「魔物は真に心に寄りそってくれる」 (14)

 魔物は真に心に寄りそってくれる。

ほの青い夜の、ベージュ色の薄いシーツの上で、布団を腕にかき抱き、

しかし抱きしめる意味のなさに怯える私の、空気のような頭さえ撫でてくれるのだ。

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 彼か、彼女か、わからないが、ただ美しいその顔に浮かぶ笑み。溢れる慈愛だ。

私の堅い髪をすべる指はしなやかで、どの瞬間で切り取っても一つの図画となるだろう丹念な繊細さで動く。

指先を覆う爪の形さえ、瑕疵のない造形と見える。

空気は甘い。呼気さえ心地よい生物。ただならない。

ゆるやかに流れる髪はやわらかそうで、私の頬に触れるとやはりやわらかいのだと知れた。

 肉も魂も美しい、そう見える、この魔物の名はなんなのだろう。

いまだに聞いていない。

私にはそれを聞く理由がなかった。

私は、まっとうな人生の中ではけして得られないだろう、心の腑から消え去ってしまうような安息を、
私に与えてくれる――そのことだけが大事だったのだ。

魔物が何を意図してここにいるのか、私の髪を美しい空気で夜な夜な撫ぜてくれるのか、
それは全く興味のわかないことであった。

つまり、この美しい姿が何を見て何を感じているのか、その個人的な事柄は、私には無関係だったのだ。

だって魔物だ。

それに夢かもしれない。

 夢かもしれない。


 しかし私は夜な夜な焦がれている。

 私はこの至上の魔物の心は知らないが、私の心は知られている。

ひだの一つ一つを埋めるように、丁寧に丁寧に、私は愛撫される。

他人を触る時に生まれうる、わずかの焦りもなく、ただただ私のための愛撫。

限りなく速度のない、けれど私の皮膚の少しでも広い箇所が温かいようにと言うぎりぎりの進みで、
確かな熱を生み出していく。

摩擦と言わないほどの圧力。大事に、大事に、とされる感覚。

私はさびしかったので、一度その手を、熱を、拒みそこねてしまえば、後は求めるしかできない。

 人を誘惑する魔物は、真に心に寄りそってくれる。

不安、恐怖、疲労、そんなものから生まれる私の精神の飢餓を、その隅々まで感じ取り、
そして過去から歩んできた私の精神の有様、その意識の構造に、
一番にふさわしいものを、一番ふさわしい手段で与えてくれるのだ。

彼、または彼女は、私が無様に泣きわめいても、けして私を見限らないだろう。

私から離れていくことはないだろう。

軽蔑の視線の一切がなく、ただただ受容し、そして私の頭をその胸に抱き寄せてくれるのだ。

魔物だから。

きっと私の何がしかを利用しようとしているのだろう魔物だから。

人をさんざんに誘惑し、溺れさせ、けしてその身から目を離せなくさせる魔物だから。

私になんの価値があるのかは知らない。

私が日頃生きている中でしっかりと自覚することのない、しかし大事なもの、
そんな何かを取り去って行きたいのかもしれない。

命や……健康や……運命や……活力……色々。

魔物だから、そんな想像になる。

目的のために、その笑みは、その優しさは、生み出されているのかもしれない。

それは真実の笑み、真実の優しさではない、と世の人は言うかもしれない。

けれど、その言葉は、私の前で、労を尽くして見せてくれている、
この姿が存在した事実を揺らがせはしない。

誰かの心に寄りそうこと、誰かに心に寄りそわれること、
そのどちらもそうそうあることではないのだ……他人のために心を砕く、
砕いた心の一片一片をしっかりしみわたるように溶かして与える、そんな奇跡。

 私は、この魔物の心を知らない。

何を思い、ここにいてくれるのか、知らない。

何か、この魔物にとって利となり得るものがあるから、
私の額に優しい口づけをくれるのだろう。

何か求めるものもなく、見知らぬ他人のために尽くす、
尽くしすぎる存在なら、それは狂人だ。

この魔物は狂わず、限りなく計算づくで
――それは、一番に私の心に触れられる方法を見定める丹念さだ――、私のために。

私は、きっと私の何もかもがなくなってしまうその瞬間まで

私から去りはしないだろう、その打算と献身に、

この世に生きる身として、安心を覚えるのだ。

 誰の心も知ることなどできないが、一番に私を知るこの魔物は私ではないのかと夢想する。

悲しくなった。

けれど私は、この魔物の心を知らないのだ。



というだけの何か

さびしい人は、自分にいつも一緒に寄り添ってくれている自分の頭を
優しくなでてあげてほしい

孤独は癒やされることはないものだけど、
見てくれた人には、誰かが寄り添ってくれる呪いをかけておく

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