ジャン「ブギーポップは笑わない」(116)

『ジャン・キルシュタイン』

ブギーポップのことは、今思い出しても複雑な気分になる。
思い出すのは大抵一人のときで、同じ顔をしたミカサ・アッカーマンを見ても連想することはない。
それはつまり、俺がアイツを独立した人間として認めてしまったからだ。
出会って2週間程度の付き合いしかなかったが、これからも忘れることは無いだろう。
他の誰にも重ね合わせないように、自分だけの思い出の中の人物として。

まぁ、思い出なんて言っても、せいぜい崖の上で1日1時間にも満たない間、会話した程度しかないのだが。

「キルシュタイン君、キミはミカサ・アッカーマンに好意を持っているんだね」

他人事のように言うソイツが、他の誰でもないミカサなのだから面食らう。
人の心の細かい機微は気にしない性格のようだ。
それも仕方ないのかもしれない。アイツの敵と比べれば、人の心の動きなど小さすぎる。
なんと言っても、世界の敵と戦っていたのだから。


2週間前

休暇日だからって、昼寝なんてするもんじゃない。
独り言を呟きながら星明りを頼りに建物の外に出る。春先と言っても、夜風はまだ冷たい。
眠くなるまで散歩でもするつもりで出たが、すぐに戻ることになりそうだ。
3年間の訓練期間を経て、ようやく解散式が目前に迫っている。ここで風邪をひくのも馬鹿らしい。

(ん? ……誰かいるのか?)

ふと見上げた崖の上に、誰かいるような気配がした。
星明りがあるとはいえ、ほとんど真っ暗で何も見えないが、一瞬だけチカっと光った気がする。
しかし、こんな時間にわざわざ崖の上にまで上る酔狂な奴はいないだろう。
もし、何かいたとしても獣の類だ。気にするほどではない。
自分にそう言い聞かせて、寒さに負けて建物の中に戻る。
布団に包まれると、眠気を伴って体が温まった。意識が吸い込まれる直前に、
暗闇の中で崖の上に見えたシルエットを思い出す。

(そうだ、暗闇の中で、更に暗い影が。地面から棒が伸びているようなものが……)

しかし、まどろみの中の記憶は、翌朝には忘れてしまっていた。
そのことを思い出すのは次の日の夜、昨日より早い時間だった。

水汲みの当番をようやく終わらせて部屋に戻ろうとする際に、ふと崖の上を見上げる。
昨日のあれは、何かの見間違いだったのだろう。そう思いたくて視線を移しただけだった。

「……っ!」

そこに、確かに見えた。地面から生える棒のようなシルエット。
見間違いではない。明らかに獣の類ではない。明確な不審物。
本来ならば、教官に知らせなければならない事態のはずだ。

しかし、自分の足は吸い込まれるように崖の上へと向かって歩き出していた。
(まさか、な)
本当に、どうかしていたとは思う。暗闇に立つ、そのスラっとした影が、知り合いに見えたのだ。
己が思いを寄せる、訓練兵の中の一人。ミカサ・アッカーマンに。
彼女は、黒髪が綺麗な女性だ。美しいと思う。だから、その黒髪と影と重ねたのかもしれない。
我ながら変態的だとは思う。しかし、その思慕から生まれた妄想は、中々大したものだった。

「やあ、星が綺麗だね」

どこか、とぼけるように”彼”は声をかけてきた。その顔は、まさしくミカサのものだと言うのに。



それから、30分ばかり話をした。

「お前は、こんなところで何をしているんだ?」
「見張っているのさ」
「一体、何を」
「世界の敵を」
「それは……巨人のことか?」
「僕にも分からない。僕は自動的だから、世界の敵に反応して浮かび上がっているだけなんだ。
 どこからとも無く現れて、浮かんで消える。だから名前をブギーポップと言う」

何を言っているのか分からなかった。ただ、冗談や悪ふざけでやっていないことは確信した。
そもそも、見張るためだけに真っ黒いマントを羽織って、縦長の筒のような帽子まで被る必要が無い。
よくよく見れば、マントには鋲だかバッヂだか分からない、金属がいくつか付いている。
昨晩、一瞬だけ光ったのはこの金属が月明かりに反射でもしたんだろうか。

一人称もミカサなら”私”というはずだ。男のように”僕”と言ったりはしない。
ならば、これは一体何の真似だろうか。色々考えたが、あやふやな憶測しか浮かばなかった。
闇夜に紛れて、彼女の幼馴染であえるエレンを監視しているという考えもあったが、
思いついた瞬間に却下した。そんなことが、あっていいはずがない。うらやましい。

「今日はもう、戻ることにするよ。ここは冷える。君も早く戻ったほうがいい」

「ああ、そうするよ」

「出来ればでいいんだけど、このことは他の人には黙っていてもらえないかな」

「誰かに知られると困るのか?」

「僕は別に。ただ、この体の持ち主が、変な目で見られるかもしれない」

それなら今更だ、心配には及ばない。と思ったが口にはしないでおいた。

「お前は明日も、その見張りに来るのか?」

「その必要があるからね」

「……そうか」

「心配しなくても、ミカサ・アッカーマンの知り合いには見つからないようにしているよ」

「俺に見つかったじゃねぇか」

「それもそうだ。気をつけるよ」

おどけるように言うと、笑っている様な泣いている様な、左右非対称の表情を浮かべた。
そして黒尽くめの服をどこかに隠して、何事も無かったかのように宿舎に戻っていく。

恐らく、精神的な疾患なのだろう。誇大妄想というヤツだ。
家族として暮らしていたエレンなら、あるいは幼馴染のアルミンなら、
ミカサの症状について何か知っているのかもしれない。
もし知らなくても、アルミンなら調べた上で適切な対応をとることが出来るだろう。

しかし相談はしなかった。はっきりと約束したわけでも無いのに、”彼”のことを誰にも言わなかった
そして次の晩も、見つからないように宿舎を抜け出し、”彼”の元に向かったのだった。

