姫「姫ときどき女剣士、というわけね?」(175)

隊長「とうとう追い詰めたぞ、観念しろ」

盗賊団ボス「ちくしょう……!」

隊長「お前らの仲間のほとんどは、俺たち王国警備隊が捕えた。
   もう逃げ場はない。痛い目にあいたくなきゃ、大人しく捕まることだ」

盗賊団ボス「ぐっ……!」

盗賊団ボス(この場さえなんとか逃げ切れば……!)チラッ

ボスは自分を囲む警備隊の面々を見渡した。

隊長、戦士、老剣士、新米剣士、そして──

盗賊団ボス(ん、一人だけ女がいるじゃねぇか! よし、こいつを人質に──)ダッ

女剣士「あら、私をご指名?」

隊長(残念……そいつはハズレだ)

盗賊団ボス「おらっ!」ブンッ

女剣士「遅いって」ガッ

盗賊団ボス「うぎゃっ!」ドサッ

女剣士の剣の柄での一撃で、盗賊団のボスは気絶した。

女剣士「あらら、だらしない」

隊長「さすがだな、女剣士」

女剣士「ありがと」

まもなく別動隊を率いていた副隊長が駆けつけてきた。

副隊長「手下どもに少し逃げられちまったが、こっちもあらかた片付いたぜ。
    俺たちの勝利だ!」

『王国警備隊』は、国内の治安を守るために組織された治安維持部隊である。

少数の腕自慢で構成されており、王命がないと動けない軍隊に比べて迅速な行動ができ、
小回りが利くという利点がある。

警備隊詰め所──

副隊長「あのズル賢いボスさえ捕えりゃ、もうあの盗賊団は終わりだ。
    さ、今夜は祝杯といこうぜ!」

ワァァァァァッ!

戦士「いやぁ、めでたいめでたい」

新米剣士「今日はボクも活躍できてよかったです。だから給料上げて下さい」

老剣士「ほっほっほ。ワシ、ちょっと小便に行ってこようかの」

女剣士(そろそろ帰らないとマズイな……)

