恒一「小椋アフター」(188)

恒一「…………」

鳴「榊原くん?」

恒一「わっ、見崎……何してるの、こんなところで」

鳴「ちょっと本屋に行こうと思って。榊原くんは?」

恒一「僕はちょっと……待ち合わせみたいな」

鳴「ふうん、勅使川原くんとかと?」

恒一「まあ、そんな感じ」

鳴「そう……」

鳴「じゃあ、私行くから」

恒一「うん、気をつけてね」

鳴「榊原くんもね」

恒一「うん」

鳴「…………」


……

……

……


小椋「ごめーん恒一くん、待った?」

恒一「ううん、僕も今来たところだから」

小椋「それじゃ行こっか」

恒一「小椋さん、その服かわいいね」

小椋「そう? ありがとっ」

鳴「…………」ジーッ

僕と小椋さんが付き合い始めてもう2週間近くが経つ
きっかけになったのは、そう
あの合宿の日……
もう思い出したくもないあの日のあと、
僕と小椋さんは恋人関係になった

死者が見崎だという誤情報のせいで我を失い
見崎を殺そうと僕達に襲いかかってきた小椋さん……
やむなく膝蹴りでおとなしくさせたけれど
彼女はすぐに起き上がって僕と見崎を追ってきた
そして……外壁を伝って隣の部屋に逃げようとしていた
見崎を殺そうとして、勢い余って落ちてしまったのだ

その時、僕は考えるよりも先に
小椋さんを救うべく飛んでいた
なすすべもなく自由落下していく小椋さんを捉え、
抱きしめ、そして地面にぶつかった
幸い僕が下になり、小椋さんが上になる格好で落ちたので
小椋さんにはまったく傷はなく、僕も主人公補正で無傷だった
そしてそのまま小椋さんは僕の胸で泣きじゃくった

その3日後だった
メールで小椋さんから告白されたのは
僕は勿論OKした
彼女の支えになってあげられるのは僕しかいないのだ
そう思った

小椋「ねえ、恒一くん」

恒一「なに、小椋さん」

小椋「…………」

恒一「どうしたの、言いたいことがあったら言って」

小椋「いや、やっぱりなんでもない」

恒一「なんだよそれ」フフッ

小椋さんはよく何かを言いかけてやめるクセがあった
勝気な性格だから言いたいことは何でも言う子なのかと思ったけど
こういう奥ゆかしい一面も持っている

小椋「恒一くん、私お弁当作ってきたの」

恒一「わあすごい、これ全部手作り?」

僕はあの合宿の日、玲子さんというかけがえのない人を失った
小椋さんも最愛のお兄さんを亡くしたという
僕は小椋さんと一緒にいる時は悲しい事を忘れていられる
きっと小椋さんもそうなのだろう

