ちなつ「スタートライン」(121)


―授業中―

結衣(だるい……めまいが……)

京子「……?」

結衣(ちゃんと黒板写さなきゃ……でも、目が回る)

京子「結衣」コソッ

結衣「きょうこ……?」

京子「大丈夫?顔色悪いよ」

結衣「……だめ、かも」


京子(これは本気でやばい気がする)

京子「先生!ゆ、船見さんが体調悪そうなんで保健室に連れて行きます!!」

先生「本当に顔色悪いな。歳納頼んだぞ」

結衣「ごめん、京子……」

京子「いいから。立てる?」

結衣「うん……」

―保健室―

先生「……すごい熱ね」

京子「38度超えてるって……」

結衣「はぁ……」

先生「船見さん、今日ご両親は?」

結衣「確か、今日は出かけるって……夕方頃にならないと帰らないって、言ってました…」

先生「うーん……」

京子「先生!確かうちのお母さんは今家にいると思うんで頼んでみます」

先生「でも……」

京子「いいよね?結衣」

結衣「うん……ありがとう」

先生「じゃあ頼むね、歳納さん」

―ごらく部―

京子「というわけで、結衣が酷い風邪をひいたらしい」

京子「お母さんは最初は私の家に連れて行くつもりだったんだけど、結衣が移すと悪いからって……」

ちなつ「え!今結衣先輩1人なんですか?」

京子「ううん。一応うちのお母さんがついててくれてるよ」

あかり「結衣ちゃん心配だね」

京子「そこで、今日はごらく部の活動は中止してお見舞いに行こうと思うんだ」

ちなつ「賛成です」

あかり「あかりも!」

京子「うちのお母さんもこの後用事あるらしいし」

ちなつ「早速行きましょう!」


・・・


ピンポーン

京子母「あ、京子」

京子「お母さんありがとうね」

あかりちなつ「」ペコッ

京子母「結衣ちゃんのお母さんもうすぐ来れるらしいから」

京子「わかった」

京子母「じゃあ、結衣ちゃんのお母さんが来るまで任せたよ」

京子「うん」


・・・

結衣「……」ハァハァ

京子「来たよ」

結衣「うん」

あかり「結衣ちゃん」

結衣「あかりも、ちなつちゃんも……ありがと」

京子「タオルもう温くなってるじゃん。代えてくるね」パタパタ

あかり「あかり、冷たいお水持ってくる」パタパタ

ちなつ「……」

結衣「……」ハァハァ

ちなつ「……結衣先輩」

結衣「ごめんね」

ちなつ「え……?」

結衣「今日は、ちなつちゃんの期待に応えられないよ」

ちなつ「……どういう、意味ですか?」

結衣「……ごめん」

ちなつ「結衣先輩!」

結衣「……」

あかり「お水持ってきたよ、結衣ちゃん」

京子「新しい濡れタオル持ってきたよ。でも冷えピタの方がいい?」

結衣「ありがと」

ちなつ「……」

ちなつ(期待って何?私の期待って?応えるって……?)

