勇者「狩人に魔法使いをNTRれたんだよ!」まおう「えぇ!?」(282)

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――――――――――
勇者「あぁ……もうダメだ……」

まおう「勇者さま……どういう事なのですか……」

勇者「都市までの中継オアシスが全部枯れてるなんて思わなかったんだよ……」

まおう「水……水が欲しいです……」

勇者「腹も減ったけどベーコンなんて食べる気しねえぞクソ…………ちくせう……」

まおう「うぅっ」ドサッ

勇者「どうした馬鹿野郎座り込んで……」

まおう「もうやですぅ……」ぽろぽろ

勇者「なっ! お前泣く余裕あったのかよ! 水、水、涙だろうが水には変わらんっ」

まおう「こ、こんにゃ時にどこ舐めてるんですっ!」

勇者「馬鹿、こんな時じゃなかったらお前の涙なんか好きで舐める訳がないだろうがぺろぺろ」

まおう「あっ、ふぁっ、ふぅぅ……」

勇者「うぇ……涙ってしょっぱかったんだな……」

まおう「だから何で舐めたのです……」

勇者「俺ってば涙の味が分かるほど泣いた事ないからな……そういうのは先に言ってくれよまおう……」

まおう「そんなむちゃな……」

 ……!

勇者「おい、あれ蜃気楼じゃないよな」

まおう「全部滲んで見えません……」

勇者「ったくとことん使えないなぁ。よし……ちょっと本気で目を凝らして……見えた! 人がいるぞ!」

まおう「と、いうことは……!」

 心は完全に躍っていたが、もう両手を振って感性を上げるほどの元気は全く残っていなかった。だからどうしたのかと言えば――

勇者「フー! フー!!」

まおう「うー! うぅー!」

 ただひたすら足を上げるために唸り声を立てつつ、肌を焼く日差しの中砂漠を抜けるしかなかった。

 砂漠の国 首都 門の前

案内人「おやおや、外来客とは有りえない」

勇者「そこは“珍しい”とかだろうが……!」

案内人「普通はそうなのですが、2ヶ月前から首都以外のオアシスがほとんど枯れてしまいましてね。
      旅団向けには警告が出ていたはずなのですが」

勇者「つべこべ言わずに水を寄越せ……」

案内人「仕方のない方々ですね……と言いたいところですが、
     この街に来る人は大抵開口一番に水をくれと言うので、ここに蛇口があるのですよ」

勇者「だからつべこっ――うっ、おえっ」

案内人「ああ胃液戻してだらしない。しかし本当に危なかったとは……これは大変失礼しました」

まおう「早く水をお願いします……」

 ―――……

勇者「ったぁぁ――ッ! 生き返った」

まおう「はぁ……私、まだ生きていたんですね」

案内人「やー先ほどは失礼失礼。書簡を届ける旅団がサプライズでもしているのかと思って」

勇者「なんで男と子供2人がゲロってるの見て旅団と勘違いするんだよおかしいだろ!」

案内人「あはは……まぁ正直な話、オアシスが枯れてから個人の外来客はゼロですからねぇ」

勇者「そりゃ来ようと思った個人がどっかでくたばってるからだろうが……」

案内人「そんな不幸な旅人が居ない事を祈りますよ。まぁぶっちゃけ、白骨化しても砂に埋もれるでしょうから解りませんけどね」

勇者「(なんでこんなチャラいんだよ……)じゃ、水どうも。街中は勝手に入って良いんだよな」

案内人「ええ、また砂漠に突き戻すような鬼畜な真似などしませんから」

まおう「なんですかこの人……」

 ―――……

勇者「どうにか生き返ったな」

まおう「勇者さまが私をぺろぺろし始めた時は本当にやばいと思いましたよ」

勇者「は? 何言ってるのお前暑さで頭やられた?」

まおう「(記憶から消そうとしてる!)な、何言ってるんですか勇者さま!」

勇者「とりあえず水の次は甘いものが欲しいな……あの店にでも入ってみるか」

 小売店 店内

勇者「割と涼しいなここは」

まおう「何だかひんやりしますぅ」

店主「お、お気づきかい兄ちゃんに嬢ちゃん」

勇者「(妙に馴れ馴れしいなこの国の人……)まぁ不思議だと思って……自然魔法じゃこんなこと出来ないはずだし」

店主「これはクーラーと言って、まぁ仕組みは俺にもよく解らないんだが……
    とにかく、部屋の熱を消して冷たい空気に換えてくれる装置なんだ」

勇者「それはすごいな。冷静に考えたら、オアシスがほとんど無くなってるのにここで暮らせるのは、そんなアイテムがあるからなのか」

まおう「どうなってるのでしょこれ」

勇者「涼しければいいさ、ここは涼しさこそ正義」

?「あら、聞いたことがある声だと思えば」

勇者「お? ……んー……えっと……」

まおう「誰です? またパーティーのメンバーです?」

勇者「そう、パーティーの……うーん何だったかな」

召喚士「ちょっと名前忘れないでよ! たとえあんたのに忘れられるとね、それはそれで傷つくのよ!」

勇者「ああ召喚士じゃねえか! 何かアカ抜けた格好だから気付かなかったぞ」

召喚士「それって褒めてるの? パーティーに居た時みたいな私のローブ姿を馬鹿にしてるならぶっ飛ばすわよ」

まおう「勇者さまになんて言葉づかいです!」

召喚士「あら、あんたこっちの趣味にも目覚めたの」

勇者「まるでもっと変な趣向があるみたいな言い方だな! 期待に副えなくて悪いが全部違う」

まおう「そうですよ! 勇者さまはかっこよくて素敵なんです! たまに殴ったりしてきますけど!」

召喚士「うわぁ……なんだか身の毛もよだつわ」

勇者「そんなんじゃねえよ召喚士! まおうもこういう時だけ無駄にしゃべってんじゃねえよ」ぎゅむむ

まおう「痛たたたたた!」

召喚士「どうせろくな理由もないでしょうけど、こんな街に何の用なの?」

勇者「なんでお前に聞かれなきゃ……別に、俺は故郷に帰るためのルートを順々に」

召喚士「はぁ? あんたの故郷ってここからまだめちゃくちゃ距離あるじゃない!」

勇者「最初は転送魔法で行こうとしたけど……それがこいつを連れていくとなると無理だったんだよ」

召喚士「あんたそんなにレベル足りてないの? なんなら私がバシッと飛ばしてあげるけど」

勇者「その言葉の限りだと悪意しか覚えんな。
    絶対変なところに飛ばされそうだし……でも無理だよ。そういう次元の話じゃねえ」

召喚士「ふーん……でも私には関係ないし」

勇者「聞かずにおくのもなんか気持ち悪いからいうけどさ、
    召喚士こそなんでこんな陸地の孤島みたいな場所にいるんだよ」

召喚士「教えられない。ただ、遊びじゃないとだけは言っておくわ」

勇者「ほー、そうか」

まおう「ねえ勇者さまっ、もう行きましょ、また私がサブみたいな扱いのまま進むのはやですよう」

勇者「そういう事だ。じゃあな召喚士」

召喚士「はいはいさよならさよなら」

 バタム

店主「へぇ、あれが元勇者ねえ」

召喚士「どう? 私の言った通りパッとしなかったでしょ。
     かといって似合わないとも言い切れないのが私としてはムカつくんだけどね」

店主「でも、俺が案内人の連絡を受けて電話をしたら、ものすごい速さでうちに来たじゃねえか。
    やっぱり気になってるんだろ、元仲間として」

召喚士「……そりゃ、短い付き合いじゃないし。でも勘違いしないでよね、私が気になってるのはパーティーメンバー全員なの」

店主「はいはい解ってます解ってます」

召喚士「あーもう鬱陶しい! そーゆー言い方やめなさいって何度言えば解るの!」

 ―――……

勇者「あー……ジュース買い忘れたけど、なんかもう店に入りづらいな」

まおう「何大声で話してるんですかね……」


 俺自身、召喚士の事が気にならないわけじゃなかった。
もちろんパーティーメンバーとの再会という意味もあるが、
俺はあの旅の時に知りえなかった話を知っている。どう話せばいいか、余計に解らなくなった。

