千早「嫌いっていって・・・」(138)

千早「お疲れ様でした」
P「お疲れさま、千早。明日は13時からスタジオ借りれたから、12時ぐらいには事務所にきててくれ」
千早「分かりました。では、失礼します」
P「あぁ、気をつけてな」



千早「ただいま・・・」
誰もいない部屋に、ただボソっとただいまの挨拶をする。

あのプロデューサーが個別担当になってからもう半年、アイドルランクはDで止まっている。
原因は自分でもわかっている。歌以外にまともにやってこなかったからだ。そしてそれは自分の意思のため。
勿論、真面目にやってなかったわけじゃない。けれどきっと心の奥で抵抗意識があったのだろう。
千早「もっと歌が評価されれば」
でもそれすらも慢心でしかないのだろう。それに実際、アイドルというのは歌だけではない。踊ったり、自身を可愛くみせなきゃいけない
しかしそれが私には向いていない。きっとアイドル業そのものが向いていないんだと思う。
そんな私でも、プロデューサーはきちんと見てくれる、歌のレッスンを増やして欲しいというわがままにも付き合ってくれている。
不満なんかなにもない、むしろ感謝している。だからどうにかしてトップアイドルになって恩返しがしたい。

千早「ハァ・・・」
歌が手につかない。色々と考えすぎているんだろう、もう今日は寝るべきか。
時刻を見ると11時を回っていた。身支度を済ませて布団に入る。
いつからだろう、私があの人のためになにかしたいと思い始めたのは。
感謝という感情だけじゃない気がする。そう、もっと別な感情・・・それがどういうものかわからないけれど。
千早「何を考えているのかしら、もう寝ないと」
布団に潜ると、すぐに睡魔がやってきた