女剣士「ごめん。私、用があるから帰るね」

副隊長「なんだよ、つれねえなあ」

隊長「まぁいいだろ。女剣士、今日は助かったよ。ありがとう」

女剣士「どういたしまして。またね!」

副隊長「隊長、アイツはいったいなんなんだ?」

副隊長「半年前、突然警備隊に参加したいってやって来て……。
    風のウワサじゃ、他国から来たらしいが……」

隊長「さぁな」

隊長「たしかに謎は多いが、腕はたしかだ。女剣士に助けられたことも多い。
   素性を明かしたくないんなら、深く追求するつもりはないよ」

新米剣士「隊長、もしかして女剣士に惚れてます?」
戦士「多少気が強いが、いい女ではあるからな」

隊長「バカいうな、誰が……」

副隊長「ないない。だって、こいつは姫様にぞっこんだからな、ギャハハハッ!」

隊長「うるさいっ!」

城近くの森──

女剣士「誰もいないよね……」キョロキョロ

女剣士「隠してあるドレスに着替えて……」ゴソゴソ

女剣士「化粧して……」コソコソ

女剣士「………」ガサゴソ

姫「よし、完璧!」

姫「さて、お城に戻ろうっと」

城門──

番兵「あっ、姫様! どちらへお出かけになられてたんですか?」

姫「ちょっとお花を摘みに出かけていたの」

番兵「そうだったのですか。しかし、くれぐれも気をつけて下さいね。
   我々兵士や警備隊の目を盗んで、どこに悪党が潜んでいるか分かりませんから」

姫「ええ、心配してくれてありがとう。あなたも体を壊さないようにね」

番兵「は、はいっ!」

城内 謁見の間──

姫「お父様、大臣、ただいま戻りました」

大臣「お帰りなさいませ、姫様」

国王「……また警備隊に参加してきたのか」

姫「えぇ、もちろん私の正体はバレてないから安心して」

国王「まったく、すぐバレると思ったんだがなぁ……。
   まさか、こんな二重生活が半年も続くとは思ってもみなかった」

姫「もうあれから半年になるのね」

~ 半年前 ~

国王「ええい、ダメだといったらダメだ!」

姫「お父様の分からず屋!」

国王「分かっていないのはお前だ! お前はワシの娘で、姫なんだぞ!?
   守られるべき立場の人間が、王国警備隊に入ってどうするというんだ!」

姫「あらやだ。お父様は私の剣の腕をご存じないのかしら?
  たしか10歳の時に、お父様を負かしてしまったような……」

国王「うっ、うるさい! ワシは文武両道とはいかなかったんだ!」

姫「それに、私もお父様の娘としてそろそろ国の現状をこの目で見たいのよ」

国王「う、う~む……」

大臣「陛下、よろしいのではないですか? なにせ──」

国王「大臣、お前は黙っていろ!」

国王「……分かった。いいだろう」

姫「ホント!?」

国王「ただし条件をつけさせてもらう」

姫「条件?」

国王「うむ。まず、警備隊には姫としてではなく、一剣士として参加するのだ」

国王「もしも王家の人間が警備隊に入っているなどと知られたら、
   かえって犯罪を招くことにもなりかねんからな」

国王「そして、お前の正体がワシと大臣以外に知られたら、すぐに警備隊を去ること。
   ──どうだ?」

姫「姫ときどき女剣士、というわけね?」

姫「分かったわ。その条件でやらせてもらいます」

~ 現代 ~

国王「う~む、しかしなぜバレないのだ?
   多少化粧をしているとはいえ、顔は全く同じなはずなのに……」

姫「服や口調を変えれば、案外他人になりきるのはたやすいわよ。お父様」

国王「分かった、分かった」

国王「ワシはお前が無事に警備隊の仕事をこなせているのなら、何もいうことはない」

国王「これからも体に気をつけて職務に励むのだぞ」

姫「はい、ありがとうございます。お父様」

国王「──ところで姫よ」

姫「なに?」

国王「お前まさか、警備隊で男ができていたりしないだろうな?」

姫「何をいってるのよ。あるわけないでしょう、そんなこと」

国王「ならばいい。お前に相応しい結婚相手はワシが選ぶのだからな」

姫「………」

その後も姫は警備隊で活躍を続けた。



隊長「ようやくカタがついたな。大丈夫か?」

女剣士「うん、平気。でも今日の強盗団はけっこう手強かったね」



副隊長「さっきは助かったぜ。もう少しで後ろからバッサリやられてた」

女剣士「気にしないでよ。私たち、仲間なんだし」



新米剣士「う~ん、強い……! ボク、もう休んでいいですか……」ハァハァ

老剣士「ワシは年寄りなんじゃから、もっと手加減してくれても……」ヒィヒィ

戦士「ちくしょお~!」ゼェゼェ

女剣士「──ったく、だらしないなぁ。さぁ、剣の稽古を続けるよ!」

こうしているうちに、年に一度の城下町での祭りが近づいてきた。

隊長「今度、城下町で祭りがあるだろ?」

女剣士「あるね」

隊長「あそこで俺たち警備隊が、表彰されることになったんだ。
   国王陛下や姫様からお褒めの言葉を頂けるらしい」

女剣士「へぇ~すごいじゃない!」

隊長「……で、表彰式には俺と副隊長で出るつもりでいるんだが、
   お前にも出てもらいたいんだ」

隊長「この半年余りで、俺たちはお前に何度も助けられた。
   それにみんなと一緒に祭りを楽しむのも悪くないだろ? どうだ?」

女剣士「………」

女剣士「ごめん、その日は用事があって……」

隊長「……そうか」

隊長「まぁ用事があるんなら仕方ない。表彰式には俺たちだけで出るよ」

女剣士「悪いね、せっかく私らが評価されたっていうのに」

隊長「気にするな。なにも表彰されるために戦ってきたわけじゃないしな」

女剣士(まぁ私が表彰するんだから、出られるわけがないんだけど……。
    せめて、この人が大好きな“姫”として精一杯褒めてあげよう)

祭りの日になった。
城下町のあちこちに露店が並び、人々は年に一度の大騒ぎを堪能していた。

戦士「祭り最高!」ガツガツ

副隊長「さっきから食いすぎだよ、お前は……」

新米剣士「ボク、ダンスに参加してきます!」ダッ

副隊長「アイツ、ダンスなんか踊れたのか……生意気な」

老剣士「おっ、あっちに可愛い子がおるぞい」ダッ

副隊長「ちょっと爺さん、どこ行くんだよ!」

副隊長「まったくアイツらときたら……。
    俺たちが警備も兼ねて祭りに来てるってこと覚えてるのか?」

隊長「浮かれてはいるが、職務を忘れるヤツらじゃない。大丈夫だろう……多分」

副隊長「ところで女剣士は?」

隊長「用事があるから今日は来られないらしい」

副隊長「用事ィ? よほどのことじゃなきゃ、表彰式を優先させないか?
    ただでさえ一年に一度の祭りなんだぜ?」

隊長「仕方ないだろ。人には人の事情があるんだ」

副隊長「お前の本命は姫様だからな」

隊長「バカ」

祭りも佳境に差しかかり、城下町の広場にて表彰式が始まった。

司会「ではこれより、日頃から国の安全を守るために戦っておられる
   王国警備隊の方々の功績を称え、表彰式を行います」

司会「隊を率いておられる隊長さんと副隊長さん、どうぞ!」

歓声が上がる。

隊長「………」カチンコチン

副隊長(隊長、緊張しすぎだろ……大丈夫か?)

司会「ではお二方、一言ずつお願いします」

副隊長「じゃあまず俺から……」

副隊長「このような機会に、日頃の活動を評価されるということは非常に嬉しいです」

副隊長「しかし、警備隊の仕事にゴールというものはありません。
    今回の表彰を一つの区切りとして、今後も隊の仕事に全力で取り組みます。
    ありがとうございました」

パチパチパチパチ……

隊長(どうしよう。俺が話そうとしてたことをほとんどいわれた……)

司会「隊長さん、どうぞ」

隊長「は、はい」

隊長「え、えぇと……これからも、みんなと一緒に頑張りますっ!」

パチパチ…… クスクス……

隊長(最悪だ……穴があったら入りたい)

副隊長(隊長……。剣の腕は一流だが、こういうことはからっきしだな……)

司会「国王陛下から、金一封の贈呈です」

国王「日頃より、我が国の治安維持のために働いてくれてありがとう。
   これからも頑張ってくれたまえ」

隊長「光栄です。ありがとうございます」

パチパチパチパチ……

司会「続いて、姫様からお言葉を頂戴したく存じます」

姫「はい」

隊長(ひ、姫様が……こんなに近くに……。香水のいい匂いがする……)ドキドキ

姫「………」ジーッ

隊長(まじまじと俺の顔を……どうしたんだ?)

