春香「トランプタワー」 (35)

今から2週間前の事、この765プロの輝きを求めるアイドル達に、転機が訪れた。

「フェスですか!?」
「ああ」

驚く春香に対して、彼は頷いた。

彼というのは、春香達765プロのアイドルをプロデュースしている、プロデューサーのことである。

「いつやるんですか?」
「2週間後だ。そして、そのフェスに行くメンバーも、俺は決めてるぞ。あずささんとやよい、雪歩、それと、春香。お前だ」
「え、えぇ!?」

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「わ、私なんかがいいんですか!?」
「これは特に最近頑張ってる人達に行って欲しかったからな。ただ、フェスだし、分かってるな?」
「......はい、もちろんです」

嬉しそうに飛び上がった後、彼の刺した言葉に、春香は俯いた。

フェス、それは出るのは簡単だ。コストもかかることが無ければ、参加するのに知名度も必要ない。

だが、フェスでは自分達だけでなく、他のいくつものアーティストの団体がそれぞれのパフォーマンスを披露している。

つまり、フェスに出るのは簡単だが、フェスで成功するのは難しいのだ。

「よし、勝つぞ。フェス。お客さんをいっぱい、俺達のところに入れるんだ」
「はい!」

キリッとした春香の声が、事務所に響く。

他の皆はレッスンに行ってしまっていて、ここには彼と春香しかいない。小鳥も買い出しに出かけてしまったようだ。

「じゃあ、他の人達にもこの事を伝えてからレッスンに行かせるから、春香は先に行っててくれ」
「わかりました。まってますね」

そして、そこから1週間。

練習を重ねた4人は、歌の歌詞もバッチリ覚え、準備はほぼ完了していた。

......そう、歌はいいのだ。

問題はダンスにあった。これが、今の彼女たちのダンスレッスンの風景である。

「やよい、手が逆だ」
「はわっ、すみません!」
「雪歩、また遅れてるぞ?」
「やっぱり、わかりましたか?」
「わかるさ。体の中でカウントしてるか?」
「プロデューサーさん、ごめんなさい。私もさっき......」
「そうですね。あずささんも移動するとき、春香とぶつかりそうになってました」
「次は気をつけます~」
「春香、ターンは確かに脱力が大事だが、止まるときにしっかり止まらないと、だらしないぞ」
「わかりました。もう一度行きましょう!」

