女「昔むかし、あるところに」 (81)

昔むかし、あるところに、頭に二つの丸いこぶがある男の子がいました。

名前をこぶ郎といいます。

こぶ郎は、兄と二人暮らしです。

こぶ郎は兄を尊敬していました。

こぶ郎は、いつか兄のようになりたいと思っていました。

そう、兄のような英雄に。

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こぶ郎「なあ兄ちゃん」

兄「なんだいこぶ郎」

こぶ郎「どうやったら兄ちゃんみたいな英雄になれるの?」

兄「うーん」

兄「俺みたいにならなくていいよ」

こぶ郎「えー」

兄「こぶ郎は、こぶ郎として英雄になるといいよ」

こぶ郎「意味分かんねえよバカ兄貴」

こぶ郎「俺だって兄ちゃんみたいに鬼とか倒したい」

兄「倒したくて倒したんじゃないよ」

こぶ郎「えー、そうなのか」

兄「いろいろあるんだよ、大人には」

こぶ郎「ちぇっ」

こぶ郎「じゃあさ、剣の稽古くらいつけてよ」

兄「うーん」

こぶ郎「お願いお願い!!」

兄「はいはいわかったわかった」

こぶろう「わーい!」

兄「じゃあまずは腕立て一日千回な」

こぶろう「」

一週間後

こぶろう「兄ちゃんいい加減にしろよ!」

こぶろう「腕立てもう飽きたよ!!」

兄「びっくりだな」

兄「ちょっとはばててくれよ張りあいないなあ」

こぶろう「早く剣持たせろこの糞!」

兄「どんどん口が悪くなるなあ」

一ヶ月後

こぶろう「」しゅばっ

兄「木の葉を真っ二つに切れるほどにまで」

こぶろう「兄ちゃん、俺も兄ちゃんみたいになった?」

兄「うーん」

兄「ならなくていいよ」

こぶろう「なあ兄ちゃん」

兄「なんだい?」

こぶろう「俺さ、小さな頃のことあんまり覚えてないんだけど」

兄「……」

兄「こぶろう、飯にするか」

こぶろう「ほらまたごまかした」

こぶろうには親がいませんでした。

兄だけが、唯一の家族でした。

ですが、兄はなにもそのことについては語りません。

ただ、優しい瞳で、こぶろうの、こぶの生えた小さな頭を

そっと撫でるだけでした。

ある日のことです。

村に伝染病が広まりました。

村人は、とても苦しみ、どんどん死んでいきました。

そして、いつしかこぶろうの兄も

病に犯されてしまったのです。

ある日のことです。

村に伝染病が広まりました。

村人は、とても苦しみ、どんどん死んでいきました。

そして、いつしかこぶろうの兄も

病に犯されてしまったのです。

こぶろう「なあ兄ちゃん」

兄「なんだい」

こぶろう「兄ちゃんは強いんだよな」

兄「ああそうだ、強いよ」

こぶろう「なんで病気なんかに負けてんだよ」

兄「うーん」

兄「弱いからかもしれない」

こぶろう「どうすれば治るんだよ」

兄「山の上の桃さえ食べれば治ると、医者は言っていた」

こぶろう「なんでみんなそれを食べないんだよ」

兄「誰も近寄れないからさ」

こぶろう「なんでだよ」

兄「鬼が、出たらしいんだ」

兄「伝染病を広めたのも、鬼で」

兄「その治療薬となる桃も奪ったのも」

兄「鬼だ」

こぶろう「なんでだよ」

こぶろう「鬼は、兄ちゃんが昔倒したんだろ?」

こぶろう「家来連れて、剣で殺したんだよな」

兄「どうやら、生き残りがいたらしい」

兄「ついてないよ」

こぶろう「……ちくしょう」

こぶろう「なんのために!」

兄「決まってるだろ?仕返しにだよ」

こぶろう「おかしいだろ!」

こぶろう「村で悪いことしてたのはあいつらなのに」

こぶろう「それを懲らしめたのは当然じゃないか」

兄「それでも仲間が殺されたんだ、立ち向かいもするさ」

兄「それになかなかいい手を使う」

こぶろう「なに感心してるんだよ!」

こぶろうは、体を震わせて立ち上がりました。

寝ている兄を見下ろしました。

兄の姿はとてもやせ細り

あの大好きな兄の姿ではありませんでした。

兄「どうしたんだこぶろう」

