まどか「魔法少女との、お別れ」(178)

ワルプルギスの夜を乗り越えて、早いものでもう一年が経とうとしていた。
キュゥべえは相変わらず、まどかに契約を迫っているようだ。
でも、まどかはわたしに約束してくれた。

まどか「ほむらちゃんの話を聞いたら、もう契約なんて出来ないよ。ゴメンね、キュゥべえ」

契約を迫られた時のまどかの断り文句は、決まってこれだった。
心の底からの安心は、まだ出来そうにないが。
この状況が、いつまでも続いて欲しい。
だってここが、わたしが何より求めた世界なんだから。


ほむら「それにしても、最近は魔女の出没頻度が少ないわね」
さやか「んー、そうだねぇ。平和でいい事だとは思うけど……」

さやかと二人、夜のパトロールをしながらそんな言葉を交わす。
さやかは気付いていないようだが……わたしには、何故出没頻度が落ちているのかの理由がなんとなくわかっていた。
キュゥべえだ。あいつが、新しい魔法少女を生み出していないから。
このままでは、遅かれ早かれグリーフシードのストックが無くなってしまう。

さやか「結局、今日も魔女とは遭遇せず、か」
ほむら「………」

いつまでも、黙っているわけにもいかない。
マミや杏子も交えて、一度話をする必要がある。

さやか「そんじゃね、ほむら。また明日、学校で」
ほむら「………えぇ」

さやかと別れ、家路に着く。
………わかっていたことだ。
奴は、何が何でもまどかと契約したいはずだ。
その為には、こんな手段に出ることも想定出来た。


ほむら「………」
QB「やあ、ほむら。どうやら、今日も魔女とは遭遇しなかったみたいだね」
ほむら「キュゥべえ」

家へ帰って来ると、そこにはキュゥべえがいた。

QB「グリーフシードのストックは、まだあるのかい?」
ほむら「………」

使いかけのグリーフシードが、ひとつ。
それだけだ。
さやかやマミ、杏子の方は……どうなのだろう。

QB「どうやら、状況はあまり芳しくないようだね?」
ほむら「うるさいわね、キュゥべえ。魔女が現れないのだし、魔力を消費することだってほとんどないわ」

口ではそう言うが、わたしにもわかっている。
魔力を消費せずとも、ソウルジェムは少しずつ穢れを溜めこんでいく。

QB「まぁ、それもそうだね」
ほむら「………」

忌々しい。
用が無いのなら、どこかへ消えて欲しい。

QB「このまま魔女が現れない場合……どうなるか、わかっているだろう?」
ほむら「脅しのつもりかしら?」
QB「いずれ、ソウルジェムも限界を迎えるさ。それまで、頑張ることだね」

言いたいことを全て言ったのか、キュゥべえは立ち去って行った。
………奴の思い通りには、させない。

ほむら(……明日、一度集まって話をしよう)

魔法少女の真実をあの三人に知らせた時は、本当に大変だった。
でも、限界が来るまでは精いっぱい生きてくれると、三人とも約束してくれた。
どうやら、覚悟を決める必要がありそうだ。

ほむら(………とりあえず、今日はもう寝ましょう)

気分が晴れない時は、それが一番だ。

翌日、放課後。
マミの家に、わたしとさやか、杏子、マミ、それにまどかが集まっていた。

さやか「何、ほむら?話って」
ほむら「………みんな、薄々とは気付いているでしょう?」
杏子「………」
マミ「何の事、かしら?」

わたしのひと言を聞いて、みんなはどこか表情を曇らせる。

ほむら「ここ数ヶ月、目に見えて魔女の出没頻度が下がっている」
さやか「……う、うん」
杏子「言いたいことは、なんとなくわかるさ。キュゥべえの仕業、だろ?」
マミ「っ……」

キュゥべえの事を信頼していたマミには、つらい話になるだろう。
でも、考えなくてはならないことだ。

ほむら「まずは、あなたたちが今持っているグリーフシードの状況を知りたいの」

極力無表情を装い、話を続ける。

ほむら「わたしはひとつ。使いかけ、だけれどね」
杏子「あたしは、ひとつだけだな。また手付かずのもんだ」
マミ「わたしも、ひとつだけ……少しだけ、穢れを吸わせたものだけれど」
さやか「……………」

