怜子「ダメよ恒一くん…私たち家族なのよ…」(424)

1998年4月25日
~夕方、夜見山病院~

民江「ほんとにねぇ……こっちに来て早々こんな……可哀想にねぇ」

恒一「えっと……ごめんなさい、お婆ちゃん……」

民江「やだねぇ気にするんじゃないよぉ、仕方ないからね?」

恒一「あの……父さんには……?」

民江「まだ伝えてないよ、陽介さん今頃インドかどこかなんでしょう?」

怜子「私から言っとこうか? 携帯の番号知ってるし……」

恒一「いえ、あの……ぼく……自分で連絡、します」

   (……病気で心細いからなのかな、この気持ちは)

   (怜子さんに父さんと話して欲しくない、僕だけのそばにいて声を聞かせて欲しいなんて)

   (前から母親のように思ってたけど、なんだかこれは違う気がする)

怜子「うん分かった、その方がいいね」コクリ

民江「それにしてもねぇ、陽介さんも律儀な人だよねぇ?」

   「理律子が死んでもう、こんなに経つのに……」

恒一「……」

怜子「……えっと、カーテン開けるね」

シャ――…

怜子「恒一くん、窓の外見えるかな?」

恒一「……」コクリ

怜子「えっとね、町の真ん中を流れてるのが夜見山川ね」

   「その向こうにグラウンド見えないかなあ?」

恒一(怜子さんはいつも優しい、気を利かせて明るく振る舞って……)

   (まるでそう、射し込む西日のように柔らかで温かい人)

   (ああ、なんだか怜子さんのことを考えてるとポエムがあふれ出してきちゃうよ)

恒一「えっと、はい……アレ、ですね?」

怜子「そう、アレが恒一くんが通う中学校ね」

恒一「……怜子さんも昔、あの中学に通ってたんですか?」

怜子「そうよー?14年も前だけどねー」

恒一「……」

   (こんな些細なことなんかで喜ぶとか我ながらどこの乙女だよ)

   (気を抜いたら今にも頬が緩んでしまいそうだ、参ったな)

   (怜子さんに不審がられないようにしないと……)

   「……えっと、お母さんも通ってたんですか?」

怜子「そう、理津子姉さんも夜見北だったよ」

恒一「よみきた……?」

怜子「夜見山北中学校ね」

恒一「ああ……なるほど」

怜子「私立と公立の違いはあると思うけど、その辺は慣れよね」フフ

   「恒一くんならすぐ慣れると思うなー?」ニコ

恒一「……だといいんですけど」

   (その笑顔の眩しさには慣れることができませんけどね)

怜子「大丈夫よー」クスクス

   「退院したら夜見北での心構え教えてあげるからっ」

恒一「はい、よろしくお願いします」

5月5日
~夜中、自宅リビング~

怜子「明日から登校ね、もう体調の方は大丈夫そう?」

恒一「はい、ご心配おかけしました」

怜子「家族なんだからそんな気にしなくていいのよ、もう」

恒一「はは……」ポリポリ

   (家族、かあ)

怜子「それで、夜見北での心構えの方は覚えてるかな?」

恒一「はい、クラスの決め事は守ること、それと――」

怜子「公私の別はきっちりつけること、ね」ビシッ

   「私は恒一くんのクラスの副担任になるわけだけど、親戚だからって普段どおりに接しちゃダメよ?」

恒一「分かってますよ、ちゃんと教師に対する態度で接させてもらいます」

   (怜子さんの教師姿か……やっぱりタイトスカート?うわあ)

   (明日が楽しみで今夜は眠れそうにないかもしれないぞ)

5月6日
~早朝、自宅寝室~

レー「オハヨウ!ゲンキダシテ!オハヨウ!」

恒一「……う、もう朝か」ポケー

レー「レーチャンオハヨウ!レーチャンオハヨウ!」バサバサ

恒一「はいはい、おはよう」

レー「レーチャン!レーチャン!」

恒一「……れいちゃん、か」

   「いつかそう呼べる日がくるのかな、なんてね」クス

レー「ゲンキダシテ!オハヨウ!」バサバサ

恒一「うん、ありがとう」

~朝、学校廊下~

――コッコッコッ……

久保寺「とにかくみんなと仲良くしてください」

    「もしも何かあれば、私なり副担任の三神先生にでも遠慮なく相談してください」

恒一「よろしくお願いします」ペコリ

怜子「こちらこそよろしくね」ニコッ

恒一「は、はい……」

   (スーツ姿の怜子さん……目が合わせられないや、顔赤くなってないと良いんだけど……)

   (自己紹介を控えてるのに頭真っ白になりそ――)

怜子「――……大丈夫よ、いつもの恒一くんらしく、ね?」コソッ

恒一「~~!」トクン

   (耳打ちだなんて、余計に顔が熱くなってきた……)

   (公私の区別つけろって言ったの怜子さんなのに反則だよ……)

~昼休み~

王子「――お父さんが大学教授なんだってね?」

恒一(何とか自己紹介を乗り切れたと思ったら今度は質問攻め、かあ)

王子「それでどこか大学に研究に行ってるって?」

恒一「あれ、なんでそれ知ってるの?」

風見「みんな知ってるよ、久保寺先生が言ってたからね」

恒一「ああ、あのモヤシ……それじゃあ前の中学のことも?」

桜木「大体のコトは知ってますよ、三神先生から聞きましたから」ニコッ

恒一「やだなーそんな詳しく話しちゃうなんて怜子さ、おっと三神先生ってば」

勅使河原「どうせだったら三神センセーが担任だったら良かったのになあ」

望月「うんうん」

恒一「!」ピク

勅使河原「美人だし、キリッとしてるし、なあ!」

望月「うんうんうん!」

恒一「……」

   (なるほどこのショタキャラめ……その人懐こい笑顔で怜子さんをたぶらかすつもりか)

綾野「おやおや、こういっちゃんは綺麗なおねーさんはお好みではないのね?」

恒一「そんなわけじゃないじゃないかッ!」ガタッ

綾野「ぴっ!?」ビクッ

桜木「……じゃあ具体的に榊原くんはどういうタイプが好きなんですかぁ?」

恒一「はははカンベンしてよこのメガネ」

王子「そういや、お父さんが外国ってどこに――」

恒一(ああ、早く帰って怜子さんと話したいなあ)

~夜、自宅リビング~

――ガララッ

怜子「ふぅ、ただいまー」トテトテ

恒一「お帰りなさい怜子さん、いまビール持ってきますね」

怜子「ありがとー、もーホント気が利くなあ恒一くんは」

   「あ、悪いんだけどついでに――」

恒一「トマトジュース、ですよね」

怜子「ホント、恒一くんは出来る子だなあ」フフ

――ガララ…シュワー…トクトクトクト…

恒一「お待たせしましたお客様、こちらご注文のレッドアイになります」

怜子「へー恒一くん、なかなか様になってるじゃない」

恒一「ありがとうございます」ハハ

怜子「隣座りなよ、学校初日で疲れたでしょう?」

恒一「じゃあお言葉に甘えて……」ストン

怜子「ふふ、どーぞー」

   「じゃあ私はさっそく恒一くんの作ってくれたレッドアイを、っと」

   「んく……んく……んく……」

――コクッ コクッ コクッ…

恒一(怜子さんの喉が上下してる)

   (飲むときの音がなんだか……いやいやいや)ブンブン

   (……それにしても首、細いな)

   (無造作にまとめた髪から覗くうなじが、すごく白くて色っぽ――)

怜子「――ねえってば」

恒一「」ハッ

   「すみませんなんでしたっけ」ハハ…

怜子「学校疲れたでしょ?って聞いたのよ」

   「その様子だとやっぱりお疲れの様子ねー」

恒一「え、ええ、まあ……」ポリポリ

   (カクテル飲んでる姿に、主にうなじに見とれてましたなんて言えないよ)ハハハ…

怜子「友達はできたかな?」

恒一「んー……どうでしょうね、まだ知り合い以上友達未満、ってトコでしょうか」

怜子「初日ならそんなものよね、うん、順調そうで安心安心」

恒一「あ、ただ……」

怜子「うん?」

恒一「眼帯をした子がいるじゃないですか」

怜子「あ……」

恒一「あの子だけなんかこう、無視、されてるというか……」

   「机も1人だけすごくボロボロで」

   「体育の授業にも出てなくって、気になって話しかけてみたら『私には近寄らない方が良い』なんて言うんですよ?」

   「その、怜子さんが副担任のクラスなのにこんなこと言いたくないんですけど、これってやっぱり……」

怜子「……」

恒一「……怜子、さん?」

   (まずいこと訊いちゃったかな……けどイジメだったら止めさせたいし……)

   (でも怜子さんに嫌われるのだけはイヤだ、うーん……)

恒一「あ、あの、すみませんヘンなこと訊い――

怜子「もう、対策係は何をやってるのかしら……」ハァ

恒一「え……?」

怜子「恒一くん、悪いけどちょっとだけ待っててね?」

   「今から一応確認の電話を入れてくるから」ガタッ

恒一「え、あの……」

――スタスタ…ガララ…ピシャッ

恒一「何なんだろういったい……それに対策係って、病院でも聞いたような……?」

――ガララ

怜子「ごめんね、お待たせ」トテトテ

恒一「いえ、別に構いません……というかなんか問題作っちゃったみたいですみません」アセッ

怜子「ううん恒一くんが悪いんじゃないの、むしろこっちの不手際かな……」ストン

恒一「は、はあ……」

怜子「本来はこの件に関しては教師が首を突っ込むものじゃないんだけど、まさか初日にtきちんと話してないなんて……」

   「今対策係の赤沢さんに確認を取ったら、今日中に私の口から伝えた方が良いって話になったから――」

恒一「えっと、さっきからその、対策係って……?」

怜子「ああ、ごめんね分からないわよね……じゃあ順を追って説明するわ」

   「あれはそう、今から26年前の話よ――」




恒一「そんな、死者がいる教室だなんて……」

怜子「うん、信じられないのもしょうがないと思う」

   「私だってこんな話、正直信じたくないもの……」

   「でもね、これは迷信とか気のせいとか、そんなんじゃないの」

   「だって……だって……」フルフル

恒一「……」

   (怜子さんが思いつめた顔でうつむいてる)