京子「……」チラッ

結衣「ゲホッゲホッ」

あかり「結衣ちゃん!」

結衣「き、気管に入っただけだから」ゴホッ

結衣「それに、もうすぐ親も来るからさ、帰っていいよ」

京子「……」

ちなつ「でも……」

結衣「みんなに移すといけないし」

ちなつ「でも、それじゃあ結衣せんぱ……」

結衣「帰って」

ちなつ「!」ビクッ

ブロロロロ

京子「……ちょうど来たみたいだな」

あかり「結衣ちゃん、無理しないでね」

結衣「うん」

ちなつ「……」

京子「じゃあまた今度お見舞いに来るから」

結衣「うん」

京子「行こう、あかり、ちなつちゃん」

ちなつ「……はい」

―帰り道―

京子「昼休みの時より辛そうだったなぁ」

あかり「うん。苦しそうだったよね、結衣ちゃん」

ちなつ「……」

あかり「ちなつちゃん?」

ちなつ「……結衣先輩、なんか今日冷たかったな」ボソッ

あかり「え?何?ちなつちゃん」

ちなつ「なんでもないよ、あかりちゃん」

京子「結衣はあまり風邪ひいたりしないから余計に心配だよなぁ」

あかり「ちょっと弱気になってる感じしたね」

ちなつ「……」

京子「あ、じゃあここで」

あかり「うん」

京子「じゃあ、また明日」

あかり「ばいばい京子ちゃん」

ちなつ「……」

あかり「どうかした?」

ちなつ「ううん……うん、でもなんか……」

あかり「なんか……?」

ちなつ「今日の結衣先輩、ちょっといつもと違くて……」

あかり「相当体調悪いんだと思うよ」

ちなつ「うん、それはわかるんだけど……」

ちなつ(期待に応えられないって……)

あかり「ちなつちゃん?」

ちなつ「あ、ううん……なんでもない」

あかり(結衣ちゃんが体調崩しちゃったからちなつちゃんも動揺してるんだな)

あかり「大丈夫だよ、ちなつちゃん」

ちなつ「え?」

あかり「結衣ちゃんはおうちでちゃんと看病してもらえるし、お医者さんが何とかしてくれるから」

ちなつ「……そうだね」

あかり「だから元気出してね、ちなつちゃん」

ちなつ「うん……ありがとう、あかりちゃん」

あかり「じゃあ、また明日ね」

ちなつ「うん、ばいばい」


ちなつ(今日の結衣先輩は、結衣先輩じゃないかった……よね)

『今日は、ちなつちゃんの期待に応えられないよ』

ちなつ(どういう意味だろう?私の期待って何?応えられないって何?)

『帰って』

ちなつ(あの時の結衣先輩の目……今までに見たことないくらい冷たかったな)

ちなつ「……」

ちなつ(結衣先輩……あの結衣先輩は私の好きな結衣先輩じゃなかったな)

ちなつ「……あんなの、結衣先輩じゃないよ……」ジワッ

―翌日―

京子「結衣の奴、思ったより酷いらしくて1週間くらい休むことになりそうだって」

ちなつ「……そうですか」

あかり「心配だよぅ」

京子「近所だからってことで私がプリントとか持ってくの頼まれたんだけど、一緒に行く?」

あかり「もちr……」

ちなつ「私はいいです」

あかり「えっ」

京子「……」


ちなつ「そんなにひどい状態なら大人数でおしかけたら迷惑でしょうし」

あかり「……そ、そうだね」

京子「わかった。じゃあとりあえず今日は一人で行くね」

あかり「う、うん」

京子「結衣の様子は明日教えるから」

ちなつ「はい」

あかり「行ってらっしゃい、京子ちゃん」

京子「じゃあ、また明日ね」パタパタ

ちなつ「……」

あかり「……」

ちなつ「お茶、いれるね」

あかり「ありがとう」

ちなつ「……」

あかり「あの、ちなつちゃん……」

ちなつ「……ごめんね、あかりちゃん」

あかり「何かあったの?」

ちなつ「……昨日見た限りだと本当に体調悪いみたいだし、私が居ても何もできないし……」

ちなつ(私は邪魔かもしれないから)

あかり「そっかぁ……みんなでお見舞いに行ってあかりたちが風邪ひいちゃったら結衣ちゃん悲しむもんね」

ちなつ「うん。だからよくなるまでは京子先輩に任せよ?」

あかり「うん!そうだね」

ちなつ(結衣先輩に会いたくないだけなんて言えないよね)

