上条「おまえは誰だ?」 カヲル「僕はカヲル。運命を仕組まれた子供さ」 (385)

初SSです。

とある×エヴァとなります。

とある…新約8巻終了、エヴァ…TV版23話終了からの話となります。
そこまでのネタバレはありますので注意。

エヴァの世界の再構成になります。

設定、キャラ、その他などは変えてある箇所があります。

シリアスなストーリーを目指しているので、カップル要素はあっても、ギャグ、ラブコメその他諸々は含まないと思います。

今のところはこのような感じでいきますので、これに嫌悪感や違和感などを持つ方は読まないことをお勧めします。

下手くそですが、それでもいい方はどうぞよろしくお願いします。




SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1385216818

「あれ…、ここは…」

学園都市の無能力者、上条当麻は目が覚めると廃墟と化した市街地のど真ん中で横たわっていた。
辺りにはひしゃげた道路標識や崩れかけたビルがあり、何か戦争でもあったかのようである。
いや、今も戦争中なのかもしれない。

「確か、グレムリンの船の墓場(サルガッソー)へ向かって、それから…」

そこまで呟いてから彼はいったい何があったのかを思い出した。

血まみれのオッレルスが落ちてきて、オティヌスが自ら主神の槍(グングニル)を創り出して、インデックスたちの…。

「そうだ!インデックス!御坂!バードウェイ!レッサー!」

必死に名前を呼んでみるが、辺りの静寂に飲み込まれてしまう。彼女らの姿は見えない。

そうして、上条はもう一つ重要なことを思い出す。

「そうか…、世界は…、壊れてしまったのか…」

オッレルスへの敗北により、失敗100%を手に入れた魔神オティヌスによって世界は簡単に壊れてしまったのだ。

上条はもはや魔神を凌駕する存在となったオティヌスに手も足も出なかった。
彼はただ彼女に怯え、闇雲に突進し、そして…。







世界が闇に包まれた……。






そして、この場所で目が覚めた。





みなさんコメントありがとうございます。1です。

2chの世界はつくづく怖いものだと実感してます。

まあ、のんびりまったり書いていくので、温かく見守ってくれるとうれしいです。

じゃあ、短いですが投下します。

上条はオティヌスの言葉が頭に残っていた。


オティヌス「ちまちま戦うのもめんどくさいな。世界を終わらせてやるか」


上条は幻想殺しの宿る右手を握りしめ、そしてオティヌスに対する怒りを感じた。


「いいぜ、オティヌス! テメエが気まぐれで世界を壊したってんなら、人々の日常を奪ったってんなら、例え俺が死んでたとしても、そのふざけた幻想をぶち殺す!!!」

しかし、上条はある違和感に気付いた。
世界が壊れてしまったのなら、なぜ自分が今生きているのか。
もし本当に世界が壊れてしまったのなら、今こうして息をするのもできないのではないか。

つまり、何がどうなったのか知らないが、世界はまだ続いているのかもしれない。

「そう考えると、インデックスたちもどこかで生きているのかもしれない」

そうして、上条は立ち上がりインデックスたちを探すことにした。
インデックスたちをこの見知らぬ場所でほっておくわけにはいかない。

そして、上条はオティヌスへのリベンジを誓って、荒れ果てた市街地を歩き始めた。

西に連なる山あいに沈み込もうとする夕日の下で、上条は歩いていた。

目覚めてからかれこれ1時間ほどだろうか、正確な時間はわからないが上条は歩き続けていた。

しかし、歩いても歩いても周りの景色は変わらない。がれきの山が見渡す限り続いているだけである。


それでも、上条はいくつかわかったことがある。

まず、学ランを脱いでワイシャツ姿になっても暑いことである。11月半ばであったことを考えるとこれは明らかにおかしい。

このことから考えると、ここは日本ではないと思われる。

しかし、ひしゃげた看板やゴミに書かれている文字を見てみるとほとんどが日本語であった。

このことから考えると、この場所は日本であると考えられる。

つまり、この2つの事実は明らかに矛盾しており、上条をますます混乱させた。

さらに、どれだけ歩いてもインデックスたちはおろか誰とも出会うことはなかった。

上条「それにしても、誰にも会わないし、携帯電話は壊れてやがる。目が覚めた途端からこんな目にあうなんて、不幸だ…。」

そう独り言を言ってもむなしく消えていくだけであった。

そのとき、道路の先にボロボロになっている道路標識を見つけた。

その標識は案内標識のようで、地名や施設名が書かれているようだ。
つまり、自分がどこにいるのかを知ることができる。「

上条はすぐに駆け寄って表示を見た。

そこに書かれていたのは……。







上条「第3新東京市?」





同時刻、エヴァンゲリオン初号機パイロット、碇シンジは芦ノ湖の湖畔から夕日を見つめていた。

といっても、この芦ノ湖はもともと市街地であったものだ。

第16使徒戦時、綾波レイが操縦する零号機の自爆によって芦ノ湖の堤防が決壊。爆発時に生じたクレーターの窪みにそのまま水が流れ込んでできたものだ。
そのため、水面からはボロボロになったビルの残骸や電信柱がところどころで顔を出している。

シンジ「トウジもケンスケも、みんなうちを失って遠くへ行ってしまった。友達は…友達と呼べる人はみんないなくなってしまった」

そう言うと、シンジは右手を握りしめる。

シンジ「綾波には会いたくない。アスカは出てったまま帰ってこない。ミサトさんも本部で泊まりっぱなしだし…。」

シンジには頼る人がそばにいなかった。

綾波の正体を知って愕然とし恐怖を覚えた。

シンジ「綾波の、やっぱりそうなのか。あの感じ、母さんの。綾波を、母さんを、何をしているんだ父さん!」

そのあと、綾波の正体を暴露したリツコは泣き崩れてミサトに連れられていった。

アスカは加持の死を知った途端にまるで死んだような顔になって家を出て行った。

ミサトは家に帰らずに本部でこもりっぱなしだ。

彼の父親である碇ゲンドウはもはや本当に息子と思われているのかどうかさえ怪しい。







もう、シンジの周りには誰もいない。





そのとき、シンジの耳に楽しそうなハミングが聞こえてきた。
ハミングのするほうを振り向くと、頭を切り落とされたペガサスの像、その首元にある少年が座っていた。

銀色の髪に色白の肌、赤い瞳であることから生まれつきアルビノ体質であったのだろう。
さらに、シンジと同じ第壱中学の制服を着ている。

彼が口ずさんでいるのは





ベートーヴェン交響曲第9番 4楽章 「歓喜の歌」





???「歌はいいね、歌は人の心を潤してくれる。リリンの生み出した文化の極みだよ。」

そう言うと彼はアルカイックスマイルを浮かべながらシンジのほうへ顔を向けた。

???「そうは思わないかい?碇シンジくん?」

シンジ「君は……?」

シンジは名前を呼ばれたことに驚きながらも尋ね返す。









カヲル「僕はカヲル、渚カヲル。君と同じ運命を仕組まれた子供。フィフスチルドレンさ」







「もう!いったいここはどこなのよ!」

学園都市の超能力者第3位「常盤台の超電磁砲」こと御坂美琴はそう叫ばずにはいられなかった。
彼女は上条やバードウェイらとともにグレムリンの本拠地「船の墓場(サルガッソー)」へ乗り込んだのだが途中からの記憶がなく、気が付けば見たこともない街の中で気を失っていた。

つまり、上条当麻と同じ状況であった。

ただ、上条はがれきの中で目覚めたのに対し、御坂は小さな公園で目が覚めた。

上条と同じように、街中を歩き回りはぐれた仲間を探そうとしたが、誰一人として街中を出歩いている人はなくおまけに携帯電話も圏外である。

しかし、彼女はいくつか情報を手に入れていた。

まず、この街は「第3新東京市」という名前であること。
他にも「新小田原」や「新横浜」といった都市があること。
何か「緊急事態」に備えた対策を至る所に行っていること。
例えば、避難路があちこちに整備されていたり、大規模なシェルターが設置されていたりといったことだ。

そして、街中のいろいろな建物や道路に「特務機関NERV」という名前が書かれてあることだ。

だが、これらの情報がかえって御坂を混乱させる。


御坂「第3新東京市なんて街聞いたこともないわ。大体ここって日本よね?いくら学園都市が壁で囲まれてるからって、これぐらい大きな街なら普通わたしでも知ってるはずなのに」


学園都市は事実上日本政府から独立しているようなものである。
周りを壁に囲われているうえに外部との物流や交流は一部の学区で行われているだけである。
そのため、学園都市の一中学生にまで外部の情報が伝わるのはなかなかないが、このような特徴的な名前なら普通噂話程度でも聞こえてきそうである。

あたりは夕日が沈むのに合わせてだんだん暗くなってきている。

早いうちに上条達に合流する必要があるのはわかっているのだが、八方塞がりの状態だ。


一方で、御坂はこの街の違和感も感じ取っていた。

街に人がいる気配がないのも奇妙に感じていたが、それ以上に違和感を感じたのが「特務機関NERV」(ネルフ)」だ。

当然御坂は聞いたこともないし、いったいどのようなものなのかもわからない。
しかし、主な公共施設や道路の標示などにその名が記されているということは、この街を支配している存在なのかもしれない。

御坂「つまり、学園都市と似たような存在なのかも知れない。だけど、なんかきな臭いわね。これだけ避難路やシェルターを整備してあるってことは、街の人々に危険が及ぶ事態が起こりやすいってことよね。」

しかも、道路の路面がまるでスライドドアのようになっていて開閉式になっていたり、ビルと道路の間に人工的な隙間が空いていたりするなど、不自然な都市構造になっている。

まるで何かに備えるためのように……。

そのように考えると、街の住民が見当たらないのもすでに避難が終わっているからかもしれない。

となると、街には何か危険が迫っている?

御坂「もしかしたら、アイツや銀髪シスターもこのネルフとかいうところに保護されているのかしら」

御坂は周りの状況に警戒しながら呟いてみる。
まわりは相変わらず静まり返ったままだ。

しかし、本当に避難指示が出ているのなら、街中にサイレンなり避難を呼びかける放送なりあるはずである。
警察や消防などの組織が見回りをしている様子も見られない。

ということは、住民はこの街から逃げ出した、あるいは追い出された?


御坂「ちょっと調べてみる必要があるわね」

そう言うと御坂は傍らの建物に近づいた。
ビル10階建てに相当するこのビルには、窓がない代わりに「特務機関NERV」という印字がなされている。

どのようなビルなのか御坂には見当もつかないが、御坂はドアの前に立っていた。

ドアには「この建物は特務機関NERVの関連施設である。関係者以外の無断立入は禁止されている」と書かれており、電子キーによってロックされている。

しかし、レベル5の電撃使いである御坂にとってこれぐらいのロックを解除するのは造作もないことであった。

彼女は右手を備え付けられているキーパッドにかざして、掌から少し放電をする。
すると、ドアのロックが解除されて勢いよく開いた。

あまり使われていないのか、目の前の通路は真っ暗である。
しかし、それがこの街の秘密を表しているように見えた。

御坂は不気味さを感じて手が少し震えている。

御坂「ちょっと嫌な予感がするわね。けど、何もわからない以上、こちらから動いていくしかないわ」

そう呟いて自分を奮い立たせた後、暗闇へ一歩踏み出す。






御坂(いったいどこにいるのよ……、当麻)





自分の想い人の身を案じながら……。





みなさん、こんばんは。1です。

いつもコメントや閲覧ありがとうございます。

突然ですが、私の都合でクリスマスから正月明けにかけて投稿ができません。
その時になったら連絡しますが、あらかじめ予告しときます。

それまでは今までのペース通りに投稿していきます。

下手くそですが、これからもよろしくお願いします。

上条はがれきの中を歩き続けていた。

先ほどの場所からかなりの距離を歩いてきたのだろうか、がれきの中にも原型をとどめている建物がちらほらと見られる。

上条は先ほど見た道路標識のことを思い出していた。

「第3新東京市」。上条はそんな名前を聞いたことはない。

上条(俺はまず東京湾にいた。それが、気が付いたらこんな聞いたこともない街に…。
   そもそも、ここは本当にこの世なのか?あの世じゃねえよな。)

ただ一つ言えることは、オティヌスの力によってこのような事態になったということだ。

オティヌスが魔神と呼ばれる存在になって、何をしたかったのか上条は知らない。
それは、上条のようなレベル0に分かるものではなく、特別な才能を持った人々だけに分かるものかもしれない。

そんなことを考えながら歩いていると、上条は前方から人が歩いて来るのが見えた。

この街で目覚めて最初に発見した人である。

背中まで伸びた明るい栗色の髪、学校の制服を着た中学生くらいの女の子であった。

上条は彼女に近づいて声をかける。


上条「すみません、ちょっとお聞きしたいんですけど……」


そのとき、上条は絶句した。

彼女の頬は痩せこけているように見え、青い瞳からは光が感じられない。
彼女の顔からは生気が感じられなかった。


上条「おい、大丈夫か!?具合でも悪いのか?」


上条はそう問いかけてみる。

しかし、彼女からは何の反応もなく、上条の横を通り過ぎていく。

上条(なんだ?今の子、とても生きてるように見えなかったぞ!いったいなにがあったんだ?)

彼女の足取りも覚束なく、すぐにでも倒れてしまいそうだ。

上条(彼女を放っておけない!早く病院かどこかに連れて行かないと!)

上条はすぐに追いかけて彼女の肩をつかむ。

彼女は歩みを止めたが、何かぶつぶつと呟いている。

???「シンクロ率0。セカンドチルドレンたる資格なし」

上条「大丈夫か!しっかりしろ!今病院に……」

???「もう私が生きている理由もないわ。誰も私を見てくれる人はいないもの、パパもママも誰も……、シンジも」

上条「何を言って……」

そのとき、彼女の肩が震えだした。

???「ミサトもイヤ、シンジもイヤ、ファーストはもっとイヤ。パパもイヤ、ママもイ               ヤ、でも自分が一番イヤ!もぉぉイヤ!我慢できない!」

彼女はそう叫ぶと上条の手を振り払い、足元に転がっていた空き缶を蹴飛ばした。

???「嫌い、嫌い!みんな、だいっ嫌い!」

そして、地面に座り込むとそのまま糸の切れた人形のように動かなくなった。

上条はそれを呆然と見ていることしか出来なかった。

上条(……俺のせいだ。俺が声さえかけなければこんなことには……。ちくしょう!)

おそらく彼女は精神的に病んでいたのであろう。
そして、上条に声をかけられたことによって、かろうじて保っていたバランスが崩れた。

上条は自分の軽率な行動を悔やんだ。

???「動くな」

突然、上条は後ろから声をかけられた。

振り返ると黒いスーツをまとった男が立っていた。
顔にはサングラスをかけており、高級そうな革靴を履いているところをみると、普通のサラリーマンのようには見えない。

ただ一つ分かるのは、彼が右手に拳銃を持っているということだ。

黒服「彼女から離れろ。さもなくば撃つ」

上条「!」

黒服の男は冷徹な声で言った。

上条(なんなんだよ、こいつ……)

上条は拳銃を前にしては何もできなく、座り込んでいる彼女から大人しく離れた。
すると、突然後ろから自分の口を塞がれた。

別の黒服の男がいたのだろう。上条は鼻と口に布を押し当てられて、薬品の匂いを無理矢理かがされる。

上条(まずい、眠らされる!)

しかし、もう手遅れであった。

上条はしばらく抵抗していたが、やがて体から力が抜け眠りに落ちた。

黒服の男はそれを確認すると、物陰に手でサインを送る。
すると、物陰から数人の男たちが現れた。

黒服の男たちは上条の手に手錠をかけ、座り込んでいる彼女も同様に眠らせると、近くに待機させておいた車に2人を乗せた。

そして、リーダーらしき男が胸ポケットから無線機を取り出し、通信を行う。





黒服「こちらC班、こちらC班。セカンドチルドレン、惣流アスカラングレーの身柄を確保した。また、セカンドチルドレンに接触していた男1人を拘束。これから両名を輸送する、繰り返す、……」




物語は少しずつ動き出す。

特務機関ネルフ 第2発令所

マコト「諜報二課より報告。セカンドチルドレンを無事保護したそうです」

ネルフ作戦課オペレーターの日向マコト二尉は、後ろに立っている自分の上司、作戦課長葛城ミサト三佐に苦々しく報告した。

ミサト「そう、ロストした挙句六日後に発見とは、二課らしくないわね」

マコト「わざと、でしょ。我々作戦課への嫌がらせではないんですか?」

ミサト「そうかもね……」

ミサト(で今日、アスカの代わりのフィフス到着。できすぎてるわね、シナリオが)

ミサトは口をかみしめる。

目の前の大型スクリーンには第3新東京市全体の地図が映し出されている。
市街地の中心部は零号機の自爆によって完全に破壊され、そのクレーターの中に芦ノ湖の水が流れ込み、湖となっている。

かつて住んでいた住民たちも、そのほとんどが市外へ避難しているとミサトは聞いた。

残っているのはネルフ本部に勤務する者か、ネルフに関わりのある者である。

使徒迎撃用要塞都市。聞こえはいいが、実際はネルフの実態を隠すための隠れ蓑でしかなかった。
ネルフが隠し持つ地下の第1使徒「アダム」を求め、襲来する使徒をおびき寄せ、倒す。ただそれだけだった。

度重なる戦闘によって街は破壊され、もはや迎撃どころかミサイル一発撃つのもままならない。

ミサト(もうこの街も限界なのね)

スクリーンを見ながらそんなことを考えていると、マコトが声をかけてきた。

マコト「葛城さん、セカンドチルドレンのことですが、ちょっと気になる情報が」

ミサト「どうしたの?」

マコト「保護される直前、セカンドチルドレンに接触している人物がいたようなんですが、どうもスパイらしいんです」

ミサト「なんですって!?」

マコト「セカンドチルドレン保護と同時に拘束したようです。持ち物を調べてみると、IDカードが出てきたんですが、ここのじゃないみたいです」

ミサト「どういうこと?」

ミサトはマコトのディスプレイをのぞき込む。
ディスプレイには本来表示されないはずの諜報部のデータが映し出されている。
マコトが諜報部のデータをハッキングしているのだろう。

ミサトは部下の綱渡りの行動に驚きながらも、表示されている拘束者の取調べデータを見てみる。

そのデータの中には、上条当麻の学園都市のIDカードもあった。

ミサト「名前は上条当麻、住所は学園都市?そんな名前聞いたこともないわ」

マコト「僕もです。一応第3新東京市の住民票と照らし合わせてみましたが、一致しませんでした。つまり……」

ミサト「諜報部は学園都市とかいうスパイ組織の工作員とでも考えているってわけね」

ミサトは呆れたように言う。

ミサト「正直、彼がスパイっていう可能性は低いと思うわ。本当にスパイならここの偽造したIDカードを持ってるはずだし、そもそも組織のIDカードを持ち歩くようなバカなことをするはずがないわ」

マコト「確かにそうです」

ミサト「しかも、武器の一つも隠し持ってないとか、スパイとしてあまりにも無防備だわ。年齢も16歳だし若すぎるわよ」

マコト「同感です。しかし、だとすれば、彼は何者なんでしょうか?」

ミサト「どう考えても市外の人間よね。こんなボロボロの街にくる理由もないし……
ちょっち調べてみる必要があるわね。」

マコト「調べるといえば、こっちも気になりますね」

マコトはディスプレイを操作して画面を切り替える。

そこには今日ネルフ本部に配属されるフィフスチルドレンのデータが映し出されていた。

ミサト「渚カヲル、フィフスチルドレン、生年月日、分かるのはそれだけか…」

マコト「出身地などすべての経歴は抹消済みです」

ミサト「委員会が直に送ってきた子供よ。絶対何かあるわ」

委員会。国連やネルフを操る存在、つまり、ゼーレのことである。

マコト「マルドゥックの報告書も、フィフスの件は非公開となっています。それもあって、ちょいと諜報部のデータに割り込みました」

ミサト「危ないことするわね!」

マコト「その甲斐はありましたよ」

そしてマコトはミサトの耳元に口を近づける。
ネルフの監視や盗聴を防ぐためである。

マコト「リツコさんの居場所です」

そして、マコトから聞いた場所は独房であった。
最近姿が見えないとは思っていたが、まさか独房に入れられていたとは、とミサトは驚いていた。

赤木リツコ。ゲンドウ、冬月に次ぐネルフのNO.3。E計画最高責任者かつ技術部部長。
そんな彼女のことだから、ネルフの裏側で怪しいこともいろいろやっているのだろうと友人であるミサトは思っていた。

それが、つい数日前のことだ。
ターミナルドグマ最下層、そこで何十体という綾波レイのクローンを見せつけたあと、それらを自ら破壊し泣き崩れた。

自らを蔑みながら……。

あの後、彼女を介抱して彼女の研究室まで連れていったが、そのあとで独房に入れられたのだろうか。

ミサト「リツコなら何か知っているかもね」

そう言うと、ミサトは発令所から出て行った。

落ちる心配ないんだし
1レスあたりの文量もっと増やせ
3行で投下とか意味わからん

それは>>1のやり方としか言いようがないこと
場面転換とかキリがいいとこ色々あるだろう

>>70,>>71さんコメントありがとうございます。1です。

書き溜めが少ないので、少量しか投下できません。

読み返してみると、確かに分量が少なめで変なところで切ってあるところがありました。

ss初心者なので、このような指摘をくださるととてもうれしいです。


明日の夜少し投下します。

カヲルはエヴァのパイロットルームにいた。

配属初日であった今日は、ミサトやオペレーター達に挨拶をした後、ネルフ本部内を見てまわり自分の行動圏内の部屋や通路を覚えていった。

明日に初めてのシンクロテストがあるため、パイロットルームの様子を見るために本部内にある自分の部屋を抜け出した。

いや、そういうふりをしていた。

カヲル「やれやれ、また3番目だとはね。しかし、今回は状況が微妙に違うようだ」

カヲルはあるロッカーを見ながら呟く。
ロッカーには「碇シンジ」という文字が書かれてある。

カヲル「僕が目覚めるのも配属されるのも早い。加えて、弐号機パイロットの状況も悪いね。これは前よりも厄介なことになるな」

そのとき、カヲルの胸に鋭い痛みが走った。
まるで心臓をわしづかみにされて潰されるような痛みだ。

カヲル「…っく!」

カヲルは体を前に折って、胸を抑えている。
さらに頭を真上に引っ張られるような違和感がカヲルを襲う。
意識が飛びそうになり、目の前が暗くなってくるが、なんとか持ちこたえる。