恒一「うふふ」
小椋「あはは」


鳴「…………………」ジーッ

翌日
僕は小椋さんに呼び出された
行きたいところがあるから一緒に来て欲しいのだと言う

小椋「ごめんね、急に呼び出して」

恒一「いいよ、別に。ところでどこへ行くの?」

小椋「お墓」

恒一「おはか?」

小椋「そう。兄貴の墓参り……毎週行ってるんだ」

恒一「そうなんだ」

小椋「湿っぽいことに付きあわせちゃってゴメンね」

恒一「いや、いいんだ。後で玲子さんのお墓にも寄っていいかな」

小椋「うん」

そんな会話を交わしている内に墓地に着いた
見渡す限りに立ち並んでいる墓石にまぎれて
見崎がいた

恒一「見崎? 何やってんの?」

鳴「げっ、榊原くん」

恒一「げっ、って非道いな」

鳴「ああいやごめんなさい……二人はここで何を」

小椋「お墓参りよ」

恒一「そうそう」

鳴「ふーん……二人で?」

小椋「別にいいでしょ。行こう、恒一くん」

恒一「あ、待ってよ小椋さん」

鳴「ねえ、榊原くん」

恒一「何?」

鳴「小椋さんと付き合ってるの?」

恒一「ああ、まあ一応ね……あ、他の皆には内緒ね」

鳴「うん、わかってる……」

恒一「待ってよー、小椋さーん」タタッ

鳴「……」


鳴「聞いてた?赤沢さん。 やっぱり二人は付き合ってるって」

赤沢「やっぱりそうだったのね……くそう由美のやつ……」

鳴「で、どうするの?」

赤沢「どうするもこうするも決まってるわ。
   二人を別れさせるしかないでしょう」

鳴「でも、どうやって」

赤沢「それはこれから考えるけど……貴方も考えてよ。
   恒一くんを盗られて悔しいのは貴方も同じでしょ」

鳴「分かってる」

赤沢「はーあ、私も生きてたら今頃は……」

鳴「幽霊じゃ無理だよね」

赤沢「そうよ、あそこで死ななきゃ今頃は
   恒一きゅんとめくるめく愛のパレードを行進していたはずなのよ。
   それなのに……」

鳴「このままじゃ榊原くんは小椋さんと愛のカルナバルを」

赤沢「でも私、何も出来ない。
   だって私、もう死んでるもん、幽霊だもん。
   こんな身体で抱き締めてなんて言えない。キスしてなんて言えないよ」

鳴「言えたところで榊原くんには幽霊見えないみたいだし意味ないよね」

赤沢「せめて恒一くんに霊感があれば……」

鳴「全然ないみたい。
  今だって赤沢さんが化けて出てたのにスルーだったから。
  小椋さんも」

赤沢「クソッ、今のところ私と交信できるのはアンタだけか……
   頼りになるんだかならないんだか」

鳴「そんなこと言うならもう来てあげないけど」

赤沢「あ、ごめんなさい。撤回します。
   来てくださいそして恒一くん情報を提供してください」

鳴「はいはい」

赤沢「それで、どうするの。
   恒一くんと由美の仲をズタボロに引き裂くには」

鳴「赤沢さん怨霊化しそうで怖いんだけど」

赤沢「フフフ、いっそ怨霊になれれば
   由美を呪い殺すことだってできるかもしれないわね」

鳴「また災厄が起こりそうだからやめて」

赤沢「冗談に決まってるでしょ。
   とにかくあなたは恒一くんと由美を別れさせるために動きなさい」

鳴「はいはい……」

僕達はまず怜子さんのお墓参りをしたあと
小椋さんの家のお墓に手を合わせに行った
目をつぶり、手を合わせる小椋さんの横顔はとても綺麗だった

小椋「兄貴……」

小椋さんがぽつりと呟いたのを僕は聞き逃さなかった
大切な人を失うのはとてもつらい
そのことは僕だって身を持って知っている
小椋さんにとってお兄さんはどれほど大切な存在だったのだろう
僕はその代わりになってあげられるだろうか
たとえそうなれなかったとしても
小椋さんが悲しみに潰れてしまいそうになった時は
僕が隣にいて、支えてあげよう
そう決意した