杏子とマミはすぐ答えたのに対し、さやかだけは答えなかった。

ほむら「さやか?」
さやか「答えなきゃ、ダメ、かな。やっぱり」

……それが、答えになっているようなものだ。

ほむら「あなたは、無い、のね?」
さやか「………」

さやかは無言で頷く。

杏子「おい、さやか。お前、ソウルジェムの方は大丈夫なのか?」
さやか「まだ、平気だよ」

杏子の問いに答えながら、さやかは懐からソウルジェムを取り出した。
………穢れが、少しだけ溜まっている。

ほむら「何度も言うようだけれど……ソウルジェムは、濁りきると魔女になってしまうのよ、さやか。そんな状態で、大丈夫なの?」
さやか「あ、あはは……大丈夫、とは言い切れないってのが正直なところ、かな」

苦笑いをしながら、それでもさやかは強がりを言う。

まどか「………」
QB「みんな集まって、何の話をしているんだい?」

唐突に、キュゥべえが現れた。
何の話を?それは、誰よりもキュゥべえが一番わかっていることじゃないか。

マミ「みんなのグリーフシードの状況よ、キュゥべえ」
QB「そうかい。どうやら、みんな芳しい状況では無いようだね?」

それが、お前の狙いだろう。
思わずそう言おうとしてしまったが、言葉を飲み込んだ。

QB「まどか。どうやら、みんなは困っているようだよ?」
まどか「わ、わたしは……」
QB「よく、考えてみたらどうだい、まど―――」

まどかに話しかけている途中で、キュゥべえの頭を拳銃で撃ち抜く。

さやか「ほ、ほむら……」
ほむら「………」

相変わらず、だ。

ほむら「わかっているわよね、まどか?」
まどか「う、うん……」

こんなやり取りが、この一年で何回繰り返されたことか。
本当に、諦めの悪い奴だ。

その日の夜。
いつ以来になるだろうか、魔女が街に出没した。

マミ「本当にいいの、美樹さん?」
杏子「遠慮なんていらないんだぞ?」
さやか「大丈夫だって。これは、みんなで決めたことじゃん」

さやかは一人、魔法少女の姿に変身していた。

ほむら「……油断は、したらダメよ?」
さやか「わかってるって。グリーフシードをゲットするチャンスなんだし、ね」

そう言い残し、さやかは魔女結界の中へと入っていった。
みんなで決めたこと。
それは、手に入れたグリーフシードは戦った人たちで山分けとする、ということだった。
逆を言うのなら、一人で魔女を倒せばそのグリーフシードは一人のモノにすることが出来るということ。

杏子「ったく、あんな約束を律儀に守るなんて、さやからしいっつーかなんつーか……」
マミ「わたしたちはまだ余裕があるのだし、頼ってくれてもいいのに」
ほむら「………」

杏子とマミはそう言うが、わたしはそれに賛成することは出来なさそうだった。
みんなで仲良くグリーフシードを共有なんてしていたら、全員が一斉に限界を迎える可能性が非常に高くなる。
それだけはダメだ。そうなった場合、まどかは自分を余計に追い詰めて、契約まで行ってしまうかもしれない。

さやかが魔女結界に入ってから、どれくらい経っただろうか。
結界の崩壊が始まっていた。

杏子「おっ、終わったみたいだな」
マミ「………」

結界の中から、さやかが出て来る。
その手には、グリーフシードが握られていた。

さやか「無事、狩り終えましたよーっと」
まどか「さ、さやかちゃん!ソウルジェムは大丈夫なの!?」
さやか「ん、ちょっと危険、かな」

変身を解き、ソウルジェムを手のひらに乗せる。
更に、穢れを溜めこんでいた。

さやか「でも、ホラ。グリーフシードをゲットしたんだし、これで大丈夫」

ソウルジェムに手に入れたばかりのグリーフシードを近付け、ソウルジェムを浄化する。
グリーフシードはソウルジェムの穢れを全て吸いつくした。

さやか「はい、一丁上がり、ってね」

輝きを取り戻したソウルジェムを手に持ち、さやかは得意げな笑みを浮かべる。

さやか「ね、言ったでしょみんな?これで誰かの手を借りてたら、ソウルジェムを完全に浄化出来なかったところだよ」

手に入れたばかりのはずのグリーフシードは、既に限界を迎えつつあった。

QB「倒したようだね、魔女を」
さやか「ん、ほいキュゥべえ」

どこからか現れたキュゥべえに、使い終えたグリーフシードを投げ渡す。

ほむら「………ギリギリ、ね」
さやか「そうだねぇ。これでまたしばらくは保つだろうけど」

さやかはグリーフシードのストックは無い、と言っていた。
今手に入れたばかりのグリーフシードも、すぐに使いきってしまった。

さやか「覚悟、か……」
ほむら「………」

これに関しては、100点満点の解答は存在しない。
ソウルジェムがグリーフシードとなるまで待つか、或いはその前にソウルジェムを破壊するか。
その二択しか、用意されていないのだ。

