奉太郎「今回こそ枯れ尾花だったな」(134)

奉太郎「あつい……」

まやか「口に出すんじゃないわよバカ折木、よけい暑くなるでしょうが」

える「あっ、あそこに神社がありますよ」

里志「いいね! ちょっと木陰で休んでいこうよ」

夏休みも半ばに差し掛かったころ、4人は図書館で宿題をすすめて帰宅していた。
跳ねるように神社へ足を向ける里志に続く奉太郎ら。
鳥居の向こうには鬱蒼とした鎮守の森が広がっている。

奉太郎「ずいぶん小さい神社だな」

里志「おそらく村社だろうね。ここらへんにはこういう小さい神社が多く点在しているよ」

摩耶花「これで小さいの? じゅうぶんにおおきい気がするけど」

える「折木さんは伊勢をイメージされているんじゃないでしょうか」

折木「あぁ。伊勢くらいにしか行ったことないからな」

里志「奉太郎が伊勢神宮に行ったことがあるということだけで、僕には驚きだけれどね!」

折木「家族に連れて行かれたんだ」

摩耶花「あたしは伊勢には行ったことないわね」

里志「それはもったいない! あんなにお手軽に清浄な雰囲気を味わえるところはないよ」

奉太郎(清浄なんて、おまえにはもっとも似合わない言葉だと思うがな)