千早「おはようございます」

P「ん、おはよう千早。早いな、まだ10時だぞ?」

千早「えぇ、スタジオに行く前に少しでものどの調子を整えておこうと思いまして。プロデューサーも早いですね」

P「当たり前だろ、俺のとりえは最速出勤だ」

よく分からない自慢をしてプロデューサーはまた書類と向き合った。

P「今度の新曲なんだけどな」

千早「はい」

書類に目を通しながらプロデューサーが喋りかけてくる

P「ちょっとバラード風な感じの下地が少しできてるんだ、でもあまり暗くならないようにしてる。きっと千早に合ってると思うから」

P「といっても完成までまだまだ全然だからさ、かなりかかると思うんだ。それにまだ他の曲もあるしな」

千早「ありがとうございます。ふふっ、期待してます」

P「期待に沿えるように努力するよ」

千早「約束ですよ?」

P「あぁ、約束する、最高の出来栄えにするって。だから千早も、この歌で最高の音楽を届けてくれよな」

千早「はい、私も約束します。ですから、もし破ったらハリセンボン飲ませますからね」

P「千早なら本当にしそうで恐いよ・・・」

などど軽く冗談を交し合う。こんな風になったのもこの人のおかげかもしれない。

私も、期待してくれているプロデューサーのために歌以外も頑張らなくちゃ・・・

千早「・・・」

また変なことを考えている。誰かのためじゃない、自分自身のためにやるべきことなのに。

P「どうした?ボーッとして」

千早「ひゃぅ!」

突然声をかけられて変な声をだしてしまった。失態だわ・・・くっ

P「お、驚かせて悪かった。そんなにビックリするなんて・・・」

千早「い、いえ、少し考え事をしていたので」

そういってそそくさとレッスン場に向かう。

ここのレッスン場は今日行くスタジオよりも設備は整っていないが、それでも防音だけはしっかりしているので多少うるさくしても平気。

思いっきり声を出して歌えるというのは、何よりも気持ち良いことだ。

千早「んあー、んんっ、あーあー、どーれーみーれーどー」

スタジオでの収録が控えてて緊張しているのか、少し上ずっているように感じた。

妥協してしまうのは腑に落ちないが、ここで喉を痛めても本末転倒なので一旦終えることにした。

P「千早、そろそろ出るから、準備よろしくな」

千早「はい」

車に乗り込んで、プロデューサーが音楽をかける

千早「私の曲、ですか?」

P「あぁ、もっぱら千早の曲しか流してないな」

千早「なんだか、変な感じですね・・・」

自分の歌声が、ステレオから、自分の喉以外から聞こえてくるのは不思議な感じだ。

P「ん、嫌か?」

千早「いえ、嫌ではないんですが。なんというか少し恥ずかしいです」

P「いずれもっともっとそういう機会が増えるさ」

千早「・・・頑張ります。貴方にもっと沢山の歌を聴いてもらえるように」ボソッ

P「ん?何かいったか?」

千早「いえ、なにも・・・」

何故だか気分が高揚してしまっていた。

スタジオでの練習は、やはりあまり声に伸びが出なかった。

スタジオ練習の際、ヴォイストレーナーが着くのだが、その人が言うには心配ないらしい。

少し休めれば、また声に張りがでてくるとのことだ。

P「千早、お疲れ様」

そういって彼は私に酸素水を差し出してくれた。

千早「ありがとうございます」

P「なんだか今日は歌いにくそうだったな」

千早「わかりますか?」

P「当たり前だ、いつも聴いてるからな」

いつも聴かれている、それに恥じないようにしなきゃ

P「まぁムリはしないようにな。それじゃ事務所に戻るか」

千早「わかりました」

何故だかいつも直帰ではなく事務所に帰ってから自宅に帰るという経路がある。

本来なら無駄でしかない時間だが、プロデューサーと居られるのは嬉しい。

・・・また可笑しな思考に陥っていた。

今日はダメね。自宅への帰路についても、少し物思いに耽っていた。

翌朝


千早「もう秋ね・・・」

外を眺めてみると、葉が少し紅葉しているのが見えた

段々と肌寒くなってきたし、そろそろ秋物の服が必要かしら。

普段あまりオシャレには気を遣わないのだが、プロデューサーに「それはアイドルとしてどうかと」と言われてしまった。

春に備えて新しい物を折角なので探しにいくことにきめた。

家を出て20分ぐらい歩いていたところで、本屋にプロデューサーが入っていくのがみえた。

P「お、南野圭吾の新作がでてたかぁ。うーん、買いたい本があったんだが、どうするか・・・」

千早「お早うございます」

P「んお!ち、千早か、お早う。千早も本買いにきたのか?」

千早「えぇ、まぁ・・・」

あなたを追って中に入ってきた、なんて言えない。きっと笑われてしまう。

千早「プロデューサーも本をお探しで?」

P「あぁ、まあな。今日はやること終わって暇なもんだから本読んで潰そうと思って」

千早「そうですか・・・」

P「千早も暇なのか?」

千早「えぇ、今日は冬物の服を買って行こうかと。誰かさんに一アイドルとしてオシャレには気をつけろといわれたので」

P「ははっ、そっか。いい心がけだ」

少し皮肉っぽい言い方になってしまったが関係無かったみたいで、頭をポンポンとされる。

P「そうだ、もしそうなら昼、いっしょに食べないか?」

千早「い、良いんですか!?是非!!!」

思いっきり高ぶってしまった

P「あ、あぁ。そんなに喜んでもらえると嬉しいぞ」

千早「そ、その、お腹が丁度へっていたので・・・」

P「そうか、何処かいきたいところってあるか?」

千早「あなたと一緒なら、どこでも」

つい可笑しなことを口走ってしまった

P「へ?」

千早「あ!ぃぇ・・・その、プロデューサーのお好きな場所で」

P「ん、確か近くにスパゲッティ屋があった気がするから、そこでいいか?」

千早「はい・・・」

穴があったら入りたいとは、まさにこのことだろうか。

千早「結構落ち着いた雰囲気の店ですね」

P「だろ?お値段もリーズナブルでな。ということで今回は奢らさてもらうよ」

千早「いいんですか?」

P「まぁ、そのぐらいのことはな」

話しにひと段落ついたところで店員がやってきた。

店員「ご注文はお決まりですか?」

千早「私は、カルボナーラください」

P「んと、じゃぁ俺は・・・どうしよう、カルボナーラも久々に食べたいし・・・でもペペロンチーノもうまいしなぁ」

かなり迷っている、それなら

千早「あの」

P「あぁ、すまん、すぐ決めるから」

千早「なら私のと少し交換しません?それなら両方食べれるでしょうし」

P「え?あ、ありがとう、そうさせてもらう。じゃあボロネーゼで」

千早&店員(ペペロンチーノじゃねぇのかよ)


