さやか「恭介の家がおかしくなった」(214)

~恭介の部屋~

恭介「何で窓に鉄格子が……?」

さやか「何これ?」

恭介「いや、僕が訊きたいくらいなんだけど」

さやか「自分の部屋なのに?」

恭介「だって昨日というか、さっきまでこんなの無かったよ」ガチャガチャ

さやか「んー? 恭介が知らないなら、あたしに分かるわけないや」

恭介「駄目だ……びくともしない」

さやか「……おおぅ、ほんとに頑丈」ガチャガチャ

さやか「おじさんに訊いてみたら? 今日は居るんでしょ?」

恭介「父さんに? ……うん、そうだね。ちょっと訊いてくる」

恭介「あれ?」ガチャ

さやか「ん?」

恭介「あれ、おかしいな」ガチャガチャ

さやか「どしたの?」

恭介「ドアが開かないんだけど……」

さやか「鍵掛かってるんじゃないの?」

恭介「そんな事してないよ」

さやか「恭介ぇ、さやかちゃんを部屋に連れ込んで鍵まで掛けるなんて……何考えてるのかなー?」

恭介「さやか、冗談言ってる場合じゃないよ」

さやか「どれどれ、ちょっと貸してみて」

さやか「あれ?」ガチャガチャ

さやか「これ本当に開かなくない?」

恭介「だからそう言ったろ?」

さやか「鍵が壊れちゃったのかなぁ」ガチャガチャ

さやか「ドア壊すわけにもいかないよね?」

恭介「そこまでしなくても父さんに頼んで、外から開けて貰えば済むよ」

さやか「内線?」

恭介「うん、確か書斎に居るはず……」カチッ

恭介「父さん? 僕だけど、ちょっといいかな?」

~書斎~

恭介『父さん? 僕だけど、ちょっといいかな?』

上条父「恭介か。どうした?」

恭介『僕の部屋なんだけど、ドアが閉まって開かないんだ』

上条父「ドアが?」

恭介『うん、おかげで外に出られない。それと窓に──』

上条父「……鉄格子が填まっているんだろう?」

恭介『分かるの?』

上条父「ああ」

恭介『どういう事?』

上条父「実は今、防犯システムが誤作動を起こしてしまったみたいでな」

恭介『防犯って、これが?』

上条父「侵入者対策だそうだ。最近は物騒な話も耳にするからな」

恭介『で、それが誤作動?』

上条父「うむ」

恭介『じゃあどうすればいいの? こっちにはさやかも居るんだけど』

上条父「さやかちゃん、来てるのかい?」

恭介『うん。今日一緒に買い物に行ってね、その帰りに寄ったんだ』

上条父「そうか。すまん、急いで復旧させるから、しばらく待っていてくれ」

恭介『しばらくって、どれくらい?』

上条父「そうだな……2、3時間くらい掛かるかもしれん」

恭介『結構掛かるんだね』

上条父「業者に連絡して来てもらう事になるからな」

恭介『そっか、それなら仕方ないね』

上条父「悪いが少しの間我慢してくれるか?」

恭介『うん。とりあえず2、3時間待てばいいんだね?』

上条父「ああ、さやかちゃんにも謝っておいてくれ」

恭介『分かったよ』カチッ

 ・
 ・
 ・

上条父「……これで良かったのかい?」

ほむら「ええ、上出来よ」

~書斎改めモニタールーム~

ほむら「カメラの調子は良好ね」

ほむら「マイクのスイッチを入れて頂戴」

上条父「分かった」カチッ

恭介『──テムの誤作動なんだって』

さやか『ふーん、恭介の家ってそんなのあるんだ』

ほむら「問題無いみたいね」

恭介『実は僕も初耳なんだ。ヴァイオリンの練習が出来るようにって、防音設備なら整えて貰ったんだけど』

ほむら(「あなたが入院してる間に、こっちも色々仕込んだのよ」)

上条父「しかし……」

ほむら「何?」

上条父「本当にここまでする必要があったんだろうか」

ほむら「説明はしたはずよ」

上条父「……君は本当にさやかちゃんの友達なんだよね?」

ほむら「ええ、大の仲良しよ。親友といっても差し支えないわ」

ほむら「だからこそ彼女の想いを遂げさせてあげたい」

上条父「うぅむ……」

ほむら「けれど私が手伝おうとすれば、彼女は間違いなく反発するわ」

ほむら「かといって本人に任せておいたのでは何も進まない」

ほむら「二人の関係が今どうなっているか、あなた自身も確認したはずよね?」

―――――
―――



~証言その1~

『さやかちゃんと上条君ですか?』

『うーん、二人とも特に変わりないですよ。仲良くやってると思います』

『え? それは……。うん、やっぱりさやかちゃんの方から、きちんと言わないといけないのかなって』

『私としてはさやかちゃんの事、応援したいです』

(M・Kさん)

~証言その2~

『上条君とさやかさん、ですか……』

『もうしばらくは現状を維持しておきたいところですわね』

『……現状? もちろんお二人の関係が只の幼馴染であるという事ですわ』

『そしてしかるべき時が訪れたならば私が……』ブツブツ

(H・Sさん)


~証言その3~

『上条恭介さん? ああ、美樹さんの……』

『すみません、私は直接お話した事が無いので、よく分からないんです。学年も違いますし』

『美樹さんがいつも彼の事を話していますから、ある程度は知っているつもりですけど……』

『……え? そういう話、しちゃってもいいのかしら?』

『でもその辺りは美樹さん、いつもはぐらかすから……。やっぱりよく分からないです』

(M・Tさん)

