杏子「さやかを百合にしたい」ほむら「それはいい考えね」 (381)

さやか「いやちょっと待て」

杏子「さやか!?いつからそこ!」

ほむら「盗み聞きなんて人が悪いわね」

さやか「いやいや最初からいたんですけど」

杏子「なら話が早い」

杏子「百合になってくれよさやか」

さやか「だからちょっと待て」

さやか「なれって言われてなれるもんじゃないから!」

杏子「そうなの?」

ほむら「そんなはずないわ。照れてるだけよ」

さやか「そこ!余計なこと言うな!」

ほむら「あれも照れ隠しのツンデレよ」

杏子「ツンデレかー。さやかは可愛いな」

さやか「ツンデレじゃないし可愛いくもない!」

ほむら「いえ可愛いのは本当よ」

杏子「そうだぞ!さやかはもっと自分の可愛いさに自信をもっていいぞ」

さやか「え?そ、そうかな」エヘヘ

ほむら「ええ。まどかの次くらいには可愛いわ」

杏子「あたしはさやかが一番だなー」

さやか「ふふん。あたしの可愛いさに二人ともメロメロってわけだ」

杏子「そうだそうだ」

ほむら「私は違うけどね」

杏子「そんな可愛いさやかにお願いがあるんだ」

さやか「なにかな?なにかな?」

さやか「この超絶美少女さやかちゃんになんでもいってごらん!」

杏子「百合になって!」

さやか「それだけは無理」

ほむら「まあそうでしょうね」

ほむら「ここは一度引きましょう佐倉杏子」

ほむら「思った以上に敵のガードは硬いようだわ」

ほむら「一度作戦を練り直す必要がある」

杏子「…わかったよここは引いてやる」

杏子「でもまだあたしは諦めたわけじゃねーぞ」

杏子「絶対さやかをひとりぼっちにはさせないからな!」

さやか「なんのこっちゃ」

まどか「なんだかとっても眠いんだほむらちゃん」

ほむら「まどか。それなら一緒に寝ましょう」

ほむら「一緒に寝てこのスレの存在を忘れてしまいましょう」

まどか「うん。おやすみほむらちゃん」

ほむら「おやすみなさい」チュッ

杏子「で、どうするんだよほむら」

杏子「さやかは絶対に百合にならないって言ってるぞ」

ほむら「彼女自身も言っていたでしょ。なれと言われてなれるものじゃない、って」

杏子「じゃあさやかは……」

ほむら「逆もまた然りよ。自分自身が絶対にならない、なりたくないと思っても……なってしまうものでもあるわ」

杏子「……結局どっちなんだよ。百合に出来るのか? 出来ないのか?」

ほむら「その問いに答えるなら『出来る』でしょうね。貴女次第だけれど」

杏子「教えてくれほむら! 私はどうすればいい!?」

ほむら「自分で考えなさい」

杏子「ふぁ!?」

ほむら「まずは貴女自身が努力すること」

ほむら「楽して望みが叶うと思ってるなら大間違いよ」

杏子「べ、別に楽したいとかそんなことは思ってねーよ!」

杏子「ただ、どうすればいいのかが分からないだけで……」

ほむら「まずはそれを考えて自分なりに行動してみろと言ってるのよ」

ほむら「おんぶに抱っこで貴女を助けるほど私はお人好しじゃないわ」

杏子「うぅ、ほむらの薄情者……お前は私と同じだと思って頼ったのに……」

ほむら「貴女の美樹さやかへの痴情が私のまどかへの愛と並べると思っているのなら、まずはその認識から改めなさい」

杏子「ち、痴情じゃねーよ!! それを言うならお前のがよっぽど痴情だろ!?」

ほむら「失礼ね、私のは愛よ。貴女の動物性の感情と一緒にしないで頂戴」

杏子「こんにゃろー……!」

ほむら「いいからとっとと行って来なさい」

ほむら「貴女の覚悟と思いの強さが少しでも伺えたら手伝ってあげないこともないわ」

杏子「私がどれだけさやかのこと好きか証明しろ、ってことか?」

ほむら「そういうこと。ファッションレズに付き合ってるほど私は暇じゃない」

杏子「ふん、いいぜ! すぐにお前も私の仲間だってことを分からせてやるよ!」

――――――――――――――――――――――――――――

杏子(好きって気持ちの証明だから、抱きついたり好きって言ったりそういうのでいいのか……?)

杏子(そんなの余裕じゃん。早いとこアイツに認めてもらってさやかを百合に……)

さやか「そんなとこで突っ立って何やってんの?」

杏子「ひゃあああ!?」

さやか「そこ私の部屋なんだけど、なんか用事?」

杏子「ささささ……!!?」

さやか「焦り過ぎ。てかアンタ今までどこ行ってたのよ?」

さやか「夕飯の時いなかったからみんな心配してたわよ」

杏子「ご、ごめん……ちょっと用事があって……」

さやか「遅くなるのはいいけど一言連絡くらい入れなさい。分かった?」

杏子「分かった……」

さやか「ならよし。んで、なんか用事? 部屋の前でぶつぶつ言われてたら怖いんですけど」

杏子「あ、えっと、その……」

さやか「?」

杏子「す、好きださやか!!」

さやか「……」

杏子「……」

さやか「あーっと、うん。私も杏子のこと好きだよー」アハハ…

杏子(なんか引かれてないか私!?)

さやか「で、何が目的? 勉強ならほむらかマミさんに見てもらった方がいいし、私のおやつもあげないわよ?」

杏子「べ、別に目的なんてねーよ。私はただ、自分の気持ちを証明したいだけで……」

さやか「よくわかんないけど話はそれだけ?」

さやか「私まだ宿題終わってないから、今日はアンタに構えそうにないわ。ごめんね」

杏子「ちょ、待てこら! まだ返事聞いてねー!!」

さやか「今の会話でどこに返事をする場所があったのよ!?」

杏子「好きって言っただろ! ちゃんと答えろ!」

さやか「いや、だから私も好きって返したじゃん」

杏子「あんなぞんざいな返事があるか! 真面目に答えろ!」

さやか「十分真面目に答えたつもりなんだけどこれ以上どうしろって言うのよ……」

杏子「さ、さやかも私のこと好きなら、その……他にもっとあるだろ」

さやか「……??」

杏子「抱きしめるとか、キスする、とか……」

さやか「……」


バタン


杏子「おいコラ!! 無言で部屋に入るってどういうことだテメー!!」

さやか「賢いさやかちゃんは宿題しなきゃなんないの」

さやか「アンタの虚言に付き合ってる暇なんてないわけ。分かる?」

杏子「虚言なんかじゃねー! 私は本気だ!! てか開けろー!」ドンドン

さやか「誰の影響かは知らないけどそういう冗談はほどほどにしときなよー」

さやか「まあ私もその手のことはよく言うからあんまり説教出来ないけど」

杏子「冗談じゃないって言ってるだろバカさやか!!」

杏子「私はお前のことが好きなんだよ! 愛してる!!」

さやか「……」

杏子「お前のためなら何でも出来るし死ぬ事だって怖くない!!」

杏子「だから真面目に答えてくれよ! お前は私のことどう思ってんだ!?」

さやか「……」

杏子「さやか!」

 
ガチャ

 
 
杏子「!」


さやか「……アンタ、それ本気で言ってるの? 冗談抜きで」

杏子「最初からそう言ってるだろ。まともに受け止めようとしなかったのはさやかだ」

さやか「まともに受け止めるも何も、信じられる訳ないでしょそんなこと」

杏子「なんで信じてくれないんだよ……私がさやかのこと好きっていうのはそんなにおかしいことなのかよ……」ウルウル

さやか(涙……)

杏子「なら訊くけどよ……どうすれば信じてくれんだよ……」グズッ

さやか「わ、分かったから、分かったから泣くなって……」

杏子「うぅ……さやかのばかっ……」

さやか(ただの悪ふざけでこんなこと言えるようなヤツじゃない……)

さやか(ってことは、本当に……そういう意味で私のこと……)

