サスケ「何で俺を連れ戻しやがった……!」 (27)

イタチが里に現れた。偶然その事実を 知ってしまった俺は、ナルト達を追いかけ宿場町へと向かった。仲間をイタチの 魔の手から守るために、なにより家族や一族の無念を晴らすために、少しでも早く復讐を果たそうと必死だった。

やっとの思いで突き止めた宿屋の廊下 で、風変わりなマントを羽織り、イタチは俺の目の前にいた。奴の姿を目にするまでは、仲間を守りたいと思う理性もあった。一族のためにと思う気持ちも確かにあったのだが、いざ対峙した瞬間、 俺は憎悪と殺意のみに支配された。

たかが13才のガキがトラウマと相対し て、平気でいられる訳がなかったのだ。それを俺は、無謀にも今なら勝てると思い込みこの場に来てしまった。俺とアイツは忍者として同じ土俵にすら立てていなかった。

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結果、俺は容易に想定出来るシナリオを辿る事になる。我を忘れた無鉄砲な攻撃が通用する筈もなく、俺の存在に興味すらないのだと眼差しが物語っていた。

力量の差を突きつけられた挙げ句、複雑な 紋様が浮かぶ赤い目で睨み付けられ、俺の意識はあの日へと飛ばされてしまう。身近な人の死に悲しみを感じることも出来ず、恐怖から死に物狂いで逃げ出してさ迷い続けた。

それから数週間が経ったのち、地獄のような幻からやっと意識を取り戻した俺は、穏やか過ぎる病室のベッドの上で横になっていた。まだ状況が飲み込めず、サクラに抱きつかれたまま放心状態に陥る。

何かを言いかけて部屋を後にするナルトの姿を、ぼんやりと目で追ってい た。

しばらくして、まだ病室に居たサクラは、リンゴの皮を剥いていた。

その姿に紐付いて思い出されるのは、少し前の会話だ。ナルトの活躍を俺によるものだと思い込んだサクラは、俺に礼を言ってきた。なぜ、俺が助けたと言えないのだろう。イタチの狙いもアイツだった。ナルトと俺の差は一体なんなのだろうか。扉を開く音と共に、一番会いたくない奴が現れる。

ノックもせず病室に入り込んだナルトが、神経をわざと逆撫でするように俺の安い挑発に乗っかった。こいつに劣っている筈はないのに、あろうことかこいつに助けられてしまった。無力感や焦りを認めたくない一心で、全てを怒りに変える。

屋上へと向かう足でサクラの善意を踏み潰し、ナルトへの敵対心だけを燃やして俺達は無益な争いを始めた。

もし、カカシが駆けつけてくれなかったら、止めに入ったサクラを殺していたかもしれない。しかし、素直に感謝できるほど俺は強くなかった。むしろ俺は余りに弱すぎて、全てから逃げるようにしてその日の内に里を抜けた。

サクラとカカシは異変に気づき、俺を引き留めようとしてくれた。サクラは俺なんかを大好きだと言ってくれた。カカシは自分も同じ境遇にあるのだと、だからこそ仲間は大切だと説いてくれた。

なのに、俺は何も受け付けることが出来ず、イタチへの憎しみでいっぱいだった。大蛇丸の元へ向かう事が最善だと判断した訳じゃない、俺じゃイタチには敵わないという現実から一刻も早く逃げ出したかっただけなのだ。

呪印によってやっと特別な自分を手に入れた、そう勘違いに溺れたときナルトが俺を現実に引き戻しに来た。

俺達は再び何の意味もない争いを繰り返す。気絶したナルトを放置し、朦朧とする意識の中、現実逃避の道を歩き出した筈だった。

正気付いた俺は、見覚えのある白い天井に絶望する。風を取り入れる窓辺で、花が俺を馬鹿にするように揺れていた。

「何で俺を連れ戻しやがった……!」

飄々とした雰囲気を纏い、普段と変わらない表情で仲間だからとだけ答えた。当たり前のように優しい言葉をかけてくれるカカシに、俺は八つ当たりをし続ける。

理不尽な恨みを募らせ、怒りで防御を固める事で、自分はこんなことは望んでいなかったのだと思い込んだ。もう情けない自分を見るのは耐えられなかったのだ。仲間に助けられるだけの弱い自分などいらなかった。大蛇丸に全てを奪われてでも俺は強くなりたかったのに、静かな病室に居る現実を受け入れられなかった。