しばらくの間、くぐもった声を出しながら耐えていると痛みは徐々に引いていった。
頭の違和感もなくなっている。

カヲルは大きく息を吐いて近くの壁にもたれる。

カヲル「…どうやらおさまったようだね。前はこんなことなかったのに」

そして、カヲルはパイロットルームを立ち去る。

カヲル「しかし、使徒の本能というものはこれほど強いものだとはね。地下の生命体が
リリスだというのに。今にも地下に行きたいくらいだよ」

第17使徒「ダブリス」。それが彼の本名である。

第1使徒「アダム」から生まれた使徒はそれと融合を求める。
それは本能としてあるもので、簡単に抗うことはできない。
使徒であるカヲルも例外ではない。

ちなみに第2使徒「リリス」とは融合できない。

カヲルはパイロットルームの扉にもたれて、腕を組んでいる。

そのとき、廊下の奥から靴音がコツコツと響いてくる。

カヲル「けど、最大の問題はこの世界には存在しないはずのイレギュラーが紛れ込んでいるということだね」

やがて、足音は止まった。
足音の主は、青色のショートカット、中学校指定のブラウスにスカートを履き、カヲルと同じ色白の肌と赤い瞳を持つ少女であった。

カヲル「君も気づいているんだろ、綾波レイ」

そう言うとカヲルは立ち止まっている少女に視線を向けた。

レイ「…あなた、誰?」

カヲル「僕はカヲル、渚カヲル。ちょっと君に頼みたいことがあるんだ」

カヲルはレイに歩み寄る。
レイは無表情のままでだが、何か理解したようだ。

レイ「ええ、分かってるわ。私が何とかする」

カヲル「頼んだよ、綾波レイ。」

レイの顔がわずかに歪んだ。
しかし、すぐに無表情に戻ると、踵を返してどこかへ消えていった。

カヲル「では、僕も行くとしますか。」

カヲルはレイとは反対方向に歩き出す。

カヲルはいつの間にか正面ゲートに来ていた。
カードキーをかざして、ゲートを開ける。

その時、ゲートの向こう側のベンチに少年が座っているのに気付く。

カヲル「やあ、また会ったね?」

カヲルはその少年、碇シンジに近づいて声をかける。

シンジ「うん。そうだね。ちょっと忘れ物をしていて取りに来たところなんだ」

カヲル「そうかい。僕はちょうど帰ろうと思っていたところなんだ」

シンジ「そうなんだ。今日はシャワーでも浴びてかえるだけだけど…、でも、本当はあま り帰りたくないんだ。このごろ」

カヲル「帰る家、ホームがあるという事実は、幸せにつながる。いいことだよ」

シンジ「そうかなぁ」

カヲル「僕は君ともっと話がしたいな、いっしょに行っていいかい?」

シンジ「えっ」

シンジは驚いてカヲルの目を見た。

カヲル「シャワーだよ、これからなんだろ?」

シンジ「…うん」

シンジは伏し目がちに答える。

カヲル「嫌なのかい?」

シンジ「いや、別に、そういうわけじゃないけど」

カヲル「なら、一緒に入ろう」

カヲルはそう言うと、浴場へ続く通路を歩き出した。
シンジも立ち上がり、後をついていく。

通路は誰も歩いておらず、ただ二人の靴音が響くだけだ。

カヲルが先頭を歩き、すぐ後ろをシンジがついていく。
2人で横に並んで話すようなことはしていない。

カヲル「君は人との一時的な接触を避けるね。怖いのかい?人と触れ合うのが」

カヲルは前を向いて歩きながら問いかける。

シンジ「……」

カヲル「他人を知らなければ裏切られることも互いに傷つくこともない。でも、さびし さを忘れることもないよ」

カヲル「人間はさびしさを永久になくすことはできない。人は一人だからね。ただ忘れることができるから、人は生きていけるのさ」

シンジ「別に、周りの人が嫌いっていうわけじゃないんだ。ただ…」

シンジの声のトーンが少し落ちる。

シンジ「周りが怖いっていうか、なんというか……」

カヲル「常に人間は心に痛みを感じている。心が痛がりだから、生きるのも辛いと感じる」

2人は立ち止まる。
目の前にあるドアのプレートには「大浴場」と書いてあった。

カヲル「ガラスのように繊細だね。特に君の心は」

シンジ「僕が?」

カヲル「そう。コウイに値するよ」

シンジ「コウイ……?」

すると、カヲルがシンジの方を向く。

カヲル「好きってことさ」

ネルフ本部 大浴場

浴場には誰もおらず、シンジとカヲルの貸し切り状態だった。
片隅には黄色い桶や椅子が山積みにされている。

2人は2、30人は入れそうな湯船に浸かっている。

カヲル「悪いね、ここまで押しかけて」

シンジ「そんなことないよ。気にしないで」

壁にはスクリーンがはめ込まれてあり、ネルフに関するインフォメーションが流れている。

シンジはなぜかカヲルの方をちらちら見ていた。

カヲル「君は何を話したいんだい?」

シンジ「えっ?」

カヲル「僕に聞いてほしいことがあるんだろう?」

沈黙が流れる中、口を開いたのはカヲルだった。

シンジ「いろいろあったんだ、ここに来て。」

シンジは水面に映る自分の顔を見る。

シンジ「来る前は、先生のところにいたんだ。穏やかで何にもない日々だった。ただそこにいるだけの。」

シンジ「でもそれでも良かったんだ。僕には何もすることがなかったから。」

カヲル「やっぱり、人間が嫌いなのかい?」

シンジ「別に、どうでも良かったんだと思う。」

シンジ「ただ、父さんは嫌いだった。」

シンジ(どうしてカヲル君にこんな事話すんだろう…)


シンジはカヲルの顔を見る。

カヲルの顔は何かを企んでいるようには見えない。
何か、こう、小さいころからの親友にむけるような顔だ。

シンジ(どうしてカヲル君はこんな顔をするんだろう)

その時、カヲルがシンジを見て微笑んだ

シンジ「!」

カヲル「僕は君に逢うために生まれてきたのかもしれない。」

そう言うと再び微笑んだ。

シンジ「な、何をいっているの。カヲル君」

カヲル「そのままさ」

そう言うと立ち上がった。

カヲル「のぼせると大変だ。先に出てるよ」

そして、脱衣所へ足を向ける。

カヲル「あ、そうだった」

カヲルは足を止めて、シンジの方へ振り返る。

カヲル「さっき連絡があってね、2号機パイロットが見つかったそうだよ」

シンジ「え!」

シンジの顔に驚きの文字が浮かんだ。

カヲル「街中をフラフラと歩いていたらしい。諜報部が保護したみたいだよ」

シンジ「よかった。無事だったんだ」

カヲル「ただ、ちょっと入院しているみたいなんだ」

シンジの顔色が心配の色に変わっていく。

カヲル「すまないね、こんな大事なことはすぐに言わないといけなかったのに。ごめん」

シンジ「アスカが…、そんな…」

カヲル「早く彼女の病室へ行ってあげなよ、僕はあとから行くから」

シンジ「うん。ありがとう、カヲル君」

シンジはカヲルから病室の場所を聞く。
そしてすぐに大浴場を出ていった。

みなさん、こんばんは。1です。

予告通り、明日から正月明けまで投稿できません。

私の都合で申し訳ありません。


書き溜めもないんで今日の投稿は難しいです。

ということで、これが今年最後の書き込みとなりそうです。

来年もよろしくお願いします。

では、よいお年を!

あけましておめでとうございます。1です。

みなさんいかがお過ごしでしょうか。

今日から投稿を再開したいと思います。

応援してもらえるとうれしいです。

では、投下します。

一人残ったカヲルは出入り口の方を見つめている。

カヲル「どうやらうまくいったようだね」

カヲルは目を細める。

カヲル「セカンドチルドレンをよくするにはシンジ君の行動が必要だからね。それに、シンジ君にとっても彼女が必要だ」

カヲル「おそらく彼女は簡単には目を覚まさないだろう。完全に心を閉ざしてしまっているからね。けれど、シンジ君がいれば大丈夫だ」

カヲルはそう呟くと脱衣所に入っていった。

脱衣所に入ると体をバスタオルでふき、湯冷めしないように学生服に着替える。

すでに病室に行ったのだろう。シンジの姿はなかった。

着替え終わると、脱衣所のドアノブに手をかける。

???「ねえ」

突然どこからか声が発せられた。
かすかに聞こえた声にカヲルは気づく。

???「こんなことをして楽しいかい?」

カヲル「……誰だ?」

???「わかっているだろう?僕の正体ぐらい。いったいいつまでこんなことを続けるんだい?」

カヲル「……何が言いたい?」

???「僕から見れば、君のやってることはままごとだ。」

カヲル「君には関係ないね」

???「まあせいぜい楽しむといいよ。僕がその気になれば、君なんてすぐに倒せるからね」

カヲル「うるさい。さっさと消えてくれないか」

???「今のところは観察させてもらうよ。またあとでね」

気がつけば、カヲルは廊下を歩いていた。
さっきまで聞こえていた声は、いつの間にかなくなっている。

カヲル「もう彼が出てきたか。時間がない。彼に負けることはないだろうが、一応安全策を取っておいた方がいいかな?」

通路の先には案内板が見えてきた。

カヲル「僕が負けてしまっては元も子もないからね」

カヲルは案内板の前で足を止める。
視線の先にあるのは、「独房」の文字。

カヲル「そのためには彼に会わないといけないね








カヲル「幻想殺し、その力、とことん利用させてもらうよ」






御坂美琴はネルフ本部内のとある廊下を歩いていた。

地上の非常口から侵入した後、人影に注意しながらここまで進んできた。

途中で見つかりそうになったこともあったが、何とかやり過ごしてきていた。

御坂「しっかし、ここってホントに広いのね」

結構歩いたつもりだが、未だに本部の中心部にたどりつけてない。
むしろ、まだ本部のはずれの方でうろうろしているといったところだ。

御坂「ここの地図でもあればいいんだけど、地図どころか案内板すらないなんてね」

時々、職員の呼び出しや会議開始の連絡が流れたりするのだが、部外者の御坂には何もわからない。

進んでいくにつれて、目の前の通路は次第に幅広く、照明も明るいものになっていたがそれでも御坂にとっては違和感を感じるものであった。

通路には数メートル間隔でシャッターが設置されていたり、至る所に怪しげな部屋があるなど、御坂は自分の違和感が正しかったと思い始める。

御坂「まるで、妹達の研究所みたいだわ。けれど、こっちのほうがはるかに危ない気が するわね」
   
ちなみに本部内の監視カメラには予め能力を使って、自分の姿が映らないようにしてある。

御坂は休憩所に入る。

休憩所には長椅子やテーブル、自動販売機が置いてあり少しの休憩ならできるような感じになっている。

御坂は通路からは見えない位置まで来ると、ブレザーのポケットから携帯端末を取り出した。

学園都市製、しかも、レベル5である御坂専用に作られたこの端末は、このネルフでも十分すぎるスペックを持っているようだ。
御坂は端末にケーブルをつなぐと、自らの能力を使ってハッキングをし始めた。

ちょうど携帯ゲーム機ほどの端末の画面にはネルフのサイトが映っており、かなり機密の高い情報まで閲覧できる状態となっていた。

御坂「特務機関NERV、2010年、前身組織ゲヒルンの解体とともに設置された国連直属の非公開組織。はーん、本当かしら?」

御坂は画面に示された情報を目で追いながら情報を集める。

御坂「目的は使徒と呼ばれる未確認生命体の調査、研究、および殲滅?それに関係して将来発生すると予測されているサードインパクトの阻止?何よ、これ?こんなの聞いたことないわ」

御坂はさらにハッキングを続ける。

御坂「使徒?サードインパクト?いったいなんなの?」

???「そこまでよ」

突然御坂は後ろから呼びかけられた。

御坂(しまった!ハッキングに夢中で気がつかなかった!)

御坂はゆっくりと振り返る。

そこにいたのは、青い髪と赤い目を持つ、制服姿の少女であった。
御坂はまだ知らないが、彼女は綾波レイであった。

御坂は自分と同年代の少女とわかってもなお警戒心を解こうとはしなかった。

御坂(こんな怪しい施設に女子学生がうろちょろしているはずがないわ。だとしたら、おそらくこの子はここの関係者!少しでも通報するそぶりを見せたら、気絶させるしかないわね)

レイ「あなたのことはわかっているわ、御坂美琴」

御坂「!?」

御坂は驚いた。
なにしろ初対面の人物に、自分のことを知っているといわれたのだから。

しかし、御坂は警戒心を緩めるようなことはしなかった。

レイ「私があなたの力になるわ。もちろん、あなたが私を警戒するのはわかる。でも、今は私を信じてついてきてほしい」

御坂「冗談でしょ?私みたいな不審人物、さっさと通報してしまいなさいよ」

レイ「そんなことはしないわ。意味がないもの」

御坂「アンタ、目的はなに?」

レイ「あなたを保護して、あなたの力になることよ。あなたが今どういう状況にいるのかも、何をすればいいのかも、なんでも教えるわ」

御坂は覚悟を決める。
話がどう考えてもうますぎる。

これは罠だ、と御坂は思った。
となれば、動かれる前に先手を打つしかない。

御坂「悪いけど、お断りよ!」

そう言うと同時に、電撃を放った。

レイに向かって突き進む青白い光。
当たっても死ぬことはないが、気絶するには十分すぎるほどの威力である。

次の瞬間には、電撃を受けて昏倒するレイの姿が見られるはずであった。

だが、電撃はレイの目の前ではじかれた。

正確にはバリアに当たったとでも言えるだろうか。
電撃は突然、オレンジ色の薄い膜のようなものが現れて防がれたのだ。

御坂はいったん距離をとる。

御坂(なんなのよ、今の?電磁バリアかしら?ならば!)

御坂は再度電撃を放つ。
と同時に、レイの背後にある椅子をそっと持ち上げる。

電撃を囮として使い、相手の視界外から攻撃してダメージを負わせる。

狙いはもちろん後頭部。ピンポイントで当てて気を失わせればそれでいい

御坂(怪我はしても死にはしないはず。あまりこういうことはしたくないけど、仲間を呼ばれたら厄介だわ)

そして、そのまま静かに後頭部へ椅子をぶつける。



はずであった。


レイ「ごめんなさい。あまり手荒なことはしたくないけど」

次の瞬間、御坂の腹部に衝撃が走った。
まるでプロボクサーに渾身のフックを見舞われたかのような衝撃と痛みが走った。
いや、鉄球をぶつけられた感覚の方が近いだろう。

御坂「っがは……!」

突然の攻撃に完全に無防備であったため、あまりの痛みに能力の演算はおろか、腹部を抑えたままその場に膝を折ってしまう。
まるで釣り上げられた魚のように体をピクピクと震わせるだけで、息をすることもままならない。
持ち上げていた椅子も落としてしまう。

学園都市のレベル5といっても、生身は女子中学生であり、普通の人と同じように痛みを感じる。
そこを謎の現象で突かれる形となった。

腹部を抑えている手には何か板のような物の感触があったが、すぐに消えてしまった。

御坂(くっ!油断した!まさか、能力者なの!)

御坂はこみ上げてくる吐き気に耐えながら立ち上がろうとするが、足に力が入らず立つことができない。

反撃しようと能力を使おうとしても、演算に集中できず、うまくいかない。

気が付けば、レイはうずくまる御坂の目の前に立っていた。
御坂は重い痛みに苦しみながらレイを睨み付ける。

レイ「心配しないで。少し、眠ってもらうだけ」

すると、御坂の視界がみるみる暗くなっていく。
いや、意識がなくなっていくような感覚だ。

御坂(くそ!こんなところで!何か…、何かチャンスは…!)

しかし、御坂の意識はまもなく闇に包まれた。

その場でうつぶせに倒れる御坂。
それを見て、レイは御坂の体をお姫様抱っこのように抱え上げる。

レイ「大丈夫、私がなんとかする。だから……」

レイは気を失っている御坂に向かって呟く。

そして休憩所から去っていった。

碇シンジはとある病室にいる。

時刻は夜の11時を少し回ったところで、面会時間はとっくに過ぎているのだがシンジは帰ろうとはしなかった。

彼はベットのそばにあるパイプ椅子に腰かけず、ただそばに立って患者を見つめていた。

ベットには先ほど数時間前に保護されたばかりの弐号機パイロット、惣流アスカラングレーが寝ている。

シンジはカヲルから話を聞いた後、すぐにこの病室にやってきた。

だが、アスカの様子はひどいものであった。

頬は痩せこけ、目は瞬きもせずにぼんやりと開いたままで、視線はただ空間をさまよっているだけだ。
呼びかけても反応せず、魂が抜け落ちてしまったかのようである。

シンジはその姿を見て言葉を失うほかなかった。
なぜアスカがこんなことになったのか、どんなきっかけがあったのか、シンジにはわからない。

ただ、一つだけわかっているのは、自分がアスカを救い出すということはできないということだ。
アスカとは同じエヴァのパイロットであり、同居人であったとはいえ、その性格も境遇も全く違ったものである。

シンジ自身の力でできることは何もない。

シンジは自分の無力感を感じていた。

シンジ「アスカ……。ごめん……」

そう口にするほかなかった

???「お前のせいじゃねえよ」

突然後ろから声をかけられて、シンジは後ろを振り返る。
そこには、シンジより少し年上の、ツンツン頭の少年が立っていた。

いつの間に病室に入ってきたのだろうか、シンジは全く気が付かなかった。

上条「俺が、この子をこんなふうにしてしまったんだ」

シンジ「……」

上条はベットに近づき、寝ているアスカの様子を見る。

上条「俺が、この子のことなんてお構いなしに声をかけてしまったんだ…」

シンジ「……」

上条「ほんと俺って最低な奴だよ…」

シンジ「……」

上条「謝って済む問題じゃないのは分かってる。ただ、それでも俺は……」

シンジ「…アスカはもともと負けず嫌いだったんだ。小さい時からエヴァに乗ってきて、エヴァに乗ることが生きる目標みたいなものになっていたんだと思う」

気が付けば、シンジは上条にぽつりぽつりと話し始めていた。

もちろん、会ったこともないし自己紹介もしていない。
相手がどんな奴なのかもわからない。

しかし、この少年なら、何か今の状況を変えられるような力を持っているような気がした。

例え持ってなかったとしても、彼ならなんとかしてくれる……。

そんな気がした。

シンジ「最初は、僕がシンクロ率でアスカを抜いたことだったと思う。そこから、アスカ               の調子が悪くなって、使徒にもボロ負けして、もうエヴァにも乗れなくなってしまった」

シンジは唇をかみしめる。

シンジ「でも、僕にはどうしようもないよ。僕にはアスカを治す力なんてない」

上条「それでも、俺はこの子を、アスカを助けたい」

シンジは思わず上条の顔を見た。
上条の顔には悲壮感といった類の感情はなく、代わりに自信や決意といった感情であふれていた。

上条「力があろうがなかろうが関係ねえ。俺はなんとしてでも、アスカを助け出す」

シンジ「どうして?初対面なのに……」

すると、上条は右手を握りしめてこう言った。

上条「目の前で苦しんでいる人がいるんだ。苦しんでいる人を救うのに理由なんていらねえ。償いなんかじゃない。たとえ嫌がられたとしても、俺は必ず救ってみせる!」

シンジはただ呆気にとられるだけだった。

この街に来てからさまざまな人に出会った。
もちろん、みんな自分よりもすごい人たちであった。

でも、みんな自分のことに手いっぱいで、他の人のことまで気を回せる人はなかなかいなかったように思う。

しかし、今自分の隣にいる人は、そのような人々ではない。
本当に、自分の中に確固とした信念を持って行動している人だ。

彼なら、もしかしたら……。

シンジ「えっと…あの…」

上条「うん?」

シンジ「まだ…、名前…聞いてなかったと思って……」

上条「ああ。そうだったな。俺は上条当麻。よろしくな!」

シンジ「僕は碇シンジです」

シンジは上条の目を見た。
その目は、今までにシンジが見たことのない目だった。

上条「さあ、そろそろ聞かせてもらおうか?」

上条は後ろを振り返る。
シンジも後ろを見てみると、そこには白い肌に銀髪の少年、渚カヲルが立っていた。

上条「犯罪者の扱いを受けている俺を勝手に連れ出したんだ。何か理由がないわけじゃないだろう?渚カヲル」

カヲル「カヲルでいいよ。上条君」

上条「ふざけないで答えろ!何が目的なんだ?」

カヲル「まあ落ち着いて。君のその質問に答える前にまず、」

そういって、カヲルはアルカイックスマイルを浮かべる。

カヲル「この世界について説明しないとね」

リツコ「よくここに来られたわね」

コンクリート打ちっぱなしの独房の中で、赤木リツコは来訪者に向かって言った。

来訪者、葛城ミサトはリツコの様子を見て、息をのんだ。

ベットとトイレ以外は何もない独房に入れられていたものだから、ある程度予想はついていたのだが、それでもリツコはひどく衰弱しているようだった。

きっと、独房での謹慎以外の出来事が、彼女を蝕んだのだろうと思った。

ミサト(このままでは取り返しのつかないことになる。その前に、ここから出してあげないと……)

そう思うものの、ミサトにもその余裕がない。
大学以来の長い付き合いである。リツコとはネルフの立場上、いがみ合った時もあったが、その前に大切な親友である。

その親友がこんな目にあっているのだ。助けないわけがない。

だが、ミサトの権限ではリツコを独房から出すことはできない。
その上に、ミサトはミサトで危険な事を進めている最中で、わざわざリスクのあることに手を出して、司令や副司令に咎められるわけにはいけない。

ミサト「聞きたいことがあるの」

だから、ここでは事務的な会話をするしかない。

相手のためにも、自分のためにも。

リツコ「ここでの会話、録音されるわよ」

ミサト「かまわないわ。あの少年、フィフスの正体はなに?」

リツコはネルフの奥深くまでかかわっている。
だから、何か知ってるに違いない。

リツコ「おそらく最後の使者ね」

意外にもあっさりと答えられたのでミサトは拍子抜けする。

リツコ「まだ断定はできないでしょうね。パターン青が検出されたわけでもないんでしょう。今から殲滅に動いたとしても、無駄よ」

ミサト「そんなことは百も承知よ。まだ様子を見るわ」

リツコ「そう」

ミサト「話はそれだけよ」

そう言ってミサトは踵を返す。
入口に向かって足を踏み出して、そこで動きを止める。

ミサト「そういえば、一つ聞きたいことがあるわ」

リツコ「なに?」

ミサト「アンタ、上条当麻って名前、知ってる?」

リツコ「……知らないわ」

ミサト「そう、ならいいわ」

リツコが興味なさそうに答えたのを聞いて、ミサトは独房を出ていく。

独房のドアが閉まった後、リツコはポツリと呟く。

リツコ「もう、涙も出なくなってしまったわ」

リツコ「どうしたらいいの、母さん」

ネルフ本部 職員用宿舎

ネルフ職員用につくられた1ルームの部屋に上条とカヲルはいた。

もともとは、多忙なネルフ職員がすぐに職場へ着けるようにと作られたのだが、部屋が余っているせいか知らないが、パイロットのカヲルにも一部屋与えられた。

そのせいか、小さな机とベットがある以外は何もない部屋であった。

その小さな机を挟んで、カヲルと上条は向かい合うように座っていた。

ちなみに、シンジはアスカの病室にとどまっている。
一晩中アスカのそばについているつもりのようだ。

上条はカヲルが何を話し出すのか気になっていた。

手錠をはめられ独房の中で拘束されていたのを、カヲルに連れ出された。
そして、そのまま病室に連れていかれベットに横たわっているアスカと、そばにいるシンジに会わせられた。

いったい何が目的なのかわからない。
そんなわけで、上条はカヲルの話に興味があった。

カヲル「君にまず理解してもらいたいことがあるんだ」

目の前に座る上条に対して話を切り出す。

カヲル「まず、この世界は君たちの世界じゃない」

上条「はあ?」

上条はカヲルの言っていることの意味が分からなかった。

上条「どういうことだ?」

カヲル「パラレルワールドという言葉を知っているかい?」

上条「パラレルワールド?」

カヲル「そう。別名平行世界。聞いたことあるだろう?」

上条は首を横に振る。

カヲル「僕たちは日々の生活の中で様々な選択をする。その選択の数だけ、結果が存在するわけだよね。そして、その選択をすればするほど、結果が無数に増えていく。ここで、それぞれの結果がそれぞれ独立したものであると考えると、それぞれ独立した世界が組みあがっていく。これがパラレルワールドと呼ばれるものだ。」

上条「結果の積み重ねが世界を形作っているというわけか?」

カヲル「そうだよ。結果が変われば、世界が変わるという話だ」

上条「ということは、俺の世界もカヲルの世界も一つの世界から別れて生まれたということか?」

カヲル「そういうことになるね。君の世界と僕の世界はだいぶ違うものだけれど、もしかしたら僕と君の立場が入れ替わっていたかもしれない」

上条「じゃあ、なんで俺がお前の世界にいるんだ?」

カヲル「そうだね。普通パラレルワールドはそれぞれ独立しているから、どこかの世界と交わることはないんだ。でも、君の世界には魔術というものがあるんだろ?」

上条「ああ、そうだ」

カヲル「僕にはその原理は分からないけれど、魔術を使った時に膨大なエネルギーが発生したとすると、辻褄があう。」

上条はオティヌスのことを思い出す。
彼女があのとき使った魔術が関係していたのだろうか。

カヲル「例えば、人がジャンプするなら自分の足で飛び上がればいい。でも、人が宇宙に行くには、ロケットを使わなければならない。消費するエネルギーの量を比べると、明らかに後者の方が大きいね。大量のエネルギーを消費する代わりに、地球とは別の空間に行くわけだ。つまり……」

上条「つまり、魔術に使われるはずだったエネルギーが、なぜか世界を飛び越えることに使われたってことか」

魔術がどのような仕組みなのかは関係ない。
要はどれほどのエネルギーを持っているのか、ということである。

おそらく、オティヌスが使った魔術にはそれほどのエネルギーが含まれていたのだろう。
オティヌスはどんなことでも思い通りにできる、という無限の可能性を持つ。

極めてあいまいな言い方に聞こえるが、本人がその気になれば、それこそ、世界を滅ぼすことさえもできる。

でも、そのエネルギーが世界を飛び越えることに使われた。
もしそれが本当なら、世界を壊すために使われたエネルギーが足りなくなるのではないのか。

上条(ということは、元の世界は滅びていないんじゃないのか?)

