オルオ「リヴァイ兵長とハンジ分隊長の間に流れる空気が重いんだが」(47)

※リヴァハン

ハンジ分隊長が旧調査兵団本部を訪れるのは珍しいことではない。

そして、分隊長がリヴァイ兵長と二人で話すのも珍しいことではないし、その際に兵長が苛立つのも珍しくはない。


──だが、この、空気は。


この、双方から流れる、ピリピリとした、息が詰まってしまいそうな重苦しい空気は。

俺が調査兵団に入団して以来、初めて経験するものだ。

……おい、何なんだ、この空気は。

どうしてこうなったというんだ。

つい数分前、俺がこの部屋の前を通った時には、ハンジ分隊長の笑い声が響いていたじゃないか。

そのたった数分の間に、一体、二人に何が起こったというのか。

俺は、ペトラに「二人に持っていって」と渡された珈琲を持ったまま、呆然とリヴァイ兵長の部屋の入口で立ち尽くしていた。

……と、そんな俺に、今の今まで窓の外を見ていたハンジ分隊長が目を向けてきた。

ハンジ「やあ、オルオ」

オルオ「ど、どうも、分隊長……」

ハンジ「それ、珈琲? わざわざありがとね。頂くよ」

オルオ「あ、はい……どうぞ」

分隊長から流れる空気は相変わらずピリピリしているが、助け船を出してくれたのは非常にありがたい。

俺は扉の前から二人の元へと歩を進め、それぞれの前に珈琲を置き、そしてそそくさとこの場から離れようとした。

……のだが。

分隊長は、それを許してくれるほど、甘い人ではなかった。

ガシッと手を掴まれる。

ハンジ「待ってよ、オルオ。少し話を聞いていかない?」

その言葉に、自分の顔がこの上なく引きつったのが分かった。

だが、分隊長はそれに気付いてか気付かずか、俺の手を引いて無理矢理ソファーへと座らせた。

どうやら拒否権は無いらしい。
ひどい話だ。

と、ここで、俺と分隊長の一連のやり取りを見ていたリヴァイ兵長が「チッ」と舌打ちをした。

その音がいつもよりも大きく聞こえたのは、どうか俺の気のせいであってほしい。

リヴァイ「オルオ。そいつの言うことなんざ聞かなくていい。戻っていいぞ」

オルオ「え」

ハンジ「リヴァイの言うことこそ聞かなくていいよ、オルオ。話を聞いてよ」

オルオ「う」

リヴァイ「……おい、クソ眼鏡。そいつは俺の部下だ」

ハンジ「だから何? 私だってオルオの上官なんだけど」

二人が睨み合う。

俺を間に挟んで。

出来ることなら、兵長の言葉に従ってこの場から離れたいのだが、分隊長が逃がさんとばかりに俺の手を強く掴んでいるものだから、離れられない。

というか、かなり力強く掴まれているが、俺の手は大丈夫だろうか。
ちょっと変な色になっている気がしないでもないのだが。

……と、手の心配をしていると、またもや兵長が舌打ちをするものだから、思わずビクッと肩を震わせてしまった。

当然のことながら、分隊長がそれに気付かないはずがない。

ハンジ「ちょっと、リヴァイ。そんなにチッチチッチしないでよ。可哀想に、オルオが怯えちゃってるじゃないか。ねぇ?」

オルオ「は」

リヴァイ「あ? ……オルオ、勘違いするな。この舌打ちはお前に向けてじゃねぇ、そっちのクソ眼鏡に向けてんだ」

オルオ「ひ」

ハンジ「へぇ。聞いた、オルオ。リヴァイは女性にも平気で舌打ちをする、最低な男だ」

リヴァイ「女? どこに女がいる? まさか、テメェのことじゃねぇだろうな、ハンジ」

ハンジ「あはははは、こりゃ傑作だ! リヴァイはとうとう性別の区別も付かなくなったらしい!」


なぁ、おい、信じられるか。

ここまでのやり取り、双方ともに無表情なんだが。

さて、今までのやり取りですっかりお気付きだろうが、この二人、どうやら喧嘩をしているらしい。

兵長と分隊長が喧嘩をする。
なんて事態は、俺が調査兵団に入団してから初めてだ。

確かに、今までも兵長が分隊長に対して辛辣な言葉を投げ掛けることは度々あった。

しかし今までは、分隊長がそれらを笑って流していたので、喧嘩に発展することはなかった。

ということは、この喧嘩の原因は、分隊長が笑って流せない程のことなのだろう。

クソと言われても、奇行種と言われても流していた分隊長が許せなかったこと。

それは一体、何なのか。
気にならないこともない。

……けどまあ、正直なところ、何が原因であろうとお二人にはさくっと仲直りをして頂きたい。

俺の手のためにも。

気のせいじゃなく、色がおかしいのだ。

リヴァイ「……おい」

様々な(大半は手についてだが)ことを考えていたら、不意に兵長が声を上げた。

俺は慌てて「はい!」と返事をする。

声が裏返ったが、決して怖かったとか、驚いたとか、そういうわけではない。
