小路綾「カプグラ・シンドローム」 (219)

ちょっと人を選ぶ内容かもしれません

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~休日、街~

テクテク

綾(あ、あれは……陽子だ)

綾(広場で突っ立って、人待ちかしら)

綾(陽子はこの時間、日課のランニングをしているはずなのに)

綾「……」

綾「男ね」

綾(知ってるのよ、陽子)

綾(あなたが男と出会ったのは、一か月前)

テクテク

綾「来たわ、あの男が」

綾(二人で並んで歩き始めたわ)

綾(あの二人の距離……まるで、恋人みたいじゃないの)

綾(男が陽子に話しかける、陽子は大きく笑う)

綾(陽子の唇が楽しそうに曲がっている、目じりが上がっている)

綾(もう恋人になってるのかも知れないわ)

綾「……」

綾「行こっと」

テクテク

~画材店~

綾(こんなところ、来るの初めてだわ)

綾(ええと、どこかしら。狭くて品ぞろえがごちゃごちゃで分かりづらいわ)

綾(っと、これだわ……見逃すとこだった。デッサン人形)

綾(1500円て……結構するのね)

綾(でも、このくらいの出費、全然痛くない、得られるものに比べたら……)

綾「これ、ください」

店主「はーい」

~綾の家~

綾(へえ、細かいところまでしっかりできてるわ)

綾(これはいいわ、とてもいい……)

綾「うふふ、ふふふふふふ」

綾(これに陽子のイメージを重ねるの……)

綾(陽子の事はしっかりと把握しているわ……)

綾(ランニングで豆が出来た足、引き締まったふくらはぎ、白くつややかな太腿)

綾(頼りがいのある腕、巻き爪)

綾(あそこの毛は少し濃いめ、おっぱいの形、サイズ、若干右の方が大きいくびれ)

綾(輪郭、顔のパーツ、髪質)

綾(すべてを、この人形に重ねてイメージするのよ)

綾「ねえ、陽子」

綾(陽子「綾、どうしたんだ?」)

綾「私、陽子のことが好きよ……」

綾(陽子「……そう言ってくれて、うれしいよ」)

綾(陽子「その……なんだか、照れくさいな、こういうの言葉にするのって」)

綾(陽子「じ、実は、私も綾のこと、ずっと好きだったんだ」///)

綾「そう、なの? じゃあ、私たち両想いだったのね」

綾(陽子「そうだな、なんか、バカみたいだね」)

綾「今までもやもやした気持ちを、お互い抱えてたのね」

綾「でもそれも、今日までよ」

綾(陽子「うん……綾、付き合おう」)

綾「うふふ。うふふふふふふふふふふふ」

綾(まだ、陽子のほうから話しかけてはくれないわね)

綾(これでいいのよ、そのうち、そのうち陽子のほうから返事が来るわ)

綾(大切なのは、現実世界に陽子がいるとイメージすること)

綾(頭の中で妄想してる訳じゃない……デッサン人形に投影されているだけでもない)

綾(陽子は、ここに居る、そう考えるのよ)

綾母「綾ー御飯よー」

綾「はーい」

綾「頂きます」

綾(陽子はランニングを終えて、いつもこの時間にお風呂に入ってるわ)

綾(だから今は陽子とお話はお預けね)

……

綾「ごちそうさま」

綾母「あら、もういいの?」

綾「うん」

今回はここまでになります

目尻が上がってるって怒ってる表現だよな……

>>12
thx
誤用には気をつけますね

~次の日~

陽子「おっはよ!」

綾「ああ、うん」

陽子「なんだよ、綾、なんかよそよそしいぞ!」

綾「ええ……」

カレン「……」

カレン「アヤヤ、ちょっといいデスカ?」

綾「どうしたの?」

カレン「最近アヤヤ、元気ないデス」

カレン「特にヨーコに接するときはそうデス」

綾「そうかしら?」

カレン「ヨーコのこと、嫌いにマシタか?」

綾「そ、そんなことはないけど」///

綾「そ、その、前も言った通り、私は陽子の事が好きよ」

綾「その気持ちは、何も変わってないわ」

カレン「でもやっぱり、それにしてはおかしいデス」

カレン「今朝の挨拶の時も、折角ヨーコに挨拶してもらったのにまるで他人ごとのように返してマシタ」

綾「……気づいてないの?」

綾「あの陽子が、にせものだってこと」

綾「まるで陽子本人のようなそぶりをしているけれど、私には分かるわ」

綾「あれはにせもの。陽子とは似ても似つかないハリボテの存在なの」

カレン「アヤヤ、何言ってるか分からないデスよ」

綾「……」

カレン「とにかく、私はアヤヤとヨーコが喧嘩かなにかしてるんじゃないかと思って」

綾「あのにせものの陽子と? 別に、そんなことはないわ」

カレン「そ、そうデスか」

カレン「ならいいんデス。お節介焼いてゴメンナサイ」

~授業中~

綾「うぅ……」ブルブル

綾(寒い、寒いわ……)

綾(このままだと凍えて死んでしまう……)

綾(暖かいものは、ここには何もない、何もないの、私を優しく抱きとめ、温めてくれる存在は――)

綾(早く、助けて、陽子。私の中に居る、本当の陽子)

綾(早くその姿を見せて――)

キーンコーンカーンコーン

陽子「はっ!」

アリス「おはよー、ヨーコ」

陽子「ダメだな、数学になると圧倒的な睡魔が押し寄せてくる」

アリス「シノのクラス行こっ」

陽子「綾、なんでコート羽織ってんの」

綾「寒いじゃない」

陽子「いや、部屋暖房めっちゃきいてるんですけど……」

忍「風邪引いたんじゃないですか?」

綾「そんなことないと思うけど……」

~帰り道~

綾(陽子、今日も一日お疲れ様)

綾(陽子「お疲れさん。月曜日って辛いねー」)

綾(陽子「良く頑張りました」)

綾(えへへ、えへへへへ)

陽子「ねえ綾」

綾「え?」

陽子「なにか話しようよ……」

綾「あ、そ、そうね」

綾(陽子との会話で忙しいのに……)

今回はここまでになります
すみません書き溜めます

――――――

アリス「じゃあカレン、また明日ね!」

カレン「さよならデース」

忍「じゃあアリス、駅前の和菓子屋さんに行きましょう!」

アリス「やった! シノ、連れてってくれてありがと!」ギュッ

忍「いえいえー」ホクホク

テクテク

カレン(最近アリスとシノが、以前にも増して仲いいデス)

カレン(悔しいデス……)

カレン「……」

カレン「ちょっと後をつけてみるデス」

カレン(このお店デスか……なかなかお洒落デスね)

カレン(シノとアリスが入っていきマス……)

カレン(二人ともすごく楽しそうに笑ってマス……)

カレン(……むむう)

カレン(あ、出てきマシタ、隠れなきゃ!)ササッ

カレン(んん……なんかアリスの様子がおかしいデス)

カレン(妙にモジモジしてる……)

アリス「あ、あのね、シノ」

忍「どうしたんですか? 急に立ち止まって」

アリス「そ、その……」

アリス「わ、私シノのことが好きなの!」

カレン(なんと……)

忍「私もアリスのこと、好きですよ」ニコッ

アリス「そうじゃなくて、お友達以上の存在として、シノのことが好きなの……」

忍「……実は私もそうでした」

アリス「え、ホントに?」

忍「はい。アリスと恋人同士になりたいなって、ずっと考えてたんですよ」

アリス「じゃあ、私と付き合ってくれる?」

忍「もちろん!」

アリス「シノー!」ギュッ

忍「おやおや、アリスは甘えんぼさんですね」ニコニコ

カレン(み、見てしまいマシタ……)

~綾の家~

綾「はあ……」

綾(陽子が偽物とすり替わったのは、二か月前)

綾(本物の陽子は、もう戻ってこない)

綾「……」

綾(だから私は、私の中の陽子を育てるのよ)

綾(ねえ、陽子の好きな食べ物は何?)

