春香「報われない恋に手向けの愛を」 (61)


 美希「報われた恋に手向けの花を」

  の春香視点


つまり閲覧注意

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目覚めの悪い朝

自分で認めたとは言え

こうも心に来るものだとは予想だにしていなかった

「……………」

見上げたままの天井は

カーテンの隙間を縫って入り込んだ光が眩しかった

今日は美希がプロデューサーさんと買い物に行く日

私にはあんなにもはっきりと言い切ったくせに

いざ本人を目の前にすると途端に怖気付いて

デートに誘えばと言ったにも関わらず

向こうから誘われてるのだから残念な人だ

なんであんな人に恋をしたのか

開き直ってみれば不思議でならない


まぁ、そんなのは嘘で

今でも未練たらしく恋焦がれているからこそ

美希と買い物デートする日である今日は

朝からこんなにも体が怠いわけだ

「……美希を好きなんだ。か」

思えば私から好きだなんてことは一言も言っていないわけで

これはもはや不戦敗に等しく

なんて惨めな事なんだろうと

今更ながら涙がこぼれてくる

プロデューサーさんもプロデューサーさんだよね

お前になら相談できる。なんて

何寝ぼけたこと言っちゃってるんだか

殴ってやろうかって思った私よ。殴らせなかった私を殴って

悲しい涙を、痛い涙に変えてはくれないかな?

……ごめん無理だよね。拭うのに忙しいや


今日はクッキーでも焼いてお祝い。なんて昨日は思ってたけど

時間的にはもう無理みたい

というかそもそも

そんな気分ではない

鏡の前で笑顔の練習をするなんて

今まで生きてきた中で初めてだよ

「えへへっ、天海春香です!」

酷い顔

引きつった笑顔

こんなのじゃ事務所に顔を出すなんて無理

「今日、休もうかな……」

いや、その選択はない

行くか行かないかの二択

私は行く方を選択した


防音設備なんて物のない事務所は

中の声が外に漏れてくるのを防ぐことはできず

「あはっ、小鳥には内緒なの!」

なんて聞きたくない声が聞こえてしまう

今日は厄日だ

ううん、もうずっと厄日だよ

私このまま死ぬんじゃないかな?