「やあ、今日は暖かそうな格好だね」

相変わらず、とぼけるように話しかけてくる。

「お前のことを、いろいろ考えたんだ」

「それは光栄だ」

「お前は、ミカサの心にいる幻影なんだと思う」

「幼少のミカサ・アッカーマンを引き取った医者も、そう思っていたようだ」

「だから、アルミンやエレンがそのことを知らないはずがない」

「どうだろうね。そこは僕の知るところではないよ」

「知っていて、こんなところをほっつき歩いているのを許しているなら、
 多分、そんなに大したことじゃないんだろう」

「いいや、大したことなんだ。なんせ、世界の敵が出現するかもしれないんだから」

ふざけた台詞を真面目くさって言う。どう見ても妄想に取り付かれた患者だ。
医者に見せたほうがいいだろう。解散式も近いが、入院が必要なのかもしれない。

しかし、自分の中で、好きな女の子と2人きりでいる時間というのを、天秤にかけた。

「お前のその話に、つきあってやるよ」

思春期特有の病気に違いない。暫くすればなりを潜めるはずだ。
命の危険は無い。もしそうならエレンやアルミンが放っておかない。
散々、心の中で言い訳を繰り返す。

「そうかい、ありがとう。というべきなのかな」

昨日も浮かべた、左右非対称の表情だ。闇夜よりも更に深い、漆黒の双眸に見つめられる。
言葉遣いこそ男のようだが、顔はミカサだ。帽子で隠れているが、黒髪もそのまま。

「き、きにすんなよ!」

上ずった声が出てしまう。

「君は、良いヤツなんだね」

「は? どこがだよ」

「きっと、他に人にも分かってもらえるときが来るさ」

「なんだよ、それ」

本当に良いヤツなら、教官に報告して病院に引き渡すはずだ。
自分が良いヤツのはずなんか無い。自分だけの都合で、ミカサの病を見ぬ振りをしているのだから。



ブギーポップとは、他愛の無い話しかしなかった。
最初こそ、ミカサと合う話題を見つけようとしたが、どうやら趣味趣向も本人とは違うようだ。

「キルシュタイン君は、総合成績6位なんだろう。すごいじゃないか」

「1位のヤツに言われても、嫌味にしかならねえよ」

「そうは言っても、僕と彼女は切り離されているからね」

「今更だが、何か無いのか。立体機動中の斬撃を効率的に繰り出す方法とか。教えてくれよ」

「言っただろう。切り離されているんだ。彼女の知識や感情は僕の知るところではないよ」

「そういうもんなのか」

「そういうものなのさ」



「今のお前は、エレンやアルミンのことを知っているのか?」

「ミカサ・アッカーマンの家族や友人として、認識している」

「まるきり他人みたいだな」

「彼等と思い出を積み重ねてきたのは、他ならない彼女だ。僕ではないよ」

「お前は、それで寂しく無いのか?」

「……君は本当にいいヤツだなぁ」

「だから、何だよ。それ」



「だからよ、エレンを含めて総合成績5位以上の奴等ってのは、化け物揃いなんだよ」

「ほぅ、だけど君だって6位なんだろう?」

「5位と6位の間に、差がありすぎる。生まれ持った差があるとしか思えない。
 ……いいや、忘れてくれ。ただの泣き言だ」

「構わないさ」

「他のやつに言っても、嫌味にしか聞こえないからな。お前相手だと、話しやすいよ」

「そいつは嬉しい言葉だね」



「お前の言う、世界の敵ってのは具体的に何なんだ?」

「僕にも分からない。ただ、間違いなく居る」

「お前が、自動的だからか」

「そういうことだね」

「もうちょっと、巨人だとか化け物だとか、分かりやすいものなら良かったのにな」

「こればかりは仕方ないさ。僕の都合に合わせてくれるわけじゃない」

「お前は、その世界の敵とやらを倒したら、いなくなっちまうのか?」

「そうだろうね。僕は泡のように浮かんで消える存在だ」

「それは……何だか寂しいな」

「僕は元々、居ないはずの存在だ。この体はミカサ・アッカーマンに返すのが正しいのさ」

「そうなんだけどよ」

「君が僕のことを覚えていてくれるなら、それで十分だよ」

そう言って、ブギーポップは口笛を吹き始める。
雄雄しい曲調なのに、口笛だからかどこか物悲しいような曲だった。

「なんて曲だ?」

「ニュルンベルクのマイスタージンガー第一幕への前奏曲。やたらと派手で騒々しい大昔の曲さ」

「聞いたことねぇな」

「君たちは、そうだろうね」

「いい曲だな」

ブギーポップはそれに答えず、口笛を吹き続けた。
音色は風に流され、どこへともなく消えていく。
胸が締め付けられるような感情を覚えて、正体を探ろうとする。
恋愛感情とは別の、ぽっかりと穴が開いたような喪失感。
きっと、彼と離れたくないと思っているのだろう。
結局、自分はミカサに対するものとは全く別の意味で、彼のことが結構好きだったのだ。

崖の上でブギーポップに会うのは、これが最後となった。



解散式を目前に控えた日。超大型巨人がトロスト区の扉を破壊し、壁内に侵入してきた。
これを迎え撃つ為、訓練兵団を含む各兵団が討伐に参加する。
多くの犠牲と、エレンが巨人化するという成果を得て、初めて人類は巨人から領地を取り戻した。

今は、回収した遺体を焼いている。
誰とも知れない、同期だったかもしれない肉の塊が燃えていく。
この中に、顔を半分に食われたマルコの死体も入っている。
過去に交わした会話を思い出しながら、炎を見つめていると、
ミカサが近づいてくるのが見えた。

「エレンについての取調べは、もういいのか?」

「キルシュタイン君、お別れだ」

相変わらずの無表情だったが、直ぐにミカサではないと分かった。

「ブギー……そうか」

お別れと言った。きっと、もう二度と会うことは無いのだろう。
トロスト区奪還戦で、自分がミカサと離れている間にも色々あったのだろう。
エレントの関係にも変化があったのかもしれない。
そういった諸々が、結果的にミカサの心理状態に良い変化をもたらしたに違いない。
病気は、治ったのだ。わざわざ別れを告げに来るなんて、律儀な病気だが。

「君との逢瀬は、数少ない楽しみだったよ」

「逢瀬って、あのなぁ……世界の敵は、いなくなったのか?」

「まぁ、自滅したようなものだったよ」

「そうか……」

結局、世界の敵とは何だったのか。巨人が壁内に入り込み、これを撃退した。
確かに、世界の危機だったに違いない。
だが、ブギーポップの言う世界の敵は、そういったものではないと思う。

「元気でな。っていうのも変だな」

「君こそ、元気で」

「ああ、何というか。今まで、ありがとうな」

最後に例の左右非対称の顔になると、どこかへ行ってしまった。
きっと、ミカサはここへ来たことも覚えていないだろう。
これからもエレンの世話を焼いて、うっとおしがられる様を世間に披露するに違いない。

それを想像して、悔しいとか、羨ましいという気持ちは、不思議と無かった。
軽く笑いが漏れる。何のことは無い。

「おい……お前ら……所属兵科は何にするか、決めたか?」

倒された世界の敵というのは、他の誰でもない、自分のことだ。
ミカサの世界に踏み込む敵は、もういない。ブギーポップに倒された。

「オレは決めたぞ。俺は、調査兵団になる」

面白そう

期待

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幕間

薄汚い布切れを身にまとい、人目につかないように裏路地を選んで歩く。
人目で不審者だと分かるが、そのおかげで誰も近寄ろうとはしなかった。
注意深く観察するものがいれば、その不審者が子供であることに気づいたはずだ。

「うぅ……」

彼は、内からこみ上げる衝動を我慢していた。
人として、越えてはいけない一線を守ろうと勤めていた。
本来ならば、さっさと壁の外にでも行けばよかったのに、
我慢までして、それでも人のぬくもりを求めていた。

雑踏、会話、窓の明かり、そんな物の側にいるというだけで、
人であることを続けられると思い込もうとしていた。
しかし、もう限界のようだ。思うように体が動かない。
細い路地に積み上げられたゴミ山に身を預けて、目を閉じる。

どうやら、自分はここで終わりのようだ。
ロクでもない人生だったが、かろうじて人として生きられた。
これでいい。これ以上、何を望むものがある。
意識が遠のき、彼の体は休眠状態に落ちる。
意識の無いままでも何日かは持つだろうが、構わない。
このまま死ぬだけだ。眠るように。

しかし、ゴミ山と一体化して2日後、彼の体は唐突に目覚める。
芳醇な香り、全身の細胞が活発化する。
思考が追いつかないが、体が勝手に動く。
獣を思わせる動きで、建物の壁を跳ね回りながら、そこを目指す。
宙に舞った体が目標を定めたとき、やっとそれを視認した。

暗い、路地裏に立つ女。その前に倒れている男。
男は水溜りの中に沈んでいるように見えるが、直ぐに血溜りだと分かった。
倒れた男めがけて、勢いも殺さずに着地する。
少なくない血が跳ねる。女の足元に血がついた。

「な、何!? 誰!?」

叫ぶように呼び掛けられる声も解さず、血溜りに口を付ける。
ゴクゴクとのどを鳴らし、一心不乱に血液を飲み下した。
まだ足りない、零れ落ちた分だけではなく死体に残った血液も飲まなくては。
都合よく首がパックリと割れているので、そこから血液を吸い取る。



突如、目の前に降り立った影は、ごくごくと喉を鳴らす。不自然なほど、飲み続ける。
いくら大量に出血しているからと言って、いくら首が切れているからと言って、
これほどこれほど飲み続けることが出来るだろうか。
その疑問に答えるように、横たわった肢体がカサリと音を立てた。
そちらを見やると、既に下半身が燃え尽きた灰のように、粉末状に変化している。
次第に上半身も服の重みに潰れ、ぱさっと音を立てて崩れた。

この正体不明の獣は、血液を飲んでいたのでは無い。
恐らく、この死体に含まれていたあらゆる水分。
いや、もっと根源的な命そのものを啜っていたに違いない。
ぎらぎらと活力に満ちた瞳が、こちらを見つめている。



全身が潤い、意識が明確になる。犬のように四肢を地に突き、傷口から血液を啜る己を自覚する。
せっかく、堪えていたのに。死ぬ寸前まで、我慢していたのに。
生存本能に突き動かされて、人を食らってしまった。
まだ温かい肉体から漂う血の匂いが、官能を誘う。
喉の潤いが全身を喜ばせる。全身の毛穴の一つ一つが開くのを感じる。
身を振るわせる充実感と、人の道を外れてしまった悲しみで、涙が溢れる。

「う、う、うぉおおおおおおおおおおおおおおおおお」

悲鳴のような雄たけびをあげ、彼はもう戻れないことを心に刻む。



彼が貪る死体を作った、殺人犯であるところの彼女は、ただそれを見つめながら、
今までに覚えの無い高揚感に胸を打ち震わせていた。

一目惚れだった。



(つづく)

今日はここまで。おやすみなさい。

不思議な話だ
続き楽しみにしてます乙乙!

