【魔王勇者ファンタジー】 青年 「智を求め、勇む者」 才女 「?」 (1000)


魔王勇者ファンタジーと銘打っていますが、主人公は魔王でも勇者でもありません

世界観は>>1のオリジナルです

長編にする予定ですので、とりあえず>>100ぐらいまで一気に行きます


このSSを読む前に、褐色銀髪剣士←と画像検索するとキャラのイメージがつかめると思います

ttp://25.media.tumblr.com/tumblr_ll39ecQUEc1qzwqifo1_500.jpg

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1353416594


青年 (小さな時に見知らぬ大きな図書館に通っていた記憶がある)

青年 (そこにはこの世の遍く知識と情報があった。しかし、当然だが子供だった俺に字は読めなかった)

青年 (誰かは知らないが、俺に字を教えてくれたり、本を読んでくれた人がいた)

青年 (それは、髭を生やしたおっさんかもしれない、はたまた、幼い俺にも分かるような魅力を持った綺麗な女性かもしれない)

青年 (どんな奴でもきっとその人は今俺が会っても人柄に惹かれてしまうような人格者だろう)

青年 (名も知らぬその人に今一度会いたい)



王宮 大広間


大臣 「…………以下、二名を今年の王立魔導士専門機関アナムネーシス選抜魔導士、認定者とする」

大臣 「認定者、前へ!」

認定者 「はい」


壇上で大臣が仰々しく書面を読み上げる


大臣 「…………この国のさらなる繁栄と平和を胸に、日々精進せよ」


大臣から認定者二人の胸へ、王仕えの魔導士である象徴のバッチが取り付けられる


その後も儀礼定形的な式は長々と続いた



認定式終了後


才女 「式、長い」


この地域の先住民であった彼女の種族独特の長く美しい銀髪をなびかせる


青年 「確かにな。で、才女はどこの研究機関に属するんだ?」

才女 「あれほど長く退屈な育成期間が終わったというのに、明日からまた研究………」


健康的な小麦色の肌とは裏腹にゆっくりと抑揚無くに話す


青年 「育成期間とはよく言うぜ。あそこに在籍しているのはこの世界全ての魔導士を志す者だ。分校こそしているが、その総数は数万人だ」

青年 「その中で卒業し、魔導に関係する役職に就けるのは年に数十人、王仕えになれるのは十数年に一人だ。異常な競争率で誰もが死に物狂いだった」

才女 「あの程度で死に物狂いだったらその人たちは死んだほうがいい」

青年 「お前は飛び級の天才だろうが。自分と同じ基準で考えてやるな。今も死にそうな面で勉強してるやつらが気の毒だ」


才女 「私は選択期間が終わるまでどこにも属さない」

青年 「お前らしいな」

才女 「青年は?」

青年 「ん?ああ、俺もお前と同じだ。とりあえず、図書館にこもるとするよ」

才女 「頑張って」


青年 「何をだよ」

才女 「青年の色が変わらないよう」

青年 「おう!」



王立大図書館 閲覧禁止区域



青年 (王仕えになれば、国の重要書類を閲覧する権利が与えられる)

青年 (閲覧禁止区域は国でも王仕えかそれ以上の地位を持つ者しか足を踏み入れることができない)

青年 (この国の歴史は嘘塗れだ。しかし、誰もそれに疑問を抱かない。才女は別だが)

青年 (ここにはある程度信頼できる真実が記されている。所謂、国の闇だ)

青年 (魔族と人との対立はもう数千年続いている。その中で、ある数年はまったく魔族との闘争が無かった)

青年 (人間側は魔族が衰退し始めていると考えたが、数年後の人間の魔界襲来を機に、また対立が続いている)


青年 (その数年は俺があの図書館に通っていた時期と合致する。場所は分からないが、何か関係があるはずだ)

青年 (というか、読んでみるとここの情報も人にとって有利なものしか書かれていない。根本的に不利な事実は無かったことにしているのか)

青年 (あの図書館には正確な戦争の情報があった。だからこそ、俺は魔族も人間も一長一短あると幼いながらもそう感じたんだ)

青年 (この国はもう駄目だな)

青年 「ん?なんだこれ」


本と本の間に一枚の紙が挟み込まれていた



この手紙を手に取る者はきっとこの国の性質に既に気付いているだろう

世界は広い。もし貴様が地を踏み、世界を旅するというのなら、先駆者としていくつか置き土産をやろう


青年 「驚いた、俺のやろうとしていたことを………。こんな預言者みたいな人間がいたとは……」



この城の最深部、そこに失われた叡智の一部を残した。貴様が認められればあれを使役することも可能だろう

あれを携え、我と会いまみえんことを願って、健闘を祈る



カツカツ


長い階段を下りていく


青年 「健闘ってなんだよ」


やがて、階段が終わる

そこは行き止まりだった


青年 「行き止まり?………いや、隠し扉か」

青年 「となると、鍵はこの紙に書かれている魔法陣か」


シュッ


手紙に書かれていた魔法陣を壁に直接描く

壁が透けて、その向こうに新たな空間が出現する


青年 「解錠は簡単だがかなり高度な魔法だな」


奥へ進む

そこには、膝辺りの高さの台に突き刺さる二振りの西洋と東洋の形が異なる剣


青年 (日本刀か。たしか東洋に浮かぶ島国特有の剣だな。その極意は一刀両断一撃必殺ってところか)

青年 (もう片方は………デカイな、約2メートルぐらいか。形からして西洋の剣だろうがこんな形は見たことが無い)

青年 (恐らくは、西洋の剣をベースに誰か凄腕の鍛冶師が独自に作り出したものだな。実に見事だ)


突如、二振りの剣が輝きだす


『我々は失われた叡智、真理への道標』

『我々の所持者は真理へ手を伸ばす資格を持つ者なり』

『汝にその資格はあるか?』


青年 「声? いや、一種の伝達魔法か。失われた叡智はインテリジェンスソードのことだったんだな」


『答えよ、汝、資格を体現せよ』


青年 「……………俺は智を求め、勇む者だ。誰にも俺を計らせはしない。資格の有無は真理にたどり着いた時に自ずと分かる」

青年 「それまで俺は、何も恐れない。それが俺の覚悟、資格の体現だ」


『なんとも未熟な問答だ。いや、強欲か』

『しかし、信じることもまた資格なり』

『汝を主と認めよう。さぁ、好きなほうと選べ』


青年 「好きなほうって………折角、世界を旅するんだぜ、片方だけこんな薄暗い所に残すなんてもったいないな」

青年 「両方とも持っていく」


『我々は一つが二つであり、二つが一つである』

『二つに分かれていれど、同じ定めのもとにある』


青年 「もう一人、俺と一緒に真理へ手を伸ばすことができる人がいる」

青年 「デカイ方はそいつが使う」


『我々が認めていないものに我々を使うことは出来ない』


青年 「面倒くさいな。お前らは扉と同じ手法で封印されてんだろ。もう俺がその魔法を解くよ」ヤレヤレ


『真理を知らぬものに我々の封印を解くことは出来ない』 


青年 「出来るわ。ボケっ」シュッ


空間に手紙と同じ形式の魔法陣を描く


青年 「あとは扉の部分をインテリジェンスソードに書き換えてっと……」


『無駄だ』


青年 「そいっ」



パキーン



青年 「出来るって言ってんだろ」


青年が両方の刀を引き抜く


青年 「何か言ってみろよ」


『……………』


青年 「こんにゃろう、黙りこみやがって」


『………………』


青年 「ま、いいや。さっさとこの国を出る準備をしよっと」


『…………………………』






青年宅



青年 (王立魔導士専門機関アナムネーシス選抜魔導士。通称、王仕えはその一生を王に捧げなければならない)

青年 (他国へ魔導の助言する研究者として派遣されることもあるが、責任は一国の大臣より重い)

青年 (当然、自由に放浪など出来るわけがない。それに今年は才女と俺、王仕えが二人誕生した。大臣達の間じゃ奇跡の年と呼ばれているらしい)

青年 (王や大臣の期待値もさぞ高いことだろうな。やっぱり、肩書きをほっぽって逃げるか)

青年 「必要なものは………」



同日 才女宅



才女 「何?」

青年 「俺は旅に出ようと思う」

才女 「そう」

青年 「お前も一緒に来い」

才女 「王仕えは責任が重い」

青年 「関係無いよ。それに才女はまだ14歳だろ。知識としての世界しか知らない」

青年 「この世界には美しい海や山、川や森や湖、それ以外にも沢山、一見する価値のある景色があるんだ。それを知らずに死ぬまで研究なんて馬鹿らしい」

才女 「………」

青年 「何悩んでるフリをしてんだ」

才女 「ふふっ、退屈は嫌い」


青年 「お前はこんな小さな国で留まるほど向上心の無い人間じゃないだろ」

才女 「買い被り過ぎ」

青年 「俺達は魔導士だが、実のところ剣術のほうが得意だ。ほれ、このデカイ剣お前にやるよ」

才女 「見たことの無い形」

青年 「お前も聞いたことはあるだろ。インテリジェンスソードってやつだよ。俺が持ってる刀もな」

青年 「この国にも器のでかい人間がいたらしい。そいつが残した失われた叡智だ」

才女 「失われた叡智……」


『我々は真理への道標なり。汝、資格を示せ』


青年 「偉そうに………さっきまで黙りこくってたくせに」


才女 「資格………青年には資格があるの?」


『如何にも。未熟なりとも覚悟を持った問答によりかく示された』


才女 「私は青年と競う。青年に資格があるなら私にもあって然るべき」


『汝もまた詭弁を使うか。しかし、その心には一辺の不安も無いようだ』

『汝を我が主と認めよう』


才女 「当然」

青年 「お前、俺と競い合いたいのか?アナムネーシスにいた頃はやること全てを面倒くさがっていたじゃないか」


才女 「あそこは退屈。でも青年には見習うことがある」

青年 「おう、お前は良くも悪くも本当に素直だな」

才女 「偽る必要が無い」

青年 「とりあえず明日、この国を出る。それまでに旅に必要なものを揃えろ」

才女 「一日は短い」

青年 「研究分野の選択期間以内で無ければ、流石に大手を振って国を出ることは出来ない」

青年 「万が一の妨害も考えて、できるだけ早く出発したい」

才女 「必要なもの………青年は何を持っていくの?」

青年 「第一は衣服だな。それと金……は王宮からちょろまかす。野宿に必要な道具は俺が用意する」

才女 「分かった。私は医療道具と保存食を用意する」

青年 「あとは互いに好きなものってことで」

才女 「うん」



次の日 早朝 




青年 「忘れ物は無いな、って随分と立派な服じゃないか。剣に合わせて作ったのか?」

才女 「立派な剣だったからそれに合わせて服を錬成した」


細く長い柄と鍔に対し、才女の胴体ほどの太さを持った大剣。刃の妖艶な輝きに見劣りしないほどの豪奢な装飾

足と腰の部分は大剣と同じ色の白銀の鎧、その他は黒と白銀の布を組み合わせて作られた、才女の長い銀髪と碧眼にも調和した服

その姿はあたかも、彼女自身が一つの芸術作品のようであった


青年 「まるで聖騎士だな。ま、それにしては少しちっこいが………似合ってるぞ」


才女 「気に入った」ニコッ

青年 「でもそんな綺麗な服じゃ、すぐに汚れちまうぜ」

才女 「心配無い。この服にはインテリジェンスソードと同じ、失われた叡智の技術を使った」

青年 「失われた叡智って………」

才女 「この剣が教えてくれた」


『我々が主と認めた以上、協力は惜しまない』


才女 「だから、汚れることも無い。冒険に最適」


青年 「流石、天才だな。俺はこんな頭から足まですっぽりの外套だけど、あとで刀に合わせるか」

才女 「青年は服にセンスが無い。でもそれはそれでアリ」ジーッ

青年 「服は追々ってことで。早速だけど、出発しよう」

才女 「急いでいるの?」

青年 「さっき、王宮の宝物庫に侵入して、金とか宝石を盗んできたんだ」

青年 「そろそろ、気付くはずだ」

才女 「王仕えが王の宝を盗むなんて……」

青年 「盗むなんて、何だ?」ニッ

才女 「とても愉快」ニコッ






国を出て、半日後 森の中



青年 「そろそろ、昼飯にしよう」

才女 「向こうに川がある」

青年 「俺も聴力には自信があるが、才女も相当なものだな」

才女 「私の場合は種族としての特徴」

青年 「まぁ、魔物にも種族があるように、人にも種族はあるが、目に見えて分かるほどのものじゃない」

才女 「私はエルフの亜種」

青年 「耳は普通だけどな」


才女 「自然と心を通わせることができる」

青年 「俺も生き物ならなんとなく意思疎通できるぞ」

才女 「?」

青年 「ああ、なんと言うか俺は人でも魔物でも心がある程度読めるんだ。それを言語を介さず伝えることもできる」

才女 「初耳」

青年 「お前は思っていることと言っていることがまるっきり一緒だったからな。俺も忘れてたよ」

才女 「青年は人?」

青年 「どうだろう。実は俺もエルフの亜種かもな」ハハハ

才女 「不思議」


青年 「昼飯は川で魚を釣るぞ。テグスと釣り針は俺が持ってる。餌はそこらの虫でいいだろ」

才女 「私が釣ってくる」

青年 「才女、虫は大丈夫なのか?」

才女 「害があるかどうかは、判断できる」

青年 「……………頼もしいな」

才女 「行ってくる」

青年 「おう、俺は調理の用意だな」







十分後



才女 「釣れた」


才女の手には数十匹の魚が入った網


青年 「大量だな。とりあえず、はらわたを取って串焼きでいいか」

才女 「焼いてる間に水浴びをしてくる」

青年 「了解」





十五分後



青年 「おーい、才女。魚、焼けたぞー」

才女 「待ってた」

青年 「にしても多すぎだろ。二人でもこの量は食べきれないぜ」

才女 「問題無い」パクパク

青年 「腹減ってんのか?」パク

才女 「いつも通り」パクパクパクパク

青年 「おっ……おう」パクパク

才女 「青年は小食?」パクパクパクパクパクパク

青年 「そんなことは無いが……」

才女 「美味しい」パクパクパクパクパクパクパクパクパクパクパクパク

青年 「お前って大食漢だったんだな」


才女 「完食」ケプッ

青年 「食糧は問題だな」

才女 「?」

青年 「飯も食い終わったところで行き先を決定したい」

才女 「今は何処へ向かっているの?」

青年 「人間が住んでいる地方の端へ、だ」

青年 「才女も知っていると思うが、この世界には大きく分けて三つの土地がある」

青年 「一つは人が住んでいる土地、全体の約三割だ。次に魔王及び、魔族が統治している土地、約四割。そして………」

才女 「未開の地、約三割」

青年 「その通りだ。未開の地は人が住めない環境にある。そして魔族の力が及ばぬほどの力を持った魔物がいる」


青年 「現状では魔王が魔界と未開の地を管理しているが、未開の地には実質、何も手を加えていない」

青年 「世界を旅するということは必ずこの三つの土地を旅することになる。残念なことに魔族と人間は長く対立の関係にある」

青年 「つまり、魔族が統治する土地に住む者は人間を敵視、警戒している。当分は魔族と会い、敵意が無いことを弁明する」

才女 「人と魔族とを取り持つの?」

青年 「いや、俺は魔王に会いたい。俺達は人間側とは別の立ち場を取る。そして、魔王から未開の地への旅をサポートしてもらう」

才女 「魔王………」

青年 「今、一番世界で権力を持つ魔族だ。現在は魔王の手によって世界の均衡が保たれている」

才女 「人間は自分たちの領土を広げることに必死」

青年 「しかし、未開の地は住むことができない。そこで魔族が統治する土地を奪おうとしている」

青年 「そこには特定の魔物が淘汰されないような規律が作られ、弱い魔物も多く住んでいる」


青年 「魔王はそれを理解し、現状を維持している。一部の魔物は人間を襲うこともあるが、魔族の総意は現状維持だ」

才女 「人間は自分達のことだけを考え、新たな土地や資源を求める」

青年 「おとぎ話とは似ても似つかないな」

才女 「皮肉」

青年 「兎も角、俺達は魔族が統治する地、魔界へと旅をする、ということでいいか?」

才女 「異論は無い」

青年 「決定だな。今日はここから丁度半日の位置にある海岸の町へ向かう」

才女 「分かった」







夜 海岸の町 宿


才女 「ベッド」

青年 「部屋は一つでよかったのか?」

才女 「二つにする理由が無い」

青年 「お前は年頃の女の子だろ」

才女 「青年だってまだ十八歳」

青年 「人間の基準なら充分大人だ。ま、お前がいいなら別に構わないが」

才女 「いい」


青年 「そうかい。明日は、早朝でこの大陸を出る」

青年 「今日は一日中歩きっぱなしだったんだ、流石に疲れただろ」

才女 「然程」

青年 「タフだな。でも、明日からはもっとハードになるぞ。早めに寝ておけ」

才女 「うん」




早朝 港



船長 「アンタらかい?魔族のいる大陸に行きたいなんて物好きは?」

青年 「ああ、そうだ」

船長 「最近は魔物との対立が激しくなってるからね。こんな時でも船を出せるのはうちくらいだよ」

才女 「魔物に襲われる危険があるの?」

船長 「嬢ちゃん可愛いね。魔物に襲われる危険じゃなくて遭難してこっちの大陸に戻れなくなる危険だよ」

青年 「俺達には関係ないな」

船長 「他に客もいないし、さっさと行っちまうか」


船に乗り込む


才女 「船は初めて」


船長 「この大陸は最も魔物と縁が無い安全な場所だからね」

青年 「船長、ここから向こうの大陸までどれくらいかかるんだ?」

船長 「なあに、ざっと数時間ってとこさ」

船長 「さぁ、出発だ」








数時間後












ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…





青年 「おいおい、何だこの地鳴り」

船長 「海の上で地鳴りなんてありえない……」


才女 「魚群」


船へ向かう悠にニメートルを超える魚の群れ


船長 「なんだありゃ!?あんなもんに突っ込んだら船が大破しちまう!」

青年 「魚ねぇ」

船長 「何、余裕ぶっこいてんだっ、海に放りだされりゃアンタらだって無事じゃ済まないんだぞ!」

才女 「青年、どうするの?」

青年 「俺達は魔導士だ。当然、魔法を使う」


青年 「五行魔法・水」


海から水の竜が出現

魚群の真ん中へ突っ込む


船長 「やったか!?」

才女 「それフラグ」ジトー



依然として勢いを保ったまま進む魚群


船長 「くそっ、止まらねぇ!」

青年 「ほいっと」


魚群にまぎれて水の竜が再び顔を出す


才女 「なるほど」


さらに水の竜が頭から二つに分かれる


船長 「??どうなってんだ!?」


水の竜の流れに乗った魚群の一部が船をかわす


青年 「あとは船の周りの水流を操作すればいい」


魚群が船を避けながら進んでいく


船長 「すっ、すげぇ」

青年 「こいつらは多分、未開の地の魚だ。なんでここにいるのかは分からないが俺達に敵意は感じない」

才女 「青年は魚の心も読めるの?」


青年 「知性が無い生物はなんとなく勘でしか分からないが、敵かどうかぐらいは分かるよ」

船長 「アンタら一体、何者なんだ?嬢ちゃんが持ってるデカイ剣もそうだが、あんちゃんも相当腕が立つみたいだな」

船長 「ただの旅人じゃないだろう?」

青年 「今はただの旅人さ。……どうやら、着いたみたいだな」


船から降りる


青年 「ありがとな、船長」

船長 「お、おう。気を付けてな」



青年 「さて、と。ここからは魔物が普通に生活している。その中には一目で俺達を敵と判断する輩もいるはずだ」

才女 「襲ってきたらどうするの?」

青年 「一回目の攻撃は避ける。二回目は武器を使って防ぐ。三回目は攻撃していい」

才女 「相手が魔族の場合も?」

青年 「魔族には言葉が通じるからな。一時休戦に持って行って魔王について聞きだし、敵意が無いことを証明する」

才女 「分かった」



ガサガサッ



才女 「ッ………」


草むらから犬のような魔物が現れる


青年 「おい、お前が敵対心むき出しでどうするんだ」ベシッ

才女 「はっ」


青年 「コイツは別に敵じゃない。見りゃ分かるだろ」

才女 「本当」

青年 「当たり前だ。でもコイツは子供だ、近くに親がいるはずだから、下手に刺激するのは止そう」

才女 「……」コクリッ











その後も密林の奥へと歩を進めていく






ブーンッ



才女 「…………」バシンッ


虫がいようと難なく撃墜し、ハイペースで歩き続ける







才女 「昼」

青年 「昼だな」

青年 「木の実と動物を何か捕まえるか」

才女 「私は木の実を採る」

青年 「じゃ、俺が何か動物を、か」

すいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいません
すいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいません



誤爆しまくりました


別スレで使うものを気づかず、投下してしまいました

すいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいません
すいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいません




別スレで使うものを謝罪文を間違って投下してしまいました

訂正


別スレで使う謝罪文を間違って投下してしまいました








才女 「昼」

青年 「昼だな」

青年 「木の実と動物を何か捕まえるか」

才女 「私は木の実を採る」

青年 「じゃ、俺が何か動物を、か」






数十分後



青年 「鹿を捕まえた。しかも生け捕り………」

才女 「殺すの?」

青年 「まぁな。でも流石に心苦しいな」


懐からナイフを出す



シュッ



首元に軽く傷を付ける


青年 「はぁ、この後もこうして殺さなきゃ駄目か」


鹿が動かなくなる


才女 「死んだ?」

青年 「いや、ただ意識を失っているだけだ。このナイフには即効性の神経毒が塗ってある、この大きさならすぐに昏倒する」



グサッ



もう一つナイフを取り出し、今度は深く首元へ突き刺す

赤い鮮やかな血が噴き出す


青年 「うへぇ」


才女 「殺す時、鹿の心が読めたの?」

青年 「ああ、意識を失っているから大したものじゃないけど、あまり愉快とは言えないな」


皮を剥ぎ、内臓を取り出し、肉を切る

それを串に刺し、直火で焼く


青年 「手が血生臭い」

才女 「動物を殺す以上、仕方のないこと」


青年 「まあな、でも、流石にきつい。洗ってくる」

才女 「いってらっしゃい」


池に移動

手を突っ込む


青年 (全然、臭いが消えない)ゴシゴシ

青年 「仕方ないか」



シュッ


水面に魔法陣を描く


その途端、池の水から一切の濁りが無くなる


『それは失われた叡智、清浄の印。何故主が使える?』


青年 「ん、封印の応用」


『応用という言葉の範疇を超えている気がするが』


青年 「でも、もうこの池には、魚どころが微生物さえ住めなくなるんだよね」


『清浄の印とは害を祓う空間を作り出すもの。害が無くなれば、生死の循環も止まる』


青年 「今度からは、水を汲んでから使おうっと」

青年 「……………うん、臭いは落ちたな」クンクン



才女の元へ戻る


才女 「青年、肉焼けた」

青年 「おう、旨そうだな」

才女 「いただきます」

青年 「いただきます」


才女がまたしても大食漢ぶりを発揮






食後



青年 「この大陸には魔物と人間が別々の地域に住んでいる。大陸という単位で見れば、共存だな」

青年 「でもそれは、魔物を統治する魔族のお陰だ。この地域を統治する魔族を知っているか?」

才女 「ハ―ピー」

青年 「そうだ、鳥人族、ハ―ピー。明日からは彼女たちとの接触を目指す。そこで魔王の現在の居場所を聞き出す」

才女 「ハ―ピーは崖で生活している。今度は崖登り?」

青年 「そうなるな」

才女 「登るのは得意、問題無い」


青年 「お前は崖登りどころか、潜水でも木登りでもなんでもできるだろうが」

才女 「自然と共に生きていくなら、必要な術」

青年 「兎も角、今日はもう少し進んだところにある集落に止まる」

青年 「そして明日からはハ―ピーの住む崖にたどり着き次第、ロッククライミングだ」

青年 「ペースによるが、多分、一日で上れると思う」

青年 「そろそろ出発するか」

才女 「うん」








集落 長老の家



長老 「こんな辺鄙な村に客人とは。して、今夜泊まる場所はお決まりで?」

青年 「いや、出来たらこの村に泊めていただきたいのですが」

長老 「勿論、歓迎しますぞ。最近はハ―ピーの目撃情報もありますからな、野宿はしないほうがよろしい」

青年 「ハ―ピー……。被害などはあったのですか?」

長老 「人が直接受けたわけではありませんが、少し前に家畜が数頭さらわれてしまいました」

青年 「そうですか」








翌日 早朝


才女 「おはよう」

青年 「ああ、おはよう」

青年 「早速、ハ―ピーが住む崖がある森まで歩くわけだが、忘れ物は無いな」

才女 「無い」

青年 「じゃあ、出発だ」








集落を後にし、森の奥へ歩いていく


青年 「言わなくても分かると思うけど、このジャングルは高温多湿の熱帯雨林だ」

青年 「自分が思っている以上に汗をかいている。水分補給には気を使え」

才女 「私より青年のほうが心配」

青年 「そりゃ、どうも」


近くにあるツタを手に取り、ナイフで切る

切り口からツタを伝って水が流れ出る


ゴクッ ゴクッ


青年 「ぷはぁ、この気候なら水の心配は要らないな」


才女 「ハ―ピーは人を襲う?」

青年 「そうだな…………魔族は戦争こそ避けていいるが、決して人間に肩入れしているわけじゃない。当然食料として、人を食うこともある」

青年 「魔王や魔族にとって、人も自分たちが統治する魔物や食料とする動物と同じだ。その中で、ただ強い抗性があるというだけだ」

青年 「つまり襲ったとしても、それは敵対心や生存本能じゃない。単純に生活の一部として必要なだけだ」

青年 「ま、流石に国の真ん中に突っ込んで人を食い荒らすことは無いだろうがな」

才女 「魔族や魔物と人の共存は可能?」

青年 「考え方次第だな。実際、今の状況でもある意味互いに生存しているという意味じゃ共存している」

青年 「知的生物として互いに分かり合えるか、というとそれは難しいかもしれない。価値観にあまりにも大きな差異がある」

青年 「それに魔の生物は種類が多岐に及ぶ。第一、まだ魔族同士が完全に分かり合ってはいないからな」


才女 「人のように?」

青年 「そうだな。魔族と人はまず、自分達の種族と理解し合わなければならない」

青年 「人は魔という抽象的な敵がいるからこそ、人同士で大きな争いを起こさない」

青年 「例え、世界を人間が支配したとしても、次は国同士が覇権を争う。結果的に現在より凄惨な戦争が発生する」

才女 「罪深い」

青年 「随分辛口だな。魔族だって魔王という絶対的なリーダーがいなければ人と同じだ」

青年 「いや、種族がはっきりしている分、もっと非道いかもしれない」

青年 「弱い種族は確実に虐げられるな。もし一つの種族が魔族の頂点になっても、今ほど統制は取れないはずだ」

青年 「魔王は偉大だよ。まさに王という名を冠するにふさわしい」


才女 「でも、人は魔王を倒すべき敵の象徴にしている」

青年 「それも、洗脳教育までして、な」

青年 「俺達がいた国……他所では魔導の国なんて呼ばれているが、あそこでは魔王は人から自由を奪い、世界を支配しようと企む悪魔だ」

青年 「そこまでして、王を含め、国の大臣達は自国の領地を広げたがっているんだ。まったく何が王立魔導士専門機関アナムネーシスだよ」

青年 「ただの殺戮兵器開発所じゃないか」

才女 「魔導の国にある書物、その全てに人にとって不利な記述は無い。なのにどうして青年はあの国の闇、人の心の闇を知っているの?」

青年 「俺からすれば、なんでお前がそれに気付いていたか、そっちのほうが不思議だよ」

才女 「私の種族は魔族、人間、どちらにも区別されない。だから中立の立場から歴史を知ることができた」

青年 「お前の種族ってエルフの亜種って言ってたよな」

才女 「そう」

青年 「それは独自の進化を遂げたのか。それとも何か別の種族との混合か」


才女 「詳しいことは分からない。けど、おそらく後者」

青年 「俺の場合は小さい時に既に知っていたんだ。今の世界がどういう状況なのか」

才女 「知っていた?」

青年 「ここら辺は俺もよく覚えていないんだけど、小さい時、あの国とは全く異なる歴史や魔法を教えてもらったんだ

青年 「そこは多分、人の国じゃない。俺は俺にあらゆる知識を教えてくれた人に会いたい。だから、旅をしようと思った」

才女 「きっと素敵な人」

青年 「ああ、俺もそう思う」






さらに歩くこと半日







森が終わり、草原と川の向こうに千メートル級の崖



青年 「ようやく、ハ―ピーが住む崖についた」

才女 「大きい。頂上が見えない」


青年 「時間的に今日中に上り切るのは難しい。崖を登るのはまた明日にするか」

才女 「早くハ―ピーに会いたい。今から登る」

青年 「おお、お前が何か積極的なのは珍しいな」

才女 「ただ、興味が無いだけ。でも魔族には会ったことが無い、会ってみたい」

青年 「別にいいが、それだと崖の途中で野宿することになるぞ」

才女 「かまわない」

青年 「じゃ、早速登るか」


青年 「登る方法だが………」


青年がバックから釘のようなものを取り出す


青年 「ピトンという釘を岩に打ち込みながらそれにザイルと呼ばれる縄を掛けていく」

青年 「時間短縮のため、隆起の多いところや傾斜の緩いところは何も使わずによじ登っていく」

青年 「一番気をつけることは上昇気流だ。これによってハ―ピーや大型の鳥類は上空まで飛び上がる」

青年 「つまり、上昇気流が発生する時が最もハ―ピーと遭遇しやすいタイミングだ。相手は俺達を襲うかもしれない」

青年 「そのほかにも大型の鳥類は肉食だから、やはりこちらも敵として見たほうがいい。風に煽られてバランスを崩す可能性もある」

才女 「分かった。結局、自己責任」


青年 「………まぁ………そうだ」


才女が岩に手を掛ける


青年 「お前は大剣を背負っていようと異常に身軽だからな。俺も少し頑張らないとな」


青年が続く




才女 「………」サッ




才女 「……………」ササッ




才女 「…………………」サササササッ





ほとんど止まること無く、崖を駆け上がっていく



青年 「くそっ、早いな…………あの大剣に質量は無いのか?」





才女 「青年、遅い」サササササササササッ





青年 「いやいやいやいや……お前が早すぎるんだよ」

青年 「でも、負けるわけにはいかないな」

青年 「五行魔法・土」


ボコッ

ボコボコボコボコボコボコボコボコッ


魔法により、崖が隆起する




青年 「よっと!」ビュンッ





魔法によって生み出された足場を利用し、崖を走る





青年 「そいやっビューンッ





青年が才女を追い越す





才女 「魔法はずるい………私も……」

才女 「五大元素魔法(エレメントマジック)・風(ウィンド)」




ビゥゥゥンッ




才女を押し上げる疾風が発生




才女 「負けない」



ビゥゥゥゥゥンッ



才女が空を舞う




青年 「えええぇぇぇ!?」



青年を追い越す




青年 「俺だって五大元素魔法ぐらい使えるわっ」

青年 「五大元素魔法(エレメントマジック)・風・空(スカイウィンド)」





ビゥゥゥゥゥォォォォォンッ





青年が吹っ飛ぶ






才女をまたも追い越す






才女 「っ!」

才女 「私もっ!!」














その後も、青年と才女による一進一退の崖登り?対決は続いた










崖 頂上




青年 「あれっ? おかしいな。太陽がまださんさんと輝いてるじゃないか」

才女 「一時間も経ってない」

青年 「分かってるよっ! というか、あんなに魔法を使うつもりはなかったんだよっ」

才女 「青年が先に使った」

青年 「まあ………そうだけど……」

才女 「ハ―ピーは何処?」ワクワク

青年 「多分、ここらに巣があるはずだ」






ヒュゥゥゥゥッ

強い上昇気流が発生







青年 「ん?」







バサッ






シュタッ





ハ―ピー、着地


ハ―ピー 「あら、人間?」

ハ―ピー 「誰かの食糧かしら?」


才女 「ハ―ピー!」

青年 「こんにちは」

青年 「俺達はある目的があって貴方に会いに来ました。食料じゃないですよ」

ハ―ピー 「人間風情がアタイらの巣に忍び込むなんて、なめた真似するじゃない」

青年 「忍び込んでないです。堂々と正面から入りました」

ハ―ピー 「ふーん。ふもとの人間たちとは肝が違うみたいね。話ぐらいは聞いてあげるわ」

青年 「ありがとうございます。俺達は今、世界を放浪しています。そして魔界に入るにあたり、魔族に俺達が敵でないことを弁明に来ました」

ハ―ピー 「敵じゃない? 証拠はあるのかしら?」

青年 「ありません。そこで提案です。いずれ、俺たちは未開の地にも足を踏み入れるつもりです。その為には魔王のバックアップが不可欠」


青年 「それを得るために魔物を分割統治する魔族……彼らを俺達が打ち負かします。勿論、貴方もその対象です」

ハ―ピー 「やっぱり敵じゃない」

青年 「いえ、確かに打ち負かしますが、それは人間としてでは無く、魔王という王位の継承者としてです」

ハ―ピー 「私達魔族や、魔王様にアンタらだけで勝てるつもり?」

青年 「結局のところ、そう言うことになりますね」

ハ―ピー 「冗談もいいところだわ」

青年 「しかし、それができたなら、俺達は貴方がたにとって従うべき王になります。そのための足がかりとして貴方を選びました」


ハ―ピー 「へー、アタイなら勝てるって思ってるんだ」

青年 「どの魔族にも負けるつもりはありません。理由としては貴方の種族は情報を伝達させる速度が速いからです」

ハ―ピー 「ま、何でもいいけど。魔王様にたてつくなら今ここでアンタらを殺すわ」

青年 「いいでしょう。いざ、勝負です」





ダッ



ハ―ピーが後退する



ヒュンッ



自らの羽を青年へ飛ばす




スパッ



青年、抜刀からの一撃で羽を切り落とす




青年 「まずは牽制ですか。流石魔族、戦い方が分かっている」




ハ―ピー 「若造が何を偉そうに」



バサッ



空に飛び上がる





ヒュンッ 
ヒュンッ
ヒュンッ




さっきよりも多い羽





サッ



最小限の動きでかわす青年




ハ―ピー 「はぁっ!」




ビュォォォォンッ




突風が青年に直撃




青年 「のわっ」ズルッ



バランスを崩し、崖のくぼみに足をとられる




ハ―ピー 「もらったわっ」



鋭い鉤爪が青年に襲いかかる















スゥゥゥゥゥ






ハ―ピー 「っ!?」





キィィン




瞬速の一太刀




二つの鉤爪が肉体から離れ、地面に落ちる






ハ―ピー 「ぎゃあぁぁぁぁっ」




地に伏し、悶えるハ―ピー







カツン




納刀





青年 「勝負ありです」





ガンッガンッ


ハ―ピー 「くそっ…くそっ…殺すっ殺してやるっ」


ガシッ


才女がハ―ピーの切れた鉤爪と足を掴む


才女 「動かないで」

才女 「治癒魔法(ヒールマジック)・alephzayin(アレフザイン)」


瞬時に足が元の状態に戻る


ハ―ピー 「!?」

ハ―ピー 「どっ…どうして?」


青年 「魔王は貴方、魔族を力で屈服させたわけではないでしょう」

ハ―ピー 「そっ……それは…そうだけど……」

青年 「俺はまだ未熟なせいで力を誇示する形になってしまいましたが、魔族を倒すことは本意ではありません」

青年 「そして、俺達は王位の継承者として魔王との相対を望んでいます」

青年 「そのことを魔王を含む、全魔族に伝えてくれませんか?」

ハ―ピー 「そんな事をしたら、アンタらはアタイら魔族から命を狙われることになる。それでもいいのかい?」

青年 「勿論です。元より、魔界を堂々闊歩出来ずに未開の地に足を踏み入れられるとは思っていませんから」

ハ―ピー 「分かった。でも決してアンタらに肩入れするわけじゃないからね」

ハ―ピー 「次会ったときは必ず殺す」


青年 「構いませんよ。でも次会うときには俺達は魔王と同等の地位にいることでしょう」

ハ―ピー 「若造が」フッ

青年 「才女、今日中に崖を降りよう」

才女 「分かった。ハ―ピー、バイバイ」

ハ―ピー 「足、ありがとうね。お嬢ちゃん」

ハ―ピー 「ああ、最後に一ついいことを教えてあげるわ」

ハ―ピー 「ここからもう少し、北に行ったところに商業の国で怪しい動きがあるのよ」

ハ―ピー 「噂だけど、そこで捕らえたエルフの闇取引が行われるらしいわ」

ハ―ピー 「あまりに目に余るようなら、魔王様が直々に介入するそうよ」

青年 「ありがとうございます。次の行き先は決まったようですね」



ここで一旦、一区切りです

また数日後に来ます

感想などいただけたら幸いです




下界 森



青年 「ハ―ピーはどうだった?」

才女 「思った通り」

青年 「いい意味と悪い意味とどっちだ?」

才女 「いい意味。人間は魔族について無知」

才女 「それを改めて実感した」

青年 「知識としては知ってる人間も多いんじゃないか?」

才女 「直接見なければ分からないこともある」

才女 「人間と魔族に隔たりがある理由はそれ」


青年 「成程な。流石は天才、飽くなき知識欲ってやつか?」

才女 「青年は私を買い被りすぎ」

青年 「実際、お前は凄いよ。さっきの治癒魔法(ヒールマジック)だって会得難易度Aオーバーの高等魔法だ」

青年 「うら若き乙女の使えるような魔法じゃない」

才女 「青年も使えるはず」

青年 「確かに使えるが、俺が才女ぐらいの時にはそんな魔法、知りもしなかったぞ」

才女 「兎に角、私は天才じゃない」


青年 「流石に謙遜しすぎじゃないか?」

才女 「本当の天才は一を知って十を知る。その十から百を知る。またその百から千を知る」

才女 「それを繰り返し、いつの間にか、世界に謎は無くなってる」

才女 「私はまだ知らないことが多い」

青年 「俺も同じだな。アナムネーシスにいた頃は世界があまりに小さく感じていた」

青年 「でもひとたび、外へ飛び出せば、そこは新たな知識の宝庫だ」

青年 「もうこの旅は俺達にとって宝物みたいなものだな」ハハハ

才女 「私もそう思う」


青年 「ところで、次の行き先だが……」

才女 「商業の国?」

青年 「そうだ。エルフと聞いちゃ、黙っていられないだろ」

才女 「エルフ……」

青年 「俺が知る限りでは、最も自然と調和し、高い知性を持つ種族だ」

青年 「闇取引、要は奴隷の売買だな。商業の国は非合法に人の売買もされている」

才女 「最低」

青年 「まぁ、人が多く集まればヒエラルキー(階層社会)が形成されるものだからな」


青年 「でも、エルフを奴隷として扱うことは許せねぇな。俺は何としてでもそれを食い止めたい」

青年 「必要なら商人を襲撃することもいとわないつもりだ。お前はどうする?」

才女 「自明の理」

青年 「そりゃそうか。浅からずもお前と縁のある種族だもんな」

青年 「取り敢えず、今日はここらで野宿だな」

才女 「うん」



数時間後 深夜


横になり、睡眠をとる二人


才女 「青年」ボソッ

青年 「ああ、気付いてる」

青年 「そこの木の影に隠れてる奴、ばれてるぞ。出てこい」

??「……………」


沈黙


青年 「反応なし、か」


才女 「他に四人がこっちに向かってる」

青年 「おう。増援が来るまであいつは動かないつもりか」



数分後


青年 「やっと来たみたいだな。面倒だし、才女に任せてもいいか?」

才女 「うら若き乙女に戦わせるの?」

青年 「まぁ、どうせ雑魚だし……」

才女 「冗談。構わない」


青年 「こいつ等、気配を殺して近づくの上手いな。素人じゃないぞ、気をつけろ」

才女 「さっきは雑魚って言っていた」

青年 「隠密と戦闘は別だよ。…………っ! 来るぞ」


ササッ

身を潜めていた盗賊達が青年と才女を囲う


盗賊A 「アンタら俺に気付くとは、一体何もんだ?」

才女 「あの程度、気付かないほうがおかしい」

盗賊A 「言ってくれるじゃねぇか、小娘。痛い目見る前に金目のもん全部出しな」


才女 「低俗」

盗賊B 「舐めやがって……っ!」

盗賊A 「おいっ、落ち着け!」

盗賊B 「さっさとやっちまおうぜっ」


ダッ

才女へ殴りかかる


才女 「…………」ササッ


自分の背丈を越す大剣を背負いながらも、危なげなく攻撃をかわす


才女 「無駄な動きが多すぎる」


ガンッ


顎への強烈な裏拳


盗賊B 「ぐぎゃっ」


あっけなく顔から倒れ込む


盗賊C 「てめぇっ!!」

盗賊A 「おいっ! だから落ち着けって!」


才女 「五月蝿い。夜中に人を起こしておいて……」

才女 「本当に腹立たしい」


シュンッ

才女が攻撃を仕掛ける


ドカッ
バキッ
ガコッ
ドゴッ


瞬く間に才女によって倒されていく盗賊達


盗賊A~E 「……」ビクビクッ


青年 「お前ら……いくら才女が魔法で運動を補助してるとは言え……」

青年 「よくそれで今まで盗賊を名乗れたな」ハァ


ガシッ

盗賊の一人を掴む


青年 「おいこら、気絶してんな。起きろ」ユサユサ

盗賊A 「くそっ…いってぇな。いったい何なんだアンタら」

青年 「そんなことはどうでもいい。俺達は商業の国に向かうんだが、まだ国の情勢が掴めなくてな」


青年 「エルフの売買について、何か知らないか?」

盗賊A 「エルフ、ねぇ…………」

盗賊A 「ダンナ、俺達がアンタらを襲ったこと、不問にしちゃあくれないか?」

青年 「条件は?」

盗賊A 「エルフ……闇取引についての詳しい情報」

盗賊A 「それと、商業の国の転覆を狙う反抗軍(レジスタンス)について、だ」

青年 「反抗軍だと?」

盗賊A 「今、商業の国は王の絶対君主制だ。国民の多くが王に対して反感を持っている」


盗賊A 「実のところ、エルフの闇取引の黒幕は国の上層部、もっと言えば、王そのものが糸を引いている」

盗賊A 「そこで得た膨大な利益で、国の反乱因子を一網打尽にする気らしい」

青年 「王……国を相手にしなければならないのか」

盗賊A 「他にもいくつか国家機密レベルの情報がいくつかある」

青年 「なんで盗賊がそんなこと知ってるんだ?」

盗賊A 「俺達盗賊団も反抗軍の一味だからだよ」

盗賊A 「正確に言えば、俺達のボスと反抗軍のリーダーが旧友なんだ」


青年 「なるほどなぁ。できたら、その機密情報とやらも教えて欲しいんだが……」

盗賊A 「俺の一存じゃ無理だな。聞きたきゃ、ダンナが直接ボスにあってくれ」

盗賊A 「アジトまでの案内ぐらいなら喜んで引き受けるぜ」

青年 「うーん……。才女、進路を変更していいか?」

才女 「構わない。でも嘘の可能性は?」

青年 「大丈夫だ。コイツらは理性的じゃないが、人を欺くほど腐ってもいない」


盗賊A 「おいおいダンナ。俺が言うのも可笑しな話だが、簡単に人を信じるのは感心しねぇぜ」

青年 「俺は人の心が読める。お前らの一人でも嘘を吐いていたなら、すぐに斬り伏せていたさ」

盗賊A 「…………」

盗賊A (ダンナはエルフの末裔か?)

青年 「エルフかどうかは分からない。でも才女はエルフから派生した種族だ」

盗賊A 「こりゃたまげた!本当に心を読まれちまった!そっちの嬢ちゃんもどうりで強いわけだ!」

青年 「すっかり目も覚めちまったし、今からそのアジトとやらに案内してくれないか?」


盗賊A 「ああ、いいぜ」

才女 「気絶してる人たちはどうするの?」

盗賊A 「こんな馬鹿ども放っておいていい。勝手に戻ってくるだろ」

青年 「アジトまではどれくらいかかる?」

盗賊A 「俺のペースなら2時間とかからずに到着できるはずだ」

青年 「んじゃ、一時間のペースで頼む」

盗賊A 「一時間だぁ!?」


青年 「俺も才女も体力には自信があるんだ。それに一刻も早く商業の国へ行きたい」

盗賊A 「嬢ちゃん、本当に大丈夫なのか?」

才女 「問題無い。貴方の方が心配」

盗賊A 「お、おう。言ってくれるじゃねぇか」

盗賊A 「よしっ、じゃあ、最速でアジトに向かうぞっ!!」

青年 「おーっ」

才女 「おー」ボウヨミ








一時間後 商業の国 周辺



盗賊A 「ぜぇぜぇっ…………しっ…信じらんねぇ……」ゼェゼェ

才女 「情けない」

青年 「ああ、このくらいの距離なら三十分もあれば充分だったな」ハァ


青年 「悪いが、ボスとやらを呼んできてくれないか?」

盗賊A 「ああ、ここで待っててくれ」


建物の中へ入る


才女 「外は真っ暗。どうして明りが点いているの?」

青年 「酒盛りでもやってんじゃないか」


盗賊Aが戻ってくる


盗賊A 「中に入れ、だとよ」

青年 「分かった。いくぞ、才女」


才女 「うん」


盗賊に連れられ、青年と才女が建物の中へ


ボス 「アンタが青年かい?」

青年 「ああ、そうだ」

ボス 「盗賊Aから色々聞かせてもらった」

ボス 「エルフの闇取引について知りたいそうだな」

青年 「できるだけ詳細で確かなものを頼みたい」

ボス 「その前に、アンタらの素性を明かしてくれ」

青年 「素性……公式な記録があればいいか?」


ボス 「公式?アンタら、研究者か何かか?随分若いようだが……」

青年 「魔導の国、王立魔導士専門機関アナムネーシスって知ってるか?」

ボス 「そりゃあ知ってるさ。この世界中の魔導士を志すものが集うところだろ」

青年 「選抜魔導士は?」

ボス 「知らないほうがどうかしている」

ボス 「最新の研究や、魔導に関する助言をするため各国への派遣もされる魔導の頂点だな」

ボス 「ソイツらとアンタに何の関係があるんだ?」


青年 「関係と言うよりもそれ自身が俺と才女だ」

ボス 「!?」

ボス 「そんな馬鹿な話があるか!選抜魔導士になれる人間は数十年に一人だぞ!」

ボス 「それにここ数年で選抜魔導士になったのはたった二人」

ボス 「その二人がここにいるわけがないだろう!」

盗賊A 「ボス、その二人はもう失踪してますぜ」

ボス 「どういうことだ?」


盗賊A 「なんでも、任命式の次の日に国の宝物庫を襲撃して、二人とも失踪してしまったんだとか」

盗賊A 「奇跡の年とまで呼ばれていたんですがねぇ」

ボス 「その二人がアンタらだってのかい?」

青年 「そうだよ」

ボス 「信じらんねぇな」

ボス 「アンタは兎も角、そっちのちっこい嬢ちゃんが選抜魔導士だとは思えない」

才女 「頭の固い人」フフッ


才女 「どうしても信じられないなら、そこにある扉の向こうにいる人。彼に聞いてみればいい」

ボス 「……………気付いていたのか」

ボス 「はぁ……おい、王子入ってこい」


ギィィ

扉が開く


王子 「よく気付いたね、お嬢ちゃん」ニコッ


青年 「やっぱりアンタか」

王子 「おや、僕の顔を覚えているとは……」

王子 「流石、奇跡の年の王仕えだね」

ボス 「おいっ王子、そいつぁホントか?」

王子 「ああ、本当だよ。任命式で見た顔と全く一緒だ」

王子 「とは言え、彼女は非道く退屈な顔をしていたけどね」

才女 「貴方も人のことは言えない」ニコッ

王子 「これは驚いた。君は微笑むことが出来たのか!」


ボス 「お前も退屈な顔をしていたのか」

青年 「あれはきっと隠すつもりが無かったんだろうな」

王子 「あんな儀礼定形的な式に意味なんてないのさ」

ボス 「そんなことより、アンタらの素性は分かった」

ボス 「すまんが最後にアンタらの目的を教えてくれないか?」

青年 「ああ、いいぜ。俺達の目的は、エルフの闇取引を阻止することだ」

王子 「!?」

ボス 「!?」

王子 「そっ……それは本当かいっ?」

青年 「あ、ああ。本当だ」

盗賊 「ビンゴだ。初めて運命って言葉を実感したぜ」


才女 「?」

青年 「どういうことだ?」

ボス 「説明したいところだが……」

王子 「今から話すことはくれぐれもオフレコで頼むよ」

青年 「オフレコ?もしかして反抗軍についてか?」

王子 「察しが良くて助かる」

王子 「僕とボスが反抗軍のリーダーだ」

ボス 「もう分かってると思うが、王子の敵は自らの親父、この国の王だ」


青年 「親父が嫌いなのか?」

王子 「僕自身の感情では大したことないよ。特に何とも思ってない」

王子 「僕はこの国の次期指導者だ。でも残念なことにこの国は既に腐っている」

王子 「僕の父、現国王の独裁政治のせいでね」

青年 「王は王子が反抗軍だってこと、知ってるのか?」

王子 「いや、知らないだろうな」


王子 「彼は城から出ないんだ。僕との交流さえ一切無い」

王子 「僕も馬鹿じゃない。そんな他人みたいな父親に覚られるなんてへまはしないよ」

王子 「話を戻すよ。この国は今、国民が苦しみ、国の上層部に居座る一部の重役のみが甘い蜜を吸っている」

王子 「この現状を打破するには、もう革命しかない。国をひっくり返すほどの、ね」

王子 「国側も反抗軍が力を貯め込んでいることにようやく気付き始めた」


王子 「いまさらだけど、捕らえたエルフを奴隷として貴族に売りさばき、そこで得た利益をもとに」

王子 「反抗軍の殲滅、と独裁制を強めるための軍備補強を狙っている」

ボス 「俺ら、反抗軍もそろそろ勝負を仕掛ける」

ボス 「その鍵になってるのがエルフの闇取引だ」

青年 「成程な。闇取引を阻止できれば、国側の勢いを殺し、一気に勝負を仕掛けられるってわけか」

王子 「まぁ、どちらかと言えば、奴隷制なんて導入した王が許せないだけなんだけどね」

王子 「君達には唐突な話だろうけど、君達にも闇取引の阻止、及び、革命を手助けしてほしい」

王子 「君達の目的も闇取引の阻止だったね。僕達反抗軍はその目的を達する為のバックアップをしよう」


王子 「どうだろう?利害は一致してると思うけど………」

青年 「ああ、勿論構わない。でも闇取引については俺達だけで対処する」

王子 「余計な戦力はいらないってことかい?」

青年 「必要無いだけだ。俺と才女で充分」

青年 「それに革命は戦う兵の数で勝負が決まる」

青年 「俺達がエルフを救出すると同時に革命を開始してくれ」

王子 「分かった」


青年 「それで、貴族どもが闇取引を始めるのはいつだ?」

王子 「恐らく数日後。それまでにこの国へ捕らえられたエルフが運ばれてくるはずだ」

ボス 「革命が成功する確率はかなり低い」

ボス 「商業の国というだけあって兵士が装備する武器は相当ハイグレードだ」

ボス 「まともにやりあったら勝ち目は無い」

青年 「負けるより先に一点突破で王を仕留めるってことだな」

ボス 「そうだ。革命というよりは一部の国民の反乱による暴動に紛れての暗殺、といったほうが的確だな」


青年 「暗殺を実行する人は誰だ?」

王子 「僕とボスさ」

王子 「こう見えて僕もボスも剣の腕には自信があるんだよね」

ボス 「王子の腕は俺が保証する」

青年 「そうか。じゃあ、数日後、エルフの救出後に合流しよう」

王子 「ああ、確実に阻止してくれよ」

ボス 「頼むぜ」







次の日 早朝


青年 「王子から連絡があった」

青年 「今から三十分後、商業の国を囲う森の南側から捕らえたエルフを連れた商人がくる」

才女 「襲撃?」

青年 「ああ、襲撃だ。恐らく、数人の手練が護衛をしているはずだ

青年 「商人も護衛も殺したくない。気絶がベストだ」


青年 「そこで護衛と商人は才女が片付けてくれないか?」

才女 「いいけど、気絶なら武器は使えない」

青年 「俺の毒塗りナイフを使え」

才女 「かすらせるだけでいいなら数秒で充分」

青年 「一気に制圧して、エルフを解放するぞ」

才女 「うん」







三十分後 商業の国近辺 南方の森



青年 「才女、行け」ボソッ

才女 「……」シュンッ


シュッ


護衛A 「なっ……」


才女の攻撃を受け昏倒する


才女 「…………」


シュッ
シュッ
シュッ
シュッ


才女が護衛と商人のあいだを駆け抜ける



バタッ


数秒で全員が意識を失う



才女 「青年、終わった」


青年 「流石に速いな。切られるまで誰も気づいてなかったぞ」


ガチャッ


荷台の鍵を壊し、扉をあける



ビクッ


中にいたエルフ全員が青年へ視線を向ける


青年 「えー、人間に捕らえられてしまったエルフの皆さま」

青年 「現在、貴方がたが取引をされる舞台になるはずだった商業の国では、革命が始まろうとしています」

青年 「貴方がたの取引は我々反抗軍にとって大きなターニングポイントになります」

青年 「つまり、反抗軍はエルフを解放すると同時に革命を始めるのです」

青年 「商業の国は荒れるでしょう。もしかしたら、統率を失った兵達の凶刃が貴方がたに向くかもしれません」

青年 「我々としても即時、貴方がたを解放して差し上げたいのですが…………」

青年 「残念ながら、エルフ全員の安全を保証することはできません。エルフの住処が暴かれてしまうかもしれません」

青年 「そこで提案があります。一時的に反抗軍の手助けをしてはくれないでしょうか」



スクッ

リーダーらしきエルフが立ち上がる


女エルフ 「貴様が敵でないという証拠は?」

青年 「残念ながらありません。というより、あからさまに敵です」

青年 「人間界にはこんな言葉があります」

青年 「敵の敵は味方である」

青年 「反抗軍は革命が終わるまでの間、エルフの安全を保証する」

青年 「そしてエルフは革命に協力する。これは和解ではなく取引です」


青年 「商業の国という敵を前にして、俺達と貴方がたとの間にある敵味方の区別を曖昧にしようと言っているのです」

女エルフ 「信用は出来ないが、身売りするよりは幾分マシだな」

女エルフ 「貴様、名は何と言う?」

青年 「青年です。で、こっちが才女」

女エルフ 「よし、青年よ。我々エルフはお主ら反抗軍に協力しよう」







反抗軍 アジト

数十人のエルフを連れていく青年と才女



ボス 「おいおい、なんだそのエルフ達は!?」

青年 「エルフには革命を協力してもらう」

青年 「どうだろうか、王子?」


王子 「うーん…………ねぇ、君達は何か魔法が使えたりする?」

女エルフ 「当然だ。基礎的なものなら一通り全員が使える」

王子 「うんっ、充分だね」

王子 「予定変更!」

ボス 「どうするんだ?」

王子 「これだけ魔法を使える人員がいれば城自体を制圧出来る」

王子 「大まかな作戦の説明をしよう」


王子 「既に商業の国の各所で反抗軍が大規模な暴動を起こしている」

王子 「それに乗じて、僕とボスと青年、才女、そしてエルフ」

王子 「総勢、三十四人が城へ乗り込む。そして王を捕らえる」

王子 「数百人の兵士による妨害が予想されるが、基礎的な魔法が使えるなら自分の身は守れるだろう」

王子 「さぁ、行こうか!」










商業の国 謁見の間


大臣 「陛下、我が国の各所で大規模な暴動が発生しております」

大臣 「恐らくは反抗軍が反乱を開始したものと見られます」

大臣 「いかがいたしましょう」

王 「くそっ。エルフの闇取引は目前だというのに……」


王 「構わんっ。各地の暴動を即鎮圧できる数の兵を出兵させいっ」


ガンッ

唐突に扉が開かれる


兵 「失礼いたします、陛下。お伝えせねばならぬことがございます」

王 「なんだっ騒々しいっ」

兵 「現在、この城に数十人の反抗軍が向かっているそうです」

王 「数十人だと!?」

王 「その程度、軽く蹴散らせっ」


兵 「いえ、実は軍団を王子様が率いているのです」

王 「王子だと!?何故奴が?」

兵 「僭越ながら、状況からするに反抗軍のリーダーが王子様だと思われます」

王 「あやつっ!わしに刃向かうというのか!!」

王 「殺せ!!王子もろとも反抗軍を皆殺しにせいっ!!」

兵 「了解いたしました」




城 正門


兵が城の門を守るように並び立つ


兵 「貴様らっ止まれっ止まれいっ!」


一斉に兵が槍を構える


王子 「この国は変わらなければならないっ。その為には自国の兵とて殺めるに躊躇なしっ!!」


王子が飛び出す



王子 「うおぉぉぉっ!!!」


兵を次から次へと切り倒す


ボス 「お前だけ目立つなよっ」


ボスも王子と同じく兵の中へ突っ込む


兵 「なんだこいつ等の強さっ!?」

兵 「くそっ、たった二人に押されているだとっ!?」


五十人近くいた兵もすでに半分を切っていた



青年 「二人、じゃないぜ」

青年 「五行魔法・火」


ボワァァッ!!