QB『他にも、選択肢はあるんじゃないのかい?ほむら』
ほむら「……!」

キュゥべえが、わたしの心に直接語りかけて来る。

QB『ホラ、そこに素質を備えた少女が一人いるじゃないか。彼女の祈りなら、キミ達全員……』
ほむら『黙りなさい、インキュベーター』

そこから先は、言わせない。
どうせ、まどかに全員を人間に戻すような祈りで契約をさせればいいと言うだけだ。

それから更に、一年が過ぎた。
わたしとまどかは、マミと同じ見滝原高校に進学した。
さやかは、高校には上がらなかった。
………どうやら、自身の限界を自分でも悟っていたらしい。

ある日、さやかはみんなを呼び出した。
聞いて欲しいことが、あるらしかった。

さやか「あっはは……もう、限界だよ、あたし」

さやかの手のひらには、ソウルジェムが乗っていた。
………かなり、穢れを溜めこんでいた。

杏子「お、おいさやか……お前、それ……」
さやか「………うん」
マミ「ぐ、グリーフシードを……っ!」
さやか「あー、ストップですマミさん!」

懐からグリーフシードを取り出そうとしたマミを、止めた。

さやか「わかると思うけど、もう、あたしにはストックしてるグリーフシードは無い」
杏子「っ………」
さやか「そして、これだけの穢れを溜めこんでたら……もう、魔女を狩る余力も、残って無い」
マミ「だ、だからわたしのグリーフシードを……っ!」
さやか「もう、いいんです」

どこか吹っ切れたような顔で、さやかは話す。

さやか「あたしは、もう十分ですよ。幼馴染の腕も治ってくれたし……ある日、あたしのクラスに転校してきた人の願いだって、正義の魔法少女として力を貸してあげられた。

     人間としては、酷く短命だったかもしれないけど……魔法少女としての幸せは、掴むことが出来たかな、って思うんだ。
     あと、あたしに出来るのは……グリーフシードをひとつ、用意してあげることくらいかな、って」
ほむら「……………」


杏子「でも、さやか……あたしは、お前がいなくなったらどうすれば……」
さやか「杏子は、もう大丈夫。あたしがいなくっても、もう昔の志を思い出せたでしょ?」
杏子「っ……」
さやか「最期に、ちょっとだけ迷惑掛けるけど……あたしのグリーフシード、大切に使って。ね?」

~美樹さやか~

マミ「み、美樹さん……っ」
さやか「魔法少女として、あたしが出来ることはやりきったって思うんです。あたし、マミさんに憧れてましたよ」
マミ「嫌、嫌よ美樹さん……」

ゴメンね、マミさん。もう、決めちゃったから。

さやか「あたしは、まだまだ未熟だったかもしれないけど。それでも、正義の魔法少女だったって、胸を張って言えると思うんです。
     マミさんから見て……あたしは、どうでした?ちゃんと、正義の魔法少女、やれてましたかね?」
マミ「ええ……ええっ!あなたは、素晴らしい正義の魔法少女だったわ!」

そっか、よかった。あたし、正義の魔法少女、やれてたんだ。

まどか「さやかちゃん……嫌だよ……グスッ」
さやか「ゴメンね、まどか。あたしは、一足先に逝くわ。まどかは、契約しちゃ、ダメだよ?」
ほむら「さやか……っ」
さやか「ほむら……あたしの親友、よろしくね。まだまだ、危なっかしいところ、あるから」

ほむらになら、任せられるよ。
なんたって、たったひとつの約束の為に長い長い一ヶ月を繰り返してきてたんだし、ね。

ほむら「……怖くないの?」
さやか「……」
ほむら「魔女になると言うことは……呪いを振りまく存在になる、と言うことなのよ」
さやか「全然、怖くなんてないよ」

嘘、だけどね。
怖くないわけ、ない。でも、みんながすぐに倒してくれるってわかってるから。
怖いけど、でも、安心。

ほむら「ごめんなさい……あなたを、守れなくって」
さやか「どうしてほむらが謝るのさ?」

あたしは、自分で決めて契約したんだもん。
誰を責める権利も、つもりも、あたしには無い。

さやか「あー、そうだ、まどか」
まどか「………」

まどかは返事をしない。
でも、これだけは、しておかないと。

さやか「この手紙……あたしがいなくなった後に、恭介に渡しておいてくれないかな?」
まどか「どうして……わたしなの……?」
さやか「まどかは、普通の一般人でしょ?まどかじゃなきゃ、ダメなの」