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『クリスタ・レンズ』

ブギーポップは女の子だけの噂だ。男の子には教えてはいけないらしい。
とは言っても、私がその噂を知ったのは、噂が広まってから大分経ってからだった。

私は、苛められている訳では無いけれど、どこか他の子に避けられている。
根本の原因としては、私自身が”いい人”だからだと思う。

理由あって生家に戻れなくなった私は、どこにも居場所が無い。
自分の居場所を守るために、”いい人”であり続ける必要がある。というのは建前。
自己満足、欺瞞、偽善、色々と言い方はあるだろうけれど、これはもう癖だ。
困っている人を見ると、”いい人”として、手を伸ばしたくなる。
出合った頃のユミルには色々と言われたけれど、そのうち諦めたのか何も言わなくなった。

そんな”いい人”は、中々周囲に馴染めない。多分、気を使われているんだろう。
(サシャが一時期、私のことを神様とか呼んでいたのも原因だとは思うけど)
僅かばかりの友人を得て、女の子らしい会話をするには、かなりの時間を要した。
女の子だけの噂話というブギーポップのことを知るのは、訓練兵になってから2年も経ってからのことだ。

「ほへ? 聞いたこと無いんだ。ブギーポップのこと」

間抜けな声を出して、ミーナが驚く。女の子の中でも特にムードメーカーだ。
恐らく彼女にとって噂話なんていうものは、一番最初に耳に入ってくるのなんだろう。

「うん。聞いたこと無いな。何それ……怖い話?」

「まぁ、怪談といえばそうかな。超絶美少年の死神でね。
 その人が、それ以上醜くならないよう、一番美しい瞬間に殺しに来るの」

「そうなんだ……怖いね」

うっとり、と言わんばかりの表情で語るミーナは、耽美主義なところがある。
でも、そういったモノに憧れる気持ちは良く分かる。死にたいとは、常々思っているから。

「ケッ、くっだらねぇ。死んだらお仕舞いだろうがよ」

吐き捨てるようにユミルが呟く。彼女は、斜に構えたような物の見方をする。
そのくせ、言うことは前向きなことが多いんだから、良く分からない。

「まぁ、でも。クリスタちゃんが、怖くて眠れないっていうなら、一緒に寝てやってもいいぜ?」

あと、やたらと私にアプローチをかけてくる。本気でそう言った趣味があるとは思ってはいないが。
”いい人”でいたいけれど、なるべくならそれには応えたくない。

「一目だけでも見てみたいよね。超絶美少年だよ」

年頃の女の子としては、そっちに憧れるほうが普通なんだろうか。
私は、美しく死なせてもらえるなら、そこに強く惹かれる。

「ねぇ、ハンナもそう思わない?」

「えー。フランツには敵わないわよ」

「あーはいはい。聞いた私が馬鹿でした」

命短い乙女は、少なからず恋をする。ハンナは、同期生のフランツと付き合っているらしい。
夜中にコソコソと部屋を抜け出すのを見たのは、一度や二度ではない。
いつ巨人が襲ってくるか分からないご時世だ。
ハンナ以外にも付き合っているという人たちの話は、何回かミーナから聞いたことがある。

微笑みながらミーナとハンナの会話に相槌を打つ。たまにユミルがちょっかいを出してくる。
本当にブギーポップがいるなら、今、殺しに来てくれればいいのに。

「クリスタは何か聴いたこと無い?」

「あ、ごめん。何の話?」

「ちゃんと聞いてよねー。また出たんだって。脱走」

「え、また?」

入団当初こそ荷物を纏めて逃げ出す人を頻繁に見たが、一度訓練を受け入れてしまえば、
後はそれを繰り返して錬度を高めていくだけだ。逃げ出す理由は薄い。
あるとすれば、目に余る悪事を働くか、成績順位に絶望して開拓地を希望するかだ。
どちらにしても、正規の手続きで退団すればいい。わざわざ逃げ出す必要は無い。

「うん、定期的に出るから、何か理由があるのかなって話」

「何か嫌なことが合ったのかな」

「良い子ちゃんのクリスタは、何か力になれたら、とか思ってんだろうけどな、
 やめとけよ、そいつらは自分で選んで逃げ出すことを選んだんだ。後ろ髪を引っ張るんじゃねえ」

ユミルは私を牽制するように言う。彼女は私よりも私のことに精通しているのかもしれない。

「まぁ、私がいなくなるときは、せめてお別れくらいは言うよ」

いなくなる気なんか無いだろうミーナは、朗らかに笑いながら言う。
私が、彼女達の様な健康的な、まっとうな生き方をすることを想像してみる。
ミーナのように明朗活発に、ハンナのように恋に燃え、サシャのように食事を楽しむ。
なんだったら、アニみたいに男の子を蹴り飛ばすのもいいかもしれない。

……ユミルの呆れた顔が浮かんできた。よっぽど向いていないようだ。
少しだけ、愉快な気持ちになった。




「ねぇ、アニは聞いたことある? ブギーポップの話」

格闘訓練中、アニとペアになった際に聞いてみた。
最初は時間潰しにウロウロしているだけだったアニも、エレンと一悶着あってから
積極的に訓練に参加するようになって、たまに私の相手もしてくれる。

「美少年で、死神で、一番綺麗な瞬間に殺しに来るんだって」

「アレは、そんなもんじゃないよ」

まるで見てきたように言う。結構、ノリが良い性格なのかもしれない。

原作、面白いよね


「死神じゃないとしたら……何なの?」

「正義の味方だよ、アレは」

思わず噴出しそうになった。

「うふふ、アニも冗談を言うんだ」

「冗談なんかじゃ……まぁいいや」

ぐいっと体が引っ張られたかと思ったら、青い空が見えていた。

「ほら、油断してても受身は取りなよ。怪我じゃ済まないことになる」

いつの間にか、投げられたらしい。

エレンやライナーのように投げ飛ばされないで、宙を舞った後に抱きかかえられていたようだ。
所謂、お姫様抱っこ。

「おい、何やってんだ、こらぁ!」

「ユミル、だ、大丈夫だから! 怪我とかしてないから」

凄い勢いでユミルが飛んできた。そのままの勢いでアニに食って掛かる。
止めないと、喧嘩するかもしれない。

「今の、私にも教えてくれよ、私もお姫様抱っこしたい!」

「アニ、教えなくていいからね!」

心配して損した。アニは呆れた顔をして、そのまま行ってしまう。

「よし、じゃあ私と組もうか」

にたり、と効果音が出そうな顔でユミルが言う。
私も呆れた顔をして行ってしまうことにした。

それにしても、さっきのアニは冗談にしては迫真の演技だった。
正義の味方というのも妙だ。その場では面白かったけど、話の整合性が合わない。
もしかすると、冗談ではなく本当にアニはブギーポップに会ったことがあるんだろうか。

正義の味方というからには、悪人に襲われたところを助けられたり……それは無いかな。
アニなら自分でどうにかしそうだ。

アニは美人だけど、助けを待つお姫様というよりは、自分で危機を切り抜けるハンターみたいな方が似合う。
ユミルもそういうタイプだ。何があっても生き延びそうな気概を感じる。
お腹のすいたサシャは、思わず悲鳴を上げるほどの迫力があるし、あんまり同期にヒロインはいないようだ。
特に、ミカサは正しくヒーローという感じがする。背も高いし、顔立ちも凛々しい。

彼女達は、皆とても強い。生きる意志に満ち溢れていると思う。
私だけは、そうではない。美しく死にたいと願い続けている。
成績が急に良くなってきたのも、何かの間違いだろう。憲兵団には、もっと相応しい人がいる。
ブギーポップに殺されるのに相応しいほど、私は美しくなれない。