ナルトやサクラも見舞いに訪れては、優しく接してくれた。どんなに自分達を恨んでいても、俺が里に居るだけで嬉しいと喜んでくれていた。そんな二人に俺は呪いの言葉をぶつけそうになる。その度にカカシが現れ、二人を守るようにして自分だけ病室に残った。

本当はナルト達にまで八つ当たりをして、俺が後悔しないように全てを引き受けてくれていたのだろう。しかし、そんな事にも俺は気がつこうとせず、自分が悪者扱いされているような気がして余計に腹が立った。

カカシなら俺の言葉など受け流してくれると、身勝手にも信じ込んでいたらしい。毎日顔を出すカカシに言える事は減っていき、写輪眼に話が及ぶのにそう時間はかからなかった。

俺が写輪眼について罵倒した時、今まで何を言おうと変わらなかった表情が一瞬だけ揺れた。右目しか見えていないのに、あんなに人が傷ついた顔を見たことがなかった。しかし、歪みきった俺はあろうことかチャンスだと感じ、さらに畳み掛ける。

どの面下げて生きてやがる、お前に写輪眼を使う資格はない。確かそう言った。 カカシは一切否定せず、いつもと変わらない眠そうな目で、そうだなとだけ言った。ちょうどその時、扉をノックする音が響きナルト達が懲りずに戻ってきた。

いつもなら俺に一言二言かけさせるだけですぐに二人を追い返していたのに、この時はナルト達と入れ替わりカカシは病室を出ていった。少し驚きつつも、俺と長く話せるとナルトもサクラも喜んでいる。とてもささやかな異変だった。

俺はそんなカカシを気にも留めず、言いたい放題汚い言葉を吐き出して、罵詈雑言を二人に浴びせた。いくらわめき散ら しても、ナルト達はお構い無しで明るく振る舞っている。俺なんかと話して何が楽しいのだろう。無条件な優しさが余計に辛かった。

今日もナルト達は見舞いにやって来た。自分だって俺のせいで大怪我を負ったのに、辛そうな素振りは一度も見たことがない。サクラも毎日俺の身の回りの世話をしてくれた。

なのに、俺は放っておいて欲しいという願いさえ叶わないと嘆いていた。あれから一週間も経ったのに、俺の心は荒んでいく一方だった。

二人を罵ろうとした時、昨日の表情は嘘だったかのように、いつものカカシが現れた。しかし弱点を知ってしまった俺は、二人を出ていかせる隙も与えず早口で捲し立てる。ナルトもサクラも、目の前で他人に向けられる悪意は耐えられなかったらしい。何とか制止しようとしていたが、俺は完全に無視し言葉の刃でカカシを傷付け続ける。

突然、カカシの姿が消えた。何が起きた のか分からず、俺達はしばらく言葉を失っていた。上忍が毎日見舞いに来れることを、なぜ疑問に思わなかったのだろう。病室に現れていたのは、影分身だった。

数時間後、病院に一人の患者が担ぎ込まれた。任務を完遂した瞬間、その場に倒れ込み意識が戻らないらしい。青ざめた顔は体に相当な負担がかかっていた事を物語り、それが誰のせいであるのか分からないほど俺は馬鹿ではなかった。

影分身は本来禁術に指定されている。里から離れている間中ずっと使用していたのなら、チャクラの消費量はかなりの物だ。任務を遂行しながら禁術を発動し続けるなんて、本来なら不可能な筈だった。

それをカカシはやってのけてしまった。当然、ナルト達の為でもあっただろうが、俺の為であることも疑う余地もな かった。状況は深刻で、病院に泊まり込む覚悟のナルトとサクラは、無言で暗い窓の外を見ていた。

さすがに二人を罵倒する気は起きず、俺も暗い窓の外を見つめた。今更あの傷付いた顔が胸を締め付け、激しい後悔に襲われた。もう謝る事さえ出来ないのかもしれない。たまたま、サクラはカカシが運び込まれた時に居合わせ、うわ言を聞いたらしい。ずっと何かに謝っていたとサクラは言った。ナルトは無意識にだろうが、暗く沈んだ目で俺を見た。何も言い訳する事など出来なかった。

