ありす「心に咲いた花」(978)

このSSはアイドルマスターシンデレラガールズの世界観を元にしたお話です。
複数のPが存在し、かつオリジナルの設定がいくつか入っています。
連作短編の形をとっており、前のスレを読まないと話が分からない事もあるかと思います。
前スレ:ありす「心に咲く花」
ありす「心に咲く花」 - SSまとめ速報
(http://jbbs.livedoor.jp/internet/14562/storage/1362121889.html)
その為、最初に投下するお話は事前情報なしでも理解できる構成としました。
こんな雰囲気が好きだなと少しでも感じて頂けた方は前スレも目を通して頂ければ
嬉しく思います。
それでは、投下を開始します。

連作短編18
泰葉「宇宙船泰葉号」

夜空に輝く星を眺めて

私は一人、その場で立ちすくむ

その数に、その光に圧倒されて

それでも光り輝きたいと願うのは

P「スペースワールド?」

泰葉「ああ、あの遊園地」

先P「おう、お前らに仕事」

P「その遊園地、どこにあるんですか?」

泰葉「福岡です」

P「福岡? 九州?」

先P「岡崎は知ってたか、そうそのスペースワールドだ」

P「行った事あるのか?」

泰葉「ええ、小さい頃に。お仕事で」

P「そんな古くからあるのか?」

泰葉「私が小さい頃からありますから」

P「へえ、知らなかった」

先P「開業は20年以上前だ」

P「へー、だから九州生まれの泰葉に目が付けられたと」

先P「そういう事だ」

泰葉「でしたら福岡生まれのアイドルの方がいいのでは?」

先P「前に来てくれた子の方が勝手がいいとさ」

P「その頃からいるスタッフもいるのかな」

先P「ちょっとしたイベントだが、まあそれなりに頑張ってこい」

P「久しぶりの九州か?」

泰葉「はい、あんまり住んでた頃の記憶はないんですけど」

P「東京から1時間半か、そっから市内まで出て……スペースワールド駅なんてあるのか」

泰葉「そうですよ、着いたら目の前がスペースワールドです」

P「楽しみだな」

泰葉「遊びではありません」

P「分かってるって、ただこういう仕事してなかったら行くことも無かったろうなって思ってさ」

泰葉「……そうですね、今回も宜しくお願いします」

P「ああ、しっかりやろう」

CA「お飲み物は何になさいますか?」

P「コーヒーで、泰葉は?」

泰葉「温かいお茶を」

P「しかしこんな早いと人も少ないな」

泰葉「まだ星が見えますね」

P「夜明け前だからな、今から宇宙に行くんだからこれ位の方が雰囲気も出るか」

泰葉「雲を抜けて、星の下で」

P「俺達より星に近くいるのは本当の宇宙飛行士位だろうな」

泰葉「どんな気持ちなんでしょうね」

P「誰も知らない世界だからなあ、俺達がいるのは精々高度10キロメートル程度。宇宙に行こうと思ったらその10倍は必要だろ」

泰葉「想像もつかないですね」

P「全くだ、俺にできるのは黙ってここから眺めてるだけだな」

泰葉「行きたいとは、思いませんか?」

P「連れて行ってくれるのか?」

泰葉「プロデューサーなんですから道しるべ位にはなって下さい」

P「宇宙船泰葉号」

泰葉「ネーミングセンスの欠片もないです」

P「何か堕ちそう」

泰葉「機内でなんて事を言うんですか!?」

P「今月のオーディオプログラム、シンデレラガールズ特集だ」

泰葉「本当ですね、今は……肇さん」

P「聞いてたら寝そうだな、相変わらずの優しい声だ」

泰葉「……」

P「後は……十時さんにまゆに楓さん。人気所を並べてるなあ」

泰葉「どうせ私はいません」

P「精々13、4曲が限界なんだから大半のアイドルはいないだろ」

泰葉「これでも聞いてればいいんです」

P「何だよ、これなら持ってきてる」

泰葉「はい?」

P「その日、一緒に仕事するアイドルの曲は持ち歩いてる。当たり前だろ?」

泰葉「そう、ですか」

P「堕ちたな泰葉号」

泰葉「落ちてません!」

P「やっと降下か」

泰葉「少し驚くかもしれませんね」

P「驚く? 何の話だ?」

泰葉「見てれば分かりますよ」

P「なら楽しみに……どんどん街中に近づいていくんだが」

泰葉「そうですね」

P「下の人とか見えるんだが」

泰葉「そうですね」

P「……空港が町のど真ん中にあるんだが」

泰葉「そうですね」

P「テレホンショッキングか!」

泰葉「着陸ですよ」

P「こんなど真ん中にあるのかよ、市内まで5分!?」

泰葉「市内ってここも福岡市ですよ」

P「よくこんな所に作ったな、いや利用するだけなら凄く便利だけど」

泰葉「路線図も単純ですね」

P「博多まで一本、そっから鹿児島本線に乗るだけ。宿泊施設も園内にあるっていうし、至れり尽くせりだな」

泰葉「本当に久しぶりに来ましたから、私も何が何だか」

P「でも福岡市なのに博多駅なんだな、東京だったら千代田駅みたいなもんだろ。面白いな」

泰葉「こんなデパート出来てたんだ」

P「九州新幹線がらみで色々と作ったのか、さくらだっけ」

泰葉「ニューウェーブでも連れてきますか?」

P「一日駅長とか?」

泰葉「新幹線発車しまぁす」

P「さて、電車はどこから出るのかな?」

泰葉「……聞き流してくれてありがとうございます」

P「ちょっと出るとやっぱり地方って感じだな、えっと……千早駅?」

泰葉「青い鳥でもいるんでしょうか」

P「幸せの青い鳥ねえ、ここでコンサートしたら盛り上がるかな」

泰葉「私の場合は岡崎駅ですね」

P「その調子で色んなアイドルに行ってもらうか、渋谷さんとかなら凄い盛り上がりになるんだろうな」

泰葉「と思ったら古賀駅です」

P「イグアナの聖地だったりして」

泰葉「これだけいるとどこにもでありそうですね」

P「まあでも流石にもう……」

泰葉「東郷駅!?」

P「あいさん!?」

泰葉「まあ、駅自体は普通ですけど」

P「名前だけで凄くかっこよく見える、さっきの千鳥も名前はかっこよかったけど」

泰葉「出てきたら驚きですね」

P「何かいいな、知らない街ってだけで楽しくなる」

泰葉「最近は東京近辺が多かったですから」

P「さて、そろそろだな。スペースワールド駅、本当に目の前だ」

泰葉「宇宙の旅の始まりですね」

P「あのスペースシャトルがディスカバリー号か」

泰葉「もう引退してるんですね」

P「引退してからもああやって子供達から歓声が上がるって凄いよな」

泰葉「それだけの実績があるから、ですね」

P「さて、スタッフと合流しよう。スケジュールの最終確認もしないと」

泰葉「プラネタリウムですか」

P「3Dだってさ、そこがライブ会場にもなるんだと」

泰葉「イベント自体は30分位、短いですね」

P「プラネタリウムの上映もあるし、他のイベント会場にはまた別の催しがある」

泰葉「星空のメロディー」

P「多分、その曲があるから泰葉だったんだろうな」

泰葉「星ですか、機内で話の続きみたいです」

P「少し、周り歩いてみるか? 乗る時間は流石になさそうだけど」

泰葉「案内してくれるんですか?」

P「泰葉の方が詳しいだろ」

泰葉「もう色々と変わってますから、それに」

P「ん?」

泰葉「あの頃、あんまり覚えてないんです」

P「ザターンにタイタンにミューズにマーズ、星関係の名前ばかり」

泰葉「でもジュピターはないんですね」

P「そういえばないな、泰葉以上にぴったりかもって」

泰葉「いますね」

P「まあ名前だけならぴったりだもんなあ、北斗七星なんてのもあるし」

泰葉「ちなみにPさん、話したことは?」

P「あるよ、けど共演じゃない。あくまでプロデューサーとしての話」

泰葉「……」

P「もう今は離れた世界だから、今はプロデュースに忙しくてそれ以外に目を向ける余裕もないし」

泰葉「立ちたいと思いますか?」

P「立ちたいって」

泰葉「彼らと同じように、ステージに」

P「……未練がないことも無い、実際に復帰しようとはした」

泰葉「それなら!」

P「動かないんだ、もう」

泰葉「動かないって」

P「あんな風には踊れないってこと、そういう事だ」

泰葉「あの」

P「少し時間あるな。入ってみようか、ここ」

泰葉「宇宙博物館?」

P「当時の人は興奮したんだろうな、人間が月に行くなんて凄い事だよ」

泰葉「夢だったんでしょうね、人類の」

P「今は役目を終えて、その事実をここでしっかりと伝えてる」

泰葉「Pさんも同じだと?」

P「俺は違うよ、夢を与える前に終わっちゃったから」

泰葉「動かないんですか?」

P「俺も役目を終えたんだよ、プロデューサーになってからはっきりと分かった事だ」

泰葉「辛くないんですか? 自分が諦めた道を皆が進んでいくのを……目の前で」

P「自分の夢を押し付けてるんじゃないかって不安になる時がある、アイドルだった頃にこう考えてたからってそれが
  アイドル達にとってもそうだとは限らない。俺が進みたい道を代わりに進ませてるだけなんじゃないかと」

泰葉「そんな事ありません!」

P「だから見届けたいのかな。アイドル達が、泰葉が進む道が俺にとって思いもしなかった新しい世界なら」

泰葉「Pさん……」

P「俺は初めて、この世界に残って良かったって思えるのかもしれない」

泰葉「プラネタリウムって、意外と大きいんですね」

P「初めてか?」

泰葉「ええ、前に来た時はありませんでしたし」

P「一面に映し出されるみたいだな、試しに見せてもらえるらしい。今回のイベントの為だけに作られた特別なプログラムだって」

泰葉「今回の為だけに?」

P「先Pさんが色々と考えてたみたいだ、これだけやったなら自分が来ればよかったのに」

泰葉「静かですね」

P「誰もいないからな、本番はもう少し人が入るんだろうけど」

宇宙の誕生から137億年 幾億もの星が生まれてきました

泰葉「本当に途方もない時間」

人は夜空を見上げその星から様々な物語を作り上げました

泰葉「綺麗……」

「泰葉! ここはこうだ! 何度言ったら分かる!!」

「泰葉、もう少しゆっくりと声を出しなさい」

「そこはこうじゃない、ほら姿勢はこう」

泰葉「Pさん」

P「何だ?」

泰葉「あの頃のことあんまり覚えてないってさっき言いましたよね」

P「ああ」

泰葉「何で覚えてないんだろうって思って考えてみたんです」

P「単純に小さい頃の事だからじゃないのか?」

泰葉「いえ、あの頃は大人の言う事を聞いてばかりでしたから」

P「今も大体はそうだろ」

泰葉「もしそうなら、雛祭りのあれはありませんでしたよ」

P「確かにそうだけど、あんな暴走は俺だって滅多にしない」

泰葉「今は自分で噛みしめながら進んでいますから、それだけ記憶に残るんだと思います」

P「……そうか」

貴方が私を思いもしない所にまで連れて来てくれましたから

今度は私が貴方を連れいていきます、宇宙船泰葉号で

絶対に落ちませんから、貴方がいてくれる限りずっと飛び続けますから

P「おい、おい」

泰葉「はっ」

P「いくら朝早いって言ってもな」

泰葉「ち、違いますっ! 昔を思い出してだけですから」

P「にしては何かにやついてたが」

泰葉「にやついてなんかいません」

P「ならプログラムは覚えたな、本番まで繰り返し見なくても大丈夫って事か」

泰葉「……もう一回」

P「え? 何だって? 岡崎泰葉さん声が小さいぞ」

泰葉「もう一回見ましょう!」

P「はいはい、すみませんお願いします!」

泰葉「……だから最後まで、一緒にいて下さいね」

終わり 次回は10日後くらいを目安に

連作短編19 凛「覚めない夢」

「ねえねえ、凄くかっこいい人を見つけたの!」

「ふうん、どこで?」

「オーディションで、何か一人だけ雰囲気が違ってさ。当り前の様に合格しちゃって、かっこよかったなあ」

「かっこよかったって、ライバルでしょ?」

「でもあの人になら負けても納得できる!」

「納得してちゃ駄目でしょ、いつかトップになるんでしょ?」

「凛もアイドルになったらいい所までいけると思うんだけどなあ、奇麗だし」

「私はそういうの興味ないから」

「もったいないよ」

「いいって、私はここから眺めてるだけで充分だから」

「そんな凜に一つプレゼント」

「チケット?」

「そう、誰のだと思う?」

「今、話題に出てた人は一人しかいないよね」

「当たり! ねえ、行ってみようよ」

「どうしても?」

「どうしても!」

「分かった。でも、行くだけだから」

「きっと凛も気に入るから!」

凛「あれから季節が何回変わったと思う? 正解は8回、二年経ったんだよ」

卯月「凛ちゃん、そろそろ時間だよ」

凛「長かった、本当に長かったよ。私がアイドルになって、当たり前の様にテレビに出てる位には」

卯月「まだ、覚めないんだね」

凛「ずっと、夢の中にいる。だけど」

卯月「頑張ってね、応援しかできないけど」

凛「大丈夫、必ず目覚めさせるから」

P「……朝、か」

杏「見れば分かると思うけど」

P「そう呟きたくなる気分だったんだよ」

杏「あっそ、杏はまだ寝てるから」

P「いいのか? 叔父さんがまた心配するぞ」

杏「平気、鬱陶しいのがいなくなって清々してるだろうから」

P「俺はちょっと用事があるから、飯は適当に食べとけ」

杏「行くんだ?」

P「行くさ、いつかは通らなきゃいけない道だ」

杏「行かない方が楽だよ」

P「楽な道を通りたいなら、最初からこんな道なんて選んでない」

杏「まゆがまた泣くよ、私はどうでもいいけど」

P「例えそうなったとしても、俺は行く」

杏「頑張らなくても生きていけるのに」

P「それはお前だけに許された特権だよ」

杏「行ってらっしゃい、夕飯の分がないから買って帰ってきて」

P「帰れたらな」

幸子「もしもし」

P「幸子か?」

幸子「ボクの携帯にボク以外の人間が出たら事件だと思います」

P「それはそうだ、統括は?」

幸子「スタッフと打ち合わせに、それなりに大きな仕事ですから」

P「悪いな、幸子一人に負担を掛けてしまって」

幸子「本当にそう思うなら形として示して下さい」

P「分かったよ、服でもなんでも付き合ってやるから」

幸子「ボクの仕事を取ってきて下さい」

P「どんなのがいい?」

幸子「何でも構いませんよ、Pさんの能力はよく分かってるつもりですから」

P「じゃあ、その能力をフルに活かして頑張る事にするよ」

幸子「そろそろ仕事なので切りますよ」

P「分かった、頼むな」

幸子「寧ろ、プロデューサーの方が心配ですが。終わったらメールでもいいので教えて下さい、時間を見つけて連絡しますから」

P「さて、腹を括らないと」

奈緒「次の駅か?」

加蓮「凛からもらった地図だとそう、そこから歩いて20分位かな」

奈緒「タクシー使うか?」

加蓮「いいよ、大げさ」

奈緒「涼しくはなってきたけどさあ」

加蓮「仕事だって頑張れてるし、今日次第では何歩も進めるかもしれないんだから」

奈緒「Pさんはもういるってさ」

加蓮「プライベートで会うの久しぶりだなあ」

奈緒「……だからそんなに気合入れてんのか?」

加蓮「どっかの誰かさんがいきなり家に来るから」

奈緒「だから悪かったって」

加蓮「来る前に連絡入れてって言ったよね?」

奈緒「言った、言いました」

加蓮「何の連絡もなかったから、中止になったのかと思って完全に気を抜いてたのに」

奈緒「でも、お詫びって事でお願い一つ聞いてもらえるんだろ」

加蓮「当然の権利、奈緒もね」

奈緒「はいはい、でも変なのは止めろよ」

加蓮「プール行きたいなあ」

奈緒「プール……そういえばあの券」

加蓮「使用期限、なかったんだって」

奈緒「へえ、じゃあ四人分あるのか」

加蓮「そ、ルキトレさんも誘って。あ、幸子もかな」

奈緒「練習とかしてるのか?」

加蓮「ううん、でもそれでいいの」

奈緒「初心者用のコースに混じるのか?」

加蓮「上手になっていくところも見て欲しいから」

奈緒「……そっか」

加蓮「だから、水着買いに行こ。可愛いの選んであげるから」

奈緒「べ、別に普通のでいいだろ」

加蓮「Pさん喜びそうなのってどんなのかな?」

奈緒「そんなの絶対に着ないからな!」

P「何か、朝から疲れてないか?」

奈緒「……気にしなくていい」

加蓮「Pさん、普段はそういうの着てるの?」

P「俺の数少ない私服」

加蓮「センスいいね、いつもよりかっこよく見える」

P「加蓮もな、奈緒は普段と変わらないが」

奈緒「服なんてそこまで気にした事ない」

P「アイドルにあるまじき発言」

加蓮「モデルの仕事とかあんまりしないよね」

奈緒「誰が喜ぶんだよ」

P「俺と加蓮が」

奈緒「何でPさんのた、為にそんなの」

加蓮「可愛いの着せてあげようよ」

P「やっぱりドレスかな、お姫様が着るような真っ白の」

加蓮「じゃあ私もドレス着たい」

P「どんなのがいいんだ?」

加蓮「ウェディングドレス」

P「早くないか?」

加蓮「いいの、練習にもなるし」

P「練習って」

奈緒「人生に一度だけのもんだろ」

P「二度三度する可能性もあるけどな」

加蓮「Pさんは二回だね」

P「俺は離婚か死別する様に見えるのか」

加蓮「違うよ、私と奈緒で一回ずつ」

奈緒「はあ!?」

P「ちょっと待て!」

加蓮「あ、二人一緒の方が良かった?」

P 奈緒「そういう問題じゃない!」

P「で、今日の目的地ってのはどこなんだ?」

加蓮「とっておきの場所って凛は言ってた」

P「心当たりとかないのか?」

奈緒「いや、そんな事を言うの珍しいなって思ったくらいで」

加蓮「私も地図でしか教えてもらってないから」

P「女の子限定ショップとかだったら俺は入れないな」

加蓮「その時は出るまで待っててね」

P「無になって待ってる」

奈緒「けど、ここら辺にそんなのあったか?」

加蓮「あんまり栄えてる所じゃないね」

P「開けてはいるんだが、あちこちにしか建物もないしな」

加蓮「女の子が遊ぶような場所じゃないのかな」

奈緒「スタジオ」

加蓮「あ、可能性ある」

P「渋谷凛って、仕事人間なのか?」

加蓮「レッスン量、事務所でも多い方だよ」

P「仕事も多いだろうに、それに加えてだろ?」

奈緒「多分、事務所内でトップだ。大抵の日はいる」

P「やり過ぎなんじゃないのか?」

奈緒「もしそうだったら、都合はいい」

加蓮「落ち着いて話もできるしね」

P「オフにスタジオって、若いんだからもうちょっと――」

加蓮「見えてきた。あ、あれだよ!」

奈緒「当たっちゃったか、Pさんやっぱり凛は――」

P「……」

奈緒「Pさん?」

P「渋谷さん、俺が来る事を分かってたんだな」

加蓮「あの建物が何か知ってるの?」

P「よく知ってる。そっか、駅からだと歩くんだな。安かった訳だ」

奈緒「借りたのか?」

P「全て、彼女が教えてくれるんじゃないか」

奈緒「入れるのか?」

P「開いてるな、ここを借りる人も少なくなったんだろうな」

加蓮「個人で借りれるような所なの?」

P「4時間くらいで5万だった、来たのは100人位だったかな」

奈緒「Pさん、一体どういう――」

P「俺がアイドルとして、最後にステージに立った場所だよ。そうだろ? 渋谷凛」

凛「ようこそ、やっぱり来たんだね」

加蓮「凛?」

奈緒「何でステージに立ってんだ?」

凛「立ってみたかったんだ、アイドルになってからの夢が一つ叶ったかな」

P「そんな小さなステージに立つ事なんて、仕事ではもうないだろ?」

凛「そうだね、地方でもここよりは大きいかな。けど、どこにも負けない位いい景色だよ」

奈緒「Pさん、さっきのだけどアイドルとしてって」

P「言葉の通りだよ、アイドルやってたんだ。無名だったけどな」

加蓮「アイドル……」

凛「奈緒と加蓮は知らないと思うけど、本当」

P「よく知ってたな」

凛「いたからね、ここに」

P「また凄い偶然だな」

凛「本当に凄い偶然だと思う、ニュージェネレーションが三人ともそこにいたんだから」

P「……本当に凄いな、観客なんて大して多くもなかったのに」

凛「事務所で会った時に皆で驚いた、あの時にそこにいたんだって」

奈緒「いや、でもアイドルって。いつまで?」

加蓮「引退したって事?」

凛「そのライブの一週間後にね」

奈緒 加蓮「一週間!?」

P「詳しいな」

凛「知ったのはアイドルになってから、見に行った時はそこまでアイドルに興味があった訳でもないしね」

奈緒「じゃあ何で行ったんだよ?」

凛「誘われたんだ、友達に。その子もアイドルやってたんだけど、凄くかっこいい人を見つけたって言われて何となく」

P「もう二年も前の話だ」

凛「今でも簡単に思い出せる。熱気も、盛り上がりも、ステージの上に立つアイドルがどれだけ凄かったかも」

奈緒「やっぱり、上手かったのか?」

凛「私は今でも勝てる気がしない」

加蓮「今でもって、凛はもう」

凛「上には上がいる、だから今もこうして頑張れてる」

奈緒「ってか、そこまで凄いなら何でPさん引退したんだよ」

凛「うん、そう思うよね」

奈緒「それも知ってるんだな?」

凛「ライブが終わって一週間後、そのアイドルは表舞台から姿を消した。本当に突然で引退宣言もなく、誰が記事にする訳でもなく」

加蓮「それで?」

凛「同時に私の友達も連絡が取れなくなった、その時の私は忙しくなったんだろうなって気にも留めずに普通の生活に戻って」

奈緒「そういう言い方するって事は、違ったんだな?」

凛「一年前にスカウトされてアイドルになって、私は統括にそんなアイドルがいなかったか聞いた。折角アイドルになれたんだから、
  どこかで再会できたら嬉しいなって思って。もちろん友達の事も聞いたよ」

奈緒「統括……」

加蓮「それで、会えたの?」

凛「会えたよ。その前に聞きたいんだけど、プロデューサーは覚えてる?」

P「覚えてるよ、その子の事。そっか、渋谷さんの友達だったのか」

奈緒「印象に残る人だったのか?」

P「当時、俺に話しかけてきた子がいたんだ。アイドルやってるだけあって可愛い子で、オーディションで会う度に話してた」

凛「覚えてるんだ」

P「引退してから見なくなったけど、この世界で会ってないって事はその子も引退したのか?」

凛「したよ、せざるを得なかった」

P「怪我か?」

凛「いいの? 加蓮と奈緒の前で話しても」

P「どういう意味なのかな」

凛「そのままの意味だよ」

加蓮「聞く、ここまで来て帰るわけにはいかないから」

奈緒「当たり前だろ、判断はそれからだ」

凛「いい? プロデューサー」

P「俺に決定権はないみたいだし、黙って聞くよ」

凛「じゃあ、どこから話そうか」

奈緒「最初からでいい」

凛「プロデューサーの両親って、事務所を経営してたんだ。子役専門のプロダクション」

加蓮「子役? 小学生とか?」

P「12歳以下の子供だけだった、例外は俺ともう一人くらいで」

凛「物心ついたときはもうこの世界にいたんだよね?」

P「いた、芸歴だけなら泰葉より少し長いかな。抜かれるのも時間の問題だけど」

奈緒「お互いに知ってたのか?」

P「最近になって泰葉にばれた、俺はその前から知ってたけど」

加蓮「他にも知ってる子いるの?」

P「ありすは知ってる、俺が教えたから。後は、彼女の口から出てくるんじゃないか」

加蓮「まだいるんだ」

凛「私たちが知ってるくらいだから、他にもいるかもしれない。泰葉が知ってる事も私は知らなかったから」

奈緒「……続けようぜ」

凛「そうだね、そのプロダクションは人気があってさ。業界内でもそれなりの力を持ってた。将来有望な子もたくさんいた
  みたいで、そういう子は大きくなると大手の事務所に移籍していった」

加蓮「残らないんだ?」

凛「その見返りとして、結構なお金と仕事を回してもらってたんだって。そうだよね?」

P「その通りだよ」

奈緒「ああ、そういう……」

凛「そういった大手とのコネクションを活かして人と仕事を回す、そうやって事務所は大きくなっていった」

奈緒「順調だな」

凛「けど、そのやり方は続かなかった。原因は二つ、プロデューサーは分かるかな?」

P「一つはアイドルブームの到来」

凛「12歳以下のアイドルもいるにはいるけど、アイドルの主流は十代後半」

奈緒「仕事がなくなったのか」

P「事務所に来る仕事を見てみれば分かる事だよ、150名以上のアイドルが在籍する中で12歳以下は14名。仕事の割合も変わらない」

加蓮「確かに、そうだね」

P「ファミリードラマがアイドル主体のドラマになるだけで子役の需要はそこから消える。そうなると始まるのが」

奈緒「な、何だよ?」

P「競争と淘汰」

加蓮「そんなに減ったの?」

P「とある事務所が折檻したからな。それまでにも伝説的な活躍をしたアイドルはいたけど、今は本当に戦国時代だ。
  それはもう、加蓮達のほうが分かってると思うが」

奈緒「それで、二つ目は」

P「収入は減る、大手は以前の様に相手をしてくれない。その結果、大手以外の事務所の相手をするようになる。
当然、待遇は低いし仕事は回ってこない。そんな噂が広まれば有望なのも集まらなくなる」

加蓮「そんなのって」

P「で、あちこちから借金重ねて首が回らなくなった事務所はとんでもない事をやらかした。これが事務所が潰れる決定打だったんだろう」

凛「……知ってたんだ」

P「二つ目の理由、所属していた子を売り飛ばした」

奈緒「売り飛ばしたって」

P「文字通りの意味だよ」

凛「移籍、とは違うんでしょ?」

P「まるで違う、そんな生易しいものじゃない。本当に驚いたよ、移籍したらどこに移ったか位は教えてもらえるのが普通だったのに、
何も教えてもらえなくなるんだから。いくら調べても、誰に聞いても分からない。答えを知るのにそれから一年近く掛かった」

