エイラ「私の黒い仔猫な眠り姫」 (64)




今回は サーニャ「私の白い狐な王子様」の続きです。
サーニャ「私の白い狐な王子様」 - SSまとめ速報
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なるべく読みやすくなるようにしていますが、地の文が入っているので苦手な方はブラウザバックして下さい。

前スレ:【R-18】サーシャ「ニパさんにアヘ顔オシオキします」
【R-18】サーシャ「ニパさんにアヘ顔オシオキします」 - SSまとめ速報
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◇◇

トントントンと三度、小気味良い音が静かの森に響き渡る。
深い森に囲まれたこの小さな古城には、一ヶ月に一度来訪者がやってくる。
私は中庭の花の手入れ作業を一旦止めると、彼女を迎えるために城門の扉を開ける。

「こんにちは、エイラさん」

「あぁ、いつもありがとう」

「いいえ……わぁ! キレイに咲きましたね。……もう、六月でしたね」

「そうか、キレイに咲いたか……。良かった。それならきっと喜ぶ……うん」

「えぇ。……あ、エイラさんはそのままでいてください。すぐに済ませてしまいますから」

「すまないな。いつものところに置いといてくれ」

私はそれだけ伝えると、再び中庭の花に水遣りまで済ませ、彼女に続くように広間へと歩みを進めた。





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「ふぅ……何度来ても、ここは慣れませんね」

彼女は持ってきた食料を食堂へと運ぶ際に、私に共感を求めた。

「そうか? 昔の基地みたいで、私は気に入っているんだ」

昔の、という単語が引っかかったのか、彼女の呼吸が止まった気がした。
静かなこの広間には、私と彼女の生きる音しか聞こえない。

「そうですね、確かに……少し似ているかもしれませんね」

彼女は穏やかにそう返すと、食堂へと消えていった。
私は邪魔にならないように、もう一度中庭に出ると、暖かな陽気を肌に感じる。

6月……あれからもう2年が経過していた。

鼻腔をくすぐる緑の匂いに柄にも無く、彼女が補給物資を運ぶ間、感傷に浸ることにした。

―――記憶を、復元させる。






◇ 



「サーニャ、両親に会えたら……最初はなんて伝えたいんだ?」

「そうね……やっぱり、ただいまって伝えたいわ」

「あぁ。それが、一番嬉しいだろうな」

うん、と喜びながら頷く彼女を視界の正面に捕らえ、私は一口暖かい紅茶を飲む。

ある晴れた日の午後、暖かな陽気をテラスで受けながら、私達は明後日に控えた休暇に想いを馳せていた。
501のみんなそれぞれが各テーブルに座って楽しそうに話に花を咲かせている。

こんなに笑顔のサーニャを見たのは初めてかもしれない。
いつも両親の心配をしていたサーニャは心から笑うことは無かった。
けれど、サーニャの両親が生きていて、そして会うことが出来る。
その事実が、サーニャを笑顔にさせている。
私も、とても嬉しかった。







「ルッキーニちゃん……そんなに口に入れたら喉詰まるよ?」

「んっ……ぐっ……よしかぁ……お、茶……おかわり……」

「はい、ルッキーニちゃん。まだ熱いからゆっくりね?」

「ルッキーニ! 熱いから急いで飲むなって! 今牛乳入れてやるからな」

「あらあら、賑やかねぇ」

「ん、私のも食べるか、ルッキーニ」

「しょ、少佐! でしたらこの私のマカロンを……」

「おぃ、何をするハルトマン! 貴様、それは私のだ!」

「余所見してるトゥルーデがいけないんだよー。にっしっしー」

皆それぞれが、つかの間の休息を満喫していた。



―――これが、全員揃っての……最後の休息だとも知らずに。
分かるはずもない。
もちろん、この時の私にも分からなかったのだから。






あの戦闘から数ヶ月が経ち、サーニャも私も以前と同じくらいの魔法力が使えるまでに回復し、また出撃を繰り返していた。
そんな折、彼女の両親が今非難している地方への安全なルートがあるというので、私達は休暇をもらった。
彼女の両親と対面するサーニャを見たら、きっと私まで泣いてしまうんじゃないかなぁ、なんて……そんなことを考えた。