~証言その4~

『今日は何か御用ですか?』

『ええ、息子さんはきちんと授業を受けていますし、普通に学校生活を過ごしているかと思います』

『美樹さんですか。特に変わりはありませんが……そうですね、以前より明るくなったような気もします』

『ところでお父様はバームクーヘンを食べる時、皿に切り分けますか? それとも、そのまま噛り付きますか?』

(K・Sさん)


~証言その5~

『はぁ、上条の事? そうだなぁ……』

『退院してからあいつ、結構女子に人気あるんですよ。入院する前も似たような感じではあったけど』

『ちょっとばかり顔が良くて背が高くて物腰が柔らかくてヴァイオリンが弾けて家が金持ちってだけで、これだから……』

『……はい? バームクーヘン? それ上条と何か関係あるんですか?』

『まぁ、好きなように食べればいいんじゃないかと……』

(男子生徒)


―――
―――――

上条父「だが恭介の意思はどうなる?」

ほむら「それを確認する為でもあるわ」

上条父「しかし、まるっきり子供というわけじゃない。二人にその気があるなら放っておけばそのうち──」

ほむら「彼が異性よりもヴァイオリンに興味を持っているのは誰のせい?」

ほむら「思春期に入ってもただの幼馴染、ただの友人としてしか見ていないのは何故?」

ほむら「誰がこんなヴァイオリン馬鹿に育てたのかしら?」

上条父「……」

ほむら「協力、してくれるわね?」

上条父「分かった……」

ほむら(「放置しておけるのなら私だってそうしたい」)

ほむら(「けれど美樹さやかは既に契約してしまった……」)

ほむら(「こうなってしまった以上、後は少しでもソウルジェムの濁りを抑える策を取る必要がある」)

ほむら(「今回はまだ志筑仁美が動いていない。でも何時動き出すか分かったものじゃない」)

ほむら(「その前に、この二人をどうにかしておかないと……」)

~恭介の部屋~

さやか(「買い物帰りに寄っただけなのに、二時間以上も足止め食らうなんて……」)

さやか(「でもまぁ、恭介と二人きりだし、ラッキーって事でいいのかな」)

さやか(「……って、二人っきり!? 密室に!?」)

さやか(「どーする? あたしはどうすればいい?」)

恭介「……どうかした?」

さやか「へっ!?///」

恭介「何か考え込んでるみたいだったから」

さやか「あ、いやぁ、その、今から二時間だと、帰るの夜になっちゃうなぁーって思ってさ///」

恭介「ああ……そうだね。帰る時は送ってくよ」

さやか「え、いいの?」

恭介「もちろん」

さやか(「送ってくれるって事は、二人っきりで並んで歩くって事だよね?」)

さやか(「ただそれだけなのに嬉しいとか……。はは……あたし、やばいかも」)

さやか(「うん……まぁ、何も無いんだろうけどさ」)