杏子「教えてくれよさやか……お前は私のことどう思ってるんだ……?」

杏子「ただの居候なのか、それとも……」

さやか「……私にとって杏子は、大切で大好きな友達の1人よ」

杏子「!」

さやか「それ以上でも以下でもない」

杏子「それって……」

さやか「ごめん。私、知っての通り恭介のことが好きだったわけで……」

さやか「まあとっくに吹っ切れてるわけではあるんだけど、だからと言ってその時の気持ちを忘れたわけでもないの」

杏子「……」

さやか「だから、その……そういう意味で女の子のこと好きとかっていうのは、私には分からない」

杏子「そん、な……」

さやか「そこまで本気で好きって言ってくれるのは嬉しいけど……ほら、私たち女同士じゃん」

さやか「そういうのって思春期特有の一時的な感情とかって言うし」アハハ

杏子(違う……)

さやか「杏子は今まで世間離れしてたから、私に対する気持ちを履き違えちゃっただけだと思うんだ」

杏子(違う……)

さやか「時間が経てば私に対する気持ちがそういうのじゃないって気付くよ」

さやか「その時には、杏子も普通の女の子と同じように男の人のことが好きになるから」

杏子(嫌だ……私はさやかが……)

さやか「私なんかよりまともでみんなが羨ましがるような良い男、杏子なら簡単に捕まえられて……」

杏子「やめろ!!」

さやか「っ……」

杏子「……私の気持ちを、勝手に作るんじゃねーよ」

さやか「杏、子……?」

杏子「そんなもん、いらねーよ……男とか、女とか、そんなこともどうでもいいんだよ……」ポロ…

杏子「私が欲しいのは、お前のことだけで……」

さやか「ごめん」

杏子「!」 

さやか「私、杏子の気持ちには……応えられない」

杏子「さや、か……」

さやか「そ、そのっ、今は私にフレれて辛いだろうけど……ちゃんと忘れられるから!」

さやか「杏子のこと気持ち悪く思ったりとかそんなんも絶対にないし、今まで通り良い友達で……!」

 
ほむら「70点ってとこね」

 
 
杏子「!!」


さやか「!?」

ほむら「本来なら不合格だけれど……まあ温情査定でまけてあげるわ」

杏子「ほ、ほむら……?」

さやか「ああ、アンタいつからそこに……!?」

ほむら「杏子、貴女も随分と面倒くさいのに惚れたものね……」

ほむら「こんな頭の中空っぽのノンケビッチ代表みたいなのに……」ハァ

さやか「ちょっと」

杏子「さやかの悪口言うなっ……」グズ゙…

ほむら「腐っても貴女の思い人だったわね。口が過ぎたわ」

さやか「て、てかアンタいつからそこにいたのよ!? どう考えても不法侵入で……!」

ほむら「杏子、告白自体は悪くなかったわよ」

ほむら「感情もしっかりこもっていたし真に迫っていたわ。好きだという気持ちもストレートに告げられていたしね」

さやか「無視すんな!!」

ほむら「ただ、シチュエーションの選定がまったくなってない」

ほむら「まるで居酒屋でワインを飲まされているかのような感覚だったわ」

杏子「……」

ほむら「吊り橋効果という現象から分かるけれど、人の気持ちは時と場所によって高揚もするし萎えもするわ」

ほむら「1%でも成功する可能性が高いシチュエーションを選ぶのは鉄則よ。覚えておきなさい」

杏子「はい……」

ほむら「あと、貴女の告白は行き当たりばったり過ぎる」

ほむら「思いを伝えてそのあとどうするか、まったく考えてなかったでしょ」

杏子「それは……」

ほむら「告白が100%成功するとでも思っていたのかしら?」

ほむら「男に恋をし自分の願いの全てを投げ打ったこの女に対して」

杏子「っ……」

さやか「ちょっとアンタら私の存在忘れ……」

ほむら「もしそうだとしたらその甘ったれた根性から叩き直しなさい」

ほむら「百合は戦争よ。何の準備もせず、戦術も無しに戦いに挑めば……そこに待つのは己の屍よ」

ほむら「今のあなたみたいにね」

杏子「じゃあ、どうすれば良かったんだよ……」

杏子「どうすれば私はさやかと結ばれていたんだよ!?」

ほむら「そうね……私なら何をするよりもまず美樹さやかを縛り上げたでしょうね」

さやか「ちょっ」

ほむら「まず告白を拒まれる前提での作戦を立てるわ。相手がノンケだから」

杏子「し、縛った後はどうするんだよ……? そんな酷い事したら嫌われて……」

ほむら「フラれた時点で嫌われるのは確定よ。どんな人格者でも今まで通りの振る舞いを続けるなんてことは不可能」

ほむら「故にそんなことは考慮する必要がないわ」

ほむら「どんなことをしてでも相手の心を落とすことを考えるのが正解よ」

杏子「相手の心を、落とす……」

さやか「えっと、そういう話をするなら本人のいない場所で……」

ほむら「縛っておけば逃げられることも抵抗されることもないわ」

ほむら「告白が成功するにしろ失敗するにしろ、どちらにしても都合がいい」

杏子「なるほど……」メモメモ

ほむら「しかしまあ……現状じゃどんな策を打っても美樹さやかの心を動かすことは無理だったでしょうね」

杏子「えっ」

ほむら「戦う前から敗戦は確定していたわ。現に貴女は見事に玉砕した」

杏子「分かってるならなんで止めないんだよーー!!」

ほむら「敗戦から得られる経験があるからよ」

ほむら「私自身も、あなたの覚悟がどれだけのものか知りたかったしね」

杏子「何言ってるんだよ……私はもうフラれたんだぞ……?」

杏子「この先どうやっても、取り返しなんて……」ウルウル


ほむら「あなたの戦場はここじゃないわ」


杏子「!」

ほむら「繰り返せばいいのよ。何十回でも、何百回でも」

杏子「お前、それって……」

ほむら「求めよ、さらば与えられん。尋ねよ、さらば見出さん」

ほむら「扉を叩きなさい、そうすれば道は必ず開かれるわ」

杏子「っ……」

さやか「アンタら、さっきから何の話して……」

ほむら「杏子、そろそろ行くわよ」

杏子「……さやか」

杏子「私、絶対に諦めねーからな!!」

さやか「杏子……」

杏子「……行ってくれ、ほむら」グズ

ほむら「フラれる度に泣くようなことだけは無いようにしなさいよ」


―――――――――カチ

  

――――――――――――――――――――――――――――

杏子「!」

杏子(あれ、私、今まで何して……)

ほむら「随分と遅いお目覚めね」

杏子「ほむら……?」

ほむら「まさかとは思うけれど記憶が飛んだりはしていないわよね?」

杏子「……」

ほむら「……美樹さやか」

杏子「!」

杏子「そ、そうだ! さやかだ! 私はさやかにフラれて、それで……!」

ほむら「今の時間軸は2008年×月×日よ」

杏子「え? 2008年って……5年前じゃねーか!?」

杏子「なんでそんな時間まで戻って……」

ほむら「百合は戦争よ。勝つために必要なのは周到な準備と戦術」

ほむら「この時間軸まで戻った意味をその空っぽの頭で考えてみなさい」

杏子「……」

杏子「……さやかと上条恭介の出会いを無かったことにするのか」

ほむら「ご名答。美樹さやかがあなたの告白を断った一番の要因は、上条恭介に対する恋心が残っていたからよ」

ほむら「ならその一番の障害である恋心を取り除いてやればいい」

杏子「……」

ほむら「こんなことで怖じ気付くようなら、私は貴女を高く買い過ぎていたということになるわね」

杏子「……いや、やるよ。さやかを百合に出来るなら……なんでもしてやる」

杏子「あんな思い、二度とごめんだ……」

ほむら「早速行動を始めるわよ、付いて来なさい」

――――――――――――――――――――――――――――

杏子「ここは……公園?」

ほむら「美樹さやかと上条恭介の出会いはここから始まるわ」

ほむら「コンサートの直前、この場所で発表曲の最終確認をしていた上条恭介を美樹さやかがたまたま見つける」

杏子「お前、どうしてそんなこと知って……?」

ほむら「数えられないくらいループを繰り返していたら、こんなくだらない情報も耳に入ってくるのよ」

杏子「お前もお前で苦労してたんだな……」

ほむら「くだらない同情はやめなさい。反吐が出るわ」

杏子「……このバイオリンの音」

ほむら「上条恭介ね。こっちは私に任せなさい」

ほむら「あなたはこの先の泉の付近にいる美樹さやかの注意を引きなさい」

杏子「分かった。作戦開始だな」

ほむら「顔は見られないようにしなさいよ」

ほむら「過去から戻った時、時間遡行のことに気付かれると厄介なことになるわ」

杏子「顔を見られないようにするなって言われても……私何にも持ってねーんだけど……」

ほむら「まったく……ほら、これでも使いなさい」

杏子「帽子?」

ほむら「それを深く被って髪を解けば、ある程度は大丈夫でしょう」

杏子「お前はどうするんだほむら?」

ほむら「私にはマスクがあるわ」

杏子「流石に容易周到だな。ホント頼りに……な……る……」

ほむら「さて、行くわよ」

杏子「お、おいちょっと待て。一応訊くけど、それってもしかして……」

ほむら「まどかのパンツよ」

杏子「……」

杏子「って完全に変態じゃねーか!?」

ほむら「変態に見えるよう装ってるんだから当たり前でしょ」

杏子「な、なんでわざわざそんなこと……」

ほむら「いいから貴女は自分のやるべきことをしなさい。私は私で色々考えているのよ」

杏子(ほ、本当に大丈夫なのか……?)