私の魔法に、違和感はまだ残る。
それは、やはり彼女の魔法の一部があるからだ。
水と油は決して交わらない。
そのどちらが、どちらなのかは分からないが。

もう一口、紅茶を飲んでからスコーンを頬張る私に、今度はサーニャが質問をする。

「ねぇ、本当にいいの? せっかくの休暇を私のために……」

私は彼女の続きの言葉を、人差し指で止める。

「サーニャのために使いたいんだ。私だって、挨拶してみたいし、それに……」

「それに?」






瞬間、基地全体に警報がけたたましく鳴る。
ネウロイの出現を知らせるこの音に、私はまだ慣れない。

「かなり早いが、予報通りか……行くぞ、皆」

少佐はそう促すと一番に食堂を出て行った。
それぞれ真剣な顔つきで一人、また一人と駆け出していく。

「行こう、サーニャ。……必ず帰ってきて、明後日会いにいこう」

サーニャは頷きだけで返すと、私達はミーティングルームに急いだ。



>>6 ミスです。




瞬間、基地全体に警報がけたたましく鳴る。
ネウロイの出現を知らせるこの音に、私はまだ慣れない。

「かなり早いが、予報通りか……行くぞ、皆」

少佐はそう促すと一番に食堂を出て行った。
それぞれ真剣な顔つきで一人、また一人と駆け出していく。

「行こう、サーニャ。……必ず帰ってきて、明後日会いにいこう」

サーニャは頷きだけで返すと、私達はブリーフィングルームに急いだ。






全員が集まったところで状況説明が始まった。

「中型ネウロイ一体と小型ネウロイが多数との報告が入っているわ」

「今回は大型は無し、か」

「それとネウロイ出現空域の近くに航行中の巡洋艦があるの。……その船には上層部の人間が乗っているそうよ。早急に撃破せよ、とのことよ」

「ふんっ、階級は関係ないだろう。まったく、上層部の人間は戦争を仕掛けたがるクセに人一倍自分の命だけが惜しいのか」

「トゥルーデ、それ以上言うと怒るわよ。……ここからはそう遠くないはずだから、間に合うとは思うけれど急いで頂戴」

「了解した。それで、出撃メンバーは?」

「坂本少佐、バルクホルン、ペリーヌさん、サーニャさん、エイラさん、リーネさん、宮藤さんで出撃。残りのメンバーは待機よ」

「私達はお留守番か。じゃあ、ティーセットの片付けでもやっておくよ」

「皆、見たことも無い中型ネウロイとの報告よ。それに、その取り巻きとは思えない数の小型ネウロイ。気を抜かないでね」

「あぁ、分かっている、ミーナ。……皆行くぞ」

「了解!!」

彼女の顔を覗き見ると、少し不安な表情が見てとれた。
無理も無い、明後日には両親と会えたのに、その邪魔をされたのだから。
心配するな、サーニャ。私が絶対会わせてやるからな。






「サーニャ、これが終われば休暇だ。……絶対帰ってくるぞ」

「……うん」

ストライカーを穿いた彼女の目は真剣なモノだったが、どことなく落ち着かない表情だった。

「装備異常無し……始動!!」

「フリーガーハマー、弾種焼夷徹甲、装填」

「MG42、ヨシ!! ……サーニャ、予備のロケット弾は必要か?」

「うん、念のためにお願い」

「任せろ」

予備のロケット弾をポケットに詰める。
横を向くと、皆準備が終わったようで、少佐の一言を待っていた。

「皆、準備はいいか? ……出撃開始!!」

それぞれ離陸を開始する中、私はもう一度サーニャを見た。
手にしたフリーガーハマーをぎゅっと握り締める。
まるで不安を押しつぶすように。

私はそれを見て、もう一度決意した。
この戦いだけは、絶対に……何があっても彼女を守る、と。






出撃開始から20分足らずで目標ポイントが見えてくる。

中型ネウロイは、確かに初めて見るカタチをしていた。
完全な球体のソレは、多数の小型ネウロイに覆われていた。

通信機からは大尉の声が聞こえる。

「なんだ、あの小型ネウロイの数は……しかし、やるだけだ!」

「ふむ……コアはやはりあの中型ネウロイの中心にある」

「あの数だ……不用意には近づけない。どうする少佐」

「皆、中型ネウロイには近づくな! まずは小型から仕留めていくんだ。私とバルクホルンが切り込む。
サーニャとエイラで遊撃しろ。宮藤とペリーヌ、リーネの三名は後ろから援護だ」

「了解!!」






少佐と大尉に小型ネウロイが襲いかかる。
ソレの群れに向けて引き金を引いていくが、次々と現れるネウロイに手間取っているようだった。

私達はその二人のすぐ後ろから攻撃を開始するが、サーニャが後ろから執拗に小型ネウロイに付きまとわれてしまう。
私は彼女に前を任せると、サーニャの後ろに躍り出て立ち向かう。

数秒の戦闘でサーニャを襲うネウロイを撃破すると、焦りに満ちた彼女の声が聞こえる。

「エ、エイラ……私達、囲まれてる……」

周りを見渡すと気付かないうちに、私達は孤立していた。
他のメンバーとはかなり離れてしまった空域に残された私とサーニャと……無数のネウロイ。
次々と襲い掛かるネウロイに、私は守りに入ることしかできなかった。
遠巻きに囲っていたネウロイの群れが、どんどんサーニャに肉薄していく。
そう、サーニャだけに。






狙いは、サーニャなのか……?
それは偶然だろう、でも……本当に?
確かに、以前歌うネウロイや、この間のネウロイもサーニャを狙っていたが、今度も、また……? 何の目的で?

