菫「久しぶりだな、照」 (51)

ー個室居酒屋ー


菫「久しぶりだな、照」

照「ん。久しぶり」

菫「突然誘って悪いな」

照「ううん。会えて嬉しいよ」

菫「ははは。全然そんな顔じゃないぞ」

照「え?本当にそう思ってるよ」

菫「相変わらず、愛想がないな…」

照「無理に笑うのは疲れるの」

菫「よく言うよ。昔からカメラの前じゃ完璧な愛想のよさだっただろ」

照「私のことをよく知らない人には、あのくらい分かりやすくしないと伝わらない」

照「菫は、そんなことをしなくても分かるでしょ?」

菫「ははは。それは喜んでいいのか?…とりあえず、なにか頼もう」

照「あー…じゃあ烏龍茶で」

菫「なんだ、飲まないのか」

照「あんまりお酒、強くなくて」

菫「そうか。まぁ、気がのってきたら遠慮するなよ。すみませーん」

照「うん」

店員「はーい!」

菫「生と烏龍茶、1つずつ。あと、枝豆と焼き鳥も」

店員「はい、よろこんで!」

照「…手馴れてるね」

菫「え?なにが」

照「注文が」

菫「いや、普通だろ」

照「そうなの?私だったら噛みそう」

菫「頼りないな…ファンが知ったらがっかりするぞ」

照「…バレないようにする」

菫「しかし、すごいよな。こないだ、お前の笑顔が張り付いた電車が走ってたぞ。ここじゃこんなに無愛想なのに」

照「もう、その話はいいって」

菫「いや、本当にすごいよ。トッププロだもんな」

照「菫だって、なれるよ」

菫「馬鹿言え」

照「菫だって、三年間一緒にインハイを戦ったでしょ?」

菫「学生時代に多少いい成績を残したって、プロになれるのはほんの人握りだよ」

照「そうかな?」

菫「そうだよ」

照「……」

菫「……」

店員「おまたせいたしましたー!生のお客様ー!」

菫「あぁ、私だ」

店員「こちら、烏龍茶と枝豆と焼き鳥になります。ごゆっくりどうぞー!」

照「あ、美味しそうだね」

菫「よし。じゃあ、乾杯でもしとくか」

照「なにに?」

菫「旧友との再会に、とか」

照「…そうだね」

菫「それじゃ、乾杯」カツン

照「乾杯」カツン

菫「んぐんぐ…ぷはぁー!そういや、淡はどうしてるんだ?」

照「あーなんか今は、海外の大会を荒らしてるとかって噂を聞いたけど」

菫「全く、あいつは…」ヤレヤレ

照「淡らしいけどね」

菫「プロになった当初は、お前より注目を浴びてたのにな」

照「私より、有名なとこに入ったからね」

菫「お前が随分地味なところに収まったってのもあったが…」

照「淡はやることが派手なんだよ。大きいところに入って、大きい成績残して…」

菫「すぐやめた…な」

照「まあ、あそこは厳しいしね。高校では好き勝手やってた淡には合わなかったんじゃない?」

菫「お前も、それが嫌で、地方の小さなチームに入ったのか?」

照「私はそういうわけじゃ、ないけど」

菫「ふーん…」

照「まぁ、淡が楽しそうなら私はいいと思うけど」

菫「今はいいだろうが、この先どうするんだあいつは…」

照「さぁ?ふらっとまた戻ってくるんじゃない?」

菫「いい加減なやつめ」

照「それでも許されちゃうんだよ。淡には、そういう魅力がある」

菫「…羨ましい話だ」

照「菫は、そういうことができないところがいいんだよ」

菫「照は、どっちも上手く持ち上げるな」

照「そんなんじゃないって…」

菫「分かってるよ」

照「もう…。尭深や誠子はどうしてるの?菫はなにか知ってる?」

菫「尭深…は、こないだ手紙がきたぞ」

菫「今は、実家で農家を継いでるらしい」

照「農家!すごいね」

菫「ハーベストタイム(肉体労働)って書いてあったよ」

照「ふふ。想像できないね…」

菫「お世話になったので、と箱いっぱいに野菜や果物も送ってきた。美味かったなぁ」