大火が兵を襲う


兵 「ぎゃぁぁっ!」


次々と火だるまになり、倒れていく兵


才女 「青年、やり過ぎ」

才女 「五大元素魔法(エレメントマジック)・水(アクア)」


猛烈な勢いの鉄砲水が兵達を包み込む


兵 「ぐわぁっ!!」


ほぼ全ての兵が火だるまになり

また次の瞬間、水球により城壁へ叩きつけられる



兵 「う……うぅ……」


重度の火傷と骨折で呻く兵達

そんな兵を後目に……

エルフたちによって城の門は閉じられ、籠城の形がとられた


王子 「エルフはここで増援に来る兵を食い止めてくれっ」

女エルフ 「了解だ。ここから先はネズミ一匹さえ通さん」

王子 「よしっ、城の中へ乗り込むぞっ!!」


王子、ボス、青年、才女が城の中へ入る


ダダダダダダダダダダッ


城を駆け抜ける


兵 「逆賊どもめっ!!」


またも十数人の兵が行く手を阻む


王子 「遅いよ」


ズバンッ

高速の初太刀で五人が地に沈む


ボス 「全くだっ」


ボスの追い打ちにより全てが倒される




その後も城内の兵は王子とボスの剣と

青年、才女による魔法で為す術なく先頭不能に追い込まれる




ガンッ

謁見の間の扉が開かれる


ボス 「観念しやがれクソ国おっ……」


膝から崩れ落ちるボス


ビチャッ

鮮血が王子の顔に飛び散る


王子 「おいっどうした!?」

青年 「アサシンだ、王子」

アサシン 「王の御前だ。わきまえろ」


王子 「っっ!!」


アサシンへ切りかかる王子


アサシン 「馬鹿めっ」


王子の一太刀を軽々避け、反撃する


ガシッ


青年 「落ち着けよ、王子」


アサシンの手首を掴む


アサシン 「貴様っ」


グググッ

青年が強く手首を締める



青年 「おおっと、動くなよ。俺だって味方をやられて手加減できるほど器用じゃない」

青年 「はぁ……落ち着いたか、馬鹿王子」

青年 「ボスの傷は深いが才女なら充分治癒できる」

青年 「コイツは俺が相手をするから、お前は王と決着をつけてこい」

王子 「……すまんっ。恩に着る」ダッ






才女 「治癒魔法(ヒールマジック)・alephzayin(アレフザイン)」


ボスの傷から出血が止まり、皮膚がくっついていく


ボス 「なっ……なんだこの魔法……」

才女 「油断しすぎ。待ち伏せは珍しい戦術じゃない」

ボス 「すまねぇな嬢ちゃん。流石は元王仕えだ」


才女 「やられっぱなしでいいの?」

ボス 「そうだな……王子が頑張ってんだ。俺もいいとこ見せねぇとな」

ボス 「よしっ痛くねぇ」

ボス 「青年っ、そいつの相手、俺と代われ!」

青年 「おお、随分余裕だな。でもさっきのは無様過ぎだぜ」

ボス 「言い返せねぇよこんちくしょうっ」


ボスとアサシンが相対する


アサシン 「貴様ごときでは俺には勝てない」


ボス 「知るかっボケっ!」


ダッ

アサシンへ斬りかかる


アサシン 「短絡的な馬鹿どもがっ」


キィィンッ

ナイフで剣の軌道を反らす


アサシン 「それほど死にたいのなら殺してやろうっ」


もう一方の手のナイフでボスの首を狙う



ボス 「甘ぇよっ」


蹴りのモーション


アサシン 「!?」


とっさに左手で腹を守る

ナイフが届くよりも先にアサシンの腹をけり上げる


グサッ

アサシン 「なん……だとっ……」


アサシン 「ひっ…きょう……なっ…」


腹部から血を流し、倒れ込むアサシン

ボスの靴先から飛び出た隠しナイフ


ボス 「待ち伏せしたてめぇに言えることじゃねぇだろーよ」

ボス 「俺は盗賊の頭だ。てめぇ何かと違って、一撃で確実に獲物をしとめる」

ボス 「油断したてめぇの負けだ、クソ国王の犬がっ」









国王の城 最深部



王子 「国王陛下。この国は変わらねばなりません」

国王 「ふざけるなっ。こっ、ここはわしの国だ!」

国王 「貴様も馬鹿な国民共も黙ってわしに従えばいいんじゃっ」

王子 「貴方のその考えがこの国を腐らせたのです」


国王 「黙れ黙れ。貴様っ、忘れたわけではあるまいなっ!」

国王 「貴様を養子として引きとり、ここまで育てたのは誰だと思っているっ!」

国王 「王族にしてやったのは誰だと思っているっ、貴様の母を救ったのは誰だと思っているっ!!」

国王 「その恩を仇でかえすつもりかっ、この反逆者めっ!!」


王子 「勿論、その恩を忘れたことは今まで一度だってありません」

王子 「感謝しております。国王陛下」

国王 「なら何故っ、何故わしに刃向かうのだっ!!」

王子 「…………」


閉口する



王子 「…………………もう限界だ」

王子 「聞け国王っ!!。僕は今、反抗軍のリーダーとして此処にいる!」


国王 「ふざけ……」

王子 「貴様の圧政のせいでどれほどの国民が苦しんだっ!」


王子が言葉をさえぎる


王子 「どれほどの奴隷が生まれたっ!」

王子 「どれほどの農民痩せこけたっ!」

王子 「どれほどの商人が悪行に手を染めたっ!」

王子 「どれほどの兵士が貴様に命を捧げたっ!」

王子 「僕はこの国の次期指導者だっ!」

王子 「この国を正す為なら、父上でも国王でも容赦はしないっ!」


王子 「さぁ選べ!今ここで僕に斬り伏せられ息絶えるか!」

王子 「大衆の前でギロチンにより首を落とされるか!」

国王 「わしは死なんっ!!!この国を支配し続けるっ!!!」

国王 「わしに逆らうものは皆殺しじゃっ!!」

国王 「貴様がわしのにひれ伏すのっ……」


ズバンッ


国王 「じゃっ……」


首が宙を飛ぶ


王子 「長いぞ、この国に巣食う膿め」









王城 謁見の間


王子 「ボスっ、無事だったか!?」

ボス 「おう、ぴんぴんしてらぁ」

青年 「王はどうなった?」

王子 「僕が斬り伏せたよ。最後まで身勝手な人だった」

王子 「遺体は僕しか知らない場所へ埋めた」

王子 「あれでも一応僕の親だしね。死んでまで辱めたくないんだ」


才女 「死は人の業を洗い流す」

王子 「そう言ってくれると父も報われるよ」

青年 「そうか。じゃあ、今からは王子がこの国の王だな」

王子 「その通りだ。とりあえず、大規模伝達魔法を使って各地の暴動をやめさせたいんだけど……」

王子 「僕もボスも魔法はさっぱりでね。青年か才女、音を伝達する魔法は使えるかい?」

青年 「それくらいなら、俺も才女も使えるが……」

青年 「今日はこの国が新たに生まれ変わる日だ。俺にやらせてくれ」


王子 「すまないね。この国には東西南北それぞれに音を拡大させる魔法陣の役目を担う塔が建っている」

王子 「それぞれの塔まで僕の声を運んでくれ」

青年 「いや、その塔は使わなくていい。俺からのサプライズだ」

青年 「五大元素魔法(エレメントマジック)・特式・風(ウィンド)」

青年 「これで王子の声はこの国の全て、いや大陸中に響き渡る」

才女 「……」サッ

無言で耳を塞ぐ

王子 「じょっ、冗談だろうっ」


爆音が城内を反響する


ボス 「馬鹿っうるせぇぇっ!!」

王子 「すっ、すまないっ」


ボス 「ぎゃぁぁああぁぁぁっ!!!!耳がぁぁぁっ!!」

青年 「はやく外へ行け」

才女 「間抜け」フフッ


小走りでバルコニーへ向かう王子


才女 「その魔法も失われた叡智?」

青年 「そうだ」



『如何にも。これは共鳴の印』

『様々な振動を作り出し、共振させることで振動自体を巨大化させるものだ』

『他にも特定の電気振動と物体を共鳴させ、熱を生むことなどもできる』


青年 「説明どうも。全然話さないからインテリジェンスソードやめたのかと思ったよ」


『我々は思考こそできるが、感情が無い』

『必要でない話は出来ないのだ』


才女 「個性が無いとつまらない」



『希望に沿えなくてすまない、我が主』


青年 「それと共鳴の印をかけたは風だ」

青年 「俺が作り出した風は今、大陸中を吹きまわっている」

青年 「つまり、王子の声の響き渡る風が人々の耳へ届くんだ」

青年 「王子の思いを乗せた風が、この国を変革へ導く革命の風にならんことを、ってな」

青年 「さぁ、王子の演説が始まるぞ」














王子 「この声が聞こえる人は今すぐ争いをやめてくれっ!!」

王子 「僕は国王の息子、この国の王子だっ!」

王子 「しかし僕は今、商業の国に反旗を翻した反抗軍のリーダーとしてここにいるっ!」

王子 「腐りきったこの国の国王は自らの民に私利私欲をぶつけた!」


王子 「僕はそれが、次期指導者として、一国民としてどうしても許せなかった!」

王子 「同じ人間だというのに、彼は身分を作った!」

王子 「それは国民が苦しみ、一部の権力者のみが裕福な暮らしをするための制度だ!」

王子 「そのせいで、人としての尊厳を奪われた奴隷まで生まれてしまった!」

王子 「最も許せないのは捕らえたエルフを奴隷として貴族どもの玩具としようと目論んだことだ!」

王子 「彼はもはや国のことなど何一つ考えてはいなかった!」

王子 「…………彼の神経はずっと昔に麻痺してしまっていたからだ」


王子 「現国王の独裁政治が開始され、十数年が経った」

王子 「この国の国民は今までよく耐えてくれた」

王子 「この革命によって国王は死んだ」

王子 「僕自らの手で首を斬り落とした」

王子 「国王が死んだ今、彼のあとを継ぐのはこの僕だ」

王子 「この国は今日を以って生まれ変わる」

王子 「国を誤った方向へ導いた権力者は現時刻でその全てを排他する」

王子 「また闇の道に堕ちたものも彼らともども粛清する」

王子 「死にたくなければ、今すぐにこの国を出て、無様に亡命をしろっ!」


王子 「この国に権力者など必要無いっ!」

王子 「この国に絶対的指導者など必要無いっ!」

王子 「この国に他を貶める身分制度など必要無いっ!」

王子 「この国は自由民主主義の国となるんだ!!」

王子 「僕がこの国を変える革命の風になって大陸中を遍く吹き抜けてやるっ!!」

王子 「自由はすぐそこだっ。自分の手で未来を掴む者のみが僕についてこいっ!!」

王子 「終わらない夢を見せてやるっ!!!!」



ワァァァァァァッ!!!!!!!