穴の画像探したけど板しかみつかりませんでした

店員「かしこまりました。カルボナーラとボロネーゼですね。少々お待ち下さい」

店員が去っていったところでたずねてみた。

千早「結構優柔不断なところがあるんですね?」

P「ん、あぁ・・・そうだな、よく言われるよ、あはは」

千早「でも仕事している姿をみても、中々そういった姿はお見受けしないのですが」

P「まぁ仕事はな、決断は大事だからさ。やっぱり俺だけのことじゃないし、しっかりしなきゃってなる」

千早「えらいんですね」

きっと、大切なところで頼りになる、こういったところに惹かれてしまったのか・・・

P「そ、そうか?ありがと」

店員「カルボナーラとボロネーゼです。ごゆっくりどうぞ」

千早「えっと、カルボナーラも食べますよね?」

P「あぁ、じゃあいただこうかな」

フォークにスパゲッティを巻いて、プロデューサーの前に差し出す。

P「えっと・・・」

つい何気もなしにしていたそれは、カップルがやりそうなこと、つまり食べさせるような形になってしまっていた。

千早「・・・・・・」

P「・・・・・・」

思考ガ停止シタ

千早「ぁ、あーん」

P「あ、え?」

千早「あーん」

プロデューサーも驚いているが、やってしまったことはしょうがない。ここはもう押し通すしかない。

P「あ、あーん」モグモグ

千早「美味しい?」

P「う、うん、美味しい」

千早「よかった」

なにも良くはないのだが、ひと段落がついたのでよしとしよう。

そう思ったところで彼が同じように差し出してきた

P「ほら、千早も」

千早「へ?」

P「いや、千早も食べるだろ?ほら、あーん」

千早「あーん・・・」

食べさせるほうも十分恥ずかしいのだが、食べるほうがもっと恥ずかしい気がする。

きっとこれはプロデューサーの復讐だろう。自分だけが恥ずかしい思いしたので私にもしてやる、みたいな。

気が動転して変なことを考えていた

P「美味しかったな、なんか、刺激的で」

千早「ええ、とても・・・」

少しの沈黙が流れる

P「そ、そういえば千早さ、服、買いにいくんじゃなかったっけ?」

千早「はい。あの、よろしければプロデューサーもご一緒にどうですか?服を選んでほしくて」

P「ん、あぁ、まぁ俺ぐらいの年なら、ファンの年齢層にも合致してるかもしれないし・・・」

千早「決して一緒に買い物をしたいわけじゃなくて、ただですね、私にはセンスがないので、みて欲しくて──

P「ち、千早?」

千早「ひぇん!」

あーまた変な声を出して驚いてしまった。というか何考えてるのかしら私。

P「えっと、ゴメン。何かブツブツいってたから、考え事でもしてたのか?」

千早「いっいえ、そうではなくてですね・・・」

しまった、口にまででてしまっていたのか。もう末期かもしれない。

P「何か悩み事なら相談してくれよな、プロデューサーなんだからさ」

千早「は、はい・・・でも悩み事とかではないので」

P「そうか、まぁそれならいいんだが」

いえるはずない、もしかしたら貴方のことを好きになっているかもしれないなんて、きっと冗談かなにかだと笑われて終わってしまう。

そうでなくてもプロデューサーとその担当アイドルという関係だ、そんなこと言ってしまうと終わってしまう。

それだけは絶対にいやだ、折角手に入れた唯一くつろげるこの場所を、絶対に手放したくなんてなかった。

ならこの想いを封じるだけ、そもそも、この想いはあってない様なものなんじゃないか?