民宿主「1泊1290ゴールドになります」

勇者「……しょうがないか、はいちょうどで」

民宿主「あ、子供料金含めまして2050ゴールドになります」

勇者「あぁ!?」

まおう「……足りないです」ごそごそ

まおう「……足りないです」ごそごそ

民宿主「お金が足りないなら申し訳ないですが……」

勇者「……まおう、ちょっと前へ。それと耳を貸せ」

まおう「はい……ったた! つままなくてもいいじゃないですか! っと……はい、はい」

民宿主「……?」

勇者「はいどうぞ」

民宿主「お客さん、冷やかしなら――」

まおう「あ、あの……」

民宿主「御嬢さんもいったい何を……」

まおう「おかね、ないんです……」上目使い

民宿主「うっ……く、子供を使うとは卑怯……!」

勇者「俺は(勇者だから)時には悪魔だって地に頭をつけさせて服従させるからな」

民宿主「っく……では……しかし……」

勇者「(よし! うまく行きそうで……!)」

召喚士「あーすいません、昨日まで連泊で泊まってたんですけど、新しく今日も泊めてもらえないですか」

民宿主「! もちろんですどうぞどうぞ、ただお部屋がもう1つしか空いてございませんので……」チラッ

勇者「何ぃ……!」

召喚士「フフン」

勇者「……追い出されたようなものだな。手段も大概汚かったけど」

まおう「あの人嫌いです! 涼しい顔して勇者様にちょっかい出し続けるのですから!」

勇者「は? ちょっかい?」

まおう「え、私何か変なこと……?」

勇者「いや……ただ俺の事が嫌いで嫌がらせしてるんだろうと……」

まおう「勇者さまは優しいですね……優しすぎて罪深いくらいですよ」

勇者「あー……罪深いと言えば、お前が居るせいで宿を取れなかったな」

まおう「私のせいですか!?」

勇者「そうだぞ。魔王の直系に当たる娘が勇者に全て養ってもらってるなんて聞いたら
    お父さんは泣いて悲しむぞ。歴史も泣く」

まおう「じゃあ私どうすれば……」

勇者「そう途方に暮れたような顔をするな。そんなお前にとっておきの場所へと連れてってやる」

 ―――……

酒場マスター「うむむ……仕事ねぇ」

勇者「どうにかなりませんかね」

まおう「勇者さま、この人は?」

勇者「どこの酒場でも大概仕事を斡旋してくれるんだ。
   情報がよく仕入れられたり、そういうのを求めて出入りする人間も多いからな」

酒場マスター「しかしお兄さん、最近は君の知っている通り中継のオアシスも枯れ果て、
         人間の出入りも希薄になってしまった。出来る仕事も出来なくなっちゃってるのさ」

勇者「そうですか……元とはいえ、この勇者が路肩で寝ることになるなんて……」

酒場マスター「ん……今勇者とおっしゃいました?」

勇者「いかにも」

酒場マスター「なら……あなたのような方に頼める仕事が1つあります」

勇者「まぁやるのは俺じゃないんだけどね」

酒場マスター「へ?」

まおう「え?」

 砂漠の街 東口大井戸の底

まおう「ひぇぇ……真っ暗で何も見えないです」

勇者「そりゃ井戸用に掘られた穴だからな。むしろランプとかの設備がある方がおかしい」

酒場マスター「ご覧のとおりこの井戸は枯れ果ててます。北口と西口の井戸も同様に1敵も残っておらず、南口も虫の息です。
         このままではいずれ全ての水が枯れ、街の人は死を覚悟します。オアシスが残っているならともかく
         こんなジリ貧では街にとどまるしか選択肢はありませんから」

まおう「何とかできないのですか?」

酒場マスター「占い師さんによると、この洞窟の奥に水源枯渇の原因があるそうなのです。
        その証拠と言ってはなんですが、実際に奥へと言った冒険者の半分は帰ってこず、
        また半分は重傷を負ったのちに死んでしまいました。きっと恐ろしい魔物が……」