姫「………」ジーッ

姫(ニヤニヤして顔真っ赤にしちゃって……。
  私の前じゃ、いっつも仏頂面のくせに……いや今も私の前だけどさ)ジーッ

姫(なんか悔しいな……)ジーッ

隊長「ひ、姫……?」

姫(ほら、私はいつもアンタと会ってる女剣士よ。
  いくらなんでもこれだけ目が合えば、さすがに気づくでしょ?)ジーッ

隊長「ひ、姫、どうなさいましたか? 私の顔に何かついてますか……?」

姫(気づかない、か……)

姫「失礼しました。私としたことが、あなたに見とれてしまいましたわ……。
  いつも国のために働いて下さってありがとうございます」

隊長「いっ、いえっ! 姫のためならたとえ火の中、水の中、ドブの中っ!」

クスクス…… ハハハ……

副隊長(なんかもう、俺まで恥ずかしいよ……)

姫「今後とも王国のために頑張って下さいね」ニコッ

隊長「は、は、はいっ!」

姫「日頃から国を守って下さってる手を、少しさわらせて下さる?」ギュッ

隊長「ひ、姫様っ!? いけません、私の手など──」

姫「やはり剣を日頃から握っているからでしょうか。たくましい手ですわね」ギュッ
 (ほら、私だって剣士の手をしてるから、気づくでしょ?)

隊長「ひ、ひ、ひ……」

隊長「姫ぇ……」ドサッ

「うわぁっ!?」 「失神したぞ!」 「どんだけ純情なんだ……」

ハハハ…… ワイワイ……

副隊長(恥ずかしい……)

姫「………」

こうして祭りは幕を閉じた。

翌日──

警備隊詰め所は祭りの話題で持ちきりだった。

戦士「昨日は楽しかったな!」

老剣士「いっぱい姉ちゃんのケツをさわれたわい」

新米剣士「ボクなんか踊りすぎで、筋肉痛ですよ。
     ところで、隊長がとんだハプニングをやらかしたそうですね」

副隊長「なんか俺まで恥ずかしかったよ。
    いくら姫に手を握られたからって倒れるか? フツー」

ハッハッハ……

隊長「はぁ……(しばらくネタにされるんだろうな)」

女剣士「おはよう!」

隊長「おう、おはよう」

女剣士「昨夜はお楽しみだったみたいね!」

隊長「ま、まぁな……(なんか機嫌悪いな、コイツ)」

女剣士「お祭り、私も行きたかったなぁ。うらやましいね、ホント!」

隊長「用事があるっていったのは、お前だろ。イライラするなよ」

女剣士「そうだね、ごめん!」

隊長(なんかイヤなことでもあったのか……?)

女剣士「新米剣士から聞いたけど、
    お姫様に手を握られて、失神したんだって? なっさけない!」

隊長「うるさい」

女剣士「もっと女に慣れないとダメだって。ほら、私も握ってあげる」ギュッ

隊長「ん……」

女剣士(憧れの姫の手と、全く同じでしょう!? 気づいてよ!)

隊長「やはりお前はいい手指をしてるな。柔軟でしなやかで、剣士向きの手だよ」

女剣士「……なんで私相手だと失神しないわけ?」

隊長「そりゃあ、姫様とお前じゃ全然──」

バチンッ!

女剣士「どうせ私は姫に比べてガサツで女らしくないよ、ふんっ!」

隊長(いってぇ……)ヒリヒリ…

副隊長「よう」

隊長「ん?」

副隊長「女剣士とケンカしたんだって?」

隊長「ああ。手を握ってきたから、いい手だって褒めてやったらビンタされた」

副隊長「なんだそりゃ?」

隊長「俺がなんだそりゃ、だよ。褒めてやったのに……」

副隊長(女剣士のヤツ、もしかして隊長のことが好きなんじゃなかろうか。
    だが、隊長は姫様が好きなんだよなぁ……)

副隊長(下手に首突っ込んで面倒みるのもイヤだし、放っておこう……)

隊長と女剣士がケンカしたという話は、瞬く間に隊内に広まった。

戦士「隊長、女剣士にビンタされたんだって? いったい何をやらかしたんだ?」

隊長「別に何も……」

新米剣士「姫に手を握られて失神して、次の日には女剣士さんからビンタですか。
     隊長って、もしかして女難の相なんじゃないですか?」

老剣士「ほっほっほ、大変じゃのう。ワシの女運を分けてやりたいくらいじゃよ」

隊長(とほほ……)

しかし、不器用な二人はこの騒動でできた溝を解消することができなかった。

三日後、警備隊は荒野で山賊の一味を相手にしていた。

隊長「女剣士、そっちには伏兵がいるかもしれない。あまり突っ込むな!」

女剣士「ふん」

女剣士「だれがアンタのいうことなんか──」ダッ

バッ

山賊「おらぁっ!」ブオンッ

女剣士「あっ(しまっ──)」

ズバッ!