綾(陽子「ハンバーグだよ」)

綾(じゃあ今度作ったげるわ。楽しみにしててね)

綾(陽子「ありがと。料理を作ってくれるなんて、ホントに恋人同士になった感じだな」)

綾(うふふ、そうね)

綾「……はあ」

綾(まだ、向こうからは話しかけてくれないか)

綾(気長に待つのよ、私)

~二週間後~

綾「……」イライラ

忍「綾ちゃん、どうしましたか?」

綾「なんでも、ないわ」

綾(寒い……)ブルブル

綾「私のお弁当食べていいわよ。もうお腹いっぱいだから」

忍「そうですか? じゃあ遠慮なく」

カレン「……」

アリス「シノ、遊びに来たよー!」

忍「アリス早いですね。もうお弁当食べたんですか?」

アリス「うん! 早くシノと会いたくて」

忍「えへへ、そう言ってくれて嬉しいです!」

アリス「シノー!」ギュー

綾(暑苦しい)

~放課後~

陽子「ごめん私、用事があるから走って帰るわ」

アリス「え、そうなの? 気をつけてね」

忍「バイバイ陽子ちゃん。じゃあアリス、行きましょう!」

カレン「アヤヤ、一緒に帰りマショウ!」

綾「しのとアリスとは一緒に帰らないの?」

カレン「ああ、今日はいいんデスよ」

綾「そう、まあいいけど」

カレン「今日の世界史の授業は面白かったデスね」

綾「ああ、そうね。しのはずっと寝てて」

カレン「先生に当てられて、一言なじられたんデス」

綾「うん」

カレン「シノはそれを恥ずかしがって、屈辱です、と言ったデス」

カレン「あてられたのがたまたまカノッサの屈辱のところで……クラス中大爆笑デシタね」

綾「あはは、あれは面白かったわね」

カレン「何が起こってるのか分からず、キョトンとしたシノ、とっても可愛かったデス、HAHAHAHA」

カレン「ほら、アヤヤももっと笑ってクダサイ」

綾「そうね……あはははは!」

綾(……はあ)

カレン「アヤヤ、なんか無理してマセンか?」

綾「え?」

カレン「最近アヤヤ、辛そうデス」

カレン「いつも震えてるみたいだし……ホントに、風邪じゃないんデスか?」

綾「ああ、実はよく眠れてないのよ」

カレン「それはダメデスね。寝る前に牛乳飲むといいデスよ」

綾「うん、ありがと」

カレン「アヤヤ……」

綾「なに?」

カレン「……体には気をつけるデス。人間元気が一番デスから」

綾「……そうね」

綾「じゃあ私こっちだから。バイバイ」

カレン「バイバイデース! また明日!」

テクテク

カレン「……はあ」

カレン(ホントはアヤヤに伝えるつもりデシタ)

カレン(シノとアリスが付き合い始めて、二人とも私から離れていきマシタ)

カレン(さびしくなったデス)

カレン(私も、シノのこと、好きなのに、アリス……)

カレン(伝えて、アヤヤに慰めて欲しかったのデス)

カレン(それなのに、傷ついてるのは自分の方なのに、相手の事ばかり気にかけてるような言葉しか出せない)

カレン(私、素直じゃないデス)

今日はここまでになります
続きは明日

~綾の家~

綾(そう言えば)

綾(カレンと話をしていた時は、なんだか体が温まったような……)

綾(それまで、ずっと寒かったのにな)

綾(不思議ね)

綾母「綾、お風呂入っちゃいなさい」

綾「はーい」

綾「よいしょ……と」

ジャー

綾「ふんふん、ふーん」

『……や』

綾「え?」

綾(今何か聞こえたような……)

『……や、綾』

綾(この声は……)

綾「……やった」

綾「やったわ! ようやく……」

綾「こんにちは、陽子」

『ああ、こんにちは』

綾(やっと出てきてくれた、私だけの陽子)

綾(私の頭の中ではなくて、彼女自身の意思を持って私に話しかけてくれた)

綾(よかった……)

『何がよかったの?』

綾「え……いえ、なんでもないのよ」

綾「で……その」///

綾「見ないで……」

『綾、どうした?』

綾「見ないでよ。ここお風呂よ!? どうしてこんな所で」///

『え? いいじゃん。それに、綾の肌綺麗だし』

綾「……っ、そ、そういう問題じゃないの!」///

綾「とにかく、お風呂上がるまであっちいってて!」

『はいはい、わかったわかった』

綾「陽子」

『お風呂は済んだか?』

綾「ええ。これから、お風呂とトイレにはついてこないでね

『分かったよ』

綾「うふふ。今日はいっぱいおしゃべりしよ?」

『えー、私もう眠いんだけど』

綾「そんなこと言わないでさ……今日は記念日なんだから」

……

~次の日、授業中~

綾(……退屈だわ)

綾(こんな問題、すぐに解けちゃう)

『え、そうなんだ。私にはさっぱり分からんわ』

綾(暇だから、お話しよっか)

~夜~

綾「……ここね」

『ふーん、そう来るか……じゃあ、ここだな』

綾「うわっ、やられた……」

綾「陽子ってオセロ強いのね」

『なんでなんだか分かんないけどね』

綾「こういうの強いのは、頭の良さとは別なのかもね」

『……ちょっとバカにしてない?』

綾「うふふ、冗談よ」

~次の日、朝~

綾「おっはよ、陽子」

『ん……もう朝かよ、畜生』

綾「ほら、学校行くわよ」

綾「……やだなあ、陽子ったらもう!」

陽子(……なんか綾がぶつぶついってる)

陽子「おっはよ、綾!」

綾「……あ、おはよう」

陽子「待ったでしょ?」

綾「大丈夫よ、別に」

『この子、なんか私に似てない?』

綾(気のせいよ。確かに見た目は一緒だけど、この人とあなたは別物)

陽子「いやー、寝坊しちゃってねー。この季節の布団は恐ろしいよホントに」

綾「……」

陽子「……聞いてる?」

綾「え、ええ、聞いてるわよ。それで、何の話だっけ?」

陽子「……」

~学校~

アリス「おはよう、カレン」

カレン「オハヨウゴジャイマース!}

アリス「あ、そうそう、これ、カレンに貸してもらったCD返すね」

カレン「ああ、そう言えば貸したままデシタね」

カレン「どの曲が好きデシタか?」

アリス「やっぱり5曲目だね。カレンも薦めてたけど」

カレン「アリスも気に入りマシタか!」

忍「アリス、ただいま、ってカレン、来てたんですか」

アリス「シノー!」ギュッ

カレン「こんな感じの曲が好きなら、今度似たようなの貸してあげマス」

忍「トイレへ行って手を洗うのも辛いですね、こう寒いと」

アリス「私があっためてあげるよー!」

カレン(アリスをとられた)

綾「……って陽子、そんな訳ないじゃない!」

カレン「……」

綾「うそでしょ!? 信じるも何も……あはは!」

カレン(一人で笑ってるデス)

カレン「アヤヤ……」

綾「あら、カレンじゃない、どうしたの」

カレン「……今、誰と話してたんデスか」

綾「な……誰でもないわ」

カレン「はあ……」

カレン(重傷なのかも知れマセン)

カレン「放課後、話があるデス」

綾「え?」

~昼休み~

陽子「ちょっと綾、いい?」

綾「ん、どうしたの」

陽子「話があるんだ。ちょっと来て」

綾「え、ええ……」

陽子「綾、私、謝るよ、ごめん」

綾「どういうこと?」

陽子「……なんだか私のこと、最近避けてるじゃん」

陽子「私が何か、悪いことしたんじゃないかって思って」

綾「……」

『確かに綾はこの子のこと避けてるよね』

『なんで?』

綾(なんでも何もないわよ)

綾(この陽子は、本物そっくりのにせものなんだから)

綾「べ、別にそんなことはないんだけど」

陽子「……じゃあ、なんでだよ!」

陽子「なんで綾は私から距離を置こうとするんだよ!!」

『綾、なんか怒らせてるっぽいよ』

綾(いいのよ……こんなにせものに、どんな風に思われても知ったこっちゃないわ)