それだけは勘弁して欲しい

私は美希とプロデューサーさんの恋を見守ると決めた

あのダメダメで残念なプロデューサーさんの手伝いをすると決めた

だからこそ、逃げずに今日もここに来たんだから

「ふぅ……よし」

勢い良く息を吸い込み

ドアノブに手をかけて、開け放つ


「おはようございまーす」

「あっ春香」

「美希だ~っ久しぶり~」

眩しい笑顔だった

私に会えたことを喜んでくれてるんだなぁと

見ただけでわかる

どうやら精一杯の笑顔は上手くいっているようで

美希も小鳥さんも

疑っている様子はない


「…………………」

不意に、美希が黙り込み

私をじぃっと眺めた

「ん? どうかした?」

「春香には負けないの」

「え? 何の話?」

「春香は恋愛漫画における耳の要らない男主人公なの」

眺めている間、色々と考えていたのか

ちょっとむっとしたり、にやっと笑ったり

小鳥さんの妄想癖が移ったんじゃないかと思って

正直、少し喜んだ

そうなればプロデューサーさんが引いてくれたりしないかなーって

……私、最低な女だ


「それってかなり馬鹿にしてたりする……?」

自分への怒りなのか

わずかに声が低くなった

「あはっ、ただの冗談なの」

でも、美希は気づかなかったようで

ただ、無知の笑みを浮かべていた

「春香、せっかくだけどミキはもう行くの」

「そっか……もっとゆっくり出来たらいいのにね」



ゆっくりしないで

今すぐ目の前からいなくなって欲しい

私、今すごく滅茶苦茶なの

なんて言ったらいいのかな、これ

喜怒哀楽が入り乱れてて……壊れそうだった


「春香ちゃん、美希ちゃんが元気な理由知らない?」

「はい?」

そんな私に

空気を読んでくれずに話しかけてくるのは小鳥さんしかいない

でも、それがありがたかった

黙り込んでいると

思考はどんどん悪い方向に

感情はどんどん定まらなくなってしまう

だから、話しかけてくれることに感謝した

でも、美希のことに関してだったのは頂けない

「知りませんよーだ」

「知ってるって言い方だわ! 吐いて貰うまで仕事してあげないんだからねッ!」

「あ、そういえば律子さんに小鳥さんが」

「は、春香ちゃん。止めて」

「あははっ、冗談ですよ」

小鳥さんを弄ると楽しいっていう亜美たちの言い分が解った気がした


「でも気になるわ」

「何がですか?」

「美希ちゃんのこと。張り切るのは良いけど……何があったのかなって」

「ふふっ、明日になれば解るんじゃないですか?」

プロデューサーさんには

買い物中に何かアクセサリーでもプレゼントするように言っておいたし

美希のことだから

どうせ私に対して見せびらかそうとするはずだから

それなら身につけてくるはずだからね

……はぁ

それがわかってるのになぜ薦めたのか

今から胃が痛いよぅ……

早く新しい人でもみつけて綺麗さっぱり忘れたいなぁ


撮影場所へと向かった私は

先に入ってきていた貴音さんが着替えを終えた頃に

ようやく控え室にたどり着いた

「おはようございます、春香」

「おはようございます」

「……春香」

「はい……はい?」

思わず二度聞いてしまうのも無理はない

久しぶりにの再会だというのに

貴音さんは私の方に物乞いのように手を差し出してきたのだから

「な、なんですか?」

「久しく、春香のくっきぃを口にしておりませんので」

あぁ、そういうこと

本当は作ろうと思ったんだけど作ってないからここにはない

「今日は作ってないんですよ……明日。明日作ってきますから! ね?」

「うぅっ……春香はいけずです」


「私は明日、春香と会えるような余裕はないのです」

「じ、事務所にみんなの分を置いておきますから」

「……絶対ですよ? やはり出来ませんでしたは無しですよ?」

貴音さんは不思議系で通っているけれど

意外と感情豊かで

そのうえ……結構可愛いところがある

「解ってますよ。オーダーがあれば作ってきますよ?」

「真ですか!?」

「へへっやーりぃ!」

「それではなく!」

「あははっ冗談……ははっ」

貴音さんには冗談が通じない……わけじゃないんだけど

こういう時は相手にしてくれないし、ちょっと怖い


「ではぜひ、ラーメン味を!」

「ごめんなさい、それはちょっと」

「むむっ……作ってくれると申したではありませんか」

「あの、せめて常識の範囲内でお願いしたいかなぁ……」

貴音さんのためだけならあれだけど

みんなが食べるクッキーだし

「う~ん……バニラとかチョコとか抹茶とか普通は嫌なんですか?」

「いえ、そのようなことは……ただ、美味なるものと美味なるものをかけあわせれば至高のものになるかと」

どっかで聞いたことあるような……。

でも、それはそれぞれの好みになっちゃうからなぁ

「色々な味で作って来ますよ。それをセットにしたのでいいですか?」

「ええ、春香のくっきぃならばたとえ鉄の味であろうと食させていただきます」

「やめて、ヤンデレドラマCDの食べ物出さないで、春香さん指切ったりしないから」

貴音さんと話してると調子が狂う

でも、そのおかげで嫌な気持ちがなくなった

……ラーメン味、作ってみるだけならやってみようかな


長い撮影を終えたと

私はまたすぐに移動だった

貴音さんとはもう少し一緒にいたかったなぁなんて

名残惜しみつつも別れ

代わりに合流したのが――

「なぁ、春香ぁ……」

「なんですか……一体」

だめ男ことプロデューサーさんだった

「いや、その何買えばいいんだ?」

「自分で考えてくださいよ、そのくらい」

「いや、だって俺女の子が好きなものとか解らないし……」

だからって私に聞かれても困るんですが?