山賊「うげぇっ……!」ドサッ

隊長「………」チャキッ

間一髪のところで、隊長の剣が女剣士を救った。

女剣士(隊長がいなかったら……やられてたかもしれない……)

仲間たちが駆けつけてきた。

副隊長「おい、大丈夫か!?」

戦士「やっぱり伏兵がいたか……山賊のくせに知恵が回りやがる」

老剣士「ムチャしおって!」

新米剣士「よかった、怪我はないようですね」

隊長「………」

女剣士「ご、ごめ──」

バシッ!

隊長は女剣士に平手打ちをした。

隊長「何をやっている」

女剣士「………!」

隊長「素性を明かしたくないのはいい。俺が気に食わないのもいい。
   だが、任務中に俺の指示に逆らうことだけは許さん」

隊長「一人が勝手な行動を取ることで、お前だけじゃない。
   みんなの命が危険にさらされることになるんだ」

隊長「そして俺たちが死ねば、最終的に被害を被るのは町の人々だ」

隊長「もしそれが分からないんなら──」

隊長「今すぐこの警備隊から出ていけっ!」

副隊長(誰かをこんなに強く叱りつける隊長を見るのは初めてだな……)

女剣士「……分かってないのは」

女剣士「分かってくれないのは、アンタじゃないっ!」

女剣士「うぅっ……」ダッ

女剣士は走り去ってしまった。

副隊長「あっ! どこ行くんだ!」

隊長「山賊はもう掃討した。走りまわっても危険はないだろう」

副隊長「いやいや、追いかけなくていいのかよ!」

隊長「……俺は間違ったことはいってない」

副隊長「そりゃま、そうだけどさぁ……」

隊長「これでアイツが隊を辞めるなら、それまでの女だったということだ……」

それから姫は、女剣士として王国警備隊に出向かなくなった。

国王「姫よ、王国警備隊に行かなくなったそうだな。まさか正体がバレたのか?」

姫「いえ……そうではないけれど……」

国王「まぁワシとしては、一安心だ。
   元々ワシはお前が警備隊に入るのに反対していたからな」

国王「だが同時に失望してもいる」

国王「ワシの前であれだけの啖呵を切って警備隊に入ったのに、
   中途半端で放棄してしまったのだからな」

姫「………」

姫「お父様には関係ないでしょ」スッ

姫の部屋──

姫「何をやっているのかしら、私」

姫「いつも会っている女剣士(わたし)より、
  滅多に会わない姫(わたし)に目を向けているあの人に嫉妬して」

姫「勝手に苛立って、警備隊の雰囲気を悪くして」

姫「命令違反までしてしまう始末……」

姫「………」

姫「バカだ……」グスッ

警備隊詰め所──

ワイワイ…… ガヤガヤ……

新米剣士「女剣士さん、来なくなっちゃいましたね……もう二週間ですよ」

老剣士「ま、いずれまた来るじゃろうて。ほっほっほ」

戦士「爺さんはのんきでいいよな。女剣士の抜けた穴はけっこうでかいぞ」

副隊長「俺らは女剣士の住んでる場所すら知らないんだ。今はただ待つしかねぇな。
    ま、アイツに限って他国のスパイだったってオチはないと思うが」

隊長「………」

隊長(もう……来てくれないのか……)

それからしばらくして、町に不穏な噂が流れ始めた。

少し前に王国警備隊に壊滅させられた盗賊団の残党が、
牢獄にいるボスの奪還を目論んでいるというのである。

彼らが警備隊に恨みを抱いているのは明白だ。

姫(警備隊のみんな……大丈夫かなぁ)

姫(ちょっと様子を見に行くくらい……いいよね)

姫(遠くから眺めるだけなら……)

姫は城下町までやって来て、ふと気づいた。

姫(あ、しまった)

姫(女剣士になるの、忘れてた……)

姫(森で変装してこないと──)

すると──

町民「あのぉ……あなた、姫様ですよね?」

姫「え、えぇ」

町民「や、やっぱり本人だ! なぜお一人でこんなところを……?」

姫「え、えぇと……ちょっとお忍びでお散歩をね」

町民「………」

町民「姫様……私についてきて頂けないでしょうか……?」

姫「いえ、私は──」

町民「ついてきて下さい……!」ギラッ

町民の手には包丁が握られていた。切っ先は震えていた。

姫「………」

姫(殺気はないし、まちがいなくただの脅しね。刺す気ゼロ。
  取り押さえることもできるけど、姫の格好でムチャはできないし……仕方ない)

姫「こ、怖い……! わ、分かりました……ついていきます……」ガタガタ

町民(す、すいません……姫様……!)

姫は城下町から少し離れたところにある、廃屋に連れて来られた。

町民「では、姫様は二階の部屋にいて下さい」

姫「わ、分かったわ……」

バタン

姫(え~と、これってもしかして私捕まっちゃった?)