P「で、どこいくんだ?」

でも、ドキドキしてしまう。この人といると、何故だかドキドキしてしまう。

しかし心地いいドキドキだ、少し安らぐような、そんな高揚感。

不意に彼に腕を掴まれた

P「なぁ千早、相談しにくいことなのかもしれな。でもな?頼ってくれよ、俺みたいなやつはさ、アイドルに頼られてこそなんだからさ」

千早「あ、ありがとうございます。でも、ホントに何もなくてですね。あ、あそこで買おうかと」

P「・・・・・・」

不安にさせても仕方がない、今こんなことを考えていても仕方がない。そんなこと、分かってはいるのだけれども・・・

P「なぁ千早、このスカートなんてどうだ?」

千早「こ、これはちょっと私には似合わないかと・・・」

P「そうか?千早は脚細いんだし似合うと思うけどなぁ」

千早「ならこのデニムのがいいかと」

P「千早!」

千早「は、はい」

P「もうデニムやらジーンズやらはもっているだろう?ならこういうのも試すべきだ」

千早「それは、その・・・」

一理あるかもしれない、けどこんなに脚を出すものは絶対私には似合わないと思うのに・・・

P「お、このワンピースもいいな。ブーツに似合いそうだし・・・でもこのレースもいいな」

この人、もしかしたら楽しんでないかな?いや、あくまでアイドルに似合うコーディネートを探しているのだろう

P「あ~でもこの服きせたら千早はずがしかるだろうなぁ・・・ふふふ。千早、これ、試着してみてくれよ」

ダメだこいつ、はやくなんとかしないと。

千早「よかったんですか?」

買い物袋を手に提げながら千早は言った。

千早「買い物にも付き合わせたうえに買ってもらうなんて」

P「まぁなんだ、これも仕事の一環ということで」

俺の趣味もはいっちゃてるしな、と笑いながらプロデューサーは付け加えた。

千早「その、ありがとうございます。嬉しいです」

P「ん、喜んでもらえたなら俺も嬉しいよ」

千早「それで、その、お礼といってはなんなんですが、今日の晩御飯、私の家でどうですか?」

誘ってしまった、何も考えなしに

P「え?い、いいの?」

千早「はい、プロデューサーがよろしければ、是非」

何を言ってるんだ、私が良いはずがない

P「んじゃありがたくご馳走になろっかな」

何で誘ってしまったの?分かってる、この気持ちに整理をつけるため

千早「では、帰りに食材を買って帰りましょう。何かリクエストなんてありますか?」

P「いや、千早の手料理ならなんでもOKだ!」

千早「ふふっ、それじゃ行きましょう」

本来なら嬉しいハズなのに、千早の足取りは重かった。

千早「どうぞ、中へ」

P「お、おじゃましま~す・・・」

プロデューサーは何故か忍び足で部屋に入る

千早「夕飯の準備をしてくるので、椅子にでも腰掛けておいてください」

P「あぁ、頼む」

P「・・・・・・」

女の子の部屋にしては、結構さっぱりしてるよな、千早の部屋って感じがする。

ダンボールがそのまま積まれてる、あのままでいいんだろうか・・・他にはCDラックとかコンポぐらいだな。

ふと、ベッドの横に立てかけてある一枚の写真が彼の目にとまった。

P「あれって・・・」

千早の小さい頃と思われる姿と、千早に少し似ている男の子が笑いながら写ってる。

千早も、昔はこんな笑顔で笑ってたのかな・・・

感慨に耽っていると、千早が声をかけてきた

千早「ご飯、できましたよ」

P「あぁ、ありがとう・・・」

今の千早からは想像ができないな、あの笑顔は

千早「?どうしました?」

P「いや、別に。いただきます!」

千早「頂きます」

P「んまい!」

千早「そうですか?よかったです」

正直なところ千早がご飯を作るイメージはあまりなかったけど

P「このオムライス、めちゃフワトロで美味い、美味すぎる!」

千早「ふふっ。大げさですね」

P「いや、ホントに美味しいよ」

そのままガッツイてしまい、あっさり完食してしまった。

その後は、クラシックを聴きながら、千早がいれてくれた紅茶を飲んでゆったりと流れる時間を楽しんだ。

千早「あの写真・・・」

千早が話し出す

千早「これを見て、どう思いました?」

ベッドのそばまで移動した千早は、写真を手にとって見つめながら尋ねた

P「どうって・・・」