一通の手紙を、まどかに手渡す。

さやか「お願い、ね。まどか」
まどか「………グスッ……わかった……絶対、絶対に渡すよ……」
さやか「ありがと、まどか」

最期に、これだけは言い残しておこう。

さやか「みんな………。………ありがと」

~鹿目まどか~

あの後、魔女になったさやかちゃんを、杏子ちゃんが一人で倒した。
ほむらちゃんとマミさんは、その様子を見守ってるだけで。
結界から出て来た杏子ちゃんの眼は、真っ赤だった。
多分、結界の中で泣いてたんだと思う。
その手には、さやかちゃんの魂だったものが握られてて。
それを見て、わたしも涙を止めることが出来なかった。

ひとしきり涙を流した後、上条くんの家に向かった。
さやかちゃんと、最後に約束したことを果たす為に。
上条くんが開いた手紙を、わたしも見せてもらった。
その手紙には、こう書かれてた。

「上条恭介へ
仁美と、幸せにね。ありがとう、大好きだったよ。
                    美樹さやかより」

上条くんは何が何だかよくわからないと言った顔だったけど。
わたしはそこで、また泣いてしまった。

~暁美ほむら~

まどかは、上条くんの家に向かった。
わたしと杏子は、マミの家に来ていた。
三人とも、ひと言も発さない。何も言い出せない、と言った方が正しいのかもしれない。

QB「さやかが、魔女になったみたいだね」
ほむら「………キュゥべえ」

暗い雰囲気に似つかわしくない、抑揚の無い声を発するキュゥべえ。

QB「さやかのグリーフシードは、どうしたんだい?」
杏子「ここにあるよ」

キュゥべえに言われるまま、さやかのグリーフシードを見せる杏子。

QB「まだ、手付かずのようだね。安心したよ」
杏子「何が安心だ?」
QB「それなら、まだ可能性は残っているからね」

マミ「可能性……?」
QB「うん。ソウルジェムだったグリーフシードさえ残っていれば、まだ魔法少女となる時の祈りで元に戻すことも出来るからね」
ほむら「………っ!!」

この期に及んで、こいつはまだ。
まどかとの契約を、諦めていないのか……っ!!

QB「そのグリーフシードは、大切に取っておくといいよ。それさえあれば、まだ美樹さやかを助けるチャンスは残っているからね」
杏子「………この野郎……さやかを、何だと思ってんだ!!!」

怒り心頭と言った様子で、杏子はキュゥべえを怒鳴りつける。

QB「何を怒っているんだい、杏子?僕は事実を言っているだけじゃないか」
杏子「てめぇっ……!!!」
QB「全く、わけがわからないよ」
マミ「佐倉さん、落ち着いて……キュゥべえに何を言っても、無駄よ」
ほむら「………」

わかっていたことではあるが……。
やっぱり、実際にその時が来ると、堪える。

キュゥべえの言っていたことを守っている、と言うわけではないようだが。
杏子は、それからしばらくさやかのグリーフシードは使わずに大切に持ち続けていたようだ。

それから更に、二年の月日が流れた。
わたしとまどかは、無事に高校も卒業した。
わたしが最終的に安堵出来るのは、まどかが契約出来なくなるまでだ。
まどかがキュゥべえの事が見えている限りは、まだ完全に安心することは出来そうもない。
いったい、いつになったらわたしの心は休まるのだろうか。
あの繰り返した一ヶ月も、わたしの心が休まることはなかった。