鳴「榊原くん」

恒一「み、見崎……驚かさないでよ」

鳴「ごめん、驚かせるつもりはなかったんだけど」

恒一「で、何のよう?」

鳴「ちょっとお話ししたいなあって思って」

恒一「あ、そう……」

小椋さんは露骨に嫌な顔をしたが
僕は見なかったことにした

鳴「二人はいつから付き合ってるの?」

恒一「合宿の後だよ、ね」

小椋「うん」

鳴「ふうん。どっちから告白したの?」

小椋「なんであんたにそんなこと言わないといけないのよ」

恒一「小椋さんの方からだよ。
   メールで告白されたんだ。文面は
   『あの日のことが忘れられないから付き合ってほs……」

小椋「い、言わなくていいっ!」

恒一「あっはっは」

鳴「ふ―――――――――ん。
  そういえばさっき、付き合ってること内緒にして欲しいって言ってたけど。
  どうして内緒にしておくの?」

恒一「そりゃあ……あんな凄惨な事件があったのに
   僕らだけ幸せになりました、なんて言えないだろ……」

鳴「へえ」

これは照れ隠しなどではなく僕の本心であった
同級生の大半が亡くなったというのに恋愛などするのは
あまりにも不謹慎だし周りからどんな目で見られるか分からない

小椋さんが僕の服の裾をつまんで引っ張った
こういう可愛らしい仕草が小椋さんには似合う
小柄な体だからなおさらだ

小椋「ねえ、もう行こうよ」

恒一「あ、そうだね。じゃあもう行くね、見崎」

鳴「うん」

小椋「恒一くん、私カラオケ行きたいなー」

恒一「いいけど、もう聖飢魔IIメドレーは勘弁してよー」

小椋「えーいいじゃーん」

鳴「…………」

……

……

赤沢「クソッ、想像以上のラブラブっぷりね……」

鳴「別れさせられる気がしないんだけど」

赤沢「いや、でも大丈夫。今はまだ付き合って2週間くらい……
   『一番楽しい時期』というやつよ、それさえ過ぎれば……」

鳴「はあ」

鳴「ところでちょっと聞きたいんだけど」

赤沢「何?」

鳴「赤沢さんはこの墓地から出られないの?」

赤沢「日中はね。
   夜になれば自由に出入り出来るんだけど」

鳴「へえ」

赤沢「でも動きまわれても意味ないわよね。
   恒一くんのところへ化けて出ようにも、霊感ないから見えないんだし。
   私生活をこっそり覗き見しようにも夜は寝てるわけだし」

鳴「ままならないね」

赤沢「幽霊って便利そうだけど実際は不便よね」

鳴「いいこと考えた。夢枕に立つ、っていうのはどう」

赤沢「夢枕……?でも恒一くん霊感ないし」

鳴「大丈夫、お化けになって出ていくわけじゃなくて
  榊原くんの夢のなかに現れるの。夢の中ならきっと視えるはず」

赤沢「なるほど! その夢の中で恒一くんに
   由美と別れろ由美と別れろと呪詛を吐きまくればいいのね」

鳴「まあそんな感じ」

赤沢「あなたにしては名案じゃない。
   まだ上手くいくかどうかはわからないけれど」

鳴「上手くいくかどうかは赤沢さんの怨念次第だと思う」

赤沢「怨念の強さなら任せておきなさい……
   そのへんの女には負けない自信があるわ」

鳴「まあ化けて出てくるくらいだしね」

赤沢「よし、早速今夜から実行するわよ」

鳴「がんばってね」

……

……

……

赤沢「別れろ……別れろ……由美と別れろ……」

恒一「うーん……むにゃむにゃ」

赤沢「由美と別れろー……不幸になるぞー……」

恒一「ぐうぐう……」

赤沢「ほんとに効果あんのかしらこれ……馬鹿らしくなってきた」

2学期が始まった
約1ヶ月ぶりの3年3組だ
少しだけ遅めに登校すると同級生は皆もう集まっていた
皆……と言っても、その人数はかなり少ない

欠席者がいないにもかかわらず
誰も座っていない椅子と机が災厄の置土産のように残っている
あの災厄のことを忘れようと思っても
学校に来れば誰が死んで誰が殺されたのか
いやがおうにも思い出してしまうのだ
クラスには重たい空気が漂っていた

僕もそんな空気に呑まれて気分が落ち込む

勅使川原「よう、さかき」

恒一「やあ、久しぶり」

勅使川原「なんだかみんな元気ないよな」

恒一「それは仕方ないよ……あんなことがあったんだもん」

勅使川原「まあそうだけどさ……」

勅使川原の目を盗んで視界の端に小椋さんを捉える
彼女も落ち込んでいるようだった
こんな時こそ僕がそばに居てやらねばならないのだろうが
交際していることはおおっぴらにはできないのでもどかしい

見崎「……」

昼休み
小椋さんと屋上で待ち合わせて昼食を摂る
なんだか密会って感じだ

小椋「いただきます」

恒一「いただきます……ふぁあ~」

小椋「どうしたの?寝不足?」

恒一「まあね……最近、変な夢を見るんだ」

小椋「変な夢?」

変な夢、というよりもそれは悪夢に近かった
全身にガラスが刺さり血まみれになった赤沢さんが
弓を構えて「枯れろ枯れろ」とまくしたてながら
僕を追いかけてくる恐ろしい夢だ
僕は毎晩のようにその夢を見ていた
そのせいで寝覚めは最悪
目覚ましが鳴る2時間も前に目が覚めてしまう