と、4人それぞれが注意することがあった。しかもこれは、曲の序盤である。まだ歌が始まっていない箇所で、何度もつまずいているのだ。

続きはまた後で。とりあえずスレを立てたかったんです

指摘感謝です

「じゃあもう一度、最初からいくぞ」

「「「「はい!」」」」

4人の声がレッスン会場に響き渡り、心地よく反響する。

もう一度彼がCDを再生した。

それが始まると、途端に彼女達の目は、女の子からプロのアイドルへと変わる。彼はあの目を、心から信頼しているのだ。

ステップ、ターン。順調に進んでいくが、

「何かが足りないな……」

彼はいつも、そう思っていた。

ボーカルレッスンの時も、ずっと考えていた。漠然とした足りない何かを。歌、ダンスの技術云々の前に、不足しているものが彼女たちにある。

態度が悪いわけではない。表情も真剣そのものである。

「ストップ! 春香、そのステップやってみろ」

「は、はい!」

名前を叫ばれた春香が、その場でくるりと回ってみる。360度回り、ぴたりと……

「おっとっと……うわぁ!」

止まれず、足をからめてこける。大げさな音を立てて転んだ彼女は、大きく前に倒れた。

「は、春香ちゃん! だ、大丈夫!?」

急いで駆け寄る雪歩に、眉を垂れ下げて笑いかける。

「えへへ、また転んじゃった……プロデューサーさん、もう一回……」

彼は首を横に振った。

「何度やっても、今のままじゃ同じだな……」

「……そうですね」

春香が俯く。不安そうな顔をするメンバーの顔を一瞥する。彼女たちも、何か感じているのだろうか。

「プロデューサー……今の言い方は、その、ちょっとひどいかなーって」

「プロデューサーさん、できてないことは謝りますけど……あまりきつく言うのも、どうかと」

「やよい、あずささん……ああ、悪かった。少し反省してるよ。今日はここまでにしよう」

「え? やめちゃっていいんですか?」

雪歩がこてんと首を傾け問う。

「すこし俺も考えなきゃいけない気がしたんだ。何がいけないのか……今日のレッスンの風景を撮ったビデオを見てみる」

「わかりました。じゃあ、あとは私達で、時間まで何とかやってみます」

「ありがとう春香。怪我しないように、気をつけろよ」

彼はそう言い残し、レッスン部屋の扉を閉めた。

ビデオを見てみると、やはり何かがない。彼は気になって、律子のプロデュース風景を撮ったものも見てみた。

「はい、止めて。この基礎、カウントを忘れるとできなくなるからね? きちんとカウントをするのよ」

「はい!」

「間隔も大事、4拍か3拍かだけでもずいぶん違うし、弱拍、強拍、それぞれ別の動き方があるからね」

「はい!」

「本当にわかってるの?」

「はい!」

「よし、いい返事。もう一度、基礎番号12番!」

「はい!」

アイドル達の顔は、真剣だ。かといって、笑顔がないわけでもないし、体がかたいわけでもない。

しかし、次のシーンで、彼に電撃が走った。

「ストーップ!」

律子の大声に、ぴたりと動きを止める彼女達。

「一人でやろうとしないの! ダンスは皆でやるんだから、他人と動きを合わせなきゃ。ばらばらよ?」

「はい!」

ここで、ビデオを切った。

「……そうか、これか」

しかし、わかったところでどう彼女たちに説明しようか。考えに考えた結果、彼はある一つの結論に達した。

「おはようございまーす。プロデューサーさん、今日もダンスレッスンですか?」

出社してきたアイドル達に、彼は一言こういう。

「いや、今日はあそこにあるトランプ使って、タワーをつくってくれ」