姫(う~ん、どうしよう……逃げようとすればできると思うけど……)

姫(私に対する害意はなさそうだし、ムチャはやめておこう)

姫(とりあえずは戦いのできない姫として、事件解決を目指そうっと)

町民妻「いいのかしら、こんなことして……」

町民「いいわけないだろ! だが、子供のためなんだ!」

町民妻「えぇ、だけど……」

町民「あの薬を飲ませ続けなきゃ、子供は死んでしまうんだ!
   しかし俺たちの稼ぎでは、もう限界なんだ!」

町民「もうまともな手段では無理なんだ……」

町民「姫様が一人で町を歩いていたのは、天のおぼし召しだったんだ。
   子を助けたければこうしろ、と」

町民妻「でも、姫様の身代金を要求するだなんて、そんなこと……」

町民「心配するな。最悪、俺の単独犯だってことにする」

町民妻「でも……」

町民「うるさいっ! いいから早く、身代金を要求する手紙を書くんだ!
   そしたら城の兵士に手紙を渡して、ここへ戻ってくる。
   早くしないと姫様がいなくなったことが大騒ぎになってしまうぞ!」

姫は耳がよく、こっそり聞き耳を立てていた。

姫「………」

姫(なるほど)

姫(でも、こんな手段を取らなきゃならないほど高額な薬を飲み続けないと
  死ぬ病気か……聞いたことがない)

姫(きっとこの人たち……騙されてる!)

姫(事情を聞いて王国警備隊に頼んで動いてもらえば、なんとかなるかも……)

姫(あの夫婦を、私をさらった犯罪者にしたくないしね)

姫(うん、そうしよう)

姫(かといって、姫の立場で説得してもイマイチ説得力がないか)

姫(世間知らずのお姫様に、騙されてるわよ、なんていわれてもねぇ)

姫(王国警備隊の女剣士として話した方がいいかもしれない)

姫(よし、ここはひそかに脱出して、女剣士になって戻ってこよう)

姫(もし本当の病気だったら、その時は姫として力を貸してあげよう。
  薬代くらい……なんとかなるよね?)

姫が閉じ込められている部屋は二階にある。

姫「よっと」ヒョイッ

しかし、姫はかろやかに窓から飛び降り、脱出した。

城近くの森──

姫「だれもいないわね……?」キョロキョロ

姫「化粧落として……」コソコソ

姫「着替えて……」ゴソゴソ

姫「………」ガサゴソ

女剣士「よーし、完璧!」

女剣士「すぐ戻らないとね!」

女剣士が廃屋に戻ろうとすると、城下町で王国警備隊の一行を発見した。

女剣士(ゲ、まずい……まだ見つかりたくないなぁ)

女剣士(でもなんか、様子がおかしいな。なにかあったのかな?)

さっきのように、聞き耳を立てる女剣士。

隊長「……ついさっき、姫様を捕えた一味から城に犯行声明文が届いた!」

隊長「犯人たちは城下町近くの廃屋に立てこもっている!
   先ほど国王陛下の御名にて、我々警備隊に姫救出の依頼があった!」

副隊長「ヘタに兵を動かすと、犯人どもを刺激しちまうかもってことか」

隊長「ああ。それにこういう事件は我々の方が慣れているからな」

戦士「あんなヤツらに姫を傷つけさせてたまるか!」

老剣士「まったく、捕まるとは情けない姫だわい」

新米剣士「必ず無事に救出しましょう!」

隊長(姫様……無事でいてくれ……!)

女剣士(もしかしてあの人たち、私がいないのに手紙出しちゃったの!?)

女剣士(まいったなぁ……)

女剣士(と、とにかく出動をやめさせないと! あの人たちを罪人にしたくない!)ダッ

女剣士「みんな、お久しぶり!」

副隊長「女剣士!?」

老剣士「な、なんでおぬしがここにおるんじゃ!?」

戦士「おお、戻ってきてくれたか!」

新米剣士「女剣士さん!」

隊長「……よく戻ってきてくれた。お前には色々と謝りたいことが──」

女剣士「それどころじゃないの! 私、今のアンタたちの話を全部聞いてたの。
    今すぐ出動をやめて!」

隊長「……どういうことだ? 説明してくれるか?」

女剣士「えぇとね、さっき廃屋を通りかかったんだけど、
    お姫様をさらった奴ら、全然大したことないから!」

女剣士「私一人で片付けてくるから、アンタらはここにいてよ」

隊長「ムチャをいうな! これは盗賊団の残党どもの犯行だ!」

女剣士「……え?」

隊長「この手紙を読め」ピラッ

女剣士「どれどれ……」

女剣士(姫は預かった……返して欲しければ盗賊団ボスを釈放しろ……)

女剣士(ど、どういうこと!?)

その頃、廃屋には盗賊団の残党たちがやって来ていた。

盗賊団員A「ふざけんじゃねぇっ!」

バキッ!

町民「ぐわぁっ!」

町民妻「あなたっ!」

盗賊団員A「ちっ、姫に逃げられただとぉ!?」

盗賊団員B「どうすんだよ、もう犯行声明の矢文は城に入れちまったぞ!」

盗賊団員A「知るかよ! くそっ、コイツが町で姫をさらってるのを見て
      これは利用できる、と思ったのによぉ……使えねぇ!」

ドゴッ!

町民「げふぅっ!」

再び警備隊──

女剣士(もし、私が町民に連れ去られるところを残党が目撃していて、
    それを利用するつもりでこの手紙を書いたとすると……)

女剣士(まずい……)

女剣士(私の読みが正しければ、あの人たちが危ない!)ダッ

隊長「おい、どこ行くんだ!?」

女剣士「えぇと、やっぱり廃屋に出動して! ただしゆっくり来てね」タタタッ

隊長「どういう意味だよ! オイ、待てって!」

城近くの森──

女剣士「急がないと!」ガサゴソ

女剣士(早く、早く!)ガサゴソ

姫「よし!」

姫(念のため、女剣士としての装備も袋に入れて持っていこう!)