こぶろう「あいつらを倒しに行く」

兄「やめろ、危険だ」

こぶろう「このまま村を放っておけってか?」

こぶろう「兄ちゃんのためじゃない、村のためだ」

兄「こぶろう、ダメだ」

こぶろう「ダメじゃない」

こぶろう「俺だって、兄ちゃんの弟だ」

こぶろう「兄ちゃんみたいな英雄になってやる」

兄「どうしたんだこぶろう」

こぶろう「あいつらを倒しに行く」

兄「やめろ、危険だ」

こぶろう「このまま村を放っておけってか?」

こぶろう「兄ちゃんのためじゃない、村のためだ」

兄「こぶろう、ダメだ」

こぶろう「ダメじゃない」

こぶろう「俺だって、兄ちゃんの弟だ」

こぶろう「兄ちゃんみたいな英雄になってやる」

こぶろうは、振り返ることなく、家を飛び出しました。

稽古の時に使っていた木刀を片手に、ただひたすらに走りました。

でもこぶろうは気がつきました。

こぶろう「鬼のやつら、どこに住んでいるんだ?」

迷子になった英雄の卵は、途方にくれました。

?「どうした小僧」

こぶろう「?」

こぶろう「なんだ、ただの犬か」

こぶろう「あのさ、最近村に現れた鬼を退治したいんだ」

こぶろう「どこにいるか知らないか?」

犬「ふむ」

犬「というかお前、木刀なんかで鬼と戦う気か?」

こぶろう「」

こぶろう「……それもそうだな」

こぶろう「でもよ、兄ちゃんも木刀しか持ってなかったし」

こぶろう「真剣なんてどこにあるのか」

犬「真剣が欲しいのか」

こぶろう「そうだな」

犬「まあ、心当たりならあるぞ」

こぶろう「本当か?」

犬「犬は誠実な生き物だぜ?」

犬「桃が奪われたその裏山」

犬「そこには滝の流れる洞窟がある」

犬「そこの裏には刀が隠されているんだ」

こぶろう「ふーん」

こぶろう「なんでお前がそんなこと知ってるんだ?」

犬「……さあな」

その時の犬の瞳は、少しだけ潤んでいました。

こぶろうは、その犬の言葉を、不思議と疑うことができませんでした。

それだけ犬から強い信頼が感じられたのです。

こぶろうは、犬の言葉通り、裏山へと向かいました。

草をかき分け、道に迷いながら、水の音が聞こえないか、耳をすませて。

ようやくこぶろうは滝の流れる、開けた場所にたどり着きました。

動物たちの憩いの場所らしく、動物たちがそこで休んでいました。

犬は去り際に、こぶろうに言いました。

滝には頑固者の番人がいる。

戦うことを覚悟しておけ、と。

こぶろう「兄ちゃんだって、怖い思いをしたはずだ」

こぶろう「滝の裏の番人なんて、へっちゃらさ」

こぶろう(滝の裏に道が見える)

こぶろう(あそこから入っていこ)

こぶろうは、滝の裏の湿った石の足場を落ちないように、慎重に進みました。

滝の裏からは、小さな明かりが見えました。

誰かがたき火をしているのかとも思いましたが、どうやらコケやキノコが光っているだけでした。

こぶろうは安心して先に進みました。

奥には、大広間のような、開けた場所がありました。

真ん中には、楕円形のこぶ朗の部屋くらいの大きさのお立ち台のようなものがそびえていました。
 
台の上に、横長の箱が置かれていました。

刀が入るには十分な大きさです。

こぶ朗は、箱めがけてかけ出しました。その時、ぐにゃりと何か柔らかいものを踏んだ音がしました。

それが何かを判断する前に、こぶ朗はすてんと転び、地面に頭をぶつけました。

こぶろう「いてえ!」

こぶろう「なんだこれ……」

ひょい

こぶろう「……バナナの皮」

ざっざっ

こぶろう(……誰か来る)

慌ててこぶ朗は振り返り、木刀を暗闇に振りかざしました。

ガチっと、何かが木刀を挟みました。それは、歯のようでした。

獣です。こぶろうを暗闇の中、獣が襲いかかってきたのです。

光苔に照らされたその体は茶色い毛で覆われ、鋭い眼光が、こぶ郎をさすように睨みつけます。

こぶろう「……猿?」

猿「主人の刀になんの用だ」

こぶろう(……主人?)

