばあちゃんに教えてもらった比較的登りやすい道から登りはじめた。
どうせ今まで何度も登ってるんだ。今さら迷っていたって仕方がない。
制服のままなので、スカートだから登りにくい。それから日ごろの運動不足も加わり、五分もしたらもうぜいぜいと息を切らしていた。

「あっれー、おかしいな、この辺りのハズなんだけど……」

それからまた数分、道がわからなくなり私は近くの切り株にへなへなと腰を下ろした。
最後に来たのはいつだっただろう。確かこの時季<時期の間違い>、中学校に入学した直後だからちょうど三年くらい前か。
いくらおばあちゃんでも、もう全然会っていないんだ。だんだん覚えてくれていないんじゃないかと不安になってくる。

「帰ろうかな」

そう思って立ち上がった時、生いしげる草に足をすべらせ派手にころんだ。
結こうな急斜面なので、そのままズルズルと滑り落ちて行く。

「……あ、わ……!」

とっさに何かにつかまろうと手を伸ばすと、何か温かいものに触れた。
こちらが握る前に手を握られ、すごい力で引っ張られる。

「わわ……!」

そして何とか、安全な場所へ立つことができた。
助かった、と一人座り込み大きく息をついていると、上から声がした。

「こんな所で何をしている」
「え、あ、あの……」

顔を上げると、多分年上(大学生くらいだろうか)の男の人が私を冷たい瞳で見下ろしていた。

「ここは普通の人間は立ち入れないはずだ。何故ここにいる」
「あの、ただ私は、おばあちゃんに会いに……」
「おばあちゃん?」
「はい、ずっとここに住んでるおばあちゃんがいるんです」

男の人は、私の言葉に少なからず驚いたようだった。切れ長の鋭い瞳が大きく見開かれている。
まあそれもそうだろう。誰もこんなところに人が(しかも老人が)住んでいるなんて思わない。ましてやここは『神の山』だ。
私もはじめて見た時は仙人(仙女?)かと思った。
突然、また男の人が私の肩をつかんで身体を引っ張り上げた。そしてゆさぶられる。

「まさか、お前も契約者なのか!?いや、お前が……!証はどこだっ!」
「な、何言ってんですか……!契約って何……!?」
「とぼけるなっ!あいつと、あいつと契約したんだろう!?」
「だから私は何にも……!」
「そう、その子は何も知らない」

凛とした声。長い髪。そしてあの吸い込まれそうな蒼く暗い瞳。

「あなたは……!」

今朝見た、あの人だ。その人は一瞬だけ視線をこちらに向け、そしてすぐに未だ肩をつかんでいる男の人に戻した。

「アンタ……能力者か」
「ええ、あなたと同じ、ね」

“能力者”
この人たちは何を言っているんだろう。冗談だとは思えないくらい、二人とも真剣な瞳だ。

「見たところ、証はないな。……、まだ誰とも契約してないのか」
「あなたに関係ないわ」
「ああ、そうだな。俺には関係ない」
「その子、離してくれない?大事な契約者なんだから」
「けど、まだしてないんだろう?契約はお互いの承認が必要だ」

二人はにらみ合ったまま言葉を交わしている。
私は動けず、その会話を聞いているしかない。けれど、男の人の手が離れ、すぐにでも逃げれる体勢になった。
とりあえずこのおかしな二人は危険だ。それだけはわかる。

「その子は契約するわ、私と」

少女の口角が上がった。今朝の、ぞっとするような笑み。背筋が凍るとはまさにこのことだ。
男の人もわずかながらひるんだようだ。

「……大した自信だな。まあいい。こいつ、まだ唯の人間なんだろ?さっさとこいつ連れて山を下りな。能力者でもない人間が山をうろついてるなんて知れたら俺のクビがとぶ」
「ええ、そうさせてもらうわ。それにここであばれちゃったらおこられるものね。おばあちゃんにも会いにいかなきゃ」
「……お前、何故それを……」

また再び怒りがわいてきたような男の人が飛びかかる前に、少女は身をひるがえした。

「行きましょ」

それが私に対しての言葉だと悟るのに数秒かかった。私はもう先に行っている彼女を見て、まだにらみつけている男の人にペコリ、と頭を下げるとあわてて追いかけた。

「ねえ、あなた、名前は?」

ほどなく追いつき礼を言おうと口を開きかけると、また先をこされた。
私は開きかけた口を一度閉じると、今度は名乗るため口を開いた。

「光陵高校1年、夏……」
「高校名はいいわ。制服見たらわかるんだし」

そう言われて私は、そういえばそうだ、と思い出した。
それに今朝会ったんだっけ。彼女も同じ制服ってことは、先輩だろうか。

「あ……そうですよね」

あはは、と笑うと、今度こそ名乗る。

「夏風はやせ、です」
「夏風、はやせ」

彼女は私の名前を繰り返すと立ち止まり、くるり、と振り返った。
あの蒼い瞳が真っすぐに私を射ぬく。

「ねえ」

何てつやっぽい声だろう。
そっと手を取られる。
彼女は私をいたずらっぽい目で見つめたまま、ささやくように言った。

「私と、契約しない?」

「契約……って……」
「心配しなくていいわ、大したことはしなくていいの、唯私に……」

「しーちゃん」

もう少しで彼女のペースに飲み込まれようとした時、別の声が彼女の声をさえぎった。
このしゃがれ声……。どこかで聞いたことがある。声をした方を見るとやっぱりおばあちゃんが立っていた。

「おばあちゃん!」
「あらあら、はやせちゃん?」

おばあちゃんの細い目が微かに見開かれる。

「久しぶりねえ……。今、いくつなの?もうずいぶんと会ってない気がするんだけど……」
「おばあちゃん、この子と知り合い?」

私が答えようとする前に彼女が不機げんそうにたずねた。
あれ……?それじゃあ、やっぱりこの人は、あの子じゃない……?

「そうねえ、だいぶ前から会ってたかしらねえ……。そうだわ、丁度お客様が来るような気がしてお茶の準備を余分にしてたのよ。はやせちゃんも久しぶりに家に来ない?」
「え、あ、はい!」

うなずくと、やっと方向感覚のない私はこの人が下に向かっていたんだということがわかった。(正直、この人がちゃんと下まで連れて行ってくれるのか不安だった)
私は歩き出したおばあちゃんに続き歩き出す。
「嘘吐き」
彼女の横をすれ違った時、そんなつぶやきが聞こえた気がした。

おばあちゃんの家は山のふもとにある。よくマンガや昔話で見るような家をそのまま再現したような家だ。もちろん、川も流れているので水車つき。
幼い頃は、よくここまで来ては思い切り遊んでいた。ここまで来るには、私が入った所からは正反対の所にあるので(というか、入れるようなとこはあそこしかない)一担<一旦と書きたかったのだと思われる>登ってまた下りなければならない。
早くても三時間はかかるのに、おばあちゃんがいるとほんの数分で着いた感じがするから不思議だ。(実際に時計ではかったことはないけど)

「さあ、どうぞ」

縁がわに座らされ、冷たいお茶を出される。
私は礼を言うと一口すすった。そして周りをよく見まわしてみた。周りの風景は全然変わっていないのに、家の中はまるっきり違っていた。

「……囲戸<井戸と書きたかったのだと思われる>も、いろりも、ないですね」
「ええ、そうなのよ。この子に不便な思いはさせたくなくってねえ……。去年、水道とガスをつけたのよ」
「へえ……」

相づちを打つと、おばあちゃんの隣に座る「しーちゃん」と呼ばれた少女を数秒見てから目をそらした。
一体、彼女はなんなんだろう。もしかして、おばあちゃんのまご?