恭介「それだけ?」

さやか「え? えっと、そだね、あと何か時間潰せるような事ないかなーって///」

恭介「暇潰しになるものか……。何かあったかなぁ」

さやか「あ、そうだ。恭介、さっき防音効いてるって言ったよね」

恭介「うん」

さやか「せっかくだからさ、一曲弾いてくれない?」

恭介「ヴァイオリン?」

さやか「うん。……いいかな?///」

恭介「あぁ……それが、さ」

さやか「駄目なの?」

恭介「駄目っていうか、ここには無いんだよ」

さやか「無いって、ヴァイオリンの事?」

恭介「うん、さっき少し探したんだけど見当たらなくって」

さやか「いつもここに置いてるの?」

恭介「練習用のを一挺だけね。机の上に置いておいたはずなんだけど……」

さやか「それが無いの?」

恭介「うん……」

さやか「どこかに置き忘れたって事は?」

恭介「無い……と思う」

さやか「じゃあ他に何かある?」

恭介「うーん、誰かが持っていったのかなぁ」

さやか「誰が? っていうか何で?」

恭介「分からない。それにしても初めてだよ、こんな事」

~モニタールーム~

上条父「ひょっとして君の足元に置いてあるのは……」

ほむら「彼のヴァイオリンよ」

上条父「やっぱり」

ほむら「今回の作戦でヴァイオリンは邪魔なだけ」

上条父「何故だい?」

ほむら「せっかく『密室に二人きり』という非日常を演出したのよ?」

ほむら「ここでヴァイオリンを持ち出されたら、いつもと変わりないじゃない」

上条父「うぅむ……」

ほむら「さて、それじゃ次の非日常を始めるとしましょうか」カチッ

~恭介の部屋~

 ブゥン……

恭介「ん?」

さやか「何の音?」

恭介「あれ、エアコンだ」

さやか「何? 恭介、寒いの?」

恭介「僕じゃないよ。第一リモコン、あっちだし」

さやか「あぁ、あたしやるよ。消しちゃっていいんだよね?」

恭介「うん」

さやか「はいよー」ピッ

さやか「あれ?」ピッ ピッ

さやか「恭介、これ消えないんだけど」

恭介「えぇ?」

さやか「これも何かの誤作動ってやつ?」

恭介「ちょっと貸して」

さやか「はい」

恭介「ありがと」ピッ

恭介「本当だ……って、これ冷房じゃないか」

さやか「はぁ?」

恭介「あれ、くそ、温度設定も変わらない」ピッ ピッ

さやか「どういう事?」

恭介「うーん……ちょっともう一回父さんに訊いてみるよ」

~モニタールーム~

ほむら「息子さんがお呼びみたいね」

上条父「ああ」

恭介『父さん?』

上条父「どうかしたか?」

恭介『度々ごめん。どうも今度はエアコンが壊れたみたいなんだ』

上条父「壊れた?」

恭介『うん。壊れたっていうか、勝手に動き出しちゃって』

上条父「それで?」

恭介『停止ボタンを押しても温度設定を弄ろうとしても、全く操作を受け付けてくれないんだよ』

上条父「他には?」

恭介『それだけ。ただ設定が冷房になってるからね……。凍えるって事は無いだろうけど、ちょっと寒いかも』

上条父「分かった。それも防犯システムの誤作動と関係していそうだな」

恭介『うん。そっちもまだ掛かりそう?』

上条父「ああ、すまんが……」

恭介『仕方ないさ。父さんのせいじゃないよ』

上条父「寒くなるようなら毛布でも被ってるといい」

恭介『ははは、そうだね。さやかにはそうして貰う事にするよ。じゃ』カチッ

 ・
 ・
 ・

ほむら「確かに父親のせいではないわね」

上条父「心が痛い……」

ご都合主義とイミフ展開は違うんだぞ

~恭介の部屋~

さやか「おじさん、何だって?」

恭介「寒かったら毛布に包まっててくれって」

さやか「エアコンは?」

恭介「そっちも様子見てみるって言ってた」

さやか「うーん……」

恭介「寒い?」

さやか「ちょっと、ね」

恭介「ごめん」

さやか「何で恭介が謝るのさ」

恭介「そりゃ僕が何かしたわけじゃないけど、僕の家の事だしね」

さやか「気にしないでよ。しょうがないじゃん」

恭介「うん、ありがとう」

さやか「けど確かに……もうちょっと厚着して来ればよかったかもねぇ」

恭介「やっぱり毛布使う?」

さやか「んー……うん、じゃあせっかくだし借りよっかな」

>>49
嫌なら見るなよ…
行き先不安なものによく張り付いていられるな

~モニタールーム~

上条父「狙い通り、か」

ほむら「ええ、今の所はね」

 ・
 ・
 ・

恭介『あれ? おかしいな』

さやか『どした?』

恭介『いや、何でもない。はい、これ』

さやか『ありがと。恭介の分は?』

恭介『僕はいいんだ』

さやか『何で? 寒くないの?』

恭介『ん、そういうわけじゃないんだけど……』

さやか『何?』

恭介『何でもないよ』

さやか『何でもないって事はないでしょ。何? ちゃんと言ってよ』

 ・
 ・
 ・

上条父「何故恭介は毛布を使おうとしないんだ?」

ほむら「毛布が一枚しかないからよ」

上条父「……君がやったのか?」

ほむら「そうよ」

何故かゲンドウと冬月先生がちらついて集中できねえ

>>60
お前のせいでほむらと上条父の居場所があのだだっ広い場所に変換された

~恭介の部屋~

さやか「これしかないの?」

恭介「うん、だからさやかが使ってていいよ」

さやか「……そう言ってくれるのは嬉しいけどさ、そういうわけにもいかないよ」

恭介「本当に僕なら平気だから、ね?」

さやか「……じゃあ、あたしもいらない」バサッ

恭介「え?」

さやか「だって恭介も寒そうじゃん。あたしだけ使うなんて出来ないよ」

恭介「さやか」

さやか「いいの、いらない」

恭介「……」

さやか「……」

恭介「……なら一緒に使おうか」

さやか「……へ?」

恭介「ここ、座って」ポンポン

さやか「あ……えっと///」

恭介「さやか?」

さやか「あ、うん///」

~モニタールーム~

上条父「恭介の方から行ったか」

ほむら「想定通りよ。ただ……」

上条父「何か問題が?」

ほむら「彼の行動は美樹さやかを女性としてあまり意識していないが故」

ほむら「ここで彼女への意識を高めて貰わなければ成功とは呼べないわ」

上条父「まだ何かするのかね?」

ほむら(「本当なら二人とも素っ裸にして、吹雪に見舞われた山小屋にでも放置したいところだけれど」)

ほむら「……いえ、少し様子を見ましょう」

~恭介の部屋~

恭介「暖かいね」

さやか「……うん///」

さやか(「何これ? 何でこんな幸せなの? あたし死ぬの? 明日銃殺刑にでもなるの?」)

恭介「どうかした?」

さやか「ううん、何でも///」

さやか(「……ん?」)ブルッ

さやか(「トイレ……行きたくなってきちゃった」)

マミ「あなたは死なないわ、どうせ私が死ぬもの」

さやか(「こっ……こんな時にぃぃぃっ!!」)

さやか(「寒いから? 寒いからなの?」)