   (この顔は、嘘をついてる顔じゃない)

   (何より怜子さんが嘘をつく理由なんてないじゃないか)

   (僕はただ、怜子さんを信じよう)

恒一「……怜子さん」ギュ

怜子「あ……恒一くん、手……」

恒一「分かりました、信じますから。信じてますから」

怜子「……ありがとう、それと……ごめんね」

恒一「なぜ謝るんですか?」

怜子「……私は恒一くんに取り返しの付かないことをしてしまっているから……」

   「私は……私は……――」

――ギュッ

怜子「」ハッ

恒一「いいんです、いいんですよ」

怜子「恒一くん……」ウル

   「……ごめんね……ごめんね……」ポロポロ…

恒一(僕はそのあと嗚咽を漏らしながらの怜子さんの告白を聞いた)

   (彼女が15年前3年3組に在籍していたこと)

   (その年の災厄で彼女の姉――僕の母が亡くなってしまったこと)

   (彼女はそのことに負い目を感じて今まで過ごしてきたらしい)

   (教師となって夜見北に戻ってきたのも、罪悪感と責任感からだという)

   (そんな彼女に対して怒りが湧くはずもなかった)

   (むしろただひたすらに守りたい、支えたいという気持ちが湧きあがってきた)

   (僕は彼女の力になりたい)

   (――1人の男として)

   (それにしてもなんて柔らかい手だ……今日はもう手を洗わないでおこう)

怜子「あはは、なんかごめんね」コシコシ

恒一「人間誰だって泣くときはありますよ」

   「僕だって気胸の施術でカテーテルを肺に突っ込まれたときは涙が出ました」

怜子「……ありがとう」クス

   「けど、今まで隠していてごめんね、その……理津子姉さんのこと」

恒一「それは仕方ないです」

   「こんなオカルト染みた話、当事者にでもならなきゃ出来ないですよ」

   「むしろ怜子さんにとってつらい過去なのに、こうして話してくれてありがとうございました」

怜子「……もー、恒一くんはホントに優しいなあ」

恒一「別に誰にでも優しいわけじゃないんですよ?」

怜子「私は特別ってこと?ありがとう」クスクス

恒一(本気で特別なんだけどなあ……まあ、笑ってくれたから良いか)ハァ

怜子「じゃあ、そういうことだから、ね」

   「明日からは改めて夜見北の心構えをしっかりお願いね」

恒一「クラスの決め事は守る、ですね。了解です」

怜子「よくできました」

   「……それにしても」ハァ

恒一「はい?」

怜子「公私の別ははっきり付けるとは言ったけど、プライベートで泣き顔見られちゃうとはなあ」

   「……今日のことは忘れてね?」

恒一「じゃあ忘れられるくらいきりっとカッコイイ三神先生を学校では期待してます」

怜子「む、言ったなー、惚れ直すくらい素敵な三神先生を見せてあげちゃうんだからー」エッヘン

恒一(張られた胸が強調されて……!?)

   (これ狙ってやってるんじゃないっていうのがタチ悪いよなあ)

恒一「ふう……それじゃ、今日のところはもう寝ませんか?」

   「怜子さんは明日も早いんででしょう?」

怜子「ん、ありがと」

   「じゃあお言葉に甘えちゃおっかな」

恒一「それじゃあ、おやすみなさい怜子さん」

怜子「おやすみ、恒一くん」スタスタ…

   「あ」クルッ

   「レッドアイ美味しかったよ、それと……」

   「手、握ってくれてありがとうね、落ち着いた」テレッ

   「じゃ、今度こそおやすみー」パタパタ

恒一「……怜子さんの可愛さは反則だよなあ」

~夜、自室~

恒一「さて……寝る前に、と」

   「怜子さんの力になるために出来ること、僕もしなきゃ」

   「今の時間なら父さんも起きてるかな、よし」

prrrrr…prrrrr…prrrrr…prrrrrr…

恒一「む、なかなか出ないな仕事中かな?」

prrrrr…prrrrr…prrrr…prrガチャッ

陽一『はい、もし…し』ザザッ

恒一「あ、父さん?仕事中だった?」

陽一『も…し…けな……雑音が…くてよく聞こえ…い……が』ザザ…ザ…

恒一「あ、ごめん電波悪いみたい、廊下出るね」

――ガラッ ヒタヒタ

恒一「父さん聴こえる?」

陽一『おー恒一か!そっちから電話だなんて初めてじゃないか?』

   『いやーインドはあっついぞー!』

恒一「あはは……」

   「えっと、ヘンなことで電話して悪いんだけど、インドってお守りみたいなものお土産とかで売ってたりする?」

陽一『なんだー?恒一はオカルトマニアにでもなったのか?』

恒一「そういう訳じゃないんだけど、まあちょっとね」ハハ

陽一『まーこっちはマジナイについては本場みたいなもんだからなー』

   『恋愛成就に安産祈願、交通安全なんでもござれだぞー!』ハハハ

恒一「恋愛とかじゃなくって、できれば災厄から身を守れるようなものがいいんだけど」

陽一『ふむ、なにやら事情がありそうだな』

陽一『……で、いくつくらい必要なんだ?とりあえず10個くらいかー?』

恒一「えっと……クラスの人数分とその家族にもだから、100個ほど……」

陽一『商売でも始める気か!あっはっは、まあ良いまかせとけー!』

   『それで、どこに送ればいいんだ?』

恒一「そりゃこっちに居候させてもらってるんだから、父さん実家に決まってるじゃないか」

陽一『あっはっはそうかそうか、いやーインドはあっついぞー!』ブツッ…ツーツー…ツーツー…

恒一「……まあ気休めみたいなものだろうけど、ないよりは……ね」

   「さて、僕もそろそろ寝るかな」ゴソゴソ

   「……この手、さっきまで怜子さんの手を」

   「……」ゴクリ

    ・
    ・
    ・

5月7日
~美術室~

怜子「なんですか、これは」

恒一「あの、レモンを」

怜子「これが?」

恒一「レモンの涙です」

怜子「……?」

恒一「レモンを眺めていたらインスピレーションが、こう……」

   「尖ったようにすっぱいレモン、だけど中身は涙がいっぱい」

   「可愛らしいと思って描いてみたんですけど、どうですか?」

怜子「!」

   「も、もうっ……」

   「昨日のことは忘れてって――」

恒一「なんのことです三神先生?あと公私混同はいけませんよ?」

怜子「むー……」

   「勅使河原くん!あなたは何を描いているの!」ポカッ

勅使河原「り、りんごです」サスリ…

怜子「りんごに手足はないわよ!」ポカッ

勅使河原「ぼ、ぼくにはりんごがこう見えるんですぅ!」グスン

怜子「真面目にやりなさい!」ポカポカッ

望月「へえ、榊原くんもそういう絵描くんだね」

恒一「ああそういえばキミ、美術部なんだっけ三神先生狙いの」

望月「ええっ、ち、違うよお」アセアセ

   「今年から活動再開したから入ってみたんだ」

桜木「榊原くんは部活動やらないんですか?」

恒一「美術部入ろうかなあ」

望月「え……入るの美術部?」

恒一「悪い?」

望月「だってさ……」チラッ

怜子「まったくもうこのクラスは……」プンプン

恒一「……三神先生が気になる?」

望月「そ、そんなこと……なく、はないけど……榊原くんは三神先生のことどう思う?」

恒一「どうって聞かれても困るよなあ」

望月「え、うん……そうだよね、うん」

恒一「けどそんなに聞きたいなら仕方ない、語りだしたらこの授業中には収まりきらないけど良いよね?」

~廊下、移動中~

恒一「――でさあ、家だと髪を束ねてうなじが見えるわけなんだよ」

   「じっくり見ると産毛が生えててさ、想像しただけで惹きこまれない?」

望月「産毛か……そうだね」

   「けどその話も3回目となると流石に食傷気味だよ……」

恒一「キミの三神先生に対する思いはその程度なの?」

   「そう言えばあとは私服姿だとおへそがさ――」

勅使河原「よ、サーカキ!」ポン

      「三神先生の話かあ?だったら俺も混ぜろよ!」

望月「軽い気持ちで話しかけたことをきっと後悔することになるよ……」

勅使河原「……なんだよ、後悔って」

      「もしかしてアレについての話か……?」

恒一「ああ、例のことなら昨晩三神先生から聞いたから安心して」

   「決め事は守るよ、いないものの相手はしない」

勅使河原「そ、そうか」ホッ

望月「もう、昨日はヒヤヒヤしたよ……」

恒一「もうじゃないよ、こっちの方こそちゃんと話してくれなきゃ困る」

   「クラス全体の問題なんだし、怜子さ……三神先生の負担にもなるんだから」

勅使河原「悪かったって、このとぉーり!」オガミッ

恒一「……はぁ、まあ今回は許してあげるよ」クス

勅使河原「そっか、さんきゅー!みんなで一緒に卒業しような!」

恒一「ああ、そうだね」チラッ


見崎「……」ポツーン

~夜、自宅リビング~

怜子「さぁて、プライベートの時間ね?」ニヤリ

恒一「あはは……もしかして美術の時間のこと根に持ってます……?」

怜子「根に持つってほどのことじゃないけどー」

恒一「まあまあ、またカクテル作ってあげますから」

――ガタッ シュワー…トクトクト……

恒一「はい、今日も1日お疲れさま」スッ

怜子「もー、恒一くんは誤魔化すのうまいんだから」クス

   「ありがと、許したげる」

恒一「安心しました」ハハ

怜子「んくっ……んくっ……ぷはぁっ」

恒一「良い飲みっぷりです」

怜子「恒一くんが作ってくれたから美味しくってつい、ねー」フフ

   「そう言えば恒一くん、部活には入らないの?」

恒一「そうですね、そんなことをクライメイトからも言われました」

怜子「美術とかは興味ない?」

恒一「んー、そうですねー」

   (むしろ怜子さんそのものへの興味が止まることをしりません)

怜子「恒一くんはむしろ描くより造形とかに興味があるんだっけ?」

恒一「あ、はい……」

   「実はこれ話すの怜子さんが初めてなんですけど、造形系の大学に進学したいなって」

   「……無謀、でしょうか?」

怜子「んー、まず間違いなく親は反対するわね」

   「けど自分がやりたいことならやってみるのが一番じゃないかな」

   「何事もやる前に諦めちゃうのはカッコ悪いと思うんだー」

恒一「かっこ悪い、ですか」

怜子「うん、大事なことでしょ?自分から見てカッコ良いか悪いかって」ニコ

恒一「……」

   (確かに、何もせずに諦めるなんてかっこ悪い)

   (歳の差や血の繋がりなんてなんだ、自分の気持ちに正直にならなくっちゃ!)