―――いいや、今はそんなの関係無い。

させない、傷一つつけさせない。

サーニャを傷つけようとするモノは、全部―――敵だ。






私に襲いかかるネウロイは多く、その数は20を超えており、何とか避けることで精一杯だった。
サーニャは……そのシールドを限界まで張っていた。

次の瞬間、私が視た未来は、そのシールドを突き破ってサーニャに当たる、中型ネウロイからの光線。

「させない……」

無理やりネウロイの攻撃を交わし、サーニャへ少しでも近づこうとするが、またネウロイに阻まれる。
サーニャは身動きが出来ず、ただシールドを張るだけの防戦一方だった。
他のメンバーの姿は、やはり視認できない。きっと彼女達も苦戦を強いられているのだろう。

「くっ……!!」

なぜだ、なぜ。
サーニャを執拗に狙うのか。

ネウロイの群れが、視界を邪魔する。
撃破しても、思ったようにネウロイは減らない。
私を取り囲むネウロイは増える。増える。増える。






「このままだと……」

未来予知に集中する。
いいや、その未来はダメだ。
もっと、先を……違う、その未来もダメ。
最善の、未来を……視るんだ……っ!!

……しかし。

ついに四方八方に浮遊する小型ネウロイに囲まれたサーニャは、逃げ場を失い……私を見た。
絶望に満ちた顔のサーニャに展開されているシールドは、割れる寸前だった。

「エイラ……」

「ぁ……あ、あ……サ……サーニャ……サーニャ!!」

伸ばした手は虚しく届かず、遠く離れた中型のネウロイから放たれた青紫のビームがサーニャに迫る。






私が人より二度悲しい思いをするのは、偶さかにある。
未来予知とは須らくそういうものだ。
でも、だからって。

―――こんな未来、視たくなかった。

彼女のシールドをいともたやすく貫通し、その胸に刺さるビームを見て、私は絶叫した。
スローモーションのように、小さなカラダが空を舞う。



未来が視えても、その未来を変えるチカラが無ければ、意味が無い。
どうしようも無い未来も、避けようの無い現実も、この世には確かに存在するのだった。






「ちっ、遅かったか……!! くそっ!」

視界の隅で、中型ネウロイに辿り着いた大尉が、ソレを撃破する姿があった。
瞬間、無数のネウロイが一斉に砕け散る。

「なっ……手ごたえが無い……おぃ、コアが無いぞ! どういうことだ、少佐!」

「分からん、それよりもサーニャ! 無事か!? 返事をしろ!」

「サーニャちゃん!」

「サーニャさん!」

みんながみんな、サーニャに呼びかける。
返事は、無い。

「……サ……サーニャ……? サーニャぁああ゛あああああ!!」

私の慟哭は、やはり届かない。
砕け散った金属片を避けながら一直線に彼女の元へ駆け寄ろうと、ストライカーで翔る。






今まで、ネウロイのビームの直撃を人間が受けた場面を見たことはない。
だからサーニャが直撃後に“どうなっているか”なんて見たくなかった。
けれど、町や建物を破壊する、そして私達がいつも避けたりシールドで防ぐビームとは、明らかに違う。
初めて確認する、青紫の光線。

目を閉じ、中空に漂う彼女。

サーニャのカラダには、外見からだが……何の外傷も無かった。
しかし、それは外傷だけだった。

サーニャまで残り20m付近で、彼女のカラダが動いたのを確認できた……次の瞬間。






魔道針を禍々しい色に発光させると、大尉目掛けてフリーガーハマーの引き金を引いた。
しかし……発射されたのは、あの無機質な鉄と火薬の塊ではなかった。

脳裏に焼きついていた、あの忌々しい異形の敵のビーム。
その数、三本。
そうしてサーニャのフリーガーハマーとストライカーが、あの黒の幾何学模様にどんどん変わっていく。

分からない、なぜだ。
なぜ……フリーガーハマーからはネウロイと同じビームが発射されているんだ。
私の頭では、瞬時には理解することが出来ない。
近づくことも出来ず、ただサーニャの様子を見るだけしかできなかった。