勇者「でも魔王が死んだおかげで、魔物の力そのものは劣っているはずだろ?」

酒場マスター「それは我々もある程度承知していたつもりでしたが、やはりうまくは行かないようです……どうかお願いします、まおう様!」

まおう「だから何で私なんですかー!」

勇者「何度も話しただろ。お前が稼いでくれないと旅が成立しない訳だし、それに戦えないとずっと俺が面倒見ることになるんだぞ」

まおう「勇者さまに面倒見てほしいです……」

勇者「悪いがそんな言葉でグラつく程あったかい親心は持ち合わせていないからな」

まおう「本当の気持ちなのにー!」

勇者「とにかく、戦えるようになってほしいともうのは本当だ。お前の安全のためにな」

まおう「勇者さま……」

勇者「さ、気分も整ったところで行け」

まおう「あぁーやだやだ怖い!」

勇者「ったく……ほら、俺が動けない代償に魔法石からリアルタイムで映像と声を送受信できるようにしておいた。
   これを首にでもぶら下げておけ」

まおう「本当に……これで見ていてくれるのですか?」

勇者「疑ってんのかこら」

まおう「違いますよぅ! い、行ってきます!」

 たったったっ……

酒場マスター「良いのですかあんな子供に任せて」

勇者「臨んで戦えるところから始めないと、後々面倒だからな」

酒場マスター「それは勇者様の経験から……と言う事でしょうか」

勇者「そんなんじゃない。この世じゃ当たり前の事だ」

 井戸道ダンジョン

まおう「うぅ……灯りは火の魔法で出せるけど、むやみに出すと私が死んじゃうからなぁ」

 クケケケケ クケケケケ

まおう「ひぅぅ!! 何ですか誰ですか何なんですか!」

 ―――……

勇者「こりゃ酷いな」

酒場マスター「いくらなんでも厳しすぎますよ。今からでも助けに行ったらどうですか」

勇者「お、映像がきたか。どれどれ」

まおう『勇者さま勇者さま! 怖いです助けて!』

勇者「どう怖いかさっぱり解らんぞ。せっかく映像取り込めるってのにお前の顔面がどアップされても腹立つだけだ」

まおう「違うんんですよぉ! こっちからコウモリがうぎゃあああああっ!!」

酒場マスター「……本当に大丈夫なんですか」

勇者「死にはしませんよ。普通の子供ならねじ切れるぐらいの強さで首絞めても、息苦しくなる程度だし」

酒場マスター「あなたもあの子も何なんですか……」

 ―――……

まおう「何だか道がすごく広くなってきました」

勇者『様子はどうだー?』

まおう「魔物は出ますけど、鳴き声を上げるだけで襲ってはきませんよ!」

勇者『やーいからかわれてやんの』

まおう「そんなことないですよーっ!!」

酒場マスター『あんた本当に勇者なの?』

 ひた……ひた……

まおう「あ、水滴が」

酒場マスター『まだ水源が残っていたんですか!』

まおう「……岩の表面は結構湿ってるので、残っている可能性はあるかもです。
    でもこの辺に水たまりはありませんね」

酒場マスター『そうですか……』

勇者『でもよ、マスターが1滴も水が残ってないって言ってたのなら、
    今まおうが居る場所ってもう危険な場所っていう事になるよな』

まおう「ふえっ!?」

酒場マスター『そうですね。私が見に行けた範囲に水はありませんでしたから』

まおう「ええー!」

勇者『では頑張っていただきたい』

まおう「勇者さまぁー!!」



まおう「うぅ……本当に怖い魔物が出たらどうするんですか……」

 ヒタリ……ヒタリ……

まおう「ひぎっ、変な音が……足音、人の足音……勇者さま来てくれたのですかーっ!」

 だきっ

召喚士「……何ですかこの子」

まおう「はっ、あなたは昼の悪女」

召喚士「誰が悪女だごるぁ! ……んでも何でこのガキがここに」

まおう「その呼び方は勇者さまにしか許してません! 私はまおうですよ! 頭が高いですよ!」

召喚士「はいはい魔王さま、ここは危険なのでお帰り下さいまし」

まおう「わ、私は……私は! 勇者さまに頼まれて、 
    ここに棲んでるって言う悪者を倒しに来てるんです!」

召喚士「え、あなたもここに仕事で来たの」

まおう「もちろんです」ムフッ

召喚士「あなたもあなただけど勇者も勇者ね……歳場も行かない子をこんな所に」

まおう「まだ私の事子供だと思ってる!
    私はもう100歳超えてるんだから! あなたより先輩だし!」

召喚士「ったくうるさいわね。壁に響いて耳障りなのよ。静かにしてくれる?」

まおう「こっちのセリフです!」

召喚士・まおう「ふんっ!」

 ―――……

勇者「さっきから魔法石が反応しねえ」

酒場マスター「安全に進んでいるならともかく、既に行動不能になっていたら……」

勇者「それはないって」

酒場マスター「そういう事にしておきましょう」

 ―――……

召喚士「それにしてもあなた……ここに何が居るのか解って来ているの?」

まおう「みんなが倒せなくて困っている魔物が居るって聞きましたよ」

召喚士「それって……自分なら倒せるって言ってるようなものじゃない。意味分ってるの?」

まおう「当たり前ですよ。そうじゃなきゃこんな怖いところ、意味なく来るはずないですし」

召喚士「なんかウッザ……自分までバカをしに来たみたいで頭おかしくなる」

まおう「あなたこそここに何をしに来たんですか」

召喚士「多分あなたと同じ仕事よ。ここに棲んでるっていう魔物を倒しに来たの。街の命運がかかってるだけに給料もすごいからね」

まおう「私も勇者様と一緒の宿に泊まるために頑張っているのですよ! また横取りする気ですか!」

召喚士「い、一緒の宿って! ……いや、変に考えすぎたわ私……そんな事ないない」

まおう「何を言ってるのです……?」

召喚士「あぁもうかみ合わないわね! 私とあなたは関係ないのだから付いてこないでちょうだい!」

まおう「だって1本道だし、1人はこわいからぁ……」

召喚士「……勝手にしなさい」

まおう「ずいぶん来ましたね」

召喚士「そろそろ何か起きてもおかしくは――っは、後ろに何か!」

まおう「ふえ? きゃあっ!!」 ザシュッ

「ミギャアアア」

召喚士「ち、小さいとはいえサンドドラゴンを一撃で……
     しかも瞬時に顕現させたダークブレード……本当にあなた何者なの?」

まおう「だからまおうって言ってるじゃないですか」

召喚士「魔王……その、本当に?」

まおう「魔王は私のお父さんです。私はその娘であるまおうです。頭が高いですよ」

召喚士「それはもういいから。……でも死んだって言う魔王の娘を勇者が連れているとは……全然流れがくみ取れないわね」

まおう「色々あったのですフフン」

召喚士「ああムカつく殴りたい!」

まおう「やですよー、私に触れていいのは勇者様だけですから」

召喚士「あ、こら、置いていくな、1人にするな」

まおう「あれぇ、今なんて言いましたぁ?」

召喚士「はっ」

まおう「ぶふふ、ふふ」

召喚士「もぉぉ……! 怒った! 全然しつけが鳴ってない! そこに直りなさい!」

まおう「えへへあなたにはどうこう言われたくないですしーふふん」

 グルゥォォ……

 グルゥォォ……

召喚士「へっ?」バキッ

まおう「ちょ、あのどうしt――」

「ムゴォォアア―――ッ!!」

まおう「これが主……! デカい……!」

砂竜「グウゥゥゥ……!」

まおう「大丈夫ですかっ!」

召喚士「あなた……この暗い中なにが居るのか見えるの……?」

まおう「人よりは目が良いつもりですから」

召喚士「そう……しかし不意を突かれたわね。
    生憎だけど私、近接戦闘はからっきしなの。任せていいかしら」

まおう「……わ、わかりました」

砂竜「ミギャァオオオ!」

 巣のために掘られたような巨大な空間。そこには15メートルはあると見える砂竜が唸り声をあげていた。
重く鋭い鳴き声は、耳を劈き腹の底を突く。

まおう「とりあえずダメージを与えないと……それ!」

 まおうは無意識に黒い大剣を呼び出し、それを手に持って振るう。

砂竜「フシャァァ……」

 その切っ先は竜のスネあたりを掠めた。身体を構成している砂が地面へ飛び散るが、
すぐに再生されたのち、地面にある砂を取り込んで完全に元通りとなる。

まおう「再生系の魔物は厄介です!」

召喚士「再生……? じゃあ、コアとなっている部分を一気に叩くしかないわよ」

まおう「でもどうやって……?」

召喚士「通常生物に類似している魔物なら、基本的に心臓にコアが集まっているはずよ」

まおう「でもあんな高いところに登れないです……」

砂竜「ギシャァァ!!」

まおう「わっ、くっ!」

 まおうに敵対心を持ったのか、砂竜は器用な尾をなぎなたの様に振るいまおうを叩く。
彼女は必死に防御するが、一方的すぎて反撃の機会を窺えない。

召喚士「どうすれば……は、そうだ! まおう! あなたの剣って自由自在に顕現できる?」

まおう「あっ、私の剣は――くっ! 自在に使えますけど、魔族の力を持つ者が手にしていないとすぐに消えてしまうんです!
    それに私の魔力を消費している訳ですから、人間に持たせたらどれ程の力を吸うか判らないですよ……!」

召喚士「それだけ聞ければ充分よ……! 物理で恋を召喚するわ、後ろに下がって!」

まおう「はいっ!」

デコイ「おぉぉん」

まおう「な、何ですかこれ」

召喚士「いいからこっちに来て、デコイで気を逸らしている内に陣に入って!」

まおう「は、はい!」

 描かれた魔法陣の上に魔王が立つと、召喚士は背後から寄り添うようにして彼女の体に触れる。

まおう「こんな時に何やってるんですか!」

召喚士「いいから! ダークブレードの出力、どのくらいまで出せる?」

まおう「え、限界ならこの穴に収まらない程にできますけど……でも私が持てないから意味ありません」

召喚士「そんな事ないよ。……で……の……だから、デコイが消滅した時が合図よ」

まおう「そんな事成功するんですかぁ!?」

召喚士「出来なきゃとっくに逃げてるわよ、ほら消えた! さぁ行った!」

まおう「もう、知りませんからね! ほぉりゃめいっぱ大きくなーれっ!!」

 まおうの呼び出しに応え、空中に巨大な黒剣が出現する。しかし剣はすぐに消えかかってしまうが――

召喚士「擬態巨人、複製召喚! まおう、私にあなたの魔力を託して」

まおう「まかせたっ!」

 まおうの手から召喚士の身体を通し、膨大な魔力が召喚された巨人へと送られる。
ただの擬態しか能力のなかった巨人は、あっという間に魔族の力を宿す戦士へと成り変わった。

召喚士・まおう「いっけぇぇ――――っ!!」

巨人「ウォォォ――――ンッ!!」

 剣が一振り、それは砂竜を脳天から真っ二つにした。
辺りに散った砂がすぐさま体を再生しようとしたが、呼び戻す力の根源である心臓は、両断されたのちに黒く凝り固まり、そして動かなくなった。