この日、商業の国の各地で割れんばかりの止むことの無い喝采が巻き起こった














後日 謁見の間

玉座に腰掛ける王子


王子 「君達のお陰で革命を成功させることができた」

王子 「心から礼を言おう」

青年 「礼はどうでもいいんだけど、今後のエルフの扱いを聞かせてくれないか?」

女エルフ 「私も気になるな」


王子 「前国王がエルフには多大な迷惑をかけたからね」

王子 「当然、友好的な関係を結ぼうと思っているよ。多少はエルフに有利なようにね」

女エルフ 「しかし私の一存で交易を結ぶことはできない」

女エルフ 「かと言って、私達の住処を教えることもできない」

王子 「困ったねえ。この国にとってエルフとの交易は最も重要な懸案事項なんだけど……」

女エルフ 「私達もいつまでも森にこもるわけにはいかない。そこでひとつ妥協案がある」

王子 「なんだい?」

女エルフ 「青年と才女に仲介してもらうという方法だ」


王子 「青年と才女か」

王子 「二人とも信頼できる仲間だからね、僕は構わないよ」

女エルフ 「二人はどうだ?」

青年 「エルフにも興味はあるからね、是非その役を務めたい。才女は?」

才女 「…………」ジーッ

ボス 「おいおい、目がオホシサマみてぇになってんぞ」

才女 「私達以外では有り得ない」

女エルフ 「決定、だな」









商業の国を離れ、西へ向かう


女エルフ 「私以外のエルフには先に住処へ帰ってもらった」

青年 「そう言えば、その住処ってのは人が簡単に見つけられるようなものじゃ無いんだろ」

青年 「それにエルフは魔法が使える。どうして捕まったんだ?」

女エルフ 「ああ、そのことか」

女エルフ 「実はな、最初は子供のエルフが人質に捕られたんだ」

女エルフ 「好奇心が旺盛な子でな」

女エルフ 「迷いの森を抜けて、人のいる森まで一人で遊びに行った」

女エルフ 「そこを商人と繋がりのあるハンターに捕まってしまったんだ」


女エルフ 「精霊を通して、私達はそのことに気付いたんだが……」

女エルフ 「相手も中々狡知がある奴で、私達に取引を持ちかけて来たんだ」

女エルフ 「女のエルフと引き換えに子供のエルフを返そう、とな」

女エルフ 「仕方なく取引には応じたが、我々にも策はあった」

女エルフ 「捕虜となるエルフの全員が戦闘を得意とする者だったんだ」

女エルフ 「本当は機をうかがって、荷台から脱出する手筈になっていたんだが……」

青年 「そうなる前に、俺と才女が馬車を襲った、って訳か」

女エルフ 「その通りだ」


青年 「ほー、凄い偶然だな。ところで迷いの森ってどんなところなんだ?」

女エルフ 「迷いの森、確か人間が別の名で呼んでいたな。なんと言ったか……」

才女 「黒き森、シュヴァルツヴァルト」

女エルフ 「シュヴァルツヴァルトか。エルフの住処は崖、川、森に囲まれているんだ」

女エルフ 「崖は険しく、川は流れが速く、並みのエルフでは迷いの森からでしか出入りできない」

女エルフ 「しかし、そこは我々にとっての防衛線でもあるんだ」

女エルフ 「防衛線といっても、罠を仕掛けているわけではない」

女エルフ 「ここからはさらに入り込んだ話になる。精霊についても詳しく話す必要があるからな」


女エルフ 「詳しくは我々の長に聞いてほしい」

女エルフ 「兎に角、迷いの森とは精霊の影響で邪悪な人間では抜けられない場所なんだ」

青年 「成程な。精霊ってのも面白そうだな」

才女 「私も興味がある」

女エルフ 「独力で迷いの森を抜けることが、我々に認められる一種の基準になっている」

女エルフ 「貴様らなら問題無く抜けられると思うが、油断はするなよ」

青年 「精霊…………会いたいなぁ」

才女 「精霊…………会いたい」


女エルフ 「おいおい、精霊を目に見えるようなものではないぞっ」

女エルフ 「まぁ、極一部の特殊なエルフの目には見えることもあるらしいが……」

女エルフ 「私を含め、ほとんどのエルフは目では無く心で感じているんだ」

才女 「…………」エー

青年 「心で感じるのか。まだ知らない感覚だな」

青年 「でもやっぱ、目でも見たいな」

女エルフ 「まぁ、試してみるがいいさ」











数日後 夜 黒き森、シュバルツヴァルト



女エルフ 「ここから先は別行動だ」

女エルフ 「私は先にエルフの住処で待っている」

青年 「住処はどの方角にあるんだ?」

女エルフ [方位など、この森ではあって無いようなものだ」


女エルフ 「方位磁針はおろか、星々の動きさえ妖精達が狂わせてしまう」

才女 「幻術?」

女エルフ 「そうだな。妖精は悪戯に人を誑かす」

女エルフ 「特に意思が弱かったり、曖昧だったりする者にはな」

女エルフ 「彼女達は邪気を嫌い、無邪気を好む」

女エルフ 「貴様らに邪気さえなければ、それと無く道を教えてくれることもあるだろう」

女エルフ 「他にも獰猛な魔物が出没する可能性もある」


女エルフ 「妖精は知恵があるからな。気に食わなかったりすると魔物を引き寄せ、襲わせたりするんだ」

女エルフ 「天邪鬼であるとともに残酷」

女エルフ 「友好的なら頼れる仲間だが、敵に回すと厄介だ」

女エルフ 「私からの助言はこれくらいだな」


ガサゴソ

バッグから粉末を取り出す

それを二人分の飲み水に投入する


女エルフ 「これを飲んだら、我々の住処を目指せ」


青年 「これは?」

女エルフ 「私特性の睡眠薬だよ。きっかり適量を摂取すれば丸一日はぐっすりだ」

女エルフ 「本当は怪我の痛みに耐えられない者に使うものなんだがな」

青年 「道標を一切残させないためか」

女エルフ 「そうだ。健闘を祈る」


ゴクゴクッ


青年と才女が睡眠薬入りの水を一気に飲み干す












数時間後


青年 「うっ…うぅ……才女…起きてるか?」

才女 「…今……起き……た……」

青年 「すぅーっ」

才女 「すうーっ」

青年 「はぁーっ」

才女 「はぁーっ


大きく深呼吸をする


青年 「よしっばっちりだ」

才女 「あの睡眠薬、結構強力」

青年 「ああ、俺もあの手の物にはかなり耐性があるはずなんだけどなぁ」

才女 「でもアナムネーシスにいた頃に青年が作ったもの程じゃない」

青年 「あれはヤバかった………………って!?飲んだの!?」

才女 「青年が実験室で倒れてたから私も試した」

青年 「なんでだよ」

才女 「私なら耐えられると思って」


青年 「結果は?」

才女 「駄目だった。でも青年より早く起きた」

青年 「あれな、国の生活用水に混ぜ込めば国民のほとんどがぐっすり、って代物なんだよ」

青年 「ところが、俺達が飲んだのはその原液。実のところ死んでもおかしくない」

才女 「どうして青年はそんな物を作って、自分で飲んだの?」

青年 「戦争であるだろ。敵国の生活用水に毒を撒くっての」

青年 「毒じゃなくて睡眠薬なら被害を出さずに制圧できるんじゃないか、と思ってな」


才女 「飲む必要は無い」

青年 「作り終えたらバカバカしくなったんだよ。こんなので眠らされるのはなんか癪だ、ってな」

青年 「やる気も興味も失せたけど一度試してみたいと思って、自暴自棄になって飲んだんだ」

才女 「青年はやっぱり面白い」フフッ

青年 「そろそろ行くか」

才女 「うん」











青年 「なぁ、才女」

才女 「何?」

青年 「もしかして俺が作った睡眠薬以外の薬品も飲んだりした?」

才女 「基本的に完成してたものは全部」

才女 「でも青年は麻薬も使ったりするから、全部じゃない」

青年 「それを聞いて安心したぜ」


青年 「以前、マンドラゴラを使った強い幻覚作用と依存性のある薬を作ったんだ……毒物って言った方がいいか」

青年 「それが何故か飲んだらとってもまずい量が減ってたから、もしかして誰か誤って飲んじまったんじゃないかと思ったんだけど……」

才女 「飲んだ……幻覚を見て、さらに飲んだ」

青年 「あちゃー、やっぱりか」

才女 「あれが今までで一番気分が悪かった。依存はしなかったけど、何故あんなものを?」

青年 「単純に興味本位だよ」

青年 「一度、特殊薬材の代表であるマンドラゴラを扱ってみたくてな」


才女 「マンドラゴラは魔導士のほんの一部しか取り扱ってはいけないはず」

青年 「まぁな。でもやってみたかったんだ。仕方ないだろ」

青年 「それに才女だって薬や毒物にはかなり詳しいだろ」

青年 「ほら前になんかヤバいの作ってたろ」

才女 「末端熱冷剤」

青年 「おお、それだ。確か、指のそれぞれの冷点と温点をランダムに刺激するってやつだよな」

才女 「そう」

青年 「お前、あれをアナムネーシス敷地内の水道にばら撒いただろ」

才女 「うん」

青年 「その次の日に氷と発熱剤を指に押し当ててた奴が溢れてたよな」

才女 「あれは愉快だった。青年は飲んでないの?」

青年 「あんなもん、見抜けないわけないだろ。第一に水が若干変色してたし、水の臭いも違和感があった」

青年 「極めつけはpHだ。計ってみたらpH7。値こそ中性だが、人が中性と感じるのはpH5,6から5,8だ」

青年 「飲んで気付かないはずがない」

才女 「でも教授達も次の日には氷と発熱材を沢山常備していた」

青年 「つくづく間抜けな奴らだな。自分の研究分野以外には何も意味が無いと思ってんのかな?」

才女 「視野が狭い」


青年 「そう言えば、女エルフが妖精は目に見えないって言ってたな

才女 「きっと見える」

青年 「やっぱりそう思うか。俺もだ」

青年 「マンドラゴラみたいな作用がある特殊な鱗粉を出してると思うんだけど」

才女 「見えるというエルフは薬学に造詣が深いはず」


青年 「なら俺達も見ることができるな」

青年 「五大元素魔法(エレメントマジック)・風(ウィンド)」


ヒュゥゥゥ


そよ風が青年と才女を包み込む


青年 「これで鱗粉は届かないだろ」








数分後


才女 「青年、水のにおい」

青年 「ここらは湿地帯でも無いみたいだし、池か湖でもあるんじゃないか?」

才女 「水場には生き物が集まる」

才女 「妖精もいるはず」

青年 「んじゃ、行ってみるか」

才女 「うん」





池の畔近くの茂み




青年 「おおっと複数の意思を感じるぞ」

才女 「妖精いたっ!」

青年 「いきなり行って、逃げ出したりしないかな?」

才女 「青年、敵じゃないことを伝えられる?」

青年 「やってみる」


青年 「…………」ムムムムッ

妖精 「……っ………っ…」

青年 「…………」ムムムムムムッ

妖精 「…っ………っっ……っ!!」

青年 「…………」ムムムムムムムムッ

妖精 「……っ…っ!…っ………っっ!!!」





青年 「上手く伝わったよ。それどころか、俺達と遊びたがってるみたいだ」

才女 「私にも聞こえた。妖精は生き物と言うより自然に近いみたい」

妖精 「…っ……っ」パタパタ


数匹の妖精が青年と才女の周りを飛び回る


青年 「可愛いなぁ」


才女 「人の言葉を理解してる」スッ


手を顔の前に出す


妖精 「っ……っ…っ!」パタパタッ


すかさず才女の人差し指に止まる妖精


才女 「住処までの道、教えてくれる?」ニコッ


妖精 「……っっ!!」


パタパタッ

クルンッ

全身で肯定の意思を表すように才女の手の上で

その小さな羽をばたつかせ、クルクルと回る


才女 「教えてくれるみたい」

青年 「…………」ム

才女 「青年?」

青年 「…………」ムム


青年の顔の周りを十数匹の妖精があわただしく飛び回っていた


才女 「……青年、気に入られたみたい」フフッ

青年 「ああ、まいったよ」


青年 「さぁ、行こうか」

妖精’S 「…っ……っ!!……っ……っ!!!…っ!!!!」パタパタパタパタッ


畔にいた全ての妖精が青年と才女の周りを

無邪気で悪戯な笑みを浮かべながら飛び回る


才女 「みんな、ついてくる」

青年 「これは大所帯になったな」ハハハ








チラッ

妖精 「…っ♪………♪…♪」

青年の肩に上機嫌そうな様子で座る妖精を見る


青年 「そう言えば……」

青年 「妖精の鱗粉って目には見えないんだな」

才女 「それほど細かい粉」


才女 「何かに利用できるかも」

青年 「どんな作用があるんだろうな」

青年 「俺が思うに、思い込みを視覚化する作用じゃないか?」

青年 「黒き森、シュバルツヴァルトがエルフ達の防衛線、迷いの森になったのは」

青年 「ここが黒い土という特殊な土地だと言うことと、エルフの住処に続く道という噂が」

青年 「人々に固定観念を与え、それを妖精達の鱗粉が訪れる者に幻覚を見せたからだと思うんだ」

才女 「可能性としてはある」


才女 「でも、この子達は悪戯っ子」

才女 「妖精、その根源の自然が人を玩ぶこともある」

妖精 「……っっ!………っっっ!」

青年 「ん?」

才女 「エルフの住処が近いって」


青年 「以外に近かったな」







シュバルツヴァルト奥地 エルフの村


青年 「皆エルフだな。人間が一人もいない」

青年 「あっ、そこのエルフさん!」


近くにいた若いエルフに声をかける


町エルフ 「えっ…人間?どうしてここに?」


青年 「襲いに来たわけでも迷ったわけでもないよ」

青年 「ここに女エルフって男勝りのエルフがいると思うんだけど…」

町エルフ 「女エルフさんですか。確か、今はババ様の家にいるはずですけど…」

青年 「んじゃ、そのババ様とやらの家まで案内してくれないか?」

町エルフ 「はっ…はいっ」






長老の家


青年 「こんにちはー」

女エルフ 「青年!?」

才女 「私もいる」ニョッ

女エルフ 「何でここにいる!?どう考えても早すぎる!」

青年 「まぁまぁ、それは置いといて。まずはここの長様にあいさつをしなくちゃな」

女エルフ 「ううむ……そうだな」

青年 「どうも、お初にお目にかかります、商業の国から派遣されました青年と申します」

才女 「才女です」

長 「おお、これはこれは、丁寧にどうもな」


青年 「今回、我々はエルフの皆皆さまと交易を結ぶべくここを訪れた次第です」

長 「ああ、ええ。堅苦しいのは嫌いじゃ」

長 「お主らは迷いの森を抜けて来たんじゃろ」

長 「ならば妖精がお主らの素性を証明してくれる」

長 「ワシらとお主らは対等じゃ。もっと大きく構えんか」

青年 「では……」ドシッ


胡坐をかく


青年 「早速、交易の話を始めたいのですが……」

青年 「その前に、妖精について詳しくお聞かせください」


長 「妖精か。まぁよいが……さて、どこから話したものか」

長 「話すと言っても妖精に関してはまだ分からぬことが多くてな」

長 「我々と妖精が共に手をとり合って生き始めたのは、人と魔が区別されるずっと前じゃ」

長 「自然から生物が分離したその時から、と言ってよいじゃろう」

長 「昔はエルフも妖精が目に見えたのじゃがな」

長 「数代前ほどから目には見えなくなってしもうたそうじゃ」


長 「まぁ、元々心を通わしておったからのぉ。不便は特に無いわい」

長 「ワシらは自然を尊重することで妖精から力を受けておる」

長 「力と言っても自然の恩恵を受けたり、妖精の持つ情報を受け取ったりなどじゃがな」

長 「じゃがその中でも、ちいとばかり例外がある」

長 「それは精霊との契約じゃ」

長 「精霊とは、妖精の中でとても大きな力を持った存在のことじゃ」

長 「全ての妖精は精霊の眷属と言える」


長 「全ての妖精は精霊の眷属と言える」

長 「その精霊はエレメントごと、四つに分かれておる」

長 「火を司るサラマンダー。水を司るウンディーネ」

長 「風を司るシルフ。土、大地を司るノーム」

長 「精霊と契約を結ぶには、まず精霊を呼び出し、自身を認めてもらわねばならぬ」

長 「が、この精霊達は妖精よりも気まぐれでな」

長 「他を認めることはおろか、無事に返してくれることさえ稀じゃ」

長 「それ故、今この村では、精霊を使役できるものはおらん」


長 「その分、使役できれば強大な力を持てる、ということじゃがな」

長 「大地を豊かに保つことが精霊の生きてゆくために必要な原動力となる」

長 「それらは妖精を媒介し、我らの田や畑に雨となって恩恵をもたらす」

長 「そうして我らと精霊、妖精達は繋がっておるのじゃ」

長 「まぁ、こんなものじゃろうな」

長 「お主ら、当分はここに泊まって行きなさい」

長 「妖精にもいたく気に入られておるようじゃしな」

長 「この村に人間が訪れることはかなり久しぶりじゃからの」

長 「充分に休まれよ」


長 「面倒な交易の話はまた今度とする」

長 「女エルフ、客人を宿場まで案内してやれ」

女エルフ 「ああ、了解した」

青年 「妖精……やはり実に興味深いものです」

青年 「お話をお聞かせくださり、本当にありがとうございました」

才女 「ありがとう、お婆ちゃん」ニコッ









エルフの村 宿場


女エルフ 「なぁ、色々と聞きたいことがあるのだが……」

青年 「ああ、何でも聞いてくれ」

女エルフ 「まず……何故、これほどまで早くここに到着することができた?」

女エルフ 「あの量の睡眠薬を飲めば、今頃ようやく起きる頃のはずなのだが」

青年 「人間にも薬を作る技術はあるんだ。そして勿論、幾分かそれに対する耐性もある」


才女 「それに睡眠薬を飲むという前情報があったから」

女エルフ 「驚いたな。お前達がそれほど薬学に精通していたとは」

女エルフ 「次だ。何故お前達の周りに妖精がいる?」

青年 「へー。やっぱり分かるんだね」

女エルフ 「当たり前だ」

才女 「妖精は幻覚作用のある鱗粉を出していた」

女エルフ 「幻覚作用だと?」

才女 「それは恐らく、マンドラゴラと同じ類いのもの」

才女 「妖精に遭遇する前にその結論へ至ったから、風魔法でそれが私達の体内に入るのを防いだ」


女エルフ 「私達はずっと幻覚を見せられていたということか」

青年 「幻覚と言うか、思い込みを視覚化するって感じかな」

青年 「それに加え、妖精は自分の意思で自然に戻ることができるらしい」

青年 「見てろよ」

青年 「……………」ムムムムムムッ

妖精'S 「…っ………っっ!」


妖精達が一斉に地面の中に同化していく


女エルフ 「どういうことだ!?妖精の気配が消えた!?」

青年 「………………」ムムムムムッ

妖精'S 「……っ…っ……っ!!!」


再び地面の中から姿を現わす


女エルフ 「また気配が戻った!?!?」

女エルフ 「わけが分からない」


青年 「俺と才女は妖精と意思の疎通ができるんだ」

青年 「それで今、自然に戻って、また帰ってきてくれ、と頼んだ」

青年 「本当に素直で可愛いよ、妖精達は」

女エルフ 「どこまでも規格外な連中だな」

女エルフ 「それほど薬学に詳しいなら、この村の医者に会っておくか?」

青年 「エルフか?」

女エルフ 「当然な。そいつは若くて腕はいいんだが、少々変わり者でな」


女エルフ 「お前達とだったらもしかしたら気が合うかもしれないぞ」

才女 「会いたい」

女エルフ 「いやしかし、慣れない道のりで疲れたか」

女エルフ 「日を改めたほうがいいな」

才女 「大丈夫。体力なら充分残ってる」

女エルフ 「そっ…そうか。青年は?」

青年 「余裕さ」

女エルフ 「人外のような体力だな」

女エルフ 「分かった。今からそいつのところまで案内しよう」











エルフの村 外れ 巨木の下の小屋


青年 「うわっ、小屋が木にのみ込まれてるぞっ」

女エルフ 「あそこが医者の住処だ。奴の馬鹿げた実験でああなった」

才女 「魔女?」

女エルフ 「もしかしたらそうかもな」


コンコン


女エルフ 「入るぞ」


医者エルフ(以下医者) 「ん~……だぁれぇ?」

女エルフ 「おい、もう昼過ぎだぞ。いつまで寝ているんだ」

医者 「何言っているんだ……僕は研究者だ…ぞ……」

医者 「そこらの…アホエルフ…と……一緒に…Zzz…Zzz…」

女エルフ 「ごちゃごちゃ言ってないで起きろっ」ゲシッ

医者 「痛いっ……何すんだよ……って女エルフじゃないか」

医者 「確か君は奴隷商に捕まってその四肢を卑しく弄ばれていたはずじゃ!!」

女エルフ 「はぁ…喧しいな。丁度、今帰ってきていたんだ」


女エルフ 「お前に紹介したい奴らがいる。早く顔洗ってこい」

女エルフ 「陰湿な顔がさらに非道く見えるぞ」

医者 「好き勝手言いやがって!!!」

医者 「でもずっと風呂入って無くて頭痒いから、ちょっと風呂入ってくる!!!」

女エルフ 「ああ、そうしろ」

医者 「じゃっ!!!」ビューンッ





女エルフ 「ふぅ、すまんな。奴は少々躁鬱が激しいんだ」

女エルフ 「普段は冷静でそれなりに知的なんだが……」

青年 「面白くていいじゃないか」

女エルフ 「よくない。この村にはアイツしか、医者がいないんだ」

女エルフ 「しかし、アイツは興味本位で患者を実験体にする」

女エルフ 「まぁ、それでも治療はうまくいっているから文句は言えないんだ」

才女 「面白い。彼女は妖精を見ることができる?」

女エルフ 「!? 何故分かったんだ?」


才女 「さっきも言った通り、妖精が見えないのはその鱗粉の幻覚作用のせい」

才女 「薬学に精通してるエルフならそれに気づいていても不思議じゃない」

女エルフ 「成程な。アイツめ、そんなことを隠していたなんて……やはり信用できないな」

青年 「その割には親しいように見えたぞ」

女エルフ 「ああ、私とアイツは小さいころからの馴染みなんだ」

女エルフ 「とは言っても、ここは小さいからな。歳が近かったら大抵幼馴染と言う間柄だ」


バタバタッ



医者 「イヤホォォイイッ」

医者 「待たせたね。紹介したい相手はそこの二人かい?」

医者 「ほうほう、青年と才女か。よろしくね、僕は医者エルフ。皆は医者って読んでるよ」

医者 「いくつか質問いいかな?なんで君達のまわりには沢山妖精がいるの?」

医者 「妖精の様子からするに、君達は妖精と意思疎通ができるみたいだね。その方法は?」

医者 「それに女の子の方、君には少しエルフの雰囲気がある。どういうことだい?」

医者 「あと、君達が持っている剣。青年のは日本刀、東洋の剣だね。才女の方は?見たことのない形だけど」

医者 「最後に、君達は妖精の鱗粉に気付いているね。どうやって知ったんだい?その経緯が知りたい」


女エルフ 「はぁ、お前は本当に五月蝿い」

医者 「いいじゃないか。さぁ答えてくれ、青年、才女」

青年 「勿論いいぜ。まず、俺達と一緒にいる妖精だが……」

青年 「これはシュバルツヴァルト、迷いの森の池で出会った」

青年 「次に意思疎通の方法。これは何とも説明しがたい」

青年 「才女の場合は種としての特徴らしい」

才女 「私にはエルフの血が流れている」

才女 「でも純粋なエルフが妖精と不完全な意思疎通しかできていないことを考えると」

才女 「混ざった血のもう一つがエルフよりさらに自然に近しい種だっとと思う」


青年 「俺は才女とは違い、恐らく後天的なものだ」

青年 「今は魔族と人間が絶えず争っているが、その歴史の中で数年だけ争いが止まった年がある」

青年 「その時に何らかの事象が俺に特殊な経験と知識を与えたんだと考えてる」

青年 「俺も才女も今は調査中ってところだな。それを見つけるのも旅の目的の一つだ」

青年 「次は……剣についてだったか。これは俺達の出身国、魔導の国にあったものだ」

青年 「とは言っても、魔導の国で作られたものじゃない」

青年 「王宮の最深部に封印されていたものだ。相当な魔の使い手が封印したらしい」

青年 「そいつの情報については一切無い。ただ、魔導の国の在り方を嘆くような文面だけあった」


青年 「最後に妖精の鱗粉だけど……これはマンドラゴラにヒントを得た」

青年 「まぁ、勘だな。俺達はそれなりに薬学の知識があるんだ」

青年 「他は無いか?」

医者 「うーん、まぁ、このくらいだね」

医者 「ありがとう。君達は中々面白いよ」

女エルフ 「おお、医者のテンションについていけるとは……」

医者 「僕に彼らを会わせたのは何か目的があるんじゃないの?女エルフ」

女エルフ 「おぉ、そうだったな」


青年 「最後に妖精の鱗粉だけど……これはマンドラゴラにヒントを得た」

青年 「まぁ、勘だな。俺達はそれなりに薬学の知識があるんだ」

青年 「他は無いか?」

医者 「うーん、まぁ、このくらいだね」

医者 「ありがとう。君達は中々面白いよ」

女エルフ 「おお、医者のテンションについていけるとは……」

医者 「僕に彼らを会わせたのは何か目的があるんじゃないの?女エルフ」

女エルフ 「おぉ、そうだったな」


女エルフ 「確か、青年と才女は妖精に興味を持っていたな」

青年 「ああ」

女エルフ 「医者はエルフの中で、唯一妖精と精霊についての本格的な研究をしているんだ」

女エルフ 「つまり、それらに関しては彼女が最も詳しいというわけだ」

医者 「成程。つまり僕は青年と才女に、僕の研究成果を自慢すればいいってことだね」

女エルフ 「またお前はわけの分からんことを」

医者 「じゃ、青年、才女。最初に言っておくけど、僕は妖精よりも精霊に興味を惹かれた」

医者 「実のところ、何度か風の精、シルフに接触を試みているんだ」

青年 「その前に、精霊との契約で最も困難な事ってなんだ?」


医者 「そうだね。意外な事に呼び出すために必要なものは妖精とのコミュニケーションと」

医者 「ほんのちょっとの魔の資質だ」

医者 「各エレメントの精霊を呼び出す魔法陣は、ずっと昔から判明しているし、現在まで保存もされている」

医者 「つまり、呼び出すことだけなら、そう難しい話じゃない」

医者 「妖精の声が聞こえない人や知性の無い者には知覚することすらできないよ」

医者 「その点、君達は百点満点だ。魔法の方も達者なんだろう?」

青年 「一応、魔導の国にいた頃の地位なら魔法に関してはトップクラスだな。王仕えって地位」

医者 「おお、知ってるよ王仕え。確か、アナムネーシスとかいう魔導士育成機関の出身者がなれる最高役職だね」

医者 「何でも、王仕えが数人いれば一国とまともにやりあえるとか」

医者 「一昨年、去年は王仕えの資質を持った魔導士は出なかったはず」

医者 「そして今年、奇跡の年だ。なんと、王仕えが二人も誕生したそうじゃないか」

医者 「その一人がこんな場所にいるとは……いや、王仕えは二人とも失踪したと聞いた」

医者 「もしかして、才女。君も王仕えなのかい?」

才女 「そう。元、王仕えだった」

医者 「驚いたな。で、今、魔導の国がどうなってるか知ってる?」

青年 「いや」

医者 「君は全く無責任だね。二人の王仕えを失った魔導の国は、他国からの信用を大きく失った」

医者 「何故だか分かるかい?」


青年 「いや」

医者 「君は全く無責任だね。二人の王仕えを失った魔導の国は、他国からの信用を大きく失った」

医者 「何故だか分かるかい?」

青年 「大方の予想はつく。魔導の国の王は新たに自国の王仕えを他国に派遣して恩を売ろうとしたんだろ」

青年 「しかし、俺達が失踪して、自国の王仕えが足りなくなった」

青年 「そこで派遣の話を白紙に戻した。王仕えが少なくなったら、その分自国の武力が減少するからな」

医者 「よく分かってるじゃないか」


医者 「人の政治には興味深いことが多いけど、僕は精霊の話がしたい」

医者 「君達に見せたい場所がある。ついてきてくれ」

青年 「おう、勿論ついていくぜ」

医者 「女エルフも来るかい?」

女エルフ 「いや、お前の喧しさにはもううんざりだ」

女エルフ 「それに、今回商業の国で発生した革命の顛末を、先に帰ったエルフ達にも伝えなければならない」

女エルフ 「交易の件についてもエルフの総意をまとめる必要がある」

医者 「君はいつも損な役回りをするね。生きてて楽しいかい?」


女エルフ 「余計なお世話だ。お前のように楽観的でいられるほど、エルフの生活環境は芳しくない」

女エルフ 「人間の国に攻め込まれてしまえば、この土地を追いやられてしまうことも十分あり得る」

女エルフ 「だからこそ、商業の国との連携は最大限に考慮しなければならないのだ」

青年 「大変だな」

女エルフ 「ああ、それじゃあな」

才女 「ばいばい」フリフリ








医者 「さて、堅物の女エルフがいなくなったところで、シルフについて説明しよう」

医者 「移動しながらね。準備は出来てるかい?」

青年 「俺達は旅人だ。それにさっきこの村についた。準備は完璧だ」

医者 「ごめん、僕がまだだ。ちょっと待ってて」


バタバタッ

せわしなく走り回る医者


医者 「よし、こんなものかな。さあ、出発だ」





小屋を離れ、シュバルツヴァルトの逆方面、崖と川の境目に向かって歩きだす


医者 「さて、シルフについて説明するけど、君達はどれだけのことを知っている?」

青年 「エルフとニンフが混じりあった存在だろ」

医者 「!? 驚いたな。僕でさえ、最近になって知り得たことをどうして知っているんだい?」

青年 「さっきも言った通り、俺には後天的に得た特殊な知識がある」

青年 「そこには精霊と魔ともう一つの存在が拮抗している図があった」

青年 「よく覚えていないが、シルフにはスプライトと言う別名もあったはずだ」

医者 「その通り。シルフの呼称がつく前は、暫定的にスプライトと呼んでいた」


才女 「もう一つの存在って?」

青年 「分からない。多分、あそこにさえ詳しい情報は無かったんだと思う」

青年 「覚えているのは、精霊と魔の根源についての情報」

医者 「魔の根源! それは魔族が多少の魔法を使えることに繋がるな!」

医者 「その中でも別格な魔王も、きっと魔の根源とやらを知っているんだろうな」

医者 「で、どんなこと何だ?」ワクワクッ

青年 「いや、それが……分からないんだ」

医者 「ああぁぁん?? ふざけんなよ!! 気になるじゃないか!!!」


才女 「医者、五月蝿い」

医者 「そんな場合じゃないよ!! 何だよ魔の根源て!!! 分かれよ!! 僕に教えろよ!!!」

青年 「分からないと言っても、知る方法は分かってるんだ」

医者 「知る方法? ならそれをやれよっ」

青年 「医者、お前はせっかちだ。そんな突っかかって物事を見ても何も分からないぞ」

医者 「知るかっ。早くその方法を説明しろっ」

青年 「まぁいいけどよ。その方法は魔法を使うことだ」

青年 「意味不明だろ。俺達は既に魔法を使ってるのに」


才女 「隠語?」

医者 「いや……その言葉に間違いが無いなら、僕達が何かを見落としてるはずだ」


ピタッ

突然立ち止り、考え込む医者


医者 「魔の根源……魔法……魔……精霊………どの魔法だ?」

医者 「この世には多くの魔法がある。属性以外にもそれを発動させる制約と道具、順序……」

医者 「とても共通しているものがあるとは思えない……そのメカニズムに魔の根源が隠されているのか……?」

医者 「なぁその方法とやらには、魔法の指定は無かったのか?」


青年 「ああ。ただ、一文だけだ」

医者 「……なんとなく見えてきた」

医者 「才女。魔法の行使に必要なものって何だ?」

才女 「知識、道具、魔力」

医者 「共通するもの……魔力……魔力って何だ?」

才女 「まだ判明していない。人が練り上げる精神力という説もあれば」

才女 「信仰する神から与えられた破魔のエネルギーとも言われている」


医者 「才女は何だと思う?」

才女 「世界から溢れた何かを人が変換したもの」

医者 「青年は?」

青年 「才女と同じ。不可視のエネルギーを人が変換したものだと思う」

医者 「二人は常に穿った見方ができているように思う」

医者 「なら、魔の根源とは魔力の元となる何か」

医者 「魔族も人も魔法を使えることを考えれば、それは瘴気の類いじゃない…」

医者 「僕達が知り得ない未知のエネルギーが魔の根源」


医者 「結局、今のままじゃ理解できないというわけか」

医者 「くっそーっ。知りてぇぇなぁぁっ!!」

青年 「いや、大分理解できた」

医者 「えっ!!! マジでっ!!!」

青年 「未知のエネルギーには大した性質はない」

青年 「少なくともこの世界に生息する生物に影響を及ぼさない程度にはな」

青年 「空気と同じだな。気になるのは何故それが魔力へ変換されるか」


青年 「魔獣って知ってるか?」

医者 「未開の土地に巣食う巨大な魔物のことだろ」

青年 「そうだ。巨大、な魔物だ」

才女 「巨大。普通の動物とは違うということ?」

青年 「そう。魔獣を抜いた生物の中で最も大きいのは、海に生息するクジラだ」

青年 「地上にはクジラのような巨大な魔物や動物はいない」

青年 「その中で何故、種が存在しない魔獣は不自然に巨大化したのか?」


青年 「それは魔の根源、魔力の元となるエネルギーが関わっていると考えられる」

医者 「ああ、やっと分かったよ。人の行使する魔法はその巨大化するメカニズムを真似たもの、ということか」

才女 「成程。とヒトは真似ることで進化する」

青年 「そうだ。何も武器を持たなかった頃の人間は、魔の根源の影響を受けた魔獣を無意識に観察しつづけたはずだ」

青年 「そして、魔導と言う結果を生み出した」

青年 「魔導にたどり着くまでには途方もない時が掛かっただろうな。何せ、考えた結果じゃなくて結局は偶然だからな」


医者 「魔王はそれを理解して魔導にたどり着いたということにもなるな」

医者 「よし、なら次だ」


再び歩き始める


医者 「疑問の足がかりが見つかったところで本題へ戻る」

医者 「シルフについて大昔からエルフにはこんな伝承がある」


医者 「あるエルフは自然を愛した。食するもの全てを自然に感謝し、それを自然へ還元した」

医者 「土に眠り、木の実を食べ、水を泳ぐ。そんな生活をするエルフをニンフが見つけた」

医者 「まるで精霊のような彼女に妖精であるニンフは言った」

医者 「ああ、私は貴方の眷愛隷属であります。どうぞ、私の手をお取りになって下さい」

医者 「そうすれば、きっと貴方は風になって、自然の一部になりましょう」

医者 「さあ、どうぞ。どうぞ、私の手をお取りになってください」

医者 「エルフは喜んでその手を取った。自分の愛した自然になれるのだから」

医者 「エルフは喜んでその手を取った。自分の愛した自然になれるのだから」

医者 「と、まぁこんな感じだ。かなり要約して話したけど、多分二人なら理解できると思う」

才女 「つまり、自然に近づきすぎたエルフをニンフが自然に引き込んだということ?」

医者 「そう。ニンフはそんなにいい妖精じゃないんだ」

医者 「エルフは超えてはいけない境界線を、ニンフの手引きで超えてしまった」

医者 「形あるエルフの体と意識は風に転換された」

医者 「エルフは余程自然と妖精を愛したんだろうね。執着ともとれるほどに」


医者 「結局、エルフはニンフさえ巻き込んで、風のエレメントと相成ったわけだ」

医者 「それでシルフ。エルフとニンフが合わさった名だ」

青年 「シルフにエルフだった頃の記憶は?」

医者 「どうだろう。少なくとも、現在では立派に精霊をやっている。エルフの面影は無いな」

医者 「呼び出すときの条件は、風通りの良い場所」

医者 「そして、風の精へのあいさつ。最後に魔法陣だ」

青年 「魔法陣は持ってきているのか?」


医者 「ああ、ばっちりさ。見るかい?」

青年 「見せてくれ」

医者 「ちょっと待って」ゴソゴソ


医者 「よし、あった、あった」

青年 「おい、雑に扱っていいものじゃないだろ?」

医者 「大丈夫。もうすっかり僕が覚えちゃってるし、第一、これはまだ完全じゃない」


医者 「僕が一度シルフを呼び出した時、彼女は、またこれか。窮屈だ、と言ったんだ」

医者 「呼び出した場所には問題はない。恐らくは、魔法陣の範囲が小さかったんだろうな」

医者 「風を留めるには、やや無理やりだったんだろう」

才女 「なら、魔法陣を書き変えればいい」

医者 「無茶言うなよ。それを達する為には、解析、言語の指定、媒体、形式…etc…」

医者 「これだけで、一生を賭ける研究内容になる」

青年 「いや、ただ媒体を変えるだけでいいはずだ」


医者 「どうやってだよ。風に魔法陣でも書くつもりか?」

青年 「その通り」

医者 「それが可能だと仮定して、必要な事はただ一つ。風魔法の解析」

医者 「それは読めない言語で書かれた論文を丸暗記するより難しいはずだ」

才女 「でもできる。アナムネーシスにいた頃、私と青年は卒業課題で自作の魔法を作った」

才女 「それが評価されて、私達は王仕えになることができた」

医者 「どうせあれだろ。基本的な魔法……五大元素魔法とかをちょっといじって」

医者 「元素の複合に成功しました、とかそんなんだろ」


青年 「それもできたけど、全くの別物だよ」

青年 「五行魔法。とある自然哲学の思想を魔法化(マテライズ)したものだ」

医者 「五行魔法? 聞いたことが無い」

青年 「木、火、土、金、水。世界を構成するこの五つの要素が相互に影響し、均衡が保たれているというものだ」

青年 「火と水を例にとって話そう。火の魔法を使うには火を水よりも強めて均衡を崩せばいい」

青年 「これは、一般的な魔法と同じだな。でも五行魔法の真価はこの先にある」


青年 「均衡する水と火のどちらかを弱めても、もう一つの性質が現れるんだ」

青年 「水を弱めれば、火の魔法が発現するといるわけだ」

医者 「確かに面白い考え方だ」

青年 「つまり、火の魔法を最大にするには火を強めつつ、水を弱めればいい」

青年 「これは足し算じゃなくて、掛け算のような結果を生む」

青年 「これを相侮と言うんだ」

医者 「相侮……」

医者 「その魔法は僕の知る魔法の中で最も汎用性が高いみたいだ」

医者 「相侮以外にも相互関係を利用した技があるんだろう?」


青年 「ご名答。相侮の他に相生、相克、比和がある」

青年 「相生はさっき言った一つの要素を強めることだ」

青年 「相克は要素の性質を打ち消すこと。防御に応用できる」

青年 「そして比和。これは融合魔法だ」

青年 「魔法の属性を無視し、気という新たな要素を元に複数の魔法を融合させる」

青年 「相当高度なものだ。俺自身も才女としか成功したことがない」


青年 「五行魔法を使えるのが俺と才女だけだから、俺達のオリジナル技だな」

才女 「五行魔法は全く新たな思想の産物。模倣も対処も出来ない」

才女 「多数の魔法使いを相手にしても、優位を保てる」

医者 「まさに天才的だな。僕は魔法に詳しいわけじゃない」

医者 「でも、この魔法が時代を変えてしまうほどの力を持っていることは分かる」

医者 「おっと…………目的地についたようだ」










木々が生い茂る林が一気に開けるその場所は

丘のような切り立った崖だった

植物は亜低木が地面を埋め、ところどころに鮮やかな花が咲く

そこは風が四方八方から吹き抜け、世界の全てを見渡すが如くの

絶景が広がっていた




青年 「…………まるで秘境だ」

才女 「風。良く聞こえる」

医者 「そうだ、ここはエルフの秘境。風の丘」

医者 「シルフが宿る場とされている」

青年 「すごい……言葉が見つからない」

才女 「魔導の国にいたら、きっとこの景色を死ぬまで知らなかった」

才女 「世界にはもっといっぱい、凄い場所があるはず」


青年 「絶対に見つけてやる」

医者 「人間界ではこれ以上の絶景は無いだろうね」

医者 「僕もここに来る度、世界の広さを痛感するよ」

医者 「ここさ、僕が小さな時に女エルフが連れて行ってくれたんだ」

医者 「感謝してるよ。ここがあるから僕は精霊に興味を持った」

医者 「自覚してる中で一番最初に好奇心というものを感じたよ。感涙の極みだ」


青年 「シルフ…………呼び出すぞ」

医者 「ああそうだ。呼び出すときにこう言うといい」

医者 「風の精霊シルフよ。我が手を取り、風と成れ」

才女 「呪文?」

医者 「いや、シルフを呼び出す定型句かな」

医者 「精霊との契約は戯曲なんだ。別にこれじゃなくてもいい」


青年 「それでいいか」

青年 「五大元素魔法・空・風(スカイウィンド)」


ゴオオオォォッ

突風が吹き荒れる


青年 「ふぅ……」

青年 「風の精霊シルフよ。我が手を取り、風と成れ」


突如、風の音が消え、静寂が丘を支配する



「やーだよっ。手をつないだら、どこにも行けないもんっ」


小さな女の子を模した風が中空に現れる


医者 「来たか。まさか本当に風に魔法陣を組み込むとは……」


「おっ、医者だっ。やっほー」フリフリ


医者 「やっほー」


「あたしを呼び出したのは、そこのセンスの無い服着たお兄ちゃん?」


青年 「そうだ。センスの無いお兄ちゃんだ」


「えーっ。そっちの可愛い娘に呼んでほしかったぁ」


才女 「私も貴方のことを知りたい」ニコッ


「わぁ、すっごくキレイ。おねぇちゃん、名前はなんて言うの?」


才女 「才女。そっちのセンスの無いお兄ちゃんは青年」


「よろしくねっ。才女、青年っ」


青年 「ああ、よろしく」


「にしても何?この魔法陣。全然、窮屈じゃなーいっ」


青年 「風だよ。俺がやった」


「お兄ちゃんすごーい。センス無いけど」


医者 「仲良くなるのはいいが、契約もしっかり行ってくれよ」


「んー。あたしは風を契約の依り代にしてるの」



「その風に念じれば、きっとあたしに思いが届くよ」


「でも、命令を聞くかどうかは別問題。精霊は自然の結晶だからね」


「契約の立場は対等。指示を聞くのは気分次第かな」



青年 「風の精なんだ。それくらいじゃないとな」


「おおー。分かってるね、お兄ちゃん」


「で、風の印は何につける?」


青年 「この刀とかでいいか?」


ゆっくり刀を鞘から引き抜く


「無っ骨ぅ。装飾なんて一つもないじゃーん。だっせー」


青年 「貰い物なんだ」


「ちょーとっ、借りるよぉ」


スゥゥゥゥ


僅かな風により青年の刀が浮き上がり、シルフの手に収まる


「おおっ、これはすごい業物だねぇ。人智を超えているよ」



「本当にこれでいいんだね。あたしがお洒落にしてあげるよー」


青年 「頼むよ」


「よよいのよいっっと」


幼女の体とは不釣り合いの攻撃的な刃に

鮮やかなエメラルドの線が縦に入る


「よしっできたよっ。流石あたし、イカすーっ」



再び刀が宙に浮き、青年の腰についた鞘に収まる


「あっ、あとその刀、もう意識の共有は出来ないよ」


医者 「意識? まさかっそれはインテリジェンスソードなのかいっ!!」


「医者、疎ーい」


医者 「五月蝿いっ。なんで教えてくれなかったんだよ!!」

青年 「大した問題じゃないからだ。意識はあっても感情は無い」

医者 「…………なんだ。なら興味ないや」


「変な医者」


『非道く言ってくれるじゃないか』


医者 「……そうかい。済まなかったよ」フゥ

医者 「!! 君がインテリジェンスソードか。念話で意思の疎通を図るのか。割とどうでもいいな」


『貴様、どこを見ているんだ』




大剣は再び才女のもとへ


「二人は妖精のみんなからも、とーっても気に入られてるから風の加護が守ってくれると思うよっ」


「青年と才女の風が大きく、おおーっきくっ、世界を吹き抜けますようにっ」


「じゃあね。またいつでも呼んでっ」フリフリ


青年 「ああ、またな」

才女 「またね」フリフリ



ビュゥゥンッ

幼女を模していた風が四方に散る

再び世界に音が戻り、時が動き出す


医者 「どうだった? 風の精霊シルフは?」

才女 「可愛かった」

青年 「純粋だったな」

医者 「現在、世界中で精霊の力を行使できるのは僕達だけだ」

医者 「エルフが精霊と契約出来なかったのは、精霊を使役しようとしたから」

医者 「共に生きて行くべき存在なのに、何故そんな思想を持ったのかは分からない」


医者 「もしかしたら、エルフも人のように心の片隅には、卑しさというものを持っていたのかもしれない」

青年 「そんなことないさ。ただ、シルフは自由そのもの。それを理解できなかったんだろうな」

才女 「エルフは人や魔物から一番被害を受けて、今まで住む場所を限定されてきたから」

医者 「元々、僕達はいつまでもこんなところに居ちゃいけないんだ」

医者 「商業の国との交易で、何かその答え……僕達の行く末が見えればいいな」

医者 「魔王について少し興味が湧いてきた」





状況を整理する為に書いてみました





数日後 エルフの村 ババの家



女エルフ 「青年、才女。今日にはもうここを出発し、私たちの意向を王子へ伝えに行ってほしい」

女エルフ 「勿論、私も同行するが」

青年 「おう。ここは居心地がいいからすっかり疲れが取れちまったよ」


青年 「商業の国なんて一足飛びだ」

才女 「私も問題ない」

長 「若い者は元気があってええの」

長 「いつまでもじっとしているのも退屈じゃろう」

長 「早速、交易の話に入ろう」

長 「ワシはもう隠居しておるようなものじゃ。後のことは女エルフに聞いてくれ」


女エルフ 「よし、では、私が引き継ごう」

女エルフ 「まず、大前提として我々は商業の国からの交易の申し出を受けることにした」

女エルフ 「しかし、それには多くの制約がついてまわることになる」

女エルフ 「エルフは人の国と比べれば、あまりにも小規模で、あまりにも弱い立場だからだ」

女エルフ 「商業の国には大きな迷惑をかけることになるな」

青年 「それは王子も分かってるし、最初からそのつもりだ、って言ってたな」


女エルフ 「ああ、この交易は王子と私との信頼の上に成り立っている」

女エルフ 「アイツには民を導く天賦の才があるように思える」

女エルフ 「そうでも無ければ、反抗軍(レジスタンス)のリーダーは務まらんからな」

女エルフ 「我々が提示する条件だが、これは大きく分けて二つだ」

女エルフ 「一つは此処、我々の住処の場所を知ってはならない」

女エルフ 「もう一つは迷いの森に人の手を加えないこと」


女エルフ 「この二つを遵守できるのなら、我々は商業の国に協力を惜しむつもりは無い」

女エルフ 「これが我々、エルフの総意だ」

青年 「エルフの生活を第一に考えるならそれがベストだな」

才女 「第一、エルフが完全に商業の国へ加担したら、人間の国同士で軋轢が生じる」

才女 「王子は若い王。革命による商業の国の改革は他国から疎まれている」


女エルフ 「面倒だ。近すぎず、遠すぎず、魔族とも適切な距離を取らねばならない」

長 「我々が新しい時代に向かうときが来たのやもしれぬ」

女エルフ 「エルフの意思は決まった」

女エルフ 「さぁ、青年、才女。商業の国へ向かおう」




少し修正







数日後 商業の国 城



青年 「おーい、王子。戻ったぞ」

王子 「あ……」ゲッソリ

王子 「良く戻ってくれた。青年、才女、そして女エルフ」


王子 「いい返事はもらえたかな?」

才女 「王子、死にそう」

女エルフ 「お前、ちゃんと寝ているのか?」

王子 「ああ、さっき五分だけ寝た」

青年 「相当、忙しいみたいだな」

王子 「官職につくものの選出。商人の組合の再発足。会計の仕事」

王子 「他にも山ほどやらなくちゃ、いけないことがある」


王子 「覚悟はしてたけど…………流石にきついっ……」

王子 「昼まで待ってくれ。ご飯を食べながら話そうっ……」

王子 「それじゃあ……」フラフラ


女エルフ 「アイツ、死ぬんじゃないか?」

ボス 「それ以上に仕事は速いぜ」

青年 「おお、ボス」


ボス 「よっ。一週間ぶりか?」

才女 「盗賊団の人はどうしているの?」

ボス 「この城で働いてるよ。ほとんどは雑務だけどな」

ボス 「ついでに俺は料理長だ」

女エルフ 「お前、柄に似合わず料理ができるのか」

ボス 「子分たちによく飯を作ってやってたんだよ」

ボス 「王子、今アイツは革命以前のこの国が数ヶ月かけて、処理していた事案を」


ボス 「たった数日で、しかも一人で処理してんだ」

ボス 「良くもまぁ、体が壊れないもんだ」

青年 「ボスは手伝えないのか?」

ボス 「無理だよ、俺は学が無いんだ。政治なんてさっぱり分からん」

ボス 「俺に出来ることなんて精々、アイツが旨いって思える飯を作ることぐらいだな」

ボス 「昼、食ってくんだろ? 期待しててくれよな」

青年 「ああ、楽しみにしてるよ」












数時間後 昼

テーブルにはボスの手によって作られた様々な料理が並ぶ


王子 「こんな形になってしまって悪いが、今は時間が無いんだ」

女エルフ 「国を建て直すんだ。暇があっては逆に心配になる」

王子 「それじゃ、エルフの返事について聞かせてくれ」


女エルフ 「ああ、まずエルフは商業の国との交易を受け入れることにした」

女エルフ 「その条件は、我々の住処を知ってはならないということと」

女エルフ 「迷いの森に一切手を加えないことだ」

王子 「予想はしてたけど、さてどういう形で交易とするか」

女エルフ 「我々は薬草に関して造詣が深い者が多い」

女エルフ 「既知の疫病ならば対応できるものもあるだろう」


王子 「薬か。商売にはもってこいだね」

王子 「後は……有志を募って、人とエルフの合同村なんてどうかな?」

女エルフ 「確かに可能だが、その場合、合同の村は迷いの森付近になるな」

青年 「勉学でもさせるのか?」

王子 「そうだな……。一部のエルフを国の官職に迎え入れるってのはどうだろうか?」

女エルフ 「エルフの中には自分の境遇に満足していない者がいる」

女エルフ 「ソイツらならその村に喜んで飛び込んでいくだろうさ」


王子 「大丈夫そうだね。実はもう一つ。商業の国には先の王が作った奴隷制で生まれた元奴隷がいる」

王子 「その人達の処遇についてもまだ検討中なんだ」

王子 「穏やかに暮らしたいって人なら、どうにでもなるんだけど」

王子 「その中には一から政治を学びたいって人もいるんだ」

王子 「僕もいずれはその人達を国の官職に迎え入れるにやぶさかじゃないんだけど」

王子 「折角だし、エルフとの合同村に彼らを送ろうと思う」


王子 「一度会ってみたけど、向上心の塊みたいな連中だったよ」

王子 「貴族の野郎どもを見返してやるってさ」

女エルフ 「中々よさそうな奴らだな」

王子 「勉学には指導者が必要だね」

王子 「これにはいくつかアテがある。僕に色々教えてくれた人たちだ」

王子 「どの人も素晴らしい有識者だよ。まぁ、路上で演説してばっかりだけどね」


女エルフ 「王子が認めているのなら心配は要らない」

才女 「その村で作物を育てるのは?」

王子 「作物……ねぇ」

青年 「温暖な気候を利用してサトウキビなんてどうだ?」

王子 「サトウキビなんて良く知ってるな。今でも多くは出回らない代物だ」

王子 「生活には甘味料より食肉保存に使う香辛料の方が必要だからね」


青年 「特色だよ。それに、頭を使うのには甘いものを取ると良いって言うだろ」

王子 「そうだね。うまくいけば、サトウキビを流通させてこの国の特産に出来るかもしれない」

女エルフ 「ついでにその村を交易の拠点にしたい」

王子 「エルフが提示した制約を守りつつ、交易をするならそうする他ないね」

王子 「あらかた、意見はまとまったかな」

王子 「実は近いうちにここ、商業の国で人間界の主要な国の長が集まる首脳会議があるんだ」

王子 「その場で、僕は少し強く出るつもりだ」


王子 「前国王とは違い、僕は誰の傀儡にもなり得ないってことを分からせないと」

才女 「無理をすれば他国と軋轢が生じ、王子の立場が悪くなる」

王子 「その通り。そこでいくつか、交渉のカードを用意する」

王子 「一つはエルフの存在。そして妖精を用いた情報力」

王子 「女エルフ。君たちはこれを僕に提供できるかい?」

女エルフ 「当然だ」

王子 「よし。二つ目は商業の国が位置している場所とそこへ通じる道」

王子 「各国の貿易は商業の国を媒介しているんだ」


王子 「その道を交渉材料にする。言うこと聞かないと、貿易出来なくなるぞって脅すんだ」

王子 「そして、最後。連合国軍特殊部隊斥候班、通称、勇者の選抜」

王子 「人間界には、魔導の国、商業の国、農耕の国、武芸の国の4つの国がある」

王子 「魔と対抗すべく、各国力を合わせ、連合国軍を幾度となく結成してきた」

王子 「その中でも、魔族の討伐や魔物の殲滅、侵略を一個小隊以下の人数で遂行する少数精鋭軍団」

王子 「それが連合国軍特殊部隊だ。世界で最も優秀な兵の集まりと言っていい」


王子 「その部隊に所属する斥候班というものの結成が以前から上がっていた」

王子 「この班は魔界の奥まで旅をし、随時得た情報を人間界へ送る危険な任務を負う」

王子 「これに女エルフが加わってほしい」

女エルフ 「何?」

王子 「危険なのは百も承知だ。死ぬ可能性もある。決心がつかないなら断ってくれていい」

女エルフ 「私はエルフの中でも先頭に特化している。私以上の適任はいないだろう」

王子 「そうか、済まないな」


王子 「その部隊に所属する斥候班というものの結成が以前から上がっていた」

王子 「この班は魔界の奥まで旅をし、随時得た情報を人間界へ送る危険な任務を負う」

王子 「これに女エルフが加わってほしい」

女エルフ 「何?」

王子 「危険なのは百も承知だ。死ぬ可能性もある。決心がつかないなら断ってくれていい」

女エルフ 「私はエルフの中でも戦闘に特化している。私以上の適任はいないだろう」

王子 「そうか、済まないな」


王子 「恐らく、エルフとのコンタクトに成功したことを知れば、」

王子 「他国の王はエルフの引き渡しを要求してくるはずだ」

王子 「人全体の利益のために、とか言ってね」

王子 「当然僕は断るが、相手も納得しないだろう」

王子 「そこで女エルフだ。これでも駄目なら、僕が詭弁でも振るうよ」

王子 「ここからは押し問答になるな。僕は若いし、舐められているから高圧的に迫ってくるだろう」


王子 「鉱石や木炭の輸入、青年と才女の存在、穀物、貿易ルート……」

王子 「何でも使って相手を揺さぶり、僕に有利な状況を作る」

王子 「作るんけど…………」

青年 「どうした?」

王子 「ここから先が予想できないんだ。どうしてもあと一歩……決定打が足りない」

王子 「不確定な要素が多くて、会議がどう転ぶか分からない」

才女 「王子なら大丈夫」

女エルフ 「我々が付いているんだ。負けることは考えるな」

青年 「ま、どうにかなるだろ」

王子 「そうだろうか…………?」




テスト
http://i.imgur.com/lge99.jpg

>>278>>279の間に一つレスが飛んでました



才女 「シルフ。今度は私との契約」


「おねぇちゃんなら大サービスだよっ」


才女 「私も青年と同じようにこの大剣でいい?」


「勿論だよっ。どんな模様がいいかなっ?」


才女 「青年と同じ」


「りょーかい」


風に浮く大剣


「そいやっそいやっ」


「完了っ」




食後


王子 「ああ、そうだ。青年、才女」

青年 「何だ?」

王子 「君たちに見せたいものがある」

王子 「これなんだけど……」スッ

青年 「ナイフか」

王子 「宝物庫を整理してたら出てきたんだ」


王子 「古くて使えるか分からないけど、ここにあっても仕方ないし」

才女 「ファングナイフ」

王子 「ファングナイフって言うのか」

青年 「ああ、製鉄技術が発達する以前に使用されていたナイフだ」

青年 「刃こぼれしやすく、実用的で無いため、盗賊や一部の原住民族のみが所持していた」

青年 「その多くは刺突用であり、特殊な薬品を用いて刃をのこぎり状にする場合もあった」

青年 「伝承によれば古の龍の牙を使ったファングナイフは切れぬものが無く、刃こぼれとは無縁の逸品だったそうな」

王子 「凄い説明口調だね」


青年 「何かの本に書いてあった文章を引用してみた」

王子 「どんな記憶力だよ」

才女 「ファングナイフを復元するには精霊の力が必要」

王子 「精霊? 妖精とは違うのか?」

才女 「風の精霊シルフ。我が手を取り、風と成れ」


幼女の相貌をした風が現れる


「呼んだ?」


王子 「えっ…………!?」

青年 「これが精霊だな」


青年 「これが精霊だな」

王子 「なんだこれ……見たことも聞いたこともないっ」


「おー、今度はハンサムなあんちゃんがいるねーっ」


才女 「シルフ。土の精霊ノ―ムはどこで呼びだしたらいい?」


「おじいちゃんかぁ。そこらへんの地面でいいんじゃない?」



青年 「そうか。案外適当でいいんだな」


「魔法で呼び出すんでしょ。風みたいに」


青年 「そうなるな。土魔法」


「なら場所なんて関係ないっしょ」


才女 「ありがとう」


「あれ、もうお役御免?」


「まっいいや。また呼んでねー」


風の集合体が四方に散る



王子 「……君たちはこの短時間で精霊と契約をしたのか」

王子 「本当に末恐ろしい。僕も負けてられないな」

王子 「残った仕事を片付けてくる」

青年 「おお、ファイト」









才女 「今度は私がやる」

才女 「五行魔法・土」


ボコッ

土の塊が地表に突き出る


才女 「地の精霊ノ―ム。古の記憶を取り戻すべく、我の前に姿を現せ」


ピキッ

ピキピキッ

土の塊がひび割れる

徐々に小人のような老人に形容されていく


「おおぉ、ワシが呼び出されるなぞ何十年ぶりかの」


才女 「おじいちゃん、こんにちは」ペコッ


「おお、こんにちは。ワシを呼んだのはめんこい嬢ちゃんか?」


才女 「そう」


「妖精から伝わってくるわい。お主もそこの若者も自然を良く分かっておる」


「さぁ、契約をしようじゃないか。久しぶりで心が躍るわい」


才女 「この剣」


大剣をノ―ムに渡す


「これは……シルフの印じゃわい」


「あのじゃじゃ馬とも契約しとるとは、恐れ入ったわい」


「同じように模様を入れよう」


黒い線がエメラルドの線と水平に刻まれていく


「完了じゃ。かなりの業物、大事にするとええ」


「次はそっちのイカしたあんちゃんか?」


青年 「ああ、頼む」スッ


鞘から刀を抜く



「同じ者の手によって作られたものじゃな」


「素晴らしい。嬢ちゃんと同じ模様を入れておくぞい」


才女の大剣と同様、エメラルドの線と水平に黒い線が入る


「これで契約成立じゃ。たまにはワシも呼び出してくれ」


才女 「待って。このナイフ」


ファングナイフをノ―ムに渡す


「これはファングナイフ。それも並みの物じゃないの」


「古の龍の牙から作られた物じゃな。随分、錆びついてはおるが」


才女 「おじいちゃん、それを治すことはできる?」


「ワシはノ―ム。地を司る精霊じゃ」


「この程度、なんてことないわい」


「小一時間待っておれ」


そう言うと、ナイフごと地面の下へ潜って行った


才女 「治せるみたい。よかった」

青年 「古の龍。本当にいたんだな」

才女 「未開の地にいる可能性がある」

青年 「早く行きたいなぁ」









一時間後


「待たせたわい」


再び、地上へ姿を現す

その周りには真っ白な粉が散らばる


「この白い粉は死に絶えた龍の結晶」


「ファングナイフは鍛えるのではなく、生まれ変わるのじゃ」


グサッ

ファングナイフを白く彩られた地面に突き刺す


ボワッ

突如、白い龍の結晶が赤く輝く


青年 「すごい熱量だ」

才女 「ナイフも共鳴している」



刀身の奥に仄かな光を帯びるナイフ

龍の結晶は赤く輝きながら、螺旋を描き、ナイフに集約する

それに応えるようにナイフが微細な振動を始め、徐々に結晶を吸収していく

結晶はナイフを完全に覆い尽くし、刀身を赤く変える

ナイフ自身の振動が大きくなっていき、大気と共鳴する

いつの間にか、ナイフは宙に浮き、龍の鼓動のように力強い心臓のようなリズムを刻み始めた

ドクンッ ドクンッ

太古の記憶を取り戻し、歓喜するが如く地を、空を揺らし、輝きを強める


ドクンッ ドクンッ

ドクンッ ドクンッ ドクンッ ドクンッ

鼓動が速まっていく

ドクンッ ドクンッ ドクンッ ドクンッ ドクンッ ドクンッ


グアアアアァァァアァアァァァァッ!!!!!!

聞こえるはずの無い咆哮を空へ轟かせる



ボトッ


新たな生誕を迎えた太古の龍の記憶は、やがてその鼓動を止め地面に落ちる

しかし、刀身には深くいまだ消えることのない熱量を宿していた


「完成じゃ。とんでもない物じゃったな」


青年 「龍……人が及ばない存在」

青年 「いや……及んでみせる」


「智を求める青年と才女」


「残念じゃが、そのナイフの持ち主はお主らでは無いようじゃぞ」



青年 「分かってるさ。俺達にはこれがある」


刀の鞘を払う


才女 「私も」


背中から大剣を外し、空に掲げる

二つの刃に刻まれた精霊の印

それはまるで、青年と才女の飽く無き好奇心を体現しているかのようだった


「眩しいな。ワシもまだまだ夢を見られそうじゃわい」






【少年と魔女】


魔導の国 北東部 森の中


少年 「君は誰?」

学者 「私は…………私は学者だよ」

学者 「ここの土地に少し気になることがあってね。地質調査というやつだ」

学者 「? 学者さんなんだぁ。凄いね」


学者 「君はこんな森の奥で何をしているの?」

少年 「僕は野草を取りに。たまにここまで来るんだ」

学者 「そうか。済まないが、私はもう行かなくちゃいけない」

少年 「分かった!じゃあね」






少年 夜 家


男 「今日は野草のスープしか出せない。これで我慢してくれ」

少年 「僕は養ってもらってる身だから大丈夫だよ」

男 「済まない」

男 「魔導の国への税がこうも重くならなければ……っ」


女 「今を嘆いても仕方ありません。明日のことを考えましょう」

男 「しかしっ……。この国には働き口もあり、お前も良く働いてくれている」

男 「少年だって野草を取ってきてくれる。今日、このスープが飲めるのも少年のお陰だ」

男 「しかし、それでも私たちの生活は苦しいまま」

男 「大きな戦争があるわけでもないっ。なのにおかしいじゃないかっ」

男 「なぜ、国の中心部は栄え、ここのような農村が廃れていくのだっ」


男 「いつだって苦しい生活を強いられるのは私たち、農民だっ」

男 「私は政治のことなんて分からないっ。でも今の状況がおかしいのは分かるっ」

女 「それでも私たちに出来ることは日々を生き抜くことです」

女 「今は我慢するしかないでしょう」

男 「くそっ……」

少年 「…………」









学者 「あっ……」

少年 「あっ、学者さんだっ」

少年 「こんにちは」

学者 「はい、こんにちは」

少年 「今日も研究?」

学者 「ああ、そうだ」

学者 「…………」

少年 「どうかしたの?」


学者 「…………」

少年 「どうかしたの?」

学者 「少年、君はこの野草に見覚えがあるかい?」


野草の絵が描かれた紙を少年に見せる


少年 「ああ、この前僕が取りに来たやつだ」

学者 「本当か。もし良ければ、その場所を教えてはくれないだろうか?」

少年 「いいよ。案内するよ、一緒に行こうっ」

学者 「ありがとう」






別の日


学者 「やぁ」

少年 「あっ、学者。こんにちは」

学者 「あれから君とはたびたび会うようになったね」

少年 「うん……最近、ずっと家で食べるものが無くて」

学者 「この村も生活に窮しているみたいだな」

少年 「…………っ」

学者 「ん?」


学者 「君はどうやら、悩みを抱えているようだ」

少年 「うん、ちょっとね」

学者 「君にはいくらか恩があるからな。相談に乗ろうじゃないか」

少年 「えっ、別にいいよ」

学者 「そう言うな。茶だけでも飲んでいけ」







学者の小屋


少年 「学者はもっと大きな家に住んでるんだと思ってた」

学者 「個人出資で此処まで来ているんだ。失望したかい?」

少年 「個人出資? 親近感を感じて安心してるよ」

学者 「ほら茶だ。飲め」


少年 「あっ、ありがとう」ズズー

少年 「あれ、なんだか口がスースーする」

学者 「私は薬草に少し詳しいんだ」

学者 「その茶はある薬草から煎じたもので、飲んだ者をリラックスさせる効果がある」

学者 「私以外に飲ませたのは初めてだけどな」

少年 「へぇ、そうなんだ」

学者 「それで、悩みとはどのようなものだ?」


少年 「その……大したことじゃないんだけど」

学者 「子供は大したことじゃなくても大いに悩むからな」

学者 「それが時としてストレッサーになることもある」

少年 「ス…ト…レッサー? 魔女の言葉は難しくてよく分かんないや」

少年 「僕……実は拾われた子なんだ」

少年 「それで、今お世話になってる人達の生活が、僕のせいで苦しくなってるんじゃないのかって思えて……」

学者 「そんなことは無いだろうな」


学者 「今の時代、この村ではどこを向いても明日の食糧を心配する家ばかりだ」

学者 「森から食物を採れる君は、逆に家庭を助けているはずだよ」

少年 「うん……そうなんだけど」

少年 「おじさんとおばさんは僕のために貯金をしているみたいなんだ」

少年 「将来のために必要だからって」

少年 「僕もここで農業を手伝うって言ったんだけど……」

少年 「僕にはもっと好きな事をして欲しいって言うんだ」


少年 「僕はおじさんとおばさんが楽に生活できることを望んでるのに……」

学者 「うーん。何とも言えないな」

学者 「どちらも大事な事だ。片方を優先することは難しいな」

少年 「そうだよね……」

学者 「君はまだ若い。その未来を尊重する君の育て親は、将来、君に今のような生活をさせたくないんだ」

少年 「でも、その為におじさんとおばさんが辛い思いをする必要は無いよっ」

学者 「ううむ。一番問題なのはこのような選択をしなければいけない時代……いや、人間の社会だな」


学者 「今すぐに決断をする必要もないだろう」

少年 「うーん……」

学者 「これからも野草集めを手伝ってくれるかい、少年?」

少年 「勿論いいよっ」

学者 「ならば、これを持っていくといい」


魔女は少年に、ひもで縛られた大きな獣の肉を渡す


少年 「えっ?」

学者 「私は充分に自足する能力がある」

学者 「余った分を他へ分け与えるのは商業の基本だ」


少年 「??」

学者 「君が私の手伝いをしてくれるなら、たまにこうして肉や魚を分けようと言っているんだ」

少年 「いいの?」

学者 「勿論だ」

少年 「ありがとうっ」ダキッ

学者 「わっ……」

少年 「大好きだよ、魔女っ」

学者 「やめてくれよ、年甲斐もなく照れてしまうだろう」ハハ












少年 家


男 「どうしたんだ、その肉」

少年 「森に住んでる学者さんに手伝いのご褒美にもらった」

男 「学者? いつのまに来たんだ?」

少年 「最近だと思うよ。ここの地質調査? のためだって」

少年 「僕と同じ野草を探してたから一緒に取りに行ったんだ」


男 「そうか。悪い人ではないようだな」

男 「女。早速だが、この肉を今晩の飯に出してくれ」

女 「あら、立派なお肉ね」

女 「久しぶりに腕が鳴るわ」








ある日 森


少年 「今日は、魔女を見かけないなぁ」

少年 「うーん。なんだか、森がピリピリしてる気がする」

少年 「今日はもう帰ろうかな」


バアオゥッ!!

突然、獣の声が少年の耳をつんざく



少年 「わっ!?」

魔物 「バァゥッ!!バァゥッ!!!」


犬に似た虎ほどの大きさの魔物が少年を威嚇する


少年 「魔物!? 何でこんなに怒ってるんだっ!?」

魔物  「ガルゥゥゥッ!!!」


ジリジリと距離をつめてくる



少年 「どうしようっ」


学者 「大丈夫かっ、少年っ!!」


学者が走って、少年と魔物の間に割り込む


少年 「あっ、学者っ!」

学者 「クソッ、自我が無いっ」


学者 「仕方ないかっ」バッ


突然、魔女が懐から、何か生き物であろうものが入った瓶と

数種の野草を地面へ投げ、そして黒い本を取り出す


学者 「Eloim, Essaim, frugativi et appelavi!!!!」
(エロイムエッサイム、我は求め訴えたり)


聞き取れない異国の言語で何かを叫ぶ学者


パリンッ

瓶が割れ、中の生き物が野ざらしになる


それはネズミだった。徐々に黒い煙に転換されていくネズミには

呪文のような文字がぎっしりと体を埋め尽くさんばかりに刻まれていた

ネズミに続き、いくつかの野草も黒い煙に変わっていく


魔物 「グアァァッ!!!」


魔物は叫びにならない断末魔を上げ、ネズミと野草から生じた黒い煙に包まれていく


ジュゥゥッ


そして黒い煙は、魔物の骨だけを残し肉体を全て溶かしてしまった



少年 「っ……!?」


呆気にとられる


学者 「…………これを見られてしまった以上、もう隠すことはできないな」

学者 「私は君に嘘をついていた。真実を話そう、小屋までついてきてくれ」


少し、哀愁を漂わせる表情をする学者


少年 「うっ……うんっ」


半ば戸惑いながら、学者のあとをついていく







学者の小屋


学者 「私は学者などでは無いんだ」

学者 「見たろう。あの魔物が骨を残し、溶けていく様を」

学者 「私は既に人が冒してはならない禁忌を冒している」

学者 「魔導の国に最も居てはいけない存在だ」

少年 「学者は魔女なの?」


少しの怖れが入り混じった声で学者に問う


学者(以下魔女) 「その通りだ。通俗的にはそう呼ばれている」

少年 「禁忌って……?」

魔女 「さっきの魔法、いや、魔術だな」

魔女 「あれは魔力を一切使用していないんだ」

少年 「え……っ」

魔女 「何というかな……君のような純朴な人間には言いたくないんだが……」

魔女 「あれは、生物の命を使ったんだ」

魔女 「これはここ、魔導の国では禁忌とされている」

魔女 「どうしてか分かるかい?」


少年 「僕は頭が良くないんだ。分からないよ、魔女」

魔女 「これは人を贄の対象とすることもできる」

魔女 「つまり、大規模な魔術ならば人の命を沢山奪うことができるんだ」

魔女 「魔術は人が人に使ってはいけないものなんだ」

少年 「殺し合いになるから?」

魔女 「そうだ。最悪、人同士の戦争に使われる可能性もある」

魔女 「それを恐れた魔導の国は、魔術の研究の一切を禁じた。ある方法でね」

魔女 「当時はまだ、魔術を使う者もそう少なくなかった」

魔女 「君も知っているはずだ。魔女狩りと言うものを」


少年 「あ……聞いたことあるや」

魔女 「これは魔術をこの世から根絶するために行われたんだ」

魔女 「魔女狩りとは国の魔女を一人残らず処刑すること」

少年 「処刑……っ!?」

魔女 「ああ、まさに凄惨というやつさ。魔術に関わった者に自らを守る術は一つたりとも無かった」

魔女 「集団暴行、凌辱、放火、強盗……このいずれも最後には死という結末を迎えた」

少年 「?? 分からないよ。どういう意味なの?」

魔女 「…………いや、知らなくていい」

魔女 「兎に角、私は魔導の国の者に見つかったらその場で殺されてしまうほどの重罪人ということだ」


魔女 「もう私に関わるな。君にも危害が及ぶかもしれない」

少年 「でも魔女は僕を助けてくれたよ?」

魔女 「私がどれほどの聖人君子であろうと、魔導の国の者からしたら、ただの殺すべき相手だ」

魔女 「魔術が根絶出来ていないと知れば、どんな手段でも用いることだろう」

少年 「魔女の言ってることは良く分からないけど、それはきっと魔女が悪いわけじゃないと思うんだ」

少年 「僕には分かる。魔女は死んじゃいけないんだ。今までも、これからも」


魔女 「きっと君は理解できないと思うが、私の善悪を決めるのは君ではないんだ。ましてや、私でもない」

魔女 「多くの人間が私を悪だと認識した時点で、私は悪。それ以上の議論は無意味だ」

魔女 「そんな私に関わる君も、もしかしたら悪と認識されてしまうかもしれない」

魔女 「私にはそれがどうしても耐えられない。少年よ、私を困らせないでくれ」

魔女 「君は今すぐここを立ち去り、私に関することを全て忘れろ」

少年 「出来るわけ無いだろっ。僕は魔女が大好きなんだっ」

魔女 「好悪は関係ないんだ。忘れてくれ」


少年 「何でっ……何でだよっ!」

魔女 「頼むっ……もう二度とここに来ないでくれっ」

少年 「忘れることなんてっ……出来っこないっ!!」

ダッ

逃げるように小屋から飛び出す







数日後

少年 (なんだか気まずくて、最近魔女のところに行ってないなぁ)

少年 (すぐにでも会いたいけど、また忘れろなんて言われたら)

少年 (僕、どうしたらいいか分からないや)

男 「どうしたんだ、男? 食欲が無いのか?」

少年 「ううん、そんなことないよ」

男 「そう言えば最近、学者様のところへは行っているのか?」


少年 「う…うん。たまにね」

男 「そうか。今度行くときはこれを持っていけ」


男が少年にサトウキビを渡す


少年 「これ……。おじさんとおばさんが作ってるやつじゃないか」

少年 「本当に持って行っていいの?」

女 「構いませんよ。これを作るのも今年で最後ですから、是非持って行って差し上げなさい」

少年 「最後?」


男 「ああ、来年からはサトウキビよりも食料になる麦を作ることになったんだ」

男 「麦なら少量でも命を繋ぐことができるからな」

少年 「そうなんだ。少し残念だな」

少年 「おじさんとおばさんが作ったサトウキビ、僕大好きだったんだけど」

男 「そう言ってくれるだけで、私たちは満足だ」

少年 「そうだねっ。ありがとうっ」












数日後


少年 (おじさんとおばさんはああ言ってくれたけど)

少年 (やっぱり、行きづらいなぁ)

少年 「あれっ、なんだか村が騒がしいなぁ」

少年 「何かあったのかな?」



魔導の国の騎士(以下騎士) 「魔女が潜伏しているという連絡があった村はここでいいんだな?」


一人の騎士と数人の兵が荷馬車と共に村を訪れていた


村長 「はい、そうでございます」

騎士 「連絡、感謝する」

騎士 「そこの荷馬車にある食料を皆で分けるといい」

村長 「はい、ありがとうございます」


少年 「えっ……」

少年 「魔女だって……っ!?」

男 「少年……!?」


男がバツの悪そうな顔でこちらを見る


少年 (えっ……おじさん達が騎士達を呼んだの?)

少年 (魔女を捕まえるためっ!?)


騎士 「何だっ」ギロッ

少年 「っ……」

ダッ

反射的に猛烈な勢いで森へ走る

その手にはサトウキビが握られていた


少年 「魔女っ……魔女っ」

少年 「伝えないとっ……」


少年 「何でだよっ、おじさんっおばさんっ……信じてたのにっ」

少年 (やっぱり、僕は二人の負担になってたんだっ)

少年 (だから、魔女と一緒に僕も騎士たちに差し出してっ)

少年 (会いたいっ……会いたいよっ…魔女っ)








魔女の小屋


ガンッ

少年 「魔女っ!!」

魔女 「少年っ!? ここにはもう来るなと言ったはずだ」

少年 「違うんだっ……魔導のっ…魔導の国からこの村に騎士たちが来ているっ」

少年 「魔女を探しに来たんだっ!」


魔女 「何だとっ!?」

少年 「僕の……おじさんとおばさんが連絡したんだ」

少年 「僕が……二人に魔女のことを話したせいで……っ」

魔女 「いや、君のせいではない」

魔女 「この村に来た時点でこうなることは予測していた」

魔女 「私はここを離れる」

魔女 「さぁ、君は村に戻るんだ」


少年 「駄目だっ、駄目なんだっ。僕はもう村には戻れないっ」

魔女 「どうしてだ?」

少年 「きっとおじさんとおばさんは僕が邪魔になったんだよっ」

少年 「だから魔女と一緒に僕も騎士たちに捕まえさせるんだっ」

魔女 「…………」

魔女 「騎士たちがもし、君が私のことを知っていると感づいた場合、君には多大な被害が及ぶ」

魔女 「君のおじさんとおばさんが通報したというのならなおさらだ」


魔女 「もうどうすることもできない」

魔女 「少年。ここはどれくらいで見つかる?」

少年 「多分……半日ぐらいは見つからないと思う」

魔女 「充分だ。今から、ここを発つ準備をする。勿論、君も一緒だ」

少年 「本当っ?」

魔女 「ああ、既にここまで来てしまった」

魔女 「私たちは連理の枝のようにもう離れることはできないだろう」


少年 「? ずっと一緒にいれるってこと?」

魔女 「そうだな」

魔女 「これからは魔導の国を離れ、商業の国がある大陸に向かう」

魔女 「出発は半日後。それまでにできる限りの準備をしておけ」

少年 「もう家には戻れないから、僕はやることが無いや」











青年 「王子」

王子 「やっ……やぁ、青年。調子はどうだい……っ」ゲッソリッ

青年 「お前よりはいいな」

王子 「そうかっ。ん? それは僕が渡したファングナイフかいっ?」

青年 「ああ、イカすだろ?」

王子 「イカす、というか、もう全くの別物だね。直ったみたいで安心したよっ……」


青年 「ああ、そうだ。王子、今から船を一隻貸してほしい」

青年 「魔導の国へ向かうための物を」

王子 「魔導の国? 構わないが、どうして向こうの大陸まで行くんだ?」

青年 「このファングナイフが求めてるんだよ。真の主って奴をさ」

王子 「武器が持ち主を選ぶのか。ファングナイフ、不思議なものだ」

青年 「そうだな。じゃっ、ちょっくら魔導の国に行ってくるわ」


王子 「ああ、でも首脳会議までには帰ってきてくれよ」

王子 「多分、青年と才女は会議に出席することになる」

青年 「おう、すぐ戻ってくるから心配すんな」

王子 「なら問題無いかな」








商業の国 港


青年 「魔導の国の大陸まで、どれくらいかかったっけ?」

才女 「約半日」

青年 「長いな。折角だし、ウンディーネの力を借りよう」

青年 「五行魔法・水」


青年の数十メートル先の海に大きな渦潮が発生する


青年 「うーん。なんと言ったものか」


青年 「…………よしっ」

青年 「水の精霊ウンディーネ。地に従い流れ、我を導け」


「いや、それだと私がノ―ムのジジイの言いなりみたいじゃない」


渦潮の中心から、若い大人の女を模した水の塊が現れる


青年 「精霊との契約は戯曲なんだろ。お前もそれらしく返せよ」


「ちょっと何アンタ! 私がどう返そうが別にいいでしょっ」


青年 「ああ、悪かったよ。何気に急いでるんだ」

青年 「はやく契約に移ってくれ」



「生意気ぃ~っ。そんなんで私に認められると思ってるの?」


青年 「妖精と精霊は人の本質を軽々見抜く。偽ったところで結果は同じだ」


「生意気なくせに良く分かってるじゃない。確かに私に嘘は通用しないわよ」


「ま、人との契約なんて大昔に数回やったきりだし、アンタ達もその資質はあるみたいだし」


「いいわよ、契約してあげる。さ、依り代を何か出しなさい」




青年 「それじゃ、この刀で」ソイッ


渦潮の中心に刀を投げ込む


「ほいさっ」キャッチッ


「あらま。いい刀ね。それにこの二つの線」


「一応、聞いてはいたけど、本当にシルフとノ―ムのジジイとも契約していたんだねぇ」


「ついでに言っておくけど、三つの属性の精霊と契約したエルフがいたわ」




「それはあなた達と同じ。シルフ、ノ―ムと、この私、ウンディーネとの契約」


「残念だけど、サラマンダーとは契約出来なかったみたい」


「アイツは頑固だから。自分に勝てる者以外、認めるつもりは無いってさ」


「印、他の精霊と同じように付けておくわね」


刃に三番目の鮮やかな青い線が刻まれる



「そう言えば、名前をまだ聞いてなかったわね」


青年 「俺は青年。そっちの銀髪が才女」

才女 「よろしく、ウンディーネ」ニコッ


「可愛いわ。青年も才女ぐらい愛嬌があればいいのに……」


青年 「無茶言うな」

才女 「ウンディーネ。私とも契約を」


「才女なら一も二も無く、印をつけるわ」


「依り代はそのやたら大きい大剣でいいのかしら?」



才女 「うん、お願い」


青年と同じように渦潮の中へ大剣を投げ込む


「わわっと。その体躯にして、この力」


「才女は魔法のほうも相当な腕なのね」


才女 「ありがとう」


「青年の刀とは違い、こっちの剣は装飾が施されているのね」


「これほど差のある二振りの剣が同一の人物によって作られているなんて、不思議だわ」


「はい、契約終了よ」




青年 「契約してすぐで悪いんだが、ちょっと頼みたいことがあるんだ」


「何かしら?」


青年 「ウンディーネは海流を生み出すことは出来るか?」


「出来るわよ。でも流石に、私が海に影響を及ぼしている間だけだけどね」


青年 「俺達をこの先の大陸まで運んで欲しいんだ」


「えぇー。面倒くさいわ」



青年 「契約してすぐで悪いんだが、ちょっと頼みたいことがあるんだ」


「何かしら?」


青年 「ウンディーネは海流を生み出すことは出来るか?」


「出来るわよ。でも流石に、私が海に影響を及ぼしている間だけだけどね」


青年 「俺達をこの先の大陸まで運んで欲しいんだ」


「えぇー。面倒くさいわ」


青年 「頼むよ。急いでるんだ」


「じゃあ、何か代償を払ってちょうだい」


青年 「代償? どんなものだ?」


「覚悟よ。俺はこれを払うだけの覚悟がある、ってことを私に示せばいいのよ」


青年 「うーん、何がいいんだ?」


「昔は腕とか足とか体の一部を差し出す奴がいたわよ」


青年 「それは覚悟じゃないだろ。ただ自分を軽んじただけだ」

青年 「それじゃ、俺が特別な水を作る」

重複しました
サーセン


「特別な水? 凄く美味しいとか?」


青年 「まぁ、見とけ」


海に片手を突っ込む


青年 「五行魔法・特式・水 清浄の印」


青年の手から直径数メートルの水の色が失われる


「ん? もしかしてこれって私が触れちゃまずいやつ?」


青年 「害を祓い、生死の循環を止める水だ。以前はここまでコントロール出来なかったんだが」

青年 「結構使えると思うんだけど、どうかな?」


「いやいや、面白いよ。私はいっつも海に意識を置いてるんだけど、」


「下賤な海賊は、海に糞尿を垂らしたり、ゲロをぶちまけたり平気でするんだわ」


「それ以外にも下水は最終的に海に流されてくるけど、流石に我慢できない時があるのよ」


「そういう時は海を荒れさせたり、川を氾濫させたりしてたんだけど、これならそれも防げるかしら?」


青年 「小便というものは人の体にあるものの中で最も無菌に近い」

青年 「でも、ウンディーネにとっては害であるわけだし、大丈夫じゃないか」


「そう。中々いいものね」


「いいわ、海流でもなんでも作ってあげるわよ」


青年 「才女」

才女 「うん」シュッ


ファングナイフを海へ投げ入れる


「古の龍の牙じゃないの。それにジジイの手も入っているわね」


才女 「そのナイフが主を求めている。その場所へ向かいたい」


「これだけ強く反応してれば、その場所はすぐに分かるわ」


「ここから東南東に一日……いいえ、私の海流なら半日で着くはずよ」


青年 「充分だ。夜が明けないうちに向こうの大陸までつけばいい」








魔女 「さあ、少年よ。最初で最後となる私と君の旅の始まりだ」

少年 「うんっ」

魔女 「Eloim, Essaim, frugativi et appelavi」

バッ

小屋の床一面に真っ黒な液体がこぼれる

その上へ松明を投げ落とす



魔女 「数時間後にこの小屋は燃え上がる」

魔女 「夕刻の空に暗澹たる煙が昇るのだ」

魔女 「これでこの場所はばれたも同然」

魔女 「急ごう。海岸付近まで2日はかかる」

少年 「2日も魔女は持つの?」

魔女 「なぁに、捕まれば死ぬんだ。死に物狂いで頑張るさ」









騎士 「何っ、北の森で小屋が炎上しているだとっ」

兵士 「はいっ、恐らくはそこが魔女の根城だったと思われます」

騎士 「くそっ、勘づかれたか」

騎士 「兵士諸君、今から半刻後に忌まわしき魔女の追跡を開始する」

騎士 「絶対に見つけてその首を切り落とせっ」

騎士(私の昇進が掛かっているのだからな)

騎士 「分かったかっ!!」

兵士一同 「はいっ!!」









馬の駆ける速度よりも速く、海を走る船の上



才女 「妖精に落ち着きが無い」

青年 「恐らくはファングナイフの主とやらが何らかの危険に瀕しているんだろう」

才女 「ウンディーネ。妖精たちは何を恐れているの?」


「そうね、私たちは自然が壊されることを何よりも恐れるの」


「もしかしたら、自然に近い人間が死ぬのかもしれないわ」


才女 「自然に近い者。魔の根源の影響を直接受ける存在」

青年 「決まりだな。ファングナイフの主はレゾンだ」


「レゾン? 何それ?」


青年 「魔獣を知っているか?」


「そりゃまあね。人のいないところにいるデカイのでしょ」


青年 「そうだ。レゾンとは、魔獣のメカニズムを人の体に宿した者」

青年 「言いかえれば、魔力の元となっている魔の根源を体内に直接取り込んでいる者だ」



「魔獣の人版ってことね」


青年 「大まかにはそうだ。いくつかの相違点を除けばな」

青年 「魔獣は魔の根源の影響を体の大きさに受けている」

青年 「それに対し、レゾンは魔の根源を、体躯を変えることなく体内に留めている」

青年 「その分、魔獣ほど多く魔の根源の影響を受けているわけじゃないんだ」


「うーん、難しいわ。取り敢えず、あれでしょ」


「人よりも自然に近いってカンジ?」



青年 「自然は精霊そのものだろ。自然と言うよりも世界に近いと言ったほうがいい」


「世界って……一気に話が大きくなったわね」


青年 「俺達でもこれ以上のことは分からない」

青年 「あとは、現魔王もレゾンってことぐらいかな」


「どうして分かるのかしら?」


才女 「レゾンは魔の根源の多くをその瞳に宿す」

才女 「魔王は度々、人間の古事や伝承で黒い光に例えられる」


才女 「それは魔王の目から零れ落ちた魔の根源の色」

青年 「ま、そういうことだ」


「ほえー。色んな生き物がいるんだわねぇ」


青年 「ウンディーネ。お前、何一つ理解してないだろ」


「いや、私精霊だし。魔も人も等しく見守る存在だし?」


青年 「…………。そうだな」








魔女 「はぁっ…はぁっ…」

少年 「大丈夫……?」

魔女 「あっ…ああ。大丈夫だ」

魔女 「考えてみればっ……生まれてこのかたっ……これ程の距離を走ったことが無かったよっ」

少年 「まだ村を出てから、半日しか経ってないよ」


少年 「やっぱり無理なんじゃ……」

魔女 「もし無理だとして、君は私を置いていくかい?」

少年 「そんなこと出来ないよっ」

魔女 「しかし、君が騎士から逃げきれなかった場合に助かる方法は」

魔女 「私が先に捕まること以外無いはずだ」

少年 「僕は魔女と一緒にずっといたい」

少年 「魔女は僕と一緒に生きるのは嫌?」

魔女 「まさか。私としてもそれは大歓迎だよ」

少年 「ホントっ!」


魔女 「しかしそれは、君が大人で常に自分にとって正しい判断ができるならば、だ」

魔女 「残念だが、今の君は自分の人生を左右する判断をするべきではないと思う」

少年 「どうしてっ?」

魔女 「子供はこの世界に多くの生き方が存在していることを知らないからだ」

魔女 「だから、自分の生きている環境が自分にとってふさわしいと考える」

魔女 「君はそれをふさわしくないと考えた」

魔女 「でもそれは、とても理性的な判断とは言えない」


魔女 「君のおじやおばのことを考えての判断だからだ」

魔女 「そこに自分という要因は存在しない」

少年 「……分からないよ」

少年 「魔女は僕が間違ってるって言っているの?」

魔女 「そうではない。ただ、君は少しだけ運が悪かったんだ」

魔女 「私に出会ってしまったからな」

少年 「どうして? 僕は魔女に会えて本当に嬉しかったよ」


少年 「それはいけないことなの?」

魔女 「いや、人との出会いに感謝することは実に素晴らしいことだ」

魔女 「但し、私との出会いを除いてな」

魔女 「私の存在は万人にとって害以外には成り得ないのだよ」

魔女 「実際、私と君が出会わなければ、君はこうして村を去る必要もなかった」

少年 「難しい言葉が多くて、よく分からないけど」

少年 「僕には、魔女が自分のことを責めているみたいに感じる」


魔女 「君はやはり頭が良い。その通りだよ、私は君を失いたくないんだ」

魔女 「だから、図らずもこの様な選択をした自分を憎んでる」

少年 「僕だってそうさ。魔女に死んでほしくない」

少年 「なら、二人が満足できる方法を選ぼうよ」

少年 「僕も魔女の死なない、そんな選択をしよう」

魔女 「…………私は未だに迷っていた」

魔女 「だが、ようやく決心がついた」


魔女 「生きよう、少年。私達が納得できる妥協点のその先まで」

少年 「うんっ!」

魔女 (今の君にはこう言う他無いのだろう)

魔女 (だが、私が安息を取り戻せる場所はこの世には存在しない)

魔女 (そんな私に付いてきてしまった数奇な運命を背負った君もそれは同じ)

魔女 (君がこの先も生きていくには私が犠牲になるしかない)

魔女 (それしか無いんだ、少年)










魔導の国 北東部 沿岸



青年 「本当に半日で着いた。流石は水の精霊ウンディーネ。人も魔も等しく見守る存在だな」

青年 「悪いが、明日にはもう一度呼び出すことになりそうだ」


「んー。まぁ、精霊に時間なんて感覚はあってないようなものだしぃ」


「別にいいかしらぁ?」


青年 「適当だな」


「人と関わるのも割といいものだし、青年と才女を見てると時代が変わる気がするのよ」


「それに私たちは対等。時に応じ、時に求める、それが精霊と人との在り方なの」


「あなた達がそれを忘れない限りは、私が力を貸すこともあるわ」


青年 「ああ、忘れたりなんかしないさ」

才女 「当然」


「若いわね、本当に」






青年 「ファングナイフの反応が近くなってる」

才女 「あと数時間で会えるはず」

青年 「なら、スピードアップだ」

才女 「競争、する?」

青年 「おおっ、いいぜ」


ダッ

青年が急速にスピードを上げる


才女 「フライング」


才女もそれに合わせてスピードを上げる


青年 「待っていろよっファングナイフ。すぐ、お前の主人に合わせてやるぞっ!」









数人の騎乗の兵とそれを率いる騎士


騎士 「相手に歩く以外、移動する術は無いっ」

騎士 「魔女はこの大陸を離れるため、あの村の北側の沿岸を目指しているはずだっ」

騎士 「一刻も早く見つけて、魔術をこの世から抹消するっ」

騎士 「魔導の国へ連絡だっ」

騎士 「忌まわしき魔女が大陸を出ようとしている」

騎士 「我々は海を渡ることができない」

騎士 「即時っ応援を要請するっ」

兵士 「了解しましたっ」


集団から一人の兵が乗った馬が抜けだし、魔導の国へ向かう








魔女 「もし騎士たちが私たちの行動を読んでいたなら」

魔女 「もう少しで追いつくはずだ」

少年 「!? どっ…どうするの?」

魔女 「どうしようもない。奴らの忌むべき魔術で対抗する他、な」

少年 「あの魔物を骨にした魔術?」

魔女 「あれ程強いものでなくていい」

魔女 「馬を走れなくする程度だ」

魔女 「っ…………!」

魔女 「どうやら来てしまったようだ」







騎馬隊に相対する魔女


騎士 「禍々しい黒き布を纏う魔女」

騎士 「貴様だなっ」

魔女 「ああ、如何にも。私が魔女、黒魔術を操る者だ」

騎士 「ガキも一緒だと聞いていたが……」

騎士 「そんなことはどうでもいい」

騎士 「貴様の首さえ手に入れば、我は一生安泰だ」

騎士 「さぁ、一切の抵抗をやめ、我に首を差し出せ」

魔女 「…………」


黒い本を取り出す



騎士 「飽くまでも抵抗はやめない、か。無駄な事を」


??? 「五行魔法・比和・土っ!!」

??? 「五行魔法・比和・水っ!!」


突然、魔女と騎士とを隔てる空間に大量の土砂が降りそそぐ


魔女 「っ!?」

騎士 「何だっ!? 何も見えないぞっ!?」


青年 「発見だっ、危機一髪だったな」

魔女 「誰だっ貴様っ!」

才女 「それは後。今はここから逃げることが優先」


青年 「さっ行くぞ」ヒョイッ


青年が魔女を抱え上げる


魔女 「離せっ、私は自分の足で走れるっ!」

才女 「木の陰の君も急いで」

少年 「魔女をどこへ連れて行くのっ?」

青年 「だからっ、話は後だってっ」

青年 「才女っ、そのガキも担いで連れて行くぞっ」

才女 「うんっ」ヒョイッ


青年と同じように、少年を抱え上げる才女


青年 「飛ばすぞっ、舌はしまっておけよっ」


再び、海へ向かい走りだす





騎士 「クソッ誰もいねぇっ!! 逃げられたっ!!」

騎士 「もたもたするなっ追うぞっ!!」

兵士 「はいっ」

騎士 「一体何だったんだ、今のっ」










魔導の国 北東部 沿岸


青年 「よしっ、船まで着いたっ」ヨイショッ


魔女を地面に下ろす


才女 「お疲れ様」ヒョイッ


同じく少年を地面に下ろす


魔女 「一体、君たちは何者なんだっ!?」

少年 「ううっ、体中が痛いっ」


青年 「あの騎士たちがじきにここへ来るはずだ」

青年 「手短に話す」

青年 「第一に、俺達は魔導の国の人間じゃない。元は魔導の国の出身だけどな」

青年 「アンタらを探していた理由は……いや、その前に名前を教えてくれ」

青年 「俺は青年。そっちのが才女だ」

魔女 「私は魔女。見ての通り、魔術にその身を置く者だ」

少年 「僕は少年だよ」

青年 「俺達が魔女と少年を探していた理由はこれだ」


ファングナイフを出す


少年 「なんだっこれっ!? 僕を呼んでいるっ!?」

青年 「そうだ。これは少年を呼んでいる」


青年 「俺達の目的はこのファングナイフを少年へ届けることだ」

青年 「ほれっ受け取れ」

少年 「うっ…うん」

少年 「熱いっ…。ナイフの中からすごく熱い光が出てる」

青年 「古の龍の牙から作られたものだ」

少年 「龍……」

青年 「本来はこれで目的を果たし終わるつもりだったんだが……」

青年 「魔女、お前の存在は完全に想定外だ」

青年 「今がどういう状況か、ということも理解できている」

青年 「少年、お前は魔女と一緒に逃げるつもりだな」


少年 「うんっ。絶対に離れない」

青年 「となると、俺達が次にすべきはこの大陸を離れるための手引き」

青年 「魔女、一つ悪いんだが、その黒い本を見せてもらえないか?」

魔女 「青年とやら。魔術に関わる者にとってこの本の黒が何を意味してるか知らないわけではないだろう」

青年 「勿論知っている。魔術師はその生涯で一冊の本を完成させる」

青年 「それは厚い革表紙と、上質な羊皮紙に微量の魔力を込めて作られた物であり」

青年 「人の力では到底破くことは出来ず、炎にも水にも屈しない強靭さを有す」

青年 「故に、魔術師にとってその本は自分の命と等しいほどの価値を持つ」

青年 「黒とはその命と等しい価値を持つ本を象徴する色」


魔女 「良く知っているじゃないか。ならば、私がどう返事をするかも分かるな」

青年 「ああ。それでも俺はその本を見る必要がある」

魔女 「無駄だ、私が見せたところで君には何一つ理解できない」

青年 「俺達は元王仕えだ。何一つ理解できないということはないさ」

魔女 「王仕え? そうか、お前が、周りの期待に耐えきれずに逃げ出した例の王仕えか」

魔女 「それも駆け落ちだったそうだな。となると相手は才女というそこの娘か」

魔女 「そんな腰抜けがこんなところで何をやっている?」

青年 「煽ったって意味ないぜ。俺は人の心が読める」


青年 「最初っから、魔女の考えていることなんてまるっとお見通しだ」

魔女 「何っ……」

青年 「だからその確認をしたくてな」

魔女 「くそっ…………仕方ないか。しかし絶対に本の内容は口に出すな」

魔女 「分かったな」

青年 「ああ、最初からそのつもりだったよ」


魔女から本を受け取る


青年 「…………」

青年 「才女」


才女へ本を渡す


魔女 「おいっ……」


青年 「心配すんな。アイツも俺と同じ元王仕えだ。口外なんぞするもんか」

才女 「良く分かった。ありがとう」

魔女 「いったい何が分かったと言うのだ」

青年 「お前達のやるべきことと、俺達が教えるべきことだな」

青年 「魔女、少年、よく聞け」

青年 「ここから丁度真北に黒き森、シュバルツヴァルドがある」

青年 「恐らく、魔導の国は向こうの大陸まで追ってくるはずだ」

青年 「逃げ切れる可能性があるとしたら、それは未だ人間の国が場所を知らないエルフの住処だ」

青年 「これから言うことは決して、他言するな」


青年 「商業の国はエルフと交易を始める」

青年 「その条件はエルフの住処を知ってはならないということ」

青年 「近々、商業の国で各国の王が集まる首脳会議がある」

青年 「そこで商業の国の王はエルフの存在を明かすはずだ」

青年 「そうすれば、エルフの住処は完全な不可侵領域となる」

青年 「手を出せば、商業の国との間に強い軋轢が生じるからだ」

魔女 「ちょっと待て、何故それほどの情報を青年が知っている?」


青年 「人間で唯一、エルフの住処に行ったことがあるのが俺と才女だからだ」

青年 「今から、数週間前に商業の国から派遣されたんだ」

青年 「形としては俺と才女が、エルフと商業の国を取り持ったってことになる」

青年 「そんなことは問題じゃない」

青年 「今重要なのは、どうやってエルフの住処を見つけるか?」

青年 「悪いが、俺達は直接手を貸すことは出来ないんだ」

青年 「さっき言った首脳会議に俺と才女も出席することになるだろうからな」

青年 「魔女に手を貸したことが表沙汰になれば、商業王の立場が無くなる」

少年 「どっ…どうして?」

魔女 「この世界から魔術を根絶するという意向は、各国共通のものであるからだ」

魔女 「つまり、私は追われることはあれど、助けられることは無いということだ」

少年 「そんなっ……」


魔女 「だからこそ、エルフの住処を目指す」

魔女 「エルフならば、害そのものである私を迎え入れてくれるかもしれない」

少年 「分かったっ…エルフの住処だねっ」

青年 「シュバルツヴァルドまでは俺達の船で向かうことができる」

青年 「それも最速のスピードでな」

魔女 「最速? 何のことだ?」

青年 「こっからは才女に任せる」

才女 「任される」

才女 「魔女と少年は妖精を知っている?」

魔女 「ああ、一応、知ってはいるが……」

少年 「僕は知らないや」


才女 「良く聞いて」

才女 「妖精は目に見える」

魔女 「何を言っているんだ。妖精は目には見えないはずだ」

才女 「見える」

才女 「今魔女が持っている既存の先入観は全て捨てて」

才女 「妖精は目に見える。ただ、思い込みが人の目を曇らせた」

魔女 「本当なのか……」

才女 「信じて。そう思わなければ、妖精はその姿を消してしまう」

少年 「分かったよ。妖精は目に見えるんだねっ」

才女 「そう」ニコッ

魔女 「私は妖精に関しては全くの門外漢だ。才女の言葉を信じることにしよう」

才女 「ありがとう。次は妖精の姿を想像して」

才女 「背丈は人の手首から指先まで。背中に二つずつ二組の羽を持つ」

才女 「それは蜻蛉の羽のように半透明で、でも光華の鱗粉を纏っている」

才女 「表情は常に移り変わり続け、自然が気まぐれであるように彼女たちもまた留まることは無い」

才女 「時に人々へ恩寵を与え、時に抗い難い混沌を運ぶ」


才女 「彼女達は夢現の住人。崇めればその思いをすり抜け、また手を伸ばせば夢へ遠ざかってしまう」

才女 「妖精は心で感じて初めて私達の目に映ることができる」

才女 「そして最後。二人は既に妖精を見ている」

魔女 「なんだって……っ。既に見ているだと?」

少年 「うん。さっきからずっとお姉ちゃんの肩にいるよ」

魔女 「君も見えているのか!?」

少年 「お姉ちゃんが妖精はいる、って言ってからだけどね」


魔女 「本当かっ…………」ジーッ

魔女 「………………っ!?」

魔女 「何故私は気付かなかったんだ。才女の肩どころか、青年の周りにも飛び回っているじゃないかっ」

才女 「青年。二人とも見えるようになった」

青年 「ああ、少年は本当に純粋なんだな。少しも疑おうとしなかった」

青年 「魔女は人の世界を良く知っている。だからこそ、その先入観がお前を邪魔したんだな」

青年 「魔術に関しては先入観なんてもの、とうの昔に忘れたみたいだけどな」


青年 「これで妖精に惑わされることは無くなった」

青年 「さぁ、船に乗り込め。おちおちしてると魔導の国からの追手が来ちまうぜ」

魔女 「待ってくれ。ここからでは向こうの大陸にある商業の国の港へ向かうことは出来ないはずだ」

魔女 「海流も無ければ、今は風も無いじゃないか」

魔女 「残念だが、例え風があったとしても私では船を操ることができない」

魔女 「この船は本当にシュヴァルツヴァルトへ向かうのか?」

青年 「ああ、一直線で向かうぜ」


青年 「時間もないし、面倒だから説明は省くが、」

青年 「この船は通常時には存在しない海流に乗ることができる」

青年 「人間界のどの船よりも速いだろうぜ」

青年 「ま、特別なのは船じゃなくて海なんだけどな」

魔女 「海が特別? ますます訳が分からない」

青年 「自然は時として俺達に有難き御慈悲を御与えになるってことだ」

青年 「なんでもいいからさっさと乗れ」

青年 「俺達は良い感じに追手の妨害をする」


青年 「後はお前達次第だ」

少年 「分かったよっ。ありがとうっ、青年」

少年 「それとお姉ちゃんっ」

才女 「ばいばい」



魔女と少年は船に乗り込み、黒き森シュヴァルツヴァルトへ向かう

その時、地上は既に宵闇が覆い、空には綺麗な円形の月が光輝していた










真夜中 シュヴァルツヴァルト


魔女 (青年の言うとおり、本当にシュヴァルツヴァルトに着いた)

魔女 (それも半日も掛からず……)

魔女 (異常だ。最もこの大陸と近い既定の航路を、速い海流に乗って辿ったとしても六時間は掛かる)

魔女 (その既定の航路と、私達が進んだ航路では地図上の距離で数倍は違う)

魔女 (順調に進んだとしても丸一日掛かっても可笑しくないはずだ)


魔女 (一体何者なんだ、あの二人は。王仕えの地位を捨ててまで、人間界で何をやっているというんだ)

少年 「真っ暗だね。周りが何も見えないや」

魔女 「確かに暗いが、私達逃亡する身にとっては好都合」

魔女 「さぁ、行こうか。いくら此処が開拓の為されていない土地とは言え、放たれるであろう追手は追跡のプロだ」

魔女 「地理的要素の有無にかかわらず、私達は常に窮地に立たされているということを忘れてはならない」

少年 (魔女の言っていることがよく分からない……)


少年 (開拓は切り開くで…。なす? これはどういう字なんだろう……

少年 (地理的要素?……どう言う意味か分からないし、きゅうちなんて聞いたこともない)

少年 「うんっ。絶対にエルフの住処を見つけよう」

少年 (もう少し、簡単な言葉で話してくれないかな……)


暗闇の森へ歩を進める二人






少年と魔女が森に入ってから一日が過ぎ……


シュヴァルツヴァルドの前に佇む全身黒づくめの集団


??? 「目標は、黒魔術の女。そしてそれに同行しているという子供」

??? 「彼奴らが森へ逃げ、約一日程が経過した」

??? 「だが、彼奴らは逃亡に関しては全くの素人」

??? 「足跡も掻き分けた草も全て、隠蔽工作を行っていない」

??? 「二日だ。今日を入れて二日で彼奴らを捕らえる」


足音も足跡も全く存在しない集団

その目は明りが消えたように黒洞洞とし、ただ暗澹たる森の中を冷徹に見据えていた






青年 「さて……」

青年 「どうしたものか……」

才女 「不味い……」


二人の前には、魔女を追っていた騎士達が倒れていた


青年 「こいつ等を妨害して、時間を稼ぐつもりだったんだけどなぁ」

才女 「一人が既に魔導の国へと向かっている」


青年 「ああ、それもコイツは中々高名な地位におわす騎士様だそうで」

青年 「魔女たちを追う前からここまで準備を整えていたとは」

才女 「これが本当だったら相当に不味い状況」

青年 「今魔女たちを追跡しているのは、連合国軍特殊作戦部隊」

青年 「魔物相手に無双の立ち回りをするような連中だぞ……」

青年 「人に放っていいような代物じゃない……」


才女 「どうするの?」

才女 「私達なら止められる」


突如、才女の目から僅かに淡い碧色の光が漏れる


青年 「おい…お前っ……」

才女 「何?」

青年 「殺気出てるぞ……。抑えろ」

才女 「相手は人間の国で最強」

才女 「それも一人じゃない。最初から全開でいく」


青年 「そうじゃない。殺す時に発する気ってのは、この世界においてもかなり異質なものだ」

才女 「…………

青年 「鏑矢(かぶらや)というものは戦争で開戦の合図に使われる

青年 「何故この形状の矢が用いられるかというと、放ったときに高い周波数の音響を発生させるからだ」

才女 「知っている」

青年 「お前が放っている殺意の気も同じだ」

青年 「それは殺し合いの烽火。敵は闇の中でそれを知ることができる。お前の居場所を把握するには十分すぎるだろうさ」


青年 「これがどれだけのハンディキャップか分かるだろ?」

才女 「返り討ちにする」

青年 「はぁぁ…………」

青年 「いくら知識があろうと、それを使役するお前自身が未熟なんだ」

青年 「一時の感情で不必要なバイアスを作るな」

青年 「相手なんか関係ない。例えそれが山賊だろうと魔王だろうと、俺達の為すべきことは変わらない」

才女 「手を伸ばせば、救える命もある」

才女 「青年はそれに手を差し伸べることもできないの?」

青年 「論点をずらすな」

才女 「ずらしていない」


青年 「いいや、お前は嘘をついてる」

青年 「言っただろ。俺は人の心が読める」

才女 「だから何?」

青年 「もう自分を偽るな。お前は分かっているはずだ」

青年 「追手が誰であれ、魔女の選択は変わらない」

青年 「俺達が助けに行ったところでな」

才女 「でもそれは、悲しい結末」

青年 「それこそ俺達の決めることじゃない」

青年 「魔女がこの時のためにどれだけの歳月を費やしたか、あの本を一目見れば分かるだろう


青年 「その結末こそが魔女の本懐なんだよ」

青年 「アイツにとって絶望しかないこの世界に見出した唯一の希望なんだよ」

青年 「俺にはその思いを踏みにじること出来ない」

才女 「少年……少年はどうするの?」

才女 「例え魔女の本懐が実現したとしても、少年はその事実に耐えることはできない」

青年 「大丈夫。あの子は強い…決して折れない心を持っている」

青年 「それにファングナイフとレゾンもある」

才女 「現実は非情。氷のように温もりを失い、時に残酷ですらある」

青年 「ああ、全くだ」










二日後 真夜中 シュヴァルツヴァルト


やや衰弱しながらも、強く歩を進める二人


魔女 「……今が勝負だ」


長い間沈黙を守り、歩き続けていた魔女が突然口を開いた


少年 「どうして?」


魔女 「この森に足を踏み入れて丸二日」

魔女 「今日の朝まで誰とも遭遇しなければ、追手は私達を見失った、或いは見つけられなかったということになる」


魔女 「しかし、もし追手が私達を完全に追跡出来ていたとしたら、恐らく追いつかれるのは今から6時間以内」

魔女 「私に森を歩く技術があれば良かったんだが……」

魔女 「私は見ての通りの研究者気質なんだ」

少年 「森なら僕も良く行くけど……ここは何だか分からないよ」

魔女 「シュヴァルツヴァルトという森は、人間世界の中で最も不可思議な場所の一つだ」

少年 「妖精もいるしね」

魔女 「その妖精も目に見えなかったら、何度道を見失っていたことか」

魔女 「兎も角、君にはもしもの時のことを話しておかなければならない」

少年 「もしもの時って?」


魔女 「そうだな……もしもの時とは、私達を追跡しているであろう追手が黒橡(くろつるばみ)という一団であった場合だ」

少年 「くろ…つるばみ?」

魔女 「本来、黒橡(くろつるばみ)とは、喪服に用いられる染料の色のことだ」

魔女 「喪服とは、人が死んだ時に着る服で、何故彼らが黒橡という名称で呼ばれているかというと、」

魔女 「彼らは魔物を常に殺し続けるからだ。殺意こそが弔意、断末魔の叫びこそが弔鐘」

魔女 「詳しい軍の階層については説明しないが、軍属の人間の中で最も殺傷……殺すことに長けている者達だということだ」

少年 「すごい怖い人たちなんだね……」


少年は些かの恐怖を感じた

それは黒橡という存在に畏怖したからではなく、

黒橡の話をしている魔女の語調が何処か楽しげであったからだ


少年 「早くエルフの住処を探さないとねっ」

魔女 「いや、それを探すのは黒橡の連中を処理してからだ」


少年 「どうして? だってとっても怖い人たちなんでしょ」

少年 「なら、絶対に戦っちゃ駄目だよ」

魔女 「私達の痕跡は確実に残っている。一度それを辿られてしまえば、追いつかれるのは時間の問題だ」

魔女 「それがもし、エルフの住処に通じていたらどうなる?」

魔女 「各国の王が一堂に会する首脳会議はまだ先だ」

魔女 「つまり現在の時点では、エルフの住処は黒橡の侵入を許してしまうんだ」

魔女 「それでは意味が無い」

魔女 「私達が生き残れる条件は、首脳会議後、エルフの住処で生存していること」

魔女 「だから絶対に、黒橡をエルフの住処まで連れて行ってはならない」


少年 「……戦わなくちゃいけないの?」

魔女 「ああ」

魔女 「その時、私と少年は別行動を取るべきだと考えている」

少年 「っ!? そんなの駄目だっ」

少年 「僕は二度と魔女と離れないっ」

魔女 「聞いてくれ少年。これは私達二人が生存する確率を少しでも上げるためなんだ」

魔女 「私は絶対に死なない。そして君も死なせない」

魔女 「黒魔術というものは制御できない魔法なんだ」


魔女 「だから私の近くに君がいたら、君にも被害が及ぶ」

魔女 「それだと私は黒橡を撃退することができないんだ」

少年 「でも……」

魔女 「信じてくれ、少年。私は生きる。例え、黒橡を殺してでも」

少年 「魔女……」

魔女 「黒橡がもし私達の前に現れたら、その瞬間に君は全力でエルフの住処を目指してくれ」

魔女 「私は君が逃げ切れるまでの時間稼ぎと黒橡の撃退をする」

少年 「僕にっ……僕に出来ることは無いの?」


魔女 「君ができることは生きることだけだ」

魔女 「いや……私は君さえ生きていれば、希望を失わない」

魔女 「私の力になりたいのならば、この先もずっと生き続けてくれ」

少年 「うんっ。僕も魔女がいれば、きっと頑張れるっ」

魔女 「まだ彼らが迫っているという確証は無いんだ。そう緊迫しなくてもいいだろう」

魔女 「飽くまでもこれは最悪のケースなんだ」

魔女 (こう言ってはいるが、実際彼らが来る可能性は相当に高いはずだ)

魔女 (それほど魔術というものは人の世にあってはいけないということ……)









数時間後


黒橡 「捉えた……」


魔女と少年の数百メートル後ろに並び立つ黒き暗殺者の一団

暗闇にも関わらず、魔女たちの姿を易々と捉える彼等の瞳は未だ暗闇と完全に同化していた

ジャキッ

各々が形の異なる猟奇的な刃を構える

黒橡 「一瞬だ……」

シュンッ

示し合わせたかのように、全員が全く同じタイミングで音を立てずに駆け出す









っ……

っ……


少年 「魔女っ!!!!!」


微細な音を辛うじて拾い取った少年の耳


少年 「来たっ!!!奴らだっ!!!!」

魔女 「何っ!?」

クルッ

反射的に振り替える魔女


魔女 「何も見えなっ……」

魔女 「いや……いるっ!!!確実に迫ってきているっ!!!」

魔女 「隠す意図の見えないどす黒い殺気っ、間違えるはずが無いっ奴等だっ」

魔女 「走れっ、少年!!!」

魔女 「エルフの住処で、再び会いまみえようっ!!!!!」




魔女が少年へ最後の言葉を投げ掛けた時、既に少年は走り出していた

少年は決めたのだ、魔女を心の底から全てを信じきると

その足取りには一分の迷いもなかった

今までは魔女と同行していたため、少年の全力は抑えつけられていた

しかし一度制止という行為を放棄した少年、全てを置き去りにするそのスピードは、野犬や狼のそれと並ぶレベルにまで達していた

例え魔女がその場に留まっていなかったとしても、黒橡では到底追いつけないだろう

弾き出された弓矢と形容するに相応しい少年の姿は、瞬く間に森の暗闇へと消えていった











魔女 「行ったか……」

魔女 (私の唯一の願い)

魔女 (君だけは失いたくない)

魔女 (絶対に逃げ落ちてくれ……)


魔女は一人、黒橡に相対する


魔女 「おっと動くなよ。ましてや、あの子供を追おうなんてもっての他だ」

黒橡 「…………」


誰一人として身じろぎ一つせず、沈黙を守る黒橡


魔女 「何故か分かるか?」

魔女 「それはな、貴様等の忌み嫌う魔術が既に発動しているからだ」

ビリィィッ!!