綾「……」

陽子「……」

綾「いいかしら、そこまで感情的になるような仲じゃないわ、私たちは」

陽子「そういうところが! 嫌なんだよ!」

陽子「おい綾、もしかして綾は別人になっちゃったのか?」

綾「……」カチン

綾「……にせものはどっちよ」

陽子「え?」

綾「あんたこそ、陽子の化けの皮をかぶったにせものじゃないの!」

陽子「な、なに言ってるんだ、綾……」

綾「分かってるのよ! そのくらい」

綾「私もう行くから」

テクテク

綾「ただいま」

カレン「お帰りナサイ……」

カレン「アヤヤ、教室までまる聞こえデシタよ」

カレン「ヨーコと喧嘩したデスか?」

綾「あれは陽子じゃないわ」

カレン「……」

~放課後~

綾「どうしたのよ、そんなに真剣な顔して」

カレン「……アヤヤ、怒らずに聞いてクダサイ」

カレン「一回、病院へ行って診てもらいマショウ」

綾「……? なに言ってるのよ。私は健康よ。ちょっと眠れてないだけで」

カレン「いいから、一度行った方がいいデス」

カレン「明日パパの知り合いのお医者さんに、もう予約はとってあるんデス」

綾「い、嫌よ!」

カレン「行くのデス。何もなかったらなかったでいいじゃないデスか」

カレン「私、心配なんデス。アヤヤのこと……」

綾「……分かったわよ。行けばいいんでしょ」

~夜~

綾「今日はいろんなことがあって疲れちゃった」

『そだねー』

綾「それにしてもカレン、病院へ行けだなんて……バカにしてるのかしら」

『いや、綾の為を思って言ってるんだろうしさ』

綾「それは、分かるけど……」

『それよりさ……いいの? あの、陽子ちゃんって子と仲悪くなったっぽいよ?』

綾(そんなことは、どうでもいいのよ)

綾(本物の陽子はあなたなんだもの)

『そう?』

綾「そんなことより、お風呂入る時間じゃないの?」

『そうだった』

綾「今日は私が夕食作るの。ハンバーグを作って待ってるわ」

『え? マジ!? やった!』

綾「そうだ。陽子、今度の日曜日遊びに行こっ!」

『デ、デート……じゃないのか、それ』

綾「そ、そう言えば、そうね」///

~翌日~

綾(カレンにお医者さんの地図を渡されたけど……)

綾(ええと、こっちね)

綾(というか今日木曜日よね……あいてるのかしら)

テクテク

綾「……」

綾「ここ、この前の休みに来た……」

綾「うぅ……さむ」

綾「ここね」

○○メンタルクリニック

綾(メンタルクリニックって……精神科!?)

綾(カレン、私を精神病扱いしてるわけ!?)

『まあまあ、いいじゃん。どこにも異常ないんだったらそれで』

『あ、それと眠れないんだろ? 不眠症の薬貰えるかもよ』

綾「そ、それもそうね」

看護師「小路さん、どうぞ」

綾「あ、はい」スッ


綾(あ、診療の時は出てこないでね)

『どうして?』

綾(ホントに精神病だと勘違いされちゃ困るじゃない)

『ん? まいっか、分かった』

綾「お、お願いします」

医者「今日はホントは定休日なんだけど、カレンちゃんの頼みでね。カレンちゃんから大体の話は聞かせてもらっているよ。最近寒いね」

綾「そうですね。ホント、去年とは比べ物にならないくらい寒いです」

医者「今も寒いかな? 暖房は付けてあるけど」

綾「そう……ですね。ちょっと寒いですけど、でも不思議と三日前からちょっと和らいでて……」

医者「そっか。ところで、お友達と上手くいってないんだって? 陽子ちゃんと」

綾「ええ。でも先生、あの陽子はにせものなんです」

医者「はあ。どうしてそう言えるのかな?」

綾「ある時から、そうですね、ちょうどひと月半ほど前から……」

……

医者「分かりました。一応お薬出しておきますね。毎日一回、朝服用してください」

医者「ええと、ちょっと副作用が強いから、もしきつかったら電話してね」

綾「あ、はい」

医者「じゃあ、お大事に」

~帰り道~

綾(別に何かの病気だって言われた訳じゃないし、やっぱり健康だったのよ)

綾(もう、カレンったら、いらない心配して……)

『でも、その薬は?』

綾「これ? きっと気休めよ」

ジプレキサ

綾(薬を飲むことは、お母さんに隠しておこっと……)

綾(変に心配かけちゃまずいもんね)

今日はここまでになります
続きは明日

カレン「アヤヤ、どうデシタか?」

医者「うーん、そうだね」

医者「まだ決まったわけじゃないけど、統合失調症みたいな感じかな」

カレン「統合、失調症……」

医者「幻覚とか幻聴があったり、妙な妄想に駆られたりする病気だよ」

医者「小路さんは、寒い寒いと思いこんでるみたいだね」

医者「まだ幻覚幻聴はないみたいだね。早いうちに病院へ来て、薬が飲めて正解だよ」

カレン「よかった……」

医者「でも、ひとつ珍しい症状があるね。僕も、これまでに一人しか診たことがない」

カレン「なんデスか?」

カレン「やっぱり、ヨーコと関係があるんデスか?」

医者「鋭いね。カレンちゃんにはいつも驚かされるよ」

医者「そう、小路さんは、カプグラ・シンドロームだ」

医者「統合失調症と関連があるかどうかは分からないけど、結構深刻だね」

カレン「それは、どんな病気なんデスか?」

医者「ええ、と。家族とか恋人、親友が、本物そっくりのにせものだと思いこんじゃうんだ」

医者「本人はほとんど無根拠にそう信じ込んでいて、周りの人が指摘しても認識を変えさせることは難しい」

医者「原因としては外的損傷、しかしけがはしてないようだったからその線は薄いね。何か、その人に関する認識を、著しく改めさせられるような出来事が起きたのかもしれないね」

カレン「というと……」

医者「たとえば仮に、カレンちゃんのお友達が、ピーマンが嫌いだったとする。それをカレンちゃんは知っている」

医者「そこで、その友達が、ニコニコしながらピーマンを食べているのを見たら、カレンちゃんはどう思うかな?」

カレン「まるで、別人みたいだと感じるデス」

医者「そう、その通りだ。こうした感覚は、誰にでもあることなんだ。カプグラ・シンドロームは、その感覚が非常に大きくのしかかった時に起こる」

カレン「……それは、治るんデスか?」

医者「外部から干渉して治すことは難しい病気だからね。統合失調症の副次的な症状だとしたら、そっちが治れば症状はとれると思うけど」

医者「そうじゃない可能性もある」

カレン「……」

医者「小路さんは、その陽子ちゃんという子のことで、なにか重大な事実を知ってしまったのかも知れないね」

医者「なんとか、聞き出してあげて欲しい。それが治るきっかけになるかもしれないからね」

カレン「……ハイ。分かりマシタ」

~夜~

綾「今日は何する?」

『なんでもいいよー』

綾「じゃあ、読みかけの小説でも読もっと」

綾「うう……」グスッ

綾「なんて悲しいお話なの……」

綾「二人が離れ離れになってしまって……」

綾「結局そのままおしまいだなんて」

『いや、その二人初めから結ばれないって分かり切ってたじゃん』

綾「何言ってるのよ陽子! 陽子にはこの良さが分からないの!?」

『うん、分からん』

綾「もう……でも、陽子らしいわ」

『そうでしょ?』

『……なあ綾』

綾「どうしたの?」

『あの陽子ちゃんと、明日仲直りしなよ?』

綾「え、どうして?」

『可哀想じゃん。あんな言い方して』

綾「私はホントのことを言っただけよ。あれはにせもの」

『にせものだとしても、そんなぞんざいに接しちゃダメだよ』

『人を傷つけちゃいけないよ?』

綾「そ、そうだけど……」

『ほら、その気があるなら謝りな、明日』

綾「う、うん……陽子がそういうなら、分かったわ」

~翌日~

綾(うう……くらくらする)