さやか「ねぇ恭介……」プルプル

恭介「何?」

さやか「その、さ……ドア……まだ開かないのかな?」プルプル

恭介「進展したら、また連絡があるよ」

さやか「そっか……」プルプル

恭介「あのさぁ」

さやか「な、何ですかな?」プルプル

恭介「ひょっとして……トイレ?」

さやか「は、はは……」プルプル

~モニタールーム~

ほむら「転回点のようね」

上条父「うん?」

ほむら「彼女は明らかにトイレを我慢しているわ」

上条父「そうか、ではドアを……」

ほむら「ちょっと待って」

上条父「何だ?」

ほむら「彼の前で粗相をする。これがプラスになるか、それともマイナスになるか……少し考えたいの」

上条父「……君は一体何を言っているんだ。さやかちゃんの友達じゃなかったのかい?」

ほむら「大親友よ」

ほむら「ただ『秘密の共有』や『弱い部分を見せる』というのは、男女の仲を深めるのに効果的と言えなくもないわ」

上条父「いや、しかしだね」

ほむら「やはり引いてしまうかしら?」

上条父「ん……仮に恭介がさやかちゃんを気遣ったとしてもだ。恐らく彼女の方から距離を取ってしまう気がするな」

ほむら「……確かにその可能性はあるわね。彼女はここぞという時に逃げる癖があるもの」

上条父「だからこそ、こんな事を始めたんだろう?」

ほむら「……そうね、ここはリスク回避を優先しましょう」

上条父「ではドアロックを解除していいかな?」

ほむら「ええ、やって頂戴」

~恭介の部屋~

プルルルルル…… プルルルルル……


さやか「内線?」

恭介「父さんかも」カチッ

恭介「父さん?」

上条父『ああ、恭介か』

恭介「何かあった?」

上条父『システムの誤作動なんだが、まだ上手く直らんようだ』

恭介「そっか……」

上条父『だがお前の部屋だけは、どうにかなりそうだ。今少し動かしてみるから、見ていてくれるか?』

恭介「本当? 分かった」

上条父『行くぞ』ピッ

ガシャン ガチャッ ガチャッ


恭介「あ、動いた」

上条父『どうだ?』

恭介「窓の鉄格子が引っ込んだよ」

上条父『ドアは開いたか?』

恭介「さやか、ドア開けてみてくれる?」

さやか「はいよー」ガチャッ

さやか「開いたよ!」

恭介「父さん、ドアも開いたよ」

上条父『そうか、とりあえず一歩前進だな』

恭介「うん、助かったよ」

さやか「……色々とね」プルプル

~トイレ~

恭介「なんだか僕もトイレに行きたくなっちゃったな」スタスタ

恭介「あれ……? ドアが半開きになってる」

恭介「……さやか、かな?」

恭介「急いでたのは分かるけど、済んだらちゃんと閉めてくれなきゃ」カチャッ

さやか「え?」

恭介「あ」

さやか「くぁwせdrftgyふじこlp!!」

恭介「ご、ごめん!」バタン

さやか「いいからあっち行って!!」

恭介「その、ドア開いてたし、中にいるなんて思わなかったんだ!」

さやか「あっち行ってってば!」

恭介「わ、分かった。けど、何で開いてたのさ!?」

さやか「恭介の部屋みたいに閉まったまま開かなくなったら困ると思ったの!」

恭介「とにかく、その……ごめん。本当に、悪かったよ」

さやか「……」

恭介「……僕、向こうに行ってるから」

 ・
 ・
 ・

さやか「はぁ……」

さやか「『お嫁に行けなくなった』って、こういう時に言うのかな……」

マトモな♂ならここらで「責任…とってよね」とか言っとけば堕ちる

マトモな♂ならな

>>94

さやか「責任…とってよね」

恭介「じゃあお返しに僕の放尿シーンを披露するよ」ニコッ

~リビングルーム~

さやか「あ、おじさん」

上条父「やぁ」

さやか「お邪魔してます」

上条父「せっかく来てくれたのに、今日はすまなかったね」

さやか「そんな、気にしなくていいですよ」

上条父「それで今、恭介にも話したんだが……」

さやか「何ですか?」

上条父「実はもう一つ、迷惑を掛ける事になってしまいそうなんだ」

さやか「はぁ」

恭介「玄関のドアが開かないんだよ」

さやか「へ?」

恭介「それどころか窓も勝手口も、家の外に通じる出入り口が全部、ロックされちゃってるんだ」

上条父(「もちろん嘘……というか、解除しようと思えば何時でも出来るんだが……」)

面白い支援

さやか「全部って、何でまたそんな事に……」

上条父「どうも恭介の部屋を開放しようと、無理にシステムを弄ったせいらしい」

恭介「復旧にも結構時間が掛かるんだって」

さやか「そうなんだ。……って、それじゃ、あたし帰れないじゃん」

恭介「うん」

さやか「うん、て言われても……」

上条父「だから申し訳ないが、今晩は泊まっていってもらえないかな?」

さやか「えぇ!?」

上条父「本当にすまない。流石にドアを叩き壊して、というわけにもいかなくてね」

さやか「あ、いえ! あたしは別に平気です。大丈夫です!」

上条父「そうかい? そう言ってもらえると助かるよ」

恭介「ごめん、さやか」

さやか「いいよ。恭介ん家に泊まるのも久し振りだしね」

上条父「二人とも夕食は?」

さやか「帰りに食べてきました」

上条父「そうか、それならいいんだが」

上条父「ああ、そうだ。エアコンの調子がおかしくなっていたんだったな」

恭介「うん」

上条父「二人とも寒かったろう。すぐ風呂の準備をするから入ってしまいなさい」

さやか「えっ?」

恭介「先に入ってきなよ。僕はもう少し家の中の様子見て回るからさ」

さやか「あ……うん。ありがと///」

さやか(「一瞬、恭介と一緒に入るところ想像しちゃったじゃん」)

さやか(「そりゃ無いよ。あるわけ無いって! 第一あっても困るし!」)

さやか「……」

さやか(「あたしって、ほんとバカだ……」)

