暴君「俺に逆らう奴は、どいつもこいつも死刑だ!」 (133)

< 寝室 >

暴君の朝は早い──



ザバァァァッ!

暴君「ぶっ!? ぶっ……ぶふっ」ペッペッ

メイド「朝ですよ」

暴君「メイド……俺に水をかけやがったのはお前か!」ビショビショ…

メイド「おはようございます、陛下」

暴君「おはよう、じゃねえよ!」

メイド「笑えませんか?」

暴君「どこの世界に朝っぱらから水ぶっかけられて笑う奴がいるんだ!」

暴君「ふざけやがって……死刑だ! 死刑にしてやる!」

メイド「かしこまりました」

暴君「よし、早く死ね! 今死ね! すぐ死ね!」

メイド「では、この果物ナイフで──」チャッ

メイド「この場で頸動脈を切り裂き、真っ赤な血を盛大に噴き出しながら」

メイド「地獄の亡者のような断末魔を上げて息絶えたいと存じます」

メイド「目が覚めたばかりの陛下には、少々ヘビーな見世物になるかもしれませんが」

メイド「陛下に重大なトラウマができようができまいが」

メイド「これから死にゆく私には関係ないことですので」

メイド「では──」スッ

暴君「ま、待て!」

メイド「なんですか?」

暴君「いや……たしかに朝っぱらから血しぶきを見るのはキツイ」

暴君「死刑は、やめだ」

メイド「まるで昼間や夜なら耐えられる、といわんばかりの口ぶりですね」

メイド「なにも、たかが召使い相手に見栄をはることはないかと」

暴君「うるせえ!」

暴君「とにかく……朝食だ!」

暴君「大食堂に向かうぞ」

メイド「かしこまりました」

メイド「陛下は健康な若者ですし、朝だから仕方ありませんが」

メイド「そのパジャマの下でそそり立っているものが落ちついたら、向かいましょう」

暴君「ほっとけ!」ビィーン

< 大食堂 >

暴君「なんだこれは!?」

暴君「パンと……味噌汁!?」

暴君「なぜ、パンと異国のスープ料理を混ぜる!?」

暴君「シェフを呼べ!」

暴君「シェフをこの俺自ら、断罪してやる!」

暴君「こんなふざけたメニューを出したらどうなるか、見せしめのためにな!」

シェフ「お呼びでしょうか、陛下」

暴君「お呼びでしょうか、じゃねえ!」

暴君「なんだこのふざけたメニューは!? 死刑にしてやる!」

シェフ「陛下、パンと味噌汁は非常にマッチするのですよ」

暴君「なんだと!? ウソをつくな!」

シェフ「では、パンをちぎって味噌汁につけて、食べてみて下さい」

暴君「ふむ……」チョチョイ…

暴君「…………」モグ…

暴君「こ、これは!?」

暴君「美味い!」

暴君「スポンジのように味噌汁を吸い込んだパンが──」

暴君「これまでにない、まったく新しい味を誕生させている!」モグモグ…

暴君「でかしたシェフ、死刑は取りやめだ!」



メイド「なんであんなメニューを出したのです?」

シェフ「昨夜、私の家の夕食が味噌汁だったんだが、作りすぎて余ってしまってね」

シェフ「捨てるのももったいないから、試しに出してみた」

シェフ「好評なようでよかったよ」

シェフ「では、我々は普通にパンとスープで朝食を取るとしよう」

メイド「そうですね」

< 謁見の間 >

大臣「陛下、国民との謁見のお時間です」

暴君「なんで俺が、下等な愚民と顔を会わさなきゃならないんだ?」

大臣「陛下がおっしゃったんじゃありませんか」

大臣「“愚民に直々に俺の恐怖を教えるため、毎日国民のうちだれか一人と会う”と」

暴君「あ~……そんなこといったっけな」

暴君「分かった、すぐ部屋に入れろ」

大臣「はい」

暴君(国民との謁見か……)

暴君(面白い……)

暴君(少しでも落ち度があったら、死刑にしてやる!)

国民「はじめまして、陛下……」ビクビク…

暴君(震えているな……まあ当然か)

暴君(君主と愚民が向き合って話をするなど、これまでなかったことだ)

暴君(落ち度を見つけたら、即座に死刑執行だ!)

暴君「なんでもいい、いいたいことがあったらいってみろ」

国民「で、では……」オドオド…

国民「税を……下げていただけないでしょうか?」

国民「どうやりくりしても、今の税では生活が苦しくて……」

暴君(来た!)

