ほむら「佐倉さんと一緒なら」(173)

** 織莉キリ、まどポのネタバレ有 NGな方はタブ閉じ推奨 **


◆◇◆◇

―――― 病室 ――――

ほむら「……」

ほむら「ぐっ……うぅ………うう゛ううううう゛う」

 ダメだった―― 何も出来なかった
 鹿目さんのこと、守ることができなかった

ほむら「まどか……」

 鹿目さんのソウルジェムをこの手で撃ち砕いた感触が、
 脳裏に、掌に焼き付いて忘れられない

ほむら「ごめんね……ごめんね……」グスッ

ほむら「私が……守るから」

 かけ慣れた眼鏡を着け、見慣れた天上に向かって呟く

ほむら「守って見せるから」

――――
――

ほむら「この辺……だよね?」

 鹿目さんが魔法少女になった理由は、
 交通事故にあった黒猫の命を救うためだったから――

ほむら「エイミー、出ておいで」

 公園の植木の影から、一匹の猫が可愛らしい泣き声を上げながら現われる

ほむら「怖くないから、ね」

 エイミーを優しく抱き上げて、喉元を軽く撫でる

黒猫「にゃあ~」

ほむら「よしよし、今から安全な場所に連れて行ってあげるからね」

ほむら(これでファーストコンタクトは防げるはず……)

ほむら(次はキュゥべえをどうにかしないと……)

ほむら「キュゥべえ!」

QB「記憶に無い魔力の波動……君がその原因か」

ほむら「私はちゃんと貴方と契約したよ」

QB「へぇ……どいうことだい?」

ほむら「知らなくていいの、さよなら」ガチャリ

 盾に魔力を込めて、時間停止の魔法を発動すると、
 周囲の風が止み、私だけの世界が構築される

ほむら(キュゥべえを殺してしまえば――)バンバン

 魔法が切れ、世界が再び時間を取り戻す

QB「――!?」

QB「一体なんのつもりなんだい? いきなりボクを撃ち殺すなんて……
   個体のスペアを用意するのも、ただじゃないんだから無駄にしないでほしいな」モキュモキュ

ほむら(……やっぱり、キュゥべえを消し去ることなんてできないみたい)

ほむら(どこかに閉じ込めて置くことはできない……かな?)

キュゥべえ「君は面白い魔法を使うね」

ほむら「貴方がくれた力でしょ?」

QB「そうか……そうだね」

ほむら「分かったような口ぶりね」

QB「しかし困ったなあ……これではこの街に二人の魔法少女が存在することになる」

ほむら(巴さん……)

 優しくて強い先輩で、正義に生きる魔法少女
 でも、逆境に弱く、孤独に怯え、非常に脆い精神を併せ持つ女の子……

ほむら(敵対関係になる前に、なんとか協力を得たいな)

ほむら(巴さんと……争いたくなんてない)

―――― マミのアパート ――――

ほむら「……留守?」

 インターフォンを押してから、暫く待っても応答が無い
 
ほむら(魔女退治にでも出かけているのかな?)

ほむら「出直そう……」

 私は小さなため息を一つ吐き、踵を返す
 丁度そのとき、アパートの住人が姿を表した

××「あら? 貴女、ここに住んでる子の知り合い?」

ほむら「あ…はい……」

××「もう二週間以上、姿を見ていないのよ」

 貴女は何か知らない? そう中年の女性が私に尋ねる
 まさか……巴さんが魔女にやられてしまった?

ほむら「いえ、何も……」

××「最近物騒だからねぇ……まさかとは思うけど、何か事件に巻き込まれてるのかしらねぇ」

――――
ほむら「キュゥべえ」

QB「またボクに用かい?」

ほむら「巴さんはどうなったの」

QB「君は巴マミと知り合いだったのかい?」

ほむら「質問に質問で返さないで」

QB「……優秀な魔法少女だったよ」

 ワルプルギスの夜と事を交えるのに、
 一人でも多くの魔法少女の協力が欲しかったのに……

ほむら(この街に……巴さんは、もう…いない?)

ほむら「でも、この街には既に魔法少女が居るって――」

 とくんっ―― 指輪に化けたソウルジェムが疼く
 これは近くに魔女、若しくは使い魔が居ることを示す反応だ

キュゥべえ「気がついたかい?」

ほむら「この話はまた後で」

―――― 路地裏 ――――

ほむら(歪な結界……多分これは使い魔の結界……)

 グリーフシードを生まない使い魔を倒しても、私に利益は無い
 寧ろ、無駄に魔力を消費をして損を被るだけだ

ほむら(この使い魔がまどかを襲うようなことがあれば……)

ほむら(でも、そんなことを言い出したら切が無い
    仮定に仮定を重ねたって、なんの意味も無い……)

ほむら「……だとしても、放ってはおけない
    私の手の届く範囲で起こっている脅威は見過ごせない」

 魔法少女の使命は、人々を魔女の災いから護ること
 マミさんが常々言っていた事を思い出す

ほむら(魔力は極力抑えて、弾薬の節約を心がける)

ほむら(私一人だって、できる)

 できなくちゃ、だめ―― 自分に言い聞かせる

ほむら「誰にも頼れなくっても、私一人でもやってみせる」

――――
杏子「おいおい、アイツこの中に入っていったぞ?」

QB「そうだね」

杏子「イレギュラー様とやらは、魔女と使い魔の結界の違いが分からないヒヨッ子かよ」

QB「或いは、マミと同じような考えの持ち主かも知れないね」

杏子「けっ、胸糞悪りぃ名前出すんじゃねーよ」

QB「君は巴マミのことを慕っていたんじゃないのかい?」

杏子「まさか、有り得ない」

QB「そうなんだ やっぱり人間の感情というのは理解できないね」

杏子「しゃーない、先輩のあたしが世の中の規則を教えてやるとするか」

 幼い子供がクレヨンで描いたような使い魔が飛び交う中を
 私は一丁の銃を手に走り抜ける

ほむら(時間を止めて打ち込む、それだけでいい……)ダンダンダン

 瞬く間に使い魔が消滅していく姿を見て、自分の成長を実感する
 初めて魔法を使ったときは、ドラム缶をへこませる程度の実力だったのに

ほむら(強さは変わっても まどかを救いたいというこの思いは変わっていない)

杏子「ちょっとちょっと、アンタ何してんのさ」

ほむら「――!?」

杏子「こいつら使い魔だって……見りゃ分かるじゃん?」

ほむら「佐倉……さん?」

 佐倉杏子……見滝原の隣町である風見野で、魔女狩りを行っている魔法少女――
 かつて、巴さんと力を合わせていたようだけど、私は詳しく知らない
 巴さんに尋ねても話したくない様子で、いつもはぐらかされてしまっていたからだ

杏子「へぇ……魔女と使い魔の区別もつかない癖に、あたしのことは知ってるんだ
   ちょっと前に風見野から帰ってきたのに、随分と有名になったもんだよ」

ほむら「私に、用ですか」

杏子「だぁかぁらぁー、グリーフシードを孕む前の使い魔を絞めてどうすんのって言ってるの」

ほむら「使い魔でも、人に害を為します」

杏子「正義の味方気取りか……そういうの超ウゼェんだけど」

ほむら「……正義だなんて」

 佐倉さんについて知ってることなんて殆ど無い
 乱暴な言葉遣いで、私みたいな内気な性格とは正反対
 しかし、美樹さんが魔女に成ってしまったことに一番心を痛めていたのは佐倉さんだった

杏子「今すぐこの結果から出なよ」

ほむら「それは無理です」

杏子「聞き分けの無いヤツ……」

ほむら「この使い魔が、私の大切な友達を傷つけるかもしれないから」

杏子「チッ……ちょっと頭冷やさないとダメみたいだなあ!」

 佐倉さんが身構えると同時に、私も時間を操作する
 盾の中からトリモチ銃を取り出し、佐倉さんの足元目掛けて発射――

ほむら(これなら……)

杏子「わっ…」ビターン

 強力な粘着力をもつトリモチに足を捕られて、
 佐倉さんは顔面から勢いよく地面へと突進してしまった

杏子「――痛ッ」

ほむら「チェックメイトです」

 佐倉さんの腕を後ろ手に縛り、後頭部に銃口を突きつける

杏子「おいおい、マジかよ…… このあたしがルーキーに負けた?」

杏子(こんな終わりだなんて……あたしも全くついてねぇなぁ……)

ほむら「……」

杏子「……打てよ」

ほむら「できません」

杏子「ははっ、とんだ甘ちゃんだな だったら、その銃を降ろしてくれよ」

ほむら「それもできません」

杏子「……はぁ、何がしてぇんだよ、アンタ」

ほむら「一月後、この街にワルプルギスの夜が来ます」

杏子「へぇー、ワルプルギスの夜って本当に存在したんだ」

ほむら「私は、ワルプルギスを倒したい……
    大切な人を護りたい でも、私だけじゃ力不足なんです」

杏子「……だからなんだって言うんだよ」

ほむら「私に協力してください」

杏子「人の頭に銃を突きつけて言う台詞とは思えないね」

ほむら「今の貴女に、選択の余地はないと思います」

杏子「……分かった分かった、アンタの手助けしてやる」

ほむら「信用していいんですか」

杏子「もちろんさ だから早くこの忌々しいトリモチを取り除いてくれ」

ほむら「分かりました」

杏子「ふぅ……助かった」

杏子「んじゃ、そーゆーことで」バイバーイ

ほむら「佐倉さん!?」

杏子「他人の言葉なんてバカ正直に信じてんじゃねーぞ」ベーッ

ほむら「待って!」

使い魔「ケタケタケタケタ」

ほむら「……佐倉さんを追いかける前に、ここの使い魔を全て倒さないと」


――――
――

杏子(チッ……なんなんだアイツは)

杏子「三つ編み根暗ウスノロ眼鏡かと思ったら、妙な手品をつかいやがる」

杏子「マミのヤツがくたばって、見滝原が手に入ると思ったのに……興醒めだよ」

◆◇◆◇

―――― マミの部屋 ――――

杏子「あの頃と何も変わってねーのな」

 今にもそこのドアからマミのヤツが、「新商品のお菓子が手に入ったの」
 なんて言いながら入ってくるんじゃないと錯覚させられるほど、代わり映えの無い部屋

杏子「本当にやられちまったのかよ……マミのヤツはさ」

 部屋の主が不在であることを示すかのように、
 テーブルの上には食べかけのまま放り出されたケーキが、すえた悪臭を放っている 

杏子「誰かのために戦ったって、誰かのために死んだって、
   誰もマミの死を悲しんだりしてくれないんだ……気づいてすらもらえないんだよ……」

杏子「コレが…… こんなのがマミさんの望んだ結果なのかい?」

 あたしの問いかけに返事は返ってくるはずも無く、
 言葉は空っぽの部屋に吸い込まれてしまう

杏子「こっちは寝室だっけ」

 部屋に入ると、まず目に入ってきたのは懐かしいベッド
 一人で寝るには少しばかり大きいが、二人で寝るのにはちょっと狭かった――

杏子「あ……」

 枕元にクマのぬいぐるみが丁寧に置かれている

杏子「これ……、あたしがプレゼントしたヤツじゃん……
   マミのヤツ、こんなものをまだ大事に持ってたんだ」

杏子「マミ……さん……なんでやられちまったんだよ」

杏子「だからあたしの言う通り、自分のためだけに生きていれば
   こんなことにはならずに済んだかもしれないのに……」

 『自分勝手に生きて、他人に迷惑をかけて、そんな風に生きるために
  私は魔法少女になったわけじゃないの…… 佐倉さんだってそうでしょ?』

杏子あーあ……絶好の狩場が手に入ったってのに
   こんな気分にさせられるなんてね……」

杏子「……」チッ

杏子「ったく……未練がましいこと、してんじゃねーよ」

―――― 公園 ――――

杏子「……なんだかなぁ」

 見滝原が手に入ったってのに、どうにも気分が乗らない
 そもそも、あの妙な手品を使うイレギュラーがいるってことは
 完全にこの街があたしの狩場になったわけではないんだよな……

杏子「つまんねぇの……」

タツヤ「ねーちゃ、ねーちゃ」

杏子「あん? 誰だテメェ」

タツヤ「あそぼー、あそ、ぼー」キャッキャ

杏子「おいおい、あたしは忙しいんだ」

 嘘、全然忙しくない 昼間から結界を張れる魔女なんて殆ど居ないから

杏子「お前の母さんのとこでも行ってろ」シッシッ

タツヤ「う゛ー」

杏子「って言っても、辺りに大人の影は見あたらねーし……迷子か?」

タツヤ「まいごー、まいごー」キャッキャ

杏子「……面倒くせぇ」

杏子「ほら、ガキ これでも食ってな」

タツヤ「ありが、とー」

 何も知らない子供に、盗品である菓子を与えることに少しの罪悪感を感じる
 が、そんなことは直ぐにどうでもよくなる
 
杏子(これは正当な報酬だ……)