「タワー? ですか? どうして?」

「いいから。4段のトランプタワーを、やよい、春香、雪歩、あずささんで、協力して作るんだ。じゃあ、俺は別の仕事してるから、できたら呼んでくれ」

「ええ? 納得いきませんよ」

「いいからいいから」

彼はそういって、手をひらひらと春香の前でさせる。「早くしろ」の合図だ。

「わかりました……み、皆にも伝えておきます」

「……ということなんだけど」

春香がそのことを伝えたとき、雪歩たちは彼から春香が聞いた時のように、ぽかんと口を開けていた。

「トランプは、これかしら?」

あずさはそんな風に戸惑いながらも、まずトランプをだして、立ててみる。2枚を立てて、三角形を作り、そっと手を離してみるが、

「あらあら……」

トランプはゆっくりと、片方がもう片方を押し倒す形で倒れて行った。

「きっと、普通にやるんじゃだめなんですね」

「今度は、私が挑戦しますー! トランプ2枚をくっつけるんですね! えい!」

やよいも、あずさと同じように挑戦してみるが、トランプは崩れるだけであった。

「私もやってみよっと」

「あ、わ、私も!」

春香も雪歩も続くが、結局皆トランプを立てることはできない。

「意外と難しいんですね……」

やよいが真剣な表情で、トランプを見つめた。

しかし、春香はずっと考えていた。これの何がレッスンなのかを。

5分経ち、10分経ち、4人はトランプタワーの完成をさせるために、懸命にカードを立てた。

そしてついに――

「あ、できた! できたよ!」

――雪歩が歓声を上げたのである。

「あら、雪歩ちゃん、とっても上手ね。どうやったのか教えてくれない?」

「うっうー! 雪歩さんとってもすごいです!」

「えっと、ですね……」

雪歩があずさとやよいに、自分がどう立てたのかを教えている。春香はそれを一緒に見た。

「と、こんな感じでやれば……ほら!」

雪歩が先ほど立てたところに、更にもう一つトランプが並ぶ。続けてあずさとやよいが手を離すと、簡単に1段目が出来上がっていた。

「うわー! 本当にたっちゃいました! すごいです!」

「嬉しいわね! みんなでやってるから、喜びも何倍になるし」

「……皆でやってるから?」

ふと、春香があずさの言葉を繰り返す。何か、何かが思いつきそうなのだ。

「春香ちゃん?」

「ん? あ、うん、私もやるよ。この上にカードを並べて……また立てていくんだよね。2段目の最初は、春香さんが立てちゃいますよー! なーんて」

「うふふ、楽しそうね」

いや、いい。

今はただ、トランプタワーを皆と完成させることを考えよう。それが自分に与えられた使命だ。

そう思い、春香はゆっくりと、トランプを立てていく。

それからトランプタワーは、何度も崩れて、立て直され、また崩れて、再建。これを繰り返した。

最初に雪歩がトランプを立てることに成功してから、2時間の時が過ぎた。

「……ついに……できたね」

「ええ、完成したわね~」

「トランプタワー、765……」

「雪歩さん、それ、とってもいい名前ですー!」

「ばんざーい!」

こうして立て終わった、「トランプタワー765」を、(やよい以外の)全員写真に収め、喜びを分かち合い、4人で彼に報告をした。

「おお、できたか」

「はい! できたとき、すごく感動しました!」

やよいが何の曇りもない目で、彼に伝えた。

「どうやって作った?」

「……どうやって、ですか?」

あずさは顎に人差し指を当てて、考える。その間に、雪歩が答えた。