暴君「この俺を前に税を下げろだと!? なんという無礼千万!」

暴君「死刑だ! お前は死刑だ!」

国民「やっぱり……無理だったか……」ガクッ

暴君「無理だと!?」

暴君「なんという無礼千万!」

暴君「俺に無理などない! 愚民の分際で、俺を挑発するつもりか!」

暴君「いいだろう、税を下げてやろうじゃないか!」

国民「え?」

暴君「大臣、税を下げろ!」

大臣「よろしいのですかな?」

暴君「当たり前だ!」

大臣「ちなみにいつから下げますか?」

暴君「今からに決まってるだろ! ゴチャゴチャぬかすとお前を死刑にするぞ!」

大臣「分かりました。ではただちに」

暴君「愚民よ、お前の死刑は撤回だ。俺の恐ろしさを、世に伝える役目を与える」

国民(ありがとうございます、陛下……!)グスッ…

暴君「あの愚民め、俺の恐ろしさに怯え、涙を流していやがった」

大臣「しかし、よろしいのですかな?」

大臣「税を下げると臣下はともかく、陛下の生活レベルをも落とすことになります」

暴君「俺がちょっと食うモノが安くなったり、着るモノが安くなったりしたぐらいで」

暴君「弱っちまうようなヤワな君主に見えるのか!?」

大臣「見えませんな」

暴君「愚民に恐怖を与える楽しみに比べれば、その程度どうということはない」

暴君「ハッハッハッハッハ……!」

大臣「まあ、あなたがそれでいいとおっしゃるのなら、かまいませんが」

< 城下町 >

暴君「クックック……」

暴君「愚民どもをひれ伏させるために、町を視察だ!」

暴君「もちろん、俺に無礼を働いたり、俺に逆らう奴は、どいつもこいつも死刑だ!」

暴君「今日一日で何人を死刑台に送れるか……楽しみで仕方ない!」

暴君「行くぞ、メイド!」

メイド「はい、陛下」

果物屋──

店主「へ、へ、陛下!?」

暴君「お前ら愚民がしっかり仕事をしているか、視察に来てやった」

暴君「リンゴをもらうぞ」パシッ

ガリッ! ガリッ! ガリッ!

暴君「ふむ……」ムシャムシャ…

暴君(まずかったら死刑にしてやろうと思ったが、案外美味いな)ムシャムシャ…

暴君「見逃してやる」ポイッ

メイド「陛下、お代は? あとリンゴの芯は、きちんとゴミ箱に捨てませんと」

暴君「なんだと!?」

暴君「俺に向かって注意するだと! 死にたいのか、メイド!?」ギロッ

店主「そうですよ……陛下からお代など受け取れません」

暴君「なにぃ!?」

暴君「キサマ、俺がリンゴ一個の代金も払えないほどの、貧乏人に見えるのか!?」

店主「え!? いや、そうじゃなくて──」

暴君「払ってやる……リンゴの代金をな!」チャリン…

暴君「どうだ!? ぐうの音も釣り銭も出まい!」

店主「ちょ、ちょうどいただきました。ど、どうも毎度あり~」

暴君「ついでにこのリンゴの芯は、袋に入れて城に帰ってから処分してくれるわ!」

暴君「ハッハッハッハッハ……!」

メイド「すみませんね、お仕事のジャマをしまして」

店主「い、いや、かまわんがね」

< 町外れ >

少女「…………」ポツン…

暴君「なんだ、あの小娘は?」

メイド「あれは奴隷ですね」

メイド「買い手がつかなかったので、商人に捨てられたのでしょう」

暴君「ほう……無様なものだな」

暴君(ああいう不幸のどん底の小娘を、追い打ちをかけるように虐げてこそ)

暴君(俺の恐ろしさがますます下々に伝わるってもんだ)