少し、疲れているのだろうか……。
大事に取っておいたグリーフシードのうちひとつを、消費してしまった。

そして、ある日。
杏子が、あの廃教会にわたしたちを呼びだした。

マミ「……こんな所に呼び出して、どうしたのかしら?」
杏子「………」

杏子は無言で、ポケットから自身のソウルジェムを取り出した。
それも、かなり穢れが溜まっているものを。

ほむら「きょ、杏子……まさか、あなたも……っ!?」
杏子「はは……あたし、どうしちまったんだろうな」

微かな自嘲を洩らしながら、もう片方にしまってあったある物を取り出す。
それは、さやかのグリーフシード。
………見たところ、使用された形跡は、無い。

ほむら「そ、それがあるならまだあなたは大丈夫でしょうっ?」
杏子「何度も、使おうと思ったさ……」

杏子は虚ろな眼で、廃教会の天井を見上げていた。

~佐倉杏子~

杏子「でも、使えなかった……っ」
マミ「さ、佐倉さん……」
杏子「ソウルジェムに近づけるとな、なんか聞こえるんだ。もちろん、幻聴だってのはわかってる」

さやかのソウルジェムだったグリーフシードから。
『使うの?あたし、まだ助かる可能性があるのに?』
そんな言葉が、何度も、何度も。

杏子「はは……元々幻覚魔法の使い手のあたしが、幻聴だなんて……バカバカしいよな」
ほむら「杏子……」
杏子「だから、こいつはもうあたしの手元には置いとけない。誰か、持ってってくれ」

さやかのグリーフシードを、三人に差し出す。
まどかも、ほむらも、マミも、受け取ってくれる素振りは、してくれない。

杏子「こいつを持ってたら……あたし、もう、どうにかなっちまいそうなんだ」

ほむら「それは、あなたが倒した魔女が落としたグリーフシードでしょう?」
杏子「っ……」
ほむら「さやかも、言っていたじゃない。みんなで決めたこと。忘れたの?」

忘れるもんか。
あんな約束を、安直にしたあたし自身が悪かったんだ。

杏子「大丈夫だ。グリーフシードがひとつ無くなったところで、あたしには痛手でもなんでもねぇから」
マミ「嘘、よね?このところ、魔女が現れていないのはわたしも暁美さんも知っているのよ」
杏子「………」
ほむら「他にもストックがあると言うのなら、見せて。そうしたら、このグリーフシードはわたしがもらうことにするわ」

やっぱ、ダメ、か。
もちろん、嘘だ。
グリーフシードは……さやかのこれが、あたしの持つ最後。

杏子「でも、あたしはこいつを使うつもりはない。だってよ、さやかは、あたしの最後の希望だったんだぞ?」

昔のあたしを思い出させてくれた、大切な友達だ。
そいつの魂だったモノを使うなんて……やっぱり、あたしには出来ない。

杏子「ま、あたしからの話はこれだけだ。時間取らせちまって、悪かったな」

全員、貰ってくれないってのも、承知済みだった。
なら、やっぱり、あたしの最期はさやかと一緒に、だ。

ほむら「………わたしのグリーフシードを、ひとつ、置いて行くわ」

ほむらは、懐からグリーフシードを取り出す。
はは、太っ腹な奴だな。それ、手付かずじゃねぇか。

杏子「いらねぇよ。お前こそ、みんなで決めたこと、忘れたわけじゃねぇだろ?」
ほむら「………」
杏子「どうしても置いて行くってんなら……さやかのグリーフシードを、持って行け」

我ながら、卑怯だと思う。
でも、そうでもしなきゃあたしがあたし保つことが出来ない。

ほむら「………ごめんなさい。でしゃばりすぎたわね」
杏子「……」
ほむら「行きましょう、まどか、マミ」

ほむらは、まどかとマミを連れて廃教会を出て行く。

マミ「佐倉さん……わたしたちは……」
杏子「……」
マミ「………」

途中まで何かを言いかけたマミも、最後まで言わずに出て行く。
後に残されたのは、あたしの魂と、さやかのグリーフシードだけ。

杏子「長い間、ひとりぼっちにしちまったな、さやか……」

あたしのソウルジェムが、更に穢れを溜め込む。
もう、あたしも十分だ。

~鹿目まどか~

後でほむらちゃんから聞いた話だけど。
あれから数日後、あの廃教会に一体の魔女が現れたらしい。
その結界の中、魔女の近くには、杏子ちゃんの遺体もあったみたいで。
その魔女は、マミさんが倒したって言ってた。

結界が崩れる前に、杏子ちゃんの遺体を確認したら、その手にはさやかちゃんのグリーフシードが握られてたようだった。
そのグリーフシードも回収して、マミさんは戻って来たとの事。
落ち込むわたしを、ほむらちゃんとマミさんは励ましてくれた。
わたし、結局、何も出来てない。
さやかちゃんの時も、杏子ちゃんの時も。
そして、契約する事も、わたしには出来ない。