大尉は着弾前に即座にシールドを張るが、相殺してしまう。

「なんだ、今のは……」

シールドを割られた大尉の驚きの声が通信機越しに聞こえた。

分からない。
分からないことだらけだ。
なぜサーニャは大尉に攻撃をしたのか。
なぜフリーガーハマーとストライカーが、ネウロイと同じ模様になったのか。



―――なぜ、サーニャの瞳が紅く光っているのか。







「分からん……さっきまでは……はっ!」

少佐はなぜかサーニャをあの目で視た。

「どういうことだ……何か分かったのか少佐!」

「……みんな、よく聞いてくれ」

驚きと絶望に打ち震えた声が聞こえた。

「コアは……サーニャの体内に生成されている……」

「おぃ! なんだ、サーニャがなんだよ!」

「……サーニャのカラダの中にコアが移動された。あれは間違いなく先ほどの中型ネウロイのコアだ……」

「なんだと!?」

「は……? え、おぃ……意味が分からない……ウソだろ……? だって、なんでコアが……説明してくれよ!」

「私にも分からん。たぶん……さっきのビームは攻撃ではなくコアの移動を行ったんだ」

「コアの移動だなんて……聞いたことがありませんわ!!」

「……それだけじゃない、あのコアはサーニャの魔法力を吸い取っているようだ……」

「魔法力を吸うネウロイ、だと……?」

「何で、ネウロイはそんなこと」

「分からない。何も分からないんだ……っ!! 皆、来るぞ!!」






赤い球体のシールドを張りながら、サーニャが急接近してくる。

「固まるな! 散開!!」

少佐の声で我に返り、私達はバラバラになる。
サーニャは、今度はペリーヌを追いかける。

「一体どういうことですの!? サーニャさん!」

反撃も出来ず、ただシールドを張って回避するペリーヌ。

「サーニャ!!」

私の声も、みんなが彼女を呼ぶ声も、反応が無い。






サーニャは躊躇いも無くペリーヌにビームを浴びせる。
その一本一本、どれもが……殺意を帯びていた。

全員が全員、フリーガーハマーからのビームをシールドで受けるが、どれも弾き飛ばされてしまう。

「くっ……強い……!」

しかし、なぜかは分からないが、私には一度も攻撃してこない。
仮にネウロイに洗脳されているのであれば、それは私だって例外ではないはずなのに。

つまり、サーニャにはまだ意識が……いいや、意識があったら501のみんなに攻撃なんて出来ないはず。
それこそ私だけを省いてなんか……。

まるで視界に捕らえた誰かを、抹殺する―――機械のように。






「サーニャちゃん! お願い、やめて!」

けれどサーニャは無常にも攻撃の手を止めない。
間一髪、リーネは急上昇でサーニャからの攻撃を避ける。

「もしかしたら、ネウロイに乗っ取られているのかもしれん……以前北欧でそういう事例があったと聞いていたが……くっ……!!」

今度は少佐を追っていたサーニャは、いきなり急停止すると、下に向けてためらい無く撃った。

九本のビームが一本の太いビームになり、海上にある巡洋艦を襲う。
あれが……中佐の言っていた巡洋艦か……。

ビームの軌跡を目で追うことしかできなかったが、着弾した先は海……間一髪、至近弾だ。

サーニャはその一撃の最後まで目で追うことはせず、今度はミヤフジにビームを浴びせにかかる。






「くっ……一体どうすれば……」

大尉は苦虫を噛み潰したような……険しい顔をする。
そんな大尉に打って変わって、私は……呆けていた。
現実を受け入れることも出来ず、しかしソレを見て見ぬフリも出来ない。

私以外のみんながサーニャを囲むが、それをもろともせず、ビームを乱射する。
通常のネウロイのソレとは比べ物にならない威力のビームを何度も、何度も。

ネウロイに乗っ取られているとしたら、どうすればいい。
考えろ、考えろ……サーニャを助けるんだ、ウィッチに不可能は無いはずだ……!!

けれど考えれば考えるほど、最悪なビジョンしか見えなかった。






その時、通信機から響き渡る中佐の声が聴こえた。

「上層部より伝達」

その声は、とても冷たい。

イヤだ、聴きたくない。

だって、それは……。



「……現時刻を持って攻撃対象を……ネウロイ化ウィッチとし……撃墜命令が下されました……」



チュウサハ ナニヲ イッテイルンダ?






しかし、みんなはまるでその選択肢しか無いと言わんばかりに、反論をしない。
みんな、分かっているんだ。
私達は今まで何度と無くネウロイのコアを打ち抜いてソレを倒してきた。
じゃあサーニャの中に生成されたコアを打ち抜くということは、つまり。

「くっ……! 了解……ああなってしまっては……今のサーニャを止める術はソレしか無いか……」

「ウソだ、他に……他に何かあるはずだ! その北欧の事例ってやつはどうやって解決したんだよ!」

「あの時はコアの移動なんて無かったんだ。それに……撃墜したそうだ」

「そんな……で、でもまだ他に何か……」

「……エイラ。別の被害が出てしまう前に、せめて私達の手で弔ってやろう」

「おい、おい! 何言ってるんだ、そんな簡単に、」

「……エイラ、これは戦争なんだぞ……!!」

大尉の言葉には、とてつもなく重い意味が込められているようだった。
その言葉の意味は分かる。けれど納得は、やっぱりできない。





「ダメだ。まだ何か手があるはずだ……」

「他の人間を犠牲にして、しかもサーニャと何の交流も無いウィッチに墜とされてしまうかもしれない。だからこそ、私達が」

「そんな、そんなのって……」

「作戦を伝える。目標は依然北上中。バルクホルンと私でまず囮になる。その隙に……」

「できない!」

「ならエイラ、お前は今すぐ基地に戻れ」

初めてこんなに険しく迫力のある少佐の顔を見た。
しかし、怖気付いてる暇は……無い。





「な、なぁ……ミヤフジはサーニャを撃つなんてできないだろ……? リ、リーネも……なぁ……なぁ! そうだろ!?」

ミヤフジもリーネも、私の顔を見ちゃいない。
ただ、俯く。

「納得してるのかよ、お前らは!!」

「……納得してるはずないじゃないですか! 誰だってそうですよ!」

「だが、これは戦争だ。誰かの犠牲無くして勝利が得られるはずがない。それが、たとえ同じ飯を共にした家族であっても、な」

「そんな、あんまりだ! みんなは、ただ上官の指示に従うだけの人形か!? 違うだろ、生きているんだ、サーニャも、私達も!」

「……覚悟が無かったワケではないだろ、エイラ」

「っ……!!」






「行くぞ」

一言、それだけ言うとバルクホルンと少佐が加速してサーニャを追う。

「待ってくれ……頼む、まだ何かあるはずだ……頼む……」

しかし、私の声は誰の耳にも届いてはいなかった。
代わりに聞こえてきたのは、無常にも作戦を詳細に伝える少佐の声だった。






覚悟?
自分が死ぬ覚悟か?
サーニャを失う覚悟か?
501の誰かが墜ちる覚悟か?
国を、捨てる覚悟か?