さらに数時間が経ち、いつの間にか眠っていた俺達をシズネが起こした。暗いとも明るいとも言えない顔が、中途半端に不安を煽る。カカシの容態も実に中途半端な物だった。

的確な応急処置と火影のおかげで、何とか一命はとりとめたらしい。しかし一気に経絡系に負担をかけたため、チャクラの流れがズタボロで忍者として生きていくのは無理だと告げられた。それどころか日常生活さえもまともに送れない可能性が高いと、死よりも酷いかもしれない宣告を受けた。

サクラは真っ先に泣き崩れた。ナルトは何とかしてくれと、大声をあげている。俺は何も出来ず呆然としていた。

もうすっかり傷もふさがった俺は、カカシの病室の前で立ち尽くしていた。なんと言って謝ればいいのか分からない。どんな顔をすればいいのかさえ分からなかった。

それほど経たない内に、聞き慣れた声が室内から響く。

「そんな所で何やってんだ?」

カカシが俺の気配に気が付かない筈がない。まるで声をかけてもらうのを待っていたようで、どこまで甘えれば気が済むんだと自分が嫌になった。これ以上気を使わせる訳にはいかず、俺は扉を開ける。こんなクソみたいな俺を見て、カカシは喜んだ。

「やー、サスケじゃない。お前が来てく れるとは思わなかったよ」

「……謝りに来たんだ」

「えっ、何で?」

きっと分かっていてとぼけているのだろう。つまり、謝罪を望んではいないのだ。何て言ったらいいか頭を悩ませていた俺は、目線にまで気を配っていなかった。無意識に左手に集中した視線を受け、カカシは苦笑いをした。

「……調子が良いときは歩けたりもするん だけどね」

ベッドに沈みこんだ左手には本が握られていたが、持ち上げる事は出来ないらしく微かに痙攣している。なんて不躾な事をしてしまったんだろう。俺がここに居てもカカシを苦しめるだけなんじゃないのだろうか。

「すまない……」

「一体どうしたのよ。謝られるような事はされてないけど」

「……アンタがこうなったのは全て俺のせいだ……」

「お前が自分を責める必要なんてどこにもないよ。俺が勝手に自分の出来ること以上を望んで、失敗しただけなんだから。お前に里に居て欲しいっていうの だって、俺のエゴだしね」

「……写輪眼の事も、俺にとやかく言う権 利なんて無かった」

「うちはの血継限界なんだから怒る権利はあるでしょ。俺はうちはの人間を殺してこの目を奪ったんだよ。言われて当然だ」

「うちはオビトについては他の上忍から聞いた」

カカシは少し驚いた顔をして、目を虚ろに開き黙りこんだ。やっぱり俺は傷つけに来ただけなのだろうか。でも、この言葉だけは言わなければならない。

「俺はアンタが殺したとは思わない。写輪眼を奪ったなんてこれっぽっちも思わない。その目はアンタの物で当然だ」

疲れきった両目を無理に歪め、明らかな作り笑いで言った。

「ありがとね、サスケ。少し心が軽くなったよ」

カカシの目に光は戻らなかった。このことにはどんな形であれ、触れてはいけなかったのだ。俺は最低な形で傷口を抉ったのだということを理解するだけに終わってしまった。

勝手に自責の念にかられる俺に、カカシが終了の合図をかける。

「サスケ、悪いけど体起こすの手伝って くれる?」

「あ、ああ。腕動くのか?」

「右手なら少しね。…………本当に悪いんだけど、もう帰ってもらってもいい?」

「……こっちこそ、悪かった」

「何度も言うけど、お前が自分を責める 必要も、気に病む必要もないからね」

手を振るカカシに去り際の挨拶さえできないまま、俺は病室を後にした。扉を閉めた瞬間、激しい嘔吐の音が聞こえ、思わずドアを開けそうになった。はっきりと帰れと言ったのは、怒っていたからではなかったのだ。