綾(薬の副作用かしら……)

ガラガラ

綾「おはよう、しの」

忍「あ……綾ちゃん。おはようございます」

忍「あの、ええと……大丈夫ですか?」

綾「なにが?」

忍「いえ、なんでもありません」

綾「陽子はまだ、来てないのかしら」

忍「陽子ちゃんなら、カレンと話があるってどこかへ行きましたよ」

綾「……そう」

カレン「……ということなんデス。だからヨーコ、アヤヤに怒らないでほしいデス」

陽子「うん……そっか」

陽子「綾、病気なのか……」

陽子「私をにせものだと疑ってる……なんか、信じられんが」

陽子「陽子ちゃんは今も昔も、変わらず陽子ちゃんなのにね」

カレン「そうデス。不思議な病気もあるデス」

陽子「分かった。綾には普段通り接するよ」

カレン「よろしくお願いしマス」ペコリ

カレン「なにかアヤヤのことで、変わったことがあったら教えてクダサイ! それが治るきっかけになるかも知れマセン」

陽子「うん、分かったよ」

ppp……

陽子「あ、メールだ」

陽子(またかよ……)

~放課後~

『なにやってんのさ。もう放課後だよ? 謝るんじゃないのか』

綾「わ、分かってるわよ」

陽子「ん? どした、綾」

綾「あの、ごめんなさい」

綾「昨日はあんな言い方して……」

綾「いくらあなたがにせものだからって、あんなきっつい言い方はダメだよね」

陽子「……」

陽子「気にしてないよ。大丈夫」

綾「……え?」

陽子「気にしてないったら。そんなことより、今日一緒に帰ろ?」

綾「あ、うん」

陽子「でさ、アリスったらこけし持ってなんて言ったと思う?」

綾「さあ……」

陽子「私はこのこけしをシノのベッドにこっそり入れてるの。だからシノのいい香りがするの」

綾「あはは」

綾(退屈だ……)

『話ちゃんと聞いてやれよ』

陽子「じゃあな、綾」

綾「ええ、またね」

陽子「……綾、ちょっとわがまま聞いてくれ」

綾「え?」

陽子「私の目の前で、思いっきり笑ってくれ」

綾「どういうこと?」

陽子「その……最近私、綾の笑う姿見てないんだよね」

陽子「だから……その、たまには見たいっていうか」

綾「なんだかよく分からないけど……いいわ」ニコッ

陽子「……」ドキドキ

陽子「じゃ、じゃあな」

綾「へんなの……」

――――

忍「じゃあカレン、私たちはちょっと寄り道するので、さようなら」

カレン「さよならデース」

カレン「……」

カレン「今日も一人で帰るデス」

カレン「……ぐすっ」

~カレンの家~

カレン(もう……嫌デス)

カレン(なんで……なんでシノもアリスも、私のこと忘れたみたいに扱うんデスか?)

カレン(私、なにも悪いことしてないデス……)

カレン「……」ガサガサ

カレン(そう言えば、アリスに返してもらったCD……)

カレン(久しぶりに聞くデス)

カレン(5曲目5曲目……と)

puddle of mudd 『blurry』

カレン(けだるい曲調、Wesley Reid Scantlinのハスキーボイス)

カレン(んん……いつ聴いても、いい曲デス……)

カレン「……」グスン

カレン(……? なぜだか今日は、涙が溢れてきマス……)

今日はここまでになります
書き溜めに余裕がなくなっており、暫くお待たせするかもしれません

後から申し訳ありませんが
>>31
綾(陽子が偽物とすり替わったのは、二か月前)

正しくは一か月前です
ごめんなさい

続き投下はもうしばらくお待ちください

~翌日~

綾(……嫌だな、この薬)

綾(……飲まなくて、いっか)

綾(学校行こっと)

テクテク

綾「……」

ガッ

綾「きゃ……いたた」

綾(誰よ、こんな所に石ころなんて置いたの)

『大丈夫か?』

綾「ええ、……」

『手、すりむいてるぞ』

綾「そうね、血がにじんでる」

綾「……熱い」

『なんだ?』

綾「いえ……なんでもないわ」

~学校~

忍「アリス、今日もアリスは元気に小さいですね!」

アリス「そんなことないよ! シノもこけしっぽくて可愛いよ!」

忍「えへへ、照れますねー……」

カレン「……」

陽子「輪に入らないのか」

カレン「……」グスン

陽子「おい、どうしたんだよ」

カレン「……はっ!? な、なんでもないデス! 私元気ネ!」

陽子「そう? ……」

カレン「アヤヤのことで、なにか分かりマシタか?」

陽子「いや、特に」

カレン「そうデスか……」

陽子「……こんなこと、カレンに言うことじゃないんだけどさ」

陽子「私、綾と前みたいに話出来なくて、辛いよ」

陽子「病気だからって知ってるけど、そんな理由では納得できない私がいて」

陽子「いらいらしたり、逆に落ち込んだりしちゃうよ」

カレン「ヨーコ……」

陽子「ごめんね、変な話しちゃって」

カレン「……うぇえ……」

陽子「な、なんで泣いてるんだよ? 体調悪いのか?」

カレン「私も、私もシノやアリスとお話出来なくて辛いデス……」

綾「……」

~放課後~

綾「カレン、最近しのとアリスとなにかあった?」

カレン「え!? な、なにもないデスよ」

綾「嘘ね。私にはわかるわ」

カレン「アヤヤ、なに言ってるデスか?」

綾「しのとアリス、付き合い始めたんでしょ?」

カレン「……そうデス」

『私の言った通りだったな』

綾(なんで分かったのよ。確かにちょっと様子がいつもと違うとは思ったけど)

『いや、なんていうかさ……勘?』

綾「あはは……」

カレン「あの二人が付き合い始めてから、私はまるで相手にされなくなりマシタ」

カレン「悲しいデス……寂しいデス」

カレン「どうして……ねえアヤヤ、どうしてなんデスか!」

綾「……」

綾(なんだか可哀想……)

綾「……大丈夫。平気よカレン」

カレン「ひっく……グスン」

綾「カレン、タルパって知ってる?」

カレン「……?」

綾「あなたの好きな人と、ずっと楽しい時間を過ごせる魔法」

カレン「……」

綾「一人の悲しさに嘆くことは、もうないわ……」

綾「タルパってのは、もとはチベット密教の秘奥義でね、人工未知霊体というわ」

綾「あなたの想像する人物が、独立した性格を持ってあなたと接してくれるの」

カレン「……」

カレン(分かったデス、すべて)

~次の日、カレンの家~

綾「やり方は簡単。まず、あなたが一緒に居たいと思う人を想像して。架空の人物でも、実際の人でも構わないわ」

カレン「ハ、ハイ」

綾「そしたらその人物の事を細かいところまで考えるのよ。ディテールを作っていくの」

カレン「細かいところって、どの辺までデスか?」

綾「その人の性格、癖、体つき、細かなこだわり、と、思いつく限りすべてのことをイメージするのよ」

綾「じゃあまずこの私が持ってきた人形を使って、その人の体を投影してみるところから始めよっか」

カレン「うーん……」

綾「どう?」

カレン「難しいデス……」

綾「そうよね。私も完全に出来るようになるまで二週間かかったわ」

カレン(やっぱり……)

カレン(この前一人で話してたけど、アヤヤは実はタルパとお話をしてたんデス)

カレン(陽子が信じられなくなったから、頭の中にもう一人の陽子を作り出したのデス……)

カレン(……可哀想デス)

綾「会話するところから始めてみよっか」

綾「まず、話しかけてみるのよ。こんにちはって」

綾「想像でもいいけど、出来るだけ声に出した方がいいわ」

カレン「コ、コンニチハ」

綾「相手の返事を想像するのよ」

カレン「ハイ……」

……

カレン(タルパなんて、初めから作る気アリマセン)