上条はそんな推測を考えてみる。

カヲル「話を戻そう。言い換えるなら、君はこの世界にとってはイレギュラーだ。君にこの世界のことを教えてあげるよ。いろいろ不便だからね」

それから、カヲルは上条にさまざまなことを教えた。

セカンドインパクト、使徒、ネルフ、エヴァンゲリオン、第3新東京市……。

上条は時々質問を交えながら聞いていった。

カヲル「だいたいこんなものだよ。この世界は」

上条「そうか。教えてくれてありがとう。あと、もうひとつ教えてもらってもいいか?」

カヲル「なんだい?」

上条「俺は元の世界に帰れるのか?」

カヲルは上条を見つめる。
しかし、いつものアルカイックスマイルではなく、真顔のままだ。

カヲル「大丈夫さ、戻れるよ」

その言葉に、上条はほっとした。

カヲル「ただ、今はまだ戻る方法がわからないんだ。だから、その方法を見つけるまで、一つ君に頼みたいことがあるんだ」

上条「なんだ?」

カヲル「この世界を、救ってほしいんだ」

上条「え?」

上条はカヲルの言葉の意味が分からず、聞き返す。

カヲル「ついてきて。今から世界を救いに行こう」

ネルフ本部 第7ケージ

ネルフの保有するエヴァンゲリオンは「ケージ」と呼ばれる場所で格納される。
いくつかあるケージの中でも、この第7ケージには紫色のエヴァンゲリオン初号機が格納されていた。

碇シンジの専用機である初号機は今までの激戦を潜り抜けており、最も戦績のいいエヴァンゲリオンである。

今は次の戦闘に向けての点検、整備が終わり、誤動作を防ぐよう固定、冷温停止されている状態だ。

赤ワインのような色の液体に肩までつかった初号機。
そのプールに橋のように架けられている、初号機を固定するためのアンビリカルブリッジ。

そのアンビリカルブリッジの上に一人の男が立っている。

全身を包む黒色の制服、薄く生えているあごひげ、きっちりと掛けられたサングラス。

彼がネルフ本部司令であり碇シンジの父親、碇ゲンドウである。

ゲンドウ「われわれに与えられた時間はもう残り少ない。」

ゲンドウは初号機と向かい合うように立っている。

ゲンドウ「だがわれらの願いを妨げるロンギヌスの槍はすでにないのだ。」

ゲンドウは初号機の顔を見上げ、手を後ろに組みながら呟く。
まるで、初号機に話しかけるように。

ゲンドウ「少しイレギュラーはあったが、全てはシナリオ通りに進んでいる」

初号機は当然のごとく何の反応もない。

ゲンドウ「まもなく最後の使徒が現れる。それを消せば願いがかなう。」

後ろに組まれた右手の掌はどす黒くゴツゴツしていて、本来あるはずのないものあった。

ゲンドウ「もうすぐだよ、ユイ。」

そこにある、ぎょろりとした目玉がゲンドウの言葉に合わせて醜く動いた。

上条「世界を救う?」

カヲル「うん、君にぜひとも頼みたいことなんだ」

2人はエヴァンゲリオン弐号機の格納ケージに移動していた。
赤を基調としたカラーリングで、アスカの専用機である弐号機は、今は初号機と同じように冷温停止されていた。

上条はカヲルに言われるままについてきた。

カヲルからの頼みごとに上条は目を丸くする。
世界を救う、という馬鹿でかい願いを叶えてほしいと言われても、いまいちピンと来ない。
ましてや違う世界から来た人間なのだ。

カヲル「サードインパクトをさっき説明したね。謎の生命体である使徒が、ネルフ本部の地下にあるアダムに接触すると発生するんだ。これで世界 が滅んでしまう」

上条「サードインパクトってどんなことが起きるんだ?」

カヲル「さあ、起きたことがないからね。わからないよ」

カヲルは首を傾げながら答える。

カヲル「防ぐ方法はただ一つ。アダムを求めてやってくる使徒を片っ端から倒すこと。そのために作られたのがエヴァであり、ネルフであるんだ」

上条「だけど、その使徒っていうのは俺でも倒せるもんなのか? これだけ大きな組織が必要なのに?」

カヲル「別に君が倒すわけじゃないよ」

上条「じゃあ、俺は何をするんだ?」

カヲル「君の役割はアダムを倒すことだ」

カヲルの狙いはそこだった。

カヲルは上条に、自分が最後の使徒であることを伝えていない。
もちろん、カヲルを倒せばサードインパクトを防ぐことできるが、それでは上条が元の世界に戻る方法を見つけられないままになってしまう。

それに、シンジのことも心配だ。

だから、逆を狙う。

サードインパクトのもう一つのカギ、第1使徒アダムを倒してしまえばいい。

カヲル「アダムを探し出して、君のその右手で触れるだけでアダムは倒せるだろう。弱ってるみたいだからね。」

上条「本当なのか?」

カヲル「ああ、間違いないよ。そうすれば、僕らの世界は救われる」

上条はカヲルの話に違和感を覚える。

確かに、上条は元の世界で世界を救ったことはある。
フィアンマと戦って、第三次世界大戦を終結させたのは彼だ。

でも、その時は最初から世界を救うつもりでいたわけじゃない。
ただ、フィアンマに操られたインデックスを助けようと行動していた。
それが結果的に世界を救うことにつながっただけだ。

上条(少し簡単すぎじゃないか? なんか、物事がうまくでき過ぎてるような気が……)

カヲル「大丈夫さ。」

上条の考えを見透かしたかのようにカヲルは言った。

カヲル「それにアダムを倒せば、元の世界に戻る方法が見つかるかもしれない」

上条「ああ、わかった」

カヲルはここで少し考え込む。

カヲル(おかしいな。確かさっきこのあたりから、アダムの気配がしたんだけど……。)

カヲルが弐号機のケージに来たのは、こういう理由だった。

カヲル(けれど、今は気配がない。気のせいだったか?)

上条「どうした?」

カヲルがあまりにも黙り込んでるので、上条が声をかける。

カヲル「いや、なんでもな……」

その時、カヲルの頭に鋭い痛みが走った。
まるで誰かが握りつぶそうとしてくるような痛みだ。

カヲル「ぐああああああああああああ!!!」

カヲルはその場に倒れこむ。

カヲルの視界は歪み、ぼやけ、モノクロになっている。
聴力も失われ、駆け寄ってきた上条が何かを言っているようだが、何も聞こえない。
手足の感覚もなくなり、口を動かすこともできない。

カヲル(なんなんだ、これは!?)

???「そろそろ返してもらおうか?」

痛みにもだえ苦しむ中、突然頭の中に誰かの声が響いてくる。
数時間前、脱衣所で話しかけてきたあの声だ。

???「さっきは、僕が負けるはずないなんて言ってたけれど、全然大したことないね」

カヲル「……があ! ……うっ!」

???「とても楽しませてもらったよ。もっと見ていてもよかったけれど、あまり調子に乗らせるのもね」

カヲル(しまった! 不意を……突かれた!)

カヲルは言い返そうとするも、激痛でどうすることもできない。
痛みがますますひどくなってくる。

???「君のおかげで一つ、大事なことを学ばせてもらったよ」







???「人の体を弄ばれることほど、気持ちの悪いことはないね」





カヲル(くっ……。これ、は……、ぼ、くの……、ミスだ……)

???「じゃあ、そろそろ消えてくれるかな?」

カヲル(か……、かみ、上条君!)

カヲルの視界がさらに狭まり、意識がもうろうとして、まともに考えることすらできなくなってくる。
そのような状況の中で、カヲルは上条に何かを伝えようとする。

カヲル(せ……、世界を……シンジ君を……)

???「死ね」

カヲル(ま、まも……)

そして、カヲルの意識は閉ざされた。

気がついたら、私は砂浜にいた。
砂浜にいるといつもワクワクするはずなのに、今は気持ちが悪い。

なぜなら、目の前に広がる海は真っ赤に染まっていて、空は赤い海に照らされているどんよりとした厚い雲に覆われているから。

……ここは……どこ?
私は……いったい……。

海の上には仮面をかぶった白い巨人が、まるでキリストのように十字架に張り付けられている。

それも何体も。

まるで世紀末のような光景に息をのみながら、私はそんなことを考えていた。

陸地を見ると、山肌は剥げていたりクレーターができていたりしている。
建物はところどころ欠けており、無事なものはない。
何よりも、赤みがかった大地が異様な雰囲気を醸し出していた。

私は自然と歩き出していた。
この光景を受け入れたくない、移動すれば元の景色が見えてくるのではないか。

無意識にそう考えていたのかもしれない。

でも、私の考えは甘かった。

歩いても歩いても、景色は全く変わらない。

そして、私は悟った。

もう、ここには何もない。
命のあるものはすべて死に絶えてしまった。

かつて生き物の身体中をめぐっていた血液が、大地を、海を、空を、赤く染めてしまったのだろう。
そう考えると、空気が生臭い感じがして吐きそうになる。

ここは世界の終わり……。

私の心は絶望に塗りつぶされていく。

黒く、黒く、黒く……。

そんな私の目の前に現れたのは、

女の巨大な生首……。

御坂「はっ!!!」

悪夢にうなされていた御坂はベットの上で目覚めた。

御坂「今のは…何?…夢?」

そう呟きながらムクりと起き上がる。

御坂がいるのは病院の個室のような部屋だ。
ベットのほかには、ナースコールのようなものや洗面所がある。

御坂は自分の手足がちゃんとついてることを確認すると少し息を吐いた。

???「気がついた?」

突然声をかけられ、御坂は体を強張らせる。

いつから中にいたのだろうか。
洗面所の近くにある机のそばに綾波レイが立っていた。

御坂「ひっ!!!」

御坂はレイの顔を見るなり思わず悲鳴を上げてしまう。
なぜなら、その顔がさっきの悪夢に出てきた女の生首にそっくりだったからだ。

レイ「さっきはごめんなさい。ああするしかなかったの」

御坂は待合室での出来事を思い出す。
あの時のダメージが残っているのか、だいぶ時間が経っているはずなのに攻撃を受けたお腹がまだ痛

御坂「アンタ、私をどうする気?」

レイ「あなたを、助けたいの」

御坂「またそんなこと言うの?信じられるわけないでしょ」

レイ「お願い。私を信じて」

御坂「そんなこと言われても……」

レイは御坂に真剣な眼差しを向ける。
決して御坂の目から視線を外さないように見つめている。

そんなレイの様子を見て、御坂は戸惑いを覚える。

御坂(私に何かするつもりなら、気絶しているうちに何かしているはずよね。だけど、変なことをされた感じはないし。私の考えすぎかしら?)

御坂(そもそも待合室の一件は私が先に手を出したんだし……。今思えば、こんな真剣な目をしている子が悪いことをするなんて、ちょっと考えられないわね……。)

そんなことを考えているうちに、レイは机から離れてベットに向かって来る。
手にお盆を持っており、皮がむかれたリンゴを持ってきていた。

レイ「これ、おいしいわよ。食べてみて」

御坂「……ありがとう」

御坂はリンゴをもらうと一口食べてみる。
口の中にほのかな酸味が広がっていく。

レイ「あなたも何か気づいてるはずよ。この世界はおかしいって」

御坂「ええ、そうね。まるで、違う世界に迷い込んできたみたいだわ」

レイ「そう、その通りよ」

御坂「…え?」

レイは無表情でリンゴを齧りながら話を続ける。

レイ「この世界はパラレルワールド。あなたは、この世界に飛ばされたの」

それからはカヲルが上条にした話と同じだった。
ついでに、この世界の簡単な歴史についても話した。

御坂「……」

御坂はどうも腑に落ちない顔をしている。
話が突拍子過ぎて、なかなか信じることができない。
何かのドッキリではないのか、と思っても仕方のない話である。

レイ「信じられないのも、無理もないわ。私もあなたと同じ状況なら、信じられないと思うから」

御坂「確かに、そう言う理論は聞いたことはあるけど、まさかね…」

レイ「そのまさかが、あなたに起こったのよ」

腑に落ちない部分はある。
けれど、今はレイの言うことを信じると、御坂は決める。
レイの言うことは筋が通っているし、わざわざ御坂をだます理由もないからだ。

御坂「わかった。綾波さんを信じるわ。さっきは攻撃してごめん。自分一人だけだったから、ピリピリしていたの」

レイ「そう。別にかまわないわ」

御坂「ねえ、綾波さん。ちょっと質問いいかしら?」

レイ「何?」

御坂「どうしてそんなに詳しいのかしら?」

御坂の質問はもっともだ。
自分と同い年ぐらいの少女がこんな難しい話をするはずがない。

レイ「それは……」

その時、部屋中に警報音が鳴り響いた。

スピーカー「総員、第一種戦闘配置。迎撃戦用意。総員、第一種戦闘配置。迎撃戦用意。……」

警報音に続いて無機質なアナウンスが流れだすと、レイはドアの方へ向く。

レイ「ついに彼が動き始めた。急がないと」

御坂「ねえ、これって……」

レイ「時間がないわ。ついてきて、御坂さん」

御坂「ちょ、ちょっと、どこに行くのよ!」

すでにドアノブに手をかけているレイに向かって尋ねる。
レイはドアを半開きにしたまま立ち止まる。

レイ「私たちの力を発揮できる場所よ。彼を止めないと、」

ここでレイは言葉を切る。

レイ「上条君が危ない」

予想外の答えが飛び出し、御坂は驚く。

御坂「な、なんで!アイツもここに飛ばされてるの?」

レイ「聞くのは後にして。早くしないと、」

レイは赤い瞳を御坂に向ける。





レイ「上条君、死ぬわよ」





冷たい声で言い放った。

数分前 ネルフ本部 弐号機ケージ

上条「渚! しっかりしろ、渚!」

カヲルが突然倒れてからどれくらい経っただろうか。
上条はカヲルのそばに駆け寄って声をかけ続けていた。

カヲルの体は時折痙攣し、硬直している。

赤い目を見開いたまま両手で頭を押さえ、のたうち回っている。
が、その動きも突然止まる。

電池の切れた人形のように、カヲルは動きを止めた。

上条「くそ! 渚! 死ぬな!」

上条はカヲルに救命措置を行おうとする。

カヲルの口元に右手を当てる。
右手からは風が当たるような感触はない。
胸のあたりを見てみても、胸が上下に動いている様子もない。

上条「息がない!」

上条はカヲルの胸に両手を置き、心臓マッサージを行う。

上条「1,2,3,4,5,6,7,8,9,10、……。渚! 目を覚ませ!」

その時、カヲルの赤い瞳が、キラリと光った気がした。
上条は心臓マッサージの速度を緩める。

突然、カヲルの目がぎょろりと動き、上条をじろっと見る。

カヲル「触らないでもらえるかな」

次の瞬間、上条は反対側の壁まで吹き飛ばされた。
何か衝撃のようなものを受け、十数メートル飛んだあと、壁に背中を打ち付けて止まる。

上条「……ぐはっ!」

背中に強い衝撃が走り、一瞬息が詰まる。
全く無防備だったため、衝突のダメージをもろにくらった。

さっきまで苦しんでいたはずのカヲルは、何事もなかったかのように起き上がる。

カヲル「試しに使ってみたけれど、上々だね。まだ感覚が鈍ってるけど、じきに慣れてくるだろう」

カヲルは腕をぐるぐる回したり、掌を握ったりした後上条の方を向く。

カヲル「結構強めに放ったはずなんだけどな。至近距離で当たったのにまだ動けるなんてね」

上条はまだ痛む体を無理矢理動かし、よろよろと立ち上がる。

上条「おい、どういうつもりだ? 渚」

カヲル「どういうつもりも何も、ただの試運転さ。久しぶりに取り戻した身体のね」

上条「……はぁ? だって、お前はさっき……」

カヲル「そう。苦しんでいたね。あれは最高に傑作だったなぁ。未来から逆行してきたっていうから、とても強いんだと思っていたけど、まさかあんな程度だったとはね」

上条「何を言っているんだ?」

上条はここでカヲルの赤い瞳を見た。
カヲルの赤い瞳はまっすぐ上条の方を向いている。

だが、さっきとは全く違う。

赤い瞳はわずかに濁り、まるで槍の鋭い切っ先を突き付けるような感情がこめられていた。
先ほどの、済んだ、他者をいたわるような優しい目は、どこにもない。

カヲル「これで僕の願いを邪魔する者はいなくなった。彼が一番の障害だったからね。彼に体を奪われてからは、それはもう辛かったよ。何せ、自分以外の人間が、自分の体を好き勝手に動かしてるんだからね。でも、それももう終わった」

上条はカヲルの呟きなど聞いていなかった。
ただ、一つだけ確信したことがある。

上条(コイツはカヲルじゃない、別人だ!)

そして、カヲルの悪魔のような微笑みを見つめながら尋ねる。

上条「おい、一つだけ聞いてもいいか?」

カヲル「なんだい?」







上条「お前は誰だ?」






カヲル「僕はカヲル。運命を仕組まれた子供さ」





上条「嘘だ。お前はカヲルなんかじゃない!」

カヲル「そう、さっきのカヲルではないよ」

上条「なんだと?」

カヲル「さっきのカヲルは僕ではない。この世界の未来から来た、逆行してきたカヲルなんだ」

そして、カヲルは怪しげな微笑みを浮かべる。

カヲル「はじめまして、上条君。僕は正真正銘、本物の渚カヲルです」

上条は自分の耳を疑った。
タイムスリップ、という言葉が頭に浮かぶ。

上条「タイムスリップ……」

カヲルは再び悪魔のような微笑みを浮かべる。

カヲル「君は別の世界から飛ばされてきた。おそらく君の世界で何かがあったんだ」

上条「……」

カヲル「そのせいで君はこうなっている。交わるはずのない君の世界と僕の世界が、接点を持った。いわば、君の世界と僕の世界がつながって、君の世界でありえないことが起きたわけだ。だから、僕の世界でも、何かありえないことが起こっても不思議じゃないだろう?」

上条「……」

カヲル「彼はなぜか魂だけが逆行してきてね、身体は一つしかないから、僕から無理矢理奪ったのさ。一つの身体には一つの魂だからね。身体を奪われた僕は、意識を封じ込められてね。でも、隙をついて、彼から身体を奪い返したんだ」

上条「お前は、これからどうするつもりだ?」

上条は剣のある声で尋ねる。

カヲル「彼は何も言ってなかったけど、ぼくは使徒だからね。己の本能に従うまでさ。僕の願いはアダムとの融合。それだけさ」

上条「そんなことしたら、サードインパクトで世界が……」

カヲル「そんな事、僕には関係ないさ。君たちリリンが滅んでも、僕は何とも思わない。そもそも僕ら使徒とリリンは敵同士なんだからね。むしろ嬉しいくらいだよ」

上条「なっ……」

上条は絶句した。
カヲルは本気だ。本当に人類を滅ぼす気だ。

上条は右手を握りしめる。

上条のいた元の世界は、滅んでしまった。
上条は故郷を失った流浪の民と化して、この世界にたどり着いた。

故郷を失う、帰れなくなる事ほど辛く、悲しいことはない。

上条は見た。

数々の残酷な試練で疲弊した、シンジの目を。
精神が崩壊し、心を閉ざしてしまった、アスカの目を。
世界を救ってほしいと頼んできた、未来のカヲルの目を。

彼らの目は、上条が今まで見てきた、助けを求める者たちの目だった。
そんな彼らを見過ごすことは、上条当麻にはできない。

できるはずがない。

彼らを助けるためにも、こんな馬鹿げた、ちっぽけな理由なんかで、世界を滅ぼされるわけにはいかない!