突然、魔女が自分の右腕の衣服を破り切る

あらわになる色白な魔女の腕

そこには無数の呪文が書き詰められていた


黒橡 「っ!!」

ダッ

一切の兆候を見せずに、黒橡の一人が少年を追跡すべく一団から抜け出す


シュウウゥゥゥッ!!!!


グサッ

まるで大蛇が地面を途轍も無いスピードで這っているような異様な音を立て、

魔女の後ろ、日があったのなら魔女自身の影になるであろうその場所から、漆黒の闇が這いでて黒橡の一人の腹を貫く


黒橡 「っ……」


呻き声を出さずに地面へ崩れ伏す


魔女 「言っただろう。魔術は既に発動している、と」

魔女 「Eloim, Essaim, frugativi et appelavi」

魔女 「贄の対象は私の右肩から先、全てだ……」


黒橡の一人を貫いた闇が、今度は魔女の右手に巻き付いていった

ジュウゥゥッ

色こそ無いが、圧迫するような存在感を発す煙が魔女の腕から立ち上る


ムクッ

黒橡 「…………」

魔女 「何っ!?」


間違いなく腹を貫かれたはずの黒橡の一人が何事もなかったように立ち上がった








右手を失い、左手で黒表紙の本を持つ魔女

それを半円状に取り囲む黒橡の一団

圧倒的に劣勢であろうその状況、しかし魔女は笑う


魔女 「ははっ。そういうことか」

魔女 「私の人生は正に喜劇って奴だな」

魔女 「何が魔女狩りだ、ふざけるな」

魔女 「黒魔術はこの世から根絶しなければいけない?」

魔女 「私は世界を恐怖に陥れる悪魔?」

魔女 「全ての言葉は人々への……いや、人間界全てへの甘言だったのだな」

魔女 「貴様等が着用している黒装束、それは魔術の産物だな」

黒橡 「…………」

魔女 「何も語らず、か」

魔女 「当然だな。貴様等のような雑兵が口外して良いような代物じゃない」


魔女 「貴様等が何故魔物を嬲り、魔族と渡り合えるか?」

魔女 「それは貴様等の黒装束が数百、数千という人の命を犠牲にして造られたからだ」

魔女 「魔導の国は既に黒魔術の技術を保有していたのだな」

魔女 「その技術を独占する為に魔女狩りを行った」

魔女 「自国の魔術師を全て消し去る労力と他国の手に黒魔術が渡る危険性を天秤にかけてな」

魔女 「私さえ消せれば、めでたくその宿願は叶うということか」

魔女 「だがくだらない。何がくだらないか分かるか?」

黒橡 「…………」

魔女 「分からないだろう。黒魔術がどういうものかも知らないのだからな」

魔女 「貴様らは最高に愉快な遠回りをしていたのだよ」

魔女 「その程度の魔術、私ならばうさぎ数羽と薬草がいくつかあれば充分実現できただろう」

魔女 「その程度の魔術に人の命を使うのはあまりにも役不足だと言っているんだ」

魔女 「最初から必要など無い。だが、貴様等の肥溜めのような技術ではそれが精一杯なのだろうな」


魔女 「はははっ、実に滑稽だ。数万にも及ぶ人命を捧げて、得たものがたかだそれぽっちなんだ」

魔女 「なぁ、否定してみろよっ。私達の頑張りは無駄ではありませんってさ」

魔女 「犠牲にした人々は私達の心の中で生き続けますってさ」

魔女 「滑稽すぎて嘲ることもできない。ただただ呆れるばかりだ」

魔女 「魔導の国は無能の集まりなんだな」

黒橡 「黙れ……」

魔女 「黙れだって? 違うだろ。ほら言ってみろって」

魔女 「この服こそが我ら魔導の国の最高技術の結晶ですって。馬鹿みたいにほざいていろよ」

黒橡 「貴様……余程死にたいらしいな」

魔女 「私がどれだけ魔術を研鑽してきたと思っている?」

魔女 「どれだけ貴様等を恐れ、みじめに逃げ惑ったと思う?」


魔女 「自分でさえ、情けなくて涙が出るよ」

魔女 「こんな連中に昼夜問わず、怯えていたなんてな」

魔女 「私は魔女狩りが始まってから、あの子に出会うまで、ずっと貴様等の手から逃げ落ちる術を探していた」

魔女 「こんな簡単なんだ。ただ、貴様等が腰を抜かすような研究成果を持って捕まれば良かったのだ」

魔女 「そんなものいくらでも作り出して、ゴミのように捨ててきた」

黒橡 「見苦しいな……」

黒橡 「貴様はあの珍妙な影の魔術に腕一本を丸ごと犠牲にした……」

黒橡 「そんな貴様に我らを超える技術力などあるわけないだろう」

魔女 「ふふっ、冗談だろう?」

魔女 「魔術に贄の後払いなんて存在しない」

魔女 「つまり、この腕はあの魔術のための贄じゃないということだ」

魔女 「それこそネズミと雑草で充分だ」


魔女 「ならこの腕は何のための犠牲かだって?」

魔女 「それはこの影をコントロールするためだ」


黒橡 「魔術のコントロールだと……っ」


魔女 「魔導の国の発展スピードでは、この技術が確立されるのにあと数百年は掛かるだろうな」

魔女 「欲しいか、欲しいだろう? この技術が」

魔女 「だが嬉しいことに、今日を持ってこの世界から私という異分子は消える」

魔女 「貴様等の宿願が達成できるのだ。喜べ」






魔女 「私は魔女。黒魔術にその身を置く者」

魔女 「私の本懐はもうじき達成される」

魔女 「貴様等にはその立会人にでもなってもらおうか―――」







熱い……


熱いよ……


僕はどうなっちゃうの?


教えてよ、魔女


おかしいんだ


真っ暗なはずの森が真っ赤に見えるんだよ


汗なんて全然かいてないのに、全身が焼けるように熱いんだ


この胸が張り裂けるみたいに痛むんだ……




僕を呼ぶのは……誰?


そんなに急かさないでくれよ


これ以上急いだら、きっと僕は転んじゃう


一体君は何なんだ……?


僕を何処へ連れて行こうとしているの?








グゥッ…………

グアアァァアアァァァァァアアァアァアアッッ!!!!


少年 「あ……っ」


身体の自由が利かないかのように、突然足を止め空を仰ぐ


少年 「星だ。僕の手なんかには収まりきらないぐらいの星空だ……」

少年 「魔女もこの空を見てるのかな……」

少年 「ファングナイフ。君なんだね、僕を何処かへ連れて行こうとしているのは」

少年 「暖かい……。何だがとっても安心するや……」

少年 「いいよ、何処だって行こう!」




ボワァッ

少年の瞳に紅燭が宿る

それはいくつもの伝承に残る魔王の姿と酷似し、瞳に宿る紅のともし火は、常に空間に光の尾を引き続けた

瞳の身が暗闇に光輝するその姿は、さながら闇夜を跋扈する漆黒の狩人であった

今まで走って来た道を引き返す少年

その速度は先ほどとは比類にならない程驚異的で、人の領域を大きく逸脱し、

右手に強く握られたファングナイフもまた、少年の瞳と同じように刀身の奥深くから紅色の淡い光を放つ








ダッ――

ダッ――

ダッ――


一歩で十数メートルの距離を稼ぐ

体勢はまるで獣のように低く、両手は地面すれすれで大きく上下に振られていた


少年 「僕はもう逃げない……。ファングナイフと魔女と一緒に……」

少年 「一生暮らしていくんだっ!!」








黒橡 「ふん…屑が……」

魔女 「………………」


魔女を貫く幾つもの凶刃は、確実に人を絶命へ追いやる部位へ集中していた


一人の魔女に群がる幾人もの黒き影……


それはカリカチュア(風刺画、誇張絵)

魔女狩りを諧謔、皮肉、寓意、風刺する、のちの世に出回るであろうそれらの意が込められた様々な絵画

それが今、現実として発生していた

目を背けたくなるような惨状

人が人を殺める汚染された感情

理不尽な死を強要された魔女は、がっくりとうなだれ、糸の切れた傀儡のように黒橡達が持つ刃に身を委ねる





じきにその無残な魔女の姿を見ることになる少年は何を思うのだろうか

握られたファングナイフはどのような結末を生むのか

これは残酷な物語

少年と魔女が辿った冷徹な悲劇

スクリーンに映し出されるモノクロフィルム

無数にある取るに足らない史実の一つ

魔女は既に事切れていた

少年が望む結末は消滅した

最初からその結末など存在していなかったのだ








少年 「アアァァァアアァァアァアアァァッ!!!!!!!」


其処此処に散らばる黒橡達の肉片


肉を斬り裂き続ける少年の手に握られたファングナイフ


仲間の死すらその一切を看過する黒橡は、ただ少年を殺す為に刃を握る


少年の瞳から零れ落ちる悲しみ


それは涙ではなく、紅の光


もはや人の形相のみを有す鬼の如く、黒橡の命を刈り取る少年


人の道を踏み外しながらも、魔女を一心に思う少年は壊れかけていた


少年は自分が斬っているものが人なのか、樹木なのか、それすら区別できなかった……











少年 「ア……ア…アァ………」


がっくりと首をもたげ、嗚咽を漏らす少年

その周囲には魔女を含め十数人の遺体が転がり、黒橡の遺体は一つたりとも五体満足なものが無く、鮮やかなまでに骨ごと切断されていた

皮肉にも徐々に現れる朝日が少年の姿を照らす

本来ならば、この光は少年と魔女を再び繋ぐ希望になるはずだったのだ

しかし少年はその無邪気な瞳に映すこととなった。日に照らされる、右腕が無くなり身体中に無数の穴が開いた魔女の姿を


少年 「ァ……」


意識の糸がプツリと音を立てて切れる




少年はこの時にはまだ、魔女の体から出血が無いことに気付いていなかった

そして、魔女の眼孔から黒魔術の禍々しい煙が漏れていたことに……










ぼんやりと目覚め行く意識の中、無骨な石造りの天井が目に入った

見るとそこには簡単なベッドと幾つかの医療器具のみしか置いておらず、簡易的な病室のようであった

何か自分はとても悪い夢を見ていたような気がする

真っ暗で陰湿な雰囲気、鼻に突くあの不愉快な臭い、手に残る奇妙な感触

どうにも上手く思い出せないや


??? 「よぉ、坊主。やっと起きたか」


突然、如何にも柄の悪そうな男が病室に入って来た



あれ? 声が出ない


??? 「どうした? どっか痛ぇのか?」


違うよ

意思表示のために首を左右に振る


少年 「……こ…ぇが…でな…ぃんだ」

??? 「ああ、まぁあんだけ口の中を切っちまってたら声もうまくでねぇか」

??? 「無理して動かすなよ。多分、かなり痛むと思うぜ」

??? 「立てるか? うがいでもすれば、少しは良くなんだろ」




柄の悪いその男に連れられて水場に行った

地面に足を付けた時は、ふらついて倒れそうになってしまった

口をゆすぐと、真っ赤に染まった水が出てきて、初めてそこで口の中が非道く痛むことに気付いた

この人が言っているように僕は口の中を怪我していたみたいだ

あの部屋を出ると、また石造りの廊下が延々と続いていた

ここはきっと王様が住むお城なんだと思った

庭にはきっちりと切りそろえられた植物が並び、その内の幾つかは色とりどりの花を付けていた

王様はもっと色んな物があるお城に住んでいるのだと思っていた

中から見ると意外に何も無い




少年 「おじさん」

??? 「おじさんだぁ? 俺はまだ20代だぜっ、おじさんはやめてくれ。名前はボスってんだ」

少年 「じゃあ、ボス。僕は少年、よろしくね」

ボス 「ああ、よろしくな」

少年 「ねぇボス。ここって誰の家なの?」

ボス 「誰のって聞かれると微妙だが、一応商業王の所有物だな」

少年 「商業王?」

ボス 「ああ、商業の国の王様だよ。偉大な、な」

少年 「僕は何でここにいるの?」

ボス 「何でって言われてもな……」

ボス 「お前を運んできたのは、青年と才女だし、俺は良く知らん」

少年 「二人が僕を……?」

ボス 「会ってみるか? 今は王子の所で仕事を手伝ってるはずだが」

少年 「うん……」






王城 中庭



青年 「傷は大分良くなったみたいだな」

少年 「うん。僕は二人にまた助けられたんだね」

青年 「いや……どうだろうな」

青年 「俺達はお前をここに運んだだけだ」

少年 「魔女は……」


言葉に詰まった

もう声は出る

これを聞いてしまったら、何かが壊れてしまうと思った

悪い夢が現実になってしまうような、そんな不安を感じた


少年 「魔女は、死んだんだね」

青年 「…………」

少年 「ううん、僕は魔女の体を見たんだ」

少年 「あれじゃきっと助からない」


青年 「悲しいか?」

少年 「どうだろう、僕にはもう涙が無いみたいなんだ」

少年 「どれだけ悲しくても泣くこともできない……。まるで獣みたいだ」

少年 「はぁ…世界って本当におかしいよ……」

少年 「何で僕みたいな化け物が生きて、魔女みたいな生きなきゃいけない人が死ぬんだよ」

少年 「いっそのこと僕もあそこで死ねれば楽だったのにな」

少年 「人って何なんだろう……。僕にはもう分からないや」

才女 「…………」

スッ

才女の腕が少年の首へと伸び……


ギュゥッ

少年を優しく抱擁する


少年 「あっ……」

才女 「自分を傷つけては駄目」

才女 「少年はもう充分に苦しんだ。不必要な程に」


少年 「…………僕には何も残ってないよ」

少年 「おじさんもおばさんも魔女も……」

チュッ

才女が少年の額にその形の整った唇を密着させる


少年 「わっ……」

才女 「この世界には、未だ少年の知らない素晴らしい場所がある」

才女 「君の足は何処へでも行ける」ニコッ


青年 「ま、そういうことだ」

少年 「どっ、どういうこと?」

青年 「才女の言ったとおり、お前は何も失っちゃいない」

青年 「ただちょっとその形をを変えただけさ」








少年へ―――

いきなりこんな話をするのもおかしいかもしれないが、私にとってこの世界で唯一確かなものが魔術なんだ

この世界は偶然のような必然によって成り立っている

君と私が出会ったのも偶然ではないのだろう

これは私の持論であるから、君に上手く説明することはできない

詳しく知りたいのなら、青年と才女に聞くと良い

あの二人なら私の言わんとしていることを、きっと君に伝えてくれる

兎も角、私の人生は魔術の発展と共にあった

自らの生死の次には魔術のことを考えていたんだ

ただ今回ばかりは、生死よりも魔術を優先させてしまった

君には少し辛い想いをさせてしまったか

魔術は魔術的に正当な順序を踏んで行使すれば、必ず何らかの変化をもたらす

先払いした代償は必ず、何かの役に立つはずだ


グリモワール(屹立する魔導書)…………

この完成こそが私の宿願であり、本懐だった

魔導の国から逃げ続けた私の人生は、あまり滑稽だっただろう

それも全てはグリモワールのため

もしかしたら、私は黒魔術に捕らわれていたのかもしれない

少年。君は私にとって初めての友だった

今でも悔やんでいるよ、君を私の壮大で滑稽な戯曲に巻き込んでしまったことを

グリモワールの完成には、生きた人の肉体が必要だった

それも、私が構造を完璧に把握している個体が

そんなもの私自身の体しかなかったんだ

君にあの森で出会うずっと前から、私はグリモワールの完成と共に朽ちるつもりだったんだ

本当に済まない……

私は君に言ったね

絶対に生きる。私達が納得できる妥協点のその先まで、と

今の君に妥協という言葉は難しかったかな

だが、私はこの約束を違えたつもりはない

なぜなら、君が今手にしている黒表紙の本こそが私のグリモワールなのだから

私は死んだのではない。その全てがグリモワールへと転換されたのだ




ここまでが私の予想していた結末、と言ったところか

ここからはあの二人がもたらした、そして君自身が有していた特異の結果について話そう

あの二人がもたらしたものはファングナイフ

君が持っていたものはレゾン

私もこの二つに関してはそれほど詳しいわけではないが、全く無知というわけでもない

私の目的は、君と出会ってから少しだけ変化した

グリモワールと君自身を生かすことにな

だから私は黒橡を道連れにして息絶えるつもりだったんだ

その代償は、右肩から先全て

しかし私の支払った代償は無駄となった

いや、無になったというわけではないが

必要ではなかったというべきか……

君が独力で彼等を滅ぼしてしまったからね

秘められた君の力を解き放ったものこそファングナイフなのだろう

私の右腕は、君を守るために使われるはずだった

しかしその目的は君自身によって達成された

ならばその代償は何処へと消えてしまうのか

前述した通り、魔術というものは魔術的適正手段を用い、行使すれば必ず発動する

だから私の右腕が無駄になるということは無いはずなのだ

その結果こそが今、君を取り巻く状況と言えよう


想定外な事に、魔術は生死の根本原理を限定的に覆してしまったんだ

朽ちて魔術そのものになった私の肉体から、右腕を代償に行使された魔術によって私の意識に近い何かが抜け落ちた

それが君に意思疎通を図っているこの私

グリモワールに写るこの文字は、私の右腕が魔術に変化したものだろう

また私のこの意識もな

可笑しなことに私は予期せず肉体と精神の分離に成功したようなのだ

要約すると、私は精神のみグリモワールに残存し、その魔術を行使しきるまでは私は精神の死を迎えないということだ

暫定的不死状態と言ったところか

君が望むなら当分の間、君と私は共に過ごすことができる


もしかしたら、私との思い出が君を苦しめることになるのかもしれない

君がそう考えるのなら、迷わずこのグリモワールを青年と才女へ渡してくれ

なに、君がしたいようにすれば良い

なんと言っても、精神のみになり果てた私の望みは、君が幸せに暮らすことなのだからな

それ以外は何も要らないさ

ただ、君の人生は未だ虹色の可能性を秘めている

後悔だけはしてはいけない

私に言えることはこれくらいだ

仲間を見出し、共に笑うも良いだろう

愛しき家族と安寧を分け合うも良い

君のその一歩は謳歌の一声

さぁ、輝ける君の人生が待っている

悲劇は速やかのその幕を引き……

これより最高に愉快な喜劇が始まるのだ

乗り遅れるなよ、少年






サトウキビ……

何で僕はこんなものをずっと持っていたんだろう

僕にはもう要らないものなのに……


青年 「悪いが少年、お前のことを色々調べさせてもらった」

少年 「えっ、僕を?」

青年 「ああ。お前はお前の両親をどう思っている?」

少年 「おじさんとおばさん?」

青年 「そうだ」


少年 「僕は嫌いじゃないけど……」

少年 「きっと二人は僕を嫌ってるよ」

青年 「いいや、そんなことはない」

少年 「青年は何も知らないじゃないかっ」

青年 「お前は魔女の存在を密告した人間が、その二人だと思っているんだろ?」

少年 「うん……」

青年 「それは違う。第一、二人は魔女が学者と名乗っていたことすら知らない」

青年 「魔導の国へ連絡したのは別の村人だよ。偶然黒魔術を使う魔女の姿を見たそうだ」

青年 「その傍にお前がいたところもな」

青年 「二人はお前を擁護した立場だったんだ」

少年 「そんな……」

少年 「魔女が魔導の国に見つかったのは僕のせい……」

少年 「おじさんとおばさんが、あの騎士達を村に呼んだと勘違いしたのも僕……」

少年 「全部僕が悪いんじゃないか……っ」


青年 「いや、お前が悪いんじゃないさ」

青年 「村落共同体の基本的性質とそれを取り巻く魔導の国」

青年 「改善できる点なんて山ほどある」

少年 「でも僕はおじさんとおばさんに非道いことを思っちゃった」

少年 「僕が要らなくなったんだって……」

少年 「もう会えないよ……」

少年 「僕はきっともうおじさんとおばさんに会っちゃいけないんだ」

青年 「言っただろう。お前は何も失っちゃいない」

青年 「お前の手に握られてるそれがお前の両親を救う」

少年 「どういうこと……?」

青年 「それを大事に握りしめてここの王様の所へ行って来い」






重厚な扉の周りにはむき出しの石の壁

ギィィッ


見た目に反してスムーズに動く扉を片手で押し開ける



??? 「君は……」


山積みの紙の中心で若い男の人がこっちを見つめる

その手には幾つもの紙の束が握られていた


少年 「こんにちは。僕は少年」

??? 「こんにちは、僕はこの国の王。商業王とも呼ばれるけど、親しい人には王子と呼ばれている」

王子 「君も是非僕のことを王子と呼んでくれ」


少年 「うん……」

少年 「王子、これ」


右手のサトウキビを見せる


王子 「それは……サトウキビかい?」

王子 「珍しいものを持っているね」

少年 「これ……僕のおじさんとおばさんが作ったものなんだ」

王子 「君のねぇ……」

王子 「うん、大体話は分かったよ」

王子 「青年だね。ここへ来るように言ったのは」

少年 「うん」


王子 「嬉しいサプライズだ。サトウキビを作っている農家のピックアップをせずに済む」

王子 「それに農家の多くは商業の国の僻地にあるからね」

少年 「……?」

王子 「君の両親が住んでいる場所は魔導の国のどの辺りだい?」

少年 「北東部だと思う」

王子 「北東部ね。ちょっと待ってて」

ガサゴソ

数メートルはある本棚から幾つも分厚い本を取り出す


王子 「魔導の国、北東部、農村、サトウキビ……」

王子 「………ああ、あった」

王子 「ふ~ん、成程成程」


王子 「正に弱者からの搾取というわけか」

王子 「領主も国や教会と癒着しているな、これは」

王子 「付近の村落を含めても、同職組合(ツンフト)が見られない所を考えると、やはり不当な租税の徴収」

王子 「対象は農民だけか。いや、荘園でこの扱いならば農奴に近いかな」

王子 「良く分かった。どうせこの情報も青年は知っていたのだろうけど……」

王子 「君の両親はサトウキビを作っているんだね?」

少年 「ううん、それは今年まで」

王子 「そうか……。なら作付けする前にこちらへ呼ばないとね」

王子 「君の両親にはここ、商業の国でサトウキビ栽培の指導を頼みたい」

王子 「君は知っていたかもしれないが、君の故郷では不当な税が搾取されている」

王子 「それも、村に学業に秀でた者がいないせいだ」

王子 「君の両親は、僕達にサトウキビ栽培のノウハウを授ける」

王子 「そして僕達は彼らに税のシステムを精査する方法を教える」

王子 「具体的にどう国へこの不平等を訴えるかということをね」

王子 「ある程度なら後ろ盾もしよう」

王子 「上手くいけば、君の村の負担は劇的に軽減するはずだ」


少年 「良く分からないよ、王子」

王子 「そうだな……。君の両親はここへ引っ越すんだ」

王子 「そしてサトウキビを育てる」

王子 「僕達は彼らに生きていく上で大事な事を教える」

王子 「それを知った彼等はその大事な事を他の村人に伝える」

王子 「そうすることで、きっと食べ物には困らなくなるよ」

少年 「本当っ?」

王子 「ああ、本当さ」

王子 「ただ、そこの領主には少し金を握らせないとな」


王子 「そうだ、君はこの城を見て、何か感想を持たなかったかい?」

少年 「うーん、王様が住むところはもっと色んな物が置いてあると思ってた」

王子 「その通り。実のところ、僕は前国王の私財を全部売り払ってしまったんだ」

王子 「そのお陰で僕が自由に出来るお金が増えた」

王子 「充分な資本があれば、人を丸めこむなんて造作もない」

王子 「なんと言っても僕はこの国の王。商業の王なんだからね」

王子 「そのサトウキビは大事にしなよ。君が村を救った証拠になる」

少年 「おじさんとおばさんは楽な暮らしができるってことだよね?」

王子 「一概にそうとは断言できないけど、人としての真っ当な暮らしは保証しよう」

少年 「ありがとう、王子!!」

王子 「ああ、あと青年と才女を見かけたら伝えてくれ」

王子 「早く戻ってきてくれ。仕事が片付かない、と」

少年 「うんっ」






王子 「そろそろ用意を始めないと……」

ボス 「首脳会議のか?」

王子 「ああ、そうだ。確か盗賊団の中に貴族の館で執事をやっている子分がいたね」

ボス 「いたな、そんな奴。もう盗賊からは足を洗ってんじゃねぇか?」

王子 「何を言ってるんだ。もはや商業の国にとって、ボスの盗賊団は宗教と同じさ」

王子 「弱きに救いの手を、悪しきに裁きの鉄槌を」

ボス 「飛んだブラックジョークだな。裁きの鉄槌じゃなくて略奪の間違いだろ?」

王子 「革命以前でさえ、あれだけ民衆に根付いていたんだ」

王子 「今は大手を振って盗賊団は貧民を支援している」


王子 「いや、国からの物資を国民へ満遍なく支給しているだけだから、もはや盗賊でも無いね」

王子 「慈善事業をする団体。非営利団体とでも言ったところかな」

ボス 「よせよ。今更善人ぶったって俺達がしでかしてきた悪行が無になるわけじゃねぇ」

ボス 「いくら非道ぇ商売してる商人でも、俺達がそいつらから物を奪ってきたことは正当化できねぇ。しちゃいけねぇんだ」

ボス 「まぁ、だからと言って、法に従い罰を受けるつもりもねぇけどな」

王子 「確かにそうだね。今の善行が過去の免罪符にはならない」

王子 「でもボスが築いた繋がりに罪は無いし、それはとても有用なものでもある」

王子 「是非執事をしている彼をこの城に呼んでくれ」

ボス 「ああ、別にいいけどよぉ……」

王子 「というか……もう君が首脳会議の準備を仕切ってくれ」

ボス 「は? いやいや、俺にゃ無理だ」

王子 「何も一人でやれと言っているんじゃない。君の人脈を使ってさ」


ボス 「………盗賊団も今となっちゃ城下町の清掃ぐらいしかやってないしな」

王子 「そうさ。何時までもただ飯を食らわれちゃ、商業王として立つ瀬が無い」

王子 「飯だって金が掛かる。それに伴う労働力を君達は僕に支払うべきなんだよ」

王子 「さ、用意は速い方が良い。盗賊団を沢山この城に呼んで最高の会場を作ってくれ」

ボス 「分かったよ。ただ経費はケチんじゃねぇぞ」

王子 「何を言っているんだ。余計な物に出す金なんて今の商業の国には無いよ」

王子 「良く考えて、質素なようで慎み深く、ちょっとしたところに高級感の漂う場所にしてくれ」

ボス 「無茶言うなよ……」

王子 「冗談だ。ただあまりに過剰な装飾は勘弁してね」

王子 「僕は城で自分を語るような王にはなりたくない」

ボス 「王の勅命ってカンジだな」

王子 「おおっ、ボスはいつ勅命なんて言葉を覚えたんだい?」

ボス 「馬鹿にすんじゃねぇっ、俺だって余裕があれば勉強ぐらいするぜっ」

王子 「衣食足りて礼節を知るという言葉もあるぐらい、生活上のゆとりは大切だからね」

王子 「次は言葉遣いも直したらどうだい?」

ボス 「ああ、その内な」








中庭


青年 「……このように戦いには必ず気の攻防が存在する」

青年 「例え気という概念を知らずとも、無意識にこれを行っているんだ」

青年 「お前の中にある力もまたこの一種だ」

青年 「名前をレゾンという」

少年 「レゾン……」

青年 「一般に、ナイフや短刀と打刀や基本的な形状の剣を持つ者が戦う時、リーチの短い方が不利になる」

青年 「ただ、身の丈に合わない重量やリーチがある武器を使用している場合はその扱いが極端に難しくなる」

青年 「自分の体や筋力にあった武器が一番ということだ」


少年 「僕にはファングナイフが最適なの?」

青年 「最適……。そうだな、通常の少年でも充分扱える上に、レゾン状態なら共鳴までする」

青年 「この共鳴っていうものは、気が武器の元来持つそれと最大まで近い状態になることだ」

青年 「長年同じ武器を使い続けたり、自分と同じ環境で作られたものだったりすると、この状態になる可能性が高い」

少年 「その気が武器と近ければどんな良いことがあるの?」

青年 「そうだな……。まず仲が良いな。オトモダチって奴だ」

少年 「えっ? オトモダチ?」

青年 「深い意味は無いが武器との相性は、対人関係に似ている」

青年 「例外を除いて、武器には意識が無い」

青年 「それでも戦う度に武器には色々な圧力(ストレス)が掛かるんだ」

青年 「使い方に注意しなければ、剣は当然劣化するし刃こぼれもする」

青年 「それは樹木を傷つけるのと同じだ」


青年 「傷つけられた樹木はどんな反応を示すと思う?」

少年 「分からないよ……。それはきっと生物学だもん」

青年 「おおそうだ。こういうのは才女の領分だったな」

青年 「外敵に対し、何らかのフェロモンを分泌するんだ」

青年 「それの効果は千差万別。外敵にとっての天敵を呼び込む特殊な例もあれば、」

青年 「ただ単に外敵が嫌う臭いを発するという単純なものもある」

青年 「同じように、剣には脆弱性のある力の方向が存在する」

少年 「ゼイジャクセイ……?」

青年 「他と比べて脆いってことだ」

少年 「腐った木とか?」

青年 「感覚的にはそう覚えて構わない」

青年 「竹なんかは横からの力には柔軟に形を変化させるが、縦からだと簡単に裂けるだろ?」

青年 「あんまりに勢いよく裂けるから、破竹って言葉がある程だ」

青年 「剣は縦か横かじゃないが、やはり圧力が掛かると弱い方向ってのがあるんだ」


青年 「気を合わすことができれば、それを最小限に抑えることができる」

青年 「完全になくなるということは無いが、気の共鳴具合によってはそれに天と地程の差が出る」

青年 「優れた剣豪程、一つの武器を長く使うものだ」

少年 「その方向を見極めることはできるの?」

青年 「戦闘中は難しいな。例えば刀剣なら、その方向ってのが剣相と呼ばれる形で表れる」

青年 「これを確かめるには、刃紋(はもん)という装飾の焼き入れを見るのが一番だ」

青年 「じっくり見たって鍛冶職人ぐらいにしかそれがどういう状態なのかは分からないな」

少年 「青年は分かる?」

青年 「ん? まぁ分かるぞ。アナムネーシス時代に鋳造や鉄の精錬は一通り勉強したからな」

青年 「武器に関しても、結構な数のものを実物で見てきた」

青年 「優劣ぐらいを理解するのに難しいことは無い。ただ人に説明するとなると、これはまた難儀するが……」

青年 「興味あるのか?」


少年 「ううん、ただ青年なら分かるのかなぁって思っただけ」

青年 「そうか、でも知ろうとする知識欲ってのは、人にとって高次な欲求といえる」

青年 「自己実現についても教えたいところだが……」

青年 「これは心理学の範囲だから、詳しく話さない方が良いな」

青年 「中途半端な知識は人を愚かにすることもある」

青年 「それに少年に色んな事を教すぎると、才女がプリプリ怒るんだよ」

少年 「本当っ? 僕はお姉ちゃんが怒ってるところ見たことが無いなぁ」

青年 「そりゃ顔には出さないからな」

少年 「顔には出ないのにどうして怒っていると分かるの?」

青年 「俺は人の感情や思考をある程度読むことができる」

少年 「気持ちが分かるってこと?」

青年 「そんなところだ」

青年 「おおっと、才女は耳が良いんだった。この話は終わりだ」

少年 「お姉ちゃんは今、王子の部屋にいるんだよね」

青年 「ああ、お前に勉強や剣術を教えている時以外は、ずっと俺と才女が交代で王子の手伝いをしてるんだ」

少年 「なら、ここからじゃ聞こえっこ無いよ」


青年 「いいや、アイツは俺やお前以上に耳が良い。多分聞こえてるな」

青年 「お前がレゾンであるように、アイツもエルフの亜種に当たる種族なんだそうだ」

少年 「人…じゃないの?」

青年 「定義によりけりってところだな」

青年 「ただお前の言う人ってのは、人道、倫理、道徳、モラル、これらを遵守する者のことだ」

青年 「人より人らしく……。自分をコントロールできれば、誰よりも人になれる」

少年 「難しいね……」

青年 「簡単さ。お前も才女も人間らしい人間の心を持っている」

青年 「その心を俺達は『人』と呼ぶんだ」

青年 「逆説的に言えば、人の体を持ちながら、さっき言った四つ、人道、倫理、道徳、モラルに背く輩もいる」

青年 「こういう奴を非道というんだ」

青年 「お前がもし人として人らしくありたいなら、絶対に非道にはなるな」

少年 「勿論だよっ。魔女の前でそんな情けない姿は見せられない」

青年 「しかし必ず訪れるんだ。この非道になる機会ってのは」


青年 「一見割り切っているようだが、実際には思考を止めた楽な道」

青年 「覚えておけ、非道とは悪の道じゃない。逃げ道のことだ」

青年 「犯した罪は償うことなんか出来やしない。背負っていくことしかな」

青年 「俺達は幾つもの生命の上に成り立っている」

青年 「具体的には、被食と捕食の関係というんだが……これも才女が教える範疇だな」

青年 「生態系の優位に立つことが、生物として高次の次元に行くということでは無いんだ」

青年 「思いやり。青臭い言葉だが、これが人を他の生物と区別できる一番の要因だ」

少年 「やっぱり難しいよ……」

青年 「徐々に理解できるようになる。知ることを諦めない限りはな」

青年 「もう昼飯の時間だ。午後は才女に勉強を教えてもらえ」

少年 「うん。僕はまだ分からないことばかりだもんねっ」

青年 「青空教室、午前の部。これにて終了だ」








城 廊下


才女 「青年」

青年 「ん? なんだ」

才女 「白々しい……」

青年 「コミュニケーションだよ。先回りして俺だけがぺちゃくちゃ喋るのも滑稽だろう」

才女 「そう……」

青年 「で、どうしたんだ」

才女 「私はプリプリ怒ったりしない」

青年 「比喩だよ比喩。擬態語に大した意味なんて無い」


青年 「プンプン怒る、でも意味合いは同じだ」

才女 「……」

青年 「というかやっぱり聞こえてたんだな」

青年 「多分百メートル以上離れてたよな……」

才女 「午後からは私が少年に勉強を教える」

青年 「ああ、そうだな。明日の分担も今決めるか?」

才女 「望むところ」

青年 「先に希望を聞こうか。俺は午前の青空教室だ」

才女 「私も」

青年 「何でだ? 図書館で少年に勉強を教えるのは楽しいじゃないか」

才女 「なら青年がやれば良い」

青年 「嫌だよ。漏れなくボスが付いてくるだろ」

青年 「年上に勉強を教えるなんてやりづらくてしょうがない」

才女 「それは私も同じ」

青年 「じゃあ、いつも通りジャンケンだな」

才女 「……」

青年 「いくぞーっ。最初はグー、ジャンケンっ」

才女 「ポンっ」パー

青年 「ポンっ」チョキ




青年 「よし、俺の勝ちだな」

才女 「心を読むのは卑怯」

青年 「あーん? 卑怯と思うならチミもやればええんとちゃうんかい?」

才女 「ふざけないで」バシッ

青年 「ちょっ、痛いって」

才女 「言い忘れていた。王子が青年を呼んでいる」

青年 「えっ、王子の部屋って歩いてきた道を戻らないといけないぜ?」

才女 「言 い 忘 れ て い た」

青年 「あーはいはい。言い忘れてたのか」

青年 (心を不鮮明にして、俺に読ませないこともできるのか)

青年 「なら少し行ってくる。先に飯を食ってていいぞ」

才女 「分かった」








王子 「え? 僕は別に呼んでないけど……」

青年 「だよねぇ……」

王子 「才女と何かあったのかい?」

王子 「そういえば、午前の間は何時にもまして無口だったような……」

青年 「やっぱりプリプリ怒ってたんだな」

王子 「あれは怒っていたのか。それにしてもプリプリって」フフッ

青年 「まだまだ若いなぁ」

王子 「何言ってるんだい、青年だって若いよ」

青年 「そうか。俺が若いなら、才女は幼い、だな」

王子 「午後もぎっちり仕事が詰まってる。頼むよ、青年」

青年 「ああ、王子も飯はちゃんと食えよ」

王子 「そうだね。もう少ししたら食べようかな」








食堂


青年 「ボスー。昼飯くれ」

ボス 「何言ってんだ? 才女がお前の分も持って行ったはずだぜ?」

青年 「えっ?」

ボス 「アホな顔すんじゃねぇ」

青年 「えっ?」

ボス 「だから、才女にちゃんと渡したっつってんだろ」

青年 「やられた……」


ボス 「あん? どうしたんだ?」

青年 「才女め。ここまで根に持つタイプだったとは……」

ボス 「言っとくが、後は王子の分しかねぇぜ」

ボス 「俺はその日だけの新鮮な食材を使うからなぁ」

ボス 「才女に食われちまったからって俺は知らん」

ボス 「夜まで待て」

青年 「ああ、そうするよ……」







才女 「昼ごはん美味しかった」グッ

青年 「ああ…お前のサムズアップなんて初めて見たよ」グッ

才女 「これに懲りたら人を悪く言わないこと」

青年 「はい……すいませんでした」


青年 (読心に頼るのも良くないな)

青年 「もう少し使い方を考えないとな……」






少年の一件より二ヶ月ほど後……


商業の国 王の城 

青年、才女、少年、王子、ボス、盗賊団が集まる朝食の場にて


王子 「とうとうこの日だ。この二ヶ月、色々な事があったね」

王子 「言わなくても分かるだろうけど、今日は皆に…いや、世界にとっての分岐点だ」

王子 「見通しは甘くない。商業の国は各国、特に武芸の国と魔導の国にとって都合が悪い」

王子 「目障りと思われて仕方ない現状だ」

王子 「この城周辺にも、様々な思惑を持った者が訪れる」

王子 「その中に潜む悪なる者の排除を少年とボスの盗賊団に任せる」

少年 「任せてよっ」



盗賊A 「ああ、しっかり各警備場所の配置も考えてあるぜ。万全だ」

王子 「会談後の晩餐会については、ボスと執事君に一任する」

執事 「お任せを。この日のために指導してきた子分もおります」

ボス 「メニューもばっちり考えてあるぜ。勿論材料の手配もな」

王子 「よし、王達の案内は護衛の者達に依頼してある」

王子 「後は……会議だ」

王子 「手筈は覚えているね?」

青年 「ああ」

才女 「当然」

王子 「最初からこの二人なら、へまはしないか」

王子 「今日の会議は歴史に名を残すものだ」

王子 「人員がかなり少ないけど、それは少数精鋭であるからだ」

王子 「時代の変革はここ、商業の国より」

王子 「この僕、商業王を中心に始まる」

王子 「さあ、楽しいお遊戯の始まりだ」








巨大な円卓に四人の王が座る

各王の後ろには、一人ずつ護衛官が一触即発の状態で立っていた

王子の後ろには緊張した面持ちの女エルフ


王子 「それではこれより、会談を開始します」

王子 「護衛官の方は、武器を収めて今の位置より一歩お下がり下さい」

王子 「ここでは王のみが発言権を有します」

王子 「一切私語は慎むようお願いします」






武芸王 「…………」

魔導王 「…………」

農耕王 「………なんじゃ、誰も話さんのか?」

陽気な雰囲気の老人が沈黙を破る

王子 「そうですね。ならば私から」

王子 「私の護衛官を務めている彼女。御覧の通り、エルフであります」

王子 「事の詳細は後ほど」

王子 「遅ればせながら自己紹介をさせていただきます」

王子 「商業の国、王位正統継承者の王子と申します」


王子 「今回より、私が正式に商業王となりますので、どうかお見知り置きを」

農耕王 「おお、よろしく」

王子 「はい、よろしくお願いします」

武芸王 「商業王よ、その前に我らに話すべきことがあるのではないか?」

肉付きの良い身体で鋭い目つきの初老の男性が威圧するように問う

王子 「どうでしょうか。私には心当たりが無いように思います」

武芸王 「あのような事件があった後で、我らに何の説明も無いと申すのか?」

王子 「不明な点はどうぞ質問なさって下さい。嘘偽りなく全てにお答えします」

魔導王 「ならば問おうか」

小柄で顎髭を生やした痩せ身の男が口を開く

魔導王 「そなたの国の政治はどのような形式で行われるのだ?」

魔導王 「風の噂でそなたが突飛な演説をしたと聞いてな」

魔導王もまた武芸王と同じく、王子を攻め立てるように語り掛けた


王子 「はい、私は国民へこの国は民主主義国家になると申しました」

王子 「実際には、民主主義とは象徴的に用いた語であります」

王子 「共和制。それが商業の国です」

武芸王 「そうか。後悔するなよ、若造」

王子 「武芸の国と魔導の国は君主制ですから、そう思われるのも当然です」

王子 「しかし、今の問題はそれでは無いのです」

魔導王 「ほう、では何が問題なのだ?」

王子 「エルフ……」

武芸王 「!」

魔導王 「!」

農耕王 「………?」


武芸王 (あっさり切り出すとは……。肝が据わっておるな)

武芸王 (それともただ青いだけか?)

王子 「前述したとおり、私の護衛官である彼女が発言することはありません」

王子 「私が全てを話しましょう」

王子 「今から三ヶ月程前に、私の国、商業の国でとても大きな変革がありました」

王子 「その中心に彼女等がいたのです」

王子 「心苦しい事に、以前の商業の国では非人道的な商売が行われておりました」

王子 「その一つがエルフの売買です」

魔導王 「………」

王子 「自国のみの商売ではありませんでしたから、もしかしたら武芸王と魔導王もこの事は御存知では?」

武芸王 「いや、知らなかったな」

魔導王 「私もだ」

農耕王 「本当かのぉ? 二人とも悪い顔をしておるぞ」


武芸王 「農耕王殿。ここは公の場。全てにおいて偽ることの許されぬ場だ」

魔導王 「商業王、続たまえ」

王子 「はい。その一件もありまして、私達は彼女等エルフと交易を計画したのです」

魔導王 「何だと……?」

武芸王 「商業の国のみがエルフについて詳しい情報を持っているということで良いのだな?」

王子 「それは誤りです。事実、私達は彼女等の住処を存じておりません」

武芸王 「相手の位置すら分からずに、交易など出来るわけがないだろう」

王子 「彼女等の生息域は周知の事実。黒き森、シュバルツヴァルトで御座いますから、」

王子 「位置を知らぬというものまた正しい考えとは言えません」

王子 「ただ、私達の内二人がエルフの住処へと向かい、エルフと交流をすることに成功しています」

武芸王 「ふざけるな。それはエルフ達の生息地を知っているということではないか」

王子 「いえ、知っているのは本当にその二人なのです」

王子 「二人が彼女等と直接話し合い、住処に関する情報をブラックボックス化することを前提に交易の合意を得たのです」


武芸王 「商業王。我らの目的は人の繁栄だ」

王子 「はい、すべからく私達王はそれに努めるべきと考えております」

武芸王 「ならば、エルフの住処を白日の下にするのは、人全体の利益のためとは思わんか?」

魔導王 「そうだ、商業の国は人全体の益を優先し、エルフの情報を公開すべきである」

農耕王 「そうなのかのぉ?」

武芸王 (ボケ老人め。黙っておれ)


沈黙が場を包み、視線が王子へと集中する


王子 「御冗談を。ここは巨大な流通都市、商業の国」

王子 「言ったでしょう。エルフと行うのは交易です」

王子 「つまり、武力的或いは政治的相互干渉など不要なのです」

王子 「第一、エルフの住処を知ったところで私達は何を行うのですか?」

王子 「現時点で、エルフの食料品や工芸品、衣料品や医術の知識は既に人間界へ遍く伝わっております」

王子 「これ以上何が必要なのでしょか?」

王子 「私は以前の商業の国が行ったエルフへの非道な行為を許しません」

王子 「その様な悲劇を二度と起こさぬと心に誓ったのです」

王子 「貴方方がそれを誘発する言動を取るならば容赦はしません」

王子 「本意ではありませんが、私達は同じ人間でありながら対立することとなるでしょう」


魔導王 (こやつ……っ。ここまで強く出るとは……)

武芸王 (何てことだ。以前の無能な王の息子ならば、いとも容易く傀儡に出来ると思っていたのだがっ……)

王子 「折角ですから、人として唯一エルフの住処へ訪れた彼等をこの場に呼びましょう」

王子 「証人喚問と言ったところでしょうか」

王子 「二人共、入ってくれ」

扉が開き、青年と才女が部屋に入る

魔導王 「貴様はっ!?」

青年 「………」

魔導王 「何故貴様が此処にいる!?」

青年 「………」

魔導王 「答えろ!!」

王子 「魔導王、此処は王のみが発言を許される場所。一度落ち着くようお願いします」

魔導王 「そっ、そうか……」

武芸王 「彼等は……確か魔導の国の」

魔導王 「ああ、アナムネーシス選抜魔導士……王仕えだ」

魔導王 「何故今更、私の前に姿を現せようか」

魔導王 「王に仕える身分でありながら、私を裏切る行為を働いた彼奴等」

魔導王 「あまつさえ、私の所有物をも盗みおった……」


魔導王 (いや、待て。ここであの二人を再び私の手中にできれば……)

魔導王 (エルフの情報を得られ、他の王達よりも有利な立場に立てる……!)

農耕王 「二人は悪い子なのか? ワシには何か強い信念を持っているように見えるがのぉ」

農耕王 「若者らしい、大きな何かを見据えて居る目じゃ」

魔導王 (農耕王め。適当な事を)

魔導王 「商業王。彼等は元は私の国の者」

魔導王 「それも王仕えという責任のある地位に、一時とはいえ在任していた」

魔導王 「その任を悉く投げ出し、私の…いや国民の財産である城の宝を盗んで国外逃亡を働いた」

魔導王 「この罪は決して軽いものではないはずだ」

魔導王 「即時、彼等の身柄引き渡しを要請する」

魔導王 (非は彼奴らにある。断われはしないだろう)

王子 「申し訳ありませんが、今その要請を受理するわけには行きません」

魔導王 (何だと!? こやつめ、舐めおってっ!!)

魔導王 「何故だ…?」


王子 「何故なら、ここは人間界…いいえ、世界で唯一王の集う公の場」

王子 「ここで一人の王と私が物事の如何を協議することは、他の王を軽んじていることに他なりませんから」

武芸王 「確かに、今話し合う論題では無いな」

武芸王 (エルフと商業の国との連帯状況を確認し、すぐにでも釘を打たねば)

農耕王 「そう時間があるわけでもないしのぉ」

魔導王 「くっ…話を進めろ」

王子 「はい。まず皆様に申しておきますが、彼等は私の信頼できる友人としてここにいます」

王子 「魔導の国、元王仕えでも、無頼の旅人でも無い事を心の隅に御留めて下さい」

王子 「先程、私は王のみ発言できると申しましたが、ここからはエルフの入り込んだ問題」

王子 「私の友である二人と、護衛官である彼女の発言を例外的に認めてはもらえないでしょうか?」

魔導王 (先程とは打って変わって、発言を認めろだと!?)