ほむら「時間をかけていると美樹さやかがバイオリンの音に気付くわよ。早く行きなさい」

杏子「そ、そっちは頼んだぞほむら!」タタッ

ほむら(むしろこっちは貴女の方が心配なのだけれど……)

杏子(あのほむらがあんな格好までしてるんだ……私も頑張らないと……)

杏子(泉の所にいるって言ってたけど、さやかはどこに……)

杏子「!」

杏子(も、もしかして……あれか……?)


さやか「♪」


杏子(う、わ……ろ、ロリさやかだ……)

杏子(やっべえ、ちょー可愛い……!! 冗談抜きに天使に見えて……)

杏子(お、落ち着け私……任務をちゃんと遂行して……)

 
 
~♪



さやか(バイオリンの音……? どこから鳴ってるんだろう……)


杏子(まずい! さやかがバイオリンの音に気付いた! 止めないと……!)

杏子「お、おーいそこの君!」

さやか「へ?」

杏子「え、えっと、道を教えて欲しいんだけど……いいかな?」

さやか「……」

杏子(な、なんかめっちゃ怪しまれてる気が……)

さやか「ごめんなさい、私この辺りのこと詳しくないんで」スタスタ

杏子「ちょ、ちょっと待てって!」

さやか「なんですか? ケーサツ呼びますよ?」ジト

杏子(か、可愛くねぇ……そりゃこんな不審者に話しかけられりゃそうなるだろうけど……)

杏子(なんとか不信感を解く方法を……)

さやか(バイオリンの音聞こえなくなった……確か向こうの方から聞こえて……)スタスタ

杏子「さやか!」

さやか「!」

杏子「く、食うかい……?」スッ

さやか(なんで、私の名前……)

杏子(食いつけ! 食いつけ!)

さやか「……知らない人から物貰うなって言われてるんで」

杏子「あ……そ、そうだよな。ごめん……」

さやか「てかお姉さん、なんで私の名前知ってるんですか?」

杏子「え?」

さやか「今、さやかって」

杏子「あ……っと、その……」

さやか「もしかして、ストーカー……」

杏子「えっと、そう! 私はアンタのお母さんたちの友達なんだよ!」

さやか「お母さんたちの……?」

杏子「美樹◯◯さんと美樹××さん。2人にさやかのこと探して来てくれって言われて来たんだ」

さやか(お母さんとお父さんの名前だ……ってことは本当に……)

杏子「こんなところで1人で遊んでたら危ないだろ? 誰かに攫われたりしたら大変だ」

杏子「私と一緒に向こうで遊ばないかい?」

さやか「……別にいいけど」

杏子(よし!)

杏子「そんじゃあっち行こうぜ。なんか飲み物買ってやるよ」

さやか「いらないよ。お金なら自分で持ってるし」

杏子「そう連れないこと言うなって」

さやか「私、アンタのこと信じたわけじゃ無いから」

杏子「えっ」

さやか(でもまあ、悪い人では無さそうだし、1人で遊ぶのも飽きてたから……)

さやか「……で、何して遊んでくれんの? 怪しいお姉さん」

杏子「あ、怪しいお姉さんって……」

さやか「だってアンタの名前知らないし」

杏子「私は佐倉ーーー」

杏子(って本名はダメか。えっーと……)

さやか「さくら?」

杏子「さ、さくらだ。さくらって呼んでくれ」

さやか「ふーん、さくらね……ま、今だけ覚えといてあげる。明日には忘れてるだろうけど」

杏子(なーんか生意気なんだよなぁ……さやかと初めて会った時のこと思い出す……)

さやか「さくらもコンサート見に来たの?」

杏子「へ? コンサート?」

さやか「この公園の傍にあるコンサートホールでやってるじゃん。バイオリンのヤツ」

杏子「あ、ああ……うん、そうだよ。それを見に来たんだ。さやかもそうなんだろ?」

さやか「まあね。って言っても私はお母さんたちに連れられて無理やり、だけど」

杏子「さやかは音楽好きじゃないのか?」

さやか「うーん……嫌いじゃないけど、ああいうのは聴いててもつまんない」

さやか「みんな上手いし、違いとか分かんないし。眠たくなる」

杏子「あはは、さやからしいな」

さやか「あんなのじっとして聴いてるくらいなら外で遊んだ方が楽しいよ」

杏子「お、気が合うな。私もじっとしてるよりかは身体動かしてる方が好きなんだ」

さやか「へぇ、そうなんだ。じゃあテニスしようよ、そこで道具貸してくれるらしいから」

杏子「コンサートは見に行かなくていいのか?」

さやか「さくらがいるんだから別にいいでしょ。正直見たくないし」

杏子「そっか。なら心配しなくていいな、とことん付き合ってやるよ」

がんばれー

杏子(……これでさやかの注意は完全に引きつけることは出来たな)

杏子(ほむらがヘマしてない限りは、上条恭介と出会うことは無いと思うけど……)

杏子(……今の私に出来る事は、ほむらを信じてさやかと遊ぶことだけだな)

さやか「私言っとくけどテニス上手いよー? さくらなんてボコボコにしちゃうかも」

杏子「私も運動神経には自身があるんでね。そう簡単にはやられてやらないぜ」

さやか「じゃあ勝負しよう勝負! 負けた方が買った方にファンタ奢ること!」

杏子「いいぜー。手加減しないから負けても泣くんじゃねーぞ?」

さやか「望むところ! さくらなんてテニスボール見るの嫌になるくらい叩きのめして―――」

――――――――――――――――――――――――――――

ほむら「少年。あなたは私が何に見える?」

恭介「な、何って……」カタカタ

ほむら「思ったままのことを言えばいいわ。何に見える?」

恭介「へ、変態、です……」

ほむら「正解よ」

ほむら「次の質問。私は男だと思う? 女だと思う?」

恭介「お、女……」

ほむら「正解よ。世の中の女はみんなこうだと思いなさい」

恭介「あ、あの、僕……このあとコンサートに出なくちゃいけなくて……」カタカタ

ほむら「少年。最後の質問よ」


ほむら「これが何か分かる?」スチャ


恭介「ひぃっ……!!」

ほむら(幼気な少年にこんなことするのは流石に心が痛んで来るわね……)

ほむら(でもまあ、流石に何十回もループさせられるのはごめんだから、確実に杏子の告白を成功させるためにも……)

ほむら(不安要素は確実に潰しておきたい)


恭介「う……ぁ……」カタカタ


ほむら(……私が杏子の立場なら、確実に頭を吹き飛ばしてるでしょうね)

ほむら(そういう発想をしなくなったあたり、杏子も丸くなったってことかしら)

ほむら(恋心は人を変えると言うけれど……)


ほむら「……少年。これは忠告よ」

ほむら「命が惜しかったら、今すぐコンサートホールに戻りなさい」

ほむら「私はあなたのことをずっと見ているわ」

ほむら「もしこの公園に戻って来たり、このことを誰かに言おうものなら……」


ダァン!!


恭介「ひっ!?」

ほむら「命は無いと思いなさい」

――――――――――――――――――――――――――――

さやか「……」ムス

杏子「あはは、ごめんな。流石にちょっと大人気なかったよ」

さやか「別にいいし! 手加減される方がもっとムカつくから!」

杏子(負けず嫌いなとこは昔からなんだなー……)

さやか「さくら! 次はバスケやろ!」

杏子「た、対戦形式のはやめにしないかい? ほら、キャッチボールとかそういうヤツを……」

さやか「勝ち逃げとか絶対に許さないんだから……」ブツブツ

杏子(なんか火点けちゃったみたいだな……)

杏子(まあでも、小さいさやかとこうやって遊ぶのも悪くないなー……可愛いし)クス


ほむら『鼻の下伸びてるわよ』


杏子「ひぁ!?」

さやか「な、なに? 急にどうしたの?」

杏子(い、いきなり話しかけてくんじゃねーよ!!)

