少女『優しい世界』 (148)



1913年4月18日


バリエとは真逆、最東端に位置する辺境の村・アリム。


流行病の被害は甚大で、生き残った者は極僅か。そこに追い討ちを掛けるように冬がやってきた。

生き残った彼等は、自力で冬を越そうと必死に足掻いた。

しかし蓄えは瞬く間に減っていき、残り僅かな食糧で命を繋ぐしかない状況。


助け合いなどすぐに終わりを告げ、本性を剥き出しにした争いが始まる。

正に地獄が始まったのだ。

寒さに耐えながらの奪い合い、殺し合い。


男も女も子供も老人も関係無く、殺され奪われ、殺し奪い合う。

それは長い長い間続いたが遂に終わりを告げ、残ったのは一人。



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「今日も今日か……さて」


彼女は戦った。

生き残る為に奪い、死を怖れ必死に戦った。

結果として得た物は罪悪感と後悔に塗れた生、悲しみと孤独、忘れられぬ痛み、そして自責。


「皆、私は今日もしぶとく生きてるよ」


それから二年経ったが、彼女は村を離れず一人で暮らし続けている。

雪で埋もれた遺体を埋葬し墓を建て、花を供え手を合わせる日々。


「……あの時死んでた方が幸せだったかもね」


生を手にした彼女は、死を求めていた。


「行くか」


とは言え腹は減る。

死にたいと想いながら、何故生きているのかも分からぬまま、彼女は今日も生きるのだ。



「こんなもんかな……」


鹿や兎を仕留め山菜を採り家に戻ると、湯を沸かし身体を洗う。

その後は仕留めた動物に手を合わせ、食す。


「ねむ……」


後は寝るだけ。

目を閉じると平和だった頃の村の情景が浮かび、零れ落ちる涙。

全てが変わり、全て無くなった。

忘れられぬ冬を越えてから、彼女はずっとこんな時を過ごしていた。


「おーい、誰か居らんのかー?」



今、この時までは……



「(誰だ? そもそも何で此処に……)」


外から聞こえた男の声、馬車等の音もない。恐らく一人だと思われる。

村の外に仲間が居るとも考えられるが、その線は薄い。


此処は国から存在を忘れられた村であり、秘境。

一度外に出た村の者ならまだしも、余所者は迷い込む事すら不可能な山村。


「(殺すか?)」


斧を手に扉を開けると、暗がりの中に一人の男が見えた。

周囲の空き家に片っ端から声を掛けている様子、どうやら宿を探しているようだ。


「(此処から余所に出て行く奴は居た。でも、余所者が来るのは初めてだ)」

「(一体どうやって……)」


そんな事を考えながら男の背後に近付いて往く、手にした斧をしっかりと握り締めて。

いざ襲い掛かろとした時、男の足がぴたりと止まる。

気付かれたか、と彼女は即座に木々に身を隠し様子を窺った。



「(いない!? くそっ、どこ行った)」

「済まんが、泊めてくれんか?」

「ッ!!」


突如背後から声が掛かり飛び上がる。

その様を見た男は最初から気付いていたのか、意地悪そうに笑っていた。

悪戯に成功した子供のような、悪意のない笑み。


「(なんだコイツ……ちっ!!)」


無精髭を生やした長身の男は、腰に刀を差していた。

彼女は咄嗟に斧を振り上げ、男の脳天目掛けて振り下ろす。


直撃、彼女の『拳が』男の額を捉えた。



「荒っぽい女だな。少しは落ち着け」

「ふざけんな!! こんな夜中に……誰からこの村を聞いた!!」


斧は男の手に、いつ奪われたのか彼女にはさっぱり分からなかった。

武器を奪われて尚態度を崩さぬ彼女に男は感心しながら、事実を告げる。


「迷った」

「嘘を吐くな!! 余所者が来たことなんてなかった!!」

「なら、俺が初めての余所者だ」


あくまで温和……というか、状況を楽しんでいる様子である。

平気で彼女から目を離すと、くるくると斧を弄びながら辺りを見渡す。


「村人に手を合わせても良いか?」


男の口から飛び出したのは、実に意外な言葉だった。



「……あんた、なに言ってんの」

「皆、死んだのだろう?」


男の表情は見えないが声色は至って真面目。

彼女は何故それに気付いたのかが気になったが、男の言葉が少し嬉しかった。


「……来い」


男はにこりと笑うと彼女に斧を渡し、後に続く。

真夜中に墓参りを志願する馬鹿者、阿呆、変わり者。


背後に居る名も知らぬ男をそんな風に想いながら、彼女は不思議と安堵していた。

男が何かするとは感じなかったし、もし何かされても、その時はその時だと腹を括っている。


「(何やってんだろ、私……)」


経緯はとうであれ人と話せたのが嬉しかったのか……

それとも、村人に手を合わせると言った男の言葉が嬉しかったのか……


今の彼女には、分からなかった。



「此処だよ」


さほど時間も掛からず墓の前に到着すると、男は何も言わずに手を合わせた。

此処の村人と面識などあるはずがないのに、背中はやけに寂しく見える。


「あんた、名前は?」

「ルシアンだ。お前の名は?」

「私はジーナ、泊まりたいんでしょ? なら家に泊めてあげる」

ルシアン「そうか、助かる」


その後、彼女はルシアンを家に案内すると詳しく話しを聞いた。

どうやら本当に迷ったらしく、偶然この村に辿り着いたらしい。

出来過ぎだとも思ったが、彼女は取り敢えず信じてみる事にした。



何故ならこの男、最西端の都バリエから旅立ち、あてもなく放浪していたと言うのだ。

これまた俄かに信じられる話しではないが、この変わり者ならやってのけるかも知れぬと彼女は思う。


ジーナ「で、なんで旅に出たわけ?」

ルシアン「人を預かっていたんだが居なくなってな。暇になった」

ジーナ「死んだの?」


少し気の毒そうに顔を覗き込む、月明かりに照らされた深緑の瞳が美しい。

ルシアンは何か想うところがあるのか、ジーナの瞳をじっと見つめ暫く黙った。


ジーナ「聞いてる?」

ルシアン「ああ……いや、今は学校の寮に世話になっている。お前には縁のない場所だな」


ジーナ「うるさい。それよりあんたは『どれ?』」

ジーナ「耳尖ってないし、肌は黒くないし、尻尾もない……そんな奴、初めて見た」



そう、最初に彼の姿を見た時から気になっていた。

この村には三種族が揃っていたが、彼のような者が居るなど聞いたことがない。

ちなみに彼女は獣人である。


ルシアン「この世に二人しか居ない種、魔族だ。その一人が先程話した奴だ」

ジーナ「へぇ、なんか違うの?」

ルシアン「……いや、何も変わらんさ」

ジーナ「ふーん」


おちゃらけた様子もなくそう告げると、敷かれた布団にどさっと横になる。

ジーナは先程からずっと布団に入りながら話している、勿論別の布団。


出逢ったばかりの男女が隣に布団を敷いて寝るというのも、中々に可笑しな話しではあるが……



ジーナ「寝るの?」

ルシアン「寝る」

ジーナ「……あっそ」


そう答えると、ルシアンは彼女に背を向け掛け布団を被ってしまった。

もっと話しをしたかったのか、彼女はどこか寂しそうな声。


ジーナ「おやすみ」

ルシアン「……お休み」


見た所、彼女は十代後半か二十代前半。

本人が自覚しているかは別として、素晴らしい美貌の持ち主。

男女の色々を知らぬ筈は無いだろうが、危機感が無いのかすぐに寝息を立てて眠ってしまった。


ルシアン「(……何だか調子が狂うな)」


ーーーー

ーー




1913年5月3日13時06分


ルシアン「来たな」

ジーナ「言われなくても分かってる」


樹上から見下ろすと一匹の猪、かなりの大物。

一応の装備として弓矢は所持しているが、あの猪には歯が立ちそうにない。

ルシアンの刀は家に置いている為、惜しくも見逃すしかないと思われたが、そうでもなかった。


ルシアン「頭は俺が潰す。後は頼む」

ジーナ「了解」


直後ルシアンが飛び降り猪の頭を拳で砕く、思い切りやれば飛び散ってしまうので手加減。

それに続きジーナが飛び降り、猪の背を踵でへし折る。

猪はその奇襲に為す術なく身を横たえ、生を終えた。



ルシアン「今日はこんなものだな」

ジーナ「それ、あんたが引っ張って。後、毛皮の処理もよろしく」

ルシアン「それはいいが、料理は頼むぞ?」

ジーナ「はいはい」


共に過ごして二週間弱。


あれから二人は毎日のように川や山に行き、獣を狩り山菜を採っていた。

役割は出来ているようで、捌くのがルシアン、料理はジーナがする事になっている。

前に一度ルシアンに料理をさせ失敗した為、このような運びとなった。


ジーナ「あんた、いつまで居るの?」

ルシアン「迷惑ならすぐにでも発つが……どうした?」



初めての質問。


寧ろ二週間も自宅に宿泊させ、今まで何も言わないのが不思議な程。

二人の関係は来た当初から見れば変わったが、互いの事など殆ど知らない。

狩りにしても、ルシアンがやりたいと言うから共にやりだしたに過ぎない。


何も聞かず、踏み込まず、共に獲物を狩って飯を食い、共に寝る。

それ以外の事は何もないが、距離が縮まっているのは確かだ。


ジーナ「少し気になっただけ」

ルシアン「そうか。いや、発とう発とうとは思っているんだが……此処を気に入ってしまったようだ」

ジーナ「……変な奴」


その後は無言。

猪を引き摺るルシアンと、彼に歩調を合わせて歩くジーナ。

遠いのか近いのか、知りたいのか知りたくないのか、どちらとも付かない妙な雰囲気であった。


ーーーーー

ーーー




19時42分


夕食も食べ終え、何をするわけでもなく横になる二人。

結局、あれから一言も話さぬまま家の中は奇妙な静けさに包まれていた。

こんな時間は二週間の内に幾度と無くあったが、この沈黙は互いに気持ちの良いものではないだろう。


ジーナ「あんたさ、何で皆が死んでるって分かったの?」


耐えきれなくなったのか、ジーナは起き上がり口を開く。


彼女にはずっと気になっていたことである。今の今まで聞かず仕舞いだったのだが、遂に問う。

ルシアンも身体を起こしジーナと向き合い、二人は見つめ合ったまま暫く沈黙が続いた。


ルシアン「この村に来るまで、色々見た」

ジーナ「色々って?」


ルシアン「死んでいる村や街だ。二年が経ち復興も進んでいるが、未だ道は遠い」



ルシアン「西側・バリエ付近も流行病の死者数は多かったが、東側に比べればかなり少ないだろう」

ルシアン「正直、此処まで酷いとは思いもしなかった」


ジーナ「そうなんだ……」

ジーナ「私はこの村から出たことないから、余所のどうなってるかなんて知らなかった」

ジーナ「あの病気は此処だけだと、そう思ってたよ」


近辺には街や村は無く情報も入って来ない。皆の暮らしはこの村で完結する。

外に出た者も居るが殆どの者は帰って来た。中には、外で子を授かり村で出産する者も居た。

そして、此処で生涯を終えるのだ。


明確な掟があるわけではないが村の空気として、そんな暗黙の掟があったのかも知れない。


事実、ジーナも初めてルシアンを見た時は排除しようとしたのだから……



ルシアン「一つ、良いか?」

ジーナ「私が殺した」


まるで最初から用意してあったかのように、彼女は答えた。

幾ら猛威を振るった病だとしても、一人が生き残り他が死亡するなどまず有り得ない。

ルシアンがしようとした質問は、正にそれであった。


ジーナ「二年前の冬、生き延びた者同士が残った食糧を求めて争った」

ジーナ「私は生きて、皆は死んだ」

ジーナ「今なら狂ってたって思えるけど、そんな風に考えられる状況じゃなかった」


彼女は震え、涙した。

ずっと、誰かに言いたかったのかもしれない。

自分の罪を、告白したかったのかもしれない。

生き延びた自分が、あの時の……あの冬の誰よりも醜いのではないか?