小椋「そう……大変ね」

恒一「怖いんだ。今日もその夢を見るんじゃないかって……
   そして、そのうち本当に赤沢さんに殺されそうな気がして」

小椋「そんな……考え過ぎだよ」

恒一「でも……」

恒一「小椋さん……頼みがあるんだ」

小椋「え、何?」

恒一「僕と一緒に寝てくれないか?」

小椋「えっ、えええっ!?」

恒一「頼むよ……夜、一人じゃ心細いんだ。
   それに小椋さんと一緒ならあの怖い夢も見ずに済む気がする」

小椋「だ、ダメだよ……私達まだそんな……」

恒一「頼む」

今の僕は本当に誰かに縋りたい気持ちだった
小椋さんを支えてあげなければ、なんて
偉そうなことを言っておきながら情けない気もする
でも時には甘えることも許されてもいいだろう

小椋「わ、分かった……
   じゃあ今日の夜、恒一くんの家に行くね」

恒一「うん、ありがとう。今、家に誰もいないから気兼ねしなくていいよ」

小椋「う、うん……」


見崎「…………」

墓地

赤沢「そ、そんな……恒一きゅんと由美がお泊り……!?」

鳴「残念だけど」

赤沢「それは確定情報なのよね? 間違いないわよね」

鳴「うん、今夜、榊原くんの家で二人はめくるめく愛のフルマラソンを」

赤沢「そ、そんな……!
   まだ付き合って1ヶ月も経ってないのに……
   というか二人ともまだ中学生なのに……
   早すぎるわ、性が乱れてるわ、一億総淫売だわ……」

鳴「気を確かにもって。
  そんな精神状態だと怨霊化してタイヘンなことになる」

赤沢「でもどうしろっていうのよ……
   私はただ夜な夜な恒一くんの耳元で恨み言を呟くことしかできないのに」

鳴「陰湿にもほどがあるよね」

赤沢「……でも諦めないわ、きっと二人のゴールインを邪魔する方法があるはず……
   私は対策係としては無能でも恋愛に関しては常に勝者でいたい」

鳴「できれば逆でいて欲しかった」

赤沢「今夜榊原くんの家に突撃かますわ。
   この身に変えてでも二人の愛をたたきつぶしてみせる」

その夜
小椋さんは僕の家に来てくれて
僕と一緒にカレーライスを作った
小椋さんは僕の料理の腕を羨ましがっていた

二人で一緒にカレーライスを食べる
小椋さんが来てくれて良かった
僕は心の底からそう思った
そばに居てほしい時にいてくれる
こんな単純なことでこんなにも心強くなれる
付き合うというのはそういうことなのかもしれない
小椋さんも僕の事をそんな風に思っていてくれているだろうか

食後のパパイヤを食べ終えた僕らは
特にすることもなくなってしまった

恒一「じゃ、そろそろ寝ようか」

小椋「え、も、もう!?
   私まだお風呂入ってないんだけど」

恒一「そっか、じゃあ入ってきなよ」

小椋「恒一くんはもう入ったの?」

恒一「僕は小椋さんが来る前に入ったから、気にしなくていいよ」

小椋「わ、わかった……」

赤沢「クソッ、いちゃいちゃしやがって……」

小椋さんがお風呂に入っている間に
僕は布団を敷いておくことにした
二人で過ごす初めての夜だ
記念すべき夜なのだ
布団はなるべくくっつけて敷いたほうがいいだろう
ちょっと小恥ずかしいけれど

お風呂から上がった小椋さんが部屋に来た
お湯に濡れた髪と火照った体にドキッとする
どちらかといえば子供っぽい感じの女の子だと思っていたけど
歳相応に大人っぽさも併せ持っているようだった
僕は恥ずかしくなって目を逸らした
小椋さんも恥ずかしがっているようだった