奈緒「やっぱり……その……」

P「ここから先も、必要な話なのか?」

凛「言いにくいなら私が言うよ」

P「誰がアイドルに言わせるか。有体に言えば、枕って事だ」

加蓮「枕って……だって所属してた子達って」

P「関係ない、買う側からすればそれ目当てなんだから」

奈緒「いや、だって親とか絶対――」

P「反対すると思うか? 思うよな、俺だって思った。そんなのおとぎ話だって否定して他の可能性を探したさ」

加蓮「何で……そこまでして生き残りたいの!?」

P「俺にだって理解できない話だよ、それで生き残ったアイドルなんて本当に僅かだってのに」

凛「生き残ったアイドルもその話が明るみに出ればいつでも追放される立場、そんな中でステージに立つってどんな気分なのか想像したくもない」

P「君には関係ない世界だよ」

加蓮「結局、ばれたから潰れたの?」

P「ある記者が記事にしようとしたらしいんだが、揉み消されたらしくて世間には出なかった。話に聞く限り億単位の金が動いたそうだけど」

加蓮「億……」

凛「その記者に情報をリークしたの、誰だと思う?」

P「……その子か?」

凛「当たり、まあ分かるよね」

奈緒「リークって、Pさんのファンだったんだろ? 何で事務所を潰すような事」

凛「その答えは、彼女しか知らない。今もまだ夢の中にいる彼女にしか答えられない」

加蓮「夢?」

凛「入院してるんだ、二年間」

奈緒「二年!?」

加蓮「事故……とか?」

凛「外傷はない、街中で倒れてそれっきり」

奈緒「それでずっと眠ってるのか?」

凛「そう、いつ目覚めるか誰も分からない」

P「……」

加蓮「凜の話は分かった、Pさんのいた事務所が関係あるかもしれない事も理解した。だけど」

凛「加蓮達の質問は分かってる。どうして統括はプロデューサーと加蓮達を遠ざけたのか、だよね?」

奈緒「今の話だと、Pさんあんまり関係ないだろ。その子の事だって何も知らなかったんだから」

凛「うん、そうだろうね。私はプロデューサーが悪いとか責めようとかそういう事は考えてないから安心して」

奈緒「なら――」

凛「その子の事、何で統括はそんなに詳しいんだろうね」

奈緒「まさか」

加蓮「……家族?」

凛「うん、当たり。世界って狭いね」

P「質問いいか?」

凛「いいよ」

P「その記者は特定できてるのか?」

凛「ううん、フリーだったみたいで足取りは不明だって」

P「その子が統括の妹で、意識不明の原因は俺に関係あるかもしれない」

凛「そうだね」

P「ならどうして楓さんを俺にプロデュースさせた? 失敗させたいなら他の新人の方が可能性は高かったはずだ」

凛「楓さん、モデルだったって知ってる?」

P「それは知ってる、だからプロデュースの難易度としては低いんだ。一から教える必要がないってのはそれだけで大きいんだから」

凛「そう、低い。低いって、言いかえればその時点で完成してるって事」

P「それがプロデュースさせた事にどう繋がるんだ?」

凛「プロデューサーの裁量の余地が狭いって事、もっと言えば誰でもある程度の成功はした。つまりプロデューサーの功績としては薄い」

P「生かさず殺さずって理解でいいのか?」

凛「統括からすればいなくなられても困るから、必ず加蓮達に勝てる人を用意したんだと思う。加蓮達を成功させたら事務所内での力が強まっちゃうから」

奈緒「強まったら問題なのか?」

凛「妹を殺したかもしれない人に成功させたいとか思う?」

奈緒「いや、だったら居場所だけ把握しといて採用しなければいいだろ」

P「それは統括でも無理だったと思う、採用を決めたのは社長だから。統括の態度を見る限り俺の事、途中まで知らなかったんじゃないか?」

加蓮「社長って、ちひろさん?」

P「何故かアイドルに名前で呼ばせるよなあの人」

奈緒「社長って言われるまで気付かなかった、ドリンク売ってるし」

加蓮「そもそもPさん、何でここを受けたの?」

P「紹介されたんだよ、ここに行ってみたらって」

凛「それは私も知りたい、誰に言われたの?」

P「俺がここに来る前、どこにいたか知ってるか?」

凛「統括は知らないみたいだった」

P「俺の両親がどうなったかは?」

凛「それは……知ってるみたい」

加蓮「Pさん?」

P「俺にここを紹介したのは、高木順一郎って人だ」

奈緒「たかぎじゅんいちろう?」

加蓮「誰それ?」

凛「……」

P「765プロの会長だよ」

奈緒「765って、あの765!?」

加蓮「天海春香とか星井美希とかいるあそこ!?」

P「そう、天海春香とか星井美希がいるあそこ」

奈緒「どんな繋がりがあったらそうなるんだよ!? ってか本当なのか?」

凛「本当だよ」

P「なるほど、統括はって言い方をしてたな」

凛「そのままそこにいた方が互いに幸せだったかもね」

P「俺の父とそれなりに仲が良かったらしい。途中でその繋がりは途絶えたみたいだけど、俺の事をどこからか聞いてたみたいで拾われたんだ」

奈緒「何してたんだよ?」

P「マネージャーの様な、雑用の様な。忙しかったよ」

凛「だからプロデューサーとしてやっていけるんだ、そんな大手の力を借りてるなら余裕だよね」

P「彼らの名誉の為に言うが、そんな事実は一切ないよ。成功してるのは全てアイドル達の力だ」

凛「目覚めた時、彼女の返答次第では居場所を無くすよ。それでもいるの?」

P「いる、何より俺が知りたくなったから。どうしてその子はそんな事になったのか」

奈緒「なあ、あたしも質問いいか?」

凛「隠し事をするつもりもないから」

奈緒「何で今になって統括はあたしと加蓮を担当しようとしてる?」

凛「橘ありす、藤原肇、岡崎泰葉、黒川千秋」

P「その四人がどうかしたのか?」

凛「気付いてないんだろうけど、この四人はプロデューサーと関わって変わったんだよ。見違えるくらいに」

奈緒「まあ、柔らかくなってはいるけど」

凛「最初は固かったのに、今では笑顔も増えて人気も出てきた」

P「ああ、これ以上はって事か」

奈緒「……何だよそれ」

加蓮「ふざけてる」

奈緒「その話に協力してたって事は、凜も同じ考えなのか?」

凛「彼女を目覚めさせる事なら協力するけど、そんな意地の張り合いには興味ないよ」

P「君はどうしたいんだ?」

凛「私はトップになる、それはあの子が見れなかった景色を見せたいから。ならまずは、最初に目標に定めた人を超えないと
  話にならない」

加蓮「なら、凛はどうして私達を誘ったの?」

凛「本気じゃないよ、来るとも思ってない。かといって、統括を無視する訳にもいかないよ。
  私たちをここまで連れてきてくれた人だから」

P「何でそれを明かす気になったんだ?」

凛「楓さんと共演した時、緊張したよ。だけどそっちは素知らぬ顔で心配そうに見てきて、何か悔しかった。こっちがどんな思いで
  歌ってるかとか知らない癖にって」

P「なるほどね、どうしたのかとは思ってた」

凛「私は純粋にアイドルとしてプロデューサーを超えたいだけ、そうすればきっと……あの子も目覚めるって信じてるから」

P「話は分かった、それで俺はどうすればいい?」

凛「どうしようもないんじゃないかな、私が驚く様な情報なんてもう持ってないでしょ?」

P「そうだな、目覚めない以上どうしようもない」

凛「今日はこれで終わりかな。ごめんね加蓮、奈緒。折角のオフだったから普通に遊びたかったんだけど」

加蓮「まだ今は、一緒にそのステージには立てない」

凛「うん、分かってる。ただ聞いて欲しかっただけだから、今はそれでいい」

奈緒「なあ、凛。まだ、言いたい事あるんじゃないのか?」

凛「何を言ってるの、全て言ったよ。知りたかったんでしょ?」

奈緒「統括の事情は分かった、けど凛の事情が分からない」

凛「私?」

奈緒「その子が心配で色々と調べたっていう気持ちは分かる。だけどさ、じゃあ何でPさんと今まで会わなかったんだよ?」

加蓮「あ」

P「……」

奈緒「統括の目だってこうやって潜り抜けられるんだから、事情に詳しい人に聞きたいならPさんだって適任だろ? 何で統括だけに聞いて満足してたんだ?」

加蓮「ねえ、どうして?」

P「俺の前で言いにくいなら席を外してもいいが」

凛「スケジュールが合わなかっただけ、それだけだよ」

奈緒「あんなに分かりやすい嘘、初めてだ」

加蓮「無理してたよね」

P「俺、何かしたのかな」

加蓮「Pさんは悪くないと思う、もし非があるなら凛は言ってくるから」

奈緒「なんか思い詰めてるって感じだ」

P「島村さんや本田さんも同じなのか、あるいは彼女だけなのか」

奈緒「そっちの二人はあんまり話したことないんだよなあ」

P「何で渋谷さんだけなんだよ?」

奈緒「いや、レッスンで一緒になる回数が多くて」

加蓮「話してる内に気が合って、いつの間にか」

P「しかし、統括はどうすればいいのかな」

奈緒「Pさんの両親は何してんだ?」

P「空の上だよ」

奈緒「旅行か?」

P「天国か地獄か知らないけどな」

加蓮「奈緒」

奈緒「ごめん!」

P「いや、こっちこそ申し訳ない。生きてたら解決してたかもしれない問題なんだから」

奈緒「そんな言い方はしなくていいって」

P「二人揃って置いてったんだから少しくらい役に立ってくれよって感じだ」

加蓮「何も残ってないの?」

P「全て燃えて無くなった、処分には手っ取り早い方法だったんだろう。さて、駅に到着」

奈緒「仕事とか、当分は別の方が良いか?」

P「暫くはな、こうなると俺と統括の問題だ。あんまり動くなよ」

加蓮「動くよ」

P「……無理するな。後、トレーナーさんには絶対に内緒だ」

奈緒「分かってる、余計な事は何も言わないって」

P「それじゃ、今日はここまでだな。悪かった、こんな事に付き合わせて」

杏「目覚めるの?」

P「さあな」

杏「投げやり」

P「俺は医者でもなんでもない、そんな判断できるか」

杏「凛もよくそこまで調べたね」

P「統括からの情報がほとんどなんだろうが、それは同感」

杏「でも話からして、私やまゆの事は知らないみたいだね」

P「完全に揉み消されたみたいだから、運が良かったな」

杏「どうだろうね。案外、こういうのって後になってどかんと来るから」

P「来たってお前は気にしないだろ」

杏「調べるの?」

P「まあ、無関係とは言えないからな。そもそもその子が独自に情報を得たとは考えにくいって疑問もある」

杏「誰かが唆したんだろうね」

P「間違いなくそうだろ。俺のファンって事は知ってる人は知ってただろうから」

杏「で、その情報を記者に教えた後に意識不明」

P「怪しすぎるよな、統括や渋谷さんも思ってんだろうけど」

杏「口止め?」

P「何かお前と話してて思ったけど、怪しいの俺だな。事務所を守る為に口を封じたって理由もあるし、
  統括も警戒して当たり前か」

杏「兄貴が怪しいなら私も容疑者になるんだけど」

P「まゆはやってないよな?」

杏「確かにそんなイメージはあるけど、そこまでするかな?」

P「やっぱりないな、あいつは俺に少しでも迷惑が掛かるような事は絶対にしない」

杏「信頼してるね」

P「信頼というか、もしあいつがやったんだとしたら俺は事務所を辞める」

杏「そういうの、かっこわるい」

P「ほっとけ、もう夜も遅い。とっとと寝ろ」

未央「うーん、しぶりんでも全部は言えないかあ」

凛「言っちゃった方がよかったかな」

卯月「そんな事ないよ、言ったらプロデューサーさんが困っちゃったと思う」

未央「悩むもんね」

卯月「でも会えて嬉しかったでしょ?」

凛「……そうだね、やっぱり変わってなかった」

未央「プロデューサーが?」

凛「違うよ、変わってなかったのは」

未央「何か顔が赤くなっておりますなー」

卯月「茶化したら駄目だよ、それで変わってなかったのは?」

凛「……私の方だった」

次回は22日 今度はきちん投下します

連作短編20
智絵理「クローバーを探して」

夕美「今日、皆に紹介するのはこのお花。え? 知らないって? でもね、このお花は葉っぱに特徴があるんだ。
   
   ほら、知ってるよね? シロツメクサって言うんだ。この3枚の葉っぱは4枚だったり5枚だったりするんだけど、
   
   今までの最高記録は56枚なんだって。皆は何枚の葉っぱのクローバーを見つけられるかな? もし見つけたらいい事ある
   
   かもしれないよ。そんなシロツメクサの花言葉は復讐、幸運、約束。ちょっと怖い言葉が出てきたね、この花が珍しいのは4枚の
   
   葉っぱに特別に花言葉が与えられてるところ。その花言葉は……好きな人が出来たら調べてみてね、お姉さんとの約束だよ。
   
   じゃあ皆また明日、相葉夕美の今日の花言葉でした」

智絵里「クローバー……」

女P「本当に好きなのね。栞にもする位だし、当り前か」

智絵里「私はそんなに……運がいい方じゃありませんから」

女P「私の担当ではトップなんだから、少しは胸を張りなさい」

智絵里「いえ、それも女Pさんのおかげ……ですから」

女P「謙虚なのは確かに美徳だけど、まあいいか。行きましょ、今日のお仕事は気に入ると思う」

智絵里「本当ですか?」

女P「嘘をついてどうするのよ、来なさい」

美穂「あ、女Pさん」

女P「はいお待たせ、智絵里を連れてきた」

智絵里「今日は美穂ちゃんとお仕事…ですか?」

女P「そ、うちの事務所が誇る乙女達が幸せを探すって企画」

美穂「お、乙女ですかぁ」

女P「デビューしたてじゃないんだから、どう見たって乙女じゃない」

美穂「そうですね、もう……どんとこいです!」

智絵里「幸せを探すっていうのは……?」

女P「ま、その名の通り幸せの象徴として扱われてる物の紹介といったところね。今回のテーマが、智絵里の
   好きなクローバー」

智絵里「やった」

女P「見つかるかは貴方次第、茄子でも連れてくれば簡単に見つかるんでしょうけど」

美穂「もし、それで見つからなかったら」

女P「没ね」

美穂「ぼ、ぼつ……」

女P「幸せ、見つかりませんでした! なんて許されるのは茜くらいでしょ」

智絵里「見つからなかったら……」

女P「何で始まる前からネガティブなのよ! ほら段々と景色もよくなってきた」

美穂「この前の楓さんの撮影した所ですか?」

女P「確かに似てるわね……あいつとセンスが一緒ってのはちょっと癪ね」

美穂「プロデューサーですか?」

女P「確か選んだのあいつなのよね、悔しいけど似合ってたわ」

智絵里「プロデューサー……三人いますよ?」

美穂「若い方です、いつも千枝ちゃんと一緒にいる」

女P「そんな印象なのね、無理もないか。あの子は本当にPさんPさんだから」

美穂「懐いてますよね」

女P「って、何でわざわざこんな綺麗な所であいつの話になるのよ! 今日は関係ないでしょ!」

智絵里「仲がいいんですか?」

美穂「この前、一緒にお出かけしたんです。幸子ちゃんと三人で」

女P「幸子と?」

美穂「はい。えっと、駄目でしたでしょうか?」

女P「いえ……何もなかった?」

美穂「はい、幸子ちゃんも嬉しそうでした」

女P「となると、やっぱりあの二人か」

美穂「その時に二人に協力してもらって取ったのがこの熊さん」

智絵里「真っ白」

女P「へえ、趣味いいわね。あの二人にしては」

美穂「折角だから、名前を付けたんです。幸Pちゃんって」

女P「その熊さんに同情するわ」

美穂「か、可愛い名前でしょう!?」

智絵里「うん…かわいい」

女P「ボクは世界一かーわーいーいー、とか言いそう」

美穂「言いません!」

女P「さて……広いわね」

美穂「ここから探すんですか?」

智絵里「これだけあれば、見つかります」

美穂「今日中に見つからなかったら……没……」

女P「そんなプレッシャー感じなくていいから、智絵里は着替え終わった?」

智絵里「白のワンピース…初めてです」

美穂「うわぁ、天使みたい」

女P「他人事みたいに言ってるけど、貴方も着るのよ」

美穂「無理です!」

女P「即答しないの!」

美穂「う……分かりました!」

女P「あら、妙に物分かりがいいわね」

美穂「これでもアイドルなんですから」

女P「……へえ」

智絵里「クローバーがいっぱい」

美穂「えっと、三つ葉じゃなくて四葉」

女P「一応、撮影は後で入れるからあんまり服を汚さないようにね。私はちょっと外すけど無理しちゃ駄目よ」

美穂「はい……じゃあ探そっか」

智絵里「熊、好きなんですか?」

美穂「好き、なのかな? あの熊さんは本当にたまたま見つけただけだから」

智絵里「熊本だから、熊さん?」

美穂「そうかな、東京にはあんまりいないから熊さんの方から来てくれたのかも」

智絵里「優しい熊さんだ、いいな」

美穂「智絵里ちゃんは何でクローバーが好きなの?」

智絵里「涙の数だけ強くなれる アスファルトに咲く花みたいに」

美穂「何かの歌?」

智絵里「うん、デビューしたての頃に女Pさんから教えてもらって」

女P「一応、撮影は後で入れるからあんまり服を汚さないようにね。私はちょっと外すけど無理しちゃ駄目よ」

美穂「はい……じゃあ探そっか」

智絵里「熊、好きなんですか?」

美穂「好き、なのかな? あの熊さんは本当にたまたま見つけただけだから」

智絵里「熊本だから、熊さん?」

美穂「そうかな、東京にはあんまりいないから熊さんの方から来てくれたのかも」

智絵里「優しい熊さんだ、いいな」

美穂「智絵里ちゃんは何でクローバーが好きなの?」

智絵里「涙の数だけ強くなれる アスファルトに咲く花みたいに」

美穂「何かの歌?」

智絵里「うん、デビューしたての頃に女Pさんから教えてもらって」

美穂「その花が四葉のクローバー?」

智絵里「うん……幸せもらった気がしたから」

美穂「きっと、智絵里ちゃんに会いに来たんだ」

智絵里「じゃあ、今日は私が会いに行く番」

美穂「そのクローバーさんも待ってるよ」

智絵里「待ってると…いいな」

女P「お待たせ、スタッフさんも到着したから……って」

スタッフ「機材はここで大丈夫ですか? プロデューサー?」

女P「あの子達はどこに行ったのよ!?」

ありす「だから、どうしてナビ通りに進んだらこうなるんですか?」

P「そのナビがおかしかったから、としか言い様がない」

ありす「買い換えた方がいいのでは?」

P「申請出すか……ありす、そのタブレットは使えるか?」

ありす「もちろんです、どうぞ。現在地は恐らくここです」

P「随分と街から外れちゃったな、仕方がないここから……こう行くのが早いか」

ありす「時間に余裕があって良かったですね」

P「全くだ、とはいえ早朝の仕事だったから眠いのがなあ。本当に寝ててもいいんだぞ?」

ありす「そこまで薄情ではありません」

P「何か飲み物でもないかな、目が覚めるようなの」

ありす「少なくとも、コンビニはありません」

P「それは想像ついてた。お!」

ありす「こんな所にあって採算が取れているんでしょうか」

P「とはいえ今の俺たちにとっては棚からぼた餅だ」

ありす「大げさですよ」

P「さて、何にしようかな」

ありす「別に何でもいいです」

P「珍しいのもあるんだし、飲んでみたらどうだ?」

ありす「そんなロマンはいりません」

P「全く、ミルクティーなんて飲んでたらミルクティーみたいな人生しか送れないぞ」

ありす「充分、変わった人生を送ってると思いますが」

P「俺はこれだな」

ありす「大相撲自販機場所うっちゃり……飲み物なんですか?」

P「缶に入ってるし、液体だぞ」

ありす「液体だからといって飲めるとは限りません」

P「そんな事を言って、欲しいってだだこねてもあげないからな」

ありす「ありえませんから、きちんと飲んで下さいね」

P「さて、では一口」

ありす「どんな味ですか?」

P「うっちゃられた感じがする」

ありす「答えになってませんが」

P「今ならどんな怪事件でも解決できる気がする!」

ありす「はいはいそうですか」

P「目は覚めたし、これなら事務所まで何とかなりそうだ」

ありす「別にどこかで休憩しても構いません」

P「折角の夏休みなんだ、それは悪いって」

ありす「折角の夏休みだから、です」

P「帰って遊んだりしたいだろ?」

ありす「それとこれとは話が――」

P「何の音だ?」

ありす「動物では?」

P「いや……こっちに来そうだな。ありす、車に戻るぞ」

ありす「何か持ってますか?」

P「うっちゃり」

ありす「動物に飲ませるのは駄目ですよ」

P「分かってるって、せーので走るぞ」

ありす「分かりました」

P「せーの!」

美穂「やっと出れたー!」

智絵里「出れないかと思って……よかった……」

ありす「うっちゃられた感じです」

P「……おう」

ありす「お仕事中だったと」

美穂「探してる内に夢中になっちゃって、気づいたらこんな処に」

P「待ってて、とりあえず連絡を取るから。今日の担当は?」

智絵里「女Pさんです」

P「了解、目を離して遭難未遂とはね……げ、圏外。さっきまで使えたのに」

美穂「わたし達も使えなくて」

ありす「何を探してたんですか?」

美穂「クローバーです、四葉の」

ありす「幸せの象徴の、ですか?」

智絵里「うん、とても奇麗で…優しい気持ちになれる」

ありす「それで遭難ですか」

智絵里「う……」

P「ありすもそれくらいにしとけ。車に乗って仕事場まで送るよ、それが早いだろうから」

美穂「すみません」

P「いいよ、どうせついでだ」

智絵里「熊さん……取ったのってもしかして」

美穂「うん、この人だよ」

P「あれは小日向さんが自分で取ったんであって、俺は何もしてないよ。幸子共々惨敗を喫
  しただけだ」

美穂「そんな事ありません、プロデューサーが頑張ってくれたからわたしの所に来てくれたんです」

P「そう言ってくれると救われるよ」

ありす「熊さん?」

P「ゲーセンに行った時にちょっとな」

ありす「……そうですか」

P「そういえば、その服は衣装?」

美穂「はい……その、ど、どうでひょうか!?」

P「大丈夫、ちゃんとアイドルに見える。可愛いよ」

美穂「よかった、ありがとうございます」

ありす「可愛いですか」

P「何でそんな不穏なオーラを出してるんだよ」

ありす「知りません」

P「さて、緒方さんと呼んだ方がいいかな」

智絵里「智絵里でも…いいです」

美穂「初対面ですよね?」

P「プロデューサーとしては、そうだな」

ありす「プロデューサーの前って」

P「それの後」

智絵里「トレーナーさんだと、思ってたんですけど」

美穂「トレーナー? そういえば幸子ちゃんの時にそんな事……」

ありす「一体、何がどうなったらそんな事になるんですか」

P「色々とあったんだよ、その時にちろっとね」

智絵里「ちろっと、です」

美穂「一緒にお仕事を?」

智絵里「ドラマの撮影があって…そこで……」

P「本当に偶然なんだよ。俺はその頃、どんな仕事があるのやらって見学してた時期だっ から」

智絵里「色々…教えてもらって」

P「上手いよ、入り込むっていうか……そういえばそのドラマのタイトルが」

智絵里「クローバーを探して、です」

P「またクローバーか、縁があるんだね」

智絵里「はい、またお会いできました」

P「今日はすぐお別れだろうけど……雨か」

美穂「天気予報は晴れだったのに」

ありす「本降りになってしまいそうですね」

P「さすがにこれだと中断だろうし、丁度よかったかな。ありす、天気予報は?」

ありす「降水確率は終日72%です」

P「中止かな」

智絵里「それは駄目です」

美穂「智絵里ちゃん?」

智絵里「駄目……嫌です…」

P「……ここなら携帯も通じるだろうから、話してみるよ」
――

P「分かりました、では一応そこまでは送りますから」

美穂「どうですか?」

P「協議中らしい、まあ居場所が分からなくて撮影すら始めてなかったから別に進行にそれほど不都合が
 出てる訳でもなさそうだ」

美穂「中止でしょうか?」

P「俺ならそう判断するかな、結構な人員をここに留まらせるのはちょっと」

ありす「止みそうにありませんね」

P「見えたな、ここに停めておくから待ってて。どうせ俺も帰りの途中だから中止って事ならここから
 事務所まで送るよ」

ありす「傘は?」

P「いいよ、すぐの距離だ」

智絵里「……」

美穂「やっぱり駄目でしょうね」

ありす「仕方がありません、無理して体調を壊したらその方が……あの、緒方さんは?」

美穂「……え?」

P「何をやってるんですか」

女P「ごめん、本当にごめん」

P「変なのに見つかって連れ去られたら事務所が潰れますよ」

女P「始末書よね……」

P「そんなもん書く暇あるなら仕事して下さい」

女P「……借りになっちゃったわね」

P「いいですよ。で、今日の仕事はどうするんですか?」

女P「中止、無理させてもしょうがない」

P「賢明です。車に二人ともいますから、事務所までついでに送りますよ」

女P「そうよね、こんな状態で運転してたら事故って新聞の一面飾って」

P「どこまでネガティブになったら気が済むんですか、午後も仕事でしょう」

女P「大丈夫かな……」

P「たまにやらかすとこれだ……先輩を見習って堂々としてればいいんです」

女P「あれの真似は出来ない」

P「あれって」

美穂「あの!」

P「って、傘もなしに何で出てきたの?」

美穂「智絵里ちゃんがいなくなっちゃいました!」

女P「車にいたんじゃないの?」

P「さっきまでいましたよ」

美穂「いつの間にか姿がなくて、ありすちゃんが追いかけて行っちゃって」

P「おいおい……」

女P「行く場所なんて一つよね」

P「探しに行ったんでしょう、クローバーを」

美穂「何でそんなに拘るんでしょう」

P「……まあ、あれでしょうね」

女P「ったく、もうあの時から変わってないじゃない」

P「とりあえず俺はありすを、女Pさんは緒方さんを優先に。小日向さんはスタッフに知らせて」

美穂「手伝います」

P「いや、その気持ちがあるなら車にいて欲しい」

美穂「わ、わたしもいなくなりますよ!」

P「……俺の目の届く位置にいるように」

美穂「いない……大丈夫かな」

P「靄が出てきたな、視界がこんなに悪いとなるとやっぱり警察かな」

美穂「呼んじゃったら騒ぎになるんじゃ」

P「行方不明になったら洒落にならない、本来ならもう呼ぶべきなんだけど」

美穂「そうなったら本当にこのお仕事、なくなっちゃいますね」

P「緒方さんがショックを受けるだろうからなあ、頑張り屋なんだけど空回る時があって」

美穂「あんなに人気があるのにですか?」

P「完璧超人がトップになれる世界でもないよ」

美穂「そう……ですよね」

P「緒方さんは……」

美穂「何かあったんですよね?」

P「緒方さんの言葉の中で一つ、印象に残ってるのがある」

美穂「何ですか?」

P「見捨てないで下さい、って言ったんだ。事務所に入って二か月くらいたった時だけど」

美穂「み、見捨てないで下さい?」

P「まあ、俺がまだトレーナーという名の研修期間だった時の話だよ」

智絵里「……」

女P「こんな所にいた、ああもう涙目になってどうするの。失敗一つしただけでしょ?」

智絵里「でも、最初からこんなので……」

女P「最初も最後もない、少し時間を取るからそれまでに拭いておきなさい」

智絵里「あ……でも汚れて」

女P「そんなの気にする訳ないでしょ」

智絵里「……ありがとうございます」

女P「アイドルなんだから、当然の様に受け取ればいいのよ」

智絵里「いえ、心配…してくれてるんですから」

女P「もう……10分後に再開するから」

P「お取込み中でしたか?」

女P「ん? ああ、新人か」

P「ええ、今日は見学させて頂きます」

女P「好きにしてていいわよ、智絵里が主役の撮影だから」

P「ありがとうございます、後でお話を伺っても?」

女P「ええ、最後までいるのなら」

P「そのつもりです」

女P「何時に終わるか分かっている?」

P「今日の撮影スケジュールなら、日が変わるまでには終わりそうだと思ってますが」

女P「……どこかで経験あるの?」

P「まあ、それなりには」

女P「そう、ならいいわ。経験があるなら話せる事も少ないと思うけど」

P「そうでもありませんよ。では宜しくお願いします」

女P「こちらこそ、じゃあ行くわね」

P「緒方智絵里か……デビュー二か月でドラマの主演、主題歌は20万枚。凄いな」

千秋「全くね」

P「……共演者の方ですか?」

千秋「せめてその持ってる台本に目を向けようとは思わないのかしら?」

P「黒川千秋、さん?」

千秋「それ位の漢字は読めるようね」

P「すみません、まだ全てのアイドルを把握できていないものですから」

千秋「いいわ、知らなくて当然。これが初仕事だから」

P「それで役を貰えて……バーターですか」

千秋「そう、彼女のおまけ。面と向かって言うなんて色んな意味で清々しいわ」

P「それでもチャンスを貰えるんですから、見どころがあると思われてるんでしょう」

千秋「さあ、どうかしらね?」

P「出番までまだあるんですから、控室にいては?」

千秋「いいじゃない、撮影の空気を感じるだけでも勉強になるわ」

P「控室にいても緊張で落ち着けませんか」

千秋「……私に言ってるの?」

P「隠したいなら台本は持ってこない方が良かったですね。
  震えてますよ」

千秋「台詞合わせ、お願いできる?」

P「いいですけど、ちょっと待ってもらえます?」

千秋「ええ、私も見たいから」

P「主役が戻ってきた」

少女「幸せはー歩いてこないーだーから歩いて行くんだねー」

妖精「しあわせってなあに?」

少女「幸せ?」

妖精「どこにもないよ?  みえないし、つかまらない」

少女「うん、それでいいんだよ。どこにもないから、幸せなの」

妖精「そんなのつまんない」

少女「つまらないかな?」

妖精「かんたんになんでもできたほうがたのしいよ」

少女「何でも出来ちゃったら、きっとその方がつまらないと思う」

妖精「そうかなぁ?」

少女「だから……私はこの道を歩こうって決めた」

P「そもそもどんなドラマなんですか?」

女P「まあ、有体なハートフルな感じ。企画段階でそれは明言されてて、その通りの脚本ができあがった」

P「少女が妖精と旅をしながらその場その場で幸せを探す物語、朝には丁度いいかもしれませんね」

女P「重いストーリーなら他に適任がいるから」

P「クローバー一つで幸せになれたら苦労しませんけど」

こずえ「なれないの?」

P「君はどう思うのかな?」

こずえ「あなたたちにはむりかも」

女P「私まで巻き込まれたじゃない」

P「そんな事を言われても」

こずえ「じぶんがしあわせになっちゃいけないってかおをしてる」

P「……そんな顔、してますか?」

女P「私に聞かないでよ」

こずえ「ちょっとねてるね、でばんきたらおしえて」

P「あの子、何者なんですか?」

女P「遊佐こずえ、11歳」

P「出番も多いんですよね? 寝てますけど」

女P「台本はすぐに覚えるから問題ないのよ、杏も同じタイプだけど年齢を考えたら彼女以上の才能かも」

P「天才ですか、確かにあの落ち着きは見事ですが」

千秋「そろそろいい?」

P「ああ、お待たせしてすみません。今から行きます」

千秋「こんなところかしら」

P「こんなところでしょうね」

千秋「言いたい事があるなら言いなさい」

P「いえ、充分だと思います。役も合ってるかと」

千秋「幸せから逃げ続ける哀れな女の役が?」

P「どんな役でもこなせれば評価は上がりますよ」

千秋「言ってくれるわね」

智絵里「あ、すみません。えっと…入っても」

P「入りにくかったですか? すみません、もう出ますので」

千秋「邪魔者みたいじゃない」

智絵里「いえ…あ、わ、私ちょっと出てます!」

P「何であんな事を」

千秋「そんなつもりなかったわ……探してくる」

P「後悔するなら最初から柔らかく接すればいいんです」

千秋「分かってる!」

P「……個性派が多いなあ、ここ」

女P「智絵里は?」

千秋「控室に戻っては来た」

女P「何となく分かった、慣れてないのが二人もいて怖気ついたのね」

千秋「本番の集中力はどこにいったのやら」

女P「そんなの私が聞きたい、探してくれてたのね。ありがと」

千秋「原因は私にもありますから」

女P「スタジオからは出れないはずだけど……」

千秋「探すのであれば行きますが」

女P「本番前でしょう?」

千秋「外の空気を吸いに行きたかった所ですから」

女P「誤解してたわ、意外と面倒見がいいのね」

千秋「それこそ誤解です」

智絵里「また…やっちゃった」

千秋「こんな所にいたのね」

智絵里「ふぇっ!?」

千秋「どんな鳴き声よ」

智絵里「すみません……」

千秋「謝らないで、悪かったわ。あんまり人当たりが良くないの」

智絵里「えっと、えと、次、一緒に撮影ですね」

千秋「そうね」

智絵里「あ、いいドラマになると…いいですよね」

千秋「そうね」

智絵里「うう……」

千秋「ふふっ」

智絵里「ふぁ?」

千秋「ごめんなさい、困ってる顔も可愛いのね」

智絵里「あ、あの顔が」

P「スタジオの裏でスキャンダルですか」

千秋「いつ出てくるのかと思ったわ」

P「その度胸を撮影でも活かしてくださいね」

千秋「見てなさい、ぎゃふんと言わせてあげる」

P「ぎゃふんって……いくつでしたっけ」

千秋「20よ」

P「げ、年上」

千秋「跪いて敬語を使いなさい」

P「とりあえず後ろで固まってる子をどうにかする方が先でしょう」

智絵里「もしかして、探しに来てくれたんでしょうか」

P「まあ、他にすることもなかったから」

智絵里「あの……」

P「本当に気を遣わなくていいから、寧ろ俺が使わなくちゃいけない訳で」

智絵里「貴方達は私を」

千秋「何?」

智絵里「見捨てないでくれますか?」

P「……何だったんでしょうか」

千秋「誰かに捨てられたんじゃない?」

P「そんな投げやりな」

千秋「私に聞かないで、撮影ね。行きましょう」

女P「私を見捨てないで?」

P「いきなり言われて驚きましたよ、何かあったんですか?」

女P「統括のせい」

P「統括?」

女P「詳しくは言えないけど、どうやら見限られたみたい」

P「人気あるのに?」

女P「扱いづらいタイプではあるから、彼も忙しいのを多数抱えてるから手が回りきらないのもあったんでしょうけど」

P「じゃあ女Pさんも」

女P「言われた、捨てられた子犬みたいな目で」

P「俺もプロデューサー候補だからあんな事……」

女P「嬉しくないわよね、あんな事を言われたって」

P「統括ってどんな人なんです? まだ会った事がなくて」

女P「優秀、欠点はアイドルも自分も道具としか思ってないところ」

P「自分も?」

女P「目的を達成するためなら自分の命も平気で捨てそうって思った、私の想像だけれど」

P「機械みたいな感じを想像してしまうんですが」

女P「それで間違ってないから大丈夫、会えば分かる。それより今は目の前の撮影に集中しなさい」

少女「貴方の幸せは……どこにあるの?」

妖精「むりだよ、このひとにしあわせなんてない」

女「無理よ、誰にも見つけられない。見つけさせない」

少女「必ず見つけます」

女「好きにしなさい」

P「撮影に入るとがらっと変わりますね」

女P「千秋も前見た時より緊張がないわね、こずえも無理してないし」

P「まあ、80点くらいは付けられますか」

女P「智絵里は?」

P「98点」

女P「ああいう演技が好きなの?」

P「自分を完全に捨てられるって憧れるんですよね」

女P「でもあれは」

P「まあ、確かに褒められた事ではありませんけど」

女P「どうしたらいいと思う?」

P「それは……女Pさんの仕事だと思いますよ」

美穂「褒められたものじゃないんですか?」

P「本当に上手い人は自分の色を役に落とし込む、見てる人に意識させないレベルでね。まあ、そうは言ってもそんなのベテランにしか出来ないから」

美穂「もうちょっと……人間味を持つとかですか、難しいです」

P「演技に正解なんてないからね、極論を言っちゃうと数字が取れたらそれでOKな訳だし」

美穂「でも、どこからクローバーが出てくるんですか?」

P「千秋さん演じる女性の幸せの鍵がクローバーで、紆余曲折ありながら最後にそれを見つけて撮影は終わりだった」

美穂「その後に何かあったんですか?」

P「じゃあ、そこから話そうか」

女P「皆、お疲れ様。疲れたでしょうから、早く帰りましょう」

千秋「終わってみれば早いものね」

P「そうですね、足の震えも収まってます」

千秋「……最後まで言ってくれるわね、見てなさい。次に会う時は思い知らせてあげる」

P「楽しみにしてます」

こずえ「もうおわりー?」

智絵里「うん、楽しかったね」

こずえ「ばいばい、おねえちゃん」

P「何か、育ちの良さそうな人が迎えに来てますけど」

千秋「迎えね、かなりの資産家なんじゃない?」

P「よく分かりますね」

千秋「私の家も似たようなものだから」

P「アイドルって……まあそういう家だからできる仕事って面もありますけど」

智絵里「はい……あ、ありがとうございます」

女P「何かもらったの?」

智絵里「クローバーです……撮影に使った記念にって」

女P「へえ、良かったじゃない」

智絵里「最後までいてくれて、ありがとうございます。記念にしますから……頑張ります」

女P「え、ええ」

P「その時さ、俺も女Pさんも言葉の意味を理解できてなかったんだ」

美穂「分かります」

P「分かるんだ、他の子に聞いても同じ反応になるのかな」

美穂「朝、おはようございますから始まって……仕事が終わってお疲れ様でしたって言って。そんな些細な事でも、嬉しいんだなって思ったんです」

P「俺は後から知った、統括はあんまり仕事に付かないって。営業に割く時間が多いからなんだろうけど」

美穂「現場で一人は慣れました、スタッフさんが付いてくれる時もありますから寂しいとは思いません。思わないんですけど……」

P「マネージャーがいないんだよなあ、四人だけだとどうしても限界が出てくる。スタッフはあくまでスタッフで仕事に対する決定権がない」

美穂「だから智絵里ちゃん、嬉しかったんだと思います。初めて最後まで付いてくれた仕事の記念品かあ……」

P「小日向さんは……統括とはどう?」

美穂「厳しい方です……でも何だか余裕がないように見えて」

P「……そう。やっぱり、けりをつけた方がいいんだな」

美穂「プロデューサー?」

P「寂しくなるかもな」

「きゃああああああああ!!」

美穂「悲鳴!?」

P「緒方さんか?」

女P「今のどこから!?」

P「こっちです!!」

女P「智絵里!! いるの!?」

美穂「返事が……」

P「ええ、救急で。場所は――」

智絵里「もう……大丈夫だから……」

女P「智絵里!!」

智絵里「少し、滑っちゃいました……」

女P「クローバー一つで何で……」

智絵里「最初はそうだったんですけど……ほら……」

女P「って……鳥?」

智絵里「羽…怪我してるみたいだったから、追いかけてたら……」

女P「はあーっ、あのねぇ」

智絵里「でも、そのお蔭で見つけました」

P「クローバー……」

美穂「初めて見ました」

女P「ほら。手、貸しなさい」

智絵里「これで、お仕事きちんとできましたか?」

女P「あのね、智絵里」

智絵里「はい! 褒めてくれますか?」

女P「ああもう! 泥だらけになってまでやれなんて言ってないでしょう!!」

智絵里「女Pさん?」

女P「何でそんなに頑張っちゃうのよ! 私の為にって、いつもいつも!」

智絵里「幸せをくれた…恩返しです」

美穂「ど、どうしましょう?」

P「俺は彼女達の間に今まで何があったかなんて知らないから、どうこう言うつもりはないけど。ただ、それでも」

美穂「プロデューサー、手が」

P「間違ってるとか合ってるとか関係なく……俺は見たくない」

ありす「運ばれていったんですね」

P「誘導ありがとな」

ありす「何も言わずに放置しておいてそういう事だけ任せるのは卑怯だと思います」

P「小日向さんもごめんな、遅くなっちゃって申し訳ない」

美穂「いえ、元々は私達が暴走しちゃった結果ですから」

ありす「大丈夫なんですか?」

P「女Pさんは病院に行くって言ってたから俺は事務所に報告かな、救急隊の人も擦り傷だろうって言ってたから心配しなくてもいいと思うけど」

ありす「そうですか」

P「なあ、ありす」

ありす「はい?」

P「俺の為になんて考えるなよ」

ありす「……私がどんな理由で仕事をしようと私の勝手です」

P「それでも、だよ」

ありす「考えておきます、一応」

終わり 次回は来週中に
シリーズ最長の3万7000字、主役はニューウェーブです。

モバマス連作短編21
ニューウェーブ「寄せては返す波の様に」

あい「これで一通りは回った事になるのかな?」

P「大体は終了です、しかし」

あい「しかし、なんだい?」

P「プロデューサーの営業にアイドルがついてくるって異例にも程があるんですが」

あい「君はプロデューサーとしてアイドルの仕事に付くだろう、同じ事さ」

P「同じなんでしょうか」

あい「こうしてスーツを着て歩くというのもいいものだ。どうした? 立ってないで座りたまえ」

P「えーっと」

あい「それともそこから私の脚を眺めていた方が休まるというなら、協力するのも吝かではないが」

P「違いますって!」

あい「何の為に隣を空けていると思っているんだ?」

P「……失礼します」

あい「それでいい」

P「あいさんが着てるとスーツまで衣装に見えてきますね」

あい「素直に似合ってると言ってくれると嬉しいのだが」

P「俺に言われても仕方がないでしょう」

あい「本気でそう思っているのなら、君は一から勉強しなおした方がいい」

P「ありすからも似たような事を言われたような気が」

あい「そしてもう一つ、女性と二人でいる時は他の女の名は出さない事だ」

P「女って、ありすはまだ12ですよ」

あい「そう思っていると、いつか袋小路に追い詰められるのは君だよ」

P「笑い話として受け取っておきますよ」

あい「……君を慕う子は多い。受け止めろとまでは言わないが、それでも」

P「誰も言わないんですよね、お前のやり方は間違っているって」

あい「君は優秀だ。熱心で、真っ直ぐで、そんな君を間違いだとは誰も言えないさ」

P「いつか誰かが泣くのだとしたら、それは全て俺のせいですから」

あい「半分は自己責任さ、私も黙ってその子に胸を貸すくらいはしよう」

P「行きましょうか、もう少しです」

みく「今日のワンニャフルラジオのラジオは……大丈夫にゃ?」

比奈「多分……あー、大丈夫っス」

みく「眠そうにゃ」

比奈「昨日、寝たの陽が昇ってからで……やばいっス」

みく「頑張るにゃ! お仕事が忙しいのにゃ?」

比奈「いやー、漫画読んでたらいつの間にか」

みく「酷いにゃ!」

比奈「大丈夫っス、スタドリ飲んで来たんで」

みく「うにゃあ……じゃあ信じてコーナー行くにゃ!」

比奈「今日のみくにゃん、このコーナーではリスナーの方からみくの日常を愉快に勝手に想像してもらうコーナーっス」

みく「じゃあ一通目を比奈にゃん宜しくにゃ」

比奈「ペンネーム、ヒノエウマ=アンペア=ボルト=ワットくんさんからっス」

みく「長いにゃ!」

比奈「まあ、拘りっスかね。今日もひとりぼっちなみくにゃん、ふらりと立ち寄ったお店で見つけたカップを手に取りご機嫌」

みく「終わりにゃ?」

比奈「そうっス」

みく「やっと、やっと平和な投稿が来たにゃ! こういうのでいいのにゃ!」

比奈「笑いがないっス」

みく「それでいいのにゃ! 今日は平和な日にゃ、平和が一番にゃ!」

比奈「ペンネーム、蒼さんから」

みく「ゆったりした気持ちで聞けるにゃ」

比奈「手に持ったカップを会計に持っていこうとするみくにゃん、その背中に幼子の手を引いた母親の無言の視線が突き刺さる。どうするみくにゃん!? 
頑張れみくにゃん!」

みく「続き!?」

比奈「これはプレッシャーっスね」

みく「みくはどうすればいいのにゃ!」

比奈「三通目いくっスよ、ペンネーム紅さんから」

みく「どうするのにゃ」

比奈「突き刺さった視線を引っこ抜いたみくにゃん、背中の痛みをこらえレジに向かたみくにゃんに店員が一言」

みく「ドキドキ……」

比奈「非売品です」

みく「見られてたってそういう事にゃ!?」

比奈「そりゃ見られるっスよ」

みく「変な小話を送ってくるコーナーじゃないのにゃ!」

比奈「いいじゃないっスか、平和で」

みく「そんな平和は望んでないにゃ!」

頼子「秋……芸術、読書に適したこの季節。今日、お薦めするのはこの絵画……ブリュンヒルデの微笑み」

沙紀「何だか物々しいっすね」

頼子「ブリュンヒルデは戦場で命を失くした戦士達の命をヴァルハラへと導くワルキューレの一人」

沙紀「ワルキューレって何すか?」

頼子「戦場において死を定め、勝敗を決する存在。この絵はまだワルキューレであった頃のブリュンヒルデを描いたとされる絵画」

沙紀「この人って、じゃあその戦場を見て笑ってるんすか」

頼子「それは画家にしか分からない、私達は想像するだけ」

沙紀「それを考えて見ると何だか死神みたいで不気味っすね」

頼子「命を賭す者達の最後を見て何を思うか……考えてみるのもいいかもしれません」

沙紀「考えさせられる絵っすね」

頼子「明日もまた、新たな世界をお見せします」

沙紀「明日はあの名作の登場っすよ」

渚「今日はプロ野球が6試合、サッカーが9試合行われました。それでは友紀さんお願いします!」

友紀「おっけー! 今日はキャッツが初回から大爆発! 打者一巡の猛攻で6点を先制してそのまま圧勝! 優勝までのマジックを22としました!」

渚「……その他の試合は?」

友紀「以下のとおりです」

渚「端折りすぎでしょ!?」

晴「いつもの事だろ、お次は皆も待ってたか? サッカーの時間だ。今日は渚さんが言ったとおり9試合、まずはこの試合から――」

P「……」

あい「何やら感傷に耽っているように見えるが?」

P「分かります?」

あい「折角、仕事も終わったんだ。ならこうして仲間の活躍を見るのも悪くはないさ」

P「何か、不思議なんです。俺の知らない所でもこうして皆が活躍して、頑張ってる。それでも同じ事務所の繋がりは確かにあって、
俺の顔を見ると手を振ってくれたりして」

あい「ここは特殊みたいだからね、他の事務所の子によく不思議そうな顔で聞かれるよ」

P「プロデューサーの数がこれだけ少なくてもやっていけるのは、そんなアイドルがいてくれるからなんだって改めて思ったっていうか」

あい「だからといって、君が不要になる日が来る事はないよ」

P「そこまでは思ってませんって」

あい「どうだろう、君は私の想像を常に越えてくるからね」

P「そんな事ありましたっけ?」

あい「私にメイド服を着せたのはどこの誰だったか、ここで思い出させてあげようか?」

P「あれはほら、ノリです」

あい「全く、そういうところに無自覚だから苦労するんだ」

P「返す言葉もないです」

あい「さて、お喋りは控えようか。歌姫の出番だ」

P「西川さんか、16歳なんですね。驚きましたよ」

あい「色んな子がいる、その魅力を引き出すのが君の役目だ」

P「一日、ありがとうございました。お蔭で助かりましたよ、女性がいるとそれだけで場の空気が柔らかくなる」

あい「まだそれを言うのは早いな」

P「何かありましたっけ?」

あい「確か、ここは屋上にも行けるんだったね?」

P「ええ」

あい「少し、いいかい?」

P「外で過ごすには、少し肌寒くなってきましたね」

あい「何だか動き始めてる気がして、話をしたくなった」

P「流石」

あい「そんな賞賛は今はいい、私が聞きたいのは」

P「結果なんて知りませんよ、情けないですが全てを知っている訳でもない」

あい「では、聖來さんの様子がおかしい事にも気付いていないのかな?」

P「最近、一緒に仕事をしていませんから」

あい「……理由を知っている顔だね」

P「大体の想像は付きます。ですが、その結果をどう受け止めるかも聖來さん次第です。俺の出番はありません」

あい「出来る事は何もないと?」

P「別にあいさんを蚊帳の外に置こうなんて思ってません。ただ、それほど大きな話でもありませんから」

あい「……信じていいのかい?」

P「どう受け止めるかは、あいさん次第です」

あい「なるほど、好きにしろという訳だね」

P「生憎、これ以上は何とも――」

あい「凄い歓声だね」

P「この歌は、ニュージェネレーションか」

あい「流石エース、と言ったところか」

P「今日はLIVEバトルの日ですからね、ツアー中でもこうして出てくるのか」

あい「いつもより人も多いね、さて今日の相手は誰かな?」

P「……あんまり楽しい思いはできませんよ」

あい「なるほど、理解した」

P「普段なら、バランスを考えて組み合わせは考えられます。人気や実力も同じ位で、来た人がどちらに入れようか迷う様に」

あい「私もその配慮は分かっているしありがたいと思う、だが今日は」

P「はっきり言います、ニューウェーブでは相手になりません」

あい「歓声も下がったか、これでは互いにやりにくいだろう」

P「会議で話す事もあるんですが、この事務所ユニットが少なすぎるんですよ。ソロで出来るのが多いというのもありますが、
  ニュージェネレーションとニューウェーブしかいないんですよ」

あい「特別に組む事は多々あっても、認知されていると言い難い事は確かだ」

P「迷走してるのは俺達の責任でもあります、この二組を上手く差別化できてないんですから。だからどちらかに人気が偏って
  しまう。だからこそ共演なんてさせてないはずだったんですけど、統括と女Pさん何を考えて……」

あい「君がニュージェネレーションを相手にするなら誰を出す?」

P「にゃんにゃんにゃんを、スケジュールを合わせるのに凄く苦労するんですけど
  あれも特別に組んだだけでユニットではないんすよね」

あい「あのユニット名は君が考えたのかい?」

P「いえ、あれも統括の案です」

あい「たまに、彼は思い切った事をするね」

P「それで結果が出てるんですから」

あい「君はユニットを作ろうとか思わないのかい?」

P「ユニットですか……考えてる案はあります。本当に頭の中にあるだけのお話ですが」

あい「いつか実現するのかな?」

P「さあ、どうでしょうか。終わりましたね」

あい「圧勝と言うべきか、惨敗と言うべきか」

P「何とも言えませんね、実力にそこまで差はあるとは思ってませんが」

あい「なら、君はあの二組の差は何だと思っているんだい?」

P「ニュージェネレーションって、最初からニュージェネレーションとして活動してた訳じゃないんですよ」

あい「それが問題だと?」

P「だからこそ、ユニットにとらわれない活動ができる。最初からユニットとしてデビューしてしまうと、そこから踏み出すのが
  難しいんですよ。あのユニットの誰々だ、なんて言い方もされますし」

あい「ニューウェーブはまだ踏み出せていない、か」

P「女Pさんや本人達がどう考えているか知りませんが、今のままだと埋もれていくだけです。変わらなければ、ニュージェネレーションと
  ずっと比較され続ける事になる」

あい「アイドルとして生き残る為の、踏ん張り所だね」

亜子「アカン! 三馬身どころやない! 八馬身差や!」

泉「これが今の差、騒いでも仕方がない」

さくら「何かさぁ、もう最初から勝負が決まってるっていうかぁ」

泉「私達、女Pさんの顔に泥を塗ってばかりだね」

亜子「ここで思いつめてもどうしようもあらへんけど、それでも何とかしないと」

さくら「もう共演するの辞めようよぉ」

亜子「白旗掲げて平伏すんかい!」

泉「勝つとか負けるとかじゃない、ただ何かを変えないといけないのは事実」

亜子「何かって……」

泉「分からない、でも」

さくら「それなりには売れてるのにぃ」

亜子「比較対象がでか過ぎやっちゅうねん!」

泉「三人でデビューするって決めた時から分かってた事、今更それを言うのは無し」

さくら「そんなぁ」

亜子「終わった事を考えても仕方あらへんけど」

泉「弟に、笑われちゃうね」

亜子「笑わへんよ、それはアタシが保証したる」

泉「……そうだね、頑張らないと」

女P「入るわね」

さくら「はぁい!」

女P「見たくないでしょうけど、今日の結果」

亜子「またシビアなものが」

女P「有効票数2万9700票、ニュージェネレーション2万2351票」

泉「私達に入ったのは7349票ですか」

女P「そういう事ね」

亜子「これ……史上最大の差とか?」

女P「酷かったのは他にもある。ただ……やっぱりね」

さくら「どうしたって無理だよぉ」

泉「これで三連敗」

女P「票数の差なんてライブごとに変動するんだから、そこまで気にしなくていい。今回だって相手がいなかったから
   出てあげただけの話」

亜子「そうは言ってもなあ」

泉「女P」

女P「何?」

泉「どうして私達はニューウェーブなんですか?」

女P「どういう事?」

さくら「あっちと名前が似てるってことぉ!」

女P「名前なんて一年も前に決めた事でしょ? 今更それを言ってどうするの」

さくら「分かってるけどぉ」

女P「ニュージェネレーションの事は考えなくていいから、貴方達には貴方達のファンがいる」

亜子「まあそうやけど」

女P「切り替えなさい、これも仕事の内よ」

亜子「行ってもうた」

さくら「本当にこれでいいのかなぁ」

泉「これから……どうすればいいのかな」

亜子「落ちたで、あれ? 珍しー」

さくら「イズミンが缶ジュース!」

泉「ううん、貰ったもの。入ってたの忘れてた」

さくら「誰から貰ったの?」

亜子「スタッフとかやろ?」

泉「えっと、誰だったっけ?」

亜子「誰って」

さくら「そんなに前なの?」

泉「確か先月」

亜子「その間、ずっと鞄の中……」

泉「いる?」

亜子「いるかい!」

さくら「そろそろ帰る?」

亜子「よっしゃ! 反省会といこか」

さくら「美味しいもの食べたら元気になるかも」

泉「そうだね、たまにはそういうのも」

亜子「なら食べる物は決まりや!」

さくら「なぁに?」

亜子「カツに決まっとる」

さくら「アコちゃんって時々、おっさんだよね」

亜子「お、おっさん……」

泉「早く行こう、遅くならないうちに」

さくら「はぁい、賛成」

亜子「ちょっと待たんかい!」

さくら「コーラに砂糖を入れてぇ♪」

亜子「うっわ」

泉「もう慣れたでしょ?」

亜子「慣れても理解できへん」

泉「まあ、ね。席、戻ってるね」

亜子「りょーかい、いやーファミレスもええもんやね」

泉「気分転換にはなるかな」

美嘉「あ」

泉「美嘉さん」

莉嘉「あー! 泉ちゃんだ!」

美嘉「大声を出さないの、気付かれたらどうする訳?」

莉嘉「すごいぐうぜーん☆ みんなでご飯?」

泉「まあ、ちょっと気分転換に」

美嘉「そういえば……」

泉「担当が同じだと、スケジュールもばれちゃうか」

莉嘉「何かあったっけ?」

美嘉「えっと、あたしたち邪魔?」

泉「そんな事。すみません、気を使わせてしまって」

莉嘉「ねえお姉ちゃんってば」

美嘉「あんたこの前の負けもう忘れたの?」

莉嘉「まけ?」

美嘉「6票差」

莉嘉「せっかく忘れてたのにー!」

美嘉「自業自得でしょ、そういうこと」

莉嘉「あれは奈緒ちゃん達が凄かっただけ!」

泉「奈緒さんと加蓮さん?」

美嘉「宥めるの大変だったんだから、拗ねちゃうし」

莉嘉「拗ねてないもん」

泉「仕事を誰かが見てる訳でもなかったはずですよね」

美嘉「でも莉嘉の言う通り凄かった。アタシたちってさ、長く一緒にやってるから息が合ってるとか
   合ってないとか何となく分かるんだけど」

泉「合ってたんですか?」

美嘉「そうだね、悔しいけどあの時だけは負けたって思った。最近になって凄くなってきてるよ、あの二人」

泉「自分達だけでそんなに」

美嘉「ま、アタシたちも負けない様に頑張ろーよ。一回くらいでどうこうなる訳でもないでしょ?」

亜子「誰かと思えば」

莉嘉「おっつー☆」

亜子「おっつー、しっかし17にもなってオムライス」

美嘉「べっつにいいでしょ! そっちは何?」

亜子「カツや!」

美嘉「カツ?」

亜子「肉も食わんと付くもんも付かないかもよ」

美嘉「そんなの無くてもいいし!」

亜子「ほんまかぁー?」

さくら「なになにぃー? 誰かいるのぉー?」

泉「本当に、すぐに賑やかになっちゃうんだから」

統括「いつまであれの面倒を見る気でいる?」

女P「あれって?」

統括「分からないか?」

女P「アイドルをあれ呼ばわりされる覚えはないから」

統括「切り捨てる時は躊躇うな、自分の身を滅ぼすぞ」

女P「余計なお世話」

統括「一つ、チャンスをやる」

女P「チャンス?」

統括「使うか使わないかは自分で決めろ」

女P「何このファイル?」

統括「他の事務所から適当に名前を挙げておいた、好きなのを選べ」

女P「ふうん、こういう事もするのね」

統括「得意だろう?」

女P「……受け取っておくわ」

先P「おう、早いな」

菜々「早いなって、スケジュールを組んだの先Pさんですよ」

先P「違いないが、俺はもう少し遅くてもいいと伝えたはずなんだがな」

菜々「久しぶりのLIVEですから、身体を動かさないと」

先P「年を考えると始動も遅いってかそりゃ大変ぐはっ!」

菜々「レッスン場に行ってますね♪」

先P「お、おう……」

藍子「今のは擁護しません」

先P「ここのアイドルはおじさんに冷たいねえ」

藍子「そんな事ありませんから、早く体を起して下さい」

先P「へいへい。で、ゆるふわちゃんはおじさんに何の用かな?」

藍子「統括さんから言われて来たんですけど、何も聞いてませんか?」

先P「統括? ちょっと待ってろ……俺には何もないな。Pか女Pか、ドジっ子はどっちだ?」

藍子「パソコン、見ちゃっていいんですか?」

先P「俺達のは二重ロックになっててな、最初のパスは全員が知ってる。二つ目に入ってたら俺もお手上げだが、共有情報ならこっちにあるだろ。
   あったあった女Pの方に、レコーディングの日程か。こんな大事な物をあいつは何で放置してんだ」

藍子「よかった、メモしますね」

先P「おう、終わったら言ってくれ。一応、他のは目に入っても見なかった事にしとけ」

藍子「見ません。はい、これで終わりました」

先P「早いな、ばれない内にとっととっと、新着メールか」

藍子「見ちゃうんですか?」

先P「重要な案件だったら教えた方がいい、携帯もそこにある。煙草でも吸いに行って忘れてんだろうさ」

藍子「いいんでしょうか」

先P「彼氏からのデートの誘いならOKしとくさ」

藍子「そんな調子のいい事ばかり言うんですから」

先P「新着2件。先月の実績表か」

藍子「実績?」

先P「こんなんだよ」

藍子「これ、私が見たら駄目です!」

先P「別にいいさ、うちのプロデューサーどもは真面目に働いてんのか知りたいだろ?」

藍子「皆さん一生懸命になってくれてるのは知ってます」

先P「全米が泣きそうな台詞をどうも、今月は……こんなもんか」

藍子「統括さん、凄いですね」

先P「事務所開設以来、トップから落ちた事はない。毎月恒例の醜い二位争いに、どこまでもマイペースな最下位」

藍子「低いんですか?」

先P「いや、一人当たりの仕事にすればまあまあだ。他に十代のプロデューサーなんて765にいるのしか知らないが、ここも当たりを引いたことは確かだ」

藍子「凄いんですね」

先P「それを言うならアイドルだって大したもんだよ、これが先月のアイドル達の実績表」

藍子「シンデレラガールズって、こんなに」

先P「うちの稼ぎ頭だ、統括もこの二人だけで食ってける位だからな」

藍子「やっぱり、人気に直結するものですよね」

先P「金を落とさせる能力に長けてる奴は生き残る、そんだけ厳しい世界ってこった。ここにいるのはとりあえずは安泰だが、
   だからといってこの先がどうなるかは誰にも分からない」

藍子「生きていけなくなったら……その時は」

先P「潔く身を引くか、抗うか」

藍子「抗う」

先P「どんな道を選んでもこの世界にいたいなら、そういう道を選ぶ子もいるって事だ」

藍子「どんな道でも、ですか」

先P「そういうこった。さてもう一つのメールは、と」

藍子「統括からですね」

先P「何で一緒に添付してないんだ? いや、俺とPには内緒か。珍しいな、本当にデートの誘いか?」

藍子「これは絶対に駄目です」

先P「分かってるよ、これでも紳士なんでね」

藍子「私は行きますけど、勝手に見たら言っちゃいますからね」

先P「廊下の隅でバケツ持って震えておくよ」

藍子「また」

先P「行ってこい、お前のファンが待ってる」

藍子「はい、失礼します」

仁奈「お仕事でごぜーますか?」

先P「ん? いや、お遊びだ。今日は何だ、イカか?」

仁奈「白いタコでごぜーますよ」

先P「何だそれ、旨いのか?」

女P「いいわね、遊んでる暇があって」

先P「お蔭様でね」

女P「あんた、これ弄った?」

先P「高森にスケジュールを伝え忘れたお前が悪い」

女P「……しまった」

先P「それを見せただけだ、他は実績表を覗いたくらいだ」

女P「またギリギリで三位なのね」

先P「毎月、こうも競り負けるとなると俺も鷹富士を担当に付けてほしくなるね」

女P「ねえ」

先P「あん?」

女P「プロデューサーの仕事ってアイドルを上へ連れて行くことよね?」

先P「そんな十人十色な疑問に答える気はないな」

女P「私はそう思う」

先P「なら、それを信じて仕事するしかないだろ」

女P「……そうよね」

亜子「二週連続でLIVEバトル?」

泉「また急な話ね」

さくら「今度は大丈夫かなぁ」

亜子「まあ、相手を見る限りそんな格上でもないけど」

さくら「これで負けたら連敗だよぉ」

泉「練習してきたことを練習通りに出せばいい、私たちにできるのはそれだけ」

亜子「考えてもしゃーない、とりあえずやるだけやろか」

さくら「勝ったぁ!」

亜子「自分でも信じられへん」

泉「気を使わせちゃったかな」

さくら「勝てば全てOK!」

亜子「そうやな、何か悩んでたのがアホみたいや」

女P「ええ、はい、ありがとうございました……礼はまたおって、はい、ええ次も」

亜子「いやー、勝った後の飯は美味い!」

泉「あんまり大声出さない」

さくら「よかったぁ、これで安心」

亜子「ええ報告もできるな!」

泉「さっき電話してきた」

亜子「喜んどったやろ?」

泉「うん、最近はあんまりそういう報告をできてなかったから」

さくら「このまま順調にいけるかなぁ」

亜子「いけるいける! 悩んどっても仕方ないって事はもう分かったんやから」

泉「うん、次に帰る時にいい報告ができる様に」

亜子「このまま突っ走るだけや」

女P「ありがとうございました」

統括「しかし、あっさりと手を出したな」

女P「いけませんか?」

統括「いや、いい事だ」

女P「初めてでもありませんから」

統括「何かあれば言うといい、力になろう」

女P「当面は、このままいきますから」

統括「分かった」

春菜「LIVEバトルですか」

P「ついに、って感じだ」

春菜「一番手に私とはPさんもいいところに目を付けましたね!」

P「スケジュールの都合」

春菜「……嘘でもそこはそうだって言って下さいよ」

P「というか、俺が都合付けられるアイドルだとソロしかできないし、LIVEに慣れてるの多くないし」

春菜「ないないだらけじゃないですか」

P「千枝やありすにそういうのはまだ早いし、楓さんだと今度は相手がいない。肇とか千秋さんはドラマとかで忙しくて、
  沙紀は学園祭のシーズンはあちこちに引っ張りだこ」

春菜「聖來さんは?」

P「いやーえっと」

春菜「忙しいんですか?」

P「ここ一か月、会ってない」

春菜「会ってない? 珍しいですね、仕事がなくても事務所に来たりするのに」

P「……まあ」

春菜「喧嘩ですか?」

P「いや、そういう訳じゃないんだけど避けられてる。連絡しても返事がなくて」

春菜「何したんですか」

P「うーん、理由は分かってるんだけど俺にはどうしようもないというか」

春菜「私から言ってみましょうか?」

P「いいか?」

春菜「猫カフェで」

P「猫でも犬でも狸でも」

春菜「とりあえず返事をする様にと言っておけばいいんですね?」

P「時間が空いたらでいい、今はこっちに集中しよう」

春菜「それで、初めての相手は?」

P「みく」

春菜「緊張感が吹き飛びました」

P「凄くいい勝負になると思う、人気も同等だし」

春菜「それ位が盛り上がりますから、下手に格上だったりすると」

P「惨めだよなあ、曲の選定とかは俺がやるから。慣れてるのでいこう、リラックスして」

春菜「任せて下さい!」

P「無理に勝つ必要はないからな。同じ日は他に……ニューウェーブか」

春菜「ユニットですか」

P「そ、他に三組いるから」

春菜「ソロは私達だけですか?」

P「目立つチャンスだ、しっかりな」

亜子「これで三連勝や!」

泉「うん、知らない内に力を付けてるのかも」

さくら「今度も頑張れるよぉ」

P「好調みたいだな、見るのが楽しみだ。おっと、みくにも伝えておかないと」

みく「Pチャン何でみくに付いてくれないのにゃ!?」

P「春菜とみくなら春菜」

みく「酷いにゃ、差別だにゃ!」

P「差別って、別に俺はどっちが勝っても公平に褒めるつもりだけど」

みく「じゃあ勝ったらご褒美頂戴!」

P「ご褒美?」

みく「その時はみくに付き合ってもらうのにゃ」

P「春菜に全力でいけって指示出しとく」

みく「何でにゃ!」

女P「LIVEバトルデビューだそうね」

P「ああ、聞きましたか」

女P「身内同士なんて困った事をするわよね」

P「初めてなんでその方が春菜もいいかと思いますから」

女P「当日は私もいるから」

P「分かりました、ニューウェーブ楽しみにしてます」

女P「……そう」

P「そう? また妙な反応だな」

凛「いた」

P「本気でびっくりした、どうしたの?」

凛「一つ、教えてあげようかと思って」

P「女Pさんのしてる事か?」

凛「気付いてた?」

P「ニュージェネレーションに負けテンション最悪の状態から三連勝、誰だって疑う」

凛「結果を聞いてちょっと不思議に思って統括に聞いたんだ」

P「回答は?」

凛「ノーコメント」

P「肯定と見た方がよさそうだな」

凛「上条春菜と前川みくはどっちを勝たせるの?」

P「どっちでもいいさ、勝ったら褒めるし負ければ反省会。その工程をあの人は無駄だとすっ飛ばした、
  それも一つのプロデュース方法」

凛「意味あるの?」

P「結果なんて出てみない事には分からないさ、それにある程度の実力がなければ勝たせてもらう事もできない。
  それで好調になるならそれも一つの方法だよ」

凛「私は嫌い」

P「なら、実力でねじ伏せればいい。そういう世界だ」

凛「聖來さんとはどう?」

P「なるほど、原因は君か」

凛「私は話しただけ、何か言われた?」

P「接触すらないよ」

凛「そっか」

P「軽く言うね」

凛「大丈夫だよ、嫌われてる訳じゃないと思うから」

P「本当か?」

凛「隠し事はするけど嘘はつかない、もう行くから」

P「統括に見つからないようにな」

凛「人の心配してる場合?」

P「全くだな」

春菜「つまり、ここは……」

P「春菜の場合、俺が弄らない方がいいんだよな。良くも悪くもそれで完成」

春菜「妥協されてます?」

P「いや、安定してるってのは長所だよ。変わり映えしないともいえるけど」

春菜「せめて短所から長所に直すような言い方にしましょうよ」

P「ぶっちゃけ、眼鏡アイドルっていう一つのジャンルを確立してるから普通のアイドルと比べようがないっていうか」

春菜「色物みたいな言い方に聞こえるんですけど」

P「どこの世界に振り付けの最中に眼鏡アピールするアイドルがいるんだよ」

春菜「お望みならもっと増やしますよ!」

P「あのなあ……って言ってる内に来たな色物」

みく「にゃ?」

春菜「来ましたね」

みく「ふふふっ勝負にゃ!」

P「そういえばのあさん、バニーの服なんて着てたけど内紛でもあったのか?」

みく「違うにゃ、あれは……」

P「何だよ?」

みく「みくのハンバーグ勝手に食べたのにゃ! だからついかっとなって……」

春菜「なって?」

みく「猫失格にゃ! って怒ったらあんな事になってたのにゃ」

P「まず猫失格って何だよ、抜け目のなさとか猫らしくていいじゃねえか」

春菜「簡単に取られるみくさんに問題があるのでは?」

P「それで出て行かれたのか、アナスタシアさんも愛想を尽かすのは時間の問題だな」

春菜「ああ、だから今回ソロなんですね。可哀想に」

みく「せ、精神攻撃なんて卑怯だにゃ!」

P「明日は貰ったな」

春菜「ふふん、眼鏡の力を思い知らせてあげますよ」

みく「思い知るのはそっちの方にゃ!」

P「春菜お疲れ、いいライブだった」

春菜「あっけなかったですね」

みく「んにゃああああああああああ!!」

P「まさか第一声で噛むとは思わなかった」

みく「違うのにゃ……大事に大事にいこうと思ってたら」

春菜「大事にいきすぎたと」

P「言っちゃ悪いが、馬鹿だ」

みく「ふにゃあ」

P「ったく、後で反省会だ。シャワー浴びたら部屋で休んでろ、後で迎えに行くから」

春菜「にゃあ! Pチャン大好きにゃ!」

P「仕事見てるの統括だろうに、何で俺にくっついてくるんだ」

春菜「懐かれましたね」

P「情は湧いてこないけどな」

春菜「またまた」

P「春菜も休んでていいぞ。悪かったな、手探り状態で行かせて」

春菜「栄えある一番手でテンションも上がってましたから、平気です」

P「眼鏡でユニットかあ」

春菜「だから比奈さんと真尋ちゃんあたりで!」

P「……考えるだけ考えておく」

春菜「ぜひ!」

P「どうした? 戻っていいんだぞ?」

春菜「個人的に興味のある子達ので、ここで鑑賞させてもらおうと思いまして」

P「ニューウェーブと仲いいのか?」

春菜「学校の後輩なんです」

P「凄い学校だな」

春菜「あんまり交流とかないんですが、それでも気になっちゃいまして」

P「何となくその気持ちは分かる」

春菜「大丈夫でしょうか?」

P「見てみない事には何とも」

司会「以上、ニューウェーブのステージでした!」

P「……」

春菜「凄いですね、輝いてましたよ!」

P「やっぱりモチベーションってのは大きいな、前に見た時とは大違いだ」

春菜「文字通り、新しい波って感じです」

P「この分なら、もう必要ないだろうな」

春菜「何がです?」

P「何でもない。さて、祝勝会と反省会だ」

春菜「景気よくいきましょう」

P「の前に、女Pさんに一声掛けてくるから車で待っててくれ。ほら鍵」

春菜「分かりました、今日の眼鏡を選びながら待ってます」

P「はは、楽しみにしてる」

女P「ええ、はい次もよろしくお願いいたします」

P「おめでとうございます」

女P「称賛ならあの子達にしてあげなさい」

P「いえ、今日の勝利は女Pさんの力ですよ」

女P「何が言いたいの?」

P「これでもプロデューサーですよ、分かるに決まってるでしょう」

女P「それで、やるなって止めに来たの?」

P「いえ、モチベーションを上げるにはいい方法だと思います。手放しで褒める訳ではありませんけど」

女P「余裕ね」

P「そんなのありませんって。ただ、これならもう大丈夫ですよね?」

女P「まだよ」

P「まだですか?」

女P「そう、まだ」

沙紀「あの、Pさん?」

P「んー?」

沙紀「凄く難しい顔してますけど、何かあったんすか?」

P「いや、俺にはそんなに関係ない事なんだけど」

沙紀「問題が?」

P「かもしれないし、そうでないかもしれない。なあ、女Pさんが仕事を見てるアイドルで仲がいいのって誰かいるか?」

沙紀「聞きたい事でもあるんすか?」

P「少し」

智絵理「あ……あの、何か?」

P「どういう繋がりだよ」

沙紀「伊吹に頼んでそこからっすけど」

P「バレンタインか……ここのアイドル全員が繋がってたりして」

沙紀「で、何を聞くんすか?」

P「その前に、体調はどう? もう良くなった?」

智絵理「すみません、ご迷惑をお掛けしてしまいまして」

P「あの後、女Pさんとは?」

智絵理「無理をしない様に、と」

P「それだけ?」

智絵理「あまり、たくさん話さない人ですから」

P「様子がおかしかったり、とかはないか?」

智絵理「何かあったんですか?」

P「これから起こるかもしれない」

沙紀「また微妙な言い方っすね」

P「俺だって断定できないし、かといって誰かに相談もできないで困ってんだよ」

智絵理「聞きたいです」

P「言うと思ったし、意地悪な事を言うと言わせようと思った」

沙紀「チキンだ」

P「実は沙紀に最初に言ったのも計算があってな」

沙紀「DVD?」

P「BDを導入する財力は俺にはなくてな、画質は気にするな。そんなに長くは見せないから」

沙紀「LIVE映像っすね、いい盛り上がり」

P「参考にしたいってスタッフに言ったら貸してくれた。二ヶ月くらい前のLIVEバトルだそうだ」

智絵理「ニューウェーブ……」

沙紀「やっぱり凄いっすね」

P「この光景をよく覚えておけよ」

沙紀「他にもあるんすか」

P「次はこっち、先週のLIVEバトルの時の映像だ」

智絵理「こっちも、さっきと同じ様に見えます」

沙紀「全く違うっすね」

智絵理「え?」

P「沙紀だからすぐに気づける、俺でも気付くのにもう少し掛かった」

沙紀「へへっ、そう言われると照れるっすよ」

P「何が違うか分かるかい?」

智絵理「何も変わらないと、思います」

P「こっちもこっちで流石だよなあ」

智絵理「気づけないのにですか?」

P「沙紀、正解を」

沙紀「LIVEバトルは誰が出てくるか分からない中で、アイドル達がいかにパフォーマンスで観客を引きこめるかの勝負」

P「無作為に選ばれるからな、まあアイドル好きしか応募してこないからある程度の知名度があればすぐに観客も乗ってくれるんだけど」

沙紀「最初の方は段々と観客が盛り上がる……言ってみれば波っすね。それが奇麗に見えるんすけど」

智絵理「二回目は違うんですか?」

沙紀「最初から波が高すぎるっていうか、ピークが早いって思ったんすけど」

P「その要因は何だと思う?」

沙紀「こんなのあんまり言いたくないんすけど……サクラっぽいっすね」

P「95点」

沙紀「ありゃ」

智絵理「でもほとんど合ってるんですね」

P「合ってる、作為的に観客を選んでるんだから。だけどニューウェーブくらいのレベルのアイドルならサクラなんて一発で気づく。
  そんな作られた声援を浴びたら彼女達は一発でこれは違うなってなっちまう、それだと意味がないんだ」

沙紀「本物のファンなんすね」

P「やり方は簡単、応募してきた中からニューウェーブのファンを優先的に選んで当選させるだけ」

智絵理「そんな事」

P「情報を仕入れて、相手と打ち合わせすればいいだけ。現に、超大手のプロダクションでもわざと弱い相手を用意するくらいの事はしてる。
  俺は道場って呼んでるけどな、若手のアイドルはそういう経験をしてライブに慣れていく」

沙紀「そういう手もあるんすね」

P「やり方は簡単だけど、必要な条件は多い。まず、相手の事務所に恩を売る価値があると思われなきゃこんな話は受けてもらえない。
  おまけに、ファンの数がある程度はいないと二週目でアイドルの方が気付く。同じ面子だらけだと流石におかしいってなるだろ?」

沙紀「で、それに何でアタシが気付くって思ったんすか?」

P「生の声に慣れてるだろ、学園祭とかで学生を相手にライブやったりするんだから」

沙紀「ああ、そういう事っすか」

P「乗り気でなかったり、参加自体がめんどくさいと思ってるのだって当然いる。その中で何度もライブやってる沙紀なら、こういう事には敏感になる」

沙紀「まあ、そういう子達も最後は乗ってくれますから」

P「それは沙紀の力だよ、規模ももう少し大きくしていってもいいかもな。大学とかならまた違う空気の中でのライブになるし」

智絵理「あの、さっきの話ですけど」

P「ああ、気付けないのに流石って言った意味か。そのまんま、何の皮肉もない純粋な評価だよ」

沙紀「どういうことっすか?」

P「そういう空気が分からないってのは、そういう経験が一切ないって事。自分に興味のない人のいる場でライブした事ないんだと思う」

沙紀「そんなのありうるんすか?」

P「緒方さんならあるいは、トップ層にいる中でも最初から人気あったからなあ」

智絵理「そう、でしょうか……」

P「俺は実際に見てた訳じゃないから好き勝手な想像になってしまうけど、思う様な場所でライブのできないアイドルはたくさんいる。
  ステージに立って歓声が貰えなかったことはある?」

智絵理「私は、そこまで目を配る余裕がないだけです」

沙紀「ステージ上で何を考えてるんすか?」

智絵理「頑張れば、認めてくれるかなって」

P「女Pさんに?」

智絵理「はい。あの、もう行きますね。お話、ありがとうございました」

沙紀「あのまま行かせていいんすか?」

P「緒方さん以外だったらこの話はしないつもりだった」

沙紀「何で緒方さんだったら話す気になるんすか?」

P「この前、ちょっとありすとの仕事の帰りに鉢合わせしたんだけど。何か余裕がなかったんだよ、あの子。仕事が一つお蔵入りになった所で人気が左右される
  レベルでもないのに、何でなんだろうってちょっと気になって……嫌な言い方をすると試したくなった」

沙紀「どう動くか見るんすか」

P「何か互いに痛々しく見えた。あんな状態が続いたら遅かれ早かれどちらも潰れるんじゃないかって心配になって……」

沙紀「確かに余裕はなさそうっすね」

P「少し様子を見るよ。どの道、同じやり方を何回も続けさせる訳にもいかないからどこかで止める事にはなるんだが」

沙紀「上手くいくといいっすね」

P「本当にな」

泉「智絵理さん、お疲れ様です。今日はどうしたんですか?」」

智絵理「ライブ、調子いいって聞いたからお祝い」

泉「ありがとうございます、早く追いつけるように頑張ります」

智絵理「これ、三人で分けてくれると嬉しいなって」

泉「クローバーの栞……いいんですか?」

智絵理「既製品だけど、似合うと思って」

泉「これを機に、さくらや亜子も本を読んでくれるようになるといいんですが」

智絵理「それで……もしよかったらなんだけど」

泉「何か?」

智絵理「次のライブ、すぐだよね?」

泉「来てくれるんですか?」

智絵理「迷惑じゃなければいいんだけど」

泉「いえ、ぜひ。楽しみが一つ増えました、最高のライブをお見せします」

智絵理「うん、じゃあまたその日に」

泉「今日は少し大きい場所ね」

亜子「ま、今のニューウェーブなら大丈夫やろ」

さくら「心配しなくても三人なら大丈夫だよぉ」

泉「分かってる、武者震い」

亜子「ちょっと敵情視察してくるわ」

泉「相手に迷惑かけないようにね」

亜子「分かっとるー!」

さくら「今日はどんなライブになるのかなぁ」

泉「油断は禁物」

さくら「もう、イズミン心配性なんだからぁー」

亜子「お、ここか?」

アイドル「ニューウェーブの土屋亜子?」

亜子「そうやけど、今日の相手さん?」

アイドル「そう、宜しくね」

亜子「こちらこそ、いい勝負にしようや」

アイドル「なるほど、知らないパターンか……まあいいや」

他P「何を話してる?」

アイドル「何でも。それじゃ、また後で」

他P「仲良くしてどうする」

アイドル「私を踏み台にして上へ行くのはどんな子かなぁーって」

他P「いずれ、お前が上へ行ける日も来る」

アイドル「来る訳ないでしょ。大丈夫、私はステージに上がれるだけ幸せだと思ってるから」

智絵理「……」

美嘉「緒方智絵理?」

智絵理「はやひゅ!?」

美嘉「あ、ごめん。別に驚かせる気はなかったんだけど」

智絵理「あの、今日のライブを?」

美嘉「見に来た、好調みたいだしその元気を分けてもらおっかなって」

智絵理「開場時間だから、もう行きますね」

美嘉「後で莉嘉にも会ってくれないかな? お気に入りみたいでさ」

智絵理「今日は……ごめんなさい」

美嘉「忙しかった? 気にしなくていいって、また次の機会があったらヨロシク」

智絵理「次、多分すぐに来ます」

美嘉「そんな予定あった?」

智絵理「これから、入ると思います」

先P「ニューウェーブ四連勝」

P「凄いですね」

先P「本気で思ってるか?」

P「次が限界でしょうね」

先P「だな、悪者やるか?」

P「どうやって? 普通に言って聞くと思います?」

先P「それをどうにかして聞かせるのが後輩の仕事だろ」

P「まあ、一つ手は打ちました」

先P「マジか」

P「マジです。正しい一手だったかは分かりませんが、何もしないよりはと」

先P「任せていいか?」

P「頑張るのはアイドルですよ、プロデューサーはあくまで舞台装置でしかないんですから」

先P「お前は違うと思ってるが」

P「買い被りすぎで――」

先P「何の騒ぎだ?」

P「あんまり聞きたくないですけど、そうも言ってられませんか」

先P「はいどうも、報告が来たぞ」

P「ありがとうございます、さて」

先P「これがお前の一手か」

P「間違ってはないです、この可能性も考えてましたから」

先P「女Pは知ってるのか?」

P「どうでしょう、この子が独断でやったのなら……あるいは」

先P「緒方智絵理ってどんな子だ? 関わりないから分からん」

P「俺だってそこまで関わりあるわけではありませんから」

先P「この子なりの罪滅ぼしのつもりか?」

P「女Pさんの為の、という意味かもしれません」

先P「何れにせよこのLIVEバトルは荒れるぞ」

P「見届けるしかありませんよ」

美嘉「これ、どうなの?」

莉嘉「相手ってこの前、ニューウェーブに負けた人だよね?」

美嘉「勝負なんて最初から決まってると思うんだけど」

泉「やっぱりその話題ですか」

美嘉「何か聞いた?」

泉「それを私も聞こうと思ったんですが」

美嘉「行ってみないと分からないかな」

泉「女Pは?」

美嘉「返信ナシ」

泉「……スケジュール開いてますか?」

美嘉「開始は夜だから、何とかってところ。そっちは?」

泉「私だけですが、行けます」

莉嘉「何? 何か問題なの?」

美嘉「その日、一日中あんたは仕事でしょ。気にしないでいいから」

莉嘉「また隠し事!?」

美嘉「後で説明はしてあげるから。じゃ、当日に」

泉「はい……本当に、どうしたんだろう」

泰葉「ちょっと、宜しいですか?」

泉「えっと」

美嘉「岡崎さん……でいいんだよね」

泰葉「はい、それで構いません。時間は大丈夫ですか?」

泉「何か私たちに?」

泰葉「少し気になったものですから、その……今回のLIVEバトルの件も含めて」

美嘉「も?」

泰葉「相手のアイドル、少し有名な子で」

泉「名前は聞いた事のなかった人でしたけど」

泰葉「その……どういう言い方をすればいいのか分らないんですけど」

美嘉「どんな言い方でもいいって」

泰葉「わざと負けるんです、この事務所」

美嘉「わざと……って」

泰葉「やり方は様々です。ですが、智絵理さんのレベルならそういった方法を取らなくても勝てる相手なんていくらでもいるはずなんです。
   なのに、どうしてなのかなって少し気になったものですから」

