奉太郎「因縁ある古典部員の関係」摩耶花「あるいは謎のない日常」(81)

える「それじゃあ今日は先に失礼しますね、折木さん」

そういってえるが帰宅してから30分程度経過した。
奉太郎は一人で読書していたが、家にいても同じことだと気付いて帰る支度をする。

奉太郎「さて、帰るか……」

たいして広くもない部室を横切って奉太郎が扉を開けようとすると、

摩耶花「あら折木じゃない。居てほしくなかったわ」

先にがらりと扉を開けたのは摩耶花だった。
奉太郎は眉ひとつ動かさずに切り返す。

奉太郎「おまえが来るのを待ってたんだ。来てくれて嬉しいよ」

摩耶花「帰る準備万端でなにいってんのよ」

奉太郎を押しのけて部屋に入った摩耶花。

摩耶花「あれ? ちーちゃんは?」

奉太郎「千反田なら帰った。家の用事とかで」

摩耶花「ふくちゃんは?」

奉太郎「あいつは総務委員で会議とか言っていたな」

摩耶花「む……」

難しい顔をしながら摩耶花がいつもの席に着席する。

摩耶花「折木だけなんて、サイアクじゃない……」

奉太郎は立ったままため息をついた。

奉太郎「安心しろ伊原、俺は今から帰るところだから」

摩耶花「あっそ。それは安心したわ」

奉太郎のほうも見ずにつんとした調子の摩耶花。

奉太郎「そうか。じゃあな」

躊躇無く廊下に出た奉太郎は後ろ手に扉を閉めた。
かばんを揺らして階段を目指す。

奉太郎(今日はエネルギー消費の少ない、実に良い日だ)

奉太郎が階段の一段目を下りようとしたとき、
がしっとかばんを掴まれた。

奉太郎「ぐえ」

バランスを崩しそうになるのをなんとか抑えて振り返る。

摩耶花「はぁっ、はぁっ……待ち、なさいよっ……!」

伊原摩耶花が彼を睨んでいた。

奉太郎(なんなんだいったい……)

地学準備室に戻って再びいすに腰を下ろした奉太郎は頬杖をついて窓の外を眺めた。
山々は緑の色を濃くし、その上にはひとつ、まるい雲が浮いていた。

摩耶花「~♪」

奉太郎を文字通りひきずって部室へと連行した本人は、今は斜向かいに座して折り紙を折っている。
足を机の下でぱたぱたさせている。

奉太郎「……なあ伊原」

呼びかけると、摩耶花は鼻唄をやめてまた睨んでくる。

摩耶花「なによ」

奉太郎「帰っていいか?」

摩耶花「………」

奉太郎「……睨むのを辞めろ」

ぷいっと摩耶花はそっぽを向いた。

摩耶花「だって、あたし一人で部室に居るとか、なんかむなしいじゃん」

奉太郎「だったら漫研の部室に戻ればいいだろう」

摩耶花「……古典部行ってくるって言っちゃったし……戻りにくい」

奉太郎は額に手を当てて顔をしかめた。

奉太郎「じゃあもう帰ろう。それで問題ないだろ」

摩耶花「ふくちゃんを待ってるの! わかりなさいよ!」

奉太郎(わからん)

説き伏せるのを諦めて、奉太郎はしかたなしにかばんから文庫本を取り出した。

摩耶花「なに読んでるの、折木」

奉太郎は黙って背表紙を摩耶花に向ける。
著者名を見て反応した彼女だったが、その著作は読んだことが無いようだった。

摩耶花「どういう話なの?」

奉太郎「文房具と鼬の戦争」

摩耶花「なにそれ? ファンタジー?」

奉太郎「さあ」

奉太郎は本を開いてさきほどの続きを読み始めた。

しばらく黙って折り紙を折っていた摩耶花だったが、

摩耶花「できたっ」

嬉しそうにそう宣言すると、鶴を奉太郎の前に置いた。
奉太郎はちらっとそれを見ると、手を伸ばして鶴のしっぽを折り曲げた。

奉太郎「……ダブルヘッド・ツル」

摩耶花「ちょっとォ! ツルも英訳しなさいよ!」

奉太郎(そこなのか)