小椋「あ、あの……」

恒一「な、なに?」

小椋「布団……ぴったりくっついてるんだね」

恒一「うん……初めての夜だし、こういうほうがいいかなって」

小椋「も、もう……」

恒一「ダメだったかな」

小椋「だ、ダメじゃないよ……」

恒一「そっか、よかった」

小椋「ねえ、恒一くん」

恒一「なに、小椋さん」

小椋「…………」

恒一「どうしたの、言いたいことがあったら言って」

小椋「いや、やっぱりなんでもない」

恒一「そう。じゃあ、もう寝ようか……」

小椋「えっ、あ、うん……!」

恒一「電気消すね……」

小椋「…………」

消灯するというのに小椋さんは目を輝かせていた
そして布団の端っこをぎゅっと掴んで息を弾ませていた
僕は不思議に感じたが、眠たかったのでそのまま電気を消した
そして布団に入って寝た

恒一「ぐうー…………」

小椋「恒一……くん?」

恒一「ぐうー…………」

小椋「ホントに寝るだけなのかよクソッ!!」

赤沢「ナイス!ナイス!ナイスなやつだぜ恒一くん!
   やっぱり中学生の恋愛はこうでなくちゃねうんうん」

小椋「ねえ、起きてよ恒一くん、恒一くん!」ユサユサ

恒一「うーん……マカロニパスタ……」ムニャムニャ

小椋「くそっ、起きない……
   せっかく学校から帰ってすぐ新しい下着を買いに行ったのに……
   こんなインポ野郎だったとは思わなかった」

赤沢「由美、プライベートだと口悪いのね……」

小椋「もういいや、私も寝よっ」



赤沢「ふう……なんとか危機は回避できたわね」

赤沢「でもそれは今夜のピンチを凌いだに過ぎないわ……
   このまま二人が仲良くなっていけば
   いつかの夜には本当にコトに及んでしまうかもしれない……」

赤沢「今のうちに二人を破局させておかないと」

由美「うーん……オムライス……」ムニャムニャ

赤沢「そうだわ、今夜は由美に呪詛を吐いてみよう」

赤沢「別れろ……別れろ……」

小椋「うーん……」

赤沢「恒一くんと別れろ……別れろ……」

小椋「うっううう……」

赤沢「おっ、もしかして効いてる?
   恒一くんと別れろ、別れろ、別れろ、別れろ……」

小椋「ううっ、うう、ううう…………」

赤沢「おお、いい調子だわ!
   別れろ、別れろ、別れろ恒一くんと別れろおお!」

小椋「う、うううう……」

赤沢「わーかれろ、わーかれろ、わーかれろ……」

小椋「うううう、っうっううう……」

赤沢「ヘイわっかれろ、わっかれろ、へいへいわっかれろーわっかれろー」

小椋「うっ、ううっ……」

赤沢「よし、もう一押しね」

綾野「そこまでよ赤沢さん」

赤沢「あ、綾野さん!? 化けて出た!!」

綾野「泉美もそうじゃん」

赤沢「そういえばそうだったわね……で、何かしらいきなり出てきて。
   私いま忙しいんだけど」

綾野「知ってる、由美に呪いかけようとしてるでしょ。
   そんなの絶対許さないからね」

赤沢「あなたには関係のないことでしょ。
   出しゃばってこないでくれる?」

綾野「関係あるしっ。私幽霊になってずっと由美のこと見守ってたの。
   そしたら最近こういっちゃんと付き合いだしたから
   もう私が憑いてなくても大丈夫かなって思ってたんだけど」

