あずさ「何気ないオフの日に」 (16)


ちゅん…ちゅんちゅん。
そんな雀の囀りが寝ぼけたままの私の耳に届きます。

「う…ん…まだ…」

実は私、あまり朝が強くなくて…いつもこうして二度寝を…って…えっ?明るい?

「んっ…ぁ…?…朝?…いけないっ、何で目覚ましが鳴ってないのかしら~!?」

カーテンから差し込む朝日に起こされたようで、私はベッドから飛び出しました。
えーと、今日のお洋服は、このパンツと、このブラウスにカーディガンと…メイクして…

「よし、準備完了、それじゃあ行ってきまー…あれ?そう言えば…」



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家を出る直前、私は何かおかしな事に気が付いて、リビングに戻ります。

「…やっぱり」

鞄の中の手帳を見て、今日がオフだったことを思い出しました。
目覚まし時計も、それに合わせて切っていたんですね…自分でやったことなのに、私ったら…

「…はぁ、どうしようかしら。こんなに早くに目が覚めちゃって」

時計を見ると、まだ朝の7時。
少し早いですね…

「…お散歩にでも、行こうかなぁ」

お化粧も着替えも済ませちゃったし、ここまで来たらお出かけした方が、良いですよね。

「うん、そうしましょう。お洗濯は昨日の夜終わってるし…うん」

とりあえず、いつも見ているテレビの占いだけは見て行こうと、テレビを点けてみます。

「あら?今日の運勢、大切な人に出会えるかも…?!」

あら…これは期待しても良いのかしら?
そんな事を考えながら、私は家を出る事にしました。

「寒い…」

ドアを開けると、少し冷たい風が私を撫でます。
もう、11月ですものね。
まだ少し薄暗い気がするのも、秋、そして冬に近づいて行っている証拠。
でもその空は、どこまでも突き抜けているような綺麗な青空でした。

「うふふっ、こうして、ゆっくり散歩するのは久しぶりねぇ」

近所の学校では部活動の生徒がもう練習を始めています。
陸上部の子達が走り抜けていくのを横目に見ながら、私は歩き続けます。
私は、運動も苦手で、部活動とかは全然でしたけれど…
何かに打ち込んでいる姿を見るのは良いですねぇ。


「おねーちゃんあそぼ」

あら?何かしら?
あらあら、小さな女の子ですねぇ。

「すいません、うちの子が」

「いえいえ。うふふっ、可愛いですねぇ」

近所のお母さんが、お子さんを連れてお散歩中でした。

「ほら、行くわよ。お姉ちゃんにバイバーイって」

「おねーちゃんばいばーい」

「はーい、ばいばーい」

ふふっ、小さな子供は可愛いですねぇ、ちっちゃなお手手を振ってくれています。
…私も、何時かは結婚をして、子供を産んで、ああいう風にお散歩するんでしょうか?

「…はぁ、運命の人、どこかしら…」

でも、あの人なら…ううん、考え過ぎよね、そう…でも…

「…あら?こんな道、初めて…」

…どうせ、今日はオフだもの、時間もあるし、偶には違う道を通るのも良いですよね。

「うふふっ、行ってみましょ」



「あらあら…?」

何時もの事、とは言え…ここは一体、どこでしょうか?
私の家からは、大分離れているような気もしますけれど、どこかで見たような景色な気もしますし…

「大きな道に出れば、分かるかしら?」

そう思って、幹線道路に出てみたものの、どこかで見たような、そうでないような地名ばかりで…

「うーん、と…はぁ、もう1時間くらい歩いてるのねぇ…」

取り敢えずは、何か手がかりでもないかな、と歩いていると…

「あら、喫茶店…少し休んでいきましょ」

「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」

…あら?私ここ着た事がある気がします…
何故かしら、どこかで見たような雰囲気の…


「ホットコーヒーと、パンケーキを」

「はい、コーヒーとパンケーキですね、少々お待ちください」

落ち着いた雰囲気のお店ですねぇ、最近のお店には無い、重み、というか風格というか…
道行く人たちを眺めながら、考え事に耽ってみます。
アイドルとしての今後。
女性としての今後。
どうしても普段は、そういう事を考えるのが億劫になってる気がします。

「仕事も、増えたけれど…」

でも、私が芸能界…アイドルを目指した理由。
<運命の人を探す>というこの点においては、ちょっと遠ざかってるのかなぁ、って思うんです。
…でも、もし、運命の人が、近くにいるとしたら?