考え事をしていたら、いつの間にかミカサが目の前にいた。

「あ、ミカサ。一緒に組む?」

「クリスタ・レンズ。君が震えながら抱えているその秘密は、ただの湿気た爆薬だ」

「え?」

突然、意味の判らないことを言われた。

「君には既に大切な人間がいるんだろう。ならば、その人の為に生きるべきだ」

「ちょっと、どういう……何を言っているの?」

「人が生きるのは、過去でも未来でもなく、今この時だけだ。後にも先にも何も無い」

何をミカサは言っているんだろう。いや、何を知っているんだろう。
まさか、私の出自について、どこでそんな……決してバレない様にしていたつもりだ。
一緒にいるユミルにだって、それについて漏れた様子は無い。


「だから、怪我を怖がっていないで、強い肉体を作るべき」
「え……?」

「さっきも、アニに気を使われて抱きとめられていたけれど、本来ならば自分で受身を取らなければいけない」

「え、あ、うん。アニにもそう言われた」

あまりにバカバカしい。考えすぎ、物語の読みすぎだ。そんなこと、あるはずがない。
いくらミカサをヒーローに当てはめてたからって、妄想にも程がある。

やっぱり私は、全然”いい人”なんかじゃない。
こんなにも、後ろめたい。隠し事をして生きている。


「ので、これから投げ飛ばすから、受身を取って欲しい」

「え?」

受身は上手くなった。ユミルは暫くプリプリしてたけど。

でも、もし本当に、私の抱えたこの秘密が、ただの湿気た爆薬で、実は何でもないものだとしたら、
私は、生きることが出来るんだろうか。

美しく死ぬ以外の、生き方を選べるんだろうか。

他の誰でもなく、自分自身の為に生きることが。

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幕間

「僕は出来損ないの怪物だ。放っておいてくれ」

「そんなこと無いわ。あなたはとても素敵よ」

ボロボロの布切れをまとった少年の体を、少女が拭いている。
年の頃は同じくらい。少年の方はドロまみれだ。

「あら……ボロボロなのに怪我は無いのね」

「そういう風に出来ている」

「やっぱり素敵ね」

「やめてくれ、望んでこうなったわけじゃない」

少年は拒否するが、少女は構わず彼の世話を続ける。
何を言っても無駄と悟り、少年もポツポツと境遇を話し始めた。

2年前の壁の崩壊と、その後の口減らしで、家族を失ったこと。
孤児を受け入れる施設に行ったこと。そこでの虐待のこと。
定期的に、施設の子供が「出荷」されていたこと。
自分も「出荷」されたこと。

「どこに連れて行かれたの?」

「分からない、内地のどこかだ」

「そこで、何をしていたの」

「”何か”をされていた」

「どういうこと?」

「君も見ただろう、僕の異常な姿を。おぞましい姿だ」

憎々しげに呟く。しかし、彼にとって唾棄すべきあの姿は、彼女にとって大切な思い出となっている。

「ええ、覚えているわ。あなたのカッコいいところ」

「君は、感性が狂っているのか。それとも僕と同じように誰かに処置でも受けたのか?」

彼女は元々、内地の貴族だった。古来から伝わる、壁の外にまつわる書物、文化を管理する一族として優雅に暮らしていた。
しかし、かねてからの書物の流出、その後の壁崩壊のゴタゴタに巻き込まれて、家は没落した。
決して器量が良いとは言えない彼女は、足手まといとして家族から捨てられ、内地から追い出される。
かつての栄華も失い、その身を売って日銭を稼ぎ何とか生きていた。

いつの頃からか、そのまま相手を殺したほうが手っ取り早いことに気づき、
適当な相手を見つけては、声をかけ、裏路地までついてきたところを殺して、
財布を奪っては逃げるということを繰り返したいた。

彼が怪物であるならば、彼女は化物だろう。
しかも、彼のような養殖ではなく、天然だ。

「僕は、異常な肉体を手に入れる代わりに、人を食わなければ生きられない存在になった」

「私は生きるために、人を殺していたわ。私達、相性がいいわね」

「君は、やっぱりおかしいよ」

「うふふ、そうかしら。貴方ほどではないかもね」

彼は次第に心を開いていったが、彼女は最初から全力で傾倒していた。
自分の生まれた理由、これまでの経験、全てが彼に出会うためのものだったと確信していた。
二人の歪に捻じ曲がった精神が、パズルのピースのようにピタリと当てはまり、
お互いに無くてはならないものとなるのに、さほど時間は掛からなかった。

「あなた名前は? あるんでしょう?」

「あったが、忘れた。薬を沢山打たれて、思い出せないんだ。何か新しく付けてくれないか」

「そうね。じゃあ、カフカなんてどうかしら」

「何かにちなんだ名前かい?」

「ええ、ずっと昔の作家の名前」

彼女は、たまたま家の管理していた書物の中に、その名前があったことを覚えていた。
主人公が毒虫となり忌み嫌われる作品が代表作だが、何を思ってその名前を付けたのかは、彼女にしか分からない。
もしかすると、自分を捨てた家に対する彼女なりのささやかな復讐だったのかもしれない。

「そうか。僕にぴったりかもしれないな」

彼の言葉に、歳相応の少女らしい笑顔で頷いた。

「それなら決まりね。貴方は今日からカフカよ」



(つづく)

今日はここまで。おやすみなさい。


ブギーポップ好きだからパロ嬉しい

確かに嬉しい

昔読んでたけどほとんど忘れちゃったなあ、また読みたくなってきた
続き期待

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『アニ・レオンハート』

3人……いや4人か。
眠っているのに、兵舎の外から音がするから出てきて見れば、見紛うことなく不審者だ。

覆面をした黒装束の不審者が3人、隠れようともせずに私を取り囲む。
それと離れたところに一人。リーダー格だろうか、こちらを観察している。

「こ……か?」

「いや…ん」

「キ……で……だ」

ささやく声で話すのが聞こえる。
覆面たちがリーダー格を振り返る。暗闇に覆面で分かりづらいが、首を横に振っているようだ。
どうやら、私が目的で侵入してきたわけでは無いらしい。


「ど……る?」

「見ら…ぞ」

「殺…、……言わ………」

一対一なら訳も無いが、もし訓練された兵士が相手なら3人同時となると難しい。大声を出して人を呼ぶべきだろうか。
いや、もしかするとライナーかベルトルトが目的なのかもしれない。
あの二人は、2年前に巨人の姿を大勢に目撃されている。外見から見をつけられている可能性もありえる。
そうだった場合、二人がここに来るのは非常に都合が悪い。

多少、無理があってもやるしかない。


「シッ!」

間合いを詰めて、その勢いで一番近い覆面の足を蹴り上げる。
突然のことに対応できず、背中を強かに打ちつけて動かなくなった。
残った二人が同時にこちらに駆け出す。動きが素人だ。

近いほうの覆面に向かってこちらも駆け寄る。
まさか、こちらから近づくと思っていなかったのか足が硬直する。間抜けめ。
腕と顎を掴んで上半身を固定し、足払いをかける。

一人目と同様、背中から地面に落ちる。ひゅっ、という肺から空気の抜ける音がした。
それを見て、残った一人が背を向けて逃げ出す。今更、逃すか。
直ぐに背中に追いつく。首を掴み、力任せに投げ落とす。手加減は無い。
うめき声も上げずに動かなくなった。死んだかもしれないが、3人目だ。構わないだろう。

辺りを見回すが、リーダー格はいなくなっていた。さっさと逃げたようだ。
すぐに逃げ出すところを見ると、この3人は何も知らないのだろう。
恐らく、何も知らない末端の雑魚だ。せいぜい金で雇われた街のチンピラか。
それでも何を調べていたのかは知っているだろう。縛り上げて、洗いざらい吐かせるだけだ。

縛り上げる縄を探しに倉庫に行くと、中に誰かがうごめいているのが見えた。

「あんた、こんなところで何やってるの」

「少しばかり、おせっかいをね」

「そいつが、誰だか分かってるの……ミカサ」

逃げ出したと思った、リーダー格の男が縛られて転がっていた。

「僕には関係がないようだ。それと、僕はミカサ・アッカーマンではない。今は、ブギーポップだ」

「ブギー……?」

何の冗談かと思った。この暗闇の中、わざわざ黒いマントに筒のような帽子を被って、
良く見れば、どこで手に入れたのか顔には化粧をしているようだ。ご丁寧に黒いルージュまで引いていた。
暗闇に青白い顔が浮かんで、幽霊に様にも見える。