杏子(あたしは間違ってなんかない……間違ってなんかない……
   マミみたいなヤツの方がどうかしてるんだ)

和久「タツヤ、心配したんだぞ!」ハァハァ

 子供の父親らしき人物が、大慌てでこちらに走って来た

タツヤ「ねーちゃに、あそんで、もらってた」

和久「すみませんウチの子が……」

 あたしも小さい頃は、妹のモモと二人して父さんの側をうろちょろしたもんだ
 面白そうなものを見つけて、二人で迷子になって……
 そうしたら父さんが血相を変えて探しに来たことなんてこともあったなぁ

杏子「構わねーって ガキってのは目を離すと直ぐにどっかいっちまうからね」

和久(この子、まどかと同じくらいの歳だけど、平日の昼間からこんなところに……)

杏子「ってかオッサン、真昼間からこんなとこでガキと遊んでていーのかよ」

和久「僕は主夫ってやつだからね こうみえても仕事中なのさ」

和久「キミこそ学校に行かずにサボりかい?」

杏子「まぁな、だって幽霊だし」

和久「幽霊?」

杏子「そう、お化けにゃガッコも試験もねーからな」

和久「おいおい、大人をからかうもんじゃないよ」

杏子「嘘じゃねないって その証拠に目の前から綺麗さっぱり消えてみせるよ」

 オッサンは嫌味のない笑みを浮かべて、あたしの方を見つめている

杏子「おい、そこのちっさいの 食い物は全部残さず食べるんだぞ」

タツヤ「うん!」

杏子「いい返事だ じゃあなオッサン 家族は大切にしなよ」バッ

和久「え……? 本当に居なくなってる!?」

タツヤ「しゅごいー」

和久「熱でもあるのかな……」

タツヤ「パーパ、だい、じょう、ぶ?」

和久「平気平気 さぁ、そろそろお家に帰ろう」

タツヤ「まだ、あそぶー」

和久「わがまま言わない」

タツヤ「ぶー」


――――――
―――


杏子「家族か…… みんなあっちで楽しくやってるのかな……」

杏子「……はぁ、今日は厭なことばっかり思い出してる」

杏子「厄日だ厄日…… 今夜は魔女退治なんてしてないで、大人しく寝てよう……」

―――― 同刻、風見野 ――――

織莉子「私は、私の生まれた訳を知りたい……!」

QB「家約成立だ」

織莉子「あぁ……そう……そうなの…… それが私の存在する理由なのね……」

QB「キミが納得の行く答えが得られたみたいで良かったよ」

織莉子「キュゥべえ、ありがとう……私のするべきこと、分かったの」

QB「ふぅん、もしよかったら君の――」

織莉子「ダメ、教えてあげないわ」

QB「つれないね」

織莉子(魔法少女……)

 私が念じると、どこからともなく無数の弾丸が生み出された

織莉子「凄い……まるでファンタジー小説の中にいるみたいね」

QB「現実だよ それじゃあ契約通り、キミはこれから魔女を――」ビュン

 魔力によって生成された銀色の弾丸が、キュゥべえを貫く

織莉子「そんなこと識ってるわ……言われなくてもそうする」

QB「ひどいなぁ……初対面のボクに対して、こんなことができるなんて」モキュモキュ

織莉子「……気味が悪い生き物ね」

QB「自分の体だって、大切なエネルギー源だからね」キュップイ

織莉子「キュゥべえの言う通り、哀れな魔法少女の成れの果てでも狩りに行きましょうか」

QB「へぇ、キミはどうしてそのことを知っているんだい?」

織莉子「分からないわけないでしょう?」

QB「大方予想はついているけど、確証はないからね
   恐らく、キミの願った奇跡と関係しているんだろう?」

織莉子「ふふっ、正解」

QB「やっぱりね」

織莉子「無駄話はこれでお終い」

QB「初陣、頑張ってね」

織莉子「……」

 キュゥべえのことを無視して、夜の帳へと身を溶かす……
 
 『鹿目まどかを殺す』
 
 それが、私にとっての使命――

◆◇◆◇

―――― 学校 ――――

ほむら「暁美ほむらです これから宜しくお願いします」

 巴さんは亡くなってしまった 佐倉さんには断られてしまった
 他に協力してもらえそうな魔法少女は、美樹さんしかいない
 でも、美樹さんは魔女になって――
 
ほむら「……?」

ほむら(美樹さんの席は……空席?)

早乙女「暁美さんは心臓の病気でずっと入院していたの みんな助けてあげてね」

――――
――


ほむら「あの…… ここの席の人は欠席なんですか?」

まどか「さやかちゃ…… 美樹さんはねー」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

―――― 病院 ――――

恭介「いよいよだ」

さやか「うん、一緒に頑張ろう!」

恭介「おいおい、手術を受けるのは僕だけじゃないか」

さやか「ずっと側で見守ってるから」

恭介「ありがとう、さやか 君はいつでも僕の側で支えてくれて」

さやか「改めて言われると、なんだか恥ずかしいなぁ あははー」

 絶対によくならないと思われた恭介の腕は治る
 海外の神の手を持つといわれる名医の手によって

恭介「……」

さやか「どうしたー恭介、あんまり嬉しそうじゃないみたいだけど?」

恭介「神童と謳われた少年の手に、今一度バイオリンを――」

 恭介の言ったキャッチフレーズの下に、たくさんの募金が集まった。
 親友である仁美の両親の伝で、優秀な医師に出会うことができた。

恭介「もう一度バイオリンを演奏できることは、とっても嬉しいんだ。でも、
   この世界には、生きることさえままならない人たちがたくさんいる」

恭介「こんな大金、僕が独り占めしていいのかな……」

さやか「もちろんだよ このお金は、
    恭介のことを想ってくれた人たちが出し合ってくれたんだよ」

さやか「みんな恭介の腕が治って欲しいと思ってるんだよ」

恭介「でも、僕の音楽で空腹は満たせない……」

さやか「あ゛ーもー、グジグジ悩んでばっかで男らしくない!」バシッ

恭介「痛っ」

さやか「期待されてんだから、頑張んなさい」

さやか「恭介のことをとやかく言うヤツが居るなら、あたしがぶっ飛ばしてやるから!」

恭介「あははは……さやかは逞しいなぁ」

さやか「ほら、バイオリンで稼いだお金を世の中に還元していったらOKじゃん?」

恭介「うん……そうだね」

恭介「何から何まで本当にありがとう」

さやか「やめてよ、照れるじゃん」

恭介「でもさ、本当にさやかが幼馴染でよかったよ」

さやか「えー ただの幼馴染?」

恭介「ぼ、僕の彼女でよかったよ」

さやか「うん 私も恭介のこと大好き……」

恭介 「  ……  」///
さやか「  ……  」///

さやか「恭介、プレゼントがあるの」

恭介「何かな?」

さやか「でも、ここじゃ渡せないの 屋上に移動してもいい?」

恭介「うん、じゃあ車椅子を看護士さんに持ってきてもらわないとね」

――――
――

『頑張ってこいよ! 上条』 『応援してるからね、上条君』

 『14歳で新婚旅行ってありえねーぞ チクショー ウラヤマシー』

  『元気になったら、私たちにも演奏聞かせてね!』 
  

恭介「みんな……!」

さやか「クラスのみんながね、渡米する前に会いたいって」

恭介「……ありがとう、ありがとう」グスッ

中沢「御礼なら、演奏会のチケットで返せよ
   オークションで高く売れそうだからな!」

恭介「売るのかよっ」

中沢「冗談だっつーの! 絶対聞きに行くからさ」


――――
まどか「ねぇ、さやかちゃんまで着いて行かなくてもいいじゃないの?」

さやか「私が一緒にいたいの 一月だけ学校を休むだけなんだし」

まどか「そっか……」

さやか「まどか~ もしかして寂しいの?」

まどか「そ、そんなことないよ~
    さやかちゃんこそ、一ヶ月後勉強が分からなくて泣かないでよ?」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

まどか「というわけで…… この席は一月ほど空席なんだ」

ほむら「なんだかドラマみたい」

まどか「ほんとにねー 学校休んでハネムーンなんて有り得ないよ!」

ほむら「ふふっ」
まどか「えへへ」

まどか「なんだか、親友がどこか遠くに行っちゃった感じ……
    実際遠くに行ってはいるんだけど、来月には帰ってくるのに……」

ほむら「うん……」

まどか「ねぇ、暁美さん 私と友達なってよ」

ほむら「えとっ……」

まどか「あっ、別にさやかちゃんの変わりっていうわけじゃないよ」

ほむら「私も退院したばかりで友達いないから……嬉しい」

まどか「えへへ……これからよろしくね」

ほむら「よろしく、鹿目さん」

まどか「まどかでいいよー その代わり、私もほむらちゃんって呼ばせてね?」

―――― 数日後 ――――

まどか「ふぇ~ さっきの数学の授業、全然分からなかったよ~」

ほむら「ちゃんと公式を覚えていれば大丈夫だよ」

まどか「ずっと入院してたのに、ほむらちゃんは余裕だねー」

ほむら「び、病院で勉強してたからね」

まどか「ホントにぃ? 体育だって卒なくこなしてたし、怪しいー」

ほむら「別に怪しくなんかないよ」

まどか「うーん…… 実は特殊な任務を背負った、何かのエージェントだったり?」

ほむら「ないない…… 鹿目さん、テレビの見すぎだよ?」

まどか「えへへ って、また鹿目さんって言った!」

ほむら「あ……」

まどか「まどか! はい、復唱!」

ほむら「ま、まどか……」

まどか「声が小さい!」

―――― 病院前 ――――

ほむら「この結界、お菓子の魔女のモノだよね…… 病院前だし……」

ほむら「たしかに強い相手だけど、この魔女の秘密を知っている今の私なら――」

杏子「げっ、イレギュラー」

ほむら「私の名前は暁美ほむらです、イレギュラーなんて名前じゃなありません」

杏子「はいはい分かりました分かりました、あ・け・み・ほ・む・ら・様
   で、ほむら様一体ここで何をなされていたんでしょうか?」

ほむら「ここの魔女を倒しに行くつもりだったけど、貴女に譲ります」

杏子「そりゃまたどうして?」

ほむら「この結界から判断すると、なかなか強そうだから」

杏子「……この前、奇妙な手品を披露してくれたわりには弱腰なんだな?」

ほむら「私は臆病なんです」

杏子「チッ……ますます気にいらねぇ」

杏子「でもまぁ、折角譲ってくれるって言うのなら遠慮はしないぜ?」

ほむら「どうぞ」

杏子「……背後から奇襲なんてすんなよ?」

ほむら「しません」

杏子「……どうだかな」

 佐倉さんは魔女の結界の中へと入っていく
 もう少ししたら、彼女の後を追うことにしよう

ほむら「万が一ってことも、あるもんね……」

ほむら「それにしても……」

 キュゥべえの様子がおかしい いつもならば執拗にまどかを追いかけているのに、
 この世界においてはその限りではない むしろ余り関心が無い様に思われる

ほむら「私にとっては好都合だけど……」

杏子「ははっ、なんだただの雑魚じゃん コイツのどこが強いだよ」

シャル「 …… 」

杏子「終わりだよっ」バシュッ

杏子「全く持って骨がねぇなぁ…… 見滝原つっても、雑魚ばっかじゃん
   あのマミがどんな魔女にやられたのか気になって仕方がないよ」

シャル「 ―― 」クパァ

杏子「ッ!?」

――――
ほむら「間に合って!」ガチャリ

 佐倉さんの頭を魔女が丸呑みにする寸でのところで時間がを止まる
 安心している時間は長くない 私はすかさず時限爆弾を投げ込む

ほむら「佐倉さん!」

杏子「あ……なんであたし、生きて……?」

 全く状況を飲み込めていない佐倉さんの手を引いて走る
 ほどなくして、時が流れ出すと同時に魔女が爆炎に包まれる

シャル「 ―― 」バタリ

杏子「はぁはぁ……」

ほむら「よかった……間に合って」

杏子「お前、何したんだよ」

ほむら「……」

杏子「まるで、あたしたち二人以外は時が止まったような――」

 得心がいった そんな顔をして、佐倉さんは私の顔を見る

杏子「初めて会ったときも、時間を操っていたわけか……なるほどね」

杏子「常に相手の隙をつけるって訳か なんて卑怯―― いや、完璧な魔法だな」

 このあたしでも、どう足掻いたってアンタにゃ勝てそうにないよ
 佐倉さんは文句を垂れながら、私の目の前まで近づいてくる
 
杏子「何で助けた?」グイッ

ほむら「……それが、魔法少女の役目だから」

杏子「……」ギリッ

杏子「見え透いた嘘ついてんじゃねーよ!」

 彼女の手に槍が握り締められる
 反射的に私も拳銃を手にし、佐倉さんの胸突きつけた
 それはつまり、佐倉さんのソウルジェムを直接打ち抜ける位置にいるということだ

ほむら「嘘じゃありません」

杏子「今すぐその銃であたしを撃ちぬきなよ」

ほむら「……できません」

 佐倉さんは槍を納め、唇が触れそうな距離まで私に顔を近づけて言う

杏子「ワルプルギスと戦うための駒がほしいだけだろ?」

ほむら「……」

ほむら「戦力が欲しいというのは事実です でも、
    目の前の人の死に無頓着になれるほど、私は鈍感にはなれません」
    
杏子「……本当うざいよ、アンタ」

杏子「あんたに手を貸すつもりもないし、見逃してくれるって言うのなら帰るよ」

ほむら「……私は貴女の力が借りたい」

杏子「厭だね」

ほむら「……」

杏子「これ、やるよ…… アレを倒したのはアンタだからな」ポイ

ほむら「グリーフシード…… 佐倉さんの目的は、これを集めることじゃないの?」

杏子「……」

ほむら「ねぇ、佐倉さん――」

杏子「今日は……助かった」

 佐倉さんが小さく呟いた言葉は、私の耳に届くまえに、夜の闇に飲まれてしまう
 再び声をかけようとしたけれど、既に彼女は私の前から姿を消してしまっていた

ほむら(どうして、どうしていつも上手くいかないんだろう)