そのどれもが、私のココロに不在していた。

―――いいや。

覚悟なら……ある。

大切な、一つが。

サーニャを守る、覚悟が。

忘れもしない、あの誓いを。








「やめてくれ……」

彼女が墜ちる未来を幻視する。





「……頼む」

そんな現実は、イヤだ。





「……やめろ」

私が、守るんだ。





「やめろ……!!」

怒りに飲まれる。





「やめろ! やめろ!! ……やめろぉおお゛おおおおおおおおおーーー!!」







瞬間、ありったけの魔力でストライカーを翔る。

エンジンからは魔力が溢れ出る。

カラダ中の血が沸騰したように熱くなる。

アツイ。

アツイ、アツイ、アツイ。

まるでカラダに溶かした鉄を流されたように、熱い。

魔法力が今までのキャパシティを越えて、私のナカを滾らせる。
ストライカーにも収まらない魔法力はカラダ中からも溢れて、青い軌跡を生んだ。

今までに経験したことの無い加速。
それこそ、まるで弾丸のよう。
あの時、ジェットストライカーを使った時ですら、この速さは感じなかった。

私は、サーニャに近づく二人の後ろにつき、すぐさまMG42を構える。






「……私にはサーニャを撃つなんて、できない」



「でも、みんながサーニャを撃つというのなら」



「私は」



「わたしは」



「ワタシガ、オマエラヲ、討ツ……!!」





もう、何が正しくて、間違いなのかは分からない。
でも、サーニャを守ることが間違いだとは思わない。
少なくとも、私には。

そのまま間合いを詰めると、サーニャから預かっていたフリーガーハマーの予備弾を空中に投げると、MG42で打ち抜く。
瞬間、爆発。

ソレをシールドで防ぐ少佐と大尉は目を驚かせていた。

「エイラ!! 貴様、何をしているのか分かっているのか!!」

「大尉達だって……何をしてるのか分かってるのかよ……来いよ、サーニャを討つなら……みんな……みんな……撃墜してやる……っ!!」

「エイラ、正気か貴様!」

「正気? みんなだって正気なのかよ! それに、サーニャを守れるなら……私は狂人でもいい!!」

「なんてことだ……エイラ、怒りに飲まれるな! ちっ、ミーナ! 聞こえるか!? 増援を頼む!」

「……了解」

一言、基地から凍てつく声が聞こえた。





後ろから追いかけてきた宮藤が口を開く。
リーネとペリーヌの顔からは焦燥を感じ取れるが、私の目を見てはくれなかった。

「やめて、エイラさん! そんなことをしたら、心が壊れて人間ではなくなってしまう!」

「黙れ! サーニャの両親がやっと見つかったんだ……すごくすごく大変だったんだ……。
サーニャはいっぱいいっぱい傷ついて、頑張ってきたんだ。
暗い夜の空を一人ぼっちで飛んで国に尽くして。
大きな傷を負って、それでもサーニャは戦うことを諦めなかった。
私は、会わせてあげたい……でないと、サーニャが今まで必死に戦ってきた意味が無いんだ。
だから、サーニャの戦ってきたことを無かったことにするヤツがいるなら、私は……許さない!!」

「でも、だからって……」

「サーニャは、あの時私のために生きてくれた。 今度は―――私がサーニャのために生きるんだ」

「エイラさんが私たちに銃を向けるなんて、サーニャちゃんは悲しむ!」

「あぁ、そうだろうな。501のみんながサーニャに武器を向けるのも、とっても悲しむだろうな」

「でも……そうだとしても!」

「おしゃべりはおしまいだ。止めるか? ミヤフジ」





「いいや。お前たち、サーニャを頼む。私はエイラをやる」

「少佐……」

「……了解」

残った四人はそう告げると、様々な角度からサーニャを攻撃していく。

少佐はそれだけ言うと、一直線にこちらに突っ込んでくる。
しかし、近接武器を持たない私には、その間合いはあまりに危険だ。

チラリとサーニャをもう一度振り返る。
集中砲火を浴び、それでもまだシールドに守られながらフリーガーハマーで反撃をするサーニャの姿があった。
許せない……。
たとえ、それが軍人としての行動だとしても。
それは、許せない……!!