魔導王 (なんと都合の良い奴なんだっ)

武芸王 「そうしなければ、この議題は進展せぬからな」

農耕王 「勿論構わんぞ」

魔導王 (どうも商業王に主導権(イニシアティブ)を握られているようで腹立たしい)

魔導王 (が、ここで反論しても仕方が無い)

魔導王 「ああ、良いだろう」


王子 「では、女エルフ殿。皆様に説明を」

女エルフ (ふぅ、どうも緊張するな)

女エルフ 「はい、まず、我等エルフには人を信ずるかどうか図る基準……試練のようなものがあります」

女エルフ 「それは自力で我等の住処を見つけること」

女エルフ 「シュバルツヴァルトという場所は、様々は条件が揃って、とても特殊な環境と言えます」

女エルフ 「その妨害にも惑わされず、我等の住処に辿り着いた者こそ賛美されるべき清き心を持った存在」

女エルフ 「こう考えることが我等の伝統であり、また我等の総意でもあります」

女エルフ 「逆を言えば、その行為を行っていないならば信頼することはできない」

女エルフ 「我等が現在まで人と多く交わらなかった理由の根幹にはこのような考えが存在していたのです」

女エルフ 「つまり誰かがこのある種の試練を乗り越た場合、その誰かと交流するのに吝かではありませんでした」

女エルフ 「受動的な我等の体質にも問題が無かった訳ではありませんが、闘争する意思の持たない我等にとって人とは畏怖そのものだったのです」

女エルフ 「一見して保守的、閉鎖的な生活を営んでいた我等にも人との交流に思う所はありました」

女エルフ 「しかし、商業王殿が申していた過去の通り、我等は常に弱い立場にあるのです」

女エルフ 「機会あり、我等の住処を訪れた二人が仲人となって、商業の国と交易をしていますが、」

女エルフ 「それは二人の人柄と商業王殿の器の広さに依存した、実にか弱いものです」

女エルフ 「人がもし、我等に何らかの危害を加えた場合や、我等が人を害あるべきものと判断した場合には、」

女エルフ 「再び我等は人の世界から姿を消すことになるでしょう」

女エルフ 「これが我等の出した結論です」


魔導王 (エルフをあの森から引きずり出すきっかけとなれば良いが……)

武芸王 (充分だ。商業の国という餌に食いついたと言ったところか)

農耕王 「う~ん、良く分からんのぉ」

農耕王 「お互いに仲良くやれば問題は無いんじゃな?」

女エルフ 「はい、それがベストと考えています」

農耕王 「何じゃ、難しいことなんて無いのぉ」

武芸王 「いや、これはとても繊細な問題」

武芸王 「エルフの交易は正に砂上の楼閣……。そうだな、商業王よ」

王子 「現在はそうですが、人とエルフが交わること自体、机上の空論という訳でもありません」

王子 「その足掛かりとして、商業の国とシュバルツヴァルトとの境に小規模の交易都市を設立します」

王子 「異議がある方はどうぞ申して下さい」


武芸王 「無いはずが無かろう。それでは交易の利益を商業の国が独占することになる」

武芸王 「これは人とエルフの交易だ。決して商業の国のみの問題ではない」

武芸王 「違うか? 商業王よ」

王子 「一分一厘間違いは御座いません。しかし、ただ一つ訂正させていただきます」

王子 「利益の独占云々の前に、交易都市の位置はエルフを考慮してのこと」

王子 「自国の利益は度外視して、都市の建設を行います」

王子 「ですから、都市に出入りする際に税を取るということは致しません」

王子 「そこへ通ずる道の開拓には私の国が尽力しましょう」

魔導王 「可笑しいぞ、商業王。そこまでする必要はないはずだ」

魔導王 「交易都市が周辺各国を結ぶ道となり得るのなら、商業王の存在価値が低下する」

魔導王 「当然商業の国の利益も減少する」

魔導王 「そなたに利点が無いのではないか?」


王子 「それが私の国の基本方針です。エルフが外界へ出た勇気に敬意を払い、私も代償を払いましょう」

王子 「それに都市と言っても、規模自体は比較的小規模なものです」

王子 「得る利益も損失も大したものではないのです」

王子 「いくら道を整備したところで、交易都市が遠隔地貿易の枢軸になることはありません」

武芸王 (成程な。上手くやるじゃないか)

魔導王 (駄目だな。これで商業王を揺さぶることは出来ないだろう)

王子 「これはエルフ交易における前段階です。ですから、都市に住むエルフもそう多くはありません」

王子 「それが現時点の、人とエルフとの距離なのです」

農耕王 「良く分からんが、最初っから仲良しってわけにもいかんのじゃな?」

王子 「はい、人とエルフが隔たって過ごした年数は気の遠くなるものですから」

王子 「交わるのもまた短い時間でとは行きません」

魔導王 (ううむ……。仕方が無い、武芸の国と一計を案ずるか)

武芸王 (農耕王はボンクラ……)

武芸王 (やはり魔導の国と結託しなければ……な)

王子 「突然ではありますが、ここで一時間ほど休憩を入れましょう」


魔導王 (良いタイミングだ)

魔導王 「うむ、丁度良いな」

武芸王 (この間に……)

武芸王 「ああ、異論は無い」

農耕王 「ああ、そうじゃ。休みに入る前に」

魔導王 「どうしたのだ?」

農耕王 「ワシは農耕の民の代表じゃが、王というわけじゃないんじゃ」

王子 「存じております」

農耕王 「そこでな、そろそろちゃんとした王を立てようということになったんじゃ」

農耕王 「皆で考えたんじゃが……、それがワシの孫になるんだそうな」

農耕王 「……もう面倒だから、変わってもいいかの?」

武芸王 「唐突だな」


農耕王 「と言われても、ワシは政治のことなんてさっぱりじゃしのぉ」

農耕王 「居るだけ無駄じゃろ?」

王子 「構いません。前任者の説明があるだけ私より幾分か戸惑いも無いでしょうし」

農耕王 「じゃっ、ワシは此処までってことじゃな」

王子 「お疲れ様でした」

武芸王 「存分に隠居生活を楽しむと良い」

魔導王 「今まで御苦労であった」

王子 「重ねる様で申し訳ありませんが、私からも……」

魔導王 「何だ?」

王子 「休憩後、私の友である二人に語ってもらいたいことが御座います」

王子 「その機会を頂きたく……」

武芸王 「構わないが……」

魔導王 「ああ、良いだろう」

王子 「有り難うございます」

王子 「では、ここで一時解散と致します」

王子 「一時間後にまたここへお集まりください」

王子 「各王の待機部屋は護衛官に伝えてありますので、彼等の指示に従ってください」









武芸王 待機部屋


魔導王 「武芸王よ。少々、貴殿と話がしたい」

武芸王 「奇遇だな。私もだ」

武芸王 「すまんが、侍よ、席をはずせ」

魔導王 「王仕えも席をはずすのだ」

侍 「承知」

王仕え 「了解しました」

二人が部屋を出る

武芸王 「して、話とは?」

魔導王 「貴殿も検討が付いているのであろう」ニヤッ


武芸王 「やはり貴方もか」ニィッ

魔導王 「商業王……。奴は些か目障りではないか?」

武芸王 「奇遇奇遇、私も偶然そう考えていた」

魔導王 「そこで彼奴には痛い目を見てもらいたいのだ」

武芸王 「それに私の手を貸して欲しいと?」

魔導王 「何を言っているのだ? 商業王が邪魔なのは貴殿も我と同様」

魔導王 「我等は対等であろう」

武芸王 「如何にもその通りと言っておこう」

武芸王 「しかし、武具を作る上で鉱石の流通は生命線」

武芸王 「下手に刺激したくもない」

武芸王 「中途半端ではいけないな」

魔導王 「ああ、分かっておる」

魔導王 「若き商業王には、この表舞台から姿を消してもらおうではないか」








別の部屋


王子 (魔具は生産量に上限があり、武具には鉱石の発掘量と性能に問題がある)

王子 (魔導と武芸……。仕掛けてくるだろうね)

王子 (青年が上手く牽制してくれるはずだ……)



王女 「御機嫌麗しゅう、商業の長」

王子 「君は…農耕王の護衛官だね?」

王女 「ええ、でも今は農耕王よ」

王子 「そうか、元農耕王が言っていた孫とは君だったんだね」

王子 「護衛官とは、名の通り護衛するもの」

王子 「君は護衛される側の人間だ」

王子 「申し出れば、こちらから護衛官を派遣したのに……」

王女 「あら、失礼しちゃうわ。わたくし、こう見えて腕っ節には自信があってよ」

王女 「てやっ!」

ポスッ

王子 「……?」

王女 「この通りよ」フンッ

王子 「どの通りだい?」


王女 「貴方は気付いていないでしょうが、私のパンチを受けた貴方の右腕はもう既に使い物にならないわ」

王女 「剣を握ることすらままならない程にね」ドヤッ

王子 「本当?」

スタスタ

部屋の端にある剣を手に取る

キィィンッ

金属独特の鞘走る音

王子 「しっかり握れてるけど……」

王女 「貴方……剣を握ると凛々しくなるのね」

王子 「そうかい?」

王子 「ところで君は剣を握ったことはあるかい?」

王女 「無いわ。でも、剣術なんてやればすぐできるわよ」

王子 「剣士も舐められたものだね」

王女 「貴方は剣士なの?」

王子 「剣士でもあるね」

王女 「含みのある言い方ですこと」

王子 「僕は剣士である前に商人だ」

王子 「だから武器は刃では無く、巧みな口先」

王女 「あらそう。大層ね」

王子 「君は挨拶へ来たのかい?」

王女 「そんなところよ」

王子 「この後は魔導王と武芸王のところへ?」

王女 「いえ、挨拶は貴方だけよ」


王子 「何故?」

王女 「臭いからよ」

王子 「は?」

王女 「だから臭いのよ。あの二人」

王女 「卑しいのっ。同じ人だと思えないくらい臭いわっ」

王女 「それに比べて、貴方は綺麗」

王女 「人を騙すことも厭わない瞳だけど、全然濁っていない」

王女 「まっ、私は純朴で混じり気のない宝石のような瞳を持っているんすけどねっ」ドヤァッ

王子 「第一印象で人を判断するのは良くない」

王子 「実際、僕の方が非道なことをしているかもしれないよ」

王子 「例えば、人を殺めたりだとか……ね」

王女 「問題無いわ。人殺しには人殺しの目がある」

王女 「貴方の目は、それとは一線を画している」

王女 「実際に殺していたら、ドン引きしますけど」

王子 「そうか……」

王女 「そうよ。それと今はただ挨拶に来たわけじゃないの」

王女 「作付け方式について商業王の知恵を借りたくてここに来たのよ」

王子 「作付け……。農耕王らしい論題だね」

王子 「良いだろう。相談に乗ろう」









廊下


王仕え 「貴様は確か……青年と言ったか」

青年 「こんにちは、先輩」

王仕え 「貴様は我が王を裏切ったのか?」

青年 「どうでしょう。魔導だけが人の世界ではないですから」

王仕え 「我とて魔導に仕える者だ。あまり魔導を軽視してくれるな」

王仕え 「そうだな……」

王仕え 「仮定として、私が今、貴様を魔法で攻撃したら貴様はそれを防げるか?」

青年 「恐らく無理でしょう」

王仕え 「常に魔力を練り上げている私と無防備な貴様。それが埋まらぬ経験の差だ」

王仕え 「またそれこそ埋まらぬ魔導士としての力量だ」

青年 「貴方が魔法を発動することも無理ですが」

王仕え 「何?」


青年 「俺の抜刀の初太刀と貴方の魔法は、比べるまでもなく俺の方が速い」

王仕え 「言うじゃないか坊主。試してみるか?」

青年 「冗談です。俺の魔法の方が発動する速度が速いので、刀を抜く必要もありません」

王仕え 「……っ!!!」


ボウッ

王仕えによって生み出された小さな火球が青年を襲う


青年 「ほいっと」


しかし火球は青年に届くことなく相殺される


青年 「五行魔法・相克」

王仕え 「それが貴様の魔法……。中々やるじゃないか」

青年 「俺と貴方との差は一つ。それは経験ではなく魔法という現象に対しての認識です」

青年 「魔力なんてものは練り上げるものではない。俺はそう思っています」

王仕え 「才に溺れたか。魔導の先駆者として、一つ助言をしてやろう」

王仕え 「慢心は人の歩みを止める。よく覚えておけ、才ある若人よ」

青年 「御高説忝のう御座います。貴方のその御言葉は、私の理念の根底に深く刻み込まれることとなるでしょう」

王仕え 「ふん、どこまでもふざけた小僧だ」





話の進捗具合が悪くて申し訳ないです
どうもこの時期は色々立て込んで……

それに本編も退屈な理由づけの場面ですし
どうか見切りをつけずに見守ってください

>>541
魔道王の台詞に「風の噂」とありますが、これは間違いです
「風の噂」→「風の便り」に訂正してください

物書きの端くれとして、誤字脱字と誤用には気をつけるようにしているのですが、
やはりこういった間違いがあるようです
読んでいるうちにまたこのような間違いがあったら、ぜひ知らせるようにしてください
未熟ですみません

誤変換ならまだ良いのですが、誤用は文章力の欠乏に他なりませんので間違ったまま見過ごすということはできません
読んだ人が間違えて覚えてしまうかもしれませんし
蓋然性に乏しいネットだからこそ、書き込む側、読み取る側、両方にそう言った配慮が必要だと思うんです

でも、確かに誤変換はキリが無いんですよね
書き込んでから誤変換に気付くということが間々あります
そういう時は何だかもどかしい気持ちになります
かといっていちいち訂正するのも可笑しいですし
何といっても書き込む前に確認することが一番ですね
自今以後気をつけたいと思います

そうですね
あまり気張らずいきます





円卓の間


王子 「それでは会談を再開致します」

王子 「先程申した通り、最初は青年殿から話をしてもらうつもりでしたが、」

王子 「その前に、元農耕王殿の孫に当たる彼女から自己紹介があります」

王女 「御初に御目に掛かります。先代の孫である王女と申します」

王女 「今を持ってわたくしが農耕王となりますことを御了承下さい」

王女 「若年ですが、民を束ねる王としての矜持は持ち合わせていると自負しています」

王女 「簡潔ではありますが、自己紹介はここまでとさせて頂きます」

王女 「わたくしもエルフについては大変興味がありますわ」

王女 「是非、青年さんの話をお聞かせ下さいな」


王子 「では、引き続いて、青年殿」

青年 「はい。商業王殿から紹介がありましたように、私は元王仕えの青年と申します」

魔導王 (自ら元王仕えと名乗るか)

魔導王 (不愉快極まりないとはこのことなり)

青年 「早速ですが、本題に触れてゆきます。私がここで語るのは妖精のことです」

魔導王 (妖精……?)

武芸王 (一体何のことだ……?)

青年 「妖精は御伽噺の生物では御座いません。実在するのです」

青年 「妖精とは自然の具現。故に、自然に近しいエルフと関わりが深い事もまた必然」

青年 「そして妖精と心を通わせればこのような事が可能なのです」

青年 「才女殿」

才女 「魔導の国、護衛官、王仕え」

王仕え 「…………」

才女 「武芸王の待機する部屋を退出したのち、廊下にて青年と言葉を交わす」

才女 「魔法の行使も確認」

王仕え (見ていたのか)


才女 「武芸の国、護衛官、侍」

侍 (何用で御座ろうか?)

才女 「魔導の国、護衛官と同じく、武芸王の待機部屋を退出したのち、」

才女 「中庭に向かい、池の水面を数十分程見つめ続ける」

侍 (明鏡止水……)

侍 (覗き込んでいたのは、某の心である)

侍 (しかし、周囲に人の気配は感じられなかったので御座るが……)

才女 「商業の国、護衛官、エルフ」

エルフ (妖精に護衛官を見張らせていたのだな)

才女 「円卓の間を出たのち、厠へ」

王女 「ふふっ」

エルフ (何っ!? それは言わなくて良いだろうっ!!)

王女 「失笑ですわ。申し訳ありません」

エルフ (笑うなっ///)

才女 「それ以降はバルコニーにて待機」

才女 「現農耕王」

王女 「わたくしも見られていたのですね」

才女 「解散後、すぐ商業王の部屋へ」

才女 「自己紹介。商業王と作付け方式について意見を交わす」

王女 「大変有益なものでありましたわ」

才女 「商業王」

才女 「現農耕王と同様」


才女 「元農耕王」

才女 「円卓の間退出後、食堂へ」

才女 「現在も厨房にて、料理長と会話中」

王女 「まぁ、おじい様ったら」

才女 「武芸王」

武芸王 (まっ…まさかっ)

魔導王 (まずいっ!! 我等の会話も把握しておるのか!?)

王子 「才女殿、もう結構です」

才女 「……以上」

武芸王 (助かったっ……)

魔導王 (あの会話を商業王に知られてはならないのだっ)

魔導王 (偶然、商業王が遮らなかったら、人の世で戦争が発生していたっ……)

青年 「これこそ妖精の力で御座います」


青年 「妖精とは自然の具現。この言葉に偽りや深みなどはありません」

青年 「何時何処にだって妖精は存在します」

青年 「また心を通ずる事が出来れば、彼女等が持つ情報を受け取ることも可能なのです」

青年 「エルフ殿は、自らの種族を弱者と説明しましたが、決してそのようなことはありません」

青年 「数でこそ劣る彼女等ですが、彼女らにはこの情報網が存在します」

青年 「例え大陸を跨ぐ距離でも、優れたエルフならば妖精を通じて遠くの情報を得ることができます」

青年 「自然と素朴に接してきた彼女等は劣ってなどいないのです」

青年 「単一ならば、私達人間より優れているでしょう」

青年 「彼女等は同族がどのような所作をしようと蔑視することはありません」

青年 「軽蔑という考え自体が存在しないのです」

青年 「私が皆様に伝えたいのは、自然に目を向ける重要性」

青年 「それこそ、エルフと人が繋がる道なのです」

青年 「以上、無理解無き交易の進言とさせて頂きます」

王子 「有り難うございました」


王子 「それでは、彼の話を踏まえて、エルフとの交易に異論のある方はいらっしゃいますか?」

武芸王 (ここで下手に話を続けて、才女とやらが口を開くのは危険だっ……)

武芸王 「私は概ね賛成だ」

魔導王 (武芸王はこの話を終わらせたいようだな)

魔導王 (それは我も同じこと)

魔導王 「我も異論は無い」

王女 「わたくしも賛成ですわ」

王子 「では、満場一致でエルフとの交易を推し進めるという方針に決定します」

王子 「続きまして、連合国軍特殊作戦部隊斥候班についての話し合いを始めます」

武芸王 「斥候班……? 確かそれは以前議題に上がっていた……」

王子 「はい、現状が読めない魔族側を探るための一団です」

魔導王 「確か、どの国からも推薦者を出さなかったのだな」

王子 「前例のないことですから、自国の民を危険に晒したくないという各王の考えは間違っていません」

王子 「しかし何時までもそういうわけにもいかないでしょう」

王子 「現在、私達人間サイドは魔族側の勢力図、派閥すら把握できていない状況です」




王子 「戦争のきっかけは毎度人間側の襲撃」

王子 「そして、魔族側もそれに完璧に対応しています」

王子 「まともにやり合えば敗北するのは人」

王子 「それは情報が無いからです。違いますか?」

農耕王 「その通りですわ」

魔導王 「一理あろう」

武芸王 「人が魔族に劣るという意見には賛同できないが、否定もできない」

王子 「この通り、情報は必須、というのが各国の王の総意です」

王子 「では何故、人は斥候の任を請け負う役職を設けなかったのか?」

王子 「それは至極単純。得た情報を伝達する術を持たないからです」

王子 「いえ。持たなかった、といいましょう」

王子 「そこで私は斥候班、筆頭として商業の国から私の護衛官、女エルフ殿を推薦します」

武芸王 「真か」

王子 「はい、私も考えなしにこの議題を掘り起こしたわけではありませんから」

王子 「彼女なら妖精の介在する情報伝達を行うことができます」

王子 「そして得た情報は、必ず各国で共有することを公言致します」


魔導王 「斥候班というぐらいなのだから、少数のパーティということであるな?」

王子 「そうです。兵力よりも機動力を優先した構成にするというのが原案です」

王女 「申し訳ありませんが、農耕の国から兵士を輩出することは難しいですわ」

王女 「国民のほぼ全てが生産階級に属するので、兵役も設けておりませんの」

王女 「特に少数精鋭となれば、わたくしの国の民では務まらないでしょう」

王子 「それは仕方ないでしょう。人の国はそれぞれが重要な役割を持っていますから」

王子 「私の国は遠隔地貿易の枢要な中継地であり、また中心地でもあります」

魔導王 「我が国は魔導の研究と魔具の生産。勿論連合国軍に兵を提供しておる」

武芸王 「私の国は鋳造のメッカ。武具もその大半を私の国で製造している」

武芸王 「また魔導の国と同じく兵士の育成に力を入れている」

王子 「兵士の話ならば、ここ商業の国は人間界ほとんどの傭兵が集う地でもありますね」

王子 「魔の領域……魔族の統治下と最も近い国ですから、戦争といえば此処を最終拠点にすることもしばしば」

王子 「ですが、やはり連合国軍の中心は魔導の国と武芸の国の兵と言えるでしょう」


王子 「傭兵は戦争において重要な位置を占めますが、戦力として算用する場合に無視できない不確実性があります」

王子 「報酬を前払いされたら、そのまま戦わず国を去り、」

王子 「戦況が芳しくないのなら、敵前逃亡ということも珍しくありません」

王子 「とても主力には出来ないのが現状です」

魔導王 「しかし商業王よ、我が国にも斥候班に送り出すに充分な実力、実績を持つ者はおる」

魔導王 「だが、彼等はまた我にとっても手放すに惜しい人材なのだ」

魔導王 「それに我が国は、アナムネーシス選抜魔導士を武芸の国や商業の国に派遣もしておるしな」

魔導王 「正直な所、我は斥候班の結成に乗り気ではない」

王子 「了解いたしました。それでは私の国から、もう一人選出しましょう」

魔導王 「うむ、それならば良かろう」

王子 「武芸王殿の意向をお聞かせ下さい」


武芸王 (私も魔導王と同じく、優秀な人材を易々危険に晒す訳にはいかない)

武芸王 「斥候班……またの名を勇者一行とも呼んだな」

武芸王 「伝承の勇者は人々の希望」

武芸王 「ならばそれを選ぶのは私達王ではなく、民衆ではないか?」

魔導王 「その考えは無かった。確かにその通りである」

魔導王 (武芸王とは友好な関係を作らねばならんからな……賛同しようぞ)

農耕王 「良い考えですこと。嫌々選ぶより適切ですわ」

武芸王 「商業王はどうだ?」

武芸王 「いや、反対するはずは無いか」

武芸王 「貴方の好む民主的選出だからな」

王子 「はい、民主的であるなら私から申すことはありません」

武芸王 「では、私の国から勇者を決定するということでよろしいかな?」

王子 「お任せします」


武芸王 「具体的な方法も公表しよう」

武芸王 「いくら民主的といっても、人間界全ての民から平等に選ぶというわけにもいかないだろう」

武芸王 「魔族に襲われても生きて情報を送り続ける剛の者でなければな」

武芸王 「だが、国勢に関わる故、国の軍に属す者を選出するのは中々に困難だ」

武芸王 「そこで私の国で年に一度行われるある催しを利用する」

武芸王 「武芸の国の猛者が武道の最強を決める大会だ」

武芸王 「例年通りならば武芸の国に住む者しか出場することはできないが、今回は出場者の是非は問わない」

武芸王 「魔導士、武闘家、剣豪……。人間界の全てを巻き込む大会としよう」

武芸王 「そして大会優勝者には、勇者として最高の栄誉と民衆の光明となる資格が与えられる」

武芸王 「以上だ」

王女 「面白そうな催しですわ」

王女 「わたくしも見学に行きましょう」





その後も様々な問題を話し合い、主に連合国軍に関わることが多く決定された

結局、妖精の脅威を知ったことにより、魔導王と武芸王は商業の国を攻撃するには至らなかった

それも、青年と王子のコンビネーションの賜物であったといえる

商業王と農耕王……。人の世では若者が世代交代の風を起こし始め、またそれに同調するかのように魔族側にも新たな勢力が台頭しつつあった


勇者が決まるのは数週間後……。その間、再び商業の国に僅かながらの平穏が訪れる

ボスが先代の農耕王と熱い料理談義を交わしたり、急遽晩餐会のメニューを先代と協力して変更したことは各王の与り知らぬ処

ただ、晩餐会で出された料理がこの先数十年王の間に語られる絶品であったことは紛れも無い事実

そしてボスが今一度甘味料で世界に革新を起こすことはまた別のお話……








勇者……。俺は人々の希望になることができるのか?

何処へとも知れず消えちまった師匠の教えは、一つたりとも忘れてねぇ。

武の道を極めるという志も……。

いや……愚問だな。俺はあの日に誓ったはずだ。

初めて優れた人間として讃えられ、勇者の称号を授けられたあの大会で。

誓ったってほどでもねぇか。ただ心の底から嬉しかったんだ。

人が笑い、声を上げる、それだけのことが。

師匠はきっと何処ぞで生きているはずだ。

俺に武人としての全てを教えてくれたあの人が、あんなにあっさり消えちまうわけはねぇ。

いつかまた会い、お礼を言いたい。

有り難うございました……、と

それまでは死ねねぇな。

誇り高い勇者になって、人々を救済し、師匠と再会してお礼を言う。

これが当面の目標ってところか。






??? 「君が勇者?」


突然、後ろから声をかけられる


勇者 「はい、俺が勇者です」


口から出る言葉は自然と敬語だった。

これは師匠に注意された最初のこと。


『僕のことはエルフさんと呼び、必ず話す時には敬語を使え』


今でもはっきりと覚えている。

いつもどこかふざけているようで、隙のない彼女の言葉だ。




??? 「おはよう。僕は少年」


振り返った先には、まだまだ子供と言って良い程の男の子がいた

屈託無く微笑むその顔に、子供らしい純粋さを感じる


少年 「君と一緒に旅をする勇者一行の一人だよ」

勇者 「俺は知っての通り、勇者の称号を授かったものです」

勇者 「君は確か、あの大会にもいましたよね?」

少年 「うん、勇者の戦いぶりもしっかり見てたよ」

勇者 「戦いぶりですか。どれも危なっかしい勝負でした」

少年 「そうだね。あの大会は皆が強かったから」

少年 「特に本戦は、誰が優勝してもおかしくなかったね」

勇者 「まったくです。武の道の険しさたるや、驚嘆に値します」


勇者 「ところで……、俺達ともう一人仲間がいるんですよね?」

少年 「うん、女エルフだよ。この先の森で待ってるって」

勇者 「女エルフ……。彼女はエルフなんですか」

少年 「そりゃ、エルフの代表として斥候班に参加したから」

少年 「一番最初に勇者一行に決定したんだって」

少年 「王子が言ってた」

勇者 「王子というと、現商業王のことですか?」

少年 「そうだよ。王子はとっても忙しいんだ。だからいっつも疲れてる」

勇者 「噂は聞いていますよ。商業の国の革命についても色々と」

少年 「僕はそういう話は良く分かんないや」

勇者 「女エルフとは、どんな人なんですか?」

少年 「うーん、なんかいつも悩んでる?」

少年 「怖い顔して中々笑わないし、周りを警戒しつづけてるし、」

少年 「隙が無いって言うのかなぁ?」


彼の話を聞いて、俺はとても懐かしい気持ちになる。

師匠と分かれてそう時間は立っていないのに、遠くへ離れてもう会えないような気がしていた。

師匠は陽気で御茶らけた人だったけど、隙だけは無かった。

女エルフという人も師匠のような人物なのか?


勇者 「では行きましょうか」

少年 「うん」




朝焼けすら顔を出さない早朝、俺は勇者として人の里を去る。

半ば浮浪者であった俺に帰るべき故郷は無い。

いや、終わりの見えないの旅に出るのだから、人の世自体が俺の郷里にでもなるんだろうか?

いつかは望郷の念に駆られる日でも来れば良い。

心境の変化は、人としての精神進化の可能性だから。








腰ほどの大きさがある岩に腰を掛ける女エルフ


女エルフ 「勇者か……」

勇者 「おはようございます」

女エルフ 「ああ、おはよう」

少年 「これで全員そろったね」

女エルフ 「光輝ある冒険譚の始まりというやつか?」

勇者 「そうかもしれませんね」

勇者 「さぁ、行きましょう。商業王の好意は無駄にできません」

女エルフ 「なんだ、気付いていたのか」

少年 「なんのこと?」

女エルフ 「私達の出発に何の見送りもないことと、こんな日も出ていない時間に人間界を出発する理由だ」

勇者 「連合国軍特殊作戦部隊斥候班。通称、勇者一行」

勇者 「俺達は各国の政治的事情に基づく妨害という危険に晒されています」

勇者 「女エルフが最も顕著な例です。彼女はエルフの代表として俺達の一員に加わったそうですが、」

勇者 「それはつまり、彼女が何か大きな過失を犯せば、エルフという種族自体の人間界での地位が危うくなるということです」

勇者 「それを利用し、大きな利益を生み出せる組織が人間界にはそう少ない数存在しているんです」


勇者 「またその過失を望む人間もいるということです」

女エルフ 「博識だな。ただの脳筋では無くて良かったよ」

少年 「待って。何で女エルフの過失を望む人がいることと僕達の出発に関係があるの?」

勇者 「連合国軍特殊作戦部隊という組織に、俺達勇者一行は属しています」

勇者 「この特殊作戦部隊というものは、実に多種多様な任務をこなしています」

勇者 「戦闘から俺達のような情報収集、各学問分野の研究など多角的に人間界の最先端を切り開いているんです」

勇者 「重要な案件にはほとんどこの特殊作戦部隊傘下の組織が絡んでいると言われています」

勇者 「魔族の討伐、国政に関わる重鎮の暗殺、その他非人道的な案件の処理など」

勇者 「数十年前に魔女狩りという魔導の国の政策がありました」

少年 「知ってるよ……それ」

勇者 「これこそ非人道的な案件の代表です」

勇者 「この政策の処理と、それに関わるものの緒問題は特殊作戦部隊の管轄でした」

勇者 「もし、俺達に何かしらの妨害があるとしたら、それは間違いなく彼等、特殊作戦部隊傘下の組織の仕業といって間違いはありません」

勇者 「現商業王はその事を熟知していたんでしょうね」


勇者 「そして彼らによる妨害の可能性を軽視しなかった」

勇者 「それこそこの判断です。俺達以外誰一人外を出歩いていないこの時間の旅立ちは」

勇者 「それに、俺達の功績は商業王の功績でもありますから、簡単に、はい失敗というわけにもいきません」

女エルフ 「その通りだ。私達の内、私と少年は商業の国から選出されたことになっている」

女エルフ 「加えて、斥候班の議題を数年ぶりに持ちだしたのも他ならぬ王子だからな」

勇者 「女エルフも商業王を王子と呼ぶんですね」

女エルフ 「まぁな。その辺りはまた今度話でもしようではないか」

女エルフ 「今より当分の間、私達は寝食を共にするんだ。焦る必要は無い」

女エルフ 「気長に身の上話でもしながら歩いていこう」

少年 「うんっ」

勇者 「はい、是非とも」








鮮やかに草花が地を一面覆う春の地形

小川に清水が流れ、ほのかに甘い香りの風が吹き抜ける

しかし、そそり立つ魔王城周辺に生物の影は見られない



医者 「さぁ、答え合わせの時間だ」

魔王 「ほほう、我と相対しても尚その表情を歪ませぬとは」

魔王 「その勇気だけは評価しようぞ、忌まわしき勇者よ」

医者 「いや……勇者じゃないから」

魔王 「伝承には、勇むその瞳と光の加護を受けた聖剣を以って我を制す、とある」

魔王 「貴様にそれができるか? たかが人の領域すら抜けだせぬ貴様に!!」

医者 「聞こえて無いのか? 僕は勇者じゃないよっ」

魔王 「まだとぼける気か? 貴様の守るべき民とやらはどうした?」

魔王 「我を討ち滅ぼさなければ、人の世に平穏は訪れぬぞ?」


医者 「あーっもう!! うっざいなぁ!!」

医者 「もういいよっ!!!」

魔王 「ようやく我とその凶刃を交わらせる気になったか」

魔王 「あと数秒遅かったら、貴様は戦う前に敗北を知るところだった」

医者 「僕は勇者。精霊の名の元に貴様を討ち滅ぼさん!!」

医者 「聖剣も勇む瞳も無いけど……魔王!!! 貴様に聞きたいことがある!!!!」

魔王 「いいだろう。冥土の土産に答えてやろう」

医者 「どうして幼女なんだい?」

魔王 「くっくっくっ。貴様のような英雄は人の相貌に弱いと聞く」

魔王 「ならば、この偽りの体とて斬るに迷いが無いわけではなかろう」

医者 「なんだとっ!? 確かに……僕には幼女を斬るなんてできない!!!」

医者 「くそっ……また僕は未熟な自分の心に負けっ……」

医者 「やーめた。ほら君ももう十分だろ?」

魔王 「そうだね。もう飽きた」

医者 「全く、何で初対面の子供とこんなお遊戯をしなくちゃならないんだよ」

魔王 「聞いてしまったからね、人間界に勇者が現れたんだろ?」


医者 「そうだけどさ。それと伝承は無関係じゃないか」

魔王 「僕も魔王らしいことをベラベラ喋ってみたかっただけだよ」

医者 「僕? 君の容姿でその一人称はおかしいだろ」

魔王 「そんなことないだろ。誰だって自分らしくない一面くらいある」

医者 「もしかしてさ……僕の口調真似てない?」

魔王 「真似てなんかいないさ。ただ君がそう感じるのだったら、僕に真似てないという断言は出来ないけどね」

医者 「面倒だなぁ」

魔王 「それで? 答え合わせって一体なんのことだ?」

医者 「もう何でもいいや」

医者 「君は青年という男を知っているかい?」

魔王 「青年? 知らないなぁ。僕と何か関わりでも?」

医者 「じゃあ、いつかしらここに小さな男の子が迷い込んだことは?」

魔王 「ないね。第一、ここに来るには多くの魔族を倒さなくちゃならない」

魔王 「魔界は子供が歩き回れる程小さくないし、甘くもないよ」

医者 「それじゃ消去法終了だ」

医者 「君は人に興味を持っているね? それも並みのレベルじゃない」

医者 「少なくとも人の子をかどわかす程にはね」

魔王 「正解だ。その通り」


魔王 「僕は以前、小さな男の子をさらったことがある」

魔王 「その彼をこの城に軟禁したのさ」

医者 「軟禁? いやそれは間違いだろう」

医者 「君はその男の子に自らの知識を授けた」

医者 「世界の客観的な現状、読心術、魔法の本質……」

医者 「僕が把握している限りじゃこのくらいだけど、実際はもっとあるんだろ?」

魔王 「その前に、君は一体全体何者なんだ?」

魔王 「勇者のようにこの城に乗り込んで質問ばかりしやがって!!!」

魔王 「質問攻めにしたいのは僕の方さ!!」

医者 「五月蝿い。騒ぐと馬鹿みたいだ」

医者 「僕には時間が無いんだ。君と話す時間は最小限でないと」

魔王 「そうか……」

魔王 「で、何が聞きたいんだい? 」

医者 「いやに協力的じゃないか」

魔王 「君の目を見れば分かる。それは死なんてものよりずっと重いものを覚悟している目だ」

魔王 「そんな目で見つめられちゃ、ふざける気も失せるさ」

医者 「助かるよ」

医者 「まずは魔の根源についてだ―――」





本当はここに勇者誕生の話を入れるはずだったんですが、
もうほとんど書き終えてるんですけど、いかんせん量が多いです
少年と魔女の話で2万文字、200レス近く消費したんですが、勇者の話はそれと同じぐらいかそれ以上になりそうで……
人間同士の話はこれで終了して、これからは魔族や魔王の絡む展開にすることにしました
また別の機会に勇者の話をやりたいと思います

