もちろん、契約したいとは思ってないけど。
これが、魔法少女の運命なのかな……。

~暁美ほむら~

マミ「……結局、二人になっちゃったわね」
ほむら「………」

マミの家の中。
まどかと一緒に、お邪魔していた。
テーブルの上には、人数分のケーキと、紅茶と、ふたつのグリーフシード。

まどか「こっちが、さやかちゃんのグリーフシード……結局、杏子ちゃんは使わなかったんだ……」
ほむら「無理も……無いわね」

杏子にとって、さやかは本当に大事な存在だったはずだ。
その魂を使うのは、杏子には出来なかったんだろう。

マミ「佐倉さんのグリーフシードは、わたしが使わせてもらうつもりだけれど……美樹さんのグリーフシードは、どうしましょうか?」
QB「どちらも、大切に取っておくべきだと思うけどね、僕は」

いきなり、わたし達の会話にキュゥべえが割って入ってくる。

QB「さすが、杏子だ。僕が言っていたことを、守ってくれるなんてね」
ほむら「何を言っているのかしら?杏子は別に、あなたの言っていたことを気に掛けていたわけじゃない」

さやかの魔女を杏子に倒させたのは、失敗だったのだろうか。
でも、杏子が言い出したのだ。

「この魔女は、あたしが倒す」

それを止めることが出来なかったわたしもマミも、何かを言うことは出来なかった。

QB「でも、現にこうしてグリーフシードは二つとも残されている。この状態ならば……おっと、これ以上は言わない方がいいね」
ほむら「………」

わたしの殺気を感じ取ったか。
キュゥべえは途中で言葉を止めた。

QB「まぁ、僕の方のエネルギー回収も順調だ。キミ達も、この調子で行けばそう長くはないだろう?」
マミ「………」
ほむら「………」
QB「二人がいなくなった時、僕は改めてキミを魔法少女に勧誘しに来るよ、まどか」
まどか「わ、わたし……は……」

戸惑うまどかを置いて、キュゥべえは出ていった。

ほむら「美樹さんのグリーフシードも、マミが持ってて構わないわ」
マミ「………」
ほむら「二つを背負いきれない、と言うのなら美樹さんのグリーフシードはわたしが貰ってもいいけれど……」

マミにとっても、つらいのは間違いない。
杏子はマミの弟子だった存在だし、さやかはマミに憧れて魔法少女となった節もある。
その二つを背負わせるのは、やはり酷だろうか……。

マミ「いえ。それじゃあ、わたしが預かるわ」
ほむら「……ありがとう」
マミ「いいのよ。これでも、一応わたしは先輩なのだし」

わたし自身は、まだグリーフシードのストックには余裕がある。
マミが使ってくれるなら、杏子も、さやかも、納得するだろう。
………何度も、あなたたちを見捨てたわたしよりは、ね。

見滝原に、魔法少女が二人となってしまった。
キュゥべえはやはりと言うか、相変わらずと言うか。
事あるごとに、まどかに契約を持ち出して来ているらしい。

何度か、まどかの心が揺らいだ事もあったようだ。
それも、二つのグリーフシード……その為に。
キュゥべえがその話を持ち出してくると言うことは、マミはまだその二つには手を出していないのだろうか。
このままでは、危険だ。
マミは口ではああ言っていたが、やっぱり見知った魔法少女二人分の魂は、彼女には重かったのかもしれない。

ある日、わたしは、一人でマミの家に訪れた。

ほむら「マミ……大丈夫なの?」
マミ「あ、あら、暁美さん……何の話、かしら?」

家に、あがらせてもらう。
部屋の隅に置かれている棚。その上に、ふたつのグリーフシードが置かれていた。

ほむら「マミ……あのグリーフシード、早々に処分した方がいい」
マミ「で、でも、まだわたしのソウルジェムは大丈夫なのよ?」

そう言いながら、マミはソウルジェムを見せてくれる。
……少しだけ穢れを溜め込んでいるようだったが、この程度なら問題は無さそうだ。

ほむら「……あの二つ以外に、グリーフシードは?」
マミ「そ、それは、その……」

明らかに、視線を逸らされた。
無い、のか。

ほむら「まさかあなたも、あの二つのグリーフシードを使うつもりがないと言うつもりじゃないでしょうね?」
マミ「………」
ほむら「お願い……このままだと、まどかが契約してしまう」

ワルプルギスの夜を乗り越えて、6年が経とうとしていた。
魔法少女として契約出来るのはいつまでかはわからないが、あと少しだと言うのはわかる。
キュゥべえの活動が、活発になってきていたから。