再び少佐に目を戻すと、急接近からの斬撃を繰り出すが、未来予知でかわしていく。
少佐が迫ってきて、たった三秒間の出来事だ。
しかし、あまりにも早く、逃げているだけでは埒があかない。
それにあまり時間をかけていては、サーニャが……。

一瞬、その刹那に私は集中する。
この状況から抜け出すために、未来を視る。
もっとだ。私の眼は、もっと視ることができるはずだ。
眼と脳に魔法力を大量に送る。
頭が割れそうに痛い。痛い……!!
でも、私だけが、今サーニャを守ることができる。

後のコトは、知らない。
でも、今サーニャが死んだら……助けることは出来ない。
だから、今助ける。
誰が敵で、どんな攻撃が来たって……私はかわしてみせる。
どんな未来だって、視てみせる。

私の誓いは、もっともっと強かったはずだ。

視ろ。
―――私が、サーニャを助けられる未来を。






そうして眼を開けた瞬間。
私のカラダに異変が起きた。
眼球に激痛が走る。

「う゛うぁあ゛あ゛ああああ゛あああああ゛あああぁぁああーーー!!」

あまりの痛みに、私はMG42を手放して両目を覆った。
薄いガラスを割ったような感覚が眼球に広がる。
次に目を開けると、視界は赤に染まっていた。

無茶苦茶な未来の視方をしたせいか、私の目はソレに耐えられなかった。





「エイラ……っ!!」

ほとんど視界を失った私が次に視た場面は、今から2秒後だった。

斬撃を繰り出す少佐。
今までの私なら、触れるか触れないかでの回避は、出来なかった。
しかし、私は難なくかわすと、一瞬にして距離を取る。

耳には、銃撃音が止め処なく響く。
体勢を立て直し、50m先の空域を何とか視認すると今まさに、彼女は墜ちるところだった。






「やめろ、やめろ!! 撃つな! サーニャぁぁあ゛ああ゛あぁぁぁぁーーっ!!」

複数の銃弾をシールドに受け、最大展開するシールド。
ところどころ薄っすらと消えかかるシールドに、容赦なく攻撃が集中する。
しかしそれも長く続くはずがない。
最後に、大尉が放ったパンツァーファウストの直撃を受けてサーニャのシールドは割れた。

爆風で吹き飛びながら、落下するサーニャ……それを追う大尉。
他のメンバーは、ただ呆然と、今しがた取った自分の行動に立ち尽くしていた。






私はすぐさま少佐を無視してサーニャを助けに急降下した。
大尉はそんな私に向けてMG42を放つ。
私には反撃する武器が無かったから、避ける他無かった。もちろん傷一つ負わずに。
急降下しながらでも正確に私の軌道を追う大尉の攻撃は流石だ。
けれど、今の私にはどうせ勝てない。

私は空気抵抗を最大限減らす。
MG42を構えたままの大尉とは、どんどん距離が離れていく。

後は視認しなくても、大丈夫。
そう確信した私はサーニャに目を戻す。

最大出力のシールドを張ったせいで魔力を使い果たしたのか、ストライカーは強制排出されて、遠くへ飛んでいく。

私は一直線に、誰よりも速く彼女を追う。

この未来は確定した。
私はサーニャを左手に抱きかかえ、ついでに黒い幾何学模様に変色したフリーガーハマーを右手に掴んだところで停止した。
とても軽く、とても重い。






出鱈目な魔力開放に伴う眼球の損傷、そして無茶苦茶な急降下により、私のカラダはもう既にボロボロだった。

「エイラさん! 血が……目から血が!! 今すぐに手当てをしないと……」

降りてきたミヤフジは開口一番、そう言った。
あぁ、ミヤフジはいつだって人の心配をするヤツだったな。

「いいや、もういいんだ。それより……」

続いて降下してきた少佐は、刀の先端を私に向けた。

「サーニャを渡せ、体内にまだコアが残っている」

「ダメだ。上層部の遣り方は知ってる。帰還してもどうせサーニャはカラダをいじくられるんだろ? それに、501が隠せるワケがない」

「じゃあお前はどうするんだ! 助ける方法があるのか!?」

「いいや、今はまだ無い。でも、今この手を放してしまったら……二度と会えなくなる。そんな気がするんだ」

「私だってこんなことをしたくないんだ。……もう一度言う。サーニャを渡せ」

酷く落ち着いた声で、凄みを利かせる少佐と……黙って私を見るミヤフジ達。

左手に抱えたサーニャをチラリと一瞥する。
額から血を流し、服もボロボロで、煤だらけで……気を失っているサーニャ。

「こんなに傷ついて可哀想に……傷つけたのは……オマエラだ。許せない……許せない……絶対に、許さないっ……!!」






フリーガーハマーを構える。
この引き金を引いたら……ロケット弾が出るのだろうか。
その答えは、違っていた。

引き金を引いた瞬間、カラダ中の魔法力に激痛を感じる。
この感覚は……サーニャが魔法力を私に移した時にとても似ていた。

狙いをつけなかったビームはまっすぐに飛んでいき、雲を引き裂いた。
赤い光線の残滓が空中に漂う。

「なっ……エイラ……」

その時、すべてを察した。

ネウロイはサーニャを狙っていたんだ。
歌うネウロイも、あの時の夜間哨戒に現れたネウロイも、そして今日の中型ネウロイも。
サーニャの魔法が人とは違う性質……魔法力の移動を行えるウィッチだとして。
それが、とても興味深いモノだとしたら、ネウロイが狙うのは当然だ。
そして、彼女の魔法力が流れている私を、サーニャだと勘違いしてこのフリーガーハマーを扱えるのだとしたら。