それを飲み込んだまま、彼女は二年間を過ごしてきた。



彼女は続ける……


ジーナ「ハンクっていう弟が居たんだ。口うるさいけど、いい奴だったよ」


懐かしむような穏やかな笑みだったが、その表情は一瞬で崩れ去る。


ジーナ「私は、何もしなかった。あいつが死ぬのを……待ってたんだ」

ジーナ「あいつ、笑ってた。姉ちゃん、大丈夫だよって……」

ジーナ「もうすぐ……っ、もうすぐ春が来るからっ、大丈夫だって……」


拭っても拭っても涙は止まらず、身体の震えも収まらなかった。


今、そこで起きている出来事のように、彼女は語る。

弟が守ってくれたことも、見捨ててしまったことも……

それでも生きてくれと、笑って逝った弟。その最期を……


ルシアン「…………」


彼は、何もしなかった。


優しい言葉も、考え付く限りの、それらしい行動の一切をしなかった。

こうして話しを聞くことが、共に居ることが、彼の中の偽りなき優しさなのかもしれない。



ジーナ「……これが私の全部。後は何もない」

ルシアン「なあ」

ジーナ「なに?」


ルシアン「明日は川に行くぞ。陽に当たりながら、時間を忘れてゆっくり釣りをする」

ジーナ「あんたってさ、年寄りみたいだね」

ルシアン「馬鹿者、俺はまだ二十六だ。今日は疲れた、もう寝る」


ぶっきらぼうに答えると彼女に背を向け、布団にごろんと横になる。


彼女はその背中を見つめ、笑った。

何も言わず、なぐさめもせず、哀れむわけでもない。

何もしない彼の全てが、彼女には嬉しくて、温かかった。


ーーーー

ーー




翌日・5月4日11時21分


ジーナ「たまには、こういうのもいいかもね」

ルシアン「そうだろう? 別に釣れなくとも良い、俺はこの時間が好きなんだ」

ジーナ「やっぱり年寄りみたい」

ルシアン「やかましい」


穏やかな時間、和やかな会話、川の音が二人を包み、太陽が照らす。

大岩に座り竿を傾けたまま、流れるままに時を過ごす。

距離は、近い。

釣り糸が絡まってしまうほどに、二人の距離は縮まっている。


ジーナ「ねえ」

ルシアン「ん、どうした?」



ジーナ「この前聞いた同族、学校に行ってるってやつ」

ルシアン「ああ、そんな話しもしたな。それがどうかしたのか?」

ジーナ「そいつ、あんたの子供? 嫁さんとかいるの?」


一瞬茶化しているかと思ったが、彼女の表情を見るに本気のようだ。

急な変化と、その問いに若干驚きながらルシアンは静かに語り始めた。


外界から来た少年が起こした騒動

その目的、性格、名を授けたこと、共に過ごした日々……


ジーナ「楽しかった?」

ルシアン「そうでないと言えば嘘になる。中々に楽しかった……成長が楽しみでもある」

ジーナ「なのに旅に出たわけ?」


ルシアン「それはそれ、今は今だ」



ジーナ「『今』は楽しい?」

ルシアン「ん? なんだ、まさか妬いて居るのか?」


にやりと笑いおちょくるルシアン、しかし彼女は一切の動揺も見せず


ジーナ「そうだよ? 悪い?」


と、返されてしまう。

彼は言葉が出なかった、決して動揺したわけではない。

犬歯を覗かせにやりと笑う彼女の笑顔は、此処へ来て初めて見せる笑顔。


眩しく、美しく、温かい、二度と忘れる事の出来ぬ輝きを放っていた。

これが彼女の本当の笑顔なのだろう。

決して動揺したわけではない。


彼は、見惚れたのだ。



ジーナ「どうしたの?」

ルシアン「いや、見惚れていた。今まで見た女の中でも最」


そう言いかけた時、彼女の拳が顔面目掛けて飛んできた。

彼は敢えて避けなかった。

自分の失言に気付いて、大人しく殴られることにしたのだ。


ジーナ「他の女と比べんな、バカ」

ルシアン「済まん済まん」


ジーナ「で? 続きは?」

ルシアン「……これから言うのは冗談ではないから良く聞け」

ジーナ「えっ? あっ……うん、分かった」


急に真面目な表情になったルシアンに面食らいながら、彼女は目を逸らさず言葉を待つ。


その瞳と表情の所為で一気に顔が火照るのを感じたが、構わない。



ルシアン「俺は今まで多くの女を抱いた。惚れられたことはあっても、惚れたことはない」

ルシアン「だが、お前に惚れた」

ジーナ「ってな感じで、今まで口説いてきたの?」


やたら真面目に女好きであると告白し、自分は異性に好かれるのだと自慢。

挙げ句、俺が惚れたのだから喜べというような尊大な態度。

何もかもが台無しな愛の告白ではあるが、彼女は笑った。


何故なら彼の言葉の内には、一つたりとも嘘がなかったからである。


ルシアン「そう取られても仕方無い。語ったことは嘘ではないし」

ジーナ「約束」

ルシアン「何?」


彼女は身を乗り出し、鼻先が付く程の距離まで縮まった。

目鼻立ちからきめ細やかな肌までよく見える。



外見に惚れた。

それも勿論あるだろうが、彼が惹かれたのは彼女の心と精神。


幾ら本人が醜いと言っても、彼には美しく見えた。

罪から目を逸らさずに背負い、逃げずに生きている。

それがどれほど難しいことか、彼は知っているのだ。


村を捨て新たな人生を歩むことも出来たのに、

狂った方が楽だったのに、自ら命を絶つことも出来たのに……


それでも、彼女は彼女のまま、生きている。


ジーナ「一つだけ約束」

ルシアン「いいだろう、何だ?」

ジーナ「絶対、隠し事は、するな」

ルシアン「分かった」

ジーナ「なら、いい」


にこっと笑うと顔を逸らし、釣りに戻る。

来た当初からは考えられぬ生き生きとした表情である。

その後は何も語らず、寄り添いながら釣りに興じた。


その後の色々は、二人だけの物語。


ーーーー

ーー




1913年5月11日06時21分


あれからおよそ二年、バリエ城の敷地内にある【剣士の庵】での朝。

姉のクルト、弟のセムは共に剣士ファーガスの養子である。


クルト「セム、起きろ。朝だぞ」

セム「嫌だ」


二人共に以前は学生寮に世話になっていたのだが、様々な事情があり現在は剣士の庵に住んでいる。

主にクルトが混血(蔑称)だとばれない為の措置。


クルト「学校に行くんだ。ほら、早く」

セム「お姉ちゃん、実は……」


ちなみに性別は一昨年の内に明かした。かなりの騒ぎになったが……

それと、彼女に付いていたメイド見習い・カルアは現在カイルに付いている。



クルト「何だ急に、仮病なら通じないぞ」

セム「違う。今日、学校は休み。皆には内緒にしてたけど……これは本当」

クルト「馬鹿なこと言ってないで早く起きろ」

セム「分かった」


それはクルトの推薦によるものであった。

セムの友人ということもあり、少しでも気の知れた者に付いて欲しかったのだろう。

メイドは勉学剣術共に成績優秀な者に実習として仕える。

その為カイルでは少々不安(勉学)があったが、猛勉強の末何とか審査を通った。


クルト「往くぞ」

セム「行ってらっしゃい」


この二人も随分距離が縮まり、学内で知らぬ者は居ない姉弟である。

種族の違いは勿論、あまりに違う性格と、美しい容姿が認知度を高めた原因だろう。



クルト「お前も、行くんだ、一緒に」

セム「今のは冗談」


二人共に現在十五、セムの場合はおよそ十五……その為、十五にしては外見に幼さが残る。

だが剣術に関しては騎士顔負けの技量を持っている。


クルト「お前の冗談は分かりにくい。もう少し表情に変化を付けたらどうだ?」

セム「分かった、頑張ってみる」

クルト「……そこは頑張らなくていい」


当初は先の件もあり怖れが残っていたが、

いつの間にやらカイルと同じくセムを放って置けなくなり、今のような立ち位置に落ち着いた。


セムはセムで、冗談を言えるくらいには『らしく』なってきた。



ファーガス「早く行かんと遅れるぞ? カイルと稽古するんじゃろ?」


彼も健在で今や八十間近、最高翌齢の剣士として騎士達に指導している。

身体的な衰えはあるものの新たな境地に達し、今尚最強との呼び声が高い。


セム「そうだった。お爺ちゃん、行ってきます」

クルト「行ってきます、お祖父様」

ファーガス「うむ、気を付けてな」


今すぐにでも剣士の位を譲り子供達と平穏に暮らしたいが、

後継者が見つからない為、度々パルマに愚痴を零しているようだ。


ファーガス「剣士でなければ庵には居れぬわけだし、子供達から離れるのも……」


ちなみにパルマはナザレ在住で、助手となったネアと共に医師を続けている。

街の皆から頼られ多忙の身でありながら、月に何度か家族揃って食事するのは欠かさない。


ファーガス「やはり、卒業まで続けてみるか……」


この辺で終了します。オリジナルで続編です。

針忘れ少年「それが、僕の名前……」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1381403515/)
これの続編になります。

前同じキャラクターで書いてた人?