千早「今の私と比べたら、可笑しいですよね」

可笑しいというか、この笑顔には考えにくいものがあった。

千早「私のとなりに写っているの、私の弟なんです」

やっぱりそうか、なんとなく似ていたからな

P「えと、弟さんは?」

千早「・・・弟は、優は、交通事故で死にました・・・」

P「・・・ゴメン」

重い沈黙が二人の間に流れる

千早「あの、こちらにきてもらえますか?」

千早がベッドの上に腰を下ろした隣に、俺も座った。

これをどうぞ、と渡されたイヤフォンを耳にかける

千早「昔は、いつもこうやって弟と二人で音楽を聴いていたんです」

千早「弟は私が歌うと、凄く喜んでくれて・・・だから、私はいつも歌った」

千早「歌が、今も私と弟を繋いでくれている、唯一の存在です」

千早がどれだけ弟さんのことを大切に思っているか、そしてそれと同じぐらい、歌を大事にしてきたか分かる。

だからこそ、このムリに笑おうとしている表情は、見るに耐えないものがあった。

その時、千早はそっと腕を絡ませてきた。そのまま、俺にもたれかかるようにして。

千早「私、プロデューサーのこと、好きです」

突然だった

千早「プロデューサーは私のこと、好きですか?」

何を言っていいのかわからない俺は、だんまりを決め込む。

千早「なにも、いってくれないんですね」

途端、千早は俺をベッドに押し倒して、上に覆いかぶさった。

千早「何か、言ってください」

P「・・・千早は、アイドルだ。それ以上でも、以下でもない」

千早「女として、みてください」

P「千早と俺は、アイドルとプロデューサーっていう関係だ、わかってるだろう?」

千早「それがなんだっていうんです?」

P「だから、もしそういう関係になったら、千早はアイドルを続けられない」

千早「なら私、アイドルを辞めます」

P「んなっ!!」

千早「それなら、いいのでしょう?」

P「いいわけあるか!そんなことしたら、歌が歌えなくなるんだぞ?」

千早「それでも、かまいません。あなたと一緒にいられるなら・・・歌なんていらない」

あまりのことにショックを受けた俺は、何も言い返せないでいた。

千早「いやなんです私は、大切な人と離れるのが。だから、ずっと一緒にいたい」

千早「アイドルをしている間なら、一緒にいれます。けど、いずれ私がアイドルをやめてしまったら、また私は一人ぼっちです」

P「でも・・・」

千早「なら、嫌いって言ってくださいよ」

P「そんなこと・・・」

言えるわけがない、言えるはずがない。だって俺も

千早「嫌いっていって・・・そしたら私、あなたを諦めます。大丈夫です。アイドルは今までどおり続けます。あなたも、普段どおり接してください。でももし」

やめろ、言わないでくれ。そんな千早は見たくない。

千早「いってくれないのなら私はアイドルをやめて──

P「嫌いだ」

ああ違う、俺が言いたいのはこんな言葉じゃない。

千早「・・・・・・」

P「アイドルを途中で諦めてしまう千早なんて嫌いだ」

アイドルをしている千早が好きだ

P「トップを目指して頑張ることをやめてしまう千早なんて嫌いだ」

頑張っている千早が好きだ

P「歌を捨ててしまう千早なんて、大ッ嫌いだ」

歌を歌っている千早が、大好きだ

畜生、思っていることって中々口にだせない。

千早「・・・・・・」

みると千早は、大粒の涙を流していた

千早「あひっ、が・・・とう」

ありがとう?やめてくれ、感謝なんてされる覚えはないんだ

千早「きち、んと、嫌いって、ひっぐ、言ってくれて、ぐすっ、ありが、うっ、とう」

そんなわけないだろ、そんなわけない

千早「きっと私、プロデューサーはそんなこと言わないだろうって、えぐっ、心のどこかで思ってたの」

千早「でも、そう・・・わかってた」

わかってたんなら、なんでそんなに泣くんだよ

千早「ごめん、なさい・・・ひぐっ・・・もう、忘れて?もう私、大丈夫だから」

千早「また、明日、から、よろしくお願いしますっ」

なにムリに笑ってんだよ

P「・・・もう、帰るな」

千早「ぁっ・・・」

好きな人に好きって言えない自分が、一番嫌いだった

なんだか眠くなってきたの・・・


ハッピーエンドのほうがいいですよね?

みんなありがとう!眠気がふっとんだの!