赤沢「……」

綾野「そしたらなんか泉美が変なことしてるし」

赤沢「変なこととは何よ。私の恋路を邪魔しないで」

綾野「他人の恋路を邪魔してるあんたが言うなよ」

赤沢「フン、この世は勝ったもん勝ちなのよ。
   どうしても由美から離れて欲しければ、
   力ずくでやってみなさいよ」

綾野「くっ……」

赤沢「言っとくけど私の霊力はスゴイわよ。
   あなたの霊力は……ふっ、その程度……」

綾野「そうだよ、確かに一人じゃしょぼいかもしれないけど……
   私には仲間がいるっ!」

赤沢「仲間!?」

綾野「そう、その名も小椋由美を見守り隊! カモン!」

中尾「まかせろー」

高林「そういうのはフェアじゃないよ赤沢さん」

風見「ゆかり……ゆかり……」シコシコ

赤沢「何この頼りになるのかならないのか微妙なメンツ……
   ていうか風見は絶対由美を見守ってないでしょこれ」

綾野「でも一応男3人だからね。
   こいつらと戦って勝てるの?赤沢さん」

赤沢「くっ、風見ならブチ殺したことはあるけど……仕方ない、一旦引くわ」

綾野「今度由美に手出したら成仏させてやるからっ」

赤沢「わかったわよっ……」

翌朝
僕はとっても寝覚めが良かった
こんなすっきりした気分で起きられるのは何日ぶりだろうか
カーテンの隙間から差し込む朝日が気持ちいい
朝という時間はこんなにも素晴らしいものだったのか
そして隣には恋人が、小椋さんがいる
幸せな朝だ

小椋「うーん……」

恒一「おはよう、よく眠れた?」

小椋「あんまり……なんか変な夢見ちゃって」

恒一「変な夢?」

小椋「うん……
   泉美が中尾と高林と風見にボッコボコにされてる夢……」

恒一「それはものすごく変な夢だね」

小椋「そうだ、彩もいた」

恒一「綾野さんも?」

小椋「うん、彩も、夢のなかに……」ポロッ

恒一「小椋さん?」

小椋「あれっ、なんでだろう、涙が……」ポロポロ

綾野さん……
小椋さんの一番の親友だった子だ
きっと親友を失ったことにもずっと耐えてきたのだろう
人前では悲しみを表に出すことなどなく
僕の前でも明るく振る舞ってきたに違いない
しかし夢の中という無防備な時に
不意打ちのように記憶が喚起されてしまったかと
もう感情を抑えきれなくなってしまったのだろう
小椋さんは泣いていた
ただただ涙を零し続けた
もう戻らない親友を
大切な人を、大切な時間を思って

人の死というものは残された人に対して
こんなにも酷い仕打ちをする
どんなに望んでも、どんなに焦がれても
失われたものは帰ってこないのに
それを求めることをやめられない
忘れることはできないのだ

僕は小椋さんを抱きしめた

僕では代わりになれないかもしれない
僕では悲しみを埋めてあげられないかもしれない
でも泣きたくなった時
こうして抱きしめてあげることはできるのだ

そして僕は
小椋さんと初めての口づけを交わした

墓地

赤沢「くそっ、昨日はもう一息だったのに……」

鳴「そんなことがあったの、残念だったね」

赤沢「綾野さん、この墓地のどこにいるのかしら……
   この時間ならここにいるはずよね?」

鳴「綾野さんの家のお墓、さっき見かけたけど誰もいなかったよ」

赤沢「ホントに……?
   じゃあ別のお墓に埋まってるのかしら」

鳴「ねえ、綾野さんは小椋さんに憑いてるって言ったんだよね」

赤沢「ええ、そうよ」

鳴「じゃあ人に取り憑けば日中でも墓地外に出られるのかも」

赤沢「そうなの、それじゃああなたに取り憑くわ」

鳴「やめて、成仏させるわよ」

赤沢「くそ……でもまあいいわ、あの二人、あの調子なら
   セックスどころかキスもまだまだ当分先ね。
   恒一くんがおこちゃまでよかったわ。
   私もゆっくり二人を破局に導く方策を練れるというものよ」

鳴「まあ頑張ってね。私もう学校行くから」

学校
僕は小椋さんと時間をずらして登校した
できれば二人一緒に登校したかったが
付き合ってるのを周りに知られるのはマズイのでやめておく

勅使川原「よう、さかきー」

恒一「おはよう、勅使川原」

勅使川原「なあなあ、さかき」

恒一「何?」

勅使川原「ちょっと前から気になってることがあんだけどさ」

恒一「気になってること?」

勅使川原「間違ってたらゴメンなんだけど」

恒一「何?言ってみてよ」

勅使川原「お前、小椋と付き合ってんの?」

恒一「ぇげっ!?」

動揺して変な声が出てしまった
教室の端で小椋さんが肩をビクッとさせたのが見えた
とにかくごまかさなければならないと思ったがもう遅い
僕のこのあからさまな反応はもはや肯定として受け取られていた