暴君「オイ、小娘」

少女「は、はいっ!」

暴君「ほう、俺のことは知っているようだな」

暴君「ならば、俺の靴を舐めろ」

暴君「舐めて舐めて舐めまくって、地面に頭が埋まるくらい俺にひれ伏せ」

少女「…………」

暴君「どうした、なぜ舐めない!?」

暴君「俺の命令が聞けないってのか!?」

メイド「無駄ですよ」

メイド「この国には、奴隷は貴族の体に触れてはならない、という法があるのです」

メイド「貴族よりも偉い陛下なら、なおさらでしょうね」

暴君「なんだとォ~!?」

暴君「だれだ!? そんなふざけた法律を作ったのは!?」

メイド「存じ上げません」

メイド「陛下のご先祖のうちの、どなたかではないでしょうか?」

暴君「ふざけやがって……」

暴君「よし、決めた! 奴隷制は廃止だ!」

メイド「え」

暴君「俺の名で撤廃すれば、もはやだれも文句はいえまいし、いわせんぞ!」

暴君「あと、この小娘にはたっぷりと地獄を味わわせなければならん!」

暴君「メイド、コイツを拾って城でこき使ってやれ!」

メイド「かしこまりました」

< 城 >

暴君「町を歩いていたら、疲れた!」

暴君「大臣、ワインを用意しろ!」

大臣「城内では、昼間はワインを飲んではいけないという規則がありまして」

暴君「なんだと!?」

暴君「いったいそんな規則を作ったのはだれだ!? 死刑にしてやる!」

大臣「…………」

暴君「なにを黙っている!? 死にたいのか!?」

大臣「どうしても聞きたいですか?」

暴君「早くしろ! お前も死刑にするぞ!」

大臣「陛下です」

暴君「なんだと! どういうことだ!?」

大臣「先月のことですが、陛下が昼間からワインを飲んでる城兵を」

大臣「お叱りになったことがあったでしょう」

大臣「結局、陛下もワインを飲みまくって酔っ払って二日酔いになりましたが……」

大臣「よほど頭痛がひどかったのか、苛立ちが頂点に達した陛下が」

大臣「“城内でワイン飲むのは日が沈んでから!”と規則を作られたのでございます」

大臣「おかげで城内の雰囲気がだいぶ引き締まりましたな」

暴君「なんだと!? 俺が作ったのか!」

暴君「おのれぇ~、なんということだ!」

暴君「こうなれば、俺を死刑にしろ!」

大臣「分かりました。ではただちに」

< 処刑台 >

兵士「これは、こっちでいいですか?」ガタッ

大臣「うむ」

メイド「この部品は、ここでよろしいですか?」カチッ

大臣「うむ、オーケーだ」

暴君「…………」

大臣「お待たせしましたな」

大臣「あとはこのレバーを引けば、陛下の首はスパッと飛びます」

大臣「君主の命による死刑執行には、この最高級の処刑台を使うのですが」

大臣「陛下の代になってから、勅命による死刑執行は行われていなかったので」

大臣「セッティングに苦労しましたよ」

暴君「…………」

神父「陛下、最期になにか言い残すことはございますか?」

暴君(──ん?)

暴君(どうしてこうなったんだ?)

暴君(なんで俺は全身を拘束され、今まさにこの世から旅立とうとしてるんだ?)