上条「……覚悟はいいか?」

カヲル「……なに?」

上条「覚悟はいいかって聞いてんだよ!」
    
カヲル「おいおい、まさか僕と戦うつもりかい?」

驚いたように尋ねるカヲルに向かって、上条は答える。

上条「……世界を救うためなら、助けを求める人々を救うためなら、例えどんな相手であっても、俺は戦う。」

カヲル「そうかい。できればこうなることは避けたかったんだけど、仕方がないね」

カヲルの顔から微笑みが消える。
代わりに浮かんできたのは、上条に対する、憐み。

カヲル「言っとくけど、僕の願いを邪魔する者には容赦はしない。これだけは覚えておいてね」

上条「あぁ」

その瞬間、カヲルからオレンジ色の槍が飛んできた

カヲルの目の前数メートルの空間に、何事もなかったかのように現れたそれは、長さ2メートル、槍の切っ先が十字状になっており、天草式の五和が使う「海軍用船上槍(フリウリスピア)」にそっくりだった。
空中から突然現れた槍は、まるでミサイルのように、上条に向かって一直線に向かってくる。

上条はそれを間一髪でかわす。
目標を見失った槍は、後ろの壁に深々と突き刺さる。
が、すぐに跡形もなく消えてしまった。

上条「な、なんだ? 今のは……」

上条は壁に残る深い亀裂を見て息をのむ。

カヲル「ほらほら、よそ見をしていていいのかい?」

続けざまに同じ槍が何本も向かってくる。
さすがに全て避けきるのは難しい、と上条は瞬時に判断する。
そして、自分の右手を、幻想殺しを目の前に突きだそうとする。

だが、ここで上条の背中を嫌な感触が伝う。
悪い予感というのか、そういう類いのものだ。

上条「……くそっ!」

そう悪態をつきながら、突き出した右手を引っ込め、自らの体を翻して避ける。
翻した体から数センチの距離を、いくつもの槍が通過する。
だが直後、左腕にナイフで切られたような痛みが走る。

上条「あぁっ!」

避けきれなかった槍が左腕をかすめ、ワイシャツに血が滲み出る。
しかし、痛がっている暇はない。

次の槍が迫ってくる。
上条はすぐさま右に向かって飛び込み、上条の上半身があった空間を槍が通過する。
ところが、通過したはずの槍はすぐにUターンして上条に向かってくる!

上条「ちくしょう!」

上条は床を転がり、その直後、元の場所に槍が突き刺さる。
上条はすぐに起き上がり、カヲルの方を向く。

上条(さっきの攻撃はいったい何なんだ? まったく、妙な能力を使ってやがる)

カヲル「へぇー、なかなかやるね」

カヲルの表情に焦りや不安といった様子はない。
上条を本当に賞賛しているかのような表情だ。

カヲル「さすがだ。僕にケンカを売るだけのことはあるね。あれだけの槍をほとんど避けたんだ。感心するよ」

カヲルは両手をポケットに入れたまま、突っ立っている。
そのまま、目の前で何枚ものギロチンの刃を横に向けて作る。

カヲル「でも、今のままだとジリ貧だよ。このままで大丈夫かな?」

そう言い終わらないうちに、ギロチンの刃を上条に向けて放つ。
上条の体を切り裂こうと、時間差を開けて飛んでくる。

上条「マジかよ……」

上条はギロチンに背を向けて必死に走る。
ケージ内という限られた空間の中で、必死に動きを変えてギロチンをかわしながら、何か策はないかと考える。
このまま逃げ回っていても、いずれはカヲルの言う通りになってしまう。
その時、上条はあることを思いつく。

上条は思いがけない行動に出た。

背を向けるのをやめ、迫りくるギロチンに向かって、走り出したのだ。
ただでさえ猛スピードで迫ってくるギロチンが、さらに速くなる。

そのまま、上条は走りながら飛び上がる。

そして、そのままギロチンの上面をさらに蹴り、三段跳びの要領で、ギロチンからギロチンへと飛び回る。
ギロチンを踏み台にして、空中を走る。

後ろから、踏み台に使ったギロチンが上条を追ってくる。
上条はカヲルとの距離を詰める。
そして、最後のギロチンを踏み台にすると、そのままブリッジの床を転がる。

目標を見失ったギロチンは、そのまま何もない空間を通過し、まっすぐカヲルに向かう!

上条の狙いはこれだった。

上条は生身の上に丸腰だ。
何とか接近戦に持ち込んで、己の肉体で戦うしかないが、それだけでは火力不足だ。

なら、相手の武器を利用してやればよい。
目標に向かって追尾してくるなら、それをうまく誘導してやればよい。
自分の作った武器で、自分を攻撃させるのだ。

ギロチンは上条の思惑通りに進む。
カヲルは上条の意図に気付いたのか、表情を険しくする。
しかしもう手遅れだ。

ギロチンはもうカヲルの目前まで迫っている。
かわせるような距離ではない。
次の瞬間には、何枚ものギロチンがカヲルの体を切り裂くはずだった。


だが、カヲルの体は傷一つ付かなかった。


カヲルは自分の目の前にオレンジ色のバリアを展開し、ギロチンをすべて弾いたのだ。
弾かれたギロチンはそのまま消滅する。

上条「そうすると思ったよ」

カヲルは後ろから聞こえる声に驚く。
カヲルがギロチンを防いでる間に、上条はうまくカヲルの背後に回り込んでいた。

上条(相手が武器を作れるのなら、防具も作れるはずだ。バリアかなんかを張るに違いない。それで相手が気を取られているうちに、不意を打つしかない!)

上条の目論見通りに事が運ぶ。

カヲルが後ろを振り返った時には、上条は右手を振りかぶっていた。
そのまま、右手をカヲルの頬に向けて振りかざす。

カヲルの顔に触れる直前、顔の前にオレンジ色のバリアが展開されるのが見える。
しかし、上条は躊躇することなく右腕を振りぬく。
上条の右手は幻想殺し。あらゆる魔術や能力を打ち消す力を持つ。

バリアが展開されるのも予想通りだ。そのままバリアを打ち破り、カヲルを昏倒させる。

しかし、その青写真はもろくも崩れ去った。

上条の右手はバリアによって阻まれる。
コンクリートか何か硬いものを全力で殴ったかのような衝撃が全身を駆け巡る。
幻想殺しは全く反応せず、バリアが破れなかった。
それを認識した瞬間、右手に激痛が走った。

上条「ぐああああああああ!!!」

右手の拳と手首、それに肘から嫌な音が聞こえる。
骨の一本や二本折れたのか、それとも関節が外れたのか。
上条は痛みに体を貫かれ、その場にうずくまってしまう。

カヲル「いやぁ、惜しかったね」

そしてカヲルは上条を蹴り飛ばす。
蹴られる瞬間、カヲルの右足がオレンジ色の膜に包まれているのが見えた。
軽く蹴られただけなのに、上条の体はサッカーボールのように飛んでいき、そのまま壁に突っ込む。

カヲル「君の右手のことは知ってるよ。あらゆる魔術や能力を打ち消す力を持つんだってね」

上条は右肩を抑えながら、立ち上がる。
蹴られた腹部は痛みを通り越して、何も感じていない。
うまく受け身を取ることができず、全身に鈍い痛みを感じる。

カヲル「君は僕のATフィールドを見て、幻想殺しが聞くとでも思ったのかい? なめてもらっちゃ困るね。僕たち使徒は生物なんだ。その身体的    特性としてATフィールドが使えるんだ。君の幻想殺しが効くはずないだろう」

カヲルは嘲りを含んだ笑みを浮かべる。

カヲル「さあ、時間もないんでね。さっさとケリをつけさせてもらうよ」

カヲルは弐号機の方へ顔を向ける。

カヲル「さあ行くよ、おいで、アダムの分身。そしてリリンのしもべ。」

その言葉に呼応するかのように、弐号機についている4つの目が光った。

ネルフ本部 第2発令所

日付も変わり、本来であれば当直の職員しかいない第2発令所は、突然の警報音によって戦場と化していた。

数分前に突然「第一種戦闘配置」が出されたからだ。

ネルフが発する警報の中でも最高ランク。
使徒出現時には必ず出される警報だ。

よって、ミサトをはじめメインオペレーターやゲンドウといった、ネルフのトップクラスの人間がこの場所に集まっていた。

深夜の突然の招集に、まだ事態の全体像を把握できていない。
そんな混乱の中で、マコトの驚きを含んだ声が響いた。

マコト「エヴァ弐号機、起動!」

ミサト「そんなバカな!アスカは!?」

シゲル「303(サンマルサン)病室です。確認済みです。」

コンソールのディスプレイに映し出された映像には、虚ろな目をしたアスカがベットで寝ている。
パイロットがいないなら、エヴァを動かすことはできないはずだ。

ミサト「じゃあいったい誰が…?」

マヤ「無人です、弐号機にエントリープラグは挿入されていません!」

ミサト「誰もいない?フィフスの少年ではないの?」

ミサトは呟くが答える者は誰もいない。
考える暇もなく、次から次へと情報が上がってくる。

マコト「弐号機格納ケージに、A.T.フィールドの発生を確認!」

ミサト「弐号機?」

マコト「いえ、パターン青!間違いありません!使徒です!」

ミサト「何ですって!?」

最悪の事態だった。

今までの使徒は、一部の例外を除いて第3新東京市、あるいはネルフ本部のあるジオフロント内で戦ってきた。
ネルフの対使徒戦では屋外戦を基本としており、それに合わせてエヴァを建造してある。
使徒が世界各地からやってくるからだ。

だが、今回はネルフ本部内に使徒の侵入を許したことになる。

ネルフ本部内はテロなどを想定して複雑に入り組んであり、ネルフ職員でも迷うことがあるほどだ。
だから、監視システムの外に出られるとおしまいだ。追跡することができない。
ましてや、エヴァが施設内で活動できる場所は限られており、うまくかわされると厄介だ。

ミサト「使徒…あの少年が?」

ミサトは独房でのリツコの言葉を思い出していた。
リツコの予想は見事に当たっていた。
ミサトも疑ってはいたが、いざ実際に正体がわかると、なんだか複雑である。

ミサト(まさか、本当だったとはね)

シゲル「弐号機格納庫の映像を繋ぎました。主モニターに回します」

オペレーターの一人、青葉シゲル二尉がそう告げると同時に、発令所のメインモニターに映像が映し出される。

そこに映っていたのは、拘束を自力で解き動き出した弐号機、アンビリカルブリッジに立つカヲル、そして、カヲルに向かい合う一人の少年であった。

ミサト「あの少年は誰?」

マコトがキーボードを叩き、情報をディスプレイに出す。

マコト「あの少年は上条当麻。セカンドチルドレンに接触し、スパイ容疑がかけられて拘束していましたが、抜け出したようです」

ミサト「その子も使徒なの?」

マコト「いえ、パターン青は検出されていません。人間です」

ミサト「じゃあ、いったいあの子は何をしているの?」

人型の使徒とはいえ、生身の人間が使徒にかなうとはとても思えない。
拘束を抜け出した後、たまたまこの状況に居合わせたのか、それとも、ここの調査が目的だったのか。
いずれにせよ、発令所にいるミサト達にはわからない。

冬月「セントラルドグマの全隔壁を緊急閉鎖!少しでもいい、時間を稼げ!」

アナウンス「マルボルジェ全層緊急閉鎖、総員待避、総員待避!」

副司令の冬月がそう指示すると同時に、地下のアダムへ繋がる全ての通路が封鎖される。

冬月「まさか、ゼーレが直接送り込んでくるとはな…」

ゲンドウ「老人は予定を一つ繰り上げるつもりだ。我々の手で。」

ゲンドウは両手を顔の前で組んだまま、指示を出す。

ゲンドウ「エヴァ初号機に追撃させろ。」

ミサト「はい。」

ゲンドウ「いかなる方法をもってしても、目標のターミナルドグマ侵入を阻止しろ。」

ミサトはシゲルからシンジの現在位置を聞く。
現在、パイロットルームに向かっているという報告を聞き、出撃がどれくらいかかるかを計算してみる。

ミサト(ざっと2,30分か……、急いでシンジ君)

一方でこんな疑問も浮かんでくる。

ミサト「しかし、使徒はなぜ弐号機を?」

カヲルなら、このまま誰にも知られることもなく、密かに地下まで行ってサードインパクトを起こせたはずだ。
実際、弐号機が起動するまでは、位置すら特定できなかったのだから。
にもかかわらず、わざわざ弐号機を起動させてミサト達に知られることとなった。

冬月「もしや、弐号機との融合を果たすつもりなのか?」

ゲンドウ「あるいは破滅を導くためか、だ。」

発令所の最上段で指揮を執るトップ2人は2人で話し込んでいる。

その時、弐号機ケージを映し出してる主モニターが、とんでもない光景を映し出した。
カヲルが操る弐号機が、上条を襲いだしたのだ。

もともと体長何十メートルもある使徒に対して作られた兵器だ。
生身の人間など、赤子の手をひねるように殺せる。

マヤ「ひっ!」

弐号機が拳を上条に振りかぶる映像を見て、オペレーターの伊吹マヤ二尉は引きつったような悲鳴を上げる。

振りかぶられた拳は、そのままアンビリカルブリッジの床へ振り下ろされる。
その直前、人影が横っ飛びして床に倒れこむ様子が見えた。

上条はすぐに立ち上がり、弐号機の様子をうかがう。

上条は振りかぶられる拳をなんとか避けているようだ。
なおも、弐号機はもう一つの拳を振りかぶる。

ミサト「くっ、なんとか彼を助けられないの? 保安部か諜報部に連絡して、彼を救出して!」

ゲンドウ「やめたまえ。葛城三佐」

あまりの状況に見ていられなくなったミサトの指示を、ゲンドウが取り消す。

ゲンドウ「我々にとって最も恐れなければならないのは、地下のアダムとの接触だ。奴を地下に降りさせてはいかん。だが、奴はあの少年に気を取られている。ここで彼を救出すれば、奴がアダムに向かって動き出すだろう」

ミサト「しかし」

ゲンドウ「葛城三佐、君は一人の少年の命を引き替えに、全人類の命を差し出すのか?」

この場にいる者たちも、上条をほっとくわけにはいかない。
しかし、彼らには使徒を殲滅しサードインパクトを阻止する、という職務がある。
それができなければ、文字通り人類は滅亡する。

それを胸に刻み込んでいる以上、上条当麻という一人の少年を見殺しにするほかない。

ゲンドウ「少年に気を取られている今がチャンスだ。サードチルドレンの搭乗を急がせろ」

ゲンドウは冷たく言い放つ。

ミサト(シンジ君、早く!)

それはこの場にいる全員の思いだった。

こんにちは、>>1です。

いつもありがとうございます。

更新のことなんですが、私の都合でこれから2週間ほど、投下のペースが遅くなります。

理由はまあ、やる気がなかったり、書き溜めがなかったり、時間がなかったり。

ですので、今日の分を投下したら、ちょっと休憩します。

申し訳ありません。

その間、保守、支援などをしてくれるとうれしいです。

それでは今日の分、投下します。

ネルフ本部 303病室

御坂はレイに連れられてこの病室にやってきた。
さっき御坂が寝ていた部屋とは近かったらしく、すぐに着いた。

行く途中で、気弱そうな少年とすれ違った。
すれ違う途中でレイと御坂と目があったが、特に何事もなかった。
ただ、何か後ろ髪を引かれるような表情だったのが、御坂の心に引っかかっている。

御坂はベットに寝ている少女に釘付けとなる。
ぼんやりと見開かれた眼は虚空を眺め、もはや廃人と化している。
彼女につけられている医療機器の稼働音だけが、病室に響いている。

レイ「彼女はエヴァンゲリオン弐号機パイロット、惣流・アスカ・ラングレーよ」

御坂「この子が、パイロット?」

レイ「そうよ」

御坂はこの組織の異常さを知った。
自分と同じくらいの少女に、兵器のパイロットとして訓練を受けさせ、死と隣り合わせの実戦に投入し、使えなくなればゴミ同然に放っておく。
人としての尊厳を奪う行為に、御坂は怒りを覚える。

御坂「ひどい。何をどうすればこんなことになるのよ」

レイ「今は説明している時間がないわ」

レイはアスカの方を見つめながら、御坂に説明を始める。

レイ「あなたには、この子を起こしてもらいたいの」

御坂「は?」

御坂はレイの言ったことがわからなかった。

レイ「人間の脳はまだ研究段階で、解明されてない部分が多い。でも、脳内でのやり取りや神経間の伝達には、微弱電流が使われていることが分かっているわ。言い換えれば、記憶や計算、感情といった、脳が様々な活動を行うとき、微弱電流が流れているの。そこで、あなたの能力を使って、脳内の微弱電流を操り、この子の目を覚まさせてもらいたいの」

御坂「アンタ、何言ってんのか分かってんの!」

御坂は思わずレイの襟首をつかみ上げる。

御坂「つまり、私がこの子の頭をいじくって、ただでさえひどい目にあったのに、無理矢理叩き起こせっていうことなのよね! 冗談じゃないわ!」

御坂はこの怒りを我慢することができなかった。

確かに、御坂にとって、微弱電流を操ることはできないことはない。
ただ、操るということは、アスカの頭の中にある記憶や思い出というものを、赤の他人である自分が覗き見るということに他ならない。
まして、アスカは自ら殻の中に閉じこもって他人から心を閉ざしている状態であり、それを無理矢理こじ開けようとすればどうなるかは、想像に難くない。

レイ「ええ、分かってるわ」

レイは締め上げられている喉から、声を絞り出して答える。
御坂は我に返って締め上げている手を放す。
せき込むレイを見ながら、自分のやったことに冷静になり、レイに対して申し訳なく思うものの、依然として自分の中には怒りがくすぶる。

レイ「確かに、無茶なお願いなのは分かる。でも、こうするしか方法がないの」

御坂「アンタねえ!」

レイ「おそらく、カヲルは弐号機を操って、ターミナルドグマまで向かうはずよ。普通、エヴァは特定のパイロットにしか操縦できないはずだけど、アスカが心を閉ざしているせいで、彼にも操れるの。だから、あなたがアスカの心を開かせてくれれば、弐号機はすぐに私たちの元に戻る」

エヴァの操縦には、パイロットとエヴァ本体との心のつながりといったものが必要だ。
つまり、パイロットが心を閉ざしている状態では、エヴァを動かすことはできない。

しかし、カヲルはそこを狙った。
アスカが心を閉ざしているのをいいことに、カヲル自身をパイロットであると偽って、弐号機を操っているのだ。

御坂「だけど、人の脳を操るなんて、やったことないわよ」

御坂は怒りと不安が入り混じった声を出す。

御坂の知り合いには、食峰操祈という精神系能力者がいる。
彼女は能力「心理掌握(メンタルアウト)」を使って他人の意思や記憶、行動といったものを思い通りに操る。

実際に、御坂の友人である白井黒子や佐天涙子などにも使われて、腹が立ったこともある。
そして、彼女に関連した悪い噂もちらほら聞こえてくる。

彼女のそんな行動を見て、御坂は自分の能力をそんな事に使いたくはなかった。
そんなわけで、人に対してそんな能力は使ってこなかった。

夏休みに幻想御手事件で木山春生の記憶を見たことはあるが、偶然だ。
うまくできるとは思えない。

御坂「人の人格をいじることになるのよ。そんな事、私にはできない!」

レイ「今、碇君が出撃準備してるけど、時間がかかるわ。その間に、ターミナルドグマについてしまう」

御坂「そんな」

レイ「それに、もし彼が、上条君を殺すために弐号機を使うとしたら?」

御坂「な……」

レイ「あなたはそれでも、やりたくないとでも言うの?」

御坂は背筋が凍る思いだった。
自分が好きな人が、何の罪もないのに殺される。
例え自分の片思いだったとしても、それはとても耐えられないことだった。

レイ「上条君なら、彼を止めようとするでしょうね。でも、今の彼なら、自分の目的のためなら、何をするかわからない。自分を止めようとするなら、尚更ね」

御坂「そんな……」

レイ「今の弐号機は、完全に彼の支配下にある。私たちのもとに取り戻せば、だいぶ有利になる。そのためには、アスカの目を覚ますしかないの」

弐号機本来のパイロットであるアスカが目を覚ませば、アスカと弐号機の間で心のつながりが復活するため、カヲルの支配はできなくなる。

レイ「それに、アスカを、助けたいの」

レイはアスカの方を向く。

レイ「アスカは、自分の中のプライドと、現実の違いに耐えられなくなって、壊れてしまったの。でもそれは、私たちのせいでもあるの。だから、アスカを助ける責任がある」

レイは再び御坂の方へ向き直る。

レイ「お願い。これはあなたのためにもなるの。だから、力を貸して」

レイは御坂に向かって振り向く。
レイが御坂の瞳を、弓で射抜くように見つめてくる。

けれど、御坂の心は決まっていた。

さっきの病室で、御坂はレイを信じることに決めた。
それに何はともあれ、自分を頼ってくる人を、邪険に扱うことはできない。
それに、自分の好きな人が、上条当麻がピンチであるというなら、自分はどんな危険な事にだって、躊躇うことなく挑んでいく。

御坂「任せて、やってみるわ」

レイ「そう、ありがとう」

御坂「本当はやりたくないわよ。けど、さっき綾波さんを信じるって決めたし。それに、惣流さんを助けたい。そのためだったら、私は構わないわ」

御坂は虚ろな目をしているアスカの頭に手を当てる。
所々に枝毛が目立ち、少し煤けているように見える栗色の髪を、やさしく撫でた後、アスカの右手を握る。

レイが用意してくれた椅子に座り、ぎゅっと目を閉じる

御坂は自分がどれほど危険なことを行おうとしているのかを、直感で感じ取っていた。

人間の微弱電流を操るのだ。少しの失敗も許されない。
それこそ心臓手術のように、顕微鏡を覗きながら傷口を縫合するような繊細さが求められる。
失敗すれば、アスカはおろか能力を使っている御坂自身にも、取り返しのつかない事態になってしまうかもしれない。