そんなカカシに声をかける事も叶わず、 俺はただ帰り道をプラプラと歩くしかなかった。

ナルト達に誘われて、俺は再び病室を訪れた。空のベッドに一瞬ぎょっとしたが、体調が良いときは歩くことも出来ると言っていた。きっとトイレにでも行っているのだろう。

カカシを待つ間、穏やかな時間が流れる。あれだけの態度をとった俺を、ナルトとサクラは当たり前のように会話に混ぜてくれた。

しかし、その時間が長くなるにつれ俺達は不安を感じるようになっていった。カカシがいつまで経っても病室に戻って来ないのだ。もしかしたらどこかで倒れているのかもしれない、ナルトがそう口にしたのを皮切りに、俺達はカカシを探し始めた。

すぐに見つかるだろうと思っていた。いや、そう願っていた。だが、カカシの姿は一向に見当たらない。訳も分からず嫌な予感だけが強くなっていく。しばらくしていったん病室に戻ると、ナルトとサクラも部屋の中に居た。サクラはまた泣いていた。

誰かに話を聞いてみよう、俺が提案すると二人も賛成してくれた。手当たり次第に聞き込みをしようと意気込んだ矢先、あっさりと答えは見つかった。

なんと、カカシはあの体で外出許可がとれたらしい。動ける時に動いておかないと、というのはごもっともだが、もしどこかで動けなくなったらどうするつもりなのだろう。思わず医者を問い詰める と、カカシには借りがあり懇願されたので断れなかったという。

こんな事を言われたら責めるわけにもいかない。懇願するほど行きたい場所がどこなのか、俺には分からなかった。

ナルト達を集め、捜索対象が里全体に広がったと告げる。二人とも、そして多分俺も蒼白な顔をしていた。

俺達は手がかりを求め、ガイの家に来ていた。オビトの話を教えてくれた上忍というのもガイだ。そして、カカシの行方に関して快く話してくれた内容も、オビトの事だった。

今日はそのうちはオビトの命日だったらしい。毎年欠かさず慰霊碑に向かっていたから、今日も慰霊碑の前にいるだろうと教えてくれた。しかし、そっとしておいてやれと追うのはやんわり止められた。

それでも俺達はガイの忠告を無視し、慰霊碑へと向かった。嫌な胸騒ぎが収まらなかったのだ。この演習場を見ると最初の演習を思い出す。仲間を大切にしない奴はクズだと、カカシはどんな思いで言ったのだろう。

地面に突き刺さった丸太を目印に、俺達は全速力で慰霊碑を目指した。木の陰に隠れるようにひっそりと、でも確かに慰霊碑はそこにあった。カカシもそこに立っていた。

クナイすら手に入らなかったのだろうか。ハサミを首に当てているカカシに俺達は飛びかかった。体重を支えきれず、そのままの勢いで地面に倒れ込むカカシの手から、ハサミをもぎ取った。

「何やってんだよ、カカシ先生!」

ナルトはカカシの右目を真っ直ぐに見据え、怒鳴っていた。何の反応も示さないカカシの頬をサクラが泣きながら叩く。俺は左の瞼にうっすら残る血の跡が気になって仕方がなかった。カカシは濁った右目を宙に向けるだけで、喋ろうともしない。

まるで死人のような目に、俺達は戸惑うしかなかった。ふと、慰霊碑の横に置かれた瓶の存在に気づく。透明な液体に満たされた瓶の中で、写輪眼が浮いていた。

「これはどういう事だ……カカシ!」

俺の手の中で泳ぐ眼球を目にして、ナルトとサクラは凍りついた。安定しない目線を俺に向け、やっとカカシは口を開 く。

「俺はもう、オビトの代わりに、見てやれないから。とりあえず、お前らに届けて貰おうかって、思ったのよ。ほら、ただ死んだだけじゃさ、誰の手に渡るかも、分からないでしょ。だから、ガイに手紙が届くようにして、最初に見つけて貰おうと思って」

どこか浮いた声からは、感情を一切感じなかった。磨りガラスのような虚ろな目は、また視線を宙に漂わせ始める。俺達は一言も発する事が出来なかった。

しばらくして、病院に駆けつけたガイに殴られても、カカシはもう何も言わなかった。残った右目は虚空を見つめ、誰の姿も映してはいないようだ。誰がこの地獄からカカシを救い出せるのだろう。

どんなに俺が謝っても、カカシの体は元に戻らない。忍者としてだけでなく、何気ない日常すら送れないのだ。少なくとも、俺にはどうすることも出来ない。ガイにもナルトにもサクラにも、恐らく無理だろう。