泉「……女Pに聞いてみる」

美嘉「先週も同じだったって決まった訳じゃないよ」

泉「それでも!」

泰葉「先週?」

泉「先週、一緒にステージに立ちました」

泰葉「それ、智絵理さんは知ってるんですか?」

美嘉「そういえば見に来てた」

莉嘉「じゃあ絶対に知ってるよ!」

泰葉「勝つなら実力通りの結果で問題ありませんが、もし負ける事がある様なら」

美嘉「そんなのアタシが許さない」

泉「智絵理さんはどこに……」

泰葉「プロデューサーの誰かがいればいいんですが」

泉「女Pの場所が分からないのに、誰に聞けば……」

泰葉「……相談してみます」

P「やっぱり来たか」

泰葉「知ってましたか?」

P「俺もその子の事は知ってる、使った事はないが」

泰葉「智絵理さんに教えたのはPさんですね」

P「その通り、そして俺の想像通りならあの子は負ける」

泰葉「それが負けたアイドルへの贖罪ということですか」

P「女Pさんに対して依存的な面もあるから、負けた後にニューウェーブとLIVEバトルしようとするかもな。踏み台にされるのは私でいいとでも考えて」

泰葉「そんなの事務所も世間も許しません」

P「そう、だから女Pさんがどうするかなんだ。泰葉だけじゃない、瞳子さんや白菊さんだって気付きかねない問題だから、俺も早めに手は打ったんだけど」

泰葉「智絵理さんが動けば解決するんですか?」

P「するしないに関わらず、やっぱり動くのは彼女達であるべきだと思う。俺が動いても意味がない」

泰葉「無いことは無いと思います」

P「負けると分かっている舞台に立てって言われたら、泰葉は立てるか?」

泰葉「Pさんの判断にお任せします」

P「俺は自分から立ってしまうと思うんだ。もちろん、泰葉の様にプロデューサーに従うのも当然の意見だよ。だけど今回の問題を解決するのに必要なのは、
  俺や泰葉の様なタイプの人間じゃないと思う。そろそろいい時間だ、今日はこれでおしまいにしよう。当日は俺も会場に顔を出すから」

泰葉「……プロデューサーなら誰にでも従う訳ではないんですよ、Pさん」

ありす「扉の前に仁王立ちする趣味にでも目覚めたんですか?」

春菜「私がそんな事をする女に見えますか?」

ありす「一応」

春菜「コホン、あのですね。今、私はPさんから頼まれた重要な任務の真っ最中なんです」

千枝「Pさん?」

春菜「本当に名前を出したらどこからでも出てくるね」

千枝「えっへん」

ありす「Pさんがどうしたんですか?」

春菜「聖來さんと喧嘩したみたいです」

ありす「ありえません」

千枝「千枝も、流石にそれは」

春菜「ここで衝撃の事実。あの二人、一か月会ってません」

千枝「Pさんと一か月も会えなかったら死んじゃいます」

ありす「……死にはしませんが」

春菜「それで話を聞きに来たんですが、応答がなくて」

千枝「お出かけ中でしょうか?」

ありす「分かりました、見かけたら声を掛けるようにします」

春菜「簡単に仲直りしてくれたらいいんだけど」

千枝「大丈夫です、Pさんと聖來さんならすぐに仲直りです」

春菜「そうだね、不在なだけかもしれませんし出直そうかな」

聖來「……」

女P「準備はいい?」

智絵理「はい、ばっちりです」

女P「いきなり出たいなんて言いだして驚いたけど、大丈夫?」

智絵理「こういう事もしていかないと」

女P「出番は後だから、もう少しゆっくりしてなさい。普段のライブとは雰囲気も違うでしょうけど――」

智絵理「大丈夫です」

女P「智絵理?」

智絵理「ちゃんと歌いますから、聞いて下さいね」

アイドル「二回連続かあ」

他P「今回は、前回と条件が違う」

アイドル「勝ってもいいって言われても、勝てないし」

他P「俺はそうは思ってない」

アイドル「やるだけやるよ、私なりの歌を」

他P「明日の為に、だ」

アイドル「どんな明日なんだろうね、私達の明日って」

泰葉「Pさん、本当に来たんですか」

P「それはどっちかって言うとこっちの台詞だ、何でそこまで気にするんだ?」

泰葉「あの子の最後のステージかもしれませんから」

P「そういう事か、緒方さん次第だろうな」

泰葉「Pさんこそ、わざわざ時間を空けてまで来た理由は?」

P「焚き付けたの俺だし、何かあったら責任取るのも俺。なら見届けようかなって」

泰葉「当たり前だと思っていた事が、ここでは特別なんですね」

P「俺達が異常なのか、それともここが特別なのか。どっちだと思う?」

泰葉「その問いに答えるのにはまだ、時間が足りません」

P「一つの答えを示してくれるのかもしれない、彼女が」

泉「もうすぐです」

美嘉「自分のライブよりも緊張してきた」

泉「もし岡崎さんの話が本当なら」

美嘉「出来にかかわらず大した盛り上がりもなく終わるって話でしょ?」

泉「前回の時は覚えてますから、それが比較対象になります」

美嘉「気にし過ぎって事が分かるだけだって」

泉「それも、今から分かる事です」

アイドル「今日はみんな来てくれて――」

美嘉「って、何?」

泉「何で最初から!?」

泰葉「これ……」

P「どうなってんだ?」

女P「何で最初からこんな盛り上がり!? これじゃまるで……」

智絵理「……おめでとう、ごめんなさい」

泰葉「Pさん!」

P「多分、緒方さんのやった事なんだろうけど」

泰葉「やっぱり」

P「あの子のファンを優先的に集めたのか? だけど個人でそんな事……」

泰葉「いえ、きっとこれは」

P「泰葉?」

「頑張れ!」

「今日は応援するぞ!」

「やっと来れた! 誰が相手でも絶対にやれる!」

泉「何、この雰囲気?」

美嘉「ちょ、ちょっとどうなってんの?」

泰葉「緒方さんは何もしていません、条件は対等です」

P「なるほど、観客も分かってたんだな。この子がそういう環境で歌ってきたって」

泰葉「長くやってきた子ですから、知名度はあります。同情かもしれませんが、相手のファンがいない
    この環境なら票は彼女に集まるかもしれません」

P「そっか、だから出てきた途端にこの盛り上がりって訳か」

泰葉「緒方さんでも、今日の彼女を相手だともしかしたら」

P「そうだな、活き活きとしてる。相手のファンばかりの環境で歌ってきたんだもんな」

泰葉「ファンも長い間、待ち続けてたでしょうから」

P「これは決まったかな」

アイドル「ねえ、楽しかった」

他P「……ああ」

アイドル「やっぱり……楽しいよ……アイドル」

他P「よかった、これなら緒方智絵理にも勝てる」

アイドル「うん!」

泉「雰囲気は完全に持っていかれてる」

美嘉「ここから逆転とか、できる?」

泉「厳しい、としか言い様がありません」

美嘉「だよね、どうするんだろ?」

泉「気を使ってもらわなくても大丈夫です」

美嘉「な、何の事?」

泉「私たちの時と出来が全く違いました。そういう話が合った事はこれで……分かりました」

美嘉「それは本人に聞いてみないと」

泉「今日の彼女を相手に勝つ自信が私にはありません、ステージに立っても結果は見えてます」

美嘉「最初からそんな事を言ってどうすんの!?」

泉「事実です、智絵理さんも分かっていたんでしょうね」

美嘉「代わりに負けようとしてるってこと……?」

泉「恐らく」

美嘉「やってみなくちゃ結果なんて分からない」

泉「分かります、こればかりはプログラムと一緒です」

女P「智絵理」

智絵理「出番ですね、行ってきます」

女P「智絵理、あのね」

智絵理「いいんです、全て分かってましたから」

女P「……そう、それでこんな」

智絵理「だから、気にしないで下さい。ちゃんと歌ってきますから、見てて下さい。それだけで、いいですから」

女P「言われなくても、それくらい」

智絵理「なら、私は歌えますから」

P「出てきた」

泰葉「何か、騒然としてますね」

P「事務所の中でもトップ層だ、普通にやればまず負ける事はない子なんだけど」

泰葉「その不敗神話も今日でストップかもしれません」

智絵理「あの、とっても素晴らしいステージでした。心が震えて、そんな方と一緒のステージに立てて嬉しいなって、そう思います」

泉「智絵理さん」

美嘉「ステージ上だとあんな風に喋るんだ」

智絵理「その余韻の中に浸っていられたら、って思いますけど、でもこれもLIVEバトルで、だから私もここで精いっぱい歌いたいと思って、ここにいます」

P「さて、どうする」

泰葉「始まる」

泉「な……」

美嘉「すご……」

泰葉「はは……そっか、そうなるんですか」

女P「あんたには無理なのよ、智絵理。あんたじゃどんな風に歌ったって」

アイドル「見せつけられちゃってるなあ、さっきまで完全に私の場所だったのに」

P「楓さんや蘭子と同等か。やっぱり、この世界は残酷だな」

泉「勝つとか負けるとかそんなレベルじゃありません」

美嘉「アタシ達だって、ここまでは」

泉「智絵理さんには必要ありませんよね、よく分かりました」

美嘉「泉、ニューウェーブだって」

泉「それが女Pの選択! 彼女は勝てる、けど私達は勝てない!」

美嘉「今は確かにそうだけど、でもいつかは!」

泉「私達にいつか、なんて言葉は許されない」

美嘉「泉?」

泉「今日は帰ります、ありがとうございました」

P「結果は見るまでもないよな、もう」

泰葉「Pさんなら、この後でもステージに立てますか?」

P「立つよ、今でも立てるなら立ちたいと思う。だけどそれは今の俺の答えで、あの時の俺がどう答えるかは分からない」

泰葉「私は、分からなくなってきました」

P「それでいい、迷うことを恥じるな。誰だって戸惑う、それで当たり前だ」

泰葉「それでも、出さないといけませんから。迷ったままステージに立っても」

P「これで拗れたら俺も謝らないといけないな」

智絵理「勝っちゃいました」

女P「勝ちに相応しい歌だったもの、誇りなさい」

智絵理「でも、これだと私は」

女P「……智絵理、あなたは何も気にしなくていい。今日の様に明日からもそのままで――」

智絵理「女Pさんの役に立てません」

女P「あんたにそんな役は無理、今日で分かったでしょ? 私がプロデュースしてもこれ程のアイドルになれるんだから」

智絵理「だから、ニューウェーブも信じられないんですか?」

女P「そうよ、分かった? 私はそういうプロデューサーなの」

智絵理「自分を信じられないから、人も信じないんですか?」

女P「あの子達には時間がない、智絵理と同じ様にいけたなら私だって何もしない。けど、残念ながらあの子達に智絵理と同じ力はなかった」

智絵理「私と同じ力なんてありません、私はニューウェーブにはなれませんから」

女P「正論、アイドルにそう言われるのも情けないけど……自分のやり方を貫いてアイドルを潰す様な真似はもうしたくないの」

智絵理「そんなの、絶対に違います」

女P「智絵理、どうして今日のLIVEバトルに出ようと思ったの?」

知絵理「私は女Pさんを信じてここまできたんです。だから、何の力がなくても勝てるって、示したくて!」

女P「それは私の力じゃない、ごめんね。こんなプロデューサーで」

智絵理「まだ続けるんですか!?」

女P「今日、泉と美嘉が見に来てた。選ぶでしょう、どうするか。もう一人、今日来てた彼についてみるのもまた一つ」

智絵理「そんなの……嫌です」

女「だから悪役は私だけでいい、帰りなさい。ここはいつまでも智絵理みたいな子がいていい場所じゃない」

泉「と、いう結果でした」

さくら「はぁー、そっかー」

亜子「調子に乗ったらこうなるっていういい例やな」

泉「私達に残された選択はあまり多くない」

さくら「このまま続けるか止めるかって事ぉ?」

亜子「辞めるのは現実的じゃないやろ?」

さくら「お金まだまだ足りないもんね」

泉「それは私の問題だから、別に亜子やさくらが気にすることじゃない」

さくら「気にするよぉ!」

亜子「泉、それは言わん約束や。私達は三人でニューウェーブなんやから」

泉「辞めるのは無しにしても、このまま続けても必ずどこかで行き詰まる。それは女Pの問題じゃなくて私達の問題」

亜子「いつか勝てなくなったら……またずるずるといきそうやな」

さくら「じゃあ、どうすればいいの?」

泉「提案がある」

亜子「また怖い顔しとるけど」

さくら「何かあるのぉ?」

泉「そのライブ、実は私と美嘉さん以外にも事務所の人間で来てる人がいた」

亜子「って事はその人も……」

さくら「知ってるかもしれない?」

泉「だから聞きに行こう。全てを曝け出してでも、その価値はあると思うから」

P「そっか、見てたか」

泉「岡崎さんといる所を見かけましたので」

P「俺がどこまで知ってるかって言われてもな……あんまり耳触りのいい事は言えないぞ」

泉「そのつもりです」

P「四連勝は恐らく何らかの力が外部から働いてる可能性が大きいっていうのは?」

泉「何となく、ですが」

亜子「やっぱりか」

さくら「ずばっと言われちゃったねぇ」

P「自覚あったのか?」

泉「気づいたのは緒方さんのおかげです、恥ずかしながらそれまでは全く」

P「気付いたなら俺じゃなく女Pさんに聞いた方がいいと思うが」

泉「……手詰まりなんです、このままじゃ」

P「順調に見えるが」

泉「このまま同じ方法を続けて勝ってもいつか限界が来ます」

P「続けなくても限界は来るぞ」

亜子「それは分かっとるけど、それでもどうにかせなあかんって話」

P「どうにかって……そもそも女Pさんは何で始めたんだ? 俺だってそういう手法に理解はあるけど、
  まだ焦る段階でもないだろ?」

泉「……時間がありませんから」

P「時間って、まだまだこれからだと思うけど」

亜子「ま、泉が話すなら止めはせんけど」

さくら「イズミン……」

泉「実は」

杏「弟?」

P「そう、弟」

杏「病気か、大変だね」

P「で、治療費が中々に掛かるそうで」

杏「それでアイドル?」

P「まあ、あの年齢で稼ごうと思ったらな」

杏「0か100しかないのに、よくやろうと思ったね。全て無駄になるかもしれないのに」

P「それでもデビューはした」

杏「して、それから?」

P「伸び悩んでるのは事実、だからといって辞める訳にもいかない」

杏「事務所から貸せば?」

P「核心を突いてきたな」

杏「当然の感想だと思う」

P「それ、実は社長に聞いてみた。知ってますかって」

杏「ふうん、何て?」

P「断られたって」

杏「よく分かんないけど、何で?」

P「返せるか分からないから」

杏「そんなに凄い額なの?」

P「詳しい額は分からないけど、現状で足りてないならそれなりの額なんだろう」

杏「また首を突っ込むんだ」

P「ただ、今回ばかりは解決法が見つからない。人気をいきなり上げられる方法なんてないし」

杏「その子って、危ないの?」

P「いや、それは否定された。もしそうなら形振り構ってないだろうし、問題は今の収入がいつか途絶えるんじゃないかって方だ」

杏「仕事なら喜んで譲る」

P「お前とニューウェーブじゃ仕事が違いすぎる」

杏「そもそもさ、LIVEバトルって稼げるの?」

P「出れば分かるが、ファン数は増えるし賞金も貰える。だから道場なんてものがある、勝てなくなれば逆に搾取されるけどな」

杏「出続けてればいいじゃん」

P「それやって段々と勝てる相手が減ってきたから女Pさんもあんな手に出たんだ」」

杏「本末転倒、自業自得」

P「言うな、本人達も分かってる。デビュー当時はどうだったんだ? 俺が来る前だからよく分からないんだよ」

杏「失敗」

P「失敗って、何かやらかしたのか?」

杏「大々的に売り出されてた、イベントの主役だったし」

P「そのイベントが駄目だったのか?」

杏「何というか、キャラが受け入れられなかったというか、そもそも売り出し方を間違えたというか」

P「統括から女Pさんに変わったのってそこら辺の事情が絡んでるのか?」

杏「さあ、そこまでは知らない」

P「となると、起死回生で何かやるしかないが……そういえば俺が来てからあの子達の仕事って」

杏「主役はないね」

P「それは確かに焦る気持ちは分かるが……」

杏「それで、どうするの?」

P「一度、見る事にはなった。軽いレッスンだけどな」

杏「ふうん、いいんじゃない」

P「それでどうにかるのか、自信はまるでないな」

杏「自業自得」

P「分かってるよ、それでも何とかするのが俺の仕事」

杏「後悔しないといいけど」

P「何だこれ!?」

泉「えっと、今までのスケジュールですが」

P「LIVEだけ?」

亜子「それも、異常なんか?」

P「デビューした時はイベントの主役だったって聞いたけど」

亜子「懐かしい話やなあ」

P「それがこれ? 女Pさん何をしてたんだよ……」

さくら「それはまあ……その」

泉「あの頃は色々と手探りでしたから」

P「何で俺を頼ってきたのか分かってきた、何かやらかしたな?」

亜子「まあ、さくらの迷台詞があったんやけど」

P「名台詞? ファンに向かって何か言ったのか?」

「プロデューサーさん、わたし営業のお仕事に向いてないんじゃないかなって思うんですけどぉ」

「むぅ…プロデューサーさん、今日は全然営業のお仕事が出来なかったですねぇ…」

「プロデューサーさんってもしかして…ちょっと優柔不断な感じですかぁ?」

「こんなことばっかりじゃ、わたし心配になっちゃいますよぉ! プロデューサーさぁん!」

P「統括にこれ言ったのか? 馬鹿だろ」

さくら「うわぁんこの人やっぱり嫌!」

亜子「まあまあ、もう昔の事やから」

泉「……本当に、何と言ったらいいのか」

P「女Pさんよく引き受けたな」

さくら「感謝してまぁす」

P「何でそんな事情でそんな台詞が……ああ、焦りか」

泉「早く上へ行かないとって焦ってばかりで、私や亜子も口には出さなかっただけで」

P「統括もそんなんで放り投げるなよ、子供の言う事だろ。しかも事情は似てるんだし……」

泉「似てる?」

P「何でもない。過去は俺にはどうにもできないし、とりあえず通しでやってみよう」

さくら「どう?」

P「じゃあ、次」

さくら「次?」

P「次」

亜子「嫌な予感が……」

P「その反応には訳がありそうだな」

泉「私達、曲のレパートリーがあまりなくて」

P「ちょっと待った、リストとかある?」

泉「リストですか、これでいいでしょうか?」

P「……なるほど、LIVEバトルに特化してるのか。完成度がやたら高いから、他はどんなのだろうと思ったんだけど」

さくら「褒めてくれた?」

P「うーん」

泉「そういう訳ではなさそうですね」

P「勝率もそれなりにいいし、大概のアイドルには勝ってきたんだろう。そういうアイドルもありなんだが……負のスパイラルに陥りやすいんだよなあ」

泉「それを強引に解消しにいった結果が、今です」

P「その特化してる部分でさえニュージェネレーションには負けてるとなると……女Pさん、本当に数字を重視してやってんだな。ここまでとは思ってなかった」

亜子「どうしようもないとか?」

P「ちょっと試したい。さっきの曲でいいから、何度か繰り返してくれないか?」

卯月「……」

未央「おやおやー? そんなに真剣に何を見て――」

卯月「ニューウェーブの人達が練習してるんだけど……」

未央「って、あのプロデューサー!?」

卯月「確か、女性のプロデューサーだったよね?」

未央「これは……事件の匂いがするねえ」

P「普段からトレーナーさんが見てるのか?」

泉「そうですが」

P「まあ、プロデューサーからの意向は尊重するもんなあ、かといって……うーん」

さくら「何かまた渋い顔してるよぉ」

亜子「宣告前の空気や」

P「はっきり言う、スタミナが無さすぎだ」

さくら「スタミナぁ?」

泉「でも、まだこれ位なら」

亜子「別に、他のアイドルとのレッスンもこなしとるけど」

P「違う、もっと言うなら集中力の使い方って言い替えようか。LIVEバトルの間でも、他のアイドルは仕事を入れる」

泉「いけない事なんですか?」

P「仕事ってのはライブだけじゃない。ドラマやコンサート、営業にグラビアと山程ある。その辺りへの力の振り分けができてないのに、
  他のアイドルとレッスンこなせたって満足してたらそこで終わりだ」

卯月「厳しい事も言うんだ」

未央「何かイメージと違うかも」

卯月「真剣なんだよ、真っ直ぐ向き合ってる」

未央「ここからどうなる……?」

P「得意分野を持つ事と、一極集中ってのは違う。ライブで負けて行き詰って袋小路にはまるのは、他にできる事がないって自覚があるからだろ?」

亜子「耳が痛いけど」

泉「正論なんでしょうね」

さくら「うう……」

P「どんな形であれ勝ってるのに現状に満足できないなら、変わるしかない」

泉「変わる、か。今からできるのかな」

P「俺に聞かれても、と言いたいけど緒方さんをけしかけたの俺だしなあ」

さくら「はぁ?」

P「……睨むな、悪かった。だから本気でやる」

泉「宣材写真からですか?」

P「生徒手帳かと思ったぞ、あれ」

亜子「確かに固い」

さくら「笑えば可愛いのにね」

P「笑えば誰だって可愛いだろう……アイドルなんだぞ」

さくら「かわいい? サービスショット!」

P「ぶっとばしたくなる」

さくら「やっぱりこいつ嫌だぁ!」

P「本気でぶっ飛ばすか」

亜子「ええコンビや」

泉「……そうかな?」

P「口を開けて、はい閉じて」

さくら「何か、地味」

P「鎧でも着せてエキストラで放り込むぞ」

さくら「天下統一!」

P「俺の方がまだ可能性が高い」

さくら「そんなことないもん!」

亜子「こういう事から逃げとったから、こういう事になったんかな?」

泉「効率だけを追い求めても、駄目だったのかな」

亜子「まあ、あの人の言う通り過去はどうにもならん。頑張ろ、そして女Pに示すしかない」

P「しかし、俺が片手間にやっても限界はあるなあ……ん?」

亜子「そこは自分たちで何とかするって、子供じゃないんやから」

P「そこにいるの、誰ですか? そこで見てる暇があるなら手伝ってもらいますよ」

卯月「あ」

未央「いやー、ばれちゃってましたか」

P「……ニュージェネレーション?」

泉「いつから?」

卯月「ついさっきだよ、あはははは」

P「じゃあ俺がさっきまで見てたのは幻影なんだな?」

卯月「は」

未央「投降しよう、凛と同じタイプだよ」

卯月「そうだね」

卯月 未央「ごめんなさい!」

P「別に俺は怒ってないが、まさかこんな大物が隠れてたとは」

卯月「こうしてお喋りするのは初めてですね」

亜子「そうやけど、時間とか大丈夫なんか?」

未央「いやー、私達はそこまで忙しくもないから」

卯月「凛ちゃんは凄いけどね」

P「まあ、全員が同じ人気とも限らないが」

卯月「ちょっと気になってたんです、凛ちゃんが張り切っちゃったからあんな結果になってしまって」

亜子「いや、あれは完全に実力差やし」

P「ライバル視してたりするのか?」

未央「屋上にいたでしょ?」

P「マサイ族かよ」

さくら「見てたんですかぁ?」

P「何となくな、仕事の終りにちょっと見ただけだ」

未央「いやー、照れますな」

P「照れるって……もう何百回としてきた事だろう?」

未央「あれ、しぶりんから聞いてない?」

P「まあ、ざっとだが」

未央「なら、そういうこと」

卯月「お詫びとして、協力できることはします!」

泉「いいんですか?」

卯月「私も勉強になりますから」

P「願ってもない話だけど……島村さんちょっと」

卯月「はい?」

P「統括にばれたら不味くないのか?」

卯月「大丈夫です、今日は凛ちゃんにずっとついてますから」

P「だが、何で事情を知ってるのに」

卯月「美穂ちゃんと泰葉さんのお礼です、二人とも元気にしてくれたんですよね?」

P「泰葉……さん?」

卯月「私にとっては大先輩ですから」

P「ありがとう。ごめん、何か誤解してたみたいだ」

卯月「仕方ありません、それに……」

P「それに?」

卯月「いえ、まずは何からお手伝いしましょうか?」

P「宣材写真見て思ったんだけど、ニュージェネレーションは統一感がまるでないんだな」

卯月「別々に撮りましたから」

未央「まさかこんな風になるとは思ってなかったからね」

泉「個性がいるのかな」

亜子「よっしゃ! なら胸元開けるか!」

泉「え」

未央「はい、見ない」

P「言われなくても分かってる!」

さくら「個性……」

P「個性の塊が何を言ってんだ」

さくら「でも、イズミンやアコちゃんみたいなスタイルも胸もないし」

P「スタイルはともかく、胸のないアイドルなんてうちの事務所にもいくらでもいるだろ」

さくら「こういう時、どうすればいいんだろうっていっつも迷っちゃってぇ」

卯月「自分らしくしてればいいんだよ」

さくら「卯月ちゃんはだって、お尻大きいしぃ」

未央「お、やっぱり分かってた? このダイナミックな二つの山」

卯月「ちょっと未央ちゃん! こんな所で……もう……」

亜子「ちょっとくらい見たって黙っとくけど?」

P「絶対に見ない、絶対に絶対に見ない」

卯月「私は気づいてなかったんだけど、なんかファンの人からいつの間にか言われるようになってて」

未央「頑張ってれば、個性なんて勝手に誰かが見つけてくれるから。だから今は笑って皆の前で全力でアイドルやるのが一番だって!」

卯月「未央ちゃんの個性は誰が見つけてくれるんだろうね?」

未央「卯月……何か辛辣」

卯月「お尻なら未央ちゃんの方が大きいもん!」

さくら「やっぱり、お尻も大きい方がいいのぉ?」

P「俺に聞くな!」

泉「勝手に見つけてくれる、か。考えたこともなかったな」

亜子「この衣装も、久しぶりや」

未央「デビューした時を思い出して、感想は?」

泉「何か、不思議なんだけど懐かしくない」

未央「ほう? その心は?」

泉「まだ、私はスタート地点にいる」

卯月「私達もだよね」

亜子「ゴールは遠いなあ」

さくら「これから走るのぉ?」

P「一度、ゴールしたんだよ。また新しいゴールを見つけたからスタート地点にいるんだ」

泉「新しいゴール」

亜子「とりあえずは女Pに心配かけなくて済むアイドルになる事やな」

泉「撮影、お願いします」

P「何だ、いい顔で笑えるんだな」

泉「女Pに見せる最初の写真だから」

P「それがきっと、君の自然な表情になるよ」

未央「ちょっとギブギブギブギブギブ!!」

亜子「意外と固いなあ」

P「体力は島村さんがトップか、意外」

卯月「体育祭でも頑張ったんですよ!」

さくら「もう……駄目……無理だよぉ」

泉「私の半分だよ、もうちょっと頑張って」

さくら「うう、イズミンが鬼に見える……」

P「あっはははははは、腹が……腹が……」

亜子「笑わんでもええやろ!」

さくら「だから苦手だってデビューの時から言ってるのにぃ」

未央「ダンス、苦手?」

泉「歌なら何とかなるんですけど」

P「だからレパートリーが少ないのか、納得した」

卯月「これから覚えていけばいいんだよ、大丈夫。未央ちゃんは今もライブが近づくと特別にレッスン組まれてるから」

未央「それは今ここで言う話じゃないよね!?」

P「基礎からやるか、忙しくなるとこういう時間も取れなくなるよな」

泉「ふう……」

P「お疲れ様。はい、今度は貰い物じゃなくてちゃんと買ってきた」

泉「私達のしてる事って、他の人から見れば単純で地味で」

P「結果は見えにくいな、プログラム組む時はどうなの?」

泉「亜子やさくらから聞いたんですか?」

P「いや、あの日ルキトレと会ってさ。ちょっと聞かせてもらった」

泉「趣味みたいなものです、亜子は勝手に売ろうとしましたけど」

P「売らなかったの?」

泉「利益が大して望めるものではありませんでしたから。一つ作ると、その修正に時間も取られてしまいます」

P「そこら辺の世界はさっぱりだ」

泉「知らなくてもパソコンは動きますから、その仕組みに興味を抱く人も少ない」

P「でもそういう仕組みに精通してる人は確かにいるんだよなあ」

泉「アイドルもいつかそうなるかもしれません」

P「アイドルがプログラミングで動くの?」

泉「画面の中なら、今だって動かせます」

P「そんな時代が来たらプロデューサーなんて職種もなくなるかもな」

泉「その歌もまた、誰かに響くのか。響かせる歌があるのか、私は知りたい」

P「なら、俺はそれに負けないアイドルを育てたいな。いつか頂上決戦する日がくるかも」

泉「この汗も、その為の小さな一歩ですね」

P「その時は、どっち側にいるんだ?」

泉「どちらにも」

P「言い切ったね」

泉「でなければ、進む意味がありませんから」

P「さて、もういい時間だな」

卯月「続きはいつですか?」

P「できるかなあ……えーっとスケジュール的には……」

亜子「アタシらそれほど仕事がある訳でもないしなあ」

P「うーん……まあ何とか……夜でもいいか?」


未央「もっちろん!」

P「来るの?」

卯月「お邪魔でしょうか?」

P「いや……別に来たいならいいが」

未央「じゃ、これメアドだから決まったら教えて!」

泉「あの二人、どうして」

亜子「お人好しなんかね」

P「まあ、レッスンするというのなら止めないが」

千枝「それで千枝を放って夜の特別レッスンですか!?」

P「……まあ」

千枝「千枝にも夜の特別レッスンして下さい!」

P「だから変な言い方をするなって! それに決まったわけじゃない、女Pさんに報告して駄目だというなら
  その時点で――」

女P「いえ、続けてもらえる?」

P「知ってたんですか?」

女P「担当の動向くらい把握してる……悪いわね、本当に」

P「いえ、出来る限りはしますが」

女P「担当、変えてみる?」

P「それは彼女たちが拒否すると思いますよ」

女P「今はそうでしょうね」

P「これからもですよ」

千枝「何か、元気なさそうです」

先P「向き合うのを怖がってるからな」

P「先輩……そのきのこは一体」

先P「ん? 生えてたから回収した」

P「頭に植えます?」

先P「ほう……いい度胸だ」

P「すいません冗談です。で、さっきのですが」

先P「あいつはアイドルとの接し方がビジネスライクにしようとしてるだろ?」

P「しようとしてますけど、実際は違いますよね」

先P「ここはアイドルが距離を詰めてくるからな、どこにこんなおっさんの机の下でフヒフヒ言うアイドルがいるんだか」

P「ああ、そのきのこもしかして」

先P「友達だそうだが、生憎あそこに置かれたら邪魔なんでね。丁重に移住してもらうさ」

千枝「Pさんのきのこ?」

先P「お前……」

P「はい千枝はこっちにおいで。まあ、それは同意しますが」

先P「あいつはずっと戸惑ってんだよ、その理由は知らねえが」

P「アイドルと仲良くなるのが嫌なんでしょうか」

先P「そんな風に見えるか?」

P「……うーん、女Pさんってここに来る前は何してたんですか?」

先P「俺は知らん、適当に聞いてみればいいんじゃないか?」

レナ「それで私に?」

P「女Pさんが仕事を見てる中で、年が近いのって兵頭さんくらいですから」

レナ「ブラックジャックは知ってる?」

P「ええ、ルールくらいなら」

レナ「どうぞ」

P「……では」

レナ「貴方の手にはトランプが二枚。一枚はクローバーのエース、もう一枚はクローバーの9」

P「お見通しですか」

レナ「私の手にはダイヤの8とダイヤのクイーン、つまり貴方が勝つには?」

P「ジャックしかない」

レナ「トランプの枚数は全部で52枚、残っているのは48枚。つまりジャックを引く確率は12分の1」

P「その通りです」

レナ「さて問題、貴方はカードを引く?」

P「引きません、これで勝負です」

レナ「そう? 本当にいいのね?」

P「はい、では勝負です」

レナ「……どうして」

P「俺の勝ちですね」

レナ「私が嘘を付いてるって分かったの?」

P「ただの勘ですよ」

レナ「その勘はどこから来たのか教えてくれない?」

P「誰にどんなカードがいくかは兵頭さんの次第。素人の俺はそんなの見破れませんから、この勝負は
  単純に兵頭さんが勝つ気があるかどうかに掛かってます」

レナ「そうね」

P「もし勝つ気があるならやり方はいくらでもある。その状況下でわざわざ自分の手まで晒して作り上げたのは、
  12分の1の確率に頼らざるを得ない状況」

レナ「うんうん」

P「ですが兵頭さんは勝つ確率とは言わなかった、ジャックを引く確率なんて表現にした時にこれはヒントかなと」

レナ「……へえ」

P「俺は捻くれ者ですから、ここまで厳しい確率を提示されると勘ぐりたくなるんです。つまりジャックを引く以外にも勝つ手段を
  この人は用意しているんじゃないかって」

レナ「それで引かなかったの?」

P「ジャックしかないなんて言った手前、引いた方がかっこよかったんでしょうけど。俺の所に来てくれた子達を信じてみました、なんて
  言えば少しはかっこよく見えますか?」

レナ「お見事、私の負けよ」

P「それで、この勝負と女Pさんと何か関係が?」

レナ「彼女も貴方と同じ引かなかったのよ」

P「そうなんですか? 理由は?」

レナ「私の選択一つで、負けるかもしれない子を増やしたくないから」

亜子「プロデューサー?」

P「え?」

亜子「疲れ取るんか? ぼーっとしとったけど」

P「いや、ちょっと考え事をしてて」

泉「お疲れですか?」

P「違う違う。よし、もう少し続けようか」

さくら「お疲れ様でしたぁ」

P「お疲れ様。しかし、どうするかな……このままレッスンだけ続けたって」

美嘉「よかった、まだいた」

P「城ヶ崎さん? どうしたの?」

美嘉「ニューウェーブを見てるって聞いたからさ」

P「まあ、責任をもって見てるよ。幸い、俺は他のプロデューサーと比べて仕事の量も少ないから」

美嘉「大丈夫だと思う?」

P「彼女たち次第、としか。俺はちょっとしたお手伝いしかできないから、よくも悪くも」

美嘉「女P、何であんなにピリピリしちゃってんのか分かる?」

P「俺が知りたい、先輩は接するのを怖がってるなんて言い方をしてたけど」

美嘉「プロデューサーは怖くないの?」

P「怖いと思ったことならある。大きな仕事の前とか、俺の言葉一つでアイドルが動揺したらとか考えると自然と慎重にはなる」

美嘉「それはそうだけど、でも」

P「そういうのとは違うんだろうな、何でそんな事になったんだか」

美嘉「調べる方法とかある? 協力できるならアタシもするから」

P「本人に無断で?」

美嘉「このままだと共倒れになるよ」

P「その言い方をされると辛いんだが……ちょっと業界内の知り合いに聞いてみる」

美佳「変なことになんない?」

P「大抵の事は知ってそうだから、聞いてみるさ」

監督「何だよ、復帰するのかと思ったんだが」

P「ありえません、ちょっとした質問です」

監督「そんなんでお前はこの時間に電話してくるのか」

P「今は海外でしょう? 何時ですか?」

監督「朝の8時」

P「ならいいじゃないですか」

監督「貴重な自由時間を」

P「すぐに済みますよ、女Pってうちの事務所にいるんですけど知ってますよね?」

監督「何だ、注意しとけって言ったのにもう問題起きたのか」

P「まだ起きてません、ただ起きちゃいそうなんで先手を打とうかと」

監督「昔、何て言ったか……雪月花だったか」

P「あ、共演した事あります」

監督「ならお前、女Pとも会ってるぞ」

P「関係者?」

監督「プロデューサーだったんだよ」

P「はあ? あそこそれなりに大きな所でしょう、何で移籍なんか」

監督「噂とか聞いたことなかったか?」

P「噂? いえ、あんまり」

監督「魔王の怒りを買って潰されたらしいぞ」

P「……何でまた」

監督「色々やってたんだとさ、妨害じみた事を何度も」

P「なーるほど、それでやられたのか」

監督「今こそ大人しくしてるが、また何をやるか分からんぞ」

P「分かりました、すみませんわざわざこんな時間に」

監督「あ、もう一つ」

P「何でしょう?」

監督「前に言ってた撮影の話だが、恐らく黒川千秋になる」

P「あ、本当の話だったんですか。連絡ないんで聞こうかと思ってたんですが」

監督「準備に時間が掛かってたんだが、この撮影が終わったらそっちだ。お前は来れるのか?」

P「海外だと俺は厳しいんで、スタッフを何人か行かせるくらいでしょうか」

監督「ま、そんなとこだろうな。ブラックも真っ青な業務形態だもんな」

P「ブラックが真っ青って」

監督「おっと呼ばれた、じゃあな。正式に決まったら連絡する」

P「お待ちしてます」

先P「分かったのか?」

P「まあ、痛い目を見たんだなって事くらいは」

先P「お前の情報網も謎だよな」

P「先輩って俺の前職知らないんでしたっけ?」

先P「お前が俺の前職を知らねえのに……お前、ここに来る前も働いてたのか?」

P「収入は得てました」

先P「曲者揃いかここのプロデューサーは」

P「これ以上、首を突っ込んでもいいと思います?」

先P「全身しっかり浸かってる奴が何を言ってんだ」

P「……そうですよね。ちょっと勝負に出ます」

先P「勝算は?」

P「勝つ必要なんて誰にもありませんよ」

さくら「単独ライブ!?」

P「そんなに驚くことか? デビューする時もそうやってしたんだろ?」

さくら「そうだけどぉ」

泉「お客さん、入ってくれるのかな?」

亜子「どうやろうなあ」

P「そこまで大きい箱を抑える気もないし、チケットが売り切れる必要性もない」

泉「利益を求めないということですか?」

P「力を試す格好の場だと思ってくれていい」

亜子「いや、本当に?」

P「大丈夫、それ位の損は何とかなる」

さくら「で、でも曲とか今から用意しても」

P「使える曲なんていくらでもある、ニュージェネレーションの曲を使ったっていい」

泉「今から練習してマスターできるかどうか」

P「決定権は君達にある、時間が欲しいなら待つが」

泉「……やります」

さくら「イズミン!?」

泉「チャンスをくれたんだもの、次があるか分からない」

P「分かった、じゃあ君達の曲は使ってもいいのかな?」

卯月「私は大歓迎です」

未央「ふふふ、一ヶ月ぽっちで大丈夫かな?」

卯月「未央ちゃんはもう少し掛かったね」

未央「ぐぬぬ……」

P「使えそうな曲は限られてるけど、できる限り用意するから。さあ、始めようか」

卯月「気のせいか、前より活き活きしてますね」

P「分かりやすい目標があるからかな、そこに向かって頑張れる」

卯月「プロデューサーさんは何か目標とかあるんですか?」

P「皆をトップアイドルにすること……何でそんな不満そうな顔を」

卯月「凛ちゃんの目標はなんでしたか?」

P「俺を超えたいって言ってたな」

卯月「簡単に越えられないで下さいね」

P「既に超えられてる気しかしないけど、またどうして?」

卯月「最初に超えるのは私ですから」

P「そんなタイプには見えなかったな」

卯月「皆が友達で、皆がライバルです。だから私はいつも頑張れるんですから。練習、見てきますね」

未央「ライバル宣言ですなあ」

P「不思議に思ったんだけど、何で俺のライブに行こうとか思ったの?」

未央「チケット拾った」

P「拾ったあ?」

未央「運命かと思って行ったら運命だったって感じかな!」

P「何だそれは……」

未央「しぶりんの理由は知ってるよね、じゃあしまむーは?」

P「そういえばまだ聞いてないな」

未央「面白いよ、他のライブに行こうと思って間違えたんだって」

P「いや、どこかで気付けよ!?」

未央「チケット見て気付いたけど、お小遣いがなかったんだって」

P「あの日のライブ、そんなんばっかりだったのかな」

未央「でもそれでファンが少なくとも三人は増えたんだからさ」

P「まあ、どんな理由でも来てくれるのは嬉しいけど」

未央「そうだよね、本当にそう思う!」

P「成功するといいな」

未央「させるんだよ!」

P「そうだな、させようか」

先P「任せっきりでいいのか?」

女P「それで成功するならあの子の方があってる事でしょ」

先P「ほー」

女P「何よ?」

先P「挫折ってのは人を変えるなと思ってな」

女P「変わらなきゃ、しょうがないじゃない」

先P「だとさ」

女P「美嘉」

美嘉「ちょっといい?」

先P「邪魔者は失礼するさ、ごゆっくり」

美嘉「ニューウェーブの三人、頑張ってるよ」

女P「知ってるわよ」

美嘉「見に行かないの?」

女P「邪魔じゃない、あんなやり方しか取れないのがいたって」

美嘉「アタシはそうは思わない。アタシ達だって女Pがいたから」

女P「結果論」

美嘉「何でそんな!?」

女P「あの子は簡単に変えるじゃない、やる気のなかった加蓮は今や人気アイドルの一角。泰葉は笑顔が柔らかくなってファン層の幅が増えた、
   名前を呼ばれる事さえ嫌ってたありすは自分から呼んでくれと人に頼み始める始末」

美嘉「アタシが……皆が何も変わらなかったとでも思ってんの?」

女P「……」

美嘉「絶対に見に行って」

女P「……」

P「大人を説得するのって難しいな」

莉嘉「大人ってタイヘン?」

P「俺はまだ大人になれてないからよく分かんないな」

莉嘉「働いてるのに大人じゃないの?」

P「働いてなくたって大人にはなっちゃうんだよ」

莉嘉「むずかしーねー」

P「全くな」

さくら「ここが会場?」

亜子「ほへー、こんな所があったんか」

卯月「ここ……」

未央「うん、プロデューサーの」

P「まさかリハまで来るとは思ってなかった、ツアー中だよな?」

未央「いや、もう行かなくちゃいけないんだけどね」

卯月「本番は間に合うように頑張りますから」

P「無理しないように」

泉「プロデューサーにとって特別な場所なんですか?」

P「ん? まあ、ちょっとここからアイドルがどんな風に見えるか見てみたくなってさ」

泉「私はどんな風に映るでしょうか?」

P「すぐには変われないよ。誰にだって積み重ねはあるし、それを否定する必要もない。
今はただ、女Pさんの心に何かが響くように願うだけだよ」

泉「チケットは?」

P「聞かなくていい、販売期間は一週間前からの短期間。どんな結果でも責任は俺が負う。
別に興行として成功しなくたっていいんだ、目的はそこじゃない」

泉「……どうしてそこまでするんですか?」

P「心が動く瞬間ってのを、見たいからかな」

春菜「Pさん!」

P「おお、お帰り。地方ロケありがとな」

春菜「帰ってみたら何ですかこれ!?」

P「ニューウェーブのライブ、チケットあるけどいるか?」

春菜「欲しいですけど、何があったらこうなるんですか?」

P「何も教えないでおくよ、その方が彼女達のためになる」

春菜「その言い方、やっぱり何かあったんですね?」

P「終わった時、ありのままを伝えてあげたらいい。それが一番、彼女達の為になるはずだから」

さくら「本当に今日、ライブするんだよね?」

亜子「ここまできたらやるしかない」

泉「女Pは?」

美嘉「来る、来ないなら引きずってでも」

泉「そう、なら後は私達次第」

美嘉「ごめん、何か任せるだけの形になっちゃうけど」

泉「元々、私達のせいだから。こっちこそ謝らないと」

美嘉「頼むね、アタシもこのままは嫌だからさ」

亜子「任せとけ! と言いたいけど、どうなる事やら」

智絵理「あ、あの」

美嘉「智絵理!?」

さくら「うわー久しぶりに会ったぁ」

亜子「また凄い意外……でもないか」

泉「意外って言っても知り合ってからライブするの初めてだし、それに」

智絵理「ライブ、おめでとう」

泉「ずいぶんと遠回りした気もするけど、ありがとう」

智絵理「そんな事ない、羨ましいなって思う」

泉「私たちが?」

智絵理「私がどんなに歌っても、変えられなかったから」

亜子「いや、変わったと思う。アタシ達も女Pも」

さくら「多分、私たちはあのまま続けてただけだったと思うし」

泉「ライブしても、女Pがここに来てたか怪しいと思う」

美嘉「本当に何もしてないのは莉嘉くらい」

亜子「実は裏でとんでもない事しとったりして」

美嘉「ないない」

泉「頑張ろう、勝つためにじゃない。ファンと女Pと何より……私達の為に」

春菜「こんな後ろの席でいいんですか?」

P「ここなら全体がゆっくりと見えるから、劇場みたいな作りになってるんだな。ここは」

春菜「結局、完売したんですね」

P「実は売ってない」

春菜「売ってない!?」

P「配っちゃった」

春菜「あの、誰に?」

P「過去のLIVEバトルの記録を調べてさ、ああ言ってなかったか。うーんと、まあ実は女Pさんがちょっと観客を操作してたんだけど」

春菜「え」

P「それで行けなくなった人達が発生してたからさ。こんなライブやりますけど、どうでしょうかって電話してチケットを発送して」

春菜「でもニューウェーブは普通にファンが来ると思ってますよ」

P「うん、だから俺からのテスト。ここで駄目なら違う道を歩んだ方がいいかなって。お金を稼がないといけないなら、
  普通に勉強して就職した方がいいと思う。特に大石さんにはその力が既にある様だから」

