終"私は貴方が嫌いだけれどね" (26)

男「大好きだよ、女さん」

それは純粋に人を愛する少年のお話で。

女「私は貴方が嫌いだけれどね」

それは心から天邪鬼な少女のお話で。

誰もが目を背けてしまうような愛情に溢れた、奇跡が起きない恋物語。



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最初に色んな意味で謝罪します。
ごめんなさい。

ある程度の書き溜めが済んでるので滞ることなく完結できそうです。
なんだかんだでそれなりに長いのに追って読んでくれてる方、感謝します。
以下の2レスはこれまでのあらすじと人物紹介をさせていただきます。

最終話なのでこの話から読むには適していない作りですが(登場人物が多くなってしまっている)
それでもよければあらすじで簡略的に解釈してお楽しみください。
暇つぶしになれば幸いです。

次レスは今までの話のあらすじ、所謂ネタバレになります。
あらすじじゃなくきちんとした形で二人の話が読んでみたい!
という奇特な方がいらっしゃいましたら、ご面倒ですが当ブログにお越しください。

http://ssnanasi.doorblog.jp/

第一話【「好きです」「私は貴方が嫌いだけれどね」】
 一目惚れをした男は昼休みの教室で、人目をはばかることなく堂々と告白した。
「好きです」
「私は貴方が嫌いだけれどね」
 持ち前のポジティブシンキングで近距離ストーカーと化した男は女に付き纏う。女は嫌気も差したが自分の毒舌を嫌わない男の存在を受け入れ始める。そんな折、女は不良に拉致されてしまう。
 それを知った男は女に付けていた発信機を頼りに場所を突き止め、気持ち悪い活躍をして女を無事救い出すのだった。
「友達なら……いいけれど」
「これで結婚まで一直線だね!」
こんな二人のそんななりそめ。

第二話【「文化祭だよ、女さん」】
 二人の通う高校に文化祭の季節が訪れる。男は女を誘い二人は文化祭を楽しむ。手芸部の展覧会を見て、文芸部の小説を読んで、お化け喫茶店などを廻る。
 女は過去に合唱コンクールでピアノをした経験があり、その手腕を見込んで当欠のメンバーの代わりにキーボードを演奏してくれとクラスメイトに頼まれた。
 女は渋々、人前に出ないという条件で承諾する。暗幕の裏でキーボードを弾く女の観客は男一人。薄暗いどこか退廃的な光景で、二人は一時の空間を共有した。

第三話【続"「私は貴方が嫌いだけれどね」"】
 クリスマス。男は女を誘うも断られてしまい、その時の対応から女を怒らせてしまう。ストーカーに相談することでなんとか解決に持っていくが、女は自分の毒舌を悔やみ自己催眠なる本に手を出した。
 自己催眠によって素直な可愛い女になった女だったが、男は「今の女さんを愛すことは間違ってる。だから二度と言わないけど、僕は女さんが嫌いだ」と否定してしまう。
 自分の毒舌がいかに酷いものだったかを知り逃げだした女、男は不覚にも見失う。しかし女を見つけるため、想いを伝えるために一つのイベント行事を利用して、大観衆の前で想いを叫び女を見つけ、仲を深めるのだった。

第四話【「大晦日だよ、女さん」】
 元旦に初詣に行く約束をした男と女。二人はそれぞれに大晦日を過ごす。
 男は妹と。女は姉と。
 心配で姉、妹はそれぞれ尾行することに。
 男と女はそれでもいつも通り振る舞い、常識人な二人は驚きの連続を隠せなかった。

第五話【「バレンタインは楽しみにしててね」「私が?」】
 逆バレンタインを目論む男と、すっかり初恋に酔ってしまい上手く頭の働かない女。それでも順調にバレンタインを終えると思いきや、男に恋する女生徒Bが現れる。
 Bは女を用具倉庫に閉じ込めて、男に告白するもフラれてしまう。女を助けようと扉を開くも、Bの手によって二人は閉じ込められてしまう。戸惑いながらも救助を待ち、寄り添った二人はチョコを渡し合う。
 気持ちが盛り上がった女は勢いのままに交際を求めるが「犬になりなさい」などと毒舌が混じってわけのわからないものとなってしまう。対して男は喜んで受諾し、一応、二人はめでたく主従関係を結んだのだった。
 翌日、学校の教室で二人を見たBは不安定な精神が暴走しナイフで男を刺してしまう。男は手で受け止めたが、Bは自分の過ちに悲鳴をあげて後悔した。
 転校、或いは逮捕という形でBの騒動は締めくくられたが、それは男の思い通りの結末だった。女を守るためならとBの下駄箱にナイフを仕込んだのは男である。
 君を守るためならなんだってするしなんにでもなる。純愛故の狂気を笑顔に隠して。
 それとは別に、女には久しぶりの女友達ができたのだった。