「えーっと……皆でコツを話し合って……こうしたらできるんじゃないかとか、ああやった方が、確率は高いんじゃないかって……」

「あ」

春香が、思わず声を漏らした。

「どうした春香?」

「…………私たちに、これをやらせた理由って……皆と協力してほしかったから?」

「……鋭いな」

彼は、当たった春香の勘に驚き、頭をぽりぽりと掻く。

「律子とのレッスン風景も、見させてもらってな。律子の言った言葉に、ダンスはみんなでやるって言葉があったんだ」

「それ、確かにいわれました。あの時、すっごく怖かったんです……ぐすん」

思い出して泣きそうになる雪歩の頭を、あずさはそっとなでる。

「そうか、これかってな。皆との協力をして、完成したものを見たときの喜び……小さなことでも、それを学べたら、きっとダンスもよくなるって……そう思ったんだ」

実際、彼女たちはトランプタワーに取り組み、そこで協力することで、完成させたものを見て、皆で喜んだ。このことが、ダンスにも歌にもプラスになる。そう彼は思ったのだ。

事務所の教訓である、『団結』。これが、現在のフェスに出る彼女たちに、一番足りないものだったのだ。

「じゃあ、レッスンやるか」

「はい!」

それからのレッスンでは、彼だけでなく4人それぞれからも意見がとびだし、それを彼女たちが受けることで、着々とできるところを増やしていった。

そして迎えた、フェス本番。

小鳥に記者が事務所に来ることを伝え、会場で彼女たちの表情を見る。

この日のために用意した衣装も、よく似合っている。彼女たちの表情に、彼もうなずいた。

「よし、出るからには、勝ちたいよな?」

「うぅ……少し怖いですね」

「雪歩、弱気になるな。頑張ってきただろ?」

「そうですね……プロデューサー、今できることを、私なりに全力でやってみます。その……見ていてください」

「おう、もちろんだ」

「こうしたところに、私みたいなおばさんがいて、大丈夫ですか?」

「何言ってるんですかあずささん、皆で意見がバラバラになった時、あなたがいなかったらどうなってたことか」

「そうですか?」

「少なくとも俺は、あずささんはこの場に必要だと思いますよ」

「……ありがとうございます。なんだかほっとしちゃいました。頑張りますね」

「はい、ステージ裏で応援していますね」

二人の表情から不安が抜けて、決意に変わる。やよいと春香にも何か声をかけてあげなければ。

「やよい、調子は?」

「ばっちりです! 今日は、ええっと……あ、ひっしょうきがんっていうので、ご飯に卵かけて食べてきたんで!」

「よし、今の自分の全力を出せよ」

「はい! うっうー! 頑張りますね!」

「春香、平気か?」

「も、もちろんです! 昨日かなり頑張って家でもやったので、その成果が出ればなって!」

「家でもやったのか? どれくらいだ?」

「えっと……朝になるまで……」

「お前、寝てないのか?」

「はい、でも絶対、迷惑はかけませんから!!」

「……迷惑とかじゃなくて、自分の体調だろ?」

「大丈夫です! ターンだって、ほら!」

その動きは、昨日よりもさらに磨きがかかり、数々の人々に魅力を与えるものであった。

「……よし、春香、信じてるからな」

「はい! あ、皆、あれ、やっとこうよ!」

「ええ、やりましょうか」

「やっぱりドキドキする……けど、楽しみだね!」

「皆で頑張りましょう!」

4人が肩を組み、円を作る。そして、思いっきり春香が叫んだ。

「765プロー、ファイトー!」

「「「「おー!!!」」」」