 私は空を見上げる 真っ暗な夜の空に、星は見えない
 雲は出ていないけれど、人工の明りに包まれた見滝原に、星の光は降り注がない
 暗闇のなか、孤独に輝く月が見えるだけだった

◆◇◆◇

―――― スーパーマーケット ――――

まどか「ごめんね、夕飯の買出しにつき合わせちゃって」

ほむら「ううん、夕食に誘ってもらったんだもん 全く気にしてないよ」

まどか「そう? よかった パパの料理は絶品だから、期待しててね」

 鹿目さんと一緒に買出し 買い物カゴを二人して持ち、並んで歩く

ほむら「……」

 今回のキュゥべえは鹿目さんに近づく素振りをあまり見せない
 
ほむら(いい傾向、なんだよね……?)

まどか「どしたの、ほむらちゃん 深刻な顔をして?」

ほむら「そ、そんなことないよ」

まどか「悩み事ならいつでも相談にのるからね!」

ほむら「ありがと、かな…… まど…か」

まどか「うーん……まだちょーっとぎこちないかなぁ」

ほむら「え、ええ~」

 レジで並んでいると、鹿目さんがメモを見て声を上げる

まどか「あちゃー、買い忘れがあったみたい
    私、走ってとってくるから列に並んで待ってて」

ほむら「うん」

――――
――

まどか「えーっと、お醤油お醤油……」

まどか「あれ……あの子……?」

 調味料が陳列されている棚へ行く途中、
 お菓子売り場で不審動きをしている子を見つけてしまった

杏子「~♪ ~♪」

まどか(やっぱり…… パーカーのポケットにお菓子を入れてる……)

杏子(盗ってきたお金はまだあるけど、この時間はレジが込んでるしなぁ)

まどか(あっちはレジのある方向じゃなくて、裏口だよね……)

まどか「ねぇ、ちょっといい?」

杏子「何?」

まどか「ポケットの商品、レジ通してないよね」

杏子「……最近は万引き対策に学生まで動員してんのか?」

まどか「ちゃんとお金払わないとだめだよ!」

 見知らぬ赤髪の女の子の腕を強引に掴んでレジに向けて歩く

杏子「おい……あんまりひっぱんなよ! 袖が伸びるだろ」

まどか「あっ、ごめんなさい」

杏子(隙ありっ)

まどか「ダメ!」

 腕を振り払って逃げようとする彼女の肩を思い切り掴む

杏子「わっ」

まどか「逃げようたって、そうはいかないよ?」

杏子「……」チッ

杏子(ちょっとの我慢だ レジを通したらさっさと逃げよう)

杏子(警察なんて呼ばれたら、めんどくさいことになるし…… 我慢我慢)

まどか「ごめんね、ほむらちゃん もう会計終わっちゃってる?」

ほむら「ううん、ちょうど今――」

ほむら「佐倉さん……?」

まどか「え? ほむらちゃん、この子と知り合いなの?」

ほむら「え……えっーと……」

杏子「イレギュ――」ガチャリ

 夕方のスーパーから、ざわめきが消える
 そう、暁美ほむらが時間を止めたのだ

ほむら「イレギュラーなんてよばないでください」

杏子「あん? 態々時間を止めてまで、そんなことが言いたかったのか?」

ほむら「鹿目さんに魔法少女のことについて悟られたくないの」

杏子「ふーん……そうなんだ」

 再び時間が戻った ほむらも元の制服に戻っている

杏子「なぁなぁ、アンタ知ってるか? こいつなんだけど」

まどか「なになに? やっぱり二人は知り合いなの?」

杏子「まほ――」

ほむら「……」ゲシッ

杏子「痛ッ 何すんだよ」ゲシッ

まどか「……レジ前で喧嘩しないでよ、恥ずかしい」

杏子「だってほむらが!」

ほむら「ご、ごめんなさい……」

まどか「はいはい、二人とも仲良くしててね、会計終わったらお菓子あげるから」

ほむら『佐倉さんのせいで恥をかいてしまったじゃないですか』

杏子『あぁ? 許可無く頭ん中に話しかけてくんなよ』

――――
織莉子「あれが鹿目まどか……」

織莉子(ごく普通な女の子じゃないの……
    あの子が、人類史上最悪の魔女になるなんて……想像もつかない)

 今ここで弾丸打ち出せば、全てが終わる……全てが終わるの……
 たくさんの人々を不幸にする魔女は生まれなくなる……

織莉子(できる…… 私にならできる…… だって、それだけが私の存在理由だから)

 悩む必要なんて、初めから存在していないんだから
 人を一人殺すだけじゃない…… 人間の成れの果てを、私はこの手で――

織莉子「手が震えている……情けない……」

キリカ「あっ」チャリンチャリン

 鹿目まどかのいるレジの隣、
 小銭を散らかしてしまった少女が一人焦っているのが目に入った

織莉子「手伝います」

キリカ「ど、どうも……」

織莉子「これで全部?」

キリカ「は、はい」

織莉子「それじゃ、私はこれで」

キリカ「あ……」

 私は隣のレジに目をやる しかし、鹿目まどかたちの姿はもう其処にはなかった

織莉子(私は今……ほっとしてる?)

織莉子(でも、あの子を消してしまわないと……)

 私にしかできないことだから……
 自分に言い聞かせる 何度も、何度も何度も――


――――
キリカ「さっきの人に、御礼、言いそびれちゃったな……」

キリカ「また、会えるかな……」

―――― 帰り道 ――――

まどか「私、鹿目まどかっていうの 貴女の名前はなんて言うの?」

杏子「暁美ほむらです」

まどか「……ほむらちゃん、この子の名前は?」

ほむら「佐倉杏子」

杏子「てめぇ、ほむら何言ってんだよ」

まどか「杏子ちゃんっていうんだ いい名前だね」

杏子「そりゃどーも」

まどか「ねぇ、杏子ちゃんは何で万引きなんてしようとしたの?」

杏子「万引きするのに理由なんて、一つしかねーだろ」

まどか「杏子ちゃん……悩んでるなら話してごらん?
    そうやって非行に走って、大人の注意を引きたいだなんて……」ウルッ

杏子「違う……全然違うから……」

まどか「そう? じゃあお小遣いが少ないから?」

杏子「ま、そんなとこかな」

まどか「だめだよ……そんなことしたらお店の人が困っちゃうもん」

杏子「んなことあたしの知ったことじゃねーよ」

まどか「……ちゃんとご両親に謝らなくちゃダメだよ
    それに、正直に話せばお小遣いだって上げてもらえるかもしれないし」

杏子「無理だよ」

まどか「一緒についていってあげるから」

杏子「だってもう……この世にいねーし」

まどか「……! ご、ごめんなさい」

ほむら「佐倉さん……」

杏子「別に……気にしてなんかないさ」

まどか「事情も知らずに言いたいこと言っちゃって……」

杏子「だからいいって……恐縮されてもこっちが困る」

まどか「……うん」

まどか「でも、やっぱり万引きはよくないよ」

杏子「次からはちゃんとお金払うって」

まどか「お金の都合はつくの?」

杏子「当てがあるからね」

ほむら『最近見滝原のATMが襲われてる事件って知ってる?』
杏子『最近自衛隊駐屯地で武器の盗難が続いてるって知ってるか?』

まどか「二人してなに睨み合ってるの?」

ほむら「そんなことないよ」

まどか「なんだか二人仲いいね」

ほむら「そんなことない!」
杏子「そんなことねーよ!」

まどか「ほらねー」

ほむら「まどか……違うの信じて!」

ほむら『佐倉さんのせいで鹿目さんに誤解されたじゃないですか』

杏子『あたしの知ったこっちゃないね』

ほむら『……』グヌヌ

まどか「ねぇ、杏子ちゃんはこのあと暇?」

杏子「別に用事とかはないけど」

まどか「折角だから、ウチでご飯食べていかない? ほむらちゃんも一緒する予定なんだ」

ほむら「まどか!?」

まどか「いいよね?」ニコッ

ほむら「まどかがそう言うのなら……」

杏子「ほむらと一緒なのが気に食わないけど、ただ飯がありつけるならいいかなー」

まどか「決まりだね」エヘヘ

―――― まどかの家 ――――

まどか「ただいまー」
ほむら「お邪魔します」
杏子「邪魔するよー」

和久「いらっしゃい あっ、君はたしか公園で会ったよね?」

まどか「パパ、杏子ちゃんのこと知ってるの?」

和久「幽霊さんだよね?」

ほむら「幽霊?」クスッ

杏子「……いや、初対面だよ?」チッ

和久「そうだったかな? ごめん、僕の記憶違いだったみたい」

まどか「しっかりしてよー」

和久「寄る歳には勝てないみたいだね……」

ほむら「まだまだお若いですよ」

和久「いやー、ほむらちゃんは優しいねぇ」

――――
まどか「私はパパを手伝ってくるから、友達同士仲良く待っててね」

ほむら「友達……?」

杏子「だってさ」ニシシ

ほむら「何が可笑しいの?」

杏子「ありえねーって思ってさ」

ほむら「そうですね 私はこんな粗暴な方とは仲良く出来ません」

杏子「あれぇ? 戦力がほしかったんじゃないのかよ?」

ほむら「……手伝ってくれるんですか?」

杏子「無理無理絶対無理 馬鹿の手伝いなんてできねーよ」

タツヤ「ねーちゃ、あそぶー」

ほむら「たっくん、おねーちゃんと一緒に積み木しよっか?」

タツヤ「やー、赤いおねーちゃんとあそぶー」

杏子「だってさ」ニヤリ

ほむら(何か物凄い敗北感が……)

杏子「美味ぇ!」

和久「いい食べっぷりだね、僕も作ったかいがあるよ
   お代わりもあるからどんどん食べてね」

ほむら「佐倉さん、がっつきすぎ……」

杏子「……」モグモグ

ほむら「聞いてない……」

まどか「こっちのは私が作ったんだよ」

ほむら「そうなの? うん、美味しい」

まどか「よかった 口に合わなかったらってどうしようと思ってたの」

タツヤ「もぐ……もぐ……」

杏子「あー……お前、零れてるじゃないか……
   食い物粗末にするヤツはバチがあたるんだぞ?」

タツヤ「うん」モグモグ

杏子「ちゃんとテーブルに落ちたやつも食べんだぞ?
   まだまだ食べられるんだし、その一つまみの飯すら食えないやつだっているだからな」

―――― 玄関 ――――

ほむら「今日はごちそうさまでした」

和久「また遊びにおいでよ」

杏子「あたしはこれで、今日は思いのほか楽しかったよ」

和久「送っていこうか?」

杏子「一人で帰れるって」

まどか「ほむらちゃん、また学校でね 杏子ちゃんは――」

杏子「ああ…… えっと、あたしは風見野に住んでるから」

まどか「そうだったんだ じゃあ学校が違うんだ 残念……」

ほむら「また明日ね」

まどか「うん、二人ともバイバイ またね」

――――
――

杏子「なぁ、ほむら」

ほむら「なに?」

杏子「お前の守りたい友達って まどかのことだろ?」

ほむら「……」

杏子「図星だな」

杏子「ふんふんなるほど アイツのためにね…… 
   全くバカなやつだ 人のために魔法を使うだなんて」

ほむら「馬鹿でもなんでもいいの、私は彼女のことを救いたい」

杏子「ふぅん……」

杏子「ワルプルギスの夜が来ることを知っている
   そしてほむら、アンタの魔法は時間を操る能力……」

ほむら「だから何だっていうんですか?」

杏子「青狸?」

ほむら「……言いたいことは分かりますけど、その呼び方には納得がいきません」

杏子「その盾にはさ、鼻からスパゲッティが食べられるようになる道具とかあるのか?」

ほむら「あるわけないじゃないですか……」

杏子「誰かのために祈って、誰かのために戦って……
   ほむらのこと見てるとイライラする」

ほむら「……」

杏子「まるで昔の自分を見てるみたいでさ むかつくんだよ」

ほむら「佐倉……さん?」

杏子「先輩から一つ、アドバイスしてやるよ その願いは誰も救うことなんてできない」

ほむら「……」

杏子「自分は間違っていないと思っててもな、正しいことをしてると思っていてもな、
   お前のやってることは全部誤りなんだよ もっと辛い未来を招くことしかできないんだ」