「知らなかったよ、あんたにそんな趣味があったなんて」

意外な展開だが、慌ててはいけない。不審者を追ってきたことにすればいい。
まだ向こうに3人とも倒れている。何も、怪しまれる要素はない。
むしろ、怪しいというならば変な格好をしているミカサのほうだ。

「心外だね、これは僕の一張羅なんだ」

「……あんた、本当にミカサ?」

おかしい。格好はともかく、話し方まで変わりすぎている。
何かの役に入り込んでいるような、芝居がかった話し方にも聞こえるけれど、それにしては目に浮かれた様子が無い。
心の底から、本気でそう思っている顔だ。

「言っただろう、今はブギーポップだ」

「それは、一体なんなの」

「世界の敵の、敵だ」

世界の敵、その言葉が胸に突き刺さる。
ブギーポップと名乗るミカサの顔をしたコイツは、それの敵と言った。
世界の敵と相対するもの。世界を壊そうという存在の敵。

それはつまり、私の敵ということではないだろうか。
壁を破壊し、人類の活動範囲を縮小させた世界の敵。
コイツは、何を知っている。何をしようとしている。


「あんたは、私の敵なの?」

「君たちのことは知っているが、どうやら違うようだ」

「知ってる? 私の何を知っているの?」

「アニ・レオンハート。君たちがしていることは、一部の人類に敵対する行為だろうが、
 それは組織間の利害関係の範疇を越えないものだ。僕は関係ない」

こいつは、確かに”君たち”と言った。複数名で活動していることを知っている口ぶりだ。
そして、知った上で関係ないと言いのけた。

「悪いけど、関係ないと言われて、はいそうですかとは答えられないんだ」

「ふむ……困ったね」

全く困っているようには聞こえない口調で言う。


「答えてもらうよ、何を知っているのか、どこで知ったのか、何をしているのか」

「僕は、世界の敵の敵だ。それ以外には関わらないよ。今はそれで勘弁して貰えないか」

「ふざけっ」

暗闇に浮かぶ影が、揺らめいたかと思うと、溶けるように消えていった。

「おい……っ」

ブギーポップと名乗っていたが、どう見てもミカサだった。
しかし、中身が一緒とは思えない。それに、言っていたことがどうにもおかしい。
もしかすると、夢遊病の類なのかもしれない。エレンやアルミンと同じ、シガンシナ区出身だったはずだ。
私達が壁を壊したときに、少なからず辛い思いをしたに違いない。

既に総合成績で頭角を見せているミカサだって、か弱い女の子だ。
最近、ベルトルトが精神や人格が分裂する病気についての本を読んでいた。

人は、耐え切れないほどの辛いことがあると、その辛い部分を切り離してしまうことがあるらしい。
こんなに辛い思いをしているのは私じゃない。私以外の誰かだ、と。
そうやって、自分の中で役割ごとに異なる人格を生み出し、精神の均衡を保とうとする。

ミカサの場合は、巨人に襲われた復讐心を切り離したのではないだろうか。
世界の敵に復讐するヒーローとしての人格だ。
ミカサが眠る頃に、その人格として活動を開始して、夜な夜な徘徊する。
多分、そういうことだ。深い意味は無い。

だから、ライナー達にも報告はしないことにした。
その辺で気を失っていた雑魚の覆面たちは、いつの間にかいなくなっていた。
目が覚めて逃げ出したのだろう。

真の不審者は、いま足元に縛られて転がっている。こいつなら、逃げた雑魚よりも詳しく知っているはずだ。
せっかくだから、ライナー達も呼んでこよう。窓に小石でもぶつければ気づいて出てくるだろう。



「だから……! レイス家の妾腹の娘を探していただけだ……! それ以外は何も知らない!」

リーダー格の男は、驚くほど簡単に口を割った。

「なるほどな。もう少し何か知ってそうだ」

「ひぃっ……」

ライナーが縛られた男を締め上げる。

「アニ。これから、もう少し調べるけど、あの……」

ベルトルトが、気遣わしげにこちらを見る。多分、見るに耐えないだろうことをするのだろう。
既に、存分に手を汚している身だ。今更、純情ぶるつもりもないが、3人相手に戦って疲れているのも確かではある。


「じゃあ、私は先に休ませて貰うよ」

「あぁ、ご苦労だったな」

「あんまり大声ださせるんじゃないよ」

「それは保証できないな」

そこの不審者を脅かす意味だろう、ニィと笑いながらそんなことを言う。
わざわざ注意しなくても、そんなミスをするようなライナーじゃない。心配はいらないだろう。

「そうだ、帰る前に、これの解きかたを教えてくれ」

「どういうこと?」

ミノムシのままだと、都合が悪いこともあるのだろう。それは分かる。


「お前が縛ってくれたんだろ?」

「どうだったかな。その辺にあるので、慌てて縛ったから」

まさか、ミカサがやったとも言えない。とっさに取り繕った。
しかし、分からない。何をどうしたらこうなるんだろう。
不審者の男は、極細のワイヤーのようなもので、がんじがらめに縛られていた。
こんな使い方は元より、ワイヤー自体も見たことが無い。

「そうか、じゃあ必要があったら斬るしかないな」

どっちを、とは言わないでおいた。不審者の顔が、十分に歪んでいたから。

それにしても、あのミカサ……ブギーポップと名乗っていた黒尽くめは何だろう。
ただの病気ではなさそうだ。明日、ミカサに聞いてみるか。
いや、どちらにしろ知らぬ存ぜぬで通されるのがオチだ。

私達には関係が無いと言っていた。信用してもいいものだろうか。
アイツは、世界の敵の敵だ。それが、私と関係ないのであれば、私は世界の敵ではないということだ。
私は、戦士になるために、多くの人類を殺し、今なお騙しながら暮らしている。
それが、世界の敵でないというのであれば、世界の敵とは一体なんだ。分からない。



女の子だけの噂話。死神ブギーポップの話をミーナから聞くのは、それから暫くしてのことだった。
でもアレは、死神なんてものじゃない。世界の敵の敵だ。
それは、枠に当てはめるのであれば、正義の味方に他ならない。

私は、世界の敵ではない。正義の味方には、倒してもらえない。

私は、兵士になれない。他の皆のように馬鹿にはなれない。

私が、もし戦士に成り損なった時、それに耐えることが出来るのだろうか。
ベルトルトの読んでいた本のように、別の誰かに押し付けて自分を保てるだろうか。
自信は無い。

元ネタ知らないけど面白い

>>55
訂正

×外見から見をつけられている
○外見から目をつけられている

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幕間

暗闇の中で、男女の声が聞こえる。
二人は恋人同士のようで、お互いを信頼し合っている落ち着きを感じる。
しかし、二人のうち片方は、異形の姿をしていた。

服を着ておらず、全身が大きく膨れ上がり、およそ常人とは思えぬ姿となっている。
2mを越す身長で、それはこの世界で巨人と呼ばれる存在に酷似していた。
違うところがあるとすれば、その瞳に巨人にはあるはずのない知性が宿っていることだろう。

「素敵だわ。それが貴方の本当の姿なのね」

「醜い姿だ。巨人としても出来損ないだし。人であった頃には、もう戻れない」

巨人が話す言葉は、少しくぐもっていて聞き取り辛い。洞穴で大声を出しているような、不明瞭な声だ。
3mを超えるような体だったならば、もう完全に何を言っているか分からないだろう。

彼は、人間の生命を啜るたびに、力を増して行った。吸い取った生命の量に比例して、巨躯が増大する。
人への擬態は続けたまま、彼女が殺した死体を食らう。
そして、たまに巨人の姿に戻り、どれほどの力を手に入れたか確認するのだ。

「戻る必要なのて無いのよ。だって、人よりも進化した存在になったのだから」

「進化、なのだろうか。もう僕には分からないよ」

「貴方は、他の人を取り込んで、より強大な存在になるのよ。その為に生まれたの」

彼女の傾倒は一度も変わることなく、最早信仰に近いレベルに達していた。

「あなたなら、この腐った世界を変えられるわ。あなたは、神にもなれる存在よ」

「そんな大したものではないよ。それに、あまり目立つと僕を弄った組織に見つかるかもしれない」

「あなたを捨てた組織のことね。そんな組織こそ、大したことは無いわ。
 あなたの価値に気づかなかったの。栄養を十分に与えずに、餓えさせて放り投げたわ。
 こんなにも、素晴らしい姿になれるのに、まだ先があるというのに、それが分からなかったの」