~モニタールーム~

ほむら「ご苦労様」

上条父「あれで良かったのかい?」

ほむら「ええ、名演技だったわ」

上条父「次は何をするんだね?」

ほむら「とりあえずバスルームの監視ね。ただし、あなたは駄目」

上条父「……それくらいの分別はあるつもりだよ」

ほむら「デスクの上に小型イヤホンがあるわ。それを着けて一旦戻って頂戴」

上条父「イヤホン?」

ほむら「何かあれば、それで指示を出すわ」

上条父「分かった」

~バスルーム~

さやか「ふぅ……」チャプ…

さやか(「しっかし、買い物しておいて良かったなぁ」)

さやか(「おかげで明日着る服もあるし、下着の替えもちゃんとあるし」)

さやか(「けど、ちょっと寄って、ひょっとしたら恭介のヴァイオリンが聴けるかもってだけだったのに」)

さやか(「まさか、こんな事になるとはねぇ……」)

さやか(「それにしても、このお風呂に入るのも久し振りだ」)

さやか(「昔はここで泳いだりしたっけ」)

さやか(「自分家のお風呂よりずっと広くてプールみたいだって、はしゃいだなぁ」)

さやか(「今は流石に無理だけど……」)

さやか(「あの時は恭介も……いっしょ、だった……」)

さやか(「って、どうしてそっちに行くのよ、あたしの頭は!」)

さやか「あぁ、もう! 考えるの止め! 思い出すのも無し!///」

さやか「……もう上がろ」ザバッ

~モニタールーム~

ほむら「聞こえる?」

上条父『ああ、聞こえている。何か問題でも?』

ほむら「もうすぐ彼女が入浴を終えるわ」

上条父『それで?』

ほむら「急いで上条恭介を突入させて」

上条父『なっ!? それは、やり過ぎでは……』

ほむら「いいから言われた通りにして頂戴」

~リビングルーム~

上条父「なっ!? それは、やり過ぎでは……」

恭介「どうしたの?」

上条父「ん、何でもない」

恭介「そう?」

上条父「それより恭介、その、さやかちゃんだが……」

恭介「さやかがどうかした?」

上条父「ん、それがだな、今お風呂に入っているはずだな」

恭介「うん」

ほむら『バスタオルを出しておいてあげなさい』

上条父「バスタオルを出しておいてあげなさい」

恭介「……ああ、そっか。久し振りに来たんだし、分からないかもね」

ほむら『それとパジャマ』

上条父「それとパジャマだ」

恭介「パジャマ? 母さんのを貸すの?」

上条父「え、あ……」

ほむら『上条恭介の物でいいわ』

上条父「上条恭介の物でいいぞ」

恭介「……は?」

上条父「あ! いや、何でもない。……うん、そうだな、恭介の物を貸してあげればいいだろう」

恭介「僕はいいけど、さやかが何て言うかなぁ。サイズも合わないだろうし」

ほむら『いいから早くしないと彼女がお風呂から出てしまうわ』

上条父「早くしないと、さやかちゃんが風呂から出てきてしまうぞ」

恭介「うん……分かった。ちょっと行って来る」スタスタ

恭介(「今日の父さん、何かおかしいな……」)

~脱衣所~

ガチャッ

恭介(「よかった、まだ入ってるみたいだ」)

恭介(「とりあえずバスタオルとパジャマを……ん?」)

恭介(「これ、さやかの着てた……」)ドキドキ

恭介(「ダメだ、見ちゃダメ! 見ないように、見ないように……」)

ガラッ

恭介「あ」

さやか「ひっ!?」

恭介「あっ、のっ、違うんだ、バスタオルをっ!///」

恭介「ぱ、パジャマもサイズ合わないと思うけどっ、袖とか捲くって使って! じゃ!///」

ガチャッ バタン

さやか「……」

さやか(「モロに見られた……」)

さやか(「本気で驚いた時って、逆に悲鳴とか出ないんだ……わー、新発見……」)

さやか「は、ははは……」

さやか「……」

さやか「うぅぅぁぁぁ……もぉぉぉ……なんなのさぁぁぁ……///」

>さやか(「本気で驚いた時って、逆に悲鳴とか出ないんだ……わー、新発見……」)

なんかめっちゃ言いそう
上手いな

~ゲストルーム~

さやか「ふーん……こんな部屋まであったんだ」キョロキョロ

恭介「お客さん用なんだよ。さやかは……使ったこと無かったっけ?」

さやか「あたしが前に泊まったの、何時だと思ってるのさ。小学校……幾つだっけ? 2年くらい……かな?」

恭介「あぁ、そうか。僕と一緒だったね」

さやか「うん」

恭介「流石に今は一緒ってわけにもいかないからね」

さやか「そ、そうだよね」

恭介「……」

さやか「……」

さやか(「しまった、なんか気まずい……空気変えなきゃ!」)

さやか「あ、ねぇねぇ、このドアなに?」ガチャッ

さやか「あれ、トイレ付いてるんだ」ガチャッ

さやか「こっちはお風呂まであるじゃん」

恭介「うん」

さやか「へぇ、まるでホテルみたい」

恭介「一部屋しかないけどね」

さやか「やっぱすごいね、恭介ん家って」

恭介「さやかにも、こっちを使ってもらえば良かったね。そうすれば、さっきみたいに──」

さやか「……」

恭介「あ……」

さやか「……」

恭介「ほんと、ごめん……」

さやか「い、いいってば! もう忘れよ? ね? 事故なんだしさ///」

さやか(「うぅ……また気まずくなった……」)