あかり(ちなつちゃんはちゃんと結衣ちゃんのことを考えてるのにあかりは馬鹿だなぁ」

あかり「ちなつちゃんは本当に結衣ちゃんのことが好きだよね!」ニコッ

ちなつ「……」

あかり「ちなつちゃん?」

ちなつ「そ、そうだ!あかりちゃん勉強教えてくれない?」

あかり「えっ」

ちなつ「ここが分からなくってさ」

あかり「う、うん。いいよ」


・・・

京子「こんにちは」

結衣母「あ、京子ちゃんいらっしゃい」

京子「結衣の調子どうですか?」

結衣母「まだ辛いみたい」

京子「そうですか……」

結衣母「体調良くなかったのに無理をしちゃったのかもしれないわね」

京子「こんなにひどい風邪初めてですもんね」

結衣母「そうね。だから余計辛いのかも……」

京子「結衣に会えますか?」

結衣母「京子ちゃんに風邪をうつすと悪いからちょっとだけよ?」

京子「はい」

結衣母「ちょうど眠ってるみたいね」

京子(顔色悪いし、汗すごい……)

京子「結衣も寝てるし、もういいです」

結衣母「ごめんねわざわざ来てもらったのに」

京子「いえいえ、届けなきゃいけないプリントもあるし、結衣のことも心配だから明日もきますね」

結衣母「ありがとうね、京子ちゃん」

京子「じゃあ、また明日」

結衣母「気をつけてね、京子ちゃん」

京子「はーい」


京子「……」


・・・

京子「まだまだ辛そうだったなぁ」

あかり「そっかぁ」

京子「顔色も悪かったし」

ちなつ(会わなくてすむってちょっと安心してる自分が嫌だな)

京子「そういえば昔さ、私が風邪ひいたときの結衣の慌てっぷりは面白かったよな」

あかり「京子ちゃんが風邪ひいたとき?」

京子「雨の日に外ではしゃぎまくった次の日だよ」

あかり「あぁ、あったね。そんなこと」

ちなつ「傘とか合羽とかなかったんですか?」

京子「それがさ、結衣がそんなのなくたって大丈夫だって言って私達を連れ出したんだよな」

あかり「雨で公園にも誰もいないから私達が使い放題だ、ってはしゃいだよね」

京子「それはそれで面白かったんだけど、次の日に私が風邪をひいちゃってさ」

ちなつ「結衣先輩とあかりちゃんは引かなかったんですか?」

京子「あの頃の私は他の子と比べるとか弱かったんだよ」

ちなつ「京子先輩がか弱いとか信じられないですよ」

京子「し、失礼な」

ちなつ「それで?」

京子「親同士が仲いいから結衣にも私が風邪を引いたってことが伝わって、あかりとお見舞いに来てくれたんだけど」

あかり「結衣ちゃんが私のせいでごめん。死なないで京子。って」

京子「なっ。誰よりも慌てちゃってさ」

京子「そんなことないよって私が言っても、でも、って言って聞かないんだよね」

ちなつ「結衣先輩がですか?意外」

あかり「京子ちゃんのお見舞いに行ったあと、あかりの家に行ったんだけど結衣ちゃん泣きそうになってて元気なくて大変だったんだよ」

京子「私が元気になったら自分の、ことのように喜んでてさ」

あかり「懐かしいね」

ちなつ「結衣先輩、優しいじゃないですか」

京子「いやぁ、確かに優しいけど、元々は雨の中で遊ぶという無謀な……」

ちなつ「た、確かにそれはあれですけど。でも子供の頃だし」

あかり「そういえば、あかりと京子ちゃんが二人ともインフルエンザにかかっちゃった時あったよね」

京子「あったあった。本当に結衣は昔から丈夫だよな」

あかり「インフルエンザだからお見舞いもできないって結衣ちゃん泣いてたんだって結衣ちゃんのお母さんがこっそり教えてくれたんだよね」

京子「私達の前じゃそんな素振りも見せなかったのにな」

あかり「結衣ちゃんはいつも強そうに見えるけど、本当は違うんだよね」

京子「そういう面はあるかもな」

あかり「あかりは年下だし、結衣ちゃんがそういうのあまり人に見せたくないみたいだから」

あかり「あかりはあんまり結衣ちゃんのそういうとこ見たことないんだけどね」

京子「ふふ、きっと結衣の奴、風邪が良くなる頃には私達に会えなくて寂しくなって泣いちゃうんだぜ」

あかり「そ、それはどうだろう」

ちなつ(結衣先輩が泣くとか、弱い面とか……でも、それは子供の頃の話でしょう)