「僕よりも利用価値のある素体がいただけだ」

巨人は、諦めたような喋り方をする。それが、僅かばかり体を小さく見せる。

「今は、まだ時期尚早よ。でも、2年、いえ3年たったらどうかしら。
 もっと大きい体を手に入れるわ。それこそ、超大型巨人のような。
 そうなったら、もう誰も貴方に勝てない。世界を手に入れるコトだって容易いわ」

「君に救われた命だ。君に従うよ」

「任せて。あなたを、神にだってしてみせるから」

彼女達は、人を殺しすぎた為、憲兵の目を逃れるように訓練兵団に入る。
勿論、巨人の少年も同期の他人として入団する。
暫くすると、周囲でカップルが増え始めたので、それに便乗するように、恋人同士として振舞うようになる。

常に、一緒に行動していても、不審に思われないように。

人の来ない暗がりで、何をしていても不思議でないように。

(つづく)

今日はここまで。

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『アルミン・アルレルト』

「おーい、アルミン。遊びに行こうぜー」

「うん、いいよ」

「エレン、ダメ。薪を拾ってきなさいって言われてるでしょ」

「何だよ、拾いながら遊べばいいだろう」

「じゃあ、誰が一番拾えるか競争しそうか」

「それなら構わない」

「流石アルミンだなっ」



薪拾いは成果が上がるほど、荷物が増える。
周辺の薪枝を拾い終わったら、それを担いで移動しなければいけない。

「はぁはぁ……何で、体力勝負にしちゃったんだろう……」

成果は上々だったが、それを背負えるほどの力が無かった。
蔦で縛った枝束を引きずりながら集合場所へ向かう。

「あれ……ミカサ……?」

途中、見慣れた黒髪の女の子がしゃがみこんでいるのを見つける。
ウサギでも見つけて、撫で回しているのかもしれない。


「どうしたの、何かあった?」

これ幸いとミカサに駆け寄る。
あわよくば荷物を持ってもらおうという魂胆があったのは内緒だ。

「……」
「これって……立体機動装置じゃないか」
「ええ、ここに捨てられていた」

ハンネスさんが腰につけているのを見たことがある。各兵団の基本にして最重要装備だ。
蜘蛛が自身の糸を飛ばして移動するように、ガスの噴出と強靭な2本のワイヤーで立体的な空中移動を可能にする。

「どこかの兵団の人が落としたのかな……でも、大事な物のはずだし」
「これは、壊れている」

ミカサが装置を弄繰り回しながら言う。内部の構造を熟知しているような手捌きで、装置を分解していく。

「あ、ミカサ駄目だよ、勝手にいじったら。ハンネスさんに届けないと」

「エレンに見つかると、調査兵団ごっこをしたがるから。分解して持っていく」

「ああ、うん。そうだね」

調査兵団に強い憧れを持つ幼馴染は、間違いなくこの装置を身につけたがるだろう。
もし万一、内部にガスが残っていて、暴走でもすれば怪我で済まないかもしれない。
ミカサの言うことも尤もだ。

「でも、凄いねミカサ。初めて触るのに、手馴れてるみたいだ」

「"彼"が装置を作るところから見ていたからね、門前の小僧というやつだ」

「え?」

一瞬、ミカサが男の子のような喋り方をした。それに、今言った内容は、一体どういう……。

「エレンが、ハンネスさんに無理を言って、触らせてもらっていた」

「え、あ、そうなんだ」

「ハンネスさんも酔っ払っているから、いい気になって分解したりしていた」

「ああ、それで覚えたんだね」

そういうことか。紛らわしい言い方をするから、勘違いをしてしまった。
まるで、立体機動装置が作られる瞬間に居合わせたかのような台詞だった。

しかし、そんなことはあるはずがない。立体機動装置の父、キュクロが装置を開発したのは
もう60年以上も前の話だ。僕らはおろか、僕らの両親だって生まれていないだろう。
それは時間や空間を越えた、幽霊のような超常的な存在でもなければ、知りえないことだ。

「エレンが、ハンネスさんに無理を言って、触らせてもらっていた」

「え、あ、そうなんだ」

「ハンネスさんも酔っ払っているから、いい気になって分解したりしていた」

「ああ、それで覚えたんだね」

そういうことか。紛らわしい言い方をするから、勘違いをしてしまった。
まるで、立体機動装置が作られる瞬間に居合わせたかのような台詞だった。

しかし、そんなことはあるはずがない。立体機動装置の父、キュクロが装置を開発したのは
もう60年以上も前の話だ。僕らはおろか、僕らの両親だって生まれていないだろう。
それは時間や空間を越えた、幽霊のような超常的な存在でもなければ、知りえないことだ。




「はぁはぁ……」

昔、森の中で薪枝を拾い集めたことを思い出す。
拾い集めた荷物が重くて、ミカサを頼ろうとした。その頃から、何も成長していない。
彼女にとって家族がどういう意味を持つか、知らないわけじゃないのに。

「とにかく短期決戦だ! オレたちのガスがなくなる前に本部に突っ込め!」

トロスト区に現れた超大型巨人によって、また巨人が壁内に侵入してきた。
一度、巨人に食われそうになったけど、エレンのおかげで助かった。
でも、そのせいで、僕のせいでエレンが、巨人に……

それなのに。親友を自分が見殺しにしたことを棚にあげて、彼女に責められなかったことに安堵していた。
弱い自分が恨めしい。


「しかし、すげぇなミカサは! どうやったら、あんなに早く動けるんだ」

ミカサは、いつもみたいに冷静じゃない。ガスを蒸かしすぎている。僕のせいだ。
このままでは、すぐにガスが切れる。と思っている目の前で、プシュッというガス切れの音が聞こえる。
続いて、ガンッと叩きつけられる衝撃音。ミカサが落下していった。

「……!! ミカサ!!」

すぐに追いかける。機動力の無い人間は、ただの巨人の餌だ。
エレンが死んでしまった今、彼に救われた命でミカサを助けることが一番やるべきことに違いない。
そんなことを考えながら、同時にそれによって彼女に許されたいと思っている。
僕は浅ましい人間だ。


「ミカサ!」

落ちた場所を探す。いない。

「ミカサ、返事して!」

返事は無い。
気を失っているのか、それともすぐに退避したのだろうか。
まさか、落ちた場所を見誤ったとは思えない。どちらにしても、この辺りには居ないようだ。

僕が弱いばかりに。僕がもっと強ければ、エレンも死なずに済んだはずなのに。

「うぅ……み、ミカサァ!」

返事は無い。涙が出る。

ふいに周囲が暗くなる。見上げると、ニタニタと笑った顔の巨人がいた。
またか。僕は性懲りも無く、また巨人に食われるのか。
本当に、役立たずも良い所だ。折角、エレンが助けてくれた命なのに、全く無駄になってしまう。

思考がめぐる。頭の奥がぼぅっとする。体が動かない。目の前が真っ白になる。

昔のことを、おじいちゃんの持っていた一冊の本を思い出す。
外界のことについて書かれた本の中に紛れた一冊。
何故、おじいちゃんがこの本を持っていていたのかは、今となっては分からない。

誰が書いたのか、いつごろ発行されたのかは一切不明。
内容は、物凄く深い意味があるような気もするし、全く意味が無いような気もする。
著者名なのか、本のタイトルなのか分からないが「霧の中の一つの真実」と呼ばれていた。

『強さとは力のあることではない。優れていることでもない。

 大きいことでも勢いのあることでもない。

 弱くないということでも負けないことも意味しない。

 強さとは結局のところ、他の何物とも関係ない、それ自身が独立した概念であり、それを真に手に入れようとするならば、

 勝利や栄光といった他のすべてを犠牲にしなくてはならない』

僕は、何を捨てれば良かったんだろう。何を犠牲にすれば強くなれたんだろう。
僕を見下ろす巨人が一歩踏み出す。その大きな頭が降りてくる。眼前に迫る、広がった口が。

僕の頭上を飛び越えて、後ろに落ちた。

「え?」

巨人の体は、僕のそばに立ったまま。頭だけが、地に落ちている。

切り落とされた。誰に。どうやって。混乱。
何が起きた。逃げる。ミカサを探せ。助かった。

巨人の頭があったところから、巨人の体の向こう側の景色を仰ぐ。。
民家の屋根の上に立っていた黒い影が、どこかへ移動するのが見えた。
そうか、駐屯兵団の精鋭部隊が助けてくれたんだ。そう、思い至る。