セム「寒い」

クルト「そうだね、まだ霧掛かってる」


剣士の庵から庭園を歩き学校を目指す、これが彼等の通学路。

庭園を抜けたら門を開けて貰い、そこから更に都を歩いて到着となる。

その為、朝稽古となればかなり早起きしなければならないのだ。


セム「ねえ、なんでお姉ちゃんも来るの?」

クルト「僕も稽古したいからだよ。それに、一人じゃ起きれない弟がいるからね」


成長したとはいえ、未だ自分より小さな同い年の弟に微笑む。

先程まで荒かった語気も今や落ち着き、普段の冷静さを取り戻しているようだった。

朝稽古は友人・カイルとの約束、それを破るような真似はさせたくなかったのだろう。



セム「明日からは大丈夫」

クルト「それはずっと前から言ってる」


早足気味に歩きながら自信満々に答える弟に返す。

心の形成と成長は喜ばしいが、やや怠ける癖が付いた。

これも父であり祖父でもあるファーガスが甘やかした結果なのかもしれないが、礼儀等はきっちりしている。


セム「……明後日から」

クルト「そういうことじゃない。来年から僕達も高等部なんだ、しっかりしろ」

セム「しっかりします」

クルト「……………」


子供らしく分かった『ふり』をするようになったのが悩みの種。

表情は変わらず真面目な為、非常に読み辛い。

そんな時はこうして無言のまま見つめるのが一番効果的だと、クルトは知っている。



セム「これは本当、嘘じゃない」


上目がちに訴えるが姉は騙されない。セムはこの手の『小技』さえ使うようになったのだ。

一体誰の入れ知恵なのか気になる所だが、それが分かった所でどうしようもない。


クルト「セム、いいかい?」

クルト「僕等が怠けていたら、お祖父様やお祖母様までそう見られてしまうんだ」


あくまで優しく冷静に、これはパルマから教わった技術である。


自分の至らぬ部分を突かれると大抵の者は怒るか目を逸らす。

だからこそ、優しく諭すのだ。

何より伝える側が怒ってしまっては、本来伝えるべき本筋から遠ざかってしまう。



クルト「二人を悪く言われたくないだろう?」

セム「それは、凄く嫌だ」

クルト「よし、分かったならいい」


表情が変わり『嫌そう』な顔をする弟を見て、分かってくれたかと安堵する。

少々ずるいやり方ではあるが、家族や友人など、セムの中に居る人々を引き合いに出すと途端に素直になる。


セム「あっ、コーエンだ!!」

クルト「いい加減、さんを付けろセム。目上の方に無礼だぞ」


門に差し掛かると見慣れた人影、いつも世話になっている門番・コーエン。

彼は二人にとって朝の顔。セムはとても懐いていて、今や叔父さんのような存在である。


コーエン「おお、今日は随分早い。カイルと朝稽古か?」



クルト「すいません、コーエンさん」


逞しい腕でセムをひょいと持ち上げるコーエン、喜ぶセム。十五とは思えぬ幼さである。

しかし、それはあくまで仮の年齢、甘えるのも当然のことなのかもしれない。

そんな様子を眺めながら頭を下げる姉、セムは基本的に礼儀正しいが未だ『さん』を付けて呼ばない。


コーエン「いやいやいや、孫が出来たようで嬉しい限り。いつまでこうしていられるか……」

セム「大丈夫、コーエンはずっと元気」

コーエン「ははっ、嬉しいことを言ってくれる」

クルト「(この人はもう駄目だ。しかし、セムは本当に怒られないな。人に好かれやすいのか?)」


寧ろ『呼べない』のではないかと思うほど自然に呼び捨てにする。呼ばれた者も何故か注意しないのだ。

以前女王陛下を呼び捨てにした時は本気で怒鳴ったのだが、結局治らない。



クルト「コーエンさん、お願いします」

コーエン「あ、そうでしたな。開門!!」


その声と共に門が開かれ、目の前に都が現れる。クルトもセムもこの瞬間が好きで、今でも魅入ってしまう。


コーエン「では、お気を付けて!!」

クルト「はい、行ってきます」

セム「すぐ帰って来る」


これから登校だというのに身も蓋もない挨拶。コーエンは笑っているが姉は震えていた。

門が閉まり暫く歩き二人になった瞬間、先程の挨拶に苛立ちを覚えた姉は弟の頭をがしっと掴み此方に向ける。


クルト「………セム、あまり僕を怒らせないでくれ」

セム「違う。さっきのはそういうのじゃない、本当です……本当に」



『さっきのは』という言葉が出るのは、怒られている理由がしっかり分かっているからに他ならない。

目線を同じく睨み付ける姉、何とか打開策を見つけようとする弟。

とても微笑ましい光景ではあるがセムにとっては辛い。

怒られたくはないし、家族を怒らせたくないのだ。


セム「ごめんなさい。ちゃんと挨拶します、約束する」

クルト「本当に?」

セム「……お姉ちゃん、ちょっと待って」


突如セムの雰囲気が変わる。

眼光は鋭くなり顔付きも全く違う。それは稽古中に熱が入った時と似ていた。

ただ違うのは敵意がある事、クルトの背後に向けられた眼光にはそれが強く宿っている。



クルト「セム?」

セム「あれはなに? プロテアに『あんなの』はいる?」


最初は誤魔化す為の演技かとばかり思っていたクルトも、流石にそうでないと気付く。

自分の背後、セムの指差す先を見る。


クルト「……いや、あんなのは居ない」

セム「こっちに来る」


それは、悪魔か化け物だった。

そうとしか言いようがない。御伽噺の中に登場する……いや、それより酷く禍々しい何か。

巨躯で四つ脚、長く伸びた白い体毛を揺らし、鋭い牙と爪を持つ化け物。



何よりも気味が悪いのは、額に人の顔があることだった……

瞳を閉じ安らかに眠る男の顔、二人共に見覚えはない。

その全体がはっきりした時、口元に何かが咥えられている事に気付く。

それは、動物のものではない。


セム「……殺したのか、お前!!」

クルト「セム、待て!!」


早朝、まだ人通りもなく静かな都にセムの怒声が響き渡る。

引き止めようとクルトが声を発した時、セムは既に化け物へと向かっていた。

先程まではいつもと変わらぬ通学途中。

このまま学校に行って道場で稽古を始め、その後は授業や訓練を受ける筈だった。



クルト「(理解出来ない……なんだ、あれは)」


霧掛かった都がより一層化け物を際立たせ、酷く不気味に感じさせた。

今居る場所が何処か見失いそうになりふらつくが何とか堪え、考える。

今現在、周囲に騎士は居ない。城門に行って助けを求めるには時間が掛かりすぎる。


クルト「(どうすればいい……)」


もし先程の声で何事かと思った一般人が外へ出れば、間違無く『あれ』の標的にされるだろう。

そして最も怖れるべきは、あの化け物が複数体居る場合……


セム「がッ……」

クルト「セム!!」


吹き飛ばされたセムの手に刀はない。セムは、愚かにも素手で挑んだのだ。



しかし、クルトには『それ』が理解出来た。きっと、あの醜い化け物で汚したくなかったのだ。

いつも肌身離さず所持している刀をこんな形で使いたくない、と。

一つの救いは、そう考えられる程にセムの理性が残っていること、『線』は完全に切れていない。


『くるるるる……』


咽を鳴らしセムに近付く化け物、悠々と……足取りはゆったりとしていて、重い。

喰えると、そう確信しているのだ。


クルト「(戦え)」


敵の数、一般人、騎士、あらゆる可能性を考えた彼女が出した答え。

ーーー弟を、救う

真に怖れるべきは敵ではない、真に怖れるべきは、家族を失うこと。



『いぎッ!?』


彼女は躊躇わず抜刀、父に受け継いだ居合い。

弟の持つ刀よりも刀身が長く造られたそれこそが、彼女の所持する武器・刀。

長身と長い腕を生かした居合いは化け物の右前足、その腱を断つ。


クルト「セム!! しっかりしろ!!」


がくんと体勢を崩す化け物の隙を突き、吹き飛ばされたセムの下へ。

傷は塞がっており、意識もあるようだ。表情も眼光も先程とは違い冷静。


セム「ごめんなさい、ちょっと怒った。でも、もう『大丈夫』」

クルト「……セム?」



セム「(最初から、そうすれば良かった)」

彼女の右手には血に汚れた刀、それを見たセムの表情が曇る。

自分を救う為に振るわれた刃、そうさせた自分と、汚した化け物。


セム「ちょっと待ってて、お姉ちゃんは来ないで欲しい」

クルト「何を言っ」

セム「ここで待ってて、お願いだから……」


そう懇願するセムに、クルトは何も言えなかった。

優しい微笑みでありながら、それはどこか痛みを堪えているような……



クルト「(僕を案じて? 足手纏い? 違う……そういう事じゃない。)」

クルト「(くっ、今更になって手が震える……情けない)」


セムは立ち上がり自らの刀を抜き、再度化け物に近付いて往く。

去り際の横顔はとても複雑で、形容し難いものだった。

その横顔を見つめるクルトには、最早事の終わりを待つことしか出来ない。


クルト「(セムのあんな顔は初めて見た。触れば崩れそうな、とても危うい感じが……)」


色々気掛かりはあったが、直感的に一つの可能性が頭を過ぎった。

先程の願いを受け入れ、守らなければ、セムは壊れるだろう。


戦わずに此処で待つべきではないのか? と。


『くるるるる』

セム「僕と僕の大事な人、それを『守る為』なら殺しても構わない」

セム「これは、僕と僕の約束……」


千や万では済まぬ自分自身との対話を経て辿り着いた答え。

守る為には殺さねばならない、そうなった時、それが誰かの大事な人でも、セムは殺すだろう。

『自分』の、大事な人の為に……


『グオァ!!』


化け物は傷を負いながら目の前の獲物に飛び掛かる。大口を開け、異臭を放ちながら……


セム「くるるるるって、もう言えないね」



瞬間、化け物の下顎が消失。宙を舞うそれがべちゃりと地に落ちた。

瞳を不規則に揺らし、それが己の一部だと気付いた化け物は遅れてやって来た痛みに叫ぶ……


セム「僕だけなら、いくら汚れてもいい。他は絶対に嫌だ……見たくない」


……事すら出来ず

下顎の在った場所に潜り込んだセムによって、首を斬り裂かれた。

噴き出す大量の血を浴びながらセムは化け物を見下ろし、死を確認した後、クルトに叫ぶ。


セム「僕はこれを見張ってる!! お姉ちゃんは騎士を呼んできて!!」


その声に答え、クルトはすぐさま走り出し城門に向かう。

彼女の背を見送った後セムは一息吐き、足下にある化け物の死骸を眺めていた。


セム「……お前の血で汚れた体で、お姉ちゃんに近付きたくなかったんだ」

セム「こんな体で近付いたら汚れる」

セム「そしたら、お姉ちゃんを汚さない為に一人でお前を殺した意味が無い」


冷徹な笑みを浮かべ、『セム』という一人の少年は、ぽつりと呟いた。



クルト「(急がないと、他にもあの化け物が居たら都は……)」

クルト「(いや、今はいい。早く城の騎士達に伝えなければ)」


現在、06時56分。


霧は晴れつつあり、ようやく陽が出てきた。

伝えることが最優先であるのは彼女自身も自覚しているが、一刻も早くセムの下に戻りたかった。

それは、血に塗れた姿を衆目に晒すを避けたいからである。


考えたくはないが、あの正体不明の生物が再び動き出す可能性も捨てきれない。

セムが残ったのは正しい判断と言える。


クルト「(あんな姿を見られたら、セムは……くっ…)」



同時刻


ファーガス「統制は取れている、問題は……ん?」


城内にある剣士専用の執務室に着いた彼は、書類や名簿に目を通し騎士達の現状を把握していた。

その中には見慣れぬ手紙が一通。

それを手に取った時、彼は言い知れぬ不安と悪寒を感じ取る。

彼は迷わず封を切り、中身を取り出した。


ーーお久しぶりです、剣士ファーガス様。


未だ御健在なようでなにより。

亡くなられた御子息・ミルズも、さぞ喜んでいることでしょう。

あれから数十年、長いようで短かったような気もします。

私も随分と歳を取りました……


あぁ、過去を懐かしむのはこれくらいにして、本題です。

私の蒔いた種が、そろそろ芽吹く頃でしょう。


貴方にも是非、見て頂きたい。




ーーーーーーーーー【マーカス】






遂に時代は動き出す。



ーーー死んだ筈の、一人の男の手によって、再びーーー




今日はこの辺で終了します。自分でも少し省き過ぎてるかなと思ってたので頑張ってみます。
>>40 はい、同じです。

今日は投下せず、もう少し書きためて月曜日くらいに投下します。後、これ以降は三日に一度投下する形にして一回の投下量を増やしたいです。
報告だけになりましたが、よろしくお願いします。