京子「さて、じゃあ今日もお見舞いに行ってくるかー」

あかり「行ってらっしゃい、京子ちゃん」

ちなつ(私の好きな結衣先輩は王子様だよ)

ちなつ(いつも凛々しくて泣きごとなんて言わなくて、私を守ってくれる強くてかっこいい王子様だもん)

京子「ちなちゅ~」ギュッ

ちなつ「わっ!な、なんですか?京子先輩!?」

京子「私がいるんだから元気出しなよ!」

京子「あ、そだ!元気が出るおまじないしようか?」

ちなつ「元気が出るおまじない、ですか?」

京子「ちなつちゃん。目を瞑ってくれないか?」キリッ

ちなつ「?」パチ

京子「……」チュー

ちなつ「!」パチクリ

ちなつ「何してんですか!?京子先輩!!」バシィッ

京子「げ、元気が出るように私がちなつちゃんにちゅーしようかと」

ちなつ「まったくもう!」

京子「……でもよかった」

ちなつ「何がですか?」ジトー

京子「いつものちなつちゃんだ」

ちなつ「え?」

京子「じゃあ改めて、行ってきまーす」


・・・

京子「昨日よりはよくなったみたいよ」

あかり「それはよかったよぅ」

ちなつ「そうですか」

京子「結衣のお母さんに聞いたんだけど」

あかり「なになに?」

京子「結衣の奴、泣いちゃったらしい」

あかり「え?結衣ちゃんが?」

京子「お母さんの前ではけっこう甘えん坊だよな」ニシシ

あかり「それだけ大変ってことだよね」

京子「まぁそうだけど……なんか昔を思い出したよ」

あかり「何かあったっけ?」

京子「ほらっ!私が風船を木に引っかけちゃって泣いちゃった時だよ」

ちなつ「本当に泣き虫だったんですね……」

京子「お、やっとちなつちゃんも認めてくれたかぁ」

ちなつ「そりゃそんなに沢山エピソードがあったら嫌でも認めざるをえないですよ」

京子「ぐ、ぐぬぬ」

あかり「あ、思い出した」

京子「え、あかり?どうしたの、突然」

あかり「京子ちゃんが風船を木に引っかけちゃった話だよ」ブー

京子「あ、その話か」

あかり「京子ちゃんからしたんだよ」ブー

京子「私が泣いてたら、結衣がとってくるから泣くなって勇んで木に登ったのに」

あかり「降りられなくなっちゃって」

京子「木の上で涙目」

あかり「京子ちゃんが泣きながらあかりやお母さんを呼びに来てさ」

京子「今思うとあの時は面白かったな」

あかり「大変だったけど、可愛かったよね」

ちなつ「……そんなこともあったんですね」

ちなつ(私の知ってる結衣先輩じゃない……私の好きな結衣先輩じゃ……)

京子「お、こんな時間だ。そろそろ行かないと」

ちなつ(……私、本当に結衣先輩の事、好きなのかな?)

あかり「行ってらっしゃい、京子ちゃん」

ちなつ(好きだよね、私。ちゃんと。ちゃんと……?)

