小鳥「でもね?」 (31)

――765プロ事務所
――21:30

小鳥「…」カタカタ、カチカチ、

夜、誰もいない事務所。今日は金曜日、世間は明日が休みなこともあって、賑わってる。

…私、こんなところで何してるんだろう…。

小鳥「はぁ…」ズズ...

コーヒーも、ぬるくなっちゃった。さっきまで、温かかったのに。

小鳥「…」

…。

普段は、アイドルの皆がいて、社長がいて、あの人がいて。

小鳥「あーあ…」ハァ...

一人って、寂しいなぁ。

あの人は、今ごろなにをしているんだろう。きっと、彼女と一緒にいるんだろうな。

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…。

……。

あれ?

そういえば、あの人に彼女はいるのかな?

小鳥「…」ズズ...

嫌だな。気付いちゃった。なんで今、気付いちゃうんだろう。

あの人の事、知っていそうで知らなかった。

好きな食べ物…知ってる。
嫌いな食べ物…知ってる。

好きな音楽、好きな場所、好きなものetc.etc.

だけど、大切な事は、知らなかった。

知らなかった?うぅん、違うよね。

知りたくなかったんだよね。

だって、好きだから。

告白する勇気もない私に、好きな人がいるかどうかなんて聞けないし聞きたくないし、知りたくない。

…うぅ、だめだめじゃない…。

小鳥「…」チラッ

外は真っ暗。…灯かりはあるけど。

お母さんも、お父さんも、酷いよね。小鳥、なんて名前。

人は、空を飛べないのに。…ホントは、私だって飛びたい。

…あの人のところまで。

小鳥「…」ピッ、ピッ、

―カチッ、ブゥゥゥン...

暖房、強くしなきゃ。寒くなってきちゃった。

小鳥「…」ブルルッ

でも、やっぱり寒い。人工の暖かさじゃ、物足りない。

ぎゅって。ぎゅって…してほしい。

あの時みたいに。あの人に。

小鳥「…」ギュッ

なんで、あの人はあの時、私をぎゅってしたんだろう。して、くれたんだろう。

もしかして、あの人も私を好きとか?

…勘違いだったら、どうしよう。でも、聞いてみたい。

小鳥「…」ゴソゴソ

携帯…あった。

小鳥「…」

電話帳。あの人の名前を探す。

小鳥「…」クスッ

…ふふっ。今の私、どんな顔してるんだろ。あの人の名前を見るだけで、こんなににやにやしちゃって。

アイドルの皆には、見せられない顔しちゃってる。きっと。たぶん。ぜったい。

アイドルの皆には、見せられない顔。

でもね。

あの人には、見てほしい。

小鳥「…好き」

言葉に出すと、実感する。

あぁ…私、こんなにあの人の事が

小鳥「好き、」ボソッ

――ガチャッ

「良かった!小鳥さんがまだ残ってくれていて」


…えっ?

「会議先から直帰しようと思ったんですけどね?会議の終わり際、TV局のプロデューサーにこんなものをいただきまして…」

小鳥「あ、それ…」

お酒。しかも、ちょっぴりお高い。

「一人で飲むのも寂しいなぁと思いまして、」

あの人が…ううん、この人が、少し照れくさそうに笑う。

小鳥「ふふっ。いいですよ?私で良ければ、お供します」クスクス

「ははっ。小鳥さんなら、そう言ってくれると思ってました」

当たり前じゃないですか。だって、わたし

小鳥「好きなんですから」クスッ

「おっ?小鳥さんもこの銘柄好きなんですか?実は俺もなんですよ」

なんて言いながら、準備を始める。

小鳥「ばーか」

「えっ?なんですかー?」カチャカチャ

小鳥「ふふっ。なんでもありませんよ?」クスクス

「?」

そう。なんでもないの。

なんでもない今が、きっと積もっていって。

私に勇気をくれるから。

小鳥「ねぇ、プロデューサーさん?」

「なんです?あ、準備出来ましたよ?お猪口が無いんで、予備のマグカップでいいですよね?お互い、明日は休みなんですし」

小鳥「…ぷっ!」クスクス

あー、可笑しい。さっきまでくだぐだ悩んでた私が馬鹿みたい。

「いきなり笑うなんて、ヒドいじゃないですかー。小鳥さんだって、一人のクセし…て…」

小鳥「むぅ…」ムスッ

「ごめんなさい…」

小鳥「まったく…」

ホントこの人は一言多いんだから。

「さ、さっきの失言は乾杯の一杯と一緒に飲んじゃってください」

なんて、ちょっぴり苦笑いしながら言ってこられたら、許してあげるしかないじゃない。まったく…。

「じゃ、じゃあ乾杯」

小鳥「はい、乾杯」


―カチン

マグカップとマグカップでの乾杯。風情も無ければ、甘い雰囲気も無い。

小鳥「でもね?」

「ん?小鳥さん?」

小鳥「好きだったり、するんですよ?」

終わりです。

それでは、ここまでありがとうございました

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