マミ「だ、大丈夫よ。いざとなったら、使わせてもらうから」
ほむら「………」
マミ「だから、少し、もう少しだけ。ね?」

やはり、重い。
マミに背負わせたのは、失敗だったか。

ほむら「……わかったわ。いずれにしろ、あの二つのグリーフシードはマミの物なのだし。わたしがどうこう口出しすることではなかったわね」
マミ「………」
ほむら「わたしはもう行くわ。……お邪魔、したわね」

俯いているマミを置いて、わたしはマミの家を後にする。
おそらく、マミはあの二つは使う気は無いのだろう。
なら、あとは。
わたしが、まどかの契約を阻止するだけだ。
今に始まったことではない。
いつも通り、そう、いつも通りなんだ―――

~鹿目まどか~

杏子ちゃんの魔女をマミさんが倒してから、更に三年後。
とうとう、マミさんも魔女になってしまった。
マミさんのマンションを訪れたほむらちゃんが、その事実に気付いたらしい。

マミさんの魔女を倒してから、ほむらちゃんはマミさんの部屋をある物を探して回ったらしい。
そして、それは見つかった、とも。
さやかちゃんのグリーフシードと、杏子ちゃんのグリーフシード。
それに、倒して手に入れたマミさんのグリーフシード。
これで、三人分の魂がその場に揃ったことになる。

ほむら「………」
まどか「……みんな……」

ほむらちゃんの部屋に、三つのグリーフシード。
わかってたことだってほむらちゃんは言うけど、でも、やっぱり寂しいよ……。

QB「さて、とうとう残ったのはキミだけになったね、暁美ほむら」
ほむら「キュゥべえ……」
QB「よくぞ、三人のグリーフシードを使わずに取っておいてくれたね」

わたしの功績ではない。
杏子にマミが、大切に保管していた結果だ。
仮にひとつでもわたしの手に来ていたのなら、すぐに処分していた。

QB「さあ、キミはそれらのグリーフシードを使う勇気があるのかな?」
ほむら「………」
QB「僕の見立てでは、無いと見るけれどね」
ほむら「あなたも相当焦っているようね?」
QB「まあ、そりゃあね。二十歳を過ぎてしまったら、契約出来なくなってしまうから」

これはいい事を聞いた。
まどかは今、19だ。
それまで、持ちこたえることが出来れば……!

QB「それまでキミが魔女化することも無く、生き延びれればいいけどね」
ほむら「期限がわかればこっちのものよ、キュゥべえ」

あと少し、あと少しでまどかを守りきることが出来る。

すまん飯食って来る

QB「まどか、本当に契約する気はないのかい?」
まどか「………」
QB「キミの祈りなら、三人を生き返らせることくらい、訳はないよ?」
まどか「それは、わかってるよ……」

キュゥべえとまどかの話し合いを、あえて見守る。
いざ契約しそうになったなら、その時は止めるつもりではいるが。

QB「キミ一人が犠牲になるだけで、三人の少女を救うことが出来るんだよ?」
ほむら「何を言っているのかしら、キュゥべえ?」
QB「………」
ほむら「あの三人が、本当にそれを望んでいると思うの?」

さやかも、杏子も、マミも。
そんなことは、望んでいないはずだ。

ほむら「あの三人は、魔女になる前に自身のソウルジェムを砕くことだって出来たはずよ。
     なのにそれはしなかった。何故かわかる?あなたの為じゃない、残された魔法少女の為に、ひとつでも多くのグリーフシードをもたらす為に、よ」

さやかは、最期まで泣きごとを言わずに魔女となった。
杏子だって、さやかと一緒にそうなることを望んだはずだ。
そしてマミも、それは同じ。彼女は、優しすぎた。
彼女が何より魔女となることを恐れていたはずなのに。
わたしの為を、思ってくれたのか。いや、それは考えすぎかもしれない。
側に、二人分の魂があったのだ。彼女がそれを側に置いて、何も考えないわけがなかった。

QB「………まぁ、結局はまどか次第だけれどね」
まどか「………」
QB「契約したくなったら、いつでも呼んでね、まどか」

最後にそう吐き捨て、キュゥべえは家を出て行った。

ほむら「まどか……」
まどか「わかってる……わかってる、けど……」
ほむら「あなたの契約だけは、わたしが阻止する。ダメよ、まどか?」
まどか「………」

それから数ヶ月の間、わたしはまどかと共に暮らしていた。
側には、三つのグリーフシードを置いて。
あえて使わずに置いておけば、キュゥべえを悔しがらせることが出来るかもしれないなんて考えていた。
ふふ、わたしも、どこかおかしくなってしまったのかしら。