京子「行ってくるね、ちなつちゃん」

ちなつ「は、はい!な、なんですか?」

京子「結衣のお見舞いに行ってくるよって」

ちなつ「そ、それは……行ってらっしゃい、京子先輩」

京子「行ってきまーす」タタッ


ちなつ「……私達も帰ろっか?」

あかり「あ、うん」

ちなつ(……結衣先輩、か)

あかり「ちなつちゃん?」

ちなつ「何、あかりちゃん」

あかり「やっぱり何かおかしいよ」

ちなつ「……」

あかり「あかり頼りないかもしれないけど、相談してほしいよ」

ちなつ「……私、ちゃんと結衣先輩の事好きなのかな?」

あかり「えっ」

ちなつ「……何でもないよ」

ちなつ「あ、じゃあここで」」

あかり「……うん」

ちなつ「ばいばい、あかりちゃん」タタタッ

あかり「……ばいばい」

・・

・・


結衣「あ、京子」

京子「お、だいぶよくなったみたいだね」

結衣「まぁこれだけ休めば良くなるよ」

京子「よかったよかった。みんなも安心するよ」

結衣「日曜日なのに悪いね」

京子「いーってことよっ!」

結衣「……」

京子「結衣?」

結衣「あのさ」

京子「ん?」

結衣「ちなつちゃんさ、元気?」

京子「どうした急に?」

結衣「いや、なんとなく」

京子「うーん……少し元気ないかな」

結衣「そっかぁ……」

京子「なんかあったの?」

結衣「……京子たちがお見舞いに来てくれた日にさ、ちなつちゃんに冷たく当たっちゃったんだ」

京子「体調が悪かったせいもあるでしょ?」

結衣「それもあるんだろうけど……」

京子「何か言ったの?」

結衣「……ちなつちゃんの期待には応えられない、って」

京子「どういう意味……?」

結衣「ちなつちゃんって私の事慕ってくれてるだろう?」

京子「うん、まぁ」

結衣「そうやって好かれること自体は悪い気しないんだけどさ」

結衣「たまに疲れるというか……」

京子「確かに結衣はちなつちゃんの前だとちょっとばかしかっこつけてるところはあるよな」

結衣「よく見てるな」

京子「何年幼馴染やってると思ってるんだよ?」

結衣「ちなつちゃんから“結衣先輩はこうあってほしい“っていうのを感じるんだよね」

京子「紙芝居もそんな感じだったね」

結衣「……ちなつちゃんの気持ちを裏切りたくなくて……」

京子「ちょっと無理してたのか」

結衣「だけど、あの日は本当に体が重くて、色々と気が回らなくて」

結衣「どうしてあんなこと言ったのか、自分でもよくわかんないんだ」

京子「……そっか」

結衣「ちなつちゃんを傷つけちゃった気がして……」

京子「……私が思うに!」

結衣「なんだよ……」

京子「私が思うに、結衣はちなつちゃんと“結衣先輩”としてでなく“船見結衣”として付き合っていきたいってことなんじゃないかな?」

結衣「……そうかな?そうとも言えるのかな……」

京子「ちなつちゃんも結衣の前だと可愛い後輩を装ってるところもあるし……」

京子「お互いに少し無理してると思うんだ」

京子「だけどさ、本当はもっと自然に、自然なままで付き合いたいんじゃないかな?」

結衣「自然なまま……か。そうかもしれないな」

京子「ここ1週間のごらく部でのちなつちゃんの様子を見てると、きっと結衣の言葉に何か思うところがあったと思うんだよね」

結衣「結衣先輩に幻滅したとか?」

京子「あー、あかりから聞いたかも」

結衣「そうかぁ……」ガッカリ

京子「でも、そうやって結衣神話を崩壊させた方がいいんじゃない?」

結衣「結衣神話って……」

京子「理想が壊れた時に現実ってのが見えるものなのだよ」

結衣「何の漫画だよ?」

京子「こないだのアニメのセリフ」

結衣「……でも、そうかもしれないな」

京子「保障はできないけどね」

結衣「そういうこと言うなよ」

京子「期待させちゃダメかと思って」

結衣「自然体で付き合うようになること、それが私とちなつちゃんとの関係の第一歩だな」

京子「再スタートみたいな?」

結衣「どっちでもいいよ」

