貴音「終わらぬ旅路に終止符を」 (64)


今宵は一人の月見

成長すれば、月見酒

しかしながらお酒を飲まなければいけないわけではありません

「街は、まだ起きているようですね」

月明かりに照らされる街は

0時を回ったというのにも関わらず

どこかでは明かりがつき

どこかでは笑い声が響いていました

「良き月夜です。もしも今宵が満月であれば、なお良きものでした」

そう独りごちて窓を締めると

途端に部屋は静寂に包まれてしまいます

寂しいものですね

夕刻まではあなたの声が聞こえていたというのに

いえ……聞こえていたからこそ、

静寂であるべき時を寂しいと感じてしまったのでしょうか

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季節は8月

夜の冷めている時刻とはいえ

布団をかぶるような余裕はありません

しかし私はあえて潜り込みました

瞳を開いていては、あなたが見えるのです

瞳を閉じても、あなたが見えるのです

そして鼓動がわずかに早まってしまうのです

「これは……なんなのでしょうか」

理解し得ぬ何か

されどこれが悪しきものではないと

なんとなく解ってはいました

「明日にでも……訊ねてみる事といたしましょう」

3重の闇が私を覆い尽くし

抱かれるようにしてようやく、私は眠りにつくことができました


翌朝

相も変わらず照り続ける太陽の下

私は事務所へと向かっていました

夜の街とは違い

家々の明かりはなく、太陽のみが私達に光を注いでくれます

しかしこうも熱されると

少々嫌気がさしてしまうもの

「……あいすくりぃむでも」

途中の買い食いは控えるように。と

プロデューサーから仰せつかっているものの

あの冷気

あのひんやりとした刺激の誘惑には

勝つことなど不可能でした

コンビニへと入ると、涼しい風が正面を

蒸し暑い風が背面を襲い

その不快感に思わず顔を顰めてしまいました


「あれ、貴音さん?」

しかしそのような不快感は

私の変装を一瞬で見破る強者を前に

すぐにかき消されました

「貴音さんですよね?」

「いかにも、私は四条貴音です」

帽子とメガネで顔を変えた少女は

私がそう答えるや否や嬉しそうに微笑みました

「よかったぁ、間違えたらどうしようかって思っちゃった」

「………………」

馴染み深い声

しかしながら似た声など多きもの

この者は一体誰なのでしょうか

私の疑問は声になる前に答えを受けました

「私、判ります? 春香ですよ。春香」

「おや、そうでしたか」

一見では判りかねる

素晴らしき変装術。見習わなければ


「春香はなぜこちらに?」

「暑かったから休憩を兼ねて飲み物でも買おうかなと」

真、正直なものですね

もっともこのようなことで隠し事など

不要なものですが

「貴音さんは?」

「私はあいすくりぃむを買いに――」

気づいたときには遅く

春香は少し悩ましい表情をしていました

それもそのはず

私の買い食い抑制をプロデューサーより聞いたとき

春香は傍にいたのですから

「……1つだけ。ですよ?」

「春香、貴女は食すつもりはございませんか? いえ、持っていてくれるだけで良いのですよ?」

その理由は買い占めてしまうから。だそうで

購入数を制限されてしまっているのです


「流石にアイス2つは止めた方が良いんじゃないですか?」

「し、しかし……春香。あれを見てください」

会計のところに飾られためにゅう表

そこに表示された

めろんそふとと、ばにらそふと

機器の都合上2つで1つは不可

しかし、期間限定ゆえに

今頼まねば失くなってしまう可能性もありました

「春香、人を救うと思い、目を瞑っては頂けませんか?」

「貴音さんって、期間限定とか見たら買っちゃうタイプですよね?」

春香は苦笑し

なんと、会計へと共に並んでくれたのです

「2人で半分ずつですからね?」

「ええ、約束いたしましょう!」

「そ、そこまでいかなくても……」

良き友に巡り合えたこと、真、我が生涯に感謝せねばいけません


「春香、ありがとうございます」