決して。

兵長は、俺の裏返った声には一切顔色を変えずに、口を開いた。

リヴァイ「お前じゃない。そいつだ」

そう言いながら、兵長は顎で分隊長を指した。

ハンジ「私? 何かな」

リヴァイ「……いつまでそうしているつもりだ?」

ハンジ「え? 何のこと? ちゃんと言ってくれないと分からない」

リヴァイ「テメェ……分かってて言ってんだろ。いい加減にしろ」

ハンジ「……だから、分からないって言ってるじゃない。何? 自分が言葉足らずだったくせに、私が悪いって言いたいの?」

リヴァイ「今のは明らかに分かってて言ってたじゃねぇか。俺がお前の嘘を見抜けねぇと思ってんのか?」

二人が言い合いを始める。
俺を間に挟んだままにして。

出来ることなら逃げ出したい。
今すぐここから離れたいというのに、分隊長が手を離してくれる気配は全くない。

それどころか、更に強く掴まれているような気がする。

……いよいよ色どころか感覚までおかしくなってきた。
俺の手は、果たして無事に解放されるのだろうか。

そんなことを思っていると、部屋の扉が、コンコンと控えめに叩かれた。

ノックに気付いた二人が言い合いを止める。

リヴァイ「入れ」

兵長の言葉の直後、静かに扉が開いた。

そして、入ってきたのは……。

ペトラ「失礼します」

ペトラ、だった。

部屋に足を踏み入れた瞬間、ペトラもこの不穏な空気を察知したらしい。

先程の俺のように、何も言えないといった様子で扉の前で立ち尽くしている。
その気持ちは痛いほどよく分かる。

リヴァイ「何だ」

兵長に話し掛けられ、ペトラはハッとした表情をし、そして俺へと目を向けてきた。

……フッ、なるほど。
俺が心配で様子を見に来たというわけか。
必要な手順をこなしてはいないが、俺の女房としての及第点をやってもいい。

と、いつもなら言ってやるところだが、生憎と今はそんなことを言っている余裕はない。

今の俺は、自分自身のことでいっぱいいっぱいだからだ。

ペトラ「オルオが戻って来ないので、粗相をしているのではないかと思ったんですが……」

リヴァイ「……そうか。オルオはあのクソ眼鏡に捕まっちまっててな。おい、そろそろ離してやれ」

ハンジ「えー? やだよ、まだ話を聞いて貰ってないのに。ごめんね、ペトラ。オルオは後でちゃんと返すから」

ペトラ「ええと」

リヴァイ「おい」

ハンジ「下がっていいよ」

分隊長にそう言われ、ペトラは少し迷う素振りを見せた。
その目は、俺に向けられている。

声には出せないので、必死に目で訴える。

助けろ。
助けてくれ。
助けてください。

そして、ペトラは……。

ペトラ「じゃあ、失礼します」

そう言って、下がってしまった。

去り際、チラリと見えた顔には、面倒事には関わりたくないと書かれていた。

その気持ちはよく分かる。

さて、ペトラが去った後。

当然ながら、この空気が良くなる気配はない。

いや、むしろ、悪化しているようにも思える。

……特に兵長が。

先程から、目に見えて機嫌が悪くなっているのだ。

──実をいうと、俺は兵長が先程から不機嫌になっている原因には、何となくではあるが検討がついている。

なぜ、それで不機嫌になるのかまでは不明だが。
しかし、そうとしか考えられない。

先程の兵長の発言、「いつまでそうしているつもりだ?」というのも、それを指していたのだろう。

その原因を何とかすれば少しは改善しそうなものなのだが。

しかし、それは望めそうにない。

分隊長が、不機嫌な兵長を前にしてもどこ吹く風だからだ。

兵長よりも、この人をどうにかしないといけない。
そう思った俺は、意を決して口を開いた。

オルオ「ハンジ分隊長!」

二人の視線が俺に向けられた。
その中でも、とりわけ兵長の視線が鋭く、恐ろしい。

頬に冷や汗が伝うのを感じながら、俺は続けた。

オルオ「そろそろ、手を! 離してくれませんか!」

──兵長の不機嫌の原因。
それは、恐らくではあるが、分隊長が俺の手を掴んでいることだろう。

分隊長が目を丸くした。
が、それも一瞬のこと。

すぐに無表情に戻った分隊長は、さらっと答えた。

ハンジ「嫌だ」

……と。

オルオ「なっ……!」

ハンジ「あ、もしかして力強かった? ごめんごめん」

そう言いながら、掴んでいた手の力を緩める。

変色していた手が、人の手の色に戻っていく。
良かった、無事だった。

が、違う。
俺が言いたいのはそんなことじゃない。

オルオ「いや、そうではなくてですね」

ハンジ「いいじゃない。私とオルオは仲良しなんだから、手を繋ぐくらい」

誰と、誰が。

仲良しだって?