奉太郎「伊原」

摩耶花「ツインテール・ツル……ぶふっ」

奉太郎「おまえは本読んだりしないのか。古典部だろ」

摩耶花「っるさいわね。あんただって古典部だから本読んでるわけじゃないでしょ」

奉太郎「それは、そうだが」

摩耶花「あたしに文句つけるのやめてよね。折木のくせに」

奉太郎(理不尽すぎる)

奉太郎「……だいたいおまえはどうして古典部に入ったんだ」

摩耶花「それは……ふくちゃんがいたし、ちーちゃんも誘ってくれたから……」

奉太郎「主体性の無いやつだ」

摩耶花「あんたにだけは言われたくないわよ!」

奉太郎「ま、おまえは昔からマンガ好きだもんな」

ぱたぱたぱたっと折った紙飛行機を奉太郎に投げつける摩耶花。

摩耶花「そうね。供恵さんのマンガにはお世話になったもの」

最低限の動きで奉太郎に回避された紙飛行機が床に落ちる。

摩耶花「そうだ! 今度また読ませてよ!」

身を乗り出した摩耶花に奉太郎は冷ややかな目を向けた。

奉太郎「学校にもってこいって言うのか? いやだね」

彼の頭の中で『省エネ』というワードが点滅した。

摩耶花「なによ。あんたんちに読みに行けばいいんでしょ」

奉太郎「………」

しばらく奉太郎は考えていたが、自分のコストはすこぶる低い、と結論付けた。

奉太郎「――好きにすればいい」

摩耶花「やたっ♪」

がたんっと音を立てて座りなおした摩耶花は、口笛を吹きながらにこにこした。

奉太郎(喜びすぎだろ……)

奉太郎の視線に気付くと摩耶花はむっとしたような表情でじっとりと見返した。

摩耶花「なに見てんの」

奉太郎「なんでもない」



かち、かち、かち、という時計の音と、奉太郎が頁をめくる音、そして摩耶花のシャーペンが走る音だけがしていた。
摩耶花はなにかノートにメモを書き付けているようだった。

奉太郎「………」

摩耶花「………」

ぽふんと摩耶花がノートに突っ伏した。
呻く。

奉太郎「………」

反応しない奉太郎はじいっと見つめる摩耶花。

摩耶花「………」

摩耶花「おれきー」

本から視線をはずさない奉太郎。

奉太郎「なんだ」

摩耶花「たいくつー」

奉太郎「じゃあ帰るか」

摩耶花「それはいやー」

突っ伏したまま摩耶花は手足をばたばた動かした。

奉太郎「………」

摩耶花「……むう」

摩耶花「おれきー」

奉太郎「なんだ」

摩耶花「たいくつー」

奉太郎「………」

摩耶花「おれきー」

奉太郎「………」

摩耶花「……すぅ……すぅ……」

奉太郎(退屈すぎて寝たのか。子供だな)

摩耶花「……すぅ……ん、ほーちゃん……」

奉太郎(小学生のときの呼び方か、懐かしい)

ふむ、と奉太郎は摩耶花に目をやった。
ノートに頬をつけて、寝ている。
背中が規則正しく上下している。

奉太郎(寝ているとほんとうに小学生のままだな、伊原は)

奉太郎(いや起きていてもか。あの苛烈な性格は幼少の時分からだった)

奉太郎「………」

摩耶花が起きる気配は無い。

摩耶花「……ほーちゃん……あそぼ……」

奉太郎「ああ、いいよ。摩耶花ちゃん」

古典部室を夕日が赤く染めていく。

ちょっと洗い物してくる

ありがとー
原作ではそういう感じぜんぜん無いらしいね



摩耶花「むにゃ……?」

ゆっくりと摩耶花が目を開いた。
寝ぼけたまま上体を起こすと、ぱさりと布が床に落ちた。
摩耶花にかけられていたらしい。
前を向くと奉太郎は腕を組んで眠っていた。
眉根が寄っている。