巨人のうなじごと首を切り落とすなんて、人類最強でもなければ出来ないと思っていたけれど、
なかなか駐屯兵団にも逸材がいるみたいだ。
すぐに思考を切り替え、立体機動装置からアンカーを射出、その場を離れる。

このあたりにも、巨人が増えてきている。急いでミカサを探しに行かなければ。
しかし、巨人が来る前にどうにかしようとしても、見つかるものではない。
ここにいない以上、ミカサはどこにいるかわからない。

ならば、逆に考えるんだ。
機動力の無い人間は、巨人の餌でしかない。
だから、巨人がいるところに、ミカサがいる。

僕の実力では、巨人の居るところに飛び込むのは無謀だ。
真正面から勝負を挑めば、まず間違いなく食いちぎられる。
それでも、僕が食われている間に、ミカサが助かるかもしれない。

この身を犠牲にする価値はある。

------------------------------------------------------------------------------
幕間

「あははは、笑っちゃうわね。この駐屯兵、あなたの姿を見て震えていたわよ」

「……ああ、そうだね」

暗闇に包まれた森の中、駐屯兵の死体が横たわっている。
カフカが駐屯兵の腕に噛み付いて、生命力を吸い取る。
いつも通り、体の末端から消し炭のようになって消えてゆく。
あとには、兵団の制服と立体機動装置だけが残された。

「服はいつもの様に燃やしちゃいましょう。この機械は……カフカ欲しい?」

「いいや、いらないよ」

「じゃあ、このあたりに埋めておきましょうか。掘り返すヤツなんかいないでしょう」


出会ってから2年。人を襲い、食らい、奪い、生き延びてきた。
巨人になったカフカの体は、10mにまで達している。
しかし、そろそろ潮時なのか、不審な失踪が目立ってしまっているようだ。

こんな世の中だから、誰が居なくなっても不思議ではないだろうと高をくくっていたが、
壁が壊されて以来、駐屯兵団にも緊張感がらしい。暫くの間、身を隠す必要があるだろう。

「カフカ、訓練兵団に入りましょう」

「訓練兵団?」

「ええ、私達くらいの年頃の子供が沢山いるわ。身を隠すにはもってこいよ」

「なるほど」


「そして、暫くしたら恋人として振舞いましょう」

「僕と君がかい?」

「大丈夫よ、兵団って言っても子供の集まりだから、他にも恋人を作る人間くらい沢山いるわ」

「そういうものなのか」

「ねぇ、カフカ。そうしたら、恋人らしくファーストネームで呼び合いましょう」

「そうだね、そのほうが自然だろう」

「じゃあ、よろしくね……フランツ」

「ああ、宜しく頼むよ。ハンナ」

(つづく)

恐怖のバカップルだったのか。

>>78 >>79
何か重くて2回書き込まれたので、片方無視してくださいな。

今日はここまで。おやすみなさい。

更新乙です
もう馬鹿夫婦なんて呼べないw

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『フランツ・カフカ』

人の温もりに餓えていた僕を、ハンナは暖めてくれた。常にそばに居てくれた。
ハンナの言うことは、正しくないだろうということは分かっていたが、
僕にとってはハンナが全てだった。だから、ハンナが全てに優先された。

壁が破壊される直前、離れた位置で大砲の整備をしていたけれど、
超大型巨人が壁の上から顔をのぞかせるのを見た。

直感的に、敵わない、と思った。

ハンナがよく、僕を祭り上げて世界を支配しようだなんて冗談めかして言っていたけれど、
それがいかに絵空事か、僕らが何も知らないか、力の無い子供であるのかを一瞬で思い知った。

だけど、ハンナだけは、目を輝かせていた。天恵だと今にも叫びだしそうだった。

「フランツ、今よ。巨人になって、人を食べるの! 今なら、どれだけ人が居なくなっても、誰も不審に思わないわ!」

「ああ、わかった」

諦観していたわけではない。この期に及んでも、僕はハンナの言うことが全てだった。
いくら人を食べて、体が大きくなると言ったところで、さっき見た壁を越えるような巨人に到達するとは思えなかった。
人間の身長が大きくても2mまでしか伸びないのと同様に、僕の巨人としての大きさも、精々15mで頭打ちだろう。

けれど、ハンナには言わない。彼女は僕の意見を求めているわけではないから。
ただハンナの言うことに従う。

壁の外に居た巨人が、程よく侵入してきたのを見計らって巨人体となる。10mを少し越えるくらい。
ハンナには、見える位置で隠れていてもらう手はずだ。僕は、討伐隊に殺されないように、力を蓄えれば良い。
突然の事態に避難が追いつかず、まごまごと逃げ惑う人々が見える。数も十分、あそこにしよう。

狙いを定めて、移動を開始する。家々の隙間を縫って、壁の外から侵入してきた巨人が見える。
どうやら、僕と同じ方向に進んでいくようだ。都合がいい。
このまま、”お仲間”と一緒に行くとしよう。

家の並びが途切れ、道路が交差する。直後、並んで走っていた巨人が、襲い掛かってきた。
首に噛み付かれて動きを封じられたと思ったら、更に腿、腕、脛、次々と現れる固体に体を食われる。
こんな事態は全く想像していなかったが、頭だけは冷静だった。

巨人が随分と集まっているが、ハンナは大丈夫だろうか。ちゃんと隠れているだろうか。
首だけを動かして、なんとかハンナを見つけようとするけど、近くには居ないようだった。

ここにきて、僕はやっと色々なことを諦めたんだと思う。

結局、僕はどこまでも失敗作で、半端者だったということだろう。
人間としては受け入れられず、かと言って巨人にも捕食対象として見られているようだ。

でも、僕には、ハンナがいた。それで十分だ。

最初に首元に食いつかれた時、その下にあった僕の人間としての下半身が食われた。
体が修復する気配を見せない。多分、怪我の許容量を超えているんだろう。
巨人化した体の肉が、蒸気を上げて霧散していく。

僕の肉に食いついていた巨人が、満足したのか飽きたのか、体から離れて走っていく。
巨人が移動する途中、討伐部隊が挑みかかるが、皆食われていった。

巨人が走り去った後、巨人の肉も消え去り僕の上半身だけが路地に残される。
急いできたのか、案外近くに隠れていたのか、ハンナがおぼつかない足取りで近寄ってきた。

「嘘よ……」

目に涙を浮かべている。彼女が泣くところを見るのは初めてかもしれない。

「フランツ、嘘だと言って。こんな怪我なんて、すぐに治るんでしょう?」

無くなったのが腰から下で良かった。彼女に、何か言うくらいの時間はありそうだ

「ごめん、ハンナ。君の期待に応えられなかった」

「そんなこと、どうだっていいの。ねぇ、すぐに元気になるわよね?」

「君に出会ってからの時間は、全て輝いていた」

「いや! 何でそんなこというの!?」

「今まで、ありがとう」

「やめて、そんなこと言わないで……」

「どうか、君は……」

ちゃんと言えただろうか。彼女に伝わっただろうか。
最後は、きちんと笑えただろうか。せめて穏やかであれば良いんだけど。
少なくとも、苦痛に歪むような顔ではなかったとは思う。

走馬灯という奴だろう、今までのハンナとの記憶が駆け巡る。
いつか、ハンナに聞かせてもらった物語を思い出す。

あれは何だっけ。悪魔と契約した男の話だったはずだ。彼は、最後に何と言ったんだっけ。

ああ、そうだ。



時よ止まれ。お前は、美しい。



「ハンナ? 一体、何を……」

「あ……!! アルミン!? 助けて! フランツが息をしてないの!!」

息が切れる。心臓を圧迫する。肺に息を吹き込む。

「………………ハンナ……」

「さっきから何度も……何度も蘇生術を繰り返してるのに!」

「違うんだハンナ。フランツは、もう……」

下半身が無いのは見れば分かる。でも、下半身が無かろうが、巨人ならば直ぐに治るはずではないか。
指先を切ったとき、頬をすりむいたとき、どれも即座に治った。
それならば、下半身を食われたところで、治らなくてはおかしいではないか。