杏子「世の中の条理を捻じ曲げて得られた力…… この魔力に希望なんてない
   あたしたちは、誰かのために祈った分 その祈りに見合った呪いを振りまくことになる」

ほむら「それでも私は、この力を信じている あの子のことを救えるって信じてるの」

ほむら「どんな辛いことがあっても、どんなに苦しむことになっても、私は諦めない」

杏子「……そっか」

杏子「……自分の信じるように生きてみればいいさ
   その結果がどうなったって、全部自分自信の責任なんだからな」

ほむら「うん……」

杏子「ちょっと感情的になりすぎちまったかな……」

ほむら「……佐倉さんは、一体何を願ったの? 誰のために戦っているの?」

杏子「何を願ったかは言いたくない 誰のために戦っているといえば、それは自分のためだ」

ほむら「……」

杏子「鹿目まどか……いいヤツだな…… アイツの父親も、弟も
   傍から見ても、仲のいい家族だってことがわかるよ」

ほむら「うん」

杏子「護れるといいな」

ほむら「佐倉さん……?」

杏子「あたしはもう行くよ…… 手伝いはしてやらねー
   けど、上手くいくようになら祈ってやってもいいぜ?」

ほむら「うん……頑張る」

杏子「じゃあな」

ほむら「また……ね」


――――
ほむら(佐倉さんも、誰かのために願ったんだ)

ほむら(けれどその願いは、望まない未来を創ってしまった……)


 彼女が美樹さんのために親身になっていた理由が、なんとなく分かった気がする
 
 似たような願いで魔法少女になった美樹さんが、
 自分のように不幸になってほしくなかったんだろう

 もしかしたら、昔の自分を重ねていたのかもしれない
 
 今の私のように、この力を信じ、自分の願いを祝福して疑わなかった頃を

◆◇◆◇

―――― 風見野 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――

織莉子「……貴女」

キリカ「こんばんわ!」

織莉子「驚いた……、まさか貴女が魔法少女だったなんて」

キリカ「えっと、魔法少女になたのはつい最近なんだ」

キリカ「私、呉キリカっていうんだ よろしく」

 呉キリカ そう名乗った彼女が右手を突き出して握手を求める
 握手は嫌い……政治屋のお父様に付き添って、何度も何度も繰り返してきた行為だから

織莉子「握手って嫌いなの」

キリカ「そうなんだ……ごめん」シュン

織莉子「べつに……貴女が悪いわけじゃないから」

キリカ「……この前は助けてくれてありがとう」ペコリ

織莉子「丁寧なお辞儀が必要なほどのことはしてないわ」

キリカ「言いそびれちゃったから」

織莉子「そう」

織莉子「美国織莉子」

キリカ「え?」

織莉子「名前、美国織莉子 美国っていえばこの街じゃ有名だけど、知らないの?

キリカ「美国……美国…… ごめん分からない」

織莉子「テレビも新聞も見てないのね」

キリカ「……」シュン

 先生にこっぴどく怒られて落ち込んでいる、小学生みたいな表情を浮かべるキリカ
 私の父が起こした汚職事件について、何も知らないらしい
 
織莉子「いいのよ、知らないのならそれはそれで」

キリカ「美国さん」

織莉子「織莉子って読んで…… 姓は嫌いなの……握手することより大嫌い」

キリカ「……織莉子」

織莉子「何?」

キリカ「私と友達に成ってください!」

織莉子「…………はい?」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

――――
織莉子「今思い返しても面白いわ」

キリカ「何も面白くないよ」

織莉子「私と友達になってください!」キリッ

キリカ「……だって、私友達とかいたことないんだよ
    どういっていいか分からなかったし……」グスッ

織莉子「泣くこと無いじゃない……」

キリカ「キュゥべえー織莉子がいじめるー」

QB「だめじゃないか織莉子 君の大切なパートナーを泣かせては」

織莉子「……ごめんなさいキリカ」

キリカ「うん……」グスッ

織莉子「貴女の大好きなロシアンティー淹れて来るから」

キリカ「うん!」ニコッ

 ここのところ、ずっと彼女と一緒にいる
 彼女とは、呉キリカのことだ
 
 私と友達になりたいか…… 昔から私に近づいてくる子の大半は、
 父に取り入ろうとすることしか考えていない親の子供たちだった

 普通の子は余り話しかけてこなかった
 父の仕事柄、賑やかなところや夜遅くまで遊ぶことはできなかったし
 
 私は有名な政治家の娘で、堅物で付き合いの悪い子
 一時期、私を怒らせたら社会的に抹殺されるなんて噂が流行ったほどだ

 でも、キリカは違う
 彼女は私を私として接してくれる
 
 『美国』じゃなく、『織莉子』として


織莉子「お待たせ」

キリカ「いい香り」

織莉子「ジャム三杯はおおすぎじゃない?」

キリカ「好きなんだもん」

織莉子「好きなら仕方が無いわね」ニコッ

キリカ「だね」ニカッ

織莉子「キリカは鈍間な自分を変えたくて、願いを使ったのよね」

キリカ「うん」

織莉子「ばーか」フフッ

キリカ「酷い!」

織莉子「私たちの魂はね、キュゥべえによってソウルジェムの中に移されてしまったのよ」

キリカ「それが?」

織莉子「それが……って、ショックじゃないの?」

キリカ「偉い人がテレビでいってたよ、体をばらばらにしても、
    脳味噌を突っついたりしても、魂なんて見つからなかったって」

キリカ「感情や心なんてものは、生命活動の特産物だとかなんとか」

織莉子「副産物……?」

キリカ「そう、それ そんな感じ 私にとって魂の在り処が変わったことよりも
    織莉子と友達になれたことのほうが、何倍も何百倍も嬉しいんだ!」ニシシ

 満面の笑みを浮かべて言ってのけるキリカ
 周り誰かが居るわけではないんだけど、ちょっと恥ずかしい……

織莉子「あ、ありがとう……」

キリカ「どういたしまして」

織莉子「でも、これを聞いてもあなたは平静を保っていられるかしら……
    キュゥべえは言わなかったと思うけど、魔法少女は魔女になるのよ?」

キリカ「魔女っって、私たちの敵の?」

織莉子「そう、昨日一緒に倒したアレ」

キリカ「えぇ……あんな気持ち悪いのになっちゃうの?」

織莉子「そうよ、貴女も……もちろん私も」

キリカ「織莉子が魔女になったら、もっと可愛いと思うよ」

織莉子「……そ、そう?」

織莉子(全く動揺しないのね……)

キリカ「ごちそーさまでした」

織莉子「お粗末様でした」

キリカ「食後のお散歩、兼パトロール行く?」

織莉子「そうね、グリーフシードはいくらあっても困らないもの」

キリカ「よし、正義のヒーロー営業開始だ」


 キリカといると楽しい
 こんな気持ちになるのは、生きてて初めての経験だ

 私には、鹿目まどかを葬る使命がある
 キリカは、私が罪無き人を殺すことを認めるだろうか?
 
 最近はそのことばかり考えてしまう
 
 キリカと一緒にいたい……まだ、時間はある……だからそのときまでは――

―――― 教会前 ――――

杏子「鹿目まどか」

杏子「暁美ほむら」

 手にしたグリーフシードを弄びながら、
 あたしは最近出会った二人のことを思い出しながら夜を過ごす

杏子「はぁ……なんだかなぁ……」

 家族が死んで、マミさんに別れを告げてからずっと無為に過ごしてきた
 それでいいと思っていたし、それしかないとも思っていた

杏子「生きてる意味なんて、とっくに見失ったんだ
   あのとき、マミさんに言われたとおり、正義の味方をやっとけば――」
   
杏子「そんなの……無理だ…… あたしに正義の味方なんて もう遅すぎる……」

 教会跡に足を踏み入れると、不快な笑い声が聞こえてくる
 父さんの教会が下衆野郎の溜まり場にされるなんて許せない

不良A「んでさ、あいつの彼女を皆でまわしてやったわ
    金が持ってこれないじゃ、体で払うしかねーよなつってさ」

不良B「まじ鬼畜っすね 流石っす」

不良A「今度お前等にもヤらしてやるよ」

不良C「うひょー さっすが先輩、話がわかるぅ~」

杏子「おいてめぇら、何してんだよ」

不良B「んだテメェ! どういう口の聞き方してだ あ゛ぁ!?」

杏子「それいじょう臭ぇ口開け閉めしてんじゃねーよ」

不良C「結構可愛い顔してんじゃん…… いいね、俺気に入ったわ」

不良A「餓鬼は無理だわ、お前の好きにしろよ」

杏子「ぶっ殺してやる……」

――――
――

不良B「……だ、だすげでぐれぇ」
不良A「いでぇ……おれの足がぁあ……あ……」
不良C「ひ……ひいやぁ……化け物……」

杏子「……お前等みたいな生きてる価値のない……いや、
   生きていても不幸しか振りまくことしかできねーやつは、死ななきゃいけないよな?」

不良A「な゛んなんだよお前ぇ゛……」

杏子「魔女だよ…… 人を惑わす魔女さ…… くくくっ……あはははは」

 かつては鮮やかな色彩を放っていたステンドガラスは砕け散り、
 父さんが熱弁を振るった教壇は朽ち果て、昔の面影はどこにもない教会

杏子「あぁ…… お前等使えそうだよ」

 瓦礫の中に、歪んだ結界が生み出されているのに気づく 使い魔の結界だ

杏子「3人ほど食えば、グリーフシードを孕むかも知れねぇなぁ」

不良C「な、何するだ や、やめろぉ……」

杏子「よかったじゃん、お前らでも役に立てるんだからな」

ほむら「佐倉さん!」

杏子「ああ、ほむらか……何か用?」

ほむら「魔女の反応を追っていたらここに…… あなたこそ何してるの?」

杏子「あたし? えっとゴミ掃除、かな」

不良C「あ゛あんた…… 助けてぐれ、じ、死にたくない゛」

杏子「だめだめ、お前らは大事なエサなんだから」

ほむら「佐倉さん、その手を放して」

杏子「止めようって言うのか?」

ほむら「ええ」

杏子「こいつらはさ、屑だよクズ…… 生きてたら、きっと周囲の人を不幸にする」

ほむら「それでも、人を殺すのはよくないよ」

杏子「人? こいつらが……? だってこいつら、女を嬲って悦に浸るようなヤツだよ?
   もし、ここで逃がしたら、もっと被害が増えるかもしれないじゃん」

ほむら「……だとしても」

杏子「その被害に会うのが、鹿目まどかもしれないこもしれないぜ?」

ほむら「……」

杏子「使い魔と一緒さ、小さな芽でも今のうちに摘んでおかないとな」

杏子「そうだろ? 正義の味方さん」

ほむら「……」

杏子「ほら、何もいい返せない」

ほむら「もう一度言います その手を話してください」カチャ

杏子「このゴミどもの味方をするんだ…… 
   だったら先にほむらの相手をしないといけないなぁ……」

不良A「化け物に、チャカを持った餓鬼だぁ…… ふざけんなよ畜生」

不良B「い、今のうちに逃げましょうぜ」

不良C「こんなヤツら相手にしてたら、命がいくたってもたりねぇ」


――――
杏子「あーあ、逃げちゃった……」

ほむら「……佐倉さんだって、誰かのために戦ってたんじゃないの!?
    どうして……どうしてこんな悲しいことをするの……?」

杏子「さぁ? どうしてかな」

ほむら「……」

杏子「……ここがどこだか分かる?」

ほむら「……教会跡、かしら?」

杏子「そうだ……教会だったんだ」

杏子「ここの神父は馬鹿な人でさ、説法で本当に世の中がよくなるなんて考えたんだ」

杏子「でもさ、現実はそんなに甘くは無い 神父の話をまともに聞くやつなんて誰も居なかった
   少しの時間でも立ち止まって聞いてくれる人なんていなかったさ」

ほむら「……」


 神父は間違ったことなんて言ってなかったって思うよ
 でもさ、奇麗事過ぎたんだよ…… 皆が皆、アンタみたいに善人にはなれない
 

 神父はそれでもめげずに語りかけたよ でも、誰も話を聞いてもくれなかった
 最終的にどうなったのか……今の教会をみれば分かるだろう?