恭介「あ!」

さやか「ん、なに?」

恭介「父さんがパジャマなんて言うから、すっかり忘れてた」カチャッ

恭介「確かここに……」ゴソゴソ

恭介「やっぱりあった」

さやか「それって浴衣……じゃないか。バスローブ?」

恭介「うん。これもお客さん用。こっち使う? パジャマ代わりにさ」

さやか「んー……」

さやか「あたしはこれでいいや」

恭介「そう?」

さやか(「恭介のパジャマだもんね! えへへ……」)

恭介「それじゃ僕もそろそろお風呂に行ってくるよ」

さやか「うん」

恭介「おやすみ」

さやか「うん、おやすみ」

恭介「あ、何かあったら僕でも父さんでもいいから、また呼んでね」

さやか「分かった」

恭介「それじゃ」ガチャッ

恭介「……」ガチャガチャ

さやか「恭介?」

恭介「……」ガチャッ ガチャッ

さやか「まさか……」

恭介「開かない……」ガチャガチャガチャ

~モニタールーム~

ほむら「逃がすわけないじゃない」

上条父「そろそろ気付かれてもおかしくないと思うが……」

ほむら「その時はその時よ。それより内線、ちゃんと切っておいて」

上条父「ああ」

~ゲストルーム~

恭介「うーん……」カチッ カチッ

さやか「壊れちゃったの?」

恭介「分からない……。多分ずっと使ってなかったしね」

恭介「けど、内線も使えないんじゃ、どうしようもないや」

さやか「どうする?」

恭介「うーん……」

さやか「……」

恭介「……」

さやか「……じゃあ、さ」

恭介「ん?」

さやか「ここで……寝る?///」

恭介「え?///」

恭介「……」

恭介(「ここで寝るって、さやかと一緒に寝るっていう事だよね?」)

恭介(「幾ら何でもそれは不味いような……というか不味い」)

恭介(「でもドアが開かないなら、そうするしかないのかな……」)

さやか「……」

さやか(「い、言っちゃった! 言ってやった!」)

さやか(「でも……なんか変に誘ってるとか思われたらどうしよう……」)

さやか(「そういうつもりは無い……はず、なんだけど……」)

二人(「「間がもたない……」」)

さやか「そ、そうだ! 恭介お風呂まだだったよね?」

恭介「あ、うん」

さやか「だったら今そこで入ってきたら?」

恭介「え、いや、それはどうだろう……」

さやか「入ってる間にドア開くかもしれないしさ、このまま考えててもしょうがないじゃん」

恭介「んー……」

さやか「その間、内線通じるようになるかも試しておくから。ね?」

恭介「うーん……そうだね……」

さやか「どう?」

恭介「うん、じゃあそうしようか」

~モニタールーム~

ほむら「……」

上条父「……」

ほむら「……動かないわね」

上条父「恭介がシャワーを浴び始めてから、もう10分近く経つが……」

ほむら「内線も試そうとしないし、ドアにも近寄らないわね」

上条父「諦めているんじゃ──ああ、また歩き出した」

ほむら「犬みたいに部屋の中をぐるぐる回ってからベッドに座って考え込む。これでもう四回目」

上条父「落ち着かないようだが、何がしたいのかさっぱり分からん」

ほむら(「……何を考えているのかは大体想像がつくけれど」)

~ゲストルーム~

ガチャッ

さやか「あ、おかえり」

恭介「うん」

恭介「で、どうだった?」

さやか「へ?」

恭介「内線だよ。使えた?」

さやか「あ、えっと、やっぱりダメみたいだね。うん、ダメっぽかった!」

恭介「そうか。こっちは……」ガチャガチャ

恭介「開かないね。また閉じ込められちゃったなぁ」

さやか「……どうする?」

恭介「どうするって言っても……。さっきも言ったけど仕方ないか」

恭介「さやかには悪いけど、僕もここで寝かせてもらう事にするよ」

さやか「だよね、仕方ないよね!」

恭介「うん。えっと……」キョロキョロ

さやか「どしたの?」

恭介「いや、どこで寝ようかなって」

さやか「……こ、ここでいいじゃん///」ポンポン

恭介「……? 幾らなんでも、ベッドはさやかに譲るよ?」

さやか「そうじゃなくて!」

恭介「なに?」

さやか「一緒に使えばいいじゃんって言ってるの!///」

恭介「え……と……いや、それは流石に……///」

さやか「……床で寝るって言うなら、お布団渡さないからね」

恭介「じゃ、じゃあ、お風呂場で寝ようかな///」

さやか「……そっちは恭介が使ったばっかで濡れたままだよ」

恭介「……」

さやか「……そんなバスローブ着ただけで、布団も無しに寝てたら風邪引くよ?」

恭介「いや、でもさ……」

さやか「あたしと一緒じゃ嫌なの?」

恭介「そういうわけじゃないけど……」

さやか「じゃあ決まり! はい、早く寝るよ!///」

恭介「う、うん///」

恭介(「ホントに……いいのかな?」)

~モニタールーム~

ほむら(「美樹さやかが思ったより攻めに回っている……」)

ほむら(「期待していたとはいえ、意外だったわ」)

上条父「まだ何かするのかい?」

ほむら「いいえ、これが最後」

ほむら「というか、ここまでやって何一つ進展しないようなら見込みは無いわ」

ほむら「ついでに言えば、あなたの息子は男性として何かしら問題があると言わざるを得ない」

上条父(「失礼な事を言う子だな……」)

上条父「ふむ……あとは成り行きを見守るだけ、か」

ほむら(「正直疲れたわね。……これで何も無かったら恨むわよ、美樹さやか」)