俺が里を抜けようとしなければ、こんなことにはならなかった。どうしようもない後悔ばかりが頭を埋め尽くし、ベッドに力なく横たわるカカシを見つめる事しか出来なかった。

そんな時、ナルトが言った。

「俺だけじゃ……無理だ。サスケもサクラ ちゃんでも無理だ。……だから、三人で連れ戻そう。サスケの時みたいに、みんなでやれば何とかなるってばよ」

いつもの無駄な明るさは無く、とても静かな声だった。それでいて強い決意を感じさせた。

俺もサクラも、無言で頷いた。

どうやったのか綺麗に取り出されていた写輪眼は、再びカカシの左目に収まった。反対する者も少なからずいたが、火影はさらりと受け流し自ら処置を行ってくれた。

しかし、カカシは何の反応も示さなかった。怒りも喜びもせず、ただぼんやりとしているように見えるが、事態はもっと深刻だった。ボロボロの経絡系がチャクラの流れを乱し、ずっと幻術にかかっているような状態なのだという。

回復は難しい、そもそも意識を保っていられたのさえ奇跡だと、口を揃えて言われても俺たちの決意は変わらなかった。

処置後もカカシは左目を閉じようとしないので、全員の一致した意見により、額当てを斜めにかけ眼帯の代わりにした。こうすると、以前とあまり変わらないように思える。決定的に違う灰色に曇った右目も、いつか光を取り戻させると三人で誓った。

ナルトは自来也に旅に誘われていたが、逆に説得して里に引き留めてしまった。サクラはカカシを元に戻す方法を見つけるべく、火影に弟子入りするらしい。俺は、ナルトと一緒に自来也に修行をつけてもらう事にした。

それから一ヶ月程経った頃、いつまでもやって来ない俺に大蛇丸は業を煮やし里に襲いかかってきた。それを自来也やナルトやサクラと向かい打つ俺を見て、大蛇丸は不気味に笑う。

「……ねぇ、カカシ君を助けたくはな い?」

心が揺れなかったとは言えないが、俺はあのナルトの静かな声を忘れる訳にはいかない。

必死に俺を止めて優しく接してくれたサクラを、身を投げ打ってまで闇から引き上げてくれたカカシを、裏切る事など出来なかった。

大蛇丸の力など借りなくてもカカシは助け出すし、もう復讐に囚われたりはしないだろう。仲間の大切さに気付かせてくれた皆のために、俺は大蛇丸からも全ての脅威からも里を守ってみせる。いや、俺達で守っていくんだ。