レー「ゲンキダシテ!ゲンキダシテ」

恒一「はい頑張ってみます!」

怜子「うん、その意気その意気」クスクス

5月8日
~放課後、下駄箱~

桜木「榊原くん、これからお帰りですか?」

赤沢「ちょっといい?」





赤沢「そう……生まれたのは夜見山の病院なんだ」

恒一「すぐ東京に戻ったらしいけどね」

赤沢「それから、ずっと東京?」

恒一「そうだよ」

赤沢「帰省で戻ったりは?」

恒一「母さんは僕を生んですぐ死んじゃったから……あんまりかな」

赤沢「そう……」

恒一「そんな質問攻めして、もしかして僕を死者だって疑ってる?」

赤沢「ううんそうじゃない、どこかで会った気がするのよ、どこかで……」

恒一「人違いじゃない?」

赤沢「それも含めてね、確かめたいの」

   「イラつくのよ……」ボソリ

恒一「えっ?」

赤沢「あ、ごめんなさい、あなたのコトじゃないの」

   「はっきりと思い出せない自分の不甲斐なさにね……」

恒一「うん、そもそも最初に病院で僕にちゃんと説明しないあたりほんと不甲斐ないよね」

赤沢「な……っ」

恒一「三神先生の手を煩わせるなんて、それでも対策係なの?」

赤沢「……」ワナワナ

恒一「ちなみにいないもの対策以外になにか対策はしてるの?」

赤沢「……」

   「……いいえ、今のところは」

恒一「あのさ……やる気、あるの?」

赤沢「……」ビクッ

恒一「聞いたところによると赤沢さんは自分から立候補して対策係になったらしいね」

   「みんなやりたがらない厄介な役を自ら買って出るなんて、すごいことだと思う」

   「赤沢さんは偉いなあって、今でも思ってるよ」

   「でもね、やるからには結果もそうだけど、まず努力しなきゃ」

赤沢「……」ジワッ…

恒一「まあ責めてもしょうがないしね、本題に移るよ?」

   「3組のそれはオカルトじみた現象なんだから、対抗するにはやっぱりオカルトが有効だと思うんだ」

   「いないもの対策だって一種のオマジナイみたいなものだと思うしね」

   「それで僕の父さんがインドにいるから、向こうの効きそうなお守りを100個注文してみたんだ」

   「もちろん効くなんて保証はどこにもないけど、やらないで指を咥えてるなんて無能を晒すよりはマシだと思う」

   「1週間以内には届くと思うから、それを対策係の方からクラスのみんなに配ってもらえるかな?」

   「ご家族にも行き渡る量を用意できるはずだから、みんなにはちゃんと家族にも渡すよう言い含めてね」

赤沢「……ぐすん」コクコク

桜木「あ、赤沢さん……話も済んだし今日のところはもう帰りましょう?」ナデナデ

赤沢「うん……かえる……」トボトボ

恒一「じゃあ2人とも、またね」

~夜、自宅リビング~

――ガチャリ

怜子「ただいまー」トテトテ

恒一「おかえりなさい、怜子さん」

怜子「おお、もう冷えたビールとトマトジュースが用意されてるなんて!」ストン

恒一「そろそろ怜子さんの生活リズムも把握できてきました」

怜子「ホント気が利くんだから、良いお嫁さんになれちゃいそうね」クス

恒一「できればお婿さんが良いなあ、なんて」チラッ

怜子「んくっんくっんくっ……ぷはぁっ!」

恒一「……って聞いてないし」ハァ

怜子「それで、学校ではちゃんと心構えは守ってるー?」

恒一「ええ、ばっちりですよ」

   「ただやっぱりちょっと心苦しいですけど……」

怜子「恒一くんは優しいものね、でもクラスのためだから……我慢してね」

恒一「はい、怜子さんを悲しませたくはありませんから」

   「ああ、そういえばそれに関連してのことなんですけど」

怜子「うん」

恒一「効果があるかどうかも分からないんですけどね」

   「せっかく父がインドに行ってるので、向こうの効きそうなお守りをクラス分送ってもらうことにしたんです」

   「オカルトにはオマジナイが効くんじゃないかと思って……迷惑だったでしょうか?」

怜子「迷惑なわけ……っ!」

   「……本当にありがとう、力になろうとしてくれて」

恒一「僕はいつでも怜子さんの味方ですよ」

   「ああ、そうそう」

   「一応対策係の赤沢さんにも話はつけておいたので、そこについては安心してくださいね」

怜子「恒一くんは優しいだけじゃなくって頼りになるなあ」フフ

恒一「まあ、勝手な空回りかもしれないですけどね」ハハ…

怜子「少なくとも、私にとってはすごく頼もしいよ」

――ギュッ

恒一「あ……怜子さん、手……」

怜子「この間のお返し」クス

   「そのうち泣き顔も見せてもらわなきゃね?」フフ

恒一「あぅ……」

5月22日
~放課後、教室~

ザ――…シトシト……

恒一「あーあ……雨、かあ」ボー…

桜木「あれ、榊原くん」トコトコ

   「傘持ってきてないんですか?」

恒一「うん、大丈夫かなと思ったんだけどね」

桜木「んー……それじゃ、一緒に帰りませんか?」

   「私の家は榊原くんの家のさらに向こうだから」

恒一「でも、流石にそれは悪いし」

桜木「ふふ、遠慮しない遠慮しない」

   「お守りをくれたお礼だと思ってください、さあ行きましょうっ」トコトコ

~下校路~

恒一「そういえばさ、修学旅行ってどうなってるの?」

桜木「去年行きましたよー、東京に」

   「大きな遊園地にも行ったしぃ、東京タワーにも登ったしぃ……楽しかったですよー?」

恒一「ああ、東京行ったんだ」

桜木「東京楽しいことがいっぱいでいいですねー」

恒一「そういえば、修学旅行って3年で行くもんじゃないの?」

   (怜子さんとの旅行楽しみにしてたのになあ)

桜木「夜見北は2年の秋って決まってるみたいですよー」

恒一「ああ、3年は……」

桜木「ええ……」


ザ――…シトシト……

~夜、リビング~

――ガララッ

怜子「ふぃー、ただいまぁ……」ポタポタ…

恒一「あ、お帰りなさい」

怜子「あらリビングでくつろいじゃって、来週からテストじゃなかった?」トテトテ

   「なんか余裕ってカンジねー」フフ

恒一「そんなんじゃないですって、はいこれタオル」

怜子「ありがと、もー……やんなっちゃう」ワシワシ

恒一「あはは、怜子さんも傘忘れたクチですか?」

怜子「そうなのよー、天気予報見なきゃダメね」ワシワシ

怜子「そういう恒一くんも傘忘れてったでしょ、大丈夫だった?」ワシワシ

恒一「ええ、僕の方は桜木さんに傘入れてもらえたので濡れずに済みました」

   「けど怜子さんは見事にズブ濡れですね」ハハ…

   「ちょっとお風呂沸かしなおしてくるので待っててください」スクッ


――ガララッ スタスタスタ…


怜子「……相合傘、か」ワシ…

レー「ドーシテレーチャン!」

怜子「ふーん……」

レー「ドーシテー」バサバサ

怜子「……」ポイッ パサ…

5月26日
~教室、テスト中~

――カリカリカリ…カサ…ゴシゴシ…カリカリ……

恒一「……」

   (やっぱり公立の試験は簡単だなあ、もう終わっちゃった)

   (それにしても、いないものは自由だな)

   (机はもぬけのカラ……テスト中でもお構いなしに校内ぶらり旅、か)

――ダダダダッ……

恒一(ん?試験中なのに廊下から走る音……?)

――ガララッ!!

教師「桜木ゆかりさんはいるか!?」ハァハァ

   「お母さんが交通事故に遭われた!今すぐ病院に向かいなさい!」

桜木「……ッ!」ガタッ

恒一「!」

桜木「い、今行きますっ!」ガタタッ

恒一「待って桜木さん!」

桜木「なんですか今はそれどころじゃ……!!」クワッ

恒一「災厄が、始まったのかもしれないんだ!」

桜木「!」ビクッ

恒一「病院へ向かうまでにキミの身にも何があるか分からない、くれぐれも気をつけて」

   「きっとお母さんは大丈夫だよ、僕の渡したお守りは交通安全のご利益もあるんだ」ニコ

   「呼び止めてごめんね」

   「……さあ、桜木さんのいつもの優しい笑顔でお母さんを元気付けに行ってあげるんだ」

桜木「……はいっ!」ダッ


――スタタタタタ……


恒一(問題が起きればそれだけ怜子さんの負担になる)

   (お節介だと思われても良い、口を出さずにはいられないよ)

~夜、自宅リビング~

――ガララ……

怜子「……」トコトコ

   「……」ストン

恒一「……おつかれさま、怜子さん」

   「レッドアイでもまた作りましょうか?」

怜子「……」フルフル

   「今は……」

恒一「……?」

怜子「……今はそばにいて欲しい、かな」

恒一「……うん、わかりました」

怜子「……桜木さんのお母さんは、奇跡的に一命を取り留めたそうよ」

恒一「それはよかったじゃないですか!」

怜子「でも……」

   「たまたま今回は運良く助かっただけで、災厄は始まってしまったのかもしれない」

   「もしそうだとしたら……」フルフル

恒一「怜子さん……」

怜子「また15年前みたいな、姉さんみたいな犠牲者を見るのは嫌よ……」

   「もしかしたら次は恒一くんがと思うと私――」

恒一「怜子さん」ギュッ

怜子「あ……」

   (また手を――)