える「私はお伊勢さんには毎年参らせてもらっています。あそこはすごい人ですよね」

里志「そうだね、お御籤もないのにどうしてあんなに人が集まるんだか」

摩耶花「伊勢がすごい神社だからじゃないの?」

里志「それはそうさ。なんてったって天照大御神を祀る本陣だからね!」

奉太郎「本陣って言い方はおかしいだろ」

鳥居の前でえるは自転車を停めた。
鳥居をくぐって4人は白い石畳の参道を歩く。
日陰はまだ少し先だ。
奉太郎は額の汗をぬぐった。

参道の先にあるふたつめの鳥居をくぐって4人は境内に踏み入った。
樹に囲まれたそこは全体的に翳っている。

里志「おっ、思ったとおり涼しくて快適だね!」

摩耶花「ちょっとやめなさいよふくちゃん」

える「とりあえずお参りしましょうか」

奉太郎「どうしてそうなる……」

奉太郎は力無く拝殿の縁に腰を下ろした。
摩耶花は興味なさそうに由来の立て札を呼んでいる。

里志「おーい千反田さん! こっちに手水舎があるよ」

える「今いきます!」

両手を振って水気を切る里志のもとへとえるが駆け寄る。
なんとはなしにそれを見ていた奉太郎の顔を、摩耶花が覗き込んだ。

摩耶花「なーにちーちゃん見つめてんのよ折木」

奉太郎は摩耶花のほうをみずにため息をついた。

奉太郎「見つめてなんてない」

摩耶花「じゃあふくちゃん?」

奉太郎「俺はお前の頭の中身を覗いてみたいよ」

境内に人気は無い。
ゆるやかな風に頭上のはがざわめく音だけが聞こえてくる。

里志「わぁすごい苔だよ千反田さん」

苔むした狛犬を眺める里志。
同意しながらえるは財布を取り出して小銭をつまんだ。
わずかな階段を上って賽銭箱にそれを投げ入れる。

「おっと、僕も少しばかりだけど賽銭を入れようかな」

二拝二拍手するえるに並んで里志も小銭を投げる。

奉太郎「おまえは行かないのか」

摩耶花「うん」

ぽんと摩耶花は奉太郎の隣に座った。

奉太郎「金欠なんだな」

摩耶花「は? そんなわけないでしょ」

横目で睨んでくる彼女から奉太郎は目をそむける。

奉太郎「ならどうして……、まぁいい」

摩耶花「なによ」

奉太郎「どうでもいいことを追求するのは省エネに反する」

摩耶花「またそれ? 折木、あんたってほんッとにやる気無いわね」

奉太郎「何を言っている。俺ほど省エネにやる気のある人間は居ない」

摩耶花「なによそれ、なんか矛盾してる気がするんだけど」

奉太郎「気にするな」

奉太郎は後ろに両手をついて空を眺めた。
さやさやと揺れている葉に青い空が切り取られている。

奉太郎「深いことを考えるなんてエネルギーの無駄だぞ、伊原」

摩耶花「あたしはあんたとは違うの」

そういいながら摩耶花も空を見上げた。

える「折木さん! 伊原さん!」

里志「ちょっとホータロー!」

二人が拝殿へと戻ってくる。

奉太郎「どうした。神様でも居たのか」

摩耶花「なにバカなこと言ってんのよ折木」

える「神様……、そっそうかもしれません」

摩耶花「えっ?」

里志「それはちょっと飛躍しすぎだと思うけど、まぁ聞いてくれよ」

里志は参拝しているときのことを話し始めた。

音高く手を打った里志は目を瞑った。
どうやらえるもまだそのままのようである。
強い風が吹いたのか、木の葉の擦れ合う音が大きくなる。
そして、

きぃ―――

里志は目を開いた。
辺りを見回す。
たしかになにか音が聞こえた。
隣のえるが里志の様子を察して目を開ける。

きぃ―――

まただ。
里志は耳に神経を集中させる。

一拝して頭を上げたえるは怪訝そうに里志に向き直った。

える「福部さん、どうかされましたか?」

里志は人差し指を立てた。

里志「静かに。なにか聞こえたんだ」

えるは両手で口を押さえる。

里志「………」

きぃ―――

えるは目を見開いて里志を見た。
頷く里志。

里志「なんの音だろう、これ」

える「なんなんでしょう」

里志「ホータローたちにも、聞いてみよう」

笑ってそういう里志にえるはぴょこりと首を上下させた。

える「はい!」

える「折木さん! 伊原さん!」

里志(さてさて今回も面白くなるかな?)

里志「というわけなんだ」

摩耶花「音?」

奉太郎「なんだそれは。すこぶるどうでもいい」

奉太郎はぐったりと呆れた。

里志「そうかな? 千反田さんはどう思う?」

奉太郎(いやな予感しかしない……)

える「この音の正体がなんなのか――」

える「私、気になります!」

奉太郎(またこのパターンか……!)

今日は宿題もやったし暑い中歩いて可処分エネルギーは余ってないぞ。
そう言おうとしたが、里志に先を越された。

里志「そうだよね。僕も気になるなぁ。個人的にはお化けだといいんだけど」

える「お化け、ですか?」

摩耶花「ちょ、ちょっとやめてよふくちゃん!」

里志「とりあえず聞いてみてよ、ホータロー」

奉太郎「おい」

里志「さぁさぁお静かに。夜にも珍しいお化けの鳴き声だよ」

再び人差し指を立て、片目を瞑る里志。
えるは真剣な表情で双眸を閉じる。
摩耶花が口を開きかけて、まだ黙り込むのを奉太郎は、また珍しいこともあるもんだと思っていた。

里志「………」

える「………」

摩耶花「………」

何も聞こえないじゃないか。
奉太郎がそう言おうとした時、

きぃ―――

音がした。

摩耶花がびくりと反応した。

里志「聞こえたかい?」

奉太郎「……あぁ」

奇妙な音だった。
金属質な、生きているものが出している音とは思えない、抑揚の無い音。

きぃ―――

摩耶花「ひぅ……」

青ざめる摩耶花。
奉太郎は半眼になって音の聞こえたほうに目を向けた。
本殿。

える「折木さん、どうでしょうか?」

奉太郎「………」

里志「ホータロー、もしかして怖いのかい?」

揶揄する里志を奉太郎は睨んだ。

奉太郎「違う。……聞いたことの無い、音だ」

える「そうですよね! 気になりませんか?」

奉太郎(それでも、べつにどうでもいいだろう……)