杏子「な、なんでもないぜ? ちょっと悪寒がしただけで……」

さやか「悪寒って……今さらだけど、アンタこの時期にそんな格好して寒くないの?」

杏子「大丈夫だよ。寒さには慣れてるんだ」

さやか「そういう問題じゃないでしょ……身体動かした後なんだから風邪引くわよ、ほら、これ使って」

杏子「あ、ありがと……」

杏子(カイロに手袋……)

さやか「体育館行くわよ。寒い場所で遊んで体調崩されたら寝覚め悪いし、あったかい場所に移動」

さやか「ほら、早く来て」ギュ

杏子「お、おう……」

杏子(手……)


ほむら『あんまり一緒にいるとロリコンになるわよ、ほどほどにしときなさい』

杏子『うっせーよ!? てかお前どこから見てんだ!!』

ほむら『別にどこからでもいいでしょ』

ほむら『それより貴女一体何をしているの。引きつけろとは言ったけど遊べなんて一言も言ってないわよ』

杏子『べ、別にいいだろ……流れでこうなっただけだよ』

ほむら『良くないに決まってるでしょ。あなた今の自分の立場が分かっているの?』

杏子『どういうことだ?』

ほむら『美樹さやかの両親が今、必死になってその子を探しているわ』

杏子『あ……』

ほむら『あなたがどうやってその子を言いくるめたかは知らないけど、今のあなたは完全に不審者よ』

ほむら『面倒事になる前にとっとと別れなさい。やるべきこともやったわ、この時間軸に用はない』

杏子『チッ……分かったよ』

ほむら『その子のことが心配なら今向かっている総合体育館の係員にでも預けなさい』


さやか「ねえさくら、次は何する? 中で遊ぶなら卓球か、フットサルか……」

杏子「ごめんさやか、そろそろ時間みたいだ」

さやか「え……?」

杏子「実は私も親と一緒にここに来ててさ、さっきから戻ってこいってメールがうるさいんだよ」

さやか「……」

杏子「さやかもそろそろお母さんたちのとこに戻らないとな」

さやか「……さくらたちはさ、コンサート見に来てるんでしょ?」

杏子「あ、ああ。そうだけど」

さやか「じゃあ一緒にコンサートホール行こ。私もさくらに付いてくから」

杏子「なっ」

さやか「私のお母さんたちもコンサートホールにいるだろうし、何も問題ないよ」

さやか「遊べなくなるのは残念だけど」

杏子「えっと、その……」


ほむら『これに懲りたら時間遡行中は余計なことをするのはやめておくことね』

杏子『テメー見てるなら助けろよ!? さやか私から離れる気ゼロだぞ!?』

ほむら『初対面でそこまで懐かれるなんて、かなり脈があるんじゃないかしら』クス

杏子『あ、あのなぁ……』

さやか「ほら、早く行こ」グイ

杏子「ちょっ……」


ほむら『助けて欲しい?』

杏子『た、助けてください……』

ほむら『却下よ。それくらいの窮地この先いくらでもあるわ』

ほむら『私も常にあなたのフォローを出来るとは限らない。自分で知恵を絞ってみなさい』

杏子『なら助けて欲しいかなんて訊いてんじゃねーー!!』


さやか「さくらとお母さんたちは知り合いってことはさ、さくらの両親も私のお母さんたちと知り合いなんだよね?」

杏子「へ? あ、う、うん……」

さやか「じゃあコンサート終わったらさ、みんなでご飯食べに行こうよ」

さやか「そのあと私の家でゲームしよ。ゲームなら絶対に負けないから」

杏子「あ、あはは……そ、そうだな。私の親が認めたら、な……?」

さやか「私が頼んであげるよ。さくらもお願いしてね?」

杏子(さやかの目がキラキラし過ぎて心が痛む……)

杏子(どうすりゃいいんだ……?)

杏子(さやかの親には絶対に会えないし、かと言って逃げるような真似すればさやかが傷つくだろうし……)


ほむら『身から出た錆ね。諦めて逃げなさい』

杏子『バカ言うな!? そんなことしたらさやかが傷つくだろ!?』

ほむら『後先考えずに嘘をつき続けるからそうなるのよ。自業自得だわ』

杏子『……頼むほむら。なんとかしてくれ』

ほむら『私はそのトラブルをなんとかする必要は無いと思っているわ』

ほむら『むしろ美樹さやかの心残りを作る方が、後々プラスに働くと思うわ』

杏子『何言ってるかわかんねーよ……私はアンタみたいに賢くねえんだ、分かるように説明してくれ』

ほむら『はぁ……杏子、あなたポケットの中にシュシュを入れてるわよね?』

杏子『ああ、それがどうした?』

ほむら『助かりたいなら今から私の言う事に質問を返さず、指示に従いなさい。分かった?』

杏子『……分かった。どうすればいい?』

ほむら『そのシュシュを美樹さやかにプレゼントしなさい』

杏子『……は?』

ほむら『口答えするなら助けないわよ』

杏子『わ、分かったよ……渡せばいいんだろ、渡せば……』

杏子(こんなもの貰ってもさやかは困るだけだろ……)


杏子「さやか」

さやか「なに?」

杏子「手袋とカイロのお礼だ。これやるよ」

さやか「これって……シュシュ?」

杏子「私の髪留めだ。まあ、こんなもん要らねえかもしんないけど……」

さやか「……貰える物は貰っとくよ、頂戴」

杏子「お、おう。ほら」

さやか「ん、ありがと」

杏子(案外素直に受け取るもんなんだな……)

杏子(ほむらの思惑はまったく分かんないけど……)

さやか「……」スッ

杏子「……」

さやか「似合う?」

杏子「う、うん……すっげー可愛い」

さやか「……これって普段はさくらが付けてたんだよね?」

杏子「そうだけど……」

さやか「なんでそんなものを私にくれたの?」

杏子「カイロと手袋のお礼だよ」

さやか「そっか……」

杏子(これは……喜んでくれてる、のか?)

さやか「これ、ありがとね。私には似合わないだろうから、明日には捨ててるだろうけど」

杏子「おい」

さやか「手袋とカイロ返して。寒い」

杏子「お、おう……」

さやか「ん……その代わりにこれあげる。私の髪飾り」

杏子「あ、ありがと……」

さやか「シュシュ無かったら、髪鬱陶しいだろうから」

杏子(さやかの髪飾り……)

さやか「トレードはこれでおしまい。早くコンサートホール行こ」グイ

杏子「あ、ちょっ……」


ほむら『杏子、トイレに行きたいと言ってその場を離れなさい』

杏子『と、トイレ? 別に私トイレになんか……』

ほむら『早くしなさい。助けないわよ』

杏子『ほんっと有無を言わさないなお前……』


杏子「さやかごめん、トイレ行って来ていいか?」

さやか「別にいいけど……早く帰って来てよね。寒いんだから」

杏子「悪いな。すぐ戻るよ」

杏子(ほむらのヤツ何考えて……)


ほむら『杏子、こっちよ』

杏子『え、どっちだ?』

ほむら『右手に茂みがあるでしょ。その中に来なさい』


杏子「えーっと右手だから……ここか? ってお前……」

ほむら「お疲れ様。結果的に考えれば、あなたが今の段階で美樹さやかと接触したのは正解だったわね」

杏子「どういう意味だそりゃ……てかここからどうするんだよ?」

杏子「さやかを納得させてなおかつ怪しまれずに別れるとか、私の頭じゃどう考えても無理なんだけど……」

ほむら「私の頭で考えても無理よ」

杏子「は?」

ほむら「あの子のことが心配なら安心しなさい。両親がすぐに迎えに来るわ」

杏子「えっと、言ってる事の意味が……」


―――――――――――カチ

――――――――――――――――――――――――――――

杏子「……は!?」

ほむら(さて、あの出来事の全てがどれだけ未来に影響しているか……)