まおう「たお……した……?」

召喚士「反応はもうないわ……無様な姿はどうなってるの?」

まおう「全部砂に戻ったみたいです……でも何だか、魔物の反応じゃない――変な音がします」

召喚士「変な音? 確かに……ごごごって……」

 ……ゴゴゴゴゴゴゴ――――プシャァ

まおう「水! 水ぅぅ!」

召喚士「へ、あなた何言ってわぷっ!?」

勇者「おい何か変な音しないか」

酒場マスター「何か大きなものが走ってくるような……
         お連れの方々が急いで戻ってきてるのでしょうか」

勇者「さすがにこんな音は……ザッパーン?」

酒場マスター「あ、あ、あれ! あれ!」

勇者「あぁなんだ水かよ。……とぅあッ!?」

 それから2時間後……

勇者「ようやく井戸周りの水が引いたな……」

酒場マスター「他の大井戸も調節作業が終わったようです。いやいやこれほどまでに水が溜まっていたとは」

まおう「はぁ……」

召喚士「ひぃ……」

勇者「ずいぶん疲れてるのな2人とも。なぜか召喚士は先に井戸へもぐってたみたいだし」

召喚士「私は別のところで仕事の依頼を受けたのよ……先払いでちょっと貰えたから、あの宿で休んでから潜ったって訳……」

勇者「それに、なんか2人も仲良くなったみたい」

まおう「何を言ってるんですか……」

召喚士「そんな訳ないでしょ……」

勇者「垂れたまま手ぇ繋いじゃって」

召喚士「っさいわね……いちいちそんな事言うからあんたはモテないのよ」

勇者「へいへいそうですか……」

 ―――……そして翌日

勇者「さて、そろそろ行きますか」

まおう「はい、準備整いました!」

召喚士「よーいしょっと。荷物もおっけー」

勇者「よし…………おい」

召喚士「へ?」

勇者「ナチュラルに混じってんじゃねえよ」

召喚士「何よ細かい事を。私ももうこの街には用がないから出ていくだけよ」

勇者「おう、そうか」

 スタコラスタコラ

勇者「後ろにぴったりくっついてんじゃねえか!」

召喚士「……いいじゃない、別についてっても」

勇者「これ以上面倒増えたらたまんねえっつうの」

まおう「良いんじゃないですか勇者さま。負担が増えるのだったら、その分は召喚士さんに持ってもらえばいいですし」

勇者「……そうだな。砂竜討伐の報酬半分もらったんだからな」

召喚士「幼い顔して抜け目のない事を……まあしょうがないわね。
     私1人で行くのは不安だから、付いて行かせてください……これでいいでしょ」

勇者「結構結構。んで、お前はどこまで行くつもりなんだ?」

召喚士「海の国よ」


――砂漠の国 了――

召喚士「うわぁすご。ふもとが全然見えないや」

勇者「雲海を見るのも久しぶりだな。ずっとこれが南まで続いてるもんだから凄い」

まおう「あれって全部雲なんですか? いつも空に浮いてるあれなんですか!?」

勇者「もうこの山を登ってくる時に何度も雲被ってただろうが」

まおう「あれがそうだったのですか……!」

召喚士「キレイなのは良いんだけど、年がら年中こんな調子だから、霧の国に続く直通の山道が作れていないんだよね」

まおう「海の国に行くのじゃなかったのです?」

勇者「だから海路を通って、雨の国の方から回ってようやく霧の国まで行くんだよ。……火山の国からすぐ海まで行けば早かったのにな……」

召喚士「うん? そういえば、何で故郷に帰るのにいちいち迂回してきたのさ。魔王の国から出発したんでしょ?」

勇者「ああ……それは……(エルフを妖精の国へ送る為だったけど)俺も別の事情を抱えててさ」

召喚士「ふーん……そう」

まおう「とにかくこの山を越えないといけないって事ですね」

勇者「そーゆーこった」

 どこまでも針葉樹が続く山道を登り続け、時折小さな湖畔で休みながら、
いつしか景色は雲を抜き遥か平原の向こうまでを見渡せる高さに至っていた。

まおう「まだかかるんですかー……」

勇者「まだかかるんだよ……つっても、この道もだいぶ終盤に近いけどな。
    ここから海の国まではロープウェイで繋がってるから、下山に苦慮しなくてもいい」

召喚士「それにしたって、空気がきれいなのは良いけど薄いのは勘弁してほしいわ……気分まで悪くなってきちゃった」

勇者「今さら高山病はないだろうけど……まだ日も高いしそこまで急ぐことはないか。この辺で休もう」

まおう「うっはぁー! 白い花のカーペットみたい!」

勇者「こらあんまり走り回ると、どこかに躓いて谷底に墜ちるぞ」

まおう「この辺なら大丈夫ですよー」

勇者「魔物じゃないけど、この辺に自生する生物は獲物を取るために大きい落とし穴を掘ったりするんだよ。
    人間を食ったって言う話は聞かないけど、魔族だとどうだろうかなぁ」

まおう「」ぷるっぷる

召喚士「怯えさせてどうするのよ。このままじゃ怖くて下山も出来なくなるわよ」

勇者「それはそれで面白い」

召喚士「クズから鬼畜にレベルチェンジって……なんかもういろいろダメねあんた」

勇者「そーかい。今までそれで困った事はないからな」

召喚士「なんだかもう本格的にダメね」

 霊峰休憩用のログハウス

召喚士「けっこう整ってるわね。無人だけど」

勇者「食べ物の販売まであるぞ。無人だけど」

まおう「この辺はわるい人がいないんですかね」

勇者「こんな所に盗むような物は大してないし、そもそもこの程度の食糧盗むより、
    登頂する経費の方が掛かっちまうからな。そういう微妙なバランスの上で成り立っているんだろ」

召喚士「ま、出せる物は出せるし頂きますか」

まおう「私も、私も手伝いますっ」

勇者「お前料理出来たっけ? そもそもここのキッチン使えるのか? 通気設備は生きてるみたいだけど」

召喚士「どっちでもいいわ。そんな複雑な事する必要はないでしょうに」

勇者「野菜と手持ちの干し肉でそこそこ美味いもんは作れるかな。ほれまおう、干し肉の裁断くらいできるだろ」

まおう「もちろんです。ナイフをしっかり持って、ちゃんと干し肉を押さえて、こう……ふんっ!」グシャ

勇者「何やってんだよ馬鹿」

召喚士「可哀そうなお肉」

まおう「な、な、ナイフが悪いんですよう! こうなったら私の剣で……!」

勇者「アホ、そんな事したら設備がぶっ壊れて俺たちが負担して修理する事になるんだぞ」

召喚士「何気に私を数に入れないでよ!」

まおう「何言ってるんですか! 召喚士さんもついて来てるからには逃れられませんよ」
 
勇者「てめぇがちゃんとすれば良いだけだっての!」

 しばらくの手間……

勇者「なんでハーブ炒めにこんな時間かかるんだよ」

召喚士「お腹空き過ぎて食欲なくなった」

まおう「もうすぐできますって!」

勇者「窯から上げるときは気を付けろよ。フライパンけっこう重いはずだから」

まおう「大丈夫ですって――あ、ふぁっ!」

召喚士「ちょっと――!」

勇者「危ねえ!」

 グワンッ

まおう「…………?」

勇者「ふぅ……無事でよかった、肉」

召喚士「そっち!? ……んでも、まおうもよくそんな格好で止まってられるわね」

まおう「いえ……私なにも」

 カッ カッ カッ

神官「まったくそそっかしいままですねまおう様」

召喚士「だ、誰なの!」

神官「気にするに至りません。ここの管理人でございます」

召喚士「あぁそうですか……それは失礼しました。てっきり無人の小屋かと思って」

勇者「…………」

神官「おや、そちらの方どうかされましたか?」

勇者「ど……どうかも何も、神官こそこんな所で何油売ってんだよ!」

神官「売ってるのは高原のハーブと野菜ですが」

勇者「んなボケは要らないよ!」

召喚士「神官……? てことはまさか魔族? まおうの召使いか何かなの?」

神官「あらら、もうお連れさんにはそこまで知れていたのですか」

勇者「そうだぞ。だから身分隠す事はない」

神官「では改めて。元魔王様の側近であり、元まおう様の側近であった神官でございます。
   今は無職……といいますか、特定の場所にとどまっておりませぬ。御年800歳を超える老骨ですが、何ぞととよろしく」