「だったら、良いのになぁ…」

「何が、良いんですか?あずささん」

「えっ?!」


聞きなれた声が、私の後ろから掛けられました。
そこに居たのは…

「プロデューサーさん…どうしてこんな所に?」

何時ものスーツ姿にダレスバッグのプロデューサーさんがそこに居ました。

「どうしてって…いや、予定の会議が中止になったんで、少し休憩を」

「そうだったんですか。あまりサボっていると、律子さんに怒られますよ?」

…ちょっと、ドキッとしちゃいました。
まさかこんな所で偶然出会えるなんて。


「あずささんこそ、何で?」

「いえ、家の近くをお散歩してたら、ここに」

「…あずささんの家からここ、結構あるんじゃないですか?」

「え、そうなんですか?」

当てもなく歩き続けていたので、今の場所がどこかはまだ良く分かっていませんけれど、そう言えばこの喫茶店、CD収録の時に寄ったような…

「…心配になります。あずささんがどこかで事故に遭わないかとか、変な奴にちょっかい掛けられないかとか」

不安そうにこちらを見てくるプロデューサーさんに、私はちょっとムッとして見せます。


「んもうっ、私、子供じゃないんですから」

「…ホントですか?」

「本当ですっ。酷いわプロデューサーさん」

「いや、そういう心算じゃ」

「ふふっ、心配してくれているのはうれしいですよ」

運ばれてきたコーヒーとパンケーキ。
メープルシロップを掛けて…と。

「そういえば、プロデューサーさんは結構甘党なんですか?」

「え?」

見ていると、プロデューサーさんのコーヒーはミルクたっぷり、角砂糖も結構な数を入れていた気が…

「ああ、打ち合わせとか仕事前には、こうして甘いのを飲むんですよ」

「…」

「…ごめんなさい嘘です、俺苦いの苦手なんですよ」

「あらあら、大方そんな事だろうと思いました」

「え?」

「春香ちゃんからお菓子貰った時、物凄くうれしそうな顔をしているんですもの」

「はははっ、ばれてましたか…」

「私、勘は結構鋭いんですよ~」

「土地勘は無いんですけどね」

「あ、酷いわプロデューサーさん」

他愛もない会話。
でも、何だか心がほっとすると言うか…


「そういえばあずささん、仕事の話で申し訳ないんですけれど、今度の新曲、やっぱりあずささんの一押しだったあれで行こうと思います」

「本当ですか?」

「ええ、律子も一安心してましたよ」

「そうですか…」

「…探し物、見つかったよ、もう大丈夫だから…」

「え?」

「いや、あの歌、良い歌詞だなぁと思って」

そう、私があの曲を選んだ理由。
歌詞の一つ一つが、とっても心に響いたと言うか…

「きっと、今度のシングルも好調でしょうね。あずささんの魅力が詰まった曲になるでしょう。律子も気合を入れてますからね…っと、すいません、折角のオフなのに仕事の話ばかりで」

「うふふっ、良いんですよ。それに」

「それに?」

「あ…いっ、いえ、何でもありません」

「あーっ!プロデューサー、それにあずささん何でこんな所に居るんです?」

律子さんまでここに?
今日は偶然が多いですねぇ。


「律子さん、お疲れ様です~」

「律子こそどうしたんだ」

「BBSに打ち合わせに行く途中です。ちょっと早いんで一息入れてから…っていうかまたサボってたんですか?」

「人聞きの悪いことを言うなよ」

「それに、あずささん、あれ程通った事のない道は通ったらダメって言ったじゃないですか」

「すいません…」

叱られてしまいました…

「でも、あずささんらしいよ」

「まあ、それはそうなんですけれど」

「じゃあそんなにガミガミ言うなって」

「ガミガミ言ってるわけじゃありません」

「ははは、律子は怖いなぁ」

「怖いとはなんですか怖いとは」

律子さんとプロデューサーさん、2人の会話はまるで卓球のピンポン玉です。
打てば響くって言うのかしら?

「仲、良いんですね」

思わず、口に出てしまいました。

「…え?」

「俺と、律子が、ですか?」

「そんな訳無いじゃないですか」

「あずささん、そう見えますか?」

「ええ、とっても…」

「あはははっ、あずささんったら」

「考え過ぎですよ」

「…そう、でしょうか?」

それなら…良いんですけど…
えっ?良いんですけれど…って、それは…
私ったら…嫉妬、してるんでしょうか?


「…」

「あ、律子、そろそろ行かないと危ないんじゃないか?送るぞ」

「いえ、私は良いんであずささんを置くってってあげてください」

「へ?」

「え?」

律子さん、それはどういう…

「じゃ、私行きますんで」

「あ、おい律子…」

「あの…プロデューサーさん」

「律子も…何だろうなぁ」

「あ、あの私歩いて帰ります」

「いえ、送りますよ。でないと今度は晩飯時にどこかで会いそうですからね。俺はそれでもかまいませんけど」

「はい?」

「さ、行きますよ」

「あ、待ってください」


お店の裏の駐車場に停められた車に乗り込むと、そのまま私の家に向かいます。

「ねえ、プロデューサーさん」

「はい」

「…もし、ですけれど」

「何です?」

「私が迷子になって居たら、見つける事、出来ますか?」

「…え?」

「今日みたいに、偶然会ったのも、もしかしたら、その、プロデューサーさんが私の事を見つけてくれたんじゃないかなぁって思ったんです」

「…ふふっ。それもあるかもしれませんね」

ハンドルを握りながら、プロデューサーさんは笑ってくれました。

「さ、付きましたよ」

「え?…もう?」

まだ、20分程度しか走っていないのに…

「道が空いてて良かった。いつもはもっと混むんですよ」

「そうなんですか…それじゃあ」

私が車を降りて、扉を閉めると、その時プロデューサーさんが窓を開けて声をかけてくれました。

「あずささん、今度は俺もオフの日に、一緒に食事でも行きたいですね」

「えっ?それって」

「それじゃ、仕事に戻りますね。良いオフを」

そのまま走り去ったプロデューサーさんの車を見送りながら、私は思わず、胸が高鳴るのを感じていました。

「これって…デートのお誘い…よね?」

そう思うと、急に恥ずかしくなって。
私は真赤になって居るような気がして。
慌てて自分の部屋へと戻りました。

「…うふふっ、占い、当ってみたいですねぇ~」

もしかすると…運命の人って、案外近くに居るのかもしれませんね。
そう…直ぐ、傍に。




喫茶店でのひと時って、なんだかすごく落ち着くし贅沢に感じますよね。
あずささんと散歩に行きたい…

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