杏子「ど、どういうことだ? ここは一体……」

ほむら「2013年×月×日……一応戻って来たわけだけれど……」

杏子「なっ……て、テメーどういうつもりだ!?」

杏子「まさかさやか放っといたまま時間元に戻しやがったのか!?」

ほむら「その通りよ。こうでもしないと貴女は美樹さやかから離れなかったでしょうからね」

杏子「ほむら……!!」

ほむら「正直今の状態でも大丈夫な気はするけれど……ダメ押ししておくに超したことはないわね」

ほむら「もう一度行くわよ。戻るのはこれで最後になるかもね」


―――――――――――――カチ

 
 

――――――――――――――――――――――――――――

杏子「ん……んぅ……」

ほむら「遅いお目覚めね。流石に短時間に2連続はキツかったかしら」

杏子「ほむ、ら……」

ほむら「早く起きなさい。随分と面白いことになってるわよ」クス

杏子「一発……殴らせろ……」

ほむら「私を殴るかどうかはこの世界の美樹さやかを見てからにしなさい」

ほむら「2010年×月×日、さっきの時間軸から2年後。元来た時間軸の3年前よ」

杏子「……なんでさっき戻ったのに、また時間遡行しやがったんだよ」

ほむら「ダメ押しするためよ、言ったでしょ」

ほむら「戻る回数は最小限に抑えたいの。面倒くさいから」

杏子「……面白いことになってるってどういうことだよ。あとお前絶対に後で殴るからな」

ほむら「あなたのためにここまでしてあげている私に対してよくそんな口が利けるわね」

杏子「うっせえ、それとこれとは別だバカ……」

ほむら「その話は一旦隅に置いておきなさい。ほら、行くわよ」

杏子「行くってどこに?」

ほむら「美樹さやかのところよ。すぐそこの三滝原小学校で遊んでいるわ」

杏子「大丈夫なのかよ、私たちが勝手に入っても」

ほむら「侵入すること自体は容易いわ。見つかれば逃げればいいだけだし」

杏子「頼りにしてるぜー……」

ほむら「それはともかく、貴女はしっかり変装しときなさい」

杏子「今姿を見られるのは望ましくないわ」

杏子「……どういう意味だ?」

ほむら「役者も舞台もまだ揃っていないという意味よ」

杏子「はぁ……さっさと行こうぜ」

――――――――――――――――――――――――――――

さやか「ヘーいこっちこっち! パスパース!!」


杏子(わわ、微ロリさやかだ……!)

ほむら「いろんな子たちに交じって毎日ああやって身体を動かしているわ」

ほむら「昨日はドッジボール、一昨日はバスケットボールだったわね」

杏子「そっか……ってさやかそんなにスポーツ好きだったっけ?」

ほむら「さあ、知らないわ。美樹さやかのことなら貴女の方が詳しいでしょう」

杏子(さやかは運動神経は良いけど、自分からスポーツをしたりするタイプじゃなかったよな……)

杏子(どっちかというとインドアだったし、趣味は音楽鑑賞とかで……)

ほむら「幼少期の体験はその人のアイデンティティに大きく関わるものよ」

杏子「!」

ほむら「その体験が鮮烈なほど、自我に対する影響は強くなるわ」

杏子「さやかが体育系になったのって、じゃあ……」

ほむら「間違いなく貴女の影響ね」

杏子「ま、マジで言ってんのかよそれ!? 一時間ちょっと一緒に遊んだだけだぞ!?」

ほむら「時間の長さはそこまで重要じゃないわ」

ほむら「大切なのはその体験が印象に残ったか否かよ」

杏子「あれってそんなにも印象に残ることだったのか……?」

ほむら「少なくとも美樹さやかにとってはそうだったってことよ」

ほむら「左手に付けているものを見なさい」

杏子「!

杏子「あれって……」

ほむら「貴女のシュシュよ。私が見ている限り、肌身離さず付けているわ」

杏子「……」

ほむら「鼻の下が伸びてるわよ」

杏子「うっせえーよ!?」

ほむら「まあ、結果論だけれど本当に良くやったわ。スーパーファインプレーよ」

ほむら「美樹さやかの中で上条恭介が居た場所に、今は貴女がいるのだから」

杏子「……」ニヤニヤ

ほむら「まあ現段階での好感度は段違いだけれど、そればかりは積み重ねた時間が違うからしょうがないわ」

ほむら「そもそも少しずつ積み重ねた恋と瞬間的に爆発した恋では性質もまったく違うものだし、単純比較も出来ないしね」

杏子「な、なあほむら。これはつまり……さやかは百合になった、ってことでいいのか?」

ほむら「グレーゾーンってところじゃないかしら」

ほむら「今の美樹さやかがあなたに馳せている思いは少なくとも恋愛感情ではないわ」

ほむら「もう一度貴女に会いたい、貴女が誰なのか知りたい、という思いはかなり強いでしょうけど」

杏子「……ここから私はどうすりゃいい?」

ほむら「彼女が2年間溜めて来た貴女に対する思いの全てを、恋愛感情に挿げ替えればいいわ」

ほむら「今の彼女は11歳の年行かぬ少女……同性愛に対する抵抗やら世間の目やら、そんなものを意識する前にケリを付けなさい」

杏子「……お前もしかして、こうなることが分かってて私にあんなことさせたのか?」

ほむら「戻って来ると言ったのに戻って来なかった。別れの言葉も無しに居なくなった」

ほむら「それくらいの絶望があった方がかえって印象は強くなるものよ」

ほむら「手元にはほんの僅かな希望を残してね」

杏子「……なんていうか、悪魔じみてるよ。ホント」

ほむら「言ったでしょ、百合は戦争よ。勝つためなら鬼にも悪魔にもならないといけないわ」

ほむら「そういう意味では貴女はまだ甘い……」

ほむら「私なら不安要素である上条恭介を抹殺したし、自分の印象を強めるためにもっと美樹さやかに絶望を残すわ」

杏子「甘くて悪かったな……私はさやかが不幸せになるようなことはしたくないんだよ」

杏子「そういや……あの坊ちゃんはどうなってるんだ? さやかと交流は無いのかい?」

ほむら「美樹さやかどころか、母親以外の女性との交流が一切ないわよ」

杏子「えっ」

ほむら「バイオリンもやめて、代わりにエレキギターを弾いているらしいわ」

ほむら「腕前は評判らしいわよ。才能のある人間は何をやらせても輝くものね」

杏子「ほ、ほむら……アンタ一体何したんだ……?」

ほむら「女の恐ろしさを教えただけよ。9歳の少年には酷だったかもしれないわね」

杏子「……」

ほむら「良心の呵責でも感じているのかしら?」

杏子「私の我侭がそこまで人生変えちまったんだから、そりゃ……」

ほむら「けれどこれで彼は腕を失う未来も無くなったし、これからギタリストとして輝かしい栄華を極めるわ」

ほむら「幸せを失うということは新たな幸せを得るということでもあるわ」

ほむら「むしろ私は美樹さやかに惚れられる未来が無くなって感謝して欲しいと思っているくらいだけれど」

杏子「なんていうか、ホントアンタには敵わないよ……」

ほむら「一応私なりに彼の幸せは考えたつもりよ」

ほむら「頭の悪い女共に一生付きまとわれ、疲弊していくくらいなら……芸術に没頭できる環境に身を置いた方が良いでしょう」

杏子「……」

ほむら「睨みつけるのはやめなさい。彼女の頭が悪いのは事実でしょう」

杏子「……アンタのそういうところは嫌いだ」

ほむら「悪かったわね。美樹さやかには幾度と無く苦渋を飲まされているから、無意識に辛辣になってしまうのよ」

ほむら「私だって仲良くなれるならそうしたかったわ」

杏子「……今からでもやり直せる思うぜ、ほむら」

ほむら「美樹さやかが百合になった時にでも考えさせてもらうわ」ハァ

杏子「ふふ、それじゃあ尚更頑張らないとな!」

杏子「で、次はどうすればいいんだ?」

ほむら「本当に自分では何も考えないのね……」

杏子「だからこうやってアンタに頭を下げてるんじゃないか」

ほむら「やれやれ……私がフォロー出来なくなった時、どうなっても知らないわよ……」

杏子「そんときはアンタと心中さ。元より存在しなかったものだ、今さら無くなっても後悔はしないよ」

ほむら「……次の作戦の大まかなストーリーを言うなら、劇的な再会よ」

杏子「劇的な再会?」

ほむら「私が変装して美樹さやかを襲うわ」

杏子「ま、まさかそこを私が助けろとかって言わないよな?」

ほむら「その通りよ。ベッタベタだけれど11歳児にはそれくらい筋書きの分かり易いストーリーの方がいいでしょう」

ほむら「あとは貴女が適当にたらしこめば終わりよ。美樹さやかは間違いなく百合になるわ」

杏子「そんな安い自作自演でそう都合良くいくのか……?」

ほむら「それは私たちの演技力にかかってるでしょうね」

杏子「演技力……」

ほむら「言っておくけど、私は今までの恨みつらみ全部ぶつけるつもりで美樹さやかに襲いかかるから、貴女も本気で撃退しなさいよ」

杏子「頼むからほどほどにしてくれよ……さやかに危害が加わったら、茶番って分かってても自分を抑えらんねえから」

ほむら「そのくらいの必死さが人の心を動かすものよ。望むところだわ」

杏子「不安で仕方ねー……」

ほむら「美樹さやかが下校しているタイミングでいいでしょう。適当に襲うから撃退しなさい」

杏子「あいよ……」

ほむら「再会した時の臭いセリフくらいは考えておきなさい」

ほむら「それこそ一言で射止めるくらいのものをね」クス

――――――――――――――――――――――――――――

杏子(なんて言ってたけど、そんなん思いつかねーよ……)