まおう「神官さーん! まさかこんな所でまた会えるなんて思っていなかったです!」

神官「私も再びまおう様に会える喜びをかみしめている所でございます」

勇者「……ほいで、その会えて嬉しい輩を押し付けた末にここで何やってんだよ」

神官「何……という訳ではありませんが、まおう様にこれだけはお伝えせねばならないと言う事がございまして、今に至るわけです」

まおう「私に……お話し?」

神官「さようでございます。まおう様、外でお話しする時間を頂けないでしょうか」

まおう「もちろんです。でも今はご飯の時間ですよ」

神官「これは失礼しました。ライ麦のパンなら保存してありますので、炙ってお出しししましょう」

召喚士「助かるー。これだけじゃ塩辛くて胃が持たれるからちょっと憂鬱だったのよ」

勇者「おう、それならあんたも食べてから話しなよ。筋金入り魔族の口に合うかどうかは知らないけど」

神官「そうですか……いえ、この神官、まさかまおう様の手作り料理が食べられる日を生きて迎えられるとは……うっうっ……」

召喚士「うわー傍から見たらしわくちゃの爺さんがモロ泣きしているようにしか見えないよ」

勇者「食べづらいから落ち着いてくれないかな……」

神官「失礼……つい感極まってしまいまして」

召喚士「魔族もさして変わらないのね」

勇者「下手な人間より人間っぽいからな」

 ボロいテーブルを囲んでの食事。決して量は多くなく、短い時間ではあったが、
お互いの顔を自然にみられる程に神官と3人の距離は縮まっていた。

召喚士「もーお腹いっぱい。ほら、片づけは私たちがやるから、あなた達は2人きりで話してきなさいな」

勇者「え、2人でやるのかよ」

召喚士「いいからほら。行った行った」

神官「ありがとうございます召喚士さま。ではしばらくの時間を頂きます」

まおう「いってきまー」

勇者「はぁ……。しかし突然出て来るとは思わなかったけど、城が崩壊した後も元気みたいで良かった」

召喚士「あの人にまおうの世話を任されたの」

勇者「そうだよ。いろいろ世界情勢が不利だから、力のある奴に任せた方が安全だってね」

召喚士「ふーん……でも旅の途中のあんたならともかく、断る気はなかったの?」

勇者「あのガキ自身からの押しに負けてな。まぁ冷静に考えてみれば、なんで話を受けちゃったのか今でもよく解らん」

召喚士「後悔は?」

勇者「してない……訳じゃないけど、あいつを連れている事自体は、別にそう悪いと思った事はない。問題はそれ以外の話だから」

召喚士「……そう」

 小屋の中で2人。妙な間が開く。

召喚士「私……さ、他のメンバーとはあれ以来ずっと会ってないんだよね。勇者は会った?」

勇者「……ああ、まあ。シーフと斧使い以外には全員会ってるかな」

召喚士「それってほとんどの人と会ってるって事じゃない。まるで待たれているみたいね」

勇者「そういう言い方もあるな」

召喚士「みんなどうだった? 元気そうだった?」

勇者「…………」

召喚士「勇者……?」

勇者「…………魔法使いが死んだ」

勇者「…………魔法使いが死んだ」

 俺がそう呟くと、召喚士の顔が静かに、しかしはっきりと強張っていくのが判った。

召喚士「え、ど……え?」

勇者「あいつは置き土産するつもりだったのか……星の国で、全ての出来事を俺に教えてくれたよ」

召喚士「全てって……その」

勇者「意味そのままだよ。あいつが見ていた世界と、あいつが影響を与えていた世界の全て。
    それと、みんなが俺から遠ざけていた現実もな」

召喚士「…………」

勇者「お前は、嘘つかないでくれるよな」

召喚士「えっ?」

勇者「除け者にされるのは別に良いんだ。そんな感じのは旅を始める前から慣れてた。
    けどな、俺だけ知らないなんてのはもう嫌なんだ。そのせいで魔法使いはあんな死に方をしたんだ」

召喚士「私も……いえ、みんなあなたに悪気があった訳じゃなかった。それだけは間違いない。むしろ羨ましいとすら……」

勇者「それも知ってる。自分らは頭がおかしくなっていくのに、勇者だけはボケたまま常人でいる。
    そんな俺をうらやましく思ったのか、ないしは更に嫌悪するようになったのか、はたまた同情心なのか……
    とにかくお前たちは俺を避けた。それであのオチだ」

召喚士「…………」

勇者「だから俺はあえてはっきり言う。召喚士、お前は狩人に、麻痺薬で――」

召喚士「止めてッ!」

 ただでさえガクついていたテーブルの足が更に軋む。

 ただでさえガクついていたテーブルの足が更に軋む。

召喚士「止めてよ……そんな話……」

勇者「いや、止めないぜ。お前は奴に無理やり犯された。
   でも俺が、お前について知っているのはそこまでだ。
   後は普通の生活で見せていたような、無駄に意地を張るような子供っぽい面しか知らない」

召喚士「………………」

勇者「……苛めている訳じゃない。魔法使いみたいに、自分で自分を追い込んだ末に壊れてしまうようなのはもう見たくない」

召喚士「私は、そんな事しない!」

勇者「何故だ」

召喚士「何故って……」

勇者「何故そう言いきれる」

召喚士「私は……そんなに狩人の相手をしなかった」

勇者「でもレイプされたんだろ。それでどうした。
    むしろパーティーに歪が広がるはずだ。気付かなかった俺もクズだが、何で俺に伝えなかった」

召喚士「魔法使いが……ダメだって……」

勇者「はぁ?」

召喚士「ダメって言われたの。狩人は絶対に必要な人。
     魔王を倒すためには欠かせない力だって。だから勇者には言わないで、ずっとパーティーに置いてあげてと言われたの……」

勇者「責任を投げつけてる……訳じゃないよな。今さら責任なんて問うつもりはないが」

召喚士「当たり前よ! あなたも解ってたでしょ? 自分と同じくらいの近接戦闘が出来る仲間が欠ければどれ程の痛手になるかなんて」

勇者「俺が聞きたいのはそんな事じゃない。お前の気持ちそのものだ。あんな事があって、それが今に至って、どう思うか」

召喚士「あんたには解らないでしょ! 動けない体を勝手に弄られて! 感覚のないまま突き破られた心の痛みが!」

勇者「解るかよ。解ったってお前は納得しないだろうし、俺もその心に自信なんて持てない。
    真実はどうか俺には見え透かないが……魔法使いは自分に心を置きたがらなかった。
    その安置先を狩人に任せていた。でもその狩人が死んでしまって……呆然自失か、拠り所をずっと探して星の国に残っていた」

召喚士「それで……」

勇者「どうスイッチが外れたのか……特定はできないが、おそらく原因は俺だ。
   あいつを拒絶してしまったせいで、最後の踏切を渡らせてしまったのかも知れない。
   ……でも、あんな状態にまで至ってしまったのなら、遅かれ早かれの事だったとも思う。