姫(化粧は走りながらでいいや!)

姫(急げ、私~!)タタタッ

女剣士から着替えた姫は、全力疾走で廃屋に向かった。

廃屋──

町民「げほっ、げほっ……!」

盗賊団員A「ちっ、最悪だぜ……!」

盗賊団員B「どうする?」

盗賊団員C「姫の代わりにコイツら人質にするか?」

盗賊団員A「こんなヤツら人質にしても、ボスが釈放されるワケねぇだろ。
      もうコイツらぶっ殺してズラかるしかねぇな」

盗賊団員B「そうだな。グズグズしてると、兵隊か警備隊が来ちまう」

町民「ひぃっ……!」
町民妻「お、お助けを……!」

盗賊団員A「恨むんなら、姫を逃がしちまったお前らのバカさ加減を恨みな」

盗賊団員Aは剣を抜いた。

姫「お待ちになって!」ハァハァ

町民「姫様っ!?」
町民妻「姫様、どうして!?」

盗賊団員A「えっ!?(なんで姫が戻ってきたんだ!?)」

姫「え、えぇっと──」ハァハァ

姫「忘れ物をしてしまって……ハァハァ……」

盗賊団員A「忘れ物……!?」

盗賊団員A「まぁいい……姫、今からアンタは俺らの人質になってもらうぜ。
      おい、姫の体を縛れ」

盗賊団員B「へへへ、大人しくしてなよ」グイッ

姫「ハァハァ……あぁっ、やめてぇっ……!」

町民(どうして姫様は戻ってきたんだ……? 化粧も乱れているし……。
   し、しかしおかげで助かった……。すいません、姫様……!)

姫と町民夫妻はロープで縛られ、二階の一室に閉じ込められた。
作戦成功を確信する残党たち。

ワイワイ…… ガヤガヤ……

盗賊団員A「ククク、これで大丈夫だ。姫が俺たちの手にある以上、
      王国軍だろうが警備隊だろうが、俺たちに手を出せねぇ」

盗賊団員A「あとは廃屋にやってきた連中にボス釈放の要求をするだけだ。
      モタモタしてたらあの夫婦の首でもちょん切ってビビらせてやろう」

盗賊団員B「ボスさえ戻ってくれば、盗賊団を復活できるな」

盗賊団員C「町民如きがなぜか姫をさらえちまうわ、逃げた姫はなぜか戻ってくるわ。
      今日はツイてるな、まったく」

町民「姫様……申し訳ありません!
   実は私、国王様から身代金をもらおうとしてあなたを──」

姫「お気になさらないで」スルスル

町民(え、姫のロープが……!)

姫「あらやだ。ほどけてしまいましたわ」
 (あんな結び方じゃ、簡単に縄抜けできちゃうっての)

姫「勝手にロープがほどけるなんて、なんて幸運なのかしら!」

姫「あなたがたのロープもほどきますから、
  少し怖いかもしれませんが、窓からロープを使って逃げて下さい」

姫「飛び降りたら、まっすぐ家に戻って下さい。悪いようにはしませんから。
  よろしいですね?」

町民夫妻「わ、分かりましたっ!」

姫は町民夫妻の縄をほどくと、二人を窓から逃がした。

その後、姫も脱出し、近くの茂みに隠しておいた装備で女剣士となった。

女剣士(まったく今日はなんて忙しい日なんだろ!)

女剣士は廃屋に向かって歩を進めていた警備隊と合流した。

隊長「あ、女剣士! いきなり走り出して、どこに行ってたんだ!」

女剣士「ごめんっ!」

副隊長「今俺たちは残党がいる廃屋に向かってるんだ。
    とはいえ姫が人質にされてる以上、どうしたものか……」

女剣士「あ、そのことなんだけどね」

隊長「?」

女剣士「多分私らが向かったら、彼ら廃屋から飛び出してくるだろうから、
    遠慮なくやっつけちゃおう」

隊長「ど、どういうことだ? さっきからお前のいってることはわけが分からないぞ」

女剣士「いいからいいから。さ、盗賊団退治にレッツゴー!」

廃屋──

盗賊団員B「王国警備隊の奴らがやって来たぜ!」

盗賊団員A「バカなヤツらだ。こっちにゃ姫が──」

しかし、ここで彼らの思惑は崩れる。

盗賊団員C「いないぞ、部屋から姫とあの夫婦が消えてやがるっ!
      縄をほどいて逃げやがったんだ!」

盗賊団員A「な、なんだとっ!? どうやって縄を……!?」

盗賊団員B「も、もう終わりだ……」

盗賊団員A「……くそっ、もう逃げられねえ! こうなったらヤケだ!
      ──アイツらぶっ殺すぞ!」

ウオオォォォォ……!