カレン「アヤヤ、アヤヤはその、タルパを作れてるんデスよね」

綾「ええ、そうよ」

カレン「お話してて楽しいデスか?」

綾「もちろん。だってタルパは私の理想の相手なんだもの」

『なんか、照れるな』

綾「えへへー」

カレン「タルパのことはどこで知ったんデスか」

綾「なんか刑事が尋問してるみたいね。――まあいいわ。たまたま見たちょっとアングラ系の雑誌でね……」

カレン「……タルパとお話するのと、私たちとお話するの、どっちが楽しいデスか?」

綾「それは、申し訳ないけどタルパと話す方が楽しいわね。一日中一緒に居る相棒なんだもの」

カレン「……そうデスか」

カレン「アヤヤはにせものだというけど、ヨーコとも仲良くしてほしいデス」

綾「そ……それは」

カレン「ちょっと縁が薄くなりすぎデス。綾のふるまいは、決してお友達にする態度じゃアリマセン」

綾「お、お説教かしら。それはアイツがにせものだから悪いのであって……」

カレン「いいデスか。私たちは友達デス。特にアヤヤとヨーコはとびきり仲のいい友達デス。アヤヤはその関係から、恋人に発展させようと努力しているほどの仲デシタ」

綾「なにを言われても一緒よ。私はタルパとの会話が楽しくて仕方がないんだから」

カレン「……これ以上は何も言いマセン」

カレン(絶対アヤヤの病気を治して、元通りにしてやるデス)

カレン「アヤヤ、今日はアリガトデス。タルパ作り、頑張ってみるデス」

綾「いいのよ。カレンの力になれて、私も嬉しいわ」

カレン「何かお礼がしたいデス……そうだ!」

カレン「このCD貸してあげマス!」

『Come Clean』Puddle of Mudd

綾「洋楽……かしら」

カレン「時間あるときに聴いてみてクダサイ。特に五曲目はお勧めデス」

カレン「ちょっと待ってクダサイ。今和訳してアゲマス」

カキカキ

カレン「ハイできマシタ!」

綾「ん、ありがとね……『blurry』、どういう意味だっけ?」

カレン「ぼやけた、って意味デス」

綾「そうだったわ。ぼやけた曲なのかしら?」

カレン「聴けば分かりマスよ」

綾「ええ、そうね、ありがと」

~夜、綾の家~

綾「ふんふん、ふーん」

『上機嫌だな、綾』

綾「なんでだかわかるでしょ?」

『さあ』

綾「もう、とぼけないでよ……」

綾「明日は陽子とデートの日でしょ?」

『そ、そう言えばそうだったな』

綾「今日からワクワクしちゃって、眠れないかも」

『綾は子供っぽいな』

綾「もう、陽子がいけないんだから……」

『でさ、その……』

綾「なに?」

『私のこと、他人に教えちゃっても大丈夫なのか?』

綾「カレンに? 大丈夫なんじゃない?」

『でも医者に行ったときはためらったじゃん。それは頭おかしいと思われたくないからでしょ』

綾「ええ、そう言えば……あっ」

綾(カレンとお医者さんは、知り合いだったわ……)

『次に病院に行く時、覚悟しとかないとな』

綾「ええ……」

綾「そんなことより、明日の話しよっ!」

『なんだよ、暑苦しいな……』

今日はここまでになります
今週中に終わらせられればと思います

~翌日~

綾「まずはいつものブティックへ行くわよ」トコトコ

『へいへい』

……

綾「陽子! このセーターとかどうかしら? 似合うかしら!?」

『うんうん、似合う似合うー』

綾「流行は追っとかないとねー」ワクワ

『そうですねー』

綾「なによ陽子、もうちょっと気のある返事してよ」

『服とかあんま興味ないんで』

綾「もう……陽子だって、お洒落すればもっときれいになるわよ?」

『そう……かな』///

……

綾「ここのダージリンティーが美味しいのよ」ゴクッ

『へー』

綾「実は私一人でよくここに来るの。今日は陽子に紹介できて良かったわ」

『私、飲めないんですけどね』

綾「ねえ陽子、私とデートできて嬉しい?」

『ん、嬉しいよ』

綾「そう! そうよね!! 私、最高に幸せだわ」

『そう、そりゃ良かった』

綾「えへへー、陽子」

『なにさ、急にあらたまって」

綾「……大好き」

『……なんかその、照れるな。そうストレートに言われると』

綾「もう私、あなたのいない生活は考えられないわ」

綾「この先もずっと、あなたと一緒にいたい――」

『……そう言ってくれて、嬉しいよ』

……

綾「日が暮れてきたわね」

『そうだな』

綾「……そろそろ、帰ろっか」

テクテク

綾「ねえ陽子、……」

綾(あれは……)

綾(にせものの、陽子)

綾(となりには、あの男が――)

綾(なんか、いい雰囲気ね)

綾(もしかして――)

綾(――ああ、あの二人、体を近づけあって……)

綾(――キス、しちゃった)

綾(うん。これでいいのよ)

綾(これで当たり前。あのにせものの陽子も、幸せでしょうね)

綾「……」

綾「あ、あああ――」

綾(あの空気は、なに――?)

綾(男のやってしまった、みたいな顔、陽子の――怒った顔)

パシン

綾(陽子が男の頬を、張った――)

綾(陽子が――ほんものの陽子で――)

綾「いや、嫌ぁぁーー!!!!」

ダッ

陽子「……え? 綾の声……?」

陽子「綾!? いるのか!」

陽子(あれだ――)

陽子(ああ、綾が走り去っていく――)

綾(嫌、そんなの嘘、嘘よ――)

綾(陽子、あの陽子は、にせものなんだもの)

綾(そんなはずはない、無いのよ――)

綾「……きゃっ」

綾「いたた……」

綾(また、こけちゃったわ)

綾(……?? どうして)

綾「熱っ――ああああ! 熱いぃぃぃ!」

~綾の家~

綾(どうして、どうして……)

綾(いやだいやだいやだいやだいやだ、そんなの嫌――)

綾(そう、これは現実じゃない、空虚で実態のない夢の世界――)

綾(……ほっぺをつねると、痛い)

『おいちょっと、綾、どうしたんだ』

綾「話しかけないで……」

『どうしたんだよ!?』

綾「話しかけないでって言ってるでしょ! この、この――」

綾「――にせものめ!」

『おい、綾、何言ってるんだ――』

綾「消えろ、……消えろ!! 私から出て行け!!」

綾「二度と――二度とその面見せるな!!」

『……』

綾「消えろ、消えろ、消えろ――」

『……わかったよ、じゃあな』

綾「うるさいさっさと消えろ!!」

『……』

―――

――

綾母「綾ー、そんなに叫んでどうしたの?」

綾「いや、なんでもないわ」

綾母「ご飯出来たわよ」

綾「食欲ないから、いらないわ」

綾母「そう――? 風邪引いたの? 大丈夫?」

綾「大丈夫」ブルブル

綾母「ほらあなた、震えてるじゃないの、風邪引いたんでしょ?」

綾「大丈夫だって――」

綾(……どうして?)

綾(体が、体が寒くてたまらないの――)

綾(誰か、誰か私を温めて――)

綾(早く、ねえ、陽子――)

綾(――ほんものの、陽子)

~次の金曜日~

陽子「はぁ……」パチパチ

アリス「陽子、メール?」

陽子「うん、綾に」

アリス「その……大丈夫?」

陽子「……え? ああ、平気平気」

アリス(顔がちょっとやつれ気味だよ……)

陽子(綾が学校に来なくなって、今日で五日目)

陽子(学校には風邪で休むと伝えてあるらしいけど、それは違う)

陽子(――日曜日のこと、なんだろうなあ)

陽子「あーあ……」パチパチ

~放課後~

アリス「シノー、帰ろ?」

忍「はいー」

アリス「あっ、カレン……」

アリス(また家とは反対の方向へ――)

忍「早く二人で帰りましょう。昨日の録画しておいたドラマ、早くみたいんですよ!」

アリス「う、うん、楽しみだね」

アリス(カレン、もしかして毎日――)

アリス(毎日、アヤの家に通って、様子を見に行ってるの――?)

アリス(どうして、そこまでしてあげるのかな?)