   俺が聞きたいのはこの事だ。ずっと真のパーティーの姿を見続けていたお前からすれば、俺の考えは間違っていると思うのか」

召喚士「…………」

勇者「頼む。答えてくれ召喚士」

召喚士「……魔法使いが手遅れだったってのは、私も思ってた。
     もし狩人に全身を委ねてしまうような事が無かったら、逆に私は彼女を助ける為に、もっと狩人の相手を……
     むしろ進んでしていたのかもしれない。だって彼女は私の親友よ。死と隣り合わせの旅で数少ない女友達。
     そして同じ状況にある女の子同士……情が移らない訳なかったけど、深みには嵌まらなかった。
     あまりにも魔法使いが――凄かったから」

勇者「俺を……クズだと思うか……?」

召喚士「それを言うなら私の方がよっぽどクズよ。旅の中ではずっと魔法使いの親友だったつもりなのに、
     いざ拘束を解かれたら私から離れていった。そして1度も会おうと思い直さない内に……。
     もう親友だなんて口にするだけ気味が悪いでしょうね」

勇者「そう……こういう事なんだよ。人が死ねばそれまでだけど、因果が絡むとこんな坩堝の中に放り込まれて動けなくなる。
    解決するには、結局割り切るしかない」

召喚士「魔法使いの……その、遺体はどうしたの」

勇者「あいつは死に際にアンデット化した。人間だったはずなのに。
   だから対ゾンビ用の魔法で砂にしてやった。あんな格好のままこの世に残り続けるなんて、見ている人も本人も耐えられない」

召喚士「どんな……格好だった……」

勇者「皮が全部禿げて、毛なんてもう抜けきってる。全身真っ赤で、日の光を浴びてテカテカと光っていた。
    半分になった足が乾燥して黒く固まり、臭いなんてもう言葉にならない」

召喚士「うっ……!」

勇者「何もかも不条理だ。誰も納得がいかない。誰も納得できない。
   都合が良いと言えば良いし、悪いと言えば悪い。そんな始末に終えない死に方だ」

召喚士「私は……どうすれば」

勇者「それは俺が聞きたいし、自分がどうすればいいか分らない。
    だからまおうを故郷へ連れて帰るだなんて、特に中身のない旅を続けてるのさ」

召喚士「なんか、良いね。羨ましい」

勇者「そう思ったから砂漠から付いてきたのか?」

召喚士「今の気持ちではそうじゃないけど、本心はそう思っているかもしれない。
     ずっとずっと、私は1人のままだったし……」

勇者「海の国まで行くって言うのは……」

召喚士「あなたにずっと付いていくことは出来ないって思ってるから。
     これは多分本心も一緒。だってあんなにまおうとイチャイチャされてるんだもん。私が耐え切れない」

勇者「まおうはまおうだぞ。何考えてやがる」

召喚士「女の感――じゃなくて、普通の感想よ。とにかくずっとは無理」

勇者「俺に負い目とか、そんなんじゃないよな」

召喚士「……正直それが1番大きいかな。
     あなたの国まで帰るほど、私の足は軽くないわ」

勇者「そっか……ありがとな、こんな話に付き合ってくれて」

 ―――……ログハウスからしばらく離れた丘の上で

神官「まおう様は、この旅を始めれてよかったと思いますか」

まおう「もちろんです。……でも、良いことばっかりじゃないよ。でもそれは、もっと良い事のためにあるんだと思って我慢してる」

神官「その通りですぞまおう様。短い間によく成長されました」

まおう「それで神官さん。私にお話って何ですか?」

神官「……まおう様の失脚と、魔城崩壊によるバランスの変化についてずっと世界を監視しておりましたが……
   あまりに予想を上回る強さで、世界は変わり始めております」

まおう「え、え、なんで?」

神官「魔王様は今まで、世界のエネルギーを私利私欲のために占有していた……というのが人間たちの見識です。
    しかし実態は我々が知っていたように、エネルギーを多く占有する事で、世界の平静を長らく守ってきたのであります。
    魔城はその拠点であり、魔王様に次ぐ世界の重要な栓であった訳です」

まおう「だからお父さんが死んじゃって、おうちが壊れちゃったから……」

神官「エネルギーバランスは人に、妖精に、そして残された魔族に散らばりました。
    個人がおおよそ等しく力を持つようになれば、勝つのは進んで法を破り、そして自分で法を作った者です。
    その為、現在各国において激しい紛争――それと戦争が起きています」

まおう「そんなことまで……」

神官「もう、この星で安全な場所は数限られています。少なくとも人の多いところは安全でありません。
    しかしこのままであったら、新たな魔王かそれに及ぶ者が1人現われてくれればよかったのです……」

まおう「それじゃだめなのです?」

神官「……これはハッキリ言っておきましょう。それではダメなのです。
   魔族たちが結託して強大な力を生み出そうとしているのは確かですが、
   人間たちはその数十倍――いえ、数万数千万倍もの力を持つようなものを開発しています」

まおう「い、イメージがもう沸かない……」

神官「でしょうね。実際私も掴み切れていないですし、開発している人間は1番理解していないでしょう。
   その恐ろしさと、利用による世界の改変がどれほどのもになるのかを」

まおう「なんなんですそれは」

神官「人の手にして人のものに非ず、神の力にして神の所在有らず、と言ったところでしょうか。
    おそらくそう遠くない未来に、まおう様はそれと関わることになるでしょう」

まおう「私が……」

神官「それはもう間違いありません。あなたに世界のエネルギーを支配する能力はまだありませんが、
   その基礎や潜在能力は既にあります。それに……」

まおう「まだあるんですかっ!」

神官「私が今言った事も、ほんの序章に過ぎないと言う事も忘れないでください。
    始まりは静かに、そして火が付いた時に周りは気付き、爆発してから世界は加速します」

まおう「そんな……なんでお父さん、死んじゃったのかなぁ……私にはまだ無理だよぅ」

神官「魔王様については本当に今でも悔やみきれませぬ。
    そもそもこのような事態になるのを防ぐために戦争を始め、勇者様らが旅に出て、その末に力尽きてしまったのです。
    あなたは娘として遺志を継がなければなりません。私が来たのは、その意思を確かめるためにありますぞまおう様」

まおう「えと……もう1つだけ質問していいです?」

神官「なんなりと」

まおう「その……私、まだよく解ってないし、自分にどれだけの責任が掛かっているのかもわからないけど……
    そんな私が、今ここで、お父さんの遺志を継ぐって言っても……良いのですかね……」