武芸の国の大陸 人間界と魔界の境



才女 「本当にお別れを言わなくて良かったの?」

青年 「ん? ああ、要らないだろ。今生の別れというわけでもないし」

才女 「分からない。いつまでも今が今のままであるわけではない」

青年 「何言ってんだ。お前魔導の国で、退屈は嫌いとか言ってたじゃないか」

才女 「一度作った繋がりは、簡単に捨てることができない」

才女 「それが人の弱さ。でも私はその性質を大切に思っている」

才女 「だから忘れない。ボスも盗賊団も王子もエルフも少年も魔女も」

才女 「全てが私の一部。そして掛け替えのない宝」

青年 「お前も成長したなぁ」


青年 「旅に出る前は、早く人間界を出たくてウズウズしてたのに」

青年 「今じゃ人の里に執着を見せてる。俺は嬉しいよ、お前の保護者として」

才女 「保護者は間違い」

青年 「そうだな。俺とお前は対等。人と精霊のようにな」

才女 「そう」

青年 「だが、やっぱり先を急ぐべきだ」

青年 「ハ―ピー以来魔族に会っていないだろう?」

青年 「俺達の目的は、魔王と会って未開の地に渡る事だ」

青年 「その為には魔王の位置をしらなければいけない」

青年 「その情報を得るには当然有力魔族に会う必要がある」

才女 「ハ―ピーの次はどの魔族に会うの?」

青年 「それなんだけど……シュピーゲルって知ってるか?」

才女 「知らない」

青年 「やっぱりそうか。じゃあ、これも幼少期に知った言葉なんだなぁ」

才女 「区別がつかないの?」

青年 「ああ、もう全部自分の知識だから混同してるんだよ」

青年 「でも才女が知らないってな言うなら、きっとこのシュピーゲルって魔族は重要な種族だ」

才女 「論拠に乏しい」


青年 「俺の判断なんて往々にしてそんなものだ」

青年 「シュピーゲルぐらいしか生息域が分からないのもあるし、何より武芸の国と同じ大陸に生息している」

青年 「もう船はいいだろ。歩いていこう」

才女 「分かった。そこに向かうには北上することになるの?」

青年 「まぁな。ハ―ピーの崖が緯度0度ぐらいだから、それ以上北上すると気温が下がるんだよな」

青年 「正直言って俺の今の服装じゃ肌寒い。お前は大丈夫なのか?」

才女 「失われた叡智を舐めないで」

才女 「太陽が照れば、風を通し、草木が凍れば体温を決して逃がさない」

才女 「それがこの服」


『寒冷地へ向かうのか?』


青年 「おおっ!? 喋った!?」


『ふざけるでない、主よ』


青年 「いやだってお前らが喋るの数ヶ月ぶりだぜ?」

青年 「流石に忘れるって」



『それより、北へ向かうのなら注意すべきだ』

『主らが会おうとしているシュピーゲルとは、代々の魔王の種族』


青年 「魔王っ!?」

才女 「!?」


『その事すら知らぬとは』


青年 「そんな事より魔王って……」


『その様子、少々勘違いをしてるようだ』


『確かにシュピーゲルは魔王の種族。しかし現魔王はシュピーゲルでは無い』


青年 「はぁ?」


『魔の歴史の中でも、現魔王だけは特異。その事を知っておくべきだ』


『ただシュピーゲルとは魔王の種族。歴代最も魔王を輩出した魔族の種だ』


『また、血統に生きる種とも言っておこう』


青年 「良く分からないな。もっと詳しく説明できないのか?」


『すまない、主らよ。我々の役目はもう終わりかけているのだ』


『最後に、シュピーゲルは魔王を生み出すが、その全ての気性が荒いわけではない』


『理性や知性もまた魔族の中でトップクラスだ』


『どうやらここまでだ。我々は主らの旅を見守ることにする。健闘を祈ろう』



青年 「おいっ」


『…………』


青年 「一体何なんだ? いきなり役目とか言われてもな……」

才女 「でもなんとなく分かる」

青年 「そりゃこいつ等が人工的な物である以上、何らかのカラクリはあるだろうけど……」

才女 「剣の事はともかく、今はシュピーゲルに会う事が先決だと思う」

青年 「そうだな。それしか、出来る事も無いしな」

才女 「その前に青年は服をどうにかすべき」

青年 「ああー、じゃあ新しいの買うか」

才女 「手伝う」








勇者 「へぇ、女エルフと商業王はそんな間柄だったんですね」

女エルフ 「ああ、だからこそ、私はこの斥候班としてミスをするわけにはいかないんだ」

少年 「でもそんなにピリピリしてたら、僕達まで緊張しちゃうよ」

女エルフ 「そうは言っても、私からしてみれば迷いの森の外は、人間にとっての魔界同然だ」

女エルフ 「気を張るなという方が無理だろう」

女エルフ 「それより、少年は相当感覚が鋭いようだな」

女エルフ 「一応気を探っている事は極力分からないようにしているつもりなんだが……」

勇者 「俺にも分かりますよ。女エルフの気はあまりに鋭すぎます」

女エルフ 「そうか……。少しショックだな」

少年 「僕は気なんて分からないよ」

少年 「ただ女エルフの身体が緊張してるから、ピリピリしてるような感じるんだ」

女エルフ 「身体から気の状態を知っているのか。そんな方法考えもしなかった」

勇者 「俺と女エルフは典型的な剣士ですからね」

女エルフ 「剣士か……。ところでその刀はどう手に入れた?」

勇者 「どうも何も、ただ胡散臭い露店商から買い取っただけですよ」

少年 「柄も装飾の無い聖柄だもんね」


女エルフ 「私も勇者が優勝したあの大会を見ていたんだが、相当な業物のように見えたぞ」

女エルフ 「良かったら、刀身を見せてくれないか?」

勇者 「ええ、構いませんよ」


勇者が刀を柄から引き抜く

剥き出しになった刀身は、鏡のように光を反射させる


女エルフ 「遠目からも気になっていたんだが、これはまるで模造刀のようだな」

女エルフ 「焼き入れの跡も刃紋も見られない。一体どうやって作ったんだ。第一、これでものを切ることは出来るのか?」

少年 「熱心だね、女エルフ。武器が好きなの?」

女エルフ 「武器が好きな女というもの少し複雑だが、まぁ剣術の担い手として剣や刀には興味がある」

勇者 「俺はさっぱりです」

女エルフ 「それよりこの刀はあまりに不自然な点が多い」

女エルフ 「これほど美しい刃は見た事がない」

勇者 「そうなんですか? 俺はこの刀以外持った事無いので分からないです」

女エルフ 「何っ!? 最初の一振りがそれだって!?」

女エルフ 「羨ましい……実に羨ましい……。妬ましい……」


勇者 「何か怖いですよ」

勇者 「あとこれ喋ります」

女エルフ 「へぇあっ!?」

少年 「話すの? 剣が?」

勇者 「はい」

勇者 「おーい、聞いてんだろ? お前も何か話せ」


『何だ……。私は戦い以外興味がない』


『余計な事で起こすでない』


女エルフ 「本当に喋った……」

勇者 「口数は少ないですけどね。まぁ、頼りになる相棒です」

少年 「剣が話すことなんてあるんだね」

勇者 「ただコイツ、血を吸うんですよ」

少年 「そうなんだ、蚊みたいだね」

勇者・少年 「ははははは」

女エルフ 「…………     おい、おかしいだろ」

勇者 「どうかしました?」

女エルフ 「いや、血を吸うって……。それ辻斬りの刀じゃないか?」

勇者 「そうですね。気が触れた人斬りは大抵、コイツに乗っ取られているそうです」


女エルフ 「なんてもの持ってるんだ。まるで妖刀じゃないか」

勇者 「いえ、妖刀はこの刀を扱えなかった者が呼ぶ名称です」

勇者 「今の俺にとっては妖刀では無く、勇者の聖剣ですよ」

少年 「なんだか色々凄いね。勇者はその刀を持って暴走とかしなかったの?」

勇者 「しました。覚えている限りで計3回程」

女エルフ 「やはり危険だな」

勇者 「そうですね。俺自身、師匠に合わなければ獣にも劣る辻斬りになっていたとか」

女エルフ 「師匠……勇者には武の道の師がいるのか」

勇者 「数ヶ月だけでしたけど、俺にとって最も重要な事を教えてくれた人です」

勇者 「師匠にきちんとお礼を言うことが当面の目標なんです」

少年 「会えると良いね。勇者の師匠」

女エルフ 「人を乗っ取る程の力を持った愛刀に尊敬できる師匠か」

女エルフ 「勇者はとことん恵まれているな」

勇者 「そうですか? 割と楽な人生では無いですよ」

女エルフ 「武人としてだ。私は全て独学……自分のみで自己を高めてきた」

女エルフ 「武器だって自分に合う物を探して来たが、未だ良い巡り合わせは無い」

女エルフ 「だから自分だけの武器を持っている少年や勇者が羨ましいんだ」


勇者 「少年も持っているんですか」

少年 「うん、ファングナイフって言うんだ」

勇者 「見せてもらっても良いですか?」

少年 「いいよ」


腰に付いた革のベルトからファングナイフをはずす

荒ぶる曲線で構成されたファングナイフは、刀身に紅い光を宿し、日輪の下でさえ褪せる事の無い淡い輝きを放つ


勇者 「随分大きなナイフですね。重くないんですか?」

少年 「持ってみる?」

勇者 「良いんですか?」

少年 「うん」


少年の手から勇者へファングナイフが手渡される


勇者 「うおっ…重っ……」

少年 「えーっ、そんなに重くないよ」

勇者 「いや重いですって。大剣なみに感じますよっ」

女エルフ 「気だな」

少年 「気?」


勇者 「ああ、それなら俺知ってますよ」

勇者 「武器は使用者と気を合わせる事によってその強度や感じる重さを変化させるんですよね」

勇者 「俺の刀みたいなもの以外は武器に意識が無いので、使用者が武器の気に合わせることになるんですよ」

勇者 「人によって気の感じ方は異なりますが、基本的に心臓の鼓動に近いらしいです」

勇者 「何でも波長を調節するとか」

女エルフ 「そうだ。だが一度武器と気を重ねたら、当分は別の武器を使えなくなる」

女エルフ 「一つの武器に合わせるという事は、他の武器から気の波長をはずす事と同じだからな」

女エルフ 「ところが、私は特定の武器を長く使えない」

少年 「そう言えば、今も剣を二つ持っているよね。どうして?」

女エルフ 「単純に折ってしまうんだ。扱いには注意しているんだが、どうも戦いとなると熱くなってしまう性分みたいだ」

勇者 「何か怖いですね。武器好きな上、戦いで剣をへし折る女性って」

女エルフ 「お前……その言い方は無いだろう」

女エルフ 「私だって好きでこうなったわけじゃない」

女エルフ 「でも仕方ないじゃないか。エルフが生き残るためには、誰かが急先鋒として戦わなければならない」

女エルフ 「当然頼りない顔なんてできっこない。だから勇ましく剣を取って来たんだ」

女エルフ 「それを怖い女性呼ばわりか……?」

少年 「あ、怒った」

女エルフ 「怒ってないっ!!」

勇者 「すっ…すいませんっ、冗談ですっ」

女エルフ 「謝るな。余計悲しくなる……」

少年 「あ、落ち込んだ」

女エルフ 「少年よ、君はとても純粋な人間だ。しかしその純粋な言葉で傷つく者がいる事を忘れるな」

少年 「うん、分かった!!」

女エルフ 「いや……分かって無いだろう」


女エルフ 「いや……分かって無いだろう」

勇者 「ところで、少年が背負ってるその本は何なんですか?」

少年 「これはね、グリモワールって言うんだ」

女エルフ 「グリモワール?」

少年 「屹立する魔導書だよっ」

勇者 「それじゃ分かりませんよ」

少年 「うーん、僕の大事な人の物かな」

少年 「ファングナイフとグリモワールが僕を助けてくれるんだ」

少年 「暗い話はしたくないけど、これは魔術なんだって」

少年 「それも規格外の」

女エルフ 「そうなのか。魔術……私は良く知らないな」

勇者 「ええ、俺もあまり詳しくありません」

少年 「見てみる?」

勇者 「魔法のようなものですか?」


少年 「うん、そうだよ」

少年 「じゃあ、いくねっ」

バッ

背中からグリモワールを外し、開いた状態で左手に持つ

瞳は真っ黒に染まり、少年の影はその色を濃くしていった

紅鏡でさえ照らす事の出来ぬ深き闇の影


少年 「屹立スル魔導書 記されし十惡(とあく)が一つ」

少年 「『偸盗』 重なる略奪に思いがけないしっぺ返しを」

シュバッ

影が辺り一面の地面を覆い隠し、

そして瞬く間の暗転が勇者、女エルフの視界を満たす


少年 「終わったよ」

勇者 「今っ…一体何が……?」

女エルフ 「私も呆気に取られていた……」

女エルフ 「今確かに少年の影が……」

少年 「この魔術は深淵の影が引き起こす10個の怪奇現象」

少年 「詳しく上げると、殺生、偸盗(ちゅうとう)、邪淫、妄語、綺語、悪口(あっこう)、両舌、貪欲、瞋恚(しんい)、邪見の10個」

少年 「そして今のが『偸盗』」

少年 「盗人の盗品を盗み返すって現象。実際は盗品じゃ無くて、僕が盗りたい物を盗れるけどね」

スッ

小さな瓶を勇者と女エルフに見せる



少年 「これは何だろう? 女エルフの持ち物なんだけど」

女エルフ 「あっ、それは不味いっ!!」

勇者 「何が不味いんですか?」

女エルフ 「それは毒だ。皮膚の上からでも侵入して、動物を容易く死に至らしめる」

女エルフ 「私が経皮侵入型の猛毒と呼んでいる代物だ」

少年 「そうなんだ。はい、返すね」

女エルフ 「ふぅ、確かに凄い魔術だな。盗られた感覚なんて少しも無かったよ」

勇者 「頼もしいですね、少年の魔術」

少年 「二人は何か特技とかある?」

女エルフ 「そうだな……。私は剣の折れやすい所を瞬時に見つける事が出来る」

少年 「あっ、それ青年に聞いた!! 剣の脆弱性でしょっ」

少年 「剣相? を見て判断するんだよねっ」

女エルフ 「その通り。流石青年だな」

勇者 「青年とは?」

女エルフ 「王子と同じ時に知り合った魔導士だ」

女エルフ 「青年ともう一人、才女という連れがいるんだが、この二人が常識外れの魔導士でな」

女エルフ 「碩学どころか、知らないことなんて無いと思う程の物知りなんだ」

少年 「グリモワールの扱いは青年と才女に聞いたんだよっ」

勇者 「へぇ、魔導士ですか。俺も一度だけ戦った事があります」

勇者 「いつかその二人にも会ってみたいものです」

女エルフ 「そうだな」


勇者 「さっきの話の続きなんですが、俺は魔法を刀に纏わせる事ができます」

少年 「刀に魔法?」

勇者 「はい、この刀は生物の生き血を好むんですけど、初めて魔導士と戦った時に魔法を喰ったらしくて、」

勇者 「それ以来、魔法を喰らう時だけ、自分の気を魔法と同じ波長に変化させるようになったんです」

勇者 「で、俺もその刀に気を合わせれば、魔法を刀に纏う事が出来るというわけです」

勇者 「あまり実用性はありませんけどね」

女エルフ 「どこまでも狂った妖刀だな」

少年 「凄いね、いつかそれを見てみたいよ」

勇者 「機会があれば是非」

女エルフ 「さて、一通り互いの事を知れたところで、野営を構える準備をしよう」

勇者 「はい、暗くなったら色々不便ですしね」

少年 「魔界初キャンプだねっ」






名も無きシュピーゲルの村

木の上や根元に多数の巣が作られており、村というテリトリーが確立されていた



青年 「こんちはー。シュピーゲルの村ってここですかーっ」

才女 「…………」プスーッ


才女の沈黙とも相まって、常緑樹の森に青年の声が響く


青年 「誰かーっ……いませんかー?」

才女 「…………」プスーッ


再び、青年の声の反響


青年 「誰もいないな。というか才女は何でそんな不機嫌なんだ?」

才女 「別に不機嫌じゃない」プスーッ

青年 「嘘つくな。読心しなくても分かるぜ」


才女 「青年は着る服を選ばない」

青年 「まぁ、そりゃ肉体衛生上必要なものだからな。特にこだわるつもりは無い」

才女 「それは誤り」

才女 「適当に服を選ぶから、扱いも粗雑になる」

青年 「別にいいだろ、いざとなりゃ才女が縫ってくれるわけだし」

才女 「そういう問題じゃっ……」

青年 「おいっあれ見ろっ!!」

才女 「!!」


青年が指さした先、数百メートル先の木の根元に倒れこんでいる魔族がいた

どうやら非道く負傷しているようで、ぴくりとも動かない


青年 「生きてるかっ……?」

才女 「分からない。でも相当な重傷」

青年 「取り敢えず近くまで行こうっ」





青年と才女が近づいても地に伏す魔族は動かない

身体の各部から多量の出血、そして胸や腹を鋭利な刃物で切り付けられたような無残な傷跡があった


青年 「おいっ…生きてるかっ」

魔族 「……っ」

才女 「命はあるみたい。でもこのままなら多分……」

青年 「何言ってんだ。俺達がいるだろ!!」

青年 「ここまで来てシュピーゲルの手掛かりゼロなんて有り得ないっ」

青年 「絶対に死なせねぇぞっ」

才女 「分かった」





沸騰した水が入った鍋

その中にはメスやハサミ、外科手術用の針などが放り込まれ、煮沸消毒が行われていた


青年 「これじゃ治癒魔法でも駄目だな」

才女 「胸から腹にかけての深い傷は縫合で塞ぐ」

才女 「私が縫うから青年は他の箇所の止血を」

青年 「おいおい、治癒魔法が使えるのはお前だけじゃないよ」

青年 「小さな擦り傷や切り傷は全部俺が治す」

青年 「お前はばっさりいってる切り傷と周辺の血管縫合まで完璧にやってくれ」

才女 「うん」




その後、数十分の奇跡が巻き起こる

才女は無駄を徹底的に省いた動作で、各部位の縫合を進め、

青年は、止血帯法の処置の後両手、時には膝や足も使って直接圧迫止血法に移行する

そしてその作業の傍ら、比較的大きな傷には瞬時に治癒魔法をかけ、治癒させていく

通常ならば生きるに絶望的な肉体の破損状態でも、魔法が物理法則を無視し、

さらに練達した青年と才女の医療技術により、外れかかった楔をこの世に再び深く打ち込んでいく




青年 「ふぅ、どうにか大丈夫そうだな」

才女 「でも血が足りない」

青年 「そうは言っても、魔族、それもこんだけ大型の生物が生命活動のために必要な血なんて、多すぎてとても入手できない」

才女 「なら食料」

青年 「だな。魔族の自然治癒力に賭けよう」

才女 「その前に血を洗い流したい」

青年 「外科手術はなりふり構ってられないから、返り血が非道くてかなわん」

才女 「私はここで見張りをする」

青年 「じゃあ、俺が食料調達ね。りょーかい」





数時間後

毛布が掛けられ、深い眠りにつくが如く目を覚まさない魔族と火を囲む青年、才女

焚き火の回りには多くの獣肉が串に刺され焼かれていた


青年 「…………」


青年は自分の手に付いた獣の血を一心に見つめる

その瞳には何か思う所があるようで、顔も俯きがちのまま動かない


青年 「屠殺夫とは、この世界、この時代において賎職とされている」

青年 「その理由は家畜などを屠る際に出る多量の出血や内容物が異臭を放つ事や、」

青年 「罪人の処刑を執行する刑吏に近しいものがあるためである」

才女 「どうしたの?」

青年 「いや、俺はさ、さっき獣を捕まえて屠殺したんだよ」

青年 「獣の死因は失血死。喉を切り、その後心臓近くまで手を突っ込んで、大動脈をスパッと掻っ切ったんだ」

青年 「これも初めてじゃないし、然程抵抗はなかった」

青年 「初めての時は一度神経毒で失神させてから、大動脈を切ったけど、今回はまんま意識のある状態でやった」

青年 「当然、獣は殺されまいと暴れる」

青年 「それってさ、結局のところ、人や魔族と何がどう違うんだろうな」

青年 「弱肉強食という理念がまかり通れば、人が人肉を食むことだって何ら可笑しくない」

青年 「実際、魔族や魔物の一部は人を食料にすることもあるだろう?」

青年 「例えば俺がカニバリズムだとする。人の肉を日常的に食すんだ」

青年 「それって魔族や魔物が人を食うのと何か違うか?」

青年 「また俺が魔族や魔物を屠って食料にすることは異常なのか?」


才女 「青年……」

才女 「青年の精神は今、自らが殺した獣の心に触れて不安定な状態」

才女 「人として、本能的と言っても良い程の大前提、倫理観を損なっている」

才女 「それは知性や仲間意識を持たない猿人の考え。短絡的思考」

才女 「私達は様々は関わりの中を生きている。それは食す者、食させる者、全てを包括している」

才女 「青年が人の肉を食せば、被食と捕食の関係とは無関係の関わりが切れる」

才女 「青年が倫理観抜きに恐れるべきはそれ」

才女 「倫理、道徳、人道、モラル。それらは人同士の関わりの上に成り立っている」

才女 「青年が人としての禁忌を無意味に感じるなら、それを迷い無く犯せば良い」

才女 「本当に心の隅、その一片にも罪の意識が無ければそうすれば良い」

才女 「でももし青年が誤った選択をしたなら、私が責任を取る」

才女 「だから悩む必要は無い」

青年 「……そうか」

才女 「落ち着いた?」


青年 「ああ、悪いな。変に取り乱して」

才女 「構わない。生死の境を垣間見るということはそういうこと」

才女 「私もさっきから手の震えが止まらない」

青年 「そうか。だから俺に狩りを……」


膝の上に置かれた才女の両手

それは彼女のいつもと変わり無い表情とは対照的に、不自然な震えを繰り返していた


才女 「情けない」

青年 「はぁ、俺達もまだまだ未熟だな……」

青年 「というかそれ、俺が少年に話してた事だよな」

才女 「そう」




??? 「グゥ……ッ」

青年 「お、やっと起きたか」

??? 「誰…だっ……貴様らっ」

才女 「落ち着いて。私達は貴方に危害を加えるつもりは無い」

??? 「グルゥゥッ……」

才女 「身体を緊張させては駄目。心臓の拍動が速まり、塞いだ傷口から再出血する恐れがある」

??? 「出血だと……?」

青年 「自分の腹を見てみろ。寝呆け君」

??? 「…………これは!?」


自らの腹に巻かれた包帯を見る


??? 「そうか……。私は見捨てられたのか……」


??? 「申し訳ない、貴方がたは私を治療してくれたのか」

??? 「とんだ無礼をはたらいた」

青年 「俺達が人間ってのは驚かないのか?」

??? 「何を言う。人も魔の動物も違いは無い」

??? 「ただ、人が徒党を組み、自らの種族を差別化しようとしただけだ」

才女 「面白い」

青年 「優れた知性だ。お前の名前を教えてくれ」

青年 「俺は青年。そっちが才女だ」

??? 「名前……?」

青年 「魔族には名前は無いのか?各個体の呼称のことなんだが」

??? 「いや、名前という概念はあるのだが、各個体に割り振られているものではないな」

??? 「しかしそれだと、多種族とのコミュニケーションの際に齟齬や不都合があるのか」

??? 「済まないな。種族内が私の世界と言って良い程他の種族とは交流が無いんだ」

才女 「名前は必要。単なる識別以上の意味がある」

??? 「そうなのか。ならば取り敢えずは私の種族を名前としよう」

???(以下シュピーゲル) 「シュピーゲル。それが私の種族だ」


青年 「へぇ、やっぱりそうなのか」

才女 「何か事情がある。出来たら教えてほしい」

シュピーゲル 「いや、これは私たちの問題だ」

シュピーゲル 「部外者を巻き込むわけには……」

青年 「じゃあ、シュピーゲルという種族について聞かせてくれないか?」

青年 「俺達はお前の種族に会うためにここまで来たんだ」

青年 「せめてそれくらいは聞かせてくれ」

シュピーゲル 「命の恩人に手ぶらで帰らせる訳にもいかない」

シュピーゲル 「土産話程度なら、私や私の種族について話そう」







シュピーゲル 「これが魔王の誕生」

シュピーゲル 「私はその様子を未だに忘れる事が出来ない」

青年 「魔王……。大分想像と乖離していたな」

シュピーゲル 「それは今の魔王のものだな」

シュピーゲル 「シュピーゲルという種族から排出された魔王は、歴代どの魔王も凶暴、狡猾」

シュピーゲル 「この世の生物の中で最も邪悪と言える」

シュピーゲル 「それに対し、現魔王は異質だ。決して正義ではないが、横暴な態度も見せない」

シュピーゲル 「第一、現魔王の種族は不明なのだ」

シュピーゲル 「当然シュピーゲルでは無い。しかし、どの有力魔族の出でもないことが分かっている」

シュピーゲル 「いきなり現れて、前魔王を討ち、瞬く間に新魔王となって魔界を統治した」


シュピーゲル 「ところが歴代魔王が定めた規律を作り直したら、すぐにまた何処かへ消えてしまった」

シュピーゲル 「ある魔族が魔王の不在を理由に、自ら魔王を名乗ると言いだしたことがあった」

シュピーゲル 「そういうことがあると必ず、現魔王はすぐ何処からともなく現れる」

シュピーゲル 「謎も謎。ただ、今の魔界がかつてないほど平穏である事に違いはないのだが」

シュピーゲル 「人も最近は落ち着きを見せているようだしな」

青年 「お前が怪我してたのは、魔王の誕生と関係があるのか?」

シュピーゲル 「それは言えない」

才女 「ここはシュピーゲルの村のはず」

才女 「何故誰もいないの?」

シュピーゲル 「実は……」

シュピーゲル 「いや、やはり他の種族を巻き込むわけにはいかないっ」

青年 「もう充分だよ。それだけ心が乱れりゃ、読心も容易だ」

青年 「新魔王が生まれたんだろ。それもお前の娘から」


シュピーゲル 「何故それをっ!?」

青年 「何でだろうな」

青年 「で、お前はどうしたいんだ?」

シュピーゲル 「何故かは分からないが、お前達はこの問題を知っていたのか」

シュピーゲル 「ならばもう隠しても無意味だな」

シュピーゲル 「そうだ。私の娘から新魔王が生まれた」

シュピーゲル 「腹を喰い破り、脳を貪ってな」

シュピーゲル 「どうしたいか、だって?」

シュピーゲル 「どうしようもない。私はアイツが生まれる前に殺そうとした」

シュピーゲル 「だが、私の娘の体に閉じこもっている以上、アイツを殺す事は出来なかった」

シュピーゲル 「その時点で私に味方はいなかったさ。種全体が新魔王の誕生を受け入れていた」

シュピーゲル 「そしてこの様だ。アイツは私の娘の知性を盗み、血の気の多い若い衆を引き連れ、ここを去った」

シュピーゲル 「私のように老いたシュピーゲルにもう用は無い」

シュピーゲル 「それが歯向かってきたんだ。殺すには十分すぎる理由だろう」


シュピーゲル 「アイツに付いて行ったシュピーゲル以外も既にここを去ったようだな」

シュピーゲル 「当然か。ここの長である私がこれではな」

青年 「もしその魔王の卵を殺せるなら、お前は殺したいか?」

シュピーゲル 「勿論だ。娘の仇、何より今の平穏を乱すわけにはいかない」

シュピーゲル 「だが止まらないんだ。アイツは母親を喰って、さらに父親を殺して真の魔王になる」

シュピーゲル 「父親とは私では無いぞ。まして私の娘に伴侶はいないからな」

シュピーゲル 「魔王だ。自分と同じようにして生まれた先代魔王を殺すのだ」

シュピーゲル 「故に私達はアイツを母喰父殺のシュピーゲルと呼ぶ」

シュピーゲル 「恐らく父殺の対象は現魔王」

シュピーゲル 「それを誰にも止める事はできない。何故なら、歴代魔王は全てその時代において歴代最強」

シュピーゲル 「例え、現魔王が先代よりも強い力を持っていようと、アイツはそれを超える」

シュピーゲル 「母喰父殺の血統。子は必ず親を超える。それが絶対不変のルールなんだ」

青年 「凄い…な。闘争なんて無くても、どこまででも隆盛を極めていくのか」

才女 「でも一度戦ってみたい」

シュピーゲル 「やはり、お前達はそういう特徴を持っているのだな」

青年 「強い奴と戦いたいってやつ?」


シュピーゲル 「やはり、お前達はそういう特徴を持っているのだな」

青年 「強い奴と戦いたいってやつ?」

シュピーゲル 「ああ、魔も人も結局血気盛んな奴はどいつもこいつも同じだ」

シュピーゲル 「まだ100年も生きていない若造に限って死に急ぐ」

シュピーゲル 「だから私はこの話をしたくなかったんだ」

シュピーゲル 「老いた今、唯一の楽しみは新緑の世代が新たな世界を作り出していく、その様子を傍観することのみ」

シュピーゲル 「だからこそ、どの種族にも……例え人でさえも若人に死んでほしくは無い」

シュピーゲル 「お前達のような者は特にな」

青年 「でも止めたいんだろ?」

シュピーゲル 「私の命一つで足りるのなら、母喰父殺の愚かな血統をここで絶やしてやりたいさ」

シュピーゲル 「だが無意味だ。例え、アイツを殺害したところでいずれ、私が死んだ後に新たな魔王が現れる」

シュピーゲル 「どうあっても闘争の連鎖は止められない……」

シュピーゲル 「それがこの世の本質……真理なのかもしれないな」


青年 「そうか? 俺はもっと面白いものが世界の真理だと思うけどな」

シュピーゲル 「青いな。その手、その瞳を見れば分かる」

シュピーゲル 「二人は一度も同族を手にかけたことが無いのだろう」

シュピーゲル 「自分の食糧とする動物を殺す事でさえ、気が咎める程純白の心を持っている」

シュピーゲル 「人と魔の戦争は見た事があるか?」

シュピーゲル 「魔物が人を喰らう瞬間は? 同族が息絶えていく時、ソイツはどんな顔をするか知っているか?」

シュピーゲル 「私は全て見てきた。私の仕えていた母喰父殺のシュピーゲルが魔王を殺す瞬間もな」

シュピーゲル 「全ては映し鏡。何かを殺害した事のある者は、必ず殺害される恐怖を知っている」

シュピーゲル 「殺の報殺の縁と言ったか……?」

シュピーゲル 「そしてその循環の最たる種族こそ、私達シュピーゲルだ」

シュピーゲル 「アイツには絶対に関わるな。お前達をその循環に巻き込むわけにはいかない」

才女 「貴方は少し世界の辛い部分を見過ぎている」

才女 「風月無辺。それが世界の本質」

シュピーゲル 「風月無辺……」

シュピーゲル 「確か、自然の風景がこの上なく美しいこと……だったか?」


才女 「そう。貴方の言う世界の本質とは、修羅の道のこと」

才女 「私達が修羅の道に堕ちる事はない。何故なら風月無辺を知っているから」

才女 「いくら心が黒く染まろうとも、真に心が求めるその景色」

才女 「それが到達点。学問も、武道も、修羅の道も……全てはそこに続いている」

才女 「それを見出せない者が魔王や人の王となった時、統治される者は盲目になる」

才女 「貴方は盲目。盲目のお爺ちゃん」

シュピーゲル 「どうやら、私の言葉では振れることのない確固たる価値観をもっているようだな」

シュピーゲル 「ならばこれ以上の言葉は無用」

青年 「そうだな。お前がなんと言おうと俺達の進む道は変わらない」

青年 「その先に母喰父殺のシュピーゲルがいようとも、それは大した問題じゃないさ」

シュピーゲル 「やはり老い耄れの言葉では、勢いのある若い者達を止めることはできないのか」

青年 「いや、確かに止まりはしないが、感謝はしているぜ」

青年 「魔王の誕生。アンタに会わなかったら知らなかった」

青年 「俺達はすぐにここを去る」

青年 「そこの肉でも食って傷をしっかり治しておけよ。お爺ちゃん」

青年 「おっとそうだ。アンタさ、現魔王がどこにいるか知ってる?」


シュピーゲル 「今現在の所在は知らないが、代々魔王の根城となる建造物の場所なら知っている」

青年 「魔王城ってやつね」

シュピーゲル 「そうだ。ここから少し東へ歩くと魔界屈指の大河がある」

シュピーゲル 「それを上流へと延々と歩けば辿りつけるはずだ」

青年 「成程ね。あ、あと母喰父殺のシュピーゲルについてもっと何か分かる事無い?」

シュピーゲル 「そうだな……。恐らくアイツは今、獣王と名乗っているかもしれない」

シュピーゲル 「元は先代の異名なんだが……」

青年 「獣王……。獣の王ね」

シュピーゲル 「これくらいだな。死に急ぐ出ないぞ」

シュピーゲル 「達者でな。青年、才女」

才女 「ばいばい」

青年 「ああ、アンタも元気でな」










王子 「これは……っ」

ボス 「あん? どうした?」

王子 「……どうやら連合国軍で魔界の一部を攻め落とすという計画が実行に移されるらしい」

ボス 「はぁっ!? それって戦争ってことじゃねぇかっ」

王子 「いや、侵略するのは武芸の国の西部」

王子 「長年、魔界と人の世界とのグレーゾーンとされてきた地だ」

王子 「大規模な闘争にはならないと思うけど……」

王子 「魔族側の勢力は未だに不明。当然向こうがどう出るかも分からない」

ボス 「ちょっと待てよっ。戦争だぞっ!? 人が死ぬかもしれないんだぞっ!?」

ボス 「そんな簡単に始めて良いもんじゃねぇだろうがよっ!!」

ボス 「てめぇはそんな事も分からねぇ大馬鹿野郎なのかよっ!!」


王子 「落ち着きなよ。あと口が悪い」

ボス 「んなこと言われたって納得できっかよっ」

王子 「ボスは知らないかもしれないけど、商業の国が連合国軍に提供している物はそう多くない」

王子 「まずは食料。それも農耕の国が生産している物を滞りなく各国の活動拠点へ送り届けているだけだ」

王子 「次に兵力。これの主力は、この国に雇用を求めてやってくる傭兵なんだ」

王子 「だからこれを確かな兵力とするのは、正に取らぬ狸の皮算用」

王子 「つまり犠牲も成果もその大半は、魔導の国と武芸の国のものとなる」

王子 「商業王である僕への連絡なんて片手間さ」

ボス 「そっ…そうなのか」

王子 「ああ、でも心配することはない」

王子 「侵略というよりも人の住処の区画整理って言ったほうが正しいくらいなんだ」

ボス 「なら……良いんだけどよ」

王子 「当分は勇者一行が駆り出されることも無いから、特に警戒してることは無いんだけどねぇ」

王子 「ただ、女エルフの連絡のお陰で、段々魔族の全体像が見えてきた」

ボス 「将来的には魔族とも商売をするのか?」


王子 「そりゃ、僕は商業王だからね。そこに巨大な市場があるなら、投資するのに迷いはない」

王子 「でも魔界という場所は、僕の認識よりもずっと放埓な場所かもしれない」

王子 「今は情報を待つことしかできないけどね」

ボス 「そうかぁ……」

王子 「で、ボスは何が僕に用事があったんじゃないの?」

ボス 「ああ、そうだそうだ。昼飯が出来たんだ」

王子 「分かった。すぐ行くよ」







魔王城


青年 「あっさり着いたな」

青年 「途中、ほとんど魔物も見かけなかったし」

才女 「あの川、あまり魚が多くなかった」

青年 「そういえばそんな気もするような」

コーンッ

突然二人の前に狐が現れる

毛並みは見事で、毛の色はまるで小さなススキが幾万と生えているかのような淡い黄色であった


青年 「ん? なんだコイツ?」

才女 「可愛い」


狐はまるで二人を案内するが如く、魔王城の内部へと入っていく

足取りは軽く、健康的な尻尾がちょこちょこ左右に揺れる

その表情は笑っているようにも見えた


青年 「付いて来いってことか?」

才女 「心は読めないの?」

青年 「いんや、それが全く」

才女 「不思議。こんな場所のいるのだから、普通の狐とは違うのかもしれない」

青年 「取り敢えず付いてってみるか」

才女 「うん」






魔王城 最上階の大広間


青年 「こんちゃーす」


遠慮なく扉を開く青年


魔王 「くくくっ。良くぞここまで来たな。勇者よ」

才女 「幼女」

青年 「幼女だな」

魔王 「さぁ、早く我に貴様等の血肉を差し出せ」

魔王 「久々の来客で我は飢えているのだ」

才女 「可愛い」

青年 「ああ、確かにあれは可愛い」

魔王 「聞いているのか? 魔の王とて然程気が長い訳では無いぞ?」

青年 「君って現魔王の居場所とか知らない?」

魔王 「この期に及んで、まだふざけるというのか」


魔王 「ならば敢えて言おう。我こそ魔王」

魔王 「ここ魔王城を根城とし、また魔界全体を支配し、人を脅かす諸悪の根源だ」

才女 「幼女」

青年 「幼女だな」

才女 「可愛い」

青年 「ああ、可愛いな」

才女 「魔王じゃない」

青年 「ああ、魔王じゃないな」

魔王 「ふははは。例え貴様等が我を魔王と認知しなかった所で、我の為す事に変わりは無い」

魔王 「さてどうしてやろうか。首を切り落とし、皮を剥いで、手下の魔物に人の里まで運ばせるか」

魔王 「いや、いっそ洗脳して、我の下僕とするか」

青年 「なぁ、そんなことより、ここに狐が入ってこなかったか?」

青年 「ここまで分かれ道とか無かったし、もしかしたらここにいるんじゃないかと思ったんだけど」

魔王 「いや、特には見ていないな。第一この部屋には扉があるだろう」

魔王 「獣がひとりでに入ってくるってのは可笑しな話じゃないか?」

才女 「口調が変わった」

青年 「そうだなぁ。何だよ、俺って」

青年 「幼女の容貌でそれは無いだろう」

魔王 「なんと言おうと、自分を示す言葉なんだからそうこだわる必要もないさ」

魔王 「で、ここには何をしに来たんだ?」

魔王 「俺はてっきり二人が勇者だと思ったんだけど」


才女 「勇者が魔王を討つのは、お伽噺の出来事」

才女 「その考えは現実的じゃない」

魔王 「確かにそうかもしれない」

魔王 「でも、私はそういう空想を好んでいる」

魔王 「だからいつ伝承のような勇者が来ても良いよう準備をしている」

青年 「また口調が変わった」

青年 「今度は私、ね」

魔王 「質問に答えて。二人はここに何をしに来たの?」

青年 「あれ、言わなかったか? ここにいるはずの現魔王を探しに来たんだ」

魔王 「その目的には既に達成されている」

才女 「貴方が魔王ということ?」

魔王 「そう。私は最初からそう言っていたはず」

青年 「と言ってもなぁ。何にも確証が無いのに、幼女を魔王だと断定はできないだろう」

魔王 「それを証明する為に、私は何をすべき?」

青年 「じゃあ、どうやって先代魔王を討ったか、教えてくれないか?」

魔王 「方法はない。ただ、彼の近しい部下から順に殺していって、最後に彼を殺した」

青年 「その時、お前はどういう感情を持った?」

魔王 「最初に安堵感だな。そして次は失望。魔の王、獣の王が所詮あの程度だと知って、多少残念に思った」

魔王 「まぁ、俺にとっては魔王になること自体、大きな意味を持たない通過点だからな」

魔王 「お前達が期待するようなぶっとんだ気分にはならなかったよ」

青年 「そうか。ついでに聞いておくけど、お前の戦闘形態は別にあるのか?」


魔王 「鋭いねぇ、その通りだ。俺だってこの身体じゃ戦うのが不便だからな」

魔王 「見たいか? 俺の本当の姿を」

才女 「宣戦布告?」

青年 「えーっ、嫌だぞ俺。オトモダチになるためにここまで来たってのに」

魔王 「そうか。奇遇だな」

魔王 「俺だって好んで殺し合いなんてしたくない。そんなことしたら、何のために理性があるのか分からないからな」

青年 「なぁ、その前に俺達の口調を真似るの、止めてくれない?」

青年 「どうもお前の人柄を掴めない」

魔王 「もしそれがこの奇異な真似事の狙いだったら、俺がその申し出を受け入れると思う?」

青年 「もういいよ。探り合いは十分だろ?」

魔王 「無茶を言うな。俺にとって二人は未知の存在なんだ」

魔王 「ズカズカ人の家に踏み込んできて、友達になりましょう、で仲良くなれたら、」

魔王 「この世に住み分けも食い分けも、縄張りだって必要ないよ」

魔王 「だから俺にもアンタ達が、俺にとって無害且つ有益な存在である事を証明してくれ」

青年 「それこそ無茶ってものだろう。人は誰しも胸に反逆の心を宿してる」

青年 「それを証明するには、長い月日を要する」

魔王 「手柄を立てれば良いだろう」

魔王 「それこそ主従や損得の関係を超えて、信ずるに足ると判断できる材料となる」

青年 「お前にとって手柄って何をするんだ? 悪いけど同族殺しは勘弁だからな」

魔王 「それはお前次第だ。お前が未熟なら、殺しもやむを得ないかもしれないな」


魔王 「まぁ、それでも同族に手をかけないと言うなら、死ぬのはお前の方になるぞ」

青年 「面白いじゃないか。受けてやるよ、それ」

魔王 「お前の気概は買うが、誰の協力も無く一人で成果を上げろよ」

魔王 「お前が並みの魔導士や武人だったとしたら、十中八九生きてここには戻れないぜ」

魔王 「勿論、人間界にもな」

才女 「待って、それは理不尽」

才女 「その条件なら、私が一人で行っても同じ事」

青年 「何言ってんだ。吹っ掛けられたのは俺一人だぜ」

青年 「慢心も妥協もしない。俺に任せとけ」

才女 「無茶。何をさせられるかも分からない」

魔王 「おいおい、俺は無理難題を課すつもりはないさ」

魔王 「ただ、人の軍隊を食い止めてほしいだけだ」

青年 「どういうことだ?」

魔王 「なんだ、知らないのか」

魔王 「今、人の国では、魔界の一部を占領する為の準備が進められている」

魔王 「そこには有力魔族こそいないものの、魔物や力を持たない魔族が普通に住み付いている」

魔王 「それを自分達の都合で奪おうだなんて、少し都合が良過ぎやしないか?」

青年 「反論はしない」


魔王 「まぁ、それでも同族に手をかけないと言うなら、死ぬのはお前の方になるぞ」

青年 「面白いじゃないか。受けてやるよ、それ」

魔王 「お前の気概は買うが、誰の協力も無く一人で成果を上げろよ」

魔王 「お前が並みの魔導士や武人だったとしたら、十中八九生きてここには戻れないぜ」

魔王 「勿論、人間界にもな」

才女 「待って、それは理不尽」

才女 「その条件なら、私が一人で行っても同じ事」

青年 「何言ってんだ。吹っ掛けられたのは俺一人だぜ」

青年 「慢心も妥協もしない。俺に任せとけ」

才女 「無茶。何をさせられるかも分からない」

魔王 「おいおい、俺は無理難題を課すつもりはないさ」

魔王 「ただ、人の軍隊を食い止めてほしいだけだ」

青年 「どういうことだ?」

魔王 「なんだ、知らないのか」

魔王 「今、人の国では、魔界の一部を占領する為の準備が進められている」

魔王 「そこには有力魔族こそいないものの、魔物や力を持たない魔族が普通に住み付いている」

魔王 「それを自分達の都合で奪おうだなんて、少し都合が良過ぎやしないか?」

青年 「反論はしない」


魔王 「そうだろ? 非があるのは見紛うことなく人間サイドだ」

魔王 「だからって、即戦争って訳にもいかない。俺達には利益が無くて損害しか出ない」

魔王 「でも人の侵略行為をおめおめと黙認するわけにもいかないのさ」

魔王 「ジレンマ。二者択一ってやつなんだよね」

青年 「そこで俺ってわけか」

魔王 「そうだ、別にやらなくても良い。その時は面倒だけど、各地を統治する有力魔族が重い腰を上げるだろうからな」

才女 「青年、一人で連合国軍を相手取るのは困難。規模も不明」

青年 「大丈夫だって。お前はあの幼女の子守りでもして待ってろ」

魔王 「精々死なないように頑張れよ」

才女 「………」

青年 「えっ、今すぐ出発?」

魔王 「そうだな、事態は割とひっ迫している」

魔王 「場所は武芸の国の西部だ」

青年 「オーケー。ティーブレイクでも楽しみながら待っとけ」

才女 「気を付けて」





青年 「なぁ、そんなことより、ここに狐が入ってこなかったか?」

青年 「ここまで分かれ道とか無かったし、もしかしたらここにいるんじゃないかと思ったんだけど」

魔王 「いや、特には見ていないな。第一この部屋には扉があるだろう」

魔王 「獣がひとりでに入ってくるってのは可笑しな話じゃないか?」

魔王 「俺以外の動物がここにいること自体珍しいしな」

才女 「口調が変わった」

青年 「そうだなぁ。何だよ、俺って」




若年傭兵 「久しぶりにまともな仕事だな」

そう言いながら、傭兵は手の中の小さな瓶を玩ぶ。

それは彼が傭兵や狩人として仕事を請け負う時に必ず携帯する物の一つだった。

場所は武芸の国、西部。ギリギリ人の里が点在する僻地。

今夜は周りに草原と小さな森しか無いここで野営を構え、朝一に進軍を開始するらしい。


現在、職人や商人、農民や官吏など、世界には一生を掛けて続けることのできる仕事は少なくない。

特に人間界全体で人口増加の気運がある人の国にとって働き手はいくらあっても足りないと言って良い。

人が占有する領域を広げるための武力。そしてその兵達を動かす農作物や食肉。

それらを作るには、武力としての兵より多くの農牧民が必要になる。

そんな時勢の中でも、傭役歩兵と呼ばれるその職を彼が生業とした事に大きな理由はない

ただ何となく自分にはその様に不安定な仕事が合っているような気がしたのである。

しかし、ここ最近はめっきり魔族との闘争は無くなった。

傭役歩兵として武器を取る人間達にとってこれは大きな痛手となる。

魔族と戦う必要が薄れれば、傭役歩兵を雇う国も給金を中々出してはくれないからだ。

彼も御多分に漏れずその影響を大いに受けた。

ただでさえ質素な食事がさらに侘しさを帯びてきた頃、ようやく人の国の王が動き出す。


勇者一行の結成。そしてそれに伴う、自陣の確保を目的とした連合国軍傘下の部隊による進軍

自陣。魔の領域と比類される時には人地とも言われる。

腕利きの傭役兵である彼は勇者の一件を踏まえ、かなり早い段階で傭役兵の徴兵があると読んだ。

その読みは見事に的中し、情報の入りやすい商業の国に駐在していた彼に連合国軍からお呼びの声が掛かる。

そして今に至るというわけである。

そんなこんな、後払いの給金と配布すらされない装備に若干の苛立ちを覚えつつ、明日の準備をする。

準備と言っても彼に大したもの無い。

人の世に迷い込んだ魔物を駆逐する時、また人相手に刃物を向ける時、彼には必ず携帯している物があった。

それは、一つが閃光瓶。そしてもう一つが軽装の鎧である。

閃光瓶は、鉱石と魔力の籠められた水が仕切られて入った簡素な物だが、一般には流通しない彼のお手製だ。

人の国を遍歴する彼にとって、武芸の国で手に入る珍しい鉱石と魔導の国で入手する魔力に関する物はとても利便性が高い代物だった。

どちらも単体では全く役に立たないが、ある程度熟達した調合スキルがあれば、暖を取るためのカイロにも目眩ましの煙幕にも閃光瓶にも代用できる。

鎧は、鎧と呼ぶには些か心許ない布で出来ており、刃物を向けられれば抗う事無く切られてしまう程の物だった。

彼がそんな鎧を選り好んで使用するには理由があった。

それは彼のバックボーンとも言える兵士としての気位に起因する。


一つ。重装歩兵(ホプリタイ)の密集隊形(ファランクス)には絶対に加わらない。

敵が人であるなら兎も角、魔物や魔族の中には空を飛翔し上方から攻撃を仕掛けてくる種がいる。

そのような敵を相手取った場合、ホプリタイの装備では柔軟に攻撃をかわす事も、いざという時に退避する事も出来ないからだ。

ファランクスを組んでいたのなら尚更である。

いくら重厚な鎧と全身を覆うような盾を持っていようと、全身を堅固に守ることは出来ない。

故に彼は、軽装の鎧を選り好むのである。当然、その選択には、敵の攻撃をかわす自分の技術に対する自負に裏付けされている面もある。

二つ。最悪、給金を捨ててでも逃亡の選択肢を残す。

これは傭役兵として長く生きていくための経験則だが、彼の場合はどれ程の栄誉と引き換えでも怪我をする事は絶対に避けるというある種の覚悟があった。

そして最後。親しい同士を作らない。

戦場から退く場合、それは仲間を見殺しにするということでもある。

白兵戦で二対二から、一対二へと変われば、十中八九その味方の一人は死ぬ事になる。

それでもいざとなれば、彼は脇目も振らず戦場から逃走を図るだろう。

それは一時的な恐怖に基づく行動などでは無く、全ては彼の気骨を主眼とした金科玉条なのである。


ある意味では傭兵らしい傭兵なのだが、人としては倫理の欠落した非情さを併せ持っているとも言える。

今回の進軍は魔界と人の世界の中間にある平遠な草原を占有する為のものだ。

しかし、いくら中間地点とはいえ、場所によっては人も魔物もいるらしい。

場合によっては、魔物を放逐、ないし掃討する必要が出てくるかもしれない。

若年傭兵は久しく用の無かった刀剣の刃を研ぐ。

それは彼が今一度戦地へ赴くための儀式。

傭兵として駒のように扱われる事を受け入れる気宇の象徴。







傭役歩兵混成騎士部隊



壮年将軍 「これより進軍を開始する!」

壮年将軍 「今回の任務は我等が人地の再占領」

壮年将軍 「さらなる繁栄を目指さんとする人類の領地を明確化する為の重要な作戦だ」

壮年将軍 「傭役兵も魔導兵も、全ては我に従え」


この言葉から始まった進軍も時間と共に勢いを失っていく

最初はいきり立っていた傭兵達も、敵がいない事にようやく気付いた様子で、誰一人口を開かない

無言で歩を進める人の集団には何か言い知れぬ不気味さがあった


若年傭兵 (久しぶりの仕事だが、こりゃ駄目だね。全く統率が取れちゃいねぇ)

若年傭兵 (誰一人口を開かねぇのも頷けるわ)

若年傭兵 (まぁ、黙ってタラタラ歩いているだけで給金が貰えるなら、それはそれで儲けモンなんだがな)


それから半日以上ほぼ無言で進み続けた傭役歩兵混成騎士部隊

その数百メートル後ろには弓兵部隊の姿が見て取れた

そしてそのまた数百メートル後ろには魔導部隊の姿もあった



終わりが無いようにも見えた進軍にも卒然とした事態が訪れる


総勢一千人にも及ぶ、比較的大規模な旅団

その進む先に巨大な森林があったのである

平々とした草原にポツンとある大森林は圧倒的な存在感で、それにより弛緩した旅団の雰囲気が幾らか引き締まっていく


若年傭兵 (何だありゃ? 如何にもここからは魔界って感じだな)


シュボンッ

発煙筒によるサイン


若年傭兵 (赤……って事は合流か)

若年傭兵 (森に入って行くなら、一旦集まらねぇといけねぇんだな)



壮年将軍 「ここより先は入り組んだ森となっている!」

壮年将軍 「全軍、この騎士部隊に続け!!」



兵士が皆集まったその時――




   五行魔法・相乗・焔火金熔




転瞬

雲ひとつ無い真っ青な空を巨大な火炎が覆う


若年傭兵 (敵襲!?)


壮年将軍 「総員退避っ!!!」


兵士の視界を包むそれはただの炎では無かった


傭兵 「たかだ炎だろっ」


ある傭兵は盾で襲い来る炎を防ぐ

シュボォッ

火が盾に触れたその瞬間、盾では無く彼自身を炎が駆け巡った

傭兵 「ぎゃあァァッッ」


嘘…だろっ
やべぇ……絶対この炎には触れるなァ!!
一体なんだってんだ!?


口々に摩訶不思議な魔法に叫騒する

阿鼻叫喚の様相を呈すその場所

そこはもはや戦場と化していた




若年傭兵 (不味いっ、急襲でコイツ等全員パニクってやがる!!)


そう言いつつ、若年傭兵は一つ一つ火炎を確実にかわしていた


青々とした草原はいつの間にか灼熱の赤へと変貌を遂げる

痛ましい火達磨になった兵達の叫喚が耳をつんざく


炎の地獄が一旦収まった時には、半数以上が非道い火傷を負っていた

特に重装備だった者や騎兵にもう軍隊としての見る影には無く、傭役兵の中にも多く怪我人が出ていた


若年傭兵 (収まった……か?)


灼爛に悶える兵士とそれを消火しようとする別の兵士

若年傭兵の周りにも幾人もの怪我人や、未だ身体の火が残っている者も多くいたが、彼は一切見向きもしない

ただ、この攻撃を繰り出した主が潜んでいるであろうあの森をひたすら睨み付けていた




若年傭兵 (これだけの魔法。人間界でさえ見た事がねぇ)

若年傭兵 (魔族がこれを使ったとしたら、俺はちっと気合いを入れ直さないといけねぇな)

若年傭兵 (取り敢えずはこのパニックが収まるのを待つか)




   五大元素魔法・特式・風




戦下に風が吹き抜ける

それは更なる混乱を招く悪魔の風


一人の口から発せられる単純な音という振動は、色も匂いもない無機質な空気の流動によって、聞きとる事さえ出来ない程の大音声と変質する

意思を乗せた声はその全てがノイズとなり、互いの耳を不能に追い込む


若年傭兵 (んだこれッ!? 五月蝿くて何も聞こえやしねぇ!!)


そんな中、ただ一人必死に指揮を取り直そうする者がいた


壮年将軍 「静まれっ!! 静まれえぇぇぇッ!!」


怒声を張り上げるが、それでさえ混乱を招く一因となっている事に彼は気付かない


若年傭兵 (クソッ、リーダーがあれじゃ纏まる訳ねぇだろっ)


兵士達の視線は誰一人として壮年将軍へとは向いていなかった

顔を見合って怒鳴り合っている兵士もいれば、ただ身を屈めて耳を頑なに塞いでいる兵士もいた

視線があらぬ方向へ交錯する戦場

その中で若年傭兵は途轍もない決断を下そうとしていた



若年傭兵 (今、もう一度あの盾じゃ防げない炎を放たれたら、この部隊は間違い無く壊滅する)

若年傭兵 (これは音を増幅させる魔法だ。聞いた事も無いが、現実としてそれが起きているのだから信じるしかねぇ)

若年傭兵 (一瞬だけでもこの場をしじまで覆う事が出来たら……)

若年傭兵 (今こそ、俺が名を売るチャンスかもしれねぇ)

ジャキンッ

取り出した刃は昨日研いだばかりの物

刃を研磨するという事は彼にとって、人の心を殺し、非情になるための通過儀礼であった

その刃を使うという事は、如何なることにも動じない鋼鉄の覚悟を決めるという事




壮年将軍 「黙れと言っているのが分からんのかぁぁっ!!」


壮年将軍は既に馬を降りて、両手をめいっぱいに広げ烏合の衆となった部隊を鎮静させようとしていた


ザシュッ


唐突な背中への一撃


壮年将軍 「かはっ……」

悶えながらも自分へ凶刃を向けた主へ顔を向ける


若年傭兵 「よう」


壮年将軍 「誰…だっ貴様……」


若年傭兵 「部下の顔も覚えちゃいねぇのか。まぁ良いけどよ」

若年傭兵 「知ってっか? 組織のテッペンが無能だと不必要な死を招くんだぜ」

若年傭兵 「これもその結果だ」


若年傭兵がその言葉を発した時には、既に壮年将軍に意識は無かった


そしてそこから若年傭兵の席巻が始まる――








時は少し遡り……




武芸の国 西部 大森林


青年の後ろに大地の精霊ノ―ム、隣に水の精霊ウンディーネ、斜め上の中空に風の精霊シルフ



シルフ 「土に水に風。これだけ魔法を使っても青年は大丈夫なの?」

青年 「余裕……ではないな。でももうじきお前達の協力が必要になるんだ」

ウンディーネ 「何で森で私も呼ぶのよ」

青年 「そりゃ勿論必要だからさ」

ウンディーネ 「何で必要なのか説明しなさい」

青年 「……意外だな。精霊ってのはそういうのあんまり気にしないのかと思っていた」

ウンディーネ 「あのね、精霊を誰かが呼び出すってことは、一時的に世界中のそのエレメントに守護者がいなくなるって事なの」

ウンディーネ 「考えても見なさい。私がアンタとピクニックしてる間に、あの憎たらしい武装船団(バイキング)の連中が、」

ウンディーネ 「海に汚物を撒き散らしてたらどうするのよ? 私は即刻仕返しをしなきゃ気が済まないわ」


ノ―ム 「お前はまだあんな幼稚な集団と遊んでおったのか?」

ウンディーネ 「だってぇ、アイツら、むさくるしい顔して、『俺達は母なる海と自由を愛す(キリッ』とかほざいてるのよ」

ウンディーネ 「いつ私はアンタらの母になったのかしらっ」

青年 「まぁ、バイキングってのは、略奪を繰り返す碌でも無い連中も多いしな」

青年 「たまに灸を据える事は必要なのかもしれない」

ウンディーネ 「そうでしょっ、やっぱり私が正しいわ」

ウンディーネ 「そしてそこの呆け老人が間違ってる!」

ノ―ム 「はぁ、いつまでアンタは子供なんじゃ? シルフだってもう少し大人だと思うぞい」

シルフ 「まぁねぇ、あたしはちょっと最近凄い秘密が出来たしねぇ~」

青年 「秘密?」

シルフ 「青年には教えてあげなーい」

青年 「おいおい、何でさ?」

シルフ 「喋ったら秘密じゃ無くなるもーん」

ウンディーネ 「アンタまたエルフでも取り込んだんじゃないの~?」

ウンディーネ 「妖精ニンフから精霊シルフになった時みたいね」

ノ―ム 「そうなのかい? シルフや」

シルフ 「えっ…えっ。違うけど? 見当外れも良い所だけどっ?」

青年 「怪しいな」


シルフ 「まっ…またまたぁ~、あたしにやましい事なんて何一つ無いよっ」

シルフ 「ところで、なっ…何で青年やあたし達を呼び出したの?」

ノ―ム 「お爺ちゃん、隠し事はいけないと思うんじゃがなぁ」

シルフ 「ちょっとっ、もうその話題は終わったのっ! 蒸し返すの禁止!」

青年 「秘密なら無理に聞かないけど、またいつか教えてくれよ」

シルフ 「百年経ったら教える」

青年 「いや、俺死んでるし」

ウンディーネ 「分かんないわよぉ。実際は人外の化け物にでもなって、私たちみたいに生き続けてるかも」

青年 「勘弁してくれよ。人間だから俺なんだぜ」

青年 「きっと俺は、青年とは何なんだ? って聞かれたらこう答える」

青年 「空も飛べない、地にも潜れないただの人間ってさ」

シルフ 「?」

ウンディーネ 「??」

ノ―ム 「???」

ノ―ム 「つまり……どういうことじゃ?」


ウンディーネ 「あー、駄目だわ。若い人間の例えはホント訳分かんない」

青年 「特別だから俺、って訳じゃないのさ」

青年 「才女と旅をしているから俺。精霊と意思疎通出来るから俺。魔法を使えるから俺。ってんじゃないんだ」

青年 「魔族でも魔物でも妖精でも精霊でも無い。人間の心を持っているから俺なんだ」

シルフ 「そう……なら、身体を無くした僕も僕のままなのかい?」

シルフ 「心さえ、無くしていなければさ」

青年 「……は? いきなりどうしたんだ?」

シルフ 「えっ…いやいや私何も言ってないけど?」

ウンディーネ 「…………」

ノ―ム 「精霊としてもお年頃じゃからのぉ、シルフの嬢ちゃんは」

ノ―ム 「もしや未だエレメントとして安定化出来ておらんのかもしれん」

青年 「ま、何でもいいけどさ」

青年 「そろそろ、今回の呼び出した目的について話そう」

ウンディーネ 「そうよっ、まだ理由を聞いていなかったわ!」

青年 「ちっと色々あって、これから人の軍隊を相手にしなくちゃいけない」

ウンディーネ 「軍隊ってあれ? 人が群れて歩く奴?」

青年 「そうだ。正直言ってまともやっちゃ撃退は出来ないと思っている」

シルフ 「あたし達がいるのに負けるってことはないでしょーっ」

ノ―ム 「そうじゃな、青年が退く事は無いはずじゃ」


青年 「おお、そんなに俺に肩入れしてくれるのか」

ノ―ム 「ワシ等は青年や才女がただ何かを傷づける事などしない事を良く知っておる」

ノ―ム 「青年が地から離れない限りは、ワシとお主は否が応にも繋がっておるのじゃ」

ノ―ム 「それは水や風とて同じ事」

青年 「ほーん、確かに今回は人と魔の関係をこれ以上悪化させない為の行動でもある」

青年 「あと、これは勝負じゃない。俺自身、人の軍隊を皆殺しにするのはそう難しい事じゃないと思っている」

青年 「謀略と魔法さえあればな。でもそれじゃあ全く意味が無い。魔族の反撃と思われてしまうからな」

青年 「そこで、今回は勝負に打ち勝つのではなく、撃退が目的となる」

青年 「ただ攻撃を受けただけじゃ、人ってのは引かない」

青年 「だからちょっとお前達の力が必要になったんだ」

ウンディーネ 「何よ、簡単じゃない」

ウンディーネ 「この辺りを洪水にすれば?」

シルフ 「竜巻なら人もひとっ飛び~。なんてね♪」

ノ―ム 「地割れとか地震でも起きれば、人っ子はビビって逃げるじゃろうな」

青年 「お前等……。そう言うの何て言うか知ってる?」

シルフ 「適正なる人の撃退方法?」

青年 「違う……。天災って言うんだよ」

青年 「抗う事叶わぬ天神の誅罰ってやつだ」

ノ―ム 「人の世は小っこいからのぉ」


ウンディーネ 「そういえば、荒海に迷い込んだ一隻の船って滑稽だと思わない?」

ウンディーネ 「もう陸には戻れないのに、必死に神様にお祈りしてるの」

ウンディーネ 「可笑しくって笑っちゃったわ。何で見た事も無い神を信じられるんでしょうね」

シルフ 「それはあれだよ、偶像崇拝?」

青年 「精神の安定を保つためには、何か絶対不変の価値を見出せば良いんだ。主観的ではあるけどな」

ウンディーネ 「不思議ねぇ。人はそんなまやかしに手を合わせて頭を下げるんだから」

ノ―ム 「それだけじゃないと思うぞい」

ウンディーネ 「んー何さ?」

ノ―ム 「ウンディーネ、例えば、今正に水難に遭っている二人の人間がいるとしよう」

ノ―ム 「一人は少年で純粋に神を信じ、死にかけている時でさえ神へ自らを生かしてくれと懇願する」

ノ―ム 「そしてもう一人は、自分以外を蹴落としてでも生き長らえようとしているバイキングじゃ」

ノ―ム 「お主の気まぐれでどちらか一方を助けるとしたら、どちらを助けるのかの?」

ウンディーネ 「決まってるじゃない。可愛い坊やを助けるわ」

ノ―ム 「神を信じている者を助けるんじゃな?」

ウンディーネ 「そうよ。だってその神ってまんま私の事だし」

ノ―ム 「その無意識のバイアスが民衆に神と言う偶像を生みださせてのじゃ」

青年 「成程な。確かにそうかもしれない」

ウンディーネ 「納得いかないわね。私は世界一公正公平な存在よ。バイアスの対義語みたいじゃない?」

青年 「それはお前の思い込みだ。バイキングが善良な自然保護団体で、尚且つ美少年のみが構成員だったら、バイキングも助けただろ?」

ウンディーネ 「自然保護の理念があるなら、誰だって助けるわよ」

青年 「それが一部の人間から見れば、偏りに見えるってことだ」

ウンディーネ 「面倒くさいわね、人って」


シルフ 「ねーねー、結局わたし達は何をすればいいのかな? っと」

青年 「おお、そうだったな。まず、作戦はこうだ」

青年 「俺達はこの森で待機。いずれここを連合国軍の軍隊が通過するだろう」

青年 「隙を見て、俺が大規模遠距離魔法で奇襲」

青年 「それによる敵の被害状況を目視した上で、さらに混乱を招くよう魔法を使う」

青年 「最善はこの段階で敵が撤退してくれる事だが、多分そんなに上手くは行かないと踏んでいる」

青年 「そうなったら、俺が森から姿を出して魔族を装い、最後に力を見せつける」

青年 「それがお前達精霊の力だ」

シルフ 「あい分かったんだよっ」

ウンディーネ 「精霊の凄さをアホな人間に見せつけてやれば良いのね?」

青年 「そんなところだ」

ノ―ム 「見せ方も重要じゃろう?」

青年 「そうだな。ただ台風を起こしたり、地震を起こしたら、俺がそれを行ってるってのが良く伝わらないからな」

青年 「瞬間移動と沼だ」


シルフ 「瞬間移動はあたしかな?」

青年 「そうそう。シルフは機を見て俺を思いっきり森の方へ吹っ飛ばす」

青年 「ノ―ムは俺が着地…というか落下する地点に緩衝材を作ってくれ」

青年 「そして最後だ。これは目に見えない地中の出来ごとだけど、」

青年 「ノ―ムが地下に溝を作って、そこにウンディーネがありったけの水を流し込むんだ」

ウンディーネ 「それで沼になるわけ無いじゃない」

青年 「結果的に人の侵入が難しい湿地帯になれば良い」

青年 「取り敢えず、人間が度肝を抜かれて尻尾巻きたくなればそれで構わない」

ノ―ム 「地面に亀裂をいれて、水を流すのなら、いっその事間欠泉でも掘り当てた方がええんじゃないかの?」

ウンディーネ 「良いわねぇ、それって温泉ってやつでしょ?」

青年 「温泉もいいけど、そんな都合良く地熱に温められた地下水なんてあるのか?」

ウンディーネ 「舐めないで欲しいわね。私なら例え地球の裏側だろうと、ここまで温泉を運んでくる事が出来るわ」

青年 「何でもいいや。ならそれで行こう」







数時間後

森に息を潜める青年と精霊達


青年 「来たな。規模はざっと千人」

青年 「戦略の最小単位って所か」

シルフ 「それって多いの?」

青年 「妥当だな。それに傭兵が先頭の集団の主力になっているから、まぁそれほど統率がある部隊ではない」


シュボォッ

赤の発煙筒


ウンディーネ 「なーに、あれ?」

青年 「発煙筒。後進の部隊に決められた指示や合図を伝える物だ」

青年 「今回は合流だろうな」

青年 「行くぜ」

青年 「五行魔法・相乗・焔火金熔」


青年を中心に、真っ赤な炎が天空に向かい放たれる





ノ―ム 「おお、綺麗じゃのぉ」

シルフ 「あ、傭兵さんが火だるまになってる」

ウンディーネ 「うわー、えげつなっ……」

青年 「『相乗・焔火金熔』は、火の性質が強すぎて金が侮られる魔法なんだ」

青年 「つまり、火に金の性質が付与されるということ」

青年 「実体のある火を盾で防ぐ事は出来ないってわけさ」

ウンディーネ 「同族相手に良くやるわねぇ」

青年 「真っ向から魔法を撃ち合うよりずっとましだ。それに幾らか出力は落としてある」

青年 「大火傷はあっても死ぬことはないだろう」

シルフ 「むむっ、傭兵さんの一人がこっちをずっと見てるよ」

青年 「大丈夫だ。俺でさえ見える距離のギリギリだから、常人じゃ絶対に俺達を見つけることは出来ない」

ウンディーネ 「おおホントだ。でもすっごい凝視してるわよ」

青年 「気にしない、気にしない。さっ、次だ」

青年 「五大元素魔法・特式・風 」


そよ風

それはすぐに勢力を増して、突風として人の軍隊の間を吹き抜け行く





シルフ 「なーんだ。風ならあたしがやれば良かったのに」

青年 「これは特別なんだよ」

ノ―ム 「おお、人っ子達が耳を塞いで悶えておるぞ」

ウンディーネ 「何? あの魔法」

青年 「単純に言えば広角音響増幅魔法って感じだな」

青年 「小さな音でも大きな音でも見境なく爆音にするって魔法だよ」

シルフ 「へぇー、人の魔法って便利なんだねぇ」

青年 「いや、多分行使できるのは人の中でも俺か才女ぐらいだしな。誰彼無しに使えるわけじゃないから特段便利でもないぜ」

ウンディーネ 「そーなの。で、次はどうするの?」

青年 「取り敢えず、様子見ー」



ノ―ム 「おっ…こっちを見ていた傭兵がリーダーらしき男を襲ったぞい!?」

青年 「うわっ…マジで!?」

ウンディーネ 「仲間割れかしら?」

シルフ 「ただの私怨かもよぉ~」

青年 「ちょっと風向きがあやしくなって来たな」


突然、空へ放り投げられる瓶




青年 「ありゃ、閃光瓶だな。目を塞げよ」


青年の台詞の直後、瓶が眩く光る



ウンディーネ 「精霊に知覚器官なんて無いわよ」

青年 「なんだ、そうなのか」

青年 「それはそうと、ちょっと行ってくるわ」

青年 「お前達はここで待機」

青年 「略式で召喚するから、すぐ来れるよう準備しておいてくれ」

シルフ 「承知っ」

ウンディーネ 「分かったわ」

ノ―ム 「ガンバじゃぞ」

青年 「ああ」


外套を頭からすっぽりとかぶり、目線をやや下に向ける

そうすることで表情はおろか人の容貌すら確かでは無くなる


青年 「あー、あー」

青年 「もうちょっと低くか」

青年 「あ゙ーあ゙ー゙あ゙ー」

青年 「よじ、ごんな゙も゙んか」


ウンディーネ 「うえぇっ…気持ち悪!」

シルフ 「声が変わったよぉ……」

ノ―ム 「青年は器用じゃのぉ」








魔王城


魔王 「青年を助けなくて良いの?」

才女 「助けは要らない」

魔王 「彼は死ぬかもしれないのに?」

才女 「死なない。何事も無くここへ戻ってくる」

魔王 「私はそうは思わない。単独で旅団規模の兵隊と戦うことは容易ではないから」

魔王 「勿論、人の場合においては」

才女 「貴方は青年の身が心配?」

魔王 「私は青年を試す為にあのような事を言った」

魔王 「重要なのは結果では無く、一人で戦うと選択したその過程」

魔王 「だからこそ、才女が青年を助けに行くのなら止めはしない」

才女 「青年は言った」

才女 「お前はあの幼女の子守りでもして待ってろと」


才女 「お前とは私。あの幼女は貴方の事」

才女 「だから私はその言葉に従って、貴方の子守りをしながら青年の帰りを待っている」

才女 「何処にも不自然な箇所は無い」

魔王 「そう。貴方がそう考えるのなら、私は止めはしない」

才女 「最初からそのつもり」

魔王 「そう……」

才女 「そう……」

魔王 「…………」

才女 「…………」

才女 「暇」

魔王 「早く帰って来て欲しい」

才女 「青年」


魔王 「心配」

才女 「唯々諾々」

魔王 「空々漠々」

才女 「空々寂々」

魔王 「空前絶後」

才女 「五里霧中」

魔王 「雲中白鶴」

才女 「鞍馬天狗」

魔王 「群雄割拠」

才女 「教外別伝……では無く、興言利口」

魔王 「雲消霧散……と見せかけて、雲散霧消」

才女 「雲心月性」

魔王 「異国情調」

才女 「雲集霧散」

才女 「あ」

魔王 「はい、終わり」

才女 「…………」

魔王 「…………」


才女 「暇」

魔王 「コンセンサスを贈呈」

才女 「そこはかとなく暇」

魔王 「同意。些か暇」

才女 「青年」

魔王 「早く」

才女 「帰還」

魔王 「希望」

魔王 「ティーブレイクはいかが?」

才女 「あら良い案ですこと」

魔王 「そう言えばパンを切らしていたのでしたわ」

才女 「ならばケーキを食べればよろしいのでは?」

魔王 「妙案ですわね」

才女 「召し使いはいらっしゃらないの?」

魔王 「彼は今戦っておりますの」

才女 「それはまた物騒ですわ」

魔王 「その通りですのね。低俗な人間は血の気が多くて好みませんの」

才女 「淑女たるもの、常に凛然と優雅な振る舞いで無ければいけません」

魔王 「男性の数歩後ろを歩き、スカートは地につかぬよう気を付け、それでいていつも柔和で無くては」

才女 「うふふふ」

魔王 「おほほほ」


才女 「マダム、アイムアダム」

魔王 「マダム、アイムアダム」

才女 「借りろ、それか盗め」

魔王 「借りろ、それか盗め」

才女 「回文はお好き?」

魔王 「アナグラムも少々」

才女 「三月」

魔王 「魅力的ですね」

才女 「僕は二度、自分の顔を見る」

才女 「一つは池の水面で」

魔王 「二つは君の瞳で」

才女 「僕はナルキッソス」

魔王 「自己陶酔も悪くない」

才女 「残月が僕を照らす」

魔王 「水面に僕を映しだす」

才女 「残念。今日は雨」

魔王 「そういう時は君の瞳を覗くんだ」

才女 「気持ち悪い」

魔王 「ナルシズムは御遠慮を」

魔王 「青年は?」

才女 「否定できない」

魔王 「…………」

才女 「…………」

才女 「暇」

魔王 「暇」










madam, I'm adam
逆からでも
madam, I'm adam
同じように
borrow or rob (借りろ、それか盗め)
逆からでも
borrow or rob

march(三月)
アルファベットを並び替えて
charm(魅力)







時はまたも遡り……



森に降り注ぐ矢じりの雨



シルフ 「うわー、あたしが人間だったら脳天に矢がぶっ刺さってたね」

ウンディーネ 「いくら個の力が弱くても、こうも数で攻撃されたらたまんないわ」

ウンディーネ 「ちょっとなめてたかも」

ノ―ム 「あと少し、青年が森を出るのが遅れてたらと考えると怖いのぉ」

シルフ 「青年がやなぐいになるのは見たくないなぁ」

ノ―ム 「やはり人は面白い種族じゃな」

ウンディーネ 「一人で軍隊を相手取る奴もいれば、統率でそれを迎撃する軍隊もいるものねぇ」



森の前方に荘厳と立つ青年


青年 (あの弓兵達、凄い精確さだ)

青年 (狙いもさることながら、誰もが同じ放物線の矢を放った)

青年 (それにあの傭兵が、俺の魔法を逆に利用して全体の指揮を高めている)

青年 (失敗したな。一度作り出した風はもうどうにもならない)

青年 (さて、コイツ等中々にやっかいだ)

青年 (それに将軍が襲われた事は誰一人気付いていない)

青年 (それだけあの傭兵の指揮が鮮やかな程に優れているからか)


驚愕の表情で青年を睨みつける若年傭兵


青年 (おっ、やっと見つけてくれたか)

青年 (焦ってるなぁ。ここからでも読心できるぐらいだ)

青年 (なんだアイツは!? まるで幽霊みたいだ)

青年 (さて俺はアイツを討つことができるのか?)

青年 (俺はもうビビっちまってる。だがコイツ等なら……)

青年 (こんなところか)


若年傭兵の指示の後、駆け出す歩兵と騎兵



青年 (そろそろシルフを呼ばないとな)


射出される弓


青年 (おお、これまた綺麗に俺を狙ったな)

青年 (直撃どころか逃げ場が無い)


続け様に魔法が放たれる


青年 (火か。このスピードとコースなら弓矢と被る。それが狙いなのか)

青年 (よし、十分に引きつけた)

青年 「風の精霊シルフ。我が手を取り、風と成れ」

シルフ 「はっいはーい♪」

青年 「後方へ吹き飛ばすんだ」

シルフ 「らじゃーっ」


バアァアァァアンッッ!!!!


青年 「ぐうぅっ…」


森の方向へ玩具のように吹き飛ぶ青年



青年 (強すぎだろっ)


シルフ 「ありゃ、やり過ぎちゃった?」


空中でどうにか体勢を整えようとするが、圧倒的な空気抵抗により全くコントロールが利かない


青年 (あぁ、ヤバい。俺死ぬかも……)

青年 (いやいや、こんなんでお陀仏とか無念過ぎて笑えないなっ)

青年 「大地の精霊ノ―ム。我が願いに呼応しろっ」

青年 (出来るだけ柔らかい地面にしてくれッ!!!)





予測された着地点、もとい落下地点周辺


ノ―ム 「おーう、了解じゃ了解」

ボコッ

ボコボコボコボコボコボコッッ!!!


地面がひっくり返り、木々が根こそぎ退けられていく


ウンディーネ 「水を加えたらもっと柔らかくなるんじゃない?」

ウンディーネ 「ということで」

ジョボボボボ

地から染み出す水が、ひっくり返った地面に流入




青年 (ああ、やっぱ駄目かも―――)


バッッシャァァンっ!!


着地、もとい着水


ノ―ム 「ジャストポイントじゃったな」

ウンディーネ 「完璧すぎてもうね」

シルフ 「ごっめーん。ちょっとだけ強かったかも」


青年 「……くっ」

ノ―ム 「どうやら無事だったようじゃな」

ウンディーネ 「当然よ。ここまでやらせておいて死ぬなんて許さないもの」

シルフ 「いやいや、あたしの力加減が絶妙だったんだよ」

青年 「痛い……」

シルフ 「どーしたの?」

青年 「見りゃ分かんだろっ」

そこには湾曲した青年の片腕

ウンディーネ 「あれ、さっきと腕の方向が……」

ノ―ム 「骨折じゃの」

シルフ 「骨折?」


ノ―ム 「人には、骨と呼ばれる身体を支える枝があるんじゃ」

ノ―ム 「それがぽっきりと折れてしまったようじゃ」

青年 「あー、生まれて初めてこんな大けがした」

ウンディーネ 「その割には余裕そうね」

青年 「そりゃ妖精の粉で痛みを誤魔化しているからな」

シルフ 「その瓶が?」

青年の手に握られた瓶の中には、光華の粉が入っていた

青年 「妖精の鱗粉には思い込みを視覚化する作用がある」

青年 「それは五感全てを騙す事が出来るんだ」

青年 「だから俺は自分が骨折していないと思い込んでいるお陰で、碌な痛みは感じていない」

ウンディーネ 「そうなんだ。なんだか人って不便ね」

青年 「そんな事より、何で緩衝材に水を加えたんだ?」

青年 「そのせいで服がびしょ濡れじゃないか」

ウンディーネ 「私の英断よ」

青年 「そりゃ誤断だ馬鹿野郎」

ウンディーネ 「私が馬鹿ですってっ?」


青年 「ああ、お前はとんでもない阿呆だよ」

ウンディーネ 「私は馬鹿でも阿呆でもないわよっ」

ウンディーネ 「アンタの理解が及ばないだけで、私を罵るのはお門違いなんじゃないのっ!!」

ノ―ム 「いや、これはお主が悪い」

ノ―ム 「水を加えれば衣服が濡れてしまう事は分かっていたはずじゃろうて」

シルフ 「そーだね。青年が可哀そう」

青年 「そーだぞ。俺は傷心だ」

ウンディーネ 「何よもうっ。私は悪くない!!」

青年 「と、仲良く喧嘩するもの良いが、今は急場なんだ」

青年 「ノ―ム、地震を頼む」

ノ―ム 「分かったぞい。ほれ、ウンディーネも間欠泉は見つけたのかい?」

ウンディーネ 「まぁ……うん」

青年 「さっきのは冗談だから、へそを曲げるなよ」

ウンディーネ 「そっ…そうよねっ、最初っから私は冗談だって気付いてたから!!」

青年 「おおそうだな。俺はお前がはなから冗談だと気付いてくれると思ったからあんな冗談を言ったんだ」

青年 「だからさっさとやる事をやってくれ」

ウンディーネ 「分かったわ!どんとこの偉大なる水の精霊に任せておきなさい!!」


ノ―ム (青年もウンディーネの扱いによう慣れたもんじゃの)

ノ―ム 「さて、行くぞ!」

ノ―ム 「揺れーる。揺れーる。地球が揺れ~る」

ウンディーネ 「噴き出ーす。噴き出ーす。間欠泉噴き出~す」

青年 「……………は?」

シルフ 「精霊の言霊はそのまま地球のエレメントに呼応するの」

シルフ 「だからあれは精霊語ってところかな?」

青年 「そっ…そうか。随分ユニークでかなり驚いたぜ」

グラグラッ

青年 「うわっ、でかっ」

青年 「それにあの水柱は……」

ウンディーネ 「ふふんっ、あんなの余裕よ!」

青年 「よし、二人とも上手くやってくれたようだな」

青年 「じゃあ、最後の仕上げだ」


青年 「少し黙っててくれよ」

青年 「五大元素魔法・特式・風」


青年 「我は、代々魔王様、魔を統べる系譜に仕えし魔族」

青年 「貴様等、矮小な人間風情が魔王様の領地を侵すとは、如何にも憎らしい」

青年 「今回ばかりは我の独断ゆえ、貴様等を皆殺しにはせぬ」

青年 「しかし貴様等が長の首だけは置いて行ってもらうぞ」


シルフ 「さっきの気持ち悪い声だね」ボソボソ

ウンディーネ 「一体どうやってるのかしら」コソコソ

ノ―ム 「人は面白いのぉ」コソコソ


青年 「ふぅ、これでお終いだ」

ウンディーネ 「ちょっと待ちなさいよ。何でアンタがリーダーを殺した事にしてるの?」

青年 「ああ、それか。今、あの傭兵が殺した将軍がどうなってるか分かるか?」

ウンディーネ 「いいえ」

シルフ 「それが何か関係あるの?」


青年 「ああ、アイツは今数百人の兵士が踏み付けて原型も留めていない程、愉快な事になってるはずだ」

青年 「しかも、あそこにいる兵士はあの傭兵を除いて誰一人将軍の死に気付いていない」

青年 「何故かと言うと、それは傭兵の意識操作のためだ」

青年 「どこかアイツの挙動に違和感があったんだけど、それは将軍に視線を向けさせないためのものだったんだ」

青年 「つまりアイツは将軍の死亡を他の兵士に知られたくなかった。自分が疑われると思ったのかもしれないな」

青年 「実質的にあの場を支配していたのもあの傭兵だった」

青年 「判断に優れているはずの傭兵がもし、少しでも兵を引かせるのを躊躇したとしたら、」

青年 「それは間違いなく将軍の死が関係している」

青年 「だから俺は将軍弑逆の罪をかぶったのさ」

青年 「そうすれば、アイツは迷うことなく兵を引かせるからな」

ノ―ム 「成程のぉ。そんな事すっかり気付かなかったわい」

ノ―ム 「見事な観察眼じゃ」

ウンディーネ 「良く分かんないわ」

シルフ 「見え見えな見栄?」

青年 「見栄というか、自分の上司を殺す事を弑逆って言うんだけど」

青年 「人の世じゃそれは相当に重い罪なんだ」

青年 「ばれたら、まず死刑は逃れられない」


青年 「賭けだったんだろうぜ。兵士達の英雄になるか、犯罪人となるか」

ウンディーネ 「人が人を殺すのね」

シルフ 「あの統率力には関心を惹かれたけど、その同族殺しには感心しないなぁ」

ウンディーネ 「食べるためでもないのに、非生産的ね」

青年 「統率を生むためには、どこまでも秩序を堅持する必要がある」

青年 「秩序を堅持する為には、異端を排斥しなければならない」

青年 「弑逆とは正にその異端なんだよ」

青年 「同族殺しだって、そう考えればあながち間違ってもいないだろう」

青年 「まぁ俺は嫌だけどな」

ノ―ム 「ヒエラルキーで秩序を作るのは効果的でも、それを維持するのは楽ではないという事じゃな」

ノ―ム 「不備の無い完璧な社会はまだまだ遠そうじゃ」

青年 「そんな難しいことはまた今度話そうぜ」

青年 「俺今こう見えても骨が綺麗に折れてるんだよ」

ウンディーネ 「それを治す事は出来ないの?さっきみたいな魔法で」

青年 「そうしたい所だけど、自分の魔力で自分の人体に影響を与える事は出来ないんだ」

青年 「自分の魔力には先天的な耐性があるからな」

青年 「なんか悔しいけど、これは才女に治してもらう事になる」

青年 「だからさっさと帰りたい」


青年 「そういえば、代償とやらは要らないのか?」

青年 「結構俺のために力を使わせたと思うんだけど…」

ノ―ム 「おお、その事なんじゃがな」

ウンディーネ 「アンタ達の可能性を見せてもらう事でそれを代償にしてあげるわ」

青年 「可能性?」

シルフ 「サラマンダーの阿呆野郎だってさ」

青年 「火の精霊がどうしたんだ?」

ノ―ム 「以前にウンディーネが話したじゃろう」

ノ―ム 「未だ、ワシ達全員と繋がった者はおらんとな」

青年 「ああ、そんな事言ってたなぁ」

ウンディーネ 「だからアンタに初めてのそれになって欲しいのよ」

シルフ 「エレメントマスターだよ」

青年 「興味はあるな。火の精霊」

青年 「OK。引き受けるぜ」


ウンディーネ 「安請け合いはしない方が良いわよ」

ウンディーネ 「私達と違って、アイツは絶対にアンタの呼び掛けには応じないわ」

シルフ 「力ずくで契約させるしかないね」

青年 「益々面白いじゃないか。ソイツの場所とか分かるか?」

ノ―ム 「丁度この大陸の最北端」

ノ―ム 「魔界、人間界に並ぶものの無いほど危険な火山」

ノ―ム 「氷河の中に存在するカトラ火山じゃ」

青年 「氷河か。噴火したら大惨事だな」

ウンディーネ 「アイツはそれをしでかすかも知れないから怖いのよ」

シルフ 「嫌だよねぇ。精霊なのにあの山から出てこないんだよ」

シルフ 「あたしだったら窮屈で堪らないよ」

青年 「引き籠り精霊か」

ノ―ム 「信念は持っているようなのじゃがなぁ、いかんせん自分以外を全く信用せん」

ノ―ム 「どうにかしてほしいものじゃ」

ウンディーネ 「あんな奴、ぶっ飛ばせば良いのよ」

青年 「お前達じゃどうにもならないのか?」

シルフ 「喧嘩したら他の事を疎かにしちゃうよ」

シルフ 「天災じゃすまなくなっちゃう」


ウンディーネ 「あーうん。まぁあんまり精霊が暴れるのは良くないよ」

ノ―ム 「よく言うのぉ、ウンディーネ」

ウンディーネ 「あれだって、最初はアイツが気に食わない態度を取ったからで……」

ウンディーネ 「というかそれ一体どれだけ昔よっ!!」

ノ―ム 「どれだけの命が無くなったかのう」

ノ―ム 「どれだけの山地が消え、どれだけの森が枯れ、どれだけの川が干乾びたのかのぉ」

ウンディーネ 「あぁ!!悪かったわよっ。もうあんなマネはしないわっ」

シルフ 「うーんっ、何それ?」

ノ―ム 「そうだったな。シルフの嬢ちゃんはまだあの時には存在していなかったのか」

ウンディーネ 「私が一回アイツと喧嘩してこの世界を壊しちゃったのよ悪かったわねっ」

ノ―ム 「軽率すぎてもう言葉が無かったわ。サラマンダーとまともに取り合うからああなるのじゃ」

ウンディーネ 「だから悪かったって……」

青年 「分かった分かった。俺と才女でサラマンダーはどうにかする」

青年 「それはそうと、今日はどうも有り難うさんだ」

青年 「お前達の力が無かったらこうも上手くは行かなかった」

青年 「一人の小さな魔導士として、エレメントのお前達に感謝する」ペコッ

ノ―ム 「そうじゃ、お主とワシ等は対等」

ウンディーネ 「今更感謝なんて照れくさいわね。でもそれが大事なのよ。良く分かってるじゃない」

シルフ 「じゃあね、青年♪」







いつもスレが伸びるたびに見てるんだぜ

とりあえず、形式とかそういうものに囚われずに
思うように書いてみるといいと思うよ
結果っていうのは後から勝手に着いて来るもんだろうから
途中に迷いが生じるのもわからなくもないけど、
どうのこうの迷いながらも、一つの事を終わらせてみる
っていうのも、一つの勉強(って言うと少し語弊があるが)だと思うよ

という一読者(おっさん)の意見でした

ここは確かに>>1が建てたスレだが
ここでそれを聞くのは違うんじゃないか
物を書いて公に晒すって行為は[田島「チ○コ破裂するっ!」]と一緒で
読み手はこいつの[田島「チ○コ破裂するっ!」]面白いと思って読んでるんだよ
[田島「チ○コ破裂するっ!」]のやり方を読者に聞くってのは違うだろ
本気で物書きになりたいならここで聞いちゃダメだろ
本気の[田島「チ○コ破裂するっ!」]を出版社に見てもらえ

最後に具体的な質問をさせてください

まずは、言葉の重複と強意について

地の文に同じ言葉が何度も出てくる事は、意識しない限りはあまり気にならないものなのでしょうか

例えば、>>682,683の場面で、「閃光」という言葉が複数回登場するのですが、これは重複を避けるために何処かで言い換えるべきですか?