それでも、御坂の心には、先ほど感じていた不安や恐怖といった感情はなかった。
アスカを救って、レイとともに上条を救いに行く、その思いだった。

それに、自分の想い人、上条当麻のためにも……。

ここで立ち止まってしまえば、どっちみち事態は悪くなってしまうのだ。
ならば、一か八かでも進むしかない。

御坂「さあ、いくわよ」

その瞬間、御坂の右手から火花が勢いよく散った。

みなさんお久しぶりです。1です。

今日から投下を再開したいと思います。

下手くそですが、応援してくれるとうれしいです。

今のところ、ストーリーは3~4割ぐらい進んでいるので、まだまだ終わらないです。
楽しんでもらえるとうれしいです。

それでは投下します。

御坂「ここは、どこだろう?」

御坂は不思議な感覚を味わっていた。
自分の体がふわりと浮かび、ただ思いゆくままに漂っている感覚である。

御坂は目を開けて周りの様子を見てみる。
そこはアスカの病室ではなく、ただ真っ白で何もない空間であった。
曇りも濁りもなく、かえって不気味な感じがするほどだった。

さっきまで座っていたのだが、まるでスカイダイビングのように、なぜか腹這いになって空間をぷかぷかと浮かんでいた。

そこで御坂は、自分がこのようになっている理由を思い出す。
アスカの目を覚まさせ、弐号機を自分たちのもとに戻す。

そのために、能力を行使して今に至る。

おそらく、今御坂がいるのは、アスカの心の中なのだろう。
能力に集中しているうちに、自分の意識だけが、アスカの心の中に飛び込んでしまったのかもしれない。

御坂「それにしても、とてもきれいというか、なんというか。とても純粋そうな心よね」

普通、心を閉じているのだから、淀んでいたり、汚い色だったりを想像する。
でも、実際に目の前に広がるのは、白一色の、全く穢れのない空間。

御坂「本当に、これが惣流さんの心なのかしら? 何か引っかかるわね……」

御坂は自分が感じる違和感を呟いてみる。
自分と同い年くらいなのだ。色々な経験をしてきたはずなのに、心がこんな純粋そうな色をしているはずがない。
思春期に入っているのだし、ましてや、エヴァのパイロットという稀有な立場にいるのだ。色がついてないはずがない。

自分の考えすぎかもしれないが、御坂には奇妙に映ってしまう。

御坂「んで、惣流さんを探しにいかないと……」

周りを見渡しても、アスカの姿はない。
自分から探しに行くしかないな、と少し声を出しながら動いてみる。

自分が意識だけの存在であるためか、自分が念じれば自由に空間を移動できた。
ただ、本当に真っ白であるためどのくらい動いたかとか、どのくらいの速さかといったことまでは分からない。

何か目印になるものがあればいいのだが、それも見当たらない。

御坂「うーん、どうすればいいのかしら?」

御坂は動くのをやめ、考え込む。

御坂が能力を使って、人の心を見るのは初めてだ。
だから、何もかもが初めての経験である。

木山春生の時は、偶然の要素が強かったのもあるが、自然に木山の記憶が頭の中に流れ込んできた。
でも、この状況では、その経験はあまりあてにはならないだろう。

御坂「もう少し動いてみるか」

そう呟いた時だった。
ふと見た視線の先に、何か黒い靄のようなものが見えた。

距離があるのだろうか、小さな黒い点が揺らめいてるように見える。
御坂は心なしか速く近づいてみる。

それは大きな黒い球体だった。
直径3メートルくらいで、表面は何か黒い煙のような物がまとわりついている。
黒い煙がないところから表面を見ると、つるつるというわけではなかった。
まるで太陽の表面のように、表面で流れ同士が混ざり合って、何とも言えない模様を形成している。

漆黒、いや、暗い藍色とでもいうべきか、そんな色をしていた。

御坂はこれがアスカの心だと確信する。

今まで心が真っ白だったのは、心にあったさまざまな思いや出来事を、全て一か所に集めてしまっていたからだ。
御坂がここに来てから、何も見つからなかったのはこのためだ。

逆に言えば、目の前にある黒い球体には、惣流アスカラングレーの全てが詰まっているといっても過言ではない。

これがすべてを握るカギ。
レイの頼みを、上条の窮地を救うことになるかもしれないもの。

御坂「こういう時って、だいたい相場が決まっているのよね。中に本人が引きこもっていて、すんなりとは心を見せてくれないのよね。どうしようか?」

そう呟きながら、腕を組んで考え込む。

無理矢理心を開かせようとすれば、おそらく失敗してしまうだろう。
かといって、ゆっくりやろうとすれば、一向に事態は進まないだろう。

ましてや、自分は赤の他人だ。
友達や家族でもないし、初対面である。簡単にいくわけがない。

御坂の目的は、アスカの心を開き、目を覚まさせること。
そのためには、彼女の意識と会わなければならない。

その彼女が、目の前の球体の中で閉じこもっているとしたら……。

御坂「私が中に入る?」

御坂は自分の思い至った考えに、身震いする。

御坂が中に入ろうとすれば、何か抵抗を受けるかもしれない。
下手したら、アスカの心から追い出されてしまうかもしれない。
そうなってしまえば、おしまいだ。

御坂「そもそも中に入れるの? 弾き飛ばされたりしないよね?」

その呟きに答える者はいない。
しかし、自分自身で決めるしかない。

御坂は自分の右手を黒い球体に向けてかざす。
ゆっくりと、少しずつ距離を詰めていく。
心なしか、手が震えているように見えるが、緊張のせいだけではないだろう。

右手の指先が触れるか触れないかで、御坂の動きが止まる。

御坂「大丈夫、なるようになる」

そして、最後の一押しとばかりに、指先を伸ばす。
指先が黒い煙をかき分け、表面を叩く。

その感触が伝わった瞬間、突然御坂の体が球体に向かって大きく引っ張られる。

右手を何者かに掴まれ、引っ張られているのだ。
ズブリと球体の中からかなり強い力で、黒い球体の中に引きずり込まれそうになる。

一気に右肩のあたりまで球体に飲み込まれ、御坂はパニックに陥る。

御坂「きゃ! な、何よこれ!」

左手を表面について耐えようとするも、左手も球体にめり込み意味がない。
そして上半身を引っ張られたことで、バランスを失い、頭から球体の中に突っ込んでしまう。

腰から先は中に入り、足がただバタバタしているのが見えるだけだ。

そして、そのまま球体の中に飲み込まれた。

球体の中に取り込まれた御坂は、そのまま引きずられ続けていた。

御坂「ちょ、やめてよ! 何よ!」

右手を掴まれ、強い力で引きずられて、御坂は混乱していた。
周りを見る余裕がない。今自分がどんな状態なのかもわからない。

そして、突然うつ伏せになっていた体をひっくり返された。
されるがままに上を見ることになった御坂の目に飛び込んできたのは、

やつれたアスカの顔だった。

アスカ「気持ち悪い……」

そして、御坂の首元を両手で締め上げる。
馬乗りになったアスカの痩せ細った指先が、御坂の喉元に食い込んでいく。
御坂はとっさにアスカの手を掴んで引きはがそうとするも、うまくいかない。
まるで、自分の喉とアスカの手が一体化してしまったかのように動かない。

アスカ「人の心に……、土足で上がりこんで……」

アスカの、重く生気のないかすれた声が、御坂の頭に響く。
力のない声のはずなのに、まるで怒鳴られているかのように頭にガンガンとこだまする。
自分は意識だけで存在しているはずなのに、本当に首を絞められている感じがして、御坂を困惑させる。

アスカ「殺してやる……」

アスカがいっそう指先に力を籠めようとする。

その時、御坂は両手をアスカの手から離し、アスカの腹めがけて振りぬく。
右手が脇腹にヒットし、アスカの体勢が少し揺らぐ。

御坂(今だ!)

その瞬間を見逃さずに、御坂はアスカの首絞めから逃れようと、もがく。
体勢を崩されたアスカに御坂を封じ込める力はなく、御坂の首からアスカの手が離れる。
そして、御坂はアスカの体を突き飛ばす。

アスカの体は、そのまま後ろにのけ反る形となり、その隙に御坂はアスカの下からはい出る。

御坂「あなたが、惣流さんね」

御坂は立ち上がって尋ねる。
アスカに絞められた首が少し痛む。
はあはあ、と苦しい息をしながら、アスカの返答を待つ。

アスカ「アンタ……誰……?」

御坂「私は御坂美琴、あなたに会いに来たの」

アスカはよろけながら立ち上がり、御坂をギロッと睨む。
アスカのくぼんだ眼を見つめ返しながら、御坂は話す。

御坂「あなたを助け……」

突然、アスカがこちらに向かってくる。
もともと5メートルもなかったので、御坂は逃げる間もなく、すぐにアスカに組み敷かれてしまう。

御坂「ちょっと! やめて! 話を聞いて!」

御坂が必死に訴えるものの、アスカはそれを無視して殴りかかる。

アスカ「嫌い……、嫌い……、嫌い……、嫌い……」

先ほどと同じように馬乗りになったアスカは、今度は御坂の顔面めがけて拳を振るう。
その目は、絶望に打ちひしがれている目でも、悲しみに暮れている目でもなかった。

アスカの目にあるのは、殺意。

御坂を、まるで自分の仇敵のように、憎んでる相手のように見なしている目だった。
それも躊躇いなく命を奪えてしまうほどの。

御坂は必死に両手で拳を防ごうとするものの、焼け石に水だった。
御坂の整った顔は、何度も繰り出される拳により、痣ができて腫れ上がり無残な姿となっていく。
瞼は切れ流血し、鼻も殴られ鼻血が出る。

アスカは殴るのに飽きたのか、今度は立ち上がり蹴りを入れ始めた。
殴られ続けて、意識がもうろうとしている御坂には、蹴りを防ぐ力もない。

アスカ「殺す……、殺す……、殺す……、殺す……」

腹を蹴られては、何かが潰れる音が響く。
胸を蹴られては、何かが折れる音が響く。
顔を蹴られるたびに、頭が吹っ飛びそうになり、足を蹴られるたびに、足がしなって折れ曲がりそうになる。

御坂はぼやけ始めた意識の中で、あることを考える。

御坂(私が、いったい、何をしたっていうのよ)

元の世界では、自分のDNAマップを悪用され、量産型能力者計画(レディオノイズ計画)が進められ、自分のクローン「妹達(シスターズ)」が作られた。
絶対能力進化計画(レベル6シフト計画)では一方通行をレベル6にするために、妹達2万人を虐殺する計画が立てられ、実に1万人以上の妹達が殺された。
さらに、第三次製造計画(サードシーズン)の計画も立てられ、新たな妹達が作られそうにもなった。

御坂は自分を責めた。
不用意にDNAマップを提供してしまったことも、妹達を作り出してしまったことも、妹達に早く気付いてあげられなかったことも、妹達を助けてあげられなかったことも。

御坂は自分と寸分たりとも違わないクローン達を、「妹」達を助けるために、必死になって戦った。

片っ端から研究施設を破壊して回った。
施設防衛のために雇われた暗部組織「アイテム」と戦った。
樹形図の設計図(ツリーダイアグラム)にハッキングを仕掛けようとした。

でも、敵は御坂が戦えば戦うほど、手の内を変えて実験を継続した。
学園都市が黙認していることも知り、自分の手ではどうにもならないと悟った時、御坂は自らの命を絶とうとした。

自分の「妹」達を、決して生まれるはずのなかった命を、助けるために。

だが、絶望に浸った御坂を、超能力者である御坂を、無能力者の上条当麻が救ってくれた。

一方通行にわざと負けて、わざと死のうとする御坂を止めた。
そして、無能力者が超能力者に勝つという離れ業を成し遂げたのだ。

その結果、実験は中止され、妹達は自由の身になった。

御坂はいまだに罪悪感を感じている。
自分がもっと気を付けていたら、妹達が生まれることもなければ、妹達がひどい目に合うこともなかった。
御坂は妹達のためなら、例え悪魔に魂を売ってでも、どんなことでもするつもりだ。

それが、この世界で自分は何か悪いことをしただろうか。
気がつけば、この世界に飛ばされ、街をさまよい、レイに助けられ、レイの力になろうと協力している。
この事の、何が悪いことなのだろうか。

妹達のことなら、どれほど殴られようとも、どれほど蹴られようとも、どれほど罵声を浴びせられようとも、耐えられる。

しかし、今自分が受けている仕打ちは、なんなのか……。

確かに、アスカの心に踏み入ったのは悪いことかもしれない。

でも、それは上条の危機を救うためだ。
レイの力になるためだ。

御坂(どうして、ここで、殺されなきゃいけないの?)

そう思うと、腹の底から悔しい思いがこみ上げる。

御坂(ア、アンタなんかに……!)

御坂の意識が、少しずつ戻ってくる。
視界がはっきりし、口の中に鉄の味を感じながら、御坂は決意を固める。

今、ここで死ぬわけにはいかない。
上条の危機を救うため。
レイの力になるため。
そして、無事に元の世界に帰るため。

こんな場所で、こんな女に殺されるわけにはいかない!

御坂「う、うああああああ!」

いったい何発目の蹴りだろうか。
突然、御坂がアスカの蹴りを受け止める。
そのまま足を思いっきり引っ張る。

アスカはバランスを崩して倒れる。
すかさず御坂は立ち上がり、アスカの上にまたがる。
今度は御坂がアスカの上に馬乗りになる。
そして、先ほどされたように、アスカの顔を殴る。

御坂「アタシは、ここで、死ぬわけには、いかないのよ!」

アスカの顔を殴りながら、御坂は叫ぶ。
アスカも御坂と同じように流血し、痣ができていく。
御坂の顔から垂れた血や汗が、アスカの顔にしたたり落ち、アスカの血と混じる。

御坂の眼は見開かれ、片目は瞼から流れる血の色で赤く染まっている。

殴りながら、御坂はもうひとつ大事なことを思い出す。

目の前にいる少女も、助けないといけない。
彼女も苦しんでいる。上条やレイだけじゃない。
この子も、心を閉ざして、心の奥底で助けを待っている。

その助けに答えるのが、私のもう一つの役目ではないのか。
そのために、ここに来たのではないのか。

御坂「当麻を助けて……、レイも助けて……、アンタも助ける! だから、私は……」

御坂の血まみれの頬を、透明な液体が伝う。

御坂「ここで死ぬわけには、殺されるわけには、いかないのよ!!!」

そして、御坂は渾身の一撃を食らわせる。
拳はアスカの頬にクリーンヒットして、アスカの意識が落ちる。

御坂は腫れ上がって別人のようになったアスカの顔に手を当て、語り掛ける。

御坂「……ごめんなさい。殴ってしまって……」

御坂は泣き声で語り掛ける。
アスカは気を失っているのか、身じろぎ一つしない。

殺そうとしているアスカを止めるには、自分が気を失わせるしかなかった。
乱暴なやり方となったが、仕方のないことだった。

御坂「……今から、あなたを助けるから……。だから、少しの間……、我慢してね……」

御坂は血と涙でぐちゃぐちゃになった顔で、笑いかける。
そして、病室の時とは違い、血にまみれた右手をアスカの頭にのせる。

御坂は頭の中でイメージを組み上げる。
御坂とアスカを、細く長い糸でつなげるイメ-ジ。

要は、2人の意識を直接つなげて、アスカを助けようとしているのだ。

そのイメージが組みあがった瞬間、白い光が御坂を包み込む。
御坂は目をつぶり、白い光に身を任せる。

そして、御坂の意識が、アスカの意識が、一つにつながった。

ネルフ本部 初号機ケージ

初号機ケージでは、初号機出撃の準備が進められている。
アンビリカルブリッジは収納され、冷却水は排出、初号機を拘束していたロックボルトは解除されている。

先ほどまでは、作業員がせわしなく動いていたのだが、準備作業はあらかた終了したのですべて退避している。

初号機背部に挿入されているエントリープラグ。
その中で、パイロット、碇シンジは出撃命令を待っていた。

薄い水色がかったプラグスーツに身を包み、頭にはエヴァとのシンクロに必要なインターフェースをつけている。

シンジ「遅いな、ミサトさん」

エントリープラグに乗り込んで、だいぶ時間が経っているのだが、何の指示もなく待機である。
いつもならもう出撃している頃合いだが、何かあったのだろうか。

シンジは一人ぽつんと取り残されている状態で、物思いにふけっている。
内容はさまざまだが、気がつけばカヲルのことを考えていた。

自分のことを、好きだと言ってくれた初めての友達だ。
もちろん、ケンスケやトウジも友達だが、彼らは言葉よりも行動や態度で示すタイプだった。
だから、カヲルのようなタイプは初めてだった。

シンジ「カヲル君、今頃どうしているんだろう?」

やっぱり弐号機のパイロットとして来たのだから、もう乗っているのだろうか。
そんな事を考えていると、突然プラグ内にノイズが流れる。

ミサト「シンジ君、聞こえる?」

プラグ内のスピーカーからミサトの声が聞こえる。

シンジ「はい」

ミサト「今回の使徒は、渚カヲルよ」

シンジ「えっ……」

シンジは言葉を失った。

ミサト「渚カヲルからパターン青が検出されたの。第17番目の使徒と断定されたわ」

シンジ「う、嘘だ……」

ミサトの残念そうな声に反発するように、シンジは呟く。

シンジ「嘘だ! 嘘だ! カヲル君が、彼が使徒だったなんて、そんなの嘘だ!」

シンジはレバーを思い切り殴る。
うまく現実を受け止めることができず、殴らずにはいられなかった。

ミサト「事実よ。受け止めなさい」

ミサトの冷たい声が、シンジの耳に響く。

ミサト「渚君は今弐号機ケージにいるわ。彼がターミナルドグマに降りる前に、蹴りをつける。シンジ君はリニアレールで射出ポッドまで移動した後、弐号機ケージに向かうリニアレールを慎重に接近。会敵次第、攻撃を開始する。大ざっぱだけど、何か質問ある?」

ミサトは焦りが混じった声で尋ねる。
カヲルを「目標」と言わないあたり、シンジに配慮しているのかもしれない。
あるいはまだ、ミサトにも事態が飲み込めてないのかもしれない。

シンジは俯いたまま何も答えない。

ミサト「しっかりしなさい! シンジ君」

ミサトから怒号が聞こえるが、言葉が出てこない。

ミサト「出撃、いいわね?」

シンジ(逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ……)

シンジは固く目を閉じて、自分に言い聞かせる。
そして、そのまま顔を上げて前を見る。

シンジ「はい……」

シンジの声が聞こえたのか、スピーカーの奥でミサトが指示しているのが聞こえる。
すると、初号機を乗せたリニアレールが動き出す。

ゆっくりと動き出したリニアレールが、シンジを少しずつカヲルのもとへといざなう。

シンジ「……どうして、どうしてなの、カヲル君……」

外の景色が流れる中で、シンジは驚きを隠せない声で呟く。
マイクのスイッチは切ってあるので、発令所に声が流れることはない。

シンジ「さっきは、あんなに仲良くしてくれたじゃないか……」

細長い通路を踏みしめる初号機の足が、やや乱暴気味に動かされる。

シンジ「あれは、カヲル君の本心じゃなかったの?」

気がつけば、リニアレールは射出ポッドまで移動していた。
足元のロックが外され、初号機はシンジの操縦にゆだねられる。

ミサト「急いで、シンジ君」

ミサトの声がさらに焦っている感じがする。

ミサト「弐号機ケージ内に、民間人が取り残されているの」

その声を聞いて、シンジは歩みを速める。

シンジ「そんな、どうして……」

ミサト「わからないわ。とにかく彼を助けて。戦闘に巻き込まないよう……」

その時、ミサトの声が途切れる。
同時にスピーカーから短い悲鳴が聞こえる。

シンジ「あの、ミサトさん?」

ミサト「シンジ君、早く!」

ミサトの悲鳴に近い声が、シンジの耳を貫く。
弐号機ケージはすぐ目の前だ。

シンジは打ち合わせを無視して、いきなりケージに飛び込んだ。

初号機の目の前には、起動している無人の弐号機、戦闘のせいでめちゃめちゃになったケージ。

そして、宙に浮いているカヲル。

最後に、アンビリカルブリッジで倒れている、制服の少年。
その少年に、シンジは見覚えがあった。

シンジ「……上条さん?」

頭から血を流し、あおむけになって倒れているツンツン頭の少年は、アスカの病室で会った上条であった。
上条の制服はところどころ破れており、黒や赤のシミがついている。

ほんの数時間前に会った彼は、身じろぎひとつすることもない。

シンジは背筋が凍るのを感じた。

もしかして、彼は、上条は、死んでいるのか……?