「ああ、この子は紫音っていう名前でね、事情があって数年前からあずかってるの。もう高校生だから今は、ほら、光陵高校って僚<寮と書きたかったのだとry>があるでしょ?そこに入ってるんだけど、ほぼ毎日来るのよね。それなら僚に入るよりここで一緒に暮らした方がいい、っていうのにそれは嫌だって言うしねえ」
「はあ……」
「そういえば、はやせちゃんは会ったことなかったみたいねえ……。家に来てくれる時はこの子、いつも出かけてたからねえ。今一緒にいたみたいだけどほら、しーちゃん、そうぶすっとしてないで何か話したらどうなの?」
「……、光陵高二年、緋月紫音」

さっきまでとはまるで別人みたいだ。話を聞いていると本当のまごでもないらしいし、それに名前だってはじめて聞く。
やっぱりこの人はあの子じゃないのか。<すでに本当のおばあちゃんではないと書いてあるのだからこの辺りの文章はおかしい>
少し残念な気もしたが、とりあえず不機げんそうにお茶を飲んでいる彼女の名前や素性もわかった(?)し、頭もだいぶ冷静になってきた。
「能力者」だとか「契約」がどうたらとか別に信じているわけではないのだけど、聞いてみることにした。

「あの……」
「何?」
「さっき言ってた能力者とか契約とかってどういうことですか?」

ほんの一瞬、空気が凍りついた気がした。
おばあちゃんは、わざとらしくズズズッと音をたててお茶をすすると立ち上がった。

「さてと、はやせちゃん、そろそろ夕暮れよ。日が落ちるとこの山は危ないからねえ。そろそろ帰った方がいいわ」
「え……?あ、はい」
「送るわね」
「あ、どうも」

おばあちゃんは有無を言わせぬ口調で言うものだから、私はあわてて立ち上がった。

「しーちゃんはここに居て。はやせちゃんにも晩ご飯食べていってもらいたいんだけどもう帰らなきゃいけないでしょ?また来てね」
「はあ……」

私はもうただただうなずくことしかできなかった。おばあちゃんが玄関に周って<回って、だね>草りをはいて出てきた。
私も立ち上がると、おばあちゃんの後に続こうとした。

「夏風さん」

足を前に進めた時後ろから呼び止められ振り向いた。

「私たちまたすぐに――」
「……え?」

突然、強い風に吹かれよく聞こえなかった。聞き返そうとしたら、すぐそばにいつのまにかおばあちゃんが立っていて、何も言えなくなった。
だから私は「緋月先輩、さよなら」と頭を下げるとおばあちゃんの後について帰路についた。

「はやせちゃん」
「はい?」

山を下りた後、家の近くの公園まで送ってくれたおばあちゃんは、どこか影のある表情で言った。

「今日、もし、しーちゃんに何か言われたのなら忘れてね」
「それって……能力者とか契約のこと、ですか……?」

おばあちゃんはそれには何も言わず黙って手を振った。

「速く帰らないとね。よかったら、しーちゃんと仲良くしてやってね」

次の日、私は早目に家を出た。
さくらを待たずに学校へ向かう。なんとなく予感がしていた。案の定、昨日と同じ場所で彼女を見かけた。けれど、今度は彼女は近付いてきた。
いつもより早い時間だから、生徒の姿はあまりない。

「おはよう、夏風さん」
「おはようございます、緋月先輩」

突然言われても私は動ようせず答えた。
緋月先輩は、軽く口許をゆるめると歩き出した。彼女について行くべきかどうか迷っていると、緋月先輩はそれを察したのか振り向いた。

「行かないの?学校」
「あ、はい」

彼女の元に走りよると、彼女は満足気に歩き出した。私も、彼女から数歩距離をとって歩き出す。
しばらくの間、私達は無言で歩いた。昨日のことを聞きたいのに、なかなか口から言葉が出てこない。先輩から声をかけてくれるのを期待していたのに、それもなく、もう校門の前へと来ていた。
一体私はなんのためにこの人と学校へ来ようと思ったのだろう。これじゃあ意味がない。(しかもさくらに怒られることを覚悟の上、でだ)
ずっと話しかけるチャンスをうかがい朝っぱらから精神的につかれ果てていた私は、だからもう「それじゃ、また」と二年生のくつ箱の方へ去っていく先輩を呼び止めることもできなかった。
けっきょく、何もわからなかった。昨日のおばあちゃんの言葉を思い出す。やっぱり、忘れた方がいいんだろうか。

「はーやーせー……」

能力だとか、契約だとかのことを考えていると、後ろから世にも恐ろしい声が聞こえ私は飛び上がった。

「さ、くら……」
「よくもあたしをおいて行ったなあ!」
「ご、ごめん、さくら!」

手を合わせて謝ると、さくらは珍しくすねることもなく腕組みするとため息をついた。

「さくら?」
「今の人」
「え?」
「だから、今の人。誰か知ってるの?」
「今の人、って緋月先輩のこと?」

私はもうほとんど見えない緋月先輩の背中を指してたずねた。
さくらは重々しい調子でうなずいた。

「そ。緋月紫音。はやせ、本当に何も知らないわけ?」
「何もって、何?」

学年一(本人は学校一と言っているが)情報通な、新聞部の一年にして期待の星(これも本人談)であるさくらは口許で人差し指をたてると言った。

「これは極秘情報。はやせだけ教えてあげる」
「ありがとう」
「緋月紫音はね、変な力があるの。あくまでウワサだけど、それを見たって人は結こういる。まだ他学年には流れてないけど、二年の間ではウワサの種」

変な力?そんな……。
それじゃああの話、能力や契約っていうのは本当だっていうのだろうか?