恒一「僕は死にませんよ」

   「災厄に負けたりなんか絶対にしません」

怜子「でも……」

恒一「そもそも今回の桜木さんお母さんの事故が災厄のせいだと決まったわけじゃありません」

   「逆に災厄のせいだとしたら、死なずに済むこともあるってことじゃないですか」

   「もしかしたら父さんに頼んだインドのお守りが役に立ったのかもしれない」

   「あるいは他に災厄を回避できた要因があるのかもしれない」

   「何にしろ諦めるのはまだ早いですよ」

   「怜子さん、僕と一緒に卒業式を迎えましょう?」

怜子「恒一くん……」キュッ

6月2日
~病院ロビー~

水野姉「榊原くん」トコトコ

恒一「あ、どうも」

水野姉「大丈夫?胸の具合」ニコ

恒一「ええ、なんとか」

水野姉「うん、元気そうでなによりだよ、ホラー少年」フフ

     「これから診察?」

恒一「はい」コクリ

水野姉「そっか、それじゃお大事にね」

恒一「はい、それでは」

~病室~

医者「普通に学校に行く分には問題なし」

   「あ、ただ激しい運動はまだ禁止ですよぉ?」

   「若いから抑え切れんものがあるでしょうが、ね」クイクイ

   「夜のお楽しみはしばらくお預けです、はっはっは」

恒一「はははこのジジイ」

医者「じゃ、あと1ヶ月様子を見ましょうか」

恒一「はい、ありがとうございました」

ガララ――ピシャ

恒一(夜のお楽しみ、か)

   (怜子さんはそういう経験、あるのかなあ)

   「……」ハァ

   「少し早いけど帰ろう……」

~帰路、工務店前~

テクテクテク……

恒一「でっかいガラスだなあ」チラッ

テクテクテク……

  ・
  ・
  ・
  ・
  ・

トコトコトコ……

綾野「ふんふんふーん」ルンルン

   「ばっくれって気持ちイイー」

   「誰か他にサボってる子いれば一緒に遊べるのになあ」

   「ま、いーや!1人気ままにれっつらごーっと」ルンルン

トコトコトコ……


……――ビュオオオオオオオオオ!!!!


綾野「きゃっ」


――ガシャン!!


綾野「?」クルッ

   「ありゃ……さっき通り過ぎたばっかのガラスがなんか割れてる」

   「え?……アタシのせいじゃないよね?」アワワ


スタコラサッサ――…

~昼間、自宅リビング~

――ガララ

恒一「ただいまー」

民江「あらあら、お帰りなさい」

   「具合はどう?先生はなんて?もう大丈夫そうなのかしら?」

恒一「ははは、そんないっぺんに聞かれても」

   「もう大丈夫そうだけど、一応1ヶ月後にもう1度検査だってさ」

民江「そうなの、それは安心したわぁ」

   「検査で疲れたでしょうし今日はもうのんびり過ごしなさいな」

   「今お茶とおはぎ持ってくるわね」フフ

トタトタトタ……

恒一「そんな気を使わなくても大丈夫なのに」ハハ…

レー「ゲンキダシテ!オハヨウゲンキダシテ!」

恒一「だから元気だって」

   「……ま、怜子さんの夜の経験を考えた時はちょっとへこんだけどさ」

民江「なにがへこんだの?」ヒョコ

恒一「わあ!?」

   「な、なんでもないよ!あーおはぎ楽しみだなあ!」アセアセ

民江「ふふ、ずんだ小豆のおはぎだから美味しいわよー」

~夜、自宅リビング~

――ガララ

怜子「ただいまー」トテトテ

恒一「お帰りなさい怜子さん」

怜子「なんだかもうすっかり恒一くんのお帰りなさいが習慣になっちゃったわね」クス

恒一「なんだったらこれからもずっと、お爺ちゃんになってもお帰りなさい言い続けますよ?」

怜子「んーそのセリフは50点、かな」ストン

恒一「む……さすが教師、採点が厳しいですね」

怜子「だってお帰りなさいを言うってことは、私よりいつも先に帰ってるってことでしょう?」

恒一「なるほど……」

怜子「そのうち私がお帰りなさいを言える日がくるのかなー?」クスクス

恒一「そこは将来のお楽しみ、ということで」

恒一「それにしても」

怜子「うん?」

恒一「あれから何も起こりませんね」

   「桜木さんのお母さんも順調に快復されてるそうですし」

   「やっぱり杞憂だったんでしょうか」

怜子「……そうだと良いんだけどね」

   「けど、油断はしちゃいけないと思う」

   「気を抜かないようにしようね」

恒一「はい、お互い気をつけましょう」

怜子「……」

恒一「……怜子さん?」

怜子「夜ってさ」

恒一「はい?」

怜子「1人で布団に入ってると、なんだか不安になるときない?」

   「最近は特に、なんか天井の隅っことかが気になったりとか」

恒一「あーありますね、フスマの向こう側とか押入れの中とか」

   「ベッドの下の都市伝説、なんてのもありますし」

   「幸いうちは敷布団ですけど」ハハ

怜子「……じゃあさ」

恒一「はい?」

怜子「一緒に寝たら怖くないかな?」

恒一「」

恒一「え……と」

怜子「……」

恒一「そ、の……」

怜子「……なーんてね!」

恒一「はい……?」

怜子「冗談冗談!」クスクス

   「本気にしちゃってウブなんだからー」ツンツン

恒一「……突っつくのやめてください」ムス

   「もう、寝ますっ!」スクッ

――ガララ…ピシャッ!

怜子「はあ……土壇場で怖気づくなんて、私のばか……」

レー「レーチャンゲンキダシテ!」バサバサ

6月3日
~昼、病院~

水野姉「さーて、休憩時間もそろそろ終わりかあ」

    「んー……」ノビノビ

    「特にすることも無かったから給湯室で本読みふけっちゃった」

    「続きが気になるけど、そろそろ戻ろーっと」ガタッ


トコトコトコ…ガチャ


――ドゴォォォォォォォォン!!!!


水野姉「な、なに!?」ビクッ

6月4日
~昼休み、教室~

水野「いやー、マジやばかったって」

   「これもやっぱり災厄、なのかな……」

赤沢「その可能性は充分に考えられるわね」

   「今までの傾向からいって、対象になるのはクラスの人間の2親等以内だから……」

   「水野くんのお姉さんが今回ターゲットになった、というのはあり得る話よ」

勅使河原「けど水野の姉ちゃんの働いてる病院で事故があっただけで、誰も怪我すらしてねーんだろ?」

赤沢「そこなのよね……」

水野「アネキとは普段からあんまクチ聞いてなかったしな」

   「クラスの決め事通りに災厄についてなんも話さなかったのが良かったのかも」

杉浦「災厄のことを知ると死に近づく、か……」

赤沢「そうと決め付けるのは早計よ……情報があまりにも少なすぎるわ」

   「けどこれはもう、対策を練り直さないといけないかもしれないわね」

恒一(へー水野さん、危なかったのか……)ボー…

――ツカツカ…ツカ

赤沢「恒一くん」

恒一「ん?なあに?」

赤沢「恒一くんは事情をすべて三神先生から聞いているのよね?」

恒一「ああ、登校日初日に帰ってから聞かされたよ」

赤沢「いないもの対策についても?」

恒一「もちろん」

赤沢「……ああそうよね、あの時さんざん意見してくれたものね」プルプル

   「けど、そういうことなら話が早くて助かるわ」

恒一「?」

赤沢「恒一くん、あなたには明日からもう1人のいないものになってもらうわ!」

恒一「え……?」

赤沢「今のところ人死は出ていないものの、災厄が原因と見られる事故が相次いでいる」

   「これは対策係として看過できないわ」

恒一「それと僕をいないものにするのにどういう関係が?」

赤沢「あなたは登校日初日に1度、いないものと会話をしてしまっている」

恒一「あ……」

赤沢「今までの事故もそれが原因で引き起こされたものなのかもしれない」

恒一「……」

赤沢「いないものと接触してしまったあなたもいないものにしてしまえば……」

   「ほら、おまじないとして辻褄が一応は合うでしょう?」

   「それにいないものが2倍、単純に考えても効果が高まる可能性もある」

   「クラスのためなの、ごめんなさい……別に私怨とかじゃないのよ?本当よ?」

   「とにかく、明日からあなたはいないものになってもらうわ」

~夜、自宅リビング~

――ガララッ

怜子「……」

恒一「……おかえりなさい、怜子さん」

怜子「……ごめんなさい」

   「私の力じゃどうすることもできなかった……」

恒一「いいんですよ」

   「クラスのためです」

   「何より、怜子さんのためなんですから」ニコ

怜子「恒一くん……」

恒一「公私の別をつける、って言ってましたけど」

   「家でもやっぱり怜子さんにとってはいないものでいた方がいいんでしょうか?」

怜子「……そうね」

   「本来ならクラス内だけの決まりごとで、家に帰ったら普通に生活をして構わないのだけれど……」

   「いないものの家族がクラス関係者なんてこと、今までになかったから……」

恒一「わかりました」

   「念には念を、危ない橋を渡るのはやめておきましょう」

   「ただ……」

怜子「……なに?」

恒一「いないものは明日から、ですよね?」

   「だから――」

――ギュ


怜子「あ……」

   (抱きしめられ――)

恒一「今日は、こうさせてください」

怜子「こういち、くん……」

恒一「……」

怜子「……」

恒一「……良い匂い、しますね」

怜子「……もう、ばか」キュッ

6月5日
~朝、教室~

キーンコーンカーンコーン……

久保寺「良くない出来事が続きますが、挫けず、諦めず」

    「みんなで力を合わせて切り抜けましょう」

    「みなさんくれぐれもクラスの決め事は守るように」

    「三神先生も難しい立場でありながら『できるだけのことを』と言ってくださいました」

    「ですから、よろしいですか?」

恒一(今日からいないもの、か)

   (廊下で怜子さんとすれ違ったとき、目も合わせられないのがつらかったな……)

   (まあこれで怜子さんの安全も保証されるんなら、甘んじてこの役を引き受けよう)グッ

~夜、ダイニング~

恒一「ごちそうさま」カチャ…

民江「はいよ、おそまつさま」フフ

恒一「じゃあ僕は部屋に戻るから」

民江「あれ?今日は怜子のこと待たないのかい?珍しいねぇ」

恒一「あはは、たまにはそういう日だってあるよ」ポリポリ

   (今顔を合わせてもつらいだけだから、ね……)

民江「それじゃ、おやすみ」

恒一「うん、おやすみなさい」

レー「ゲンキダシテ!レーチャンオハヨウ!」バサバサ

恒一(……うん、頑張ろう!)