 
 あたしはさ、そんな神父を助けたかったよ 力になりたかったさ
 でも、幼かった私にそんなことができるわけがなかった

  
 無力だった ただ、神父の話を聞いてくれるだけでいい
 ちょっと立ち止まって、親父の話に耳を貸してくれるだけでよかったんだ

 
 それがあたしの願いだった 自分勝手な願いだ 思い返すと本当に馬鹿げてるよ
 親父はさ、奇跡の力で人々を操ってくれなんて、頼んでないのにな


 あたしは正しいことをしたと思ったよ 魔女を倒して、街を護ってるとさえ思ってた

杏子「あたしはさ、何かもが間違ってたんだ」

ほむら「そんなことない、佐倉さんは正しい――」

杏子「そんなことがあるわけないだろっ!」


 ある日、親父はからくりに気づいた
 誰一人として親父の話を心から聞いていたわけじゃなかった
 
 ただ、魔法の力によって無理やり耳を傾けていただけだった
 そんな状況に、親父が気づかないわけなかったんだよ
 
 夜遅くに出歩くあたしのことを心配した親父が、あたしの跡をつけていたんだ
 親父は、あたしの魔女狩りを見ていた それにあたしは気がつかなった

 あたしは失敗したと思った、でも心のどこかで正義のために戦っているあたしのことを
 親父は褒めてくれるんじゃないかとも思ってた

 なんでこんな危ないことをしているのか、根掘り葉掘り聞かれたよ
 真剣に問い詰めてくる親父に、嘘なんてつけなかった
 
 あたしが魔法少女であること、魔女を倒す使命があること、
 そして、あたしの願った奇跡のことを――

 親父は全てを理解した どこか空ろな信者たち……
 昨日と今日で説法の中身を変えても、信者たちは全く疑うことをしなかった

 それからは親父はトントン拍子で落下していったよ

 教壇に登らず、酒におぼれ、母さんと妹に暴力を振るい……あたしを魔女と罵った
 最後はあっけないもんで、あたしだけをおいて無理心中さ……

 誰かのためだと思っていても、そんなのは自己満足でしかないんだ
 あたしが祈ったことによって、あたしの家族はみんな不幸になっちまった」
 
 全てを失ったとき、手をさし伸ばしてくれたマミさんの手を、あたしは振り払った
 マミさんみたいに正しく生きられない…… あたしにはその資格なんてないから

 それでもマミさんのことが気になって、たまにこの街の様子を窺ったりもしたよ
 そのマミさんも、もうこの街にはいない……
 
 マミさんと一緒に戦っていたら、マミさんのこと助けられたかもしれないのに
 それなのに…… あたしに残された最後の希望すら失ってしまったんだ


杏子「笑えよ…… 馬鹿なあたしを」 

ほむら「笑えないよ 私、佐倉さんが間違ってたなんて思わない」

杏子「笑ってくれよ! 頼むからさ……あたしが全部悪かったって言ってくれよ!」グスッ

杏子「もう……あたしには何も無いんだ」

杏子「守りたい人も…… 護りたい街も…… 誇りも、夢も、希望も…… 何も……」ポロポロ

ほむら「佐倉さんは悪くないよ……」

ほむら「それに、全てを失ったわけじゃない」

ほむら「私とまどかがいるよ…… ねぇ、佐倉さん……私と一緒に戦って」

杏子「……ほむら?」

ほむら「前にもいったよね この街にワルプルギスの夜が来るって
    アイツには私一人じゃ太刀打ちできない…… 私には佐倉さんが必要なの」

杏子「……ほむらやマミさんみたいに、正義の見方じゃないんだぞ?」

ほむら「私だってそうだよ…… 全てを助けられるわけじゃない……
    さっきの人たちとまどかしか助けられないというのなら、私は迷わないもん」

杏子「あたしは散々窃盗に手を染めてきたし……」

ほむら「私だって、この武器は盗ってきたものばかりだよ」

ほむら「泥棒仲間だね」ニコッ

杏子「酷い仲間……」ヘヘッ

ほむら「たった二人だけど、魔法少女同盟の結成だね」

杏子「だな……」

◆◇◆◇

―――― ほむらの家 ――――

ほむら「結構な数のグリーフシードが集まったね」

杏子「二人の力をあわせれば、結構できるもんなんだな」

ほむら「今度はワルプルギスの夜を倒せそうな気がする」

杏子「倒せそうじゃなくて、倒すんだよ
   そうでなきゃ、まどかもこの街も守れない」

ほむら「うん」

杏子「おい、そろそろ学校に行く時間じゃないのか?」

ほむら「あっ……それじゃ、行ってきます」

――――
杏子「ふぁー」ゴロゴロ

 六畳一間の手狭な部屋 ここが暁美ほむらの家だ
 なんでも、複雑な心臓病だったらしく 
 両親はその医療費を稼ぐために揃って海外に出張中らしい

杏子「しかし、この時間は暇だなぁ」

 正義にヒーローに転職するにあたって、
 あたしはほむらから必要最低限のお金しか持たされていない
 ほむら曰く、佐倉さんはお金があると使ってしまうタイプだとかなんとか

杏子「やさぐれてたからって……こんなに過小評価されてるのはあんまりだよ」

杏子(今頃ほむらとまどかは学校かー)

 学校にいい思い出なんて一つも無い
 持って行くお弁当はいつも貧相だったし、邪教徒の娘だとからかわれたり……

杏子「でも…… あの二人の居る学校になら、行ってみてもいいかな」

杏子「なんて、有り得ないっつーの」

 今更人並みの暮らしが許されるなんて思ってもいないし、
 そんな生活をすんなり受け入れられるほど、あたしの神経は図太く無い

杏子「部活とか…… 課外活動とか…… 止め止め、こんなの妄想は空しいだけだ」

杏子「外でも走って、気分転換でもしようかな」

――――
――

杏子「うーん…… 思わず家を飛び出してきたけど、
   あんまりふらふらしてると、補導されかねないよな……」

杏子「確かこの公園でまどかの親父さんに会ったんだっけ」

 これから先どうしようかと思い悩んでいると、
 公園の茂み、その奥の方から僅かに、魔女の気配が漏れ出していることに気づく

杏子「へぇ……日が高いうちから結界を張ることが出来る魔女か……
   こいつはなかなか歯ごたえのありそうなヤツじゃん」

杏子「でも、コイツを一人で倒すには、ちょっとリスクが大きすぎるかもしれない」

杏子「……今のあたしは一人じゃないんだ ここは一度引いた賢明だな」

――――
杏子「結界の周囲に、人避けの陣を張ってはいるけど……
   こういう系統の魔法はあたしの得意分野じゃないから、そう長くは持たない」

ほむら「佐倉さんが強力だという魔女…… 気を引き締めないとね」

杏子「二人だからって油断すんなよ」

ほむら「そっちこそ」

――――
――

 結界の中には、溢れんばかりのケーキやお菓子で形成されていて、
 なんともファンシーでメルヘンな世界だった

 童話の世界で催されるお茶会のような世界なのにも関わらず、
 日本製と思われる自動車が軽快にドライブをしている

ほむら(この結界……まさか……)

 敵の侵入を察知した魔女が、使い魔を送り出してくる
 人型の使い魔は、赤い手袋を目元まで被ったような姿をしている

杏子「この使い魔、生意気にも槍を操るなんて……
   でも相手が悪かったな、槍術じゃああたしには絶対に勝てない!」

使い魔「 ―― 」ギギギギ

ほむら「佐倉さん……逃げよう!」

杏子「はぁ!? 一体どうしちまったんだよ」

ほむら「お願い、今は私の言うことを聞いて」

杏子「でも……人気の多いところにある結界を放っておいたら――」

ほむら「この結界はだめなの!!」

ほむら「あのね、佐倉さん……落ち着いて私の話を聞いてね
    ……佐倉さんはソウルジェムが壊れるとどうなるか知ってる?」

杏子「魔法が使えなくなるんだろ?」

ほむら「うん……だけど、それだけじゃないの ソウルジェムは私たちの魂そのものなの
    だから、ソウルジェムが壊れてしまうと、私たちそのものが消滅してしまう」

杏子「――何だって!?」

ほむら「うん……それでね」

杏子「今は戦闘中だぞ そんな重要な話、コイツを倒してからにしてくれ!」

ほむら「お願い聞いて! この話には続きがあって、
    ソウルジェムが穢れを溜め込みすぎると――」

杏子「穢れを溜め込みすぎると……どうなるんだって!?」

 ほむらの話を聞きながら、あたしは使い魔の相手をする
 ふと、使い魔の腰に巻きついている黄色のリボンが目に入った
 
 そのリボンはまるで、使い魔が遠くへ逃げ出せないように縛り付けている様で、
 目深く被った赤い手袋は、目隠しをされた赤い髪の少女を彷彿とさせる
 
 槍を使役し―― 赤い長髪で―― それはまるで――

ほむら(こうなったら、時間を止めてでも佐倉さんを結界の外に連れ出さないと)

キャンデロロ「 ―― 」フワフワ

 黄色いリボンをぐるぐる巻きにして作られたような人形をした魔女……
 ひらひらとしたリボンの手には、クマのぬいぐるみが大事そうに抱えられている

ほむら「おめかしの魔女……もう出てきてしまったの!?」

杏子「……ああ……そんな……嘘だ……こんなのは……嘘だッ!」

杏子「ほむら…… ソウルジェムが穢れを溜め込みすぎるとどうなるか、当ててやるよ」

杏子「穢れに染まった魔法少女は……魔女になる……そう…なんだろ? なぁ、マミさん!」

杏子「こんなの……絶対にあたしは認めないぞ」

ほむら「佐倉さん、落ちついて!」

キャンデロロ「 ―― 」ビュンビュン

 鋭く硬いリボンがあたしとほむらを目掛けて放たれる

杏子「目ぇ覚ましてくれよマミさん! あたしだよ、杏子だよ!」

ほむら「だめ……魔女になってしまったら……もう救う方法はないの」

杏子「そんなの嘘だっ! 魔法少女が魔女になるなら、その逆だって――」

 魔女のリボンが、あたしの槍を絡めとり、遠くへ吹き飛ばす

ほむら「佐倉さん! 危ない避けて!」

杏子「マミさん! マミさん! 正気に戻ってよ!
   あたし、改心したんだ……もう自分勝手に生きるもやめたんだ」

 あたしの説得も空しく、魔女となったマミさんの攻撃は止まない
 それどころか激しさを増し、あたしを亡き者としようとする

杏子「こんな姿になって、人間を襲うこと……マミさんだって嫌だろ?
   ほら、新しい仲間だってできたんだ! マミさん、ねぇ聞こえないの!?」

 魔女の攻撃が眼前で止まった
 マミさんが正気を取り戻してくれた!

ほむら「もう分かったでしょ…… 巴さんは何処にもいないの」

 違った……ほむらが時間を止めたんだ
 魔女はあたしを殺そうとリボンを差し向けている
 ほむらが時間を止めていなかったら、今頃あたしは――

杏子「そこにいる! あたしの優しい師匠なんだ……大切な人なんだ!」

ほむら「……もう、どうにもならない」

杏子「なんでそんなことが言えるんだよ!」

ほむら「見てきたもの……この瞳で……
    葬ってきたもの……この手で……」

杏子「――!」

ほむら「私にとっても、巴さんは大切な先輩だった……
    佐倉さんができないというのなら、私が終わらせてあげる」

杏子「コイツは……あたしがやる」

ほむら「佐倉さん?」

杏子「あたしが楽にしてあげるんだ…… 
   マミさんがこうなったのは、あたしの責任でもあるんだから……」

ほむら「大丈夫?」

杏子「何もかも、ほむらに背負わせらんねーよ」

ほむら「……」

杏子「大丈夫だ……」

 再び時間が動き出した 魔女はあたし目掛けて攻撃を繰り出す

杏子「ごめんなさい……マミさん…… 
   ありがとう……マミさん……」
   
杏子「さよなら……あたしの大切な人……」

 ソウルジェムに精一杯の魔力を込める
 この技を使うのは、マミさんと一緒に戦ったとき以来だね

杏子「ロッソ・ファンタズマッ!」

――――――
―――

杏子「……」

ほむら「……」

杏子「ほむらは……こんなに辛いことを味わってきたんだ……」

ほむら「うん……」

杏子「ほむらは強いな…… あたしは挫けそうだ」

ほむら「……私だって、何度も泣いて、何度も諦めそうになったよ
    それでも、それでもまどかのこと、助けたいと思ってるから」

杏子「ほんと、尊敬するよ」トン

ほむら「佐倉さん?」

杏子「悪い……もう堪えそうにない……ちょっと胸、借りていい?」

ほむら「私のぺったんこでよければ」

杏子「へへっ、こんなときに冗談なんて……本当に強いんだな……」

杏子「……うぅ………うう゛ううううう゛うああ……あああ゛あああ」

ほむら(巴さん……こんなに想ってくれている人が居るのに
    どうして絶望なんてしちゃったんですか……?)グスッ

――――
杏子「は……ひくっ……ぐすっ……うん、もう大丈夫」

ほむら「……本当に?」

杏子「ああ これ以上泣いてたら、マミさん叱られちゃうよ」

ほむら「そうだね」

杏子「ありがとな、ほむらが居なかったらきっと……」

杏子「あたしも魔女の仲間入りだったよ」

ほむら「……魔女に成らなくて本当によかった」

杏子「大事な戦力がいなくなっちまうもんな」

ほむら「……たしかに、佐倉さんは大事な戦力だけど」

杏子「けど……?」

ほむら「ううん、なんでもない……帰ろう、私たちの家に」

―――― ほむらの家 ――――

杏子「ただいまー」

ほむら「お帰りなさい」

杏子「思いっきり泣いたら、お腹空いちゃったよ」

ほむら「佐倉さんらしい」

杏子「なぁ、ほむら」

ほむら「何?」

杏子「あたしのこと、いつまで佐倉さんって呼ぶんだよ」

ほむら「え?」

杏子「そりゃ、出会ってそんなに経ってないかもしれないけどさ
   あたしはほむらのこと、結構気に入ってるんだ……」

ほむら「気に入らないとか、ウザいとか散々言われたような気がするんだけど……」

杏子「そ、それは随分昔の話だろ?」

ほむら「私にはね、まどかしか友達がいなかったの」

ほむら「内気で根暗でチビで眼鏡でクズで鈍間で……生きてるのが不思議なくらいだったの」

杏子(卑下しすぎだろ……)