杏子(私漫画とかあんまり読んだことないし……さやかの家にあったのくらいで……)


さやか「ふんふーん……」


杏子(にしてもさやかのヤツ、いつも1人で家に帰ってんのか……?)

杏子(11歳がこの時間に1人は危ねーだろ……社交的だし、一緒に帰る友達くらいいるはずだけど……)

杏子(まあ、ほむらがなんかしてるだけかもしんねーから考えてもしゃーないけど……)

杏子「……」

杏子(なんだ、この感じ……? 気持ち悪りぃ……肌に何かがまとわりついてるような、べっとりとした何かが……)


―――――ピキ


杏子「なっ」


ドゴォォォォォォォンン!!

杏子(なな、なんだこの爆発!? 洒落になんねーぞ!?)

杏子(てかなんだここ……さっき居た場所と全然違……)


ドゴォォォォォォォンン!!


さやか「きゃああああああ!?」

杏子(瓦礫が……!?)

杏子「さやかーーー!!!」ダダッ

すみません、20分くらい席外します

 
  
ドシャァァァン…

 
 
さやか(私、死んだ……?)


さやか(てか、何がどうなって……)

さやか「!」

さやか(わ、私がさっき居た場所に……瓦礫の山が……)ゾク…

杏子「ごほっ、ごほっ……!」

さやか(え、人……? ち、血だらけ……)サァァァ

さやか「だだ、大丈夫ですか!? しっかりしてください!」

杏子(変身しないと絶対に間に合わなかった……もし間に合わなかったら、さやかは……)

杏子「ほむらぁぁぁぁぁ!!! テメェどういうつもりだぁぁーー!!?」

さやか「ひぃっ」ビクッ


ほむら「言ったはずよ。恨みつらみを全部ぶつけるつもりで襲うと」

ほむら「私がパンツでも被って現れると思っていたのなら、あなたの判断ミスよ」

杏子「テメェ……!!」

ほむら「本気で怒ってるあなたを見るのは初めてかもしれないわね」

ほむら「その子が本当に死んだらどうなるのかしら」クス

杏子「ブッ殺す!!」

ほむら「美樹さやかを放っといていいの? 私の標的は貴女じゃないわよ」パチン


ドゴォォォォォォォンン!!


さやか「まま、また爆発……!?」

杏子「さやか!!」ダダッ

さやか「きゃっ!?」


ほむら「少女片手に空を舞って……さながら王子様ね。カッコいいわよ」

杏子「これ以上ふざけたことしてみろ……本気で殺すぞ……」ビキ…

ほむら「瞳孔開いてるわよ」

さやか(まま、マジで何がどうなってるの!?)

さやか(なんかそこらかしら火だらけだしこの人血だらけだしあの人浮いてるし……!!)

杏子(クッソどうりゃいい……アイツぶっ殺してえけどさやかを担いでるこの状態じゃ……)

ほむら「ここから先、まっすぐ5kmも行けば結界の中から出られるわ」

ほむら「私は本気で殺しにかかるから必死に逃げなさい。ゴールすれば茶番は終わりよ」

杏子「洒落になってねえんだよ!! 私はまだしもさやかは一撃でも喰らったら死ぬんだぞ!?」

ほむら「だから必死に逃げろと言ってるのよ。戦いたくても戦える状態じゃないことは貴女が一番よく理解しているでしょう」クス

杏子「お前マジで絶対に許さねーからな……!!」

ほむら「良い表情ね。さながらハリウッド女優よ」

ほむら「大切なものならちゃんと守り抜きなさい」ピィィン

杏子「!」


ドォォォォン!!


杏子(手からレーザーって……あのヤローいつからあんな魔法……!!)

さやか「あ、あわわわ……!!」

杏子(それに格好も私の知ってる魔法少女服じゃないし……!)ダッ

杏子「アンタいつからそんな悪趣味な服着るようになった!?」

杏子「イメチェンにしちゃ方向性間違ってんぞ!!」

ほむら「あら、自分では似合ってると思うんだけど自惚れかしら」

杏子「貧乳のクセにんな露出高い服着るんじゃねー!」

ほむら「……」パチン


ドゴォォォォォォォンン!! ドゴォォォォォォォンン!!


杏子(あ、ヤバい。余計なこと言ったらマジで死ぬ)

さやか「なな、なんかよく分かんないけどアイツが狙ってるのってもしかして私なの!?」

杏子「ああそうだ! 頭のネジが吹っ飛んだのかは知らねーけど本気で殺しにかかってる!!」

さやか「なら早く私を離して! あなたまで殺されちゃう!!」

杏子「はぁ!? 何言ってんだよお前!?」

さやか「だ、だってこのままじゃ!」

杏子「ふざけんな!! お前を離すくらいなら死んだ方がマシだ! 黙って私にしがみついてろ!」

さやか「っ……」ドキ


ほむら「あら、良い感じにラブロマンスじゃない。やはり私は間違ってなかったでしょう?」

杏子「ビーム打ちながら言うセリフじゃねえよ!!」

ほむら「出せるのはビームだけじゃないわよ?」パチン

さやか「う、上からなんか来た!!」バ

杏子「なっ!?」

杏子(黒い羽根……!?)

杏子「クッ……!」ダッ

ほむら「ふふ、上手く避けたわね。……けど残念」クイ

杏子(曲がっ……!?)

さやか「きゃああああ!?」


杏子「ッ……!?」


ほむら「あの体勢からよく庇ったわね、流石だわ」

さやか(羽根が、刺さって……)サァァァ

杏子「ごほっ、ごほっ……!」

さやか「嫌! しっかりして! 死んじゃダメ!!」

杏子(あ、あんにゃろー……マジでめちゃくちゃしやがって……)

ほむら「ふふ、ほら、早く起きなさい。まだゴールまで半分以上あるわよ」

ほむら「それとももう動けないかしら?」クス

杏子「し、死んだら一生恨んでやるからな……ほむら……」

ほむら「死ぬのにどうやって一生をかけるのか知りたいわね」

さやか「もうやめて!!」

ほむら「……」

杏子「ばっ……お前なにやって……!」

さやか「アンタ一体誰なのよ!? どうしてこんな酷いことするの!? 」

ほむら「あなたのことが嫌いだからよ」

さやか「ふぁ!?」

杏子「アイツの言うことに耳貸すな……頭おかしいから……」

さやか「わ、私のことが嫌いなら私にだけ酷いことすればいいでしょ!?」

さやか「どうしてこの人のこと虐めるのよ!?」

ほむら「その赤いのを虐めると貴女が泣くからよ」

杏子(クズ過ぎる……)

さやか「なんで、そんなこと……」ウルウル

ほむら「はぁ……杏子。いつまで寝てるつもり? お姫様に庇われるなんてナンセンスだと思うけれど」

杏子「るっせー……こっちだって、ごほっ……寝たくて寝てるわけじゃ……」ググ…

さやか「ダメ! 立とうとしちゃダメ!! これ以上動いたら死んじゃう!!」

杏子「死なねー……さやかを百合にするまで、絶対にっ……!」

さやか「どうして……なんで私なんかのためにそこまで……」

杏子「アンタのことが……好きだから……」

さやか「!」

杏子「コイツのためなら死んでも良いって……そう思ったから……」ググ…


―――チャリ


ほむら「……大切なもの落としたわよ」

杏子「は……?」

さやか「これって……」


さやか「私の髪留め……?」


杏子「!」

ほむら「……」クス

さやか「なんで、貴女が持って……」

ほむら「ふふ、美樹さやか。この赤いのの顔をよーく見ておきなさい」カツカツ…

杏子「ちょ、まっ……」

杏子(コイツ、まさかこのタイミングで……!?)