空に上がったその言葉は、きっと事務所の人たちにも届いたであろう。

彼女たちは765の看板を背負い、その代表としてこのフェスのステージに立つのだ。

「ハッ、まさかこんな時代に、仲良しごっこしてる奴らがいるなんてな。ムカつくぜ」

「……え?」

ゆっくりと肩を張り、つかつかと近寄る茶髪の男が見える。その後ろに、髪をカチューシャでまとめた少年と、金髪の青年。

「……お前はなんだ?」

「……ヘッ、お前たちに名乗る必要はねーな」

「この人は、天ヶ瀬冬馬くんだよ! 僕は御手洗翔太! よろしくね」

「なっ、翔太! なんで言うんだよ!」

「あはは、冬馬は相変わらずだな。俺は、伊集院北斗。天使たちも、以後、お見知りおきを」

よくわからない3人に、急に挨拶をされる。今回のフェスの相手であることと、明らかにただものじゃないことは、見ただけでよくわかった。

「……君たちは?」

「961プロのジュピター……って言えば、大体アンタには説明つくんじゃねぇの?」

冬馬が放ったセリフに、彼は一瞬固まる。

961プロ。765プロの高木順次郎社長が、何かと縁があり、うちを敵対していると言っていた。

「ただ、皆で頑張ろうとか、その気色悪い精神は、正直どうかと思うぜ?」

「何その言い方、私達をバカにしてるの?」

春香が少し攻撃的に、冬馬に言葉をぶつける。

「別に。ただ、そんなんじゃ俺たちには勝てないって話だよ」

「……はぁ、冬馬くん、そういう話は勝ってからにしようよ。ほら、皆冬馬くんに軽く引いてるよ?」

「……な?」

冬馬が周りを見渡すと、確かに、彼女たちの表情は、こちらを不審な目で見ている。

「冬馬、そろそろステージが始まるし、俺達も準備しよう。お互いにいいパフォーマンスができればいいね。チャオ☆」

「うん、じゃあね! 僕たちに負けても、凹まないでね? 君たちが弱いんじゃなくって、僕たちが強すぎるだけだからさ! まったねー!」

「あ、お前ら! ちょっと待てよ!!」

3人は嵐のように現れて、嵐のように去って行った。

「……いったいなんだったんだ?」

「なんだか、すっごく私たちに、怒った顔してましたね……」

「すごく強そうだったね……大丈夫かな?」

「どうしましょう……あの人たち、なんだか私たちと雰囲気が違うというか……」

やよい、雪歩、あずさが感想を述べる中、春香は笑顔を作って言った。

「大丈夫だよ。あんなに練習したんだもん」

「……春香」

「やる前から諦めるのは、私達が努力を捨てるのと一緒だよ。精いっぱい頑張って来たことを、ここで出そうよ。負けちゃっても、次頑張ればいいんだもん」

春香のその笑顔と言葉に、じわじわと温められていく。

「……そうだね、皆でやったことを捨てちゃ嫌ですぅ。春香ちゃん、私、頑張るよ」

「ありがとう、春香ちゃん、本当に太陽みたい……」

「春香さん、とーってもかっこいいですぅ!」

春香に元気づけられた皆で、もう一度円陣を組み、叫んだ。

そして、ついに彼女たちは、ステージに立つ。

ステージ上で舞う妖精たちの輝きは、木星の前にはあまりにも小さかった。

ジュピターのダンス、歌は彼女たちの頑張ってきたものを嘲笑うかのように華麗で、無駄がない。

会場の客も、木星の引力に吸い込まれるかのように春香たちの下を離れて行った。

歌いながら、彼女達は心の中で叫んだ。

(何で、どうして!?)

いろいろな事を思い出しながら、

(一生懸命やったのに……)

数々の困難を、

(練習の成果を、誰も見てくれない……)

数々の喜びを、

(どうして、うまくいかないのかしら?)

