アニ「贖罪の幻迷宮」(80)

アニ「銀の聖誕祭」
アニ「銀の聖誕祭」 - SSまとめ速報
(http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/internet/14562/1382715042/)
の続きです。
暇がありましたらお付き合いください。

私とアイツが結ばれたあの聖誕祭から随分と経った。
相変わらず外の空気は冷えているが積もった雪はしだいに解け始め、
朝が来れば柔らかな日差しが私たちの住む訓練所へと降り注ぐ。


私とアイツが付き合っていることは誰にも言わないことになっていた。
最初アイツはそのことに対し不満を漏らしたが、私の押し切りで無理矢理約束を交わしたのである。
私には『仲間』がいる。彼らに私たちの関係がばれるわけにはいかない。

……本当は私だって訓練兵公認の仲になりたいという思いはある。皆に黙っているのは申し訳ない。
自分のせいであるのは分かっているが、秘密の関係でいなければならないのは少し切ない。

でも、私はそれで十分だった。
日々の小さな幸せを享受できることがなにより嬉しかった。
アイツのまっすぐな想いを感じれるだけで満足だった。


――しかし、私は気付かなかった。


このささやかな日常が、


このひたむきな愛情が、


一秒ごとに冷酷な嘘へと、その形を変えていることに。

――部屋の時計が深夜零時を示し金曜日が始まった刹那、俺はこっそり部屋を抜け出す。
相部屋の仲間たちを起こさないように慎重に行動するのは毎回骨であるがそこは気力でどうにかする。
部屋を抜け出したら、今度は建物から出なければならない。
決して遠い距離ではない見張りの衛兵に気を配りながら、音を立てずに一歩また一歩と踏み出す。
毎度寒さには参ってしまうが、この時ばかりは足音を消してくれる雪に感謝せねばなるまい。……もうほぼ水だが。

そんなこんなで毎回困難を乗り越え、彼女が待つであろう物置小屋へと足を運ぶ。
まぁ要するに『逢引き』だ。

彼女たっての希望で俺たちの関係は誰にも言わないことになっている。
俺としては親友や仲間に隠し事をするのは気が引けるのだが、彼女からの

『誰かに言ったら○すから(はぁと)』

との要望(脅迫)により、黙ったままでいなければ命が危ないのだ。
というわけでアルミン、そしてその他の皆様、ごめんなさい。

……まぁそれは置いといて、
とにかく今は早急に目的地に向かわねばあの女に何を言われるかわからない。
寒さとは別の何かに震える中、俺は夜の林を『徒歩で』駆け抜けた。

――物置小屋に着いた俺は一息ついたあと、そのドアを小さく三回、さらに小さく二回叩く。
その行為が俺と彼女の合言葉もとい『合ノック』であった。
合ノックをしてから一瞬間を置いてドアが開き、その先には比較的背の小さな少女が仏頂面で立っていた。

「ごめん、待った?」

アニは小屋の前で手を合わせ謝る俺に、小さなトーンでこう言った。

「寒いから、早く入れ」

アイツを小屋の中に入れ、急いでドアを閉める。

「まったく……。なんであんたは来るのが遅いんだろうね」

私はそう憎まれ口を叩いてみた。

「悪かったって。これでも急いで来たんだからさ」

「嘘だね。走って来たならどうして息が落ち着いてるんだい?」

「……音を立てないように徒歩で急ぎました」

「馬鹿、それは急いでるとは言わないんだよ。」

寒さのせいか不満を口にしてしまう私。
するとアイツはそんな私を見かねてか

『ほらよ』

と私の腕を引き、体を寄せ、そのまま抱きしめてきた。

「これで暖かくなっただろ?」

……確かにアイツの懐は温もりでいっぱいだった。

物置小屋には小さな窓が付いている。
そのガラス張りから月の光が差しているお陰で、中は完全な暗闇ではなかった。
本当はランタンなんかを持ってきて少し暖をとりながら周りを明るくしたかったのだが、
外の衛兵が小屋の小窓からその灯りに気付いてしまうと大変なので断念した。
……というか

『貴重な油をこんなところで使うのはもったいない』

というアニの提言により使用することができなかった、と言った方が正しいか。
まぁそんなわけで小屋の中はかなり寒かったのだが、
二人で体を寄せ合うことによりなんとか暖を保つことができていた。