摩耶花「………」

奉太郎「……やめろ姉貴……やめてくれ……」

うなされている彼を見て摩耶花は少し笑った。

摩耶花が床に落ちた布を摘み上げる。

摩耶花「わっ、なにこれ古……」

どうやら部室のどこかにあったタオルケットらしい。
目立った汚れは無いが、古い。
奉太郎へと目を移す。

摩耶花「……しかたないわね」

起こさないように、摩耶花は奉太郎の肩にタオルケットをかけた。

摩耶花「……ん?」

視線を感じて扉のほうを振り返ると、すこし開いた隙間からにこにこした顔が覗いていた。

里志「やっぱりベストカップルじゃないか」

摩耶花「ふくちゃあんっ!?」

週末の朝。
奉太郎は自室のベッドで二度寝していた。
したしたと階段を上る音がする。
半分以上眠ったままの頭で奉太郎は姉が帰ってきたと思った。

摩耶花「折木ー! 起きなさーい!」

勢いよく扉を開けて入ってきたのは伊原摩耶花である。
ずかずかとベッドに近づくと、腰に手を当てて彼女はのたまう。

摩耶花「せっかくの休日にいつまで寝てんのよ!」

奉太郎「せっかくの休日だから好きなだけ寝させてくれ……」

摩耶花「ほらもう9時よ! 早く起きなさいって」

奉太郎「すまん姉貴……」

摩耶花「あたしは供恵さんじゃない!」



奉太郎「……おはよう、伊原」

摩耶花「おはよ、折木。いい目覚めね」

奉太郎「ねむたい」

摩耶花「しゃっきりしなさいよね、まったく」

奉太郎「それで……なんで伊原がうちに……」

摩耶花「このまえマンガ貸してっていったでしょっ」

奉太郎「……そうだったか」

摩耶花「そうなの!」

奉太郎「好きにしろ、俺は朝飯食べてくるから……」

ふらふらと奉太郎が部屋を出て行く。
摩耶花はまったくもう、というふうにそれを見送ったが、すぐに立ち上がった。
部屋を見回す。

摩耶花「折木の部屋も久々ね……」

ずいぶん物が少ないなという印象を受けた。
子供のころにはもっと雑然としていた記憶があるのだが。

摩耶花「これも古典部のおかげかな……」

ひとりごちる。
ぱっと勢いよく回転すると、今度は部屋を出て供恵の部屋へと向かった。

奉太郎が部屋に戻ってくると、摩耶花がベッドに寝転がってマンガを読んでいた。

摩耶花「あ、おかえりー」

奉太郎「どうしてここにいるんだ……」

摩耶花「マンガ読みに来たって言ったでしょ」

奉太郎「だったら姉貴の部屋でいいだろ」

摩耶花「なによ、邪魔だって言うの? まだ寝るつもりなの?」

奉太郎「そうじゃない。そうじゃないが……」

奉太郎は力無くいすに腰を下ろした。

摩耶花「だったらいいじゃない。あたしのことは気にしないで」



雑誌を読んでいた奉太郎は静寂に耐え切れなくなり、TVをつけた。
にぎやかな音が部屋に流れ出る。

奉太郎「……はあ」

うつぶせになって足をぱたぱたさせていた摩耶花が顔を上げた。

摩耶花「折木」

奉太郎「……なんだよ」

摩耶花「うるさい。TV消して」

奉太郎「………。はいはい」

摩耶花「ねえ折木」

奉太郎「今度はなんだ」

摩耶花「……折木ってちーちゃんが好きなの?」

マンガに目を落としたままの摩耶花の言葉に奉太郎は一瞬動きを止めた。

奉太郎「……どうしてそうなる」

摩耶花「だって……、」

奉太郎「………」

摩耶花「だって、中学生のときとか、あたしがいくら誘っても遊びに行かなかったのに……」

摩耶花「古典部に入ったのだってちーちゃんがいたからなんでしょ?」

奉太郎「違う。あれは姉貴に脅されて……」

摩耶花は起き上がって奉太郎に顔を向けた。

摩耶花「そうなの?」

奉太郎「そうだ。千反田は断じて関係ない」

摩耶花「そうなんだ」

奉太郎「ああ」

摩耶花「でも温泉旅行とか……」

奉太郎「ぐ……、あれは……」

摩耶花「あれは?」

奉太郎「断れないんだ……」

摩耶花「は?」

奉太郎「千反田の目を見ると、どうしても断れなくなる。承諾しなければいけない気になる」

摩耶花「………」

奉太郎「俺だって喜んで温泉いったり文集を作ったりしているわけじゃない」

摩耶花「……ふうん」

ぽて、と摩耶花は今度は横に倒れた。

摩耶花(でも……、それって、ちーちゃんが好きだからってことじゃないの)