王国警備隊が近づくと、女剣士のいうとおり残党たちが中から飛び出してきた。

副隊長「ホントに飛び出してきやがった!
    バカかアイツら、姫を人質にした意味がねえじゃねえか」

隊長「まぁ、こっちとしては好都合だ。存分に暴れてやれ!」

戦士「ふん、ヤツら全員ひっ捕えてやる!」ザッ

新米剣士「ボクも手柄を立ててやりますよ!」スッ

老剣士「ワシもやるぞい!」ジャキン

副隊長「あ、爺さんはあんま無理すんなよ」チャキッ

隊長「今度こそ、一人も逃がすな!」

剣を構える隊長と女剣士。

隊長「こうしてお前と戦うのも、久しぶりだな。……戻ってきてくれたんだな」

女剣士「だってアンタ、私がいないとダメじゃない」

隊長「……そうだな、その通りだ。お前が戻ってきてくれて、本当に嬉しいよ」

女剣士「えっ……」ドキッ

隊長「おしゃべりはここまでだ。来たぞ!」

女剣士「うんっ!」

王国警備隊と盗賊団残党の戦いは、あっけなく決着がついた。

むろん、警備隊の圧勝である。

廃屋──

部屋に捕らわれていた姫を、隊長が助けにやって来た。

隊長「姫、ご無事ですかっ!」

姫「ハァハァ……えぇ、無事よ。ありがとうございます……」
 (よかった、変装が間に合った……)

隊長(息が乱れている……よほど怖かったのだろう……)

隊長「そうですか……よかった……!
   ところでこっちに女剣士が来ませんでしたか?
   さっきまで一緒に戦ってたのですが、いなくなってしまって」

姫「さぁ、私は存じ上げませんわ」

隊長「そ、そうですか(なにを考えてるんだ、アイツは……)」

姫「………」

姫「……ところで、少しお話しよろしいですか?」

隊長「は、はいっ!」

姫「私……」

姫「以前からあなたをお慕い申しておりました」

隊長「ひ、姫様!?」

姫「私、ぜひあなたと男女のお付き合いをしたいのですが……」

隊長「………」

姫(私は、卑怯だ)

姫(本当は同僚である女剣士としていうべきなのに、
  確実にいい返事をしてもらえる姫として、この人に想いを伝えた……)

隊長「姫様……」

隊長「今のお話、お受けすることはできません……!」

姫(え!?)

隊長「私とあなたとでは身分がちがいすぎる……。
   いえ、これを理由にするのは逃げであり、姫様にも失礼ですね」

隊長「私には……別に好きな女性がいるのです……!」

姫(えぇ!?)

隊長「ですから、あなたとお付き合いすることは──」

姫(姫が一番好きだと思っていたのに……ウ、ウソよ……。
  こ、こんなバカなことが……これは夢……悪夢……まぼろし……)

姫「ゆめ……まぼろし……」クラッ

隊長「姫様っ!?」

盗賊団にさらわれた恐怖で体調を崩した(と判断された)姫は、
隊長の手で無事城まで運ばれた。

城内 謁見の間──

国王「ハァハァ……。姫、こんなに心配をかけよって!」

大臣「あなたにもしものことがあったら我々は──!」

姫「ごめんなさい……」

姫「今日は疲れたから、もう休ませてもらうわね」スタスタ

大臣「あっ、姫様!」

大臣「う~む、少し姫様のご様子がおかしいですな。
   よほどショッキングな出来事があったのでしょう」

国王「………」

姫の部屋──

姫「何をやっているのかしら、私」

姫「隊長は姫(わたし)が一番好きだと勝手に思い込んで、
  あまりにも唐突な告白をして」

姫「あげく隊長には他に好きな人がいただなんて……」

姫「隊長の心も知らず、一人で舞い上がって……」

姫「バカだ……」グスッ

翌日、警備隊詰め所に女剣士がやって来た。

女剣士「あ~……おはよ」

副隊長「どうしたい。世界の終わりみたいな顔しやがって。
    昨日も大活躍だったくせによ」

女剣士「世界はともかく、恋は終わったよ」

副隊長「なんだそりゃ?」

隊長「お、女剣士、今日も来てくれたか」

女剣士「なぁ~……にぃ~……?」

隊長「(どうしたんだ、いったい)ちょっと来てくれないか。話があるんだ」

女剣士「はいはい」

女剣士「話ってなに?」

隊長「………」

女剣士「どしたの?」

隊長「………」

女剣士「早くしてよ。ちょっと今日、町民の家に行かないといけないから」イライラ

隊長「………」ゴホン

隊長「俺は……お前が好きだ」

女剣士「ふうん」

女剣士「………」

女剣士「えぇっ!?」

隊長「これが、お前に対する俺の気持ちだ……!」

女剣士「ちょっと待って! アンタはお姫様が好きだったんじゃないの!?
    手を握られただけで失神するぐらいに!」

隊長「ひ、姫様はあくまで臣民としてお慕いしているだけであって……。
   忠誠を誓う身として、どうしても緊張してしまうんだ……」

女剣士「え、じゃあ、昨日私に言った別にいる好きな女性って私のことだったの!?」

隊長「……そうだ」

隊長「ん? ──な、なんだ今の!?」

女剣士「あっ……」

隊長(そ、そういえば……)ジーッ

隊長(そういえば今まで気づきもしなかったが……似ている!)