春菜「何と言いますか」

P「もちろん、ここまで全力は尽くした。後は――」

莉嘉「ニューウェーブのお姉ちゃんたち次第だね!」

春菜「えっと、この子って確か」

P「そう、城ヶ崎さんちの下の方。ちょっと打ち合わせを兼ねて一緒にいたんだけど」

春菜「しかし、普通の単独ライブだと思ってるでしょうに」

P「あ、単独でもない。これも内緒だけど」

春菜「はい?」

P「だってさ、LIVEバトルだったら複数のアイドルが出てくるだろ? その代替ライブなら他にも出さないと失礼かなって」

春菜「誰を用意してるんですか?」

P「ちょっと、とっておきの人達をね」

泉「アイドル?」

亜子「そうや、アタシらが稼げるチャンスや!」

泉「だからって、私達そんな経験ないじゃない」

亜子「経験じゃない、女は度胸や!」

さくら「イズミン、お金がいるの?」

泉「え、ああ……まあ。けどさくらと亜子には」

さくら「協力するよ」

泉「えっと、理由とか何も言ってないけど」

さくら「イズミン困ってるんだよね? アコちゃんお金稼ぐ方法を探してたんだから、何かと思ってたんだけどぉ」

泉「二人とも、本気?」

亜子「冗談でこんな事は言わないって、けどさくらは」

さくら「仲間外れは駄目だよぉ、いつか話してくれたらそれでいいから」

泉「でも、事務所とか決めてるの?」

亜子「ここ!」

さくら「シンデレラガールズ?」

泉「まだ新しいみたいだけど」

亜子「何でもこの学校を卒業した人がここでアイドルやってるらしいのよ」

泉「そんな噂どこから」

亜子「先生が言ってたんだから間違いない、な? やってみよ?」

泉「アイドルは手段のはずだった。二人が協力してくれるからって始めて、どこか冷めてて……でも」

亜子「どーもどーも、亜子でーす!」

さくら「さくらでぇす! えっへへー」

泉「大石泉です、今日は本当にありがとうございます。久しぶりのライブ、本当に楽しみで……」

春菜「言葉が……」

P「大丈夫だよ、流されてない」

泉「今ここで私達の持つ全てを出し切ります、最後まで一緒にこの波に乗って盛り上がりましょう!」

美嘉「デビュー曲……」

女P「構成は、あの子達が考えたの?」

智絵理「女Pさん!」

美嘉「多分、三人と彼が考えたんだと思う」

女P「そう、そっか」

美嘉「誰の為に歌ってるか分かってる?」

女P「分かってる、ここまでされないと分からない自分が馬鹿だったって事も」

亜子「最高のLIVEにするよん!」

さくら「えっへへー♪ いくよーっ!」

泉「私たちの、魅せてをここで!」

P「デビューまでどんな葛藤があったのかとか俺は知らないけどさ。でも誰かの為にここまで歌えるなら、彼女達は大丈夫だと思う」

春菜「それで、この後に誰を?」

P「そろそろ出てくるよ」

泉「皆さん、今日は本当にありがとうございました。今日のライブはこれで――」

莉嘉「って思うでしょー!?」

美嘉「莉嘉!?」

智絵理「だ、大丈夫でしょうか?」

女P「大丈夫でしょ、客席であいつがにやっとした」

美嘉「折角のライブがこれで終わっちゃうのもったいないから、凄い人達を呼んじゃったんだ!」

美嘉「凄い人達?」

女P「あいつの呼べるアイドルで凄いっていうレベルだと」

智絵理「高垣さん」

美嘉「後は?」

女P「誰が出てくるか」

未央「みんな、待たせたね!」

卯月「遅れてすみません! 島村卯月です!」

美嘉「はあ!?」

智絵理「ニュージェネレーションだ……」

女P「」

春菜「これ、お金とか」

P「さっきも言ったとおり一円も取ってない」

春菜「よく呼べましたね」

P「あのステージに立ってみたいという彼女達からの希望もあった。それに何というか、これは俺からの」

春菜「からの?」

P「宣戦布告だ」

泉「ありがとう、来てくれて」

未央「あれ? 分かってた」

亜子「ま、何となく」

さくら「凄い、それ私達と同じ衣装だぁ!」

卯月「特別に作ってもらったの、似合う?」

亜子「何でも似合うね」

未央「だからこのお尻がいいんだって」

卯月「未央ちゃん」

未央「よっし、じゃあ一曲いってみよう!」

泉「うん、では聞いて下さい!」

美嘉「って、何も言わずに帰る気!?」

女P「やる事がたくさんあるから」

美嘉「それ、絶対にしなくちゃいけないの?」

女P「もちろん、あの子達のプロデュースを一から見直す。彼女達が結果で示したんだから、私も示す」

美嘉「はあ、もう」

智絵理「でも、いい顔でした」

美嘉「大人ってこうなんだから」

智絵理「でも、嬉しそう」

美嘉「……まあ、いいライブだったよね」

智絵理「うん!」

さくら「疲れたぁー」

泉「うん、でも今までとは違う」

亜子「女Pチャン、本当に帰ったみたい」

泉「仕方ないよ、すぐには――」

さくら「メール?」

泉「……ふふっ」

亜子「お? まさかの本人から?」

さくら「見せて見せて」

泉「はい」

亜子「何というか、女Pチャンらしいというか」

さくら「でもこんな風に送ってくれたの初めてだね」

泉「これで、弟にも笑われなくて済むかな」

亜子「よっしゃ、この調子でばんばん稼ぐで!」

さくら「うん、頑張ろイズミン」

泉「ええ、私達は波だから」

亜子「一度引いても繰り返す」

さくら「世界のどこにでもあるし」

泉「寄せては返す波のように、返す度に新しい何かを見せられるように」

亜子「はりきっていこう!」

NW「おー!」

マストレ「ライブは成功だったようだ、利益はなかったようだが」

社長「その条件で許可しましたから、問題ありません。構いませんよね?」

統括「決定権は私にはありませんので、失礼します」

マストレ「どう思う?」

社長「ニュージェネレーションの内の二人を連れていったのは予想外でしたけど、それが彼からのメッセージなんでしょう」

マストレ「彼を入れて正解だったと思うか?」

社長「そう思いましたからここに彼を入れたんです。さて、では行きますね」

マストレ「仕事か?」

社長「スタドリの販売にイベントの告知、やる事が盛りだくさんです」

マストレ「トップ自ら現場に出る社長、か。人手不足は間違いないが」

社長「プロデューサーさん達も頑張ってますから」

マストレ「なら、私もそれに応えるとしよう」

終わり 次回は10日後くらいを予定してます

連作短編23 
杏「馬鹿であほで大嫌いな誰かさんのお話」

あの日、全てが無くなった。

声も出せず、ただ失われていく様を見届けるだけの。

哀れな人形だった。

杏「……ん」

P「よ、起きたか」

杏「起きたよ、馬鹿兄貴」

P「朝飯、食うか?」

杏「何?」

P「パンと牛乳」

杏「もう焼けてるんだ」

P「トーストだって偶に食べると美味いよな」

杏「焼くだけにしてはね」

P「さて、俺は出勤時間だ。行ってくる」

杏「行ってらっしゃい、帰りは?」

P「今日は早い、夕飯も一緒に食えそうだ。仕事は午後からだっけ?」

杏「だから寝る」

P「はいはい」

杏「……寝れないなあ」

泉「プロデューサー」

P「おはよ、その後の調子はどう?」

泉「お陰様で、順調です」

P「そっか、それは何より」

泉「それで、その」

P「まだ何か?」

泉「ど、どうぞ」

P「……俺に? 女Pさんじゃなくて?」

泉「女Pに作ったら余ってしまいましたので」

P「なら遠慮なく頂くよ、昼ごはんどうしようかって思ってたから」

泉「ささやかなお礼です、それでは失礼します」

P「こういうの作るタイプだったのか、楽しみだな」

先P「朝から妬けるねえ」

P「何を言ってるんですか」

先P「アイドルから弁当なんてファンが知ったら暴動が起きるぞ」

P「それを言ったら俺は命が何個あっても足りませんね」

先P「確かに。さて、今日は外回りだ」

P「こっちの分まで取ってきて下さいね」

先P「人の世話まで見る余裕はないね」

P「ですよね。さて、俺も出るか」

莉嘉「次はこっちー!」

ありす「分かってますから引っ張らないで下さい!」

P「一緒に走ってきたら?」

桃華「私はここで一緒に眺めていた方が楽しいですわ」

P「次世代のトップアイドル特集か、ごめんなこんな仕事させちゃって」

桃華「そういった目で見られる事は仕方のないことですわ」

P「達観してるなあ」

桃華「焦りや不安もありますわ。ですが、ここの事務所には優秀な方が揃っていますので。
   次の時代とやらが来るのを待たずとも、上へ行けると信じていますわ」

P「お褒めの言葉どうも」

桃華「社交辞令ではありません」

P「その手は?」

桃華「あら、レディが手を出したらエスコートするのは紳士の役目でしてよ」

P「なるほど、では」

ありす「何をさせているんですか」

桃華「その姿に嫉妬は似合いませんわ」

ありす「そんなんじゃありません!」

P「ほら」

ありす「……ちゃんと握って下さ――」

莉嘉「かっこいー! アタシもしてーっ!!」

P「って、ちょっと待った!」

ありす「……」

桃華「残念でしたわね」

ありす「……別に思ってない」

P「やれやれ、ようやくお弁当だ」

千枝「Pさんご飯ですか?」

P「レッスン終わりか?」

千枝「はい、一緒に食べましょう」

P「相変わらず美味しそうな弁当だな」

千枝「食べますか?」

P「いや、今日はあるんだ」

千枝「お弁当……」

P「さーて中身は」

千枝「お好み焼き?」

P「ああ、何となく誰の発想かは読めた」

千枝「Pさん、誰かから貰ったんですか?」

P「朝にちょっとね」

千枝「ニューウェーブさん!」

P「当たり、でもユニット名にさんを付ける必要はないからな」

千枝「夜の特別レッスンで色々と教え込んだって聞きました」

P「何だろう、俺の心が澱んでるのかな」

千枝「千枝にも夜のレッスンして下さい!」

P「普通のレッスンだからな!」

千枝「はい!」

P「いい返事だよ本当に」

千枝「聖來さんもあんまり放っておくと怒っちゃいますからね」

P「放っておいてる訳じゃないが、何で返事もくれないんだろう」

千枝「行きましょう」

P「どこに?」

千枝「聖來さんの部屋です」

P「いやいや、いるとは限らないだろ」

千枝「います、朝に確認しました」

P「今は?」

千枝「……います!」

P「その間は何だよ」

千枝「時間ありますか?」

P「そうだな、行ってみるか。それでいなくても姿勢だけは見せておかないと」

千枝「でも、どうしたんでしょうね?」

P「実は原因に心当たりはある」

千枝「そうなんですか?」

P「ちょっと」

千枝「なら、やっぱり話すべきです」

P「だからいるといいんだけどな」

千枝「えっと、この部屋です」

P「聖來さん! Pですいますか!」

千枝「音もしませんね」

P「うーん、もういないかな」

春菜「Pさん?」

P「ごめん、立ち入っていい場所じゃないってのは理解してるんだけど」

春菜「いえ、聖來さんですよね?」

P「そういうこと、時間作ってきたけど出直しかな」

春菜「入りますか?」

P「流石にそれは不味い、緊急でもないし仕事をさぼってる訳でもないんだから」

千枝「でも不安です」

春菜「難しいですね、どうしてしまったのか」

P「悪かったな休みのところ、今日は……開いたな」

千枝「鍵、掛かってなかったんですね」

春菜「寮ですからあんまり気にしない人もいますからね」

P「聖來さんもこういうところあるんだな、開けてても悪いしさっさと閉めよう」

千枝「何か飛んできましたよ?」

P「新聞記事か、何か集めてるのかな」

春菜「えっと、2年前ですね。芸能事務所で火災発生、死者2名重傷1名軽傷1名」

千枝「火事ですか?」

P「……ああ、まあ調べるよな」

千枝「Pさん?」

春菜「あの、大丈夫ですか?」

P「とりあえず戻しておこう、俺はちょっと用ができた」

千枝「Pさん!?」

春菜「何だか急いで行ってしまいましたけど」

千枝「入っちゃいましょう」

春菜「部屋の中に?」

千枝「謝るのは後でもできますけど、入れるチャンスは今日だけかもしれません」

春菜「……共犯ですか」

千枝「ここで入らなかったら、後でずっと後悔すると思いますから」

P「聖來さん、出てくれないかな」

聖來「ごめんねPくん、この電話は出れないよ。やっとここまで来たから、聞いてみないとね」

P「駄目か。多分、行くとすれば」

聖來「真実ってやつをさ」

杏「……ん、客? いいや、居留守で」

「すいませーん、いませんか?」

杏「いないよ、さっさと諦めて帰るんだね」

「双葉さんいませんか?」

杏「だからいないって」

「双葉杏さんいませんか?」

杏「名前まで? 事務所の人?」

「水木聖來だけど、いない?」

杏「……何でまた、仕方ないなあ」

聖來「やっと出てくれた」

杏「何の用?」

聖來「入ってもいいかな、お話がしたいんだ」

杏「まあ、いいけど」

聖來「思ったよりあっさり入れてくれたね」

杏「渋谷凛が動いたのは知ってるから」

聖來「Pくんに聞いたの?」

杏「よく調べたね」

聖來「色々と事情を知ってる人が多くて、この事務所」

杏「まゆかな」

聖來「何だ、分かってるんだ」

杏「統括だったら態度は変えたけどね」

聖來「アタシは凛とまゆちゃんからしか情報を得てない」

杏「その二人から聞いてるなら充分だよ、私から言うことなんて何もない」

聖來「その二人の間で矛盾があったとしても?」

杏「食い違ってるの?」

聖來「Pくん絡みでね」

杏「あいつの事なんて気にしたって無駄だよ」

聖來「そうも言ってられないから、こうしてここに来たの」

杏「どこが食い違ったの?」

聖來「Pくんってさ」

杏「うん」

聖來「もうアイドルには戻れない体なの?」

杏「そっか、凛は知らないんだ」

聖來「じゃあやっぱり」

杏「無理だよ、動けてるだけで奇跡」

聖來「踊るのも?」

杏「奈緒たちを見てる時、あいつ家に帰ってからずっと痛みに耐えてたよ」

聖來「そっか……無理させちゃったか」

杏「本人が好きでやったんだから気にしなくていいって」

聖來「歌も?」

杏「何か一から話すのもめんどくさいね、ちょっと長くなるけどいい?」

聖來「うん、話せる範囲で構わないから」

杏「あの日さ、普通に学校に行って授業受けて教室でだらーんとしてたんだ」

聖來「普通の学生だったの?」

杏「その頃はね。それで下校間際になって放送で呼び出されて、職員室に行って知った」

聖來「巻き込まれたとかじゃなかったんだ、よかった」

杏「事務所が燃えて、両親とお兄さんが病院に運び込まれてるからって。それだけ聞かされて車に乗せられて病院に行ってさ」

聖來「うん」

杏「まあ、察しの通り。呆然としてるまゆと意識不明の馬鹿がいた」

聖來「……そっか」

杏「親は歯型だけが判別の材料だった、何も残らなかったら火葬する手間は省けたけど」

聖來「一人で手続きしたの?」

杏「親戚とか、後はまあ関係者。追い詰めた罪悪感とかあったんじゃない?」

聖來「まゆちゃん、私のせいですって言ってたけど」

杏「それはあれだよ、事務所内にまゆがいてそれを助けるためにってあの馬鹿は突っ込んだみたい」

聖來「それって」

杏「そうだね、いなかったらあいつはアイドル続けてたかもね」

聖來「凛は、できれば戻って欲しいって言ってた。アイドルに戻らないのは罪の意識があるからなんじゃないかって」

杏「それもあるかもね、でも無理だよ。医者が不可能と言ったし、させたくない」

聖來「統括が何を望んでるとかも知ってるんだよね?」

杏「妹でしょ、はっきり言うけど私には関係ないよ。あいつはそう思ってないみたいだけど」

聖來「恨んでる?」

杏「別に、遅かれ早かれああなったんだと思うし。努力とか全て意味ないって分かっただけでも収穫だよ」

聖來「ねえ、どうすればいいのかな?」

杏「なるようにしかならないでしょ。そのライブで都合よく妹が目覚めたって、あいつの体が元に戻る訳じゃない」

聖來「そうだね」

杏「勝手に巻き込んできてるだけだよ、それに付き合ってあげてるあいつは馬鹿。それだけ」

聖來「ねえ」

杏「んー?」

聖來「何でアイドルになろうと思ったの?」

杏「……さあ、思い出すのもめんどくさい」

聖來「アタシをプロデュースするのもきついのかなあ」

杏「そうでもないんじゃない、教える事ないって言ってたし」

聖來「はは、そう言ってもらえると助かる」

杏「他に何かある?」

聖來「ううん、いやな話させちゃってごめんね」

杏「いいよ、必要なんでしょ?」

聖來「そうだね、長居しても邪魔だろうから失礼するよ」

杏「どうするのさ」

聖來「やるだけやってみるよ、凛をあのままにもしておけないから」

杏「ふうん、まあ頑張って」

聖來「ありがと、本当に。それじゃまたね」

杏「……頑張るなあ」

P「メール? 聖來さんか……駅まで来て? 何でまた」

凛「えっと、聖來さんは……どうしたんだろう、急に用なんて」

P「ここか、さてどこに……」

凛「……」

P「お、お疲れ様」

凛「う、うん」

P「あー、仕事?」

凛「それはもう終わって、人を待ってるんだけど」

P「そっか、俺も人を待っててさ」

凛「……」

P「……」

凛「……」

P「……」

凛「えっと、未央と卯月が首を突っ込んだって聞いたけど」

P「ニューウェーブの時の?」

凛「そう、ごめん。邪魔しちゃったかな」

P「いや、助かったから。俺がお礼を言う立場だよ」

凛「ならいいんだ、よかった」

P「ああ、気にしなくていいから」

凛「……」

P「……」

凛 P「聖來さんまだかな」

凛「え?」

P「そういう事かよあの人!」

聖來「頑張れ、凛。さーて、どこで時間潰そうかなあ」

P「あー、ちょっとメール見せてもらえる?」

凛「これだけど、一緒?」

P「一字一句同じだな。仲いいんだね、一緒に散歩してるとは聞いてたけど」

凛「犬、飼ってるんだ。ハナコっていうんだけど、聖來さんも可愛がってくれて」

P「やっぱり名前付けるよね?」

凛「聖來さんの犬?」

P「そう」

凛「わんこだもんね、わんこ」

P「俺は人って名づけられたら自分の命の在り方を考える」

凛「花屋がハナコって名づけるのは?」

P「え、そっから?」

凛「何か思いつかなくて」

P「まあ、珍しすぎても苦労するから」

凛「そうなのかな」

P「俺もそんなに珍しくもないから考えたことなかったんだけど、苦労する子もいるみたいで」

凛「時間、大丈夫?」

P「まあ、この為に作ってきたから拍子抜けしてるというか。渋谷さんは?」

凛「似たようなものかな」

P「ここにいても仕方ないよな、どうするかな」

凛「じゃあ、ちょっとついてきくれない?」

P「ああ、構わないが」

凛「すぐそこだから」

P「アイドルの実家、パートスリー」

凛「噂どおりプレイボーイなんだ?」

P「プレイボーイって……」

凛「冗談、連れてくるからちょっと待ってて」

P「何で上機嫌なんだろうあの子……」

凛「お待たせ」

P「その子がハナコ?」

凛「うん、折角だし」

P「付き合う、聞きたい事もあるし」

凛「聖來さんに話したかって?」

P「そう」

凛「話したよ、プロデューサーに話す前の日に」

P「忙しい割にそういう暇はあるんだな」

凛「毎日アイドルやってる訳じゃないから、そういう日もあるってだけ」

P「渋谷さんが奈緒たちに会ったって聖來さん知らないの?」

凛「知ってるんじゃないかな、話すって伝えたし」

P「しかし、あんな記事まで手に入れてるとはね。焦ったよ、調べたの?」

凛「記事?」

P「ほら、二年前の事務所の火災の記事。聖來さんの部屋から出てきたんだ、あ、別にわざと見ようとした訳じゃないからな」

凛「何の事?」

P「えーっと、まさかとは思うが」

凛「そういう事があったのはニュースとかで調べたけど、記事なんて知らないし渡してない」

P「島村さんや本田さんの可能性は?」

凛「あの二人は私以上の情報は知らないはず」

P「なーるほど、つまり他に教えたのがいるってことか」

凛「他に知ってる人いるの?」

P「いる、少なくとも二人」

凛「二人もいるんだ」

P「当事者だからな、その時の状況に限るなら俺以上に詳しい」

凛「関係者?」

P「そういう事だが、二人ともそろそろ仕事だな。一人はすぐに終わるが、もう一人はちょっと長丁場か」

凛「仕事してるんだ」

P「渋谷さんと同じ仕事をね」

凛「まさか、アイドル?」

P「ご名答」

凛「その二人の内のどちらかが聖來さんに何らかの情報を教えてるって理解でいい?」

P「可能性は高い、統括がするとは思えないし」

凛「何の為に?」

P「教えて何らかのメリットが得られると判断したからだろう」

凛「その人達も彼女のことは知ってるんだよね」

P「どうだろう、俺の知らなかった事を知ってるとは思えないけど。もしかしたらという可能性もあるんだよなあ」

凛「会える?」

P「可能性の高い方は、終りまでまだ掛かる。待てるか?」

凛「低い方は?」

P「低い方は焦らなくてもなあ、ってかあんまり行きたくない」

凛「遠いの?」

P「遠いっていうか」

凛「うん」

P「俺の家に来るか?」

凛「え? いや駄目だよ……まだ早いし」

P「そういう意味じゃねえよ!!」

凛「お、お邪魔します」

P「アイドルを家に上げるのって初めてなんだが」

凛「でも誰かにばれても説明楽だよ、友達の家ってことにすればいいんだし」

P「杏と事務所で会話したことは?」

凛「少しだけ」

P「だろうね、お茶でも出すよ。座ってて」

凛「何か、思ったより綺麗」

P「掃除しないとあっという間に汚れてくから、気は使ってる」

凛「掃除するんだ」

P「家事は昔からしてたから、何かこれだとサボってるだけだな。仕事させてもらっていいか?」

凛「帰ってくるのはいつごろ?」

P「後、二時間くらいか。一つ気づいた」

凛「何?」

P「誰かが来客用のカップ出してる」

凛「誰か来たんじゃないの?」

P「杏が誰かにお茶を出したって?」

凛「あり得ないね」

P「聖來さんじゃないだろうな」

凛「家とか教えたの?」

P「いや、でも知ろうと思えば方法はある」

凛「ちょっと情報を整理しない?」

P「そうだな、情報を共有しようか。お互いにまだ話してないこともあるだろ」

凛「双葉杏が妹って本当?」

P「本当、もし嘘ならスキャンダルだ」

凛「二人でここに住んでるの?」

P「その通り」

凛「よく一緒の事務所にいるね」

P「先にあいつの方がいて、俺は知らずに入った。その頃は別々に住んでたから気付かなかったんだが、初めて見た時は心臓が止まるかと思った」

凛「それって、統括のこと知ってるってこと?」

P「分からない、けど聖來さんが来たと仮定するなら知っててもおかしくないな」

凛「もう一人っていうのも家族とか親戚?」

P「佐久間まゆっているだろ?」

凛「ああ、あの」

P「あんまり印象が良くなさそうだね」

凛「そういうわけじゃない、ただ何というか」

P「俺がいた事務所に所属していた子なんだ」

凛「……統括それ知っててプロデュースしてるの?」

P「情けない話だけど、分からない。まゆが統括に入れ込んでるってのは聞いてるけど、実際はどうなんだ?」

凛「繰り返しになっちゃうけど、さっぱり。統括にはあからさまに態度を変えるから分かりやすいんだけど、統括はほら」

P「トレーナーさん?」

凛「うん、だから何というか」

P「気味が悪いと」

凛「そこまでは言わないけど」

P「顔に出てる」

凛「報われない恋なのになあって」

P「ただ情報を流してるのはまゆの公算が高い。まゆが怪しいってよりは杏が自ら行動に出る可能性が低いってだけだけど」

凛「統括がまゆを動かしてるかもしれない」

P「想像の域を出ないな、最近は動きないのか?」

凛「私が見る限りは普通に仕事してる」

P「何が動いてるんだかさっぱりだな」

凛「……それ、アイドルだった頃の?」

P「あ、見つけられたか」

凛「あのさ、アイドルに戻りたいとか思わないの?」

P「いーや、全く」

凛「理由は?」

P「それより楽しい世界を知ったから」

凛「アイドルより?」

P「アイドルよりも」

凛「一緒にステージに立ちたいって望んでも?」

P「その要望には沿えないな、残念ながら」

凛「私をこの世界に引きずり込んだ癖に身勝手」

P「デビューが二年遅かったな」

凛「この前、何でこのタイミングだったって聞いてきたよね?」

P「あの分かりやすい嘘な」

凛「ばれてた?」

P「奈緒達だって気づいてる、ばればれだ」

凛「本当は最後まで距離を置こうかなって思ってた、彼女がああなってるのに自分だけ近づくのも後ろめたいから」

P「それが変わったのか?」

凛「怖くなった、だから加蓮達に近づいて何となく様子を聞いたりして」

P「怖い? 俺が?」

凛「どんどん周りを変えていくから、焦っちゃうよ。何だか置いてかれそうで」

P「先頭をひた走るアイドルが何を言ってんだか」

凛「プロデューサーになったって聞いて最初は失望したんだ、逃げたのかなって」

P「間違ってはないよ」

凛「それが加蓮達をあのレベルまで押し上げて、千枝や千秋さんを変えて」

P「過大評価だ」

凛「加蓮達を陰ながらサポートして、楓さんまで」

P「あの時、楓さんは気負いだって言ってたけど」

凛「対抗意識があったんだ、逃げたあいつには絶対に負けたくないって」

P「俺が見てるアイドルにも?」

凛「うん、それが何か圧倒されて情けなかった。二年もたって差が埋まってないんだよ?」

P「いや、勝手に勝負されて勝手に負けたって思われてもな」

凛「このままだと今度のライブも同じ結果になるんじゃないかって、怖くなって確かめようと思った」

P「俺がプロデューサーとしてどうかって?」

凛「今でもこの人は私の目指すべき人なんだろうかって」

P「……あのなあ」

凛「たくさんのステージに立って、たくさんの観客の前で歌った。緊張もない、自然体でいられる様になって色んな仕事を経験して」

P「……」

凛「だから大丈夫だって思った。楓さん達が凄いんだ、あの人はもう過去だってそう言い聞かせて」

P「もう全て過去だよ」

凛「あの頃のままだよ、ずっと。私にはそう見える」

P「あの頃のままじゃない、気付かないかそう思いたがってるだけだ」

凛「できるなら、戻って欲しい」

P「……俺は」

杏「ただいま」

凛「お帰り、ごめんねお邪魔しちゃって」

P「もうこんな時間か。なあ、今日もしかして」

杏「来たよ、多分想像通り」

P「じゃあやっぱり情報源は」

杏「まゆだね、何で今になってこんな事してるか知らないけどいい迷惑」

凛「迷惑?」

杏「杏にとってはの話、そこいい?」

凛「どうなろうと知ったことじゃないって言いたいの?」

P「杏、そこまでだ」

杏「そうだよ悪い?」

凛「……そうなんだ」

杏「仕事、終わったの?」

P「いや、まだ」

杏「そう、会いに行くんだ」

P「まあな、知りたいから」

杏「行けばいいよ、後悔しないようにね」

P「何したって後悔はするさ」

杏「好きにすれば、ゲームでもして待ってる」

凛「行くよ、後悔しない為に。先に出てるね」

P「……杏、さっきのは」

杏「全て知っても後悔しかないから。後で責められるのも嫌だしね、忠告だけはする」

P「それはもう、渋谷さんがどう受け止めるかだ」

杏「兄貴もだよ」

P「大丈夫、とっくの昔に受け止めたから」

杏「知ってたの?」

P「行ってくる」

杏「……しーらない」

凛「出ちゃったね、まだ時間あるのに」

P「渋谷さん、あのさ」

凛「いいよ、返事なんて。ちょっと場の空気に押されちゃっただけ、おかしなこと言ってごめん」

P「……事務所まで歩くか」

凛「ハナコおいで。ごめんね、外で待たせちゃって。ふふ、よしよし」

P「そうやって見ると普通の女の子だな」

凛「普通の女の子じゃないアイドルなんているの?」

P「ニュージェネレーションは少し違って見えるよ」

凛「……ニュージェネレーションって何だろうって、思う時がある」

P「どういう意味?」

凛「アイドル増えたよね、ここ数年で一気に。765に始まって色んなプロダクションがアイドルを輩出してる中で、次の世代に求められるものって何だろう」

P「過去のアイドルを超える為に必要な何か、だろうな」

凛「今のトップアイドル達と私は年も変わらない。ダンスも歌も頑張ってるけど、上には上がいる」

P「分かりやすい目標ではあるな、そういう存在は」

凛「でも、超えたとしてもそれは世代の移り変わりなのかただ単に人気が逆転しただけなのか分からない」

P「誰がどんなタイミングで起こすか分からない、日高舞や765に続く波を起こすのは誰なのか。誰にもね」、

凛「私達がその世代に取り残されてたら笑い話だよね」

P「取り残されないよ、渋谷さんが時代に背を向けても時代が君を離さない」

凛「何それ」

P「プロデューサーとしての勘だけどね」

凛「まゆと話したとするでしょ?」

P「ああ」

凛「それでまゆが聖來さんに話したって分かったとする」

P「それで?」

凛「話す理由に心当たりある?」

P「仮に統括の指示でないなら、まゆ個人の意思がそこにあるんだろう」

凛「まゆってどんな子だったの?」

P「何をしても可愛いって言葉がよく当てはまる子だった、俺に対しても杏に対しても」

凛「仲が良かったんだ」

P「良い方だったと思うんだが、ここでは会話した事もないのが引っ掛かる」

凛「避けてた訳じゃないの?」

P「避けられてるんだろうとは思う」

凛「何かされたの?」

P「これは先に言っておくが、冷静に聞いてくれるか」

凛「何?」

P「事務所で火災があったあの日、まゆは事務所にいたんだ」

凛「そうなんだ」

P「そこに戻ってきた俺は事務所に飛び込んで、まゆを助けて親を見つけてその場で意識失った」

凛「飛び込んだの?」

P「結果、全身に火傷を負って喉もやられた」

凛「それって」

P「先に言っておくが、俺がアイドルを辞めたのとこれは無関係だからな。身体が無事でも俺は
  アイドルを辞めてた、これは言っておく」

凛「そんなの分からない!!」

P「もう一つ、この件でまゆを責める様なら俺からの協力はないと思ってくれ」

凛「恨まないの?」

P「何でだよ、あの子も事務所を失ったんだ。それに多分、責任は充分過ぎるほど感じてる」

凛「統括に熱を上げてるのに」

P「そこから俺は疑ってるけどな」

凛「そんな事をして何になるの?」

P「それを今から聞くんだよ」

凛「事務所に戻ったのって車を取るため?」

P「それと一応、今からまゆ迎えに行ってきますって報告。まゆには俺から伝えておきますって
  言ったから、逃げるとかはない」

凛「信頼してるわけじゃないんだ」

P「二年も話してないんだ、今がどうかは分からないよ」

凛「二年でプロデューサーは変わったの?」

P「変わったよ、変わりすぎて元の形に戻れなくなったくらいには」

凛「そんな風には見えない」

P「人間、変わるのはいつだって見えないところだよ」

凛「まゆって今日は何をしてるの?」

P「ドラマらしい」

凛「ドラマか、あんまり好きじゃないな」

P「そう? いい演技してるけど」

凛「見たの?」

P「見たよ」

凛「よくそんな時間あるね」

P「全ては見てないけど、見ないと怒るアイドルもいるから」

凛「私は別に気にしないかな」

P「それに、営業先でそういう話をされた時に担当じゃないから知りませんとは言えないから」

凛「大変だね、今さらだけど」

P「そうでもないよ、好きでやってる事だ」

凛「ここ?」

P「そう、少し待つかな。現場に行って動揺させたら悪い」

凛「私は行ってもいいよね?」

P「もちろん、俺はここにいるから」

凛「分かった、連れてくるから」

P「了解」

まゆ「はい、分かりました。失礼します、お疲れ様でした」

凛「今、終わったところ?」

まゆ「渋谷さん?」

凛「来ちゃったよ、迷惑だった?」

まゆ「いえ、アイドルに迎えに来てもらったのは初めてだなって思いまして」

凛「いつも統括だもんね、たまにはこういうのもいいでしょ?」

まゆ「はい、でもどうやってここまで?」

凛「実は車に乗せてもらってきたんだ、誰だか分かる?」

まゆ「スタッフさんですか?」

凛「ううん、違う」

まゆ「では、どなたが?」

凛「どんな反応してくれるのかなってちょっとわくわくしてる」

まゆ「そんなに凄い方なんですか?」

凛「凄いよ、もう見える」

まゆ「あの車ですね」

凛「そう、ほら見えた」

まゆ「ふふふ、どんな方でしょ……」

凛「驚いてくれた?」

まゆ「……はい、とても」

凛「そういう事だから、乗ってもらえるかな」

P「久し振り、でもないか。顔は合わせてたんだから」

まゆ「……はい」

P「積もる話は色々とあるけど、聖來さんに話したのか?」

まゆ「水木さんがそう言っていたんですか?」

P「可能性の話、杏がすると思うか?」

まゆ「そうですね、杏さんはそういう人ですから」

P「全くな」

まゆ「理由ですか?」

P「そう、意味もなくしないだろ? まゆにとってもあまりいい記憶ではないだろうし」

まゆ「……どうしてPさんはいつもそうなんですか」

P「まゆ?」

まゆ「どうしていつもいつもそうやって!!」

P「落ち着け、どうした?」

まゆ「何でそうやって……何も言ってくれないんですか?」

凛「分かった」

P「渋谷さん?」

凛「何だ簡単だった、そっかそういう事か。だから私、まゆの事あんまり好きじゃなかったんだ」

まゆ「だから渋谷さんとは一緒にいたくありませんでした」

P「待った、二人だけで納得されても困る」

凛「まゆが聖來さんに話した理由、プロデューサーに構って欲しくなったからだよ」

P「は?」

凛「何か私と考え方が似てるね、似た者同士なのかな」

P「構うって、こんな遠回りな事しなくても」

凛「プロデューサーの身体を傷つけて平気な訳ない、けど素直に謝る事もできない」

P「渋谷さん、そこまでだ」

まゆ「続けて下さい」

凛「ご要望にお応えして続けるよ、だから――」

P「電話? まゆ、出てくれるか? 営業先の誰かなら折り返すと伝えてくれ」

まゆ「はい、すみませんこの電話は――」

杏「私」

まゆ「杏さん?」

凛「杏?」

P「なるほど、まゆが出るって分かってたか」

杏「この通話、ハンズフリーにしてくれる?」

P「そこに繋いでくれ」

凛「私にも用があるってこと?」

杏「本命だよ、前にいる二人に用はないから」

P「言ってくれるな」

杏「全て知ってるのに黙ってる方がよく言うよ」

まゆ「Pさん?」

P「……さて、何を話すんだ?」

杏「いい加減、時間もないから。隠し事は無しにしようよ」

P「話すのか?」

杏「夢が終わった日、何があったか。凜、教えてあげるよ」

終わり 次回は23日、Pの過去話です

連作短編24
P「夢の終わり」

ステージの上では何もかもが輝いて

何もかもが笑顔で溢れていた

いつまでも続くと信じていた夢の様な世界は

夢の様に呆気なく終わった

P「杏、学校だって!」

杏「もう少しで起きる」

P「それ5分前も聞いた」

杏「五分後も言うから」

P「それじゃ完全に遅刻だ」

杏「あーうー」

P「聞こえないふりをするな、今日は父さんも母さんもいない」

杏「そもそも義務教育なんてものは――」

P「日本の制度に文句を垂れる前に着替えろ」

杏「兄ちゃん今日は?」

P「オーディション、学校には連絡入れてる」

杏「杏も行く」

P「何しに来るんだよ、目は覚めたか?」

杏「よくアイドルなんてやるよね」

P「杏はなりそうにないな」

杏「なる気ないよ、あー何でこんないい天気なんだ……」

P「いい事だろ、もう行くからな。ちゃんと行けよ」

杏「分かってるよ」

P「おはようございます」

スタッフ「おはよ、場所は分かってるよね?」

P「全て頭に叩き込んだから大丈夫だって、父さんは?」

スタッフ「午後からの予定、大事な会議があるから私達は昼で上がっていいんだって」

P「仕事、少なくなっちゃったもんな」

スタッフ「Pがもっと上に行ったらまたあの頃みたいに戻れるよ」

P「うん、頑張ってくるよ」

まゆ「Pさん!」

P「まゆ、仕事か?」

まゆ「はい、今日は勝負の日ですね」

P「まあね、何とかできるなら何とかしたいなって思う」

まゆ「昨日も一人、移籍してしまいましたから」

P「ってことは、残ったのは」

まゆ「まゆだけです」

P「別にいいんだぞ、移籍しても。まゆなら他でもやっていける、またここが立ち直ったら戻ってこればいい」

まゆ「いえ、今日も待ってますから」

P「はあ、もったいないなあ」

まゆ「Pさんなら大丈夫です、それまでずっと傍にいますから」

P「まゆは今日は?」

まゆ「午前中はお仕事です、昼から時間が空きますからその……」

スタッフ「じゃあ事務所においで、会場まで送ってあげる。見たいでしょ? Pくんの頑張ってるところ」

まゆ「大丈夫ですか?」

スタッフ「大丈夫、鍵は持ってるよね?」

まゆ「はい」

P「応援って、中には入れないぞ」

まゆ「外で待ってます」

P「あのなあ」

スタッフ「ほらほら、遅れるよ」

P「ああもう、行ってきます!」

まゆ「あ」

P「ん?」

まゆ「これ、どうぞ」

P「お守りか、サンキュ。貰っとく」

まゆ「待ってますから」

P「おう、期待しとけ」

スタッフ「本当に、合格するといいね」

まゆ「……大丈夫です、Pさんですから」

P「でっかいなあ。俺、本当に受けていいのかな?」

受付「お名前と所属事務所を」

P「ああはい、Pです所属事務所は○○プロダクションです」

受付「はい、どうぞ。大変だけど頑張ってね」

P「はは、ありがとうございます。受付の人にまで応援されたよ」

審査員「本日のオーディションの審査項目を配布します。一時間後から始めますので、それまで控室で待機していて下さい」

P「ダンスと歌。まあ妥当か、対策も済んでるし落ち着いてやるだけだな」

少女「あ、Pさん」

P「また会ったか、つけてるな?」

少女「つけてませーん、偶然ですー」

P「これに受かったらドラマのタイアップでCDが出せるし、主演の座も入ってくる。お互いに勝負だよなあ」

少女「事務所、大丈夫ですか?」

P「今日の俺次第」

少女「良かったら、うちに来ませんか?」

P「気持ちはありがたいけど……」

少女「そういえば、プロダクションが一つできるって話ですよ」

P「へえ、アイドル事務所?」

少女「はい、シンデレラガールズだそうです」

P「ふうん、女性アイドルなら俺との競争はないかな」

少女「お兄ちゃんがそこに関わることになるみたいで教えてくれたんです、たくさん採用するからお前も来いって言われちゃって」

P「どうすんの?」

少女「どうしよう、Pさんが来てくれるなら今の事務所にいるんですけど」

P「残念ながら合格する可能性より低い」

少女「もう!」

P「ほら順番だぞ、行って来い」

少女「はーい」

P「やれやれ、相変わらずだな」

「あーあードーレーミーレードー、ちょっと音程ずれたかな?」

P「ちょっとじゃないだろ……何だあの子?」

「あ、これトイレのスリッパだ! 変えてこないと!」

P「……大丈夫かあの子」

係員「続いて、35番から39番までの方どうぞ」

P「えーっと、残ってるのは……」

「時間あるし、少しウォーミングアップあわっわああわあ!」

P「本当に何なんだよ……」

「いてててててて……」

P「少し落ち着いたらどうだ?」

「あはは、見られちゃった?」

P「見られちゃったも何も俺と君の二人しかいないんだけど」

「え!? 本当だ……って事は次!?」

P「行ったばかりだからもう少し時間はあると思う」

「慣れてるんだね」

P「まあ、もしかしてあんまり経験ないのか?」

「初めて、だったり。えへへへへ」

P「初めてで何でこのオーディションに」

「プロデューサーさんがここがいいだろうって」

P「へえ、まあ人の心配してる場合じゃないが」

「そうだ、名前は?」

P「P、アイドルやってる」

「私は天海春香、16歳の高校生!」

P「天海春香ね、覚えた」

春香「宜しくね」

P「まあ、本番で転ばないようにな」

春香「そこは私を信じなさい!」

P「いきなり会った人間に信じるも何も、ってかライバルだろう」

春香「あ、そっか。負けないからね」

P「はいはい」

春香「相手にしてない!?」

P「来たか」

係員「40番、41番の方どうぞ」

春香「ははははははははほい!」

P「宜しくお願いします。おい少し落ち着け、俺まで固くなる」

春香「ははは、うん何かもう真っ白」

P「あのなあ」

審査員「では、40番の方どうぞ」

P「はい」

審査員「君か、直前で申し訳ないがこちらから曲を指定してもいいか?」

P「ええ、それは大丈夫ですが」

審査員「直前で申し訳ないが、実は曲自体は既にできていてね」

P「では課題曲は」

審査員「君に限っては無しでいい、そういう事だ」

P「あの、そんな力うちの事務所にはないと思うんですけど」

審査員「せめてもの罪滅ぼしだ」

P「……分かりました、聞かせて頂けますか」

審査員「聞くといい、さて。41番さん」

春香「……」

審査員「おーい」

春香「……」

P「天海さん!」

春香「はい! 天海春香16歳です! 趣味はお菓子作りとかカラオケとか、トップアイドル目指してますので宜しくお願いします!」

P「……」

審査員「……」

春香「あ、あれ?」

P「何をやってんだか」

審査員「あーコホン、今の話は聞いていたかね?」

春香「今の話?」

審査員「聞いていないならいないで別にいいんだ」

春香「あ、曲が用意されてるんですか? 私も聞いていいんですよね?」

P「いやこれは」

春香「じゃあ、イヤホン半分こ」

P「プレイヤー使わなくてもパソコンから聞けばいいだろう」

春香「あ、そっか」

P「別に聞くのは構いませんよね?

審査員「構わんよ、小さい事務所だ。聞かれても問題ないさ」

P「では」

春香「わー凄くいい歌!」

P「気合入れましたね」

春香「これを今から歌えばいいんですね!」

P「ああ、そうだが一度聞いただけで」

春香「いきます!」

P「え」

審査員「ちょっと君!」

春香「えっと、どうでしょうか?」

審査員「……」

P「へえ……」

春香「良かった?」

P「下手」

春香「あ、やっぱり……あははははは」

審査員「確かに技術面はまだまだだな」

P「でも、いいと思った」

春香「下手なのに?」

P「上手ければいいってもんじゃない、次いいですか?」

審査員「ああ」

P「では、始めます」

春香「ほわーすっごい」

審査員「分かってて歌ったか」

P「そうですね、自分の歌の欠点も分かりましたから」

春香「え? 上手だったよ、千早ちゃんみたい」

P「ちはやちゃん?」

春香「うん、一緒にアイドルしてるんだ。すっごく歌が上手いんだよ」

P「俺と本当にそっくりなら、その子はただ上手いだけだな」

春香「そんなことないよ!」

P「一次審査は終わりだ、いつまでもいないで引っ込むぞ」

春香「ひ、引っ張らないでよ」

少女「通った!」

P「俺も通って」

春香「通ったよ!」

P「奇跡」

春香「本当だよ、もう何も覚えてない」

少女「凄いね、初めてなのに」

P「……残ったのは6名か」

少女「順番的には私達が最後かな」

P「この中の誰が受かるんだろうな」

少女「悔いの残らない様に頑張ろっかー」

P「全くだ」

係員「それでは、残りの三名入って来て下さい」

春香「スタートだ」

P「どんなゴールなんだろうな」

少女「そうだね、でも最後まで……」

P「最後まで?」

少女「走り続けるって決めたから、ほら置いてっちゃうよ」

P「待てって、あ」

少女「落としたよ、お守り?」

P「ああ、ちゃんと持っておかないとな」

審査員「曲は課題曲を一曲、自由曲を一曲。6名の中で1名が合格、何か質問は?」

P「いえ」

審査員「最初は、32番」

少女「はい、よろしくお願いします」

春香「綺麗だね」

P「褒めてどうする」

春香「綺麗だもん」

P「頑張るさ、トップアイドルになりたいのは誰だって同じだ」

春香「何でなりたいの?」

P「見たいから」

春香「見たい?」

P「一番上から見た景色はどんなだろうって」

春香「へえ」

P「まあ、期待してくれる人もいるから」

春香「合格、決まってるんだね」

P「……聞いてたか」

春香「ああ反応した方がいいかなって、だから歌っちゃった」

P「あの歌?」

春香「だって、あそこで逃したらもう歌えないんだって思ったら歌いたくなっちゃって」

P「まだ決まった訳じゃないと思う」

春香「そうかな?」

P「その可能性は感じた、行ってくる」

少女「頑張って」

P「分かってる」

審査員「では……40番」

P「はい」

少女「凄いでしょ?」

春香「うん、何か凄い迫力」

少女「実は私、ファンなんだ」

春香「ファン?」

少女「うん、憧れてアイドルになった」

春香「分かるよ」

少女「本当?」

春香「私も憧れてる人がいて、だからこの世界に入ったんだ」

少女「家族には反対されたけど、それでも私の人生だからって思って」

春香「うん」

少女「だから、もう悔いもないなって」

春香「え?」

少女「出番だよ、応援してる」

春香「あ、うん」

P「何を話してたんだ?」

少女「何でも」

P「さて、天海春香か」

少女「気になる?」

P「まあ、面白いとは思う」

少女「やっぱり、何かあったの?」

P「歌を聞いて、下手だと思った」

少女「あはは、まあ偶にいるよねそういう子」

P「だけどもっと聞きたいって思ったんだ、何故か」

少女「下手なのに?」

P「初めての感覚で戸惑った、けどダンスも同じなら」

少女「本物のアイドルなのかもね、彼女」

P「かもしれない」

少女「伝説の始まりだったりして」

P「それならそれで生き証人だな」

春香「天海春香、宜しくお願いします!」

P「……」

少女「……」

審査員「……」

春香「はあっ、はあっ」

少女「Pさん」

P「事務所をどうにかしたいなんて思って来た俺との差なのかな」

少女「そんなことない、Pさんの方が上手だった」

P「それでも、主役は彼女だよ」

少女「今回だけだよ」

P「いや、何となく分かった。終わりかな……結果出るまで外にいる」

少女「Pさん……」

P「あーあ、アイドルか……はい、Pです」

スタッフ「Pくん! 今どこ!?」

P「どこって、会場にいますけど」

スタッフ「戻ってこれる!?」

P「戻ってって、何かあったんですか?」

スタッフ「事務所が燃えてる!」

P「……そうですか、戻ります」

審査員「Pは?」

少女「分かりません、さっきから姿も見えてなくて」

審査員「それなりの役は用意するつもりでいるんだが」

少女「あの、じゃあやっぱり」

審査員「一人の力ではどうしようもない、それに彼が納得しないだろう」

少女「そう、ですよね」

審査員「だからといってあの事務所がどうなる訳でもない、やり過ぎた面もあった。
    記事も掲載は見送られたし、これからやり直せばいい」

少女「彼ならもっと上へ行けます」

審査員「ああ、さて結果発表だ。行こうか」

少女「はい!」

P「誰かに連絡は取れてますか?」

スタッフ「それで社長に連絡取ってるんだけど、繋がらなくて」

P「消化はいつから?」

スタッフ「10分前から、でも全く駄目で」

P「分かりました、大丈夫ですよ。燃えてるだけですって」

スタッフ「追い込まれちゃったのかな、何もできなかった」

P「……まゆは?」

スタッフ「どこだろう?」

P「確か仕事の後に」

スタッフ「戻ってくるって約束して、その後は普通に送り出して」

P「スタッフさん、そういえばよく逃げれましたね」

スタッフ「裏口に誰か来たみたいだから見に行ってたの」

P「どこで?」

スタッフ「裏口、こっちがインターフォンで答えても何も答えないからどうしたんだろって見に行ったら」

P「そういう事ですか……」

スタッフ「連絡取れないと不安よね」

P「大丈夫ですよ、放火される心当たりなんていくらでもありますから。寧ろこれくらいされた方が0からのスタートって割り切れます」

スタッフ「色んな子に連絡取ってみる、ニュース見て心配してるかもしれないから」

P「連絡いったから、かな。ごめん、ごめんな杏」

Pさん!

P「誰だ?」

「Pさん!」

P「声? でもどこから――」

まゆ「Pさん!」

P「まゆ!?」

まゆ「Pさん、それ以上は近づいたら駄目です!」

P「いや……何やってるんだ……」

まゆ「お仕事終わって、誰もいなくて部屋で待ってたんです! それで――」

P「火が……まゆ!? まゆ!! 返事しろ!! 部屋って表からはもう入れない……まだこっちからなら!」

スタッフ「一通り連絡はついたかな、あれ? ……Pくん?」

P「煙が……ぐっ! はあ……どこだまゆ!?」

まゆ「……」

P「まゆ!? 気を失って……だけどこれなら、軽くて助かるよ」

まゆ「P……さん……」

P「ここにいるって、さて出口だ」

まゆ「だめです……来たら……来たら」

P「まだ裏口からなら!! 裏口は……くそっ! ならどっかの部屋の窓から……よしこの部屋からなら」

まゆ「はあ……はあ……」

P「まゆ、ちょっと走るぞ。振り落とされるなよ! よし開いた!! 開い……た……」

父「」

母「」

P「父さん!? 母さんも何やって早く逃げ……逃げない……と」

消防隊「残ってる人はいますか!? いたら返事して下さい!!」

P「何やってんだよ……なあ、何でこんな……まだ、まだこれからだろ……?」

消防隊「誰もいませんか!?」

P「はは、あははははははははははは!!」

ステージの上では何もかもが輝いて

何もかもが笑顔で溢れていた

いつまでも続くと信じていた夢の様な世界は

夢の様に呆気なく終わった

杏「……いたんだ」

まゆ「……」

杏「まだ起きないって、ここで待ってても無駄」

まゆ「私の責任ですから」

杏「私なんて似合わないよ」

まゆ「私のせいです」

杏「遅かれ早かれこうなってたんじゃない、だからさ」

まゆ「いえ、起きるまで――」

杏「出てけよ!」

まゆ「あ……」

杏「自覚あるなら……今すぐ出てけ!」

まゆ「……ごめんなさい」

杏「……いつまで寝てるのさ。いつも起きたくないのに起こしてくるんだから、さっさと自分で起きてよ」

少女「あの」

杏「うん? こいつに面会?」

少女「その、病院の人に聞いて」

杏「見ての通り、寝てるよ。部屋の中で意識不明で倒れてた所を消防隊の人に発見された」

少女「当分は入院なんだ……」

杏「そうだね、少なくとも一か月は」

少女「せっかくいい役貰えたのに」

杏「断ったよ」

少女「そうだよね、間に合わないもんね」

杏「間に合わなかった」

少女「どれくらい掛かりそう?」

杏「もうずっと間に合わない、アイドルとしてステージに立つ日は来ない」

少女「そんなに……酷いの?」

杏「無理して飛び込むから、至る所に火傷を負って……それだけならいいのに、喉もやられちゃったんだってさ」

少女「じゃあ……」

杏「目覚めた時、声が出るかも分からない。アイドルとしては完全に死んだんだよ」

少女「……」

杏「落ちた連絡が親にいって、それ聞いて火を付けたんだってさ。馬鹿だよね」

少女「……」

杏「ねえ教えて欲しいんだけど」

少女「な、何?」

杏「受かったの、誰?」

少女「聞いてどうするの?」

杏「人の人生を滅茶苦茶にした人の名前くらい知っとこうかなって」

少女「直に分かる、そのドラマの制作発表は予定通り行われるから」

杏「そっか、なら頑張らないと」

少女「頑張るって?」

杏「ねえ」

少女「……うん」

杏「私でも入れそうな事務所、どこか紹介してくれない?」

少女「分かった、いいよ。けど一つ条件がある」

杏「何でもいいよ」

少女「私、長くないって教えたよね」

杏「病気だったっけ、家族にも伝えてないんでしょ?」

少女「この意識はもう一年持つか分からない、明日にでも倒れるかもしれない」

杏「それを承知で続けてきたんでしょ、こいつに憧れたから」

少女「うん、だから……もし私が倒れちゃったら」

杏「うん」

少女「もし倒れたら、私の代わりに――」
――

杏「花、今日も変わってる」

まゆ「凜さんですよ」

杏「来てたんだ」

まゆ「頼まれてしまいましたから、貴方に」

杏「凜が兄貴と接触したよ」

まゆ「はい、聖來さんも知ったようです」

杏「仙台にまで行って医者を探してたのは驚いたけど、治るの?」

まゆ「それはもう、彼女次第としか」

杏「ばれたらアイドル辞めさせられるって隠し続けて、結果がこれじゃ誰も浮かばれないよね」

まゆ「統括さんは今もまだ、彼に対しての態度を決めかねてます」

杏「嫌いだよね、アイドルやってなければ後10年は普通に生活できたんだから」

まゆ「それでも、私はできる事をするだけです」

杏「あいつがプロデューサーになるって言い出したのも驚いた、うちに来たのも驚いた。分かってるのかな?」

まゆ「さあ、どうでしょうか? 勘のいい人ですから」

杏「まあ約束通り事務所は紹介してくれたし、そろそろ私も叶えてあげないとね」

まゆ「あの約束ですか?」

杏「事務所に入る条件だったし、そろそろいいかなって」

まゆ「私には――」

杏「ねえ」

まゆ「はい?」

杏「まだあいつのこと好き?」

まゆ「……はい、愛しています」

杏「そっか、違うって言ったらぶっ飛ばすところだった。じゃあまたね」

まゆ「……兄妹揃って、狡いんですから」

統括「ああ、それは別にいい。次のライブの調整は」

杏「お久しぶり、病院の前でも仕事なんて精が出るね」

統括「お前か、互いに顔も見たくないはずだが」

杏「そうだね、でも無干渉って訳にもいかないよ。そのライブ、それなりに意味があるんでしょ」

統括「治療にも限度がある」

杏「二年だもんね、杏も寝るのは丸二日が限界」

統括「お前も大概だ」

杏「皮肉でも褒めてくれるんだ、意外」

統括「出る出ないは好きにしろ」

杏「出るよ」

統括「雨でも降るのか?」

杏「彼女が目覚める事はない、あいつもステージには立てない。それは変わんない」

統括「……そんな事は分かっている」

杏「そこは同情する、そこだけ」

統括「次のライブの終了と同時に延命措置は終えるつもりだ」

杏「なら、ラストチャンスってこと?」

統括「お前にできるのか?」

杏「分からない、でも約束だから」

――


まゆ「……」

P「延命措置、終えるのか」

杏「やっぱり知ってた」

P「一応、俺も出してたから」

杏「統括を通じて?」

P「いや、高木さんを通して」

杏「そっか、で本題だけど」

凛「知らないとでも思った? 今度のライブの意味は私も知ってるよ」

杏「そんな事を聞きたいんじゃないんだよ、覚悟の問題」

凛「覚悟? できてるよ」

杏「それは死を受け止める覚悟で会って、私が欲しい覚悟じゃない」

凛「さっきから何が言いたいの?」

杏「考えなよ、少なくともそんな考え方しかできないならステージに立つ意味がない」

凛「それは杏が決める事じゃない、私が決める」

杏「終わらせる為に歌うの?」

凛「そうだよ、ニュージェネレーションはその為の――」

杏「意味ないよ、そんな腐ったアイドル」

P「杏、やめろ」

杏「やめたら話した意味がない、だから言うんだ。考えなよ、彼女がどうして凜に何も言わずに去ったか。
  統括はどうして凜にニュージェネレーションっていうユニットを与えたのか」

凛「……」

杏「それが分からないなら、ステージには立たない方がマシだよ」
終わり 次回30日

連作短編25
凛「ニュージェネレーション」

ある日、街頭テレビに映し出されるアイドルの姿を見た。

何気なく足をとめたその一瞬が、私の運命を変えたのかもしれない。

アイドルに興味があるか?