「なぁアニ、最近面白いことあった?」

「ないよ。あんたは」

「俺も特にない」

「そ」

二人の会話は続かない。
もうこの小屋で密会するようになって何度も経つが、これといったことは何もしていない。
ただ、身を寄せ合いながら黙っているか、当たり障りのない話を少しばかりするだけで、
2、3時間経つとすぐにお開きになる。
もはやなんのためにここに来ているのかが分からなかったが、
それでもやはりこの時間はなぜか愛おしかった。

アイツが来てからもう2時間というところだった。
明日の訓練に差し支えるから今日はもう帰ろう、そう思っていた時、

「アニと一緒に居れるようになってからさ、毎日が楽しいんだよな」

アイツが感慨深そうに呟いた。

「なんだい、急に変な事言い出して」

「いや、別に。ただ幸せだなぁって」

「あんたさ、いつも言うね。それ」

「ははは。そうか?」

「そうだよ。ボキャブラリー少ないんじゃないの?」

「バカで悪かったな」

「……ま、そんな所も嫌いじゃないけど」

「マジでか。俺もアニの素直じゃないところ嫌いじゃないぞ」


……この無神経野郎。

「で、毎日が楽しいのはわかったけどそれがどうかしたの?昔はそんなに嫌だったの?」

アニはなんともいえない顔で尋ねてきた。

「まぁ前が楽しくなかったわけじゃないけど」

「ならいいじゃないか」

「とにかく、今が以前より充実してる、それだけ」

「週に一回二時間程寒い中で密会してるだけなのに?」

「それがいいんだよ。アニに会えることを楽しみに頑張ってるんだから」

「毎日顔を合わせてるじゃないか」

不思議そうにそう言うアニ。
そんな彼女に、俺は答えた。

「それは訓練所でのアニだろ?俺だけのアニに会えるのはここしかない」

「ばかじゃないの」

アニはいつものように笑った。

「それじゃおやすみ」

「うん。おやすみ」

そう挨拶を交わし、アイツは小屋から出ていった。
なぜ別々にで帰るのかというと、万が一見張りに見つかった時二人一緒だと言い訳ができないからだ。
まぁ来るときと手際はほとんど一緒なので別にそれは構わない。

「さて、そろそろかな」

アイツが戻って10分程経ったので私も小屋から立ち去った。
物置小屋から私達が暮らしている訓練所の寮までは直線距離で数百メートルといったところだが、
間に林があったり、でこぼこの道なりになっているせいで、倍は遠く感じる。
ああ、もっと近い所に良い場所はないものか。
……まぁこの冬を過ぎればあの小屋も暖かくなるから大丈夫だけど。
そんなことを考えているうちに林の終わりが見えてくる。

「よし、あともう少し」

そう独り言を呟いたその時である。
私は得体の知れない気配がすることに気が付いた。

「誰かいるの?」

呼びかけると、何者かが木々の奥から出てきた。

「こんな遅くにどうしたんだい?アニ」

暗さのせいか、相手の顔は伺えない。
だがその平淡な声は、昔から何千回・何万回と聞き慣れた『あの男』のものだった。

今日はここまでです。

続編がくるとは…嬉しい

>>10
ありがとうございます。
期待してくださる方がいるというのはうれしいですねw

乙!
前作好きだったから嬉しい

>>12
ありがとうございます。
前回とはかなり雰囲気が変わりそうなんですが
大丈夫ですかね……?w

それでは書き始めます。

行きと同じ道を辿り、ようやく俺は部屋に戻ってきた。
それにしても毎回行きより帰りの方が緊張するのはなぜだろうか。
……そんな事はどうでもいいか。
さっさと眠ろう。でないと明日の訓練に差し支えてしまう。
そう俺が布団に入ろうとしたその時だった。

「エレンなにしてるの……?」

隣のベッドから小さな声が聞こえてきた。
驚きのあまり叫びそうになってしまったが、それをこらえて恐る恐る後ろを向く俺。
するとそこにいたのはいつもと変わらず、かわいい寝息を立てている俺の親友だった。

「もう……喧嘩ばかりしてちゃだめだよ……」

……ただの寝言だった。
まったく、驚かすなよアルミンの奴。

「さて、今度こそ寝よう」

俺は布団にもぐりこんだ。

――そういえば部屋に入った時になんか違和感を感じたんだよな。
なんだっけなぁ……。
あ、そうそう。ライナーの隣のベッドが変だったんだよ。
やけに膨らみが小さかったというか……
普通頭から布団をかぶってるなら結構膨らんでるはずなのに。アイツデカいし。
あれはどうしてだったんだろうか?
……まぁ、俺の見間違いだろうな。