【登場人物紹介】

・男(純愛くん)
 純粋に愛しすぎる男の子、第一話で高校一年生。最終話は進級して二年生。
 あまりにも純愛過ぎて行動が歪つになりがち。好きな人をストーカーすることも、守るためなら他者を平気で貶めることも、情を利用して人を縛りつけることも厭わない。
 女さん以外はどうでもいいと思われがちだが、友達は大切にするし家族とも普通に接している。ただ愛情が絡んだ部分が狂っている、というだけである。

・女(天邪鬼さん)
 流れるよな毒舌は半分が照れ隠しな女の子、男と同学年。
 嫌いだと思えばはっきりと嫌いと言ってしまったり、好きでも嫌いだと言ってしまったりする。それは恋愛以外の友情にも絡み、文字通りのコミュニケーション障害と言える。
 そんな自分を受け入れてくれる男くんに惹かれているが、甘えずに直していきたいと考えてもいる。しかし男くんがあまりにも真っ直ぐ好意を向けるものだから照れ隠し暴言は一向に治らない模様。

・男友 同学年同クラス。
 男の友達の中の一人。
 頭ん中はいつもエロスに溢れた極々普通な男子高校生。男以外にも友達の多い、割と人気者。但し女子には遊び相手ぐらいにしか思われていない悲しいポジションである。

・ストーカー 同学年別クラス。
 女の元ストーカー。現時点ではクラスの委員長(こいつもストーカー)といい雰囲気。
 ストーカー仲間ということもあり男と打ち解けた。内向的で典型的なコミュ障タイプ。女さんのことになると饒舌だったが、今はストーカーもやめて委員長と親しくしている。
 コミュ障は男→委員長と経て少しずつ改善中。

・女友 同学年同クラス。
 バレンタイン時に女の初めての女友達になった。
 仲良しだったBの悩みに気づけず、悲しい事件に至ってしまった事はなんだかんだで気に病む結果となっている。それとは別に女さんと仲良くなろうと考える、根っからの良い子。

・妹(男の妹)
 兄を慕う妹。兄がちょっと変態(純愛)になってしまっているのが心配で、女さんが悪女で誑かしていると考える節がある。

・姉(女の姉)
 女を可愛がる姉。女と暮らしてきた割には打たれ弱い。
 女曰く年中彼氏募集中とのことだが、女の姉だけあって美人である。それで女とは違う性格なのだからモテるはずなのだがいかんせん彼女は女子高に通っていた。因みにそれでもモテている。

・不良
 第一話で女に告白し毒舌混じりにフラれ、逆恨みして仲間二人を連れて女を拉致監禁したゲス野郎。その行いは結局、完全にキレた男の気持ち悪い活躍により失敗に終わり、自首した。高校はその時に退学。逮捕されて三ヶ月入所。
 男に言わせれば拉致監禁を非常に後悔しているとのこと。
「同じ人を愛したんだから、友達になれるよ」と男に言われた。しかしそれは男の情を利用して女に贖罪を続けさせるという黒い理由によるものである。彼はそのことには気づいていないが、自分から会いに行くということはできないでいた。