神父「言い残すことは、特にないようです」

兵士「そうですか」

大臣「では、執行開始といきますかな」スッ

メイド「陛下、お元気で」

暴君「ちょっ……」

暴君「ちょっ、ちょっと待て! 待て待て待て待て待て!」

暴君「死刑中止! 中止! 俺は死にたくなぁ~~~~~い!!!」

大臣「分かりました。ではただちに中止しましょう」

暴君「ハァ、ハァ、ハァ……」

大臣「もう少しで陛下の首が飛ぶところでしたよ。大丈夫ですか?」

暴君「大丈夫なわけあるか!」

メイド「お水です」

暴君「よこせ!」パシッ

暴君「…………」グビグビ…

暴君「──っぷはぁっ!」

暴君(口が滑ったせいで、危うく死ぬところだった……)ハァハァ…

暴君「よし、決めた!」

暴君「これからは俺といえど、あまりホイホイ処刑できないようにしよう!」

大臣「いつからにしますか?」

暴君「今からだ!」

大臣「分かりました」

暴君「いや、待てよ」

暴君「だいたい俺が何でもかんでも決められるってのが、そもそもおかしい!」

暴君「なんたって、そのせいで死にかけたんだからな!」

暴君「これからは重大な事案に関しては、臣下も交えた話し合いで決めることとする!」

大臣「つまり、権力を分散すると……?」

暴君「そうだ!」

大臣「しかし、そうなると陛下の権威が──」

暴君「ふざけるな、その程度のことで権威が落ちるような俺ではないっ!」

暴君「ハッハッハッハッハ……!」

大臣「分かりました」

< 大食堂 >

暴君「ほう……今日はおかゆか」ベチャ…

暴君「たまには悪くないな」

暴君「これはキャビアか……」プチッ

暴君「ふん、悪くない味だ」

暴君「文句をつけてやろうと思ったが……今日は文句のつけようのない夕食だな」



メイド「なんですか、このベチャベチャなご飯は?」

シェフ「うっかりしていて、水加減を間違えてしまってね……」

シェフ「しかも、イクラをイカ墨が入ったバケツに落としてしまった」

メイド「陛下相手だからよかったようなものの」

メイド「もっとしっかりして下さいね、シェフ」

シェフ「面目ない」

< 寝室 >

暴君の夜は早い──



暴君「さて、寝るか」

メイド「おやすみなさいませ」

暴君「なにが、おやすみなさい、だ」ジロッ…

暴君「どうせ、ようやく横暴な君主の世話から解放されると喜んでいるんだろうが」

メイド「はい」

暴君「ふん、相変わらず馬鹿正直で無愛想な奴だ」

暴君「しかし、お前はいつも仏頂面でいるが、人生楽しくはないのか?」

暴君「たまには笑ったらどうだ?」

メイド「陛下こそ──」

暴君「ん?」

メイド「いえ、なんでもありません」

メイド「あなたが寝ないと私も就寝することができませんし」

メイド「陰口も叩けないので、とっとと寝て下さい」

暴君「寝るよ! 寝りゃいいんだろ!」ガバッ

暴君(くそっ……やっぱり死刑にする権限を手放さなければよかった!)

< 廊下 >

メイド「あ、大臣」

大臣「陛下は眠ったかね?」

メイド「はい、ぐっすりと」

大臣「まったく、あの方はいつもながらとんでもない方だ」

大臣「今日だけで高すぎる税の引き下げ、奴隷制の廃止、勅命死刑権の廃止」

大臣「さらには合議制の導入と──」

大臣「数々の改革を実行なされた」

大臣「しかも、邪悪な高笑いをしながら、な……」

大臣「私は国を批判できる立場ではないが──」

大臣「この国の歴代君主は、独裁者といえる方々ばかりだった」

大臣「むろん、陛下の父君と母君もそうであった……」

大臣「陛下は生まれながらに優しい気質を持たれており、期待されていたのだが──」

大臣「その陛下も若くして巡行中の事故で父母を亡くされたことで」

大臣「あらゆるものを憎むようになってしまわれた」

大臣「国も、臣下も、国民も……自分自身さえも、な」

メイド「…………」

大臣「我が国は君主に権力が集中されており──」

大臣「若き君主があれでは、もはやこの国もこれまで……と思ったのだが」

大臣「不思議なものだ……」

大臣「陛下は独裁ができぬ星の下にでも生まれたのだろうか?」

メイド「そうかもしれません……ですが」

メイド「このままでは意味がありません」

メイド「陛下がなにもかもを憎んだままでは──」

大臣「うむ……」

大臣「しかし、どうしようもあるまい」

大臣「陛下のあの哀しみ、憎しみ、怒りは尋常ではない」

大臣「我々如きが取り除けるものではないのだ」

大臣「我々は今までどおり、陛下をたしなめながら国をよりよくしていこうではないか」

大臣「それが臣下としての務めというものだ」

メイド「……はい」

─────
───

──

暴君の荒々しい日々は続いた──



< 城 >

暴君「なにい!? 食糧不足の地域をどうすればいいか、だと!?」

暴君「知るか! 奴らが餓死しようが知ったことか!」

暴君「パンがなきゃ、ケーキを食わせりゃいいんだ!」

暴君「ケーキがなきゃ、城に備蓄してるメシでもなんでも持っていきやがれ!」

暴君「しょせん愚民どもなんざ、君主にとっての泥棒なんだよォ!」

大臣「分かりました。すぐ手配いたします」

暴君「ハッハッハッハッハ……! 持ってけドロボー!」

< 廊下 >

暴君「こないだの小娘か。掃除をしているのか」

少女「はい」ゴシゴシ…

暴君「チリも残らないくらいキレイにせねば厳罰で──うおっ!?」ツルッ

ドスンッ……!

暴君「あだだ……! 拭いてない水が残ってるじゃねえか、ふざけんな!」

少女「すみません、すみません!」ペコペコ

少女「すぐにこのモップで自害して、陛下にトラウマを与えます!」サッ

暴君「わっ! やめろ、やめろ!」

暴君「まぁいい、今回だけは許してやる。しっかり掃除しろよ!」

少女「はいっ!」

暴君(くっ……この小娘も、どことなくメイドに似てきたな……!)