感想等、ありがとうございます。

書けたので投下します。



ファーガス「……早急に伝えねば」


怒りに顔を歪め、手にした手紙を握り潰し執務室を後にすると女王の下へ向かう。

数十年前に起きた惨事、その根源たる男・マーカス。

あの男が何を始めたのか知る由もないが、国に災厄を齎すのは間違い無い。

仕掛けるのは向こう、故に一刻も早く隊を編成し備えねばならないのだ。


「ファーガス様!!」


思考を巡らしていると一人の騎士が駆け寄って来る。表情から察するに何かが起きたらしい。

ファーガスは瞬時に理解する。

もう、始まったのだと……


ファーガス「落ち着け。何が起きたのか説明してくれるか」

「は、はい」


彼女は大きく息を吸い呼吸を整えると現状の報告に入った。

セムとクルトの登校中、正体不明の生物を都にて発見、それをセムが撃退。

二人共に怪我はなく無事であり、別段取り乱している様子はない。

セムは万が一を考えその場に待機しており、現在騎士が向かっている。

そして、この情報はクルト自身が伝えてくれた、とのこと。


ファーガス「クルトはまだ城内に居るのか」

「はい、現場には騎士が向かいましたので」

ファーガス「至急、クルトを女王の間へ呼ぶのだ。細かい説明をしている暇はない、頼んだぞ」

「はっ!! 了解致しました!!」


現場に居るセムの事が気掛かりでならなかったが、彼には伝えねばならない事がある。

案ずる心を必死で抑え込み、彼は女王の間へ向かう。



カレン「見えた!! 急げ!!」


時は07時12分。

俄には信じられぬ情報だったが、クルトの状況説明や突如現れた化け物の詳細は嘘にしては綿密。

勿論端から疑うつもりはなかったし、一応の確認をするのは変わらない。

だが、彼女の必死の訴えと証言により出動が早まったのは確かだろう。


カレン「……セム」


彼女と、後に続いた騎士達が見たのは血溜まりに立ち尽くすセムの姿。

頭から思い切り水を被ったように、全身が赤に染まっていた。

足下にはクルトが説明した通りの化け物、その死骸が転がっている。


セム「カレンが来たんだ……これ、どうするの?」


到着したカレンを見ると、安心と言うより辛そうな表情。

彼女も汚したくない対象、その中の一人なのだろう。

カレン以外の騎士は、血に塗れて平然としているセムに恐怖を感じた。

中には城内で会話した者も居るが、目の前の少年が別の誰かに見えて仕方無かった。


カレン「都の皆が表に出る前に、一旦城へ運ぶ。その生物を調査する必要があるからな」

セム「そっか、じゃあこれは僕が運ぶ。血は殆ど抜けたみたいだし」


いつから目を付けていたのか、路地に転がる壊れた荷馬車を失敬すると乱雑に死骸を放り込む。

手際の良さというより、化け物の死骸に躊躇い無く触れる姿に、皆は声が出ない。

その中で唯一カレンだけが、言葉を発することが出来た。


カレン「それは我々の仕事だ。セム、お前は城へ戻れ、ファーガス殿も心配して居られる」


毅然と本来の職務を果たすべくセムに伝える。幾ら化け物を倒したとはいえ、セムは一般人。

まして学生にそんな真似をさせるわけにはいかない。

そんな、騎士として当たり前を口にする。


しかし……


セム「ごめんなさい。それは、嫌だ」

カレン「セム!! ふざけている場合じゃないんだ!!」

セム「ふざけてない。カレンには、こんなの触って欲しくない」


怒鳴られたことに傷付いたのか、分かってくれないのが悲しいのか、表情は暗く寂しい。

セムの言葉が本気だということは、其処に居る皆に伝わった。

だが職務は職務、カレンも譲るわけには行かない。あくまで、騎士の役割。


カレン「……我が儘を言うな。お前は一般人、学生だ。それは、お前がやるべきことじゃないんだ」


気持ちを汲んでか、声を和らげ諭すように語り掛ける。

依然セムの表情は暗く、荷馬車から離れようともしない。

すると、セムは荷馬車引き城へ進み始めた。カレンはそれを止めるべく、セムに近付こうと……


セム「来るな!!」


カレン「なっ……」


背後から近付くカレンに気付いたセムは、突如怒鳴る。

セムの怒鳴り声など、二年前のあれ以来聞いた事がない。

変貌と怒声、その驚きにカレンは一瞬足を止めてしまう。


セム「……カレン、ごめんなさい」

カレン「待て、セム!!」


その声を置き去りにセムは荷馬車を引き、全力走り出す。

最早、誰にも追い付くことは出来ないだろう。


カレン「……セム、やはりお前はまだ」

『……カレン、ごめんなさい』


背を向けたままそう告げたセムの声はどこまでも寂しそうで、今にも消え入りそうなものだった……

小さくなってゆく荷馬車を見つめながら、カレンは暫くその場に立ち尽くしていた。


ちょうどセムが走り出した頃、女王の間ではファーガスが過去の事件を語っていた。

その場にはクルトも居る。

カレンと共に行こうとしたが勿論断られ、その後、騎士から女王の間へ行くようにと指示されたのだ。


女王の間、その前で待っていたのはファーガス。

直接事情を伝えた後、実父・マーカスについて話すことがある……と、突如告げられる。


彼女は今朝の出来事と何の関連性も見出せず驚いたが、ファーガスの面持ちからして何らかの繋がりがあるのは間違い無い。

そして女王の間に入る間際、どうか家族を信じて欲しいと言われ、彼女は深く頷き後に続いたのだった。


その後、女王の前でファーガスが語ったのは三十年程前に起きた事件。

多くの騎士が死亡し、友を失った忌まわしい事件の内容、その首謀者とされた男。

薬物と暗示により傀儡と化した騎士の反乱、それを終わらせたセシリアの父・ミルズ。



薬物を作っていた薬師はマーカスが雇っていたことが判明したが、彼は関与を全面否定。

その後間もなくして薬師は不自然な死を遂げ、証拠も動機も見当たらない為、それ以上の追求は無意味だった。

その後、マーカスは反対派貴族に組みし、結果内部分裂により死亡。

全ては闇の中……

しかし先程、本人からの手紙が届いたのだ。使われていた封蝋、その印璽は間違い無くマーカスの物であった。


セシリア「祖父は……お爺ちゃんは、その事件で……」

ファーガス「……はい」


彼女は知らなかった。祖父・ヴェンデルは病に倒れたと聞かされていたのだ。

幼い頃から祖父の武勇伝を聞いて育った彼女にとって、彼は御伽噺に登場する英雄のような存在。

だから彼女は祖父が大好きだった。母や祖母にお話しを聞く度に何度も会いたいと思った。


その祖父が亡くなった本当の原因が、ファーガスの語った三十年前の事件。

そして、その首謀者とされた男が再び何かを始めようとしている。



セシリア「……ですが、マーカスは故人です。何者かが名を語っているだけでは?」


多少の揺れはあるが、彼女は冷静さを保っている。此処二年で随分成長したのだなと、ファーガスは思う。


ファーガス「寧ろそうであって欲しい。儂は、胸騒ぎがしてならんのです」

セシリア「ファーガスさん……」


悲痛な面持ちで話すファーガスを見て、マーカスが如何に怖ろしいのかを知った気がした。

祖父の盟友で同じ時代を生きた言わば伝説の存在が、見えざる何かに怯えているようにすら見えたのだ。


女王の間が沈黙に満たされたその時


『女王陛下!! 宜しいでしょうか!!』

セシリア「入りなさい」


息を荒げて入って来た騎士が告げたのは今朝方の騒ぎ、その事実。

セムによって運ばれてきたのはクルトの報告通り、誰も見たことのない生物。

化け物であったと……


そして現在城の医師にその生物を調査させているのだと告げる。

その報告を受けたセシリアはすぐに騎士を下がらせ、ファーガスに命じる。

女王として、国と民を守る為に。


セシリア「この化け物騒ぎ、マーカスの手によるものか確かめる術はありません」

セシリア「今警戒すべきは『それ』が複数体現れ、民を襲い、混乱に陥ること」

セシリア「剣士ファーガス、バリエの騎士を以てこれにあたりなさい」


ファーガス「はっ、承知致しました」


クルト「お祖父様……僕の父は、本当に……」


女王の間では無言を貫き通していたクルトだったが、扉を抜けたと同時に口を開く。

ずっと我慢していたに違いない。

断言されたわけではないし、疑惑にすぎない。

しかし、実の父が三十年前の大事件の裏で暗躍し、今朝方の化け物を放ったのだと聞かされたのだ。


ファーガス「少し歩こう。此処では拙い」

クルト「……はい」


扉の前で立ち尽くすクルトの手を引き、二人は歩き出す。彼女は不安で堪らない様子である。

城内は慌ただしく走り回る騎士が何名か見受けられた。


ファーガス「……あの場で儂が語ったのは、あくまで儂が知るマーカス」

クルト「えっ?」


ファーガス「儂が語ったマーカスが全てではない。父としてのマーカスも、確かに居った筈」

ファーガス「違うか?」

クルト「お祖父様……はい、ありがとうございます」


彼は立ち止まり、クルトの頭にぽんと手を置くと優しい声色でそう言った。

事件やマーカスの娘。それを抜きにして、只々自分の娘を案ずる親の声。

それが堪らなく嬉しかったが、だからこそ解せないことがあった。


クルト「何故僕を女王の間へ? あそこで話さずとも……」


あの場に居るのが息苦しくて、辛かった。

それも当然だ。彼女は女王の祖父が亡くなった事件、その首謀者とされた男の娘なのだなら。


ファーガス「二人の前に現れた化け物、儂には偶然だと思えん。狙われている……儂はそう感じたよ」

ファーガス「だからこそ側に置きたかったのだ。許してくれ」


失いたくない。その一心で、彼は娘の心情を無視した。

辛い思いをさせるのは承知の上、何を思われようが最悪の事態だけは防ぎたかったのだろう。

だからこそ彼は言ったのだ。家族を信じてくれ、と……


クルト「僕は、どうしたら……」

ファーガス「クルト……」


自分を案ずるファーガスのその想いは嬉しく、心が安らいだ。

しかし、一方では渦巻いている。勿論ファーガスを信じているし、家族を愛している。

亡き父が生きているかもしれない、その思いが彼女の心を掻き乱す。


何故か? それは父の印璽・蝋印を見たというファーガスの証言。

あれは父の葬儀の際、彼女自身が棺に入れた筈なのだ。

確かに死に際を見た、葬儀も済ませた。何者かが名を語っているとすれば、それは許されざる行為。


想い駆け巡る中、ファーガスはその術を教える。


ファーガス「心を強く持て、今から逃げるな」


それは、自分に言い聞かせているようでもあった。

クルトに過去の全てを知ることは出来ないが、その表情は大事な何かを失った者が見せるものに違いなかった。


カレン「何か分かったか?」


城門を抜けてすぐの広場で多くの騎士が見守る中、医師による化け物の解剖が行われていた。

何しろ大きいし、城内に入れるのは危険だと判断したからである。


「この生物、魔獣とでも言いましょうか……この魔獣は『彼』が変貌した結果でしょう」


指差したのは魔獣の額にある人面、そこから切り開くとエルフの男性が現れた……

男性と魔獣は繋がっている為、全摘出は無理だったが、

背中から溢れた『何か』に覆われた後、この姿に安定したのではないか、と医師は語る


「セム君、戦っている最中に何か変わった所はなかったかい?」


戦闘時の魔獣、その状況が知りたいと言うので呼ばれ、今はカレンと共に医師の側に居る。

カレンはそれに渋ったが、浴びた血を洗いし服も着替えた後、役に立てるならとセムも同席。



セム「お姉ちゃんが斬った所が治ってる、ここら辺」


右前足の裏、腱を指差してそう伝えると、医師は暫し考えた後、仮説を立てた。


「……死に至るような重度の傷は無理でも、比較的浅い傷なら治癒する、のか?」

カレン「厄介だな……」

「ですがセム君が先程話したのを聞く限り、一時的に動きを鈍らせることは可能」

「騎士数名であたれば問題は無いでしょう」


その説明を聞いていた周囲の騎士達は少し気が楽になったのか安堵している。

いつ出没するかは不明、何故この男性が変貌したかも不明だが、倒せるのであれば何とか出来る。


カレン「全てが明らかになったわけではない、気を抜くな。それと、この魔獣を運び直ちに燃やせ」


その一言で騎士達の表情から緩みが消え、数名の騎士が魔獣の遺体を運び出した。


08時33分


魔獣の遺体を焼却した後、広場にファーガスが到着。彼は城の騎士を集めると都へと出発。

バリエ周辺のナザレやアナトフに常駐する兵士に伝える為、何名かを伝令に出したようだった。


クルト「もう平気かい? カレンさんも随分心配していたよ」

セム「まだちょっと怖い」


出発後、二人は長椅子に腰掛けながら話していた。

出発間際にファーガスはセムを思い切り抱き締め、セムは安心した様子だったがどこか不安気。

その際、カレンよりセムの様子がおかしかった事を伝えられたのだ。


クルト「それは、あの夢?」

セム「うん。もう大丈夫だとは思うんだけど……」


未だ消えぬ悪夢、焼き付くのは血に塗れたネアの姿。


もし、大事な人が返り血でも浴びようものなら再び我を忘れてしまうのではないか?