男「山だー」

女友「山だーっ」

男友「山だぜー!」

女「……なんでこうなったのかしら」

男「折角の春休みだからね、こうして思い出作りもしておかないと」

女友「キャンプは人が多い方が楽しいからねん」

男友「そして俺は人数合わせ、ふっ……まあいい、今日という日を境に仲良くなろうか女友ちゃん」

女友「うん、それなりにね」

男友「それなりかよ……だがめげん」

男「友人はめげるめげないの前に下ネタを自重した方がいいんじゃない?」

男友「今日はまだ言ってないぞ」

男「日々努力しなよ」

女「猿に日本語は通じないわよ、男くん」

男友「うっきゃー!」

男「ノリはいいんだけどね」

女友「さて、折角山に来たんだし早速」

男友「水着になるか!」

女友「繋がりが見えないっ」

男「諦めが早すぎでしょ」

女「鳥の方がまだ物覚えがいいわね」

男友「そうか、俺は今回こういう立ち位置なのか」

男「遅かれ早かれこうなってただろうけどね」

男友「世知辛え」

男「米の準備はできたよ。そっちはどう?」

女友「順調だよー」

女「手を止めない」タンタンタンタンタン

女友「もうすこし柔らかーく料理したらいいのに」

女「ええ、お肉を柔らかくするポイントはある意味一瞬よ」

女友「気合入ってるねえ。仕方ないか、彼への初手料理なわけだし」

女「そんなことは関係ないわ」

女(前回のバレンタインでは無様にも男くんに負けてしまった。ここで失敗はしてられないわ、私の自尊心のためにも)