6月6日
~授業中、教室~

久保寺「噂が一人歩きする」

    「これは本来人間でないものが人間であるかのように――」

見崎「……」ガタッ


トコトコトコ……


久保寺「これを擬人法と言い――」


ガララ――…ピシャッ


恒一(見崎は堂々としてるなあ)

   (いないものってのに慣れてるから、かな)

恒一(……それにしてもいないものは何しても自由、か)

   (この状況を逆に利用して、怜子さんにあんなことやこんなことを――)

      ・
      ・
      ・

恒一「怜子さんの白いキャンバス、とっても綺麗ですよ」フフフ

怜子「……っ」

恒一「さあ、僕の筆でなぞってあげますね」

   「けどなぞるのは、キャンバスじゃなくってその桃色のクレバスです」

怜子「……んっ」ビクン

恒一「あれえ?いないものにこんなコトされて感じてるんですか?」

   「これはとんだイケナイ女美術教師ですね」クスクス

   「――さあ、僕の白いアクリルガッシュを受け止めてください!」

    ・
    ・
    ・

望月「……」ジトー…

恒一「」ハッ

   (なんてことを考えているんだ僕は)フルフル

   (あくまでも僕は怜子さんという人間そのものが好きなんだ)

   (ただ肉欲をぶつけたいだけのムンクかぶれのショタとは違う)

   (ヘンな妄想をしてしまったのは禁断症状みたいなものだ、きっとそうだ)

   (たったの1日だけだっていうのにもう怜子さんが恋しいよ)

   (声が聞きたい、笑いかけて欲しい、その手に触れたい)

   (怜子さん……)

~夜、自宅自室~

――……ガララッ タダイマー スタスタ……

恒一「はぁ……」ゴロン

   (玄関の方から怜子さんが帰ってきた気配がする)

   (ほんの数日前まではリビングで待って、カクテルを作ってあげたりしてたのにな)

   (美味しいって褒めてくれたあの笑顔が懐かしい)

   (……こんな生活が卒業まで続くんだろうか)

   (怜子さんと目も合わせることもできず、ずっと――)

   (けど、耐えなきゃいけない)

   (クラスのみんな、怜子さんの命もかかっているのだから)

   (耐えよう、ただひたすら怜子さんのために――……)

       ・
       ・
       ・

   (そうしてひと月と少しが経った)

7月13日
~朝、教室~

――ガララッ!!

久保寺「……」ユラリ

恒一(? なんだか様子が……)

ツカ…ツカ…ツカ…――ドサッ!

恒一(教卓に放り出して……なんだ、あの重そうなバッグ?)

久保寺「……」

    「みなさん……おはようございます」ハァハァ

    「今日はわたし、皆さんに謝らなければなりません」ハァハァ

    「この場でぇ……どうしても私はぁ……」ハァハァ

    「来年の3月にはみんな元気に卒業できるようにぃ……」

    「そう思って……私も精一杯頑張ってきたつもりですがぁ……」ハァハァ

ザワザワ……

久保寺「この後のことはもう皆さんの問題です……」

    「一旦始まってしまった以上、どうあがいても無駄なのか、あるいは……」

    「私にはわかりません、分からない、わかるはずがないぃ……」

    「というか、もはやそんな話はどうでもいいというか……」

    「……」ブツブツ

    「……ッ!」

    「……ぎぃいいああああああああええええええ!!!!!」


――ジャキン!


恒一(包丁!?)

~教室~

久保寺「ヴォエエエエエエエエアアアアアアア!!!」ブンブン!!

    「ぐ、ぬぅううふうううううう……っ!!!」


――プルプル…


恒一(包丁を自分自身の首元に突きつけて……!)

綾野「ひぃ……っ」ビクッ

風見「あ……あぁ……っ!」

恒一(さっきのセリフ……自殺する気か!)

久保寺「ぬ、ぬぅ……ぐぉおおおおおおお!!!!」プルプル


ヒュン――……

恒一「――…るな」ガタッ

久保寺「……ぬお?」ピタ

恒一「ふざけるな……」ユラリ

ツカツカツカ…ッ!

久保寺「ぬ、ぬおお?」

恒一「……ふざっけるなぁあああああああああ!!!!!」ブンッ!!


――ドゴォオオオオオ!!!!


久保寺「ヴぉおえっ!?」ボコォ!!


――カラン…

恒一「この1ヶ月、僕が今日までどんな思いでいないものに耐えてきたと思ってるんだ!」

   「あぁ!?答えてみろよこのモヤシメガネ!!」

   「大好きな怜子さんと口を利けないどころか目も合わせられず!」

   「夜中こっそり使用済みバスタオルを嗅ぐしかなかった僕の気持ちが分かるか!」

久保寺「ひぐぅ……」ビクンビクン

恒一「クラスのため引いてはアンタのためを思ってまあぶっちゃけ全部怜子さんのためを思ってだけど」

   「とにかく僕はひたすら我慢してきたんだ、尽くしてきたんだ!」

   「それなのに後は皆さんの問題ですぅ?精一杯頑張ってきましたぁ?」

   「甘ったれんな!!」

   「アンタが死んだら怜子さんの迷惑になるんだよ死ぬ気で生きろ!!!!」

久保寺「は、はひぃ……」ピクピク

恒一(その後騒ぎを聞きつけた千曳先生により、久保寺先生は連れていかれた)

   (どうやら母親の介護疲れに3組の問題が重なっての心労からくる一種のパニックだったらしい)

   (しばらく災厄がらみと見られる事件がなかったのにこのような事態になってしまったのは)

   (彼の錯乱状態そのものが災厄によって引き起こされたものからである可能性が高いそうだ)

   (学校側は今回の件が事件として大袈裟になることを恐れ)

   (久保寺先生を無期限長期療養ということで彼を担任から外し)

   (代わりに怜子さんを臨時担任とすることを決めた)

   (また状況が状況だけに僕の教師への暴行もおとがめなし)

   (しかも彼が事件を起こしたおかげでいないものを2人に増やしても無意味だったことが明らかとなり)

   (いないもの対策は解除され僕はようやく通常の学校生活を取り戻せたのである)

~夜、自宅リビング~

――ガララッ パタパタパタ…!

怜子「……っ」

恒一「おかえりなさい怜子さん」

   「いや、ただいま……かな?」ニコ

怜子「恒一くん……」ガバッ


――ギュ…


恒一「はは、怜子さんの方から抱きついてくれるなんて初めてですね」

怜子「もう、ほんとに心配したんだから……」

恒一「ああ、久保寺先生の事件のことですか?」

   「なんかこの1ヶ月間の鬱憤を彼にぶつけちゃったみたいで悪いことしちゃいました」ハハ…

怜子「この1ヶ月間、本当にお疲れさま……」

恒一「まあ、ちょっと堪えましたけどね」

   「けどじっくり怜子さんの横顔を観察できる良い機会でもありました」

怜子「もう……」ベシッ

恒一「ははは」

怜子「……でも」

恒一「?」

怜子「私は……」

恒一「……なんですか?」

怜子「私は、その……恒一くんの顔を全然見られなくって、寂しかったな……」

恒一「怜子さん……」

怜子「ねえ、顔よく見せて……?」

恒一「ええ、構いませんよ」

怜子「……」スッ

恒一「そんな両手で顔包まれて見つめられると……なんというか、どきどきしますね」

怜子「……」ジ…

恒一「え、と……その……」テレ

怜子「……あの、さ」

恒一「は、はい?」

怜子「……もっとどきどきすること、する?」

恒一「え、それ、どういう……」

   「……」ゴクリ…

怜子「目、閉じて……?」

恒一「は、はい……」

怜子「恒一くん……」スッ…

恒一「あ……怜子、さ――

レー「オハヨウ!レーチャンオハヨウ!」バッサバッサ!!

恒一「」ビクッ

怜子「」ビクッ

レー「」バッサバッサ

恒一「……」

怜子「……」

恒一「……」

怜子「……ふふ」

恒一「あはは」

怜子「あーもう、この鳥キライ!」クスクス

恒一「僕もちょっと嫌いになりそうです」ハハ

怜子「ふふ、もう今日は寝よっか」

恒一「そうですね」

怜子「恒一くん、また明日からよろしくね」

恒一「はい、こちらこそよろしくお願いします」

7月17日
~夜、自宅リビング~

――ガララ トテトテトテ

怜子「だだいま、恒一くん」

恒一「お帰りなさい怜子さん」

怜子「今朝のホームルームは急な話で驚いたでしょ?」

恒一「ええ、まあ……」

   「けどあえてこの時期に合宿を行う、というのは災厄になにか関係してるんですよね?」

怜子「さすが恒一くんね、するどい」

   「千曳先生から聞いた話なんだけど、今までに災厄が止まったのは15年前の1度だけらしくって」

   「それでその年には8日から10日にかけて合宿に行って、そこでお参りをしてるの」

   「だから今年も同じことをすればもしかしたらって」

恒一「災厄が止まった……?」

   「ということはもしかして、その合宿で松永さんが……」

怜子「え?松永って、もしかしてあのマツ?どういうこと?」

恒一「実は僕も今日、災厄を止める手がかりになるかもしれない情報を手に入れたんです」

   「長くなるので詳しいいきさつは省きますが……」

   「とあるツテからの情報で、怜子さんの元同級生の松永さんが災厄を止める手がかりをどこかに隠した、と」

   「しかも松永さん本人が実際にその方法で災厄を止めているらしいんです」

   「そこで彼に詳しい話を伺いに行きたいと思ったのですが……」

   「怜子さんは松永さんの現住所とか知ってますか?」

怜子「ええ、もちろん」

   「それじゃ私からマツに話をつけておくね、話を聞くときは私も行くから」

恒一「それじゃあ、よろしくお願いします」

怜子「ちなみに何人で行くの?」

   「あんまり大勢で押しかけても向こうの迷惑になっちゃうから……」

恒一「ああ、その点は大丈夫です」

   「車での移動なんて危険度が段違いですし、生半可な気持ちで来ようとしてる人には釘を刺しておきました」

   「たぶん対策係の赤沢さんと僕、それに怜子さんの3人で行くことになると思います」

怜子「そう、それなら大丈夫そうかな」

   「マツにもそう伝えておくね」

恒一「……」

怜子「……恒一くん?どうかした?」

恒一「いや、なんというか、親しげな呼び方だなあと思いまして」

   「その、もしかして付き合ってた、とか……?」

怜子「ぷっ」

恒一「な、なんで笑うんですかー!」

怜子「いやーマツとだなんてあり得ないもん」ケラケラ

   「それに……」

恒一「なんですか?」

怜子「嫉妬してる恒一くんが可愛いなーって」クス

恒一「……」

   「えいっ」プス

怜子「きゃっ、ちょ、ごめん悪かったから!」ビクッ

恒一「……」グリグリ

怜子「お、オヘソに指つっこむのは……んっ」ビクンビクン

恒一「反省しましたか?」

怜子「はい、ごめんなさい……」ハァハァ

恒一「男に可愛いだなんて言っちゃダメですよ」

怜子「だってぇ……」ハァハァ

恒一「む」

怜子「はーい……」

恒一「さて、良い時間になってきましたしそろそろ寝ましょうか」

怜子「うんそうだね、それじゃおやすみ」

恒一「また明日」

7月19日
~早朝、中尾家~


――ドッシーン!!