照「なにそれ、菫ばっかずるい」

菫「お前にお世話になった覚えはない、ってことじゃないか」

照「尭深…そんな薄情な後輩だったの…」

菫「冗談だよ。気を遣ってるじゃないか?」

照「え、なにに?」

菫「なんていうか、照はちょっと近寄り難い雰囲気だったからなぁ…」

照「え、そんなつもりは…」

菫「分かってるさ。今度言っとくよ。照にも送ってやれって」

照「それじゃ私が、催促してるみたい」

菫「だってそうだろ?」

照「違う。手紙とか、そういうのが羨ましいな…って」

菫「そうだ!手紙と言えば今朝、誠子からもきてたんだ!」

照「え」

菫「なんでも誠子、結婚するらしいぞ」

照「!!」

菫「驚きだよな」

照「…うん」

菫「おめでた婚だとか…お子さんももうすぐ産まれるらしい」

照「へぇ」

菫「…私たちも、そんな歳になったんだな」

照「そうだね」

菫「……」ゴクッ

照「…菫は?」

菫「は?」

照「菫は結婚とかの予定、ないの?」

菫「っ!」

照「……」

菫「…あいにく、全然縁がないんだ」ゴクッ

照「そうなの?菫は、しっかりしてるし美人だから、いくらでも相手がいそうだけど」

菫「そういうことだけじゃないんだよ。結婚っていうのは」

照「?…そう」

菫「…照は?」

照「私は、ないよ」

菫「…そうか」

照「うん」

菫「まぁ、忙しそうだしなぁ」

照「そうでもないよ」

菫「……」

照「……」

菫「…なぁ照?」

照「なに?」

菫「お前の照魔鏡って、麻雀のことしか見えないのか?」

照「そうだよ。どうして?」

菫「…ずっと、不安だったんだよ」

照「なにが?」

菫「お前が、私のなにもかもを見透かしてるんじゃないかって」

照「……」

菫「…あのさ、私は同性しか好きになれないんだ」

照「え」

菫「…本当に驚いたって顔だな」

照「うん。今、驚いてる」

菫「…そうか」

菫「はぁーっ、ヒヤヒヤしてた高校時代が馬鹿らしいな…」

照「う、うん」

菫「…で、どう思う?」

照「どうって…?」

菫「なんでもいいよ。気持ち悪いでも、そんなのおかしい、でも」

照「そんなこと、思うわけ無いよ」

菫「そ、そうだな」

菫「お前は、そんなこと言う奴じゃないよな…」

照「ただ…」

菫「ただ?」

照「…つらいだろうなって思う」

菫「?」

照「菫の気持ちは、菫にとって、自然なことなんでしょ?」

菫「…あぁ」

照「だったらそれは、他の人と変わらない恋なんだと思う」

菫「……」

照「でも、菫は自分のことをおかしいと思ってる」

照「恋愛の悩みって誰にでもあると思うけど、菫は、余計なものまで抱え込んでいるんじゃない?」

照「世間が、菫の周りが、そうさせているのなら、それは悲しいことだと思う」

菫「照…」

照「だって今、このことを私に話すのだって躊躇したでしょ?」

菫「…そうだな」

照「そんな思いを、今まで何度もしてきたんだろうなって考えると」

照「つらかっただろうな、って思うよ」

菫「……」

照「ごめんね、急だったから、上手く言えてないね」

菫「…いや、充分だよ」

照「そう?」

菫「すごいな、お前は。やっぱりその照魔鏡で、全てを見透かしてるんじゃないかって思う」

照「そんなことないって…」

菫「…ありがとな」

照「…うん」

菫「っしかし、なんで話しちゃったんだ?私は」

照「酔ってるんじゃない?」

菫「まさか、一杯で?」

照「私は一口でも、酔うよ」

菫「嘘だろ?試しに飲んでみてくれよ」

照「え、いいよ…」

菫「いいから」

照「うーん…じゃあ、一口だけ」コクッ

菫「…どうだ?」

照「別に…」

菫「なーんだ」

照「なんだ、って…」

菫「ま、そりゃそうか」