暴君(メイドめ、どういう教育してやがるんだ……!)

< 寝室 >

メイド「紅茶です」スッ

暴君「お、珍しく気が利く──」ゴクッ

暴君「ぶふぉっ!? ──げほっ、げほっ! なんだこれは!?」

メイド「赤唐辛子を大量に混ぜた“紅い茶”でございます」

暴君「ございます、じゃねえよ! ふざけんな!」

暴君「いっとくが、俺は厳罰に処するぐらいの権力は残してあるんだぞ!?」

メイド「笑えませんか?」

暴君「笑えるわけねえだろ!」

メイド「…………」

暴君「なんで黙るんだよ!」

暴君「なんだ、そんなに俺に笑って欲しいのか!? 笑顔フェチか!?」

暴君「ハッハッハッハッハ……!」

メイド「もうけっこうです」

暴君「そりゃこっちの台詞だ! 水持ってこい、水!」ヒリヒリ…

しかし──

< 隣国 >

側近「国王様、気になる情報が入ってまいりました」

側近「最近、隣の国で急速な改革が行われ、国全体が変わりつつあるとか……」

国王「ふむ……面白くない話じゃな」

国王「あの国は旧態依然とした独裁的な支配体制により」

国王「まるで時が止まったかのように、経済も文化も停滞しておったのじゃが……」

国王「今の若い君主により止まっていた時が動き出した、といったところか」

国王「ふぅむ……」

国王「放置しておくと、力をつけ、面倒なことになるかもしれん」

国王「今のうちに軍を出し、出そうな杭を打っておくべきじゃろうな」

国王「そうと決まれば出陣じゃ。出るぞ」

側近「ははっ!」

< 城 >

兵士「た……っ! た、大変ですッ!」ダダダッ

暴君「みっともないぞ! もっと落ちついてしゃべらんかァ!」

兵士「はい」

兵士「ただいま国境の兵から早馬があり、隣国の軍隊が我が国に侵入したとの報告が」

兵士「隣国の王が直々に兵を率いているという情報もありますね」

暴君「なにィ!?」

暴君「隣国が、え? 隣国、え? リンゴ食う?」

暴君「食ってる場合じゃねえだろ!」

大臣「落ちついて下さい、陛下」

大臣「隣国は強国で、我が国など眼中にもなかったはずですが……」

大臣「おそらく陛下が行った数々の改革が、気に食わなかったのでしょうね」

大臣「それで芽を摘むために、軍隊を率いてきたのでしょう」

暴君「つまり……隣国が攻めてきたのは俺が原因だってことか!?」

大臣「はい、陛下のせいです」

暴君「せい、ってのはやめろ!」

大臣「それで……隣国軍はどういうルートを通っているのだ?」

兵士「まっすぐ、この城と城下町に向かっているとのことです」

大臣「ふむ……やはり狙いは城や陛下、か」

暴君「狙われてるのは、俺か!?」

大臣「少なくとも、陛下の身柄も狙いのうちの一つでしょうな」

大臣「陛下はチェスでいうところのポ……キングですから」

暴君「今、ポーンっていいかけたよな、お前!?」

暴君「マズイな……このままじゃ俺の首がポーンと飛んじまう!」

< 寝室 >

バタバタ……

メイド「なにをしているのですか、陛下?」

暴君「決まってんだろ! 逃げるんだよ!」

暴君「早く逃げナイト、隣国の兵にビショップって斬られて」

暴君「キングである俺の首が、ポーンと飛んじまう!」

メイド「ビショップが強引ですし、できれば全ての駒を含めて欲しかったですが」

メイド「陛下にしては頑張りましたね」

メイド「しかし……臣下や民を見捨てて、逃げるのですか?」

暴君「当たり前だ、愚民どもがどうなろうが俺の知ったことか!」

メイド「…………」

暴君「そうだ、お前も来い」

暴君「世話係がいれば、逃亡生活で役に立つかもしれないからな」