男「女さんの作った物なら雑巾汁の入ったカレーでもご馳走だよ」

女「やめて、うっかり毒物を混入してしまいそう」

女友「持ってるの!?」

男「ちょっと友人の様子見てくるよ」

女「釣れるまで帰ってくるなと伝えてちょうだい」

■□■□■

男「調子はどうだい、友人。そうそう、女さんが釣れても帰ってくるなだって」

男友「俺ここに捨てられたのか」

男「はは、冗談だよ。今のは僕の本音」

男友「より心を抉られたっての」

男「どう? 釣れそう?」

男友「二匹釣れた」

男「流石友人、魚を釣るのはお手の物だね」

男友「お前ちょっと女さんに似てきたな。そこはかとなく毒混じりだ」

男「そんなことないって、思い出してごらんよ。ほら」

男友「……ほんとだ、お前の口調ってキツめだったわ」

男「笑って済ましてくれるのは友人だけだからね」

男友「いや許さねえから全裸ンガーZ貸してくれ」

男「どうして僕がそれを持ってること知ってるのさ」

男友「そりゃお前、友達だろ?」キリッ

男「色々間違ってるよ」

女友「おかえりっ。釣れた?」

男友「三匹ゲットだぜ」

女「男友くんを抜いてぴったしね」

男友「功労者を自然にのけないでくれ!」

男「まあまあ、僕の半分あげるから」

男友「あれ? 俺がおかしいの?」

男「女の子には優しくだよ、友人」

女友「さっすが男くん、フェミニストだねぇ」

男「僕は女さんにしか優しくないよ」ニコッ

女友「前言撤回しよ」

女「さて、ご飯にしましょうか」

男「ねえ女さん、カレーをよそう時に愛情込めてね」

女「カレーの出汁になってみる?」

男「女さんが食べてくれるのなら」

女「土深く埋めてあげるわ」

男「川に流さない辺り女さんのエコ魂が煌めいてるね」

女友「この二人の会話って独特だよね」ボソッ

男友(あ、女の匂いがした)クンクン

一同「いただきます」

男「んんっ、上手い!」

女友「味付けは女ちゃん担当だよ」

男「流石女さん! これから死ぬまでこんなに美味しいものが食べられると思うと幸せだなあ」

女「結婚を前提にお付き合いした覚えはないわよ」

男友「でもまじで美味いな。俺の釣った魚もいい焼き加減だ」

女友「それは男くんの焼き方がなぜか上手だったから——って私なにもしてない!?」

女「一緒に料理してくれたじゃない、ボケたの?」

女友「一言多いフォローだけどありがとー」

男「女友さんも随分女さんに慣れてきたみたいだね」

女「人を珍獣のように扱わないでくれる? ほら、女友も言ってやりなさい」

女友「七割は照れ隠しなんだよね」

女「付き合い方を考えましょう」

女友「これは残り三割の方だね……はは」

男友「」ムシャムシャ

男友(……俺空気じゃね?)ムシャムシャ

女友「あ、そうそう。さっき女ちゃんと話してたんだけどね、男くんの中学時代ってどんな風だったの?」

男「中学時代? 普通だったよ」

男友「……お前って凄く自然に嘘吐くんだな。ぞっとしたわ」

女友「え? 嘘?」

女「私に嘘を吐くだなんていい度胸ね、男くん」

男「もう、友人のせいで面倒なことになっちゃったじゃないか」

男友「隠すほどのことでもないだろ? 誰にだってある恥ずかしい過去なんざ」

女「恥ずかしい過去? 現在の在り方より恥なことなんてそうないでしょう?」

男「いやいや、僕はこれでも今が気に入ってるんだよ」

女友「どんな中学男子だったの? ねえねえ?」

男「んー……どんなって」

男友「一言で表すなら、ちょっと前の女さんにそっくりだな」

男「そうかな?」

男友「お前はこんなに美形じゃないけどな」

男友「当時のあだ名は確か"漆黒の兎"だったっけか?」

男「初耳だよ!?」

女友「女さんのあだ名と凄く似てる。もしかして女さんを"氷の女王"って呼び始めたのって……」

男友「俺だ。中々のネーミングセンスだろ?」

女「男くん、埋めるなら野犬に掘り起こされないよう深く掘るのよ」

男「もちろん」

男友「……"氷結魔女"の方がよかったか?」

女「女友、裁縫セット持ってる?」

女友「包丁ならあるよ」

男友「……あれ?」

女「次はないと思いなさい」

男友「的を射たあだ名だと思ったんだけどな。まあそんなあだ名が似合うくらい、中学時代の男は暗かったんだよ」

女友「想像つかないな、暗い男くんって」

男「あの頃は陰気臭かったからね」

女「ちょっと待ちなさい暗に私のことを陰気臭いと言ったわね」

男「女さんは陰気臭いってよりは、引きこもりって感じだけど」

女「よりイメージを悪化させたじゃないの」

女友「確かに女ちゃんは自分の世界築いてて話しかけにくかったかな」

女「引きこもり……」ズーン

男友「男は休み時間ずっと寝てたよな。眠かったわけじゃないんだろ?」

男「暇だったんだよ、することないし。当時は本の興味もなかったし」

女「ずっと寝たふりしてたのね」

女友「経験者は語る?」

女「統計データよ」

男「興味深いデータだね。まあ聞いても面白くない話だし、僕の過去はこの辺で」

女友「どうやって陰気臭い男くんが今みたいな男くんになったの?」キラキラ

男(KYだ)

女(ナイスKY)

男友「俺も気になってたんだよな、いきなりだったろ。俺からしたらなんの前触れもなく、朝一爽やかにおはようって。クラスの連中面食らってたぞ」

男「まあ色々ね。小さいことが積み重なってさ」

女友「気になるなー」

女「人には知られたくない秘密の一つや二つあるものよ。詮索するのは止めてあげましょう」

女(二度の詮索は可哀想ね)

男「でもどの道僕は変わることになってたと思うよ。なにせ生涯をかけて尽くしても愛し尽くせない人に出会えたんだから」

女「生涯と現在が同価値なら尽くす必要がないわね、おめでとう。晴れて自由の身じゃない」

男「今度首輪を買いに行こうよ」

女「猿ぐつわの方が欲しくなるわ」

女友「聞いてるだけで鳥肌立ってきた」ゾワワ

男友「本物の変態には付いていけんな」モグモグ

□帰り道

女友「今日は楽しかったねー。山もたまにはいいねっ」

男友「だな。夏は海行こうぜ」

男「海か……」

女「おかしなことを想像したら脳を捻り潰すわよ」

男「いやいや、女さんはパーカーを絶対に脱いじゃダメだからね」

女「あら意外。男の子はその中身に用があるのだと思っていたけれど」

男「女さんの麗しい肌を眺めていいのは僕だけだから」

女友「男くんって独占欲強そう」

男「あくまで標準的な基準だよ」

女「どうかしらね——きゃっ」ドンッ ヨロヨロ

チャリ小僧「すいませーん」シャカシャカシャー

男「女さん!」

走行中の自転車にぶつかって私は車道側によろけた。
そこはガードレールが途切れていて、不幸にも遮られることなく飛び出してしまった。
咄嗟に男くんが手を伸ばすのが見える。

女「あ……」

私が伸ばした手は彼に届かなかった。弾かれた先に横から車が迫っていた。
甲高いクラクションとブレーキの悲鳴が圧迫した事態を教える。
視界に人生が刹那に凝縮されて再生される。それが走馬灯だと知って、私は強く瞼を閉じた。

女(死にたくない)

意識の中でだけ緩慢とした時間は、現実では平等に流れていく。
とても暗い世界で弾かれた。
衝撃がどんと体に伝わる。

とても暗い世界に引き込まれた。
想像を大きく下回る痛みに驚きながら瞼を開ける。

女「……いや」

ただ、叫んだ。

女「          !」

自分を押して代わりに轢かれた彼の姿を目の当たりにして。

□手術室前

女「……」

女友「女ちゃん……」

女「……がい」ブツブツ

女「お願い、神様……お願いします……」ブツブツ

女友「女ちゃん……大丈夫だよ、きっと」

男友「……っち」

男友(見てられないぞ、男)