忍「アリス、なんで突っ立ってるんですか? 早く行きますよ」

アリス「うん……」

カレン(アヤヤ、今日も休んじゃいマシタ)

カレン(私が、慰めてあげナイト)

カレン(私が、アヤヤを治してあげると決めたんデスから)

カレン(アヤヤが月曜日から毎晩、私に送って来るメール……)

助けて助けて私は寒いのでも私は裏切り者なの

もう私なんて、居なくてもいいの、いやはじめから、私なんて――

最低最低最低最低最低最低最低な私

カレン(日曜日に何かあったに違いありマセン)

カレン「……」

カレン(私には、アヤヤを助けてあげる義務がアリマス)

カレン(だってアヤヤは、私の大切な友達――)

カレン(アヤヤは、自分がヨーコが好きなことを打ち明けてくれマシタ)

カレン(私は信頼されているのデス、信頼に、応えなきゃ――)

カレン(着きマシタ、アヤヤの家デス)

ピンポーン

綾母「はい」

カレン「あ、九条デス。アヤちゃん、大丈夫デスか?」

綾母「あらあら、毎日来てくれてありがとね」

綾母「でも、まだ風邪が良くならないみたいで――一日中布団にくるまってるの」

綾母「今日もちょっと会えないんだって」

カレン「そうデスか……分かりマシタ」

カレン「じゃあアヤヤ……アヤちゃんに、よろしく伝えてクダサイ」

綾母「はい。ごめんねほんとに、毎日毎日……」

カレン「月曜日に学校で会えると嬉しいデス」

今日はここまでになります

~忍の家~

忍「あ、お姉ちゃんもこのドラマ見ますか?」

勇「そうね、1話見逃したけど、見ようかしら」

アリス「一緒に見た方が楽しいもんね!」

アリス「……」

アリス(なんだろう、カレンのことが気になって、内容が頭に入ってこない)

アリス「ね、ねえシノ」

忍「今いいところなんです! 話しかけないでください!」

アリス「しゅん……」

勇「アリス、私で良かったら話聞くよ?」

アリス「イサミ……うん。ねえイサミ」

勇「んー?」

アリス「友達って、なんなのかな?」

勇「おやおや、友人関係でお悩みですかな?」

アリス「うーん、私のことじゃないんだけどね」

アリス「最近アヤが学校来なくなってて」

勇「そうみたいね」

アリス「それを心配して、心配し過ぎて、陽子はやつれていってるし」

アリス「カレンは、毎日お見舞いに行ってるみたいで」

アリス「正直、なんでそこまで落ち込んだり、行動したりするのかなって思って」

勇「ふうん……」

勇「そうねぇ……友達……友情」

勇「友情は……そこにただあるものよ」

アリス「え?」

勇「友達とは、友達という関係であって当たり前。当たり前すぎて、存在を忘れちゃうくらいに」

アリス「う、うん」

勇「だから、なくなりそうになって初めて、その存在に気づくもの、じゃないかしら」

アリス「ど、どういうこと?」

勇「綾ちゃんが学校にこれなくなって、陽子ちゃんは友情の深さをしみじみ感じたし、カレンちゃんはなんとか友情を取り戻そうと努力してるんだと思う」

アリス「友情のために、努力……」

勇「しかし、陽子ちゃんが綾ちゃんになにかアクションを起こさないのは、おかしいわね……あんなに仲いいのに」

アリス「そういえば、塞ぎこんでるなんてヨーコらしくないね」

勇「なんにしろ、友達だって意識するってことは大事だと思うな。普段当たり前のように友達として接しているからこそ」

アリス「う、うん、そうだよね」

忍「アリスー、もう、ドラマ見てないじゃないですかー!」プンプン

アリス「あ、シノ、ごめんねー」

アリス(友達だって意識すること……)

アリス(シノは私の恋人……大切に思っている)

アリス(でも私、アヤのこともヨーコのことも、あまり気にしないで過ごしてきた)

アリス(そしてもちろん――カレンだって)

アリス(カレンは私の一番の親友、なのに――)

アリス「シノ」

忍「どうしたんですか?」

アリス「カレンのこと、私なおざりにしてたかも」

忍「なおざり? なおざり、なおざり……頬ずりのことですか? いつでもしてあげますよ」スリスリ

アリス「そ、そうじゃないもん!」

~綾の家~

綾(寒いの寒いの寒いの寒いの寒いの寒いの)

綾(ものっすごく寒くて、凍えて、死んじゃう、死んじゃう)

綾(でも仕方ないわ、私は裏切り者、やってはいけないことをした罪深い人間)

綾(これは当然の罰、なのかもしれない)

綾(そういえば、朝からメールが来てたわ)ピッ

綾(陽子から――? ひっ)

話があるんだ
来れる日でいいから
来た日はちょっと付き合って欲しい

綾(こ、怖いわ……怖い怖い怖い)

綾(あの時の陽子――男の頬を張った陽子)

綾(ほんものの、陽子――)

綾「うう、うううううう!」

綾「……」

綾(あの日のことを振り返ると、思い出した)

綾(寒さを、なんとかしのげそうな方法よ)

綾「……リスト、カット」

綾(熱い、私の体から出る熱い血で暖をとるの)

綾(想像しただけで、温まって来るわ)

綾「カミソリは……あった」

綾(あはは、寒さをしのぐと同時に、私自身を裁く刀にもなるの――これはいいわ!)

スーッ、スーッ

綾「あああああ! 熱いいいいい!! 気持ちいいよおおぉ!!!」

綾(体中に塗りたくらなきゃ、この血が冷えないうちに)

綾(ああ、いい気持ち――)

綾「はあ、はあ……」

綾「……はっ」

綾「私、なんてことを――」

綾(こんなこと、平気でやっちゃうなんて――)

綾(私、本当に病気なのかもしれない)

綾(カレンに医者に連れて行ってもらったときは、こんなこと全然考えなかったけど)

綾(薬、ちゃんと飲んでおくべきだったのかしら……)

ppppp…

綾「メール……」

綾「カレンから……」

CD、聴きましたか?
日曜日に遊びに行きましょう!

綾「……」

綾(そう言えば聴いてなかったわ)

綾(聴いてみよっか)

ガチャ、ガチャ

綾(五曲目、だったわよね……)

綾(カレンにもらった紙は……これだ)

♪♪♪

綾(……すごい歌詞ね)

綾(いきなり、みんな曖昧で偽物だ、なんて)

……

綾(だらだらとけだるい感じ、くせになりそう)

♪♪♪

……

綾(気付いたら、何周も繰り返し聴いていたわ)

綾(これは、いい曲ね)

綾(カレンにお礼言わないとね)

綾(カレン……カレン)

綾(今日も私の家まで会いに来てくれた)

綾(どうしてそこまでしてくれるんだろ……)

綾(……学校休み続けて会いにくいけど、それじゃあカレンに失礼のような気がする)

綾(……日曜日、会ってみよう)

綾(返信……と)

わかったわ
いつもの広場で待ち合わせしましょう

~日曜日~

スーッ、スーッ

綾(外は寒いから、いっぱい切ってあったまらなきゃ)

スーッ、スーッ

綾(あはは、熱い、熱い――)

綾「……はあ」

綾(金曜日に一回切ってから、癖になっちゃってるなあ)

綾(でも、仕方ないわ)

~広場~

カレン「アヤヤ、お待たせデース!」

綾「カレン、どこへ行くの?」

カレン「お楽しみ、デスよ」

綾「……」テクテク

カレン「……なんだか、アヤヤ」

綾「どうしたの?」

カレン「目がちょっとしっかりしたデス」

カレン「まるで別の世界から戻って来たかのように」

綾「……そうかしら?」

~カフェ~

綾「そうだ、このCD返すわ」

カレン「あ、聴きマシタか。感想聞かせてクダサイ!」

綾「そうね……」

綾「悲しくて、マイナス思考で、卑屈な歌詞だけれど、不思議と胸に響いたわ」

綾「歌詞のyouを自分に置き換えたり、なんかしてね」

カレン「ふむふむ……」

カレン「気に入ってもらえて、なによりデス」

カレン「ふう。一息ついたし、次はあっちの方に行ってみマショウ」

綾「私あのへん不案内なんだけど」

カレン「カレンにお任せあれー、デス」

綾「……」

綾(まるで私がずっと休んでたことなんて気にしないかのように、自然に接してくれている)