こぶろう「鬼退治に使うんだ、木刀では勝ち目はない」

こぶろう「ところで、主人って今お前は言ったな」

こぶろう「主人がいたのか?この刀に」

猿「お前には関係のない話だ」

猿「俺と二匹と、主人でかつて鬼を狩りに行った」

猿「その時のものさ」

こぶろう(……その話、まさか)

こぶろう「兄ちゃんの、刀なのか」

猿「……兄ちゃん?」

猿「何を馬鹿な」

こぶろう「そいつは俺の」

猿「あの方に、弟などいない」

こぶろう「そ、そんなはずは」

猿「しゃらくさい!」

猿はそう言うと、爪を立ててこぶ朗めがけ、襲いかかってきました。

慌ててこぶ朗は避け、背中をとろうと刀を振りかざしました。

猿はにやりと笑い、こぶろうの鳩尾に肘を打ち付けました。

こぶ郎は胃液を吐き、その場にうずくまりました。

猿「遅い」

こぶろう(……ちくしょう、声が出ない)

猿「猿程度の動きについてこれないとは」

猿「やはりお前はまだまd」

つるっ

猿「ぬお!なぜバナナの皮が!!」

こぶろう(しめた!)

こぶ朗は怯んだ猿の首に木刀を近づけ、当たる寸前で止めました。

こぶ郎は勝ち誇った顔で、猿に向かって笑いました。

猿も同じように笑いました。

決着はついたようです。

こぶろう「俺だって、兄ちゃんみたいな英雄になるんだ」

猿「……おもしれえ」

猿「俺の負けだ」

猿「そこの箱を開けろ」

こぶろう「これか」ぱかっ

箱の中には、こぶろうの身長より少し短い程度の刀が入っていました。

滑らかな歯の線は、見るもの全てを魅了するほどの美しさでした。

刀は鈍い銀色の光を放ち、こぶろうの目を奪いました。

こぶろう「……いいのか?」

猿「ああ、使ってやったほうがそいつも喜ぶ」

こぶろう「……ありがとう」

猿「よせよ、礼なんて」

猿「いいか?やるからには根絶やしだ」

猿「一匹残らずだぞ」

猿「あの方と俺たちがやり損ねたんだ」

猿「主人の意思を継ぐなら」

こぶろう「おう」

猿「完璧にやれ」

こぶ朗は、無言で頷きました。

湿った洞窟を出ると、外では一匹の鳥が、こぶ朗を待ちかまえるように佇んでいました。

それは、大きな雉でした。

こぶろうの前に、雉は降り立ちました。

こぶろう「誰だお前」

雉「私が、三匹目」

こぶろう「……もしかして、兄ちゃんの鬼退治の家来の」

雉「そういうこと」

こぶろう「なんだ、お前とも戦わなきゃいけないのか?」

雉「違うわよ」

こぶろう「?」

雉「犬から話は聴いてるわ」

こぶろう「なんで、山のてっぺんに向かってるんだ?」

雉「村に病を流行らして、桃を奪う」

雉「そこまでするなら、鬼たちは行く末を見届けたいものじゃない?」

こぶろう「……まあ、たしかに」

雉「鬼は、ここの頂上の洞窟よ」

こぶろう「……そうか」

雉「入口まで案内しようか?」

こぶろう「いや、いいよ」

こぶろう「俺一人じゃないと、意味がないんだ」

雉「……そう、わかったわ」

雉「それにしてもあなた、どこかで……」

こぶろう「……?」

雉「いえ、なんでもないわ」

雉「それじゃ、さよなら」

こぶろう「ああ」

こぶろう「さよなら」

こぶろうの足は震えてました。

たどり着いた頂上の洞窟は、まるでこぶろうを取って食おうとしているようにも見えました。

こぶろうは、勇気を出して中へ入って行きました。

兄のような英雄になるために。

鬼ども「がははは!」

「人間どもめ、今頃苦しんどるだろうな」

「いいだろう、同族を皆殺しにしたやつらさ」

「そうだ、この間捕まえた捕虜、まだ生きてるか?」

「さあ、どうだろうなあ、飯はやってるけど、とんと喋らん」

こぶろう(……ちくしょう、楽しそうに酒なんか飲みやがって)

こぶろう(だけど数が多い)

 コロコロ

こぶろう(……これだ)

こぶろう(この酒瓶を)

ぽい

パリン!