「……もう……やめてくれ……これ以上はもう……無理だ。これ以上は……」

アルミンは、何か呟いてフラフラと行ってしまった。構わない、放っておけば良い。
戸惑ってつい助けを求めたが、逆にフランツが助かった時に面倒なだけだ。

心臓を圧迫する。

息を吹き込む。

息が切れる。

依然、蘇生する気配も無い。

こんなことがあるはずがない。巨人なら、このくらい怪我にも入らないだろう。

いや、でも、まさか。彼は、自分を”出来損ない”の怪物だと言っていた。
それは、もしかして治癒能力に関することだったのではないだろうか。
擦り傷程度しか、直すことの出来ない治癒能力。

そういえば、人を食らってははいたが、巨人ならばまるごと飲み込み、吐き出していたはずだ。
彼は肉ごと生命を取り込んでいたが、全て灰になって消え去っていた。
その差異は、生物の性能として、どれほどのものだったのだろうか。


「……ああ……そんな」

彼が今まで誰にも捕まらなかったのは何故だろう。
彼が逃げ出した組織から追っ手があってもよさそうな、いや、無ければおかしい。
それはつまり、彼を生成した機関も、どうせそのうち勝手に死ぬだろうと、捜索をしなかった。
精々、その程度の脅威にしかならないと判断されたのだ。

「……うう……フランツ。起きてよ……」

しかし、そんなことは、もうどうでも良かった。
人だとか巨人だとか。そんなものを超えて、彼を愛していた。
もう世界を自分達で支配するなんて言わない、どこか隅っこのほうで
大人しく慎ましく生きられれば良い。彼がいれば、それで。
世界がそれを許すならば。


「……フランツ……」

自分の周りに、影が落ちる。後から着たのか、巨人がこちらを見下ろしていた。
すぐに私を食べようとはしない。奇行種だろうか。
だとしても、何分もしなうちに自分は食べられるだろう。
どうせならフランツに食べて欲しかった。しかし、彼はもう物言わぬ肉の塊でしかない。

ああ……世界は残酷だ。

心が乾く。フランツで満たされていた器から、さらさらと中身が流れ落ちる。

「さようなら、フランツ」

許されないならば……それならば、世界なんて。

立ち上がり、巨人と相対する。微塵も脅威を感じない。
全身の筋肉を把握する。脳を流れる電気信号の一つまで知覚できる。

こんな世界なんて……いらない。

彼の体は、ここに置いていく。彼はもう、私の思い出の中にしか居ない。
ならば、私が生き残ることこそが、彼が唯一生き続けるということだ。
これからも、ずっと一緒だ。

アンカーを射出し、壁に打ち込む。ワイヤーを巻き取り、宙に舞う。
巨人の無防備なうなじが見えた。筋肉の限界以上に出力を上げる。
自分の体がどう動くのかを、完全に理解した。

再度、アンカーを射出、巨人の肩に刺さる。即座に巻き取り、うなじを一閃。
巨人の首が、体からボトリと落ちる。見た目よりも軽い音だったが、ブレードは一撃で使い物にならなくなった。
背の高い塔にアンカーを射出。飛び上がる。

トロスト区を一望し、鼻で笑う。
壁に囲われた、狭い世界だ。まずは、この街から、壊す。

次は、壁の中の全てを壊す。そして、壁の外も全て壊す。


こんな世界


私が全て


ぶち壊してやる。

飛び上がった勢いがなくなり、自由落下に任せて体が落ちる。
振り子のように勢いをつけて、次のアンカーを撃って飛び移ろうとする。
その移動の風きり音に混ざって、何かの音色が聞こえた気がした。
こんな時に、誰が演奏などするものか。しかし、確かに聞こえる。

あまりにも場違いな曲に、辺りを見回す。
奇しくも作家フランツ・カフカが生まれる年に、世を去った音楽家の作った
やたらと荘厳で派手な曲ことを、知っている。

「ニュルンベルクのマイスタージンガー……第一幕への前奏曲」

全体的に派手なくせに、口笛のせいでどこか物悲しくも聞こえる。
アンカーを射出した塔の上に、誰かがいる。
そこに、先ほどまでは無かった、縦に伸びた影があった。

「死神……ブギー……ポップ?」

眼球の筋肉を操作し、視力を絞る。縦に長い影を見つめる。
脳の電気信号を理解する。動体視力が強化され、時の流れを知覚する。時間の流れが遅く感じる。
黒いマントに黒いつばの無い帽子。
鋲を打ったような金属をいくつもくっつけている。
顔は白く化粧をし、ご丁寧に黒いルージュまで引いていた。
まるで道化だ。形のいい唇が開く。

「君は、既に世界の敵だ」

鼓膜だけでない、全身で感じる空気の振動で、確かに聞いた。

ブギーポップは、最も美しい瞬間に殺してくれるのだった。
ならば間違いなく、私は人生で最も輝いているのだろう。あとは、堕ちるだけだ。
首に細い糸が絡まるのを感じる。

これは、立体軌道装置のワイヤーを解したものだろう。極細い、しかし強固な糸だ。
首の筋肉を強化し、対抗しようとするが、関係なく肉に食い込む。
気道を締め付けられて、全身の筋肉が硬直する。
脳への血液の供給がストップする。

座学で立体機動装置のワイヤーについて聞いたことを思い出す。
黒金竹の葉の繊維を編みこんで作られるが、何故あんなに太いのか。
細くとも切れる心配は無い。視認できる太さにしないと、誤って人が触れる可能性があるからだ。
ある程度の太さを持たさなければ、極細ながら十分な強度を持ったワイヤーは、
目に見えない刃となって、触れたものを分断する。

ブツン、と音を立てて、体と首が切り離された。
頭が回転しながら高く舞う。
ぐるぐる廻る視界に、蒸気を立てて消える巨人達が見えた。揃って首が無い。
先ほど巨人の首を落したことを思い出し、理解する。

私が全力で切りつけたところで、ブレードの刃渡りよりも大きい巨人の首が落ちるはずが無い。
巨人が襲ってこなかったのは、既に何者かに首を切り落とされていたからだ。
私は、その首を落としただけに過ぎない。

私は、ずっと死神に見張られていたのだ。その鎌を首筋に当てられていた。
音を立てて地面に叩き付けらるのを最後に、意識が途切れた。

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終幕

調査兵団を志望した後、新兵で集まっていることころにエレンがやってきた。
どうやら、解剖は免れて調査兵団で様子見ということになったらしい。
そして、今かつての仲間の結末を知らされている。

「ジャン……!? 何でお前がここに……って、え? マルコが?」

「あいつは、誰も見ていない所で、人知れず死んだんだ」

「は……」

「エレン、お前巨人になったとき、ミカサを殺そうとしたらしいな?
 それは一体、どういうことだ?」


周囲に動揺が走る。

「違う、エレンはハエを叩こうとして……」

「お前には聞いてねぇよ」

「……」

それに無理があるどころの話じゃない。ミカサは不満げな表情を浮かべている。

「ミカサ、頬の傷はかなり深いみたいだな。それはいつ負った傷だ?」

ムスっとしていたのが、すぐに気まずそうな顔になった。案外、表情豊かな奴なんだ。


「知っておくべきだ。エレンも俺たちも、俺たちが何の為に命を使うのかをな。
 じゃねえと、いざというときに迷っちまうよ。俺たちはエレンに見返りを求めている」

ミカサは迷うことなくエレンの為に命を使うんだろう。自分の全てをエレンに向けている。
だから、俺たちも決めておかなければいけない。自分の役割、するべき仕事を。

「きっちり値踏みさせてくれよ。自分の命に見合うのかどうかをな……」

ブギーポップは、自分の仕事を果たして消えた。
アイツがミカサの精神的不安定なものから来るものなら、アイツが消えたのは喜ばしいことだ。
きっと、そう遠くないうちにもミカサが笑顔になる日は来るだろう。

「だから……エレン。お前…本当に…頼むぞ?」

そういえば、ミカサの顔をしたアイツは、ろくに表情を変えなかった。
無表情以外では、笑っているような泣いているような顔を浮かべていただけだ。
きっと、アイツは「それは僕の仕事と関係ない」とでも言うのだろう。確かにそうだ。

ブギーポップは笑わない。笑うのは、俺たちの仕事だ。


(おわり)

ようやっと終わった。おやすみなさい。

乙でした!
元ネタはタイトルしか知らなかったけど楽しめたよ

乙でした!
ブキーポップ好きだから、面白いSSがあって嬉しかった

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