「ただあの人、スポーツ万能、頭脳明晰、おまけに美人。男子はもちろん、女子の間でも人気があって、色んな部にも助っ人で大活やくしてるからそんなウワサがあってもイジメとかはないみたい」

極秘情報と言いながらもさくらはペラペラ早口で最後の方はもう普通の声量で話している。

「……、へえ」

私はあいまいにうなずくと、そっと緋月先輩の消えた方に視線をやった。
もう、彼女の後ろ姿は見えなかった。




『……やせちゃん、は……せちゃん、はやせちゃん』

声だ。誰の?この声は、誰?
やわらかく、なつかしい。それでいて、どこか淋しさをにじませたような。
ああ、知ってる私。この声は――

・第2章

「夏風さん」

昼休み。突然名前を呼ばれ、いざ口へ運ぼうとしていたタコさんウインナーを落としそうになった。
さわがしい教室が静まり返るほどの美しい声音。小さなざわめきは、だんだんと大きくなっていく。その中心はやっぱり彼女がいた。

「おい、緋月紫音だろ、あの人」
「なんでここにいるのかしら……?」

クラスメートのざわめいき、ささやき声がやけに大きく聞こえる。緋月先輩は教室に入ってくるとまっすぐに私の方へとやって来た。
そして目の前に立つと、手に持っていた大きめのふろしきづつみを上げて言った。

「良かった、まだ全部食べてないみたいね」

全部食べてないって、もう半分食べてるんですけど。
けれどそれを口に出すことはやっぱりできなくて。多分、この後に続くのはあの言葉なんだろうな。

「お弁当、一緒に食べましょ」
「は?」

私のかわりにさくらが声を発した。しかし、さすがのさくらも緋月先輩に無言の視線をあびせられると黙り込んでしまった。

「あ……、さくらごめんね、今日だけ」

私は小声でさくらに言うと、お弁当を包みなおして立ち上がった。
いつのまにか周りの生徒の声は小さくなっていた。みんな自分の食事に戻っている。さくらは何も言わずに手を振った。

「先輩」
「何」
「どこに行くんです?」

教室を出ると、緋月先輩は階段の方へと歩いて行く。ここは三階だ。(この学校は一年は三階、二年は二階、三年は一階となっている)
上は屋上しかない。屋上は確か立ち入り禁止でかぎがかかっているはずだ。けれど緋月先輩はさらり、あっさりと答えた。

「屋上」
「……、やっぱりそうなんだ」

私はとうとう声に出してつぶやいてしまった。
しかし、この人は一体何を考えているのか全くわからない。つい昨日まで名前も知らなかったハズの、ただの後輩なのに、なぜ私に関わろうとしてくるのだろう。
階段を上りながら考える。さくらの言葉が何度も頭の中で繰り返される。
変な力、能力、そして契約。
やっぱり心当たりはこれしかない、この人は私と「契約」すると言った。けれどどういうことなのだろう。

と、屋上へ続く階段のおどり場で緋月先輩は立ち止まった。
自然に私の足も止まることになる。

「心を無にして。何も考えないで」
「え?」

突然、緋月先輩は私の腕をつかむと自分の方に引きよせた。

「ちょっとあなたの心、かりるわ」
「へ?」
「大丈夫、すぐ終わるから」

言うや否や、緋月先輩は私の胸に手をおいた。そのとたん、感じていた恐れがなくなった。
緋月先輩は「まあ、こんなものかしら」とつぶやくと手を目の前にかざした。先輩はくすくすとおかしそうに笑った。

「すごい、あなた。こんなに力がわいてくる恐れの気持ちなんて初めてだわ」

私は何か言おうとして、そして体に力が入らないことに気付いた。

「ぁ……ぁ……」

足の力も気付いたとたんぬけてしまい、なさけなくも座り込んでしまった。
緋月先輩があわてて私を引き起こすと、支えてくれた。

「大丈夫?」
「多分……」
「初めてでこんなに心をとられたら仕方ないわ」
「あの、心をとるとかってどういう……」
「それはまた今度」

緋月先輩はそう言ってウインクすると、私を壁ぎわに立たせて階段を上りはじめた。
もう何が起こってもいいや、という気持ちでそんな先輩の後ろ姿をうつろに見つめる。
先輩は、かぎのかかったとびらの前に立つと、右手を前に差し出した。ノブを握るのかと思ったら違ったようで、その手前で手を止める。何をしているんだろう。

「夏風さん」
「はい……?」

緋月先輩はそのままのかっこうでこちらの方を向くと、笑った。あのぞっとするような笑みじゃなく、子どものようなあどけなさが残る笑顔。

「ごめん、私にも抑えられないかも知れない」
「え?」

そのとたん、黒々とした何かが緋月先輩のてのひらからあふれ出た。
緋月先輩は右手首を抑え、たえている。

「何、これ……」

そのままだんだん闇がこくなってくる。どこからか何かの割れる音がした。

ピキッ……ピキッ……。

周りを見ると、全てがゆれていた。だけど、私はゆれてない。

「え、え……なんなの……」

突然爆発音がひびいた。私は思わず目をつぶりしゃがみこんだ。

『はやせちゃん』

   この声は、誰?
   目を開けた。真っ暗だった。誰の姿も見えない。
   怖かった。とてつもなく。恐しかった<送り仮名ミス>。本当に。

『はやせちゃん』

   だから私は、その声のする方に手をのばした。誰でもいい。この手をつかんでほしかった。
   この手をつかんで、そして「大丈夫だよ」と言ってほしかった。

『はやせちゃん』

                               『のろってやる』

   え?

『はやせちゃん』
                                『あんな人、大嫌い』

           『殺してやる、殺してやる、殺してやる……』

             “殺してやる”

   何、これは……!頭の中でひびく憎悪のうず。頭を抑えてもその声たちは消えない。
   「っ……く……」
   消えない、消えない、消えない……!

『殺してやる』      『消えろ』

                                『……風さん』

  たえきれずに叫びそうになった時、また別の声が聞こえた。
  「……、先輩……!?」

『消えろ』        『お前は化け物だ』           『夏……さん』

             「夏風さんっ」

飛び起きると、そこは真っ青な空がすぐそこに広がる屋上だった。

「……、先輩……」

横に座って私の顔をのぞきこんでいた緋月先輩のほっとしたような表情を見ると、なんでか泣き出しそうになった。

「良かった、戻って来てくれて。夏風さん、まさか一度目で“心の底”に堕ちちゃうなんて……」
「こころの、そこ……?」
「そう、あなたの“心の底”。あなたが今まで感じた想いや他人からゆずり受けた想い。あなたの中に在る全ての想いが眠っている場所」

あの声が……、私の心の底に眠っている想い……?あれば全て私の想いなの?

そんな私の思いに気付いたのか、緋月先輩はそのまま言葉を続けた。

「“心の底”は普通、一度くらい心をとられたって堕ちることはないの。堕ちる時はある一つの心情(こころ)が欠けた時。その一つの心情が、負の感情のモノなのだったら“心のそこ”は負の声であふれてしまう。それが正の心情なのであれば、その逆で、正の声が“心の底”にあふれるの。今回は私が一度にあなたの“恐れ”の心をとってしまったから、堕ちちゃったのかも知れないわ。ごめんなさい」
「いえ……。あの、一つ、聞いてもいいですか?……本当に、あれは私の“想い”なんですか?」

私がたずねると、緋月先輩は微かにその瞳を威圧的に光らせた。

「どういうこと?」
「……あれは、見たことある気がするんです。昔、ずっと昔に。あそこには“想い”だけじゃなく、“記憶”も眠っているんじゃ……」

それでも私が続けると、先輩は目をそらし、「さあ」とだけ言った。
そして立ち上がると、ゆっくりと口を開いた。

「そんなことより、もう時間がないわ」
「時間?」
「あなたの心情でここにある結界を破った。まさかあんなに強いものだとは思わなかったのだけど。やっぱりあなたを選んでよかったわ。さあ、はじめましょう。あの人たちが来ないうちに」