摩耶花「あ、あのさっ」

摩耶花が上ずった声をあげた。

3人の視線が摩耶花に集中する。

摩耶花「も、もう帰らない? もうじゅうぶんに涼んだでしょ?」

える「それはそうですけれど――」

里志「いーやまだだね! 涼むのはこれからさ、怪談でね」

こいつ楽しんでるな、と奉太郎は思った。

摩耶花「そ、それに! 暗くなってきちゃうし!」

える「まだまだ日は長いですよ?」

摩耶花「うっ」

里志「それともなにか用事でもあるのかい? 摩耶花」

摩耶花「そ、それは、ないけど……」

うろたえた摩耶花は奉太郎に助けを求めた。

摩耶花「折木! 折木は帰りたいわよね!? ね!」

肩を揺さぶられ、奉太郎はぐらんぐらんと頭を振る。

摩耶花「ほ、ほら! 折木も帰りたいって」

里志「まやかー、ホータローをいじめたらだめだよ」

える「だいじょうぶですか? 折木さん」

奉太郎「……大丈夫だ……」

摩耶花「ご、ごめん折木」

しおらしく謝る摩耶花。
気にするな、と奉太郎はその頭をぽんぽんと叩いた。

える「私、気になります! 音の正体をみんなで確かめましょう!」

目を爛々と輝かせるえる。
にやにやと事態を見守る里志。

摩耶花「わ、わかった……」

里志「おっ」

摩耶花「それじゃあとっとと正体とやらを考えなさいよ、バカ折木!」

奉太郎「俺なのか」

奉太郎(3対1か……これ以上の抵抗は無駄だな)

奉太郎「……わかった。やってみよう」

える「はい!」

里志「やったね千反田さん」

摩耶花「うぅ……」

奉太郎「ただし5時までに解決しなければ諦めて帰るからな」

える「わかりました、がんばりましょう!」

きぃ―――

奉太郎(しかし、本当に何の音なんだ?)