「兄ちゃん!」

女「」ビクッ

妹「兄ちゃん! 兄ちゃん……ぐすっ」

男母「おいで」ギュッ

妹「うぅ……うぐっ……」

女「あの……男くんの、ご家族ですよね」

男母「ええ。貴方は一緒に遊んでたお友達の?」

女「はい……あの」

女「ごめんなさい!」スッ

女「男くんは……私を、助けて……」

妹「っ! あんたの、せいなの?」

妹「あんたのせいで! 兄ちゃんが!」グスッ

男母「妹、やめなさい」ギュッ

女「ごめんなさい」

男母「貴方は気に病まなくていいからね」

女「〜〜っ」ポロポロ

————————ガチャッ

□五日後

女友「女ちゃん、今日もお見舞い行くんだよね」

女「ええ」

女友「男くんは、まだ」

女「……ええ」

女友「そっか、ごめん。あんまり無理しないようにね」

女「……」スタスタ

男友「当たり前だけど元気ないな」

女友「うん。早く男くんが目を覚ませばいいんだけど」

■□■□■

男くんはまだ目を覚まさない。
こうして見ているとただ眠っているようにしか見えないのに。
医者の話によれば外傷は軽度。ただ頭を打った形跡があると。
検査の内容では酷いダメージはないらしいけれど、目を覚ましてみないことにはなにも言えないと締めくくった。

男くんの妹が泣きながら「兄ちゃん目を覚ますよね?」と聞くと「話しかけてあげてください」と答えていた。
つまりはそういうこと。

女「なにを話しかければいいのかしらね」

女「考えてみれば、いつも貴方から話しかけてきてくれていた気がする」

女「私から話しかけたことも、あったと思うのだけれど……どうしてかしら、思い出せない」

女「ねえ、男くん」

女「早く目を覚ましなさいよ。妹さんが悲しんでいるわよ」

女「……私も」

————————ギシッ

ベッドの軋む音は聞き違いかと考えた。
けれど見開いて注目してみると、彼の手はだらりと垂れていた。

女「男くん! あ、ナースコールっ」

□翌日 学校

女友「よかったね、男くん目を覚まして」

女「ええ。でも昨日は私がいる間に意識がはっきりしなかったようだから、今日もお見舞いに。女友も行く?」

女友「もっちろん!」

男友「俺も行くぞ」

女「……流石に断れないわね」

男友「女さんの毒舌って努力の結果だったりすんの?」

■□■□■
□病室前

女「男くんのお母さん、こんにちわ」

男母「あ、女ちゃん……」

女「……? どうかしたんですか?」

男母「その、あのね」

女「男くんになにかあったんですか?」フルフル

男母「……どの道会わなくちゃ納得できないよね。入って」

男母「女友ちゃん、だったよね。しっかり女ちゃんを支えてあげて」ボソッ

女友「は、はい」

男友(……まじか)

————————ガラガラ

 

戸を開けると広めの部屋の真ん中にベッドがある。
横にある丸椅子にちょこんと妹さんが座っていた。私に向けられた眼差しはとても厳しいものだけれど、仕方ない。
彼が事故にあったのは私のせいだ。

上半身を起こしてこちらを向く男くんの姿を見てほっと胸を撫で下ろす。けれど、彼のお母さんの口ぶりでは安心するのはまだ早いのだろう。
いつもなら感謝すべき時でも毒舌が喉までこみ上げてくるというのに、この時ばかりはそんなことはなかった。
きょとんとした彼に近づいて、深く頭を下げる。

女「男くん、本当にありがとう」

貴方が守ってくれていなかったら私は死んでしまっていたかもしれない。
護ってくれてありがとう。
目を覚ましてくれてありがとう。
あの瞬間で咄嗟に庇ってくれた彼に、私はずっと付き添える。
想いの力で護ってくれた彼を、今なら心から好きだと言える気がした。