結果、二年前のように傷付けてしまうのではないか? それが不安で堪らないのだろう。

だからカレンに怒鳴った。だからクルトに戦わせたくなかった。


クルト「心を強く持て、今から逃げるな」

セム「お爺ちゃん?」

クルト「正解。僕もさっきそう言われたんだ」


にこりと微笑み頭を撫でる。俯く顔を上げると、セムは笑った。

二年の間、彼等は向き合い、様々な事を教わり、そして互いの色々を知った。

今や『本当』だと、互いに想っている。


クルト「僕も怖い、だけど逃げない。だから、一緒に『戦おう』」

セム「うん、分かった」


優しく手を握り強く宣言すると、弟は姉の瞳を見つめ、強く頷いた。


ーーーー

ーー




ネア「はぁ……やっちゃったなぁ」


ファーガスが城を出発した頃、ナザレの街の診療所では助手が溜め息を吐いていた。

その理由は女同士の色々なのだが、解決するには中々難しい問題だろう。


パルマ「あら、どうしたの? 溜め息なんて吐いて」


頭を抱え唸っていると、そこにやってきたのは師であり祖母のような存在。

街の住民のあれやこれやを世話しつつ診療所も続ける姿は、正にナザレの母。

ネアが女性としても医師としても尊敬する人物。

仕事は勿論の事、二人で買い物に出掛けたりすることも多い為、今や家族同様の付き合い。



ネア「パルマさん、私この前食事に行ったじゃない?」

パルマ「ええ、賑やか方でとても楽しかったわ。是非また来て欲しいわね、セムも大喜びだったし」

ネア「それは、うん。だけど、クルトが……」

パルマ「あぁ……」


それは、つい先日の事だった。

パルマが月に何度か必ず行う家族揃っての食事。前回は珍しくファーガス夫妻の家で行われた。


ネアは以前から声を掛けられていたが、家族団欒の邪魔になると遠慮していた。

セムも会いたがっていたらしいが、彼は連絡も無しに突然会いに来る事もある為今回も遠慮する、筈だった。

思わぬ人物がネアの自宅にやって来たのだ。


それはセムの姉、クルトであった。


以下、回想


『僕はクルト。貴方がネアさんだね?』

『クルト……セムのお姉さん、だったわよね? 何で家に?』

『少し、お邪魔してもいいかな?』

『えっ、ええ、構わないけど……』

『では、失礼』


『それで、私に何の用かしら? 家族揃って食事中じゃ』

『セムとはどういう関係かな?』

『は?』


『幾度となく君の名を聞いたが、今まで会えなかったからね。この機会に色々知りたい』

『学校を抜け出して会いに行く程、君を気に入ってるようだし』

『はぁ!? 私は休みだって聞いたわよ!? パルマさんからもそんなの聞いてないし……』


『お祖父様もお祖母様もセムに甘いんだ。迷惑を掛けて申し訳無い』

『別に、迷惑じゃないけど』

『いや、セムも年頃だ。そろそろ本気で灸を据えようと思う』


『二十歳間近の女性の自宅に十五の少年が行くなんて……変な噂が立ったら大変だ』

『……何が言いたいわけ』

『そういったことになっても何ら可笑しくない。そう言ってるのさ』


『アンタ、いきなり人の家に来てそれは流石に失礼じゃないの?』

『いや、もう二度と来る事もないだろうから遠慮はしない』

『へぇ、そう……なる程ね』


『何かな?』

『可愛い弟を取られるのが嫌なんでしょ?』

『何を馬鹿なことを……』

『あら、顔が赤いけどどうしたの?』



『ふん、あまり調子に乗るなよ? 君は以前、セムに女性用の』

『私じゃないわよ!! それはニコラが』

『あれは一番の笑顔だった……セムにはそう聞いた』

『くっ』


『全く、そんな趣味を持つ人物に会っていたとはね。やはり金輪際』

『アンタ、一人じゃ寝れないそうね?』

『なっ!?』


『時々お姉ちゃんが布団に入ってくる。セムに聞いたわ』

『まあ姉弟だからね。一緒に寝ても何ら問題は無いだろう?』

『いくら姉弟でも弟を抱き枕にするのは……色々と、まずいんじゃない?』


『……失礼する』

『逃がさないわよ』



回想終了


その後、ネアは勢いのままに敵地へ乗り込み食事に参加。

剣士ファーガスを前に怯むことなく振る舞い、パルマとの医学的且つ知的な会話に花を咲かせた。

その礼儀作法、身嗜み、立ち振る舞いをファーガスは痛く気に入り、機会があればまた来て欲しい……とのこと。


しかし、その影では女性ならではの戦いが勃発していた。

パルマは気付いていたが、男性二人は全く気付いていなかっただろう。


パルマ「あれは中々……その、緊張感があって、とても自宅とは思えない感覚」

ネア「パルマさん、無理しなくていいから」

パルマ「ごめんなさいね? クルトは過保護と言うか……悪い子じゃないの」

ネア「それは、うん。分かるけど……」


黒髪長身ですらりとした美人、羨ましい程に綺麗な褐色の肌がネアの脳裏に蘇る。

見た目は自分よりも大人っぽいが、ある点に関してはかなり子供っぽい。

今度会ったら……などと考えていると、診療所の扉が荒々しく開いた。



「ば、るまざん、ねあぢゃん、かっらだ、が、あづいんだ……だず、だす、げッデ」


転がるようにして診療所に入ってきたのは、腰を痛めて以前まで通院していた獣人の男性。

最早言葉を発することすら辛そうで、顔からは尋常ではない汗が流れ出している。


パルマ「ネア、ベッドに運びましょう!!」

ネア「はい!!」


うつ伏せから仰向けにして二人で運ぼうとしたその時、男性の背中が裂け内側から赤黒い何かが溢れ出た。

血肉ではない、もっと別の何か。

身体を喰い破り生まれ出たような……


パルマ「一体、何が……」

ネア「パルマさん!!」


肥大するそれは鞭のようにしなり、院内を破壊する。その衝撃は建物全体を揺らす程。

ネアは咄嗟にパルマに飛びついた為、間一髪でそれを躱す。


パルマ「ネア、助かったわ」

ネア「パルマさん、逃げないと!!」

パルマ「……その方が、良さそうね」


のた打つ赤黒い何かは収束し、男性の身体を覆って往く。

だが変化は終わらない、目に見える速度で肥大化している。

このままでは逃げ道すら塞がれ建物は倒壊してしまう……

二人は割れた窓から飛び出し安全圏まで走り出した。


パルマ「はぁっ、はぁっ……」

ネア「はぁっ、っ!!」

パルマ「はぁっ、はぁっ、流石に逃げられそうにないわね」


倒壊した診療所から現れたのは赤い獣。その姿はセムが倒した魔獣と酷似していた。

今の破壊音で人々が集まり始めたが、皆は赤い怪物を前に声が出ない。


ネア「みんな逃げて!!!」


その声で時は動き出し、群集は一斉に逃げ出した。しかし動き出したのは人々だけではない。


『ふるるるる……』


赤い怪物は迷いなく人々を喰らう。

中には腕だけ脚だけ……丸飲みにしてくれた方が楽だと思える傷を負う者もいた。

無惨に蹴散らされ喰らわれる人々、ネアとパルマは動けなかった。

目の前で起こる惨劇を、見ていることしか出来ない。



ネア「……誰か、誰か助けて!! お願い!!」


正に願いだった。彼女には叫ぶことしか、助けを呼ぶことしか出来ない。

何度も何度も、ネアは叫ぶ。


『ふっ、ふっ……ふるるるる』


赤い怪物は矛先を変え、泣き叫ぶネアとその隣に居るパルマに向き直る。

四つ脚で、大口を開け、二人に近付く……


「 貴様は絶対に許さん 」

『ゴベァッ!?』


巨躯の怪物は顔面を横合いから思い切り殴りつけられ、その巨躯が浮き上がった。

直後に立ち上がるが頭蓋を強く揺さぶられた為、足下はおぼつかない。


ネア「マイルズさん!!」

パルマ「マイルズ……」


その男、ナザレの駐在員・マイルズ。

いつもは穏和な彼も今や戦士の顔付き、微塵の怖れも感じていない。


マイルズ「皆!! 早く此処を離れて!! 無事な方は怪我人を頼みます!!」

パルマ「さあ、私達も急ぎましょう!!」

ネア「はい!!」


的確な判断で住民に指示をとばし、皆はそれに従い行動を開始する。

怪物も回復しつつある、動き出すのは時間の問題。

しかもマイルズは武器を所持していない、戦いが成立するかも怪しい。


だからこそ


マイルズ「ぬんっ!!」

『ごビャ!! ぶァッ!!』


回復などさせない、待たない。

回復する前に、殴る、殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴り続ける。