隊長「ま、まさか……お前、まさか……!」

女剣士「わ、私……ずっと昔からあなたをお慕い申しておりました」

隊長「あ……あ……」

隊長(姫様が女剣士で、女剣士が姫様で、姫様が女剣士で、女剣士が姫様で……)

隊長「なにがなんだか………」ドサッ

女剣士「ああっ、また失神した!」

女剣士(姫の自分への想いを断ち切った手前、
    自分の想いにもケジメを──と頑張ったんだろうけど……)

女剣士「んもう、情けないんだから!」

隊長は目を覚ましそうもなかったので、女剣士は予定通り町民夫妻の家に向かった。
そして姫から話を聞いたということにして、全ての事情を話させた。


町民に薬を売っていた医者はやはり詐欺師であり、警備隊の手によって逮捕された。
騙し取っていた金も、どうにか取り返すことができた。
なお、まともな医者に診てもらったところ、子供はいたって健康体であった。


また、事情があったとはいえ姫を連れ去って身代金を得ようとした町民夫婦を、
女剣士は警備隊員として厳しく叱った。


こうして悩める町民一家の件は瞬く間に解決してしまった。

夜になった。女剣士と隊長は二人きりで話をした。

隊長「──そうだったのですか……。一人で二役をこなしてこられたのですね」

女剣士「あ、敬語はやめて。なんかやりづらいから」

隊長「分かりました、じゃない、分かった」

女剣士「……で、ホントは秘密がバレたら警備隊を辞めなきゃいけないんだけど、
    私、もうちょっとここにいたい」

女剣士「いいよね?」

隊長「もちろん。俺たちには、お前の力が必要だ。俺も今後は協力しよう」

女剣士「姫と警備隊の隊長かぁ……。ま、何とかしてみせようよ」

隊長「ああ、俺たちならきっと──」

そして、二人を物陰からのぞく一人の男がいた。

老剣士「ほっほっほ……」

城内 謁見の間──

大臣「お帰りなさいませ」

老剣士「ほっほっほ、今日はなかなかいいものが見られたわい」

老剣士「おっとこの格好のままじゃ具合が悪いのう」

老剣士「付けヒゲを取って……」ベリリッ

老剣士「シワを伸ばして……」ムニムニ

老剣士「着替えて……」ガサゴソ

国王「よし、完璧だ」

大臣「陛下、いつもながらみごとな変装ですな」

大臣「ところで、何を見たのですか?」

国王「王国警備隊の隊長が女剣士、つまり姫に想いを伝えたのだ。
   いやぁ~長かった! まったく奥手なヤツらだ」

大臣「ほぉ」

国王「姫も正体をバラし、いよいよ本格的な交際がスタートといったところか。
   これでようやく面白くなってきたわ」

大臣「陛下は二人をどうなさるおつもりですか?」

国王「老剣士としては“早く結婚するのじゃ”と二人をけしかけ、
   国王としては“姫に相応しい相手はワシが決める”と突っぱねるつもりだ」

大臣「………」

国王「頭の固い国王に対し、あの二人がどう立ち向かうか……。
   フフフ、想像しただけでワクワクが止まらんよ。なぁ、大臣?」

大臣「陛下、一言よろしいですか?」

国王「なんだ?」

大臣「あなた、性格悪すぎです」

国王「フッ、一ついいことを教えておこう、大臣。
   性格が多少ひねくれてるくらいでないと、一国の君主など務まらんよ」

国王「あの二人も国を任せるには、まだまだ頼りないところがある。
   もう少ししたたかなところが欲しい」

大臣「陛下がおっしゃると、妙な説得力がありますな」

大臣「姫が、姫ときどき女剣士、ということであれば、
   陛下はさしずめ、国王ときどき老剣士ということですな」

国王「うむ」

国王「だが、姫などワシに比べたらまだまだひよっ子同然!」

国王「なぜなら、ワシはもうこの二重生活を五年も続けているからな。
   アイツはたかだか半年余り、まだまだこれからだ」

国王「むろん、ワシがこんなことができるのも
   大臣を始めとした優秀な臣下がおるおかげだ!」

国王「ハーッハッハッハッハ……」

大臣「もっとも警備隊への貢献度は、姫様の方が遥かに上ですけどね」

国王「うっ、うるさい! ワシは文武両道とはいかなかったんだ!」

大臣「ふふっ……」

大臣(やれやれ、姫様も私も、陛下にはまったく敵わんな……)

警備隊詰め所──

女剣士と隊長の仲はみんなが知るところになっていた。
ただし、警備隊で女剣士の正体を知るのは隊長(と老剣士)のみであるが。

副隊長「いやぁ~隊長は姫一筋だと思ってたが、まさかねぇ……」

戦士「俺もだ。意外だったな」

新米剣士「でもよかったですね。隊長と姫様だと正直いって叶わぬ恋ですが、
     お二人の仲を妨げる要素はなにもありませんから」

女剣士(それがいっぱいあるんだけどね)

老剣士「こうなったら、早いところ女剣士の親御さんのところに挨拶に行くのじゃな。
    なぁに、交際を反対されたらぶん殴ってやればよい」

隊長「いや、そういうのはまだ先の話だ(国王陛下を殴れるわけがない)」

女剣士「うん、まだまだ先!」

老剣士(クックック、楽しみに待っているぞ)ニヤッ

女剣士「さぁて、今日もはりきって出動しよう!」

隊長「行くか!」

女剣士「ねぇ」

隊長「なんだ?」

女剣士「今度、姫の格好でデートしてあげよっか」ボソ…

隊長「………」ドサッ

「いきなり隊長が倒れたぞ!」 「敵の攻撃か!?」 「しっかりして下さい!」

女剣士「はぁ~……(こりゃあ先が思いやられるわ……)」

姫ときどき女剣士と警備隊長のゴールは、まだまだ遠くにあるようだ。



                                   ~おわり~

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