閃光、閃耀、フラッシュなどと同じ光を別の言葉で表しましたが、これは別に意識する事無く、眩い光や閃光という言葉を何度も使用しても違和感はないのでしょうか

基本的に俺は言葉を文中や前後の文などで重複させる事を避けているのですが、それは考えすぎですか

これに関連して…

同じ意味の言葉を何個も出して強意する事は、書き方の一つとしては有効ですか?

本編中の>>478です

諧謔、皮肉、寓意、風刺する…

言葉の微妙な意味を無視して、このような表現をしたのですが、ここについて何か表現方法として間違っていることなどは無いでしょうか

それと韻を踏んだり、特定のリズムで言葉を連ねたりする表現は、読み手としてどう感じますか?

具体例ですが、またも>>478

「目を背けたくなるような惨状 、人が人を殺める汚染された感情 」

別に韻を踏もうと思ったわけではないのですが、自然にラッパーみたいなことを書いてしまいました

後に思い返すと、あの書き方は少し考えが足りなかったのではないかと思い質問します

次に、特定のリズムで言葉を連ねたりする表現ですが、これはまだこのSSでは使った事がありません

以前に勇者がどのように、勇者となったのかという物語を省いたと言いましたが、そっちで初めて使いました

勇み見据える鬼眼、光芒一閃、塵霧消、その様正に夢語り……

とこんなカンジです

7、5、7、5、7、5で構成されているのですが、これもまた表現方法としてはアリなんでしょうか

固有名詞であれば、何度か出てきても違和感ないですが
何度も出てくるってことは説明的になりすぎてるからだと思います
そして当然、同じ言葉が何度も出てくるのは駄目でしょう
表現力がないとしか感じません

「閃光瓶を投げて閃光が」みたいな表現は、「瓶を投げて閃光が」で伝わります
目が眩むのも光にで十分

だいたい、人は強い光からは目をそらすのに、視線が集まる?
あと、けんけんごうごうが閃耀に変化ってなに?
静謐に口を閉ざすって(静謐は音がないってだけの意味じゃないけど、そう使ってたとしても)、口を閉ざしたからそうなったんであって、それじゃ逆ですよね?





魔王城


青年 「ただいま……」

才女 「遅い」

魔王 「どれだけ待たせる気?」

青年 「おいおい、そんな事言うなよ……」

青年 「こっちだって色々大変だったんだ」

才女 「腕」

魔王 「骨折している」

青年 「そうだよ。早速で悪いけど治してくれ」

才女 「何があったら、」

魔王 「腕を骨折するような事態になるの?」

魔王 「説明」

才女 「してほしい」


青年 「……何だそれ。何で二人で交互に喋るんだよ?」

才女 「……」

魔王 「……」

青年 「……」

才女 「ティーブレイクはいかが?」

魔王 「あら良い案ですわ」

青年 「!?」

才女 「冗談」

魔王 「ただの遊戯」

青年 「何だか、仲が良くなってるみたいだな」

青年 「そんな事より腕を治してくれないか?」

才女 「この匂い……。青年、妖精の粉を使った?」

青年 「えっ……。匂いなんてあるか? まぁ使ったけどさ」

才女 「あれを使う事は好ましくない」

青年 「ああ、依存性の事ね」


青年 「大丈夫だ。良く理解しているし、すぐに治る見込みがない怪我なら決して使わない」

才女 「怪我したという意識を消す事が出来るのなら、それは中毒性の強い麻薬と同じ」

才女 「いくらそれを理性的に判断できていようと、その利便性から生まれる欲求、或いは快楽を知ってしまえば理性など無意味」

才女 「だから、この世から麻薬は無くならない。例えその危険性を熟知し、廃絶するべきと考える人がいたとしても」

青年 「分かったよ。もう使わないさ。今お前と麻薬について議論するつもりはない」

青年 「さっさと腕を治してくれよ」

才女 「…………」

青年 「ん、どうした?」

才女 「人に頼みごとをする時、当事者は何かしらの損害を被るべき」

才女 「通常それは誠意や恭敬によって代替される」

才女 「青年は?」

青年 「お前の態度は人に物を頼む態度じゃねぇんだよって言いたいのか」

青年 「お前は物言いが遠回りなんだよなぁ。結構長い間一緒にいるけど、今でも以心伝心とはいかない」

青年 「えー、わたくし青年は、先程貴方様に自己の立場を顧みない無礼な態度を取ってしまいました」

青年 「それをここで深くお詫び申し上げるとともに、今一度貴方様に御頼み申し上げます」

青年 「わたくしの腕を治しては頂けませんか、才女様」

才女 「うむ、苦しゅうない、近うよれ」


才女 「治癒魔法・ラメダメク」

ピキッ

ピキピキッ


青年 「おうっ…。何か骨がくっつくって変な感覚だ」

青年 「というか、才女はさっきみたいな芝居を気に入ったのか?」

才女 「うん、気に入った」

魔王 「私も」

青年 「そうかそうか。自分みたいなのが二人もいれば、そりゃ楽しくもなるか」

青年 「ところで、そこの自称魔王ちゃん」

魔王 「自称ではない。事実として私は正式に魔王の系譜を引き継いだ」

魔王 「証拠に、私は魔王としての真の名前を持っている」

才女 「名前?」

魔王 「ザクセンシュピーゲル」

魔王 「そして私が殺した前魔王は、シュヴァーヴェンシュピーゲルという名を持っていた」

魔王 「次に魔王になる者は、ティル・オイレンシュピーゲルという名を名乗る事になる」

魔王 「意味はひょうきん者のホラ吹き野郎」

青年 「ホラ吹き野郎だって?」


才女 「ザクセンシュピーゲルの意味は何?」

魔王 「厳然たる秩序の守護者」

魔王 「これも私が考えた」

青年 「シュヴァーヴェンシュピーゲルは?」

魔王 「必要に応じた決まり事」

青年 「ザクセンシュピーゲルだけ、やけに気取った感じだな」

魔王 「私が魔王として行ってきた方策を考えれば、妥当な名前」

青年 「そうか。で、俺達に本当の事は教えてくれるのか?」

魔王 「勿論」

魔王 「もう貴方達を十分に計ることができた」

魔王 「及第点は超えている。おめでとう」

才女 「ありがとう」

青年 「お、じゃあお前の本当の姿も見せてくれるんだろうな」

魔王 「構わない」

魔王 「構わないけど、その前に記憶を同期させる」

魔王 「二人とも、剣を貸して」

青年 「は? どういうことだ」

魔王 「どうもこうも、その二つの剣は俺が作ったんだよ」

魔王 「それを貸せと言ったんだ。まさか俺にその権利がないわけはないよな?」


青年 「信じられないな、本当か?」

魔王 「本当だよ。その剣は二本ともインテリジェンスソード、つまり知性を持った刀剣だろ?」

魔王 「その意識こそ、俺の一部なのさ」

才女 「驚き」

青年 「んー、じゃあ何でこれは魔導の国に置いてあったんだ?」

魔王 「その事も順を追って話すつもりだからさ、さっさと剣を渡してくれよ二人とも」

青年 「まぁ信じてみるか」

才女 「疑っていても仕方がない」


二人から手渡される二本の刀剣

幼女の身体では、到底扱いきれないので、それらを地に横たえる


魔王 「俺の精神や意識、自我や理性、知性などは、9個に区分されている」

魔王 「と言っても、それぞれが独立しているわけじゃなくて、完成された一つのものを9つに分けているだけなんだ」

魔王 「この剣には、その内一つずつを憑依させてある」

魔王 「もう百年……いや二百年だったか。もしかしたらもっとかもしれない」

魔王 「それほどの期間もの間、俺は自分の心を9分の2失っていた」

魔王 「でもまぁ、自己を安定させるのは9分の1でも心が残っていればそう難しくないんだけどな」

魔王 「ってあれ、何か上手く引き剥がせない……」


魔王 「おかしいな……。ちゃんと憑依は解除できるように組み込んだはずなのに」

魔王 「何かが混じり込んでいるのか? それも一種類じゃない」

魔王 「なぁ、お前たち。この刀剣に何をしでかしたんだ?」

青年 「ああ、もしかしたら精霊かもしれない」

才女 「シルフと契約する時、彼女がもう意識の共有は出来ないと言っていた」

魔王 「精霊って……。これまた面倒な相手と……」

青年 「精霊を知っているのか?」

魔王 「ああ、それも後で話す」

魔王 「今はこの剣から、精霊の力を避けて俺の心を取り返す事に専念したい」

魔王 「はぁ、面倒臭いけど魔法陣を書くか」

青年 「俺達に何か手伝えることはあるか?」

魔王 「今の二人じゃ、何の役にも立ちはしないから、ちょっと引っこんでて」

才女 「…………」


青年 「そっけいないな。俺たちだって、魔法になら結構造詣が深いんだぞ」

魔王 「分かったから下がってて」


すらすらと白い鉱石で、床に円形の魔法陣を書き出す魔王

その魔法陣は、大きく三つの空間に分かれ、その各スペースに人頭獅子身のような何とも拙い絵が描かれたものだった

三つのそれを囲むように、半円の文字列が書き連なる

言語は不明

青年と才女でさえ見た事のない奇天烈なものだったが、それに象形文字の特徴は無く、飽くまでも最低限の洗練を経ているかのように見えた


青年 「三匹描かれているこの人の頭を持った獅子は何だ?」

魔王 「本能と理性の象徴。略式だから三つの人頭獅子身に差異はないんだ」

才女 「見た事のない文字。でも円を基調とした魔法陣は一般的な形式」

魔王 「何故その形式が一般的か、分かるか?」

才女 「魔法の発展に関わらず、その形式が長年変わっていないのは、それが既に完成形に近い形式である事を示唆している」

才女 「つまり、現時点で改良の余地は無い。だから一般的に用いられる事が多い」

魔王 「正解だ。この形はかなり完成形に近い。正確に言うなら、俺が知る限りでの最も完成された魔法陣に近い、だけどな」

青年 「興味があるな。それ、後で教えてくれないか?」

魔王 「ああ、良いぜ」


魔王 「九つを欠く二つの心」

魔王 「混濁の中から今一度私の元へ還る事を許そう」


円形の魔法陣に置かれた二本の刀

それに魔王が手をかざすと、魔法陣全体が淡い黄色に光りだした

魔法陣全体を覆っていたその色は、刀のみを照らすかのように中心へ集まっていく


魔王 「流石は俺。即席の媒体でも完璧の成果だ」

魔王 「ノーリスクハイリターン」

魔王 「これ、魔導士の常識ね」

青年 「俺はそんな事言わないぞ」

魔王 「冗談だよ」


やがて、剣に集中した黄色は、狐の尻尾の形に浮き出る

それは青年と才女を魔王城へ先導した狐のものに等しいものだった


青年 「やっぱり知ってたんじゃないか。あの狐の事」

魔王 「まぁね」


魔王 「それはともかく、これで俺は数百年ぶりに自分の心を取り戻す事が出来た」

魔王 「精霊の印はそのままにしてある。まったく、精霊なんて関わるべきじゃないんだぞ」

才女 「真意が読めない。それはどういう意味?」

才女 「貴方はどういう見地から、その考えを持ったの?」

才女 「魔王? それともその外形の通り、人として? 或いはこの世界に息づく単一の生物として?」

魔王 「青年も才女も推測が的確すぎて参っちゃうな」

魔王 「いいだろう。一から説明してやろう」

魔王 「二人には至上の価値を持つだろうあの場所でな」

青年 「至上? そりゃ嬉しくて色々当て推量しちゃうな」

魔王 「ついて来い。そこで俺の全てを明かそう」





二週間後にテストが迫っています

とても手が抜ける時期ではないので、次は二週間後になるかもしれません
できたら、もう一回くらいはテスト前に投下したいんですけど……
そうできるよう、頑張ってみます

それでは



商業の国




ボス 「王子ー。何か大事そうな手紙が来てんぞ」

王子 「その羊皮紙は……。ああ、きっと進軍の結果だね」

ボス 「えーっと、何々ぃ?」

王子 「こら、それは僕宛ての手紙だろう」

ボス 「まぁまぁ、細かい事は置いといて……」

ボス 「て、なんだこりゃ?」

ボス 「こたび…われ……ぐしん……?」

王子 「見せて」


ボス 「おお、ほれ」

王子 「此度我具申仕候」

ボス 「え?」

王子 「このたび、連絡役を私が務めさせていただきますという意味だ」

ボス 「魔族の言葉か?」

王子 「ただの候文だよ」

ボス 「そうろう…ぶん?」

王子 「起源は武芸の国にあるとされる、少し格式ばった文字体系のことさ」

王子 「候文もしらないなんて、ボスは少し勉強が足りないんじゃないの?」

ボス 「今だって勉強してるわっ。ただ、青年と才女がいなくなっちまったせいで、何が何だかさっぱり」

ボス 「やっぱり、アイツ等最高に頭良いわ」

ボス 「俺でも理解できるように説明してくれたんだからなぁ」

王子 「僕が教えてあげたいところだけど、そんな暇は微塵も無いしねぇ」

ボス 「いや、もう俺だって良い年だし、しっかり一人でやるぜ。任せとけ!」

王子 「そう。頑張ってね」


ボス 「で、その手紙にはなんて書いてあるんだよ」

王子 「そうだね。少し待ってくれ」

王子 「ふむふむ」

王子 「えっ、嘘でしょ……」

ボス 「おいっなんだよっ」

王子 「ちょっと黙ってて」

ボス 「ちぇー、早くしてくれよ」

王子 「これは驚いたな」

ボス 「読み終わったのか?」

王子 「此以復命相成候」

ボス 「これもって……何だって?」

王子 「これを持って報告と代えさせて頂きますだってさ」

ボス 「は? いや、そうじゃねぇよっ」

王子 「冗談冗談。えっとね、さて何て話したものか」

王子 「まず結果として、進軍は失敗に終わったそうだ」

ボス 「えっ、失敗?」


王子 「何でも魔王の側近に妨害されたらしい」

ボス 「魔王って……そりゃ戦争になるかもしれないんじゃねぇか?」

王子 「今後はしばらく情勢に細心の注意を払う必要があるけど、とりあえず今回は大丈夫だったみたいだ」

王子 「怪我人は多いが、死人はほとんど出ていないそうだよ」

ボス 「おお、不幸中の幸いって奴か」

ボス 「っておい、ほとんどってどういうことだ」

王子 「残念ながら、壮年将軍という今回の進軍の全権を担っていた人物が殉職した」

ボス 「殉職……。死んだってことでいいんだよな?」

王子 「その通り。死人は彼一人に留まった」

王子 「いや、彼が犠牲になったと言ったほうが良いか……」

ボス 「やべぇんじゃねぇか、それ」

ボス 「こっちが損害を出されたんだから、黙っているわけにもいかねぇ連中もいるだろ」

王子 「そうはさせないよ。今回被害を被ったのは、魔導の国でも武芸の国でもない」

王子 「連合国軍全体だ。当然、のちの判断は各王の意向に沿ったものでなければならない」

王子 「平安の世を僕達の世代で壊すわけにはいかないからね」

ボス 「誰だって戦争は嫌だからなぁ」

ボス 「誰かを殺すのも、誰かに殺されるのも……」

ボス 「ただ悲しいだけだ」


ボス 「そんなわけないだろ。いくら知っても足らないなら、そのままいくらでも知れば良い」

ボス 「そうすりゃ、いつか自分の成して来た事と、以後自分の成すべき事も分かるはずだ」

王子 「同じさ。難しく考える必要なんてないよ」

王子 「国内に問題があるなら、それを解決するべく尽力すれば良い」

王子 「国家間に問題があるなら、それを無くすために苦心すれば良い」

王子 「種族間に問題があるなら、それを乗り越える和解の道を探れば良い」

王子 「そうやって何時までも懲りずに続けて行けば、きっと自分の成して来た事と、以後自分の成すべきことが分かるはずさ」

ボス 「…………屁理屈じゃねぇか」

ボス 「俺が勉強する理由と人間の平和に関係はねぇだろ」

王子 「驚いたな」

王子 「以前のボスなら簡単に騙されると思ったんだけどね」

ボス 「論点くらい分かる。馬鹿にすんな」

王子 「そうじゃないさ」

王子 「ボスが今までにしてきた事は、間違いなく君自身を成長させている」

王子 「半年前の君じゃ、何故自分がそう悩んでいるのかも分からなかっただろうね」

王子 「でも今の君は、筋道を立てて順序良く言葉を紡ぐ事が出来ただろう?」


王子 「それを論理的って言うんだ」

ボス 「おお、言われてみればそうかもしれねぇな」

王子 「口が回るという事は自分の考えを他人に伝えるという事」

王子 「もっとそれが上達すれば、それで他人を欺く事も出来る」

ボス 「そりゃただの嘘だ」

王子 「嘘も方便さ」

王子 「虚構と真実を巧みに操る事が出来る人間は、誰よりも虚構と真実を心得ている」

王子 「君の進む道の先には、その二つが待ち受けているかもしれないよ」

王子 「悩むより考えろ。そして考えるより学べ」

王子 「これは僕が商業王として君に送る箴言であり警句だ」

王子 「自分のやるべき事……なんて悩んでいる暇があるなら何かしら考えるか、学ぶか、もしくは行動しろ」

王子 「それが今までもボスだったろう?」

王子 「その姿こそ、この国の民から慕われる、善良な盗賊団のリーダーのものだろ?」

ボス 「やっぱ、王子には敵わねぇな」

ボス 「ウジウジ悩むのは俺らしくねぇってことだな」

ボス 「もっともっと勉強して、お前を困らせるくらい口が上手くなってやるよ」

ボス 「その頃には俺が成すべき事も見つかるだろ」

ボス 「いや、いっその事、王子みたいに商人にでもなってみるか」

王子 「いいんじゃないの」


王子 「僕もボスも不思議な事に、生まれてから一度も商業の国を出たことが無いからね」

王子 「遍歴というのも有益だろう」

王子 「ただ、僕の自慢の料理長がいなくなるのは少しだけ寂しいかな」

ボス 「良くもまぁそんなこっ恥ずかしい事を言えるなぁ」

ボス 「でもそれだけ今が平和ってことか」

ボス 「いっちょ今日も上手いモン作っといてやるから、王子も頑張れよ!」

王子 「ああ、ボスも自分の答えをきっと見つけてくれ!」



王子 (それにしても……)

王子 (魔王の側近が使ったと報告を受けた魔法)

王子 (師団を全て射程に収める程の炎と、音を増幅させるという術)

王子 (僕はこれほどの事をやってのける魔導士を二人しか知らない)

王子 (青年と才女……。彼等は今、一体どこにいるんだ?)

王子 (何故僕や王子に別れも言わずに旅へ出てしまったんだ……)

王子 (まるで君達と過ごした数ヶ月が夢のように感じてしまうよ)

王子 「はぁ、杞憂だといいんだけどなぁ……」




いくら働いても減らない、王子を囲む書類の山を尻目に彼は肩を落として嘆息した

青年と才女の消息を心配して、というのも当然あったが、何よりも彼等の仕事振りにはえも言われぬ程助けられていたためだ

王子 「助手でも雇おうか……」


数十年ぶりの魔族との接触

王子 「はぁ……」

悩みの種がまた一段と増える予感に、王子はまたも深く溜息をついた




バイク乗りは、やがて自分が事故に遭う事を半ば悟っていながらなぜバイクに乗り続けるのでしょうか
また自分を扶養している者が上記の事故に遭った場合、自分は彼に何と声をかければ良いのでしょう
血の気の引いた顔に、おぼろげな声
偶然、その日には本当に晴天の下に轟く霹靂を目の当たりにしました
そして事故の知らせもまた晴天の霹靂

ということで、俺の父親がバイクで事故に遭いました
生憎時間があるのが自分だけなもので、折角テストが終わりさぁ夏休みと洒落込みたいところでしたが、
残念ながら俺には病院通いの日々が待ち受けているようです

連日、俺達を熱のこもった眼差しで睨みつける我らが日輪も、コンクリートジャングルと相まれば不快な事この上ない
いくら颯爽と自慢の自転車で町を駆け抜けようとも、背負う荷物が重量過多なら気分も沈む
ただ日頃うざったく思う兄弟が、このような場面ではこれ程に有難いとは思いませんでした
もしかしたら、また投下のインターバルが極端に伸びてしまうかもしれません
が、しかし、以前にも書き込んだ通りエタらせる気はありませんので、心配無用なり

皆さんも交通事故と兄弟との関係性には、くれぐれも注意するようにしてください
それでは地球海性気候の、白き家、青き海、空を憧憬し、この日本のじっとりとした暑さに甘んじて、
熱中症の対策を怠らないようにしてくださいな

>>766の後に1レス抜けてました



王子 「そうだねぇ。ボスの言葉は本当に素朴で愚直だ」

王子 「だからこそ心のそこからそう思っているというのが伝わるよ」

ボス 「もしかしたらさ」

王子 「何だい?」

ボス 「この世界に本当の意味での平和ってのは無いのかもしねぇな」

王子 「そうかな」

ボス 「俺は今まで貧窮する商業の国の民を救うために色々してきたんだ」

ボス 「盗賊団を作って、ムカつく悪徳商人を懲らしめたり、行くあての無いガキどもを盗賊団で育てたり……」

ボス 「王子がこの国の王になってからは、そんな事も必要無くなった」

ボス 「だからきっとこれで俺のやる事も無くなると思い込んでたんだよ」

ボス 「なのによ、蓋を開けてみれば、今度は国同士のいさかいとか魔族との闘争とか、」

ボス 「互いを傷つけることばっかりしかやらねぇ」

ボス 「ならさ、もしかしてだけどよ」

ボス 「魔族と仲良くなっても、次は別の問題が起きるんじゃねぇかって思えちまうんだ」

ボス 「それを解決しても、またすぐ次の問題が……ってずっと続いていくんじゃねぇかってよ」

ボス 「…………一体俺は何をすれば良いんだ?」

王子 「それを知るために勉学に励んでたんでしょ」

ボス 「全然足りねぇよ。いくら知っても全く足らねぇ」

王子 「なら勉強をやめるのかい?」



魔王城 最下層 深淵の図書館 深遠



魔王 「ご覧あそばせ、これらがわらわの生み出しし大洋」

青年 「こりゃ……っ」

才女 「っ……」


青年と才女は呆気にとられた

幼女の相貌を湛える魔王が、またもその外形に不相応な一人称を用いた事すら口にできない程に

そびえ立つ本棚

どの棚にもぎっしりと重厚な本が仕舞われている

驚くべきはその規模


青年 「マジで知識の海だ……」




魔導の国にある数多の本、その膨大な知識を頭に記憶する青年ですら、

それらを水溜まりと認識してしまうほどの圧倒的蔵書量

深淵の名を持つ威風堂々たる空間


才女 「…………」スタスタ


無言で近くの本に手を伸ばす才女


才女 「…………」


本に目を向けながらも、彼女の手は次の頁へ進もうとはしない


青年 「………」


そのただならぬ雰囲気を感じ取った青年もまた、固く口を閉ざす


才女 「………魔導円の解釈」

才女 「本来これらは立体空間に作図するべき物を、二次元空間に落とし込めた物である」

青年 「立体……!?」

才女 「魔導円の空間内は三つの三角形によって構成される」

才女 「それらが表すものは、世界の主たる勢力」

才女 「言わば、魔導円とはそれ事態が世界の模式図である」

青年 「なんてトンチンカンな事を……」


才女 「レゾン」

青年 「………そうか! 世界の主たる勢力は、魔と精霊とレゾンに関する第三勢力という事か!」

才女 「確証は無い」

才女 「それにその理論は前提として語られたもの。本の序文に当たる」

青年 「なら、その勢力とやらについて記述のある別の本を読めば……!!」

青年 「魔王…! その本は何処だ!!」

魔王 「わらわとて、探して奉りたく申す。しかし、如何にせむ、この蔵書量では何処に置きてあるか検討もつかず」

魔王 「まだお主らに申すべき事がありたり」

魔王 「一度本からは離れ、わらわの話を聞こしめしたまえ」

青年 「分からないのか。仕方ない。才女、探せ!!」

才女 「もうやっている」ガサゴソ

魔王 「えっ…わっ、わらわの話を……」

青年 「これは……!」


才女 「レゾン」

青年 「………そうか! 世界の主たる勢力は、魔と精霊とレゾンに関する第三勢力という事か!」

才女 「確証は無い」

才女 「それにその理論は前提として語られたもの。本の序文に当たる」

青年 「なら、その勢力とやらについて記述のある別の本を読めば……!!」

青年 「魔王…! その本は何処だ!!」

魔王 「わらわとて、探して奉りたく申す。しかし、如何にせむ、この蔵書量では何処に置きてあるか検討もつかず」

魔王 「まだお主らに申すべき事がありたり」

魔王 「一度本からは離れ、わらわの話を聞こしめしたまえ」

青年 「分からないのか。仕方ない。才女、探せ!!」

才女 「もうやっている」ガサゴソ

魔王 「えっ…わっ、わらわの話を……」

青年 「これは……!」


才女 「あった?」

青年 「武芸の国 金型職人儀礼的所作」

才女 「それは違う」

青年 「いやこれは貴重だ」

魔王 「あの…だから………」

青年 「武芸の国の職人達のツンフトがどれだけ閉鎖的か知っているだろ?」

青年 「これには、一人前と認められた際に伝授される、最も重要な所作が載っているはずなんだ!!」

青年 「急いで読むから、才女は引き続き本を探してくれ!!」

魔王 「わらわの話を聞こしめせよっ!!!」

才女 「…………これも違う」

青年 「マズミギアシヲヒキ…………」

青年 「…………」

青年 「…………」

青年 「……………………ソノイチレンノドウサヲサンカイホドクリカエス」

才女 「…………これは興味がある。あとで読もう」

魔王 「わらわの……」


才女 「あった?」

青年 「武芸の国 金型職人儀礼的所作」

才女 「それは違う」

青年 「いやこれは貴重だ」

魔王 「あの…だから………」

青年 「武芸の国の職人達のツンフトがどれだけ閉鎖的か知っているだろ?」

青年 「これには、一人前と認められた際に伝授される、最も重要な所作が載っているはずなんだ!!」

青年 「急いで読むから、才女は引き続き本を探してくれ!!」

魔王 「わらわの話を聞こしめせよっ!!!」

才女 「…………これも違う」

青年 「マズミギアシヲヒキ…………」

青年 「…………」

青年 「…………」

青年 「……………………ソノイチレンノドウサヲサンカイホドクリカエス」

才女 「…………これは興味がある。あとで読もう」

魔王 「わらわの……」


青年 「コノジテンデムネニテヲアテ、ミズカラノショサニイッサイノマチガイガナカッタコトヲショウメイスル」

青年 「フクスウニンノパターンハジョウキノショサヲエンケイノジンニヨッテオコナウガ、ソノサイニモイクツカノリュウイテンガソンザイスル」

才女 「これは…………今読もう」

青年 「成程なぁ、中々面白かった」

青年 「っと、これは何だ?」

青年 「自然哲学 魔法化配列パターン考察だと……!?」

青年 「魔導士として読まずにはおけない……!!」

才女 「…………」

青年 「…………」

魔王 「………………」

魔王 「もう…………」

魔王 「勝手にして……」



無情にも幼女の声はもう二人には届かない

知識欲によって魔導の国を飛び出した二人にとって、知識を得る事こそが旅の目的

そして知識の大洋たるこの図書館は、彼らにとって格好の場所

乾いた毛皮が雨を含むが如きスピードで、本を漁る二人の姿に先程までの勇ましい旅人の面影は何処にも求めようがない

人が本能的に、食料や睡眠、異性を貪るのと同じように、彼らにとって最も優先される知識欲

それが満たされるという事態に遭遇した場合、彼等は理性を半ば崩しながらでもその快楽に身を委ねる

喰い付きそうな勢いで、本に記された文字に視線を滑らせる二人

目の奥に宿る光は、なますや炙り肉を目前とした飢えに悶える浮浪者のそれと等しかった








ここは魔王城最下層、深淵の図書館

魔王と勇者

世界が定めた唯一の因果

二人の物語が展開されるのは、こことは違う別の場所

彼等がついに交わりを果たし、人と魔の均衡が崩壊する―――





ここで青年一行は一旦フェードアウトです
次からは勇者達の冒険譚

魔王勇者らしい展開にするつもりなので、心なしかひたすら魔王勇者SSを読みまくっていた1年前を懐かしく思い出します
たかだ1年前を懐かしく感じるとは、夏の暑さにほだされているのかもしれませんね
一週間以内の投下を目指します
では





太陽が昇り、深く入り組んだ魔界の森を照らす

木々の下では、木の葉の隙間から漏れる日の光が勇者の顔の上でチラチラ踊っていた

安らかな寝顔

そこに勇者としての威厳は毛ほども毛程も見られない



女エルフ 「おい、なんでコイツは二度寝をしているんだ?」

少年 「僕達の中でいつも一番最初に起きてるからじゃないの」

少年 「今日だって僕より先に起きてたよ」

女エルフ 「いやそうじゃなくてだな……」

勇者 「あ……」

少年 「起きた」

勇者 「おはようございます。女エルフ、少年」

女エルフ 「随分呑気じゃないか。ここは魔界だぞ」

勇者 「すいません。最近はどうも変な胸騒ぎがして、あまり夜に寝られないんです」


少年 「旅を始めてからもう数ヶ月ぐらい経つし、ここらでもう一度緩んだ気を引き締めないと」

女エルフ 「良い事を言うな。確かにそろそろ魔界での旅に慣れてくる頃かもしれない」

女エルフ 「魔物との戦闘は幾度かあったが、魔族とは多少のいざこざ程度しか経験していない」

女エルフ 「本気の戦闘も視野に入れなければ」

勇者 「そうですね。いつ聞く耳を持たない凶暴な魔族と出会うかも分かりませんし」

少年 「そろそろ出発しようよ。今日は何処へ行くの?」

女エルフ 「そうだな。この森の地質状態や、植生はおおまかに記録できた」

女エルフ 「出来たら今日中にこの森を抜けたいところだ」

。勇者 「残念です。この森なら、あの強烈な日差しを遮ってくれますから」

少年 「水を蓄えたツタなんかもあるしね」

女エルフ 「じきに秋や冬が来るんだ。多少の涼感を惜しんでも仕方がない」

勇者 「ですね。行きましょうか」








女エルフ 「そういえば、この先にオーガの生息域とされる場所がある」

女エルフ 「一応寄ってみるか」

勇者 「オーガとはどのような生き物なんですか?」

女エルフ 「腕力はすこぶる強いが、頭がお粗末なせいで魔物と区別がつかないような種族だ」

女エルフ 「頭の悪い大男とでも思っておけば良い」

少年 「気性は?」

女エルフ 「かなり凶暴だ」

女エルフ 「過去に、人やエルフなどの種族を喰い殺した例も珍しくない」

女エルフ 「だが、馬鹿であるが故というか、奴らは味方にすると心強い」

女エルフ 「一度会って、種の長と話すのも悪くないと思ったんだが、二人はどう思う?」

勇者 「勿論、俺は会ってみるべきだと思います。それこそこの旅の目的です」


少年 「僕も会ってみたいな。この前の会ったハ―ピー達も楽しかったし」

勇者 「俺はあのときみたいな餌扱いはゴメンですね」

女エルフ 「私も中々肝が冷えたよ」

少年 「でも崖登りとか面白かったよね?」

勇者 「どうでしょう」

勇者 「命綱を付けずにあれほどの高所を行くとなると相当な勇気が必要ですから、流石に二度は経験したくありません」

勇者 「俺は少年のように身軽な訳ではないですしね」

女エルフ 「そうだな。エルフは身体の割に力がある。だから私は然程苦では無かった」

女エルフ 「それにしても、私は兎も角、少年は自然に馴染み過ぎているような気もするが……」

少年 「小さい時から、森とか川とかは大好きだよ」

少年 「これからも、もっと色んな所を見てみたいな」

女エルフ 「そうか。じゃあ寄ってみよう」

勇者 「はい」








魔界 オーガの洞窟


外の高い気温とは異なり、暗く涼しい洞窟内部

そこには十匹足らずのオーガと、それらの体躯を超える程の巨躯を持った魔族が一人



オーガ1 「おまえ、だれだ?」

??? 「ん、魔王サマだよ」

オーガ2 「なに、しにきた?」

??? 「お前達の中で一番強い奴をブッ殺しに」

長 「なぜだ、きさまはたしかシュピーゲル」

長 「われわれとかかわりのあるしゅぞくではない」

??? 「関係ねぇよ。で、誰が一番強いんだ?」


オーガ 「おれ、だ」

??? 「そう」

言葉を返すと同時に、魔族の手がオーガの長へ伸びた

グチャッ


貫かれる頭と突き抜ける刃のような爪


長 「」



オーガ 「あぁぁあぁぁぁあああ」


3メートルにも及ぶ肉体が魔族に迫る


ガシィィッ


??? 「ははっ、魔族でも指折りの怪力がこの程度か」


魔族はオーガの体当たりをいとも簡単に受け止めて見せた

表情に焦りは無く、その口元は余裕に弛緩する




??? 「それに……」

バシュッ

オーガ 「あがっ……」


長と同じく、オーガの頭にまたも腕が捻じ込まれる


??? 「膂力だけで統べられる程、この世界は甘くねぇんだ」

バキィッ

グチュ

頭蓋が砕ける気味の悪い音を立てながら、魔族はオーガの頭から脳を抜き出した

クチュ…グチャッ……

何を思ったか、おもむろにそれを口に運び、咀嚼を始める


??? 「クソみてぇな味だな。低脳はやっぱり不味いわ」

??? 「ああ、それと」

獣王 「俺は獣王。新しい魔王サマだ」

獣王 「覚えておけ。卑小な魔族ども」








日が照る洞窟の外

獣王より一回り小さいシュピーゲルが洞窟の入り口を囲む


シュピーゲル1 「終わったのですかい」

獣王 「おう、ゴミみたいな奴等だったぜ」

シュピーゲル2 「そいつぁ残念だ」

シュピーゲル3 「次は何処へ行くのですか」

獣王 「さて、どうしようかね」

獣王 「森を抜けて、ハ―ピーの所でも行こうじゃねぇか」

獣王 「アイツらは魔王城に住みつくあの偽物の側近とも聞くしな」

獣王 「ハハハハ、もう少しだ」

獣王 「王座に居座る偽物を屠る時は近い」



父親母殺のシュピーゲル

その凶暴な歯牙は、生き物の頭蓋、鉄の武器を容易に砕き、

上智と下愚は移らないが故に、怜悧狡猾たるその頭脳は先天的に魔の最上、絶対強者の代物であった

深淵に臨んで薄氷を踏むが如く、勇者一向が最悪の魔族と邂逅する












空には満月、地には闇と果ての知れぬ森

獣の遠吠えを耳に聞きながら、野営を構える場所を探す勇者一行




勇者 「結局、今日一日では森を抜ける事は出来ませんでしたね」

女エルフ 「この森は予想より随分大きいのだな」

少年 「そうだねー。でも崖とか山とか無くて、歩くには楽だよ」

勇者 「そろそろ今日は休みませんか?」

女エルフ 「ああ」

少年 「なら、もう少しだけ歩こうよ」

少年 「この先に川があるよ」

勇者 「そうなんですか? 水の音は聞こえませんけど……」

少年 「においかな。水のにおいがするんだ」

女エルフ 「本当か? 私も分からないぞ」

少年 「本当だよー」

勇者 「疑ってませんよ。もう少し歩きましょう」


女エルフ 「そうだな」

少年 「……!」

女エルフ 「どうした?」

少年 「獣の臭いだ。それも人より大きいくらいの」

勇者 「…………ええ、俺も分かりました」

女エルフ 「近いな。気は抜くなよ」

勇者 「はい」

少年 「…………」

少年 (嫌な感じだ)


少年は想起する

かつて、自分が最も失いたくなかった者を失ったあの時

闇の中から現れた黒の一団、黒橡(くろつるばみ)

自分の目に宿った紅

あの時と同じ感覚を、今、満月の下で感じていた






勇者 「…………」

女エルフ 「…………」

少年 「…………」


無言で歩く三人

表情は峻厳さを極め、足取りは一歩一歩重く力強くあった



やがて三人の前に獣の影が現れる


勇者 (デカい……っ)

女エルフ (チッ……あの影はシュピーゲルかっ)



少年 (…………)




獣王 「くっくっくっ」

獣王 「この先が思いつかねぇんだ」

獣王 「こういう満月の日にゃ、獣の血が騒ぎやがる」

獣王 「相手もいやしねぇのに、うずくこの牙、この爪」

獣王 「さて、どこに突き立てたものか」

獣王 「ニンゲンだろ、てめぇ等」


勇者 「ああ、そういうアンタは何者だ?」


獣王 「魔王サマさ」


勇者 「魔王だと……!?」


獣王 「そう身構えるな。何も人を皆殺しにするつもりなんかねぇ」

獣王 「ただ、少し調子に乗っているんじゃねぇかと思ってよ」

獣王 「なぁ、お前もそう思うだろォ?」


勇者 「…………」


獣王 「ああ、沈黙はいけねぇ」

獣王 「特にこんな闇夜じゃあなぁ」

獣王 「影の中にも眼はあるんだぜ」

獣王 「それに気付いちまえば、口を閉じてなんかいられねぇ」

獣王 「まぁ、てめぇにゃ分からないだろうけどよ」


獣王 「おおっと、お前達は手を出すんじゃねぇ」

シュピーゲル 「一度だって俺らが手を出した事は無いでさぁ」

獣王 「早速だが、ニンゲン」

獣王 「死んでくれや」


勇者 (来るっ!!)


ダッ

ダダッ


闇夜を駆ける獣王

足音はこの上ない程に重圧

恐るべきはその速度


勇者 「!?」

女エルフ 「逃げろッ!!!!」

ドンッ


女エルフは勇者をめいっぱい強く弾き飛ばし、

その反動で、彼女自身も勇者とは逆の方向に身を投げ出した



ズザァァァッ

地を両手で抉り、獣王は突進の勢いを殺す

獣王 「おっと……」


勇者 (嘘だろっ……一歩も逃げられなかった)

勇者 (あれをまともに食らったら、一発で死んじまう)



獣王 「面白ぇ、初めて攻撃を避けられたぜ」

獣王 「少しだけ観察してやろう」


ふーむと言わんばかりにその場で腕を組み、思索にふける獣王



心臓の拍動が速まるのを全身で感じながら、勇者は闇の中からこちらを見ているだろうシュピーゲルに注意を払う


勇者 「……何の真似だ?」


獣王 「なーに、大した事はない。ちょっと頭の体操でもしようと思ってな」


女エルフ (最悪だ……。あれは恐らく父殺母喰)

女エルフ (私達が敵う相手じゃない……っ)

女エルフ (どうにかして逃げなければ)


獣王 「魔界に人が踏み込むことは稀にあるが、そこまで堂々と闊歩してるってぇーのは有り得ない」

獣王 「てめぇ等、今ちまたで噂の勇者一向って奴だな?」

獣王 「それに良く見りゃ、そこの女は人間なんぞでは無く、エルフじゃあねぇか」

獣王 「エルフは人間と徒党を組んだってのか」

獣王 「弥が上にも駆除しねぇとな」


女エルフ (あぁ……何て事だ)

女エルフ (これでは魔界でのエルフの立場が……っ)

女エルフ (しかし、勇者の前では下手な事を口には出来ない)




獣王 「なぁどうなんだ、エルフさんよぉ」

獣王 「この世界の秩序を乱す人間。俺はそいつを早急にどうにかしねぇと駄目だと考えている」

獣王 「あんまり急ぐのは好かねぇが、目の前にその代表がいるってなら話は別だ」

獣王 「さぁ、選択しろ。エルフは魔族か魔物か、或いはその埒外か」


女エルフ 「…………」


女エルフ (くそっ、何と言えば良いんだっ!?)



二の句が継げず閉口する女エルフ


獣王 「俺は同じ事を二度も言うのが大嫌いなんだ」

獣王 「沈黙はいけねぇ、特にこんな夜はな」

獣王 「待ったなしだ。答えろ、エルフ」


女エルフ 「……我々は」

女エルフ 「…………」






勇者 「いえ、答える必要はありません」



獣王 「なんだと?」


勇者 「答える必要は無いと言ったんだ」


獣王 「何故てめぇが口を挟む?」

獣王 「これは魔族とエルフの問題だ」


勇者 「口は禍(わざわい)の門」

勇者 「良く物事を考えられる者は、容易にそれを言葉にはしない」

勇者 「女エルフさんは、お前みてぇな御山の大将と違って軽薄じゃねぇんだよ」

勇者 「ベラベラ喋っている暇があるなら掛かって来いよ」

勇者 「魔王気取りの『偽物』が」


女エルフ (ここまで好戦的な勇者は初めてだ……)

女エルフ (まるで別人じゃないか……!?)



獣王 「偽物……だと?」

獣王 「俺が偽物だと言ったのか?」

獣王 「いや、くだらないな」

獣王 「そんな雑言に夢中になれるほど、俺は感情的ではない」

獣王 「折角の機会なんだ。そうすぐにぶっ壊す事もないだろう」


勇者 「何を言っているんだ」


獣王 「手に持つは刀剣。刀と呼ばれる種類の物だな」

獣王 「エルフの方は一般的な剣」

獣王 「それに、勇者一行は確か三人だったはずだ」

獣王 「もう一人は隠れているのか」


勇者 (そうだっ……少年は一体何処へ!?)

女エルフ (奴に気を取られていて気付かなかったが、少年の姿が無い)

女エルフ (すぐ私の後ろにいたはずなのに……)



獣王 「その様子。どうやら計略ではないようだな」

獣王 「だが考えてみれば不自然だ」

獣王 「三人でパーティを組むなら、一人以上は遠距離からの攻撃が出来なければバランスが悪い」

獣王 「お前等はそろって接近戦のみ」

獣王 「ならば、消えた三人目こそ、そういった類いの攻撃を得意とするのか」

獣王 「姿を隠した事もそう考えれば合点が行く」

獣王 「とは言っても、実際はとっさに隠れたんだろうがな」

獣王 「いるんだよなぁ。勘の鋭い獣ってのはよぉ」

獣王 「俺が気付くよりも速く身を隠しちまう」

獣王 「臆病だか利口なんだか知らないが、結局殺すんだから手間とらせんじゃねぇってな」

獣王 「エルフの慎重な言動は何だ?」

獣王 「簡単だな。お前は慎重にならざるを得ない立場なんだろ」

獣王 「魔族だ、人間だと、さっきは尋ねたが、はなっから分かっていたんだ」

獣王 「エルフは魔族にも混じれず、かといって人間とも和解出来ない中途半端な種族だってな」

獣王 「まぁ当然か。大した肉体も知恵もねぇ」

獣王 「あの迷いの森とかいう大層な場所にこもるクズが、人と交わろうとも俺の知った事じゃねぇが」

獣王 「手を伸ばしゃ殺せんだ。やらねぇ理由がねぇ」



女エルフ 「貴様……っ!!」


抜き身を携え、獣王へ振りかざす


ガンッ


獣王はそれを避ける素振りも見せずに、肩へ一閃を受けた


女エルフ 「何!?」


獣王 「ははっ、弱いねぇ。話にもならねぇよ」

バシッ

バキィィッ

片手で剣をへし折る


女エルフ 「くっ……」


バックステップ

獣王と距離を取りながら、腰からもう一振りの剣を抜く


獣王 「脇差ってわけでもねぇのに、何で同じ剣を二つも持っていやがんだ?」


勇者 「久しぶりに全開だ。俺に合わせろ」

「ああ、構わない」


獣王 「ああん? 今のは刀か?」


勇者 「黙れ……」


ダッ

ビュンッ



獣王 「おおっと、危ねぇ」

獣王 「急に剣士らしくなったじゃねぇか」


勇者 「くっ……」


バシュッ

反した刀による連撃


獣王 「当たらねぇって……」


巨躯を自在に動かし、勇者の刀を紙一重でかわし続ける


女エルフ 「はぁっ!!」


背後からの一撃


獣王 「見えてるぜ」


ガンッッ!!

中空の女エルフへ放たれる必殺の突進


女エルフ 「がはっ」


勇者 「くそっ」




獣王 「だから甘ぇって」

獣王 「おらっ」


獣王の爪が勇者へ迫る


キィィンッ


しかし勇者はそれを辛うじて刀で受け止めた


勇者 「痛……っ」


獣王 「ほぉ、これで壊れねぇとは良い刀だなぁ」


勇者 「っ!!」




何度斬り掛かっても勇者の白刃は届かない

しかし獣王の爪は確実に勇者を捉え始めていた

カウンターを受け、未だ立ち上がる事の出来ぬ女エルフを尻目に勇者は防戦一方の戦況に忍び耐え続ける

質量の差は攻撃力の差

それは武器を用いようと、簡単に覆る様な法則では無い

硬質な獣王の爪を斬り抜けないが為に、刀を一度止められたら、勇者は体格差に負けを見なければならなかった

他のシュピーゲルは、一切身動きせずに獣王の戦いぶりを見届けていた

そこにあったのは圧倒的戦力差

経験や技術、鍛錬などでは到底補いきれない程の差違

最も絶望的であったのは、獣王に実力の底が見えない事であった

満身創痍の勇者は起死回生を望むが、全力を出していない獣王にそのような隙は一切ない

まるで猫が鼠を玩ぶかのように、獣王は顔に僅かな笑みを見せ、対照的に勇者は焦燥の色を隠しきれなくなっていた




女エルフ 「ぐっ……」


獣王 「まだ立つのか」

獣王 「ふふふ、面白い技を思いついたぜ」


勇者 「はぁはぁ……」


肩で息をする勇者に見向きもせずに、獣王は女エルフに視線を向ける


獣王 「腹の底にあれを溜めて……っと」












勇者の必死の戦いを見つめる者がシュピーゲル以外にもいた


少年 (なんで二人は戦っているんだ)

少年 (一目見ればあんな奴には勝てないことぐらい分かるだろ)


影に潜る少年の瞳にいつもの明るさは無く、感情までもが死んでいるように勇者を見つめていた


少年 (なら僕だけでも逃げよう)

少年 (僕はこんな所で死ぬわけにはいかないんだ)



王子の城、その中庭

ふと蘇る青年の姿


 青年 「逆説的に言えば、人の体を持ちながら、さっき言った四つ、人道、倫理、道徳、モラルに背く輩もいる」


 青年 「こういう奴を非道というんだ」


 青年 「お前がもし人として人らしくありたいなら、絶対に非道にはなるな」


 少年 「勿論だよっ。魔女の前でそんな情けない姿は見せられない」


 青年 「しかし必ず訪れるんだ。この非道になる機会ってのは」


 青年 「一見割り切っているようだが、実際には思考を止めた楽な道」


 青年 「覚えておけ、非道とは悪の道じゃない。逃げ道のことだ」




少年 (非道……?)

少年 (生きようとする事は非道なの?)

少年 (ねぇ教えてよ、青年)






 青年 「簡単さ。お前も才女も人間らしい心を持っている」


 青年 「その心を俺達は『人』と呼ぶんだ」



少年 (人……)

少年 (そうか、僕は人なんだ)

少年 (魔女ならこんな時、何て言うかな)

少年 (そうだ、グリモワールに書いてあるかも)


少年はこの世界で唯一の意思を持った魔導書を開く


夥しい量の文字列の頁を抜けて、空白の頁へ進む

何度めくってもそこにあるのは空白


少年 (駄目……かぁ)



しかし最後の頁に一言





    君を守る






少年 (そういえば、君を失った夜もこんな満月だった)

少年 (僕はずっとあの月に見守られて決断をしているのかも)

少年 (魔女。君は僕をずっと見ていたんだね)

少年 (そしてこれらも―――)


俯いていた顔を再び勇者へ向ける

瞳に宿る力強い光








女エルフ (痛い……。骨までいってしまったかっ)



獣王 「ふぅぅぅぅぅぅ」


胸を大きく膨らませ、空気を吸い込む

口元から漏れる瘴気


獣王 「ガアアアァァァアァァアッッ!!!!!」


砲声のような声と共に飛び出したものは、真っ黒な光

それは、名も無いエネルギーの射出


女エルフ (しまっ……)


勇者 「うおおおぉぉぉぉっ!!!!!」


臆することなく、獣王と女エルフの間に割って入る勇者


力強く握られた刀は、黒い光を飲み込まんと待ち受ける


「ハハハハハハハ!!!!」


笑う刀と叫ぶ勇者

無慈悲にそれらを包み込む黒い光の柱


 
























 



筆舌に尽くし難い、気味悪い音を立てて収束する光

膝から崩れ落ちる勇者は既に意識を失っていた



勇者 「…………ぁ」


女エルフ 「勇者!!!」


獣王 「ありゃ、なんで消え失せてねぇんだよ」


女エルフ 「何故私を庇ったんだっ……」


血が流れ落ちる頭を片手で押えながら、悲痛の声を上げる


獣王 「ま、いいか」

獣王 「まとめて死ねや」








少年 「動かないで」


獣王 「は?」


まばたきの隙に入り込んだかのような唐突さで、獣王の前に姿を見せた少年

獣王と対峙するが、先程までの恐れは感じられない



女エルフ 「くぁ……っ」


女エルフも勇者と同じく意識を手放した

瞼が落ちる直前に見えたものは、凶悪な獣に相対する少年の姿



少年 「屹立スル魔導書 記されし十惡が一つ」

少年 「『邪見』 不正の心に振り解けぬ煙影を」


バシュウゥンッ!!!


月を隠す影

煙のように空間を濁らせ、辺りを真の闇へ変貌させる


獣王 「んだこれ?」


手を振りまわすが、影に触れる事は出来ない


獣王 「チッ」


視界が晴れた時、そこにはもう勇者たちの姿は無かった




獣王 「今のは影か?」


シュピーゲル1 「奴等どこへ!?」

シュピーゲル2 「あのガキ、一体何処から現れたんだ!?」


獣王 「とんでもねぇのに会ったな」


シュピーゲル3 「獣王様、今すぐ追いましょう。遠くには行っていないはずです」


獣王 「いやいい」

獣王 「闇夜に紛れた影は、そう容易く見つからねぇよ」

獣王 「影……」

獣王 「望月は、手をかざし、尚届かずに」

獣王 「まぎる闇夜へ、影は隠れて」



獣王 「はぁ、こりゃ駄作だねぇ」

獣王 「にしても、綺麗なお月さんだ」

獣王 「真ん丸過ぎて、まるで眼じゃねぇか」

獣王 「地を這う闇からも睨まれ、空の月にも睨まれ」

獣王 「嫌な世界だよ、クソッタレ」


獣王は吠えない

月に吠えても決して届かない事を知っていたから







>>798の次が抜けていました




少年 (…………)





   屹立スル魔導書 記されし十惡がひとつ

   『瞋恚』 怒れる者の足元に決して見通せぬ影を






少年は音も無く闇へと沈みこんでいく

万人の死角へ潜りんだ少年の行動は、思考を伴わないとっさのモノであった

恐怖、畏伏、損失を恐れた逃亡、どれにも当て嵌まらない少年の心理と行動

二人は魔術の発動には気付かない




見上げる程の巨体に、鋼のような肉体

鋭く、月の光を返す爪

後ろには、十数体のシュピーゲルを引き連れ、眼付きや肉体、体勢、その全てで辺りを威圧する

百獣の王がライオンであるならば、獣王は正しく魔物、魔族、獣を支配する王



獣王 「望月は、手をかざし、尚届かずに……」


夜の帳に朗々と響く、獣王の声

しかしそれは未完



乙でした

>>818
誰もレスくれなくて涙目になってましたありがとうございます

2ヶ月近く読めなかったから今>>740当たりの長い質問を読んでるんだけど
何故VIPPERが「長い三行で頼む」と言うかをよく考えてみ

君は普段の話し言葉を>>740の様な書き言葉で話すのかい?

VIPPERからしたら甘えと言われてしまうよ


専門用語を日常の話し言葉に変換する能力を養おうぜ

君の生真面目なオナニーには充分我々が想像できる文章力があるから
笑いあり涙ありハードボイルドありみたいな
親しい間柄での簡潔なやりとりや阿吽の呼吸を
言葉や行間で表現してみたら君はもっと飛躍するよ


三行じゃなくてすまん

勇者「王様が魔王との戦争の準備をしている?」




勇者「王様が魔王との戦争の準備をしている?」 2スレ目

勇者「王様が魔王との戦争の準備をしている?」 2スレ目 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1363711181/)


俺がSSVIPで最も優れていると思ってるSSだよ
おいらもこれ読んでて書きたくなって書いてエタった

完結させてもう一度貼り直すつもりだけど
壮大な作品は取材心も生真面目になるから難しいよね

エタってもいいからね
君の作品は最近素晴らしいから心配すんな

>>822
文中の>>740ではなくて>>739の誤りです。今からすぐに死んできます。

ほら三行で死ねた

どうもありがとうございます
やっぱりレスがもらえると嬉しいものです

>>822
アドバイスどうもです
がんばります
>>823
少し読んでみましたが、これ書いている人が自分の目指しているものと同じ方向にいるような気がします
ただ自分よりずっと先に進んでいて、まだまだ創作の世界が広いことを再確認しました
日付を見れば、自分がSSを書き始めた時期と一致していて、なんと現行じゃないかということで、継続して読んでみたいと思います

いくら覚えても一向に減らない言葉
まるで海のようで、自分はそこに溺れているのではないかとも感じます
それに喘いでいても仕方がありませんから、どうにかあがいて前に進もう
夏の暑さに負けず、青春を惜しみながらキーボードを叩き続けます

そういえば……
2週間ほど前に父が事故にあったと書きましたが、なんだかんだあって今はリハビリに精を入てをおります

身辺の世話も父と恋仲にある女性が変わってくれるとの事で、今となってようやく夏休みらしくなってきました

オープンキャンパスなるものにも行かねばならず、面倒事は尽きませんがペース良く投下していきたいです




夜明け


残月はおぼろげ、朝日が少年の背中を追う

微弱ながらレゾンの力を使う少年は、夜が明けるまで延々と移動を続けていた


少年 「はっ…はっ……」


小走りで森を進む少年

彼は両肩で勇者と女エルフが担ぐ


少年 (女エルフは頭を強打したのかな……)

少年 (それより勇者が大変だっ)

少年 (あの黒い光は僕と同じ……っ!)

少年 (アイツはレゾンだっ……)


少年 「このにおいは……」


少年の向く先には、森の中にぽっかりと空いた洞窟









女エルフ 「くっ……」

少年 「あっ、やっと起きた!」

女エルフ 「ここは……洞窟?」

女エルフ 「そうだっ、アイツらは何処に行った!?」

少年 「あの獣?」

女エルフ 「シュピーゲルだ……」

少年 「シュピーゲルって言うんだ。大丈夫だよ、僕が振り切って逃げて来た」

女エルフ 「嘘だろう……っ」


隣に横たわり目を瞑る勇者を見て女エルフは言う


女エルフ 「大人二人をどうやって……!?」

女エルフ 「それにアイツは母喰父殺っ」

少年 「落ち着いて。まだ傷は塞がってないんだから」

女エルフ 「傷……」


ペタペタと自分の頭を触り、女エルフはそこに巻かれた包帯に気付く


女エルフ 「これは、君がやってくれたのか」

少年 「そうだよー、傷の応急処置も才女に教わったんだ」

女エルフ 「勇者はずっとこのままか?」

少年 「うん、全然起きない……」


女エルフ 「前後不覚も良い所だ……。状況が全く分からない」

少年 「何が分からないの?」

女エルフ 「まず、どうやったら意識の無い大人二人を連れて、あんな化け物から逃げる事が出来るんだ?」

少年 「黒魔術で身を隠したんだ」

少年 「瞋恚とは、己が心に背く者を憎み怨む事」

少年 「グリモワールの力を借りて、その念は決して払えぬ影の煙へと変質する」

少年 「撹乱には最適なんだ」

女エルフ 「つくづく恐ろしい力だな。黒魔術というものは」

女エルフ 「まさか奴を化かしていたとは……」

女エルフ 「ここの位置は分かるか?」

少年 「遭遇した位置から西側に一晩中走ったところかな」

女エルフ 「奴と遭遇したのは、昨夜で合っているか?」

少年 「うん」

女エルフ 「太陽の位置は?」

少年 「丁度空の一番高いところだよ」

女エルフ 「冗談だろ……?」

女エルフ 「君はあの後、一晩中大人二人を背負って走り続けて、看病までしたと言うのか?」

少年 「まぁねっ」

女エルフ 「得意げになるな。何故だか、無性に自分が情けなくなる」

少年 「女エルフはもう少し寝てなよ」

少年 「食糧とかは僕が取ってくるからさ」


女エルフ 「その前に、ここは誰の住処なんだ?」

女エルフ 「何者かが生活した痕跡があるように見える」

少年 「オーガだよ。来た時に、オーガが二匹頭を貫かれて息絶えてた」

女エルフ 「それも奴がやったのか」

少年 「だろうね。シュピーゲルは西から来たみたいだったし」

少年 「それに臭いも非道い」

少年 「獣や魔物も寄りつかないだろうし、当分はここを拠点にして、傷の回復を待とうと思うんだ」

少年 「女エルフは勿論、何より勇者の事が心配だよ」

女エルフ 「賛成だ」

少年 「じゃあ、ちょっと待ってて」

少年 「果実とか木の実を採ってくるよ」

少年 「実はもう、それがある場所の目星はついてるんだっ」

女エルフ 「ああ、頼む」


元気よく洞窟の外へ飛び出す少年を見送り、女エルフは今一度横になり土の天井を仰ぐ




女エルフ (出会った時と比べて、少年は随分頼もしくなった)

女エルフ (まさか君に命を救われるとは)

女エルフ (それにしても奴の攻撃……)

女エルフ (見たとこも無い、想像を絶する咆哮だった)

女エルフ (地面を易々と抉り取る黒い光)

女エルフ (勇者が割り込んでいなかったら、私は少年に助けられる以前に消し飛んでいた)

女エルフ (奴は正真正銘の化け物だ)

女エルフ (再び奴と対峙する事になったら、私はどうすれば良いんだ?)

女エルフ (私が剣を抜いたのは奴を倒す為じゃない)
1
女エルフ (逃走する事を半ば諦めたからだ)

女エルフ (勇者のように勇む事も、少年のように逃げ果せる事も出来なかった)

女エルフ (全く、どこまで私は中途半端なんだ)

女エルフ (エルフの行き先を案ずるばかりで、目の前の危機に集中していない)

女エルフ (保身なんて考えながら、戦闘に臨むなんて……)

女エルフ (甘過ぎる。一度死んでも直らないほどに)

女エルフ (こんな私を見て、アイツは何て言うか)

女エルフ (なぁ、医者よ。お前なら分かるのか?)