思い出しながら……。

悔しさに溢れた春香の思考は止まった。

彼はハッとした。

「春香っ!」

思わず小さく声が出る。駆け出そうとしたときには、もう遅かった。

春香はステージ上で気を失い、倒れて動けなくなってしまったのだ。

誰かからの声が聞こえる。それは、たくさんの人からの声援。

その声援の中で、春香は歌っていた。皆自分の歌を聞いてくれていた。

だが。急に視界が悪くなる。目が覚めると、そこにいたはずの人々はだれもこちらを見ていない。皆、春香から目をそらし、後ろを見つめている。

彼らの視線の先に目を動かすと、そこにいたのは、ジュピター。

「俺達には、勝てねぇよ」



「春香ちゃん、すっごく苦しそう……大丈夫かな?」

雪歩は、眠っている春香の手をそっと握っていた。

春香は過労による一時的なショックと診断された。彼女が昨日、寝ずにレッスンをしていたことが原因だろう。

彼と雪歩と、あずさとやよいは、春香を急いで救護室に運び、フェスを棄権した。

時間的には、フェスも終わったころであろう。

「……ごめんなさい、私がもっとしっかりしてれば、こんなことにはならなかったかもしれないのに……」

「あずささんのせいじゃないです……私も、ちょっと振付け、間違えちゃって……春香さんも倒れちゃって……うぅ、うわぁ……」

「な、泣かないでよやよいちゃん……私も……うぅ、ぐす、うわぁぁあ……」

「……よしよし」

あずさが泣いている二人を優しく撫でる。彼はただ一人、落ち着かない様子で、眠る春香を見つめていた。

「……くそ、俺がお前の納得いくまで、レッスンに付き合ってやったら……もしかしたら、こんなことには……」

「チッ、ムカつくぜ……なにくたばってんだよ」

ゆっくりと、彼は振り返る。その憎き声の先にいたのは、ジュピターの3人。

「冬馬、落ち着け」

「落ち着いてるぜ? ……ろくに体力もねぇのに、アイドルなんてやってんじゃねえよ」

冬馬は眉間にしわを寄せ、春香をにらんだ。あずさが、雪歩とやよいを守るように抱きしめる。

「……完敗だな……完全にこっちの実力不足だ」

彼は少し頬を上げて、冬馬にそう言った。

「ろくに努力もしねぇで、よく俺に勝てると思ったよな」

「…………」

彼は、拳を握りしめ、黙って冬馬の話を聞いた。

「で? あの程度のばかみたいなパフォーマンスやって、ぶっ倒れてこんな恥晒して……765プロも終わりだな」

「ちょっと、冬馬くん、別に僕達喧嘩売りに来たわけじゃ」

「……お前……」

「……あ?」

「……お前!!!」

冬馬の胸倉を、つかむ。

「……なんだよ? 殴るのか?」

「そんなことするわけないだろ……いいか? よく聞けよ……春香はな……頑張ってんだよ……」

「…………」

彼に体をゆすられながら、冬馬はつまらなそうな顔で、彼の話を聞いた。

「フェスで絶対に成功したいからって、皆と一緒にフェスに出られるからって……家でも誰よりも練習した、誰よりもだ」

翔太、北斗は何も言わない。正直、彼らは冬馬の言葉に対して、すこし嫌悪を抱いているような感じもした。

「それをろくに努力もしてないって……よく言えたもんだな……765プロも終わり? ふざけてんじゃねぇよ……終わらせねぇよ……お前らなんかに負けたままじゃ終わらねぇよ……」

彼は冬馬のつかんでた手を突き放した。少しよろめきながら、冬馬は地に足をつく。

「絶対、お前らに勝つ。正々堂々、勝って見せる」

「……いいぜ、いつでも相手になってやるよ……じゃあな」

冬馬はそう言って、逃げるようにその場を去って行った。

「……プロデューサーさん、大丈夫ですか?」

雪歩とやよいは、震えている。特に雪歩には、男の人をもっと苦手にしてしまうようなことをしてしまったかもしれない。

「……ああ、すまない」

「……ごめん、冬馬くんも、悪い人じゃない、と思うんだ」

妙な言い方だ。少し違和感を感じる。

「後で冬馬にはよく言っておくから、あいつを許してやってはくれませんか?」

「……許す許さないじゃないさ……あいつの言ってることは、悔しいけど本当のことなのかもしれないからな……」

彼は椅子に腰を下ろし、大きくため息をついた。

「ただ、次は負けないよ。いい競争相手ができた。次会うときが楽しみだな」

「……765のプロデューサーさん……本当に、心が広いお人だ……ではまた」

先ほどのふざけた挨拶をせず、北斗も部屋を後にする。

「あー! 北斗くん! いかないでよ!」

翔太も続いて、救護室を飛び出した。

ジュピターが去ってから、彼らの間に生まれたのは、沈黙。

誰もが喋れる空気でなく、ただ春香の目覚めを待つだけだった。

秒針の音さえもうるさく聞こえた、その時だった。

「……プロデューサーさん?」

「……! 春香、春香!?」

「……ああ、そっか、私……」

全てを認識した春香が、ぼそっと一言つぶやき、ベッドから起き上がる。

「負けちゃったんですよね……」

「……そうだな」

「雪歩ちゃん、やよいちゃん」

あずさは二人にそっと声をかけて、救護室を3人で出た。

二人の間に、沈黙が流れる。ジュピターが来たことは、あえて言わないことにした。

「ごめん」

「……それはこっちが言うべきセリフですよ」

「いや……俺がもっと春香のことを見てあげるべきだったなって……」

「……その気持ちだけで十分です。今回は完全に私の責任だったんで……ただ」

春香が、そこで言葉を切り、窓の外を眺めた。そして続ける。

「そのことを差し引いても、絶対にジュピターに勝てることはなかったと思うんです」

「……ああ、確かにそうだ。それも俺の力不足だ」

「いえ、プロデューサーさんが、用意してくれたトランプタワーが無かったら、絶対に私たちはあそこまで行かなかった。これは事実ですから、自信持ってください」

春香にそういわれると、不思議なことに自信がわいてくるのはなぜだろうか。

「悔しいです……すごく」

「俺も、悔しいよ」

「でも、悔しいってことは、まだ頑張ろうとしてるってことなんですよね」

「……そうだな、そうかもしれない」

「だったら、まだまだ伸びると信じて、頑張りましょう」

春香が彼の手をしっかりとつかんだ。

「だから、これからもプロデュース、よろしくお願いしますね」

「……春香」

しっかりと、春香の柔らかい笑顔を見る。彼はもう一度、笑顔を作り直した。

「ああ。もちろんだとも」

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