綾(どうして、どうしてなの……申し訳ない気持ちになるわ)

綾(裏切り者の私、友をにせものと勝手に錯覚した残念な人間が、こんなによくしてもらうなんて)

カレン「こっちデス! ほら、早く」

綾「なによ、急かさないでよ」

カレン「ほらほら……」

綾「……って、このへん、見覚えが……」

綾「……そういうことね」

○○メンタルクリニック

綾「私は、行かないからね」

カレン「このあたり一帯にパパが手配した車がありマス。逃げる事は出来マセン」

カレン「私とっても不安なんデス。アヤヤが学校を休むまで、症状が悪くなったことが」

カレン「お医者さんは敵じゃアリマセン。味方デース」

綾「……」

カレン「ね、アヤヤ?」

綾「……はめられたんじゃないの、私」

カレン「こうでもしないと、アヤヤはお医者さんに来ないはずデス」

綾「……でも、いいわ」

綾(どうして、どうして…)

綾(どうして私をそんなに気にかける?)

綾「ここまで来たんだもの。受けて帰るわ」

……

医者「この前の時から、どうですか、なにか変ったことは?」

綾「そう、ですね。特にないと思いますけど」

医者「寒さはやっぱり気になる?」

綾「そ、そうですね」

医者「薬はちゃんと飲んでる?」

綾「そ、それが……実は副作用がきつくてやめちゃって」

医者「そ、そうか。連絡して欲しかったんだけどね。まあいいや、薬には相性があるから、別の薬を出して様子を見てみよう」

医者「それじゃあ、今日の本題に入ろう」

医者「カレンちゃんから話は聞いてるよ。なんていうのかな、タルパ?」

綾(あ……)

医者「僕の専門外だからよく分からないんだけど、妄想のひとつの症状ととらえていいのかな?」

綾「そ、そんなんじゃありません。タルパは、私の」

綾「私の、私が作り上げた……」

綾(大切な……いや、大切だと思い込んでいた)

綾「にせものの、陽子です」

……

綾「薬……」

リスパダール

綾「飲むの、怖い」

カレン「飲まないと、よくなりマセンよ」

綾「うん……」

綾「じゃあ私こっちだから」

カレン「ハイ、サヨナラ、っと、ちょっと待ってクダサイ」

綾「え?」

カレン「明日、学校に来てクダサイ。約束デス」

綾「……嫌、よ」

カレン「ヨーコがすごく心配してマス。アヤヤが早く戻ってあげないと死んじゃいそうデス」

綾「陽子――、陽子の名前を、出さないで」ブルブル

カレン「――この前の日曜日、ヨーコとなにかあったんデスか?」

綾「――どうして」

カレン「へ?」

綾「どうして、分かっちゃうのよ……」

綾「日曜日、私は陽子がある男と出会うのを見た」

綾「男は陽子とは、一か月と少し前から関係があったみたい」

綾「私がは二人がキスするところを見たの」

綾「男が、若干無理やりに唇を奪った形だわ」

綾「キスが終わった後、陽子は男をぶった」

綾「私にはそれが信じられなかった。私はその時、あの陽子が本物だと確信したの」

綾「それは、つまり……私が作り上げたタルパが、にせものだってことの証明でもあるの」

綾「私はにせものをずっと本物と思い込んで、この現実世界の本当の陽子をないがしろにした」

綾「私は、私が許せないの。にせものを本物だと信じていたことに」

綾「陽子は、陽子は私の親友……いえ、私が恋した人、それほど真剣に見つめてきていた人なのに」

カレン「アヤヤ……」

綾「陽子に顔向けできないじゃない。こんな人間が」

カレン「アヤヤが自分を追い込みすぎデス」

カレン「アヤヤ、視野を広く持ってクダサイ」

カレン「自分に自信を持ちマショウ!」

綾「持ちましょう、ったって無理よ」

カレン「……アヤヤの中で、いろんな思いが戦っているのは分かりマス」

カレン「自信を持つことが無理でも、自分を追い込むことだけはしないでほしいデス」

綾「……」

カレン「明日学校来てくれマスか?」

綾「……考えておくわ」

今日はここまでになります
正直見てくれている人がいるのかと不安になっていますが、続きます

~夜、綾の家~

綾(陽子……)

綾(陽子は私を認めてくれるの……?)

綾(嘘、嘘よ。こんな人間は居てはダメ)

綾「……」

綾(寒いわ……)

綾(……もう、わかってるの)

綾(私はにせものの陽子に依存しているの……にせものの陽子とお話することで、この寒さは紛れる)

綾(けれど……それもなくなってしまった。陽子は消えてしまったの)

綾(それで、いいのよ、綾)

綾(残ったのは辛い思いだけ……)

綾(けれどもそれは当然の報い……)

綾(ダメだ、考えがまとまらない)

綾(寝てしまおう……)

~翌朝~

綾(朝が、来た……)

綾(目が覚めてしまったわ)

綾(学校には行ける時間……)

綾(……いや)

綾(このまま布団にくるまっていよう)

綾(ずっと、ずっと、夜が来るまで)