シンジ「……嘘だよね……」

シンジは視線を上条からカヲルに移す。
上条を殺したのは、カヲルしかいない。

シンジ「カヲル君……、君の仕業じゃないよね?」

カヲルは初号機に視点を合わせ、答える。

カヲル「僕がやったんだよ。見ればわかるじゃないか」

カヲルは呆れたように答える。

シンジ「どうして、どうしてこんなことを!?」

カヲル「どうしてって言われてもね。彼が僕の邪魔をしたんだよ。だからさ」

カヲルは悪びれる様子もなく、平然と答える。

シンジ「どうしてだよ! 友達じゃないか!」

カヲル「友達?」

シンジ「友達なのに……、仲間なのに……。それなのにどうして……」

それを聞いたカヲルは憐みを含んだ視線を向ける。

カヲル「勘違いしないでもらえるかな。君たちリリンと使徒との間に、友情なんていうものが築けるはずないね。君たちと僕は生存競争をしているんだよ。食うか食われるか、殺すか殺されるかの関係だ」

シンジ「でも、さっきは、僕のことを好きだって……」

シンジは涙を流しながら尋ねる。
一縷の望みを残した声で。
ただ、真実であってほしいと。

シンジ「さっきの言葉は、嘘だったの?」

カヲル「あぁ、嘘だよ」

カヲルは即答する。

カヲル「君に接触したのも、自分の敵がどんな奴なのか調べるためさ。それ以外の理由はないよ」

カヲルの感情のない言葉は、シンジの耳には入ってこなかった。

嘘だった。
裏切られた。
勘違いだった。

誰にも頼れないシンジにとって、渚カヲルは唯一の、心を許した人だった。
出会って間もないが、それほどまでに思っていた。

自分に好意を寄せてくれた、初めての人だった。

それなのに、裏切られた。
彼は嘘をつき、人を殺し、自分の敵になった。

自分の中に芽生えた好意も、友情も、何もかもが崩れ去る。

シンジの心にあったのは、どす黒い感情。

失望、絶望、憎しみ。

そして殺意。

シンジ「うわあああああ!!!」

初号機はカヲルに向かって右手を振るう。
しかし、カヲルの間に入った弐号機がしっかりと受け止める。

シンジ「裏切ったな…僕の気持ちを裏切ったな…父さんと同じに裏切ったんだ!」

初号機はすかさず弐号機の足をかけ、転ばせる。
初号機も一緒に倒れるが、弐号機をクッションにし衝撃を受け流すと、弐号機の顔面に拳を浴びせる。

弐号機も負けじと初号機の首を掴み、締め付けてくる。
だが、初号機は弐号機の手首をつかむと、じわじわと引きはがす。

そして、弐号機の頭に頭突きを食らわせる。

シンジ「うっ!」

シンジの頭に痛みが伝わり、うめき声をあげる。
だが少しは効いたのだろうか、弐号機の目の光が弱まった気がする。

シンジ「うおおおお!!!」

初号機は立ち上がると、空中に浮いてるカヲルに向かって拳を振りかぶる。
しかし、シンジの殺意が込められているその拳は、ATフィールドによって阻まれる。

シンジ「ATフィールド!」

カヲル「そう。君たちリリンはそう呼んでるね。何人にも侵されざる聖なる領域、心の光。リリンもわかっているんだろ?A.T.フィールドは誰もが持っている心の壁だということを。」

シンジ「そんなのわからないよ、カヲル君!」

その時、シンジは背中に違和感を感じた。
いつの間にか起き上がっていた弐号機が、プログレッシブナイフで初号機の背中を刺したのだ。

シンジ「うああああああ!」

初号機は弐号機に振り返ると、プログレッシブナイフを弐号機に突き立てる。
弐号機のカッター式のナイフは途中で折れ、初号機の背中に刺さったままだ。

弐号機もナイフの刃を新しいものに換えて迎えうつ。

そのまま間合いを測り、にらみ合う両者。
独特の緊張感がケージ内を包んでいく。

相対する両機を眺めると、カヲルは目を閉じる。
顔を少し上げ、何かを感じようとするかのような仕草をする。

カヲルが感じているのは、第1使徒アダムからの信号。
発信源は、この真下。地下の奥深くだ。

カヲル「見つけた」

カヲルは空中を移動する。

カヲル「だいぶ手こずってしまったね。そろそろ迎えに行かないと」

カヲルは射出ポッドにつながる通路をゆっくり移動する。

カヲル「待っていてね、アダム」

カヲルの目が怪しく光った。

とある病院で一人の少女が廊下を走っていた。
明るい栗色の髪に、青い瞳を持つ少女は満面の笑みを浮かべている。

???「ママーッ!ママッ!私、選ばれたの!人類を守る、エリートパイロットなのよ!世界一なのよ!」

少女はドアを開ける。
少女は気づかない。
誰ともすれ違わないことを。

???「誰にも秘密なの!でも、ママにだけ教えるわね!」

少女はドアを開ける。
少女は気づかない。
病院の明かりが消えていることに。

???「いろんな人が親切にしてくれるわ。だから、寂しくなんかないの!」

少女はドアを開ける。
少女は気づかない。
自分が走っている場所に。

???「だから、パパがいなくっても大丈夫!さみしくなんかないわ!」

少女はドアを開ける。
少女は気づかない。
何枚もドアがある違和感に。

???「だから見て!私を見て!」

少女はドアを開ける。
少女は気がつかない。
ドアの向こうに広がる光景に。

???「ねぇ、ママッ!」

ついに少女はドアを開けた。

少女は見た。見てしまった。
病室の天井からぶら下がる、自分の母親の姿を。
両手に人形を抱き、まるで振り子のように揺れるその体は、もう手の施しようのない事が一目でわかった。

???「…」

少女、惣流アスカラングレーが4歳の時のことだった。

アスカの母、惣流キョウコツェッペリンは研究者だった。
エヴァンゲリオンとの接触実験によって、肉体ごと消滅。
のちにサルベージされたが、廃人同然だった。

キョウコ「アスカちゃん、ママねぇ、今日あなたの大好物を作ったのよ。ほら、好き嫌いしているとあそこのお姉ちゃんに笑われますよ。」

キョウコは大事そうに抱えている人形に、優しく問いかける。
その様子を、アスカは病室の外から見ている。

女医「毎日あの調子ですわ。人形を娘さんだと思って話かけてます。」

アスカ父「彼女なりに責任を感じているのでしょう、研究ばかりの毎日で、娘を構ってやる余裕もありませんでしたから。」

女医「ご主人のお気持ちはお察しします。」

父「しかしあれではまるで人形の親子だ。いや、人間と人形の差なんて、紙一重なのかも知れませんが。」

女医「人形は、人間が自分の姿を模して作ったものですから。もし神がいたとしたら、われわれはその人形に過ぎないのかもしれません。」

父「近代医学の担い手とは、思えないお言葉ですな。」

女医「私だって医師の前にただの人間、一人の女ですわ。」

まるで他人事のようにしゃべる2人の会話を聞きながら、アスカはただ見つめることしかできなかった。

その目はじっと、キョウコの抱えている人形を見つめていた。

キョウコが自殺した数日後、とある墓地で彼女の葬式が執り行われた。
アスカは涙を流すことも、喚くこともなく、ただ冷ややかな目で葬式の様子を眺めていた。

彼女の棺が土葬された後、ある老女がアスカに話しかけてきた。

女「偉いのね、アスカちゃん、いいのよ、我慢しなくても。」

アスカ「いいの、私は泣かない、私は自分で考えるの。」

それはアスカの決心だった。
もう誰も頼りにしない。

自分は一人で生きていく。

それ以来、アスカは孤独だった。

なんとか母に振り向いてもらおうと、エヴァのパイロットになった。
ならば、世界で一番のパイロットになる。
そうすれば、一人で生きていける。

それからは、ひたすらパイロットの訓練に明け暮れた。

遊びも恋も、何もかもを訓練につぎ込み、世界一のパイロットになるための努力はなんだってした。
わずか14歳で大学を卒業し、体術や武器の使い方も覚え、いつしか彼女はエヴァのパイロットであることを誇りに思っていた。

しかし、彼女は気づかなかった。

彼女はエヴァに頼り過ぎていた。
いや、頼るというよりも依存していた。

自分の青春をなげうってきた彼女にとって、エヴァに関することで他人に負けるわけにはいかない、という強迫観念があった。
それこそが彼女の存在理由であり、生きる目標であった。

それが、碇シンジの登場で変わった。
何の訓練も受けていない、親のコネで入ったかのような少年に、シンクロ率で負け、戦績も負け、戦闘時の信頼でも負けた。

さらに、自分とは全く違う性格。
相手が怒れば理由の正当性に関係なく謝り、他人との接触を持とうともせず、エヴァに乗る明確な理由もなければ、特別な才能もない。

そんな少年に、シンジに負けたことが、アスカには許せなかった。

私の方が、努力したのに。
私の方が、勉強したのに。
私の方が、才能があるのに。
私の方が、強いのに。

エヴァのみが唯一の生きがいだったアスカにとって、それらの一つ一つが致命傷だった。

やがて、アスカはエヴァに乗れなくなった。

その現実を受け入れることができなかった。
もう彼女にとって、エヴァのない世界で生きるのは、耐えられないことだった。

だから、心を閉じるしかなかった。
自分を守るために。

御坂「……」

御坂はアスカの精神世界を見ていた。
想像以上だった。
アスカの記憶の一つ一つが衝撃を持ち、言葉を失った。

その間にも、アスカの精神世界は流れていく。

アスカ「なんで私泣いてるんだろう。もう泣かない、って決めたのに。」

サルの人形を抱いて泣く小さなアスカ。それを見つめるアスカ。

アスカ父「どうしたんだアスカ?新しいママからのプレゼントだ。気に入らなかったの      か?」

アスカ(幼少)「いいの」

父「何がいいのかな?」

頑なな態度を見せる小さなアスカと、話しかける父。
小さなアスカの後ろには、身体を切り裂かれたサルのぬいぐるみ。
それを踏みつけて、赤色のプラグスーツを着たアスカは叫ぶ。

アスカ「私は子供じゃない!早く大人になるの。ぬいぐるみなんて、私には要らないわ!」

アスカ(幼少)「だから私を見て!ママ!お願いだからママを辞めないで!」

キョウコ「一緒に死んでちょうだい!」

アスカ(幼少)「ママ!ママ!お願いだから私を殺さないで!嫌ぁ!私はママの人形じゃない!自分で考え、自分で生きるの!」

アスカ(幼少)「パパもママも要らない、一人で生きるの!」

アスカ「嫌っ!こんなの思い出させないで!せっかく忘れてるのに掘り起こさないで!」

自分の両肩を抱き、体を震わせるプラグスーツ姿のアスカ。

アスカ「そんな嫌な事もういらないの!もうやめて!やめてよぉ…」

次の記憶は、ロープで首をつられた人形。
それは、さっきキョウコがあやしていた人形だった。

キョウコ「お願いアスカちゃん、一緒に死んでちょうだい?」

アスカ(幼少)「うん。一緒に死ぬわ、ママ。だからママをやめないで! ねえ、ママ!」

キョウコ「ママ? 知らないわ」

キョウコの冷たい声が、アスカの胸に突き刺さる。

キョウコ「あなた、誰?」

もうアスカのもとに、母親は戻らない。

お久しぶりです。1です。

荒巻さん、乙です。


時間も空いたので、現在の状況をおさらいをしときます。



上条→カヲルと戦闘、敗北

未来カヲル→隙を突かれ、肉体を現行カヲルに取り返される

現行カヲル→上条を下し、地下へ移動中

レイ→御坂を引き連れ、アスカの病室に移動

御坂→能力を行使し、心を閉ざしたアスカの精神世界へ

アスカ→精神世界に侵入した御坂を攻撃

ゲンドウ以下ネルフ職員→発令所で指揮



書き溜めはあるのですが、明日から投下を再開します。

これからもよろしくお願いします。

アスカ「気が済んだ?」

御坂は後ろからかけられた声に驚く。

アスカ「まさか、アンタみたいなやつに覗かれるなんてね」

御坂「……」

アスカ「そうよ。これが私。エヴァのパイロットという栄光から転落した女の末路よ」

御坂「……」

アスカ「アンタの記憶ものぞかせてもらったわよ、ビリビリ女。アンタも相当ひどいことされてるわよね。まあ、私に比べると甘っちょろいものだけど」

御坂「……」

アスカ「けどまあ、それなりに楽しい生活を送れてるみたいで何よりだわ。私とは違ってね。けど、こんなことに巻き込まれて残念だったわね。まあ、いらないことに首を突っ込んだわけだから、自業自得よね」

御坂「……」

アスカ「あぁー、もう! 何か言いなさいよ!」

何も言わない御坂に向かって、アスカはイライラする。
そんなアスカを見て、御坂は口を開く。

御坂「辛かったのね」

アスカ「は?」

御坂「苦しかったのね」

御坂の言葉を聞いて、アスカは驚く。
散々嫌味を言ったのに、まさかそんなことを言われるとは思わなかった。

アスカ「アンタ何言ってんの?」

御坂「そのままよ。私なんかより、ひどい目にあってるから」

アスカ「はん、アンタみたいな女に心配されるとは、私も随分焼きが回ったものね」

御坂「そうやって、強がっているのね」

アスカ「なんですって!?」

御坂の棘のある言葉に、アスカは声を荒げる。

御坂「あんたはそうやって、虚構の自分を作り上げているのよ。自分を脆い殻でまとって自分を守る。本当の自分を見られるのが怖いのね」

アスカ「うるさい! 赤の他人のくせに!」

御坂「赤の他人だからわかるのよ。記憶ものぞいたことだし、物事を客観的にみることもできるわ」

アスカ「うるさい! 私のことなんて何にも知らないくせに!」

御坂「そうよ。知らないわ」

アスカはあっさり認められたことに拍子抜けする。
御坂はアスカに歩み寄る。

御坂(この子は自分一人で生きようとして、かえって人に甘えたかったのよ。特にお母さんに)

アスカは後ずさりするが、それよりも御坂の方が速い。

御坂(でも、この子は気づかなかった。気づいたのかもしれないけど、甘え方なんて知らなかった。頼り方を知らなかった)

御坂はアスカの前で立ち、アスカの目を見つめる。
アスカの目には、驚きと警戒。

御坂(前の私と、同じなのね)

御坂の頭には、妹達の事件が思い浮かんでいた。
自分のせいだと思い込み、他人を巻き込んではいけないと自分一人で戦いを挑んだ。
けれど、いくら超能力者だからと言っても、一人でできることには限界があった。
結局、自分では止められなかった。

御坂(きっと、この子はずっと一人で戦ってきたのね)

そして、御坂はアスカを抱きしめる。
アスカの背中に両手を回し、左肩に顔をうずめる。

アスカ「ちょ……」

困惑するアスカに、御坂は優しく語り掛ける。

御坂「一人で生きるのは、疲れたでしょう?」

それは母親のような言葉だった。
もちろん御坂に子供はいない。
しかし、自然とそんな声になっていた。

御坂「でも、もういいの。背伸びしなくてもいいの」

鼻の中に、アスカの匂いが入り込んでくる。
アスカの心臓の鼓動を聞いていると、熱いものがこみ上げてくる。

アスカ「やめてよ……。離しなさいよ……」

そう言われても、御坂は離すつもりがなかった。
この言葉はアスカのSOS。
離してほしくないのはアスカの方だ。

御坂「ずっと、寂しかったのね。孤独だったのね」

アスカ「……ふざけないでよ。アンタに何が……」

御坂「分かるわよ、私も同じだったから……」

この世界に来た時もそうだった。
一人で何とかしようとした。
でも、結局何もできなかった。

だから、御坂は周りを頼った。
妹達の事件では上条を頼り、この世界ではレイを頼った。

人を頼るということ。

それは悪いことではない。
人は一人の力では非力だが、二人、三人と数が増えていけばいくほどさまざまなことができるものだ。
御坂自身、それで幾多の困難を乗り越えてきた。

御坂「私も一人だったの。事件に巻き込まれて、友達を巻き込むわけにはいけないって思った。でも、結局友達に、周りの人に助けられた。まったく、おかしな話よね」

アスカ「アンタが弱いだけじゃない!」

御坂「違う。人を頼るのは弱さじゃない」

アスカ「弱さよ! 自分の問題を解決できないんだから、アンタはそれだけの人間ということよ!」

御坂「じゃあ、あんたも弱いじゃない」

アスカ「!」

御坂に痛いところを突かれ、アスカは黙り込む。

御坂「何もかも自分で背負い込んで、自分で何とかしようとして、それで失敗したんじゃないの? ということは、あんたも弱いことになるわね」

アスカ「黙れ! 私はエヴァのパイロットよ。世界でたった3人だけ選ばれた、そのエリートの中の一人なの!」

御坂「いい加減にしなさい!」

突然上げられた怒鳴り声に、アスカはひるむ。

御坂「いつまでエヴァに頼るつもり? あんたの価値はエヴァにしかないの? 違うでしょうが! あんたの価値は、今こうやって生きてるだけでも十分にあるでしょ! それを、自分から見限ってんじゃないわよ!」

アスカ「……」

御坂「きれいごとかもしれない。でも、エヴァだけがすべてじゃない。あんたにはエヴァ以外にも、他のことに価値を見出すことができるはずよ。そうでなきゃ、悲しいよ……」

御坂の目から涙が流れ、声が震える。

御坂「エヴァに縛られた人生なんて……、エヴァにとらわれた人生なんて……、そんなの、あんまりだよ……」

御坂の頬を伝った涙は、アスカの肩を濡らしていく。
その肩が少しずつ震え出す。
まるで何か抑えていたものがはじけそうになっているように。

アスカ「……いじゃない」

アスカが声を絞り出して答える。

アスカ「仕方ないじゃない! ママがあんなことになったんだから、自分でなんとかするしかないじゃない!」

アスカの喉から絞り出されたのは、独白だった。

アスカ「だから、アタシはエヴァに頼ったの。自分の居場所を、存在意義を、価値を手に入れるために。そのためなら、アタシはなんだって犠牲にした。遊びも恋も友達も、何もかもよ」

アスカ「そうやってがむしゃらにやってたら、いつの間にかエヴァから離れられなくなっていた。エヴァが私の全てになっていた。もうエヴァのない生活なんて耐えられなかった」

アスカの声に、次第に感情がこもってくる。

アスカ「そんな時にバカシンジが現れた。そして、負けた。このアタシが、エリートであるこのアタシが、あの冴えない普通の男に負けたのよ! アタシの何よりも大事なものを奪い取ったの! それからはもう最悪だった。シンクロ率は下がる一方、使徒には何度もボロ負けして、その上せっかく忘れていた嫌なことまで穿り出されたわ」

アスカ「でも、アイツは、バカシンジは何もしてくれなかった。私の居場所を奪っておきながら、結局何もしてくれない。他のみんなもそうよ。誰も何もしてくれなかった。だから、自分を守るためには、心を閉じるしかないじゃない!」

アスカは両手を強く握りしめる。
御坂はアスカの肩を濡らしているが、何も言わない。

アスカ「アンタ……、卑怯よ。本当に卑怯よ」

アスカの目がわずかに細くなる。

アスカ「閉じこもってるところに……、ズガズガ入り込んで……、勝手に覗いて……、勝手に説教して……、勝手に泣いて……」

アスカの口元が少し震えだす。

アスカ「ふざけんじゃないわよ! 何もしない、私を助けてくれない、抱きしめてもくれないくせに! 誰も、誰も、誰も!!!」

その時、アスカの目尻から一筋の線が引かれた。

アスカ「……だから、アタシを見て……」

そしてアスカは御坂の胸に顔をうずめる。

アスカ「……私を、助けて……」

さっきまでの叫び声は、とても弱弱しい声に変わっていた。

アスカ「もう一人は嫌なの、寂しいの、苦しいの。でも、自分で生きるしかないって、そう思ったの。必死に耐えて、耐えて、耐えて……。でも、もう疲れた……。こんな目に合うのは嫌なの。だから……、私を助けて。助けてよ……」

それはアスカが抱いていた本心だった。
アスカが欲していたのは、愛情。
それも幼いころに両親から与えられる、無償の愛。
だが、母があんなことになり、父にもかまってもらえなかったアスカは、十分に受けることができなかった。

だから、彼女は決めた。
早く大人になろうと。
早く大人になって、みんなに褒めてもらいたかった。
早く大人になって、愛情なんかなくても生きていけるようになりたかった。

本人の自覚がなかっても、無意識にそう思っていた。

御坂「見てあげるわよ……」

気がつけば、御坂はアスカの髪を撫でていた。
御坂の胸の中で泣きじゃくるアスカは、まるで赤ん坊のようだった。

御坂「周りがどうしようが、何と言おうが、私だけはあんたを見てあげる。さすがにママの代わりはできないけれど、一人の人間として、友だちとして見てあげる。だから、一人で生きようとするのはやめようよ」

アスカ「……」

御坂「私があんたを助ける。地獄の底に落ちたって、私がそこから引きずり出す。私が手を伸ばすから、あんたは私を信じて握ってほしい。たとえ腕がちぎれても、あんたを引っ張り上げるから」

アスカ「……うん」

御坂「こんなところに閉じこもらないで、堂々と胸張って、また一からでもいいから、生きてみようよ。私にできることなら、なんだって手伝うからさ」

アスカ「うん」

アスカが御坂の胸から顔を上げる。
2人ともいつしか泣き止んでいた。

2人の顔に暗い影はない。
その代わりに、澄んだ明るい光があった。

御坂「すっきりした?」

アスカ「うん。久しぶりだわ。こんなに泣いたの」

アスカの肩と御坂の胸元はぐっしょりと濡れている。
けれどそれは、二人が互いを理解し認め合ったことの証である。

御坂「さっきは殴っちゃってゴメンね」

アスカ「いいのよ。アタシが先に手を出したし、お互いさまよ」

2人は手をつなぐ。
仲直りの証、理解の証である。

御坂「さあ、帰ろう。元の世界へ」

アスカ「それはこっちのセリフ。早く戻るわよ!」

その時、二人の意識はまぶしい光に包まれた。

ネルフ本部 弐号機ケージ

その時、シンジには何が起こったのかわからなかった。
目の前に対峙していた弐号機が、突然崩れ落ちたのだ。

さっきまで、互いに攻撃し合い、互いにダメージを受けていたのだがそれが突然終わった。

弐号機の目の光は消え、うつぶせに倒れたままピクリとも動かない。

そんな弐号機を呆然と見ていると、スピーカーから通信が入る。

ミサト「シンジ君、シンジ君!」

シンジ「ミサトさん、どうなったんですか!?」

ミサト「わからないわ。突然活動を停止したの。それよりも、早く渚君を追いかけて!」

その声でシンジは我に返る。
弐号機ケージにカヲルの姿はない。

オペレーター「目標は第4層を通過、なおも降下中!」

シゲル「だめです、リニアの電源は切れません!」

オペレーター「目標は第5層を通過!」

スピーカーから、発令所の様子が聞こえてくる。

ミサト「彼はターミナルドグマへ向けて進行中よ。早く移動して!」

シンジ「わかりました。上条さんはどうするんですか? 早く助けないと……」

ミサト「知り合いなのね。すでに救助が向かってるわ。だから、早く追撃して!」

シンジは通路に向かう前に上条の姿を見る。
身じろぎ一つしない体を見て、シンジは拳を握りしめる。

シンジ「……許さない……。絶対許さない!」

シンジの目に、激しい感情が浮かぶ。
シンジを止める者も、状況も何もない。

シゲル「装甲隔壁は突破されています!」

マコト「目標は、第2コキュートスを通過!」

スピーカーからは、なおもカヲルの進行状況が流れてくる。
シンジは通路を通って射出ポッドへ向かった。

同時刻 
ネルフ本部 303病室

御坂は目を覚ました。
ぼんやり開いた目から見える病室を眺め、現実に戻ってきたことを知る。

右手はアスカの手を握ったままで、自分もパイプ椅子に座ったままだ。

ふとアスカの顔へ目を向けると、アスカの顔がぴくぴくと動く。
そして、ゆっくりと目を開く。

御坂「おかえりなさい」

アスカ「ただいま」

2人は微笑み合う。

御坂「どう、調子は?」

アスカ「ちょっと体が重いわね。すっかりなまっちゃったわ」

アスカは体を起こし、軽くストレッチをしている。

御坂は病室を見まわし、あることに気付く。

御坂「レイは?」

アスカ「レイ?」

御坂「いないのよ」

さっきまで一緒にいたはずのレイの姿がなかった。
時計を見れば30分ぐらい経っている。
御坂が能力を使っている間にどこかに行ったのだろうか。

アスカ「レイもいたの?」

御坂「そうなのよ。どこに行ったのかしら?」

御坂はなんだか嫌な予感を感じる。
ここで、御坂は今の状況を思い出す。

御坂「そうだった。今使徒が来てるのよ」

アスカ「なんですって!?」

御坂はこれまでの経緯を話す。
さっきの邂逅である程度現状を共有していたが、もう一度説明する。

アスカ「なるほどね。だいたいわかったわ」

御坂「早くしないと、大変なことになるの」

アスカ「任せて、この私がいるのよ」

そう言って、アスカは胸を張る。

アスカ「美琴はここにいなさい。危ないから」

御坂「嫌よ。私も行くわ」

アスカ「ダメよ。美琴が来ても、できることは何もないわ」

御坂「それでも行く」

アスカ「いい? ここから先は、生きるか死ぬかの戦いなのよ。生半可な気持ちじゃ……」

御坂「そんなわけないじゃない!」

御坂は語気を強くする。

御坂「確かに私じゃ何もできないかもしれない。でも、アイツが、当麻が闘っているのよ。こんな状況でもね。私は当麻を助けたいの。例え何もできなかったとしても」

御坂が思っているのはそれだけだった。

当麻を助けなければ。
レイは御坂に、自分にできることはアスカを助けることだと言った。

でも、自分にできることはまだある。

アスカ「わかったわ、勝手にしなさい。死んでも知らないわよ」

アスカは半ば呆れながらも、仕方ないといった様子で答える。

御坂「心配しないで。自分の身くらいはちゃんと守るわ」

アスカ「冗談よ。美琴は全力で守るわ。私を助けてもらったしね」

アスカは頬笑む。

アスカ「こうしちゃいられないわ。とにかく弐号機の所に行くわよ」

アスカはベッドから降り、そのまま入口へ向かう。
その後ろを御坂がついていく。

その先に待っているものは、果たして……。

いつからだろうか。
とある少年は道をフラフラと歩いていた。

行先もなく、目的もなく、ただ惰性で歩いているだけだ。

彼は何も考えていなかった。
何か大事なことをしていた気がするが、思い出せない。
頭の隅で何かが引っかかっている感じがするのだが、それが何なのかはわからない。

彼はただ、プログラムに従って動くロボットのように歩き続けていた。
だから、誰ともすれ違わない違和感や、道や街並みが微妙に歪んでいることに対しては全く気がつかなかった。

気がつけば、彼は公園に来ていた。

その公園は彼、上条当麻にとってはそれなりに関係のある公園だ。

御坂美琴に電撃を浴びせられたり、初めて妹達に出会ったりなどなど。

フラフラとした足取りで公園に入ると、自動販売機の前にいる少女を見つける。

上条「御坂……」

何の意味もなく名前を呼ぶ。

御坂は上条に振り返る。

御坂「あ、アンタ。こんなところで何やってんの?」

御坂の何気ない返しに、上条は言葉に詰まる。

上条「いや、自分でもよくわかんないんだ」

御坂「何よそれ。変なの」

御坂が怪訝な顔をする。

上条「そんなこと言うなよ。邪魔して悪かったな」

上条はもと来た道を帰ろうと、踵を返す。

御坂「上条君」

名前を呼ばれて上条は振り返る。

御坂「上条君」

上条「なんだよ、御坂」

返事をしながら、上条は違和感を覚える。

御坂はこんな低い声で話すだろうか?
御坂は俺のことを「上条君」なんて呼ぶだろうか?
御坂はこんなにも無表情だろうか?