次から

翌日

千早「こんにちは」

学校が終わり夕方になって、千早は事務所にやってきた

千早「よろしくお願いします」

P「お、おう」

別段、変わったところはないように見えた

ただ一つ・・・近寄り難い雰囲気にはなってしまったが

P「今日はダンスレッスンだな」

千早「わかりました」

普段の千早なら、ボーカルレッスン以外は少し嫌そうな顔をする

昔に比べたら、まともになったとは思うけれど

でも、今の千早にはそんな感じは見受けられない。まるで、感情を失ってしまったように・・・目が冷たい

あの時のあの俺の言葉は正しかったかどうか、今でもわからない

千早「プロデューサー?」

P「ん?どうした」

千早「レッスン場に向かいましょう」

P「あぁ、そうだな」

それからというもの、千早のトップアイドルへの執念は凄まじく、どんなレッスンも意気込んで受けていた。

もともとの素質もあいまってか、半年足らずでBランクアイドルにまであがってしまった。

正直、俺のプロデューサーとしての腕はあまり関係なかったように思える、悲しいことに。

しかしそれでも、千早の目は冷たいままだった。もとからといえばそれで終わりなのだが・・・

そんな眼差しで歌う彼女は、氷の歌姫とまで言われた。番組などでも結構素っ気無い態度をとるので、ヒヤヒヤとさせられたがそれはそれでファンの心を掴んだらしい

常にストイックで一所懸命に歌い上げる姿は、女性ファンですらも魅了した。時々見え隠れする沸点の低さも人気とかなんとか

そんな話題性タップリな彼女が、Aランクに行くまでに時間が掛かるはずもなかった。

P「千早、Aランクおめでとう、本当におめでとう」

千早「ありがとうございます。プロデューサーのおかげです」

P「いや、俺は何もしてないさ、全部千早の実力だよ」

本当に、俺はなにもできなかった、何もしてやれなかった。

千早「いえ、私一人ではここまでこれなかったと思います」

嘘でもそう言ってくれると、少しは報われるかな・・・

P「千早をプロデュースしてもうすぐ1年、早いもんだな」

千早「えぇ、でもまだまだこれからです。もっと上を目指します」

きっと一人でももっと上を目指せるだろう。

でも今の千早は・・・楽しそうじゃない。だから、そう、俺は俺にできることをしてやりたい。

年末年始の番組に、千早は引っ張りダコとなっていた。

それから1月はあっという間にすぎていった。

多少、熱は冷めたのか、2月には千早がTV番組に出る回数は減っていった。

しかし千早はもともとそういうのが好みでないため、あまり苦には思ってなかったみたいで気にすることのものでもなかった。

むしろ千早がパーソナリティを勤めるラジオ番組『今日はナニを歌おうかな?』で、リスナーから推薦される曲を歌えることのほうが嬉しかったみたいだ。

やっぱり、千早には歌っている姿が似合っている。

2月も下旬に入り、ついにこの日がやってきた。俺はとうとう決心を決めた。

P「なぁ千早」

少し声が上ずる、平常心、平常心。

千早「なんでしょうか」

半年前のあのころの目と比べると随分と緩和された気がする。気がするだけだが。

P「明日のオフさ、暇?」

千早「えぇ、暇ですけど・・・」

P「そっか、ならよかった。うちでさ、千早の誕生日パーティをしようかと思うんだけど」

千早「誕生日パーティですか?」

うっ、なんだか少し嫌そうな目をしている。けどボク、挫けないもン。

P「あぁ、つっても二人っきりだけどな。まぁなんだ、もう色々と準備しちまってるし、来てもらえるとありがたい」

千早「はぁ・・・しょうがないですね。準備してくださってるのなら、行かないわけにもいきません」

よかったぁぁああああああ。

P「よかったぁぁああああああ」

千早「・・・・・・」

しまった。つい心の声が漏れてしまった。変な目で見られた。

千早「ふふっ、あなたの誕生日でもないのに、楽しそうですね?」

P「ま、まぁいいじゃないか、それじゃ明日な。もう遅いし、気をつけて帰れよ」

千早「はい、それでは失礼します。お疲れ様でした」

P「んっ、お疲れ」

言えるだろうか、半年前いえなかった言葉を今更・・・

あまり深く考えても、明日がこないと始まらないしな。まだ準備もあることだし、今日は早めにあがろう。

なんだかソワソワする・・・

時刻は午後6時、日がのびてきたとはいえもうこの時間は暗い。さらにオフということもあいまってか今あまりこの事務所には人がいない。