ピンポーン

綾母「綾ー、陽子ちゃんよー」

綾「どうして……」

陽子「おはよ、綾」ニコッ

綾「お……おはよう」

陽子「なんか、すっごい久しぶりに会った感覚だわ」

綾「そう……」

綾「……」

陽子「……行くか」

陽子「……綾、私のメール見た?」

綾「……ええ」

陽子「……話をしよう」

綾「……」

陽子「綾……」

陽子「綾、私のこと好きでしょ?」

綾「そんなこと、ないわよ」

陽子「まあそんなに照れるなって」

陽子「綾、ちょっと公園にでも寄ってこうよ。ゆっくり話をしよう」

綾「……わかったわよ」

~公園~

陽子「覚えてるか? 中学校の頃、よくこの公園来たよね」

綾「もちろん覚えてるわ……」

陽子「あのときもただこうしてぼーっとベンチに座ってさ」

陽子「ただ子供が遊んでるのをのんびり眺めて……」

陽子「……ちょっと滑り台で遊んでく?」

綾「……遠慮しとくわ」

陽子「えー、残念」

陽子「綾、私綾ににせものだと思われててもいいよ」

綾「……?」

陽子「綾にとって私は他人でも、私にとっては大切な友達だから」

陽子「私にとって、大切な友達が、そばに居る、それだけで満足するべきだと思い始めたんだ」

綾「……そんなのって、おかしいわ」グスッ

陽子「なんだよ、なんで泣いてるんだよ?」

綾「みんなみんな、私の周りの人はおかしいのよ……」

綾「みんな、私に優しすぎる」

綾「あなたは、ほんものの陽子よ、間違いない」

陽子「え? もしかして病気が治ったのか!? よかった!」

綾「怖いの……私、陽子が怖い」

陽子「やったな!」

綾「触らないで!」

陽子「……?」

綾「今の私は……陽子に触れられる資格なんてないのよ」

陽子「おい、何言ってるんだ?」

綾「……一週間前の、日曜日」

陽子「うん」

綾「陽子は男とキスをした」

陽子「……うん」

綾「そこまではよかったのよ、でも陽子、あなたは」

綾「あなたはあの男を拒絶した」

陽子「……嫌だったからな」

綾「……」

綾「どうして、あの男を拒んだの」

陽子「……あいつとは一か月半ほど前に知り合った」

陽子「いつも同じコースをランニングしててな……ある時、声をかけられた」

陽子「それで、話してるうちに、あいつがなんか、勘違いしたみたいで」

陽子「二人で歩いてるときとか妙に彼氏ヅラし始めた」

陽子「毎日毎日メール送って来るし……正直うっとうしかった」

陽子「それで、あの日曜日」

陽子「あいつの方から、迫られて……キスした」

陽子「はっきり言って吐き気がしたよ。好きでもない男と、キスなんて」

陽子「家に帰ってから必死で口をすすいだよ」

綾「……」

綾「……一ヵ月半前。あなたがあの男に出会ったときから、陽子と男の関係は知っていた」

陽子「え? そうだったのか」

綾「ついでにいうなら、あなたを毎日ストーカーのようにつけていたのよ……」

陽子「え……」

綾「あなたが何時何分に何をするかから、下着のサイズまで、私全部知ってるの」

陽子「……」

綾「そうしなきゃいけなかったの。あなたそっくりの、タルパを作り上げるために」

陽子「タルパ……。うん、カレンからその話は聞いた」

綾「あら、そうなの」

綾「あなたの情報が欲しかったのよ……軽蔑して頂戴」

陽子「……」

綾「私はあの男と一緒にいる陽子を、にせものだと思い込んだ」

綾「付き合っていると、陽子はあの男のことが好きだと確信していた」

綾「なぜなら、あなたの気が私に向いていないことに、絶望したから……なんだと思う」

陽子「なるほど……」

綾「私、陽子のことが好き。だから陽子にも、私のことを好きになっていて欲しかったんだわ」

綾「けれど、陽子はあの男と付き合ってる。私の事なんて思ってくれていない――だから、私は陽子をにせもの扱いした」

綾「そうやって、現実を受け入れようとしたのよ」

陽子「……」

綾「そうして、私はタルパを作った」

綾「この世からいなくなってしまった本物の陽子を、私が作りだすつもりだった」

綾「けれど、それはにせものだと気付いた」

陽子「……私が男を拒んだから……か」

綾「そうよ」

綾「私はにせものの陽子と、それはそれは楽しい時間を過ごしたわ」

綾「甘い甘い……至福の時を」

綾「だから、……いや、それだけに、私がこれまでうつつを抜かしていたのがにせものだったと気付いたとき、私は虚無感を抱いた」

綾「同時に……陽子、あなたに対する罪悪感もね」

綾「陽子、私は許されないことをしたの……」

綾「だから……私はあなたに優しくされてはいけない……こんな汚い心を持つ人間に、あなたは触れてはいけない」

陽子「……」

陽子「……」ナデナデ

綾「やめてって言ってるでしょ!」

陽子「……」ナデナデ

綾「陽子! 陽子!! 私を嫌うのよ!! 私はあなたを盗聴した変質者、あなたを裏切った薄情者よ!」

陽子「……やだ」

綾「ねえ、陽子!! ほら、見て!」

バッ

陽子「……」

綾「この痕! 私はリストカットなんてしちゃうダメ人間なの!! これでわかったでしょ! 早く私を突き放すのよ!」

陽子「……」

綾「……やっと、気づいてくれたの?」

陽子「……可哀想にな」

綾「陽子……」

陽子「私、綾を突き放したりなんてできないよ……」

陽子「だって……私、綾のこと好きだもん」

綾「……っ!」

陽子「ストーカーしたりとか、リスカとか、正直引くけど」

陽子「それ以上に、私は綾のことが好きなんだ」

綾「……」

陽子「あっ、そろそろ学校行かないと遅刻するよ」

陽子「ほら、急いで急いで」

綾「あ、あの……」

陽子「話はまた放課後にしよ?」

綾「う、うん……」

~学校、授業中~

綾(陽子の、あの言葉――)

――私、綾のこと好きだもん――

綾(あれは、どういう意味なの――?)

綾(私が好きって――どういうこと?)

綾(嘘でしょ? 嘘よ、嘘――)

綾(……でも、あの時の陽子の目、あれは嘘を言うときの目じゃなかった――)

綾(信じても、いいの――?)

~昼休み~

カレン「……」

カレン「アヤヤ」

綾「あらカレン、どうしたの?」

カレン「……」

カレン「ヨーコと、上手く仲直りしてクダサイネ」

綾「? え、ええ」

カレン(……これでいいのデス)

カレン(私は友達のために尽くしてきマシタ。神様がどこかで私を見ていてくれて、なにか御褒美をくださるはずデス)

カレン(……でも、アリスやシノは、依然私をのけものにして……)

カレン(報われマセンネ)

カレン「はあ……」

カレン「これで、いいのデス」

……

アリス「カレン……カレン!」

カレン「え? あ、アリス」

カレン(アリスから声をかけてもらったの、いつぶりデショウか)

アリス「……はい、これ」

カレン「……これは、マフラー?」

アリス「うん。誕生日、忘れててごめんね?」

カレン「ふぇ……」

忍「私とアリス、二人で編んだんですよ!」

カレン「アリスー、アリスー!」ギュッ

アリス「な、カレン、ぎゅってしないでよ、苦しいよ」

忍「アリスばっかりずるいです! 私も……」

アリス「カレン、私ちゃんと見てたよ」

アリス「カレンがアヤのために一生懸命になってるところ」

カレン「アリス……感謝しても、しきれマセン」ギュー

アリス「だから、そんなに強く抱き締めないでー」

忍「なんだか、妬けちゃいますね」

カレン「……シノ」

カレン「アリスは、お返しするデス」

アリス「うん。……私とシノは特別な関係だけど」

忍「カレンは私たちにとって、大切な友達のままですからね?」

カレン「ハイ、ハイデス」

アリス「最近ちょっとほったらかしにすることがあって、ごめんね?」

カレン「もう、そんなのは良いんデス……」

カレン「私たち、ずっと友達でイマショウ!」

忍「はい!」

~放課後~

陽子「綾、一緒に帰ろ!」

綾「え、ええ」

陽子「……」

綾「……」

綾(陽子、本当に私のことを迷惑だと思っていないのかしら……)

陽子「綾、私は綾のすべてを認めるよ」

綾「……」

陽子「綾のしてきたことすべて受け入れて、それでも私は綾のそばに居たいと思うんだ」

綾「……」

陽子「だからさ、綾。どうか自分を追い込まないでくれ」

陽子「綾がそんな顔しているところは見たくないんだ」

綾「陽子」

陽子「なに?」

綾「ねえ、陽子、どうして、どうして陽子はそんなに私に優しく接するの?」

陽子「決まってるじゃん?」

陽子「私たち、親友だろ」

綾「親友……」

綾「でも……やっぱり、私にはその資格がない」

陽子「あるよ。絶対にある」

陽子「綾が私のことをにせものだと感じていたとしても、私と綾の間には友情の糸は絶えず、そこにあったんだ」

綾「陽子……」

綾「ぐすっ、ひっく」

陽子「泣くなよ」

綾「陽子ぉ……私のことを信頼してくれるなら、ひとつお願いをきいて?」

陽子「ん?」

綾「……」ドキドキ



綾「私と――付き合ってください」

陽子「うん……その気持ちは、嬉しい」

陽子「でも……今は、まだ親友でいよう」

陽子「まず、綾はしっかり病気を治すんだ」

綾「うん……」

綾「治ったら、付き合ってくれる……?」

陽子「もちろん。というか、私の方も……」

綾「え?」

陽子「朝言ったでしょ。私も、綾のこと、好きだからさ……」

綾「え? 好きって、そういう意味で言ってたの――?」

陽子「……」///

陽子「ほら、行くぞ」

陽子「綾はこれから、波を超えて行くんだ」

綾「薬もちゃんと飲むわね」

陽子「変な妄想や、リストカットに打ち勝つ過程で、困難に出会うかもしれない」

陽子「でも、私がついてるから。心配するな」

綾「……うん」

陽子「――私たちの間には海が広がっているけど、大した距離じゃない――」

綾「っ! その歌詞は……」

陽子「『blurry』、いい曲だね。昨日カレンに借りたんだけど」

綾「……ええ、とっても――」

綾「陽子……」

陽子「どうしたんだ、綾」

綾「――ありがと。私、頑張るわ」


おわり

長々とお付き合い頂きありがとうございました
それでは。

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2013年12月14日 (土) 22:50:27   ID: Yke3x0WP

途中とても辛かったけどハッピーエンドでよかった…

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