暴君「いざという時、オトリにだってなるかもしれん」

メイド「陛下のご命令とあらば」

暴君「よし……それじゃ俺だとバレないように布をかぶって、と」バサッ…

暴君「ほれ、お前も被れ!」ポイッ

暴君「グズグズしてると隣国軍が攻めてくる。行くぞ!」

メイド「かしこまりました」バサッ…

< 廊下 >

少女「よいしょ、よいしょ」ゴシゴシ…

少女「今日は陛下が転ばないよう、水を残さないよう拭かなきゃ」ゴシゴシ…

少女「きっと今度は褒めてくれるはず!」ゴシゴシ…



暴君「ふん、廊下の掃除なんてできて当然なんだよ」ボソッ…

暴君「だれが褒めるかってんだ」ボソッ…

暴君「このまま気づかれないよう、とっとと城を出るぞ」

メイド「はい」ススッ…

< 城門 >

大臣「頼むぞ、お前たち」

兵士「はい!」

兵士「いいか、あんな人でも俺たちの国のトップだ!」

兵士「隣国に陛下を渡すんじゃないぞ! 最後まで戦うんだ!」

兵士「いちいちやかましいけど、色々な意味で憎めない人だからな!」

衛兵A「任せとけ!」

衛兵B「俺の故郷は、陛下に食糧を送ってもらって救われたしな!」



暴君「ふん、お前ら如きが隣国の攻撃を防げるかよ」ボソッ…

暴君「せいぜい君主のいない城を守ってろ」ボソッ…

暴君「このまま町を通って、逃げるぞ」

メイド「はい」ススッ…

< 城下町 >

ザワザワ……

シェフ「陛下が城を脱出する時のために、保存食用の材料を買わなくては……」

神父「神よ、私はどうなってもかまいませんが、陛下の命を守りたまえ……」

店主「陛下にまた、リンゴ買ってもらいてえなあ」

国民「ちくしょう、せっかく陛下のおかげでいい世の中になってきたのに……」



暴君「ふん、どいつもこいつもうっとうしいんだよ」ボソッ…

暴君「俺はお前ら如きに心配されずとも、自己防衛ぐらいできんだ、ボケが!」

暴君「メイド、あの出口から町を出るぞ」

メイド「はい」ススッ…

< 城下町出入口 >

メイド「さあ、出口です」

メイド「隣国は西にありますから、敵軍から遠ざかるには東に逃げるのがよろしいかと」

暴君「…………」

暴君「ったく、どいつもこいつも……愚民どもが……」

メイド「?」

暴君「しょせん奴らは、俺がいないとどうしようもない烏合の衆だ」

メイド「どうしたのですか、突然」

暴君「メイド、進路変更だ」

暴君「俺はまっすぐ西へ向かう」

メイド「はい!?」

暴君「なにうろたえてんだ」

暴君「ちょっと隣国の兵どもに挨拶しに行くだけだ」

暴君「隣国を追い返して、愚民どもに俺の恐ろしさを見せつけてやらねばな」

暴君「じゃあな。お前は城に戻るなり逃げるなり好きにしろ」

メイド「お待ち下さい」

暴君「なんだ?」

メイド「私もお供させて下さい」

暴君「ダメだ。今からやる作戦に、お前はジャマなんだ」

メイド「連れていかないというのなら、この場で自害します」

メイド「陛下に重大なトラウマを──」

暴君「あー、はいはい、分かった、分かった! 勝手にしやがれ!」

メイド「かしこまりました」

< 城 >

ドタバタ……!

大臣「──陛下はどこだ!?」

少女「どこにもいませんっ……! メイドさんも……」

兵士「大臣、城下町の住民から、布を被った二人組が町の外に出て行ったとの報告が!」

大臣「なんだと!?」

大臣(まちがいなく陛下とメイドの二人組だが……なにを考えておるんだ?)

大臣(逃亡? それならまだいいが、まさか敵軍のもとに?)

大臣(自暴自棄になったとしたら、あの陛下ならやりかねんぞ……)

大臣(ああもう、私にはどうしていいのか分からん!)