階下に呼ばれた折木が階段を上ってくる。

奉太郎「伊原ーあけてくれ」

摩耶花「なによもう……」

マンガを置いて摩耶花が扉を開けると、奉太郎がお盆を持って入ってきた。
冷やし中華が二つ。

奉太郎「昼飯」

摩耶花「あっえっ、い、いいの?」

奉太郎「いいんじゃないか。それとも嫌いだったか?」

摩耶花「ううん! じゃあ、いただきます」

なんとなく二人とも黙ったまま食べる。
すこし居心地の悪さを感じる奉太郎。

奉太郎「……伊原は、里志のどこが好きなんだ」

奉太郎(しまった、どうしてこんなめんどくさい話題を俺は……)

じろっと摩耶花は奉太郎を一瞥した。

摩耶花「……優しいし、楽しいし」

奉太郎「ふうん……」

摩耶花「でもよくわかんないのよねふくちゃんって」

摩耶花は早口にそう言った。

摩耶花「最初に告白したときもなんかよくわからない断られ方だったの」

奉太郎「……そうか」

どんな相槌を打てばいいかわからなくて奉太郎は困った。

摩耶花「『君の気持ちはわかったけど、君自身が本当の気持ちに気付かないと僕は付き合えない』とかなんとか」

奉太郎(おい里志おまえのせいで今俺がめんどくさいことになってるじゃないか)

摩耶花「本当の気持ちって何なんだろ。ホントよくわかんないよ」

奉太郎「……ああ」

冷やし中華が無くなって奉太郎は間が保たなくなった。
摩耶花のそれはまだ半分も残っている。

摩耶花「……ねえ折木」

奉太郎「ん」

麦茶に口をつける奉太郎。

摩耶花「あたしってそんなに魅力ないかな」

奉太郎「!? ごほっ、げほっ」

摩耶花「だ、大丈夫!?」

奉太郎「あ、ああ。だいじょうぶだ」

奉太郎(なんだこれは。俺はどうしたらいいんだ)

  ―――いーい? 奉太郎。

  ―――女の子には優しくしなさい。けっして逆らっちゃダメよ。

  ―――落ち込んでいたら褒める。落ち込んで無くても褒める。

  ―――わかった? 女の子には優しく。

  ―――それじゃ、まずわたしのいうことを聞きなさい。いいわね?

奉太郎(トラウマが……!)

摩耶花「折木?」

奉太郎「俺は、」

奉太郎(褒める、褒める――)

摩耶花「なによ?」



奉太郎「俺は、伊原が可愛いと思うぞ」



摩耶花「………」

奉太郎「………」

奉太郎(なんだこれ異常に恥ずかしいんだが。なんか言えよ伊原)

摩耶花「……ぷっ」

奉太郎「?」

摩耶花「あははははっ!」

摩耶花「なに!? 突然可愛いとか! あははっ折木が壊れた!」

腹を抱えてげらげら笑う摩耶花に奉太郎は赤面した。

奉太郎「おまっ、笑うこと無いだろう!」

摩耶花「あはははっお腹いたい! 苦しい!」

奉太郎「……言うんじゃなかった……」

摩耶花「く、くふっ、冷やし中華美味しい……ぶふぅっ」

奉太郎「吹くな!」

摩耶花「ごめ、ふふっ、あはは!」

奉太郎(恨むぞ姉貴……)



奉太郎「……落ち着いたか?」

げんなりした顔の奉太郎。

摩耶花「うん。ごちそうさま」

対して摩耶花は笑顔である。

摩耶花「じゃあそろそろ帰るわね」

立ち上がった摩耶花に奉太郎も続く。

奉太郎「そうか。マンガはどうするんだ」

摩耶花「また読みにくるから! あと半分くらい残ってるし」

玄関まで見送る奉太郎。

奉太郎「それじゃあな」

摩耶花「うん。………」

外に出て、摩耶花が振り返る。

摩耶花「あ、ありがと!」

扉が閉まった。

奉太郎「………」

奉太郎(……まぁ元気出たみたいだし、いいか)

陽光に満ちた道路を足取り軽く帰る摩耶花。

摩耶花「……ふふっ♪」

思わずスキップなんで踏んでしまう。
にやけるのを止められない摩耶花。

摩耶花「折木に可愛いって言われちゃったっ」

その笑顔は太陽よりなお明るい。





はいありがとでしたー

めんどくさくなってんじゃねぇぞ!!

>>79
寝るんだよwww
またいちゃこらするネタができたらがんばる

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