中尾「ぐはぁ!?」

中尾母「ちょっとアンタ大丈夫!?」

    「ほんとにもー、トロくさいんだから」

中尾「うっせーなー」サスリサスリ

中尾母「あらアンタ頭ぶつけたの?」

    「この前みのさんが頭ぶつけるのは一見大丈夫そうでもマズイことがあるって言ってたわよ」

    「アンタ今日どうせ暇でしょ、そのまま病院行ってらっしゃいな」

中尾「はあ……オレも海行きたかったなあ……」トボトボ

同日
~狭波町リゾートホテル~

怜子「マツったら急な出迎えが入っちゃったらしくて、しばらく会えそうにないみたい」

恒一「そうなんですか……困りましたね」

赤沢「うーん、そしたら海にでも行って時間つぶすのはどうかしら?」

   「せっかくここまで来たんだし、夜見北の外だから災厄の力も及ばないわ」

怜子「確かに魅力的な提案なんだけど……水着とか持ってきてないし……」

恒一「ふふふ、こんなこともあろうかと水着は持ってきてあります」

   「もちろん怜子さんの分もです!」

怜子「さっすが恒一くん、ほんとに頼りになるなあ」

赤沢(覚悟のない奴は来るなとか言って勅使河原たちを置いてきたクセに……)

   (ていうかさらっと流してるけどその水着、三神先生のタンスを漁ったってことでしょ……)

恒一「さあ、大海原へ漕ぎ出そう!」

赤沢(まあ、恒一くんと海なんて絶好の機会)

   (最初はいけ好かないヤツだと思ってたけど、対策にかける手腕には脱帽せざるを得ないわ)

   (一目置いてあげても良いくらいには、ね)

   (それにあんなに真っ直ぐに意見をぶつけてくれる人なんて初めてだったし……)

   (というわけで)

   (これを機に恒一くんとの関係も対策しちゃうんだから!)

   (……って思ったのに)


怜子「もーくすぐったいって恒一くんったら」キャッキャ

恒一「じっとしててください、オイルがうまく塗れないじゃないですか」フフフ

怜子「だってぇー」クスクス

イチャイチャ
ヤイノヤイノ


赤沢「」

赤沢「あほらし……」

   「もうシートの上でのんびり過ごすことにするわ」ハァ

   「どっこいしょ……っと」

   「海が……綺麗ね……」フッ


――ザッ…ザッ…ザッ…


赤沢(ん?足音……?)クルッ

松永「――れ、れいこ……」ワナワナ

赤沢(怜子……三神先生を知ってるってことは、この人が松永さん?)

   「あ、あの……」

松永「お、俺が……俺がみんなを救ったんだ……」ワナワナ

   「怜子も……だから俺がヒーローなんだ……」ワナワナ

赤沢(この人もしかして三神先生のことが……)

キャッキャッ
モウ コウイチクンッタラ ウフフ
アハハ レイコサーン

赤沢(ああ、折角昔の想い人に呼び出されてウキウキして会いに行ったのに)

   (そこにいきなりこの光景を見せつけられたらさぞかしショックでしょうね……)

松永「俺は……俺が……やったんだ……」ブルブル

   「だから残したんだ……教室に……なのに……」ガタガタ

赤沢(教室?これは重要なキーワードね……)

~夕暮れの砂浜~

恒一「ふぅ、楽しかった……赤沢さんも泳げば良かったのに」

赤沢「」イラッ

   「……あなたたちが遊び惚けてる間に松永さんから話は聞いておいたわ」

   「ほとんど何も覚えてなかったみたいだけど、一瞬錯乱状態に陥った彼から気になる言葉が聞けたの」

   「教室に何かを残した、そうよ」

恒一「さすが赤沢さん、僕は赤沢さんが有能な対策係だって常々思ってたんだよ」

赤沢「ゆ、有能だなんて……そんな……」キュン

恒一「それじゃ帰りましょうか怜子さん」スタスタ

怜子「そうね、まずは更衣室に行かなきゃ」トテトテ

赤沢「そ、そんなことで誤魔化されないんだから……」モジモジ

   「でもまあ?今回は素直にその言葉、受け取って……」テレテレ

   「……あれ?」

   「2人はどこ?」キョロキョロ

7月25日
~イノヤ~

ガチャ――カララン…

赤沢「こっちよ」

恒一「待たせてごめんね、もう2人とも来てたんだ」ストン

杉浦「大丈夫、こっちもさっき着いたところだから」

   「むしろこんな大事な話に同席させてくれてありがとう」

恒一「杉浦さんも対策係だからね、耳に入れないわけにはいかないと思って」

赤沢「まあ当然ね」

   「けどここで話して大丈夫なの?智香さんに聞かれたら……」

恒一「自分の弟をわざわざ危険に飛び込ませたい姉なんていると思う?」

杉浦「なるほど……ある意味いちばん安心して話せる場所ねここは」

恒一「そういうわけで、さっそく本題に移ろう」

   「この間赤沢さんが松永さんから聞きだした情報は――」

赤沢「『教室に何かを残した』よ」ドヤァ

杉浦「ここで言う教室って言うのはもちろん当時彼が使っていたものよね」フム

恒一「うん、旧校舎の3年3組だと考えてまず間違いないと思う」

赤沢「そうと分かれば合宿前にはそれを探しに行きましょう」

杉浦「そうね、上手くいけばそもそも合宿に行く必要がなくなるかもしれない」

恒一(そうだねそれが一番だと思う)

   「僕は怜子さんとお泊り行きたいから合宿は中止にならないで欲しいなあ」

杉浦「榊原くん逆よ逆」

~夜、自宅リビング~

怜子「そう……今度旧校舎に……」

恒一「はい、良い報告期待しててくださいね」

怜子「本当は私も一緒に行けるといいんだけど……」

恒一「教師の怜子さんが生徒引き連れて立ち入り禁止の旧校舎になんて入っちゃいけませんよ」ハハ

   「ここは僕たちに任せておいてください」

怜子「うん……」

   「一緒に行くのは対策係の子たちだっけ?」

恒一「はい、赤沢さんと杉浦さんです」

怜子「勅使河原くんとか望月くんあたりは誘わなかったの?」

恒一「ええ、なんとなく現象について深く知るほど近づくほど危険な気がして……」

   「それで対策係以外にはまだ秘密にしておこうってことになったんです」

怜子「ふぅん……」

恒一「怜子さん?」

怜子「べっつにー」

恒一「その顔は何かある顔でしょう」

怜子「……笑わない?」

恒一「ええ、笑いません」

怜子「……その、ね」

   「一緒に行くの女の子だけなんだーって思って……」

恒一「……」

怜子「それで……その……ね?」

怜子「……いい歳したオトナがこんなことでヤキモチとか笑っちゃうよね」エヘヘ…

恒一「怜子さんっ!」ガバッ

怜子「きゃあ!?」

恒一「怜子さんは可愛いですねほんと」ギュー

怜子「もう、そうやってオトナをからかって……」

恒一「本気で言ってるんですよ、怜子さんは可愛いです」ナデナデ

怜子「はぅ……」クテン

恒一「僕には怜子さんだけですから、安心して家で待っててくださいね」

怜子「……うん」

7月31日
~学校校門~

綾野「あれ?イズミにタカコにこういっちゃんじゃん」

   「なにその組み合わせめっずらしー、両手に花だね!」ケラケラ

小椋「……えと、対策係が2人一緒ってコトはもしかして?」

赤沢「由美は鋭いわね……ええ、そうよ」

   「根本的な対策法が見つかるかもしれない」

   「ただ詳しいことはまだ話せないし一緒に連れていくことは出来ないけど、そこは分かってね」

小椋「うん、良い報告待ってるコトにする」

綾野「じゃーみんな、また合宿でね!」


トコトコトコ――…

杉浦「2人も行ったし、雨が降り出さないうちにさっさと旧校舎入っちゃいま――

見崎「話は聞かせてもらったわ」ドヤァ

赤沢「なっ、いつの間に……」

見崎「こんな入り口で立ち話してたら嫌でも目に付くでしょう」

赤沢「ぐぬぬ」

見崎「他言したりはしない、約束する」

   「私も一緒に行って構わない?」

杉浦「……どうする?」

恒一「はあ……仕方ない」

~旧3年3組~

見崎「……見つけた」

恒一「これは……」

赤沢「カセットテープ?」

杉浦「みたいね」

赤沢「放送室なら機材があるはずよ、行きましょう」
  ・
  ・
  ・
~放送室~

恒一「勝手に使っていいのかなあ」

赤沢「緊急事態よ、見つからなければ問題ないわ」

見崎「レコーダー見つけた」

恒一「それじゃあ聴いてみるとしようか」


カチッ…キュルキュル……ザ…ザ……

松永『……えっと、オレの、オレの名前は……松永克己……』ザザザ…

恒一「!」

赤沢「ビンゴね!」

杉浦「しっ、静かに」

赤沢「……」ショボン

松永『オレがこんなテープを残そうと決めたのには、ふたつの意味があるんだ……』

   『一つはオレの……オレ自身の罪の告白……』

   『もう一つの意味は……後輩であるキミたちに、アドバイスを伝えたい……』
   ・
   ・
   ・
松永『肝心なのはその後だ……それは……それっていうのは……』

一同「……」ゴクリ

同日同刻
~小椋家、兄自室~

小椋兄「……」カチカチ

    「妹がオカルトに突如目覚めた件について、と」カタカタ、ターン

    「ふぅ」


ザ――――…シトシト……


小椋兄「はぁ……こんなお守り押し付けやがって、きょーびオカルト少女なんて流行んねーっつーの」

    「普段バカ兄貴、とか言ってるくせにさ」

    「……この家でオレにぶつかって向き合って、心配までしてくれるのは由美くらいかもな」

    「……そういやアイツ、傘忘れてったんだっけ」

    「ま、たまには良い兄貴してやるか」スクッ


スタスタスタ ガチャ―――ドォォォォォォォォン!!!!