ほむら「そんな私のことを気にかけてくれたのは、まどかだけだった」

ほむら「鹿目さんのことを名前で呼ぶのにも、随分と時間がかかったの」

杏子「……うん」

ほむら「まどかは私の全てだった」

ほむら「私はまどかのことを助けたい ワルプルギスの夜を倒したい」

ほむら「私の隣は任せたよ、相棒」

杏子「ああ……任せとけ、相棒!」

◆◇◆◇

織莉子「どうしても、私の考えに賛同してくれないのね」

キリカ「織莉子に人殺しなんてさせないよ」

織莉子「鹿目まどかはいずれ最悪の魔女になる」

キリカ「そうならないかもしれない」

織莉子「私は視たのよ」

キリカ「寝ぼけてたんじゃないの?」

織莉子「どきなさいキリカ」

キリカ「厭」

キリカ「織莉子が折れるまで、通さないよ」

織莉子「聞き分けのない子は嫌いよ」

キリカ「織莉子に嫌われるのはすっごくいやだけど、こればかりは譲れないね」

織莉子「一人の命で、大勢の命が助かるのよ?」

キリカ「……」

織莉子「トロッコ問題、知ってるでしょ?」

キリカ「えっと、何もしないと10人が死んで、
    進路を切り替えると一人だけが犠牲になるっていうあれ?」

織莉子「そうよ…… キリカならどうする? 私の答え言わなくてもわかるでしょ」

キリカ「鈍化魔法を使って、11人全員を助ける」

織莉子「……それでは問題の意味をなさないわ」

キリカ「織莉子こそ、なんでみんなが助かる方法を試そうとしないんだよ」

織莉子「そんな危険は犯せないわ ハイリスクなベストを狙うより
    確実なベターを目指す方が賢いとは想わない?」

キリカ「全然」

織莉子「残念」

キリカ「じゃあ私からも問題を出すね」

織莉子「何かしら?」

キリカ「トロッコに轢かれる一人が私だったら、
    織莉子は進路を切り替えないでくれる?」

織莉子「………………私は――」

キリカ「その沈黙だけで十分さ……嬉しいよ、織莉子」

キリカ「でも、残念だ……この問題の答えは、
    『織莉子の魔法を使って、私と一緒に10人の命も救う』 だよ」

織莉子「……貴女の言いたいことはそれだけかしら?」

キリカ「うん 織莉子が私のこと、少しでも気にかけてくれてることがわかったから」

キリカ「なおさら……ここは通せないよ!」シャキン

織莉子「交渉決裂ね」

織莉子「こうなったら、形振り構ってられないわ
    明日にはワルプルギスの夜が来る……今日がラストチャンスなのよ」

キリカ「実力行使ってわけだね」

織莉子「あたしに勝てる夢でもみたの?」

キリカ「何事も……やってみないと分からないさ!」

織莉子「馬鹿な子……貴女の力を一番識ってるのは私なのに!」

――――――
―――

―――― ほむらの家 ――――

杏子「いよいよ明日だな」

ほむら「落ち着かないみたいだね」

杏子「あのワルプルギスの夜だぜ?」

ほむら「怖いの?」

杏子「まさか どんなでっかいグリーフシードが拝めるのか見ものだよ」

ほむら「この私がパートナーに選んだんだから、それくらいは言ってもらわないとね」

杏子「……そういえば、ほむらはその眼鏡、気に入ってるのか?」

ほむら「え? 小さい頃からかけているから、意識してなかったけど」

杏子「魔力を行使すれば、筋力だけじゃなくて
   視覚や聴覚なんかも、ある程度は強化できるだろ?」

ほむら「そういえば、そうだね……」

杏子「何、気づいてなかった?」

ほむら「えへへ……」

杏子「しっかし長い髪だよな……艶やかで綺麗」

ほむら「佐倉さんの髪も綺麗だと思うけど」

杏子「あたしのはほら、伸ばしっぱなしなだけだよ 
   手入れなんかも魔力使ってずるしてるし」

ほむら「だからグリーフシードを血眼になって集めてたと」

杏子「いや……まぁ、たしかに魔力のためだけど……」

ほむら「ねぇねぇ、髪結わせてよ」

杏子「えー…やだよ…… 三つ編みとかキャラじゃないって」

ほむら「似合うと思うよ」

杏子「ダメ」

ほむら「むー……」

杏子「ほむらは髪を下ろした方がカッコいいと思うぜ?」

ほむら「かわいいじゃなくて格好いい?」

杏子「風呂あがりのとき、髪を下ろして眼鏡外してる姿なんかはクールな感じ」

ほむら「うーん……」

 「燃え上がれーって感じでカッコいいと思うなぁ」
 「そんな……名前負けしてます……」
 「だったら、ほむらちゃん自身もカッコよくなっちゃえばいいんだよ!」

杏子「ほむら?」

ほむら「そうね……それもいいかも」


――――
まどか「ほむらちゃーん 杏子ちゃーん」

杏子「呼ばれてるぞ」

ほむら「佐倉さんもね」

―――― 公園 ――――

まどか「いっくよー それっ」パシュ

杏子「はっ」パシュッ

和久「よっ」シュ

ほむら「――ッ」スカッ

杏子「おいおい……今のは返せる球だったろー」

ほむら「だって……球技は苦手なんだもん」

詢子「和久さん素敵ー」

タツヤ「パパー」キャッキャ

和久「――」キリッ

杏子「……」
ほむら「……」

まどか「自分の親が人前でいちゃついてるのって……込み上げて来るものがあるよ……」

ほむら「バトミントンって苦手」パシュッ

まどか「そのわりには上達が早いと思うよ ほむらちゃん」バス

杏子「バドミントンな、バ『ド』ミントン」バシュン

ほむら「佐倉さんって、結構細かいところを指摘するんだね……」


――――
和久「お昼はサンドイッチを作ってきたんだ」

杏子「バスケット入りのサンドイッチって始めて見た……」

ほむら「凄い量ですね」

和久「杏子ちゃんも一緒だって聞いてたからね」

杏子「流石はまどかの親父さん……気が利くなぁ」

ほむら「ちょっとは遠慮しなよ」

杏子「無理無理……遠慮なんて失礼なこと出来ないって」モグモグ

詢子「さやかちゃんが上条君についてってから、
   まどかのヤツ寂しそうにしてたけど……家では暁美さんの話ばっかりでさ」

まどか「ちょっとママ……そんなことないんだよ?」

杏子『よかったな、ほむら』

ほむら『茶化さないで』

詢子「そうだな……最近じゃ、ほむらちゃんほむらちゃんじゃなくて
   ほむらちゃんと杏子ちゃん……だもんな」

まどか「ママ~」
   
ほむら『よかったね、佐倉さん』

杏子『そうだな……このまま好感度を上げて、ほむらより仲良くなっちまおうかな?』

ほむら「それはダメ!」

まどか「え? ほむらちゃん、何がだめなの?」

ほむら「な、なんでもないよ」

ほむら『佐倉さん!』

杏子『ばーか』ニシシッ

――――
和久「それじゃ、僕たちは先に帰るけど 遅くなるまでに帰るんだよ」

詢子「ほらタツヤ、行くよ」

タツヤ「ほむほむねーちゃ、きょーこねーちゃ、ばいばい」

ほむら「ばいばい、たっくん」

杏子「またなー」


――――
まどか「今日は一杯遊んだね」

ほむら「そうだね」

まどか「こんなに晴れてるのに……明日は異常低気圧の影響で
    家から出られそうにないなんて、ちょっと考えられないね」

杏子「そんな日は、家でゆっくり休んでりゃいーのさ」

ほむら「そうね……私もそうするわ」

まどか「あっ、もうこんな時間…… 
    おしゃべりしてると、あっという間に時間が過ぎちゃうね」

まどか「それじゃ、またね」

杏子「帰りは気をつけろよ」

まどか「もう家はすぐそこだよ?」クスッ

ほむら「また学校で」

まどか「うん!」


――――――
―――


織莉子「いい加減諦めて」

キリカ「……無理」ゼェゼェ

織莉子「じゃあ、これでどう?」

 無数の合金性弾丸を宙に浮かべて、私はキリカに問う

織莉子「全部よけられる?」

キリカ「簡単さ!」

 キリカの魔法は、周囲の動きを鈍らせる魔法だ
 これくらいの弾丸ならば容易くよけられるのは想定済み――
 
キリカ「あっ……」ブシュッ

織莉子「そんな――!? 当たるような攻撃じゃなかったのに……」

キリカ「この痛み……ちょっと……想定外かも……」

織莉子「キリカ!」

キリカ「へへっ、作戦成功……これで織莉子の足止めができそう……」

織莉子「喋らないで、今傷の手当てを――」

織莉子「……!?」
 
 キリカのソウルジェムが欠けている……
 私の放った弾丸が、キリカのソウルジェムを掠めていたの!?

織莉子「そんな……これじゃ傷の手当てをしても……」

キリカ「あ……い゛た………もしかして……相当まずい?」

織莉子「キュゥべえ!」

QB「なんだい?」

織莉子「キリカを助ける方法はないの!?」

QB「壊れたソウルジェムを戻す方法なんて存在しない ボクの知る限りではね」

織莉子「そんな……」

QB「君はキリカを殺そうとしてたんじゃないのかい?
   ソウルジェムに致命傷を与えたんだ……喜ぶべきなんじゃないかな」

織莉子「私はキリカのソウルジェムを傷つけるつもりなんてなかった!
    ちょっとの間、大人しくさせる程度で―― 」

QB「魔女の卵である魔法少女を殺すなんて……勿体無いことをしてくれるね」

キリカ「織莉子……? 側にいるの?
    なんだか目の前が急に暗くなってきて――」

織莉子「私は此処よ、キリカ」ギュッ

キリカ「よかった、鹿目まどかのとこに行っちゃったのかと思った」

織莉子「ごめんなさい、貴女を殺すつもりなんて無かったのに」

キリカ「へへっ……私が馬鹿なことをしたせいだよ……織莉子は全く悪くない」

キリカ「ねぇ、このまま側にいてよ」

織莉子「分かった……分かったから……もうしゃべらないで」

キリカ「それは無理……私は織莉子ともっとお話がしたいんだ」

織莉子「でも……」

キリカ「ソウルジェムがかけちゃってるんだから……もう長くないよね?」

織莉子「そんなことを言わないで…… あぁ、私の所為で……」

キリカ「私、織莉子に会えてよかった」

キリカ「誰も私に優しくしてくれなかったこの世界で、
    ただ一人、織莉子だけは私に優しく接してくれた……」

織莉子「私だって、美国の娘としてじゃなく……織莉子って呼んでくれたキリカのことがっ」

キリカ「織莉子は織莉子だよ 不正を働いた美国議員のことなんて、関係ない」

織莉子「知ってたの?」

キリカ「まぁ、一応ね……」

キリカ(あーあ……織莉子の足止めができるナイスな策だと思ったけど、
    考えられる最悪の結果になっちゃったなぁ……私ってほんとバカ……)