神官「……ふふ。そういう所はお父様にそっくりですよ。考えが高じて、どう表せばいいか解らなくなる所とか、特にです」

まおう「神官さんもったいぶらないでぇ……」

神官「私が決めることではありません。あなたがそうだと決めた日から意志の系譜は継がれるのです」

まおう「なら……私、やります。お父さんがやろうとしていた事、絶対にやり遂げてみせます!」

神官「ありがとうございます……それが聞けて本当にうれしい限りでございます……」

まおう「ふふ、神官さん神官さん」

神官「なんでしょう……」

 ちゅっ

神官「はぇ? (私の頬に……)」

まおう「ありがとっ!」 たたた……

神官「…………こちらこそ」

勇者「お、話は終わったかまおう」

まおう「ええ、神官さんに大事なこと教えてもらいましたよ!」

召喚士「へえ、それはよかったわね」

まおう「うん!」

勇者「まだ時間はあるけどゆっくりしてたら日が暮れるし、
    かといって1晩待つのにはもったいないし……」

召喚士「そもそもここ、雑魚寝しか出来ないわよ」

勇者「そりゃよろしくないな。とっとと海の国までおりないとまずいぜ。
   神官呼んできてくれよ。お礼くらい言わないといけないし」

まおう「はーい!」

 再びドアを叩いて外に出たまおう。
しかし丘の向こうに立っていたはずの神官は、360度どこを見渡しても、もうどこにも姿はありませんでした。

――霊峰の国 了――

――海の国――

勇者「うおー……」

召喚士「これは……すごいわね」

まおう「綺麗ですー!」

 ロープウェイから降りて街の咆哮へと歩いて行く。
辺りはすっかり暗くなり、また同じように暗く沈んだ街並みが広がっていると思えば――

勇者「ランプの明りだけじゃないよな……電灯の数が半端じゃないぞ」

召喚士「私たち、ここの景色は昼のしか見ていないわよね。期待はしてなかったけどこんなに綺麗なんて」

まおう「まるでお星さまが広がってるみたいですー」

勇者「……そうだな、これだけはお前に同意だ」

まおう「これだけってどういう事です……」

召喚士「街中も結構活気があるわね」

勇者「もう10時だってのにオープンテラスで飲んでる奴もいっぱいいるし……なんか良いなこういうの」

召喚士「まぁ見てる分には、だけどね」

まおう「勇者さまはどうするんです?」

勇者「おいおいさすがにこれから飲む気にはならんぞ。とっとと宿屋探したいけど……」

 ガヤガヤガヤ ドヤドヤドヤ

召喚士「この通りからもうちょっと離れたところが良いわね」

勇者「そだな……」

 棚のように積まれている住宅街を登って行き、大き目の建物が並ぶ通りを横に歩く。

まおう「だいぶ声が遠のきましたね」

勇者「ここまでこれば十分だろ。それにしても宿が見当たらんな……一体どこに」

 突然、俺たちの耳に激しく扉を開く音が聞こえた。

「出ていけェ!!」
「このまま済ませられるとでも思ってるの!?」

 いずれも若くはない男女の怒声。最初は酒に酔った夫婦のケンカだとばかり思っていたが、
通りにボロボロの服を着た夫人が飛び出すと、俺たちはすぐに駆け寄って声を掛けた。

勇者「ど、ど、どうしたんですかっ!」

夫人「うぅ……っくぅ……」

召喚士「怪我はしてないけど、細かいかすり傷がいっぱいだわ……とにかくこんな所に置いていけない」

夫人「構わないでちょうだい!」バシッ

まおう「でもすごく悲しそう……」

夫人「…………」

召喚士「どうされたのですかご夫人」

夫人「あなた方は……旅をしているように見えますが」

召喚士「…………」目をぱちくりクイッ

勇者「(正直に話せってか)……俺は勇者。こっちは仲間の召喚士で、こっちは俺の姪」

夫人「……っふ、勇者ですか」

勇者「あ、あれ?」

召喚士「(反応が薄いわね……こんな感じで困っている人は、大概勇者と聞いて喜ぶのに)わたしたちで良ければお話でも聞きますけど」

まおう「ねえおばさん」

夫人「なぁに……お嬢さん……」

まおう「これ、霊峰の国にあった石。あげる」

 魔王が懐から取り出したのは、暗い夜の中でもはっきり緑色を映す2センチほどの石。

夫人「まぁ……これは珍しい石。向こうの方からこの国にいらっしゃったのですか」

まおう「そうです。おばさん本当に大丈夫です?」

夫人「……ごめんね。ちょっと取り乱したままで話しちゃって。お二方にも大変な失礼を……」

勇者「いえ、こちらこそ好きで声を掛けただけで」

夫人「そう言えば勇者様とおっしゃいましたよね……どうか宿が決まっていなければ、うちの家へどうぞ」

召喚士「よろしいのですか?」

夫人「ええ。うちには――私しかいませんし」

新・保守時間目安表 (休日用)
00:00-02:00 10分以内
02:00-04:00 20分以内
04:00-09:00 40分以内
09:00-16:00 15分以内
16:00-19:00 10分以内
19:00-00:00 5分以内

新・保守時間の目安 (平日用)
00:00-02:00 15分以内
02:00-04:00 25分以内
04:00-09:00 45分以内
09:00-16:00 25分以内
16:00-19:00 15分以内
19:00-00:00 5分以内

 夫人の自宅

勇者「(こんな格好だからてっきりあばら家に棲んでるのかと思ったら)すげー……めっちゃ広い」

まおう「私のお家みたいですー!」

夫人「どうぞお好きに掛けてください」

召喚士「どうも……」

 客間に案内されたのち、真紅に染まったソファに腰を掛けるよう勧められた。

勇者「しかし何でまたこんな家に住んでらっしゃるのに、その服装のまま外へ……」

夫人「私の立場上他の住人に示しがつかない……と言う事もありますが、この格好には私自身の意思を示す意味もあります」

まおう「……意思……」

夫人「少し私の話を聞いてくださいませんか」

勇者「泊めてもらうんですから、それは夫人が決めてください」

夫人「そう……優しいのねあなた」

召喚士「(初対面にはこんな風に接してすぐにボロ出すんだからこいつは……)」

勇者「そ、そう言えば他の家族はムグゥッ!」

召喚士「(あんたバカでしょ! さっき夫人が私しかいないって言ったじゃん!)」

勇者「(そう言えばそうだった。出かけてるのかな)」

召喚士「(だからそういう意味でもあーもう……)」

夫人「……私は主人と3人の息子が居ました。主人は遠洋のカニ漁業で稼ぎ、
    長男は次期船頭。次男は弁護士で、末っ子はついこのあいだ大学を出たばかり」

召喚士「いましたって事は……」

夫人「……ええ。あなた方は勇者一行ですよね。魔王との5年間の戦争中、世界がどうなっていたか知っていますか?」

勇者「世界が、か……」

 そう改めて問われてみると、ぱっと答えが浮かばない。
当初は何も考えず剣を振るい、目的地をめざし、魔王を討伐する事だけを考えていた。
 それが最も――楽だった。

召喚士「息子さん達もどこかのパーティーに?」

夫人「いいえ……海の国の男は、全員が兵役を義務とされました。海軍として人員が編成され、動ける男と言う男が全員召集されていきました。
   もちろん夫も息子たちも動員されました。末っ子は大学卒業を待たれましたが、結局最も激しかった1年の間に動員され……全員が死にました」

勇者「……(なるほどそういう事か)」

召喚士「それは……ご苦労様でした」

夫人「ふふ、さすがは歴戦の一行ですね。その位の気遣いの方が心地よくて済みます……ですが私は今、未だに息子のために、夫のために戦ってます」

勇者「もしかして、さきほどのアレですか?」

夫人「ええ……あそこには元海軍将校で、今はこの街の議員を務めている海国伯爵が住んでいます。
    戦後家族を失った私たち婦人会は、海国伯爵に正式なる謝罪と、経済的に困窮している人たちへの賠償を求めるために活動しています」

召喚士「(やっぱり金ね……)夫人はそのトップリーダーを担っているのですね」

夫人「ええ……だから婦人会の中でお金を回し、全員を助けると言う活動もしているのですが、
    今現在私が1番危ない目にさらされています」

まおう「んんうよくわかんないけど、夫人さんはこんなお家に住めているから大丈夫なんじゃないのです?」

夫人「あのね、偉い人は雑草なんてもう気にしないの。整地するには残った杭を抜く。それしか頭にないの」

まおう「???」

召喚士「その海国伯爵とかいう人に、この土地やあなたの財産を狙われているという訳ですね」

夫人「端を折ればそうなります。……戦時に若者を使いたいだけ使い、戦闘で殺した上に謝罪もなく、
    今はその上に成り立っている生活の税金でのうのうと暮らしている……こんな事が許される訳が……!」

勇者「でも伯爵なんだからこの国の王って訳じゃないですし……」

夫人「そこがミソです。国の天辺ならとっくに危ない立場にあるでしょうけど……上層部が腐りきっているんだわ。
    居心地のいい位に落ち着いて、豊かな層だけで甘い蜜を舐め続ける……そんな現状がこの街にあるのよ」