ほむら「はぁ……」

~ゲストルーム~

さやか「あのさ、恭介」

恭介「なに?」

さやか「なんで背中向けてるの?」

恭介「別に意味は無いよ」

さやか「それに、そんな端っこに居られると隙間が出来て寒いんだけど……」

恭介「あ……ごめん」

さやか「あたしに気を遣ってくれてるのかもしれないけど、ホントに平気だから」

さやか「もうちょっと、こっちに寄ってよ……///」

恭介「……分かった」

恭介「……これでいい?」ゴソゴソ

さやか「うん、ありがと」

さやか「……」

恭介「……」

さやか「今日はさ、色々ありがとね」

さやか「買い物付き合ってもらったし」

恭介「別に大したことはしてないよ」

恭介「最近、ヴァイオリンの練習ばかりしてたしね。いい息抜きになったよ」

さやか「そっか」

恭介「うん」

さやか(「息抜き、か……」)

さやか(「やっぱり恭介にとって、あたしはただの幼馴染でしかないのかな……」)

さやか(「それって、このまま変わらないのかな……」)

さやか(「うん、ホントは分かってるんだ。変わるのを待ってるだけじゃダメだって」)

さやか(「でもやっぱり、言うのは怖い。……必要無いって言われるのが、怖い……」)

さやか(「怖いよ……」)

恭介「さやか?」

さやか「え?」

恭介「何か悩み事?」

さやか「……なんで?」

恭介「そんな顔していれば、すぐ分かるよ」

さやか「……」

恭介「僕で良ければ聞くよ?」

さやか「……本当?」

恭介「うん」

さやか「ホントに聞いてくれる?」

恭介「いいよ、なぁに?」

さやか「あのね……」

恭介「うん」

さやか「あたしね……」




さやか「あたし、恭介のこと……好きなんだ……。うん、ずっとね、好きだった……」

~モニタールーム~

さやか『あたし、恭介のこ──』カチッ

ほむら「……」

上条父「もういいのかい?」

ほむら「これ以上は、ただの覗き見にしかならない」

上条父「そうか……そうだな」

ほむら「後は二人だけにしてあげましょう」

ほむら(「というか、もし二人が事に及ぶような流れになったら気まずいにも程がある」)

ほむら(「そうなる前にスイッチを切っておかないと……」)

上条父「では私の役目も終わりという事でいいのかな?」

ほむら「ええ、お疲れ様。後は機材を片付けて撤収するわ」

ほむら(「これで上手く行かないようなら別の手立てを考えるか……」)

ほむら(「あるいは美樹さやかを完全に切り捨てる方向で考えるべきか」)

ほむら(「……出来ることなら、あまりやりたくはないけれど」)