――ああ、それにしても眠い……

「散歩にしてはやけに遅いじゃないか」

男は淡々と言った。

「別にあんたに関係ないでしょ。あんたこそ何してんのさ」

「んー。僕は『毎週金曜12時に男子部屋を抜け出す不届き者』が気になっただけだよ」

アイツはそう言うと、邪悪な笑みを見せた。

相変わらず嫌な奴だね。
奴は普段は寡黙で優しい人間ぶっているくせに、同朋の前ではいやらしい本性を見せる男だ。

「ああ、アニ。そんな怖い顔しないでよ」

「いつもこんな顔だけど」

「そう?『彼』といる時はもっと良い顔で笑ってるじゃないか。僕の前では見せない顔でさ」

「……あんたにのぞきの趣味があったなんてね。同郷として恥ずかしいよ」

「ひどいなぁ。昔はもっと優しかったのに」

「御託はやめな。それであんたは一体何が言いたいわけ?」

私が強気で聞くと男はまた作り物の笑顔を惜し気なく披露した。

「僕の言いたいことなんてもうわかってるくせに」

「……アンタは本当にムカつく奴だよ、ベルトルト」

荒野に独り、俺は立っていた。
見渡す限りの茶色い大地には、誰一人の影すら確認できない。
俺は走った。全力で走った。
何処へ向かえば良いのか分からないが、とにかく走った。
けれども景色は、その色を変えようとはしない。
――そうだ、これは夢だ。夢に違いない。
そう自分に言い聞かせてみても醒める気配など一向に無い。

『もしかしたらここから帰れないかもしれない』

そんな根拠の無い不安が胸の奥を襲う。
現実離れした現在に、俺はただ恐怖を覚えるより他に無かった。
何の当てもない空間で途方に暮れる俺。
訳も分からず叫びたい衝動に駆られる。
しかし何の音も発することができなければ、何の音も聞こえない。
言葉にならない言葉の数々。
そんな矛盾したものを無理矢理にでも声に出そうと口を開けたその瞬間、
突然頭の中に『何か』が響いた。

『ここ、恐ろしいでしょ?これがあなたの望んだ世界なんだよ』

聞き覚えはあるが、誰の物だか思い出せない声。
いや、声なのかどうかすら今の俺には判断ができない。
そんな俺の状態も気にせず、声という概念を超越したその『音』は続けてくる。

『あなたはもうすぐ選択しなければならない。とても大きなものと、とても小さなもの』

『いつか、きっと――』

音の途中で俺の世界は崩れ落ちた。

「わからないね。はっきり言いなよ」

私はそう嘯き、ベルトルトを睨み付けた。

それに対しベルトルトが放った言葉は私が予想した通りのものだった。

「わかった。それじゃ言わせてもらうよ。」

「アニ、『彼』と――――。」

その言葉を聞き、背中に冷やりとした汗が流れる。

「……あんたに命令される筋合いはないね」

「僕らの任務を忘れたかい?」

「例の日が来ればちゃんとやるさ。それまでは別に何をしていてもいいだろう?」

「良くないよ。このまま彼と共に居れば、君は心を捨てられなくなる。そうしたら僕らの今までが無駄になるんだよ」

ベルトルトは、私が一番気にしている事を確実に指摘してきた。

「いいかい?そのままだと君は、僕やライナー、そして故郷すらも裏切るだろう」

「……そんなことない」

自信のない声で言い返した私に、ベルトルトは追い打ちをかけてきた。


「いいや、間違いない。なぜなら今の君は戦士の瞳をしていない」

今日もこれで終わりです。
前作書く予定で結局入れなかった部分を今作で書くようにしてます。
なのでss自体が変な方向に行ってしまってます、すみませんw

おお、こんなにたくさんの人が……。
感謝の言葉もありませんw

それでは投下します。

「ああ」

アニの問いに、俺は迷わず頷いた。

するとアニは小さく

「ごめんなさい」

と呟いたあと、大きく息を吸い語り始めた。

5年前の惨劇はアニたちが引き起こしたこと。
これからも壁の中に混沌をもたらそうとしていること。
そして、故郷のこと。
アニは止まりどまり、何度も躊躇いながらも全てを話してくれた。


その内容はあまりに衝撃的だった。
確かにアニの独白を促したのは俺だが……正直、予想の範囲を遥かに超えていた。

アニの背負っている咎が重い物なのはわかっていた。
でも、本当に俺達の敵だったなんて。
中途半端にわかったような男を演じた自分が憎くなる。
本気で覚悟していたつもりでも、受け止められない自分の浅はかさを呪いたくなる。