座りこんだままの私に、緋月先輩がこつこつと近付いてきて、見下ろされる形になった。

「はじめるって、何をですか?それにあの人たちって……」
「じきにわかるわ。だから早く」

手を差し出される。
私はその手をとらず、もう一度たずねた。

「早くって、何するつもりなんですかっ」
「契約よ」
「けい、やく……」

悪びれもなく答えた緋月先輩。彼女の瞳がするどくなる。
その目で射られると私は動けなくなる。まるでヘビににらまれたカエルだ。

「契約すると能力が手に入るの」
「ちから……」
「そう、能力。あなたは欲しいと思わない?誰よりも優れていると思える能力を」
「誰よりも、すぐれている……」
「能力さえあれば何も怖くないわ。友達を失うことさえも」
「ともだち……うしなう……」

逃げなきゃ。今、すぐに。
なのに。身体が動かなかった。彼女がつむいでいく言葉たちが私にはあまりにも甘美なものに思えて。

「契約すると能力が手に入るの」

彼女はもう一度、同じ言葉を繰り返した。
彼女の白い手がさらに前に差し出される。

「さあ、私と契約するのよ」

私はうなずいていた。
彼女は微笑んだ。それはぞっとする笑みなのに、今の私にはとても美しいものに思えた。
私は重い手を動かし先輩の手に重ねようとした。けれど、それが重なる一瞬前、先輩の身体が私におおいかぶさってきた。
そのまま後ろに倒される。背中にコンクリートの冷たさを感じる。それで私は我にかえった。

「せんぱっ……」

あわてて起き上がろうとしたのを強い力で押さえられる。ふいに鳥の鳴き声が聞こえた。
そのとたん黒い何かが私の頭上をかすめた。それはコンクリートをえぐるとその跡を残してあとかたもなく消えた。

「タイムオーバー、か」

緋月先輩は小さくつぶやくと私の手を引っ張り起き上がった。

「逃げて」
「へ?」
「あの人達が来てしまった。急がなきゃ生けどりにされて契約してないかどうか全部ひっぱがされて調べられるわよ」
「ぜんぶっ!?でも逃げるってどこに……!」
「あの人達は原則として“聖地”以外で能力を使うことはないわ。屋上から出れば大丈夫」

先輩は言うと、私の背を押した。

「ちゃんと逃げてね。あなたは私の大切な契約者なんだから」

黒い矢が先輩の肩のすぐ横をかすめていく。私はうなずいて走り出した。
もう何が起こっているのかとかなんてわからない。ここから出たらこの人には決して関わらないようにしよう。そう心に決めながら屋上の重そうなとびらへ。
しかし、それをはばむかのように黒い矢が足許に飛んできて、私は動けなくなった。

「逃がさないよっ」

声と供<共>に黒い影が下りてくる。後ろでしゃがみ込みコンクリートに手を当てていた緋月先輩はその影に覚えがあるようで目を丸くして立ち上がった。
先輩の握ったこぶしが青い電気みたいなものを放っている。影はその正体をかくしていた真っ黒いローブを顔の部分だけとった。
そこには若い二十代くらいの女性の顔があった。

「おば……っ!」
「お黙りなさい」

先輩は何か言おうとしたようだが、その女の人の声があまりにもスゴミがかかっていたので、さすがの先輩もそれ以上何も言えなくなったようだった。

「紫音、悪いけど、この子ちょっとかりるよっ」
「何言って……!もしかしてさっきの攻げきもおば……じゃなくってシズ子さんが……」
「当たり前じゃーん。“聖地”だろうが“公地”だろうがアタシ、関係ないしー。アンタがどうしても契約したいって言うんなら相手になるよっ。アタシを倒せたらこの子はアンタの思うまま。ま、しょせんアンタもまだまだアタシには勝てないだろうけどっ。じゃ、あとは“リコリス”の仕まつ<始末と書きたかったのだろう>よっろしっくねーん!多分、学校の屋上だしザコしか来ないと思うけど」

誰にも話すすきを与えないくらいぺらぺらと言うと、シズ子さんと呼ばれた女性は私の手をつかむと、その場で飛んだ。

「……ひっ……!?」

悲鳴をあげる間もなく、屋上のフェンスをこえ真っさかさまに落ちていく。
そのまま裏庭の池にダイブしそうになったとき、どこからか口笛が聞こえ大きなくろい鳥が現れた。
その鳥は、落ちてゆく私たちを乗せると、急上昇しはじめた。

「ヤッホー、黒鳥さんっ」

シズ子さんが楽しそうに鳥に声をかけている。私は鳥につかまっていることが精いっぱいで、目を開けることさえできない。
となりでまた間のびした声が聞こえた。

「あっらーん。もうリコリスの人達来ちゃってるー、でも自業自とくよねえ、しーちゃんったらもうー」

わずかに目を開け下方を見ると、機械的な動きの男二人と緋月先輩が対じしているのが見えた。
先輩は二人に向かってかげだし、体当たりしている。いや、違う。手だ。腰をなぐると先輩の手にまとっていた青い光が男を包む。そして最後にもう一発とでも言うように、その長い足でけりとばした。
それがもう片方の男にも当たって共倒れになる。
すごい。あれが彼女の言う能力(ちから)なのか。

「やっぱりまだまだねえ。伸びがない、キレがない」

ふいに鳥が落下し始めた。

「え、ちょ、え……!」
「はやせちゃん、しっかりつかまっといて!黒鳥さんって何も言わずに急停止<急降下と言いたかったのか>しちゃうのよね」

何も言わずにって鳥はしゃべらないんだから当たり前じゃ。
そう思いながらも口には出せない。すごいスピード。つかまることすらもう困難な状態だ。
鳥は降下する時が一番スピードが早い<速い>と聞くけれど、この鳥は一体何キロ出しているというのだろう。
息をつくこともできない。突然視界が暗くなった。森だ。高い木々ばかりのある森。

「ここって、神厳……」

言い終わらないうちに、鳥が急に止まって私は落ちかけた。

「うわっ……」

腕をつかまれ、なんとか落下をまぬがれる。鳥はバサリ、バサリと翼をはばたかせ、開けた場所に出るとそのはばたきも止まり、地に足がついた。
ほっと息をついて、ゆっくりと辺りを見回してみる。そこは見なれた場所だった。すぐそばにおばあちゃんの家があった。驚いて後ろを振り向くと、シズ子さんと目が合った。

「あの、シズ子さん、どうしてここを……」
「足り前だよ、彼女はここの家の主だからね」
「はあ……って、え!?」

横を見ると、そこには若い男の人が立っていた。鳥のように鋭い目を持っているのに、優しい雰囲気をただよわせている人だ。黒ぶちメガネがよく似合っている。
そういえば、いつのまにか今乗っていた鳥がいなくなっている。

「ちょっと、黒鳥さん、別に出て来なくていいって言ってたじゃない!」
「けど、ほらこの子、混乱しているみたいじゃないか。僕も一緒に説明した方がいいんじゃないかと思ってね。シズ子さんはいらないことばかり話すから気が気じゃないんだ」
「そんなことないわよう、ちゃーんと話そうと思ったら長くなるの!」
「それがダメなんだ。早くしないともう、彼女には時間がない。少しでも選たくの時間を与えてやりたいんだろう?」