スカウトにはあまりにも唐突で素っ気ない言葉にも関わらず、私は顔をその声の方へ向けた。

それが、私の物語の始まりだった。

ちひろ「ようこそ、シンデレラガールズへ」

凛「えっと、ここがアイドル事務所?」

統括「狭いのはこの女が賃料を渋ったからだ、俺に目を向けるな」

マストレ「とはいえ、最低限の設備はある。後はお前が大きくすればいいだけの事」

統括「言われるまでもない」

ちひろ「あはは、少し狭いのは置いておいて」

凛「はい」

ちひろ「まずは、お話を受けてくれてありがとうございます。
    これからは私達が貴方がサポートします。あ、私が社長の千川ちひろです。ちひろさんでいいからね」

マストレ「アイドル達のレッスンは私が行う、他に妹が三人いるが……紹介はレッスンの時でいいな」

統括「プロデューサーは現在、俺だけだ。必然的に俺がプロデュースする事になる」

凛「一人?」

ちひろ「二人、採用予定ですから。そこは心配なく」

マストレ「早く採用しないと営業どころではないな」

凛「他に所属してる子はいないの?」

ちひろ「双葉杏ちゃんに、佐久間まゆちゃん。今はまだこの二人だけ」

凛「聞いた事ないけど」

統括「デビューはまだだ、来月にはデビューさせる予定だが」

ちひろ「二人ともいい子ですから、仲良くなれると思いますよ。それから――」

「失礼しまーす!!」

「未央ちゃん、駄目だよ遅れてきたのにそんな入り方」

ちひろ「来ましたね、大丈夫ですよ。凜ちゃんもまだ来たばかりですから」

未央「りんちゃん? あ、君?」

凛「そうだけど」

未央「へえ、名前は?」

凛「渋谷凜」

未央「じゃあしぶりんだね!」

凛「し、しぶりん?」

未央「そう、私は本田未央。で、この子はしまむー」

凛「しまむー?」

卯月「違うよ! ねえ未央ちゃん本当にそれ私のあだ名にするの?」

未央「もっち!」

卯月「うう……」

マストレ「早く自己紹介しないと事務所内での呼び名がしまむーになるぞ」

卯月「島村卯月です!」

凛「あ、うん分かった」

卯月「しまむーじゃないからね!」

凛「分かってるよ、そんな変な名前の子だったら可哀想」

未央「何か人のネーミングセンスがぼろくそ言われてる……」

統括「自信があったのか?」

未央「統括だから――」

統括「その後に続く言葉次第でデビューはなくなると思え」

未央「宜しくお願いしますプロデューサー!」

凛「ねえ、一つ質問」

ちひろ「何でしょう?」

凛「この二人は?」

ちひろ「凜ちゃんと一緒に事務所に入るアイドル候補生ですよ」

凛「スカウトしたんだ?」

統括「したのは俺じゃない」

ちひろ「私がしました。こう、ティンときたので」

未央「私達の方がスカウトされたの早いから、まあ先輩かな!」

卯月「先輩って、一緒に今から契約するんだから同じだよ。頑張ろうね」

凛「うん、よろしく」

ちひろ「ここからスタートです、色々とあると思うけど頑張ってね」

トレ「さて、今日が最初のレッスンなんだけど」

未央「はい! 宜しくお願いしまーす!」

トレ「元気でよろしい、皆はどうしてアイドルになりたいって思ったの?」

卯月「凄い人をライブで見たんです、見に行ったのは偶然なんですけど何か凄くて」

未央「あ、同じだ」

凛「……こんな偶然あるんだ」

トレ「ちなみに誰? もしかしたら会えるかも」

未央「試しにせーので言ってみようよ」

卯月「流石にばらばらだと思うよ」

未央「いーのいーの、しぶりんもいいよね?」

凛「いいよ、せーの」

未央「え? 同じ?」

卯月「同姓同名の別人……じゃないよね」

凛「こんな事ってあるんだね」

トレ「……」

卯月「トレーナーさん?」

トレ「え?」

未央「もしかして知ってるとか?」

トレ「いえ、ごめんなさい。私もそんなに詳しくなくて、男性よね?」

卯月「はい、結局ライブはその一回きりなんですけど」

未央「うん、でもこの本田未央を唸らせるだけのものだったからね!」

トレ「そっか、だからちひろさん……」

凛「ちひろさんがどうかしたの?」

トレ「ううん、じゃあその子に追いつく為にもレッスン始めましょうか」

未央「ユニット?」

統括「そうだ、もちろんソロでの活動も行うが当面は三人で活動してもらう」

卯月「三人ですか……」

凛「一人じゃ頼りないって事?」

統括「そういう事ではない、事務所の方針だ。どうしても嫌というならソロでも構わないが」

凛「別にそこまでは言ってない、いいよ」

卯月「ユニットなら名前ですね」

未央「スペシャルアイドルズ!」

統括「来月には発表する、名前が決まらないならこちらが決めるが」

凛「大丈夫、考えるから」

未央「え、スルー?」

統括「なら、話は以上だ」

未央「何かとんとん拍子に話が進んでいくねぇ」

卯月「デビューかあ」

凛「……」

未央「どったのしぶりん?」

卯月「緊張するよね、私も何かドキドキしてきた」

凛「あ、うん。名前、どうしよっかなって」

未央「だからスペシャルアイド――」

卯月「凜ちゃんが決めたらいいんじゃない?」

凛「私が?」

卯月「何か凄くいい名前を思いつくんじゃないかなって思うから」

未央「ほうほう、それをこの未央ちゃんが判断すると」

卯月「多数決で決めるよ」

未央「私の意志は?」

卯月「だから一票」

未央「もう何の意味もない票だよ!」

凛「……ユニットか」

ちひろ「やっぱり、嫌だったりする?」

凛「違うよ、ただ考えてなかったからちょっと戸惑っただけ」

ちひろ「そうね、貴方たちがこの事務所の最初のユニットになる」

凛「大丈夫なのかなって」

ちひろ「何か不安?」

凛「統括から聞いてますか?」

ちひろ「彼の妹さんのこと?」

凛「卯月と未央をこの事務所に連れてきたのはちひろさん?」

ちひろ「私にも見る目はあるんですよ」

凛「でも、私と彼女達とは違う」

ちひろ「同じですよ、私にはそう見えます」

凛「そうかな」

ちひろ「貴方達には彼らには行けなかった場所まで行って欲しいなって思ってるんですから」

凛「行けなかった場所?」

ちひろ「そう、新しい時代は凜ちゃん達が開くんだよ」

先P「ニュージェネレーション?」

統括「そうだ、この事務所の看板にする」

先P「面白い」

統括「そうか?」

先P「彼らの跡を継ぐアイドルの育成って事でしょう?」

統括「あいつらに跡を継がせる気はない」

先P「これは失礼、では?」

統括「765の時代がこれから来る、それはもう分かっていること。なら俺にできるのはただ一つ」

先P「それに負けないだけのアイドルになれるんですかね、彼女は」

統括「それがあいつの願いであり、俺の願いだ」

杏「デビューおめでとう」

凛「そんな棒読みの祝福なんて初めて聞いた」

杏「これでも精一杯感情を込めたつもりなんだけどね」

凛「じゃあ、そのまま受け取っておく。ありがと」

杏「名ばかりの先輩はあっという間に追い抜かれちゃったよ」

凛「そうは思わないけど」

杏「そうだ、プロデューサーが増えるらしいよ」

凛「また? 四人目?」

杏「再来月くらいの話みたいだけどね、まあアイドルの数も増えてきたし」

凛「ふうん、私には関係ないかな」

杏「だよね、まあどんなのでも杏のスタンスは変わらないけど」

凛「確かに変わりそうにはないね」

卯月「新しいプロデューサーさんの写真が来たよ!」

未央「何でそんなにハイテンション?」

卯月「だって見てほら!」

未央「……こんな事ってあるんだ」

凛「何、そんなに凄い人なの?」

未央「凄いよ見てほら!」

凛「うん? ああ、この……」

未央「運命かも!」

卯月「プロデューサーになってたんだね」

未央「うーん、アイドルとしては会えなかったかあ」

卯月「それよりも凄いことだよ、一緒にお仕事できるかも」

凛「ちょっとこれ借りていい?」

未央「どーぞどーぞ、もう存分に」

卯月「あ……」

未央「どうしたの? カップ焼きそばをダバーっとやっちゃったみたいな顔して」

卯月「妹さんのこと、忘れてた」

未央「あ」

卯月「うわあどうしよう!」

未央「うーむ、しぶりんが重く受け止めてないことを祈るしかないって」

卯月「ああもう私の馬鹿!」

未央「場合によっては私達もあんまり近づかない方がいいかも、この人がいい人か悪い人か抜きにして」

卯月「大丈夫かな……」

凛「ちひろさん」

ちひろ「何でしょう?」

凛「とぼけるんだ」

ちひろ「そんなつもりありませんよ、何のお話でしょう?」

凛「プロデューサーが増えるって聞いたけど」

ちひろ「統括さんには内緒ですよ」

凛「反対されるから?」

ちひろ「はい、ただ反対する理由は凛ちゃんとは違いますけど」

凛「理由はどうあれ反対するのに採用するんだ」

ちひろ「凛ちゃんは何で反対するんでしょうか?」

凛「何でって」

ちひろ「アイドルじゃない彼を見るのが嫌ですか?」

凛「そうじゃなくて」

ちひろ「彼女に何かしたかもしれないから?」

凛「……」

ちひろ「まずはゆっくりと見てみたらどう?」

凛「見るって、何を」

ちひろ「彼がプロデューサーとしてアイドルとどう向き合うか、アイドル達が彼をどう受け止めるか」

凛「それで失敗したら――」

ちひろ「その時はその時で、責任を取るのは私です」

凛「何をするかも分からないのに、そんな賭けに――」

ちひろ「もし、興味があるのなら」

凛「ここにいるの?」

ちひろ「はい、今は。きっと驚くと思いますよ」

凛「……」

マストレ「行かせていいのか? 会った途端にトラブルになるかもしれん」

ちひろ「大丈夫ですよ、凛ちゃんも彼もそんな子ではありません」

マストレ「とはいえだな」

ちひろ「それに、ちゃんと向こうには私から話を通しておきましたから」

マストレ「そこまでして彼を入れようとする理由は何だ? 凛ではないがトラブルの種を持ち込むのは私も懸念を抱かざるをえない」

ちひろ「今のままの方が私は不安なんですよ」

マストレ「何か不安材料でもあるのか?」

ちひろ「凛ちゃん達の成長には、彼が必要だと思いますから」

マストレ「そこまで言うなら私からは何も言わないが」

ちひろ「信じてますから」

凛「たるき亭……まさかここ?」

店員「いらっしゃいませ」

凛「あの、人を探してるんですけど」

店員「人? ここは私と店長がいるだけだけど」

凛「えっと、こういう人なんですけど」

店員「ああ何だ、彼の知り合い? なら上だよ」

凛「上?」

店員「そう、ああでも今は出てるんじゃないかな」

凛「じゃあどこかで待って」

店員「お腹すいてる?」

凛「……注文してもいいですか?」

店員「もちろん! ここはその為の場所だから、何にする?」

凛「鯖の塩焼き定職」

店員「ふふっはーい!」

凛「何で笑われたんだろう……でも上? 上には何が」

「あーもう! 何であいつのせいで私まで!」

「仕方ないよ伊織、僕らも迷惑かけたんだからさ」

「そんな事は分かってるわよ!」

「じゃあもう落ち着きなよ……」

凛「いおり? いおりって――」

伊織「あら、確か……」

凛「渋谷です、渋谷凛」

真「わーニュージェネレーションだ! 初めて見た! 伊織本物だよ本物」

伊織「そりゃそうでしょ、私達だって本物よ」

真「その輝きはね」

伊織「何の輝きかしら?」

真「さーて何だろうね」

店員「人を探してるって来たから、上にいるって教えておいたよ。はい塩定」

真「へー誰かを探してるんだ」

伊織「うちにいるのなんて探す価値もないのしかいないわよ」

真「ボク達だったら何度か顔を合わせてるけど、アイドルじゃないの?」

凛「はい、多分」

真「多分?」

凛「アイドルをやってたと思うんです」

真「アイドルをやってた……」

伊織「年は?」

凛「恐らくなんですけど、まだ10代後半から20台前半くらい」

真「分かった!」

伊織「いるわよ、それに当てはまる人物」

凛「本当ですか?」

伊織「いきなり嘘をつくほど意地悪じゃないわ」

真「そうかな?」

伊織「ちょっと黙ってなさいよもう!」

真「でも何の用?」

凛「多分、ライブに行ったことがあるんです」

真「本当!?」

伊織「物好きなのね」

真「失礼だよ伊織、後で言いつけるよ」

伊織「何よ、事実じゃない」

真「また自分が見れなかったらって」

伊織「話が進まないじゃない! それでファンだったってこと?」

凛「そう、かもしれないんですけど」

真「何か事情があるのかな」

伊織「まあ問い詰めはしないわよ、でも来てもらって悪いけど今はいないわよ」

凛「知ってます、外出中だと」

真「戻ってくるのいつ頃?」

伊織「さあ、上でピヨピヨ言ってるのに聞けば分かるんじゃない?」

真「うん、そうだ!」

凛「って、はいあの!?」

真「一緒に行こう! まだ何人かいると思うし!」

伊織「人の都合も聞かずに何を言ってるのよ」

真「大丈夫だって、違う事務所の話も聞きたいし。いいよね!?」

凛「は、はい」

真「じゃあ行こうすぐ行こう!」

凛「ま、待ってまだ塩鯖!」

伊織「ごめんなさいね、後で皿は返すから。持っていくわ」

真「まっこまっこりーん!」

千早「そんなに慌ててどうしたの?」

真「ゲストを連れてきたよ!」

千早「ゲスト?」

小鳥「お客様?」

真「そうです、渋谷凛ちゃんです!」

凛「ど、どうも」

真「そういえば伊織は?」

伊織「ここにいるわよ」

真「あ」

伊織「どうして私がこんな事をしなくちゃいけないのかしら」

真「あははは……ありがと」

千早「確か……シンデレラガールズの」

凛「はい、先日はどうも」

小鳥「会ったことあるの?」

千早「はい、何度か」

真「でも千早だけ?」

千早「ええ、他の皆は出てるけど」

小鳥「あの真ちゃん、私もいるんだけどな」

伊織「事務員がいなかったら問題じゃない」

真「ああそうだ小鳥さん、聞きたい事があるんだ」

小鳥「何かしら?」

伊織「私の担当はいつ戻ってくるのかってことよ」

小鳥「ちょっと待ってて……えーっと1時間もしない内には戻ってくると思うわ」

伊織「良かったわね、時間の無駄にはなりそうになくて」

凛「担当?」

伊織「そうよ、10代で元アイドルでプロデューサーなんて世界でも一人しかいないでしょうね」

凛「本当にプロデューサーなんだ」

真「まあ、聞いただけじゃ信じられないよね」

小鳥「そうよね、本当に頑張り屋さんだから」

凛「そう……ですか」

千早「何か用なの?」

伊織「何か訳有りみたいなのよね」

千早「何もないといいけど……」

伊織「今日は何時までいるの?」

千早「春香と彼にちょっと頼みごとをしてるから、帰ってくるまではいるわ」

伊織「ふーん、夜まで帰ってこないと思うけど?」

千早「大丈夫よ、暇つぶしの道具は色々と用意してるから」

真「あ、戻ってきたかな?」

伊織「やっとね、さあ何が始まるのかしら」

765P「戻りました」

真「何だプロデューサーか」

伊織「タイミング悪いわね」

765P「何で帰って早々に俺はそんな事を言われなくちゃいけないんだよ」

伊織「待ち人がいるのよ」

765P「待ち人?」

凛「お邪魔してます」

765P「シンデレラガールズの渋谷凛?」

凛「はい、初めまして」

765P「もしかして……ああいや、何か用かな?」

伊織「だから言ったでしょ、人を待ってるの」

765P「人ね、分かった俺が対応しよう」

真「分かったんですか?」

765P「まあな、社長から話は聞いてるから」

伊織「社長?」

小鳥「そんなに大きい話なんですか?」

765P「少なくとも彼女にとってはそうだろう」

千早「やっぱり何かあるのね」

765P「とはいっても俺達には直接には関係のない話だ、応接室は空いてます?」

小鳥「今、用意します」

765P「いえ、俺がやります。ちょっと使うな、入ってこないように」

真「分かりました」

765P「少しいいかな?」

凛「はい」

伊織「何かしらね」

真「そんなに重要なことなのかな」

千早「プロデューサーが言うなら、そうなんじゃないかしら」

小鳥「大事にならないといいけど……」

765P「さて、実は君がここに来ることは知ってた」

凛「ちひろさんからですか?」

765P「ああ、社長と彼女は知り合いでね。事務所の設立にはうちの社長がちょっと絡んでる」

凛「なら、私が来た理由も知ってますよね?」

765P「知ってる、だけど今日は会わない方がいいと思う」

凛「理由を教えてもらえますか?」

765P「早すぎる」

凛「それは何がですか?」

765P「会うなと言ってるんじゃない、ただ彼にはまだ時間が必要だ」

凛「シンデレラガールズに来るんですよね?」

765P「その通り。正直なところ俺は反対だけど、彼がそう決めたなら俺はそれを応援する。
     もちろん、上手くいかなければまたここに戻ってきたっていい」

凛「反対?」

765P「彼に何があったかは知ってるね?」

凛「大体は」

765P「俺に知った風な事を言われても君は反発するだろうし、それも理解できる。
     だからこれは単純に俺の我儘だ。いつか君と話すにしろ、それは彼がもう少し成長してから
     の話にして欲しいんだ」

凛「どうせ上手くいかないに決まってる」

765P「一応、連絡先は君に渡しておく。君が彼を失格とするなら、その時は俺も彼女に
     話をするから」

凛「……分かりました」

真「もう帰っちゃうの?」

小鳥「まだ帰ってきてないけど、いいの?」

凛「はい、目的は達しましたから。突然すみませんでした、失礼します」

千早「何だったんでしょうね」

伊織「今、出てきたのが説明してくれるでしょ」

765P「悪いが無理だ」

伊織「まさかあそこの事務所と何か問題でも起こしたんじゃないでしょうね」

765P「そんな訳ないだろ」

律子「戻りました」

真「あ、律子。さっき――」

律子「その事でプロデューサーにお聞きしたいんですが」

765P「さっきのメールのことか?」

真「メール?」

律子「俺がメールするまで事務所には戻ってくるなってメール、お陰で時間の潰し方に困りましたけど」

765P「すまん、伊織たちが分かっちゃうからな」

真「分かってましたよ?」

伊織「何を言ってるのよ馬鹿プロデューサー」

千早「それ位は理解して言葉を選びましたから」

小鳥「ピヨ?」

765P「あれは全て芝居か?」

伊織「いきなりあのプロダクションから人が来たら誰だってあいつに用があるって思うわよ」

真「だけどほら、彼……」

律子「ああ、だから共通点が多い私って事にしようとしたのね」

真「そういうこと、それで勘違いでしたーって帰そうかなって」

765P「なら礼を言わないといけないか」

千早「今度、そのプロダクションに彼は行くんですよね?」

765P「そうだ、自分から決着を着けにいくのは感心だが」

伊織「そう上手くいくのかしらね」

真「無理しちゃって」

伊織「そんな訳ないでしょ! いなくなったら清々するわ」

律子「はいはいそこまで。それでプロデューサー、大丈夫そうなんですか?」

765P「大丈夫でなければこっちで本格的にプロデューサーとして働いてもらうさ。
     正直、人手不足はこっちも深刻だ」

千早「とりあえず、来た事は内緒にしましょうか」

765P「それがいいだろうな、他のアイドルにも他言無用。いいな?」

春香「わー雪だ!」

P「冬なら雪も降るだろ」

春香「分かってないなあ」

P「で、千早に頼まれたものはどうするんだ?」

春香「あ」

P「あ、じゃない。忘れたらまた春香ったら……って溜息をつかれる」

春香「えっと、CDだよね?」

P「聞いたのは春香だろ」

春香「Pくんも傍にいたでしょ?」

P「タイトルがうろ覚えだ、行けば分かるだろ」

春香「最悪、電話して聞けばいいよね」

P「春香がな」

春香「あそこでいいかな?」

P「入ってみて探せばいい」

春香「わー私のもある」

P「なかったら問題だ」

春香「Pくんのもあるかな?」

P「あったら問題だ」

春香「中古の10円コーナーとか」

P「それはそれで物悲しいが」

春香「聞きたかったなあ」

P「聞いただろ」

春香「あれはオーディションの為の歌で、アイドルとしての歌じゃないよ」

P「はいはい、俺は探してるからな」

春香「待って、私も行く!」

P「えーっと」

春香「タイトルは?」

P「俺の記憶が確かなら、さよならの代わりに」

春香「さよならの代わりに」

P「そうそう、アルバムだからこの辺りなんだけど」

春香「私、あっちの方を探してくるね」

P「はーい、ってあっちってアイドルコーナー……ある訳ないだろ」

春香「あった?」

P「あったよ、これだな」

春香「じゃあお会計してくるから」

P「いいよ、俺が出す」

春香「いいからいいから、待ってて」

P「あんなに動ける元気だけは見習いたいが」

春香「お待たせしました」

P「とっとと帰ろう、いつまでも外にいたら寒い」

春香「その前に、はい」

P「何だこれ?」

春香「私達のベストアルバム!」

P「音源は持ってるぞ?」

春香「ちゃんとしたCDで聞いて欲しいから、あっちに行っても」

P「……聞いてたのか」

春香「頑張るって決めたんだよね?」

P「まあな、どうなるか分からないが」

春香「聞いてね、絶対」

P「聞くさ、言われなくたって」

春香「私ね、初めてのオーディションでPくんに会えて本当によかったって思ってる。
   プロデューサーや千早ちゃん達や……Pくんに会えなかったら今の私は絶対にないから」

P「そこまで感謝されてるならとっとと一番上まで行ってくれ、目標がはっきりしてた方がいい」

春香「何の目標?」

P「俺が今から出会うであろうアイドル達の」

春香「いつか、一緒にその子達とステージに立てたらいいな」

P「それまでにプロデューサーとデートの一回でもできるといいな」

春香「で、でででででデート!?」

P「あのさ、いらないお節介だがそんなんだと美希と勝負にすらならないぞ」

春香「だって、うう……」

P「これなんだからなあ、ほら愛しのハニーが待ってる。さっさと帰るぞ」

春香「あ、待っ――」

凛「すみません、大丈夫ですか?」

春香「ててて、こっちこそごめんね」

凛「落としましたよ」

春香「ありがとうございます」

凛「いえ」

P「おーい、春香!?」

春香「待って、置いてかないで!」

P「何をやってんだ」

春香「ちょっとぶつかっちゃって」

P「ちゃんと謝ったか?」

春香「謝ったよ、でも奇麗な子だったな」

P「ふーん、まだ見えるか?」

春香「うーんと、いないね」

P「残念」

春香「ここに可愛いアイドルがいますよ! アイドルが!」

P「見えない」

春香「もう!」

凛「本当にいるんだ……楽しみだよ」

加蓮「ふう……」

トレ「こんな言い方なんだけど、見違えたね」

加蓮「目標ができたから、立ち止まってなんかいられない」

奈緒「まだまだ、これくらいじゃ駄目だ」

トレ「そうね、頑張りましょう」

凛「……」

卯月「凛ちゃんおはよ、凛ちゃん?」

凛「え?」

卯月「あの二人が気になるの」

凛「負けたんだよね、あの二人」

卯月「それと輿水さんだっけ、担当いないんだって。何かあったのかな?」

未央「喧嘩別れしたとか? あんたと一緒じゃ私たちは勝てなーいとか」

凛「だったら笑い物だけど」

卯月「でも楓さんを担当して順調だって話は聞くよ、仲が悪いって話もきかないし」

未央「じゃあ逆かな? こんな出来の悪いの見てられるかーって」

卯月「初めから勝った方をプロデュースするつもりだったってこと?」

未央「優秀なのかな、聖來さんも自分から担当を変えたっていうし」

卯月「本当に悪い人ならそんな事しないよね」

凛「監視してるって考え方もある」

未央「聞いてみる?」

卯月「でも誰に?」

凛「ちょっと聞いてくるよ」

卯月「聞いてくるって」

未央「しぶりんって時々、私以上に積極的になるよね」

卯月「どうやって切り出すんだろう」

統括「島村、本田」

未央「またそうやって呼ぶ」

卯月「どうしたんですか? 何だか小声ですけど」

統括「少し、話をしておく」

未央「何々? お仕事の話?」

統括「仕事ではないが、事務所にかかわる話だ」

卯月「大事な話なんですか?」

統括「判断はお前たちに任せる」

凛「調子よさそうだね」

加蓮「ニュージェネレーションが声掛けてくれるなんて光栄」

凛「見たよ、楓さんとのあれ」

奈緒「うわ、出回ってんのか」

凛「負けたのは相手が悪かっただけじゃない? 惹きつけられたよ」

加蓮「駄目、あんなのじゃ」

凛「そう?」

加蓮「結局、私達が期待に応えられなかったのは事実だから」

奈緒「まあ、悔しかったら練習するしかないよな」

凛「確かついてた若い男の人がいたよね?」

奈緒「Pさんか? よく知ってんな、まだあの人ここに来て日が浅いのに」

加蓮「もうプロデューサーとして活動してるの?」

凛「うん、楓さんと聖來さんと佐々木千枝って子が最近になって見てるって聞いたけど」

奈緒「そっか、頑張ってるんだな」

加蓮「負けないようにしないとね、私達も」

奈緒「そんで、いつかな」

加蓮「うん」

凛「どうだったの? 合わなかったとか?」

加蓮「ううん、寧ろ私をこの世界に真正面から向き合わせてくれた人」

奈緒「聞くと長くなるから早めに撤退した方がいい」

加蓮「何でそういうこと言うかな」

奈緒「犠牲者は少ない方がいい」

加蓮「ふうん、ならあれは言っちゃっていいんだ」

奈緒「何だよ」

加蓮「Pさんに会えないからって一人で――」

奈緒「あーあー!!」

加蓮「言われたくなかったらしなければいいのに」

凛「……」
――

統括「どうした? 仕事の前だ、もう少し何とかしろ」

凛「聞いてるよね? 水本ゆかりの件」

統括「聞いている、許可は出した」


凛「どうして?」

統括「本人が希望したなら止めはしない、それだけだ」

凛「人が足りなくなるんじゃない?」

統括「また入れればいいだけのこと」

凛「そんな風に他のアイドルは割り切れるかな」

統括「同等の成果を出せばある程度は本人の希望に沿う形にはする」

凛「私も?」

統括「そうしたいのか?」

凛「……今度の舞台、チケット取れないかな」

統括「見てどうする」

凛「少し気になっただけ、本当にプロデュースできてるのかどうか」

統括「どの道、俺は顔を出す予定だ。ついてくる気があるなら来ればいい」

凛「それを見て判断するんだよね」

統括「もちろんだ」

凛「橘ありすって、統括がスカウトしたの?」

統括「いや、自分から事務所に履歴書を送ってきた。それを見てちひろが採用した、それだけだ」

凛「ふうん、自分で」

統括「気になるか?」

凛「別に」

統括「凛から見ても、似ていると思うか」

凛「さあね」

統括「ならあいつが入れ込むのも無理はないか」

凛「入れ込むって」

統括「知らないか? あいつのスケジュールの大半があの少女との仕事だ」

凛「露骨に贔屓するタイプなんだ」

統括「それとは違うと思うがな」

凛「あいつの肩を持つの?」

統括「仕事と私事は別だ」

未央「神谷さんと北条さん?」

卯月「確かに担当はいないみたいだけど」

凛「あのままにしておくのももったいないと思う、実力はあるんだから」

卯月「だからって言っても統括さんはなんて言ってるの?」

凛「好きにしろって、だから好きにする」

加蓮「ごめん、今までずっと誘ってもらったけどやっぱり断る」

凛「……そう」

加蓮「お詫びと言ってはなんだけど、休みを合わせて遊ばない? 凛に合わせるから」

凛「いいよ、場所は私が決めていいんだ?」

加蓮「どこでもいいよ、奈緒にもメールしとくから」

凛「分かった、決めておく」

卯月「もしもし凛ちゃん? どうしたのこんな時間に」

凛「会うことにした」

卯月「……そっか、誘われたの?」

凛「遠まわしにね、断られちゃったし」

卯月「本当に来るって思ってた?」

凛「分かんないよ、人のことなんて」

卯月「嘘、分かってたと思う。凛ちゃん優しいから」

凛「馬鹿を言わないで、そんな訳ない」

卯月「気持ちが落ち着いたら教えてね、あったこと」

凛「何もないよ」

卯月「待ってるからね」

未央「変わってなかったのは私の方だった、ねえ」

卯月「何かあったのかな?」

未央「連絡もあれからないんでしょ?」

卯月「うん……」

未央「まあ暗い顔してても仕方がないって」

凛「……」

卯月「凛ちゃんどうだった? 一緒にまゆちゃんに会ったって聞いたけど」

凛「どうすればいいのかな」

卯月「何かあったの?」

凛「後ろ向きなまま歌っても意味がないんだってさ」

卯月「凛ちゃん泣いて――」

凛「ねえ卯月」

卯月「……凛ちゃん」

凛「私はどうしたいのかな?」

次回6日
本年は大変お世話になりました。どうぞよい年をお迎えください

連作短編26
ほたる「泰らかな葉の下で蛍は静かに瞬く」

ほたる「あの、私はこの世界でやっていけるでしょうか?」

P「今までだってやって来たんだろう? 大丈夫だよ」

ほたる「でも、今までは……」

P「シンデレラだって元の意味は灰かぶり、初めから幸せだった訳じゃない」

泰葉「では私も灰かぶりですか?」

P「泰葉は虐めてる側だな」

泰葉「本当に虐めましょうか?」

P「待て! 冗談だ冗談!」

泰葉「せめて魔法使いとかあるでしょう!」

ほたる「ふふっ」

P「お、笑った」

泰葉「愛想笑いですよ、Pさんの駄目っぷりを嘆いてるんです」

P「え」

ほたる「いえそんな事ありません!」

P「って言ってるぞ!」

泰葉「何で真に受けるんですか、馬鹿ですか」

P「馬鹿って、馬鹿って言ったな!」

泰葉「はい、言いました」

P「この……」

ほたる「本当に、ここは不思議な場所です」

千枝「とはいっても、これどこの事務所のお話なんでしょうね?」

春菜「ふーむ、この記事で分かるのは事務所が燃えて死者が出たという事だけ」

千枝「でもPさんがこれを見て飛び出していったってことは」

春菜「何か関係があると見た方がいいね」

千枝「でも二年前って千枝はまだアイドルでもありません」

春菜「私もそうだし、この事務所でその頃アイドル事務所にいたとなると」

千枝「あ、心当たりがあります!」

春菜「誰?」

千枝「最近、事務所に入ってきた方ですよ。白菊ほたるさん」

春菜「ああ、そういえばPさんがそんな事を言ってたような」

千枝「もしかしたら何か知ってるかもしれません

春菜「でも、いいのかな」

千枝「あんまり、昔の事とか聞かない方がいいでしょうか?」

春菜「うーん、こうそれとなく聞いてみるのはどう?」

千枝「それとなくですか?」

春菜「そうそう、二年前にこんな風に潰れた事務所があるって知ってる? みたいな」

千枝「あくまで世間話のような感じにするんですね?」

春菜「そうそう、それでほたるちゃんから言い出してきたら話を詳しく聞く」

千枝「言葉を濁されたら?」

春菜「即時撤退を」

千枝「了解しました!」

春菜「でも事務所が潰れるって想像がつかない」

千枝「この事務所もいつか倒産しちゃうんでしょうか?」

春菜「うーん、どうでしょう」

千枝「そうなったら私どうしましょう?」

春菜「いや、その年ならいくらでもやり直しがきくから」

千枝「こんな暗い話しても仕方ありません、とりあえずお話を聞きましょう」

春菜「任せて大丈夫?」

千枝「はい、どーんと任せてください」

春菜「なら、もう少し細部を決めようか」

ほたる「別の事務所のお話……ですか?」

千枝「実はこんな記事を偶然、事務所で見つけてしまいまして」

ほたる「芸能事務所で火災……死者2名……」

千枝「何だか怖い話ですよね? 千枝、全然こういうの想像つかなくて」

ほたる「うん、そうだね」

千枝「ほたるさんはどんな事務所にいたんですか?」

ほたる「どんな……」

千枝「あ! その言いたくなかったら無理には」

ほたる「この事務所も、潰れてしまったんでしょうか」

千枝「も?」

ほたる「私の前の事務所……潰れちゃって」

千枝「」

ほたる「こっちこそごめんね、変な反応になっちゃって」

千枝「い、いえ! 千枝の方こそごめんなさい!」

春菜「それで即時撤退と」

千枝「とんでもない話題を出してしまいました」

春菜「大人しく聖來さんかPさんに聞いた方がいいね」

千枝「後できちんと謝っておきます」

春菜「下手に他の人に聞いて変な事になるくらいなら……」

泰葉「何のお話ですか?」

春菜「」

千枝「」

泰葉「えっと、驚かせてしまったんでしょうか?」

千枝「い、いいいいいいえ!」

春菜「何でもないです、何でもないですから」

泰葉「あ、何か落としましたよ? 雑誌の記事?」

春菜「」

千枝「」

泰葉「事務所で火災発生……死者2名重傷1名軽傷1名、二年前の記事なんてどこから?」

春菜「作り物ですよ、よくできてるでしょう?」

泰葉「この事務所、聞いたことがあります」

千枝「あははは、よく似た名前かもしれませんね」

泰葉「潰れていたんですか? でもこんなニュースだったら当時の私に耳に入らない訳……」

ほたる「泰葉さん?」

泰葉「お疲れ様、一つ聞きたいんだけどいい?」

春菜「この展開は……」

千枝「大丈夫でしょうか」

春菜「もう流れに身を任せるしか」

ほたる「さっきの記事ですか」

泰葉「見たの?」

ほたる「はい、千枝さんから」

泰葉「どうして私には隠したんですか?」

千枝「えーっと」

ほたる「それはその……私の前の事務所が潰れてしまったって話をしてしまいまして」

泰葉「ああ、それで」

春菜「決してわざとでは!」

泰葉「分かってますよ、苦労してきたんだもんね」

ほたる「いえ、そんな」

千枝「泰葉さんでも分からないんですか」

泰葉「そもそも、この記事はどこから出てきたの?」

千枝「聖來さんの部屋からです……」

泰葉「入ったの?」

千枝「その、たまたま開いてて」

泰葉「個人で集めてるだけなのかもしれないし、別に問題が起きてないなら――」

千枝「それをみたPさんが血相を変えて飛び出していって」

泰葉「Pさん?」

春菜「だから私達もこうして気にしてて」

泰葉「ちょっと、軽く調べてみましょうか」

春菜「でも、取っ掛かりがこの記事だけでは」

泰葉「ネットで出てくるかな」

千枝「千枝の部屋に来ますか?」

ほたる「持ってるんですか?」

千枝「色々と使い道があって」

春菜「ああ、Pさんとの写真の管理とか――」

千枝「早く行きましょう!」

ほたる「壁紙、プロデューサーさん……」

泰葉「隠す気もないんですね」

千枝「千枝の宝物です!」

春菜「まあ今は違う話がメインだから」

千枝「えっと事務所の名前……」

泰葉「出てきませんね」

春菜「事務所の名前自体が消えてる」

千枝「潰れちゃったら全て消えてしまうんですか?」

泰葉「いえ、少なくとも何らかの記録が残っていてもおかしくない。その事務所に所属していた子のファンサイトとか
   引退してからも残ってることは多いから」

ほたる「私のいた事務所の名前で検索してみますか?」

泰葉「大丈夫?」

ほたる「大丈夫です、えっと」

春菜「出てきた」

千枝「こんな事務所もあったんだ」

ほたる「やっぱり出てきますね」

泰葉「この記事を書いた人に会えればいいんだけど」

千枝「どの雑誌かも分かりません」

春菜「記者の名前で検索してみる?」

千枝「うーんと、あれ?」

泰葉「出てこない」

ほたる「この記事でしか使わなかった名前なんじゃないでしょうか」

千枝「本名じゃ駄目だったんですか?」

泰葉「本名で書くと身の危険が生じる可能性のある記事ということ」

春菜「この事務所、どんな事務所だったんですか?」

泰葉「奴隷商人、と言われてました」

千枝「どれい……」

泰葉「育てて売り飛ばす、そう言われていたのを聞いただけですから何とも言えませんけど」

春菜「あまり真っ当な事務所ではなかったかもしれない?」

泰葉「断定はできません」

千枝「聖來さんがわざわざ記事を取ったっていうことはPさんに関係あるんでしょうか」

泰葉「……一つ、皆さんに質問があります」

春菜「何ですか?」

泰葉「Pさん、プロデューサーになる前は何をしていたか知っている人はこの中にいますか?」

ありす「はい」

千枝「ありすちゃん!?」

春菜「いつから……」

ありす「千枝の宝物です!」

ほたる「ほとんど最初からですね」

泰葉「それは本人から聞いたんですか?」

ありす「他に知る術を私は知りませんから、それで何の話ですか?」

千枝「えっと、じゃあ千枝が一から説明します」

ありす「なるほど、分かりました」

春菜「Pさんってプロデューサーになる前って何かしてたの?」

千枝「聞いたことありません」

泰葉「私も本人から聞いたというか自分で気づいた事なので」

千枝「いつ聞いたの?」

ありす「一緒に出かけた時に、少し」

泰葉「では、この事務所に心当たりは?」

ありす「それは……ないです」

泰葉「あまり面と向かって聞かない方がいいかもしれません」

千枝「Pさんの過去……」

春菜「勝手に聞くのも気が引けますけど、ここまで聞いて何も聞くなというのも」

泰葉「アイドルだったんですよ、あの人」

春菜「アイドル!?」

千枝「だからかっこいいんだあ」

春菜「そんな呑気な話かな」

ほたる「アイドル……」

ありす「この事務所に所属していたか、あるいは知っているか」

泰葉「関係者でしょう、聖來さんはこの事務所以外に所属していたことはないでしょうから」

千枝「じゃあ何で今更それを調べてるの?」

春菜「考えられる可能性は……」

千枝「ここにいた人たちがPさんに接触してきたのかも」

春菜「接触って」

泰葉「ここにいた事をばらされたくなかったら金を払え」

千枝「そんな!」

泰葉「私はともかく、そういう事をしていた事務所に所属していたことを知られたら、アイドルの中には嫌悪感を示す人もいるかもしれません」

千枝「千枝はPさんを信じます!」

ありす「それは言うまでもありませんが、他の人はそう受け止めないかもしれません」

泰葉「事務所の評判が落ちかねないから、とか」

千枝「もしそうなったら」

泰葉「彼はこの事務所を去ることになります」

千枝「絶対に嫌!」

春菜「ですが、今になってばれるなんて事あります?」

泰葉「どこかの記者が嗅ぎ付ければ、あるいは。私も彼がどんな活動をしてたかまでは知りませんから」

ほたる「私のせいかもしれません」

泰葉「何かあったの?」

ほたる「私がこの事務所に来たからばれてしまったのかも」

千枝「それはないです」

春菜「いくらなんでも」

ほたる「でも! 私が所属する事務所はどこも」

泰葉「過去がそうだとしても、ここは違いますよ。ここはそういう場所ですから」

ほたる「でも……」

千枝「どうしましょう?」

泰葉「あまりこちらから動くと却って逆効果かもしれません」

千枝「黙って待つんですか?」

春菜「噂が広まったら取り返しがつかなくなるよ」

ありす「誰か頼りになる人を……」

泰葉「ある程度、この世界に詳しくてなおかつPさんの味方になってくれそうな人」

先P「おいおいそれで俺の所に来たのか?」

泰葉「ええ」

先P「また地雷を自ら踏みに来るとはね、こんなおっさん頼りにしてどうにかなる気なのか?」

泰葉「今、職を失いたくはないでしょう? もし仮説が正しければこの事務所は持たないかもしれません」

先P「ほう、プロデューサーを脅すとはいい度胸だ」

泰葉「脅しますよ、貴方であろうと千川ちひろであろうと」

先P「……岡崎、この世界でここまで生き残ってきたその器量は認める。だがな」

泰葉「私は聞きました、知っているか知らないか」

先P「知っていた」

泰葉「はい?」

先P「もう少し詳しく言おうか、その事について他言しない事を条件に俺はこの会社に入った」

泰葉「あの記事を書いたのは貴方ですか?」

先P「それは契約上、答えられないな」

泰葉「質問を変えます、なら最初に知らなかったと言えばよかったのでは?」

先P「嘘は嫌いでね。後、白菊の言った事はあながちでたらめでもない」

泰葉「どういう事ですか?」

先P「一度目なら偶然、二度目なら奇跡、三度目ならそれは?」

泰葉「……必然」

先P「そう思えば、そういう記事を書きたい記者が寄ってきてもおかしくない」

泰葉「そこに彼がいて、過去を知っている誰かがいれば」

先P「そういう事をほじくり返そうとするのもいるかもな」

泰葉「もしそうなら」

先P「白菊ほたるとP、どちらの手を取る?」

泰葉「そんなの、考えたくありません」

先P「だがそんな日が来るかもしれん、頭に入れておけ」

聖來「今なら誰もいないかな。うん、Pくんは気付いてくれたみたい」

ありす「何をでしょう?」

聖來「こんな時間まで起きてるなんて、肌に悪いよ?」

ありす「眠れなくなる原因を作ってくれた人に言われたくありません」

聖來「酷い言われ方。ま、仕方ないね」

ありす「あまり他人の過去をばらまくのは感心しません」

聖來「うん、今回だけ。もう何もしないよ」

ありす「問題ないんですね?」

聖來「私はいつもPくんの味方、って訳じゃないけど彼に害する事は絶対にしない」

ありす「……あまりそういう事をしないで下さい」

聖來「はは、やっぱりまだ心配?」

ありす「聖來さんを本気で敵に回したくないです」

聖來「……気を付けるよ」

ありす「いえ、こちらこそ夜遅くに失礼しました。おやすみなさい」

聖來「おやすみ」

ありす「はい、これでようやく眠れます」

聖來「Pくん、君は本当に凄いね。凜がああなるのも分かるなあ……あーあ、まさか12歳に本気でびびる日が来るなんて」

P「という訳で、いいかな?」

ほたる「……」

P「白菊さん?」

ほたる「はい!?」

P「ごめんね、こんな朝早くから。スケジュールの都合でどうしようもなくて」

ほたる「申し訳ありません、もう一度宜しいですか?」

P「もちろん、今日の仕事はCM撮影。サンタの格好は初めてかな?」

ほたる「いいんでしょうか、私がサンタなんて……」

P「サンタが自信なさげに立ってたらプレゼントを貰う子供が不安になっちゃうよ」

ほたる「途中で落としそうです」

P「ブリッツェンに拾ってもらえばいいさ」

ほたる「あの……プロデューサー」

P「まだ聞きたい事ある?」

ほたる「いえ! 頑張ってきます」

P「今日は見れそうだから、頑張って」

ほたる「雪ですか?」

P「そう、いい感じに降ってきたから撮れるなら撮りたいって。さ、これ着て」

ほたる「わざわざ用意してくれたんですか?」

P「本番は衣装だから寒いけど、なるべく中にいるといい」

ほたる「何から何まですみません」

P「俺に対してすみませんは禁止、言う方も言われる方も暗くなっちゃう」

ほたる「では、何と言えば」

P「ありがとう、かな」

ほたる「……ありがとうございます」

P「どういたしまして、じゃあ待ってて。外を見てくる」

ほたる「暖かい……きっとコートのせいだけじゃない」

スタッフ「白菊さん! 出番です、お願いします!」

ほたる「はい!」

白く清く甘く 

舞い散る粉雪

願いは絶対に叶う 靴下の魔法

ほたる「だからもっと、あなたを好きになる」

監督「はい、OK!」

P「不幸って言うけど、こんな風に雪が降ってくれたんだからラッキーだな」

ほたる「きっとプロデューサーのお蔭です」

P「そんな力は俺にはないって、ちょっと出来を見てくる。先に戻ってて」

ほたる「ありがとうございました」

P「お、覚えたな。その調子、それじゃまた後で」

ほたる「よかった、上手くいった」

男「おっと」

ほたる「あ、すみませ――」

男「久しぶりだなほたる」

ほたる「あ……えっと……その」

男「何だ? もう忘れたのか? 薄情だな」

ほたる「失礼します!」

男「さあて、本命はどこかな?」

P「えーっと、この次は……白菊さんを送って会議か。寒いからラッキー」

ほたる「あの……」

P「ああ、着替えた? 送ってくから乗って」

ほたる「プロデューサー!」

P「えっと、どうした? 何かあった?」

ほたる「あの最近、何か変な事とかありませんか?」

P「変な事? 例えば?」

ほたる「……誰かの視線を感じたりとか」

P「それはアイドルの君が気にする事だよ」

ほたる「でも」

P「俺は大丈夫、何を気にしてるのかと思ったら。白菊さんこそ、そういう事には気を付ける様に」

ほたる「私なんかより」

P「これでもこの世界の事は分かってるつもりだ、ちゃんと対処はできるから。ね?」

ほたる「何かあったら、絶対に教えて下さいね」

P「分かった、約束」

男「ほーう、噂は本当だったか。さて」

記者「もしもし」

男「よう」

記者「何だお前か、昔の担当の様子はどうだ?」

男「楽しそうにしてるぜ、相手がどんなのかも知らないで」

記者「事務所を潰した者同士、気が合うんじゃないか?」

男「いやいや楽しそうでいいね、若さが羨ましいよ」

記者「嫌だねえ、昔の事はもう忘れたのかな」

男「会っても挨拶もなかったよ、礼儀がなってないな」

記者「また、教えてやったらどうだ?」

男「言われなくても、そうするさ」

女P「配置はここと、ここ?」

P「他にないですし、ここに時間をかけるよりは」

先P「じゃあ次のイベントは泰葉をメインにほたるって事でいいのか?」

P「それで構いません、統括はどうですか?」

統括「それでいい、当日はお前が指示を出せ」

P「分かりました」

統括「少し席を外す」

女P「相変わらずの忙しさね」

P「まあ、統括ですから」

先P「ああそうだ、P」

P「何です?」

先P「そのイベントについてだが、良からぬ噂がある」

P「もしかして、白菊さん絡みですか?」

先P「何か言われたか?」

P「少し」

女P「何かって何よ?」

P「最近、変な事はありませんかって」

女P「変な事ってどんな?」

P「視線を感じるかとか」

女P「何? 熱狂的なファンとか?」

P「いえ、恐らく彼女が言いたいのはそうではなく」

先P「何らかの不幸がお前に訪れるんじゃないかって心配してるんだろう」

P「でしょうね、とはいえ俺は別に気にしてないんですけど」

先P「一応、気を付けておけ。何かあれば連絡しろ」

P「白菊さんといい先輩といい心配性ですね」

女P「何かあれば遠慮なく言いなさい、あんたには少し借り過ぎてるからこの辺りで返しておかないと」

P「無利子ですから大丈夫ですよ」

女P「借りた物はすぐに返す主義なのよ」

P「じゃあこの前、貸したボールペン返して下さいよ」

女P「あ」

先P「先が思いやられるな」

女P「あんただけには言われたくない」

ほたる「泰葉さん」

泰葉「ほたるちゃん、次のイベント一緒だってね」

ほたる「はい、宜しくお願いします」

泰葉「それで、どう?」

ほたる「あの、その事についてご相談が」

凛「相談?」

まゆ「……渋谷さん? そんな所に立ち止まって」

凛「静かに、何か話してる」

泰葉「前の事務所のプロデューサー?」

ほたる「はい、顔を合わせてしまって」

泰葉「早速、か」

ほたる「どうしましょう? やっぱりプロデューサーに伝えた方が」

泰葉「何かしてくるような人なの?」

ほたる「分かりません、怒られてばかりでしたから」

泰葉「危害を加えてこないならいいんだけど」

ほたる「プロデューサーのあの記事と関係ないですよね?」

泰葉「答えを出すには早計、仕事中はなるべく一人にならない様に。できる限り私が傍にいるから、いない時はPさんの傍にいる様にして」

ほたる「分かりました」

凛「前の事務所?」

まゆ「白菊さんは他の事務所から移籍してきた人ですから、恐らくその事かと」

凛「話が見えてこないけど、あの記事って?」

まゆ「……憶測ですけど、Pさん絡みの記事だとすると」

凛「聖來さんに渡したって言ってたね」

まゆ「もし見たのだとしたら」

凛「関連付けてるのかも」

杏「そうじゃない?」

凛「杏!」

杏「大きな声を出すとばれるよ」

凛「何の用?」

杏「まだ後ろ見ながら歩いてるのかと思って」

凛「……関係ない」

杏「行ってみたら? 気になるんでしょ?」

凛「指図される覚えもない、もう行くから」

杏「はあ、お互いに餓鬼だね」

まゆ「どうして気にするんですか?」

杏「そう見える?」

まゆ「私の事も、渋谷さんの事も」

杏「今日、舐めた飴が美味しかったからじゃない?」

ありす「Pさん」

P「よう、世間はクリスマスまっしぐらだけどありすはどうだ?」

ありす「サンタを信じるような年ではありません」

P「信じてくれないとサンタも報われないだろ、世界を回ろうってのに」

ありす「サンタにお願いしたってプレゼントなんて貰えません」

P「何をお願いしたんだ?」

ありす「今日はお母さんが早く帰ってきますように」

P「……叶わなかったのか」

ありす「枕元にプレゼントはありました、それだけです」

P「そうか、悪かった。サンタも忙しいんだな」

ありす「Pさんは何をお願いしますか?」

P「俺か? うーん」

ありす「アイドルとしての自分、ですか」

P「ありす、それだけはない。俺は納得してステージから降りた、それは本当だ」

ありす「望まない形だったとしても?」

P「ふさわしい形だったさ、少なくとも俺にとっては。それこそサンタからの贈り物だ」

ありす「人が死んだのにですか」

P「……言ったろ、俺にとってはだ。あの記事だけで結びつけたか、勘がいいな」

ありす「Pさん、サンタは信じていますか?」

P「もちろん、心の底から信じてる」

ありす「どうしてですか?」

P「一度も俺の所には来なかったから」

ありす「来なかったものを信じるんですか?」

P「普通の子はサンタが枕元に来て、ああ本当はお父さんなんだなって気付いて、それでも気付かないふりしてお父さんサンタが来たよって喜んで」

ありす「……」

P「俺は眠れなかったよ、怖くて。今年は来るだろうか、ああ来なかった。今年は来るだろうか、ああ来ない。それでも心のどこかで待ってるんだよな、
  諦めたと思ってもクリスマスの夜は眠れない。きっと今年もそうなんだろうな」

ありす「いつか来ますよ、Pさんの所にも」

P「なら、いい子にしておくよ」

どうしてこんな事をしたんだ!?

ああもう駄目だな、あんたのところとは仕事できないよ

お前のせいだ! お前のせいでこの事務所は!