「それは……本当か」

自分で話せと言っておきながら、やるせない気持ちで声が震える。


「全部本当だよ」

「それで、どうするの?」

私はエレンに尋ねた。

「どうするって何が」

「決まってるよ。これからのことさ」

だんまりするアイツをよそに、私はもう腹を括っていた。

「私は全部話した。だからあんたが決めてよ」

「……何を」

茫然とした様子のアイツをよそに私は勝手に語っていく。

「私はあんたと故郷、どっちも切り捨てることができなかった」

「いや、あんたを切り捨てようとした私を、あんたは止めたんだ」

「だからエレンが決めてよ」

「私と殺し合うか」


「世界を裏切るか」



もはや都合が良いのは百も承知だった。

アニは何も言わない俺を見かねてか、ひとり語り始めた。

「今日、あんたと決別する予定だったんだ」

――それは知ってる。

「でもさ、何を言っても押し切るつもりが、あんたの顔見たらできなかったよ」

――そんなことさせるつもりはなかった。

「簡単に決意を曲げられちゃった。本当に私は弱い」

――そんなことはない。

「仲間を裏切り、あんたに重荷を押し付け、一人だけ楽になろうとした」

――それは俺が望んだことだ。

「都合のいい女だって言われても仕方ない。」

――絶対に言わない。

「あんたは私を許せるの?」

――簡単に許せるわけはない。
でも俺は――。

「私はね、エレンに殺されるなら構わないよ」

俺は――――――――――

「アニの味方でいるよ」

エレンははっきりそう言った。
それは期待通りで予想外れな言葉だった。

「……それは私を許したってこと?」

アイツは苦い顔をした。

「違う。そんなの許せるはずはない」

「じゃあどういうことなの?」

「俺も一緒にアニの罪を感じながら生きていこうと決めた。そして」

アイツは続けて言った。

「俺は、『味方でいる』っていう自分の言葉に嘘はつきたくない」

まっすぐなアイツの瞳。

「……それじゃああんたは世界を裏切ることになるよ?」



「アニが大事なものを裏切ったんだ、俺だけ持ったままなんて許されない」

俺はたった一人の女の子、親の仇でもある恋人のために全てを捨てる覚悟を決めた。
昔の俺だったら彼女を殺していたかもしれない。
今だって憎いか否かと問われれば憎いに決まってる。

でも俺は知ってしまった。
見た目よりずっとやさしいところ、
思ったよりも泣き虫なところ。
そんなの愛しい部分に触れてしまったなら、
たとえ彼女が悪だとしても責めることなんて誰ができようか。