< 平原 >

暴君「あれが隣国軍か……」

暴君「数は……ざっと数百万ってとこか」

メイド「五千程度でしょうね、全軍ではないようです。我が国は格下ですから」

暴君「数が多い方が盛り上がるだろうが! 分かってねえな、お前は!」

メイド「この局面でサバを読む意味がまったく分かりません」

暴君「ったく……」ブツブツ…

暴君「まぁいい……作戦開始だ!」ゴソゴソ…

メイド「え!?」

隣国軍陣営──

ザッザッザッザッザッ……

国王「もうまもなく城下町じゃな」

国王「手始めに町を破壊して、我が国の力を見せつけるとともに」

国王「この国はしょせん後進国であると再認識させねばならぬ」

側近「場合によっては──」

国王「属国にするなり、あるいは滅亡させることもやむをえまい」

国王「周辺国からの非難はあるじゃろうが、理由などどうとでもなるわい」ニッ

側近「では、将軍。改めて前進命令を」

将軍「はっ!」

将軍「全軍、前進だ!」

将軍「…………」

将軍「む!? ──な、なんだあれは!?」

暴君とメイド陣営──

メイド「陛下!? なにをしているのですか!?」

暴君「見て分からねえのか、この無能メイド!」グググ…

暴君「パンツ一丁になって、ブリッジしてるんだよ!」グググ…

メイド「それは分かりますが、理由を説明して下さい」

暴君「いいか、よく聞け」

暴君「いくら俺でも数百万の兵には勝てねえ」

暴君「なら、大人しく負けを認めて帰ってもらうってのが利口ってもんだ!」

暴君「ゆえに無抵抗の証である裸! さらに白旗を意味する白ブリーフ!」

暴君「トドメに服従を意味する仰向け、つまりブリッジを決めたってわけだ!」

メイド「……頭が痛くなってきました」

暴君「頭痛だと……バカでも風邪は引くんだな! ハッハッハ……!」

暴君(よし……ブリッジのまま腕と足を動かして前進だ!)シャカシャカシャカシャカ…

メイド(これが一国の君主の姿とは──到底信じられませんね)

メイド(しかし、陛下は今はじめて成り行きではなく自分の意志で──)

メイド(国を守ろうとしている……)

メイド(ならば、私の取るべき道は一つです)

メイド「はっ!」バッ

暴君(なに、メイドもブリッジ!? しかも俺より美しいだと!?)

メイド「下着姿になってもいいのですが、あいにく今日は白じゃありませんので」

暴君「何色だ?」

メイド「紫です」

暴君「それじゃたしかに白旗にはならないな……仕方あるまい!」

暴君「行くぞ、ついてこい!」シャカシャカシャカシャカシャカ…

メイド「はい」シャカシャカシャカシャカシャカ…

暴君「うおおおおっ!」シャカシャカシャカシャカシャカ…

メイド「なかなか疲れますね、この運動は」シャカシャカシャカシャカシャカ…



将軍「ブリーフ一丁の男とメイドが、ブリッジをしながら近づいてきます!」

将軍「正直申しあげまして、新種のイモ虫みたいで大変気持ち悪いです!」

将軍「兵士たちも動揺しています!」

国王「なんじゃと!?」

側近「しかもあの男の方は……私の記憶違いでなければ、おそらくこの国の君主かと」

国王「なにい!? いったいなぜ、国のトップがそんなことを!?」

側近「わ、私に聞かれましても……」オロオロ…

国王(君主自らが敵兵五千の前にブリーフ一丁で現れ、ブリッジ……)

国王(どう考えても、なにかの罠じゃろう……そうに決まってる)

国王(あの二人を攻撃すると、なにかとんでもないことが起こる仕掛けがあるはず!)

国王(それに、栄光ある我が兵たちをあんな珍生物と戦わせたくない!)

国王(二重の意味で、相手にしたくない相手じゃ!)

暴君「腰と腕がいてぇ~……」シャカシャカシャカシャカ…

メイド「明日は筋肉痛でしょうね。私たちに明日があれば、ですが」シャカシャカシャカシャカ…



ザワザワ…… ドヨドヨ……

敵兵A「なんだよ……なんなんだよ、あれ……」

敵兵B「オイ、矢でも射てみろよ」

敵兵C「イヤだよ、絶対呪われるよ! 黒魔術の儀式かなんかだろ、あれ!」

隊長「なにをやっている! 相手はただの男女二人組だぞ!」

敵兵A「隊長、あれのどこが“ただの”なんですか! よく見て下さいよ!」

隊長「た、たしかに……」ゴクッ…

隊長(今の私の気持ちを率直に表すとするなら──キモイ!)

ザワザワ…… ドヨドヨ……

将軍「兵たちに怯えが伝染し始めています!」

将軍「国王様、どうか賢明なるご決断を!」

側近「国王様! こうしてる間にも距離が狭まっています!」

国王「うむむ……」

国王(あのブリッジ二人組にどんな意味があるのかさっぱり分からんし)

国王(仮にあれを兵たちに始末させたところで、むしろ我が軍の恥にしかならんよな)

国王(多少改革が進んだところで、この国が我が国に追いつけるはずもないし──)

国王(ここで兵を退いておけば、周辺国には演習のいきすぎ、ぐらいで説明はつく!)