結衣「幻滅されても、それは私の本当の姿だし……それをちなつちゃんが受け入れてくれたら、嬉しいよな」

京子「大丈夫だよ、結衣」

結衣「京子……」

京子「きっとおそらくたぶん!」グッ

結衣「おいおい」



・・

ちなつ「……」

ともこ「どうしたの?」

ちなつ「お姉ちゃん」

ともこ「何か悩みでもあるの?」

ちなつ「お姉ちゃんって好きな人いる?」

ともこ「えっ」

ちなつ「いないならいいんだけど」

ともこ「……いるわよ」

ちなつ「お姉ちゃんはなんでその人の事好きになったの?」

ともこ「なんでだったかしら……?」

ちなつ「……」ジーッ

ともこ「……大学に入学して一番最初に話した人なの」

ちなつ「それだけ?」

ともこ「変なサークルに勧誘されていた時に助けてくれたのよ」

ともこ「それで一目惚れっていうか……」

ちなつ「一目惚れ……」

ともこ「素敵な人よ」

ちなつ「どこが好きなの?全部はなしね」

ともこ「そうね……いつもにこにこしてて、とても優しくて、気付くと私も元気になれるところが好きかな?」

ちなつ「嫌なところとかないの?」

ともこ「仲良くなるに連れて思ってた人物像と違った面を見たこともあるよ」

ちなつ「幻滅とか、しなかった?」

ともこ「幻滅……か」

ともこ「最初は戸惑ったわ。だけど……それも含めてその人だから」

ちなつ「どういう……」

ともこ「私が勝手に思い込んでただけってこと」

ちなつ「思い込み……?」

ともこ「一目惚れのせいか、その人に勝手な理想像を押しつけてたのは私だもの」

ちなつ「理想……」

ともこ「戸惑ったけど、私の中で勝手にそういうものを作りあげていたことに気付いたの」

ともこ「気付いたから、今度はちゃんとその人を受け止めようって思ったの。ありのままのその人を」

ちなつ「ありのままのその人……」

ともこ「ちゃんとその人を見たらね、だらしないところとかも見えるんだけど……なんででしょうね」

ともこ「前よりもっと好きになったわ」

ちなつ「……」

ともこ「何かあったの?前話してた先輩のこと?」

ちなつ「……私、ちゃんと先輩の事、見てなかったのかもしれない……」

ちなつ「先輩、優しいから、ずっとこんな私の理想に付き合っててくれたんだ」

ともこ「……きっと、きっとね……」

ともこ「きっと、その先輩にとってもあなたは大切な存在なのよ」

ちなつ「そう、かな……」

ともこ「そうよ。そうじゃなかったらあなたの理想に付き合ってないはずよ」

ちなつ「でも……」

ともこ「それに、ちなつも気付けたでしょう?」

ちなつ「……うん」

ともこ「だから、きっとこれからよ」

ともこ「これからちなつとその先輩の本当の関係が進むのよ」

ちなつ「……お姉ちゃん」

ちなつ(あの時、あんなの結衣先輩じゃないって思ったけど……)

ちなつ(ちゃんと結衣先輩のことを見てなかったのは私だ)


ともこ「よしよし」

ちなつ「私、怖かったのかな……」

ちなつ「先輩の前では猫かぶって、先輩には自分の理想を知らない内に押し付けて……」

ちなつ「素の自分たちで接することが怖かったのかな」

ともこ「好きな人には可愛く見せたいものよ」

ともこ「何があったかは知らないけど、ちなつと先輩の関係が一歩前進するといいわね」

ちなつ「……ありがとう、お姉ちゃん」

・・・

京子「せーのっ!」

「結衣(ちゃん・先輩)おめでとう!」パーン

結衣「うぉっ!びっくりした」

京子「結衣の快気祝いだよ」

あかり「結衣ちゃん元気になってよかったよぅ」

結衣「ありがとう。心配かけたね、あかり」

ちなつ「結衣先輩……」

結衣「ちなつちゃん」

京子「……あかりー!飲み物取りに行くぞー」

あかり「え?ここにあるだけじゃ……」

京子「生徒会の冷蔵庫に冷たい飲み物たくさん用意してあるんだ」

あかり「さすが京子ちゃんだね」

京子「じゃあ、行ってくる」スタッ

あかり「待っててね、結衣ちゃん、ちなつちゃん」スタッ

結衣「お、おう」

あかり(あれ……?京子ちゃん、なんで先に持ってきておかなかったんだろう)