けれど。

彼から返ってきた言葉は私の予想を大きく裏切る。

男「……どちらさまですか?」

怪訝な顔をこちらに向けて眉間に皺を寄せる彼は不快そうな面持ちですらあった。

男友「おい、男、冗談キツいって」

男「いや、冗談じゃなくてさ」

男「冗談キツいと言えばさ、友人。女さんは来てないの?」

女「……え?」

女友「ちょ、ちょっと男くん、女ちゃんならここにいるじゃんか!」

男「……その人、女友ちゃんの知り合い? 僕が女さんを見間違えるはずないじゃんか」

足元の床が大きな音を立てて崩れていく気がした。

男母「女ちゃん、ちょっといい?」

女「……」

男母「元気出して、と言っても無理よね。とりあえず事情だけ説明しておくね」

女「……」

男母「昨日、女ちゃんが帰った後」

〜〜〜〜〜〜

妹『兄ちゃん、兄ちゃん!』

男『おお……妹、重い』

男母『こら、妹。男はまだ起きたばっかりなんだから』

男『うん、ちょっとボーっとする……そうだ。女さんは平気だったかな』

男母『貴方のおかげでカスリ傷一つないみたいよ』

妹『兄ちゃん、あんな奴……』

男『妹。怒るぞ』

妹『……だって』

男『それにだ、妹。たとえ女さんだろうと全く知らない人だろうと、目の前で危ない人がいたら助ける。そんな兄ちゃんの方が格好良くないか?』

妹『うん……うんっ』

男(咄嗟に助けられたのは女さんだったからなんだろうけどね)

男『母さん、携帯取ってくれるかな』

男母『いいけど、電話はだめだよ』

男『わかってるって。待ち受け見たいだけだから』

妹『あの女の画像だっけ』

男『どうして妹はあんなに素敵な人を嫌うんだか』パカッ

男『……あれ? 誰だ、これ』

妹『え?』ヒョコ 『なんだ、やっぱりあの人じゃん』

男『違うぞ。これは女さんじゃない』

妹『兄ちゃん、なに言ってんのさ。これは兄ちゃんの想い人だよ』

男『んん?』カチカチ 『……変だな、百枚以上あった女さんの写真が全部消えてる。代わりに知らない人の写真が』

男母『息子の将来が心配になってきたけどそれどころじゃないの? これ』

妹『お母さん……なんか兄ちゃん、変だよ』

男母『……お医者さんに聞いてみるね』

〜〜〜〜〜

男母「相貌失認。詳しい検査を勧められてる」

女「相貌……失認?」

男母「大まかに説明すると個人の識別ができなくなってしまう症状。それが今のところ、女ちゃんにだけ現れてるみたいなの」

女「バラバラのパズルピース……」

男母「?」

女「失認を題材にした本にあったんです。それはバラバラのパズルピースを突きつけられるようなものだ、って」

男母「……そうかもしれないね」

女「ふふっ、男くんの口調ってお母さん譲りなんですね」

男母「そう、かな?」

女「ええ、そっくりですよ。今日は帰りますね」

男母「女ちゃん……」

女「……」スタ スタ スタ

 

女「……」

女「……」

女「……」

女「……」

ポツ……ポツ……

女「……雨」

女「……」

ザァー……ザァー……

女「……」

女「……」

女「……」

女「……」

女「……嫌」

女「……」

女「……ぅ」

女「……ぅぁ」

女「……ぁっ」

ザァー……ザァー……


ザァー……ザァー……



区切ります。
特に決めてないですが多分、また明日。

□教室

女友「……女ちゃん」

女「どうしたの?」

女友「あの、えっと……」

女「男くんの調子は良好?」

女友「う、うん、もう少しで学校に復帰するって」

女「そう、よかった」

女友(どうしたらいいんだろう。友達が困ってるのに……でも、こんなことどうすれば)

女「」カキカキ

女友「なに書いてるの?」

女「ノートをとってるだけよ。私、書くのが遅いから」

女友(……それ二冊目じゃんか)

女「そう、もう少しで戻ってくるのね……」

女「……」ガタッ

女友「女ちゃん?」

女「……」スタスタスタ

生徒A「どうしたんだ?」
生徒B「なんだなんだ?」

ザワザワ ザワザワ

前に立った私は教壇を大きく叩いた。
昼休みでクラスメイトが揃ってるわけじゃないけれど、内容が内容だけにきっと話は広まるはずだ。
しんとした教室。
頭の中は不思議と爽やかなぐらいに透き通っている。