黒鳥さん?彼女?時間がない?
また訳のわからない言葉が並べられ、私はますます混乱した。
緋月先輩といい、この人達といい、常識や思い出や、私の周りの何もかもが崩れていく。こわされていく。

シズ子さんは「そうね」とうなずくと腕を組んだ。

「あなたが覚醒してしまう前に」

私が覚醒してしまう前に?
私の何が覚醒してしまうというのだろう。一体、何が……。


      『……っ!』

「え?」

突然、意識が飛んだ。何かの声が聞こえた気がした。
けれど遠すぎて聞こえない。

「シズ子さん」
「ええ、わかってるわ」

男の人はシズ子さんに目くばせすると、私の腕をつかんだ。

「ごめんね、少し痛いと思うけどこれは君の為だ。我慢してくれ」

その言葉にうなずく間もなく、左腕が火傷を負った時のように疼いた。
思わずうめく。だけどその痛みで、ぼんやりと霧がかかっていたような頭がはっきりしてきた。

「これでしばらくの間は心配ない。けれどいつまでもつか」

腕を離され見てみると、何かの紋章が刻まれていた。

「ああ、大丈夫。それは仮の封印さ。君の能力が覚醒したら消えるよ。もっとも、仮のじゃなくとも君のもつ能力だと消えてしまうかも知れないけどね」
「封印って……。私の能力って……!」

シズ子さんは肩をすくめると手を上げた。混乱して思わず取り乱した私の頭に、男の人の大きな手が大丈夫とでも言うように優しくおかれる。

「落ちついて、はやせちゃん。ちゃんと話すから、ね?それにそんなに興奮すると、リミットがよけい縮まっちゃうわ」
「あ……す、いませ……」

我を取り戻した私は疼き続ける左腕を押さえるとうつむいた。

「謝ることはないよ。無理もない。突然こんなことになって」
「さて、それじゃあ何から話そうかしら。……とりあえず」

シズ子さんはそこで私の顔色をうかがうかのように言葉を切り、私を見た。
私は何も言わずにシズ子さんの次の言葉をまった。

「まず、この世界には二種類の人間がいる。正確に言うと三種類だけどね。普通の人間と、能力を持っている人間。そして、人工的に能力を手に入れた人間。しーちゃんやアタシたちのような人間を能力者、今のあなたのような人間を常人(ノーマル)と呼ぶ。そして、人工的に能力を手に入れた人間を朽人と呼ぶの。朽人は基本、常人には手を出さないけれど、能力者には何かうらみでもあるのかしらね、手を出してくる。そしてそんな朽人の集まる組織をリコリスというの。さっきしーちゃんが戦っていたのはリコリスの一番下っ端ね。多分誰かに造られた“モノ”よ。逆に能力者には組織なんてものはないけれど、それなりに供に行動することが多いの。けど最近、リコリスと能力者が手を組んでるらしいっていうウワサがあるわ」

シズ子さんはそこまで言うと、学校の方へと目を向けた。
その意図が読めずに私はシズ子さんが再び話し始めるのを待った。シズ子さんは私の様子を見ると、やれやれと言うようにクビを振り、しぶしぶ話し出す。

「朽人と能力者の違いっていうのは“人工的”なチカラと“先天的”な能力、それだけじゃない。朽人のものは力は弱いけれど、“代償”がない。能力者のものは力は強いけど“代償”がある。能力者はその“代償”を軽くするために常人と“契約”する」
「“代償”というのは自分の生命。能力を行使するごとに自分の生命がけずられていくんだ」

男の人がシズ子さんの後を引きついだ。

「“契約”をした常人はその能力者と“契約”をしている間のみ能力を手に入れることができる。ただし、その代わりに常人は何かを失うことになるんだ。例えば手足の自由だったり、記憶であったり。そして“契約”している能力者が命をおとすとその常人も命をおとすことになる。それなのに常人が契約を行うのはそれだけのみりょくを感じているんだろう。確かに、能力に憧れる気持ちもわかるけど僕はでも、普通に過ごす方が幸せなんじゃないかと思う。これはあくまで僕の考えだ、気にしないでくれ。いったん能力を手にするともっともっとと欲する者も出てくる。そういう人間が朽人になることが多いんだ」
「それで、それで……私の能力って……なんなんですか」

私は一番たずねたいことをはぐらかされてる気がして話をさえぎった。
男の人は話がさえぎられたことを気にする様子もなくははっと笑い「そんなに急ぐことはないよ」と言った。<上の文章と矛盾……>

「はやせちゃん、さっきこの世界には三種類の人間がいると言ったけれど、例外もあるわ。それがあなたのような選ばれた者。生まれた時は常人だったのに、何らかのために能力が生まれてしまった。それがあなた。あなたのような子は基本、図り知れない<計り知れない>能力を秘めている。まだあなたの能力がなんなのかはわからないけど強すぎて自分でも抑えられなくなるのは目に見えてる。能力が暴走しちゃって止まらなくなり、そのままお陀仏、なんてこともめずらしくないわ。もっとも、そんな人間がいること自体はめずらしいけど。そしてあなたの能力はもう目覚めかけている。これからあなたをねらってくる人は増えるでしょうね。能力者でも朽人でも」

シズ子さんは私を見ると、静かにたずねた。

「大丈夫?」
「え……?」

言われて気がついた。手が、身体がふるえていた。
あれ?何で。怖いわけでも、寒いわけでもないのに。それに腕の痛みがひどくなっている。
けれど私はそれを無視して「大丈夫です」と笑みをうかべてみせた。
シズ子さんは「そう?」と心配そうにまゆをひそめながらも話を続けた。

「能力者はあなたの力を欲して契約を迫ってくるでしょうね。能力者同士の契約はムリだけど、はやせちゃんは一応常人なわけだから契約可能、しかも強大な能力や何かが手に入るっていうんだから仕方ないわ。そしてあなたのような存在は朽人にとってはうとましいもの、朽人は朽人ではやせちゃんを殺しにこようとしてくると思うわ。まあそれだけあなたの力はすごいっていうこと。これは覚えておいてね」

覚えておいてね、と言われても困る。
それを覚えていたって何をすればいいのかわからない。

「とりあえず、その能力、何れは誰もが気付くことになるわ。覚醒していない今でもあなたからすごく能力を感じるから」
「感じる、んですか?」
「うん、感じる。はやせちゃんもすぐわかるようになるわ。同類の勘っていうの?特にあなたの場合はすごいのよね。ずっと前から感じてたんだけど、数年でこんなに大きくなるなんて」

その言葉に私は首をかしげた。
ずっと前から?シズ子さんと会ったのはついさっき。どこかで会ったことあったっけ?
私はけんめいに思い出そうとするけど全くこの黒いローブをまとう、とても印象的な(悪く言えば変な)女の人は出てこない。