京子「ほら、あかりー!置いてくぞー」

あかり「待ってよー!」アセアセ

あかり(まぁいっか。結衣ちゃんも元気になったし。ちなつちゃんも元気になるといいな)

結衣「……」

ちなつ「……」

結衣「あのさ、ちなつちゃん」

ちなつ「結衣先輩……」

結衣「あの時風邪をひいてたとは言え、ちなつちゃんに冷たく当たっちゃってごめんね」

ちなつ「……謝るのは、私の方です」

結衣「えっ」

ちなつ「ごめんなさい、結衣先輩」

結衣「な、なんでちなつちゃんが謝るの?」

ちなつ「私ずっと結衣先輩のことを白馬に乗った王子様のように見てました」

結衣「……」

ちなつ「むしろ王子様としてしか見てませんでした」

結衣「ちなつちゃん?」


ちなつ「でも、結衣先輩は王子様じゃないですよね」


結衣「……え」

ちなつ「私、これからはちゃんと結衣先輩の事を見たいです。もっとちゃんと結衣先輩の事知りたいです」

結衣「ちなつちゃん……」

結衣(もうちなつちゃんの“理想の結衣先輩”じゃなくていいんだ)

ちなつ「出来れば、結衣先輩にも私のこと知ってほしいですけど」

結衣「……私も。私ももっとちなつちゃんのことちゃんと知りたいと思ってたよ」

ちなつ「結衣先輩……!」

ちなつ(お姉ちゃんの言った通りだね)

ちなつ(結衣先輩は少なくとも、こんな私を大切に思ってくれてるんだな)


結衣「改めて、よろしくね、ちなつちゃん」

ちなつ「こちらこそ、よろしくお願いします。結衣先輩」


ちなつ(私はやっぱり結衣先輩のことが好きです。でも、もっとしっかり結衣先輩と向き合いたいです)

ちなつ(今、私はやっとそのスタートラインに立ったんですね)

ちなつ(“好きです”って言葉はその先を知るまでまだ隠しておきますね、結衣先輩)

京子「持ってきたぞ―」

あかり「結構用意したんだね」ハァハァ

京子「炭酸からお茶系までなんでもそろってるぞ」

結衣「よくこんなに用意したな」

ちなつ「京子先輩にしてはやりますね」

京子「な、失礼な」

あかり「結衣ちゃん、何飲む?」

京子「あ、そだそだ!」ゴソゴソ

京子「今日は特別に……」

京子「ラムレーズン!!!!」

結衣「お前はほんとにそれが好きだな」

京子「奮発して4つ用意しました!!」

あかり「おおー!」

ちなつ「すごいです!」

結衣「1人で4つ食べるんじゃ……」

京子「そんなわけないだろ!1人1個だよ」ハイッ

ちなつ「……結衣先輩、どうぞ」ハイッ

結衣「ありがとう、ちなつちゃん」ニコッ

京子「にしし」

あかり(なんだかよくわからないけどみんなが楽しそうであかりも嬉しいよ)




ちなつ(結衣先輩。私やっぱり結衣先輩の事好きです)

ちなつ(でも、今度はもっと深く先輩の事を好きになります)

ちなつ(そうなった時はきっと、何があっても後悔なんてしないから)

ちなつ(結衣先輩、大好きです!)

ちなつ(いつかきっと胸を張ってあなたの前で言えますように……)




終わり

こうしてちなつは恋のスタートラインに立てましたというお話でした

深夜にもかかわらず支援などありがとでした
おやすみなさい

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