勅使川原「いやーやっぱりなあ。まさかとは思ってたけど」

恒一「な、なんで気づいたの?」

勅使川原「バレバレだったぜ。なあみんな」

有田「すぐ分かったよ」
前島「隠すの下手だよな~」
猿田「羨ましいぞな」
柿沼「ホモだと思ってたのに」
佐藤「おめでとうふたりとも」

恒一「そ、そうだったのか……」

勅使川原「別に隠すことなかったのに」

望月「そうだよ、何で僕らにも言ってくれなかったの?水くさいよ」

恒一「だ、だって……あんな災厄があって、
   みんな犠牲になったのに……
   僕達だけ幸せになるなんてそんなの……」

勅使川原「なんだよお前、そんなこと気にしてたのかよ!」

恒一「でも……」

勅使川原「いつまでも暗いこと引きずってたってしょうがないだろ?
      明るいニュースは素直に祝わせてくれよ、な」

恒一「勅使川原……」

こうして僕達は晴れてクラス公認のカップルになれた
周りに気を使う必要など最初からなかったのだ
みんなあの災厄のことを忘れたがっている
なにもかもをタブーにしてしまうよりは
明るい記憶で上塗りしていったほうがいいに決まってる
僕はそんな簡単なことも分からなかった
勅使川原には感謝しなければなるまい

鳴「赤沢さん」

赤沢「何? 恒一くんと小椋さんに何かあった?」

鳴「私、もうあなたに協力するのやめようと思う」

赤沢「えっ、ど、どうして!?
   私たち恒一きゅんラブラブガールズの同士でしょ!?」

鳴「変なグループ名つけないでよ気持ち悪い……」

赤沢「どうして……」

鳴「あの二人、ほんとに幸せそうだったから。
  それを見ているクラスの皆もそう。
  その幸せを壊してしまうのは……災厄と同じじゃないかと思って」

赤沢「そんな……」

鳴「ごめんなさい。たまになら会いに来てあげるから」

赤沢「ううう……見崎さん……恒一きゅん……」

別スレに誤爆しちゃったよ死にたい

公認カップルとなったことで
より一層僕らの中は深まったように思う
小椋さんは色々なことを話してくれるし
僕も誰にも話したことがないようなことを小椋さんになら話すことができた

小椋「それでね、これは兄貴の肩身なんだ」

恒一「へえ、いいお兄さんだったんだね」

小椋「うん……ほんとにいい兄貴だったよ、引きこもりだったけど」

恒一「そっか」

小椋「ねえ、恒一くん」

恒一「なに、小椋さん」

小椋「…………」

恒一「どうしたの、言いたいことがあったら言って」

小椋「……ちょっとお願いしたいことがあるんだけど」

恒一「お願い? 何?」

小椋「その……引かないで聞いてくれる?」

恒一「うん、引いたりしないよ。お願いって何?」

小椋「膝蹴りして欲しいの」

恒一「…………は?」

小椋「ひ、引かないでって言ったのに……」

恒一「いや、引いたわけじゃなくて……どういうこと?」

小椋「あの日のこと……覚えてる?」

恒一「あの日って?」

小椋「私達が、付き合うきっかけになった」

恒一「ああ、合宿の日?
   窓から落ちた小椋さんを僕が助けたんだよね」

小椋「そこじゃなくて、もうちょっと前」

恒一「もうちょっと前……ナイフで見崎を殺そうとしてた
   小椋さんを僕が膝蹴りぶちこんで……」

小椋「そう、その膝蹴り!
  私ずっとあの感触……いや快感が忘れられなくて」

恒一「は……はあっ?」

小椋「ずっと前から膝蹴りしてって頼みたかったんだけど
   どうしても言い出せなくて……」

僕は頭を抱えた
そして今までの小椋さんとの日々を思い返していた

あの日僕はたしかに膝蹴りをした
小椋さんの鳩尾に思い切り膝をぶち込んだ
それは苦痛以外の何ものでもなく
小椋さんは嗚咽しながらうずくまったのだ

その3日後、小椋さんにメールで告白された
告白の文面はたしか、そう
『あの日のことが忘れられないから付き合ってほしい』
要するにこの「あの日のこと」というのは、
僕が小椋さんを助けたことではなく、膝蹴りのことだったのだ
そして小椋さんが、何かを僕に言おうとして
やめかけたことが何度かあったが、それも全部……