女エルフ (エルフが真に歩む道、私が為すべき事)

女エルフ (久しぶりにお前の偏屈な言葉を聞きたくなったよ)









目が覚めたら、そこは死者の鬼哭が漂う薄暗い世界だった

訳も分からず、真っ直ぐ歩く

地に有るべき地面は無く、上にも空は無い

まるで世界の狭間にある空間のようだった

何処だ、ここ?

刀も無くなっている

俺は一体どうなったんだ?

無我夢中であの化け物の攻撃に突っ込んでいって……

その先が思いだせない

もしかして、俺は死んだのか?

ここは死後の世界?

だとしたら、本当に呆気ない人生だったな

村を飛び出して、数年

もう人として、生きているのだか死んでいるのだか分からないように森の中で生き長らえ、

あの刀と師匠に出会って、ひたすら気の修行した

勇者になってようやく人間らしい目的を得たと言うのに……

雄図むなしく、道半ば


結局、俺はこの程度の男だったって事か

師匠に会えずじまいで、勇者としても何も出来なかった

女エルフと少年

はぁ、やっと分かり合える仲間が出来たのになぁ……



俯きがちに進んだ果て、俺は鎧武者の男を見つけた

手に血濡れの刀

それは正しく俺の相棒の妖刀

目は落ち窪み、脱力しているかのように腕をだらんと引きずっていた


武者 「貴様も……か?」


下を向いていた男は、唐突に首だけをこちらに向けて言った

その不気味な雰囲気に驚きながらも、俺は返す


何の事だ?


武者 「その眼を見れば分かる……」

武者 「どいつもこいつも辻斬りなんぞに成り下がりやがって」


言うが速いか、鎧武者の男はゆっくりと刀を振り上げ、


武者 「はぁぁっ」


なんと一直線に斬りかかって来た


うわっ




俺は思わず飛び退き、敵意半分、恐れ半分の眼つきで男を睨む


何するんだっ


武者 「貴様……。奴等とはどこか異なる」

武者 「眼に宿る人斬りの念はあるが、決してそのようには見えない」

武者 「どういうことだ……?」


俺はその時、とっさに理解した

コイツは自分が人斬りであるにも関わらず、それを相手に投影して、勘違いを起こしているんだ

眼に宿る人斬りの念とはつまり、コイツが持っているもの

しかし、相手の瞳に映るそれを自分のものだとは気付いていない

何故、俺にはコイツの事が手に取るように分かるのだろうか

根拠は無いくせに、妙な確信があった


アンタ、俺の目に何が映っているか教えてくれないか?


武者 「言わずもがな、辻斬りの狂気だ」


アンタが持っている刀の刀身に自分の目を映してみろよ


武者 「何を奇矯な事を……」


良いからやってみろって




武者 「それに一体何の意味が……」


水面に自分の顔を覗き込むように、鎧武者の男は刀に見入る


武者 「これは……!?」


分かっただろう

アンタが言っていた辻斬りの狂気とやらは、正しくアンタのものに相違ないんだよ


武者 「そっ…そんな」

武者 「なら……私が今の今まで斬り倒し続けていた奴等は何だと言うのだ!?」


落ち着けって

分からない事があるなら、俺が相談に乗ってやる

何か知らねぇが、アンタが他人には思えないんだ


武者 「……何とも不思議な若人だ」

武者 「まさか、今となって貴様のような理性を持つ者と会えるとは……」


少し、お互いの事を話さないか?

アンタの事を持っと知りたいんだ


武者 「ああ、私は構わない」




無表情を装いながらも、その奥に悦喜の色が見えた

気を悪くしそうな、この場所でまともな人間に会えた事が嬉しいんだろう

斯く言う俺も、斬り掛かって来たとはいえ、自分以外の人間に巡り合えてホッとしてた


俺は勇者。魔界を渡り歩き、斥候をしていっ……


急に言葉に詰まった


武者 「どうした?」


何が起きたのか分からず、目を白黒させていると、頭の中に声が聞こえた


勇者、勇者

起きて、こんな所で死んじゃ駄目だよ


おいっ、起きろ勇者!

借りを作ったまま、死なれちゃ困るんだっ


懐かしい声だった

俺はそこで自分の使命を今一度思い出した


あー、ゴメン

ちょっと向こうに行ってくる


武者 「向こう? 一体何の事だ?」


頭がグワングワン、変な感覚に襲われる

丁度、この世界に来た時と同じ感覚だった

まぶたが否応なしに降りてきて、視界が暗転すると同時に俺はまたも意識を失った









勇者 「ふぅ……」

少年 「勇者!」

勇者 「どうも、おはようございます」

女エルフ 「心配を掛けるな、まだ礼も言えていないというのに……」

勇者 「礼……ですか?」

少年 「それより、身体は大丈夫?」

勇者 「いえ……かなり不味いかもしれないです」

女エルフ 「何っ」

勇者 「腹が減り過ぎて死ぬかもしれません」

少年 「色々食料は集めて来たから、今はそれは食べなよ」

勇者 「はい、是非」

女エルフ 「はぁ、あまり驚かすな……」



勇者は、再びあの天壌が無い世界へ舞い戻らなければいけない事を予期していた

自分が更なる高みへ登るためには

或いは、魔王を自称するあの獣に勝つためには

鎧武者の男と会わなければならないと







洞窟の入り口で火を囲む三人

焚き火の光が及ばぬ闇の向こうには、死出の旅人となった2匹のオーガが洞窟の門番であるかのように横たえてある

こうすれば他の動物や魔物へテリトリーを示せる、という少年の提案だった



女エルフ 「あの時、一体何が起きたんだ?」

勇者 「あの時とは?」

女エルフ 「お前が私をかばった、あの咆哮だ」

勇者 「ああ、それですか」

勇者 「以前、俺は刀に魔法を纏わせる事が出来ると説明しましたよね」

勇者 「その技を防御に応用したんです」

勇者 「ただ、あまりに常軌を逸した波長の気だったので、完全に防ぎきる事は出来ませんですが」

女エルフ 「まさかそんな事が出来たとは……」

勇者 「女エルフもかなり強く頭を打っていたようですが、それは大丈夫ですか?」

女エルフ 「ああ、すぐに良くなる」

女エルフ 「ただ、勇者に助けられた後、すぐに気を失ってしまってな」

勇者 「それじゃ、どうやってここまで……」

少年 「僕が魔術を使って逃げて来たんだ」

勇者 「俺と女エルフを連れてですか?」


少年 「まだ二人には言ってなかったけど、僕には黒魔術の他にもう一つ武器がある」

少年 「名前はレゾン。僕は魔力に近いものを身体に直接取り込める体質なんだ」

女エルフ 「何だそれは? 聞いた事がない」

少年 「僕も難しくて良く分からないんだけど、この世界には魔力の元となる不可視のエネルギーがあるんだって」

勇者 「…………もしかして」

勇者 「それは魔の根源と呼ばれるものですか?」

少年 「うん、青年と才女に教わったんだ」

女エルフ 「何故勇者はそれを知っているんだ?」

勇者 「師匠ですよ。気について師匠に師事している時、その言葉を聞きました」

勇者 「他には、これは革新的な見解だとか、剣士の気と魔導士の魔力は本質的には同じだとか言っていました」

女エルフ 「エルフにもそのような概念は無いが……」

女エルフ 「青年達が間違っているとは思えない」

女エルフ 「勇者の師匠は相当に魔の道を熟知していたのかもしれないな」

勇者 「そうですね。師匠程、風魔法を自在に操れる魔導士を僕は見た事がありません」

女エルフ 「風魔法か。そういえば、私たちの住処、迷いの森には風の丘と呼ばれる秘境がある」

女エルフ 「そこは古来、風の精霊シルフとの契約の場とされていた」

女エルフ 「森や川を俯瞰出来るその景色は、人間界ならば最も美しい場所だろう」

勇者 「秘境ですかぁ。俺も行ってみたいです」

少年 「僕も行きたいな。僕、才女に言われたんだ」

少年 「この世界にはまだ見ぬ素晴らしい場所がきっとあるって」


女エルフ 「ふたりもいつか、迷いの森の試練を受けてみるか?」

勇者 「試練とは?」

女エルフ 「エルフの住処に辿りつく事だ」

女エルフ 「心が弱かったり、やましい心を持った人間を妖精は惑わす」

女エルフ 「それを乗り越えてエルフの住処に辿り着けたら、私達エルフに認められるんだ」

勇者 「妖精や精霊も面白そうですね」

少年 「うーん、でも僕は妖精が見えるしなぁ」

女エルフ 「本当か。それは凄い」

女エルフ 「実は私も、妖精が見えるようになったのはここ最近の話なんだ」

勇者 「えっ、じゃあ妖精が見えないのは俺だけなんですか?」

少年 「大丈夫だよ。すぐ見えるようになるから」

勇者 「人間界にも、まだまだ俺の想像が及ばない場所があったんですね」

勇者 「何故だか、それを知らなかった事が悔まれます」

女エルフ 「ああ、だがこれ以上は無事に人間界へ戻れたらにしようじゃないか」

女エルフ 「胸中の霧は放ってはおけないからな」

勇者 「あの獣の事ですね」

少年 「そういえば、そいつを他のシュピーゲルが獣王って呼んでたよ」

女エルフ 「獣王か。前魔王の異名だな」


勇者 「俺は、やはり俺達がその獣王を倒すべきだと思います」

勇者 「アイツが人間界に踏み入れば、例え連合国軍でも止められません」

勇者 「人類のためにも、俺達が奴を食い止めなければ」

勇者 「しかし、俺達が奴に圧倒された事も事実」

勇者 「容易に立ち向かおうなんて言う事は出来ないです」

勇者 「二人がもし、戦う事をなんとしてでも避けたいのなら、俺はその判断に従います」

少年 「それは違うよ、勇者」

女エルフ 「ああ」

女エルフ 「私達のリーダーはお前なんだ。大事な決断はお前がしろ」

女エルフ 「私と少年はそれに従う」

女エルフ 「というより、お前はもっと私達を信頼しろ」

女エルフ 「出会ってからそう長くは無いが、私は勇者を信頼している」

女エルフ 「それは少年も同じだ」

少年 「そうだよー」


勇者 「…………はい」


女エルフの真っ直ぐな眼差しを真正面から受け取り、勇者は慎重に言葉を選ぼうとしたが、


勇者 「…………」


なんと言うべきか、適する言葉がとんと思いつかない


勇者 「では、俺達が獣王をぶっ倒しましょう」


結局、最も脳裏に強く浮かんでいた、獣王をぶっ倒す、というフレーズを使う事にした


勇者 「さっき、俺は人類のためにもだなんて大義名分を語りましたが……」

勇者 「すいません、あれは嘘です」

勇者 「俺、あんな野郎に負けた事が悔しくてたまりません」

勇者 「こんな重要な事に私情を挟むなんて、自分でもどうかしている思います」

勇者 「しかし、どうしても……どうしても勝ちたい」

勇者 「勿論俺一人ではありません。俺達三人、勇者一向として勝ちたいんです」

勇者 「身勝手ですが、二人を信頼して言います」


矢継ぎ早に言葉を紡ぎ、最後は少しだけ大きな声で締めくくる


勇者 「俺と一緒にあの化け物を倒しましょう!」


少年 「うんっ」

女エルフ 「伝承では、魔王を倒すのは勇者だと相場が決まっているからな」

女エルフ 「やろうじゃないか」


勇者 「有り難うございます」

少年 「そうだ、二人に謝らなくちゃ」

少年 「ごめん、僕二人を残して逃げ出した」

勇者 「いえ、それこそあの時点で、俺が下すべきだった判断です」

勇者 「一目散に俺が逃げだせば、女エルフを危険に晒す事もありませんでした」

勇者 「謝るのは俺の方ですよ」

女エルフ 「まぁ、確かに逃げる事が最善の手ではあったが……」

女エルフ 「私も頭に血が上っていたしな」

女エルフ 「勇者も少年も責める事は出来ないだろう」

少年 「次に生かすって事だね」

女エルフ 「ああ」

女エルフ 「ところで、勇者」

女エルフ 「お前の傷はどれだけの時間があれば回復する?」

勇者 「あれ……ばれてましたか」

少年 「さっきから右足と左腕をかばってるように見えるよ」

勇者 「流石に隠せませんよね……」

女エルフ 「だから、私達を信頼しろと言っただろう」

勇者 「すいません」





グチャ…グチュ…

獣王は手が汚れる事も厭わず、ゼリー状の脳髄を咀嚼する

眼前に倒れ伏すハ―ピーの長

羽はむしられ、腱はズタズタ

頭部は頭蓋が本来の役目を果たさずに脳しょうを垂れ流していた


獣王 「鳥の脳はちっぽけって聞いていたが」

獣王 「なんだ、結構旨ぇじゃねぇの」


獣王 「まだ、俺と勝負してぇ奴はいるかぁ?」


獣王は意地悪く、わざと崖中に響き渡るように叫んだ

返答は彼自身の声の残響のみ

大半のハ―ピーはシュピーゲルの襲撃を受け、既に地に落ちていた

勇猛果敢に獣王へ挑むハ―ピーも中にはいたが、それもあっさりと首を折られ、脳みそをすすられる以外に道はなかった

しかし生き残りはいる

雄のハ―ピーは雌や子供を守るために必死でシュピーゲルと応戦し、年老いたハ―ピーは敢えて子供たちの盾となってその身を散らした

その甲斐あって一部のハ―ピーは無事、逃亡に成功したが、この崖を住処とするハ―ピー達は壊滅的なダメージを負う事となった

シュピーゲル達もまた無傷とはいかない

何故ならハ―ピーの鉤爪には猛禽類特有の細菌が多く付着しており、それが傷口から体内へ侵入し傷を化膿させ、やがて対象を死に追いやるからだ

鉤爪では、獣王の頑強な皮膚に傷つける事こそ出来なかったが、並みのシュピーゲルはその限りではなかった



勇者 「まず右足が折れてしまっているみたいですが、問題ありません」

勇者 「ずれているわけではないようなので、放っておけばじきに治ると思います」

勇者 「次に左手。獣王の物理攻撃を防ぎきれなかったようで、中指と人差し指が骨折」

勇者 「加えて、手首自体が捻挫しているようです」

勇者 「それと、全身火傷ですね」

勇者 「最後の咆哮は相当な熱量を持っているらしく、刀にその多くを纏わせてもこれだけの傷を負ってしまいました」

女エルフ 「全治2ヶ月弱と言ったところか」

勇者 「はい、強がりを言えば1ヶ月で治した所なんですけど」

少年 「無理はいけないと思う」

勇者 「怪我の事もそうですが、俺達は今のままでは勝てません」

勇者 「何か策を練らなければ」










グチャ…グチュ…

獣王は手が汚れる事も厭わず、ゼリー状の脳髄を咀嚼する

眼前に倒れ伏すハ―ピーの長

羽はむしられ、腱はズタズタ

頭部は頭蓋が本来の役目を果たさずに脳しょうを垂れ流していた


獣王 「鳥の脳はちっぽけって聞いていたが」

獣王 「なんだ、結構旨ぇじゃねぇの」


獣王 「まだ、俺と勝負してぇ奴はいるかぁ?」


獣王は意地悪く、わざと崖中に響き渡るように叫んだ

返答は彼自身の声の残響のみ

大半のハ―ピーはシュピーゲルの襲撃を受け、既に地に落ちていた

勇猛果敢に獣王へ挑むハ―ピーも中にはいたが、それもあっさりと首を折られ、脳みそをすすられる以外に道はなかった

しかし生き残りはいる

雄のハ―ピーは雌や子供を守るために必死でシュピーゲルと応戦し、年老いたハ―ピーは敢えて子供たちの盾となってその身を散らした

その甲斐あって一部のハ―ピーは無事、逃亡に成功したが、この崖を住処とするハ―ピー達は壊滅的なダメージを負う事となった

シュピーゲル達もまた無傷とはいかない

何故ならハ―ピーの鉤爪には猛禽類特有の細菌が多く付着しており、それが傷口から体内へ侵入し傷を化膿させ、やがて対象を死に追いやるからだ

鉤爪では、獣王の頑強な皮膚に傷つける事こそ出来なかったが、並みのシュピーゲルはその限りではなかった




獣王 「倒れてるシュピーゲルは一体何してんだ?」

獣王 「まさかハ―ピーなんぞにへばってる訳じゃねぇだろうな」


からからと笑う獣王は、鉤爪の細菌の事を勿論知っていた

また自らの同胞がそれによって、恐らくは死ぬであろう事も

さらに言えば、獣王に同胞はいても仲間はいない

同じ種族である事は間違いないが、しかしそれらは全て自分に従属する存在

同胞がいくら死のうとも獣王はそれを歯牙にも掛けない

屁の突っ張りにもならない取り巻きよりも、自分の知恵や肉体のみを信じる様は、文字通り孤高の獣


獣王 「君子は和して同せずって奴だ」

獣王 「俺とてめぇ等は人間を目の敵にしてるって点じゃ同じだが、」

獣王 「断じて仲間ではねぇんだよ」

獣王 「くたばっているシュピーゲルは放っておけ」

獣王 「間違っても殺すんじゃねぇぜ」

獣王 「その因果は自分で作ったものだ。甘んじて死ぬまで苦しみ続けな」









商業の国 謁見の間


玉座に鎮座する商業王

隣には甲冑の騎士がグラディウス(刀身が短く重厚な商業の国発祥の剣)を胸の前に掲げていた

その胸に十字印パン(クロイツブロート)の紋章が灼然と輝く

それは商業の国の国章

そしてクロイツブロートを胸に持つという事は、商業王の右手、近衛隊隊長である事を表していた

玉座に連なり列をなす連合国軍の兵士

誰一人身動きはとらない

腰には各国に伝わる伝統的な刀剣を携え、胸には連合国軍の紋様が刻印されていた

厳粛な空気が張り詰める中、年不相応な威容を誇る商業王が任命式の口火を切る



商業王 「まず式を始める前に……」

商業王 「殉職した彼の者へ、心ばかりの黙祷を捧げよう」

商業王 「壮年将軍に手向けの追悼を」

商業王 「目を瞑れ」


真っ白な時間

誰もが視野を閉ざし、たった一人の安やかな眠りを願う




商業王 「この度の進軍、ご苦労であった」

商業王 「得た物、失った物」

商業王 「どちらも忘れはしない」

商業王 「さて、皆をここへ呼んだのには訳がある」

商業王 「魔王の手先による卑劣な妨害により、我々の掛け替えのない同士は多く倒れた」

商業王 「その渦中で、一人の傭兵が立ち上がる」

商業王 「それが彼だ」


商業王の直線上、謁見の間の中心に跪く、一人の傭兵

装いは壮年将軍のそれを模倣したものであった



商業王 「各国の王と協議した結果、その偉業を讃え、彼に新たな地位と名誉を授ける事になった」

商業王 「コンドッティエーレ(契約する者)」

商業王 「商業の国、軍部最高位だ」

商業王 「これを受けるのならば、その膝を立て、我の面前にて誓い立てろ」



若年傭兵はゆっくりと立ち上がり、重々しく商業王へ近づく




若年傭兵 「散華せし我が同胞に安らぎを」

若年傭兵 「高潔なるその意思、しかと受け取った」

若年傭兵 「彼の意志に則り、我は王に心臓を捧げよう」


商業王 「貴殿の誓い、コンドッタ(契約)に値するものであった」

商業王 「今日より貴殿が我が左腕だ」


商業王の右側に立っていた甲冑の騎士が一歩前に踏み出る

次は若年傭兵と向き会うために、右に回転

最後にもう一度、右足を一歩前へ踏み出した

突き出す足は全てが右足

そして胸に掲げていたグラディウスを右手のみに持ち替え、そのまま前へ

それを若年傭兵が左手のみで受け取る



これで、あらかじめ決まっていた式の流れは終了

最後に、商業王が王らしからぬ言葉で式を締めくくる


商業王 「金にもならない戦争のための兵士なんて大嫌いだけど、まぁ頑張ってね」

商業王 「はい、これにて終了」


若年傭兵 (えっ……)


痛いほどに凍りついた謁見の間を、商業王は辟易した表情で後にする







王子 「はぁ、もうやってられないよぉ……」

王子 「ボスもそんなの脱ぎなって」


甲冑の騎士はいそいそと甲冑を脱ぎ始める

中から現れたのは、汗まみれでぐったり気味のボス


ボス 「うへぇ。あっつ……」

王子 「全く、どうしてこうも決まりだらけでガチガチの式なんてあるんだろうね」

王子 「こんな事しなくたって、王の威厳ぐらい保てるよ」

ボス 「ならやるなよ……」

王子 「いっその事、そうしたいんだけどねぇ」

王子 「僕が我慢しなきゃ、色々な方向に角が立つんだよ」

王子 「結局は少し我慢した方が後々、苦労が少なくなる」

ボス 「じゃあやれよ」

ボス 「でも俺は巻き込むな」

王子 「暫定的だけど、今はボスが近衛隊の隊長だから」

ボス 「ああ? でも勇者を決めるあの大会に出たのはお前だろ」

王子 「それはここだけの秘密だって」

王子 「こっそり抜け出したんだから」

ボス 「ああ、そうかいそうかい」

ボス 「んじゃ飯作ってくるから」

ボス 「お前も仕事頑張れよ~」

王子 「ああ、ありがとう」




商業の国には、ある儀礼的な伝統があった

儀式を行う場合に最も重要視されるのは、服装や言葉使いでは無く、足使い

それは周辺諸国には無い、商業の国独特の伝統

その伝統の源流は商人のツンフト(同職組合)にある

各国を渡り歩くする遠隔地貿易の枢軸を成した商人たちは、足運びの所作で自分がどの商会に属している人間なのか証明していた

転じて、職人のツンフトなどでは足運びの所作が暗号として使われるなど、用途は多岐にわたる

しかしそのために、外部の人間にとっての各ツンフトは必要以上に閉鎖的になる傾向があった


商業王の右手として働く近衛隊隊長は、儀式において、全ての動作を右側で行う

また今回新たに開拓された地位であるコンドッティエーレは、王の左手

故に、近衛隊隊長とは反対の左側で儀礼的な動作を行う事になる

またコンドッティエーレは、傭兵隊長とも称された

これを契機に商業の国に集まる傭兵達は、傭兵隊長となった若年傭兵の下、体系的な組織に変わって行く











木陰と陽光のコントラスト

木の根もとに勇者は寄りかかり、手は座禅を組むかのように合わされていた

精神集中のためのそれは、彼が師匠の下を離れてから出来た習慣だった


かつて、師匠は言っていた



魔導士が魔力を練るように、剣士は気を練るものだ

ま、例外はいるけどね

君は常に自分にある物と不足している物を見極めなければならない

それは外に転がっている物じゃない

あとは、分かるだろ?






十分と不足の見極めが俺の懸案

目指す場所は決まった

獣王

奴と俺は何が違う?

種としての膂力か? 理性か? 知性か?

いいや、このどれで優っていようとも奴には勝てない

ならば身に付ける物はただ一つ

剣士としてではなく、勇者としての技量

俺の数少ない長所を専一に磨き上げ、そのたった一点において奴に勝れば良い

俺は一人じゃないんだからな

そして俺の長所は、気のコントロール

さらに言えば、愛刀と敵と己との気の共鳴

奴の攻撃を自らの矛とし、次こそ奴を斬り抜いて見せる

前回は防御すら出来なかった


刀に奴の咆哮は纏えていたし、気の波長をずらされたわけでもない

それでもダメージを受けたという事は、奴のそれを半分も纏えていなかったという事になる

必要なのは気の鍛錬か

そういえば、俺がやって来た修行なんてずっと一つだったな

ひたすらに辺りの生き物が発する気を感じ続ける

ただそれだけだ


勇者の鼻先を、羽の大きな蝶々が飛翔する

まるで木の葉がヒラリと舞い落ちるように、危うく羽ばたく蝶はやがて、勇者の鼻柱に止まった

獣の鳴き声は聞こえない

心地よい虫の声と暖かい日差しが、勇者を包む世界の全てであった

辺りに存在する気を全て把握しているが為に、勇者は指先一つ動かさない

そして漸々と、勇者の結界は広がっていく

木が12本、そこに隠れる小動物が4匹、下草や木の中に隠れた虫が34匹

そして、鼻先に止まっている蝶が1匹

結界に別の生物が入ってきた

それは二つの足で草を踏み分け、勇者に近づいてくる






女エルフ 「ふふっ、なんだそれは」


ゆっくりと目を開く

そこ見えたのは黒幕

その向こう側で、優しく笑う女エルフの姿だった


勇者 「こんにちは、女エルフ」


俺が口を開くと、視界を塞いでいた黒い蝶が飛び立った


女エルフ 「あぁ…。逃げてしまったな」


口元を綻ばせ、少し残念そうに言う


女エルフ 「怪我の具合はどうだ?」

勇者 「まだ刀を握っての鍛錬は難しいですね」

女エルフ 「そうか。でさっきは何をしていたんだ?」

女エルフ 「昼寝には少し早すぎるんじゃないか?」


彼女は悪戯な顔で俺に笑い掛けた

いつもとは違う、彼女の新鮮な表情に俺も不思議な気分になる

胸の奥をくすぐられるような、こそばゆい感覚

異物感は無く、ただ心の中に安らぎをもたらす




勇者 「気の修行です。でも、このまま寝てしまうのも良いかもしれませんね」

女エルフ 「気か。そういえば、お前の気には少々分からない点がある」

勇者 「分からない点、ですか」

女エルフ 「前に説明しただろう」

女エルフ 「気というのは、本来、各人固有のもののはずなんだ」

女エルフ 「その波長をずらすなんて、通常なら有り得ない」

勇者 「俺もよく原理は分からないんですけどね」

勇者 「俺の気の波長が変化するのは、俺自身の意志ではありません」

勇者 「ただ、刀に合わせるだけで、それが魔法と同質になっているだけなんです」

女エルフ 「確かにその刀は摩訶不思議な代物だが、それ以前に自分の得物を使いこなすこと自体が簡単ではないんだ」

女エルフ 「それに加えて、気が変化する刀など、根本的に武器として成り立っていない」

勇者 「そうなんですか」

女エルフ 「誠実そうに見えて、お前の気はとても気まぐれだ」

女エルフ 「多分、お前の師匠に影響されたのだろう」

女エルフ 「お前の師匠は、きまぐれな者ではなかったか?」

勇者 「きまぐれ……。確かにそうかもしれません」

勇者 「師匠は、なんと言うか、とても変わった人でした」

女エルフ 「そうか。何故だか、お前の師匠の大まかな人物像が浮かぶよ」

女エルフ 「唐突に軽薄な笑みを浮かべるのだろう?」

女エルフ 「まるで相手に悪戯をして、楽しんでいる子供のように」

勇者 「そうです! 師匠は本当にそんな人でした」

勇者 「俺の裾に毛虫をくっつけたり、不意に脅かしてきたり」

勇者 「幼さを合わせ持った人でしたね」


女エルフ 「私にも、一人、似たような友がいる」

女エルフ 「何を考えているのか読めない風貌の癖して、先見の明は確かなものだった」

女エルフ 「屁理屈だか詭弁だか、判別できない論理を持ちだしては私をからかうんだ」

勇者 「……懐かしくなります。師匠と旅をした1年前が」

女エルフ 「はぁ、なんだか感傷的な気分になってしまったよ」

女エルフ 「となり、失礼するぞ」


勇者と肩を並べて、木の根に腰掛ける

柔らかな女エルフの匂いが勇者の鼻腔をくすぐった

勇者はその匂いにつられるように、ゆっくりと顔を女エルフの方へ向ける


勇者 「綺麗だ……」

女エルフ 「ん? ああ、そうだな」

女エルフ 「綺麗な景色だ。木の葉と空、そして太陽」

勇者 「いいえ、違います」

勇者 「貴方の事ですよ」


勇者の右手が、女エルフの頬へ伸びる

そして優しく頬を滑り、そのまま頭へ


女エルフ 「きゅっ……急に触るなっ。驚くだろ!」

勇者 「すいません」


勇者はそう言うも、頭に乗せた手を退かす事は無かった




勇者 「風に凪ぐ栗色の頭髪に、深緑の瞳、細い体」

女エルフ 「一体どうしたんだ!?」

勇者 「そして何より、あまりに美しい貴方の気の波長」

勇者 「自然に調和し、とても静かで力強い」


勇者の手は、頭を降り、今一度頬を撫でる

そして首筋をなぞり、胸へ到着した

戦いの時は胸当てがあって、決して触れる事の出来ない胸部


勇者 「手を当てるだけで、心が安らぎます」


トクン…トクン…

心臓の鼓動

一定のリズムで拍動する女エルフのそれは、勇者にとって最高の音楽だった

自分が感知し続ける、世界の波長と女エルフの波長

二つの波が、この上なく快いハーモニーとなって、勇者を満たしていく


女エルフ 「…………?」


訳も分からず、女エルフは逡巡する

勇者の瞳は、いつの間にか幕を下ろしていた


それから、世界が止まり、勇者と女エルフ、二人だけの時間が続いた


ややあって、女エルフは勇者が眠りについていた事を知る

徐々に自分へ寄り掛かる勇者の顔を、女エルフはじっと見つめた

自分をあの咆哮から守ってくれた勇ましい面影は無く、純粋な一人の青年として気持ち良さげに眠っている




女エルフ 「全く。頼もしいんだが、頼りないんだか……」

女エルフ 「仕方ないな。こうも気持ち良く寝られちゃ、起こすのも気が引ける」


女エルフはそっと、勇者の頭を自分の太ももに誘導した

しきりに頭を撫で、微笑みながら勇者の素朴な寝顔を覗き込む

ほんの数日前に死に掛けたようには、毛ほども思えない


太陽の下、木々が二人を見守る

エルフと人間の仲睦まじい様子は、種族の壁を越えた融和

世界平和の、最も低い所に存在する、最初の足掛かり


女エルフ 「今はゆっくりと休んでくれ、私の勇者よ」


そう言い、彼女は勇者の頬へ接吻する

それは、女エルフにとって初めての「表現」だった

仲間意識や尊敬、庇護欲

様々なモノが胸から溢れていく

エルフの雄共を押し退け、先頭で森を駆けて来た彼女が、初めて異性として意識した相手

彼女がその時に想起していたものは、勇者の実直な笑顔と、誰よりも勇ましい後ろ姿

そして、先程、自分の事を綺麗と言った勇者の顔だった

言葉にならない熱さが脳を茹らせ、胸を締め付ける


ポカポカと身体を包み込むその感覚が、何よりも暖かく、何よりも幸せだった

自分はこの人と寄り添いたい

女エルフは思った

そしてまた、自分と勇者が夫婦になるのは、まるで悲劇に終わる事が常である異類婚姻譚のようだと自虐した

子供の時、初めてシルフの宿る地、風の丘を見つけた時の感動が再び蘇る

誰かにこの感動を伝えたくてうずうずしたあの頃が、もう一度やって来た

伝えたい……

誰に?

今も昔も、それはいつだって医者だった

アイツは私と共に喜び、私と共に成長した

私がアイツの手を取り、またアイツが私の手を引く

そんな関係

お前は知っているか?

誰かを好きになると言う事を

こんなにも素晴らしい気分になれるんだぞ

言葉ではとても言い表せないが、それでも敢えて千言万語を費やして説明してやろう

お前だってすぐに興味を持つだろうさ

その時は、私が相談役になってやる

なぁ、医者よ

何故今日の私はこうも感傷的なんだ?

もう二度とお前に会えないみたいじゃないか










ふぅっ……




風が吹いた

まるで吐息のような

この時期には珍しい涼風


女エルフ 「涼しいな」

真っ赤で火傷しそうなこの顔を冷やしてくれる……



女エルフは願った

せめてこの顔の紅潮が引くまで、勇者よ、起きてくれるな











ある日

人の何倍も長生きするそのエルフは

人間の男に恋をした










オーガの洞窟



少年 「うーん、この魔術記号は、『殺生』のどの部分に対応してるんだろう?」

少年 「やっぱり青年と才女がいないと……」

少年 「僕一人じゃ、限界があるなぁ……」


悶々と、少年は洞窟の入り口でグリモワールと睨めっこしていた

そこへ戻る二つの影


女エルフ 「戻ったぞ、少年」

勇者 「ただいまです」


少年 「あ」


少年は気付く

並ぶ二人の距離は、いつも少年が見ていたものより少しだけ狭かった事に


少年 「やっと仲良くなれたんだね」ニコニコ

女エルフ 「何の事だ……?」ドキッ


少年 「丁度、靴一つ分かな?」

勇者 「ですから、何のことです?」

少年 「二人の距離」

少年 「心が近づけば、身体も自然と近づくんだよ」

少年 「これならちょっと手を伸ばせば、すぐ手を繋げるね!」

女エルフ 「そっ、そんなことは無いぞっ」

少年 「照れなくて良いよ~」

少年 「ずっと迷ってたんだ」

少年 「二人がいつも取っている距離は、丁度僕が入るくらいだったから」

少年 「でもこれなら、僕は入れないや」

勇者 「そんな事を考えていたんですか」

少年 「皆仲良く旅をしたいもんね」


勇者よ……

貴様、何処へ行ってしまったのだ


勇者の脳裏に、突然鎧武者の声が流れた

そして、それを聞いて勇者は、天地の存在しないあの世界を思い出す




勇者 「そうだ、戻らないと……」

勇者 「俺、ちょっと行ってきます」


暗転――



直立の状態から、そのまま脱力した勇者は重力に従って、地に落下した


女エルフ 「おっ…おい!」


女エルフは、倒れ落ちる勇者を抱きかかえるように受け止める


少年 「どうしたの……?」

女エルフ 「分からない。ただ、勇者には私達には見えない世界が見えているのかもしれない」

女エルフ 「精神構造からして、コイツは常人とはかけ離れているからな」

少年 「大丈夫なのかな?」

女エルフ 「さぁな。兎に角、洞窟の奥に寝かせておこう」









目が覚めると、またもそこは薄暗い死者の世界

鎧武者の男と再開すべく、のそのそと方向も定まらずに歩いていく


勇者 (何でこの世界じゃ、俺は刀を持っていないんだ?)

勇者 (ここが俺の精神世界だったら、絶対に刀を手放したりはしないはずだ)

勇者 (それこそ、俺が勇者である証明)

勇者 (ひいては、人としての生きる目的なんだからな)


辺りに人の姿は無く、作り物のような草原が果てしなく広がる

視線を漂わせた先、鎧武者がいた

以前会った時とは違い、今の彼は疲弊しながらも生気を持った瞳で刀を覗き込んでいた


武者 「貴様、勇者か?」


遠くから俺を見つけ、声を発す

奇妙な事に、その声はささやき声に近いものであったが、何故か問題無く俺の耳まではっきりと届いた


勇者 「ああ、この前は悪かったな。勝手に消えちまって」


武者にならって、俺も特に力む事無く口を開く


どうやらそれは向こうにも届いたようで、その後は返事をする事無くこちらへ近づいてきた




武者 「この前とは何だ?」

勇者 「いや、だから……数週間前くらいにここへ来ただろ?」

武者 「何を言っている。貴様がここへ来たのは、ほんの数時間前だ」

勇者 「数時間前……?」

勇者 (いや、ここは外の世界とは違う)

勇者 (獣王から負った怪我も反映されていない事を考えると、ここは何かしらの精神世界)

勇者 (時間の流れも、外とは違うのだろう)

勇者 「ああ、そうだっけ」

武者 「何だ、貴様は寝ぼけているのか?」

勇者 「まぁ、そんなところだ」


適当にはぐらかし、本題に入る


勇者 「ところで、お前の名前を教えてくれないか」

武者 「名前……? 私のか?」

勇者 「そうだよ、それ以外無いだろ」

武者 「……思い出せない」

勇者 (予想はしてたけどな)

勇者 「じゃあ、その風体から武者とでも呼ぶ事にするよ」


俺は武者の身に付けている鎧に目を滑らせた

そこでおかしい点に気付く




勇者 「武者、その鎧は何だ? まるでつぎはぎだ」


武者の鎧は、それぞれ各パーツの色が異なり、まるで別々の鎧から剥ぎ取ったような一貫性の無いデザインをしていた


武者 「これは……何だ?」

勇者 「分からないんだな」

武者 「そうだ、分からない」

勇者 「じゃあ、お前が持っているその刀を見せてくれ」

武者 「これか」


武者は刀の柄を俺の方へ向ける

俺は自然にそれを受け取ろうとしたが、何故か武者は刀を握った手を離さない


勇者 「おい、見せてくれって」

武者 「す……済まない。何故だか、私の手から刀が離れないのだ」

勇者 「ああ、そういうことか」


俺は自分が今どこにいるかを悟り、ゆっくりと刀の柄から手を離した


武者 「どういう事だ?」

勇者 「お前、ここがどこだか分かるか?」


武者 「分からない。思い返せない程昔に、気が付いたらこの場所にいた」

武者 「ここは、彼岸と此岸の境なのか?」

勇者 「いや、間違いなくこの世だよ」

勇者 「俺には、ただ一つだけの武器があった」

勇者 「それは妖刀。焼き入れの跡も、刃紋も無い模造刀のような刀だ」

武者 「もしや、その妖刀とは、この刀の事なのか?」

勇者 「そうだ。そしてお前自身でもある」

武者 「私……?」

勇者 「ここはお前の心内世界ってところだろうな」

勇者 「その妖刀はな、意識を持ったインテリジェンスソードってやつだったんだよ」

武者 「その意識が私……」

勇者 「多分な。でもそう考えれば、俺がその刀を持っていない事も納得できる」

武者 「そうか……!」

武者 「思い出したぞ、私のやるべき事を!」


武者は目を見開き、今一度強く刀を握り直した

そして、恰もそれに呼応するかのように、辺りの景色が一変する

薄く霧が漂う世界に日影は無く、草原だったその場所は瞬く間に戦場の跡となった

草むらの中には流血した兵士達が倒れ伏し、あちこちには酷使され刃こぼれした刀剣類が地面に様々な角度で突き刺さっていた


勇者 「うわっ、何だ!?」

武者 「未だ完成していなかったのだ」

武者 「あれは私が、まだ人の肉体を持っていた時の事」


まるで誰かによって作られた劇のように、武者は死地へ向かって滔々と一人語りを始める








人は何を求めて、同じ種族の他人を手に掛けるのか

そして、何ならば人を手に掛けるだけの価値があるというのか

私には分からない

分かりたくもない

分かった所で、ただ胸糞悪く反吐が出るだけに決まっている

日々命を散らす同胞に、私は何をしてやれるだろう?

一介の刀鍛冶にしか過ぎないこの私に

人を殺すという行為とそれ行う者の間に介在しているこの私に

これこそ戯言ではないか

だがしかし、それは頭で考えた結果だ

人の心を用い、考え、結論を出すなら、自己満足に終始しない何か私にしか出来無い事があるはずだ

死に行く武士(もののふ)、兵(つわもの)、彼等の思いを後世に残す等はどうだろう

いや、私はそのような柄では無い

私に出来る事など、人斬り包丁を造る事ぐらいだ


ならば、彼らの無念を象徴する刀を造れば良いのではないか

誰もがそれを見て、死を恐れる教訓となるような一振りを造れば……!

そうだ、ならば私自身が戦場へ赴こう

朽ち果てた刀を溶かし、打ち直し、新たな刀を造ろう


武者 「そうして私は、死者の咽び泣く地獄を遍歴した」


駄目だ……

どれも芯が折れて刀として死んでいる

強固な芯が無ければ、鋼で肉付けしようとも脆い刀になってしまう……

それでは駄目なのだ

向こう千年刃こぼれ一つ許さぬ、妖刀でなくては……!


武者 「それからどれほど経ったか」

武者 「半ば刀の完成を諦めていたある時、一振りだけ奇妙な刀が出来たのだ」


何だこれは……?

刃紋の一部が赤い?


武者 「振ればその部分に切れぬ物は無く、さながら龍の爪のようであった」




もしやこの赤い部分を集約出来れば、妖の領域に踏み込めるのではないか?

どこだ……!?

どの壊れた刀剣がこの「爪」を創り出したのだ……!?


武者 「なまくらに手が切れようとも、私はそれを看過し、戦場に残った様々な剣を漁った」

武者 「何度もそれらしい物を見つけては、不完全な刀として打ち直し続けた結果、ある結論を得た」


これは幾重にも積み重なった血痕……!

波紋の一部となる程、深く刀に染み込んだ殺人の烙印……

となれば、戦場で人を斬りまくった忌まわしい刀剣を集めて、一本の刀とすれば、それは妖刀の名を冠するに相応しい物となるはずだ


武者 「それから、またも数十年、人間界の戦域に赴いては死者の白刃を求めた」

武者 「後世にも残る様な武将の愛刀を始め、伝説級の武人、人外の怪力乱神まで」

武者 「人を塵芥とも思わない程に、同じ種族を屠った怨憎の武器が十分に集まった頃、私は既に死に際の老人になっていた」


まずい……

これでは妖刀が完成する前に私が死んでしまう……!

だが絶対にこの使命だけは果たして見せる

例え、飛び散る火の粉に眼を焼かれようとも……

例え、ふいごを踏む足が腐り落ちようとも……

残り僅かな余生は、誰も寄りつかない山林で刀工として妖刀を完成させる事に執着しよう




武者 「いつからか、私は俗世から離れた仙人の如き刀鍛冶となっていく」

武者 「その後は、生きるための食事や睡眠以外、全ての時間を刀の製造につぎ込んだ」


炉の温度は通常のものでは駄目だ

龍の爪を持った刀を融かすには、さらに高い温度の炉でなければならない

その為には良質な木炭が必要だ

それには、七回の焼き入れによって極上の炭となるという七竈(ななかまど)が良いだろう


武者 「製造過程の全てを自身が実現し得る最高の水準に高め、私は人としての命が尽きるまで刀を打ち続けた」

武者 「結果、刀は完成しなかったのだがな」


くっ…くそ……

この愚鈍で貧弱な身体では、これが限界かっ

ははっ……

これが死に際に思い出す記憶、走馬灯という奴か

人の世の地獄

同胞を、自らが生きるために殺める

それが当たり前となった世界か

あまりにも残酷だ


私の本懐は、この修羅の世を平穏なものへと変える事だった

それも今となっては、叶わぬ妄言

結局は私も世界を動かす歯車の一つ

どう足掻いても、歯車一つが狂った所で大局は変わらないという事だろうな

だが……

私は絶対に諦めない

平和という夢にしがみ付いて、すがり付いて、絶対に諦観などしない

絶対に……

絶対に、だ……


武者 「そうして私は死んだ」


武者の言葉と同時に、過去の武者を映していたこの世界は、再び草むらがどこまでも茂る戦場の跡に戻った








勇者 「なら、お前が持っているその刀は誰が作ったんだ?」

武者 「それは……あれだろう」


武者は草原が広がる死地の、ある一方向を指で示す


勇者 「何だありゃ……」


そこにいたのは、歪な形の巨人だった

人というには、あまりに不自然

しかし、それ以外の生物には見えない


武者 「あれは、私の執念がこの世に残った残滓」

武者 「死に損ないの妖怪だ」


自虐気味に武者はそう言った

それは世界に対しての絶望も合わせて表現しているかの様で、皮肉にもこの情景にとても似つかわしかった


勇者 「一本だたら……か」

勇者 「確か武芸の国に残る民話だったな」

勇者 「たたら師……つまり鍛冶師の成れ果てって事なのか?」

武者 「ああ、私は予期せず、実際に片目片足を失っていたらしい」

勇者 「じゃあ、お前の本当の姿があれって事?」

武者 「恐らくはな。あのように醜悪な外形、とても認めたくは無いが……」


勇者 「ああ~、何となく終わりが見えて来たな」

勇者 「あれを斬り倒せば良いんだろうなぁ……」

武者 「そうなのか?」

勇者 「ここはお前の精神の中だ。お前の本懐とやらを叶えれば、きっとお前は成仏出来る」

勇者 「その本懐は妖刀の完成。問題は、何をもって完成とするか」

武者 「それは……私の意思を後の世に残す事だ」

武者 「その形が偶然刀であっただけで、平安の火種さえ残せればそれで良い」

勇者 「平和を火に例えるなんて、可笑しな言い方だな」

勇者 「でも、まぁ分かったよ」

勇者 「その刀を貸してくれ。俺がアイツを斬る」

勇者 「人外に成り果てたアンタをな」

武者 「ああ、貴様に私の全てを託した」


武者はゆっくりと刀の柄をこちらへ向ける

俺は迷うことなくそれを受け取った

その瞬間、まるで煙が風に散るように武者が消えた

あまりに呆気なく、音も無い


勇者 「受け取ったぜ、アンタの全て」




霧を払う風が一吹き

その風は、俺と一本だたらを結ぶ道となる

奴はまだこちらに気付かない

ゆっくりと、しかし確実に、俺は大上段に武者から受け取った刀を構え、奴に近づいていく

一歩、また一歩

そして奴との距離があと数歩という所

振り返る

人の顔ほどもある眼に、2メートル越えの体躯を一本で支える巨脚

恐怖よりも気味悪さが先立った


勇者 「アンタも大変だったな」

勇者 「精神が死んでも、肉体は妖怪として生き永らえ……」

勇者 「しかも精神も成仏出来ないと来た」

勇者 「神仏に唾を吐きかけたくなる話だよ、全く」


ヴェキュ……?


俺の言葉に反応して声を発するが、人語には程遠い


勇者 「あんまりこういうのは、好きじゃないんだけどな」

勇者 「安らかに眠れ。鎧武者の刀鍛冶、妖怪変化の一本だたらよ」




袈裟斬り

一切の迷い無き太刀筋に、一本だたらは逆らう事無く斬り裂ける

瞬間的に出来た裂傷は、すぐに身体を二つに分けた

そして武者と同じように、風へ漂う煙に変わっていく


勇者 「これが正しい選択なんだよな」

勇者 「はぁ、妙に疲れたな」


濃霧が俺を包み込む

草原はいつの間にか消え、そこに倒れていた兵士達もいなくなっていた

霧が俺の視界を白く染め上げ、またあの感覚を得る

地から足が自然に離れていくような……

足元に空が存在するような……









俺が再び地面を自分の下に感じた時、同時に洞穴独特の湿気が肌を滑った


勇者 (戻って来たんだな)

勇者 (さて……)


俺は右手を握る

そこには武者が生涯を掛けて作り上げた妖刀があった



  「斬るは刃。纏うは呪い。いつまでも妖刀なんて呼ぶのも失礼みたいだし、」

  「何か名前でもつけるか?」

  「いえ、名前は俺がこの妖刀を使いこなせるようになった時に付けさせてください」




勇者 (師匠との約束の一つ目だ)


魔変化生の者が造り上げし、天地無双の妖刀

名を持つ事すら憎らしい

それ程の怨憎が集約された一振り

人が生まれ、また死ぬ

その単調なサイクルが何度繰り返されたか

一つの狂った世界の歯車が、ようやく意味を持つ時が来た

相手に合わせて、自らの波長を変化させる「妖異幻怪」の刀

誰もその刀の本質を捉える事は出来ない




幻怪 「それは貴様次第だ。私の問題では無い」


冷たいなぁ

だが、俺はお前と出会えて本当に良かった

お前が俺と師匠を引き会わせ、そして俺を勇者にした

勝とうぜ、絶対によ


幻怪 「ああ」


ありゃ、なんか眠くなってきた……


幻怪 「肉体と精神は別の時間が流れてる」

幻怪 「精神世界で活動すると言う事は、物体世界で肉体が活動する事と同等に疲弊するものだ」

幻怪 「貴様は精神世界で長い間、活動し続けた」

幻怪 「疲れもさぞ溜まっているはずだ」


へぇ、そうだったのか


幻怪 「決戦の時はまだ先」

幻怪 「ここは休息しても良いだろう」


そうだな

じゃあ、もうひと眠りしよっと






眠りに落ちる時、まぶたが異様に重く感じる

まるで重力が身体を地面に縛り付けるように、眠る事を強要されているようで、いつも不快に思っていた

だが、今だけは良い気持ちだ

眠る事がこんなにも嬉しく感じる日が来るなんて

世界もまだまだ捨てた物じゃないな




幻怪 「寝たか」

幻怪 「『幻怪』、良い名前だ」

幻怪 「礼を言うぞ、若造」



残念、まだ起きているよ

感謝するのは俺の方さ

ありがとよ

お前のお陰で、きっと俺は大切な物を守れる――









勇者 (妖異幻怪か)

勇者 (妖刀『妖異』じゃなんか言いずらいな)

勇者 (なら、妖刀『幻怪』なんてどうだろう)

勇者 (おお、中々良い感じだな)

勇者 (よし、お前の名前は『幻怪』だ!)


俺は念じる

敢えて声には出さなかった

きっとこの妖刀ならそれに答えてくれると思ったから


幻怪 「ふふ、これはまた奇怪な名前だな」


ほら、答えた


幻怪 「名を持てる日が来るとはな」

幻怪 「もう少しだけ、貴様に付き合ってやろう」


ああ、頼むぜ相棒


誰も知らない俺とコイツだけの会話

これで良い

これが良い

なんてったって俺は勇者

民衆の思いを刃に込め、悪を討ち倒す者なんだから

誰よりも外界に捕らわれず、精神的な人間でなくちゃあな

なぁ、相棒

俺はまだ強くなれる

きっと獣王にだって勝てるさ

そうだろ?




商業の国




若年傭兵(以後、傭兵隊長) 「はぁ、有力魔族の討伐ですか」

商業王 「うん、傭役歩兵の戦力が見直されている今、その傭兵達に何か成果を上げて欲しいんだそうだ」

傭兵隊長 「それは貴方の意向では無く?」

商業王 「武力で解決できる事は、金や物流でも解決できると、僕は信じている」

商業王 「武力行使なんてお堅い考えしか出来ない奴等だけの手段だ」

商業王 「僕はそんな事やらせないよ」

傭兵隊長 「では、今回の依頼は一体誰からのもの何でしょうか?」

商業王 「これはあまり公にはしたくないな」

商業王 「でも今回の任の全権を担う君になら、別に明かしても良いか」

商業王 「僕に依頼をしたのは、魔導王と武芸王だ」

傭兵隊長 「何故その二人は、自国に関係しない軍事の事に口利きをしたのでしょう?」

商業王 「何でも、魔導の国と武芸の国で、公になっていない連携を取っているらしいよ」

商業王 「魔具と武具が合わされば、武力だけなら人間界最大級になるからね」


商業王 「僕や農耕王を出し抜こうと必死なんじゃないの」

傭兵隊長 「僭越ですが、商業王」

傭兵隊長 「そのような言葉を口にするのは、あまり商業王として好ましくないと考えます」

商業王 「ああ、そうだね。ゴメンゴメン」

商業王 「もう面倒事ばかりで、誰かに愚痴りたくてさぁ」

商業王 「と言う事で宜しくね。計算高い傭兵君」

傭兵隊長 「はて、計算高いとは?」

商業王 「君と僕は同じだ。たった一日で、商業の国のトップに上った」

商業王 「これは偶然じゃ起こらないなぁ。少なくとも、僕はそうだったね」

傭兵隊長 「……では、俺が意図してあのような茶番を演じたと?」

商業王 「いや、どこか違うな」

商業王 「確かに魔王の側近の襲来は計算外だった」

商業王 「でも、そこからコンドッティエーレに任命されるまでのどこかの段階で、」

商業王 「君は通常なら取り得ない行動を取ったんじゃないかな?」

傭兵隊長 「そうですか。今は時間が無いので、これで失礼させて頂きます」

商業王 「へぇ……」


商業王は久しぶりにからかい甲斐のある相手を見つけた

いつもならば、その役目をボスが請け負っていたはずだったが、今は生憎不在

気を緩めれば、喜色満面となってしまう顔をそれと無く繕い、もう少しだけ遊ぶために傭兵隊長を呼びとめる




商業王 「ちょっと待ってよ。若年傭兵君」

傭兵隊長 「待つのは構いませんが、今の俺はコンドッティエーレ、傭兵隊長です」

商業王 「君に興味が湧いた。もう少しだけ話そうよ」

傭兵隊長 「ですから、今は時間が無いと申したはずです」

傭兵隊長 「俺と話したいと思ってくださる事は光栄ですが、今はそれに適する時、場合ではありません」

商業王 「まぁまぁ。そんなに時間が無いなんて驚きだな」

商業王 「良かったら、その具体的な用件を教えてくれないかな?」

傭兵隊長 「…………」


遅疑逡巡は既に負けを意味する

先手を取られた時点で、傭兵隊長は自分が商業王から逃げられない事を悟った


傭兵隊長 「はぁ、分かりました。もう少しだけ付き合いますよ」

商業王 「悪いね。互いに忙しい身の上なのに」

傭兵隊長 「いえいえ、俺こそ、一度商業王と話す場が欲しかったですから」

傭兵隊長 (コイツは思考が読めなさ過ぎて、流石に怖ぇ)

商業王 「で、君はどこで立身出世を思い立ったのかな?」

傭兵隊長 「誰だって出世はしたいですよ」

傭兵隊長 「どこで、いつ、という事はありません」


商業王 「ああ、ゴメン。言葉が足りなかったよ」

商業王 「折角それと無く聞いてあげたのに、君には気遣いは要らないみたいだ」

商業王 「君は一体、どの時点で、壮年将軍を出し抜けると思ったのかな?」

傭兵隊長 「は……?」

傭兵隊長 「……俺は英霊を尊ぶ事はありますが、けなす事はありません」

商業王 「例えば、僕なら上司が無能だと感じた時かなぁ」

傭兵隊長 「……聞いてます?」

傭兵隊長 (正解だよ。ちくしょう……)

商業王 「うん、聞いてるよ。壮年将軍は良い武人だったね」

商業王 「でも死に方が不自然だ」

傭兵隊長 「それは、魔王の側近が……」

商業王 「ふふ。実の所、僕はね、その魔王の側近が誰かを知っている」

傭兵隊長 「知っている?」

商業王 「彼は人間だよ。そして、理由も無く人を殺したりはしない」

傭兵隊長 「そんな馬鹿な……。御冗談でしょう……?」

商業王 「うん、冗談。でも君が全ての黒幕ってわけじゃないようだね」

傭兵隊長 「謀られましたか……」

商業王 「冗談だけど、実際、大まかの見当は付いている」

商業王 「流石にここからは内緒だけど」


傭兵隊長 (これ以上関わったら、本当に俺が壮年将軍を殺した事を暴いちまいそうだ)

傭兵隊長 (この人は間違いなく王の器だな)

傭兵隊長 (逆らう気が少しも起きねぇ……)

商業王 「あー、本当に、どうして壮年将軍は死んだんだろうねぇ?」

商業王 「君なら知っているんじゃないの?」

傭兵隊長 「いっ…いえ、俺にも分かりません」

傭兵隊長 「俺は魔王の側近の仕業だと信じていますから……」

商業王 「商売っていうものは面白い」

商業王 「一流の商人なら、相手の顔色一つで、自分の取る行動を180度変えて来る」

商業王 「それが最も盛んな土地が、ここ、商業の国さ」

商業王 「自分の国と他国とで、ある物品が全く同じ価値ってわけは無いからね」

商業王 「他国の情報よりも速く、相手の顔色から窺い知る」

商業王 「中々退屈しない場所だよ、ここは」

傭兵隊長 「は、はぁ……」

商業王 「最近は王としての雑務が多すぎて、そういう駆け引きをしてなかったんだ」

商業王 「あの場所にまた戻りたいよ」

傭兵隊長 (なんか知らないが、話が逸れた?)

商業王 「油断や安心は、真っ先に顔に出る」

商業王 「ねぇ、傭兵隊長。君は今、安心したのかな?」


傭兵隊長 「いえ、特にそうと思ったわけではありませんが」

商業王 「僕は読心こそ出来ないけど、自分の質問に対して、相手が是か非かを判断する事は出来る」


商業王 「最後の質問だ」


商業王は突然声音を変え、敢えて威圧するように言った


傭兵隊長 (くっ……。もしや、もうこの人は気付いているのか!?)


それにまんまと釣られるように、冷や汗を掻きながら傭兵隊長は、とうとう白旗を上げる


傭兵隊長 「わっ、分かりました。俺の負けです……」

商業王 「負け? 一体何のことかな?」

傭兵隊長 「惚けないでください。俺は負けを認めたんですから」

商業王 「ああ、そう。じゃあ、最後の質問だけど」

傭兵隊長 「ですから、参りましたって……」

傭兵隊長 「その質問だけは、声に出さないで頂きたい」

商業王 「それは、この質問に肯定の意を示す事と同義と受け取って良いかな」

傭兵隊長 「はい、そう思ってくれて構いません」


商業王 「あーあ、終わっちゃったねぇ」

商業王 「もう少し逃げてくれても良かったんだけど 」

傭兵隊長 「貴方は本当に恐ろしい人だ」

商業王 「そう? ちょっと悪戯好きなだけさ」


カウンターを狙うべく、傭兵隊長も声の調子を一転させる


傭兵隊長 「でも一つ、抜けてるぜ」

傭兵隊長 (窮鼠、猫を噛むってか。いや、イタチの最後っ屁だな。くそ、全く情けねぇぜ)

商業王 「何だい?」

傭兵隊長 「アンタは最初に言ったな。君と僕は同じだと」

商業王 「短い期間で地位を格段に上げたという意味でね」

傭兵隊長 「問題はその後。自分の場合は偶然ではなかったとも言ったよな?」

商業王 「ああ、言ったとも」

傭兵隊長 「あの革命で最も不確定だった要素は、エルフの介入」

傭兵隊長 「一番、偶然でなければならない部分だ」


傭兵隊長 「アンタの言う、偶然じゃなかったって部分はここなんじゃねぇか?」

商業王 「あの時、商業の国に連れてこられたエルフ達は、僕が奴隷として商売をしたと?」

傭兵隊長 「ああ、アンタはエルフの奴隷交易を非道く嫌っているらしいが、」

傭兵隊長 「それを殊の外、都合良く使ったのも、もしかしてアンタなんじゃないかと思ってな」

商業王 「…………」


商業王は閉口した

まるで自らの負けを相手に伝えるかのように


傭兵隊長 「迷いは負け、ですよね?」

商業王 「そうだ。そして、沈黙は肯定」

商業王 「これだけは、僕しか知らない秘密だったんだけどねぇ」

商業王 「まさか、最初に明かされるのが君だとは思わなかった」

商業王 「君を称賛しよう」

傭兵隊長 「苦し紛れでしたが、どうにか一矢報えたようですね」

商業王 「どうも有り難う。今日は楽しかった」

商業王 「もう帰って良いよ」

傭兵隊長 「はい、ではこれにて失礼」






城を出た後、傭兵隊長は誰にも聞こえない声で小さくぼやいた


傭兵隊長 「ったく、何が称賛だよ」

傭兵隊長 「あんなもん、ただ知らねぇで押し通せば、それでアンタの勝ちじゃねぇか」


鈍い周りの人間を見て、自分の有能さをあらかじめ自覚していた彼にとって、自分を遥かに超える尖鋭さを持った商業王はもはや畏敬の対象だった

一言一言に無駄がなく、相手の隙を逃さず突いてくる

初めて心から恐れたくなる人に出会っちまった、と傭兵隊長は嘆いた


傭兵隊長 (だが、アンタの下でなら、俺はきっちり働いても良い)

傭兵隊長 (いや、それ以外の奴に仕えるなんて有り得ないな)

傭兵隊長 (これからはアンタに付いていくぜ、商業王)






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