守られる立場から守る立場に変わるため、俺達は必死に大蛇丸に食らいついた。もう二度と、逃げ出すような真似はしたくなかった。

大蛇丸を何とか追い返してから数日後、俺達はまた病院にやって来ていた。あの戦いが嘘だったかのように、病室の穏やかさは変わらない。

「アンタねぇ……お見舞いにユリの花は駄目なのよ」

「なんでだよ。何か綺麗でいいじゃん」

「……花が下向きだから、首が落ちるように見えんだよ。縁起悪すぎるだろ」

「えー!!マジかよ……でも、先生ならこの花の良さが分かるよな」

カカシは答えない。

「良さが分かる分からないじゃなくて、 縁起悪いからやめろって言ってんのよ」

「なんだよー。それなら何の花なら良いんだよ」

「カカシ先生って何だかサボテンとか好きそうじゃない?確か部屋に観葉植物が ありましたよね?」

カカシは答えない。

「サボテンか……。いや、サボテンって花じゃねぇだろ」

「花もちゃんと咲くわよ。荒野に突っ 立ってるようなのじゃなくて、可愛いの もあるわ」

「よし決めた!サボテンでこの部屋を埋 め尽くしてやろうぜ!」

「アンタそれ本当にやったら出禁にするからね」

「じょ、冗談だってばよ」

「面白そうだな……」

「サスケ君……サスケ君も当然、出禁よ」

結局サボテンで埋め尽くされる事はなく、更に数ヶ月後、今日も俺達は病院に集まっていた。

「ねぇねぇ……いい加減見たくない?」

「断る」

「おいサスケェ!まだ何にも言ってねぇだろうがよ!」

「私も丁重にお断りするわ」

「サクラちゃんまで……。だってさぁ、気になるじゃん。カカシ先生だって、そのマスク鬱陶しいよな?」

カカシは答えない。

「ずっと隠し続けてんだから嫌なんだ ろ」

「そうよ。メガネかけてる人とかって、 メガネ外すのと全裸になるの同じぐらい嫌だって言うし」

「別にパンツ脱がそうって訳じゃねぇの に……そういえばサクラちゃんって先生の裸」

「ぶっ殺すわよ。介護の方に手出せるわけないじゃない。先生だって裸見られるのは嫌ですよね?」

カカシは答えない。

「えっ、サクラちゃんは見たいの?」

「しゃーんなろー!!」

「クッ……!エロ仙人とのノリをつ い……」

「このウスラトンカチ……」

「アンタなんかもう知らない!」

「ごめんってばよぉ!見捨てない でぇ!」

「おい、さりげなくマスクに触るな」

今日も俺は病室の扉に手をかける。既に室内に居たナルトとサクラが、カカシと楽しそうに話していた。俺は驚きつつも嬉しくて、三人に駆け寄る。

「元に戻ったのか!」

「戻るわけ無いでしょ。お前のせいで俺は死ぬしかない」

虚ろな目を宙に向けたまま、止める暇もなくハサミが首に突き立てられた。血飛沫が辺りを赤く染め上げ、カカシの体はベッドに沈みこんだ。

「うわあああああああああ!!」

自分の叫び声で目を覚まし、布団をはね除けた。頭痛が収まらず、まだ体がぐらついている。具合が悪いからとはいえこ んな夢を見るのが申し訳なく、熱に浮かされていたのも手伝って、少し泣いた。