アニはいろんな物を捨てようとして悩み続けてた。
だったら俺もこの憎悪を捨てなければならない。

そしてお互い同じ世界を背景に、平等に愛し合いたい。


「俺は世界を捨てて、お前への愛を取る」


迷いなどなくそう。
惑いなどすてよう。

俺はアニのためだけに生きよう。

それが彼女自身の罪であり、俺自身の罰である故に――


俺の決意を聞いた彼女は、嗚咽をもらしながら呟いた。

「ありがとう、エレン」

私はしばらく泣き続けた。


「でも、いいの?ミカサやアルミンは……」

「アイツらには申し訳ないと思ってる。でも、もう決めたことだから」

「……本当にごめん」

「いいから。……それより今日はもう遅いから、明日もう一回ちゃんと話そう」

「わかった。」

「それじゃ、俺はもう戻るぞ」

「うん……おやすみ」

アイツは小屋を立ち去った。

ようやく部屋に着いた。

ああ、それにしても頭がパンクしそうだ。
色々あって今日はもう疲れた。
早く寝よう。
そして明日またアニとしっかり話そう。

俺は自分の布団に入ろうとした。
すると、窓の月明かりが部屋をの隅を少しだけ照らし始めた。
その場所は、ライナーのベッドだった。

あいつらのしたことを思い出し、今すぐにその喉を掻き切ってやりたい衝動に駆られる。
しかし俺はアニの味方でいると約束した。
だからあいつらを殺すことはできない。

「くそっ……ライナーの奴、のうのうと眠りやがって」

俺はそう小言を漏らす。
そして隣のベッドに目をうつした。

「ベルトルト……」

あいつは昨日と同じ様に頭から布団をかぶって眠っているみたいだ。
相変わらず陰気くさい奴だ……。


そう思っていると俺はある違和感に気が付いた。

私は帰り道の林道を独りで歩いていた。

「ベルトルト、いるんでしょ?」

私がそう語りかけるように言うと、

「やっぱり気付いてたんだ」

ベルトルトは木の陰から姿を現した。

「それで、どうだったの?彼とは決別した?」

奴の口元が不気味に歪んでいく。

「……いいや。私はアイツに全てを話したよ」

「……どういうこと?」

ベルトルトはぴくっと動いた。

「どうもこうもないさ。アンタやライナーの事も全てを打ち明けたんだよ」

「なっ……アニ、君は自分が何をしたかわかってるのか!?」

「安心してよ。アイツは私の味方でいてくれるってさ。だから別れる必要もなくなったのさ」


「ふざけるなっ!!!!」

俺はベルトルトの布団をはいだ。
中にあったのはただの毛布の塊。

あいつは最初から俺が抜け出しているのに気が付いていた。

そして後をつけ、今頃はアニと……。


――嫌な予感がする。

俺は帰って来たばかりの部屋を再び抜け出した。

「な、なんだい急に」

「僕が求めていたのはあいつとの和解なんかじゃない!」

「アイツは私にと約束を……」

「あの男がそんな簡単に納得するわけがないだろ!!」

ベルトルトは激昂していた。

「いいか?あいつは必ず僕らの寝首を掻くにきまってる。油断させて僕らを……」

「アイツはそんな男じゃ――」

ベルトルトは話を遮り、私の頬を叩いた。

「うっ!!」

「いいか?僕らは化け物なんだ。僕も、お前も、醜い殺人鬼なんだよ!!」

「だから僕がアニの理解者でいようとしていたのに……。なのに悪魔の末裔なんかに惚れやがって!!」

初めて見るベルトルトの顔に、私は恐怖した。

「……あぁー。もういいよ、決めた」

「何を……する気?」

「決まってるだろ?……殺すんだよ、あいつをね」

俺は夜道を駆け抜けた。
1キロない距離だ。3分もあれば着く。

ただ話しているだけだと信じたいが……。
ベルトルトは何をするかわからない男だ。

――無事でいてくれ、アニ。

「やめて!それだけは!」

「黙れっ!!」

ベルトルトはしがみついた私を思い切り振り払い、勢い余った私は木に後頭部をぶつけてしまった。
打ち所が悪く動けない私を尻目に、ベルトルトはなおも叫び続ける。

「あいつがいけないんだ!!あいつが!!!!」

その様子はもはや正気の沙汰ではなかった。
……私も腹を決めるしかないか。

「もし……あいつに手を出したら……アンタを殺すよ」

足に力が入らず立ちあがることができない。
それでも地面に座りながら目いっぱい虚勢を張った。

「はぁ?できるのかい?君に」

「見くびるんじゃないよ……腰巾着野郎が」

力ない声で私は挑発した。
するととうとう堪忍袋の緒が切れたか、アイツは懐からバカでかいナイフを取り出した。

「もう許さないよ、アニ」

そして焦点の定まらない目で言った。

「君を殺して永遠にしてあげるよ……」

林道を走ること数分。
月明かりに照らされた二つの影が目に入った。
すぐさま駆け寄る俺。

「ベルトルト、何をしてるんだ?」

するとベルトルトは俺の方へ向き直り、

「やあエレン。本当に君はいつも僕の邪魔ばかりしてくれるね」

と笑顔で口にした。
手にはナイフ。足元には傷ついた様子のアニ。
どう見てもベルトルトは狂人だった。

「……何をしようとしていたんだ」

「何って、アニを殺そうとしたんだよ」

「どうして」

「どうしてだって?そんなの分かりきってるじゃないか……?」


「お前がアニを誑かしたからだよ!!!!このクソ野郎がぁあああああ!!!!」

叫ぶベルトルトなんて初めて見た。
その姿に物怖じする俺。
しかしここで逃げたらアニが危ない……。

俺は戦う覚悟を決めた。

なんということだ。アイツが来てしまった。
このままだとエレンはベルトルトに……。

「エレン……逃げて」

私は霞む意識の中で伝えた。
するとエレンは

「アニを置いて逃げられるわけないだろ!」

と叫び返したあと、ベルトルトを挑発した。

「来いよ、陰険野郎」

「調子にのるなぁああ!!!!」

エレンの言葉に反応したベルトルトはエレンに襲い掛かる。

上からふりかかってくるナイフ。
エレンはそれをなんなくかわし、ベルトルトの腹部に打撃を加えたあと、ナイフを足ではじきとばした。
そしてナイフは夜の闇へと姿を消す。