鬼1「?」

鬼1「おい、誰だ酒瓶割ったの」

鬼1「はあ、掃除掃除と」

こぶろう(しめた)

鬼がノシノシとこちらに近寄ってきます。

こぶ朗は慌てて物陰に隠れました。鬼は瓶の破片を確認しています。
 
こぶ朗は、背後に近づき、鬼の目を両手でふさぎました。

鬼はてっきり誰かのイタズラかと思い、後ろのこぶ朗をぺちぺちと叩きます。

その隙にこぶ朗は、鬼の喉元を、刀で切り裂きました。
 
鬼は血を噴き出しながら、声を出さず絶命しました。

こぶろう「よし、やった」

?「なにをしている」

こぶろう「」

?「野郎ども!襲撃だ!!」

こぶろう(糞!)

鬼がそう言い終えた瞬間に、こぶ朗は鬼の喉元を刀で劈きました。

鬼はまた絶命しました。

何故かこぶ朗は、生き物が絶命する急所を、全て心得ていました。

さっさとこの餓鬼を殺せ

鬼たちがそう言いながら、一斉にこぶ朗へと棍棒を持ち、襲いかかってきました。

赤い鬼、青い鬼、細い鬼、太い鬼、様々です。

こぶ朗は落ちついて、一体一体の動きをかわしていきました。

こぶ朗はそこからは、怒りに身を任せ、刀を振りかざしました。

村の人や、兄をひどい目に合わせた恨みを込めて。

一体一体、的確に急所を狙い、鬼たちを殺して行きます。

中には子どもや、雌の鬼もいました。

けれど、こぶ朗は躊躇しませんでした。
 
そして、いつしか鬼は、最後の一匹だけになりました。
 
大きさから考えて、親玉のようです。

鬼「おい小僧」

こぶろう「小僧じゃねえ、こぶろうだ」

鬼「なぜここまでする」

こぶろう「お前たちが悪さをしたからだろ」

鬼「お前たちが、俺たちを忌み嫌うから」

鬼「こうなってしまったのではないか?」

小僧「悪さをする奴を、好きになるやつはいないだろう」

鬼「最初から俺たちが悪さをしていたとでも?」

鬼「角があって、体がでかいだけで」

鬼「どうしてそこまで言われなきゃならない」

こぶろう(……)

こぶ朗は、考えるのをやめ、鬼の額に刀を振り下ろしました。

鬼は真っ二つになり、絶命しました。

「やった、やったぞ、これで僕も、お兄ちゃんと同じ、英雄だ」

そう言うこぶ朗の瞳には、何故か涙が滲んでいました。

その時、こぶ朗の後頭部から、何か紙のようなものが剥がれ落ちました。しかし、こぶ朗はそれに気付かず、血の滴る足を引きずりながら、洞窟の奥へと進みました。

通路の先には、一つの檻がありました。

進む中こぶ郎は、鬼の言葉を思い出しました。

そして、少しだけこう思っていたのです。

なんで、鬼を人は嫌うんだろう、と。

こぶろう(あった、桃だ)

こぶろう(体が思うように動かないな)

こぶろう(気のせいかいつもより重い気がする)

こぶろう(……中に誰か?)