国王(うん、決まった! よし、決まった! さすがワシ!)

国王「撤退じゃ! 全軍に撤退命令を出せ!」バッ

将軍「了解いたしましたァ! 全軍、撤退! あのブリッジ二人組は放置せよ!」

ワアァァァァァ……!

ザッザッザッザッザッ……!

ぽつんと残された二人──

暴君「…………」

メイド「…………」

暴君「どうやら……俺の“誠意”が通じたようだな」

メイド「……そういうことにしておきましょうか」

暴君「トゲのある言い方だな」

暴君「しかし、お前も物好きな奴だ。俺一人で十分だったものを」

メイド「どんな時もお供をするのが、メイドの務めですから」

暴君「ふん……。ただ、なかなかのブリッジだったことだけは認めてやる」

暴君「帰るぞ」クルッ

メイド「服を着るのを忘れないで下さいね」

暴君「いわれなくとも分かっている!」

< 城下町 >

ワアァァァ……! ワアァァァ……!

暴君「なんだこれは……やかましい」

メイド「城や城下町の方々が集まっていますね」

「陛下、バンザイ!」 「お帰りなさい!」 「ありがとう!」

兵士「ご無事でしたか! よかった……!」

シェフ「今夜は特に腕を振るわせて下さい!」

神父「おお、神よ……感謝いたします」

店主「またリンゴ買って下さいよ!」

国民「陛下……あなたにはまた助けていただきました! ありがとうございます!」

ワアァァァ……! ワアァァァ……!

メイド「みんな、陛下の無事を喜んでいますよ」

暴君「ふん」

大臣「陛下!」

暴君「大臣か。なにを青ざめている」

大臣「なにを考えているんですか、メイドと二人だけで隣国軍に乗り込むなんて!」

暴君「お前らが不甲斐ないから、挨拶しに行っただけだ」

少女「お部屋、ちゃんとキレイにしておきましたから!」

暴君「チリ一つでも残っていたら、大目玉喰らわすからな!」

ワアァァァァァ……! ワアァァァァァ……!

暴君「…………」

メイド「どうしました?」

暴君「いや……」

< 寝室 >

暴君「…………」

メイド「どうしました、さっきから黙ったままで」

メイド「シェフ会心の夕食にも、なにもリアクションせずに……」

暴君「…………」

暴君「……お前になら話してもいいか。ブリッジした仲だしな」

メイド「どうぞ」

暴君「さっき……町に戻って、市民どもが俺たちを迎えてくれた時──」

メイド(愚民ではなく、市民……?)

暴君「俺としたことが……」

暴君「こういうのも悪くないな、などと思ってしまってな」

暴君「フフッ……おかしくなっちまったのかな、俺……」

暴君「あれだけ、愚民愚民いってたはずなのにな……」

メイド「いいえ」

メイド「やっと心の底から笑って下さいましたね、陛下」

メイド「横暴で身勝手で、無理なバカ笑いを繰り返す陛下も嫌いではありませんが」

メイド「今の陛下の微笑みが、今までで一番ステキでしたよ」クスッ

暴君「な……! バカ笑いだと!?」

暴君「しかもお前こそ、笑ったところ初めて見たぞ!」

メイド「陛下が心から笑うまでは私も笑うまい、と心に決めていたものですから」

暴君「なんだそりゃ……意味あるのかよそれ」

暴君「だがお前こそ……笑ったツラも悪くないな」

メイド「ありがとうございます」

暴君「ま、ここらで──」

暴君「目指してみるのもいいかもな……“名君”ってやつを」

メイド「迷う方の“迷君”にならなければいいですがね」

暴君「なんだと!? お前は死刑だ! 死刑にしてやる!」

メイド「もう陛下にそんな権限はありませんよ」

メイド「もしあったとしても、私は死刑を受け入れたりはしません」

メイド「私はこれからこの国をよりよくしていく陛下に、お供したいのですから」

メイド「できるかぎり、ずっと」ニコッ

暴君「…………」

暴君「勝手にしやがれ!」



これこそが──

後にこの国の“中興の祖”とも呼ばれることになる、名君誕生の瞬間であった。




                                   ─ 完 ─

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2016年05月14日 (土) 20:50:55   ID: JMQBINrh

これイイねw
このスピード感すごく好きだわ。

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