ほたる「ごめんなさい!! ……夢? そっか、夢」

P「クリスマスライブならサンタクロースに望月さんといるんだが」

泰葉「その二人は大忙しみたいですね」

P「クリスマスと言えばこの二人だからな、本人達も分かってるようできつめのスケジュールでも
  何の文句もなくやってくれてる」

泰葉「お正月は茄子さんですね」

P「前日からスケジュールは埋まってるよ、まあ他のアイドルもあんまり変わらない」

泰葉「でも、いいですね」

P「何がだ?」

泰葉「ツリーがあって、リースがあって、色んな飾り付けを見るとやっぱり心が躍ります」

P「照明とか柱とかもクリスマス仕様だし、気分は盛り上がるな」

ほたる「お、お待たせしました」

泰葉「うん、かわいい」

P「俺の所にもこんなサンタが来ないかなあ」

泰葉「クリスマスの晩に行きましょうか?」

P「何をくれるんだ?」

泰葉「靴下の中に入ってます」

P「はあ?」

泰葉「いいです! 言った私が馬鹿でした!」

P「白菊さんはもらえるなら何がいい?」

ほたる「もらうなんてとんでもないです!」

P「サンタ相手に恐縮する姿も見てみたいけど、例えばさ」

ほたる「じゃあ……鏡がいいです」

泰葉「鏡?」

ほたる「はい、きちんと笑える様に」

P「もう既にアイドルの鏡だと思う」

泰葉「別に上手くないですからね」

P「言ってみただけだよ!」

男「いい場所じゃないか」

ほたる「あ……」

泰葉「Pさん」

P「白菊さんを下げて、どなたですか?」

男「私、こういったものです」

P「ああ、取材の方でしたか。失礼、私は」

男「知っていますよ、CGプロ最年少のプロデューサー」

P「取材でしたら後で必ず時間を作りますので、今は宜しいですか?」

男「構いませんよ、でしたら少しステージの方を見せて頂いても?」

P「どうぞ、私どもは席を外しますが手を触れないようにお願いします。何かありましたらスタッフにお声掛けください」

男「どうも」

P「さて、聞こうかな」

泰葉「ほたるちゃん、知ってるの?」

ほたる「前の事務所の時の、プロデューサーです」

P「プロデューサーから記者にねえ、そういえば怒られてばかりだったとか言ってたっけ」

泰葉「ああいう反応にもなるのも無理はないですね」

P「取材、どうする? 断ってもいいけど、あるいは泰葉だけにするとか」

ほたる「いえ、そんな迷惑は掛けられません」

P「相手もそういう過去があるなら強くは出てこないだろうから」

ほたる「受けます! 受けさせて下さい」

P「……分かった、取材には俺も立ち会う。泰葉」

泰葉「分かってます、何かあれば打ち切りましょう」

P「取材はライブ後にしよう、そうすれば疲れてるから短時間にできる。事前の打ち合わせもない突然の
  依頼だ、こっちのわがままを聞いてもらうさ。さ、リハーサルだ」

泰葉「この曲の合間のMCがこの話題で――」

ほたる「ここで着替えですね、それでその後に――」

泰葉「最後、ツリーの後ろの台に乗って天井部まで。高いけど大丈夫?」

ほたる「経験はありますから、大丈夫です」

泰葉「無理しないでね、途中でも言ってくれたら変わるから」

ほたる「お気づかいありがとうございます、でも大丈夫です。ここで逃げたら、泰葉さんにも
    プロデューサーさんにも申し訳ないですから」

泰葉「気にしなくていいから、自分のベストを尽くす事だけを考えて」

凛「ここだよね」

まゆ「結局、来ちゃいましたね」

凛「お互い、クリスマスは似合わないからね」

まゆ「明日は引っ張りだことお聞きしてますけど」

凛「クリスマスとは関係ないよ、年始の番組の収録だから」

まゆ「会いに行きます?」

凛「見て帰る。それだけ、どうせ何もない」

P「……このツリー、本当に高いなあ」

スタッフ「今回のライブの目玉ですから」

P「高さはどれくらいです?」

スタッフ「8メートルです、作るのに苦労しましたよ」

P「そうでしょうね」

スタッフ「実は一つ仕掛けがありましてね」

P「ああ、両側から引っ張るとってサンタが出てくるっていう」

スタッフ「はい、ちょっとした演出ですけどね。これは子供達に人気なので今年も変えてないんですよ」

P「力とかいります?」

スタッフ「少し、ですけど彼女たちでも問題ありません。タイミングを合わせて両側から引っ張ってもらえれば」

P「分かりました。それともう一つ質問なんですが、取材に来てる記者のリストあります?」

スタッフ「申請を出してる会社のでよろしければ、取ってきましょうか?」

P「場所さえ教えて頂ければ私が取りに行きます、どこでしょう?」

スタッフ「事務所にあります、鍵は開いてます。誰かいるでしょうから声を掛けてください」

P「ありがとうございます」

泰葉「これを引っ張っればいいんだね」

ほたる「出てこなかったらどうしましょう?」

泰葉「そんな心配しなくても大丈夫」

ほたる「失敗したら何も変わってないって思われて……」

泰葉「見せてあげればいい、どれだけ成長したか。それを記事にしてもらえればきっと、貴方の成長を願ってる誰かに届くから」

ほたる「……はい」

泰葉「頑張ろうね」

P「急がないと開演時間だな、えーっとこれで……ない。無許可? だったら問答無用で断れるか。
  何だ悩む必要なかった、終わったらすぐに帰ろう」

男「それは悲しいなあ」

P「……何か?」

凛「始まった」

まゆ「普通のファミリー向けですね」

凛「白菊ほたるの関係者が何かしてくると思う?」

まゆ「Pさん絡みでなければ何があろうと知りません」

凛「へえ、そうなんだ」

まゆ「はい、それは変わりません」

男「折角の再会なんです、もう少し友好的にいきましょうよ」

P「残念ながらあまり喜んでいるようには見えませんでしたが」

男「緊張でしょう、仕事ですから多少なりとも厳しく接します」

P「それで、私と話していてもつまらないでしょう? 取材でしたら後日、正式に申し込みをお願い
  します。無碍に断るようなことはしませんのでご心配なく」

男「一つ、交渉したい」

P「もう始まってるんです、後にして頂けますか」

男「プロダクションを新たに設立する予定でしてね」

P「おめでとうございます、でしたらこれからはライバルですね」

男「白菊ほたるをこちらに返して頂きたい」

P「彼女はシンデレラールズのアイドルです、返すなんて言い方も不愉快だ」

男「これでもあの子とはそれなりに長く仕事をしたのでね、情もある。正直、貴方に預けておくのは
  心配なんですよ」

P「私に何か問題が?」

男「事務所を潰した、とお聞きしていますが。アイドルだった頃に」

P「……よくご存知だ」

男「そんな不運を背負った者が二人もいては事務所としても心配になるのではないかと、あくまで
  私は好意で申し出ているのですよ」

P「ご心配なく、経営は順調ですから」

男「これから何が起こるかも分からないのに」

P「貴方に心配される筋合いはありません」

男「ほう……では貴方の過去が世に出たとしても構わないと?」

P「構いませんよ、今となってはさして意味もない」

男「ですが妹さんは大層、活躍されているそうじゃないですか」

P「……それが?」

男「まだ強気ですか」

P「それを受けてアイドルを続けるかどうかはあいつが決めること、私にどうこうする権利はない」

男「冷たいですねえ、家族なのに」

P「だからといって白菊ほたるを渡す訳にはいきません、彼女に限らずどのアイドルも宝ですから」

男「おやおや、誤解ですよ。私は白菊ほたる以外のアイドルを要求はしません」

P「ならばお断りだ、記事にしたいならすればいい。私は一向に構いません」

男「鷹富士茄子がその幸運を売りにしてアイドルとして成功したように、白菊ほたるの不幸もまた
  お金になる。違いますか?」

P「そもそも前提がおかしいですよ、茄子さんは幸運だからこれだけのアイドルになったんじゃない」

男「失礼、では言い方を変えましょう。その境遇は本人が望む望まないに関わらず金になる。
  これは合っていますね?」

P「そういう売り方をしようと言うのなら、本人は絶対に首を縦に振りませんよ」

男「では、本人が首を縦に振れば貴方は構わないと?」

P「もちろん、それが本人の希望であれば」

男「お忘れなきように」

P「一応、報告しておくか。おっと、その前にステージだ」

凛「もう何も起きないね、無駄な心配だったかな」

まゆ「どうしてそこまで心配するんですか?」

凛「関係ない」

まゆ「関係ないと思うなら私と一緒にいる意味もないと思いますよ」

凛「私が原因で何かあったら目覚めが悪いだけ」

泰葉「それでは、皆にクリスマスプレゼントです」

ほたる「今から――」

P「あーあ、もう下らないこと話してたらここまで進んじゃったか」

スタッフ「調べものは終わりました?」

P「お陰様で、助かりました」

スタッフ「目玉に間に合ってよかったですよ、結構凄いですよ」

泰葉「用意はいい?」

ほたる「はい!」

泰葉「いくよ!」

スタッフ「ん? あれ? 紐が……」

凛「ちょっとおかしくない?」

まゆ「泰葉さんが戸惑ってますけど」

男「駄目だぞほたる、お前は」

P「泰葉の側が切れてる!? 白菊さん駄目だ引っ張るな!!」

ほたる「え?」

泰葉「ほたるちゃん避けて!!」

P「くそっ!!」

スタッフ「駄目だ今から行っても!!」

男「不幸にならないと意味がないんだよ」

凛「ツリーが……」

まゆ「倒れる!!」

ほたる「……あ、あ」

泰葉「大丈夫!?」

スタッフ「幕を下ろして! すぐに!」

泰葉「ほたるちゃん! よかった、怪我はなさそうだね」

ほたる「違うんです……早く……早く……」

泰葉「ほたるちゃん?」

ほたる「ツリーが倒れてきて……どうしようもなくて……」

凛「大丈夫!?」

泰葉「渋谷さん?」

凛「ちょっと気になって、それより誰も怪我はない?」

泰葉「私もほたるちゃんも大丈夫です」

まゆ「……Pさんは?」

泰葉「始まってからは見てませんけど」

まゆ「どこに」

ほたる「プロデューサーさん!!」

泰葉「待って! 今は冷静に」

ほたる「いるんです!!」

凛「いる?」

まゆ「まさか」

泰葉「……いるって」

ほたる「この下にプロデューサーさんが!!」

千枝「ケーキ作り?」

ありす「どこかの誰かさんがプレゼントを貰ったことがないと言うので」

千枝「手作りなんだあ、Pさん喜ぶだろうなあ」

ありす「誰もあの人だなんて言ってないけど……」

千枝「けど?」

ありす「想像に任せます」

千枝「千枝もあげるんだ、まだ途中なんだけど」

ありす「マフラー?」

千枝「可愛いでしょ? 千枝のとお揃いにするんだ」

ありす「いいんです、形に残らなくても心には残りますから」

千枝「早く帰ってくるといいね」

ありす「……うん」

「え!?」

「怪我!?」

「それで病院は?」

千枝「何だろう、騒がしいね」

ありす「何かあったのかも」

春菜「いた!」

千枝「どうかしたんですか?」

春菜「落ち着いて聞いて」

ありす「そういう春菜さんが焦ってますが」

春菜「ステージ上でツリーが倒れる事故があったみたいで」

千枝「誰がいたんですか?」

春菜「泰葉ちゃんとほたるちゃん」

ありす「無事なんですか?」

春菜「その二人に怪我はないんだけど、その二人のどっちを庇ったかまでは聞いてないんだけど」

千枝「……その時、一緒に誰かいたんですか?」

春菜「Pさんが、いてね」

ありす「いて、どうしたんですか?」

春菜「ツリーの下敷きになったって電話が」

医者「目立った外傷はありませんが、今日は念のため入院した方がよろしいかと」

先P「分かりました、よろしくお願いします」

女P「何だって?」

先P「とりあえず問題はなし、軽度の脳震盪だろうということだ。意識も助けられた時点ではあったし今も会話は可能だ。とはいえ、仕事は無理だ」

女P「借りを返すいい機会よ」

先P「ちょっと様子を見てくる、報告は任せていいか?」

女P「やっとく、あんたも無理しないように」

先P「あいつみたいに体は張れないさ」

P「先輩!?」

先P「寝てろ、英雄になった気分はどうだ?」

P「そんなんじゃありませんよ」

先P「警察に捜査を依頼した、人為的な何かがあるかもしれん」

P「白菊さんは?」

先P「寮に帰した、ショックが大きくてな」

P「白菊さんのプロデューサーだったって名乗る男の話は?」

先P「岡崎から聞いた、そっちの方も調べてる。厄介な話になるかもしれん」

P「その人、俺の事も知ってたんですよ」

先P「お前の?」

P「はい、俺の過去です」

先P「お前の過去と白菊の過去は関係あるのか?」

P「事務所を潰してる、という点は一致します」

先P「……少なくともだからといって今回の件が許される訳でもない」

P「白菊さんに何かしてくる可能性があります」

先P「見ておく、お前は今は休め」

P「お願いしますね、こんなの頼めるの先輩くらいしかいませんから」

先P「何を言ってんだ、馬鹿」

杏「病室、そこ?」

先P「そんな顔をするな、生きてるぞ」

杏「あのさ」

先P「何だ? 行かなくていいのか?」

杏「必要なら私は全て差し出すから、遠慮しないでいい」

先P「最初からする気もない」

杏「ん、任せる」

先P「さあて、やり過ぎたな……小僧」

聖來「そっか、行ってたんだね」

凛「ちょっと、気になる話を聞いたから」

聖來「ごめん……色々と振り回してるね」

凛「何でだろう」

聖來「Pくんのこと?」

凛「あんな庇い方しなくたって、いくらでもやり方はあったはず。なのに」

聖來「うん、そういう子なんだよね」

凛「自分を傷つけてそれで……こんなの」

聖來「私さ、自分のやった事から逃げようとしてたんだ」

凛「聖來さんは悪くないよ」

聖來「自分からプロデュースさせてあげるなんて言っといて、何も知らなかったんだから。そんな罪悪感から逃げたいが為に振り回した。それがこんな結果」

凛「知ってても同じだったよ、少なくとも私は」

聖來「Pくん体も思うようには動かないって、知ってた?」

凛「……」

聖來「アタシは凄く怖い、もし自分がそうなったらなんて思ったら震える。彼は一人で耐えたんだよね、どんなに怖くても笑ってて」

凛「分からない、何も」

あい「一応、話を総合すればこういう事らしい」

楓「そうですか」

あい「単純な事故ではない可能性があるようで、警察が動くそうだ」

楓「行っても、迷惑でしょうね」

あい「無理をするのが目に見える。そういう男だ、彼は」

楓「待つのは慣れてますけど、痛いです」

あい「プロデューサーとしては美談だが、彼個人の立場を考えると私も誉められないよ。どれだけの人間が肝を冷やしたか」

楓「他の子達は?」

あい「ショックの大きい子達は寮で待機、誰とは言わないが体調を崩した子もいる。特に張本人はね」

楓「そうですね」

あい「周りに責めるような子はいないだろうが、それでも相応の感情が生まれても仕方がない。
子供にそんな整理が簡単につくはずがないんだ」

楓「早く帰ってくるといいんですけど」

あい「こればっかりは、誰にも分からないさ」

春菜「一応、落ち着いてはいるみたい」

亜子「とんでもない事になってたんだね」

泉「事務所が騒然としたから何かあったんだとは思いましたけど」

さくら「怪我しちゃったの?」

春菜「外傷はないみたいだけど、念の為に」

沙紀「Pさんが怪我したってのは本当っすか!?」

春菜「まだまだ説明係は終わりそうにないかな」

千枝「そ、その良かったですね! 怪我もなくて」

泰葉「いいよ、無理しなくて。何で止めなかったのって責めてくれたって構わない」

千枝「そんなこと言ったって、Pさん喜びませんから」

泰葉「何も考えずに引っ張った、警戒して当然の場面だったのに」

千枝「生きてますから、大丈夫です。誰も悪くありません、たまたまそうなっちゃっただけです」

泰葉「そうかもしれない、けど」

千枝「ほたるさんは?」

泰葉「部屋に入ったきり出てこない、今はまだそっとしておいて欲しい」

千枝「ショックですよね、千枝もそうなったら」

泰葉「問題は、明日も仕事だということ」

千枝「ほたるさんですか?」

泰葉「本来なら休ませるべきなんだけど、仕事の規模が大きくて」

千枝「代役は?」

泰葉「いない、いないならいないで誰かを回せばいいんだけど……ほたるちゃんがどうするか」

千枝「出ようとするんでしょうか?」

泰葉「かもしれないし、こればっかりは話してみないと」

千枝「まだ、出てこないんですよね」

泰葉「これから事務所に行って相談してみる」

千枝「プロデューサーさんにですか?」

泰葉「何とかしないと」

女P「聞いてる、そっちの対応が後手になってたか」

泰葉「ほたるちゃんはどうします?」

女P「彼女単独のクリスマスライブとはいえ、今やれば相手にどうぞ狙って下さいというようなもの」

泰葉「では、中止ですか?」

女P「ネットではファンも諦めムード、こちらも安全を考慮してって説明もしやすい。改めて時期を設定して
   それまでに問題を片づけられたらってところね」

泰葉「犯人の検討はついてるんですか?」

女P「その言葉は控えなさい、まだそうだと決定した訳じゃない。事故かもしれないんだから」

泰葉「ですが」

女P「分かってる、前の事務所の代表だった人間と連絡は取った。確かにそういう名前の社員がいたみたいだけど
   あちらもそれ以降の事は知らないみたいだった」

泰葉「名刺は本物ですか?」

女P「そういう会社もある、けど私は知らないのよ。この業界に入ってそれなりに経つけど、無名か……あるいは新しく作ったか」

泰葉「そちらに連絡は?」

女P「先Pが行った」

泰葉「あの人が?」

女P「何故かやる気なのよ、まあ可愛い後輩が怪我したんだもの。気持ちは分かるけど」

泰葉「一人で行くなんて」

女P「不味いならそれはそれで何とかするでしょ、私達は私達にできることをするしかない。とりあえず、泰葉はほたるについてあげなさい。
   参ってるでしょうから、心のケアは必要よ」

先P「俺の車の傍で女の子が待ってる、プライベートなら嬉しいシチュエーションなんだが」

凛「悪かったね、私で」

先P「いーや、別に。現地にいたそうだな」

凛「少し、気になって」

先P「乗れ、どうせ帰る気も無いんだろう?」

凛「話が早くて助かるよ」

先P「さて、何の用かなお嬢さん。しかしツアーが終わって番組収録の貴重な合間だろうに、何でついてこようと思った?」

凛「どこに行くの?」

先P「質問に質問で返すか」

凛「礼儀がなってないからね」

先P「白菊に接触してきた男がいる会社」

凛「警察とか興信所を使えばいいのに」

先P「下手に使うとそこから情報が漏れかねないんでね、念には念を入れとくまで」

凛「ふうん」

先P「そんなにPが気になるか?」

凛「別に」

先P「嘘を付くときは多少なりとも感情を入れた方がいい、ぶっきらぼうにすると逆効果だ」

凛「……参考にしとく」

先P「一つ、矛盾点があってな。そこが気になってる」

凛「矛盾?」

先P「その男は白菊を自分の立ち上げる会社に入れたがってる、おかしいだろ?」

凛「何で? あれだけ人気がある子なら入れようとしてもおかしくない」

先P「だがその子は前の事務所もその前の事務所も倒産してる曰くつきの物件だ、縁起が悪い事は確かだろう?」

凛「偶然でしょ?」

先P「確かにプロダクションの倒産は珍しい事じゃない、大手だって経営には頭を悩ませてる状況だ。ただあの子の場合、期間が短すぎてな」

凛「何を疑ってるの?」

先P「あの子は何かのスケープゴートにされてるんじゃないかと疑ってる」

凛「生贄?」

先P「そう、俺は人の不幸も幸運も信じちゃいないんでね。そういった要素を排除して考えれば、一つ見えてくるものがある」

凛「白菊ほたるが入った事務所が潰れたのは他に何か理由があったってこと?」

先P「今はそこまでしか言えん、それから先は話を聞いてからだ」

凛「ここ?」

先P「名刺に記載されてる住所はここだな、まあいきなり命を狙われることも無いだろう」

凛「いきなり行って話してくれるの?」

先P「相応の報酬は払う、で」

凛「行くから」

先P「仰せの通りに、だが口は挟むなよ」

社長「どうも、シンデレラガールズのプロデューサー直々とは」

先P「互いに社交辞令は省きましょう、要件はお分かりですね?」

社長「ええ、一応は」

先P「単刀直入に、あれを庇う意思はありますでしょうか?」

社長「あれ呼ばわりは心外ですが、もし彼がやったという証拠が出ればどうこうする気はありません」

先P「つまり証拠が出なければ?」

社長「処分する理由がない、そんな事をすれば私が訴えられてしまう」

先P「お言葉ごもっとも、ですがこちらもはいそうですかとは引き下がれない。大切な社員が怪我をしているもので」

社長「もちろん、正式に依頼があれば協力は惜しみません。ですが、色々と知られたくない情報もあります。
   こう言っては何ですが我々はアイドルの情報を売って生計を立てている身」

先P「それはこちらも理解しています、ですから一つお話を」

社長「何でしょう?」

先P「白菊ほたるのライブが明日、中止になります」

凛「……」

社長「それは……ショックが大きかったのでしょう。残念です」

先P「ですが、だからといってイベントを中止にしてしまうのは我々としても得策ではない」

社長「何か代わりのイベントでも?」

先P「元々は白菊ほたるのライブ、誰が行っても代わりにはなりません。ですが、それ相応のアイドルは用意します」

社長「例えば?」

先P「さあ? もしかしたら案外、近くにいるかもしれませんが」

社長「ふむ、それが事実なら確かに美味しい情報ではありますが。おいそれと動かせますか?」

先P「ニューウェーブのライブの件、ご存知ではありませんか?」

社長「ああ、なるほど。確かに信用性は高そうですね」

先P「それにしても誰もいませんね、社員は彼だけですか?」

社長「まさか、もう少しおりますが……そうですね今日はそうかもしれません」

先P「では、業務の邪魔でしょうから私どもはこれで」

社長「折角いらしたのに、まだいて下さっても構いませんよ?」

先P「いえ、仕事もありますので」

社長「それは残念、またお時間のある時にゆっくりとお話ししましょう」

先P「ええ、ぜひ。ああ、もし何か忘れ物をするかもしれませんがその時は――」

社長「お預かりしておきますよ、必要な時に取りに来てください」

凛「あの白々しい会話は何?」

先P「いくつか情報は貰えただろう?」

凛「あんまりアイドルに詳しくないのかな?」

先P「いや逆だ」

凛「そんな風には見えなかったけど?」

先P「ニューウェーブのライブにニュージェネレーションが出たって話を知ってただろう?」

凛「私も知ってるし、噂は広まってると思うけど」

先P「噂は広まってるが見た人間は少ない、そんな情報を耳にしたからと言って信じるならそれは三流だ」

凛「適当に話を合わせたって事?」

先P「違う、あれはそれが事実だときちんと確証を得ているからこその反応だ。それなりには働いてるんだろう」

凛「あの人も何かしてると思う?」

先P「どちらでもいい、今回のターゲットは彼じゃない」

凛「どうするの? 戻ってくるまでここで待つ?」

先P「そんな無駄な事はしない、後で忘れ物は取りに来るが」

凛「忘れ物って、何を置いてきたの?」

先P「とっておきのクリスマスプレゼントだ」

泰葉「ほたるちゃん、あの……泰葉です。いる?」

千枝「ほたるさん!」

泰葉「いないのかな?」

千枝「でも、行く所なんて」

泰葉「……まさか」

男「やっと来たか、そんな暗い顔されるとショックだな」

ほたる「早く行きましょう」

男「素っ気ないねえ、まあいい」

ほたる「私をどうしたいんですか?」

男「どうしたいも何も、君の望むとおりにしよう。あそこにはいられないだろう?」

ほたる「……また同じような事が起こるんですか?」

男「ほたるがいたら、そうかもしれません」

ほたる「もしそうなら、もう離れます。これ以上、迷惑は掛けられませんから」

男「いい子だ、大丈夫。君の居場所は俺が用意しよう」

ほたる「いえ、もう辞めますから」

男「……何だって?」

ほたる「アイドルを……辞めます」

男「何を言ってる?」

ほたる「だって、また移籍してもこんな事が起こるんですよね?」

男「次もそうだとは限らない」

ほたる「嫌です、もう私以外の誰かが不孝になるのは見たくありません」

男「アイドルを辞めたら、誰も不幸にはならないのか?」

ほたる「分かりません、けどこのまま続けるよりは」

男「ならそれを報告してくるといい、あのプロデューサーに」

ほたる「もう関係ありません」

男「関係ないんだな?」

ほたる「……はい、関係ありません」

男「そうか、残念だ。なかなか未来ある若者だったが」

ほたる「私さえいなければ何も起きません」

男「本当にそうかな?」

ほたる「……え?」

男「ここで終わらせてしまうのはもったいない。それに不運には立ち向かわねば、これからも起きてしまうかもしれないよ……不運が」

ほたる「貴方は……もしかして……」

男「続けてくれるかな? 君はアイドルなんだから」

社長「ああ、戻ったのかい?」

男「ええ、僅かな時間でしたがありがとうございました」

社長「その口ぶりからして目途が……ああ、その子が君が言っていた」

男「ええ、どうです? いい子でしょう?」

社長「確かシンデレラガールズの子だろう? いいのかい?」

男「ええ、正式な移籍はまだですが」

社長「君が独立したら真っ先に記事にさせてもらうよ」

男「ぜひ」

社長「そうか、それはおめでたい話だ。ああ、少し留守番を頼んでもいいかな?」

男「お出かけですか?」

社長「少し仕事だ、30分ほどで戻る」

男「どうぞ、最後くらいお役に立ちますよ」

社長「ありがとう、君がほたるさんかな?」

ほたる「……」

社長「移籍するのであれば、しっかりとこれからの話を彼とする事だ。私は席を外す、だからしっかりと話すんだ」

ほたる「しっかりと……」

社長「自棄にならない様に、道を誤らなければ未来はきっと明るいはずだ」

男「その通り、さすが社長。いい事を仰る」

社長「では、失礼するよ」

男「社長の言う通り、未来の話だ」

ほたる「移籍って、会社を作るんですか?」

男「いや、独立とは言ったが実際はある会社に入る」

ほたる「どういう事ですか?」

男「君の不運は金になる、所属した事務所が潰れる噂はとうに広まってる」

ほたる「……それが、どうしたんですか」

男「つまり、移籍した先で何が起きてもおかしくないって事さ」

ほたる「何が起きてもって」

男「例えばツリーに少し細工をしたりしても、ね」

ほたる「は、犯罪です」

男「震えた声で言われても怖くないな、それに証拠はもうない。ツリーは撤去されたし、実行したのは俺じゃない」

ほたる「そんな事をしてもシンデレラガールズは潰れません」

男「潰すつもりなんてないさ、君を一時的にでも拾ってもらった事は感謝しているが」

ほたる「前の事務所も……」

男「もしかして本当にトップアイドルになれるとまだ思ってるのか? 鏡を見てみろ、誰がそんな不器用な笑顔に魅力を感じるんだ?」

ほたる「あの人達は――」

男「お前に期待なんかしてない、物珍しさで入れただけだ。今までだってそうだったろう?」

ほたる「私は……」

凛「……盗聴だなんていい趣味してるね」

先P「録音機能付きの優れもんだ、意外と早く帰ってきてくれたな」

凛「でもこれだけで証拠になる?」

先P「昨日の舞台の監視カメラと、スタッフへの聞き込み。金銭の流れでもあれば完璧なんだが」

凛「警察にこれそのまま教えたらいいのに」

先P「盗聴で捕まるぞ」

凛「そこはほら、ここの社長が勝手にやったってことにして」

先P「……知恵が回るのはいい事だが」

凛「駄目かな?」

先P「それは最終手段だ、そんな事に使われてましたなんて広まったら白菊もやりにくくなる」

凛「そっか……どうする? 本当にライブやろうか?」

先P「使えるセットは白菊用だ、望ましいのは本人に出てもらうことなんだが」

凛「でもそうするとあの社長さんに嘘ついたってことになる」

先P「相手も分かっての反応だ、気にするな」

凛「別にいいよ、一人でもやれる」

先P「元々は無関係の問題だ、あいつも関係ないってことがこれではっきりした。
   必要以上に首を突っ込む必要はない」

凛「やりたいようにやるって言った」

先P「最終手段だと思っておけ、統括の許可がない限りはやらせん」

凛「許可さえあればいいんだね」

先P「それまでは大人しくしておけ、明日までに片を付ける必要もない」

女P「分かった、報告が早くて助かるわ」

先P「とりあえず目処はついた、後は追い詰め方だが」

女P「何か当てでもあるの?」

先P「使い道をなくすのが手っ取り早い」

女P「そんなの一朝一夕にできることじゃないでしょ」

先P「白菊の価値を落とすようなことはしないさ、やるならあの男の方だ」

女P「事務所が潰れても生き残ってるんでしょ? しぶといと思うけど」

ちひろ「そうでしょうか?」

女P「……社長、いきなり出てくるのは辞めてください」

先P「これはこれは、おはようございます」

ちひろ「おはようございます、楽しそうなお話ですね」

先P「楽しいですよ、お仕事ですから」

ちひろ「あんまりやりすぎたらいけませんよ」

先P「胸に留めておきます」

女P「あんたの場合、留めるだけでしょうけど」

ちひろ「代替ライブの件、了解しました。準備だけは進めましょう」

女P「凛にやらせるんですか?」

ちひろ「凛ちゃんだけではありませんから、大丈夫ですよ」

女P「まだ私に何か隠してます?」

先P「今から言うから怒るな、作戦会議といこうか」

ちひろ「はい!」

先P「いや、社長はする事ありませんからね」

ちひろ「はい!」

先P「お願いですから何もしない様に!」

まゆ「……」

統括「心配なら止めはしない」

まゆ「行く資格なんて、ありませんから」

統括「佐久間、一つ聞こう。どうして俺に好意がある演技など続ける?」

まゆ「……」

統括「これまで否定も肯定もしないままいたが、そこだけは不可解だ」

まゆ「不可解だなんて、統括に言われたくありません」

統括「確かにそうだが、別問題だ」

まゆ「いいじゃないですか、それで」

トレ「失礼します。あ、お話し中でした?」

まゆ「いえ、もう行きますから」

トレ「何かあったの?」

統括「行ってやれ」

トレ「だからいつも言葉が足りないんですよ」

統括「分かるだろう?」

トレ「これとそれとは話が別」

統括「誰もかれも」

トレ「頑固なのは皆、同じですよ」

統括「そういえば、妹は大人しくしているのか?」

トレ「今はね、騒いでもどうにもならないって分かってるみたい」

統括「物わかりがよくていいことだ」

トレ「私は分かりますよ、まゆちゃんの気持ち」

統括「さっぱりだ」

トレ「でも、そう言いながら付き合ってあげたんですよね?」

統括「流していただけだ」

トレ「そうやって中途半端に構うから、愛梨ちゃんも戸惑っちゃうんですよ」

統括「あいつはおかしいだけだ」

トレ「そうなると、私もおかしいって事ですか?」

統括「……放っておいていいのか?」

トレ「まゆちゃんなら大丈夫ですよ、貴方が頑張ることはないんです」

統括「統括とは名ばかりだな」

トレ「気を使われているのよ、先Pさんからは特に」

統括「食えない男だ」

トレ「似た者同士ってことです」

凛「全くだね」

トレ「お帰りなさい」

統括「報告は受けた、随分と大冒険だな」

凛「いい経験させてもらってる」

トレ「ほたるちゃんの?」

凛「そう、実際に入ってから何かあったの?」

統括「いくつか、とだけは答えておく。いい目印ではあるらしい、ここが潰れると得をする
   事務所もいくつかある」

凛「それでも潰れないんだ?」

統括「当たり前だ、今までの事務所とここを同じにするな」

凛「じゃあ、白菊ほたるは?」

統括「辞めさせたいのか?」

凛「なら私が関わっても問題ないよね?」

統括「好きにしろ、どうせ凛の思う通りにはならん」

凛「言ってくれるね。今の言葉、忘れないから」

統括「好きにしろ」

トレ「いいの? 行かせてしまって」

統括「佐久間と違ってあれは読みやすい」

トレ「単純?」

統括「あいつに似てるからな」

泰葉「はあっ……はあっ、早く探さないと」

「きゃっ!」

泰葉「すみません!」

「泰葉ちゃん?」

泰葉「美優さん!?」

美優「また、だね」

泰葉「はい?」

美優「辛そうな顔」

泰葉「あ……」

美優「事故、大丈夫だったって聞いたけど。そうよね、プロデューサーさんがあんな事になったら」

泰葉「違うんです」

美優「そんな風には見えないけど」

泰葉「違う訳じゃないんですけど、でも何ていうかその」

美優「落ち着いて、深呼吸できる?」

泰葉「すみません、いつもこんな情けない姿ばかり」

美優「しっかりしすぎてる位だから、たまにはいいんじゃない?」

泰葉「いつも、こうして慌ててばかりです」

美優「ほたるちゃん?」

泰葉「分かっちゃいますか」

美優「そう……」

泰葉「私が引いたんです、ツリーの紐」

美優「知ってる、だから必死なの?」

泰葉「そうなんでしょうね。Pさんに対しても、ほたるちゃんに対してもこのままだと」

美優「私はここしか知らないけれど、泰葉ちゃんにとってここはどう?」

泰葉「凄く暖かい所です、色々な意味で。こうして他のアイドルに相談する事もありませんでしたから」

美優「ほたるちゃんにとってもそうだったのかな」

泰葉「きっと、あんまりいい思い出がある様には見えなくて。だから私は……」

美優「大丈夫、泰葉ちゃんがいるんだから」

泰葉「私は何も」

美優「今、どこにいるか分かる?」

泰葉「いえ」

美優「絶対に大丈夫。まずは泰葉ちゃんがそう信じないと、ね?」

泰葉「……はい」

まゆ「どうして、か」

肇「はい?」

まゆ「あ……」

肇「えっと、すみません。つい反応してしまいまして」

まゆ「誰か待っているんですか?」

肇「待っていれば、帰ってくる気がして」

まゆ「……どんなに待っても帰ってきませんよ」

肇「でも待ちたくなっちゃったんです。星があんなにあったのに、この願いだけは叶えてくれそうにありませんね」

まゆ「意味のない事です」

肇「待っている間って、色々な事を考えますよね?」

まゆ「そうでしょうか?」

肇「私は待つことが多いんです、土を寝かしている時も釣竿を持っている時も。だから待つ間、いつも考え事ばかりしてます」

まゆ「堂々巡りするだけです」

肇「そうかもしれません、でも私はまゆちゃんは凄いと思います」

まゆ「私が?」

肇「はい、だって私は好きだと思ったら自分から行ってしまいますから」

まゆ「何の事ですか?」

肇「Pさんの事ですよ?」

まゆ「それこそ、何の事でしょうか?」

肇「きっと、この事務所で気付いてるのは私だけでしょうけど」

まゆ「戯言です」

肇「私が誰より見てきたあの人ですから、視線が重なれば嫌でも気付きます。まゆちゃんは可愛いですから、本当は言わないつもりでした。
  けれど、やっぱりそれは違いますから」

まゆ「私はそんな――」

肇「陶器の出来の良し悪しも、今日は釣れるかなとか考える事はたくさんあります。それは全て自分次第、ですがこればっかりは
  私だけの力ではどうにもなりません」

まゆ「何のお話でしょうか」

肇「まゆちゃんにとって、統括さんは壁に見えます」

「だから何度も言っているだろう!? どうして分からない!!」

「あーあこう壊れちゃったよ、誰かさんがいるせいかな」

「あの、貴方と一緒に仕事したくないの。分かって?」

「向いてないよ、アイドル」

ほたる「違う!!」

社長「うなされていたが、大丈夫かい?」

ほたる「あ、す、すみません」

社長「落ち着いて、彼ならいない。夜まで戻らないだろう」

ほたる「夜まで、じゃあそれまでは」

社長「ここにいてくれて構わない、帰りたいなら助けもしよう。望んできた訳ではないんだろう?」

ほたる「帰る場所なんて、私には」

社長「先ほど、君の事務所のプロデューサーとアイドルが来たよ」

ほたる「プロデューサー!?」

社長「アイドルの方は渋谷凛だったね、あんな大物が会いに来てくれるとは驚いたよ」

ほたる「それで、その」

社長「どうやらもう一人の方が気になるみたいだね、名刺をくれたよ。この人だ」

ほたる「……二人、ですか?」

社長「そう、どうやらお望みの人物とは違ったみたいだね」

ほたる「酷いことをしてしまったんです」

社長「酷いこと?」

ほたる「だから、もう」

社長「迷惑は掛けられない?」

ほたる「……はい」

社長「それは、その人から酷いことをされたって言われたのかな?」

ほたる「違います! そんな事を言う人じゃありません!」

社長「そんな事を言う人ではないのに、君は行ってしまうのかい?」

ほたる「だって、でも」

社長「会ってみようとは思わないのかな?」

ほたる「会って、きっとまた私は……いらないって……」

社長「君の人生は君だけのものだ、何も全てに答えを出さなくてもいい。今、君がすべき事だけを
   すればいい」

ほたる「すべきこと……」

社長「実は先ほど来た彼らなんだが、どうやら慌てていたようで忘れ物をしてしまったようなんだ。
   しかし私はここを離れる訳にはいかなくてね、ああ困った困った。誰かこの事務所に詳しい人が
   どこかにいればいいんだが」

ほたる「忘れ物ですか?」

社長「ああ、ここに置いておいたら彼が困るかもしれない。君も最後まで迷惑は掛けたくないだろう?」

ほたる「私の為に来たんですか?」

社長「それは彼に聞くといい、聞かなければ分からないだろう?」

ほたる「これは、プロデューサーさんの為」

社長「そう、それでいい。ちゃんと届けるんだよ」

ほたる「あの、渡したら」

社長「ここに戻ってきてもいいし、どこへ行ってもいい。それは君次第だ」

ほたる「ちゃんと、戻ってきます」

社長「ほら、今の内に」

ほたる「行ってきます」

社長「全く、いい事務所を作ったじゃないか。ちひろ」

ほたる「プロデューサーさんの為、忘れ物を届けに来ただけだから。それだけ、それだけ」

肇「思わぬ来客、でしょうか」

まゆ「待ち人ではありませんでしたね」

肇「これもまた一興です」

ほたる「忘れ物を届けに来たんです」

肇「忘れ物?」

まゆ「どなたのですか?」

ほたる「プロデューサーさんのです」

肇「クイズですね」

まゆ「先Pさんですか?」

ほたる「はい、今はどこにいるか知ってますか?」

肇「戻ってくるまで一緒に待ちましょうか」

ほたる「いえ、もう私は」

凛「いた!」

ほたる「凛さん!」

まゆ「いきなり近くで大声……」

凛「ごめん、ちょっと意外だったから」

肇「そんなに意外なんですか?」

凛「まあ、ちょっとね。よかった、ちょっといい?」

ほたる「置いていきますから!」

凛「あ……」

まゆ「早急過ぎます」

凛「言わないで、確かに焦ったけど」

肇「何か用事でも?」

泰葉「ほたるちゃんが来たんですか!?」

凛「来たけど、走って――」

泰葉「追いかけます!」

肇「あの、一体」

まゆ「もしかして、知らないんでしょうか?」

凛「肇、昨日と今日のスケジュールは?」

肇「昨日からライブでしたから、今日はそれが終って午後からレッスンだけです」

まゆ「その状態でPさんを待ってたんですか?」

肇「はい、きっと今も外回り中なんでしょうね」

凛「まゆ、話題を向けた責任とってね」

まゆ「……元はと言えば凛さんが見に行こうなんて言い出したから」

凛「ついてきたのはまゆでしょ!?」

まゆ「その前にあんな騙し討ちみたいなお迎えする人が何を言ってるんですか!」

凛「私がしなかったら自分から会いに行く勇気もなかったくせに!」

まゆ「そんなの凛さんには関係ありません!」

凛「そもそも統括に対してあんな態度とって今さらPさんPさんって!」

肇「あの」

まゆ「今さらじゃありませんし統括に対しては完全に凛さんの想像です!」

凛「誰が見てもそうだって思うから噂が流れるんでしょ!」

まゆ「私はただ――」

肇「あんだーごらぁ!!」

凛「」

まゆ「」

肇「やっと静かになってくれました」

まゆ「あんだーごらあ?」

肇「大丈夫です、皆さん静かにしてくれないと困ってしまいますって岡山弁で言っただけですから」

凛「そうなんだ、勉強になったよ。迫力あったから驚いちゃった」

肇「あ、でもその事についてもお話していたんですよ」

凛「その事?」

肇「統括さんについてです」

凛「ああ……」

肇「でも、今は優先して聞かないといけないお話があるみたいですね」

凛「実は、さ」
――

肇「そうですか、入院ですか」

まゆ「恐らく、今日中には出てくると思いますけど」

肇「いない時に起こらなくてもいいのに」

凛「いたらいたでパニックだったけどね」

肇「それでほたるちゃんも泰葉ちゃんも」

凛「多分、あのプロデューサーが責めるようなことを言うとは思えないけど」

肇「言いません」

まゆ「分かるんですか?」

肇「いえ、そう信じてるだけです」

凛「明日のライブ、私が代わりにするから」

まゆ「本気ですか?」

凛「彼女が戻ってこなければね」

肇「必要ないと思いますよ」

凛「まあ、こればっかりは肇と同じかな。いいチャンスだと思ったんだけど」

まゆ「戻ってくると思いますか?」

肇「あんな顔した泰葉ちゃんが追いかけていったんですから、私は逃げ切れる自信がありません」

凛「準備だけはしとく、まあ大人しく引き下がるつもりもないけど」

まゆ「そこは引き下がりましょう」

凛「じゃあ続きといこうよ」

まゆ「何のです?」

肇「統括さんのお話ですか?」

まゆ「……少し用事が」

凛「一緒に行ってあげる、ね?」

まゆ「……一度しか、言いませんから」

泰葉「ほたるちゃん!!」

ほたる「来ないで下さい!」

泰葉「駄目! このままじゃ絶対に――」

ほたる「また、傷つけてしまいますから。こんなの嫌なのに、でもどうしようもなくて!」

泰葉「傷付いてる」

ほたる「なら――」

泰葉「いなくなったら、もっと傷つく」

ほたる「どうして……私なんか」

泰葉「わがままだけど、でも私は誰にもいなくなって欲しくない」

ほたる「初めからいなかったって思って下さい、それでいいんです。泰葉さんと会えただけで私は充分です」

泰葉「私と会えて、よかったって思ってくれてる?」

ほたる「当然です、だってずっと……ずっと」

泰葉「私もほたるちゃんと会えてよかった、今まで進んできた道が認められたような気がして。嬉しかった」

ほたる「頑張って下さい、離れても応援してますから」

泰葉「幸せなんだよ。仲間がいるって、一緒に同じ星を見て前へ進める。今まで知らなかった幸せがここにある。
   それはほたるちゃんも同じ、まだ私達は前に進める」

ほたる「……行けません」

泰葉「ほたるちゃん、きっと今からでも」

ほたる「だって、まだ傷つけてしまったら耐えられませんから。きっと泰葉さんもプロデューサーさんも私を助けようとして」

泰葉「助けるよ、だってそれが当たり前だから。Pさんはほたるちゃんだから助けたんじゃない、仲間だから」

ほたる「……」

泰葉「もう一度だけ手を伸ばして欲しいの、せめて明日まで」

ほたる「明日」

泰葉「何も言わずに移籍なんて駄目だよ、皆が心配するから」

ほたる「明日が、最後です」

凛「話はまとまったみたいだね」

泰葉「凜さん!?」

凛「ごめん、聞いちゃった。あんまり遠くに行ってなくてよかった」

ほたる「あの、さっき来たって」

凛「ああ聞いた? 本当、ちょっとこの忘れ物を一緒に聞いて欲しくってさ」

泰葉「忘れ物?」

凛「そう、誰かさんが忘れていったとっておきの物」

泰葉「……?」

男「ふう、思ったより時間が掛かったか」

ほたる「お疲れ様です」

男「ああ、遅くなって悪かった」

ほたる「明日、ライブに出ます」

男「ライブ?」

社長「前の事務所に残っていた最後の仕事だよ」

男「ああ、そういえば……」

社長「違約金、君に払える金額ではないと思うが?」

男「分かってますよ、終わり次第すぐに――」

ほたる「それでお願いなんですけど」

男「珍しいな、最後くらい聞いてやってもいいが」

ほたる「見に来てくれませんか?」

男「ライブをか? 悪いが――」

ほたる「見に来て欲しいんです!」

男「何を必死になっている?」

社長「この子の使い道に彼らも気付き始めたという事さ」

男「まさか」

社長「あれだけのアイドルを抱えている事務所だ、情報網もまた大きい」

男「なるほど、さすが侮れない」

社長「終わり次第、すぐに手続きを終わらせないと」

男「どんな手を使ってくるか分からないと」

社長「そういう事だ、さすが理解が早い」

男「それほどでも、分かった。時間は?」

ほたる「13時です」

男「楽しむといい、最後のライブだ」

先P「よし、引っかかった」

女P「何でこんな簡単に引っかかるのよ」

統括「白菊ほたるの有用性がそれだけ高いのだろう」

女P「だからって私ならまず疑うけど? 丸腰で相手の陣地に入ってどうすんのよ」

統括「白菊の所属していた事務所のリストだ」

女P「これがどうしたの?」

統括「前年の決算報告を見てみろ」

女P「……何でこれで潰れたのよ」

統括「前に言ったろう白菊は目印だ」

女P「ここを潰すって誰かが決めてたとか?」

先P「どっかの誰かだ、彼女が選ばれたのは不運としか言いようがない。そこは事実だ」

女P「何それ、黒幕は誰よ?」

統括「今のところは不明だ、一つ言えるのは簡単に尻尾を出す様な馬鹿ではないという事だ」

先P「分かってるのは、この子が入った事務所はなぜか集中攻撃を受けて潰れるって事だけだ。まあ、表に出せない理由は色々とあるんだろうさ」

女P「よく入れたわね?」

統括「そんなもの千川に聞け」

女P「よくやるわねあの社長……」

先P「作戦は予定通り、いやいいねえ。勝てる戦いってのはやる前からわくわくする」

女P「ここも色々とやられたの?」

統括「やられはしたが、問題はない。些細な事だ」

女P「そこを追えば辿り着きそうなものだけど」

統括「黒かもしれん」

女P「黒……あのおっさん!?」

先P「何だ知ってんのか」

女P「何度かやりあったから……なら手は出さない方がよさそうね」

統括「そういう事だ、今は目の前の問題だけを片づける」

先P「言われなくとも、決行しますよ」

P「さて、体は動くな」

加蓮「そうだね」

P「……よ、よう」

加蓮「やっほ」

P「事務所には病院の場所まで教えてなかったんだけどなあ」

加蓮「私、この病院でも診てもらってた事あるから。友達の看護婦さんが教えてくれた」

P「そうか、友達多いんだな」

加蓮「うん」

P「それじゃまた明日――」

加蓮「待って」

P「……悪かったよ、軽率だった」

加蓮「別に謝って欲しいんじゃないよ、本当に元気かなって思っただけ」

P「冷えるな、さっさと事務所に行かないと」

加蓮「近いし、歩こうよ。リハビリにもなるでしょ?」

P「リハビリってそこまでじゃないよ」

加蓮「いいからいいから」

P「その服を見せたいから出てきたんじゃないだろうな」

加蓮「冬だね」

P「12月だからな」

加蓮「さっき凜からメールがきた」

P「何て?」

加蓮「明日、ほたるちゃんの代わりにライブに出るって」

P「無理もないな、話す機会を設けないと」

加蓮「Pさんは、私が同じような事になっても助けてくれる?」

P「そうならない様な状況を作らない事から考える」

加蓮「もう、そういう答えが欲しいんじゃないよ」

P「俺は王子様じゃないから」

加蓮「私だってお姫様じゃないよ」

P「まだシンデレラだろ?」

加蓮「魔法はいつまでも続かないよ、誰にも。Pさんだってそうでしょ?」

P「俺は今も魔法に掛かったままだよ」

加蓮「まだ続いてるの?」

P「まだ。それでもいつか終わるんだろうが、きっとまだ当分は続くんだろう」

子供の頃から、私は自分の不幸を意識してばかりだった。

今日はトラックに轢かれかけたとか、植木鉢が倒れてきたとか。

くじを引けば全て外れで、おみくじも大吉で。

そんな私が生まれて人を幸せにできた時がある、それは――

凛「私がまず最初に出ればいいんだよね」

先P「本当にやれるのか? リハもなしにソロだぞ?」

凛「問題ないよ、私の心配する暇があるならほたるの心配して」

先P「そこまで言うなら何も言わんが」

凛「……あそこまで言われて、黙っていられるほど私はクールじゃない」

女P「準備は?」

統括「順調だ」

先P「しっかし、四人揃って同じ現場ってのも初めてだな」

女P「何、あいつ来るの?」

先P「昨日、事務所に顔を出したらしい。いきなり復帰はさせんが、話を聞いて見に来ると言ったそうで」

女P「仕事熱心ね」

P「そうでもないですよ、今日は仕事する気ありません」

女P「させないわよ、何の為に三人も来てると思ってんの」

P「壮観ですよね、事務所のプロデューサー勢ぞろい」

統括「あまり意味はないが」

P「牽制的な意味合いですか?」

統括「いざという時、動ける人数は多い方がいい」

P「白菊さんは?」

先P「控室、それから言ってなかったが」

P「はい」

先P「移籍問題が起こってる」

P「でしょうね」

先P「動じないな」

P「予想してましたから、あの男がちょっかい掛けてきたんでしょう?」

女P「実はあれも故意だって証拠あるのよ」

P「被害届出して警察……ああそうか、根本的な解決にはならないか」

女P「やっぱりそういう話になるのね」

P「それで渋谷さんがライブやる理由は? 別に最初から白菊さん出しても」

先P「本人の強い希望だ、前座扱いでいいと。白菊への風当たりを和らげるクッション的な役割だと言っていたが」

P「統括、何か知ってます?」

統括「今回は知らん」

P「なるほど」

女P「少し力みすぎてる気がするのよね、あんた何か言ったんじゃないの?」

P「あ……」

女P「あ、って何よ」

P「いえ、少し心当たりがあるなーって」

女P「うちの看板に何を言ったのよ!?」

P「言ったの俺じゃなくて杏なんですよね」

女P「アイドル同士で何をやってるのよ……」

P「あはは、本当に仰る通り」

統括「お前は控室に行ってこい、他にも何人か様子を見に来てるのがいる」

泰葉「Pさん!」

P「久し振り、でもないな。元気か」

泰葉「私は大丈夫です、Pさんこそ」

P「平気じゃなかったら来てないよ、他に誰か来てる? 渋谷さんは知ってるけど」

泰葉「さっき、佐久間さんを見ました」

P「現場にいたから気になったか、あるいは気になってるのはまた別の事か」

泰葉「スケジュールは知ってますか?」

P「大体は、渋谷さんが前座とは」

泰葉「それから、ほたるちゃんが出るんですけど」

P「移籍問題が起こってるんだろ?」

泰葉「私だけじゃ……何もできなくて」

P「泰葉じゃなかったら今日、出る気になってたかも怪しいよ」

泰葉「ですが、今日だって大丈夫かどうか」

P「行ってくるよ。何とかなるから、心配するな」

まゆ「来たんですね」

P「早速か」

まゆ「少し、気になりまして」

P「渋谷さんか?」

まゆ「ほたるちゃんと言わないのは冷たすぎますか?」

P「いや、今は彼女より渋谷さんの方が問題だろう。まあ、彼女も自分で見つけてもらうしかないんだけど。杏も言葉が足りないんだよなあ」

まゆ「昨日、少し聞かれたんです……統括さんについて」

P「壁か?」

まゆ「肇さんと同じ事を言うんですね」

P「何となく、かな。想像通りでよかったよ、それじゃ」

まゆ「想像通り、ですか」

ほたる「もうすぐ……でも……私は」

P「入るよ」

ほたる「プロデューサー!?」

P「それだけ大声が出せるなら問題なさそうだね。昨日、退院したんだ。退院って言っても一日ベッドで寝てただけだけどね」

ほたる「申し訳ありませんでした」

P「深刻に受け止めなくていいから、結果として何も無かった訳で」

ほたる「私がそこにいなければ起きなかった事ですから」

P「そんな事ないし大丈夫、白菊さん程じゃないけど不幸なら俺もそれなりに耐性があるから」

ほたる「事務所のこと、ですか?」

P「それもあるし、まあ色々と。19年も生きてると色々あるから」

ほたる「皆さん、強い人ばかりですね」

P「そう?」

ほたる「泰葉さんもプロデューサーも、それに凛さんも」

P「渋谷さん?」

ほたる「事件を目の前で見てるのに冷静で、今日も一人じゃ危ないだろうからってライブまでしてくれる事になって」

P「そう見える?」

ほたる「本当に、強いなって」

P「それは違うと思う、渋谷さんは白菊さんが思うより強くない。そう見せるのは確かに上手いけど」

ほたる「だって今日も現に」

P「俺からすれば、白菊さんの方が遙かに強いと思う」

ほたる「私はそんな」

P「アイドルから離れた俺だから思うのかもしれない、今まで幾つも事務所が潰れてきたんだろう? この世界の暗い部分も誰よりも見てきたはずだ」

ほたる「それは、そうですけど」

P「それでもこの世界にいる、それは君だけが持つ強さだと思う」

ほたる「私が……私がこの世界にいるのは」

P「っと、始まるな。ステージ、見に行かないか?」

ほたる「凛さんのですか?」

P「理由はどうあれ君のためである事は確かだし、客の入りも見ておいた方がいい」

まゆ「満員ですね」

凛「当然」

まゆ「今日は凛さんのファンばかりではありません」

凛「それも当り前、分かってて立つんだから」

まゆ「どうしてですか?」

凛「証明したいから、杏の言葉は見当違いだって」

まゆ「気負いはありませんか?」

凛「無いよ、一人だって問題ない」

先P「Never Say Never、すっかり定番曲になったな」

女P「ソロライブって久しぶりよね?」

統括「久しぶり? 違うな」

先P「最近やったなんて話は聞いてませんが」

統括「当たり前だ、初めてだからな」

ほたる「わあ……」

P「確かに硬さはないか、声も伸びてるけど」

まゆ「いえ、これでは」

P「そうなんだろうな、統括があんまりいい顔してない。これでも本調子じゃないのか?」

いける 大丈夫 いつもと変わらない私だ

真っすぐ前だけを見ていればいい それでいい

まゆ「ソロで歌う凛さんを初めて見ましたから、偉そうなことは言えませんけど」

先P「あー、分かってきた」

女P「これを見越して出したの?」

統括「いつか、越えなければならない壁だ」

女P「だからってこんな時にやらなくたって」

よし ここからサビに入って

あれ? いない

いない?

いないって

誰が?

P「何か探してる?」

まゆ「いつも当たり前の様にいるのに、今はいないんですから」

P「なぞなぞか?」

まゆ「Pさん、一歩前に出てもらえませんか?」

P「一歩? これでいいか?」

まゆ「充分です」

誰がいないんだっけ?

今は一人で

誰も――

女P「動きが!?」

先P「止めますか?」

統括「続けさせろ」

先P「あいあいさー」

何でそんな顔をして私を見るの?