女「……いやっ!」

こぶろう(女の人だ)

こぶろう(暗くてよく見えないけど、多分そうだ)

こぶろう「怖がらないで、俺は君を助けに来たんだ」

こぶろう「もう鬼は一匹もいないよ」

女「嘘よ!嘘つき!!」

こぶろう「だって、僕が全部」

女「いや!いや!やめて、来ないで、もういや、やめて、早く殺してよ、なんで私だけこんな目に合わなければならないの?ねえ!」

こぶろう(……埒があかないな)

こぶろう(刀で鍵を壊すか)

バキン

女「…え?」

こぶろう「ほら、手出して、鎖も切る」

パキン

女「……そんな、どうして?」

こぶろう「いいから」

こぶろう「家族のところに帰りな」

女「……」ダッ

こぶろう(……行っちゃった)

女「ありがとうございます!」

こぶろう(洞窟の外から言ってるな)

女「あなたは、あなたは」

女「命の恩人です!!」

こぶ朗は、自分のことを恩人と呼んだ少女の事が、大層気に入りました。

しかし、そんなことを考えている場合ではありません。

こぶ朗は、桃の入った籠を持ち、洞窟の外へと向かいました。

洞窟の外の空は、どんよりと灰色の雲が空を覆い、今にも雨が降りそうでした。

こぶ朗は、少し降りたところの、さっきの滝に到着しました。

しかし、道中には犬も猿も雉とも、出会いませんでした。

いいえ、それどころか、あらゆる生き物と、こぶ朗は出くわしませんでした。

こぶろう(……静かだな)

こぶろう(冬眠の時期にはまだ早いのに)

こぶろう(滝の場所に出た)

こぶろう(随分体も血で汚れたな、真っ赤だ)

こぶろう(怪我もしたみたいだ、むくれてる)

こぶろう(川の水で洗おう)

滝の水がたまった川で、顔を洗い、水を一口飲みました。

水面には波紋が広がり、こぶ朗の顔ははっきり見えません。

時間につれて段々とこぶ朗の顔は、水面にはっきり映し出されました。

しかし、そこに映っていたのは、今までのこぶ朗の顔ではありませんでした。
 
頭には、二つのこぶもありません。

頭についていたのは、

二本のつのでした。
 
そして、こぶ朗の顔は、鬼そのもののように、真っ赤に染まっていました。

こぶろう「」

こぶろう「なんだこれ」

ぱしゃん

こぶろう「おい、おかしいぞ」

ぱしゃん

こぶろう「俺の、顔じゃない」

ぱしゃん

こぶろう「こぶは、どこ行ったんだよ」

ぱしゃん

こぶろう「なんだよ、このつのは!」

ズキン!

こぶろう「あ、頭が」

こぶろう「痛い」

こぶろう「いたいいたいいたいいたいいたいいたいたいたいたいたいたいちいたいあちたいえちあいstd0くぃえr

「かあさん!」



「○○、あなたは生きて」
                
                      「いやだいやだ!」


      ころしてやる

                           この御札は、目に見えない、人に化けれる


  乗り込んでやる


                 復讐してやる



 あの男を          


             犬を
                        


      猿を               



                        雉を





船だ

                             嵐がきた


             苦しい、息ができな

「どうしたんだい」

「」

「一人なのか」

「」

「どこかで見た気がする」

「」

「一緒に、俺と暮らそう」

「君は今日から、俺の弟だ」

こぶ朗は、思いだしました。
 
自分がかつて鬼だったことを。
 
家族を人間に皆殺しにされたことを。
 
復讐を誓ったことを。
 
人にお札で化け、船で人間の里へ向かった事を。
 
嵐に遭い、浜辺に打ち上げられた事を。
 
自分を拾ってくれた人間が、お兄ちゃんだった事を。
 
そして、その家族の、仲間のかたきが、

お兄ちゃんだった事を。
 
雨がぽつりぽつりと、こぶ朗の頬を濡らします。

こぶ朗の涙を隠すように、雨はひたすら降り続けました。

その晩、雨は止み、月明かりに村は照らされました。

こぶ朗は、桃の籠を、村の真ん中にぶちまけました。

籠は叩き割り、落ちている桃一つを、懐にしまいました。
 
こぶ朗はそして、家へと帰りました。
 
ただいまは言わずに、土足で盗人のように、ぬき足差し足忍び足で、兄の布団の横に、こぶ朗は立ちすくみました。
 
腰に差した刀を抜き、天井へと降り上げます。こぶ朗の手や足は、がくがく震えていました。

こぶろう(……兄ちゃん)