ふざけたことを言わんでください、と、俺が言うよりも先に反応したのは。

兵長だった。

リヴァイ「ほう……、そいつは初耳だな。いつからだ? なぁ、オルオよ」

ここで俺かよ!

オルオ「ちちち違います! 分隊長! ふざけるのも大概に……」

ハンジ「いつからも何も、出会った時からだよ。ねー?」

ねー、じゃねぇよ!

リヴァイ「そうか。手を繋ぐくらい、か。俺の知らねぇ間に随分と仲良くなったもんだな」

ハンジ「ん? 何が言いたいの? もしかして私の交遊関係にも口を出すつもり?」

リヴァイ「誰が。お前のような奇行種に目をつけられたオルオが哀れなだけだ」

ハンジ「へぇ、そうか。じゃあ本人に聞いてみる? どうなの、オルオ。私と仲良くなるのは嫌だ?」

リヴァイ「正直に答えていいぞ、オルオ」

オルオ「えええ」

俺は。
俺は、何と答えればいいのだろう。

例えばここで「仲良くなれて嬉しいです!」と答えてみたとしよう。
分隊長は喜ぶだろうが、兵長の機嫌はますます急降下するだろう。

では、「全く仲良くありませんから!」と答えてみたらどうだろうか。
兵長の機嫌は少しは良くなるかもしれないが、分隊長に何をされるか分からない。

つまり、俺の置かれているこの状況は。

絶体絶命、と、いうやつだ。

この絶望的な状況から脱するため、俺は一か八かで話題を変えてみることにした。

オルオ「分隊長! お聞きしたいんですが!」

ハンジ「質問してるのはこっちなんだけど……まぁいいや、何?」

オルオ「俺に聞いてほしい話とは何でしょうか!?」

その言葉に、分隊長はピクリと反応した。

ハンジ「……そうだね。元々は、話を聞いてもらう為に引き止めたんだったから、聞いてもらわないとね……」

ここで初めて、分隊長は俺に笑顔を見せた。

ハンジ「まずこうなった原因を話すとするよ」

リヴァイ「おい、ハンジ」

ハンジ「リヴァイは黙ってて。……原因はね、リヴァイの一言だった」

話し始めた分隊長があまりにも神妙な面持ちだった為、俺は思わず息を飲み、続きを待った。


ハンジ「“将来、一緒になったら兵士をやめて家に入ってくれ”って」


なるほど、将来……。

……。

……?

オルオ「は?」

ハンジ「酷いよね! 私は兵士を続けたいのに!」

リヴァイ「今すぐとは言ってねぇだろ。お前の研究が一区切りしてからでも……」

ハンジ「一区切りって! 研究に区切りなんてものはないんだ。次々と新たな発見がある。そして研究は続いていく」

リヴァイ「……何が言いたい」

ハンジ「私は兵士を辞めるつもりはない。例え、リヴァイと一緒になっても」

リヴァイ「お前の言い分は分かった。……だが、そればっかりは俺も譲れねぇ。お前には家を守っていて欲しい。俺が帰る家をな」

ハンジ「……」

リヴァイ「……」

二人が見つめ合う。

だが、忘れてほしくないのは間に俺がいるということだ。

端から見ると、俺が二人に見つめられている、という、おかしな光景になっているだろう。

しかし、今、この二人には俺は無いものとして扱われて──、

ハンジ「……さて、オルオ」

いなかった。

ハンジ「私とリヴァイの主張を聞いた上で、君はどう思った?」

オルオ「は、い?」

ハンジ「どちらが正しいと思う?」

オルオ「どちら、が……」

……この際、二人がそういう関係だったのか、とか、だから兵長は分隊長か俺の手を掴むのを嫌がったのか、という野暮な突っ込みはやめておくことにする。

オルオ「正しいか……?」

そして今だけは、この二人が俺の尊敬すべき上官であるということも、忘れさせて頂きたい。

分隊長の手をほどき、立ち上がる。
二人が驚きの視線を向けてくるのが分かった。

オルオ「そんなの……!」


オルオ「自分達でじっくり話し合って下さいよ! 俺を巻き込むな!!」


俺のこの悲痛な叫びは、旧調査兵団本部中に響き渡ったという。



その後、二人は何とか仲直りをしたらしい。

どのような方法で……とは、それこそ野暮だろう。

今後はもう喧嘩──ことさら、痴話喧嘩なんてしないで欲しい、俺はただ、そう願うばかりである。

短いけど終わり

お付き合いありがとうございました。

乙乙!
すごく良かったです!
よければ他の作品も教えてください

1です
乙ありがとうございます

>>41
リヴァハンはこれが初めてですが、それでもよければ

・アルミン「海」
・コニー「覚えてるか?」
・リヴァイ「観念しろ」

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