小椋兄「な、なんだあ!?って今出てきたばかりの俺の部屋がああああ!?」

小椋「あ、あにきぃいいいいいいいいいいいいい!!」

~夜、自宅リビング~

怜子「――えぇっ!?」

   「赤沢さんがテープ引きちぎったぁ!?」

恒一「ワザとじゃないんだけどね……」

   「巡回の先生の足音が聞こえて、それで焦ってテープ引き抜いたら……」

怜子「はぁ……もー頭イタイ……」

恒一「あはは、安心してください」ナデナデ

怜子「んー……?」クテン

恒一「なんと杉浦さんが直せるらしくって、合宿に持って来るように頼んであるんです」

怜子「なんだ、そうだったんだ」ホッ

   「じゃあ、合宿当日を待つのみだね」

恒一「うん、それまではのんびり過ごしましょうね」ナデナデ

8月8日
~昼、合宿所ゲート~

赤沢「多佳子、テープは?」コソリ

杉浦「持ってきたわよ」コソリ

赤沢「もう聴いてみた……?」コソリ

杉浦「ううん、泉美と一緒に聴こうと思って」フルフル

恒一(結局今年は今のところ1人も死人は出ていない)

   (けど先日小椋の家にショベルカーが突っ込んだ1件がクラスに動揺を与えたみたいだ)

   (次は死人が出るかもしれない、もしかしたらそれが自分かも――)

   (藁にもすがる思いなのかな、合宿の欠席者は1人もいなかった)


カナカナカナカナ――……

望月「みんな、写真撮ろうよ」

   「せっかく中学最後の合宿なんだから、記念に、ね!」


スタスタスタ……

  トコトコトコ……


望月「そうそう、先生も入ってくださいねー」

   「はい、撮りますよー」

   「……榊原くんと三神先生、もうちょっと離れてください」


――カシャ!

勅使河原「望月、お前も入れ!撮ってやるよ」ヘヘ


タタタ……


勅使河原「撮るぞぉー?」

      「おい望月、千曳先生にもっと寄れよー」

      「サカキと三神先生は近すぎだ」

      「風見は……どうでもいい」

      「はい、チーズ!」


――カシャ!

~合宿所エントランス~

怜子「明日はみんなで神社にお参りをして、クラスの無事を祈りましょう」

一同「「はいっ」」

恒一(ああ、テープ聴けば解決法が分かるって知ってるのは僕と怜子さんと対策係だけだもんな)

   (一応建前はそういうことだったんだっけ)

   「……それにしても立派な合宿所ですね?」

千曳「地元の企業が使っていた保養所を寄付してくれてね」

   「正直な所、学校では持て余しているようだがね」

管理人「あらあら、ようこそいらっしゃいました!」ニコニコ

怜子「高林くんのお祖母さんですよね、これから3日間よろしくおねがいします」ペコリ

管理人「はいこちらこそ!」ニコニコ

~合宿所、怜子の客室~

――ガチャリ

怜子「……一応鍵はかけたわ」

赤沢「それじゃあ、再生するわね……」

杉浦「……」コクリ

見崎「……」

恒一「……ああ、はじめてくれ」

カチリ…キュルルル…キュル……

  ・
  ・
  ・

松永『――死者を死に還すんだ』

   『それが始まってしまった災厄を止める方法だ』カチッ…

恒一「死者を死に……って」

赤沢「それってつまり……」

見崎「殺せ、ってことだね」

怜子「……っ」

杉浦「けどこれ、信用できるの?」

恒一「……死者の名前が改竄されて分からなくなってた」

   「それが、本物の証拠だと思う」

一同「……」

怜子「死者を見分けるにはどうしたら……」

赤沢「見分ける方法は今までのところ発見されていないわ」

   「本人にすら自覚がない……それが死者ですから」

杉浦「……この合宿に来てるはずよね、もう1人」

   「全員が参加してるんだから、かならず死者がいる……」

赤沢「あとは見分ける方法さえ分かれば……」

怜子「ちょっと待って、見つけてどうする気なの?」

   「クラスメイトなのよ、そんな、手をかける気なの……?」

赤沢「それは……」

杉浦「……」

恒一「僕は――」

見崎「まって」

見崎「死者の見分け方が分かるまで、この件で話し合うのは不毛だと思う」

赤沢「そう、ね」

   「まずはそちらから知恵を絞りましょう」

   「悩むのはそれからでも間に合うわ」

杉浦「確かにそうね」

怜子「……千曳先生と引率者同士の話し合いがあるからそろそろ行くわ」

   「鍵はそのままで構わないから」

   「それじゃみんな、夕食でね」

――バタン

恒一「……」

~夕食後、合宿所食堂~

恒一(豪華な料理だったけど、結局味がわからなかった)

   (死者を死に還せ、か)

   (みんなは躊躇っていたみたいだけど)

   (僕は、怜子さんのためならクラスメイトだって殺してみせる)

   (じゃなきゃいつ災厄が愛する人に降りかかるか分からないんだ)

   (怜子さんを失いたくない)

   (そんな思いが一種の強迫観念みたいに僕を攻め立ててくる)

見崎「榊原くん、ちょっと良い?」

恒一「なんだ、見崎か……どうしたの?」

見崎「耳、貸して」チョイチョイ

   「……死者の見分け方、分かるって言ったらどうする?」コソリ

恒一「!」

見崎「もし知りたかったら、誰にも見られないように消灯後私の部屋にきて」

   「そこで今まで黙ってたことも含めて、教えてあげる」

恒一「……」


怜子「……」

~食後自由時間、怜子の客室~

――コンコン

恒一『――三神先生、僕です』

怜子「……」

恒一『――もしもし、三神先生?』

怜子「……三神先生はお留守でーす」

恒一『――ちょ、いるじゃないですか開けてくださいよ』

怜子「こちらは他の女の子の部屋に行く前のついでに立ち寄るような、軽いお部屋じゃございませーん」

   「お部屋をお間違えではないでしょーか、どうぞお引取りくださいー」

恒一『――あ……ちょ、それは誤解ですってー!』

怜子「……」

恒一『――怜子さぁーん……』

ガチャ――

恒一「あ……」

怜子「もう、他の人の迷惑になるから早く入っちゃいなさい」

恒一「はい……」

――バタン

怜子「……」ムスー

恒一「あ、あのですね怜子さん……」

怜子「……」ムッスー

恒一「その、ほんとに誤解なんです……」

   「見崎の部屋に行くうんぬんというのは、その、災厄に関することで」オロオロ

   「彼女が何かヒントを持っていて、それを教えてくれるみたいなんです……」アセアセ

怜子「……」

怜子「……うん、分かった」

恒一「良かった……」ホッ

怜子「そんな必死な顔されたら信じないわけにはいかないよ」クス

恒一「そこまで必死な顔してました?」

怜子「うん、この世の終わりみたいな」フフ

恒一「実際怜子さんに嫌われたら生きていけませんよ」ハハ…

怜子「じゃあずっと好きでいたら?」

恒一「そしたら不老不死目指して頑張るしかないですね」

怜子「それは頑張りすぎだよ」クスクス

  ・
  ・
  ・
恒一「名残惜しいですけど、そろそろ部屋に戻ります」

   「明日の参拝のための準備とかありますし、同室の勅使河原にイヤミ言われますから」ハハ

怜子「そうね、なんかもう今更って気もするけど」フフ

恒一「公私の別はきっちりと、でしたっけ」

怜子「えっと、そんなこと言ったの誰だっけ?」

恒一「うわーずるいなあ」

   「……それじゃ、おやすみなさい怜子さん」

怜子「うん、おやすみなさい恒一くん、また明日」

   「あ、見崎さんにヘンなことしちゃダメだからね?」

恒一「し、しませんってば!もう……」

怜子「冗談よ冗談、信じてるから」クス

~消灯後、見崎の客室~

――コンコン

見崎「開いてるから入って」

恒一「じゃあ、お邪魔します……」

見崎「適当に腰掛けて」

   「それじゃあ、早速だけどまずはこれから見せるね」

――シュル…パサ……

見崎「榊原くんに見せるのは初めてだっけ」

恒一「うん、それは……義眼?」

見崎「そう、4歳の頃に病気で」

   「普通の義眼は可愛くないからって霧果が……お母さんが特別に作ってくれたの」

恒一「うんすごく綺麗だと思うよ、普段も隠さなくてもいいのに」

見崎「……」

見崎「さっき食堂で、黙ってたことも教えるって言ったでしょう?」

恒一「うん」

見崎「それは……4月の時点で最初の犠牲者が出てたっていうこと」

恒一「……え?」

見崎「榊原くんと初めて会ったのは夜の病院だったよね」

   「あれは霊安室で横たわる妹の未咲に会いに行っていたの」

恒一「けど、そんなこと、先生たちは一言も……」

見崎「私は物心付く前に養子に出されたから、戸籍上は2人の関係は従妹」

   「だから先生たちも気付けなかった」

   「……これが黙っていた、秘密」

恒一「……そっか」

   「ひとまず4月の時点ですでに災厄が始まっていたなら僕が死者ってことはないわけだね」

   「死者の見分け方って、もしかしてそういうこと?」

   「けどそれじゃあ転校生の僕くらいしか――

見崎「ううん、違う」フルフル

恒一「それじゃあ……?」

見崎「……あのね」スッ

   「この人形の目は、見えなくていいものを見せてしまうの」

   「それは――死の色」

   「死のそばにあるものの、色」

恒一「……」ゴクリ

見崎「どうしてそんなものが見えるのか、不思議に思うでしょう?」

   「でも受け入れるしかなかった」

   「あるがままの現実を、そこにある現実を」

恒一「……」

見崎「やっぱり、信じられない?」

恒一「……いや、信じるよ」

   「見崎が嘘をつくような人間だとは思えない」

   (なにより怜子さんを救える可能性があるなら、それにすがるまでだ)