「あれ、そういえばまだ僕たちのことちゃんと言ってなかったね」

男の人は私の表情に気付き、言った。

「僕は黒鳥。シズ子さんと同じ能力者、と言ってみたいけれど僕は残念ながら朽人だ。ただ今は、リコリスから離れているし、もちろん君にも危害をあたえるつもりはないよ。それからシズ子さんは君も知っていると思うよ。彼女は君の言うおば……」
「池宮シズ子よっ、はやせちゃん!」

黒鳥さんの首をしめあげてシズ子さんが言った。それから首をおさえゼイゼイと言っている黒鳥さんにきわめつけのけりを入れ、頭部分をおおっていた黒いローブをはずした。長い白髪が風にゆれる。

「は、はあ……」
「アタシの能力は“影”。影をあやつることができる能力なの。できるだけ代償を少なくしようと思うとこのローブをかぶって能力を使わなくちゃならない。これはアタシの場合なんだけど。だからうっとしいと思うけどごめんね?ちなみに黒鳥さんの能力は」
「情けないけど変身(チェンジ)だ。しかも、名前のとおり黒い鳥にしかなれないんだ。能力者っていうのはいくつも能力を持っている人もいるけど僕は朽人だからね」

シズ子さんの言葉を半ば強いんに引き次ぎ、彼女の攻げきから立ち直った黒鳥さんはメガネを直しながら言った。

「はやせちゃん」
「はい」

突然シズ子さんが真面目な顔になり私の名前を呼んだ。その様子に私はあわてて思わず気をつけの姿勢をとった。

「アタシ達も出来るかぎりのことはする。何も心配しなくていいよ。いきなりこんな話しても信じられないだろうし、怖いかも知れないけど、大丈夫だから。だから、よく聞いて――」

シズ子さんの言葉を思い返す。すっかり日が暮れてしまい、私はすっかり家に帰る気も失せてしまった。
それにあんな話を聞かされた後だ。とてもじゃないが、普通の顔をしているなんて無理に決まってる。そういえば午後の授業にも出られなかったな。緋月先輩はあの後どうしたのだろう。
そんなことを考えながら家の近くの公園のベンチに座った。携帯を取り出そうとしてカバンを持っていないことに気付いた。
そうだ、あの後鳥になった黒鳥さんに神厳山のふもとまで送ってもらい下りてきて……。学校に戻っていないし、教室にカバンが置きっぱなしのはずだ。
ずっと今日のことを考えていて、そのことすら気付かなかった。
誰か持って帰ってきてくれてたらいいけど……と思いながらベンチの背にもたれる。星がチラチラ瞬いている。

さくらは反対方向だし、持って帰ってきてくれないよね。

そんなことを考えておかないと気がおかしくなりそうだった。大きく息を吸い込んだ。夜の冷えた空気が私の頭を冷やしてくれる。
吸い込んだ空気をはーっと声を出してはき出した。
腕の痛みはいつのまにか消えていた。お腹が鳴る。お昼も食べそこねたままだったっけ。
家の方を見ると電気は点いていない。まだ誰も帰ってきていないのだろう。普段なら家族の分まで作るけど、そんな気力はない。
制服のポケットを探ると偶然にも財布が入っていた。そこで私はコンビニに向かった。

コンビニに入り、手近にあったものをカゴに放り込む。夜の八時過ぎで、駅前ということもあるのだろう、レジには人が沢山並んでいた。
その列に並ぶと、ふと財布にいくら入っているか気になった。
おそるおそる中身をのぞいてみると札束はなし、小銭が少し。

「……足りない」

自分の分だけでもこれじゃあ何も買えない。なぜここに来る前に中身を確認しなかったのだろう、と悔やむ。
しかし今さら悔やんでもお金が増えるわけもなく、私は仕方なく品物を元の場所へ戻しに列を離れる。と、見なれた姿が店内に入ってきた。

「あれ、お母さん?」

向こうも私に気付き目を丸くした。

「はやせ。どうしたの?制服のままだし」
「どうしたのってお母さんこそどうしたの?いつもコンビニなんかよらないくせに」
「いやあね、一旦家に帰っても誰もいないしご飯の用意もなかったから買いに……」

お母さんはそこまで言って私の持っているカゴに気付いた。

「あー……、コレ、買おうとしてたんだけどお金なくて」

私は苦笑を浮かべて言った。ちゃんといつも通りに振るまえているだろうか。
だいぶ落ちついてきたけれど、また腕の痛みがぶりかえしてきた。

「仕方のない子」

お母さんは笑いながら言うと、私の持つカゴを取り上げた。

けっきょくお母さんのお金ではらい、(もちろん後で返してもらうつもりだったけど)私たちはコンビニを出た。
そういえば、お母さんの隣を歩くのは久しぶりだな。最近まともに話もしていなかった。
会社帰りの服でコンビニぶくろをぶら下げ鼻歌をうたいながら歩く母の姿に、私の心はすっかり安らいだ。
いつもそうだ。普段、全く会わないということもあるのだろうけど、(母も父も帰りは私が眠ってから、家を出るのは私が起きる前だからだ)
こうやって何かあるとそばに居てくれる。私が何を言うでもなく、たまたまなのだろうけど。
何も会話がなくっても、少し音の外れた歌と母のまとう暖かな空気だけで十分だった。

もう少しで家だというところで、私は公園の前に立つ人影に気付いて立ち止まった。
お母さんも気付いたようで私を見た。

「知り合い?」
「うん、まあ……」

私はあいまいにうなずく。
その人はペコリ、とお母さんに頭を下げた。

「先に帰ってて」
「うん、あんまりおそくならないようにね」
「わかってる」

お母さんの背中が暗がりに消えたのを確認すると、その人は口を開いた。

「今の方、お母様?」
「はい」

私がうなずくと、その人――緋月先輩は黙り込んだ。暗くて表情がよく見えない。

「あの、とりあえず、座りません?」

私はこの妙なちんもくにたえられず、そうすすめると緋月先輩は無言でうなずいた。
さっき座っていた向かい側のベンチに並んで座る。間にコンビニぶくろを置いて、さりげなく距離をとる。

「まだ家に帰ってなかったの?」
「どうしてですか」
「制服だから」
「そういう先輩こそそうじゃないですか。それよりも何でこんな時間にこんなところへ……」
「聞きに来たのよ」

『だから、よく聞いて――』

シズ子さんの言葉が頭によみがえる。

『能力が覚醒すればあなたの意思とは関係ないしに戦いにまきこまれることになる。けれど、今だったらその能力を消滅させることもできるかも知れない。ただ、それにはあなたの記憶を全て誰かのモノと取りかえる必要がある。要するに、記憶が全てなくなるの。どうするかははやせちゃんしだい。タイムリミットは多分もって二週間、その間に戦いをとるか、平和をとるか、選んでちょうだい』

「なにを……です?」

まだあの話を聞いてから数時間も経っていない。そういえば何でこの人はあの話を知っているのだろう。
シズ子さんと知り合いだったみたいだからシズ子さんに聞いたのだろうか。それじゃあ緋月先輩は私の能力をねらっているということか。
緋月先輩は、能力を強大にしてどうするつもりなんだろう。