キリカ「織莉子……最後に約束、してほしいな」

織莉子「何?」

キリカ「鹿目まどかを殺すなんて考えないで 別の方法を探そうよ
    魔法少女同士、協力し合えば……きっと未来を切り開けるはずさ……」

キリカ「お願い……わがままな私からの……最後のお……ねが……い……」

織莉子「キリカ!?」

織莉子「ねぇ、返事をして……キリカ……」

織莉子「私も……私も貴女ともっとお話がしたいの」

キリカ「……」

織莉子「ねぇ、ねぇってば! キリカ……返事をしなさい!」

織莉子「キ…リ……カ……」

織莉子「……」

QB「キリカの体をあのままにしておいてよかったのかい?」

織莉子「……」

QB「君はどこに向かってるんだい?」

織莉子「……どこに向かうかって? 愚問ね……
    私の使命は鹿目まどかを殺すことだけよ?」

QB「キリカとの約束はいいのかい?」

織莉子「残念ね、インキュベーター……史上最悪の魔女を生み出すことができなくて」フフッ

織莉子「鹿目まどか……」

織莉子「彼女さえ殺せば……この世界の平穏は守れる……
    私の所為で死んだ……キリカのいない世界を守ることできる……」ブツブツ

織莉子「私の生まれてきた意味はそれだけ……」

織莉子「わかってる……全部私仕出かしたこと……
     私が悪いのよ……キリカを殺したのは私なんだもの……」

織莉子「鹿目まどか……鹿目まどか……鹿目まどか……鹿目まどか……」ブツブツ」

――――――――

まどか「――!?」

織莉子「……」ヨロッ

まどか「どうかしたんですか!? 酷い……傷だらけ――」

織莉子「……」ドスッ

まどか「あ……あれ……これ……血……?」

織莉子「ふふっ……できた……できましたよ、お父様……」ドスッドスッドスッ

まどか「……ぐ…が……あ゛……」バタッ

織莉子「私も、世の中のために……人のために頑張りましたよ」

織莉子「私のこと褒めてくますか?」

まどか「……」

織莉子「うふふふ あはははああああははあははは」

織莉子「きっと褒めてくれるわよね! お父様!」

QB「お手柄だね 織莉子」

織莉子「何言ってるの? インキュベーターの野望は潰えたの!」

QB「たしかに鹿目まどかは、一般人の背負う因果よりも遥かに大きい魔力をもっている」

QB「けれど、君の言うような史上最悪の魔女になるほどの魔力は秘めてはいない」

織莉子「そんなはず無い! だって私は――」

QB「時間を操る魔力をもった魔法少女、暁美ほむら…… 君も知っているはずだよ
   鹿目まどかに付きまとって、ボクが契約するのを邪魔する彼女の存在を」

織莉子「その子がなんだっていうの!?」

QB「暁美ほむらは、鹿目まどかをボクから遠ざける……それはなぜだかわかるかい?」

織莉子「……それは、鹿目まどかを魔法少女にしたくないから?」

QB「そうだね…… つまりそれは、鹿目まどかを魔女にしたくないということだ」

織莉子「キュゥべえ……一体何が言いたいの!?」

QB「暁美ほむらは鹿目まどかを守るために契約した そして得られた力が時間操作だ」

織莉子「彼女の願いは、時間に影響を与えるものだった……?」

QB「ボクも同じ考えだ 暁美ほむらはワルプルギスの夜の出現位置まで知っているからね」

QB「暁美ほむらの願いは、鹿目まどかを守るために時間を遡る事だったんだろう
   いや、平行世界に移動したといったといったほうが分かりやすいね」

織莉子「……?」

QB「簡潔に述べるとするならば、暁美ほむらが鹿目まどかのために世界を飛び移る度に
   鹿目まどかに世界の因果が集中していったということだ」

QB「そう仮定すれば、鹿目まどかの持つ異常な魔力係数にも納得がいく」

織莉子「ということは、この世界の鹿目まどかを殺すことに意味なかったということ……?」

QB「そんなことはないよ、美国織莉子 君は実にすばらしい働きをしてくれた」

QB「この世界のまどかは死んでしまった……でも、そのことによって暁美ほむらは、
   再び時間遡行することになるだろうね……そうすればどうなるか分かるかい?」

織莉子「鹿目まどかに更なる因果が束ねられる……?」

QB「ご名答! 君は知らず知らずのうちに、宇宙のために貢献していたんだよ
   鹿目まどかを最高の魔女に育て上げるという手助けをね」

織莉子「そんな……私は、私はこの星を最悪の魔女から救うために――」

QB「君が視た魔女は、もっと遠い未来……
   いや、ここではないどこかの世界線のことだろう」

織莉子「だったら……私はなんのために……なんのために生まれてきたの?」

QB「どうして君たち人間はそんなことにこだわるんだい?」

QB「こんな宇宙の隅っこに生まれた矮小な生命に――
   その中の一個体に、そんな大儀があるとでも思ったのかい?」

QB「君たち人間ってのは分けが分からないよ」

織莉子「そんな……だったら……私のしたことって……
    ……キリカ……私……私……どうしよう…………私……」

織莉子「…………」

QB「さぁ、これで満足しただろう? 君は君の役割を果たしたんだ」

織莉子「私の望んだことじゃない……こんなのは……」

織莉子「ごめんなさいキリカ……」

織莉子「私が……キリカの言うことにちゃんと耳を傾けていれば……」

織莉子「………………私なんて…………
    ………生まれてこなければよかった…………」

――――――
―――



織莉子「……」パリン

QB「この世界の鹿目まどかを失ったんだ……せめて君が魔女になってくれないとね」

ほむら「この反応……魔女!?」

杏子「……これって……まどかの家の方じゃねーか!」」

ほむら「まどか……無事でいて!」

――――
――

ほむら「凄い強い魔力……」

杏子「ああ……マミさんのヤツもすごかったけど コイツのはもっと厭な感じだ……」

ほむら「まどか……この結果の中に巻き込まれたのかな……」

杏子「どっちにしろ、こんなとこにある結界を放置するわけにはいかないさ」

杏子「ほむら、急ぐぞ!」

ほむら「うん!」

―――― 魔女結界 ――――

ほむら「こんな魔女結界みたいことない」

杏子「ほむらの見てきた世界にはいなかったヤツなのか……」

 あたり一面が、隙間無く鏡で埋め尽くされている
 様々な角度から、私たちが映し出されるように配置されているようだ

ほむら「まるでたくさんの自分に見られているみたい……」

ほむら「……?」

ほむら「佐倉さん……何処にいったの!?」


――――
杏子(ミラージュパレス……マミさんならそんな名前をつけそうだな)

杏子「こいつはきっと幻惑系の――」

杏子「ほむら? やられた……既に相手の術中に嵌められてたってわけか」

杏子『ほむら! 聞こえてねぇのか!?』

杏子「くそっ、テレパシーも妨害されてるのかよ」

ほむら「……どこをどう進んでも鏡ばっかり」

ほむら(今、あの鏡の私……笑った?)

ほむら「本当に気味が悪い」

偽ほむ「酷いこというのね……自分自身に向かって」

ほむら「誰!?」

偽ほむ「私は暁美ほむら……貴女は私、私は貴女……」

 目の前の鏡に写った私が話しかけてくる
 幻惑を使役する魔女……厄介な相手だ……

偽ほむ「そうね……たしかに厄介な相手ね」

ほむら(思考を読まれた……!?)

偽ほむ「何を驚いているの? 私は貴女なんだもの……当然よ」

ほむら「佐倉さんはどこ? まどかは無事なの?」

偽ほむ「まどかはもう少しすれば会えるわ
    杏子ならほら、そこの鏡を見てみれば分かる」

 天上の隅、小さめ鏡に佐倉さんの姿が映し出される

偽ほむ「あの子の魔法の性質って幻術系なの
    だから、ここの術は全然利いていないみたい」

杏子『ほむら、魔女の声に耳を傾けるな! そいつはお前を――』パリンッ

偽ほむ「はい、お終い……でも、こっちの声は向こうに伝わるようにしてあるから安心してね」

ほむら「……」ガチャ

偽ほむ「あら……自分に銃口を向けるなんて可笑しいとは思わない?」

ほむら「私は私、貴女は貴女よ」

偽ほむ「撃てるわけ無いわ 誰だって自分自身が一番可愛いんだもの」

ほむら「五月蝿い!」バン

ほむら「痛ッ――」

 鏡に映った像の肩を打ち抜いたはずなのに……
 それなのにどうして、私の肩から血が流れ出しているの……?

偽ほむ「馬鹿ね……自分自身を打てばそうなることくらい分かるでしょ?」

ほむら(……どうすればいい? コイツを倒す方法を考えなきゃ
    時間を止めてどうこうなる相手じゃない……)

偽ほむ「私じゃ私には勝てないわ」

偽ほむ「勝てるはずないもの…… 救いようのないクズの私にはね」

偽ほむ「何その目、汚いものでもみるかのよう目……
    でも、確かにその通り、貴女は汚れきった存在だものね」

 鏡の中の私は、繋ぎ合わせられた鏡の間を行き来して、私の周りをぐるぐると移動する
 私を射抜くような目で見て、声を荒らげて詰問をし始めた

偽ほむ「佐倉杏子と同じ、他人のために願いを使った……なんてよく言えたものね
    守る立場の私でいたい、出会いをやり直したい、そんなエゴイズムの塊の貴女が」

偽ほむ「貴女、この世界で巴マミが生きていないと知ったときなんて思った?」

ほむら「……」

偽ほむ「答えられない? 答えたくない? 
    そうよね、自分で自分の醜い部分をさらけ出すことは辛いものね」

偽ほむ「証人……前に出て来てください」

偽マミ「はい」

ほむら「巴さん……?」

 鏡の中に、巴さんの姿が映し出される
 これは幻だ……現実の巴さんは、既に死んでしまっているんだから

偽マミ「私にとって、暁美さんは大切な後輩の友達でした
    たしかに、鹿目さんと私の、二人だけの時間を奪っていった彼女に嫉妬したこともあります」

偽マミ「けれど、私にとって鹿目さん同様、可愛い後輩であり、友達でした」

偽ほむ「証言ありがとうございます  ねぇ私、今の言葉聞いていた?」

ほむら「……」

偽ほむ「そんな先輩が既になくなっていたことを知った貴女は、なんて思ったか覚えてる?」

 『これでワルプルギスの夜と対抗するための駒が一つ失われた』

ほむら「違う! そんなこと思ってない!」

偽ほむ「それはどうかしら…… だって私は貴女だもの……私は知ってる
    表面上は悲しんでいるつもりでも、
    本当は鹿目まどかを助けるための駒としか思ってないんだもの」

ほむら「違う……違うの……そんなこと……ない!」

偽ほむ「悲劇のヒロイン気取りの貴女に、まどかを救うことなんてできやしないのよ」

ほむら「……黙れ……黙れ黙れ黙れ……」

偽ほむ「耳を塞いだって無駄…… 私の心は、貴女の心と同じなんだもの」

ほむら「違う! 私は本当にまどかのことを助けたいの!」

偽ほむ「今までの会話、全部杏子にも聞こえてるのよねぇ」

ほむら「――!」

偽ほむ「きっと幻滅しちゃってるんじゃないかなぁ」

ほむら「佐倉さん信じて!……私は――」

偽ほむ「信じて~ だって……面白いこと言うのね、私って」

偽ほむ「たかだかまどか助けるための道具に、情が移っちゃった?」

ほむら「佐倉さんは私の仲間よ! 道具なんかじゃない!」

偽ほむ「そうかしら? まどかのためだったら、他のモノなんて何にもイラナイんでしょう?」

偽ほむ「てーれってれー」パチパチパチパチ

偽ほむ「私から私へのプレゼントタイムー 今まで頑張ってきた自分へのご褒美ね」ドサリ

ほむら「……ま……まど……か……?」ギュッ

 息をしていない……血まみれだ……
 胸部を鋭利な刃物で何度も刺されている……
 落ち着いて私、これもきっと幻術よ……惑わされないで……

偽ほむ「まぁでも、次があるんだし、頑張っていこうよ ドンマイ私!」

ほむら「嘘よ……だってさっきまであんなに元気に……」

偽ほむ「信じるか信じないかは自由だけど……折角だから外まで持っていて上げてよ
    葬式に本人の遺体がないんじゃ、遺族だって納得できないでしょうし」

ほむら「う……う゛ああ……あああああ゛……」

ほむら「まど……まどか……ごめんね……」

偽ほむ「はぁ…… 貴女ねぇ、そのやりとり何度繰り返したの?
    あと何度繰り返すの? 違う道に逃げ続ける貴女が、誰にも敵うはずがないのよ?」
    
ほむら「……」

偽ほむ「この世界にはもう希望は無いって思ったよね? 
    だってまどかのいない世界に、何の価値もないんだから」

偽ほむ「明日になったら、また時間を戻すんでしょ?」

偽ほむ「そうしたら、この世界に残された杏子はどうなるのかな?」

ほむら「……どういう意味?」

偽ほむ「考えたことも無いよねぇ 貴女が捨ててきた世界のことなんて」

偽ほむ「単純に時間を遡っていたわけじゃないことくらい、察しがつくと思うだけど……
    行き着く先々で、貴女を取り巻く環境が全く同じなことなんてなかったでしょう?」