女「聞いてほしいことがあるの」

女「もう少しで交通事故にあった男くんが戻ってくるわ」

女「その点で一つ重要事項があるの」

生徒A「なんだ……?」
ザワザワ

女「彼は……」

女「彼は私を見ても私と認識できない障害がある」

ザワザワッ

女「詳しく知りたい人は相貌失認で検索すればいいわ。だけど私がみんなに言いたいことは一つだけ」

女「……」

女「彼にそのことを言わないで。彼の前でその言葉を口にしないで。そのことによって彼が苦しむことはないかもしれないけれど、混乱するには充分なはずだから」

女友(女ちゃんっ)ポロポロ

女「いい? これはお願いじゃない、命令よ。この命令を破った者には、私があらゆる手段を使ってこの世の地獄を見せてあげるわ」

生徒「「「「」」」」ゾォッ

男友(おいおい男……これで治らなかったらお前、最低だぞ)

男友(それにしても毒舌塗れの"氷の女王"が)

男友(あいつに"毒される"なんてな)

女「……」ペコリ

女「……お願い」


その一週間後、男くんは無事復帰した。

男友「よっ、元気か男」

男「まあまあかな」

男友「なんだよ、もっと元気だと思ったのによ」

男「だってさ、女さんとまだ一度も会えてないんだよ?」

男友「あー……それもそうか」

男「どうしちゃったのかな、女さん。実は事故の時上手く庇えなかったのかな」

男友「いやいやありゃ完璧だったぜ。俺の言葉を信じろ」

男「なんだよ友人、かっこつけちゃってさ。らしくないよ」

男友「もちろんこの優しさの裏には秘蔵AVの貸出を所望してんだよ」

男「ったく、いい加減全部一気に貸そうか?」


女友「女ちゃん、男くん来たよ」

女「そ、そうね」

女友「……どうしたの?」

女「ちょっと、ね。緊張しているのよ」

女「女友、傍にいてもらっていいかしら」

女友「もちろん!」

女「すぅー……はぁー……すぅー……行くわよ」ガタッ スタスタスタ

女友(注目が……見てんじゃねえよ! って言いたい。でも色んな意味でやっちゃだめだよねえ)

女「」

男「……?」

女「……すぅー……はぁー……」

男(……変な人だな)

女「は……」

男「……は?」

女「……初めまして、男くん」

 

男「初めまして」

女「私の名前は女っていうの」

男「……女? 女さんと同じ名前?」

女「……っ」

女「……そう、同姓同名なんてこともあるのね」

男友(ぶん殴りてえなこいつ)
女友(ひっぱたきたいなあ)

女「これ」バサ

男「ノート?」

女「貴方が休んでいた間に進んだ授業の分よ」

男「君がとってくれたの?」

女「そうね」

男「ありがとう。でもどうして? 喋ったこともなかったのに」

女「……っ。私は慈善家なのよ。奉仕が好きでたまらないの」

男友「どこの誰だよそいつは」

女「あら、さっきからスルメ臭いと思ったら発情期真っ盛りの猿がこんなところにいたのね。サーカスから脱走でもしたのかしら? いや、そう言ってしまってはサーカス猿に失礼ね。彼らは一芸に秀でてるもの。対して貴方ができることといえば四則演算が関の山かしらね」

男友「……俺の人生四則演算が限界か」

女友「まあまあ。今の女ちゃんは大変だから仕方ないよ」

女「さっきから妙にたんぽぽの綿毛が飛んでると思ったら貴方の緩い思考だったのね、女友」

女友「ひいぃっ、こっちにも飛んできたよっ」

男「ははっ。はははっ」

男「今の毒舌っぷり、女さんみたいだ」

女「……」ズキッ

女(ナチュラルの毒舌ってこういうことかしらね)

女(クリスマスの時が比ではないほどに、胸が……)

 

男「君はもしかして女さんの親戚さんなのかな」

女「いいえ、縁もゆかりもないわ。女さんと聞くと自分のことだと思ってしまうくらい」

男「そっか。そうだよね、そんな人がクラスにいたら僕が知らないわけが……同姓同名なのに、僕が知らない……?」

女「気にすることないわ。怪奇現象のようなものよ、その疑問は」

男「……そう」

女(聞いていた通りね。私に関する多くの処理できない疑問に対して、さほど疑うことがないようにされている。でないと脳がパンクしてしまうから)

女「長い休みだったのだからしっかりと勉強なさい」

男「うん、ノートありがとうね。頑張るよ」

女「」クルッ

男「これからよろしくね、女さん」

女「よろしく」

ここまで。

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