「大丈夫だった?」
「え?」
「おば……じゃなかった、シズ子さんに何かされなかった?」
「は、はあ」
「ならいいわ」

緋月先輩は言うと立ち上がった。
あれ?あの話じゃないのか。

「良かった、契約しちゃったんじゃないかって気が気じゃなくって」

この様子じゃあ、何も聞いてないのか。私はためしに聞いてみた。

「緋月先輩、どうして私と契約なんか……」

先輩はきょとんとした表情をすると、「ああ」と声をもらした。
そして人差し指を口許で立て、「秘密」
その仕草がとても様になっていて、なるほどな、となっとくしてしまった。これじゃあ確かにおかしなチカラを持っていたとしても人気なわけだ。
もっとも、私の感覚がすっかりマヒしてしまっているのかも知れないけれど。しかし、その答えじゃどちらかわからない。
シズ子さんは私の能力のことは周りに話さない方がいいと言っていたけれど、緋月先輩に対してはどうすればいいかわからない。
この人は何を考えているのか全くと言っていいほど読めないのだ。おまけに人の心をつかむのが上手い。
理由がどうであれ、どうしても私と契約するつもりなのだろうか。

『最後に一つ。紫音や他の能力者に迫られても絶対に契約はしないこと。あなたの能力がどこまで伸びるかわからないのに。しかもそれで契約しちゃったら確かに強大な能力は生まれるけど、それがどれだけの代償なのかもわからない、お互いに命が大切なら絶対にしないことね』

やけいに長いシズ子さんの言葉。なのに容易に思い出すことができるほど重い言葉。
私がそんなことを考えため息をついていると隣で緋月先輩が私の暗い気持ちと反対の明るい声を上げた。

「今日はきれいな星が出てるのね」

あまりに緋月先輩が嬉しそうなので私ものろのろと顔を上げ空を見てみた。
確かに、さっき見た時より星の瞬きが強くなっていてきれいだった。
緋月先輩が空に手をのばした。広げた手を星をつかむかのように閉じる。

「……、ねえ、夏風さん」

言われて緋月先輩の方を見ると、緋月先輩はすっと腕を下ろし、その手の中に何かあるように閉じた手を広げ見た。
そのまま、ゆっくりと言葉をつむぎ出す。

「けっきょく私達は星さえもつかめないまま。なのにこんなチカラなんか持っちゃって。自分で望んだわけでもないのにね」
「……先輩」

緋月先輩は淡々と、言葉をはき出していく。何の感情もこもっていないようなのに、その表情(かお)は微かに苦しそうにゆがめられていた。

もう少し続きがあるが(完結はしていない)書き写したのはここまで
色々ひどいが楽しく書いていたのは覚えているので、
どうせこのまま日の目を見ないならってことでスレ立てさせてもらった

少しでも楽しんでもらえたら幸い

調子のって残ってる部分も短いけど全部晒す

「さて、と。そろそろ帰らなくちゃ」

ふいに緋月先輩は明るく言った。私の方を見ると、華かな<送り仮名ミス>笑顔を浮かべる。

「きっとお母様も待っていらっしゃるわ」

緋月先輩の視線の先を見ると、お母さんの姿があった。まだコンビニのふくろをもったままだ。
先に帰ってて、と言ったのにどうしたんだろう。

「それじゃ」

私が先輩の方に向き直ると、先輩はもう歩き始めていた。

「お母さん?」
「はあい?」
「何でまってたの」

お母さんの横で歩きながらたずねる。お母さんはカギを取り出しながら答えた。

「カギがなかったから」
「うそ」
「ふふっ」

小さく笑った母は、玄関に入るとふと真面目な表情になった。

「心配だったのよ」
「心配?なんで」
「あの人……」
「なに?」

立ち止まったお母さんに、さらに問いかける。
しかし、父のくつがあることに気付き母は話をすりかえた。

「あら、お父さん帰ってる」
「ちょ、お母さん!」

お母さんは逃げるように持っていたコンビニぶくろを私におしつけるとうすく光のもれたリビングへと走っていった。
残されたのは私と冷めたお弁当が4つだけ。







誰かがこっちを見ていた。誰かが私を見ていた。やめて、見ないで。
目が、眼が、瞳が、……!
ばけもの、バケモノ、化け物
               “お前は化け物だ”






・第3章

静に過ぎてゆく時間。聞こえるのは問題用紙のページをめくる音と、文字を書きつらねる音。そして教師のいびき。
高校に入学して早三ヶ月。みんな高校生活になれることに必死だったわけで、勉強なんてしてるはずない。なのになぜ突然テストなんて……。
そういえばここに入学する前、ぬきうちテストがあることで有名とか聞いたことがある。しかしまさか一年生からあるだなんて思わなかった。

私は机の上で頭をかかえる。現在は数学。びっしりと並んだ数字を見ているだけで気分が悪くなってくる。
先生は「抜き打ちだし、そんなにむずかしくない」と笑っていたけれどそんなのウソに決まっている。
だいいち、こんな問題、見たことない。……ハズだ。じゃなかったら、昨日、その昨日とまともに授業を聞いていなかったせいだ。
と、問題とは関係ないことをそこまで考えて、私はまたあの話を思い出してしまった。
せめて学校にいる間だけでも忘れようと思っていたのに。ズキリ、とまた腕がうずいた。
“能力”のことを意識する度に痛みが思い出したようにぶり返す。しかし今はまた一段とその痛みがひどい。なぜだろう、と思いつつこれじゃあ集中できない、と私は机につっぷした。

 コチ、コチ

どれくらいそうしていただろう。気がつくと私は真っ暗闇の中、独りたたずんでいた。
何も見えないし、何も聞こえない、自分の身体さえ確認できない。まるで自分の意識だけがここにあるよう。

なんのきっかけもなしにこれは夢だと気付いた。だから早く目覚めようと思った。
だって今はテスト中なのだから。いくらわからないとはいえ、何も書かずに答案を出すのはまずい。
なのに目は覚めなかった。ふしぎと怖くはなかった。さびしくはなかった。ずっと前にも私はこの場所に居た気がする。何もないこの場所をなつかしいとさえ思った。
何も感じない、痛みも、苦しみも。ただあるのは“無”と“黒”だけ。

もういいや、と思い始めた。

もう、ずっとずっとここにいても、誰にも気付いてもらえなくても、誰の優しさも暖かさも感じなくても。もういいや、って。
その時、確かに聞こえた。

(逃げて!)

誰の声?わからない。
ただその声は、逃げてと叫び続けた。

逃げる?どこへ?

(あなたが今いるべき世界へ!)

私が、いるべき世界。そんなのどこにだってありゃしない。
だって私は

『どうしてそう思うの?』
『どうしてって……バケモノはバケモノだから……』
『違うよ、バケモノなんかじゃない!他の人と少し違うだけで、ステキじゃない!特別、あなたは特別なだけ、だからそんなこと言わないで』

     (あなたは、バケモノじゃないんだから!)