痛みを思い知らせるように、住民の痛み嘆き怒り叫びを代弁するかの如く、殴る。


マイルズ「まだ殴り足りないが、十分だろう……」

『グォアッ!!』

マイルズ「ぬっ!?」


回復が凄まじく早い、顔面を滅茶苦茶にされた筈の赤い怪物は油断したマイルズに爪を振るう。

が、その爪はマイルズに届く前に切断される。

そして続けざまに前脚を切断され崩れ落ち首部を垂れた瞬間、首を引き裂かれた。


「あっぶねー。マイルズさん、遅れてすいません!!」


マイルズ「いえ、助かりました。ルファさん」



突如現れた新人駐在員、彼女の振るう二刀によって……


今日はこの辺で終了します。だいたいこのくらいずつ投下出来たらいいなと思ってます。

ありがとうございました。


【セム】 種族・魔族

ネアによって救われ、外界からプロテアにやって来た白髪の少年。

ファーガス夫妻の養子、名はルシアンに授けられた。

ルシアンと共に暮らし、ファーガスにより剣術・体術、道徳を学ぶ。

イザーク渾身の作品を受け取り、以来肌身離さず持ち歩いている。

現在は騎士学校に在学し、今はファーガスとクルトと三人で剣士庵にすんでいる。

精神的に成長したものの、未だ自身の犯した罪に怯えている。


【カイル】 種族・エルフ

セムと同部屋の少年、世話係であり友人。

不可解な言動で誤解されがちなセムを気に掛け、内面の幼さを危惧している。

顔は良いが、与える印象とは裏腹に熱い性格で負けず嫌い。


【ライル】種族・獣人


義賊・クライヴの息子。

さっぱりとした性格、行動は短絡的。


【ミルズ】 種族・エルフ

故人。先代女王・アメリアの夫で、先々代の剣士。

マーカスの手紙の文面から、ファーガスの息子であるらしい。


【ヘインズ】種族・エルフ

マーカスの元執事。

クルトを引き取ったが、ファーガスの申し出とクルトの意志を汲み、養子に出した。


【ルシアン】 種族・魔族

以前は剣士だったが現在無職、何もかもが不明。

強いと言われているが直に見た者、教えを受けた者も居ない為、名ばかりではないかとも言われている。

自由奔放な性格で怠け者、女誑し。

セムを引き取り、名を与え、共に暮らした。

旅先でジーナと結ばれた。


【マーカス】種族・エルフ

クルトの実父。

三十年前の事件、その首謀者だと嫌疑を掛けられるも証拠不十分、動機の有無により嫌疑は晴れた。

生死は定かではない。


【タリウス】 種族・ドワーフ

流行病により両親を亡くし荒んだ生活を送り、騎士見習いにきつく当たっていた。

セムに敗れた後、今までの行いを悔い改める。


【ネヴィル】  種族・エルフ

ネアの父で医師・研究者。とても温厚な性格。


【クライヴ】種族・獣人


故人。名を馳せた義賊。

ファーガスとは何かあったようだ。


【ファーガス】 種族・ドワーフ


老齢ながら今尚最強の呼び声が高い。現在の剣士、三度目の就任。

ナザレの街に住むパルマと結婚しているが現在も別居中、パルマの仕事が忙しい為。

クルトとセムを養子に迎えた。

セムを孫のように可愛がり、剣術やら体術やら様々な事を教え授けた。

騎士学校へセムを推薦したのも彼である。


【ヴェンデル】 種族・エルフ

故人。先々代女王・マルセラの夫。

快活で豪放磊落。強く熱く真っ直ぐな性格で、誰もが一度は憧れた男。

三十年前の事件で命を落としたらしい。

ファーガスとは良き友だった。


【イザーク】 種族・ドワーフ

プロテア最高の鍛冶職人。

セムに救われた礼に刀を渡した。息子・ガルトも職人。


【マイルズ】 種族・ドワーフ

ナザレの街の心優しい駐在員。

街のごろつき集団を一夜で壊滅させ、井戸に落ちた子供を助け、お婆さんの落とし物を一日掛けて探し出す。

等々、様々な逸話を持つ伝説の駐在員。


【コーエン】 種族・ドワーフ

門番になって数十年、熟練の兵士。セムを可愛がっている。

先々代女王と、先代女王を知る数少ない現役兵士。




【ネア】 種族・エルフ

流行病を止めるべく山を越え、其処でセムを発見。プロテアへ連れ帰る。

大人っぽく子供っぽい性格で、色々と難しいらしい。

流行病により亡くした両親の研究を引き継ぎ、特効薬を開発。流行病を収束させた。

掟を破ったが不問とされる。現在はパルマの診療所に勤めている。

セシリア、カレン、ルファとは友人。セムには様々な感情を抱いている。

クルトとは色々あるようだ。


【イネス】種族・獣人

ライルと共に居る女性。彼が好きで、彼の名言を真似したりする。

ファーガス曰わく、セムとどこか似ている。


【ルファ】 種族・獣人

現在は騎士学校を卒業し、ナザレの駐在員(本人の希望)。ネアの隣人で友人。

快活、溌剌、いつも笑顔を絶やさぬ明るく朗らかな性格。

ある人物に憧れており二刀を用いた剣術を得意とする。

流行病により両者を亡くしている。

深い傷を負っているが同情されるのを嫌い、笑顔で隠している。


【クルト】 種族・ドワーフ

ファーガスの養子、セムの姉になった。セムとカイルとは同級。

同種族であり、先輩騎士であるタリウス、そして剣士ファーガスを尊敬している。

性別を偽っており、実は女性。

エルフの父とドワーフの母の間に生まれ、両種族の特徴を完全に受け継いでいる。

その身体を持つ者は非常に少なく、クルトのように完全な形で受け継ぐ者は稀少。

その為、未だに迫害の対象となっている。



【カレン】 種族・エルフ

親衛隊に所属する騎士で、カルアの姉。

セムに心の在り方を教えた。

きっちりした性格で融通が利かない所がある。

騎士学校を卒業後間もなくして親衛隊に入隊した為、憧れる者も多い。


【カルア】 種族・エルフ

カレンの妹でメイド見習い。不思議な雰囲気を纏う少女。

クルトが気を許す数少ない人物、性別を見破ったのも彼女が最初。


【ニコラ】 種族・エルフ

ネアの叔母さんでシルヴィアの妹。特殊な趣味がある。


【ジーナ】種族・獣人

秘境、アリムの村の生き残り。美女。ハンクという弟を亡くしている。

ルシアンと出逢い、結ばれた。


【シルヴィア】 種族・エルフ

故人。ネアの母でニコラの姉。医師・薬師。気が強い。



【パルマ】 種族・エルフ

ナザレの街に住む医師。

クルトとセムを養子に迎えたファーガスを許した。

街の誰もが一度は世話になったと言われるナザレの母。

ファーガスと結婚しているが、現在も別居中(多忙な為)。

皆がパルマの味方をするのでファーガスが出て行くのが常。

ファーガスが引退するのを待っている。


【セシリア】 種族・エルフ

最年少女王。マルセラの孫でアメリアの娘。

ネアの友人でネアが大好き、精神面は成長した模様。

両親を流行病で亡くし心を閉ざすが、ルシアンの芝居により自分に引き籠もるのを止めた。

中々に子供っぽく、ルシアンにやられた事を今でも根に持っている。


【アメリア】 種族・エルフ

故人。流行病に倒れ帰らぬ人に……

先代女王でミルズの妻。

セシリアの目指す女王そのもの。温かく、気高く、美しい女性。


【マルセラ】 種族・エルフ

故人。先々代女王でヴェンデルの妻。

セシリアの目指す女性そのもの。

従来の女性像をぶち壊し、今尚女性達に多大なる影響を与えている。

増えたりしたらまた更新します。ありがとうございました。

あげます。

書き方変えて場面変更が分かりにくかったり、読み辛いとかないですか?

地の文とかまだまだ不慣れなので指摘等あれば宜しくお願いします。

すんなり読めるよ



その時代時代で必ず英雄は現れる。


都合のいいタイミングで、人々を救う為に、或いは一人の大事な者の為に、全く気味が悪い。

まるで悪者が現れるのを待っているようじゃないか。

私には、悪者よりも質が悪い存在だと思えてならない。


だからと言って彼等が嫌いなわけじゃない。悪者には敵対する者が居なければならないのだ。

それはヴェンデルだったりファーガスだったりミルズだったり……

いや、ファーガスは出来損ないか? 英雄になれず生き長らえる老いぼれ。


友を失い、息子を失い、奴に残っているものなど何も無い。

あぁ……今は二人居るのか、それを失った時の彼がどうなるか楽しみでならない。


阻止されても構わない、今度こそ殺されるかもしれない。

私は成功し過ぎたのだ。


私を打ち倒す英雄は誰だろうか?