「あははっそんな気にしなくていいですよ」

暑い中

2人で歩きながら食すあいすくりぃむはとても美味でした

「誰かと食事をすると、一層美味しく感じると聞いたことがあります」

「はい?」

「朝餉と夕餉も誰かと食すことができれば、さらに美味しいのでしょうか?」

「……きっと、美味しいですよ」

春香はわずかに表情に影を落とし答えてくれました

暗い理由は私が一人暮らしだと知っているからでしょう

昨日初めて我が家に招いた時も

春香は心配そうにしていましたからね

一人で……寂しくはないですか? と


「あの、貴音さん」

「はい?」

春香は立ち止まり

私の顔をじぃっと見つめ

意を決したように口を開きました

「また、行っても良いですか?」

「ええ、もちろんですよ」

答えはきっと正解でしょう

春香は嬉しそうに笑ってくれました

「あ、貴音さん」

春香は気づいたように名を呼び

そしてハンカチで私の口元の拭うと

夏の日差しに負けない、柔らかで明るい笑顔を見せてくれたのです

「あははっ、つけっぱなしでしたよ?」


その笑顔を見た瞬間

昨夜のように鼓動は加速し

まるで写真撮影を行ったかのように

頭の中にはその笑顔だけが残りました

「春香……」

「貴音さん?」

春香は私の様子がおかしいと気づいたのか

顔を覗き込んできましたが

しかし、逆効果のようでした

余計に頭が春香に侵食されていき

動悸も鎮まるどころか激しくなってきてしまい

終いには、体が火照ったように熱くなりました

「貴音さん、熱でもあるんですか?」

春香のあいすによって冷えた手が私の額に触れ

心地よく感じるのと共に

私達の間にほとんど距離がないことに気づき

体温がさらに上がっていくのを感じました


「春香、離れてください」

「え?」

「今すぐ、離れてください」

春香を突き放すようにして離れて目をそらす

これ以上密着し

春香を思い続けていたならば

きっと、良からぬ事になっていたでしょう

「あの、大丈夫なんですか?」

「しばらく休めば問題はありません」

昨夜も似たようなものでしたが

直ぐに眠ることができましたから

「とりあえず事務所に向かいましょう」

「は、はい」

春香の不安そうな声はあまり聞きたくない

そう思った私は疑問をぶつけ

悩みを解消するとともに、気を紛らわせることにしたのです


中断


「ところで春香」

「はい?」

「春香を思うと動悸がして頭の中まで貴女で一杯になってしまうのです」

隣に並んでいたはずの春香が後方に消えていく

のではなく

春香は唖然としたまま立ち止まってしまったようです

「春香?」

「……………」

立ち止まり振り向いた私と見つめ合う春香は

途端に顔を赤く染め上げ首を横に振りました

何か悪いことを訊ねてしまったのでしょうか?


「た、貴音さん……それ冗談ですか?」

「ええ真のことです。して、ご存知なのですか? この動悸、この思考の意味を」

春香は私の問いに俯き気味になり

再び私を見つめたときは

どこか申し訳なさの見える表情でした

「それは、その……私には言えません。ごめんなさい」

「……そうですか。謝る必要などございませんよ。また、誰かに訊ねることに致します」

本当の申し訳ないといったご様子

やはり私の勘違いなのでしょうか?

この感覚は良きものではなく、悪しき感覚だった。と?

いえ、早計は失敗のもと

他の者の答えを聞いてからでも速はないでしょう

しかしその後

春香は無口になってしまい

明るい声が聞けず真……残念でなりませんでした

>>15訂正


「た、貴音さん……それ冗談ですか?」

「ええ真のことです。して、ご存知なのですか? この動悸、この思考の意味を」

春香は私の問いに俯き気味になり

再び私を見つめたときは

どこか申し訳なさの見える表情でした

「それは、その……私には言えません。ごめんなさい」

「……そうですか。謝る必要などございませんよ。また、誰かに訊ねることに致します」

本当の申し訳ないといったご様子

やはり私の勘違いなのでしょうか?

この感覚は良きものではなく、悪しき感覚だった。と?