奉太郎「さて――」

立ったままのえる、里志、そして隣の摩耶花と奉太郎は視線を巡らせた。

奉太郎「やらなければいけない事は手短に、だ。この音に心当たりはあるか?」

える「聞いたことのない音です」

里志「僕も無いね」

摩耶花「……無いわよ」

奉太郎「俺もない。じゃあ何の音だと思う?」

摩耶花「鳥とかじゃないの」

える「私は笛か、あるいは弦楽器かと思いました」

里志「僕はさっきも言ったけど、お化けだと思うね」

きぃ―――

摩耶花「ふ、ふくちゃん」

里志「聞いたことがあるんだ。神社に出る男の子の幽霊の噂をさ」

奉太郎「………」

里志「まぁ怪談としてはよくある話だけど、」

よく神社でひとりっきりで遊んでいた少年がいた。
ある日、神社の裏手の山に入ったっきり帰ってこなくなった。
数日後、警察は山の急斜面の下で、少年の遺体を発見する。

太陽が雲に隠れたのか、境内がいっそう薄暗くなる。

里志「それ以来、その神社にお参りすると声をかけられるんだって」

里志は声を潜めた。

里志「――ねぇ、遊ぼう? ってね」

摩耶花「きゃああああああッ!」

奉太郎「!」

叫んだ摩耶花に抱きつかれ、奉太郎は驚いた。
里志はくくく、と喉を鳴らしている。
えるはなぜかにこにこして、

「可愛いですねぇ、幽霊になっても遊びたいんですね」

里志「……やっぱり千反田さんは面白いね」

える「?」

奉太郎「へんだってことだよ。……伊原」

奉太郎の方に顔をうずめてぷるぷるしていた摩耶花は顔を上げた。
涙目である。

奉太郎「……そろそろ離れてくれ」

摩耶花「!」

ばっと摩耶花は飛びのいた。
後ろを向いて、

摩耶花「こ、怖いんじゃないわよ! ちょっと驚いただけ!」

わずかに見える耳が赤く染まっている。
奉太郎は顔を戻してため息をついた。

奉太郎「里志。今の話、作っただろ」

里志「ありゃ。さすがホータローだね」

奉太郎「ばればれだ。しかもこの音とまったく関係が無いじゃないか」

里志「あははっ、そうだね!」

摩耶花「え、う、嘘だったの……?」

里志「ごめんね摩耶花、脅かして」

摩耶花「ふーくーちゃーん?」

里志に詰め寄る摩耶花に関知せず、えるは首をかしげた。

える「嘘、なんですか? うーん、それじゃ……」

奉太郎「里志のバカ話はほっといてさっさと正体を考えるぞ」

摩耶花「はぁもうっ! 早くしてよね!」

どさっと乱暴に摩耶花は再び拝殿に腰を下ろした。

奉太郎「ちなみに俺は最初、猫の鳴き声だと思った」

える「にゃーさんですか?」

奉太郎「猫だ」

きぃ―――


奉太郎「あるいは虫かもしれない。伊原の言うように鳥かもしれない」

奉太郎は視線を地面に落とした。
アリが列を成して歩いている。

奉太郎「でもどれもひっかかる。確証がない」

える「そうですね……。楽器というにも、あまりにも人間味が無さ過ぎます」

里志「ようし、この神社の中を調べてみよう!」

える「はい! それがいいと思います!」

奉太郎「俺はパスだ。今日はもう帰る分のエネルギーしか残ってない」

里志「まったくホータローはしかたないね。じゃあ行こうか、摩耶花」

摩耶花「えッ? あ、あはは、あたしもちょっとエネルギーが足りないかなーって……」

える「だいじょうぶですか? 摩耶花さん」

摩耶花「う、うん! ちょっと休めば回復するって!」

える「そうですか……。それじゃあ福部さん、行きましょう」

里志「いいよ! じゃ、あっちからだね」

里志とえるが連れ立って歩いていく。
奉太郎は本日何度目かのため息をついた。

森がざわめいている。
鎮守の森に囲まれているからか、気温も低い気がする。
奉太郎は横の摩耶花に顔を向けた。

摩耶花「……なによ」

奉太郎「いや……」

摩耶花「……ねえ、折木」

奉太郎「なんだ」

摩耶花「……幽霊なんて、いるわけないわよね」

奉太郎「あぁ」

奉太郎(そんなことより手を離してくれ)

摩耶花「そうよね、幽霊なんているわけない。いるわけない、いるわけない……」

ぶつぶつと呟いている摩耶花から、奉太郎はえると里志へと目を移した。
手水舎を見ていた二人は今は本殿に向かって左手奥にいた。

きぃ―――

奉太郎(動物説はとりあえず保留だ。誰も知らないのであればそいつをとっつかまえなければ千反田は納得しない)

奉太郎(いるかどうかもわからない動物を探すなんて、考えるだけでも恐ろしい。もちろん面倒だという意味で、だ)

奉太郎(楽器説も証拠の提示が難しい。それに、俺にもこの音は人が演奏している音とは思えない)

きぃ―――

奉太郎(幽霊? ばかばかしい)

奉太郎(じゃあほかの可能性だ。考えろ……)

ぎゅっ。
右手で前髪をいじっていた奉太郎は、左手を握っていた摩耶花の力が強くなったのを感じてそちらを向いた。

奉太郎「……どうした、伊原」

摩耶花「い、今、いま……」

震えながら摩耶花が里志とえるを指差す。

摩耶花「今なんか、子供が、男の子がちーちゃんとふくちゃんのところに……!」

奉太郎「はぁ?」

摩耶花「ほっ本当なの! 男の子がいたの!」

奉太郎「伊原おまえ、わかってないのか? さっきの里志の話は嘘だ。男の子の幽霊なんていない」

摩耶花「で、でも! ……いない」

奉太郎「それと、そろそろ手を放してもらっていいか」

摩耶花「? ……ひゃうっ!?」

あわてて奉太郎から右手を離し、それを左手で握る摩耶花。

奉太郎「そんな汚いものを触ったかのような反応は傷付くんだが」

摩耶花「そっそんなんじゃないわよバカ折木! バカ!」

奉太郎「二回もいわなくていい」

奉太郎(冗談だというのに。今日の伊原はずいぶんと余裕が無いな)

里志とえるは本殿を観察したあと、その右手奥を見ているようだった。
奉太郎はもう一度思考に沈み込もうとした。

摩耶花「お、折木」

奉太郎「……今度はなんだ」

摩耶花「………」

奉太郎「………」

摩耶花「……っ手!」

奉太郎「は?」

摩耶花「手、握っていい……?」

奉太郎「……は?」

摩耶花「ち、違うの! 怖いとかじゃなくて! そ、その……」

うろたえる摩耶花。
奉太郎はその手を掴んだ。

摩耶花「!」

奉太郎「怖がりなの、小学生のときから変わらないんだな」

摩耶花「う、うるさいっ」

罵倒しながらも、摩耶花は奉太郎の手を握り返した。

摩耶花は赤面して俯いてしまった。
奉太郎は2人を探す。
里志とえるは奉太郎らのちょうど背後の建物をしげしげと眺めているようだった。

きぃ―――

奉太郎(やっと静かになったな。これで集中できる)

摩耶花(ちょ、ちょっとちょっと折木相手になにどきどきしてんのあたし!?)