流れからして外界から来た少年か? いや、もしかしたら……


まあ、誰がなっても構わない。私は進化を促すだけだ。

私の蒔いた種が彼等にどんな刺激を与え、彼等がどう変化するのか……


「実に、楽しみだ」

>>104 ありがとうございます。



ルファ「あの化け物、一体何なんですかね?」

マイルズ「先程来たバリエ騎士の方々の説明によると、魔獣と言う生物らしいです」


あの怪物を倒した後、彼等はネアやパルマ、街にいる医師の助けを借り、生存者の確認と怪我人の手当てや移送を行った。

死者は二十名弱、あの短い間にそれだけの命が失われたのだ。残念ながら移送中に亡くなる者も居たそうだ。


その後間もなくしてバリエから数名の騎士がやってきた。どうやら最初にあの化け物が現れたのはバリエらしい。

ルファとマイルズは赤い化け物の遺体を彼等に見せたが、バリエで確認したものとは形態が違うようだった。

バリエで確認された化け物・魔獣は白い体毛が身体を覆っていたらしいが、ナザレの魔獣は筋繊維を剥き出しにしたグロテスクな形態。


様々な説明を受けた後、その魔獣をパルマとネアに見てもらうと、バリエの魔獣と共通する部分が見つかった。


それは、人(彼等は人間ではないが、ヒト科には違いないので人とする)が、変貌した姿だと言うこと。

変貌の理由、原因は定かではないが決まった種族が変貌するわけではないらしい。


バリエではエルフが、ナザレでは獣人が、最悪な事だが『誰にでも』起こり得る。

あくまでも可能性の話しだが、それを聞いた騎士達は事の次第を報告する為、一旦バリエへと引き返した。

魔獣の遺体は、焼却。

あの異常な治癒力がどこまで通用するかは分からないが、再び動き出されては堪ったものではない。


それらを終えた彼等は一息吐き、現在は駐在所で今度について語っている。

パルマとネアは負傷者の治療をする為、騎士に状況説明した後すぐに病院へ向かった。


マイルズ「詳しい事は私にもさっぱりですが、人を喰らうという性質上、戦うしかないでしょう」


通常の業務とはかけ離れた事態に動揺することなく、魔獣に素手で立ち向かった彼だったが、その言葉は弱々しいものだった。


ルファ「でも……パルマさんやネアの証言では」

マイルズ「分かっています。変貌した獣人の男性は、我々と同じプロテアに生きる者」

マイルズ「誰よりも悲しんでいるのは、彼の家族。勿論、魔獣によって亡くなった方の家族も……」



彼が怒りのままに殴り続けた化け物は、本来守るべきナザレの住民。心が痛まないはずがない。

それはルファも同じだろう、何しろ殺したのは彼女だ。

人々を襲い、喰らった化け物を退治した彼女を責める者など居ないだろう。

しかし、マイルズの言う通り、変貌した男性にも家族は居たのだ。家族を失う苦しみ、彼女には痛い程分かる。

病ではない、殺されたのだ。

彼女は化け物を倒して内心喜んでいた自分を責めている。

愚かな、人を殺しておいて、英雄にでもなったつもりかと。


マイルズ「ルファさん」

ルファ「……はい」


そんな彼女の心情を察したのか、ベテランの駐在員が声を掛ける。


マイルズ「忘れろ、気にするな、正しい行動だ……何を言われても心は晴れないでしょうが……」

マイルズ「それが、我々の仕事であり責務です」


ルファ「でも……」


簡単には割り切れず、そう言って顔を上げた時、彼女が見たのは、歯を食いしばり拳を強く握るマイルズの姿。

凄まじい力で握り締めているのか掌に爪が食い込み、血が流れ出ている。


彼も同じなのだ。言葉ではそう言っても、内側はやり場のない想いで溢れているだろう。


ルファ「………行きましょう!!」

マイルズ「ヒィッ!! ど、どうしたんですか?」


急に大声を出されて飛び上がる姿は、とてもじゃないが魔獣を素手で叩きのめした男とは思えない。

ルファは立ち上がると、彼への励まし、そして自分へ喝を入れるべく、より一層大きな声で想いを口にする。


ルファ「考えたって落ち込むだけ!! なら、私達に出来る事をしましょう!!」

ルファ「それが私達の仕事で、責務で、使命です!!」

ルファ「家族を亡くした人も、魔獣に殺された人も居る。それは凄く、すっごく辛いし、分からない事ばっかだけど……」


ルファ「私達は、ナザレの駐在員です!!」


身振り手振りを交え滅茶苦茶に叫ぶ彼女の瞳からは涙が溢れていたが、想いは強く、真っ直ぐだった。

初めの内はぽけーっとしながら見ていたマイルズだったが、その言葉が彼を奮い立たせた。

彼等の仕事は、苦しむ人や悲しむ人困っている人を救う為にある。


魔獣を倒して助かった者も居れば、魔獣……いや、『家族』を亡くして悲しんでいる者も居る。

これは変えようの無い事実。非常に厄介で、難しい問題。明確な答など幾ら考えても出やしない。

だからと言って放り投げはしない、言い訳もしない、正当化もしない。


マイルズ「そうですね……行きましょう。この街を守る為に」

ルファ「はいっ!!」


それは、命を背負うということ。




同時刻、アナトフの都でも騒動が起きていた。


「な、何だあれは」

「人が、人が化け物に……」

「彼一人では無理だ。他にアナトフの騎士は、増援は……!!」


大剣を手に黒い魔獣と戦っているのは、たった一人の騎士。

先二体の魔獣と比較すると手足が長い。凄まじい勢いで振るわれるそれを躱し斬り掛かる。


タリウス「この区の担当は俺一人、それまで持ち堪えるしかあるまい……」


アナトフへ来て二年近く経つが信頼を得る事は出来ず、一番小さい区域を一人で任された。

大通りを見回っている最中にドワーフの女性が変貌し、タリウスは即座に対応。

その為、現在魔獣の被害者は居ない。変貌した女性以外は……


タリウス「くっ……」


疎まれる事は甘んじて受け入れたが、この状況は受け入れられそうにない。

もう少し自分から歩み寄った方が良かったか? などと過去を振り返りながら魔獣の腕を躱す。

彼は言葉ではなく行動で示す事にしたのだが、誰とも分かり合えぬまま今日に至る。



タリウス「そう簡単に行かないのは、承知の上だ!!」


躱したと同時に飛び込むが、魔獣に焦った様子は無い。

タリウスの死角、躱した腕は有り得ぬ方向に曲がり、彼の背を尋常ではない力で叩く。


タリウス「がッ…はッ!!」


身に付けていた鎧は砕け、タリウスは魔獣の脇をすり抜け凄まじい速度で壁に打ち付けられる。

この間に民衆は逃げ出したようだった。となれば、必然的に喰われる対象が決まったようなものだ。


『こるっ…こるるる……』


体毛は無く、黒い皮膚を露わにしたその姿は醜いが、鳴き声は嫌に美しい。

長い手足を畳み、仰向けのまま動かないタリウスに向かって行く。が、魔獣は突然足を止める。

魔獣が振り返ると其処には大きな袋を持った男女が居り、魔獣を憎々しげに見つめながら、何やら話してるようだった。



「イネス、朝は盗みやすいって言うんで、ここらの家から金目のモン盗んで来たけどよ」

「アイツの所為なのか? 初めて、初めて誰にも見つからず盗みを成功したのに……喜んでたオレが馬鹿みてえじゃねえか!!」


彼等は盗賊であり義賊である。

ここ最近まで各地を転々としながら強盗や窃盗を繰り返していた。

丁度プロテアの中心部に居た彼等は、更に東に行くか西へ戻るか迷ったが、結果、西へ戻る事にしたのだ。


それはファーガスに何か起きた時、助ける事が出来ないからである。

亡き父との約束を守る為の決断。

まあ、イネスに言われてから気付いたのだが……

それでも、最高のタイミングで戻った事に変わりは無い。


アナトフに到着した彼等は、ある人物に空き巣は朝方の方が成功し易いと聞いた為、早速実行。

するとその通り、家には誰一人居らず盗み放題。しかし、この区の家を一通り周り大通りに出ると、化け物。


そこで気付く、誰も居なかったのはあの化け物の所為だったのだと……

先程まで浮かれに浮かれていたライルだったが、今や怒りに震えている。


イネス「違う。ライルは馬鹿じゃない、馬鹿なのはアイツ」

ライル「……そうだ、アイツが居なくてもオレは見つからなかった!!」


二人で魔獣を指差しながら、馬鹿馬鹿しい事を真面目に話している。彼等には物を盗んだ罪の意識など、無い。

それより大事なのは、盗賊人生初めて見つからずに物を盗んだ達成感を台無しにされた事だ。


怒るライルを宥めるイネス。

彼の感情の舵取りはかなり慣れているようだが、彼女にそんな意識はないだろう……


ライル「でも、素直に喜べねえのはアイツが騒ぎを起こした所為だ」

イネス「うん、全部アイツが悪い」


強引に全てを魔獣の所為にする事で落落ち着きを取り戻したかに見えた。

しかし、どこか納得行かないようで、ライルは何やら考えている。


ライル「イネス、お前は雲でも数えてろ、その間に終わらせてやる」

イネス「……分かった」


空は快晴で雲一つ無かったが、イネスの表情から察するに、ライルの台詞に痺れているようだ。

彼の勇ましい背中を見つめると彼女は頬を朱に染め、取り敢えず空を見上げると、まず雲を探す所から始めた。


『こるるる、こるるるるっ』

ライル「三秒だ。三秒で終わらせる」


そう宣言し、眼前の魔獣に飛び掛かろうとしたその時、魔獣の背後に人影が見えた。

彼はぼろぼろの鎧を脱ぎ捨てると、軋む身体を奮い立たせ、全力で魔獣へと走り出す。


『イギャアアアアッ!!』

ライル「は?」


背後から跳躍し魔獣の背に飛び乗った彼はそのまま前進、躊躇わず魔獣の頭部に大剣を突き立てたのだ。

宣言通りの三秒では無かったが、戦いは一瞬で終わった。ライルに何の見せ場を残す事無く。


タリウス「……助かった。礼を言う」

ライル「あ? お、おう。つーか大丈夫か、お前」


崩れ落ちる魔獣から大剣を引き抜き降り立ったタリウスは、ライルが魔獣を引き付けてくれたものと勘違いしているようだ。

それを察したライルは、最初からそのつもりだったと言うような態度である。


タリウス「いや、さ…すがに拙い……な」

ライル「えぇ……めんどくせえなぁ。なあ、イネス、どうす」


魔獣を倒した事で糸が切れたのか、タリウスはそのまま倒れ込んでしまった。

捨て置くわけにもいかず、どうしたものかと相棒のイネスに意見を求め振り返ると……


「此処にも現れたのか!? 君達、怪我は無いか!?」


バリエからの伝令として来た騎士数名が現れ、続いてアナトフの騎士数十名現れた。

彼等の内一人はイネスと会話しており、事情を聞いているようだ。

幸運なのは、彼等の気配に気付いたイネスが、盗んだ宝石や現金の入った袋をそこらの樽の中に隠した事。


だが、袋を隠した樽をちらちらと見るイネスを不審に思い、騎士がその樽を調べ窃盗が発覚。

流石に騎士数十名を相手には出来ず……


「ほら、行くぞ」

ライル「分かったから引っ張んな!!」

イネス「お前達の正義は、本当に正義なのか? 一度胸に手を当てて考えてみるんだな」


「いや、窃盗犯を逮捕したのは考えるまでもなく正義だからな?」

イネス「……今の内に祈っておくんだな」

「分かった分かった。はいはい、ほら、行くぞ」


ライル「いてててっ!! だから引っ張んなって言ってんだろ!!」


その後、タリウスはすぐに病院へ運ばれ、二人は参考人及び窃盗犯としてバリエに連行される羽目になる。


ーーーー

ーー




イザーク「……よし。ガルト、お疲れさん」

ガルト「おうっ!! 親父もな!! ここ最近じゃ一番じゃねえか!?」

イザーク「まあな……」


彼等が連行された頃、鍛冶屋の親子は先日造り終えた剣の点検をしていた。

幅広に造られた両刃の大剣。

刀身全体が銀色に輝くそれは、刀とはまた違う存在感を放っている。


イザークが今まで造り上げた剣の中でも思い入れの深い一振り。それは、嘗て王に依頼されて造った物と瓜二つ。

この剣は騎士学校在学中、まだ十五の少年の為に造られた物。



ファーガスからの依頼だが、当初彼はそれを拒否。

しかし、その少年と直に会い、会話した事で、彼はファーガスの真意を知り依頼を受けた。

何もかもが似ていた。容姿、性格、語る言葉、瞳に宿る強い意志……

その全てが、王・ヴェンデルに似ていたのだ。だが、似ていたから受けたわけではない。


『勝ちたい奴が居る』


この台詞もどこかで聞いた事のあるものだったが、イザークはその少年を認めたのだ。

直向きで、努力を惜しまず、限界など考えずに走り続ける……そんな男。

イザークは、そこに惚れたのだろう。

似ているとかではなく、一人の男として、コイツになら……と。



イザーク「熱っ!! なんだぁ?」

ガルト「な、なあ親父。それ、燃えてねえか!?」


指差したのはイザークの背後にある大剣。先程までは何の変哲も無い『普通』の剣だった。

それが、燃えている。いや、炎を纏っていると言った方が正しいかもしれない。


イザーク「何だってんだ畜生!! ガルト、水だ!!」

ガルト「お、おうっ!!」


熱した刀身を冷やす為の水を思い切り掛けるが、炎は消えない。

確かに水は掛かったが炎を『すり抜け』刀身にのみ水が掛かる。

まるで、炎など存在していないように……

更に奇妙な事に、確かに熱いのに、燃え広がらない。


イザーク「ッ、駄目だ!! 熱くて触れやしねえ!!」

ガルト「さっきまでは燃えちゃいなかったのに……」


彼等親子の先祖は皆鍛冶職人である。しかし、彼等の知る限りこんな現象が起きたと聞いた事はない。

数千年前。

最初の一人、彼等の始まりとなった鍛冶職人は『込める』事が出来た。