~美樹さやか~

「今日だってさ、恭介にとっては幼馴染の買い物に付き合っただけかもしれないけど、あたしはそうじゃなかったんだ」

 あたしは天井を見詰めたまま喋り始めた。恥ずかしくて恭介の顔は見れなかった。

「途中でいきなり下着売り場に行ったでしょ? あれ、わざとなんだよ?」

「ああすれば恭介が、あたしの事、少しでも意識してくれるかなって……」

「それにね、正直に言うと今日帰れなくなって嬉しかったんだ。これでもうちょっと一緒にいられるなーって」

「なんか色々恥ずかしい目にも遭ったけどさ、それも全然嫌じゃなくて……あぁ、恥ずかしいのはその通りなんだけど」

 あたしは居心地の悪さを誤魔化そうとして小さく笑った。

「でも、なんていうか……今日一日で色々あってさ。この勢いなら全部言えちゃうかなー、なんて思って、ね」

 暗闇のおかげでバレてはいないだろうけど、あたしは耳まで真っ赤になっているはずだ。

 声も少し震えていたし、ちょっと早口にもなっていたから、あたしが緊張している事は恭介も気付いていると思う。

「ね、恭介。初めて会った時の事、覚えてる?」

 それからあたしは、ほとんど一人で喋り続けた。

 初めて会った時の記憶、恭介を好きになった理由、子供の頃一緒に遊んだ話、お見舞いに通い続けた事。

 恭介は「うん」とか「そうだね」とか相槌を打ちながら、そして時々クスクス笑いもしつつ、静かに聞いてくれていた。

 それは告白というよりも、久し振りに会った友人同士が交わすような思い出話に近かったと思う。

「あはは……ごめん、あたしばっか喋っちゃって」

「いいよ」

 あたしは少し喋り疲れて、小さく息を吐いた。それで恭介は、あたしの話が終わったと思ったようだった。

「その……驚いたよ」

「だよね……いきなりでごめん」

 けれど恭介は、それ以上何も言わなかった。あたしも何を言えばいいのか分からず、それっきり黙り込んだ。

 カチカチと音を立てて時を刻む時計の音が妙によく聞こえる。

 横目でちらりと恭介を見ると、真剣な顔で、あたしと同じように天井を見詰めていた。

 どんな断りの文句ならあたしを傷付けずに済むのか、それを考えているのかもしれない。

 今にもその口から拒絶の言葉が出てくるのかもしれない。

 そんな考えが頭を過ぎり、あたしは沈黙に耐えられなくなった。

「あ、返事はまた今度でいいからさ、今日はもう寝よ? ね? おやすみっ!」

 早口でまくし立てると、恭介が口を開くよりも早く、逃げるようにして背を向ける。

「うん……おやすみ」

 背中に掛かる恭介の声にも応えず、あたしはギュッと強く目を瞑った。

 そして無理矢理に羊の数を数え始める。

~上条恭介~

 夢を見ていた。

 さやかに手を引かれて学校の中を走り回る、ただそれだけの夢。

 何故か二人とも子供のままで、笑いながら各教室のドアを片っ端から開けていく。

 教室の中には小学校の時の友人や中学のクラスメイト、時には病院の先生や看護師さんたちも居た。

 すごく楽しかった。それだけがぼんやりと頭に残り、他はすぐに消えて思い出せなくなった。

 ・
 ・
 ・

 スズメの鳴き声が聞こえる。薄く目を開けると、もう朝になっていた。

「はぁ……」

 大きく息を吐いて身体を起こそうとした途端、右腕を引っ張られる。

 目をやると、さやかが僕の右腕を抱き枕のように抱え込んだ状態で寝息を立てていた。

 その口からは涎が垂れ、枕に小さな染みを作っている。

「ふふ……」

 僕は子供の頃を思い出しながら、バスローブの袖口でさやかの口元を拭った。それでも目を覚ます気配は無い。

 昨夜、さやかの告白を聞いてから、僕はずっと考えていた。

 さやかの事は好きだ。それは間違いない。

 けれど、さやかは幼馴染だ。

 僕にとって妹のようで、時には姉のようでもあって、手を伸ばせばすぐそこに居る女の子。

 だからさやかに対する気持ちが恋愛なのか、それとも幼馴染として長く過ごした故の親愛に過ぎないのか。

 その判断がつかないまま、僕の思考は同じところでぐるぐると回り続ける。

 そして何をどう言えばいいのか焦っているうちに、待ち切れなくなったのか、さやかは寝てしまった。

 なかなか返事をしない僕にイラついたのかもしれない。

 僕がこうして考えているような事を、さやかはずっと一人で溜め込んでいたんだろうか。

 一緒に遊んでいる時も、僕のヴァイオリンを聴いている時も、お見舞いに通ってくれていた時も。

 ──そして昨夜、僕に告白してくれた時も。

 それを思うと堪らない気持ちになった。

 結局のところ、僕は自分に言い訳がしたかったんだろう。

 今まで『幼馴染』として接していたくせに、たった一日で見る目が変わり、たった一晩で好きになってしまった。

 それがとても安っぽくていい加減なものに思えてしまい、後ろめたさのようなものを感じたのだ。

 だから『親愛』だの『恋愛』だのといった言葉に拘った。

 それとも、一歩踏み出すための名目が欲しかったんだろうか。

 どちらにせよ、僕は長い入院生活を続けるうちに、少し理屈っぽくなっていたのかもしれない。

「考えすぎ、なのかな……」

 僕は呟きながら、さやかを見た。そして、相変わらず無防備な寝顔を晒している彼女の髪をそっと撫でる。

「……んー?」

 さやかが、もぞもぞと身を捩った。そっと触れただけのつもりだったが、どうやら起こしてしまったらしい。

「……おはよう、さやか」

「んー……」

 眠そうに目を擦るさやかを見て、僕は心を決めた。

 今の気持ちを全部そのまま、素直に伝えよう。少し遅れたけど、僕も一歩踏み出して、さやかの隣に立とう。

 そして二人で、『幼馴染』から一歩、前進するんだ。






 ~fin~

~おまけ~

さやか『それでさ、恭介が言うんだよね』

さやか『今まで何ともなかったのに、今はさやかの色んな所が可愛く見えるから不思議だ、ってさ』

さやか『酷いよね、素直に可愛いって言ってくれればいいのにさー』

さやか『ね? まどかもそう思うでしょ?』

まどか「さやかちゃん……」

さやか『ん、なに?』

まどか「愚痴を聞いてほしいって話だったよね?」

さやか『うん、そーだよー』

まどか「それ、愚痴じゃないよね?」

さやか『えー? そんな事ないよー』

まどか「もう切るよ?」

さやか『え、ちょっと待って! まだこれか──』ピッ

まどか「ふぅ……」

ほむら「その様子だとあの二人、上手くいってるみたいね」

まどか「うん。学校でも今みたいな話、しょっちゅうするし……」

ほむら「時間が経てば落ち着くと思うわ。今は見守ってあげましょう」

まどか「……ほむらちゃんは大人だね」

ほむら「別に……そうでもないわ」

まどか「……いつか私にも恋人が出来るのかなぁ」

キュゥべえ「それが君の願いかい?」

まどか「キュゥべえ!?」

キュゥべえ「さぁ、まどか。僕と契約してまほぉ──」グシャッ

ほむら「ここには来るなと言ったはずよね?」グリグリ

まどか「ほ、ほむらちゃん?」

キュゥべえ「暁美ほむら。とりあえず、その足をどけてもらえないかな?」

ほむら「帰りなさい」

キュゥべえ「仕方ない、今日のところは引き上げるよ」

キュゥべえ「それじゃあ、まどか。願いが決まったら、いつでも声を掛けて。待ってるからね」

まどか「ほむらちゃん……」

ほむら「今更言わなくても分かっていると思うけど、キュゥべえの言葉に耳を貸しては駄目」

まどか「う、うん」

ほむら「……それに、まどかなら、すぐ素敵な人が見付かると思うわ」

まどか「そうかなぁ」

ほむら「私が保証する」

まどか「ふふ……うん、ありがと!」

ほむら「じゃあ私も、そろそろ失礼するわね」

まどか「あ、うん。また明日ね」

ほむら「ええ、また明日」

 ・
 ・
 ・

まどか「また明日、かぁ……」

まどか「明日もさやかちゃんの惚気話を聞かされるんだろうなぁ……」

終わりです
お疲れ様でした

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