家の場所を教えてなかったので千早には一旦事務所にきて、そこから俺の家にきてもらうような方法をとった。

事務所のドアが開いた

千早「こんばんは」

P「こんばんは、んじゃ早速むかいますか」

千早「はい」

車に乗り込んで音楽をかける。ステレオから、千早の歌声が聞こえる。

何を思うわけでもないが、物思いに耽ってしまっていたらもう家についてしまった。

P「どうぞ」

千早「お邪魔します・・・」

P「まぁなんだ、あまり盛大なものではないけど」

千早「いえ、嬉しいです」

P「そっか、まぁじゃあ早速始めるか」

あんまりこういうの得意じゃないけど、と付け加えて

P「千早、誕生日おめでとう!!」

そういい放つと同時にクラッカーを千早目掛けて発射する。

当人は少し驚いていたが、ありがとうございます、という礼は忘れなかった。

P「それじゃ食べよう」

千早「頂きます」

P「いただきます」

ケーキを食べ終えてひと段落ついたところで、俺はベッドに腰掛けた。

P「なぁ千早、ちょっとこっちきてくれないかな」

千早「なんでしょう・・・」

P「コレを渡したかったんだよ」

ベッドの横に立てかけておいたファイルぐらいの大きさの包みを渡す。

千早「これは?」

P「まあ開けてみてくれよ」

千早が少しずつ梱包を剥がしていく。

千早「これって・・・」

P「千早、俺からの誕生日プレゼントだ。改めておめでとう」

千早の手にはCDと楽譜が握られていた。

半年前に、俺が作っていた曲だ。今月に入ってやっと完成した。

千早「あの・・・」

P「半年前にな、色々とあったけど覚えてるか?」

千早「・・・はい」

P「その時にさ、約束しただろ?千早に似合う、最高の歌を作るって」

P「そして次は千早が約束を守る番だな」

千早「えっ?」

P「忘れちゃったのか?この歌で皆に、最高の音楽を届けるっていう約束」

千早「・・・しましたっけ?」

P「おいおいマジかよ・・・」

千早「ふふっ、嘘です。覚えてます」

冗談を言う千早は、あの頃の優しい目に戻っていた。

今も、あの頃と同じ気持ちでいてくれてるだろうか・・・

P「千早」

千早「はい?」

そっと抱きしめる。壊れないように、離さないように。

千早「えっ、あの」

P「好きだ」

あのときいえなかった言葉

千早「あぅ・・・」

P「大好きだ」

今なら何度だって言える

千早「で、でもっ・・・」

P「もう自分の気持ちに嘘はつかない、愛してる」

なんかもっと良い言葉なかったのかな。でもこの言葉しか他に見つからない。

千早「うぁっ、ぐすっ。」

見ると泣いていた

P「え!ちょ、あ、ゴメン嫌だった?」

千早「いゃ、なんかじゃ、ありません・・・!ひっく」

P「な、なんで泣いてるの・・・」

千早「泣いてなんか、うっ、いません!」

P「いや、でも」

千早「嬉しくて泣くときも、あるんです!」

泣いてないって言ったじゃないですか・・・

そのまま千早は俺の胸に顔を埋めて、またポロポロとなき始めた。

もう二度と離さないって決めた。何があっても一緒に居るって。

P「ずっと一緒だから・・・」

千早「約束、ですよ?」

P「あぁ、約束だ。破ったら、ハリセンボン飲んでやるよ」

千早「本当に飲ませますから」

P「いや、えっと・・・」

千早「ふふっ」

千早が笑い出した。

P「な、なんだよ」

千早「いえ」

ニッコリと笑う。

千早「大好き」

あぁ、俺も大好きだ。

────────
──────
────
──


DJ「続いて今週のオリコンチャート1位の発表です」

DJ「なななななんと!4週連続トップ、氷の歌姫と呼ばれた如月千早の曲!」

DJ「その功績は凄まじく、Sランクアイドルまで一気に上り詰めたそうですね。しかも、類を見ない売り上げだとか」

DJ「しかしながら彼女はこの曲を最後にアイドルをやめてしまわれたのです・・・非常に残念の限りです」

DJ「でも、きっとどこかで、今も大好きな歌を歌っているのかな?」

DJ「さて、今週はこの曲に乗せてお別れです!如月千早で・・・



            『約束』

これで終わりです
こんなSSにお付き合いありがとうございました!千早が皆に愛されてるって伺えますね

えっと

僕も好きです

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