そして何よりも、世界はこんなにも歪んでいるだろうか?

御坂「上条君、起きて。上条君……」

その違和感が確信に変わった時、世界が白一色に包まれて……。

上条は目を開いた。
目に飛び込んできたのは、ケージの高い天井。

ここでさっきのは夢だったと悟る。
ケージはさっきの戦闘が嘘のように静かだ。
時折、カヲルの現在地とそれを追撃する初号機の状況がスピーカーから流れるだけだ。

レイ「よかった。気がついた」

ふと、視線を斜めに向けると、レイが上条の顔をのぞき込んでいた。

上条「君は?」

レイ「私は綾波レイ。ファーストチルドレンよ」

上条「……君もパイロットなのか?」

レイ「そうよ。でもそんなこと、どうだっていいわ」

レイの声が少し暗くなる。

レイ「あなたの状況は知っている。飛ばされてきたこともね」

上条「えっ」

レイ「けれど、どうして……」

言いよどむレイを見て、上条はレイの顔を覗く。
レイの顔が怒りの顔に変わっていく。

レイ「どうして、どうして闘ったの!」

レイから飛び出した言葉に、上条は驚く。

レイ「あなたがカヲルに敵うわけないのに、どうして闘ったりしたの! 今のカヲルは、二人分のATフィールドが使えるから、誰も敵わない。その彼に立ち向かうなんて、あまりにも無謀だわ。」

上条「……」

レイ「実際返り討ちにされたのね。けれど、もし死んだら、どうするつもりだったの!」

上条「……」

レイ「あなたはここで死んではいけないの。あなたは元の世界に帰らないといけないの。私にはその責任がある。この事実を知っている数少ない者の一人として。それなのにこんなことをして、どうするつもりだったの!」

上条「……カヲルを、止めたかったんだ」

上条はぽつぽつと語りだす。

上条「決まってるだろ? カヲルが世界をめちゃくちゃにするって言ったんだ。自分の欲望を満たすためだけに、世界を差し出すっていたんだ。俺には、それを黙って見過ごすなんてできない」

レイ「……」

上条「それにアイツは、未来のカヲルは最後に俺の目を見たんだ。助けを求める目だった。勘違いかもしれないけど、カヲルは俺に何かを託したんだと思う。だから、俺はそれに応えたかったんだ」

レイ「違う。カヲルがあなたに託したのは、カヲルを止めることじゃない。託したのは……」

その時、スピーカーから発令所の音声が流れた。

オペレータ「初号機、第4層に到達、目標と接触します。」

それはシンジがカヲルに追いついたことを意味していた。

上条は立ち上がる。

レイ「どこに行くの?」

上条「二人の所だ」

レイ「行かせない」

レイは上条の前に立ちふさがる。

上条「どいてくれ」

レイ「どかない。もう、あなたを危険な目に合わせるわけにはいかない」

上条「危険?」

すると、上条は苦笑した。

上条「いやね、綾波さん。上条さんは危険とかそういうのには慣れっこなんですよ。生まれてからずっと不幸続きで、死にかけたこともどれだけあるかわからない。だから、大丈夫なんですよ」

レイ「でも、そんなボロボロの体で……」

上条「それに、上条さんは助けを求められて、無視できるほど人ができていませんからね」

自嘲気味に話す上条は、突然真剣な目つきになる。

上条「カヲルを助けてやらないと」

上条はレイを見つめる。

上条「妙だとは思わないか? あれだけ強くて、しかも弐号機まで引っ張り出したってのに、なんで俺を殺さなかったんだ?」

レイ「それは、あなたが逃げ回っていたから」

上条「いや違うな。この狭いケージで逃げ回るのは無理だった。それこそ弐号機で踏みつぶしたら簡単だ。でも、それをしなかった。なぜだ?」

レイ「……最初から、殺す気なんてなかった?」

上条「そう思う。後から俺を利用する気なのか、それとも本当になめてかかってたのかは分かんねえけどな。だから、今からそれを確かめに行く」

上条の体はボロボロだ。
あちこち血まみれで、打撲もあるし骨折しているかもしれない。

けれど、上条は二本の足でしっかりと立っている。

上条「カヲルに会いに行く」

レイ「どうして、どうしてそこまで?」

上条「決まってんだろ」

上条は血がにじんでいる右手を握りしめる。

上条「自分のためだ」

上条はレイの目を見据える。

上条「俺の夢は、みんなが笑って暮らせる世界だ。誰ひとり失うことなく、何一つ失うことなく。それは、この世界でも変わらない。そこに助けを求める人がいるなら、俺は、例え自分が死ぬことになってもかまわない。そこには、カヲルもいるんだ」

レイ「……」

上条「ヒトでなかろうが、使徒であろうが、カヲルが助けを求めてた。俺はカヲルに助けられた。恩に報いるわけじゃないが、今度は俺の番だ」

そして上条は再びレイに言う。

上条「だから頼む。そこをどいてくれ」

上条はレイの目から視線を外さない。
視線は簡単に切れることはない。

上条は本気だ。
ボロボロになっても、まだカヲルを止められると、助けられると信じている。

もうこうなってしまっては、誰も止められない。

しかし、レイには許せないことだった。
カヲルの所に行くということは、わざわざ死にに行くということだ。

レイは上条を助けなければならない。
元の世界に返さなければならない。
あのカヲルがいない今、それができるのはレイだけだ。

レイ「行かせない」

レイは一言言った。

レイ「あなた一人では、行かせない」

上条「え?」

レイ「私も行く」

上条は驚いた。

レイ「あなただけでは、カヲルの所にたどり着けない。もうじき、カヲルはATフィールドで結界を作るわ。光、音、何もかもを遮断するほどの。でも、私のATフィールドで中和すれば、結界の中に入ることができる」

上条「本当か?」

レイ「ええ。あなたが闘っても勝ち目はない。けど、私はあなたを助けなければならない。それが、あのカヲルに頼まれたことだから」

レイは上条の右手をとる。
すると、上条とレイの体がふわりと浮きあがった。

上条「うわ! な、なんで浮いてんの!」

レイ「暴れないで。落ちないから」

そのまま二人はゆっくりと移動する。

レイ(私が、説得されてしまうなんて。上条当麻、さすがね)

レイは上条に背を向ける。

レイ(でも、これが果たして、吉と出るのか、凶と出るのか)

レイは顔だけ上条に向ける。

レイ(すべては神のみぞ知る、か……)

レイ「行きましょう」

心の中の考えは一切口に出さず、冷静に言った。

ネルフ本部 メインシャフト

メインシャフト。
ネルフ本部の地上からターミナルドグマまでつながる一本の縦穴。
いくつものセキュリティーシステムがあるが、それを超えていくとターミナルドグマまでたどり着ける。
そこにあるのは、ネルフ本部最高機密である第1使徒アダム。

そのメインシャフトを第17使徒であるカヲルが降りていた。
空中をゆっくり降下するカヲルは、時折メインシャフトをふさいでいる装甲隔壁を破壊しながら、彼を待っていた。

カヲル「弐号機の操作を失ってからだいぶ経った。そろそろ彼が来るころだな」

カヲルは自分が通ってきたシャフトを見上げる。
ところどころに破壊されたシャフトの残骸が見えるだけで、他は何も見えない。

御坂とレイの活躍で、弐号機は完全にカヲルの手から離れた。
ということは、足止めしていた初号機が向かってくるのも時間の問題ということだ。

カヲル「早くアダムの所へ行きたいんだげど、さすがにリリンも考えてるようだね」

カヲルは目の前に現れた装甲隔壁に対して、いやな顔をする。
しかし、カヲルはそのまま降りていく。
カヲルがぶつかるかぶつからないかぐらいで、突然装甲隔壁が破れる。

まるでビニール袋に鉛筆を突き立てて貫いたかのように、分厚い隔壁が破れる。

カヲル「いちいち壊すのもめんどくさいんだよね。弐号機があれば楽だったのに」

こうやって何枚も破ってきたが、あと何回同じことを繰り返せばいいのか、とカヲルはため息をつく。

しかし、少しずつアダムのもとへ近づいている。
そう考えると、カヲルは自らの気持ちを少し楽にもてた。

その時、カヲルは目を細める。

カヲル「来たね」

顔を上にあげると、そこには初号機が降りてきていた。
右足をワイアにかけ、しっかりとロープを持って降りてくる。

カヲル「さて、もう一仕事といきますか」

カヲルは軽く微笑む。

シンジ「見つけた!」

初号機はカヲルの姿を見つけるなり、プログレッシブナイフを振り下ろす。
しかし、ATフィールドで簡単に防がれる。

カヲル「ご挨拶だね」

シンジ「くっ!」

カヲル「まったく、そんなことをすると僕も容赦しないよ」

シンジ「うるさい!よくも……よくも上条さんを!」

カヲル「知らないね。君もああいう風になりたいのかい?」

シンジは思い出す。
血の海に沈む、ぼろ切れのようになった上条の姿を。

シンジ「うわあああああ!!!」

初号機はもう一度ナイフを振り下ろす。
しかし、ガキンという音がして防がれる。

それでも初号機は何度も振り下ろし続ける。
だが、ATフィールドを貫くことはない。

シンジ「くそ!」

カヲルは両手をポケットに突っ込み、すました表情をしている。

シンジ「お前なんかに、負けてたまるか!」

カヲル「言うね。まあ、言うのは勝手だけど」

すると、カヲルは右手をポケットから抜き、前にかざす。

カヲル「少し冷静になった方がいいよ」

次の瞬間、初号機の体をオレンジ色の刃が貫く。
腹から背中に、まっすぐに貫かれた初号機は動きを止める。

シンジ「があ……!」

カヲル「そんなにがら空きになってたらね。狙いたくなっちゃうだろ?」

それでも、初号機はカヲルに手を伸ばす。

カヲル「まだ動くのかい? 君もしぶといね。でも」

カヲルは前に出している右手を手前に引く。

カヲル「これを引き抜いたらどうなるかな?」

刃がカヲルの手に合わせて引き抜かれる。
初号機の腹と背中から、紫色の血が噴水のように吹き出す。

シンジは激痛で動けない。
体中から力が抜け、まるで溶けた鉄を入れられたかのように腹が熱い。

シンジ「ちくしょう……! ちくしょう……!」

カヲル「さあ、これでチェックメイトだ」

カヲルは今度は左手を前に振りかざす。

ズブリ。
初号機の頭部から嫌な音がした。
頭に槍が刺さっていた。

勝負はついた。
人類最後の切り札、初号機は敗北した。

それを表すかのように、初号機はシャフトの下へと落ちていった。
少し経って、ドスンという音が響いてくる。

カヲル「やれやれ。あっけなかったな」

カヲルはさっきと変わらない速度で降りていく。

カヲル「でも、なぜ未来の僕は、あんなに初号機パイロットのことを気にかけていたのだろうか?」

カヲルの表情が余裕から疑問を浮かべたものに変わる。

カヲル「彼の行為は我々使徒の本能に逆らう行為なのに。未来を与えられる生命体は一つしか選ばれない。その一つは、僕だ」

カヲルはメインシャフトの底に降りる。

カヲル「さあ、待ちかねたよ」

カヲルが見つめる先には大きな扉。
「ヘブンズドア」、N2爆弾やエヴァの攻撃にも耐えられるほど頑丈で、最後のセキュリティー装置だ。
この扉の先にアダムがいる。

カヲル「と、その前に、リリンたちが入ってこないようにしないとね」

カヲルは瞼を閉じる。
ATフィールドを作って、結界を作りあげる。
これで発令所にいるミサト達に状況は分からない。

数秒後、瞼を開いたカヲルはドアに近づく。

カヲル「これでリリンたちは来られない」

カヲルの目の前には電子ロック。
画面には「LOCKED」の文字が表示されている。

カヲル「会いに来たよ、アダム」

カヲルを迎え入れるかのように、画面の表示が「OPEN」に変わる。
ヘブンズドアがゆっくりと開き始めた。

両開きのドアの隙間が広がるにつれて、ターミナルドグマの様子が見えてくる。
地鳴りのような轟音を響かせ、数分かけてようやくドアが開き切る。

目の前に広がっているのは、オレンジ色の液体で満たされたドーム状の空間。
ところどころに白く尖った、三角錐状の結晶が水面から突き出ている。

その奥に、それはあった。

エヴァよりも巨大な十字架にかけられた、白い人型の物体。
まるでイエスキリストのように架けられたそれは、カヲルが探し求めていたものだ。
7つの目を持つ紫色の顔に、ブヨブヨとした体。

カヲル「ただいま」

カヲルの顔に笑みが浮かんだ。

ネルフ本部 第2発令所

発令所は重苦しい雰囲気に包まれていた。

カヲルを追撃した初号機は返り討ちに合い、パイロットのシンジとの通信が途絶えた。
弐号機が動かせない今、ネルフに打つ手はない。

さらに、カヲルが張った結界のせいで、ターミナルドグマ周辺の全ての状況が分からなくなっている。
光、音、電磁波といったものをすべて遮断されているので、何も情報が伝わってこない。

そんな中で、ミサトは最終手段を下そうとしていた。

ミサト「これまでね」

ミサトはマコトの席に近寄る。
マコトの耳元に口を寄せて、ある指示を出す

ミサト「初号機の信号が消えたままで、もう一度変化があった時には……」

マコト「分かっています。その時はここを自爆させるんですね。サードインパクトが起こされるよりはマシですから」

最終手段とは、ネルフ本部ごと自爆し、カヲルを葬ることである。
例え、使徒と刺し違えてでもサードインパクトを防ぐ。
それが自分たちの仕事だと、ネルフ職員は肝に銘じて働いている。

しかし、まさか本当にそのような事態になると思っていた職員は、いったいどれほどいるだろうか?
実際に指揮を執ってきたミサト自身も、思っていたと言えば嘘になる。

だから、ミサトは耳打ちという形で指示した。
無用なパニックを防ぐために。

ミサト「すまないわね」

マコト「いいですよ、あなたと一緒なら」

ミサト「ありがとう」

マコトのそれは、自らの好意であったがミサトはあえて受け流す。
まだ生きるか死ぬかの瀬戸際なのだ。何も終わってはいない。

マコトは生唾を飲み込むと、キーボードを打ち込み、ネルフ本部の自爆プログラムを検索する。
すぐに表示された画面に従って、プログラム作動の準備を行う。

その作業を横目で見ながら、ミサトはスクリーンを見上げる。

ターミナルドグマの映像は入ってこないため、メインシャフトの映像が映し出されている。
映像には、メインシャフトが途中で黒い膜のようなものでさえぎられているのが映し出されている。
おそらく結界だろう。

マコト「準備完了しました」

ミサト「わかったわ」

その時、スクリーン上に何かが映し出される。
メインシャフトの階段を、2人組が駆け下りている。
一人は制服姿の女子、もう一人は血にまみれた制服姿の男子。

レイと上条である。

ミサト「あれは、レイ! どうしてこんなところに」

レイには待機命令が出されているはずなのに、とミサトは驚く。
さらに隣の少年にも見覚えがある。

ミサト「隣の子はケージの子じゃない! どうなってんのよ!」

他の面々も驚くだけで何もわからない。

2人は結界に近づく。
そのまま結界の前で立ち止まり、何か話をし始める。

ミサト「音声出して」

しばらくすると、発令所の中に会話が流れ込んできた。

上条「……波さんはどうするんだ?」

レイ「私は行けない。彼のATフィールドが強すぎて、あなた一人が精いっぱいなの」

上条「そうか」

レイ「ごめんなさい。巻き込んでしまって」

上条「いいよ。上条さんはこういうの慣れっこですから」

上条は結界に向き合う。

レイ「準備はいい?」

上条「あぁ」

その時、発令所の計器類が警報音を発する。

ミサト「状況は?」

マコト「A.T.フィールドです!」

シゲル「ターミナルドグマの結界周辺に先と同等のA.T.フィールドが発生。」

マヤ「結界の中へ侵入していきます!」

次々に報告が上がる中、ミサトは再びスクリーンを見る。
そこに上条の姿はなかった。

ミサト「まさか、新たな使徒?」

シゲル「だめです、確認できません!あ、いえ、消失しました!」

ミサト「消えた!?使徒が?」

そう言いながら、ミサトは自分で否定する。

ミサト(違うわ。レイね)

ミサトはスクリーンのレイを見つめる。
レイは結界の方を見つめている。

ミサト(結界の中にあの少年を送り込んだのね。でもどうして?)

あの少年に何かできることがあるのか、とミサトは考える。
何かできるのかもしれないと考えれば、あのとき弐号機ケージにいた理由もわかった気がする。
発令所にできることはもうなくなった今、ミサト達は事態の成り行きを見守ることぐらいしかできない。

ミサト(私たちに残された最後の手段は自爆。そうするくらいなら、いっそあの少年にかけてみてもいいわね。試す価値はある)

自分が下した決断に、ミサトは驚く。
なぜ、あの少年に全てを賭ける気になったのか。

冷静に考えれば、もはや自爆しかないはずなのに。

ミサト(女の勘ね)

と、ミサトは見つけた答えに苦笑する。

ミサト「彼を信じるわ」

そう独り言をつぶやく。

その後ろで、ネルフ本部のツートップは沈黙している。

ゲンドウは相変わらず、両手を顔の前で組んだまま動かない。
冬月もゲンドウの隣で立ったままである。

サードインパクトの危機だというのに、不気味なほど落ち着いている。
発令所の面々はそこまで気が回っていないので、気づいていない。

冬月「あの少年はいいのか?」

そんな雰囲気の中で、冬月は尋ねる。

ゲンドウ「あの少年?」

冬月「結界の中に入った少年だ」

ゲンドウ「中に入っても何もできん。状況は変わらない」

冬月「しかし、レイが力を貸したんだぞ」

ゲンドウ「問題ない。レイの出番はまだ先だ。今は死にさえしなければいい」

冬月「そうだといいんだが」

冬月は再び黙り込む。
その隣で、ゲンドウは冷めた目で前を見ていた。

ネルフ本部 ターミナルドグマ

カヲルは十字架に架けられたアダムと向かい合っていた。
20メートルは超える高さにある顔を、真正面から見つめている。

カヲル「人の宿命(さだめ)か…人の希望は悲しみに綴られているね…」

両手をポケットに突っ込み、雲の上に乗っているようにふわふわと浮かぶ。
ここで、カヲルは真剣な眼差しをアダムに向ける。

カヲル「アダム…われらの母たる存在…アダムより生まれしものはアダムに還らねばならない」

カヲルはアダムに近寄る。

カヲル「他のみんなは還れなかったけど、僕はちゃんと還ってきたよ」

距離を少しずつ縮める。
全てはアダムと融合するために。
あと数メートルで、カヲルの願いは叶う。

カヲル「ん?」

その時、カヲルは動きを止める。
何かが違う気がしたのだ。

その違和感は、目の前のアダムから……。

カヲル「アダム?」

カヲルは目を細める。
次の瞬間、体に衝撃が走った。

カヲル「違う…これは…リリス! そうか、そういうことかリリン!」

そう、目の前にいるのは第2使徒「リリス」。
リリンこと、人類の生みの親たるものだ。

アダムとは別のものである。
だから、使徒であるカヲルは融合できない。

カヲル「あのカヲルが言ってたことは、本当だったのか……」

カヲルは愕然とした。

カヲル「まるっきり信じてなかったんだけど、まさか本当だったとはね。僕としたことが……」

カヲルは悟った。
なぜ、未来のカヲルがこの事を知っていたのか。

カヲル「一度体験しているんだ。今の僕と同じように」

カヲルを包み込む絶望。
カヲルの願いは寸前で叶わなかった。
サードインパクトは防がれた。

人類は辛くも勝利したのだ。

カヲル「フ、フフフ」

カヲルは突然笑い出す。
いや、自分に残された道を知って、笑うしかなかった。

???「ここにいたのか」

カヲルは下の方を見る。
十字架の足元に設けられたコンクリートの床。
そこに先ほど下したはずの上条が立っている。

カヲル「生きていたのかい?しぶといね」

上条「とぼけるな、とどめをわざと刺さなかったくせに」

カヲル「そこまで分かっているんだね。すごい」

上条「どうして俺を殺さなかった?」

カヲルは上条の質問に答える。

カヲル「別に、単なる気まぐれさ」

上条「……」

カヲル「サードインパクトを起こせればよかったからね。僕のその時の気分じゃない?」

上条「そうか。でもどうするんだ? お前の願いは叶わないようだぜ」

上条は十字架を見上げる。
7つの目を持つ白い巨人を見て、これが人類の生みの親なのかと考える。

上条(カヲルに教えられたけど、この巨人から人類が生まれたなんて、信じられないな)