たまに悪夢にうなされつつ一年が過ぎて も、俺達は病室に居た。身長もあの頃よりは少し高くなっていた。

「なぁ、サクラちゃん。それってばちょっと買いすぎじゃない?」

「みんなも食べるでしょ?ここのみたらし本当に美味しいのよ」

「持ち込みは禁止なんじゃないのか?」

「ふふ、バレなきゃ何でもアリって事。はい、あーん」

「キャー!サクラちゃんってば大胆!」

「違う!サスケ君に決まってるで しょ!」

「……俺は甘いもんは苦手だ」

「えー、じゃあカカシ先生食べます?」

カカシは答えない。

「カカシも甘いもんは駄目だ」

「なんでお前がんな事まで知ってんだ よ」

「緑タイツに聞かされたんだよ」

「緑タイツって……せめて呼び捨てにしてあげましょうよ」

「な、なぁカカシ先生の手が!」

「先生!」

「カカシ!」

カカシは答えない。

「……痙攣してるだけだ」

「そうよね……」

「……ごめん……」

「それよりお団子食べましょうよ!一人十本はノルマね」

「十本!?やっぱり買いすぎだってば よ!」

「俺はいらねぇからな……」

地獄の団子事件から更に一年半が経ち、 病室のドアを開けると、サクラがニヤニヤしながら待っていた。

「なんだよ、気持ち悪いぞ」

「なぁ、サスケも来たんだし早く教えて くれよ!」

「フフン、この書類を見てみなさい」

「……なんか線がいっぱいだってばよ」

「……今日ほどアンタを力一杯殴りたくな る日は無いわ」

「いつも殴ってるじゃん」

「サクラ……これはカカシのデータなの か?」

「そう!そうなのよ!どうしよう私って超天才!」

「だとすると、カカシはほぼ健康体だって事か……」

「えっ……本当なのかサクラちゃん!?」

「フフフ、誉めちぎってくれて構わない わよ。ナルト君」

「本当にスゲェってばよ!でもさ、なん でこんな急なんだ?」

「検査ってすぐ必要じゃない人は後回しにされがちだから……。ずーっと検査してないみたいだったから、やってみたらこの結果だったの。だから急にじゃないと思うわ」

「そっかぁ、やっぱスゲェなサクラちゃ ん!」

「フフン、そうよ私は凄いのよ」

「…………カカシ、もう忍者にも戻れるら しいぜ。……戻ってきてくれよ……」

カカシは答えない。

「……気長に待つしか無いわ。ね、ナルト!」

「カカシ先生ってば遅刻魔だからな。待つのは慣れっこだってばよ」

「……すまない……」

「……謝るのはナシって約束したでしょう?誰もサスケ君が悪いなんて思ってないわ。カカシ先生だって、そんなこと望んでないはずよ」

「そうだってばよ。俺達でカカシ先生を連れ戻すんだから、暗い顔なんかしてたら先生だって戻って来づらいだろ?」

「……ああ、分かった」

「じゃ、全快祝いって事で今日こそマスクの下を」

「断る」

「せめて最後まで言わせろってばよ!」

「祝う気ゼロって事ね。ふーん、私が頑張ってきた結果を祝えないと……」

「じょ、冗談だから殴らないでぇ!」

「俺を盾にすんじゃねぇよ!ウスラトンカチ!」

俺が里を抜けようとした時から、もう三年が経った。

俺達は修行と任務に励み、全員中忍試験に合格する事が出来た。サクラの医療忍術の腕も格段に上がり、覚えたての頃から毎日根気よく治療を続けた結果、皆が匙を投げたはずのカカシは、ボロボロだった経絡系は見事に修復され、体の衰えとチャクラの乱れを除けば健康体と言って良いほどに回復していた。

これには火影も驚き、サクラを誉めちぎっていたのは半年も前の事だ。未だに俺達はカカシの笑った顔を見ることが出来ていない。相変わらず焦点の定まらない右目は、俺達の方を向く事すらない。小さな糸口でも見逃さないよう、反応が あったと勘違いしては一喜一憂を繰り返した。

火影も様子を見には来るものの、ずっとチャクラの流れが乱れ続けていたので、 正常に戻すのは中々難しいという。もしかしたら目を覚ます事を拒んでいるのかもしれない、誰かが呟いた。

それでも、俺もナルトもサクラも誰一人 諦めてはいなかった。毎日病室を訪れては任務内容やどうでもいい日常を話して聞かせ、とにかくマスクを取ろうとする ナルトを、俺とサクラで止めるのが定番になっていた。どんなに時間がかかってもいつか取り戻せると信じて、俺達はカカシの笑顔を待ち続けた。

今日もすっかり見慣れた病室の扉を開けると、あまりに唐突過ぎて何が起きたのか分からず、俺は混乱した。とても自然に、間延びした声が部屋に溶けていく。

「お、サスケじゃない。よく来てくれた ね」

カカシは何事も無かったかのように、上体を起こしこちらを向いていた。柔らかい日差しを浴びた銀色の髪が、体の動きにあわせて揺れている。眠そうに開かれた右目は、確実に俺の事を見ていた。

これが夢だったら最低の悪夢だ。どうか現実であって欲しいと、このときほど願った事はない。

俺が無言で立ち尽くしていると、少し遅れてナルトとサクラも病室へやって来た。二人に対しても、カカシはいつもの調子で声をかける。

「ナルトとサクラも来てくれたのか」

「先生……!」

「カカシせんせー!!」

脇目も降らず素直に飛び付けるナルトが羨ましい。俺はまだこれが幻ではないかと疑って、怖くて動けなかった。サクラも俺の横で呆然としていた。

「お前らのお陰で戻って来れたよ。本当にありがとね」

例え幻だとしても、この衝動には勝てそうにない。嬉しそうに笑うカカシを見て、俺は人目もはばからず声をあげて泣き出してしまう。それにつられて、ナルトとサクラまで大声で泣き出してしまった。16才にもなって、中忍でもある俺達は小さな子供みたいに泣いていた。

カカシは困ったように笑い、扉のそばに立つ俺達を手招きした。いつものスカした俺はどこへ消えたのか、手招きに誘われてサクラと一緒にカカシに抱きついた。ナルトも俺達に押し退けられまいとしがみついている。頭を軽く叩く手が懐かしくて、俺達はもっと泣いた。