見崎「そう……よかった」

恒一「もう死者が誰かは確認したの?」

見崎「……」コクリ

恒一「つまり死者は、この合宿所にいるんだね?」

見崎「……いるよ」

   「……榊原くん、さっき何か言いかけたよね」

恒一「……」

見崎「『僕は――』……その続きは、なに?」

   「クラスメイトだって殺してみせる、とか?」

恒一「……もしそうだとしたら」

   「見崎はそんな僕のこと、軽蔑する?」

見崎「……ううん、私にそんな資格ないから」

恒一「?」

見崎「それで、死者についてだけど」

恒一「うん」

見崎「みんなが寝静まった頃、零時ちょうどに2Fのテラスで落ち合う約束を取り付けておいたから」

恒一「え……随分と根回しがいいね」

見崎「さっき向こうからたまたま訪ねてきたから、それで」

   「だから、あとでその時間に指定の場所にきて」

   「死者をどうするか、それはその場での榊原くんの判断に任せるから」

   「……じゃあ、それまでゆっくり合宿を楽しんでね、さ・か・き・ば・ら・く・ん――」

~夜中、恒一の客室~

――カチ…コチ…カチ…コチ……

恒一(どうするか、なんて決まってる)

   (死者を死に還した時点で記憶は改竄されるんだ)

   (だから怜子さんは教え子の死を悲しむこともない)

   (僕自身覚えていられるのだってわずかの間だけ)

   (そう、だから何も問題はない)

   (……はたして本当にそうだろうか?)

   (記憶をなくしたからって、罪がなくなるわけじゃない)

   (自責の念という罰すら与えることができないというのはむしろ――)

   「……――もう時間、か」

   「厨房でくすねた包丁も持った、よし……行こう」


――ギィ……バタン

~午前零時、2Fテラス~

ビュオオオオオオオオオオ―――……


見崎「遅かったね」

   「待ち合わせには5分前集合が原則だって教わらなかった?」

恒一「どうして……?」

   「どうしてなんだ見崎……」

   「なんでその人がここにいる……?」

見崎「恒一くんが死者を殺す覚悟を決めていること、それに変わる災厄を止める手段があること」

   「そう言ったらこうして来てくれたの」

   「ねえ、三神先生?」

怜子「……」

見崎「いざという時の物分りが悪い榊原くんに、簡単に説明してあげる」

   「今年の死者は三神先生」

   「ね、簡単でしょう?」

恒一「じょ、冗談はよしてくれ見崎!」

   「こんなの笑えないぞ!」

怜子「……」

見崎「私、冗談を言うタイプに見えるんだ、意外」

   「恒一くんが遅いから三神先生にはもう話してあるんだけど、説明し直さなきゃか」

   「じゃあまず榊原くんに質問だけど、副担任って他のクラスにいる?」

恒一「……!」

見崎「あとね、入学式の時点で教室の机は足りてたでしょう?」

   「4月に私の妹が死んで最初の犠牲者が出てるのに、おかしいよね」

   「けどそれも答えは単純」

   「足りなかったのは――職員室の机」

恒一「……っ」

見崎「それと三神先生が顧問の美術部も今年新設されたの、望月くんから聞いてない?」

恒一「そ、そんなの……!」

見崎「三神先生は思い出してくれたよ、自分が死者だってこと」

恒一「嘘だ!」

怜子「……」

恒一「それに、私も思い出した」

   「1年半前に三神先生が刺されるのを見たことを」

怜子「恒一くん、ごめんね」

恒一「なんで謝るんですか……!」

   「見崎のでまかせなんか信じちゃダメです!」

怜子「……」フルフル

   「ダメなの……全部、思い出しちゃった」

   「……お父さん、すっごく悲しんだんだろうね」

   「うちの九官鳥がレーチャンドーシテって言葉を覚えてしまった理由にも、見当ついちゃった」

恒一「そんな……嘘だって言ってください……」

怜子「……ごめんね」

見崎「恒一くん、どうする?」

   「『僕は――』……なんだっけ?その包丁で何をするつもりだった?」

恒一「そん、な……こと……」

見崎「できないよね、できるわけがない」

   「だってすべては三神先生を思えばこその覚悟だったんだから」

恒一「う……あ……」

見崎「この包丁は預かるね」スッ

   「それで……三神先生はどうする?」

   「死者が存在する限りクラスの人間には平等に災厄の危険がある、そう、平等にね」

怜子「……」ギュ…

見崎「……恒一くんの手を汚さずに済む災厄を止める方法にはもう、気付いた?」

怜子「……うん」

見崎「そう……じゃあこれは、あなたのもの」スッ

恒一「包丁……まさか……!」

怜子「死者が死に還れば……私が死ねば災厄は、止まる」

   「恒一くんに危害が及ぶことも……」

   「……恒一くん、今までありがとう」

   「私はとても幸せだったよ」

   「叔母として母親代わりとして、そして1人の女として」

   「私は恒一くんのこと……」

   「それは本当の意味で生きていたときから変わらない気持ち」

   「……ごめんね、きっとつらい思い出が蘇る」

   「でもすべてはきっと災厄のせいだから」

   「早く自分の気持ちに気付いて正直になっていれば……」

   「本当にごめんね――愛してるよ恒一くん」

恒一「や、やめ――――


ザシュ――――グラッ……………ドサッ!!


恒一「――――――――ッ!!」

怜子「……」

見崎「この出血、もう助からない」

   「きっとすぐにも彼女は絶命し、死に還る」

恒一「怜子さん……怜子さん…………」ユサユサ

見崎「そしてそれに伴って、彼女の死にまつわる改竄された記憶が戻ってくる」

恒一「ぐ、うう……ううぅぅ……」ボロボロ

見崎「ほら……戻ってきたでしょう?」

   「鮮明に、記憶が」

恒一「ああ……あ、ぐ、あああああああああ!!!!!!」

見崎「思い出した?」


   「彼女を刺した瞬間の記憶を」

1996年10月29日
~夜見山ダム~

恒一『どうして僕じゃダメなんですか……?』

   『僕が、僕が子供だからですか!?』

怜子『違う、そんな単純な理由じゃないの……』フルフル

恒一『じゃあどうして!?』

怜子『ダメよ恒一くん……私たち家族なのよ……』

   『あなたは大切な私の姉の忘れ形見なの』

   『それを私なんかが振り回す権利なんて、ない』

   『……嫌いなんかじゃない、むしろ愛しく思ってる、それでもお願いわかって……』

恒一『どうしても……どうしてもダメ、なんですね……』ユラ…

怜子『……ありがとう分かってく――え?』


――ブシュッ――…………ドサッ

恒一「ああ……あああ……そんな……」ガクリ

見崎「一緒にクラスで過ごしてきた榊原くんを見る限り、あなたが殺人を犯すような人には思えない」

   「何より三神先生……怜子さんに対する気持ちはどこまでも真っ直ぐだった」

   「きっと1年半前のことは、彼女が言っていたように災厄によって引き起こされたもの」

恒一「僕が……怜子さんを……嘘だ……嘘だ……嘘だ……!」

見崎「どう、思い出せた?」

   「ここまでは、三神先生の死によって改竄され直した記憶」

   「あなたの前で三神先生に還ってもらったのは、この罪を認識させるため」

   「だけどもう1つ、あなたは知らなければならないことがある」

   「……今年の死者は1人だけじゃない」


   「あなたも死者なの、榊原くん」

見崎「今の榊原くんなら分かるでしょう」

   「三神先生を失って、その後も生きていられる?」

   「そう……あなたは三神先生殺害後、恐らく自殺している」

   「現象による死者は2親等まで、というのが今までのルールだった」

   「それがあなたの自殺によってきっと破綻してしまったのね」

   「その影響か、今年はあまりにもイレギュラーが多い年になってしまったみたい」

   「生徒ではなく教師が死者だったり」

   「転校によって年度の途中から死者が増えたり」

   「災厄は起こるのに奇跡的に死人が出なかったり」

   「まあ、未咲みたいに死ぬこともあるみたいだけどね」

   「どう?なにか思い出せた?」

恒一「……彼女が死者であることをすぐに告げなかったのは、僕を暴走させないため、かな」

見崎「ええ、榊原くんは三神先生にあまりにも執着し過ぎていた」

   「彼女のためならクラスメイトだって殺すって暗に宣言するんだもの」

   「三神先生が死者だと分かったら、それこそ死に物狂いで彼女を守ろうとしたでしょう?」

恒一「……先に僕自身が死者であることを告げなかったのは?」

見崎「榊原くんは何も知らずに満足して逝きたかった?」

   「愛する人のためにその身を捧げるヒーローとして」

恒一「……」

   「……いや」

   「この罪とは、向き合わなければならなかったと、思う」

   「僕が彼女を殺したという事実から目を逸らすなんて、しちゃいけないんだ……」

   「自責の念という罰すら許されないのは、きっと彼女を想う僕にとって1番の苦しみだったから――」

見崎「そう……それで榊原くんはこれからどうするの?」

恒一「……死者は死に還るだけだよ」

見崎「そう」

恒一「松永さんの例もあるし、僕が死んでもしばらくは見崎くらいは覚えててくれるのかな?」

見崎「今もこうして三神先生のことを思い出せるし、たぶんしばらくは平気」

恒一「そうか、それじゃあ1つ頼みごとをしても構わないかな」

見崎「私にできることであれば、言ってみて」

恒一「それじゃあ――」

8月末日
~夜見山ダム~

見崎「榊原くんもここに身を投げて死者になったんだね」

   「……やっと出来上がったよ、集合写真」

   「だから今日は約束通り持ってきたの」

   「あんなに離れろって言われてたのに、こっそり小指だけ繋いで写ってる」クス

   「他の人にはもう見えないみたいだけど、私にはちゃんと見えてるよ」

   「……」

   「さよなら、お幸せに」


ペラッ…ビュオオオオオオオオ―――…………


end

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