ファサ…


さやか「!!」

杏子(これも全部……ほむらの計算で……)


さやか「……さく、ら?」


杏子「……」

さやか「さくらなの……? ねえ、さくらだよね……?」

さやか「だってあの髪留め私のだもん……あの時さくらに渡した、私の……」ポロポロ


ほむら(自分で演出しておいてなんだけど、臭過ぎて吐き気がするわ)

杏子「……さやか」

さやか「!」

杏子「ごめんな、すぐ戻るなんて嘘付いて」

さやか「っ……」

杏子「独りぼっちは寂しかったよな……ホントにごめんな、勝手にいなくなって……」ギュ…

さやか「ひぐ……ぐずっ……」ギュ…

杏子「帰ったら一緒にゲームしようぜ……あの時の続き、今から全部やり直そう」

さやか「さくらぁ……」


ほむら「……」

杏子(その顔やめろ……)

ほむら『杏子、さっさとこの茶番終わらせるわよ』

杏子『茶番だという自覚を持っていてくれて本当に安心したよ……』

ほむら『言ったはずよ。全ては私たちの演技力にかかってると』

ほむら『本気で殺しにかかって相手を憎むくらいしないとこの作戦は成り立たないのよ』

杏子『本当にアンタには敵わないよ……』

ほむら『私が雑魚キャラっぽく飛びかかるから貴女はカッコ良く返り討ちにしなさい』

ほむら『槍を振るくらいの体力は残っているでしょ』

杏子『ああ、そんくらいなら大丈夫そうだ』

杏子『さやかが離れてくれたらだけど』

ほむら『こんな時にまでイチャついてくれるなんて殺されたいのかしら』

杏子『勘弁してくれ……』

ほむら『それじゃあ行くわよ』


ほむら「イ~ヒッヒヒ!! お別れの挨拶はそれで終わりかしらァ!?」

さやか「!?」

ほむら「あたいを無視してイチャコライチャコラ……よっぽど死にたいようねェ!?」

さやか「さ、さくら……」カタカタ

杏子『おいほむら、キャラ変わってるぞ』

ほむら「そんなに死にたいなら2人まとめてあの世に送ってやるわこのウジ虫どもがァァァーーー!! 」


ほむら「死ィィィィーーーねェェェェェーーーーー!!」


杏子「おらぁぁぁぁ!!」ブォン!!

ほむら「たわばっ!!」

さやか「!」

ほむら「ばたんきゅう……」

さやか「えっ、えっ……ええええ!?」

杏子(流石に茶番過ぎてさやかの動揺が隠し切れてないな……)

さやか「なな、なにコイツどういう事!? あんなに強かったのに一撃で死んだよ!?」

杏子「えーっとあれだ、殴られるのに弱いタイプなんだよ。ゲームでもそういうのいるだろ?」

さやか「い、いるけど……こ、こんなあっさり……!?」

ほむら(汚れ役過ぎて辛くなってくるわ……)

杏子「と、とにかく悪は滅んだんだ。一件落着ってことで良いだろ? な?」

さやか「良くないよ! この貧乳ケーサツに突き出さないと……!」

杏子「い、いい! もういいんださやか! コイツはやられたら霧状になって消えるから!」

さやか「むぅ……さくらがそういうなら良いけど」

ほむら(流石に霧状に消えるような機能は持ち合わせていないわね)

杏子「はぁ……しっかし疲れたぁ……」

さやか「さ、さくら大丈夫……? 救急車呼んだ方がいい……?」

杏子「大丈夫、ちょっと寝てりゃすぐに治る……」

杏子「それにこうやってさやかが傍にいてくれるだけでも十分だから」ニコ

さやか「さくら……」ギュ…

杏子(あぁ……さやか柔らかくてあったけえ……)

杏子(幸せだ……このまま死んでもいいかも……)


ほむら『アホみたいな顔してるわよ』

杏子『うっせえ……半殺しにされたんだからこれくらいご褒美でもらってもいいだろ……』

ほむら『まったく……この結界はあと5分もすれば消えるから、その後は場所移動しなさいよ』

杏子『りょーかい……』

さやか「ねえさくら……もう勝手に居なくなったりしないよね……?」

杏子「うーん……勝手には居なくならないけど、またすぐにお別れになっちゃうかなぁ……」

さやか「そんな……」

杏子「でも私がいなくなったあと、ちょっとだけ我慢してくれれば……それからはずっと一緒にいられるぜ」

さやか「本当に……? ずっと一緒なの……?」

杏子「ああ、ずっと一緒さ……それこそ起きた時も寝る時もずっと一緒……」

杏子「テニスだっていつでもしてやれるし、ゲームだって2人で何時間でも出来る……」

杏子「そんな未来が近いうち必ず来るから、私がいなくなったあと、もう少しだけ待ってて欲しいんだ」

さやか「もう少しって何時間よ……? 私はあと何日待てばいいの……?」

杏子「えーっと……2年くらい、かな」

さやか「やだよ……せっかくまた会えたのに、2年も待てないよ……」

さやか「最近百合とかいうのあるじゃん?なにあれレズとなにが違うの?
私さあ、ああいうの嫌いなんだよね」

杏子「そ、そうだね!」

杏子「待てるさ……さやかは今日まで私のこと待っててくれたんだ。絶対に待てる」

さやか「やだ、やだよ……もうどこにも行かないで……」

杏子「さやか……」

さやか「1人にしないでよ……あの時みたいなのは、もう絶対に嫌……」ギュ…


杏子『な、なあほむら。なんかさやか私のこと好き過ぎる気がするんだけど……』

ほむら『瞬間的に爆発する恋はそんなものよ』

ほむら『鮮烈な出会い、2年間積み上げた思い、劇的な再会』

ほむら『実質2時間も一緒にいなくても、これだけすればベタ惚れになるものよ』

杏子『ほ、惚れてるっていうのかこれ? ただ単に子供が甘えてるとかそんな感じに思えるけど……』

ほむら『思春期に入ればイチコロよ。まあ、あなたの去り際の対応にもよるだろうけど』

杏子(今は今でかなり大切なタイミング、ってことか……ここまでやったんだ、外すわけにはいかないな……)

ほむら『分かってると思うけれど、ヘマするんじゃないわよ』

ほむら『必ず一撃で仕留めなさい。さやかを百合にする最初で最後で最大のチャンスよ』

ほむら『わーってるよ……』


さやか「……」ギュ…

杏子「……ごめん、さやか。そろそろ時間みたいだ」

さやか「えっ……?」

杏子「こうやってまた会えて良かったよ。これで私も、あと2年待てそうだ……」

さやか「やだ、やだよさくら……行かないで……行っちゃいや……」ギュ…

杏子「ごめん……」

さやか「一日だけでいいから一緒にいてよ……ご飯一緒に食べようよ……?」

さやか「私にさくらのこといっぱい教えてよ……私まださくらのこと何も知らない……だから……!」

杏子「あと2年待ってくれたら、全部してやるから」

さやか「2年も……ぐずっ、待てないよ……」ポロ…

杏子「私から2つさやかにプレゼントあるんだ……それで2年、我慢してくれるかい?」

さやか「やだ、いらない……」

杏子「駄々こねてると何もあげずに居なくなっちまうぞー」

さやか「それもやだ……何もいらないからどこにも行かないで……」

杏子「だからそれは出来ないんだって」

さやか「ぐずっ、うぅ……」

杏子「さやかが嫌がっても私は勝手にプレゼントするからなー」ヨシヨシ

杏子「まず1つ目……私の本当の名前、教えてやるよ」

さやか「えっ……? さくらじゃないの……?」

杏子「さくらは上の名前なんだ。下の名前は杏子……佐倉杏子だ」

さやか「杏子……」

杏子「みんな私のことをそう呼んでる……良かったらさやかもそう呼んでくれ」

さやか「あの貧乳も杏子って呼んでたけど、知り合いなの?」

杏子「ちょっと変になってただけで、大切な友達の1人だよ」


ほむら『……次貧乳って言ってみなさい。桜の木の下に埋めてあげるわ』

杏子『良い所なんだから静かにしててくれ……』


さやか「そうなんだ……アイツが呼んでて私が呼んでない、ってなんかムカつく……」

杏子「これから呼んでくれればいいよ」

さやか「分かった……2つ目のプレゼントはなに?」

杏子「……」

さやか「杏子?」


杏子『ほむら。私が一言言い終わったら、時間を止めて元の時間に飛んでくれ』

ほむら『何をするつもり?』

杏子『見てりゃ分かるよ……』


杏子「……さやか」

さやか「……?」

杏子「好きだ」

さやか「私も―――」


チュゥ…


さやか「…………」


杏子「……続きは2年後だ」ニコ

杏子「ばいばい、さやか」 
 
さやか「杏っ……」



―――――――――――――――――カチ

 
 