どうしていつもそこで立ち止まったまま

私はここにいるのに

P「終わらせる覚悟はあっても、か。なるほど言い得て妙だ」

まゆ「Pさん?」

P「終わらせるのって簡単なんだよ」

まゆ「そうでしょうか?」

P「簡単だ、アイドルだろうが何だろうが。そこで歩みを止めればいい、けど続けるとなると話は別」

まゆ「渋谷さんは終わらせる気なんですか?」

P「杏にはそう見えてるんだろうな」

まゆ「Pさんと彼女がアイドルを辞めたから、でしょうか」

P「そこは何とも言えないけど、」

ほたる「凛さん……」

「終わらせる為に歌うの?」

どうしてそんな事を聞かれなくてはいけないのか

アイドルとして目指すと決めた

彼を超え、その姿をいつか見てもらえたらって

だけど、その夢はもうすぐ終わる

そうなればもう私は

アイドルを続ける意味も、歌う意味も

女P「ちょっと、間奏も終わるのに!?」

先P「止まってないか?」

統括「……」

凛「……あ」

P「不味い、完全に意識がステージから離れてる」

まゆ「止めます?」

P「統括の判断次第、俺は何も――」

目を開けば すぐそばにある
見つけ出した希望を信じているから

P「って」

先P「おお」

女P「は?」

統括「……まあ、いいだろう」

泰葉「ほたるちゃん!?」

凛「な」

ほたる「ごめんなさい、巻き込んで」

凛「あ、うん」

P「本来、彼女のライブだからか盛り上がってはいるな。戸惑いも混ざってるけど」

まゆ「行かせてよかったんですか?」

P「完全に予想外だけど、結果オーライ。こんな事するタイプには見えなかったけど」

女P「歌い切っちゃった」

先P「これが狙いだったんです?」

統括「俺は超能力者じゃない」

女P「まさかPがけしかけたんじゃ」

先P「違うだろ、あの顔は」

統括「面喰ってるな」

まゆ「自分が巻き込んだから、と本気で思っているんでしょうか」

P「多分、そうなんだろうな」

凛「……」

P「お疲れ、少し――」

凛「少し、休んでる」

まゆ「このままライブする気ですね」

P「何も起きなければいいんだが」

ほたる「あの、皆さん心配掛けてごめんなさい。大丈夫です、怪我もありません」

男「さあて、最後の挨拶だ。ほたる」

「それは絶対に違う」

男「ん?」

ほたる「私は今日――」

P「停電!?」

まゆ「真っ暗で何も――」

P「とにかく安全を確保しないと!」

「大丈夫ですよ」

P「ふぁい?」

「予備電源の場所は……ここですね、ああなるほどこのトラブルかあ」

P「ちょっと、あのここ関係者以外」

「分かってます、分かってますから」

P「いや、あの――」

まゆ「……つきました」

「ね? 大丈夫でしょ?」

P「あの、貴方は」

「名もなき者、とでも」

P「はあ?」

「いいんです、私はそれで」

先P「消えたり点いたり忙しい」

女P「で、どうしてほたるはステージ脇を見て固まってるのよ」

先P「俺に聞くな、どうします?」

統括「残念な報告が一つある」

先P「はいなんでしょう」

統括「千川が勝手に動いたらしい」

先P「あの社長……何をやったんです?」

統括「何も言わん、ただ指示が一つ降りてきただけだ」

女P「何て?」

統括「何もしないように、だそうだ」

ほたる「……っ、どうして……?」

「白菊ほたるちゃんかい? 来てくれてありがとう、まだ小さな事務所だけどきっと君はいいアイドルになる。
 僕も協力するから、二人で頑張ろう」

「私でも……人を、人を幸せになれるでしょうか?」

「もうできてるよ」

「え?」

「君がアイドルになるって決めてくれて僕は今、とっても幸せだから」

P「どうする、完全に止まってる。統括は……」

まゆ「手でバッテン作ってます」

P「はあ? 放置!?」

「ほたる。君の好きな様に、好きな所で、思うままに」

「音源、流しますね」

P「はい? いや勝手に」

「大丈夫、あの子なら」

P「大丈夫って何を根拠に――」

ほたる「あの、今日で……今日で私は」

泰葉「頑張れ……頑張れ……」

「頑張れほたる!!」

泰葉「え?」

ほたる「あ……」

P「いい声援ですね」

「実は、ちょっと声を掛けてみたんです。最初のファンクラブに入ってくれた人たちへ」

P「最初の? って、まさか貴方」

まゆ「凄い、こんな」

「ほら、言ったでしょ? 大丈夫だって」

P「本当に……その通りですね」

ほたる「今日で私は、下を向くのを止めようと思います」

たくさんの人が応援してくれてる

それは分かってた ずっと分かってた

目を背けたのは私 目の前の不幸に目を奪われて

私はその先にある光から目を逸らした

自分の幸せの為に 誰かを不幸にしなくちゃいけないなら

そんな幸せいらないって そう思って

いつでも振り向けばそこには 私に差しのべられた手がいくつもあった

「後悔した事もあったんです、アイドルになることが彼女にとってよかったのかどうか。アイドルにしてしまった自分は彼女に酷い事をしてしまったんじゃないかと」

P「最初のプロデューサー、って理解でいいんでしょうか?」

「そんな大層なものではありません、小間使いみたいなものです。それでも上に無理を言って
 スカウトしてサポートしたんですが……僕にプロデューサーとしての才能はなかった」

P「プロデュースなんて時の運もあります、私とてこの先どうなるか」

「失礼を承知で申し上げます、実は貴方を調査させて頂きました」

P「彼女をプロデュースするにふさわしい人物か? って事ですか」

「ええ、その……次の事務所もその次の事務所も酷かった様でして。偶に見かけても、どこか暗くて。そんな顔を見ていても何もできない自分がいて」

P「それなら私も信用できませんよね」

「そういう訳じゃないんです」

P「違うんですか?」

「見苦しいですが、ある時からあの子の表情が変わったことに気付きました。どこか暗かった顔が明るくなって、
 はっきりと前を見るようになった。花火を背景に撮影した写真が……ああこれだ」

P「ああ、それですか。反響もそれなりに大きかったんですよ」

「嫉妬しました」

P「へ?」

「情けない話、嫉妬したんですよ。そんな表情を直に見たであろう誰かに」

P「それで誰か調べたんですか?」

「こんなんですが、まだこの世界の端っこの方にぶら下がってますから。カメラマンには簡単に連絡が取れました。
 それから貴方を見つけて、失礼ですがまずその素性を調べました」

P「結果、過去に事務所を潰した極悪人だったと」

「本当の極悪人を何人か知ってますが、彼らは貴方の様にそんな顔で自嘲はしませんでしたよ」

P「自嘲する以外に過去を振り返る術を知りませんので」

「だから悔しかった、その若さで彼女の魅力を引き出せる貴方が。だから彼を唆して、何が起こるか分かっていながら情報を与えました」

P「……」

「元アイドルで、アイドル達からの信頼も厚い。業界内の評判も上々、ほたるを任せるには最適な相手。そんな事は分かってた、
 分かっていたのに……止められなかった」

P「もし、証言をしかるべき場所で求められた場合――」

「お話します、私の知る限り全て」

P「お願いします、その代わりと言ってはなんですが」

「できることなら何でも」

P「これが今日のセットリスト、既に予定は狂ってますがどうするかはお任せします」

「お任せ?」

まゆ「Pさん?」

P「衣装は予備で何着か用意してますし、実は裏にまだあります。何かされるのが怖かったので独断で発注しちゃいました」

「いや、それを私に伝えて――」

P「嫉妬するくらいなら対抗してきた方が私としても面白いです、それで彼女が更に輝けるなら担当を変えたっていいんです」

「……本気ですか?」

P「嘘と思ってるなら怒りますよ、音源はそちらに。現場の指揮はお任せします、と言っても完全に一人も難しいでしょうから待ってて下さい。今、補助の人間を呼びますから」

女P「P? どうしたのよ、ライブの途中でしょ?」

P「ニューウェーブの時の貸しを返してもらおうかと思いまして」

女P「……変なことじゃないでしょうね」

P「あははは」

女P「何か呼ばれたから行ってくる」

先P「骨は拾う」

統括「どこに撒けばいい?」

女P「後で覚えておきなさい!」

P「今から来ます、ちょっときつい人ですけど優秀な人ですから」

「どうして私の為に――」

P「貴方の為じゃない、白菊さんの為だ。意味が分からないなら帰ってもらって結構ですよ」

「……責任は取れませんよ」

P「私だって取れません、いいんです。今から来る人間に押しつけちゃえばいい」

「この曲が終わったら、少し時間が欲しい」

P「まゆ、いいか?」

まゆ「はい」

P「俺は席を外す、何かあったら連絡くれ」

まゆ「本当にこれでいいんですか? 過去まで調べられて」

P「いい。あの時、何があろうと全て受け止めると決めた」

まゆ「……分かりました」

女P「いきなり来いって言ってどうすればいいのよ?」

P「思ってたより早かったですね」

女P「何事かと思って、それで何をすればいいの?」

P「彼のサポートを」

女P「誰よ?」

P「まあ、ちょっとした関係者です。今日のライブは全て彼にお任せしましたので」

女P「後で聞かせてくれるんでしょうね」

P「彼の口から聞けるんじゃないでしょうか、責任は全て統括にぶん投げましょう」

女P「それならいいけど、分かった。どこか行くの?」

P「する事がありますから、お願いします」

女P「休みなのに頑張るんだから」

まゆ「私の事もご存知ですか?」

「詳しいことまでは知りませんが、一応は」

まゆ「もし彼にまた何かするのであれば、私は何の遠慮もしませんから」

「……覚えておくよ」

まゆ「5分、Pさんの頼みでも貴方に与える時間はそれだけです」

「充分です」

ほたる「その、お久しぶりで――」

「後ですべて話す、すまない。俺が全て悪い」

ほたる「いえ、私が駄目だったから」

女P「何だか知らないけど、とりあえず話を進めた方がいいんじゃないの?」

「今日、ライブの指示は俺が出すことになった」

ほたる「プロデューサーさんは?」

女P「どこかに行った、まあ今の会話で何となく正体は察したけど。できるの?」

「やらなければ、彼にも彼女にも怒られてしまいますから」

女P「ならやりなさい、構成はどうするの?」

「考えてました。この3年間。僕ならどうしようかって思って温めていたものが」

ほたる「分かりました、選んで下さい。私が選ぶよりその方がいいと思いますから」

「ありがとう」

統括「凛」

凛「何? 笑いに来たの?」

統括「生憎、俺にそんな趣味はない」

凛「何でだろう? 歌えなかったよ」

統括「……」

凛「終わらせる覚悟以外に必要なものって、何? どうしよう? このままじゃ私、あの子を送り出せない」

統括「俺は、一度として終わらせろと言った覚えはない」

凛「でもそうするしかない、待っても待っても何も変わらなかった。何もだよ!?」

統括「本当にそうなら、俺はプロデューサーとして無能という事だな」

凛「何が言いたいの? そんな目で見ないで」

統括「あいつが変わらなければならないのは同意見だが、その前に出来る事もある。何の為に千川がこの事務所に
   Pを入れたか、何の為にニュージェネレーションを作ったか、もう少し考えろ」

凛「考えて、答えは出るの?」

統括「戻れ、事務所のイベントだ。やると言った以上、途中退出は認めん」

凛「戻っても、もう終わってるでしょ」

統括「凛にとってはそうかもしれんが、そうではない者もいる」

凛「統括にとっても終わりでしょ?」

統括「それが凛と何の関係がある?」

凛「……戻るよ」

統括「さて、訳の分からない指示を寄越してきた理由を聞こうか」

ちひろ「そうして欲しかったかと思いまして」

統括「千川」

ちひろ「ちひろ、ですよ。お姉ちゃんでもいいのに」

統括「阿呆」

ちひろ「無理やり社長を押し付けといそんなこと言うんだ」

統括「凛の背中を押すには一苦労、か」

ちひろ「そう、担当のプロデューサーもだけど」

統括「結局、俺は何一つ変われなかったな」

ちひろ「変わったよ、前ならそんな事も言わなかった」

統括「……そうだな、そうなんだろうな」

ちひろ「それに、私たちが変われなくてもあの子達が変えてくれる。私達も、ひょっとしたら世界を」

統括「夢物語だ」

ちひろ「うん、でもまだ夢を見られる。それってとっても素敵な事だよ」

ほたる「次は――」

女P「はいこれ! 全く、人をこき使うのは上手いわね」

「後悔したくありませんから、きっとこれが最後でしょうし」

女P「何があったかは後で聞くけど、支える側がそんな顔してどうするの」

ほたる「最後の曲、クリスマスにふさわしい曲を用意しました。今日だけは、私も本当に魔法をかけられる気がするんです。
    もっと私を好きになってくれるように、もっと貴方を好きになれるように」

「メリークリスマス、ほたる」

トィンクル メリークリスマス メリークリスマス

始まるウィンターランド 歩いていこう

トゥインクル メリークリスマス メリークリスマス
 
めぐりめぐる 愛のメリーゴーラウンド

「終わった、か」

女P「お疲れ様、もういいわね?」

「本当に、ありがとうございました」

女P「あの子にも言っておきなさい」

まゆ「いえ、Pさんに言われたからしたんです。彼の為ではありません」

女P「五分って言われたのに、二曲続けて歌った子の台詞じゃないわね」

まゆ「今日はクリスマスです」

女P「それが?」

まゆ「だからいいんです、教えてもらいましたから」

女P「……あの子も分かんないわね」

ほたる「プロデューサー!」

「もう俺はプロデューサーじゃないよ」

ほたる「まだ、今日は終わってません。だから……まだプロデューサーです」

「魔法の時間は終わったんだよ、全て終わりだ」

ほたる「私はシンデレラガールズのアイドルです」

「そうだな、立派になった」

ほたる「アイドルになって。それでも不運は続いて……だけどここまで続けてきて、またこんな事が起きて。でも、楽しいんです。
    終わらせようと思って来たのに、終わらせられなかった。私にもこんな景色が見られるって、教えてくれた人が……見ていてくれるから」

「頑張れ。もうそれしか言えないが、活躍を祈ってるよ」

女P「それでさよならでいいの?」

「はい、満足です」

先P「よう」

P「どーも」

先P「で、例の男は?」

P「あの人が警察に引き渡したそうです、証言も全てしてくれるという事なので」

先P「そうかい、解決して何よりだ。こっちの策は無駄になったが、まあそれもいい」

P「被害届け、実は彼の分は出さないでおこうかと」

先P「お前の怪我の?」

P「ええ、どうしようかなと」

先P「まあ、したいようにすればいい」

P「だからちょっと提案があるんですよ。どうせ起訴されたって彼に実刑なんかつく訳ありませんから」

「ああ、ここにいましたか」

P「お疲れ様です、ここで見てましたがよかったですよ。感動しました」

「それは彼女の力です、僕の力じゃありません」

P「アイドルの力を引き出せる事も、プロデューサーには大切な力です」

「いい思い出になりました、ありがとうございます」

P「一つお知らせ、というか提案ですが」

「何でしょう」

P「私から貴方に対して被害届けを出す気はありません」

「情けですか?」

P「いえ、それから警察には貴方に対して私は罰する気は全くない事を伝えます。あれはあくまで、彼の単独犯だと。そう白菊さんにも説明するつもりです」

先P「おいおい、いいのか?」

「どういうおつもりですか?」

P「うちで働きません?」

先P「これだよこのおぼちゃんは」

「……失礼ながら、それはどういう意味でしょうか」

P「そのまんまです。最初は雑務でしょうけど、評価次第では私と同じ位置に、もしかしたら上に行くこともあるかもしれません」

先P「社長に話は通してんのか?」

P「これから、ですけど大丈夫だと思いますよ。経験者ですし、今の見れば運営もできそうです」

先P「その為にやらせたのか?」

P「はい、何の意味もなく思い出作りさせるほど俺は優しくありません」

先P「いやそれにしたって」

P「どうします? もし断れば被害届け出してそれ相応の損害賠償を請求しますけど。白菊さんもそのまま移籍させちゃうかもしれませんね」

先P「それ、選択肢になってないぞ」

P「言いましたよ、そこまで優しくないですって」

「君は――」

P「もしよければ、社長に話を通しますよ」

「……本当にいいんですか?」

P「その代わり、一つ約束して下さい」

「もちろん、全てをアイドルに捧げる覚悟です」

P「違います、貴方が幸せになることです」

「幸せ?」

P「彼女は疫病神なんかじゃないって、貴方が証明するんです。彼女にこの世界を教えた貴方にしかできない、仕事以上に重要なことです」

「それはまた、重大な仕事ですね」

P「破ったら、本気で怒りますからね」

「とはいえ、大丈夫ですよ。彼女が前を見ているのに、私一人だけ後ろを見ている訳にはいきませんから」

P「それまでは、私が預かります。奪ってください、早くしないと本当に全て奪ってしまいますよ」

先P「ったく本当に――」

泰葉「Pさんはそういう人ですから」

先P「全て聞いてたって顔してるな」

泰葉「こうなるだろうな、と思っただけです」

P「そんなに分かりやすいかな」

泰葉「私は個人的には反対です」

P「まあ、そう考えるのも無理はないな」

泰葉「だから、最初アイドルの仕事に同行する場合は私の仕事を優先して下さい」

P「いいのか?」

泰葉「終わった後にPさんに全て報告しますから、ちゃんと私と話す時間を作ってくれたらの話です」

先P「これはこれは、ほうほう」

泰葉「それでもいいなら、私は賛成に転じます」

P「作る作る、それくらいでいいなら」

泰葉「あんまり事務所の人に聞かれたくない話ですよね?」

P「まあ、大っぴらにする必要はないか」

泰葉「なら事務所で話しするのも不味いですね」

P「ああ、でもそうなると」

泰葉「私の部屋に来ればいいんです、誰にも聞かれる心配はありません」

P「なる……いやちょっと待――」

泰葉「いいですよね?」

P「お、おお」

泰葉「なら決まりです」

P「先輩」

先P「知らん」

面白い事務所だ、アイドル自ら部屋に招くとは」

泰葉「ええ、ですから期待を裏切らないで下さい。Pさんが信じる限り、私も貴方を信じますから」

先P「怒らせると本当に怖い」

泰葉「何でしょう?」

先P「いや何でも」

P「……雪か」

泰葉「ホワイトクリスマスですね」

P「そろそろサンタも、出発する頃かな」

まゆ「助けるつもりが、助けられてしまいましたね」

凛「分かってる」

まゆ「白菊さん、言ってました。終わらせようと思っても終わらせられなかったと」

凛「私は……」

まゆ「立ち止まっているのは、私達だけかもしれません」

ちひろ「二人とも、こんな所にいた」

凛「ちひろさん……申し訳ありませんでした」

ちひろ「いえ、結果的に成功しましたから。私は気にしてませんよ」

まゆ「来ていたんですか」

ちひろ「二人にお仕事です」

まゆ「私と凛さんの二人に?」

ちひろ「いえ、三人です。もう一人は――」」

ありす「サンタを待たせるとはいい度胸です」

P「わざわざ待ってるサンタなんて世界に一人しかいないと思うが、ってかこのケーキ……」

ありす「今度こそ、この一皿で黙らせます」

P「前の収録の料理の改良か、あの西園寺さんが絶句した伝説の回」

ありす「美味しいよって言ってくれました」

P「完全に一呼吸おいてからな」

ありす「大丈夫です、今回はアドバイスも貰いました」

P「誰からだよ、トマトでキャッチボールしようしたのなら何の参考にもならないからな」

ありす「葵さんからです、私だって聞く相手は選びます」

P「よし食べる」

ありす「クリスマスなので、オーソドックスに攻めました」

P「普通が一番だって……よかった食える」

ありす「素直に美味しいと言えばいいんです」

P「美味しい美味しい」

ありす「先ほど泰葉さんから今日のPさんはいい子だったと聞きましたから」

P「泰葉から俺はどういう風に見られてるのか気になってきたんだけど、何か掌で踊らされてるような」

ありす「プレゼントですよ、気が向いたから作りました」

P「至れり尽くせりだな、ありがとう」

ありす「だから私にも何かプレゼントするべきです」

P「プレゼントを要求するサンタって前代未聞だが」

ありす「いいんです、所詮サンタなんてプレゼントを渡す口実に過ぎません」

P「イヴが傷つくぞ」

ありす「イヴさんだってプレゼントを渡せば喜ぶはずです」

P「はいはい、用意してるよ」

ありす「最初から素直に出せばいいんです」

P「はい、これ」

ありす「……CDですか? でもカバーも何もありません」

P「これは、俺がアイドルとして最後に歌った曲だ」

ありす「アイドルとして?」

P「記事は見たんだろう? 千枝と春菜が見たんだ、ありすにも話はいったと思うが」

ありす「それは私が知ってもいい事なんですか?」

P「知りたい、とは言わないのか?」

ありす「私は今のPさんしか知りません、それが全てです」

P「そうか、それは火災の起きた日のオーディションで歌った曲だ。後にそれはあるアイドルの曲として
  世に出る事になった」

ありす「という事は販売されてるんですか?」

P「されてる。それなりのヒットになって、そのアイドルは今の地位を築いた。
  興味があるなら聞いてみるといい、手に入れるのは簡単だから」

ありす「そんな言い方をするという事は、この歌に意味があるんですね」

P「ある、何故ならそのアイドルとありすが共演する事になったからだ。他にも渋谷さんとまゆも出る」

ありす「これを歌うんですか?」

P「アイドルが他のアイドルの曲を歌う企画があって、それにありすが選ばれた」

ありす「妙な仕事ですね」

P「相手方の希望でもあるし、俺の希望でもある」

ありす「分かりました、ちなみにタイトルは何ですか?」

765P「START」

律子「もう、聞いてないで手を動かして頂けますか?」

765P「悪い悪い、ちょっと振り返ってた」

律子「振り返るにはまだ道半ばですよ」

765P「合格者が決まっているオーディションだから、気兼ねなく俺は春香を送り出した。規模も大きかったし、場馴れするにはいい機会だろうと」

律子「春香が合格したと聞いた時、社長とプロデューサーの顔色が変わった瞬間を私は忘れません」

765P「噂だけは聞いていた。だからその後、火災のニュースを聞いてすぐに結びつけた」

律子「社長が彼を連れてきて、本当に色々ありましたよね。特に春香は……」

765P「CGプロに移った彼が、今どうなっているかは分からない。立ち直ったようには見えたけど」

律子「頑張っているって、そう信じているからこそ春香もこの仕事をOKしたんですよ。信じましょう、私は信じてます」

765P「そうだな……信じよう」

次回は16日
765とのクロス回です、苦手な方はご注意下さい。

「シンデレラガールズですよ! シンデレラガールズ!」

 ありす達が出て行ってから僅か数分後、こちらもプロデューサーとアイドルがCGプロを見上げていた。

天海春香と並んで事務所を見上げるスーツ姿の男性は、その立派なビルを見て羨望の声を上げた。

「……大きいな」

「うちと比べたら凄い差ですね」

「言うな、惨めになる」

 様々な企業が入った雑居ビル、と言えば765と同じだがこちらはどう見てもオフィスビルの様な洒落た言葉が似合う。

アイドルの所属数に差があるとはいえ、彼も自社の在り方に疑問符を付けざるを得ない。

「新人さんが来たらきっと入りませんよ?」

「分かってる、分かってるんだが」

 引越し先の候補はいくつかあっても絞り込めないのは、新人教育による経費がどれだけ嵩むかまるで

予想が付かない事も原因の一つ。ここまで一気に増えることになるとは、彼とて全くの予想外だ。

「ここですね、広いなあ」

「200名弱のアイドルがいるんだ、これ位は必要なんだろう」

 ELVを降りればもうそこは彼女もよく知るアイドルの世界、ガラス越しに見える世界には765とは比較にならない数の

スタッフが慌しく動き回っている。

「知ってる子とかいますかね?」

「迷惑だけは掛けるなよ」

「分かってますって」

 躊躇いなくインターフォンを春香が押すと、間髪入れずに返事がくる。

「ご用件を宜しいでしょうか?」

「765プロダクションのPです、千川さんとのお約束なんですが」

「……少々、お待ち頂けますか」

「約束してるんですよね?」

「そのはずだが」

 相手のトーンは明らかに警戒するもの、彼女と電話で約束を取り付けている彼からすれば心当たりもないが、もしもという事もある。

「春香がいるから、俺が嘘を付いてるって思われる心配がないのは救いだな」

「私も偽者扱いされたらどうしましょう?」

「もう少し自分の知名度を信じろ」

 この業界にいて春香を知らないスタッフがいるなら、それはもう相手が勉強不足だと言わざるを得ない。と彼は思う。

とはいえ、全くの専門外なら話は別だが。

「お待たせしました、どうぞ」

「おお、自動で開くのか」

 室内に踏み込むと、暖房のよく効いた空気がまずは彼らを出迎える。よくよく中を見回してみれば、アイドルらしき子も

ちらほらと見え、その数の多さに彼は息を巻いた。

「本当に凄いな」

「プロデューサーさん、あの人」

「ん? 確か」

 春香が多くのスタッフに囲まれて衣装のチェックをしているアイドルを見つけ、彼に耳打ちする。

一際目立つそのスタイルは、彼も充分に知るアイドルの一人だ。

「新緑の歌姫、って呼ばれてますよね」

「いつか千早とぶつかる日が来るかもな」

 765の中で近いのは千早、あるいは貴音か。と彼の頭の中が目まぐるしく動く。これだけのアイドルがどういう仕事を得て、

どういう活動をしているかは、彼にしても非常に重要な情報源だ。

「お待たせしました、大変申し訳ありません。社長はただいま席を外しておりまして」

「ああ、なら待たせて頂けますか? 少し早過ぎたかもしれません」

 出てきたのはそれなりに若い女性だが、彼は何となくその地位を察した。

「ここのプロデューサーだろうな」

「え? あんな綺麗な人がですか?」

「何となく、あっちにいるのもそれっぽいな。何人いるのか知らないがうちよりはまともな勤務形態だ」

 彼が視線を送る先にもスタッフに何やら指示を送っている男性が一人、その向かいに空席の机が一つ。

「あそこが彼の席かもしれない」

「本当にプロデューサーしてるんでしょうか」

「してるだろう、企画書に彼の名前はあったし」

 今回の企画、最初に提案してきたのは彼。それをCGプロと765プロの間で協議し、企画書は完成した。。

彼の提案とは違った形で。

「今頃、あっちで俺に対して盛大に悪口大会が始まってる気がする」

「悪いのは私達ですよ」

「美希と千早が乗ってきたらかな、まあ俺も多少の無理は通したが」

 今回、こうしてわざわざ彼が出向いたのもその無理を押した事に対する礼もあった。

もちろん本来の目的が第一であることに変わりはないが。

「こちらへどうぞ」

「ありがとうございます」

 独立した応接室に通され、その内装に彼は目を奪われる。

「うわあ……」

 春香も同様なのか、視線は彼と同じくその無数のトロフィーや写真に向けられる。

「今、お茶を持ってこさせますので。社長が到着次第、ご連絡いたします」

「凄いですね、これ」

「流石に圧巻の一言だな」

 棚に所狭しと並べられたトロフィー、シンデレラガールズの投票結果。ついこの間まで行われていた記念イベントの概況、

先輩格である彼らをしても圧倒される。

「本当にこんな所で働いてるんだ」

「俺もここにするか」

「プロデューサーさん……」

 冗談とも本気ともつかない彼の態度に春香が呆れ顔になったかと思うと、すぐに表情は固くなった。

「彼も、こっちの方がいいんですよね」

「どうでしょうか?」

 扉の方から返ってきた声に春香が顔を上げる。いるのは、想像と遥かに違う優しげに微笑む女性。

「お待たせしました、少し別件の仕事は入ってしまいまして」

 黄緑色の独特なデザインのスーツを着こなした女性がここの社長と気付くまでに、春香が数瞬を要して理解する。

既に気付いていたのか隣では彼が立ち上がり名刺を差し出していた。

「765プロの者です、本日は――」

「はいよく存じております、お掛けになって下さい。我々の方がこの世界では若輩者、どうぞお気楽になさって下さい」

 CGプロ社長、千川ちひろ。10代のプロデューサーが異例中の異例なら20代で芸能事務所の社長を立ち上げた彼女も十分に異例だ。

ある程度の下地はあったとはいえ、これだけの事務所に急成長させた手腕は業界内でも注目の的だ。

「ご用件は……一つしかありませんよね」

「ええ、この企画書の通りに話が進めばと考えておりますが」

 当初、彼から提案された企画は、765プロの楽曲をCGプロのアイドルがカバーするというもの。

大々的な企画ではなく、カバーアルバムを一枚でも出せたらという控えめなものだったがそこに両者の社長が食いついた。

これを一つの切っ掛けにしたいと。

「人員の交流はあるのに、アイドル間の共演は僅か。これでは寂しすぎますから」

「……大丈夫でしょうか」

 願っても無い話であることは確かだが、彼とて懸念材料はいくつもある。今回の企画に選ばれたアイドルはその半数が関係者だ、何も無い訳がない。

「もう時間がありません」

 ちひろからの言葉に春香がぴくりと動く。無理もない、彼女のアイドルとしての姿を最後に見届けたのは彼女なのだから。

「私は大丈夫です、それよりも」

「彼も、それは変わりありません。ただ……」

「渋谷凜ですか」

「隠しても仕方がありませんか」

 懸念はそこだ。765のプロデューサーとして、アイドル間のトラブルは避けなければならない。

例え、彼女に時間があろうとなかろうと。

「白菊蛍のライブの件は聞いています、うちでも同様のトラブルはなかった訳じゃない。信じてはいますが、大丈夫でしょうか?」

 一年前、相対した時の彼女に早すぎると言った彼の思いは今も変わっていない。まして、そんな不安定な精神状態であるなら尚更だ。

何かあってからでは、今まで積み重ねてきたものが崩れ落ちかねない。

「これが、私が打てる最善の手です。もちろん、採取的な判断は現場の方にお任せしますが」

「それは私と彼にという事でよろしいでしょうか」

「はい、今回の件は彼に動いてもらうつもりですから」

「今、彼女は?」

「別室に、場を設けましょうか?」

 彼が横にいる春香に回答を委ね、春香が首を縦に振った。会わなければ、来た意味がない。

「分かりました、少々お待ちください」

 ちひろが立ち上がり、一礼して部屋を出る。と同時に、プロデューサーが深く息を吸い込みゆっくりと吐き出した。

「何を話す気だ?」

「そんな、特別な話をするとかじゃないです。それに友達なら……私の事も知ってるでしょうから」

 春香とて良い感情を抱かれているとは思っていない、凜にとって春香は極めて微妙な立ち位置にいる。

彼女のアイドルとしての最期の姿を見届け、そして彼のプロデューサーとしての始まりを見届けた。

関係者でありながらその枠の外側から見つめる観察者、言ってしまえば関係がない。

「ただ、会わないでいるのも変かなって」

 あの日、凜が会いに来たのは彼に会う為。それを分かっていながら春香はただCDを受け取っただけで何も言わなかった。

事務所に帰って来てから千早の様子を見て、それは確信に変わった。そんな様子を見ていた彼もまた、何も言う事はなくあの日は過去になった。

「失礼します」

 ふいに、馴染み深い声が彼女の耳に届く。今まで共演した事はなかった訳ではない。それでも互いにカメラの前以外で言葉を交わすことはなかった。

今まで交わらなかった線が、ようやく交わる。

「渋谷凜、知ってるよね?」

「うん、天海春香です」

 素っ気なく発せられてはいるが、その声は春香と同じ。緊張感を帯びた、そして不安を抱えた一人の女の子の声だ。

「席を外そう、終わったら読んでくれ」

 プロデューサーサーが席を立つ。少しの間、凜との間に沈黙を挟んで向かい合うが結局は何も言わず立ち去るのみ。

「来たんだ?」

「うん、来ちゃった」

愛想はないものの、拒絶されている訳ではない。そう思った春香が笑みを作り手を差し伸べ――。

「ふざけないで」

「……ご、ごめんなさ」

 振り払われた手を見てから、笑みが固まる。彼女に向けられた感情は、春香もよく知るもの。

「どうして……どうして今更になって……」

 彼女自身、抑えきれない何かを吐露するかの様にもがく中で、振り絞る様にそれは発せられた。

「全て壊した癖に!!」

「良かったんですか?」

 多少、ぶっきら棒な声が統括の声に届く。彼専用に用意された部屋の扉にもたれかかる様にして、一人の少女がだらしなく背中を預けている。

少し長めのポニーテールにジャージ姿の女っ気もまるでない格好だが、本人は気にした様子もない。

「何がだ?」

 対して、彼も声のトーンは似たようなもの。違うとすれば、そこに多少の気だるさが加わっているくらいか。

「凜もまゆも心の整理が付いていないのにこんな仕事をさせてる事についてです」

「他社のアイドルのカバーをこんな仕事呼ばわりとはうちも名を挙げたな」

「そういう意味じゃありません」

 ルキトレの軽い睨みに彼は軽い両手を挙げるのみ、会いたくもない顔を見に来た彼女としては戦果がそれだけでは面白くない。

「凛ちゃんと天海春香を会わせていいんですか?」

「止めろと言って止まるのか?」

「それを止めるのが貴方の役目です」

 ふいに扉がノックされ、ルキトレが慌てて立ち上がり開く。現れたのは、この企画3人目のアイドル。

「お呼びでしょうか」

「まゆちゃん」

 ルキトレの呼びかけに反応もせず、まゆが統括の机の前に立つ。普段の柔らかな笑みも無く、ただ真っ直ぐに視線を彼に向ける。

「話は聞いたな?」

「はい」

「765プロとの合同企画だ、間違ってもミスはするな」

「一つ、お聞きしても宜しいですか」

 簡潔なやり取りを聞きながらルキトレが首を捻る。イメージとしてはもう少し互いに親密な印象だったが、

これではただの仕事のやり取り。常に傍についていると言われているにしては、淡々とし過ぎている。

「この企画の意図か?」

「凛さんはまだ家に?」

「今、天海春香と会っている」

「それは」

 正直、まゆにとって望む展開ではない。様々な可能性を考えても、これはリスクが大きすぎる。

「千川の意向だ、俺でもあいつでもない。それは向こうの社長も同意したこと」

「何も起きない保障はありません」

「寧ろ、起きて欲しいんだろう」

 話がいまいち掴めないルキトレは先と違う理由でまた首を捻っていた。渋谷凛と天海春香なら双方の看板アイドル、

共演するのであればこれ以上ない美味しい話に思えるが。

「強引にでも前に進めるという事ですね」

「そう思う者もいる、嫌なら断ればいい」

「本当に終わらせるんですか? 今まで続けてきたものが無駄になります」

「俺の好きにできるなら好きにしている」

 返ってきたのは僅かながら感情を読み取れる程度の、淡々としたもの。これ以上の追求は無用とばかりに、彼は

そのまま言葉を紡ぐ。

「それなら尚のこと、進める人間だけでも進まなければ意味がない。そう千川は考えたんだろう」

「貴方は……進めるんですか?」

「さあな」

 終われば進めるのか、それは彼にだけではない。まゆにも凛にも、更に言うなら彼や杏にも降りかかる問題。

誰もが答えを出せずとも、時間は過ぎていく。

「年明けにもレッスンは始まる、それからもう一つ知らせておくことがある」

「何でしょうか」

「今回の企画、LIVEバトルの形式になる」

「は!?」

 ルキトレが思わず立ち上がる、幾らなんでもそれは無理がありすぎる。

それはまゆも同様で、口を開けても言葉が見つからない。共演以上にメリットのない、暴走だ。

「希望を出したのは俺ではない」

「なら一体誰が?」

 ルキトレの問いに、統括はいつも通りの無表情なまま短く返した。

「凛だ」

振り絞られた感情の後に残ったのは、沈黙ではなく嘆息だった。

 言葉が見つからない春香の前で、凛は焦点の合わない視線を当てもなく彷徨わせる。

「ずっと追いかけてた、追いかけ続けてきたんだ。デビューするまで頭の片隅に追いやっていた世界に飛び込んで、
 ここからだって思ったら追いかける先は後ろにしかいなくて」

 乾いた笑みと共に、彼女はその場にへたり込んだ。か細い指先が、当てもなく床の上を這い回る。

「それでも進めば何かあるって、そう信じてここまで来た。けど何も変わらなかった、あの子は目覚めない。
 彼はもうこの世界には戻れない、それだけだった」

 時計の針が時を刻む、残酷に狂おしく。

「あの日、顔を合わせたよね? 覚えてる?」

「覚えてる、拾ってくれたよね?」

 一瞬の邂逅、それでも忘れることはなかった一瞬。

「私はあの日から一歩も前に進めてないのかな」

「そんなことないよ、頑張ってるの知ってる」

「頑張れば進めるなら、そんなに楽なこともないよね」

「アイドル……辛い?」

 春香の問いに、彼女は何も返さない。這わせていた指を止め、支えにして体を起こし向かい合う。

「確かめたい、どう足掻いても駄目ならやってみるしかないから」

 全ての感情を押し込めて凜が春香と向き合う。これは彼女から、未来への宣戦布告だ。

「勝負してよ、天海春香」


「ああもういつもいつも勝手に決めるあの人は!」

「一言、たった一言でも相談してくれれば!」

 その頃、765では未だにプロデューサー二名による愚痴合戦が展開されていた。

見守るアイドル三名は、三者三様でその様をただ見守っているばかりだ。

「律子、今あの人どこにいるんだ?」

「駄目、連絡とろうとしても繋がらない」

「うちにいるんじゃないだろうな」

 彼が携帯を取り出し、アドレス帳の一覧を表示させる。

「凄い数」

「アイドルは全員登録してる、使うのはごく一部だが」

「多いの?」

 千早がその数を見て驚嘆の声を挙げるが、美希はその中身の方に興味津津だ。

「色んな人がいるね」

「ん? まあな、美希だってこんなもんだろ」

最初に先輩プロデューサー二名の欄で止まるが、すぐに切り替える。業務の邪魔はしたくない、外回りの可能性も捨てきれない。

それなら互いに時間の無駄だ。

「こっちも出るか分からないんだが」

 事務所にいるとはいえ仕事だ、都合よく時間が空いているかどうか彼にも、

「電話に出んわ」

「いや、出ながら言われましても」

 ワンコール、そんなにタイミングが良かったのだろうかと思いつつもこれ幸いにと彼が本題に入る。

「今日、事務所にお客さんとか来てません?」

「お客さんですか? 見てませんけど」

「何か変わった人とか、でも衣装合わせ中ですよね? すみません、仕事中に」

「探してみます」

「無理にしなく――」 

 念を押す暇もなく通話は一方的に切られ、彼は諦めて天を仰いだ。

「誰かに繋がったんですか?」

「楓さん、でも知らないって。探してみるって言ってたけど」

「楓さんですか」

 ありすがその名を反芻する。ありすが彼女にどの様なイメージを抱いているかは不明だが、少なくとも周囲は好感触だった。

「楓さんってあの落ち着いた人ですよね?」

「律子、それはそうなんだがあの人の場合はちょっと違うんだよ」

「とっても面白い人なの?」

「美希好みか……いや千早好みかも」

「私ですか?」

「25歳児って言われてるくらいだから」
 
 あの独特の空気感は言葉で説明しようとしても難しい、歌姫と呼ばれる歌唱力は凄まじいがどこか子供っぽい。

「千早と似てるかも」

「私とですか?」

「いや、本当に何となくな。しかし手詰まりだな、戻るか」

 打ち合わせをしようにも、双方が企画の全容を把握していないのでは話が進まない。

厄介払いされたのでは疑いたくなる手際のよさに、黙って引き下がるのも彼の性分ではない。

「来たのにもう帰るの?」

「何か起こる前にな、どうせ美希達とは年明けに会う。それに」

「Pさん?」

「この子は置いてく」

「置いて……」

 置いてく、の言葉に何故かありすの双眸が潤む。

「いや、捨ててく訳じゃないんだから。鍛えてやってくれ」

 そう言葉を足して、最後に頭をポンと叩いた。

「完全に邪魔者って顔をされたな」

 765プロのプロデューサーとして早数年、これまでも様々なアイドルの顔を見てきた彼もあそこまで露骨に

邪魔者扱いされたのは初めてのこと。他社をふらふらとうろつく訳にもいかず、彼はこの寒い屋上で暇を持て余していた。

「こういう時に貴音とか美希とか恋しくなるな」

 アウェー特有の疎外感に苛まれつつ、煙草に火を付けようとしてすぐに消した。

「すみません、ちょっと暇を持て余してしまいまして」

 現れたアイドルに謝罪しつつ、彼は愛想笑いを作る。彼もプロ、アイドル相手なら緊張もない。

「いえ、探していましたから」

「私を?」

「はい、貴方を」

 意外な返答に彼が目を丸くする、この事務所に顔見知りは今のところ彼だけなのだが。

「高垣楓さんですよね?」

「ええ、他の方に見えますか?」

「いえ」

 纏う雰囲気はどこか浮世離れしたもの。打ち解ける取っ掛かりも見出せない彼が言葉を選ぶ前に、彼女の表情がやや引き締められた。

「765プロダクション」

「ええ、その事務所でプロデューサーをしております」

 彼が手探り状態のまま言葉を返す、用件を探ろうにも困ったことに全く心当たりがない。

「先ほど、私の担当のプロデューサーから電話がありました。変わった人は来ていないかと」

「変わった人……それが私だと?」

「寒空の下でため息をついているなら、それは変わった人だと思います」

「確かに」

 言われてみれば返す言葉もない、まして他社だ。とはいえ、

「その担当のプロデューサーが私のことを変わった人だと?」

「はい」

「……そうですか」

 あんな風変わりな過去を生きてきた人間に変わった人扱いされるのか、と嘆きたくなる。

しかし少なくともこれで彼女の用件ははっきりした、言うなれば彼からの伝書鳩だ。

「分かりました、連絡を取ってみます」

 今頃、律子と二人で愚痴合戦の最中である事は想像に難くない。戻ってくるのも時間の問題。

それまでに春香と凛の間で片がつくかどうか、あるいは彼を入れての問題となるのかまだ分からない。

「お知り合いですか?」

「仕事上の友人です」

 嘘ではない。元同僚、の言葉を置き換えればこうなるというだけの事。

「それだけではありませんよね」

「それだけです、恐らくスケジュールの――」

「私は鳩です」

「鳩?」

 何の話かだろうかと考える暇もなく、彼女の口は開いた。

「貴方は鍵ですか?」

「鍵?」

「鍵なら私は必要ありません、彼にも」

「鍵とは……何の鍵です?」

「檻を開く鍵です」

 言われたところで彼の疑問符は増え続けていく。檻、鍵、二つの言葉とこの状況を考え整理する。

口振りからして檻は彼のこと、であるなら――。

「貴方は鳥ですか?」

「鳩です、ぽっぽっぽ」

「であるなら、私は鍵です」

 少しだけ和らいだ彼女の空気が引き締まった。当然、それを分かった上で彼は敢えて続ける。

「檻の中を入れ替えるのも、可能性としては考えています」

「今いる檻の中の鳥がどうなっても?」

「どうなっても」

 まだ踏み込まないと決めていた領域に彼は踏み込まざるを得ないでいた。

というより、彼女に踏み込まされていた。ここで引けば、彼が持っていかれてしまう。

「我々によって必要な力ですから」

 このまま終わらせたくはなかった、それが彼の我侭としても。 

「今日のところは、これ位にしておきましょうか」

「助かります」

 これは彼の本心、25歳ともなればそれ相応の重みを持つ。彼のよく知るアイドルにはない重みを。

「最後に決めるのは、あの人ですから」

階下に戻ると、すぐに彼に声が掛かった。

「どこに行ってたんですかプロデューサーさん」

「少し、話は終わったのか?」

「今日のところは、ですけど」

「そうか、やっぱり難しいな」

 今日、顔を合わせただけで問題が解決するような浅い問題ではない。

何より、彼の隣にいる少女はまだ問題を直視できてはいないのだから。

「どうする? このまま帰るか?」

「まだ用があるんですか?」

「会わないままでいいのかって聞いてるんだ」

 最早、時間は残されていない。それは単純に流れた時間の長さではなく、培ってきた絆が彼らとの絆を超えてしまうまでの猶予。

「……大丈夫ですよ、年明けには会うんですから」

「屋上でここのアイドルと話したよ、彼が担当しているアイドルと」

「頑張ってるって言ってました?」

「彼をここから連れていくなって言われた、真剣な目で」

「そう、ですか」

 返答に困った春香が逃げ場を求める様に振り返り、そして見つけた。

「春香?」

 それは、一年ぶりの邂逅。

「やっぱり春香か、久しぶり」

765P「車を持ってくる、待ってろ」

P「プロデューサーどこ行ったんだ?」

春香「車を持ってくるって」

P「そうか、俺もありすを置いてきてるから乗せてもらっていいか?」

春香「わざわざ戻ってきたの?」

P「LIVEバトル」

春香「あ……」

P「渋谷さんか?」

春香「うん、ごめんね。黙ってて」

P「謝るのは俺の方だ、言い出したのはこっちなんだから」

春香「本当に、プロデューサーなんだね」

P「正真正銘のプロデューサーだ、雑用とは呼ばせねーよ」

春香「何か……大人になったね」

P「そうか?」

春香「うん、落ち着いたというか何て言うか」

P「大人ね、まだよく分からないな」

春香「私はこの一年で変われたかな?」

P「……綺麗になった」

春香「え」

P「ほら、早く来ないと助手席取っちまうぞ」

春香「ちょ、ちょっと待って!」

美希「着いたの」

ありす「どこですかここ?」

美希「お堀だよ」

ありす「堀?」

美希「うん、堀」

ありす「……」

 と言われても、とありすが押し黙る。鍛えてあげるの! と意気揚揚に美希を先頭に出てきたかと思えば、

着いたのは堀。彼女でなくても反応に困る。

千早「まあ、反応に困るわよね」

 事情を知っている千早はありすに同情の面持ちだ。どんな凄い何かが待っているのかと期待する気持ちも分かるが、

そこは星井美希。一筋縄ではいかない、良くも悪くも。

美希「あそこにいるよ、先生」

ありす「……鴨しかいませんが」

美希「だから鴨先生」

ありす「あの、私はもしかして冗談を言われているのでしょうか」

千早「残念だけど多分、本気だと思う」

 困ったありすが判断を千早に仰ぐも、そう答えられては納得するしかない。

美希「何が残念なの?」

ありす「頭が」

美希「先生は偉大なの!」

ありす「鳥は鳥です!」

美希「凄い鳥なの!」

千早「いつでも自然体でいられるって言い方をしてみたらどうかしら?」

美希「さすが千早さん」

ありす「美希さんとは大違いです」

 千早の提案にすぐさま乗りかかるのは子供ゆえか尊敬からか。とはいえ、そんな二人の同調はすぐに終わり、喧騒はすぐに訪れる。

美希「連れてきたのは美希!」

ありす「連れてきただけです!」

美希「ぷんぷかぷんぷん!」

ありす「意味が分かりません!」

美希「ありすちゃんにはまだ分からないかな、千早さんなら分かるよね?」

千早「……そうね」

ありす「本当ですか?」

 懐疑的なありすの視線を受け、必死に頭の中でぷんぷかぷんぷんを別の言葉に置き換えようと試みるが、そんな人生初の試みが咄嗟に上手くいく訳もなく。

千早「アイドルとしてデビューした頃は、歌が全てだった。歌さえあればほかに何もいらないって」

ありす「……」

千早「今も私にとって歌は大きいけれど、でもそれだけじゃない。それはこんなのどかな時間だったり、仲間と過ごす時間だったり……ってごめんなさい。
   これだと答えになって――」

 出てきたのは千早自身も何を言っているのと自らに突っ込みを入れたくなる言葉の羅列、これで納得される訳が――。

ありす「分かります」

美希「何で千早さんだとそうなの!?」

ありす「私が納得したからいいんです」

美希「美希は納得いってない!」

千早「それにしても、まだ連絡ないわね……プロデューサーまだ帰ってこないのかしら」

 これ幸いにと千早が話題を変える、頭の中では未だにぷんぷかぷんぷんの解釈を巡って凄まじい議論が沸き起こっていたが。

美希「どうする? どこかで遊んじゃう?」

ありす「遊びだったんですか」

千早「そうね……」

 これ以上ここにいると、また二人の間で喧嘩が起こりかねない。ならば、と千早は考える。

自分のテリトリーに二人を引きずりこんでしまえばいい。

ありす「カラオケ」

美希「なの?」

千早「三名、一時間で」

ありす「千早さんってカラオケ好きなんですか?」

美希「美希は聞いたことないけど、そういえば春香が行ったって言ってたような」

 慣れた様子で手続きを進める千早を美希が意外そうな面持ちで見つめていた。春香ならともかく、彼女が進んでこういう場所に来るイメージが彼女にはなかった。

千早「私から歌わせて」

 86点!!

ありす「凄い……」

千早「そんな……また……」

美希「千早さんどうしたの? 上手だったよ?」

 採点結果を凝視したまま固まる千早を、美希が不思議そうに見上げる。平均点よりもかなり上、美希が聞いても心地のいい歌声だが当の本人の反応は優れない。

千早「いいわ、そっちがその気なら」

92点!! 98点!! 72点!! 87点!!

ありす「高得点ばかり」

美希「でも千早さん満足してないの」

千早「足りない……あの時にあって今ここにないもの……そうよ!」

 自らが求める数字が現れない事に千早は苦悩していた。自身の歌はあの時と変わらない、いやそれ以上と自負している。あの時と違うのは、

千早「臨場感よ」

ありす「採点は機会ですよね?」

美希「美希もそう思うな」

千早「お願い、私に力を」

ありす「マラカス?」

美希「振るの?」

千早「さあ立ち上がって!」

店員「あの、そろそろお時間」

千早「延長で!」

 後にありすは語る。生涯において、決して忘れることはない1時間になったと。

P「ありす曰く、ここらしいんですけど」

 Pがメール画面を片手に困惑の表情を浮かべていた、律子にありす達はと訪ねれば出かけたとの返事。

ならばとありすにメールを送れば、返ってきたのがこの場所だった。

765P「カラオケ? 誰の発想だ?」

春香「……千早ちゃんだと思います」

P「千早?」

春香「この前、一緒に行ったことがあって……」

P「何か意味深だな」

 Pが詳しく聞こうと思った矢先、店から出てくる人影が三つ。

千早「やっぱり正解だったわ」

美希「疲れたの……」

ありす「一曲も歌えないカラオケって意味あったんでしょうか」

 晴れ晴れとした顔で先頭を行く千早と、その後を歩くありすと美希。

これだけで、中で何があったか春香は悟った。あの時の完全再現だ。

美希「千早さんの単独ライブと変わらないの」

P「何か、春香の心配が当たってそうだ」

春香「ううん、当たった」

美希「ハニー!」

765P「美希! 外でやめろって!」

美希「いいのいいの!」

 振りほどかれようとも美希には関係ない、地獄の1時間を耐え抜いた彼女には待望の清涼剤だ。

春香「千早ちゃんが言い出したの?」

千早「ええ、折角だから」

春香「大変だったでしょ?」
  
ありす「……はい」

春香「……だよね」

 同じ経験を共有した者にしか持てない、一種の連帯感が両者に生まれる。

ありすは今日、初めてまともな765のアイドルに出会えたと思った。

千早「次に会うのは年明けね」

P「どうなる事やら」

美希「楽しみにしてるの」

P「こっちこそ」

春香「またね、Pくん」

 互いにエールを交わし、違う道を進む。企画がこうなった以上、次に会う時は完全にライバル。

それでも今は、と彼も素直に応えた。

P「ああ、また」

 帰り道、送っていこうかとの誘いを断って二人は駅までの道をのんびりと歩いていた。

寒風は厳しいが、先まで室内にいたありすにとってはいい気分転換だ。

P「少しは勉強になったか?」

ありす「一つ」

P「一つだけ?」

ありす「変人にならないとトップアイドルってなれないんですね」

P「……いやそんなことはないだろ、きっと」

 違う、とは言えず彼は言葉を濁した。何を言ったところで、事務所に帰れば実例がもりだくさんだ。

ありす「それからPさん」

P「ん?」

ありす「どうして私を選んだかの答えをまだ聞いてません」

 痛いところを突かれ彼が足を止める。言うべきか否か迷った末、言えなかったのは自分の弱さ。

それでも、自分だけが逃げ続けるのはもう終わりだ。

P「本番までには決着をつけるから、それまで待ってくれないか?」

ありす「決着ですか?」

P「そう、決着。本当はもうとっくの昔に決まってた勝負なんだけどな。1年間ずっと逃げ回ってたけど、
  俺だけ逃げ回って他の奴には向き合えなんて言えないし」

ありす「それが終わったら教えてくれるんですね?」

P「……約束する」

 それだけを答えて、彼は再び歩き出した。新しい年は、もうすぐそこだ。

P「明けたな」

杏「あけおめ」

P「未成年だから休めって言われたけど、いいんだろうか」

杏「これでいいんだよ、正月まで働きたくない」

P「紅白出たくないのか?」

杏「楓さんに任せとけばいいんだよ、似合うし」

P「着物姿は綺麗だった、統括が全体を仕切ってたけど」

杏「で、はい」

P「何だその手」

杏「くれるものがあるでしょ?」

P「くれるもの?」

杏「お年玉」

P「俺より稼いでるのに集るのか?」

杏「こういうのは気持ちなんだよ」

P「はい気持ちあげた」

杏「この……」

P「貰う側にも態度ってのがある」

杏「あーんず! だーいすきなおにいちゃんからお年玉もらえたら、とってもはぴはぴ!」

P「なあ、真剣に聞く。何をどう考えたらその行動に結びつくんだ?」

杏「10万は固いと思ったのに」

P「ファンにやれよ」

杏「ファンにやっても同じ反応だよ、鍛えられてるから」

P「お前のファンと友達になれそう」

杏「嫌だよそんなの」

P「よし、着替えろ出るぞ」

杏「マジ?」

P「お年玉、欲しいんだろ?」

杏「で、どこに行くのさ?」

P「お年玉の一言で外に出ようと決めたお前に驚きだよ」

杏「いいよ、どうせ車だし」

P「二人で外出ってのもなかったからな」

杏「休み、合わなかったし」

P「合わせてもな、たまに仕事先で顔は合わせてたけど」

杏「苗字、合わせないの?」

P「母さんの旧姓は嫌か?」

杏「嫌じゃないけど、何で別々にしたのかなって」

P「だって俺の苗字って業界内だと有名だから、あの事務所って勘繰られるぞ」

杏「いいよそれくらい」

P「俺が嫌なの」

杏「何それ」

P「どこに行くか聞かないんだな」

杏「聞いて答えてくれるの?」

P「答える」

杏「……どこ?」

P「俺達が知ってる神社なんて一つしかない」

杏「あの神社、祈っても何にもならなかった」

P「なったろ、プロデューサーとアイドルだ。とんでもない力だ」

杏「それ神社のお陰?」

P「そりゃ色々と思うところはあるけどさ、神様に当り散らしてもなあ」

杏「案外、愚痴くらいなら聞いてくれるかも」

P「愚痴? 妹がアイドルになりました、俺より遥かに売れてます。嬉しいんですけど何か複雑です」

杏「兄がプロデューサーになったはいいけど、ハーレム作ろうとしてます」

P「ハーレム……」

杏「今年は何人増えるんだろうね」

P「増えねえよ!」

杏「杏が言うのもなんだけど、地味な神社だよね」

P「そもそも何を祀ってんだろうな」

杏「知らない」

P「だからご利益なかったのか」

杏「自分の名前も知らない相手に願われたって、叶える気しないよね」

P「覚えるか?」

杏「めんどい」

P「今更だよなあ」

杏「何か肝試しみたい」

P「正月なのにこの静けさは不気味だ」

杏「だって目立ちたくないからってわざわざ外れの無名神社に来てたんじゃん、人なんていないよ」

P「昔は所属していたアイドル一緒に来てたから」

杏「そんな時代もあったね」

P「あったあった、ほらお賽銭」

杏「くれないの?」

P「お前な」

杏「いいじゃん、杏の分も入れておいてよ」

P「お前の願いなんて知れてるけど」

杏「当ててみなよ」

P「楽したい」

杏「外れ」

P「嘘だろ!?」

杏「何その反応」

P「今年一番驚いた」

杏「面白くないから」

P「笑わせてねえよ、じゃあ何なんだよ?」

杏「そっちは?」

P「俺? んなもん給料上がりますようにだ」

杏「嘘」

P「嘘じゃねえよ、これも本当」

杏「いいけどさ、言わない方が叶う気がする」

P「神様の力になんか頼ってたまるか」

杏「それはいいけど、人に頼ることは覚えてね」

P「頼りっぱなしだと思う、割と本気で」

杏「それは結果的に頼ってるってだけ」

P「お賽銭くれたら聞いてやる」

杏「あげる」

P「……冗談だぞ?」

杏「いいよ、別にこれくらい」

P「それで気が済むなら」

杏「ん」

P「さて、御神籤でも……」

杏「考えることは同じ、だね」

P「みたいだな、上がってくるけど素直に待つか?」

杏「そんな言い方をするってことは何か考えてるんでしょ?」

P「ちょっとだけな」

まゆ「はあ……寒い……」

 汝の願いを答えよ

まゆ「え?」

 汝の願いを答えよ

まゆ「Pさん?」

杏「下手」

P「声優の経験もあるのに……どうしてばれた」

杏「だから下手だって」

まゆ「あの」

P「あ、おめでと。まゆ、歩いてきたのか?」

まゆ「下までタクシーで、それで」

P「じゃあ帰りは乗ってけ、送ってやるから」

杏「そこまでして来る場所?」

P「去年も来たのか?」

まゆ「いえ……去年は」

P「仙台だっけ? 三人とも激動の二年だったよな」

まゆ「……怒らないんですか?」

P「何て怒ればいいんだ?」

まゆ「私のせいって言えばいいじゃないですか!」

P「誰より自分を責めてる人間を怒っても何にもならないってもう知ってるから」

まゆ「それでも!!」

P「怒られてどうにかなるのか?」

まゆ「どう……」

P「目が覚めた時、動かないなって思った。声を出してみて、違うなって思った。
  やるせなさはあった、これで終わりかって。医師から話を聞いてもどこか他人事で、
  もしかしたら動くんじゃないかって思ったけどやっぱり動かなかった」