それは、つまり……。

私は悲しみに口元を歪ませる。






「なぁ……もう、サーニャを傷つけないでくれ……戻るところなんか……私達には……無いんだ」

フリーガーハマーを再び構えると、今度はペリーヌを狙う。

「やめろ、エイラ!!」

「悪く思うな……なんて言えないな」

発射されたビームに、ペリーヌはシールドを張るが……私は更に魔法力を注ぎ、増幅させる。
数秒と持たず、貫通したビームはストライカーを削る。
ペリーヌは驚愕した表情で、恨み言一つ言わず墜ちていく。
それを助けるためにリーネが彼女を追って急降下した。





「貴様……っ!!」

大尉がMG42を乱射しながら間合いを詰めてくる。
でも、その軌道は―――さっき視た。

「なっ……なんだ、その無茶苦茶な軌道は……!?」

重力を無視した避け方をする。
ギシリと、左腕の骨が軋む。

「私のこのカラダは、サーニャのために使う。だから私はどんな弾でも……避けて見せる。たとえ骨が折れても、肉が裂けても構わない」

「なんてことを……」

「今の私には、どんな未来だって……視える……!!」

出鱈目な軌道を描いて大尉に近づくと、呆気に取られた大尉のストライカーをフリーガーハマーで殴る。
バラバラと片方のストライカーの部品とオイルが空を舞う。
まもなく、彼女同様に墜ちていく。






坂本少佐は、もう何も言わない。
鬼気迫る顔で刀を振りかざしてくるのをフリーガーハマーで防ぐ。

「硬い……っ!」

一度離れると、今度は突きの構えで突撃する。

速い。
けど、どんな未来も視れる私には、関係が無かった。

肉薄する少佐の突きを敢えてギリギリかわすが、避けきれず右肩に激痛が走る。
小さく呻き声をあげると、肉を裂いた刀と少佐に、私は激突する寸前で後ろに回りこむ。
懐に入るにはここまでするしか他無かった。
後ろから少佐のストライカーを右脚、左脚の順にフリーガーハマーの重い一撃で破壊する。

瞬間、強制的にパージされるストライカーから離れた少佐は一瞬のうちにカラダを捻り、フリーガーハマーの砲塔に左手でぶら下がる。
不敵に笑った少佐は、刀を右手で握りなおすと私の喉元に突き立てた。
5秒間、膠着状態が続く。

「やめてください、エイラさん。それ以上は……もう、私……」

ミヤフジは涙を流しながら私に九九式機関銃の照準を合わせる。






「このお願いだけは聞いてほしい。……少佐、シールドを張ってくれ」

「まさか……ダメですエイラさん! やめて!」

「……残念だよ、エイラ」

フリーガーハマーを勢いよく左から右に振ると、少佐は空中に放り出される。
ストライカーを穿いてない少佐は、1秒後に墜ちながらシールドを張った。
ミヤフジが引き金を引くより早く、私はフリーガーハマーからのビームを放つ。

超近距離でのビームは、ストライカーで増幅していない魔法力のシールドで受け切れず、すぐさま割れてしまう。
真っ逆さまに墜ちていく少佐を尻目に、ミヤフジに語りかける。

「ミヤフジ、私を追うよりも先にすることがあるぞ……」

「……私、エイラさんを……許せません」

一言、そう伝えると彼女は少佐を追って急降下した。
彼女が追う先、少佐は私達を見る。
あの紫色の光に、睨まれる。





後に残された私は、夕暮れに染まる空を見上げた。

「あぁ、私もだよ」

耳に嵌めていた通信機を放り投げて、サーニャの胸に耳を当てると、まだ心臓は動いていた。

―――良かった。





「まずはカラダをキレイにしなきゃな……。サーニャに汚れは似合わない」

彼女の頬についた煤を、私の胸で拭う。

「うん、少しキレイになった……これからどこへ行こうか、サーニャ……」

返事は、もちろん無い。

「ごめんな、守りきれなくて……ごめんな……」

彼女の意識が無いコトだけが唯一の救いだった。



しかし、サーニャが目を開けて、また攻撃を開始したら……私はどうすればいい。



―――その時こそ、私がサーニャと共に墜ちる時だろう。



夜の帳が落ちてくる。空に現るは大魚の口、フォーマルハウト。
ダストリングに囲まれて、ロイヤル・スターのお出ましだ。

そうして夜空に星が輝き始めた頃。

私はサーニャを抱えたまま、深い森の奥へ奥へと進んでいった。






◇◇◇



それから私はサーニャと共にこの小さな古城を棲家にした。
ネウロイ勢力下の近く、深い森と湖に囲まれたこの土地に。

結局、私の目はどちらもほとんど見えなくなった。
未来を強く視すぎた結果だったが、それでも私の眼には“現実”は見えなくても未来が視える。
目で見えなくても、脳が私を視る。
そのおかげとは言えないのだろうが、魔法力のリミッターも外れ、未来予知の使い方も今までと比べ物にならないくらい上達した。






「後は、これだけですね。終わったら……紅茶でも淹れましょうか」

彼女は、月に一度補給にやってきてくれる。
ダメ元だったが、匿名で手紙を出したら彼女は反逆罪に問われているはずの私を助けた。

彼女には今までの私の給料を全部引き出してもらい、工面してもらっている。
何の見返りも無く、手助けをしてくれている彼女に、どうして助けてくれるのか一度だけ聞いたことがある。