奉太郎(音というのは空気の振動が鼓膜にそれを伝え、神経信号に変換したもの。つまり音とは振動だ)

摩耶花(あたしはふくちゃんが好きなのよ!? 折木なんて、ナメクジ以下の男なの!)

奉太郎(振動、振動――ん……?)

摩耶花(そりゃあ小学生からおんなじクラスだし、キライってわけじゃないけど……)

きぃ―――

摩耶花(お、折木は、あたしのことどう思ってるんだろ……)

奉太郎(とにかく2人の報告待ちだな。あとは、……)

摩耶花(なにを怖れているの伊原摩耶花! 気になったら、訊けばいいじゃない! 相手はたかが折木!)

奉太郎(手が痛い)

摩耶花(さぁ、訊くのよ摩耶花。たいしたことじゃない、たいしたことじゃないわ)

摩耶花「……ぉ、折木――」

里志「たっだいまー!」

える「お待たせしてしまって、すいません」

奉太郎「あぁ。なにかわかったか?」

摩耶花「………」

硬直している摩耶花にきょとんとするえる。
里志はふうん、とまたにやにやした。

奉太郎「ん? ……伊原どうした」

摩耶花「なッ……! なんでもないなんでもないってば!」

里志「んー? それじゃあなんで2人は手をつないでいるのかな?」

摩耶花「ちょッこれはちが、違うの!」

奉太郎から手を離して摩耶花はわたわたした。
奉太郎はやっと開放されたと思いながら腕を組む。

奉太郎「あつい……」

まやか「口に出すんじゃないわよバカ折木、よけい暑くなるでしょうが」

エロSSかと思ったわ

きぃ―――

奉太郎「里志。どうだった」

里志「あぁ、簡単に説明するよ。とりあえず結論からいうと音の正体はわからなかった」

える「誰もいませんでしたし、鳥や猫も見当たりませんでした」

里志「手水舎は竹筒から流れ出た水が石のくぼみに貯められる、一般的な形で、ひしゃくは3つだ」

える「歴史がある趣ですが、目立った汚れやゴミなどはなく、定期的に手入れされている風でしたね」

里志「まぁ村社だろうしね。あ、水は水道が引かれているだけだよ」

奉太郎「ふむ」

里志「手水舎のとなりにはお百度石があったね。ほら」

里志が指差した先には腰ほどまでの高さの石が置かれている。
なにか文字が刻まれているようだが拝殿からは読めなかった。

里志「その向こうは稲荷社だね。赤い鳥居が見えるだろう」

える「狐様のお社ですね。伏見を思い出します」

奉太郎「あぁ、狐か」

きぃ―――

里志「稲荷社からだと、あの音は本殿のほうから聞こえたね」

える「ええ、そうです」

里志「それからさらにその隣には石が3つあったよ」

奉太郎「石?」

える「石碑、というのでしょうか。うちふたつは山神と彫られていたのですが、ひとつだけ読めませんでした」

里志「彫られていないのか、風化してしまったか、まぁどっちかだろうね」

摩耶花「石は音を出したりしないから、問題ないでしょ」

里志「摩耶花、オッパショ石という伝承を知っているかい? しゃべる石の怪なんだけれどね」

摩耶花「ふくちゃん……?」

里志「わかったわかった。次に行こう」

える「次は、ちょうど本殿に向かって左側ですね」

里志「ちょっとした階段があって、小さな社があったよ。おそらく摂社ってやつだね」

える「ええとたしか、***明神、って書いてあるようでした」

摩耶花「神社って良くわかんないわね」

里志「ちょっと高かったからさ、社の柵に立って本殿のほうを見てみたんだけど」

奉太郎「どうだった」

里志「だめだね。よく見えなかった。音を出すような何かは確認できなかったよ」

摩耶花「なによそれ」

える「ここでも、やはり音は本殿の方向から聞こえているようでした」

里志「それで、いよいよ本殿だね」

える「さっきも見たのですが、今回はもっとじっくりなにかを探してみました」

里志「賽銭箱のむこうはアルミサッシで仕切られててね。四畳半くらいの板の間で、またアルミサッシがあってその外に本殿があった」

奉太郎「アルミサッシか」

里志「そうだね。もしかしたら家鳴りと同じ原理でサッシが鳴っているのかと思ったんだけど、そうではないみたいだ」

える「家鳴りは聞こえませんでしたしね」

摩耶花「家鳴り?」

里志「木造建築物は温度や湿度の差によって木材が変形することによって起こる軋みの音だよ」

奉太郎「……違うだろうな」

きぃ―――

奉太郎「真正面からじゃ、音はどう聞こえたんだ?」

える「わかりません……」

里志「正直言って、そこで何回聞いても聞こえてくる方向は後ろじゃないってことくらいしかわからなかったよ」

奉太郎(どこで鳴っているんだ……?)