杏「……」

P「誰のせいにする気も起きなかったよ、負けた俺が悪い」

杏「天海春香のせいとは思わなかったの?」

P「話が通ってて俺が受かる前提だったのに負けたんだ。もうそんなの納得するしかない」

杏「できるの?」

P「あいつは太陽なんだよ。絶対に手の届かない太陽、伸ばしたところで俺みたいなのは落っこちる。
  で、実際に落っこちた」

杏「まだ落ちてない」

P「落ちちゃった、ごめんな」

杏「車、戻ってる。忘れないでね」

P「忘れてないって、ちゃんとやるから」

まゆ「杏さん、来たんですね」

P「お年玉に釣られてな、家族は?」

まゆ「家に」

P「そっか……最後に会ったのはもうずっと前だな」

まゆ「どうしてここに来ようと思ったんですか?」

P「まゆが来るかなって思って」

まゆ「……嘘が上手になりましたね」

P「LIVEバトル、聞いたか?」

まゆ「凛さんの希望と聞いてます」

P「曲がりなりにも決着をつけたいんだろうな、形にしないと納得できないから」

まゆ「Pさんは勝てると思いますか?」

P「いや、勝てなくていいと思う。まだ」

まゆ「まだ?」

P「それはありすも同じ、慌てなくていいんだ。時間はあるんだから」

まゆ「どうして――」

P「何でアイドルしようと思った?」

まゆ「……」

P「モデルやってたんだよな? そっちを続けようとは思わなかったのか?」

まゆ「いるんです」

P「何が?」

まゆ「Pさんが、ずっと私の中に」

P「迷わなかったのか?」

まゆ「迷いました、迷いましたけど」

P「何か決め手でもあったのか?」

まゆ「迷うならやれと言われまして」

P「……統括?」

まゆ「はい」

P「あの人も分からないな」

まゆ「この前、言ってましたよね。壁だと」

P「まゆにとっての統括って話か?」

まゆ「そう見えますか?」

P「見えるって言うか……んーと、まずまゆは一途で可愛い」

まゆ「かわっ!?」

P「驚くなよ、そんで不器用」

まゆ「料理とかもできます」

P「そういう事じゃないよ」

まゆ「……何が言いたいんですか?」

P「だから、俺に何かあったところでそう簡単に好きな人を変えられない。そいつがどんな馬鹿でも」

まゆ「馬鹿じゃありません」

P「ほら」

まゆ「そうやって……すぐにからかうんですから」

P「だから統括に目移りしたって聞いてもあんまり信じてなかった、でも事実でもいいと思ってた。
  そこまで変ったんなら、それもいいかなって。でも、そのまんまだった。何にも変わってない、いたのは俺がよく知ってる佐久間まゆだった」

まゆ「変わりましたよ」

P「でもそれは佐久間まゆとしてだ」

まゆ「どうして、ここに来る気になったんですか? 抱えなくてもいい問題に自ら飛び込んで苦しんで……それで答えが出るんですか?」

P「違う、逃げたんだ」

まゆ「逃げた?」

P「見たくなかった、だから逃げた。ここは俺にとってただの逃げ場だったんだよ、だから杏やまゆがいた事も知らなくて驚いて……顔を合わせずらかった」

まゆ「そうは見えません、入って立派に」

P「がむしゃらに進んだ、でもそれはあそこにいるよりマシだって自分に言い聞かせたからってだけだ」

まゆ「どうしてそんなに自分を卑下するんですか、そんなの聞きたくありません」

P「お前は壁越しでも俺を見続けただろう、俺はそれもできなかったんだよ」

まゆ「Pさん、あの……もしかして」

P「ありすに俺の歌を聞かせた」

まゆ「それはっ」

P「託す訳じゃない、代わりになってくれとも思ってない。けど、そうでもしないときっと春香は進もうとは思わないから」

まゆ「……私が示します」

P「まゆ?」

まゆ「言って下さい、彼女に」

P「いいのか?」

まゆ「Pさんはやっぱり意地悪ですね」

P「はは、治らないかな」

まゆ「Pさんはプロデューサーですから、もっと世界を広げて下さい。たくさんのアイドルを見て、たくさんの人と出会って、たくさんの夢を知って」

P「知って……どうするんだ?」

まゆ「そして最後に、まゆを見てくれたらそれでいいですから」

杏「お帰り」

P「ほい、約束の。まゆもやるよ」

杏「ありがと」

まゆ「まゆにもですか?」

杏「……ふーんって!」

P「何だ?」

杏「これ仕事場への地図じゃん!」

P「あ、間違えた」

マストレ「さて、また年始から凄い仕事だな」

P「千早がarcadia、美希がedeNってもう本気ですよね、こっちがカバーなんだからあっちもカバーするのかと思ってたんですが。
  何でよりによって200万も売った曲を持ってくるのかと」

マストレ「天海春香はまだ未定か?」

P「特に何も、別に教えてくれてもくれなくてもいいんです。あっちが好きに知らせてきただけですから」

マストレ「勝つ気も無いのだろう?」

P「勝たせてくれるんですか?」」

マストレ「少なくとも、あの三人はそう思っているようだ」

P「……らしいと言えばらしいですね」

マストレ「別にこちらを応援しろとは言わないが」

P「しますよ、プロデューサーなんですから」

ルキトレ「あ、いた!」

P「いたって何だよ、レッスンの邪魔はしないから安心しろ」

ルキトレ「身体は?」

P「復帰してから正月休みまで貰ったんだ、働ける」

ルキトレ「無理しちゃ、駄目だよ」

P「あんなのがそんな簡単に起こってたまるか、大丈夫だ。レッスン頼むな」

ルキトレ「あ……」

マストレ「追いかけたいか?」

ルキトレ「今はまだ、追いつけないから。レッスン手伝ってくるね」

マストレ「……どいつもこいつも」

凛「好調みたいだね」

まゆ「負ける訳にはいきませんから」

凛「あんまり拘るタイプには見えないけど、違うんだ。意外」

まゆ「連敗は許されません」

凛「連敗? 一度は負けたの?」

まゆ「ええ、ですから二度目は許されないんです」

凛「それは誰との勝負?」

まゆ「春香さんですよ」

凛「私は違うんだ?」

まゆ「違います」

凛「言いきられちゃった、今の私は眼中にないってこと?」

まゆ「目的が違いますから」

トレ「確かに変わった、少しだけど。でも確かな一歩」

凛「トレーナーさん」

トレ「凜ちゃんはどう? 歌ってみて、レッスンで何度か歌った事はあるけど。ステージ上はやっぱり違うでしょう?」

凛「どうなんだろう、他人の歌は初めてだから」

トレ「やるからには勝てるように」

凛「天海春香は前を見て進み続けてきた。それが正しいのか、違うのか。私が見てるのは本当に過去なのか、それは間違ってるのか。
  これが一番はっきりするから」

トレ「……正解なんて、一つじゃないよ」

凛「でも、きっと何かの答えはあると思う」

ありす「凜さん」

凛「おはよ」

トレ「おはよう、ありすちゃんもう少し遅くてもよかったんだよ?」

ありす「いえ、一つお願いがあるんです」

トレ「レッスンは今日はSTARTよね?」

ありす「参考資料があるんです」

トレ「参考資料?」

ありす「はい、これです」

トレ「CD……STARTなら事務所で用意したよ?」

ありす「天海春香のではありません、それはカバーです」

凛「他の人がカバーしたのを聞いて参考にしようって思ったの?」

トレ「カバーなんて……」

まゆ「どなたのですか?」

ありす「それは……秘密です」

凛「アマチュア?」

ありす「言ってしまえばそうです、ですが私と似ていますので」

トレ「それなら参考になるかも、聞いてみましょうか」

ありす「お願いします」

トレ「一曲しか入ってないけど、これでいいの?」

ありす「はい」

凛「何か」

まゆ「元の曲とまるで別物」

ありす「ここからです」

トレ「男性?」

凛「これっ!?」

まゆ「嘘……」

トレ「二人ともどうしたの?」

凛「いえ……まゆ」

まゆ「間違いありません、ありすちゃんこれをどこで?」

ありす「Pさんからです、参考にしろと」

トレ「彼から?」

凛「どういうこと?」

まゆ「まゆに聞かれても、何て言えばいいのか」

凛「でもこれ間違いないよ」

まゆ「……託す相手は、まゆではなかったということですね」

凛「悔しい?」

まゆ「いえ、言いましたから。最後に見てくれたらそれでいいと。それでも、あの子にも負ける訳にはいかなくなりました」

凛「気付かなかった、今まであの子の歌を聞いた事がなかったから。でも丁度いい、託すって言うのならこれで二人まとめて相手にできる」

ありす「知っているんですか?」

凛「知ってたら何?」

ありす「いえ」

凛「いいな、純粋に目指せるんだ」

ありす「目指している訳ではありません」

凛「参考にしたいから持ってきたんでしょ?」

ありす「はい」

凛「ありがと」

ありす「どうして凜さんがお礼を言うんですか?」

凛「ちょっとね、これはプロデューサーがいつ歌った曲なの?」

ありす「……知ってるんですか」

凛「まあね」

ありす「最後だと言っていました、アイドルとして最後だと」

まゆ「あの時」

凛「心当たりあるんだ」

まゆ「恐らく、最後のオーディションの時かと」

凛「本当に最後だ、残ってたんだ」

まゆ「貴方が紡ぐんですか? 過去と未来を」

ありす「私は私の歌しか歌えません、これはあくまで参考です。比べられない為に」

トレ「とりあえず、一通り歌って見ましょうか」

ありす「宜しくお願いします」

美希「春香」

春香「美希、珍しいね。屋上に来るなんて」

美希「曲、決めてないの?」

春香「……どうしよかなって」

美希「何でもいいんじゃないの? それとも本番まで黙っとく?」

春香「STARTは、元々は私の曲じゃない」

美希「だから?」

春香「私が歌ってもいいのかなって、本当はありすちゃんに歌って欲しいのかもしれない」

美希「本気で思ってる? だったら失礼だね、Pくんにもありすちゃんにも」

春香「だって! 私がいるからPくんは」

美希「逃げたね」

春香「っ!」

美希「今更なの、1年って変わるには充分だよ。春香も美希も変わった、Pくんも変わった」

春香「それは、そうだけど」

美希「春香に勝ちたいのは美希も同じ」

春香「何を言って……IA大賞は」

美希「出なかったよね」

春香「出ても同じだったよ」

美希「勝ったら、ハニーに言うから」

春香「言うって、美希」

美希「そんな所にいる春香はどう思われるんだろうね、笑われちゃうかもね。あはっ!」

春香「私は……」

美希「明日、待ってるから。楽しみにしてる」

千早「美希」

美希「千早さん、隠れてなくてもよかったのに」

千早「負けないから」

美希「そうこなくっちゃ、なの」

千枝「ありすちゃんおは……起きてたんだ」

ありす「うん」

千枝「緊張してる?」

ありす「してるけど、歌う事じゃなくて」

千枝「じゃなくて?」

ありす「何だろう、よく分からない」

千枝「見てるよ、ちゃんとありすちゃんに入れるね」

ありす「頑張るから」

凛「行ってくるね、どんな結果になっても報告に来るから」

統括「凛」

凛「統括、来てたんだ」

統括「行け」

凛「言われなくても行くって」

統括「……すまない」

凛「……何それ」

統括「プロデューサーが俺でなければ、ここまでお前は」

凛「だから、ここまで来れた」

統括「俺もだ」

凛「そう、なら少しはお似合いなのかもね」

統括「寝言は寝て言え」

凛「いってきます」

杏「何か決めたって顔をしてるね」

P「分かるか?」

杏「まあ、まゆはこっちに来るの?」

P「現地に一緒に行く事になってる」

杏「生放送なんて凄い企画になったね」

P「765の力だな」

杏「投票は視聴者を対象に投票形式、ここまで母数を大きくしたらとんでもない差になりそうだね」

P「操作」

杏「できるの?」

P「誰がするか、おっと来たな」

杏「出る」

まゆ「おはよ――」

杏「おはよ、またお洒落だね」

まゆ「……」

杏「何?」

まゆ「雨でしょうか」

杏「言う様になったね、着替え中。だから仕方なく」

まゆ「でしたら」

杏「入れると思う?」

まゆ「はい!」

杏「今日のあれ、まゆには絶対に入れない」

まゆ「当てにしてません」

杏「この……ちょっと近づけたからって」

P「そこ、二年前に戻ってるぞ」

杏「千枝なら妥協するけどあれとか嫌」

P「何の話だよ!!」

まゆ「行ってきます」

杏「はいはい、とっとと行って」

P「昼飯は冷蔵庫」

杏「分かってる」

まゆ「夕飯はまゆが作りますね」

杏「え」

P「作るか?」

杏「無理」

P「だとさ」

まゆ「楽しみにしてて下さいね」

杏「ある意味」

P「じゃあな」

杏「すっかり元気になって……まあ、悪くない。悪くないよね?」

765P「曲順は番組の冒頭でくじで決める」

P「セットは統一、どこまでも公平にですか」

765P「それと春香だが、すまない。直前まで公表しない事になった」

P「それならそれで、別に対策とかありませんから」

765P「というか、本人が決めあぐねてる」

P「順番、遅らせますか? 別に最初から決めても構いませんよ」

千早「いえ、予定通りさせて下さい」

P「千早」

千早「でないと意味がありませんから」

P「いいのか?」

千早「一番手でも最後でも同じです」

P「あくまで真剣勝負か?」

千早「歌に妥協はしたくありません」

P「それで春香がどうなったとしても?」

千早「勝つ為に来ましたから」

P「……分かった」

千早「私は春香の様にはできませんから、できるのは歌う事だけです」

P「……何だかんだで、春香の為だったりするあたりは千早か」

スタッフ「すいません!」

765P「はい!」

凛「投票は全員の歌が終わってから10分間、賞品も無いあくまで真剣勝負」

ありす「……」

凛「集中? 緊張?」

ありす「順番も決まってません」

凛「そう、まゆはどうしたのかな」

まゆ「いますよ」

凛「どこ行ってたの?」

まゆ「挨拶に、まゆだけ面識がありませんでしたから」

凛「会ったの?」

ありす「少しですが、よく知ってますね」

まゆ「先ほどお聞きしましたから」

凛「……ちょっと行ってくる」

美希「凜ちゃんだっけ? あふぅ」

凛「一人?」

美希「みーんなどこかに行っちゃったよ、美希はここでお昼寝」

凛「ひ、昼寝?」

美希「本番までまだ少しあるよ?」

凛「よくこんな状況で」

美希「春香なら屋上なんじゃないかな」

凛「屋上?」

美希「最近、よく行くから」

凛「ありがと」

美希「ううん、春香をお願いします。なの」

凛「は?」

美希「凜ちゃんみたいなタイプが一番かなって、美希じゃ駄目みたいだから」

凛「駄目って、私は別に」

美希「負けないよ」

凛「私も、負ける気ありません」

765P「少し時間が余ったな」

P「煙草でも行きます? 時間になったら連絡しますから」

765P「なあ」

P「何です?」

765P「戻ってくる気はないか」

P「また何を」

765P「俺のせいか?」

P「それこそ見当外れもいいところです」

765P「本当にそうか?」

P「ちょっと、外の空気を吸ってきます」

765P「……逃げられたか、そればっかりだな俺は」

P「やれやれ、あの人も全く」

春香「あ……」

P「よう、気が合うな。気分転換か?」

春香「Pくんは?」

P「気分転換、かな。でも丁度よかった」

春香「曲……決められないよ」

P「直前までに決めればいいさ、何を歌ったってファンは喜ぶ」

春香「どうしてSTARTなの?」

P「俺の終わりで、春香の始まりの歌。それじゃ駄目か?」

春香「私が奪った歌」

凛「……天海春香とプロデューサー?」

P「それはもう1年前に通り過ぎた道だ、忘れたのか?」

春香「忘れてない! 忘れてないけど」

P「ごめん、逃げて。本当は迷ってたんだ、このままCGプロに行ってしまっていいのかって、ここにいる未来もあるんじゃないかって。
  それでも俺は逃げた、見たくないって思っちゃったから」

春香「私のせいだよね」

P「眩しくなったんだ、それは春香だけじゃない。千早が、美希が、皆が眩しかった。成り行きで入った場所が、いつしか眩しすぎて」

春香「それはプロデューサーや律子さんや小鳥さんや社長や……Pくんがいたから、頑張れたんだよ」

P「ありがとう、そう思ってくれてるなら嬉しい」

春香「戻ってくるつもりは……ないの?」

P「上手くいくわけないと思ってた」

春香「シンデレラガールズが?」

P「100名以上のアイドル、社長はほとんど素人。手探りなまま何とか1年持っただけ、そんな印象だった。だから逃げ場には丁度いいなって思った。
  だけど入ってみたら、凄い輝いてた。笑っちゃうよ、眩しくて逃げてきたのに逃げた先も眩しくて……眩しすぎて、慣れちゃったよ」

春香「本当に?」

P「色んな思いがある、前向きだったり後ろ向きだったり。でもそれでいいんだって思えた、いつも前を向いていなくていい。いつも笑ってなくてもいい。
  それでも最後には皆が笑って、明日へ向かって進んでいける。ずっと前から分かってた、分からないふりして逃げて、でも思い知った」

凛「……」

P「俺はアイドルが大好きなんだ。ステージ上で輝いて、失敗して落ち込んで、レッスンで汗を流して、懸命に夢を届けようとするその姿が」

春香「Pくん、私は――」

P「歌ってくれたのが春香でよかった、春香だから俺は受け止められた。太陽みたいで、泣き虫で、転んだり跳ねた。そんな春香だから俺は……」
アイドルをまた好きになれた」

凛「……!!」

P「好きに歌えって、春香が泣いてたらあいつだって心配する。起きた時に笑って迎えよう、それが俺達が進んできた道の証になる」

春香「Pくん、あの、あのね」

P「泣くなよ、アイドルなんだから歌ってこい」

春香「……頑張るから」

P「へいへい」

凛「青春をありがとう」

P「……扉に隠れてたのか」

凛「いいもの見せてもらった」

P「本当にいい性格してるな」

凛「何あの半端な告白」

P「別にそういう告白をする気なんてないっての」

凛「付き合える見込みがないからこっちに逃げて女探ししてたの?」

P「何とも悪意のある言い方だなおい、統括に言うぞ」

凛「いいよ」

P「この事務所のアイドルは本当に……」

凛「まあいいや、お互い頑張ろうね」

P「もう時間だろ、さっさと行け」

凛「勝ったら一つ言う事を聞いてよ」

P「勝ったらな」

凛「そうだね、プロデュースして欲しいな」

P「俺に?」

凛「アイドルはいいよ、何か可哀想だし」

P「可哀想……」

凛「だから代わりに歌うよ。二人合わせればもっと届く、それにさっきの言葉は私も共感したから」

P「さっきって?」

凛「私もアイドルは大好きだから、じゃあ下で待ってる」

P「……白菊さんの時は泣きそうな顔してたくせに」

765P「戻ってきたか」

P「今からですよね?」

765P「何か顔が赤いぞ、どうした?」

P「いえ、ちょっと色々と」

765P「まあいいが、抽選だ」

美希「1番!」

P「げ!」

765P「一番手だからって委縮するタイプじゃないぞ」

P「よく知ってますよ」

千早「2番です」

P「固まってくれたのはラッキーか……次は渋谷さん引いてしまえ」

ありす「3番です」

P「何でお前は妙な所で」

765P「……変な念を送るからだ」

まゆ「4番」

凛「5番」

P「うわ、3連発」

765P「自動的に春香は最後か」

P「ちょっと、確認してきますね」

美希「1番だよハニー!」

765P「それは順番であって順位じゃないからな」

美希「決まった様なものなの」

春香「美希、それだと私がドベって事になっちゃうんだけど」

美希「違うの?」

春香「逆にしてあげる!」

千早「私は5位ってこと?」

春香「千早ちゃん……意地悪」

美希「そういえば春香、凜ちゃんに会った?」

春香「会ってないけど、私に会いに来たとか?」

美希「屋上にいるって案内したの、行き違いになっちゃったのかなあ」

春香「……あ」

765P「そういえば……Pも外の空気を吸ってくるとかなんとか」

美希「美希、もしかして酷い事しちゃった?」

凛「そうだね、なかなかいい青春だった」

春香「あれはそんなのじゃないから!」

凛「プロデューサーもただの男だって分かっただけ収穫かな、ありがとう。ちょっと吹っ切れた」

春香「あ、あははははは」

まゆ「ただの男ではありません、凄い人なんです」

千早「そうね、だから私達も応えないと」

765P「もう一人の子はどうしたんだ?」

凛「さっきまでいたのに、どこだろ?」

ありす「Pさん」

P「ありす」

ありす「直前まで担当アイドルに一声も掛けないなんていい度胸です」

P「忙しかったんだよ、3番手だな」

ありす「凛さんとまゆさん、Pさんの事を知っているようですが」

P「聞かせたのか?」

ありす「唖然としてました」

P「唖然ね、あの二人は直に聞いたことがあるってのに」

ありす「直にですか」

P「まあ、一人はもう古い付き合いだから」

ありす「だからこの三人なんですか?」

P「俺の意向はありすだけ」

ありす「……それで、教えてくれるんですか?」

P「もう俺は歌えないって話はしたよな?」

ありす「しました」

P「で、実はありす以外の5人は知ってたりする。とっくの昔に」

ありす「一人だけ仲間外れですか」

P「俺が自分からアイドルだったって言ったのもありすだけだよ」

ありす「そういう言い方は、狡いです」

P「俺の性格なんてもう知り尽くしてるだろ?」

ありす「1年で全てが知れる程度の人にここまでついていこうなんて思いません」

P「765からこっちに来て……実はあんまりやる気なかった、来た理由も来た理由だったから」

ありす「何ですか、誰かに振られて逃げてきたんですか?」

P「……ゲームの主役にそういう奴がいるのか?」

ありす「凛さんが言ってました、プロデューサーもただの男だったって」

P「俺は最初からただの情けない男だよ」

ありす「それは知ってます」

P「泣かされそう」

ありす「泣くのは結果が出てからです」

P「だからプロデューサーとしてやれるかどうかなんて未知数だったし、通用するとは思ってなかった」

ありす「してますよ」

P「加蓮がいて奈緒がいて、幸子がいて楓さんがいて、そんな奇跡の積み重ねで何とか綱渡りしてた。
  綱渡りしながら何とかこらえてたらある日、隣に綱渡りしてるのを見つけた」

ありす「……私ですか?」

P「他にいるか?」

ありす「そんな馬鹿みたいなことする趣味はありません」

P「名前で呼ぶな、馴れ馴れしくするな。空き時間はミステリーかゲームに没頭、音楽の勉強の為であってアイドルそのものに
  さして興味はないと公言。この上ない綱渡りだったと思うが」

ありす「……」

P「こいつ落ちたら俺も落ちようかなって思って、あの日に誘ったんだ。運命を他人任せにした記念すべき瞬間」

ありす「どんな記念ですか!」

P「だから話してみた、どんな反応するかなって思って」

ありす「あの無駄にシリアスな語りは嘘だったんですか?」

P「あれもあれで本当、ありすが落ちたら落ちようって決めて吹っ切れてたから言えた。
  諦めきれないけど、でも一人で進むにも限界だったから。道連れにしてやろうかと」

ありす「色々な意味を込めて言います、大概な人ですね」

P「どうも」

ありす「それでよくここまで続きましたね」

P「だってそんなイメージ持ってたのを連れ回したら全てついてきて、ついには待てますかときた」

ありす「どんな気持ちで聞いてました?」

P「いつ落ちるのかなって」

ありす「今すぐ落ちて下さい」

P「ありすより先に落ちるのは嫌だな」

ありす「それだけで続けられたんですか? そこまで追い詰められてた人が」

P「落ちないから」

ありす「落ちましょうか?」

P「俺より先には落ちるのは無理だろ?」

ありす「足を引っ張りますから」

P「お前な」

ありす「嘘ですよ。多分、そんな事をしたところで千枝が邪魔してくるだけです」

P「千枝を何だと思ってんだよ」

ありす「仲間です」

P「……だから落ちないか」

ありす「私が綱渡りをしていたのは認めます、ですがPさんは違います」

P「俺の方が先に綱の上にいたと思うが」

ありす「私がいるのを見つけて、わざわざ隣の綱の上に乗ってきただけです」

P「そんなの変人にも程がある」

ありす「自覚してなかったんですか?」

P「そんな悲しい自覚はしたくない」

ありす「本当に情けない人は綱渡りしながら人の問題に頭から突っ込んでいきません。綱から綱へと飛び移りながら落ちたい落ちたい言ってる人がいて誰が本気にするんですか」

P「落ちたいからやってるだけかも」

ありす「その人は誰かの前で落ちるような真似はしません、落ちるなら誰もいない所で落ちていく人です」

P「買い被りすぎだ」

ありす「Pさんのこれまでなんて知りません、知ってるのはこの一年だけです。でも、この一年は誰よりも見てきました。見てきたから言えます」

P「ありす、時間だ」

ありす「Pさんが誰よりもこの世界に夢を見ているから、私も隣で夢を見ていられるんです」

P「……そんな必死になるな、今からステージに立つんだぞ?」

ありす「心配しないでください、仕事はきちんとします」

P「大きくなったな、たった一年なのに」

ありす「当然です、誰が育てたと思ってるんですか」

P「本当に言う様になったな。いってこい、ありす」

ありす「いってきます、Pさん」

美希「美希の聞いてた?」

P「聞こえてた、千早もかっこいいな」

美希「Pくん」

P「言った」

美希「……そっか」

P「そうだよ」

美希「男の子だもんね」

P「そうだよ優しい男の子だ」

美希「優しいだけじゃ駄目なの」

P「駄目でいいんだよ」

美希「美希は諦めないから」

P「俺は諦めた訳じゃないよ、気づいただけだ」

美希「強がり」

P「ここで強がれるほど大人じゃないよ」

美希「どうめいも今日で終わりだね」

P「同盟? ああ、あったなそんなの」

美希「美希が勝つのをそこで黙って見てればいいの!」

P「ふられたら言えよ、おにぎり作ってやるから」

美希「あっかんべー!」

千早「何を話してたの?」

P「春香はあっちだぞ?」

千早「感想を」

P「いつもどおり、いつもどおり過ぎて笑ったよ」

千早「……ごめんなさい」

P「それは前も聞いた、誰も気にしてない、伊織や貴音が何か言ったのか?」

千早「いえ……」

P「春香は強くもないが千早の思うほど弱くもなかった、辛かっただろうけどさ」

千早「辛かったのは、プロデューサーも同じはずです」

P「最初に俺を事務所で見た時の春香の反応を見れば誰だって思う。現にすぐに問い詰められて事情が発覚して、大変だったよなあ」

千早「私は邪魔だと言いました」

P「実際、邪魔だったよ」

千早「あの時の私は――」

P「妹がいるって話を前にしたよな?」

千早「え、ええ」

P「アイドルになってたよ」

千早「アイドル……?」

P「そう、嬉しいやら寂しいやら。何か変わってないけど、変わってた」

千早「もしかして事務所も」

P「同じ、苗字が違うからばれてないけど。いや、気づいているのが一人いたな」

千早「今は?」

P「一緒に住んでるよ、兄妹だから」

千早「……そう」

P「悪かった、過去にこだわるななんて偉そうに。やっぱり家族っていいもんだな」

千早「何か、喧嘩してばかりだったわね」

P「言ってなかったけど、最初に春香に会った時に言われたんだ。千早に歌が似てるって」

千早「春香から見れば似たもの同士ってこと?」

P「かもな、違うと思うんだけどなあ」

千早「準備、できたようね」

P「ここからが俺達の――」

ありす「STARTです」

765P「この曲調」

まゆ「Pさんの……」

凛「へえ」

美希「こんな曲だっけ?」

千早「歌うの春香のSTARTよね? 予定変更?」

春香「……この子」

P「最初からそのつもりだった、か」

美希「何か、千早さん……ううん違う、でも」

凛「まゆ」

まゆ「……Pさんです」

凛「本番でいきなり変えてくるなんてね、流れを変えてくれたのは感謝だけど」

まゆ「負けられない理由が増えました」

凛「なら、踏ん張りどころだね」

スタッフ「あの」

P「はい?」

スタッフ「視聴者からのメールが番組にきているんですが、その中に貴方の名前が入ったものが」

P「私の?」

スタッフ「懐かしいとか、また聞けて嬉しいとか」

P「……見せてもらえますか?」

スタッフ「こちらです」

千早「本当にたくさん……懐かしくて涙が出てきました、また歌ってくれる日を待ってます。大好きなアイドルが頭に浮かびました、どこで何してるんだろうなあ。
   彼がいたから私は頑張れました。まだ応援してます、どこにいるか探してもらえませんか?」

P「どうして……この曲はあそこにいた人しか知らないはず」

千早「分かるのよ、本当に応援していたからこそ」

P「……何だよもう……本当に……」

 その一歩がこの今へあの未来になる

P「俺の一歩も無駄じゃなかったのかもな」

ありす「ふう……」

まゆ「どうしてその曲にしようと思ったんですか?」

ありす「Pさんが渡ってきた綱ですから」

まゆ「つな?」

ありす「一緒に歩きたいと思いました、それだけです」

P「ありす」

ありす「歌いましたよ」

P「ああ、聞いてた」

ありす「それだけで――」

美希「わ」

凛「抱きしめた……」

P「ここに来てよかった、ありすでよかった。ありがとう、いい歌だった」

ありす「え、えっとP,Pさん、ここでそんなあの」

P「ん? あ、悪い」

ありす「別に悪くありませんけど! もっと流れととタイミングと時間を考えてですね」

美希「ほとんど同じなの」

765P「美希、そこは突っ込んでやるな」

凛「へえ、今度は年下にするんだ?」

P「待て、何だその目は」

まゆ「年下でも小学生はいけませんよぉ、Pさぁん?」

P「そんな意味は込めてない! ほら出番だろ、行ってこいって」

まゆ「見てますから、見ていて下さいね」

凛「壁越しに?」

まゆ「結果は一緒に報告に行きましょうね、渋谷さん」

凛「望むところ、私がまゆより上だったって横断幕掲げてもらうから」

P「嫌だそんな事務所」

美希「楽しそうだね」

765P「戻ってこないなんて、本当にもう余計なお世話でしかないんだろうな」

美希「寂しい?」

765P「ま、少しはな」

美希「ハニーには美希がいるから大丈夫!」

P「ほら! いい歳したおっさんが中学生をたぶらかしてるぞ!」

765P「こっちを巻き込もうとするな!!」

凛「歌えたよ」

P「難しい歌だったな」

凛「……魔法使いだと思ってたのかもしれない」

P「誰が?」

凛「プロデューサーが」

P「何の魔法だよ」

凛「何でも知ってて、何でもできるのに何もしない。だから苛立ってたのかも」

P「違うってばれたか」

凛「ただの男だった、何か一生懸命でどこか抜けててどっかの誰かに似てるただのプロデューサー」

P「統括のこと言ってるのか?」

凛「聞いてたかな」

P「絶対に聞いてる」

凛「うん、私もそう思う」

P「……まあ結局、憧れは憧れなんだよな」

凛「歌うよ、彼女にも届くように」

P「届くさ、叩き起こしてやる」

春香「聞いてて懐かしかったよ」

ありす「……春香さん」

春香「なあに?」

ありす「この歌を歌えたのは春香さんのお陰です、ありがとうございました」

春香「私のお陰じゃないよ、これは――」

ありす「歌い続けてくれましたから、こういう企画ができたんです。だから春香さんのお陰でいいんです」

春香「頑張って歌ってくるね! ありすちゃんに負けないように」

ありす「……必ず、いつか超えて見せますから」

765P「で、結果だが」

美希「何なの! 何なのなの! ぷんぷかぷんぷんなの!」

P「惜しかったな」

美希「千早さんの壁は大きかったの……」

千早「本当にいいのかしら……」

765P「文句なしだ、おめでとう千早」

凛「い、一票差?」

まゆ「報告に行きましょうね、凛ちゃん!」

凛「この……」

ありす「千早さんと美希さん以外、順番がそのまま順位になったんですね」

P「あっちの隅で座り込んでるのどうします?」

765P「暫くそっとしておこう。春香の敗因は、まあ君だろうな」

ありす「私ですか?」

765P「話題性は抜群だった、春香はちょっと二番煎じになっちゃったか」

P「上位なんて凄いぞありす、快挙だ」

ありす「次はもっと上を目指します」

P「そうか、にしても渋谷さんとまゆは一票差か……まさかな」

ありす「何か?」

P「いや。よし、帰るか」

ありす「一緒に、ですよ」

P「ああ、一緒にだ」

ちひろ「見てましたよ、お疲れ様でした」

P「まあ何とか下に三人が固まるのは回避できました」

ちひろ「そんなPくんにご褒美です」

P「ボーナスですか?」

ちひろ「どうぞ」

P「何ですかこれ……あ、見つかったんですか」

ちひろ「頼まれてましたから、Pくんの事務所にいた子達が何をしているかのリストです」

P「ありがとうございます、元気にしてるなら一安心です」

ちひろ「本当に安心ですか?」

P「ええ、本当に」

ちひろ「ご褒美はそれだけじゃありませんよ」

P「スタドリでもくれるんですか?」

ちひろ「そんなのじゃありません、休暇です」

P「休暇? だってイベントも迫ってきてるんですよ?」

ちひろ「それは私達に任せて下さい、怪我が治ったとはいえまだ本調子でもないんですから」

P「しかし」

ちひろ「社長命令です、会いに行ってあげてください。きっと待ってます」

P「……本当に待ってるんでしょうか?」

ちひろ「今のPくんなら、大丈夫」

P「行くだけ、行ってみます」

終わり 次回は2月1日
残り3話 確かに分かりにくいので残りは台本形式でいきます
それにしてもクロスは難しい

連作短編28

忍「夢の跡の道しるべ」

社長「今の調子はこんなところですね、会っていかれますか?」

P「いえ、元気であれば。また来ます」

社長「いつでもお待ちしています」

P「すみません、わざわざ時間を取って頂いてありがとうございました」

社長「自分を責める必要はもう、ないと思いますよ」

P「少し、考えます。失礼します」

社長「……この二年、背負い続けてきたのかな。彼は……いや、今も背負い続けているのか」

P「これで残りは一人か、一週間の休みもあっという間だな……会ったり会わなかったりだけど」
ホテルマン「お部屋は720号室でございます、ご案内しましょうか?」

P「いえ、昨日も泊ってるので分かってますから。ありがとうございます」

ホテルマン「ごゆっくりおくつろぎ下さいませ」

P「そんなに高い金も出してないのにいい所だな、社長が少し出してくれたのかな。ああここ……」

少女「」

P「……誰? 倒れてる?」

少女「」

P「大丈夫ですか? おーい! 聞こえてますか!?」

少女「ん……」

P「よかった生きてる」

少女「あ、え!?」

P「おあ!?」

少女「えっと、起こしてくれた?」

P「まあ、俺の部屋の前で倒れてるから」

少女「……」

P「待て待て待て待て、何で服を脱ごうとするんだよ!?」

少女「泊めて」

P「それはフロントに言った方が早いって」

少女「私の財布の中身、プライスレス」

P「警察」

少女「通報したらあんたにホテルまで連れ込まれた上に脱がされたって言うから」

P「人の善意を何だと思って」

少女「どうする? ここで犯罪者になる? おじさん」

P「悪いが俺をおじさん呼ばわりする奴に用はない」

少女「待って、本当に待ってお願い!」

P「家出か?」

少女「」

P「図星か、警察に居場所を知られたら困るのはそっちの方なんじゃないか?」

少女「分かった脱ぐから」

P「だからそれは止めろ!」

少女「へー、部屋の中はこうなってるんだ」

P「泊まれもしないホテルの中をうろついてたのは何でだ?」

少女「誰かに買ってもらおうかなって」

P「ほう」

少女「冗談、雨風凌げる場所が他に見当たらなかったってだけ」

P「駅でも公園でもいいだろ」

少女「こんな冬にそんな所いたら死ぬって」

P「お金も持たずに家を出ておいて何を言ってるんだ」

少女「ああもう、アタシをここに置いておくだけでいいんだから」

P「お腹が盛大に鳴ったが」

少女「いいの、別に」

P「家を出た理由は?」

少女「……」

P「警察」

少女「……通報すればいいじゃない」

P「君の言い分が警察に信用される可能性はあんまり高くないと思うが?」

少女「言ったら馬鹿にするに決まってる」

P「喧嘩でもしたのか?」

少女「進路のこと」

P「学生か、年は?」

少女「16」

P「16? 何だ受験生でもないのにもう揉めたのか?」

少女「違う」

P「言わないと俺は最終的な判断を下せないんだが」

少女「……になりたいの」

P「何だって?」

少女「アタシ、アイドルになりたいの!!」

P「アイドルって」

少女「どうせ馬鹿にするんでしょ、アタシじゃ絶対に無理だって」

P「アイドルって、歌って踊るアイドル?」

少女「それ以外にある?」

P「まあ、ないが」

少女「それで新幹線に乗ってここまで来たの」

P「で、お金を使い果たしてこんな所で俺に捕まったと」

少女「文句ある?」

P「文句しかない」

少女「ほらやっぱり」

P「俺が言うのも何だが、家に帰ってもう一度きちんと話し合った方がいい」

少女「無駄だよ、話し合った挙句がこれなんだから」

P「だからって親の承諾もない子が入れるプロダクションなんてどこにもないぞ」

少女「そんなのやってみないと分からない」

P「同意書の提出もなしに受けるところがあればそこは碌な所じゃない」

少女「何でそんな事が分かるの?」

P「関係者だから」

少女「は?」

P「アイドルだったから、俺は」

少女「いや、うん。嘘でしょ?」

P「目の前の箱を使って調べようとは思わないのか?」

少女「名前は?」

P「ほれ、字も分からないと調べようがないだろ」

少女「変な名前」

P「芸名だよ、もうあんまり出てこないだろうけどな。事務所も潰れたし」

少女「……本当に出てきた」

P「納得したか?」

少女「何で元アイドルがこんな所にいるの?」

P「元アイドルだったらいちゃいけないのか?」

少女「そんな事ないけど」

P「それから一つ忠告」

少女「何?」

P「こんな簡単な嘘に騙されるならアイドル向いてない」

少女「は!?」

P「そう簡単にアイドルだったのがいると思ったか?」

少女「だってそっくり!」

P「だから嘘になるんだよ、似てなかったら最初から信じないだろ」

少女「最低!」

P「さっきまで人を脅してた子の台詞じゃないな」

少女「じゃあ名前は何?」

P「さあ何でしょうな」

少女「お兄ちゃんとでも呼ぶ?」

P「妹は間に合ってるからいい」

少女「流石に呼び方が決まってないと不便なんだけど」

P「家はどこだ?」

少女「……青森」

P「何だ、俺の目的地だ」

少女「青森に何の用?」

P「ちょっと人に会いに行こうかと思って」

少女「また珍しい」

P「じゃあそこに行くまでの付き合いだ、送るくらいはしてやる。そっから先は知らん」

少女「泊めてくれるの?」

P「ベッドは俺が使う、お前はソファ」

少女「お前……」

P「そう呼ばれるのが嫌なら名乗れ、ちなみに俺はお前でも貴様でも構わないから」

少女「工藤忍」

P「工藤さんね、じゃあとりあえず」

忍「……お腹」

P「何か買ってくる」

忍「東京って何か味気ないね」

P「ここは栃木だ、東京じゃない」

忍「一緒だって」

P「東京はもっと栄えてる。そのツナマヨは俺のだ、手を出すな」

忍「ケチ」

P「ケチでも何でも結構、食わせてやってるだけありがたく思え」

忍「この辺りに住んでるんじゃないよね? ホテルに泊ってるんだから」

P「住んでるのは東京」

忍「東京生まれ?」

P「そうだな」

忍「凄い」

P「日本人の10分の1は東京に住んでるんだ、ありきたりな連中の一人だよ」

忍「でもそこまで行かないと何にもない」

P「何にもねえ、そもそもアイドルになりたい理由は?」

忍「皆に認めてもらうため」

P「認めるって、自分の価値とか?」

忍「田舎に生まれた何の取り柄のない娘でも、輝ける場所があるって」

P「勉強でも運動でもいいと思うが」

忍「ならアイドルでもいいじゃん」

P「……それなりに賢いな」

忍「勉強も運動もアイドルだって、結局は努力次第でしょ?」

P「確かにそうだが、結果が出なかったらどうするんだ? その時に帰る場所がなかったら?」

忍「頑張る」

P「頑張るって」

忍「でもそれしかないでしょ、失敗したらその時に考える。やる前から失敗した時の事なんて考えないでしょ?」

P「それは周りの環境が整ってたらの場合で、工藤さんの場合その前提がないから言ってるんだ」

忍「結果を示せば認めてくれるはず」

P「認めてくれなかったら? いいか? その年でアイドルになろうとするのもはっきり言って遅い。
  今までダンスのレッスンを受けたことは? 何か子供の頃からしてたことは?」

忍「……ないけど」

P「なるなとは言わない、だが自分の親も説得できないでなるって言うならそれだけの覚悟が必要なんだよ」

忍「何でそんなことばっかり」

P「明日、もし時間があるなら俺についてくるといい」

忍「人に会うんじゃないの?」

P「会う、元アイドルに。今度は本当だ」

忍「現実を知れってこと?」

P「どう受け止めるかは君次第だ、どうする?」

忍「分かった、行く」

P「なら決まりだ、さてじゃあ大浴場でも。楽しみだ」

忍「アタシも入る」

P「宿泊者でもないのにどうやって入るんだ? 大人しく室内のシャワーで我慢しろ」

忍「そこは譲る優しさとかないの?」

P「今くつろげてる事実を忘れてないか?」

忍「着替えもない」

P「一日くらい諦めろ、自業自得だ」

忍「うー」

P「分かったか、大人しく待ってろ」

忍「じゃあ一つお願い」

P「何だよ?」

忍「何かアイドル雑誌買ってきて」

P「ほい」

忍「もしかしてアイドルオタク?」

P「まあ詳しい方だろうな」

忍「渋谷凛」

P「知ってる」

忍「前川みく」

P「猫」

忍「上条春菜」

P「眼鏡」

忍「水本ゆかり」

P「何でさっきから特定の事務所のアイドルばかりなんだ?」

忍「入るならここがいいかなって」

P「……またどうして」

忍「色んなアイドルがいるから、アタシも刺激になるかなって」

P「埋もれるかも知れないって事だぞ。この事務所、総選挙やってアイドルに順位つけてるんだから」

忍「アイドルやってたら当然でしょ?」

P「入ってくる、あるのは好きに読んでていい」

忍「はーい」
――

P「なかなか良かったな……大人しくしてたか?」

忍「ねえ」

P「今度は何だ?」

忍「アイドルだったら誰が好き?」

P「誰が、か」

忍「これだけ詳しいなら誰かのファンなんじゃないの?」

P「敢えて言うなら」

忍「うん」

P「橘ありす」

忍「誰?」

P「まあその程度だよな、まだまだって事が分かっただけでも収穫」

忍「あ、何ださっき話に出た事務所の子だ。へー12歳」

P「その年代では有望株の一人だと思う」

忍「本当だ、順位も高い」

P「続くかどうか分からないけどな、まあそれも目安でしかないよ」

忍「何そのプロデューサーみたいな言い方」

P「……寝よう」

忍「あれ、ベッドじゃないの?」

P「これで本当にソファに寝かせたら後で何を言われるか分かったもんじゃない」

忍「何も言わないって」

P「もう寝た」

忍「……借りは絶対に返すから」

P「はいはい、お休み」

忍「ふぁ……ってもう朝! あれ? あいつ……」

P「よう、起きたか」

忍「どこ行ってたの?」

P「朝飯」

忍「ありがとうございます」

P「何だ気持ち悪い」

忍「アタシだってお礼くらい言う」

P「しかしこんなのばっかり食ってるとちゃんとしたのが恋しくなるな」

忍「あ、これ貰っていい?」

P「何だ、好きなのか?」

忍「ううん」

P「じゃあ何で欲しがったんだ?」

忍「おまけって得した気分にならない?」

P「ペットボトルにストラップ付いてるからって買う理由にはならないけどな」

忍「でも買ったんでしょ?」

P「何となくだよ、何となく」

忍「いいの、こういうの好きだから」

P「さて、もういいか? チェックアウトするから先に外に出てろ。同時に出て見つかったらめんどくさい」

忍「りょーかい」

P「うわっさっむ!」

忍「慣れてないんだね、これくらいでも駄目?」

P「悪かったな貧弱で」

忍「じゃあさっさと移動しようよ、駅も目の前だし」

P「朝っぱらから元気だな」

忍「アタシまで暗かったら何か誤解されそうだし」

P「後ろめたいのはそっちだけだけどな」

忍「こんな平日からうろちょろしてるあんたに言われたくない」

P「言っておくが俺は社会人だ」

忍「……またまた」

P「給料ももらってる、今は有給消化中だ」

忍「世の中、絶対におかしい」

P「失礼にも程があるぞ」

忍「しかも指定席って」

P「自由席でもいいんだけど、まあ確実に」

忍「金持ち? どっかの社長の息子とか」

P「……ソンナワケナイダロウ」

忍「あーあ、やっぱりいる所にはいるんだ」

P「俺がそうとは言わないが、そんなのいくらでもいると思うが。日本に会社がいくつあると思ってん  だ」

忍「アタシはそういうのとは無縁だから」

P「最初から途中までの切符買ったのか?」

忍「だってそこまでしか持ってなかった」

P「どうなるか考えなかったところが恐れ入る」

忍「いいの、何とかなったんだから。でも混んでるね」

P「何かイベントでもあるのかな」

ゆかり「すみません、失礼します」

P「ああはい、どうぞ」

ゆかり「」

P「」

忍「え? 水本ゆかり?」

ゆかり「は、はいそうです」

忍「うわ本物だ、凄いなあ。ねえ?」

P「ソウダナ」

忍「何その反応」

ゆかり「ちょっと、席を外しますね」

忍「行っちゃった、でも青森までもしかしたらずっと一緒かも」

P「すまん、俺も席を外す」

忍「もしかして我慢してたの?」

P「まあ」

忍「無理しなくていいのに、早く行ったら?」

P「悪い、ちょっと時間かかる」

忍「気にしなくていいって」

P「また奇遇にも程がある」

ゆかり「やっぱりプロデューサーさんですよね?」

P「互いにそっくりさんではないか、里帰りか?」

ゆかり「お仕事も兼ねて、ちょっとした凱旋気分です。といっても、明日には東京に戻ってリハーサルなのでゆっくりはできないんですけど」

P「一人で移動してるのか?」

ゆかり「いえ、ただこの混雑ですから席がまとまって取れなくて」

P「何でこんなに混んでるんだろうな?」

ゆかり「プロデューサーさんご存知ないんですか?」

P「何かあるんだっけ?」

ゆかり「雪祭です」

P「青森にもあるのか?」

ゆかり「はい、でも札幌ほど有名でもありません。でも本当に奇麗なんですよ」

P「なるほどとんでもない時に合わせちゃったか」

ゆかり「それで、その」

P「ん?」

ゆかり「隣にいた方は?」

P「ああ、あの子か」

ゆかり「お休みを取っているとは聞いていましたけど、妹さんですか?」

P「いや、あのさ」

ゆかり「はい」

P「できれば他人の振りをして欲しいんだ」

ゆかり「何か事情が?」

P「まあ、大した事じゃないんだけど」

ゆかり「どこまで行くんですか?」

P「青森」

ゆかり「同じですね、それまでずっと初対面の振りをしてればいいんですね?」

P「頼めるか?」

ゆかり「分かりました、何とお呼びしましょうか?」

P「アイドルが初対面の男に積極的に話しかけてちゃ駄目だって」

ゆかり「そうですね……分かりました」

P「何で妙に嬉しそうなんだ?」

ゆかり「いえ、しっかりと演じてみせますから」

忍「やっぱり忙しいのかな、座ったらすぐに寝ちゃった」

P「こうなるのかよ」

忍「動いたら駄目だよ、水本ゆかりの枕なんて凄い名誉なんだから」

P「へいへい、分かってますよ」

忍「でもこれも誰かに撮られたらスキャンダル?」

P「上着でも掛けとくか」

忍「でも何か、こうやって見ると普通の女の子だ」

P「アイドルになった瞬間、オーラが出るとでも思ってるのか?」

忍「そうじゃないけど、こうもっと」

P「ステージに立ってるのを見れば分かるんじゃないか? 24時間気を張ってても疲れるだろ」

忍「そんなものなのかな」

P「そんなものだろ」

忍「ねえ、ちょっと変な人がいる」

P「変って?」

忍「何かおかしい」

P「おかしいって、変に熱狂的なファンがいたら厄介だな」

忍「あそこ」

P「どれどれ」

愛海「あー至福だわ」

忍「さっきから隣の人の胸を揉んでる、何か触られてる方は苦笑してるけど」

P「隣の席、くじか何かで決めたんだろうなあ……後で何か奢っておこう」

忍「言いたくないけど、棟方愛海だよね?」

P「……まあそうだな」

忍「あれ、ただのキャラだと思ってた」

P「……うん」

忍「アイドルって、色々なんだね」

P「色々だ、うん」

忍「ああ、着いちゃう」

P「喜ばしいことだ」

忍「何の為に乗ったんだろ……」

P「この世の終わりみたいな顔をするな、これからだろ」

忍「そういえばアイドルやってた人に会わせてくれるんだっけ?」

P「そう」

忍「最初に聞いとくけど、その人は何でアイドル辞めたの?」

P「事務所が潰れたんだよ」

忍「ああ、それはどうしようもないね。移籍とかできなかったのかな」

P「その辺りも聞いてみればいいんじゃないか」

忍「そもそもその人とはどんな関係なの?」

P「友人だよ」

忍「やっぱり社長の息子だと交友関係も派手だね」

P「その辺りはノーコメント、水本さん着くよ」

ゆかり「ん……ふぁ」

P「スタッフとは合流できる?」

ゆかり「はい、大丈夫です」

忍「頑張って下さい」

ゆかり「ありがとうございます。一応、渡しておきますね。時間があったら来て下さい」

忍「わわ、本人から雪まつりのパンフレット貰っちゃった」

P「家宝にしとけ」

忍「必ず行きます」

ゆかり「はい、お待ちしています」

忍「凄くいい人!」

P「物をくれるかどうかでいい人か決まるのか」

忍「もちろん、貴方もいい人だと思ってるよ」

P「はいはい、次はバス」

忍「どこ行くの?」

P「劇場」

忍「劇団とかってこと?」

P「らしい」

忍「らしい? 友達なんでしょ?」

P「伝聞なんだよ、アイドル辞めてからの情報がなくて」

忍「今日、来ること相手は知ってるの?」

P「……一応、家族の方には連絡した」

忍「本当に友達? 年は?」

P「今年で23かなあ」

忍「え、大人?」

P「何だと思ってたんだ?」

忍「そういえば年も聞いてなかったね」

P「俺か? 俺は19」

忍「ああ、うんそんな感じに見える」

P「どうも、まあ世話になった人ではある」

忍「ここ?」

P「そう、会ってやってくれないかって強く言われてさ」

忍「何かあったの?」

P「……入ってみよう」

団員「ああごめん、ここは練習中だから入れないんだけど」

P「おあ、人に会う約束をしていまして」

団員「名前は?」

P「はい、こういう――」

団長「大丈夫、ごめん練習に戻ってくれるかな」

団員「ああ団長の、失礼しました」

P「団長?」

団長「不思議かい?」

P「いえ、確かに似合ってるかもしれません」

団長「女連れで会いに来るとは君もやるようになったようだね」

P「この子ですか? 違いますよ、ちょっとした事情で同行してるだけです」

忍「工藤忍です。あの、私アイドルになりたいんです」

団長「アイドル?」

P「みたいです」

団長「あはは、あはははははははは!!」

忍「やっぱり笑うんですか……」

団長「違う違う、なるほど君はまだその世界にいるのか」

P「……劇団をやってるなら似たようなものでしょう」

団長「雲泥の差だよ、立ち話もなんだね。場所を移そうか」

P「青森に来た感じがしません」

団長「青森に何を求めてるんだい?」

P「りんごとか?」

団長「疑問形で終わるような発想じゃあまだまだだね」

P「元気でしたか?」

団長「君よりは遥かに、体は大丈夫かい?」

P「見ての通り元気ですよ」

団長「そうか、ならいい。久しぶりだ、また会えて嬉しいよ」

忍「アイドルだったんですよね?」

団長「そうだね、アイドルとはいっても売れなかったが」

P「それは謙遜だと思いますけど、9位に入った事もありましたし」

団長「君ほどじゃなかったからね」

忍「結局アイドルだったの?」

団長「何だ聞いてないのかい? それなりに有名だったと思うが」

忍「って、やっぱりアイドル!?」

P「いや、何か反応が面白かったから押し通した」

忍「元アイドルで社長の息子ってどういうこと?」

団長「親が芸能事務所の社長なら、その子供がアイドルになるのも自然な流れだと思うよ」

忍「は?」

P「そこまで言うつもりはなかったんですが」

団長「連れてきておいて何を言ってるんだ、それでアイドルになりたいんだったね」

忍「はい!」

団長「ふーん、なら彼に会えたのは幸運かもね」

忍「そうですか?」

団長「今は何をしてるんだい?」

P「知ってて聞いてません?」

団長「さあ、知らない事は知らないね。だから聞いてる」

P「何というか、普通に話してて拍子抜けなんですが」

団長「何か言って欲しい言葉でもあるのかい?」

P「そういう訳ではありませんけど」

団長「ないよ、何も」

P「……」

団長「私に夢を追わせるだけの魅力がこの世界にはある、君がこの世界に惹かれるのも分かる」

忍「はい」

団長「力になれないのかい?」

P「問題が一つありまして」

団長「問題?」

P「親が反対してるそうで」

団長「親か、私も随分と迷惑を掛けたな」

P「まあ、そうなっちゃいますよね」

団長「結果を示すことも努力を見せる事もできないからな」

忍「う……」

団長「まあ、それを示すのは君なんだろうが」

P「俺ですか?」

団長「何の見込みもないならそのまま家まで送り届けて終わりの話だ、そうしなかったのは」

P「……」

団長「君がこの子に可能性を見出したからだ」

P「そう……なんでしょうか?」

団長「伊達に長く一緒にいた訳ではないよ」

忍「アタシを? それは嬉しいけど」

団長「君が何をしているか分からないが、彼女の願いを叶えられるだけの力はあるんだろう?」