「家族だったんですから、当たり前です。……もう、二度と聞かないでください」

きっと私の行為を恨んでいるだろう。
それでも、彼女は私達を助けてくれる。
そう、家族だったのだから……。





「いいや、もうじき暗くなる。そろそろ帰ったほうがいい。次に来た時、またおいしい紅茶を淹れてくれ」

「……分かりました。きっと、次に来る時も……生きていてくださいね」

「あぁ……分かってる」

「……もう、誰も失いたくないんです……」

彼女の顔が再び曇った気がした。

「なぁ……ミヤフジは、見つかったのか……?」

少し前に決行された、ロマーニャ方面のネウロイの巣への総力戦。
その最中、完全武装をしたミヤフジだけがMIAの判定を受けた。
結果、ネウロイの巣は破壊され、501は解散。ミヤフジ以外の501のメンバーが原隊に戻されたという。






「いいえ……」

彼女は長い髪をカラダの前に持ってくると、髪を束ねているリボンを撫でた。
いいや、正確にはリボンではなく。
ミヤフジが最後に出撃したときに着けていたというセーラーの黒いスカーフだった。
戦闘終了後、これしか見つかっていないらしい。

「そうか……。アイツなら大丈夫だろう、見つかるさ」

「えぇ、分かっています。分かっています、けど……不安なんです……っ!」

彼女が言い終わる前に、私はそのカラダを抱きしめる。
胸の中でさめざめと泣く彼女に、私は声をかけてやることができない。
もし私があの時サーニャを撃墜して、まだ501にいたら……違った未来があったかもしれない。
けれど彼女はソレを責めたりはしなかった。

それでも、数分経つと彼女は私の胸から離れた。
彼女は二年前よりも、とても強くなっていた。

「ごめんなさい……ありがとうございます、エイラさん。私、行きますね。……絶対、生きていてください」

「あぁ。……リーネも、気をつけて」






彼女が帰ると、私は中庭で育てていた花をもぎ取り、二階に伸びる階段を上り寝室に向かう。
寝室の真ん中、ベッドに横たわりたくさんの花に囲まれているのは、私の黒い仔猫な眠り姫。

サーニャは、あれから目を覚ますことは無かった。
気を失い続けている……意識だけが戻らなかった。
何が彼女を生かしているのかは分からない。
けれど二年経った今でも彼女のカラダに、外見上だけではあるが異変は無い。

だから、助ける方法は……サーニャの中のコアを破壊すること。
でも私にはサーニャに刃を突き立てることはできない。
それにもしそれが原因でコアが破裂でもしたら、小さくてもその威力は充分だ。

だとすれば……あのネウロイ達を全部、一体残らず全部倒せば、サーニャは起きてくれるのだろうか。
分からない。未来予知を持つ私でも、それは分からない。
でも、今の私に残された道は、それしか無い。
だから戦うために今日も空に登る。

―――愛する者のために。

どれだけ傷ついても、生きているのなら彼女を救ってみせる。






「なぁ、サーニャ。キレイな百合が咲いたそうだ。今換えてやるからな」

サーニャを一人ぼっちにするのは可哀想だと、私はこの森で花を育てた。
白い花、赤い花、青い花、色とりどりの花を。
名前はどれもよく知らない。
でも、この花だけはよく知っている。
リーリヤ、白百合の君を。

持ってきた花を入れ替えると、見違えるようだ。
やはりサーニャに似合うのはこの白百合だ。
サーニャは、さしずめ眠れる森の姫のようだった。
それならここは、ユッセ城とでもいったところか。





「……行ってくるよ、サーニャ」

私はいつもどおりサーニャの唇を奪う。
柔らかく、少し温かい。
それは、私への救いだ。
数秒の邂逅の後、もう一度彼女の頭を撫でる。

きっと、次に目覚めたときには、争いの無い……平和な世界にしてみせる。

必ず。






窓の外、今日も近くの空にネウロイは出現しているだろう。
いつか機会が訪れれば皆がそうしたように、総力戦に持ち込むつもりだ。
それが例え無謀な数だとしても、今の私に敵うネウロイなんか、存在するはずがない。

私には、どんな未来だって視えるのだから。
そして、その未来を変えるチカラも、私には備わっている。

サーニャが寝ている、隣のベッドのサイドボードの上に置いてある布を手に取る。
彼女がいつも身に着けていた、あのネクタイだ。
それをいつものように目隠し代わりに頭に巻くと、魔法力を発動させる。
脳には、未来の私が同じように立っていた。

それから一度彼女に振り返ると、そのまま私は寝室から出てそっとドアを閉めた。






なぁ、サーニャ。
どんな夢を見ているのか、起きたら教えてくれないか。

―――私達の、夢の続きを。





テテテテンッ デデデンッ!           つづく






オワリナンダナ
読んでくれた方、ありがとうございました。

P3の映画がとても楽しみです。
寒い季節なので次回はだいぶ前に頂いたリクエストです。

某まとめサイト様、並びに各所でコメントくださる方、いつもありがとうございます!
それでは、また。

ストパンO.V.A並ビニT.V.Aアルマデ戦線ヲ維持シツツ別命アルマデ書キ続ケルンダナ



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