小椋「お願い、恒一くん。私恒一くんの膝蹴りに惚れたの!」

衝撃のカミングアウトである
僕はどうすればいいのか……
いや、悩むまでもなく答えは出ている
小椋さんに膝蹴りをすればいいのだ

小椋さんはもう起立の姿勢で僕の膝蹴りを待ち構えている

恒一「…………いいんだよね、本当に」

小椋「うん、いつでもいいよ……
   あああ、この日を何度夢見たことか……」

恒一「じゃあ、いくよ……」

小椋「うん……きて……」

小椋さんの方に手を置く
小椋さんの潤んだ瞳が僕を見つめる
その目を見据えたまま
僕は右足をわずかに後ろに引き
左足で踏ん張り
そして
小椋さんの鳩尾をめがけて
膝を
突き上げた

恒一「おらあああっ!」

小椋「うっ…………おぼげええええええっ」

小椋さんがお腹を抑えて嘔吐した
僕のズボンがゲロでびしゃびしゃになる
あたりに酸っぱい匂いが充満していく
ゲロをひと通り吐き終わったあと
小椋さんが顔を上げて僕を見つめてきた
僕にさらなる膝蹴りを求めているのだ
直感的にそう判断し
なかば不意打ち的に第2撃を叩きこむ

恒一「どらっしゃあ!」

小椋「うええっ、うげえええええっ!!」

潰れたカエルのような声を上げて小椋さんが嗚咽する
まだ胃のなかにわずかに残っていた胃液を口から垂らしながら
すごい汗をかいて肩を上下させている

恒一「ふううううん!!」

小椋「おげえええええええ!!」

恒一「ほああああ!!」

小椋「おええええええええっ!!」

恒一「だりゃああ!!」

小椋「うええええっぷ!!」

連続的に膝蹴りをぶちかます
もはや小椋さんの口からゲロは出なかった
だがその代わりに赤ん坊のように涎を垂らし
脚をガクガクとさせている
普通に立つことさえもままならなくなっているようで
床にできたゲロ溜まりの中に崩れるように座り込んだ

小椋「ありがとう……恒一くん。
   私、恒一くんと付きあえて良かった……」

恒一「僕も役に立てて嬉しいよ」

小椋「恒一くんの膝蹴り最高だった……またやろうね」

恒一「そうだね」


僕はこのあと小椋さんと別れた。

とてもじゃないが付き合いきれなかった
女の子の顔が苦痛に歪むのを見るのはつらい
たとえそれが本人にとって快感であったとしてもだ
僕がそういう趣味の人間ならば良かったのだろうが
残念ながら僕はサディストではなかった

小椋さんは別れたくないと泣きじゃくった
僕はその涙を見て別れ話を撤回してしまいそうになったが
この女が僕の部屋をゲロまみれにしたのだと考えると
泣き落としに情が揺さぶられることもなくなり、きっぱりと振った


鳴「榊原くん、今日私お弁当作ってきたの」

恒一「そうなんだ、僕も手作りのお弁当なんだよね」

鳴「じゃあおかず交換しよう」

恒一「うん、いいよ」

あのあと僕はまた見崎と仲良くなった
やはり僕にはこういう素朴で控えめで優しくて
マゾヒストでもゲロを吐いたりもしない
普通の女の子が似合っているのだと思う

ところで、たまに見崎の表情の中に
赤沢さんの面影が見える気がするのは……
まあ、恐らく気のせいだろう

      お      わ        り

おしまいです

誰かまともな小椋アフターを書いてください

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