ほむら「や……それ以上聞きたくない……」

偽ほむ「ダメよダメ…… 自分のしてきたこと、
    これからすることにちゃんと向き合わなきゃだめだよ」

偽ほむ「貴女が次の時間に飛び移ったら、私の相棒は一人であの悪夢と戦わなければならない」

偽ほむ「無論、貴女は無益な戦闘をする必要なんてないから 杏子のことは見捨てて次の世界に」

ほむら「……だって……だって……」

偽ほむ「まどかを救うために仕方が無いって?」

ほむら「……」

偽ほむ「何が仲間よ……何が相棒よ…… やっぱり単なる駒じゃない」

偽ほむ「はぁ……私って本当に最ッ低…… 見ていて虫唾が走るわ」ペッ

ほむら「だったらどうすればいいの!?」

偽ほむ「それを私に聞くかなぁ……」

偽ほむ「答えなら出ているじゃない、初めっからね」

ほむら「……?」

偽ほむ「貴女が死ねばいいの そうすれば全部が全部、元の鞘」

ほむら「私が死ねばいい……?」

偽ほむ「そう……そうすることによって、
    世界は再び正しい軌道を描いて廻ることができるの」

ほむら「……」

偽ほむ「道理を捻じ曲げた卑しい力で、本当に何かを救えるとでも思ってたわけないでしょ」

偽ほむ「だからさ……死んで」



 『死んでよ……世界のために……皆のために…… 何よりも、自分自身のために……』

 拳銃をソウルジェムに当てて、目を閉じる
 トリガーを引けば、全てが終わる……何もかも全てが

ほむら「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい
    ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

偽ほむ「この期に及んで、誰に許しを請うというの?」

ほむら「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい
    ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」パンッ

 乾いた銃声が、鏡の結界内に鳴り響く

偽ほむ「――!?」

ほむら「ごめんなさい……私は死ねない……
    私が死んじゃったら、まどかを救える望みがなくなっちゃうから」

偽ほむ「あれ……なんで、私だけが傷ついてるの……?」

杏子「終わりだ……」

偽ほむ「ああ……杏子ね…… 幻術が効かないなんて……ずるいわ……
    全く……小さい頃……教会で遊び相手になってあげたことも……あったのに……」

杏子「織莉……姉? まさか……こんな化け物が……織莉姉なわけ……ないよ……」

偽ほむ「最後に一つだけ、いいことを教えてあげる」

杏子「……何だよ」ジャキン

偽ほむ「誰も信じなくていい、仲間なんて要らない 利用できるものは利用して、一人でやり抜くの」

ほむら「……」

偽ほむ「まどかを救うためには、自分自身を含めて使い潰す覚悟で望まなくちゃダメよ」

ほむら「……助言、ありがとう……さようなら……私……」


―――― バン ――――



――――
 鏡の結界は砕け散り、私たちはまどかの家の前に戻ってきた

ほむら「まどか……死んじゃった……」

 私の腕の中のまどかは、冷たくなったまま……
 結界の内でみたときと変わらない姿で、息絶えている

杏子「……クソッ」

ほむら「……守れなかった」

杏子「……」

ほむら「私、また……何も出来なかった」

ほむら「……まどかぁ」

 まどかのこと、一時も目を離さず監視しておけばよかった……
 ずっとずっと……彼女のことだけを考えていなければならなかったんだ……

杏子「……ほむら」

ほむら「ごめんね、佐倉さん……私と私の話、聞いていたんだよね……」

杏子「あ……ああ……」

ほむら「私、また時間を遡るつもりなんだ」

杏子「うん……そうするべき……だろうな……」

―――― ほむらの家 ――――

ほむら「……」

杏子「な、なぁ……ほむらと一緒に時間を遡ることってのは――」

ほむら「無理なの……グリーフシードですら持っていくことができないの」

杏子「そうか……」

ほむら「……」

杏子「今度の世界では……上手くいくといいな……」

ほむら「うん……そうだね」

杏子「……」

ほむら「……ごめんね……佐倉さんが手を貸してくれたのに」

杏子「あたしこそ、何も力になれなくて……ごめん」

ほむら「……佐倉さんは何も悪くないよ」

杏子「……」

ほむら「……」

杏子「あたし、ワルプルギスの夜と戦うことにしたよ」

ほむら「一人でなんて勝てっこないよ……」

杏子「やってみなきゃわかんないだろ?」

ほむら「でも……」

杏子「それに……この街には、まどかの家族がいるだろ?」

ほむら「……」

杏子「マミさんが魔女になっちまうくらいに苦しんで……
   それでも守りたかった街だったんだ……だから、あたしも逃げない」

杏子「今更何したってさ、天国行きのチケットはもらえそうにないけど、
   あたしにやるべきことが残されてるとしたら、アイツと戦うことなんだと思う」

杏子「魔女になっちまうくらいなら、アイツと戦って死んだほうがましだしね」

ほむら「佐倉さん……」

杏子「なんつって、ちょっと格好付けすぎだよな」アハハ

杏子「……ほむらも、頑張れよ」

ほむら「うん……」

◆◇◆◇

―――― ワルプルギスの夜 ――――

杏子「そろそろかな……」

ほむら「……佐倉さん、私も――」

杏子「ほむらは安全な場所に避難しててくれ」

ほむら「でも……」

杏子「時間を遡れるようになる前に、お前がやられちまったらどうすんだよ」

ほむら「……」

杏子「ほむらなら、まどかを守ってやれる……まどかを守れるのは、ほむらだけなんだ」

ほむら「うん……」

杏子「ほむらはあたしににとって、残された最後の希望なんだ」

杏子「短かったけどさ…… ほむらとまどかと、一緒に過ごせて楽しかった」

ほむら「佐倉さん……私も貴女と一緒に居れて楽しかった」

杏子「ありがとな」ニカッ

ほむら「……」

杏子「ほむら」

ほむら「何?」

杏子「もしよったらさ、時間を遡っても――」

ワル夜「 ―― 」ギャハハハハ

杏子「あれが……ワルプルギスの夜……
   噂には聞いていたけど……とんでもねぇサイズだ」

ほむら「気をつけて……」

杏子「なぁに、杏子様にかかればあんなヤツ、敵じゃないさ」

ほむら「佐倉さん……」

杏子「それじゃあな…… ほむらと出会えて本当によかったよ」


 佐倉さんはたった一人、ワルプルギスの夜に立ち向かっていく
 
 その背中が、かすかに震えていたことに私は気づいてしまった

 このまま佐倉さんを見捨てて時間を遡ってしまってもいいの?

ほむら「そんなこと、できるわけない!」

杏子「ほむら!? お前なにやってんだよ」

ほむら「砂時計の砂が満ちるまで、私も手伝うわ」

杏子「馬鹿野郎……絶対にやられんじゃねーぞ!」

ほむら「貴女こそ!」

ワル夜「 ―― 」ギャハハハハ

――――――
―――


ワプルギス「 ―― 」ギギ…ギギ…

杏子「……なんだ、案外いけそうじゃん」ゼェゼェ

ほむら「うん……大分弱ってるみたい……」

杏子「ほむら、手持ちのグリーフシードは?」

ほむら「零個……」

杏子「あたしもだ……でも、勝てない相手じゃない!」

 砂時計は既に満ちた……
 時間はいつでも遡らせることができる
 それはつまり、時間停止をする力がなくなったことを意味する――

ほむら(佐倉さんと二人なら、ワルプルギスの夜と勝てる……)

杏子「ほむらっ! お前はもう行け!」

ほむら「でもっ、もう少しでアイツを倒せるのに――」

ワル夜「 ―― 」ギャハハハ

杏子「危ねぇ、ほむら!」

ほむら「えっ――?」

 ワルプルギスの夜の咆哮が轟き、炎の柱が上る
 瓦礫やビルが炎の渦を纏い、私目掛けて襲いかかる

ほむら(時間停止を――)

ほむら「しまっ――」ギュッ

杏子「ほむらーッ!!」

――――――
―――

杏子「だから、先に行けって言ったのに……」

 目を開と、目の前には佐倉さんがいた
 私を守る盾のように、身を挺して庇ってくれている
 額から血を流し、腹部には鉄パイプのようなものが突き刺さっている

ほむら「……さ、佐倉さん!?」

杏子「鎖で防壁を作ったんだけど、あんまし効果が無かったみてぇだな……」

ほむら「そんな……私を庇って……」

杏子「ほら、そんな顔してないで……早く時間を遡ってくれよ
   さすがのあたしも、このまま盾になり続けるのはキツいよ……」

ほむら「でも……でも……もうちょっとで勝てそうだったのに……私の所為で……」グスッ

杏子「いいじゃん、あたしと二人ならアイツに勝てるってことが分かっただけでもさ」

ほむら「……そんな……私は……佐倉さんのこと、
    手助けしようと思ったのに……それなのに、足手まといに……」

ワル夜「 ―― 」ギギギ

杏子「こっちの攻撃が止んだとたん、敵さんも攻撃を止めたみたいだな……
   ははっ……なんだ……ワルプルギスの夜も空気が読めるってのかねぇ……」

杏子「これなら、もう少しほむらと話せそうだ……」

ほむら「杏子……ごめんね……」

杏子「ははっ、今頃になって名前で呼んでくれてもなぁ……遅すぎだって」

杏子「次に会うときは、あたしはほむらのことを全部忘れてるんだよな」

ほむら「うん……」

杏子「悔しいな……ほむらとやっと友達になれたと思ったのに……」

杏子「でも、ほむらの方がもっと辛いよな……
   こんな思いを何度も何度も味わってきたんだよな……」

杏子「次の時間でもさ、こんなあたしだけど、よかったら利用してやってくれ」

ほむら「杏子……?」

杏子「仲良くなりすぎたら、今回みたいな失敗をしちゃうかもしれないからな」

ほむら「それじゃあ杏子を駒にするみたいで――」

杏子「いいんだよ、馬鹿なあたしにはその位の扱いでも十分だ
   それに、同じ境遇の魔法少女の頼みごとを聞くのは、存外悪い気はしねぇしな」

ほむら「初めて会ったときとは大違いね」フフッ

杏子「ほむらのおかげさ」ハハッ

ワル夜「 ―― 」ギギギ

杏子「潮時みたいだな……上手くやれよ、相棒」

ほむら「……本当にありがとう、杏子」


――――――― カチャリ ――――――――

―――――
―――

杏子「行っちまったか……」

 ほむらが居た場所に倒れこみ、仰向けになって空を見上げる

杏子「あたしと一緒に残ってくれ……なんて口が裂けてもいえないよな……
   ほむらには大切な人がいて、その人を守れる希望が残ってるんだ……」

ワル夜「 ―― 」ギャギャギャ

杏子「……もうお前の相手はできねぇっての」

杏子「あぁ……でも……最後のグリーフシードが一個だけあったっけな……」

 あたしは、かつてマミさんだったグリーフシードを手に取る
 紅茶のレリーフが刻まれていて、とてもマミさんらしい感じがする
 いくら魔力が足りなくっても、流石にこれを使う気にはなれなかった……

杏子「マミさん……マミさんは最後まで一緒に戦ってくれる?」

杏子「……って、答えてくれるわけないか」ハハッ

ワル夜「 ―― 」ギャハハハハ

 分厚い雲で覆われた街には、ワルプルギスの夜の甲高い笑い声が響き渡っていた

◆◇エピローグ◆◇

ほむら「……ううん」

 懐かしい夢を見た
 随分と昔の夢だ……まどかが理となる以前の世界
 それもずっとずっと昔のころの夢……杏子との思い出……

ほむら「……結局、私はまどかのことを救えなかった
    それどころか、ずっと迷子になっていた私のことを助けくれた……」

杏子「……ほむら、ご飯……まだぁ……?」ムニャムニャ

ほむら「また勝手に入り込んで、勝手に布団敷いて寝てるし」ハァ

ほむら「あんな夢を見たのも、きっとその所為だわ」

 あれほど頑張ってたのに……まどかのことを想っていたのに……
 今、私のとなりにいるのは杏子だ それも憎らしいほど幸せそうな寝顔でいる

ほむら「まったく、どうしてまどかじゃなくて貴女なのかしらね……」

杏子「うーん」Zzz

 この世界で生きていく――

 まどかの愛したこの世界を、ずっとずっと見守っていこう

 大丈夫、私は一人なんかじゃない


 私は、気持ちよさそうに寝ている杏子に顔を近づける
 前髪を軽く掻き揚げて、額に軽くキスをする 


ほむら「ありがとね……私の隣にいてくれて……」


杏子「……まかせろ……あいぼー…」ムニャムニャ


ほむら「ふふっ、相棒ね…… そうだったわね……」


ほむら「これからも よろしく頼むわよ」


ほむら「杏子」





おしまい

また知久パパの名前を和久って間違えてました 申し訳ない

9話のラストで杏子のことを、ほむらが呼び捨てにするのって、
意味深ですよねというお話でした 

最後まで読んでくださった方、支援してくださった方に感謝して寝ます

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