彼女が造り上げたのは『繋がる刀』だったか……彼等には知る由も無く、信じられる筈もないだろう。


イザーク「おいおいおい!! 待て待て!!」

ガルト「と、飛んでった……嘘だろ?」


何を込めたのかは知らないが、数千年を経て、再び生まれたのだ。

後に魔剣とも聖剣とも呼ばれる、強大な力を持つ剣が……


ーーーー

ーー





カイル「やめろぉおおお!!」


身体の至る所に穿たれたような傷を負い、朦朧としながら、彼は叫んだ。

死者の肉を喰らう化け物を前に為す術もなく……


ーー惨劇は、数十分前に起きた。


「あんなのまで……個体によって違うのか?」

「我々が居なければどうなっていたか、考えただけでゾッとする」

「しかし手出しが出来ん。奴は、硬すぎる」


その頃、騎士学校では一匹の魔獣と十数名の騎士達が戦っていた。

ファーガスと共に都に城から出発した彼等騎士達は編成され、都に住む人々に極力家から出ないようにと伝えていたのだ。

ありのままを話すのではなく、多少ぼかして伝える事で要らぬ混乱を防ぎつつ……

彼等は騎士学校を任され、教師には真実を、生徒には民と同じく。


説明の後、警護の為に留まっていた彼等の前に現れたのは、バリエ城で見た魔獣とは全く違う。


あろうことか、その魔獣は校舎内から現れた。

避難する生徒から聞いた所、現在対峙している魔獣は、教師が変貌したもののようだ。

そして数名の生徒が犠牲になったことも聞かされた……


その事実に愕然としながらも彼等は魔獣と戦っているのだが、攻撃が通じない。

皮膚は鱗に覆われており非常に硬く、刃が届かないのだ。だが唯一攻撃の通る場所がある。

それは膝裏、肘内。つまり関節が狙い目なのだが、そう簡単には行かない。


数名で当たれば問題無いと言う前提は容易く覆され、十数名居た騎士達も今や数名に減った。

一人は伝令に出したが、増援が来るまで持ち堪えるのは厳しいだろう。彼等が倒れれば、次は生徒達に襲い掛かる。

未だ避難は完了していないのだ。


『かろっ、かろろろろ……』


鮮やかな青に染まった魔獣は、手足を身体の内側に収め、亀のようにうずくまる。

一見防御のように見えるそれは、初めて見せる行動。


「一体何のつもッ!!」


瞬間、何かが炸裂し、残った騎士達全員を一瞬にして見るも無惨な姿に変えた。

飛来したのは魔獣の鱗、それが銃弾となり全方位にばら撒かれたのだ。

銃口が向けば避けようもあるが、身体全体が銃口となれば不可能。


『かろろろろ……』


鱗は射出後すぐに皮膚を突き出るように体表を覆い、再び先程と同じ姿に戻る。

もう、騎士は居ない。多くの生徒は学区内から脱出したが、未だ避難は続いていた。


騎士達が懸命に校舎から遠ざけたが、今や魔獣を止める存在は居ない。

魔獣は打ち出された砲弾の如く、校舎に向かって走り出す。


「皆、早く逃げろ!!」


そして、魔獣は教師達が避難誘導している場所へと現れ、再び鱗を射出する。

同時、多くの悲鳴があちこちから上がり、物言わぬ肉塊が出来上がった。

カイルも、其処に居た……

死は免れたが、眼前に広がるのは地獄と等しい光景。血肉を貪る化け物と、痛みに喘ぐ同級生の声。



ーーそして現在


カイル「やめ、ろ……やめろぉおおお!!」


校内に現れた化け物、逃げ惑う生徒、騎士、カイルの頭の中はぐちゃぐちゃだった。

状況など理解出来ぬまま避難、そして今や地獄のような有り様。

だが、それでも、カイルは立ち上がる。敵わぬと知りつつも、化け物を止める為に……


カイル「……ざけんな、そいつ等は、お前の食いもんじゃねえ!!」


落ちていた誰かの剣を手に斬り掛かるが、刃は通らない。鉄と鉄がぶつかり合うような音が虚しく響く。


『エギッ!!』

カイル「ガふっ……」


食事の邪魔だとばかりに振るわれた腕が腹部に直撃、口から血を吐き、吹き飛ばされる。



カイル「ゆ、るさねえ……」


吹き飛ばされた場所、校庭には騎士達の遺体が転がっていた。

ここで知る、自分達を逃がす為に戦ってくれていた事を、そして、あの化け物に殺されたという事を……


カイル「(何で、死ななきゃならねえんだ。何したって言うんだ……)」

カイル「死ん……で、死んでいい奴なんて、お前に食われていい奴なんていねぇだろうが!!」


叫びは届かない、見向きもしない。魔獣はひたすらに喰らい続けている。

歯痒さ、悔しさに飲み込まれながら、彼は尚も立ち上がる。

どうにもならないとしても、どうにかしようと、魔獣に向かって歩き出す。


カイル「生きてんだ……戦わなきゃ駄目だろ。なあ、セム」


友の名を呟いたその時だった。

カイルの目の前に、何かが落下したのだ。

凄まじい落下速度で地面に衝突したそれは土煙を上げ、カイルの視界を奪う。



カイル「クソッ、また化け物か……??」


徐々に回復する視界が捉えたのは、土煙の中で燃え盛る炎。カイルは惹かれたようにゆっくりと炎に近付いて行く。

次第はっきりしていくそれは、炎を纏った剣だった。


カイル「熱くねえんだな……まあ、いいや」


などと気の抜けた事を言いながら、何の迷いもなく剣を手にすると、魔獣に歩みを進める。

炎は更に燃え上がり、カイルの全身を包み込む。平然としているのを見る限り、本当に熱くないらしい。


『ヒッ……』

カイル「よぉ、戻って来たぜ」


魔獣は背後に立つカイルに反応したのではない。剣の発する尋常ならざる熱に反応したのだ。

密着する程に近付いたわけでもないのに、魔獣の背、その鱗が溶けだしている。

理屈は分からないが、魔獣は剣の熱を感じるらしい。

一方、所持しているカイルは全く熱を感じていない。



カイル「何だ熱いのか。斬りゃあ燃えんのか? 溶けんのか?」

『エギッ!!』


助走もなしに高く跳躍しカイルを飛び越え距離を取ると、魔獣は再び射出する。


カイル「なんか、ズルしてるみたいだな……まあ『仕方無い』」


しかし、射出された鱗はカイルに届く前に溶ける。カイルは燃え盛る剣が気に入らなかった。

こんな反則紛いな物を使って勝利しても、ちっとも嬉しくないからである。

だが、それはあくまで正々堂々とした勝負の話し。今は、違う。


カイル「そんだけのことを、お前はしたんだ……だから」


魔獣を睨み付け、柄を強く握り締め、突撃する。魔獣は四度目の射出を行うが、無駄。

最早、炎そのものと化したカイルは魔獣に向かい突き進む。


カイル「 燃えろ 」


肩に剣を担ぎ高く跳躍すると、魔獣の脳天に思い切り振り下ろす。剣は易々と鱗を溶かし、肉に達する。

そして、悲鳴も上げる事なく、魔獣は焼き尽くされた。

今日はこの辺で終了します。ありがとうございました。



1908【外界・カルセダ】


ある少女の死を引き金に兵士を殺害。その後も兵士殺害を繰り返す。


1910年9月【外界からプロテアへ】


遂に捕らわれ、銃殺(実際は死んでいなかった)

誘いの森へ投げ捨てられるが、ネアに救われプロテアに入る。


流行病の特効薬を完成させる為に山を越えたネアに死罪が言い渡される。

セムはネアを救う為に城へ侵入、ルシアンと出逢う。

ルシアンの芝居によりネアの罪は不問とされる。

セムはルシアンに引き取られ、共に暮らす。


【1910年12月ー1911年1月】


ネアを追い、城へ行く途中で助けたイザークに刀を貰う。

貰った刀を眺めている内に眠ってしまったセムは、不思議な少女の夢と過去の夢を見る。

この時より5日間目を覚まさず、病院で目が覚める。


悪夢と現実の区別が付かないセムは、ネアが生きている事を確認するべくナザレの街へ。

ネアが生きている事に安堵。悪夢により失うことの恐怖や悲しみを知る。

夢の中で過去の自分と対峙したのも、これが最初。



【1911年5月】


ファーガスの推薦により騎士学校へ入学。ルファやカイルといった友人が出来た。

ネアとその両親を侮辱する発言をしたタリウスと戦う。

その数日後、タリウスを尊敬する騎士見習いクルトとの立ち合い。


勝利するもカルアが流した血を見て錯乱、悪夢と現実が混同してしまう。

セムを止めるべく、カレン・ルファ・カイルが協力。

カレンがセムの意識を絶つことに成功するが、ルファとカイルらは傷を負ってしまう。


目覚めた後、カレンに事実を告げられ混乱するも、セムは受け止めた。

クルトと共にファーガスとパルマの養子となる。クルトが姉、セムが弟。


【1913年5月】


ファーガスとパルマがセムとクルトを養子にしてから二年。

セムは過去の行いが許されぬ罪だと知り、自己対話を繰り返す事で幾らか成長した。

しかし、完全に拭えたわけではなく、今も向き合って生きている。


守る為に強くなると定めたが、大事に想う人が傷付く事を怖れているだけなのかもしれない。

都に突如現れた『魔獣』と遭遇、それを打ち倒した。しかし、幼さと精神の脆さが目立つ結果となる。

大まかな流れを書いた物です。本編は近い内に投下します。


【騎士】

騎士学校を卒業した者。騎士学校の教師は騎士学校を卒業した者。

女王親衛隊、城内の近衛兵などはこれに該当する。


【兵士】

自ら志願し適性試験に合格した者。稀に騎士に抜擢される者も居る。

位は騎士より低い為、有事の際は騎士に従わねばならない。


ーー騎士・兵士を合わせ百万人弱。



カイル「……あんまり、嬉しくねえな」


魔獣は倒したが皆が帰ってくるわけではない、死者は決して蘇る事はない。

それが現実、逆らえぬ事柄。

食い散らかされた遺体、その惨状こそ現実。それを目の前に、魔獣を倒した喜びを感じる事など出来なかった。

共に学んだ生徒達、教師の無惨な亡骸は焼き付き、決して忘れられはしないだろう。


カイル「痛っ……あぁ、オレもやられてんだったな」


腕、腹、太腿、急所は逸れているものの、多くの傷を負っている。

痛みを堪えながら生存者が居ないか確認するが、非情にも全滅。

剣を杖代わりに何度も何度も周囲を確認するが、結果は同じ。


最悪の中でも幸いだったのは、自分達の学年が最後だったということだろう。


カイル「な、んだ?」



疲弊し、座り込んでいると背後から音が聞こえた。何かが弾けたような、気味の悪い音。

振り向き様、霞む視界が捉えたのは死者の身体を突き破る触手のような物。

ずるずると這い出る触手は忽ち身体を覆い、赤い魔獣へと変貌する。


カイル「……ふざけんな」


先程倒した魔獣には教師の人面、今現れた魔獣には生徒の人面……

何が原因かは分からないが、人が変貌した存在には違いない。


カイル「熱っ……」


すると、先程まで全く感じなかった剣から突如熱を感じる。カイルは痛みより驚きの方が大きいようだ。

熱を感じたのは負傷箇所、炎が傷口を熱し、無理矢理に傷口を閉じたのだ。


驚いた理由。それは、カイル自身がそう出来ないかと思った直後に起きた出来事だったからである。


カイル「(変な剣だな。一体何で出来てん……今はいいや)」

カイル「やる事は変わらねえし」


思考を読み取られたような、剣の迅速な対応。疑問は深まるばかりだが、今はそれどころではない。

眼前の魔獣を見据え、剣を構える。炎は衰えるどころか、その勢いを増している。


『ふるるるるっ……』

カイル「……オレに人殺しだって思わせたいのか? それとも、自分は人だって言いたいのか?」


額に張り付いた安らかな顔は、人であった事を証明しているようにも見えた。

だが、カイルは止まらない。覚束ない足取りで、ゆっくりと魔獣に近付いて行く。



『ヂッ…アァッ!?』


この間、魔獣は幾度となく長爪を振るったが届く事はない。切っ先は焼失し、炎は爪から指先に延焼。

炎は魔獣の身体を這い、全身を包んでゆく。


カイル「そんな事、考えてるわけねえだろ。お前は『誰でもない』んだよ」

カイル「大事な想いを、人を、その先を奪うだけの……それだけの存在だ」

『ヒィィッ!! ギヒャアア!!』


火達磨になりながら、何とか炎を消そうと転がり回る魔獣にそう告げる。

爪先に着いた小さな炎は、今や劫火と化し魔獣を焼き尽くさんとしていた。


カイル「……殺した事に、変わりはねえけど……な」


炎の塊となった動かぬ魔獣に向けて呟くと、カイルは膝から崩れ落ち、どさりと倒れた。



1913年5月11日


この日、バリエで三百を超える魔獣が確認され、ファーガス率いるバリエ騎士がこれを掃討する。

確認された魔獣の全ては民が変貌したもので、変貌する瞬間まで異常は見られない。

変貌前の主な異常は発汗、発熱、咳、流行病の症状と非常に似ていた。


被害者は、死亡者・重軽傷者を合わせ五百名以上。

ナザレ、アナトフでも同様に魔獣が確認、掃討された。

女王セシリアは非常事態宣言と共に、バリエ・ナザレ・アナトフに戒厳をしいた。


民はいつ自分が魔獣に変貌するかと怯えたが、家族や恋人、友人と寄り添いながら、何とか平静を保つ。

流行病の教訓からか大きな暴動などは起きず、西側バリエ周辺地域は沈黙に包まれた。


これから先の数日間は、プロテアの歴史、そして今を生きる全ての者達に決して消えない傷痕を残す事となる。

短いですがここで区切ります。色々考えているので、まとまるまで長くなると思います。

ありがとうございました。

諸事情により事が落ち着くまで書けない状態にあります。誠に申し訳ありませんが、依頼を出させて頂きます。

読んで下さった方、コメントして下さった方、本当にごめんなさい。

すいません、違う所でゆっくり書きます。

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