いつもと変わらない病室で、俺達はずっと泣きながらずっと笑っていた。そんな俺達を見て、カカシもずっと嬉しそうに笑っていた。

ー終わりー

―おまけ―

「なぁなぁ、カカシ先生」

「んー?」

「俺達が毎日見舞いに来てたのって覚えてんの?」

「あー、それ私も聞きたい!」

「そうだな……ま、サクラが俺の裸を見たいってのは覚えてるよ」

「随分古いネタを……ぶん殴りますよ?」

「俺、病み上がりなんだけど」

「なに言ってやがる。健康そのものなんじゃねぇのかよ」

「いやー……筋肉は衰えちゃってるからさ。歩くのも無理なんだよね」

「行きたい場所があんなら、俺がおんぶ してやるってばよ!」

「それはちょっと……嬉しいかな」

「あ、そうだ。カカシ先生のために買っ てきてあげましたよ、サボテン」

「お前も随分古いネタを持ってきた な……」

「えっと……なんでサボテン?」

「えー、覚えてないんですか?サスケ君 が冗談言ったのこの時だけなのに」

「途切れ途切れに記憶があるだけだか ら、サボテンはちょっと分からない な……」

「なんで裸の話は覚えてんのよ……。そっちを忘れなさいよ」

「俺さ俺さ!みんなでラーメン食いに行 きてぇんだけど!」

「アンタって、いっつも唐突よね。でも 私も行きたいかな」

「別に行ってもいいけどね。顔は見せな いぞ」

「うっ……遂にハッキリ言い切りやがった な!絶対見てやるもんね!」

「おい、勝手に外出してもいいのか?」

「バレなきゃ何でもアリって事!それで 良いんじゃない?」

「お前は止める側だろうが……」

「じゃ、おんぶして貰おうかな。オッサ ンなんか背負って、後で恥ずかしくなっ ても文句言うなよ」

「オッサン?別にオッサンおんぶしたり はしねぇってばよ」

「ナルト……俺、お前の事好きだわ」

「やっぱりサスケにおんぶしてもらってくれ」

「ふざけるな。何が悲しくてこんなオッ サン背負わなきゃならねぇんだよ」

「サスケ……俺、お前の事嫌いだわ」

「下らない事言ってないで早く行きま しょうよ。私がお姫様抱っこしてあげるから」

「うーん……お姫様抱っこはさすがに泣い ちゃうな」

「全く仕方ねぇな、乗れってばよ」

「よいしょっと……。本当に大丈夫か?」

「当たり前だってばよ!俺だって成長したんだからな!」

「……俺も三十路だもんなぁ……三十路……」

「泣いてんじゃねぇよ、ウスラトンカチが……」

「ねぇ、早く行こうって言ってんでしょ ……いい加減にしないと怒るわよ……!」

「も、もう怒ってんじゃん!」

「なんでそんなにラーメン食べたい の?」

「だって三年間ずっと待ち続けたんですから、当たり前でしょ?」

「そうか……」

「今日こそ絶対カカシ先生の素顔を見て やるわ!」

「……待ってたのってそれなのか」

「つーか、ここでとっちまえよ」

「なんで見せるって決定なのよ」

「駄目だってばよ!今とったら俺が見れ ねぇ!」

「だから、見せないからね。…………ナルト、サスケ、サクラ」

「なんだってばよ?」

「どうした?」

「なんですか?」

「……本当にありがとね。お前らの先生で良かったよ。大好きだ」

「なっ……!」

「へへっ……俺も大好きだってばよ!」

「私も、大好きです!」

「お、お前ら……俺も……」

「どうした?顔が真っ赤だぞ」

「うるせぇ!おおお俺も大好きだコノヤ ロー!」

「ククク……」

「言ってやったのに笑ってんじゃねぇ よ!ふざけんな!」

「頑張ったわね、サスケ君」

「偉いってばよ、サスケ」

「俺に話しかけるな!……さっさと行くぞ!」

「待ってよサスケ君!」

「俺達も行くぜ、カカシ先生!」

「ああ、お前らとまたラーメン食いに行けるなんて夢みたいだよ」

「ははっ、先生ってば大袈裟だな」

「おいウスラトンカチ共!チンタラしてんじゃねぇ!」

「今行くってばよ!」

―おしまい―

前にpixivにあげたやつをちょびっと改良したものですが、いかがだったでしょうか。

以前、ssVIPにあげた
三代目「ナルトはお前に任せる」
ナルト「戦争は終わった」
カカシ「春野サクラ……!」
も読んでいただけると嬉しいです。

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