照「ちょ、私が話を大きく言ったみたいじゃ…」

菫「まぁ照だって大人だ。多少話くらい膨らますよな?」

照「だからやめてってー」

菫「ははは。お前の周りの人は、こんな軽口言わないだろ?」

照「うーん。それはまぁ…」

菫「…なぁ照。今、好きな人はいないのか?」

照「だから、言ったじゃない。全然だって」

菫「好きと結婚は違うよ」

照「…でも、いないよ」

菫「ならさ」

照「何?」

菫「!…ごめん。ペース早かったのかな。お手洗いに行ってくる」

照「あぁ、いってらっしゃい」

ートイレ個室ー

菫「…さっき、なんて言おうとした?」

菫「ならさ」

菫「…ならさ、私と付き合わないか?」

菫「いや、お前が私をそういう目で見てないのは分かってるよ」

菫「でも相性いいと思うんだ私たち」

菫「私は、ずっと照のことが好きだから、いつかお前が私を見てくれればいい」

菫「それまでの、お試しでさ」

菫「…バカみたいだな。高校のときに考えた告白だろ」

菫「…本当に、酔ってるのかもな」

照「あ、おかえり」

菫「あぁ」

照「菫…さっきの話なんだけど」

菫「えっ!?あ、あぁ、それはもういいんだ。たいした話じゃないし」

照「好きな人が、って話」

菫「…え?」

照「ごめんね。嘘ついた」

菫「え、なにが」

照「ずっと、好きな人が、いるんだ」

照「言うつもり、なかったんだけど。菫が言ってくれたから」

菫「え…」

照「それとも、酔いがまわってきたのかな…」

菫「……」

照「あのね」

菫「あぁ」ゴクリ

照「私、妹のことが…咲のことが、好きなの」

菫「…は?」

照「いつから、好きなのかは分からない。ずっと昔からかもしれないし、ここ数年かもしれない」

照「でも今は確実に、咲のことが好き」

菫「…それは、恋愛感情で?」

照「うん」

菫「家族愛の延長かも、しれないだろ?」

照「それはないよ」

菫「どうして?」

照「私、咲と一緒にお風呂に入れない」

菫「はぁ…」

照「夢を見たの。私も咲も裸だった。すごく幸福で、でも切ない夢」

照「そのことを思い出すから、咲の裸を今までみたいには見れない」

照「これはもう、家族愛じゃないでしょ?」

菫「……」

照「自覚したら、もう咲の全てが愛おしくて咲以外のことは考えられなくなって」

照「大きなチームに入らなかったのは、咲と離れたくなかったから」

照「それでよかったと思ってる」

照「咲は、いつか私から離れてしまうかもしれないけど、それでも…」

菫「…おかしいだろ」

照「…菫?」

菫「おかしいだろ!そんなの…」

菫「実の妹が、好きだなんて、そんなの絶対かえってこないにきまってるのに…」

照「……」

菫「お前は有名人で、そんなことが知れたら世間が許さないに決まってる」

菫「お前の気持ちはきっと自分も、妹も苦しめる…」

菫「お前にはもっと、普通で、まっとうで、幸せな…」

照「…分かってるよ」

菫「分かってない」

照「…分かってるの。私も、菫も」

菫「……」

照「このつらさは同じでしょ?」

菫「あ…」

照「…やっぱり酔ったのかもしれない。今日はもう、帰るね」

菫「て、照…ごめん!」

照「じゃあ」

菫「ま、待って」

照「…なに?」

菫「…また飲もうな」

照「…うん」ニコッ

菫「あ…」

パタン

菫「……」

菫「なつかしい笑顔だな」

菫「いや、ついこないだも見たか」

菫「…照」

菫「全然、同じじゃない。私とお前は、違いすぎる」



カン

終わりです
咲SSはカンで終わるものだと思ってました…よく見たらそうでもなかったです

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