せっかく落ち着いた心がまたざわつく

いっそ……婚約しちゃえば……婚約?

それだ!


「プロデューサーさん、指輪ですよ。指輪!」

「え?」

「いっそ結婚を前提に付き合っちゃえばどうですか?」

「な、何言ってんだよ……無理だって」

婚約をしたとなれば

中途半端な恋人という関係よりもずっと

私の気持ち的にはありがたいし

ヘタレ度MAXなプロデューサーさんも

婚約以上に緊張することはそうそうないんだから

もっと堂々と美希と接することができるようになるはず

まさに一石二鳥。と、

思ったんだけど

「俺、美希の指の大きさ知らないし」

「えー」

3サイズは解っても、流石に指の正確な大きさは解らないかぁ……


「仕方ないですね、美希を誘って装飾品のお店に」

「 む り 」

「ですよねー」

解ってますよ、はい

プロデューサーさんにそんな勇気があるとは到底思えませんしぃ?

「なら、今日は無難にネックレスとか、もっとこう……見えにくいものでも良いですよ?」

「見えにくいもの?」

「お、置物とか?」

「そうか、それも悪くはないな……」

助言ついでに

明日の自分を守ってみたりする私

なんとも馬鹿らしくて思わず笑ってしまった


「春香?」

「いえ、ちょっと千早ちゃん化しただけです」

「なんだそれ」

「ツボが変なところに出てきちゃうアレです」

ちょっと真面目な雰囲気を醸し出しつつ

プロデューサーさんの襟首を見つめた

「あーアレか、そうかそうか……っておい、千早にはそれ言うなよ?」

「あははっ、言えるわけないじゃないですかっ」

顔が、見れなくなった

見てしまえば

私は貴方が好きなんですと言ってしまいそうだったから。

でも、だからこそ

私はプロデューサーさんを見つめた

「プロデューサーさん。昨日、私プロデューサーさんから告白されましたよね?」

「あ、ああ……美希のことだろ?」

プロデューサーさんは少し照れくさそうに頷いた


言うな、言うなと頭が止める

うるさい、黙っててと心が叫ぶ

「私プロデューサーさんに好きとは言いません」

「……………」

「だって、言うだけ無駄ですからね」

プロデューサーさんは私の真剣な表情から察してくれたらしく

黙って頷いてくれた

その優しさが憎たらしく……でも、嬉しくて

私は小さく笑った

「もっと早く勝負に出ていたら、私にも可能性はありましたか?」

「……すまん」

「そっか」

本当に心から美希に惹かれちゃってるんだなぁという悔しい気持ちもあった

でも、それなら仕方がないかなぁと

私はようやく、心から割り切ることができた

心から、見守ってあげたいと思うことができた――だから


「忘れる代わりに、美希を大事にして下さい。幸せに……してあげてください」

「春香……っ」

控え室で2人きり

だけども私はプロデューサーさんの伸ばした手を拒み

袖で目もとを拭った

「約束、ですよ?」

「…………………」

「私を泣かせた分、美希を……笑顔にしなきゃ許しませんからね?」

「ああ、解った。約束するよ」

プロデューサーさんは

そう言い残して控え室から出て行ってくれた

「うぇぇ……ぇぅ……」

声を押し殺して涙をこぼす

きっと今の私は酷い表情なんだろう

でもきっと……泣き終えたら

私はまた、いつも通りの私になることができると

なんとなく感じていた


PM 04:40


あと20分ほどで

プロデューサーさんと美希のデートが始まる。

頑張れ、プロデューサーさん

頑張れ、美希

そう思っていた私を驚かせたのは

局の人と立ち話をするプロデューサーさんの姿だった

「あれっ、まだ3時?」

時計を見てみたけど

どう見ても4時も終わり、5時に差し掛かる時間だった

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