兄「おかえり」

こぶろう「あ……」

こぶろう(……どうしよう、なんて言おう)

こぶろう(言葉が出てこない)

兄「待ってたよ、この日を」

兄「お前がこうしてくれる日を、ずっとずっと待ってた」

兄「ずっと、殺されたかった」

兄「あんな数の鬼を殺した」

兄「殺したくもなかったのに、殺した」

兄「村のために、殺した」

兄「自分のために、殺した」

兄「生きた心地がしなかった」

兄「ずっと、ずっと苦しかった」

兄「英雄といくら呼ばれても、俺がやったことは虐殺だ」

兄「お前は、あの時いた小鬼だろ?」

兄「さあ、俺をさばいてくれ」

兄「罪人の俺を、お前だけが裁けるんだ」

兄「お前は、俺が憎いだろう?」

こぶ朗は、刀を畳にぽろりと落としました。

ざくりと畳が裂ける音がしました。

そして、こぶ朗はがくんと膝を落としました。
 
こぶ朗は泣き出しました。
 
かつての家族のかたきが、今の家族になっていたのです。
 
怨むべき存在を、尊敬していたのです。
 
憎むべき存在を、愛してしまったのです。

こぶ朗は、もうどうしたらいいかわかりません。

お兄ちゃんは、優しくこぶ朗の頭を撫でました。

そして、そのまま目を閉じて、体は冷たくなりました。
 
こぶ朗ではなく、病が兄の命を奪いました。


こぶ朗は、浜辺にいました。

かつて、自分が流れ着いた浜辺です。
 
こぶ朗は叫びました。

こぶろう「神よ、私を罰して下さい」

こぶろう「私は、仲間のかたきを討てませんでした」

こぶろう「なお且つ、仲間を皆殺しにしました」

こぶろう「唯一の家族も、救えませんでした」

こぶろう「いえ、救いませんでした」

こぶろう「救えたのにです」

こぶろう「守るべきものを、何も守れませんでした」

こぶろう「お願いです。私に罰を与えて下さい」

こぶろう「英雄の肩書など、私には相応しくありません」
 
海に叫ぶも、帰ってくるのは、静かな波の音色だけでした。


するとなんということでしょう。

海からどんぶらこ、どんぶらこと、小さな桃が流れてきました。

こぶろうは、これが神様からの贈り物と思い、かぶりつきました。

汁はとても甘く、疲れたこぶろうの体に染みわたりました。

そして、こぶ郎は眠りにつきました。

頭の二本の重い感触が、だんだんと薄らいで行きました。

昔々、あるところに殺しの鬼と呼ばれた一人の人間がいました。
 
鬼を全滅させたかと思えば、実の家族にまで手をかけた、鬼人と呼ばれ、人々から蔑まれました。
 
誰も、彼を英雄だと称えた人はいませんでした。
 
いつしか彼は、人知れず姿を消しました。

誰にも認められることなく、海の向こうへと。

 だから、私は彼に言いました。

船を使い、はるばると、彼の住処まで私は行き、告げました。

「あなたが誰に何と呼ばれようと、私だけは知っています」

「あなたは、私の命を助けてくれました」

「牢屋から私を救いだしてくれました」

「ですから、私にとってあなたは」

「かけがえのない英雄です」

「ですから、どうか」

「あなたの幸せを、私に祈らせてもらえませんか?」

「それができたら、あなたの隣だと嬉しいです」

 彼の目から滴る雫が、袖に染み込みました。
 



英雄の流した涙は暖かく、





それは間違いなく、人のものでした。

女「これで、お話はおしまい」

娘「えー、そうなの?」

女「うん、こぶろうさんは、英雄なのよ」

女「一人以外、それを知らなくてもね」

娘「ひとりじゃないよー」

女「え?」

娘「わたしもいるもん」

女「……ふふっ」

女「そうね」

おしまい

乙乙。


よかった。招待判明後が好きだわ

業と言うのは怖いものだ。
最終的に小さな幸せを手にできてよかったね

読んでくれてありがとうございます
今回は大学の国文学の授業で書いた小説をアレンジしました

面白かったぞ

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2019年03月12日 (火) 01:21:24   ID: LC5bbjSR

はえ~すっごい面白い…

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