そして、ついにまどかの二十歳の誕生日前日となった。
わたしのソウルジェム……だいぶ穢れが溜まってしまったが、一日くらいなら保つはずだ。

QB「やれやれ……どうやら、キミの粘り勝ちのようだね、暁美ほむら」
ほむら「………」
QB「まどか、キミの眼にまだボクの姿は映っているかい?」

~鹿目まどか~

QB「まどか、キミの眼にまだボクの姿は映っているかい?」
まどか「………」

少しだけ、透け始めている。

まどか「うん……まだ、見えてるよ」
QB「これが、ラストチャンス、かな。まどか。僕と契約して、魔法少女になってよ!」
まどか「………」

これで、首を横に振れば。キュゥべえは、諦めてくれるのかな。
ほむらちゃんは、黙ってわたしの選択を見守っている。

まどか「ゴメンね………………………キュゥべえ。わたし、やっぱり契約は出来ない」
QB「………」
まどか「ほむらちゃんの想いを踏みにじることだけは、わたしはしたくないから」
QB「……そうかい。これ以上ここにいても、結果は変わらないだろうね。僕は、もう、行くよ」

これで、よかったんだよね?さやかちゃん、杏子ちゃん、マミさん………。

~暁美ほむら~

ほむら「ありがとう、まどか……」

時計を確認する。夜中の0時を、時計の長芯が差していた。

ほむら「誕生日、おめでとう、まどか……」
まどか「………うん」
ほむら「これでわたしは、あなたとの約束を守り切ったわ」

後は、わたしのやるべきことは、ひとつだけだ。

まどか「ほむらちゃん……」
ほむら「………わたしとも、どうやら、お別れね、まどか」
まどか「え………?」
ほむら「知っている?魔法少女は、一般人と共に生きることは出来ないのよ、まどか」
まどか「………」

わたしも、早々に見滝原を出て行かないと。

ほむら「あなたは、人間としての幸せを……」
まどか「ほむらちゃんも……行っちゃうの?」
ほむら「………ええ。あなたの側に、居続けることは出来ない」

それが、魔法少女の宿命だ。
わたしは、わたしの目的を果たした。

まどか「………グスッ」
ほむら「泣かないで、まどか。わかりきっていたことでしょう?」
まどか「……」
ほむら「あなたはもう、魔法少女となることは出来ないの。普通の、人間としての幸せを、掴んでね、まどか………」
まどか「わたし、は……」
ほむら「今日、あなたが寝付くまでは、わたしはあなたの側にいる。眼を覚ましたら、そこにわたしはいないと思って?」
まどか「……そっ……か」

これで、いいんだ。

その後、わたしとまどかは、取り留めもない話をした。
さやかや杏子、マミとの思い出。
ワルプルギスの夜を乗り越えた後の、お茶会。
たくさん、思い出を作ることを出来た。

やがて、まどかは寝付いた。
すぅ、すぅ、と一定の寝息を立てている。

ほむら「おやすみ、まどか………さようなら―――」

~鹿目まどか~

翌朝、ほむらちゃんの家の中で、わたしは眼を覚ました。
わたしの横には、ほむらちゃんはいなかった。

まどか「………ほむら……ちゃん……」

わたしのその呟きが、静かな部屋に吸い込まれて行く。
これで、わたしはひとりぼっちだ。

「ねぇねぇ、おかあさん!あの話、してよ!」

「またあの話?ユウくんは、ホントにあの話が好きだね」

「うん、大好きだよ!どこか悲しくて、でも、なんでか、すごく惹かれるんだ!」

「話してやればいいじゃないか、まどか」

「んー、そうだね。中くんも、一緒に聞く?」

「いつまで俺の事を『中くん』って呼ぶんだよ。俺にだって、下の名前があるんだからそっちで呼んでくれればいいのに」

「もうこの呼び方で慣れちゃった」

「まぁ、どっちでもいいんだけどな」

「おかあさん、早く!」

「はいはい、わかったから。それじゃ、始めるよ」

「うん!」

まどか「魔法少女との、お別れ」



終わり

お付き合いありがとうございました
一応弁解しておきますが、俺は夏見リファインの人ではありません
あの人の書き方が見やすかったから、真似て書かせてもらっただけです

中くんは指摘通り中沢くん、と言うことで
下の名前が設定されてればそっちの方を使ったんですけど…

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2015年03月13日 (金) 19:26:18   ID: SHJTErxK

すばらしい。が、悲しすぎる…!!
やはり魔法少女システムは間違ったシステムだ、概念になろうと悪魔になろうと変えてしまおうそうしよう

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