摩耶花「それで、次は?」

里志「ああ。本殿の右側だ。こっちには小さな社がみっつあった」

える「左側よりも小振りで、段差等もありませんでした」

里志「末社ってやつかな。相応に古くはあったけれど、落ち葉なんかは掃除されていて綺麗だったよ」

える「**大社、***大権現、**神社、と書いてあったと思います」

摩耶花「ひとつの神社の中にそんなに神様がいるのね。神様も大変だわ」

奉太郎「……そこでの音は」

里志「僕は本殿から聞こえてくるように思ったけれど」

える「私は前から聞こえてきました」

奉太郎「前?」

える「ええ。末社の向こうです」

里志「そこにはなにもないけどね。樹が生えてるだけさ」

里志「後は、えっと」

える「社務所ですね」

2人は奉太郎を見越した。
摩耶花が振り返る。

里志「うーん、社務所には怪しいところは無かったね」

える「社務所の中から音が出ているということは無いようでした」

奉太郎「だろうな」

里志「……ホータロー、もしかして見当ついてる?」

奉太郎「たぶんな」

える「本当ですか、折木さん!」

摩耶花「ほんとなの? 折木」

2人からじいっと見つめられて奉太郎はあさってのほうを向いた。

奉太郎「とにかくおまえらの話をきかんとわからん。続けてくれ」

える「はい! といってもあとは鳥居くらいですが……」

里志「一の鳥居も二の鳥居も、石製の明神鳥居だね。特におかしなところは無い」

える「そこまでいくと、もう音は聞こえませんでした」

里志「以上、報告終わり」

里志はおどけて敬礼した。えるもそれを見て真似する。

里志「さっ、すべての場所は調べたよ! ホータローの推理を聞かせてくれ」

奉太郎「まだあるだろう。調べていない場所が」

える「えっ? 隅々まで調べたつもりでしたが……」

摩耶花「あ、わかった。ここね」

摩耶花は座ったまま拝殿の天井を見上げた。
拝殿はせりあがった板の間を持つ東屋で、軒の内側には寄進者の名前がずらりと列挙されている。

奉太郎「そうだ」

える「なるほど、たしかにここは調べていませんでした」

里志「ホータロー? 拝殿が音の出所だと思っているのかい?」

奉太郎はかくりと首をかしげた。

奉太郎「いや?」

える「えっ」

摩耶花「はぁ!? じゃあなんでここを調べてないなんて言ったのよ!」

奉太郎「伊原。深く考えるな。エネルギーを無駄に消耗してハゲるぞ」

摩耶花「ハゲないわよ!」

きぃ―――

里志「まぁまぁ摩耶花、落ち着いて。それで、もういいだろ? ホータロー」

奉太郎「あぁ、仮説を立てるには十分だ。あとは実物を確かめればいい」

答えはじつにしょーもないけど、シンキングタイムいるかな
なんもなければ続ける

える「それでは、なにが正体なんですか? 音は、どこから鳴っているのですか?」

奉太郎は立ち上がった。

奉太郎「鳥、猫、笛――どれも違う。お化けも論外だ」

摩耶花も続く。

奉太郎「場所も正体も、もっとも近かったのは、千反田、おまえだ」

える「私ですか?」

奉太郎が無造作に歩き出す。
本殿の、右側へと。

里志「末社かい?」

奉太郎「違う」

きぃ―――

4人はぞろぞろと末社に近づいた。
音が近くなる。

奉太郎「音が鳴るのは、なにかが空気を振動させているからだ」

里志「骨伝導というのもあるけどね」

里志がまぜっかえす。

摩耶花「ちょっとふくちゃん」

奉太郎「ではいったいなにが? 正体は、千反田の言った弦楽器が最も近い」

奉太郎はみっつ並んだ小さな社のあいだを抜けてさらに奥へと進んだ。