カヲル「君に頼みたいことがあるんだ」

カヲルは上条に尋ねる。
そして、ゆっくりと床に降りてくる。

上条「なんだ?」

カヲル「僕を殺してくれないか?」

カヲルは上条に微笑みながら言った。

上条「お前、何を言って……」

カヲル「僕はリリンとの生存競争に負けた。未来を与えられる生命体が一つしかない以上、敗北したものは淘汰される運命にある」

上条「……」

カヲル「それに、生と死は等価値なんだ。僕にとってはね。願いがかなわない以上、死だけが僕に許されたただ一つの絶対的自由なんだ」

上条「……」

カヲル「さあ、僕を殺してくれ」

カヲルは上条に近づく。
淡々と、しかし心なしか早く間合いを詰める。

上条「殺さない」

その言葉でカヲルは立ち止まる。

上条「そんな勝手な理由で、お前を殺すことなんてできない」

カヲル「おいおい、困るよ。そんな事言われたら。どんな理由なら殺してくれるのかい?」

上条「殺さない」

上条の重みのある言葉がカヲルの感情を逆なでする。

上条「たとえどんな理由であれ、俺はお前を殺さない」

カヲル「……本気で言ってるのかい?」

上条「ああ」

カヲルの目つきが鋭くなる。
戦闘中でも表情を崩さなかったのに、上条を刺すように睨む。

上条「生存競争だの、サードインパクトだの、そんなのは関係ない。俺はカヲルが死ぬのが気に食わないだけだ。なぜそんな理由で死なないといけない、俺が殺さないといけない」

カヲル「この僕に説教かい?」

上条「お前は今生きてるんだろ。なら、全力で生きることがお前に課せられた義務じゃないのか?」

カヲル「ああ、ムカつく。それでこの僕を説き伏せられると思っているのかい?」

上条「そうだよ」

カヲルの目つきがさらに険しくなる。

上条「俺はカヲルを信じてる」

カヲル「ふざけるな! つべこべ勝手なことばかり言いやがって!」

カヲルの目の前にオレンジ色の槍が現れる。

カヲル「もういい、別の人に頼むから」

ATフィールドでかたどられた槍が上条に向け発射される。
気に障るだけの敵を生かしておく理由はない。

カヲル「ここでとどめを刺してあげるよ」

上条は動かない。
そして、静かに右手を、幻想殺しを目の前に突きだす。

上条の行動にカヲルが目を見開いたその瞬間、

パリン

と、ガラスが割れるような音が、ターミナルドグマに響いた。

まっすぐ発射された槍は、上条の右手に触れると砕け散った。

カヲル「なっ……」

上条「なあ、カヲル。生と死が同じ価値だって言ったよな? だったら、俺は生きていてほしい。カヲルを助けたいんだ」

カヲル「嫌だね。君に助けを求めるほど困ってないからね!」

上条はゆっくりカヲルに近づいてくる。
カヲルは再び槍を作り、上条へ発射する。
だが、上条は再び右手をかざし、槍を粉砕する。

カヲル「なぜ……、なぜATフィールドが!?」

上条「自分でも知らないうちに、SOSを出していることもあるんだ、カヲル。俺は、お前がそんなに悪い奴には思えない。本当はこんなことしたくないんじゃないのか?」

上条のペースは変わらない。
カヲルは上条から距離をとろうとする。

だが、ここで異変が起きる。

カヲル「足が、動かない!」

体が思うように動かない。
それどころか、使徒としての能力もうまく使いこなせていない。

上条「ATフィールドは心の壁らしいな。強い心を持ち、他人を拒絶できる心が強ければ強いほど、ATフィールドも強くなる。ということは、その芯の通った強い心が折れちまえば、当然ATフィールドは脆くなる。それこそ、無能力者の俺が触れただけで壊れるぐらいにな!」

カヲル「くっ」

上条「俺の夢はな、何一つ失うことなく、みんなが笑って暮らせる世界だ。その中にはカヲル、お前も入っている」

カヲル「そんなの……君の勝手じゃないか! 僕は認めない」

カヲルと上条の距離はどんどん縮まる。

カヲル「僕はもう死ぬしかないんだ! もう僕は死すべき存在だ。君たちが生きるためには、僕は消えなくちゃならないんだよ!」 

上条「そんなの関係ねえよ!」

上条は右手を握りしめる。

上条「お前が死ぬ必要なんてないだろう! 人類と使徒が共存する方法を見つければいいだけじゃないか! お前はこれまでに死んだ使徒の分まで生きればいいだろ!」

上条は右手を振りかぶる。
カヲルは慌ててATフィールドを展開する。

上条「いいぜ、カヲル!」

上条の拳がカヲルの顔にめがけて繰り出され、

上条「テメエが死ぬしかないってんなら!」

上条の拳に触れたATフィールドにひびが入り、

上条「テメエがこの世界で生きられねえってんなら!」

ATフィールドがガラスが割れるように砕け散って、

上条「まずはそのふざけた幻想を、この右手でぶち殺す!!!」

拳はそのままカヲルの左頬に飛び込んだ。

次の瞬間、静寂だったターミナルドグマにカヲルが倒れる音が響き渡った。
数メートル飛ばされた後、あおむけに横たわっている。

上条「お前が死ぬ理由なんて、何もないんだ」

上条はカヲルに語り掛ける。

上条「この世に生を受けた以上は、生き続けなきゃいけない。それが生きているものに課せられた使命だ」

上条はカヲルに近づく。

上条「お前一人が犠牲になって平和になった世界なんて、俺は絶対に認めない。そんなのは、ただの幻想だ」

上条はカヲルのそばに立つとしゃがみこむ。
上条に殴られた頬が赤くはれている。

上条「俺が全力で支えてやる。生きる意味が見つからないなら、一緒に探し出してやる。ただ死ぬのはやめてくれ。そんなのは俺が絶対に許さない」

カヲル「全く、君という人は」

カヲルは目を上条に向ける。

カヲル「つくづく勝手な奴だな。こっちの気も知らないで。すぐに自分の価値観を押し付ける」

上条「……」

カヲル「でも悔しいね。君の方が正論だから、反論のしようがない。元の世界でもそうだったんだろうね」

上条「別に。俺は自分の考えが常に正しいとか思ったことはない」

カヲル「そうかい」

カヲルはむくりと上半身を起こす。

カヲル「気付いたんだ。僕は操り人形だったって」

上条「?」

カヲル「最初はアダムと融合すればいいと思っていた。だけど、あれがリリスだと分かった時、僕がここへ遣わされた本当の理由がわかったよ」

カヲルはヘブンズドアの方を見つめる。

カヲル「上条君、君は言ったよね。生きる意味を見つけろって」

上条「ああ」

カヲル「見つけたよ。僕の生きる意味を」

その時、カヲルは上条の鳩尾へ右フックを見舞う。
クリーンヒットした痛みで上条は膝をおる。

カヲル「僕の生きるもう一つの意味、それはね、彼だよ」

上条「……っは、彼……?」

カヲル「ゼーレはたぶんこれが目的だったんだよ。そうすれば、彼らの願いが叶う」

上条「カ、カヲル?」

カヲル「さあ、主人公(メインキャスト)の登場だよ」

上条の後ろから、ズシンズシンという足音が響いてくる。

痛みをこらえながら、後ろを振り返った上条の目に飛び込んできたのは、ボロボロになった初号機の姿だった。

上条「……シンジ?」

カヲル「そう。さて、始めるとしますか」

そう呟くと、よろよろと空中へ浮かび上がる。

初号機がゆっくりとこちらに向けて歩いてくる。
頭部と胴体を貫かれた影響か、緩慢な動きで近づいてくる。

カヲルの目の前まで来ると、初号機は右手をカヲルに伸ばす。
死にかけの老人のように、覚束なく伸ばす右手にカヲルは逃げることもなく掴まれる。

弱くなったとはいえ、簡単に避けることはできたはずなのに。

カヲル「僕もここまでのようだね」

顔だけが出ている状態で、カヲルは初号機に語り掛ける。

カヲル「もう抵抗はしない。さあ、殺してくれ」

初号機の顔を見つめるその目は、カヲルの固い意思を表していた。

上条「シンジ! やめろ! 惑わされるな!」

上条が必死に叫ぶが初号機からは何の反応もない。

上条「シンジはそれでいいのか! 敵だからって、使徒だからって殺すことはないだろ!」

シンジ「……裏切ったんだよ。僕を」

初号機のスピーカーから、シンジの声が聞こえる。

シンジ「僕を裏切って、上条さんにひどいことをして、ネルフをめちゃくちゃにして、そんなの許せないよ!」

上条「それでも、殺してはいけない」

シンジ「うるさい! 僕をだましていたんだ! 使徒だったくせに、僕に近づいて!」

その言葉が、上条の心の琴線に触れた。

上条「ふざけんじゃねえ!」

上条は怒鳴る。

上条「お前は、カヲルのことを信じていたんじゃないのかよ! 使徒だからって理由でカヲルのことを憎むのかよ!」

シンジ「!?」

上条「カヲルはカヲルだろうが! 使徒だのなんだのは関係ねえ。お前が信じていたのはカヲルそのものだったんじゃないのか? 裏切られただの、騙されただの、自分が勝手に思い込んでいるだけじゃないか!」

上条「そんなものは見方を変えればいくらでも変わる。だから、お前がカヲルを憎む必要なんかない。ここでカヲルを殺してしまったら、取り返しのつかないことになる。一生後悔することになる。早まるんじゃねえ!」

上条の言葉を受け止めたのだろうか。
初号機からシンジのすすり泣く声が聞こえてくる。

シンジ「上条さん……」

上条「だから、その手を離……」

その時、上条の胸元に衝撃が走った。

ドス

鈍い音とともに、体が熱くなるのを感じる。

上条は自分の胸元に視線を向ける。

上条は信じられなかった。

自分の胸に刺さる、オレンジ色のATフィールド。
そこから流れる、赤く熱い液体。

カヲル「ありがとう、上条君」

カヲルは目線を初号機に合わせたまま話す。

カヲル「君のおかげで、最高の舞台が整ったよ」

上条は冷たい床に倒れる。

上条は悟った。
カヲルの目的は、シンジの心を折ること。

シンジはカヲルに対する憎しみ、殺意を、上条の言葉が打ち消し、カヲルを再び受け入れようとしていた。
シンジが精神的に立ち直りかけているこのタイミング。
この不安定なタイミングこそ、カヲルにとって絶好のチャンスとなったのだ。

出血によって意識が薄らいでゆく。
今までの戦闘による疲労、負傷が、今の攻撃によって一気にのしかかってくる

シンジ「う……、う、うう……」

シンジの心理状態は考えるまでもない。
目の前で、自分の知り合いが、殺されようとしている。
自分が憎む相手によって。

その憎む相手の命は、自らの手が握っている。
自分が操る初号機の右手の中に。
自分が握りつぶせば、それで終わりだ。

上条「やめろ……、やめろ!」

上条は必死に声を出そうとするも、掠れ声にしかならない。

シンジ「うわああああああああああああああああああああああ!!!」

上条「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

2人の絶叫がターミナルドグマ内に響き渡る。

その中で、カヲルの表情は不気味なほど晴れやかだ。







直後、水の中に何かが落ちる音が響いた。





アスカは弐号機に乗って、ターミナルドグマに急いでいた。

弐号機ケージにたどり着いた後、驚くミサト達を尻目に弐号機に搭乗し、メインシャフトを降下していた。
さっきまでは、カヲルの結界に阻まれて足止めされていたのだが、突然結界が消失したのだ。

初号機と同じように、昇降ケーブルに足を引っ掛けて降りている。

アスカ「美琴、ついてきてる?」

一緒に動いている御坂に声をかける。
御坂は空中をゆっくりと降りていた。
能力で発生させた磁場を使って浮いているのである。

御坂「大丈夫、平気よ」

一見、涼しい顔で返事をする美琴の顔には、不安の表情が見え隠れする。
御坂の脳裏に、さっきのケージの様子が浮かぶ。

たどり着いたケージはボロボロだった。
壁はところどころぶち抜かれ、鋼鉄製の床や階段はあらゆるところが吹き飛んでいたり、なくなったりしていた。

発令所にいるミサトから、上条がここでカヲルと闘ったことも知った。
だが結果は、ところどころに残る血痕が物語っていた。

ターミナルドグマに上条と初号機がいることを聞き、2人はそこへ向かっているのだ。

そんなわけで、御坂が平気なわけがないのだが、アスカはあえて何も言わない。

好きな人が危険な目にあっている。
それだけでも、胸が張り裂けそうになるのに、気休めを言ったって何の意味もない。

アスカもパイロットとして、シンジを助けたい。
もう、シンジをねたむ気持ちも憎む気持ちもない。

だから、とにかく行ってみるしかない。

できるだけ早く。

しかし、昇降ケーブルはこれ以上速く動かず、2人の心に焦りが募るだけだ。

やがて、2人はメインシャフトの最深部にたどり着く。

底には大きなくぼみがあり、紫色をした初号機の部品や体液が散らばっている。
しかし、初号機の姿はない。

アスカ「アタシが先に行くわ。美琴は後ろからついてきて」

御坂「わかったわ」

昇降ケーブルから跳び降りると、弐号機ははやる気持ちを抑えながらゆっくり進んでいく。

弐号機はカヲルに操られていたため、何が起こるかわからない。
今のところは異常がないが、次の瞬間には暴走しているかもしれない。

それに、ターミナルドグマがどうなっているのかもわからない。
だから、慎重に進まざるを得ない。

御坂は通路の上に降り、弐号機の後ろを歩いている。

すぐ目の前に現れたのは、全開にされたヘブンズドア。
その奥に見えているのは、十字架に磔にされているリリスと、

両膝を突いた初号機であった。

アスカ「バカシンジ!」

弐号機が慎重にターミナルドグマ内に入る。
荒れた様子は見られない。

初号機に通信を入れるものの、シンジからは何の返事もない。
使徒は、渚カヲルは、上条当麻はどうなったのか?
沈黙を貫く初号機からは何も得られない。

その時、御坂が弐号機の横を通り抜けていった。
駆け寄る先には、血にまみれて倒れているツンツン頭の青年がいた。

御坂「当麻!」

御坂は駆け寄り、上条の体を抱きかかえる。
自分の制服に血がにじむのもかまわず、抱きしめる。

御坂「何でよ……。どうしてよ! 目を開けて、開けてよ!」

出血の影響なのか、上条の意識はなく、青白い顔色をしている。
一刻も早く治療を受けなければならない状態だ。

御坂「しっかりしてよ! 死んじゃいや!」

御坂の悲鳴が響く中、弐号機は初号機のそばに近づく。
両膝を突き、俯いたまま右手を伸ばしている。

握りしめられた拳は赤い筋がいくつも垂れ下がり、その真下には、

カヲルの変わり果てた姿があった。

アスカ「ミサト、使徒殲滅を確認したわ」

アスカはこみ上げる吐き気をこらえつつ、発令所に報告を入れる。

ミサト「了解。こちらもパターン青の消滅を確認したわ。総員、第一種警戒体制に移行」

アスカ「けが人が一人いるわ。意識不明。救助班を要請するわ」

ミサト「了解。初号機、弐号機両機は第7ケージに移動。別命あるまで待機して。」

アスカ「了解」

アスカは感情を押し殺した声で返事をすると、通信を切る。
エントリープラグのモニターから、御坂の様子を見る。

ボロボロと涙を流し、ひたすら名前を呼び続ける。
それでも、彼女の腕の中の彼は目覚めない。

そんな姿を見て、アスカは拳を握りしめる。

何もできない自分が悔しかった。

できるなら、御坂のもとに駆け寄って抱きしめてあげたい。
御坂を自分の胸の中で泣かせてあげたい。
御坂のそばにいて、少しでも楽にしてあげたい。
上条の容体も見て、簡単なものでもいいから応急処置をしたい。

けれど、エヴァ弐号機のパイロットである以上、それはできない。
ミサトから指示が出た以上従わなければならない。
それに、シンジの様子も気がかりだ。

通信にも反応しないし、初号機を動かす気配もない。
生命反応もあるし、大けがを負っている様子もない。
しかし、沈黙し続けるシンジにアスカの不安は募る。

カヲルが死亡したことで、使徒は殲滅された。
サードインパクトは回避され、人類滅亡は回避された。

にもかかわらず、なぜ、こんなにも嫌な予感が自分の体を駆け巡るのか。

アスカ「いったい何があったのよ? ここで」

アスカの問いに答えられる者は誰もいない。

第17使徒報告書(簡易版)

本日午前0時37分ごろ、ネルフ本部セントラルドグマ弐号機ケージにおいて、ATフィールドの発生を確認。
分析パターンの結果、パターン青を観測。
第17使徒を確認した。

監視カメラの映像・音声から、昨日付で赴任したフィフスチルドレン「渚カヲル」が第17使徒であることを確認。
殲滅のため、エヴァンゲリオン初号機の出動命令を発令した。

第17使徒は弐号機ケージにおいて、拘束中の民間人「上条当麻」並びに初号機と交戦するも逃亡。
午前2時3分、ターミナルドグマにおいて、初号機により殲滅された。

おもな被害は下記のとおりである。
 弐号機ケージ、セントラルドグマなど各所で設備の破壊。
 初号機、および弐号機の損傷
 数人の負傷者

なお、初号機パイロットは戦闘後精神的に不安定となっているが問題はないと思われる。
また、弐号機パイロットが戦線に復帰した。

戦闘前後において、上条当麻および中学生くらいの女子が本部内で活動していたという報告があるが、詳細は不明である。

上記以外の事項については調査中である。

以上

ネルフ本部 司令室

冬月「おおむね、問題はなさそうだな」

冬月は先ほど出来上がったばかりの報告書を読み、呟いた。

ワンフロア分ありそうな広さの部屋に、高級そうな執務机が置いてあるだけの異様な空間に、ネルフ本部のツートップはいた。

ネルフ本部は先ほどの戦闘からだいぶ落ち着きを取り戻しているように見える。
第一種警戒態勢は解除されてないが、一部を除き通常業務が行われている。

冬月「初号機、弐号機、それに破壊された設備の修理を急がせてあるが、これでいいのか?」

ゲンドウ「ああ、問題ない」

両手を顔の前で組むいつもの体勢で座っているゲンドウに、すぐそばに立っている冬月が問いかける。

冬月「最後の使徒は殲滅された。あとは補完計画を待つだけだな」

ゲンドウ「ああ、我々の願いがかなう日も近い」

冬月「いつだ?」

ゲンドウ「初号機の修理が終わり次第だ」

冬月「そうか。あと数時間で終わるそうだ。それまでの辛抱だな」

冬月は全面ガラス張りの壁から、外の様子を見る。
地下数百メートルにある巨大な球形の地下空間にあるネルフ本部。
人造湖や輸送道路の様子を眺めながら、冬月は再び尋ねる。

冬月「委員会の連中がお前を呼んでいたが、どうするんだ?」

ゲンドウ「出る。話しておかなければならないことがあるからな」

冬月「何を今更。我々と彼らはとっくの昔に袂を別っただろう」

ゲンドウ「カモフラージュだ。連中も気付いている。最後の会議ぐらい出てやるのが礼儀というものだ」

冬月「まったく、お前という奴は」

冬月はため息をつく。
ゲンドウは立ち上がる。

ゲンドウ「本部施設の出入りを全面禁止しろ。第一種警戒体制はそのまま維持。すべての職員を外に出すな」

冬月「わかった。通達しておこう」

ゲンドウ「初号機の様子を見てくる。その間に何かあったら、お前に任せる」

冬月「わかっておるよ。それが私の役目だからな」

ゲンドウ「では、後を頼む」

ゲンドウは司令室を出ていく。

一人ぽつんと取り残された冬月は、ぼんやりとゲンドウの机の上を眺める。

書類やコーヒーカップなどが無秩序に置かれている。
その中で、あるものが冬月の目を引いた。

隅の方に飾られた写真立て。
そこに写る女性。

すらっとした体に白衣を着こみ、両手で2歳くらいの赤ん坊を抱えている。
撮影者に向かって満面の笑みを見せる彼女を見ながら、冬月は独り言をつぶやく。

冬月「君がいなくなってから、もう10年以上たつのか」

彼女の隣に立つのは、若き日のゲンドウ。

冬月「あの時から、碇は変わった。君のために、ありとあらゆるものを犠牲にした」

写真の中の彼は、やや照れくさそうな表情をしている。

冬月「だが、今の碇を、息子を、世界を、君は受け入れることはできるのかね?」

冬月は写真から目を放すと、天井を見上げる。

冬月「本当にこれでよかったのか? ユイ君」

かつての自分の教え子の顔を思い浮かべ、悲しそうに呟いた。

綾波レイはネルフ本部のとある通路を歩いている。

カヲルの事件が収束してから数時間。レイはゲンドウとともに初号機の洗浄・修理作業を見守っていた。

全使徒を殲滅した後に行われる「人類補完計画」。
それを行うのに必要なキーとなる初号機。

その状態を見ておきたかったからだ。

ゲンドウ「初号機の損傷は問題ない。その時が来るまで待っていろ」

初号機の様子を見たゲンドウはそう言って、立ち去ったのだった。

しかし、レイが今考えているのは別のことだ。

レイ「上条君の行動は、裏目に出てしまった」

誰もいない通路で、レイはつぶやく。

レイ「渚カヲルは死亡。碇君は精神的に壊れかけている。上条君は意識不明で入院。美琴はそのダメージをもろに受けている。最悪だわ」

コツ、コツとレイの足音が通路に響く。

レイ「けれど、アスカが復活してくれたのは大きいわ。それだけが唯一の救いね」

目の前にある曲がり角を、左に折れる。

レイ「これで上条君と美琴を元の世界へ返せるのは、私だけ。やるしかないわ」

やがて、レイはある部屋の前で立ち止まる。

レイ「リリスの力、それにこれから起こる出来事の記憶、未来から逆行してきたことを十分に生かせば、無事にやり遂げられるはず」

レイはドアの電子ロックを解除する。

レイ「時間はもうない。動けるうちに動いておかないと」

レイの脳裏にあるのは未来の記憶。
全ての人類が消え去り、青く美しい惑星が赤く醜い星になってしまった、残酷な未来。
このままでは、この世界も同じ運命をたどってしまう。

レイ「やってみせる。上条君たちのことも、世界を救うことも」

レイはドアを開ける。

むっと臭気が鼻を突いたが、レイは顔色を変えない。
ベットと排泄用のバケツが置かれただけの、殺風景な部屋。
人一人が過ごすにも狭いような部屋に彼女はいた。

金色のショートカット。
白衣をまとい、黒いタイツとヒールを履いた、目尻に泣きぼくろのある女性。

ベットに憔悴しきった様子で、俯いて座っている彼女にレイは声をかける。

レイ「赤木博士、お話があります」

レイはリツコの独房に一歩足を踏み入れる。

少しの間をおいて、独房の扉が閉められた。







つづく





みなさん、こんにちは。1です。

というわけで、いったん物語を閉じさせてもらいます。
第1部完、といった感じです。

決してやる気がなくなったわけではなく、物語の変わり目と思ったので切っただけです。

次のスレを近いうちに建てようと思うので、読みたい人はその時まで待っていてください。
突然の連絡で、申し訳ありません。

4か月間、付き合っていただきありがとうございました。

それでは失礼します。

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