 コチ、コチ

時計の針の音で目が覚めた。その時計を見ると、あと少しでテスト終了だった。
何も書かれていない答案用紙を何ともなしに見つめる。
夢。
そう、さっきのはまぎれもなく夢だった。けれど私はあの光景を知っていた。そしてあの声も。

 私は何か大切なこと、すごく大切なことを忘れてる。
はっきりと感じた。けれど何を忘れているのかさえわからない。思い出そうとすればするほど左腕はズキズキと痛む。

チャイムが鳴った。

後ろからクラスメートが答案用紙を集めていった。教室内がざわつきはじめる。
けれど私はそんなのも耳に入らないくらい腕の痛みがひどくなり、イスに座ったままあらい息をくり返した。
目の前がクラクラする。頭の奥が熱い。
ドクン、ドクン
心臓が激しく脈打つ。なのに私は思い出さなきゃ、思い出さなきゃと必死で。

「はやせっ!」

思い切り身体をゆすられ、名前を呼ばれた。私は焦点の合っていない目でその声の方を見た。
ぼんやりとしか見えなかったけど、それはさくらだとすぐに分かった。
さくらは泣きそうな顔で私を見ていた。

「はやせっ、大丈夫だから」

え?
グラリ、と身体がゆれた。意識が遠くなってゆく。イスから崩れ落ちかけた私をさくらはあわてて支えてくれた。
それで私は安心して自ら意識を遠ざけた。

「……のせいなんでしょっ!……は……、……なのにっ!、……いに、絶対に先輩がはやせに……!」

目が覚めると一番に聞こえてきたのは怒鳴り声だった。所々よく聞こえないが、まちがいなくさくらの声だ。さくらは特徴的な声をしているのですぐにわかる。
私はボンヤリとした頭でその声を聞いていた。久しぶりの本気で怒ったさくらの声。彼女が本気で怒った所は保育園からの付き合いの中でも二回しかない。いづれ<いずれの間違い>も私のために、だ。さくらが自分のことで怒ることは見たことがない。

……あれ?でもあれはいつ、何でだったのだろう。

さくらの怒りの原因を思い出そうとして私ははて、と首をかしげた。
思い出せない。おかしいな。
私は身を起こすと額に手をやった。
クリーム色のカーテンの向こうでは今尚さくらが誰かに叫んでいる。

「せっかくはやせ、あの子が消えてから普通になったのに……!」

ドクン
あの子が消えてから?普通?さくら、何言ってるの。

「ちゃんと私たちに接してくれるようになったし、ご両親が……!」
「もうその辺にしたら?夏風さん、目を覚ましてるみたいよ」

ドクン
何?私の親が何?
そうたずねたいのに、声が出なかった。さくらの声にかぶさって聞こえたのは緋月先輩の声で。
緋月先輩のあまりに冷たい声に、見なくてもさくらがびくっと身体をすくませたのがわかった。

人影が近付いてきた。そしてさくらが気まずそうに顔を出す。

「あの、はやせ……」
「大丈夫、何も聞いてないから」

嘘だ。ちゃんと聞こえてた。けれど何も聞こえてないのと同じだ。何もわからないのだから。
わからないのにどうしてこんなに気になるのだろう、こんなに鼓動が速いのだろう。
さくらは「そう」とやっぱり気まずそうに目を伏せると一応周りから隔離されたこの空間に入ってきた。
そういえば、緋月先輩はどうしたのだろう。
と、とびらの閉まる音が聞こえた。帰ったのか。なぜだか少しほっとした。

「大丈夫?」

ボーっとしている私に気付き、さくらはたずねてきた。

「うん、まあ」
「また発作起こして、久しぶりだったから私もあわてちゃって。保健室の先生いなかったんだけど無理矢理開けてもらった」
「……、発作?」

私はさくらの言葉に首をかしげた。

「え?」
「え?」
「……、ほらはやせ、よく起こしてたじゃない、突然ふるえだして、過呼吸って言うのかな?アレ」

そんなこと言われても私は今までそんなもの起こした覚えはない。
ああでも確か小学校の低学年に何度かあった気もするけれどそんなにひんぱんには起こしていない。記憶の食い違<送り仮名ミス>って奴だろうか。

「そう、なんだ」

とりあえずそう答えておくことにする。
さくらはやれやれと首をふると、少し小声で言った。

「はやせ、どうしたの」
「何が」
「最近、様子変だし。あんな発作起こしたのもだいぶ久しぶり。やっぱり緋月先輩に何かされたとかじゃないの?」

何でさくらは緋月先輩のことをいちいちもちだすのだろう。
それにさっき、すごい声で怒鳴っていた。

「何で」

たずねると、さくらは実に言いにくそうに私を見た。

「あの子に似てるから」

ドクン

また心臓が大きく脈打った。
あの子。
さくらが言っているのはやっぱりあの子なのだろうか。

緋月先輩とあの子が重なる。けれどなぜさくらは知っているんだろう。
だってあの子と一緒にいた時の私は独りで……。
ああ、わからない。再び左腕がうずきだす。

「……っ」
「ど、どうしたの?」

左腕をおさえ、またガタガタふるえはじめた私を見てさくらはあわてた。

「大丈夫……」

辛うじてそう答えると突然クリーム色のカーテンが開いた。

「タイムリミット」

カーテンを開けたその人はこつこつと無表情で近付いてきた。
タイムリミット?

さくらがやばっとつぶやいた。
それで私は気がついた。白衣を颯爽と着こなすこの人は、きっと保健の先生なのだろう。(高校に入ってからは一度も保健室を利用していなかったので知らなかった)
さくらは弱ったように私を見る。無断で保健室を使用したのだ、怒られる。<無断?>とさくらの目が言っている。

「あの……」

そしてさくらは意を決したように口を開いた。が、その人は何も聞こえていないようにベッドのわきに立つと私の腕をつかんだ。しかもわざわざ遠い方の左腕。

「ちょっと、先生!?」

突然の行動にさくらが混乱したように声を上げた。しかしそれは私も一緒だ。

「なるほど」

先生はぼそりとつぶやくと「アホガラスのバカが」と悪態をついた。
そして来なさいと言うように私の腕を持ったままあごをしゃくった。そこは保健室七不思議、あかずのトビラだった。(この学校の保健室にある七不思議その七だ。その前のものは何だったか忘れてしまった)<その七……?>

「菅原」

先生はふいにさくらの名前を呼んだ。
さくらが「はいっ!?」と返事。声が裏返っている。

「帰りな」
「はい?」
「この子は大丈夫だ。なんならすぐ外でまってたっていい。だがここからは出て行け」
「けど……!」
「生憎そのトビラの中は独りしか入れられなくてな、友人のことが嫌いになりたくないなら出て行くことだ」
「そんなことあるわけっ……!」
「さくら」

私は言った。さくらが驚いたように私を見た。目と目が合った。私は静かに言った。

「さくら、大丈夫だから」

怖くないわけじゃない。だけど自分のことが知れるかもしれない。
名前も知らない先生

色々と思い出しそうだな…

ノートはここで終わってる。他にも色々部屋探ってたら設定とか色々出てきた
ちなみに中二か中三で書いたものだったように思う

こんな落書きに付き合ってくれた人いたらありがとう
スレも自己満足で立ててしまった、そのうちHTML化依頼出しに行きます

>>60
せっかくレスくれたのにここで終わりだった、すまん

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