なまぬるい風が4人の髪と裾を揺らした。

きぃ―――

奉太郎は視線を上げて探す。
そして確信する。

奉太郎「みつけた」

える「ど、どこですか? なにがいるんですか?」

里志「猿がヴァイオリン弾いてるって言うんじゃないだろうね、ホータロー」

摩耶花「なんにもいないわよ」

奉太郎の見ている場所には、木の枝があるだけである。

える「折木さん? 枝があるだけですよ?」

奉太郎「そうだ。この、」

きぃ―――

奉太郎「音の正体は、枝だ」

摩耶花「はぁ? なにいってんの折木」

里志「………」

里志がじっと目を凝らす。
風が吹いて、音が鳴った。

きぃ―――

里志「そうか! 本当だ、枝だ!」

摩耶花「ふくちゃん?」

える「わかりません……。折木さん、教えてください」

きぃ―――

奉太郎「弦楽器といっただろう。弓と弦をこすって音を出すんだ」

里志「この場合は、どちらも枝ってわけだねホータロー」

奉太郎が頷く。

奉太郎「枝だ。枝と枝が、風で動いてこすれることで、この音を出している」

きぃ―――

摩耶花「そんなことが、」

風が吹き抜ける。
葉が、枝が、揺れる。
一本の幹から生えた縦にのびる枝がその先で接触している。
ふたつの枝が揺れ動き、

きぃ―――

音が鳴った。

える「本当です……!」

里志「なるほどね。上だったから、音の出所がわかりにくかったのか」

奉太郎「そういうことだ」

里志がひょこひょこと歩いていって違う角度から見上げる。

里志「おーおーなるほど! 枝の表面が削れて生木がこすれてるんだ。だからあんな音になるんだね」

える「自然の弦楽器というわけですね……! 演奏者は風なんて、すてきです」

奉太郎「満足したか? 千反田」

える「はい!」

摩耶花「こんなの思いつくなんて、折木ってやっぱりヘン」

奉太郎「前から言ってるだろ、こんなの運だ」

摩耶花「はぁー、でもよかったぁ……」

摩耶花は胸を撫で下ろした。

奉太郎「よーし帰るぞ。俺はもう疲れた」

える「はい!」

きぃ―――

4人ともきびすを返して鳥居のほうへと歩き出した。
里志が摩耶花に耳打ちする。

里志「どうだった? ホータローとのふたりっきりの時間は」

摩耶花「!? ふくちゃんッ!」

里志「あははっ、摩耶花はわかりやすいなぁ!」

逃げる里志を追って、頬を染めた摩耶花が駆け出す。

える「待ってくださいよー」

里志と摩耶花が鳥居を抜けていく。
えるが拝殿の横で振り返った。

える「折木さん、いきましょう!」

奉太郎「ああ」

最後に一度だけ、音の正体を見上げて、奉太郎は歩き出す。

奉太郎「今回こそ枯れ尾花だったな」

そう呟きながら。

―――とんとん、

その音は本殿から聞こえてきた。
ノックのような。
木の枝の演奏とはまったく異なる音。
風は吹いていない。

奉太郎「………」

ごくりとつばをのみこむ。
耳の奥で血が流れる音が聞こえる。
振り返れない。
手を振るえるとの距離がどんどん遠ざかっていく錯覚。
うそだ。
幽霊なんていない。
枯れ尾花だ。そのはずだ。
こんなに気温が低いのに、奉太郎の背中は汗でべっとりとしてきた。
呼吸が荒い。
ありえない。
男の子だ。
男の子がいる。

ねぇ――

遊ぼう?




はいありがとでしたー

あぁしまった、セミがいないのは幽霊のせいとか入れるの忘れてた
幽霊以外は実体験でした
摩耶花かわいい

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