――――――――――――――――――――――――――――

杏子「……はぁ」

ほむら「見直したわ。まさか貴女があんな粋なことをするなんて」

杏子「最初で最後のチャンス、一撃で仕留めるとなると……私にはあれしか思いつかなかった」

ほむら「出来過ぎね、演出も含めて100点満点よ」

杏子「アンタにそんなにも褒められるなんて、明日は槍でも降りそうだな」アハハ

ほむら「で、どうするの? 今すぐ1年前……あの時間軸からの2年後に飛ぶつもり?」

杏子「当たり前だろ。さやかを待たせたくない」

ほむら「殊勝な心がけね」

杏子「……ほむら、本当にありがとうな」

ほむら「礼を言うのはまだ早いと思うけれど」

杏子「戻ったらラーメン食いに行こうぜ。もちろん私の奢りだ」

ほむら「戻る気なんて無いくせによく言うわね」

杏子「あはは、流石にお見通しか……」

ほむら「ま、こっちの貴女にでも奢ってもらうわ」

ほむら「貴女から見れば、1年後の私になるのかしら」

杏子「ややこしいな……それまでに約束覚えてるかな……」

ほむら「忘れたら許さないわよ。どうなったかの報告も兼ねて居るのだから」

杏子「ラーメン食えなくなるくらいに胸焼けするような話してやるからな」

ほむら「期待しておくわ」クス


ほむら「それじゃあ……行くわよ」

杏子「ん」

ほむら(せいぜい幸せを噛み締める事ね)


――――――――――――――――カチ

 
 

―――――――――――――――――――――――――――

杏子「……」

ほむら「2012年×月×日……確かに届けたわよ」

杏子「サンキュー、ほむら」

ほむら「さて、私は元の時間軸のあなたとラーメンを食べて来るとするわ」

杏子「1年後の私によろしくな」

ほむら「貴女も、1年前の私をよろしく頼むわ」

ほむら「まあ、貴女に世話を焼かれるようなことは無いと思うけれど」

杏子「あはは、確かにそりゃそうだ」


ほむら「それじゃあ、また1年後」

杏子(本当に消えるんだな、これ……)

杏子(ほむら曰く消えるんじゃなくて同化するとかなんとかだけど……私にはよく分かんねーや)

杏子「難しいことは置いといて……そろそろ行くかー」

杏子(2012年×月×日……私が初めてさやかの家に居候に来た日……)

杏子(さやかと出会うのも、本当ならこの日が初めてだった)

杏子(懐かしいな……って言っても1年しか経ってないんだけど)

杏子(一度過ごした日をやり直すって変な感じだな……おかげで緊張せずに挨拶出来そうだけど……)

―――――――――――――――――――――――――――――――

杏子「……」ザッ

杏子(色々考えてたらあっと言う間だな……)

杏子(さやかの家……私の家……すごく、久しぶりって感じがする)

杏子(緊張しないと思ったけど、やっぱするよな……心臓めっちゃドキドキしてるし)

杏子(さやか、私のこと覚えてるかな……)

杏子(一応ファーストキスの相手なんだし、覚えてるとは思うけど)

杏子(てか覚えててもらわないと今までしたこと全部無駄になって……)

杏子「あーもう! 今さらあれこれ考えたって何も変わらないっての!」

杏子(もしダメならほむらに頭下げるだけだ……当たって砕けろの気持ちで……)


ピーンポーン


杏子「……」ゴクリ

杏子(私の記憶が正しいなら、おばさんたちは留守……)

杏子(さやかが出て来て……)


―――ガチャ


杏子「!」

さやか「はーい、どちら様で……」

さやか「……」

杏子「よ、ようさやか。久しぶり……だな」

さやか「……」

杏子「……」


さやか「えっと、貴女がここで居候することになった……佐倉杏子さん、だっけ?」


杏子「な……」

さやか「久しぶりかどうかはちょっと分かんないけど、まあ上がって上がって」アハハ

さやか「話は聞いてるよー」


杏子「…………」


さやか「……?」

さやか「どうしたの佐倉さん? 具合悪いの?」

杏子「え、いや、えっと……」

さやか「なんかすっごい顔青ざめてるけど」

杏子「だ、大丈夫……ちょっと、ぼーっとしただけで……」

さやか「とりあえず上がってて? なんか飲み物入れてくるわ」タタッ


杏子(どういうことだよ、オイ……)

杏子(なんで、さやかは私のこと覚えてないんだよ……)

杏子(忘れちまった……? いや、あり得ない……それこそ記憶喪失にでもならない限り、そんな……)

杏子「……」

杏子(記憶、喪失……)カタカタ


杏子「ほ、ほむら……」


杏子(ほむらに聞いてみよう……アイツならなんか知って……)

杏子(携帯、携帯どこだ……)

杏子(あれ、なんで無いんだよ……携帯、どこ行って……)

さやか「佐倉さん?」

杏子「え? あ、さやか……」

さやか「本当に大丈夫……? なんか今にもぶっ倒れそうな雰囲気だけど……」

杏子「ご、ごめん……水、一杯貰えるか……?」

さやか「うん……いいけど……」スッ

杏子(落ち着け、冷静になれ……)

杏子(現状じゃ何も判断出来ない……情報が少な過ぎる……)

杏子(今はとにかく、冷静になって…)

さやか「はい、これ……」

杏子「ありがと……」

杏子「ん……んっ……」ゴクゴク…

杏子「ぷはぁ……!はぁ、ぁ……」

さやか「佐倉さん、私の部屋で良かったら使っていいから休めば……?」

さやか「たぶん移動の疲れとか緊張でそうなってると思うから、一晩寝れば体調も良くなると思うんだけど……」

杏子「……心配してくれてありがとう」

杏子「申し訳ないけど、その言葉に甘えさせてもらうよ……」フラ…

さやか「部屋はこっちで……」

杏子(意味わかんねぇ……なんだよ、これ……なんなんだよ……)

杏子(なんで覚えてねえんだよ……)

杏子(本当に全部忘れちまったのかよ、さやか……)

杏子(私のこと、全部……)


バタン


さやか「着いたわよ。ベッド使ってていいから、上着脱いで楽にしなさい」

杏子「……」ボフ…

さやか「また重そうなもんはいてるわね……それも脱ぎなさい。私のジャージ貸したげるから」

杏子「ありがと……」

さやか「ほら、腕も出して」

杏子「ん……」


―――カチャン


杏子「……」

杏子(なんだ、今の音……? カチャン、って……)

 
 
―――カチャン



杏子(まただ……てかなんだこれ、冷たいんだけど……)

さやか「ん……これでよしっと」

杏子「さやか……腕になんか付いてる……」

さやか「別に大したもんじゃないわよ」

杏子「そっか、ならいいや……」

さやか「こら杏子、寝るならちゃんと布団被りなさい。風邪引くわよ」

杏子「いらねー……」

さやか「駄々こねるなっての」

杏子「ん……」

杏子「……」

杏子(さやか、さっき杏子って言ったよう気が……)

杏子(気のせいか……? 気のせいだよな……)

杏子(ああ、なんか……すっげえ眠い……さやかの匂いが、いっぱいして……)

まだ残ってたのね
しえん

  
  
杏子「……」



さやか「……長かったなぁ、2年」

杏子「すぅ……ぅ……」

さやか「続き、やっと出来るね」ナデ…

杏子「ん……」

さやか「……私、もう絶対に離さないから」



さやか「これからは……ずっと一緒だよ」



終わり

  
 

支援ありがとうございました
お疲れ様でした
フォーエヴァー杏さや

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2014年08月05日 (火) 00:30:44   ID: wP8embCZ

何故地味なバッドエンドにw

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