いえ、早計は失敗のもと

他の者の答えを聞いてからでも遅くはないでしょう

しかしその後

春香は無口になってしまい

明るい声が聞けず真……残念でなりませんでした


事務所に着くと

春香は一転して明るい声で挨拶をしましたが

残念なことに事務所におられるのは小鳥嬢とプロデューサーだけでした

「おはよう、春香、貴音」

「おはよう、春香ちゃん、貴音ちゃん」

「おはようございます」

やはり、物足りないものですね

亜美達の元気な声や

律子嬢の叱る声……久しく耳にしておりません

「2人が一緒に来るなんて珍しいわね。どうしたの?」

「すぐそこのコンビニで偶然会ったんですよ」

「へぇ……」

「プ、プロデューサー! 私はあいすを1つだけ購入しただけです。制限は守っていますよ」

プロデューサーに領収証なるものを渡し

買い物の件は事なきを得ることができました


「おや、春香はこのあとすぐに仕事なのですか」

「え、あぁ、はい……」

近寄ることさえ

春香は受け入れてくれなくなってしまいました

やはり、対象が春香であったことは間違いなのではないでしょうか?

春香でそのような現象に陥るのであれば

他者に訊ねるべきであったのでは……と今更ですね

「おーい春香。仕事行くぞ」

「は、はーい! ごめんなさい貴音さん」

「ぁ、はる……か……」

貴女が去っていく

その後ろ姿に思わず手を伸ばしてしまうのもまた

動悸や思考の支配と同じ理由によるものなのでしょうか?

であればやはり悪しきものなのでしょう

でなければ、形容し難い悲しみなど……感じるはずもないのですから


「小鳥嬢」

「貴音ちゃ……え、貴音ちゃん? どうしたの一体!」

小鳥嬢は私を目にすると

慌ててハンカチを貸してくださいました

どうやら……私は涙を零してしまっていたようです

「解りません。解らない事だらけなのです……小鳥嬢」

「わ、私でよければ教えてあげるから。ね? 泣かないで」

春香に件の疑問をぶつけたことで

彼女の言動は私に対して控えめになってしまいました

ゆえに、嫌われてしまったようにしか思えず

堪らなく悲しかったのです

全てはこの疑問のせい……

「お願い致します。どうか、私の疑問にお答えを」

私は小鳥嬢に

春香に話したのと全く同じように伝えた


「それはね、恋をしているの」

小鳥嬢はそう、優しい声で答えてくださいました

言われてみれば

役の者達の台詞にて

恋はどきどきするものであると

記されていることがありました

「そうですか……これが、恋なのですね」

「それはそうなんだけど……」

小鳥嬢は何やら言いにくそうに

しかしながら言わなければいけないと思ったのでしょう

大事なことを教えてくれたのです

「貴音ちゃんはね。春香ちゃんにその意味聞いた……つまり、告白しちゃったのよ」

「告白……ですか? 私が、春香に?」


そう

それは人々が愛を伝え合う儀式のようなもの

どらまなどの役で告白を受けたりすることもあり

私は、その行動の結果がどうなるのかを知っていました

1つ

受け入れてもらえたならば

互いに手を取り合い、深く結ばれることでしょう

2つ

受け入れてもらえなければ

互いの距離は開き、疎遠になることでしょう

私と春香は

誰に聞こうと、誰が見ようと

明らかに後者であることは明白でした


それが解ってしまった途端

再び涙が溢れ出してきました

「私は、私はっ……」

「た、貴音ちゃん……」

小鳥嬢は私を抱きしめ、黙って頭を撫でて下さいました

図らずとも思いを告げ

その結果受け入れてもらえずに

疎遠になってしまう。それが私の末路

何たる不幸

何たる惨劇

なにゆえこのような厳しき道を歩かせるのでしょう

春香の笑顔に心を癒され

春香の優しき声に心躍らせる日々は唐突に終わりを告げてしまった

あまりにも、あまりにも……惨酷ではありませんか

小鳥嬢の暖かさに包まれながら

私は枯れ果てるまで、涙を流してしまいました


今日はここまで

書き方をちょっと変えたので
読みにくかったりした場合は指摘いただけると助かります

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