「ぐっ!!」

呻きを漏らしたベルトルト。
対してエレンは

「なんだ、口ほどにもねぇな」

「糞がぁあああ!!」

ベルトルトはなりふり構わず突っ込んでくる。
しかし俺はそれを、アニ直伝の体術でなんなくあしらった。

隙を見ては重い一撃を加える……そうしていく内に、ベルトルトの動きはどんどん遅くなってくる。

そして俺は、完全に決めるためにベルトルトを投げ飛ばし、マウントポジションをとった。

「これで終わりだな」

そう言ってベルトルトを気絶させる……はずだった。

「うぁああああああああああ!!!!」

急に太ももが激痛に襲われた。
するとベルトルトはその隙を見計らい、俺を振り払った。
俺は痛みで立ちあがることができない。

「てめぇ……一体何をしやがった……」

ベルトルトはにやっと笑うと右腕を前に出した。
そこには刃渡り10センチほどのナイフが。

「凶器は一つだと思わない方がいいよ、エレン」


……コイツは、本物の外道だ。

「さてエレン……形勢逆転だねぇ……」

足を抑えながらベルトルトをにらむエレン。
しかし、足が使えなければ、もはや勝負は決まった物だった。

「君には散々世話になったからね……。お礼をさせてもらう……よっ!!」

「うがぁっ!!」

「ほらほら、なにか言いなよ」

「ああっ!!がぁっ!!」

ベルトルトは何度もエレンを蹴りまくった。

「もうやめて……」

私の声は届かない。
今の私では助けられない。

「さて、これで終わりだ」

ベルトルトはボロボロになったエレンに止めを刺そうとした。

――その時だった。
雲の動きで少しだけ変わった月光の角度。
そしてその先に見つけたのは――。

随分とベルトルトに痛めつけられた。
おかげでずいぶん意識は朦朧としてきた。

ベルトルトは止めを刺そうと、小さなナイフを構えた。

――ああ、俺はここで死ぬんだな。

「死ねよ」

ベルトルトのナイフが近づいてくる。
その切っ先が俺の首に触れるや否やの距離まできた。

しかし、それが俺の体に触れることはなかった。

「う……あ?」

いきなり苦悶の表情を浮かべたベルトルト。
その背中を見ると、ちょうど心臓の真後ろにナイフが刺さっていた。

ベルトルトは地面に崩れ落ちた。


――ああ、アニが助けてくれたのか。


「エレン……ゴメンね」

アニは優しい声で謝ってきた。

私は、ベルトルトを殺した。

エレンががはじいたナイフを暗闇に見つけ、
気が付いたらベルトルトの背中に突き刺していた。

『そうしなければエレンは死んでいた。』

そう自分に言い聞かせても、事実は変わらない。


狂っていたとはいえ、私は同志を殺したのだ。
それも、一切迷わずに。


せっかくアイツが味方でいてくれるのに、
仲間を殺してしまった今……私は……。

刺された足は重症だったが、体中の痛みは時間と共に少し引いてきた。

「お前を守るつもりが結局助けられちまったな」

「ごめん、私のせいで……」

「アニのせいじゃないよ」

「ううん……私の……」

アニはまた泣いてしまった。

「あんな奴だったけど仲間だったんだ……。それを私は……」

「仕方ない。そうしなきゃ俺らが殺されてた」

「そうだけど……」

「もう俺らは後戻りできないんだよ。だから行こう。」

「行くってどこへ……?」

「わからない。でもベルトルトを殺してしまった以上、俺らはここにはいられない」

俺はそう言ってアニの手を引き、痛む体を引きずって歩いた。
先も分からぬ方向へと。


――もう、ふたりだけで生きようか

『ここにはいられない』

そうエレンは言った。
それは完全に私以外の全てと決別する気持ちの表れだった。

幸福の日常はその役目を終え、
絶望の日々がその殻を破った。

白でも黒でもない中間地点――
その中で私たちはもがき続けなければならない。

決して抜け出すことのできない不安定な領域。
どれだけ彷徨えど償うことのできない罪を含んだ未来。

けれどそれが私の望んだ世界。


それこそが――



贖罪の幻迷宮(ラビリンス)

はい、これで完結です。
前回の比じゃないぐらいグダグダでしたが、
なんとかブン投げせずにこれました。

駄文でしたが、毎日お付き合いいただきありがとうございました。


あと、ベルトルトファンの方々、ごめんなさいw

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