 どこかで聞いたことのある話……更に住民がこうして困窮を唱えていると言う事は、海の国はさらにひどい状況に陥っているという事か。

勇者「それで、俺たちにその話を聞かせたのは……」

夫人「私たちには力がありません……その上、反乱を起せそうな騎士団や強力な民間兵団は、
   全部が全部海国伯爵に高額で買収されており、彼を――どうにかする手立てがありません。
   勇者様、ぜひ引き受けてくれないでしょうか」

勇者「ぜひって……何を」

夫人「その……べ、海国伯爵を便利してください」

勇者「何その変な言葉」

夫人「意味は察せられるでしょう? 報酬はお金で払えませんが……
    彼を片付ける事が出来れば、この家をあなた方に譲ってもいいくらいです」

召喚士「本当ですか!」

夫人「私たちはそれほど苦しんしている事が分かってもらえれば幸いです。
   ……さて、こんなお話はもう止めましょう。うちの美味しいパスタでも楽しんで頂戴」

まおう「ごはんですか! 私も手伝います!」

勇者「おい迷惑かけるなよまおう」

夫人「とんでもありません。新しい娘が出来たようで嬉しいです。さ、キッチンへ行きましょう」

まおう「はーい!」

 バタン

勇者「結構深刻な話だったな……」

召喚士「あんたは察しが悪過ぎよ!」

勇者「お前だってこの家がもらえるって聞いた途端に目を光らせやがって。現金すぎるわ」

召喚士「っさいわね私はずっと住居について悩んでたの! 
     別に依頼が成功した所でここを貰うつもりはないよ。だけど良い土地を婦人会に融通してもらおうかなとは思ってるけど」

勇者「やっぱり裏があるじゃねえか」

召喚士「頭の回転が速いと言ってよね」

勇者「んで、どうするんだ。要は海国伯爵を穏便に殺せばいいって事だろ」

召喚士「いざオブラートに包まないと本当に物々しい事をするって気になるわね……」

勇者「回りくどいのは面倒だろ。……まぁしかし、他の武装組織を買収できる程の金と権力があるなら、
   それを動員することも出来るって事だな。だったら屋敷に侵入してサクるだけでも楽じゃないはずだ」

召喚士「おそらく入国の際にもう私たちはマークされているでしょうね。
     伯爵の目下であると言うなら、きっとこの家に居るって事ももうバレてるかも」

「…………」

勇者「急を要す……か」

まおう「勇者さまー! テーブルの用意と顔音がしても良いですかー!」

勇者「しょうがねーな、ちょっと待ってろ」

召喚士「私も手伝います」

 夕食後

勇者「夫人、この家って建って長いですか?」

夫人「いえ……戦争が始まった月にちょうど建設が始まりましたので……
   この大きさで言うなら、この街で1番新しいと思いますが」

勇者「どうもどうも。ちょっとお風呂借りますわ。召喚士、ちょっと来てくれ」

召喚士「わかったわ」

まおう「あー2人でお風呂入ろうとしてる! 私も私も私もー!!」

夫人「ダメですよ、こういう時に仲を邪魔してはいけません」

勇者「そんなんじゃないですから! ほら、とっとと用だけを済ませるぞ」

召喚士「え、ええ」

 ガランッ

まおう「あー2人とも行っちゃった……」

夫人「大丈夫ですよ。あなたが心配するような事は起きないはずですから」

まおう「ふぇ?」

夫人「もし何かをしようとしていたら、家の人の前で“用だけ済ます”なんてはっきり言う訳がないですもの。
   よっぽど大丈夫ですよ」

まおう「そうですか……むむ」

 そして風呂の中

勇者「よかったよかった。俺の読み通り」

召喚士「何がしたいの?」

勇者「戦争が始まってからの高級住居はいろいろ防御的に考えられてるんだよ。
    だから転送で戻ってくれる陣専用の間とか、この風呂みたいに魔法を完全に遮断する造りになってたりする。
    これでちょっと高度な盗聴もされないだろ」

召喚士「やっぱりさっきの時点で……」

勇者「確証はないけど、おそらくな。それで伯爵を殺すための方策だけど……
   この場合は機会を窺って適切な状況を作り出すのが最も効率が良い。その為の作戦を明日から始める」

召喚士「それを話し合うのね」

勇者「作戦はシンプルだから時間は取らせん。俺が言いたいのは、肝心なタイミングとかだけだ」

召喚士「……解ったわ」

 5分後

まおう「…………」

勇者「な、なに怒ってんだよ」

まおう「今日は一緒に入ってくれるまで許しません」

勇者「別に良いだろ、お前1人で風呂に入れるようになったんだし」

まおう「そうじゃないんです! 一緒に入りたいんですぅー!!」

勇者「ちょっと夫人助けt……」

夫人「あらあら可愛いじゃありませんか。私が水を差すなんてとんでもないですよ」

勇者「っく……」

召喚士「あんたにその気があるなら止めてたけど、別にそうでもないみたいだから私も許すわ」

勇者「俺に選択肢はねーのかよ!」

まおう「むむむ……」

勇者「(このデリケートな状況下で暴れてもらったらマジで敵わん……)ったく、洗ったらとっとと出るぞ」

まおう「わぁい!」

 ガララッ ピシャ

召喚士「本当にロリコンとかじゃないわよね……」

夫人「私のカンだと……ま、童貞ではなさそうね」

召喚士「へっ、そうなんですか?」

夫人「私のカンよ? でも外してるつもりも無いわ」

召喚士「え、え……やっぱり、そうなの?」

 おふろのなか

まおう「♪」

勇者「ったく洗えない訳じゃないんだから1人で済ませてくれよ本当に」

まおう「だって背中とか洗いにくいし、勇者さまにごしごししてもらうとスッキリ度がぜんぜん違います」

勇者「こんな安定して風呂に入れる場所なんてそうそうないんだからな」

まおう「だからこそ一緒にって事ですよふふん」

勇者「…………」

まおう「どうして最近は入ってくれないのですか?
    野外の時もですけど、一緒に入った方がお湯とか色々お得だと思うんですけど……」

勇者「ああ……それはだな」

 こいつ、この数か月で目に見えて成長してやがる。

 最初は本当に子供の身体そのもので、逆に俺が安心したくらいだ。
しかし今はハッキリと胸も膨らんでおり、風呂椅子に掛けている尻も重量感を醸している。
なぜか髪もセミロングからロング程にまで伸び、目の色も明らかに違って見える。

まおう「ふんふん♪」

勇者「よーし……じゃあこのくらいで」

まおう「えぇー全然前が洗えてないですよ! 私もちゃんと勇者さま洗ってあげますから」

勇者「どっちも勘弁」

まおう「やだやだちゃんと前もー!」

 俺が意識しすぎているだけだろうが、以前のようには行かない事だけは確かだった。

 翌日

召喚士「はい、2人ともこの魔法石を持って。んでちょっとメイクや髪形を変えて……こんな感じね」

まおう「何ですかこれは」

召喚士「持っていると所持者とは違う気を勝手に出してくれる力と、いざと言う時に地面へ投げつけると任意の場所、
     ないしは別の所持者――私か勇者のところへ勝手に飛べるようになってる。でも2つ目の機能に関してはちょっと範囲が制限されてるから」

勇者「この街に居る限りは頭に置いておけよ。何かにぶち当たったら、戦うより逃げろ。そうしないと俺たちが困るんだから」

まおう「わ、わかりました」

召喚士「じゃあ私とまおうは必要なものを買ってきたり街を観察します。後はよろしくお願いします夫人」

夫人「ええ、行ってらっしゃい」

まおう「勇者さまはどうするのです?」

勇者「俺? 俺ぁ……その、事務仕事だ」

まおう「じむ?」

召喚士「要はここに残ってるってこと。じゃあ行きますよまおう」

まおう「はいーわかりました」

 バタン

夫人「……これからどうされるのですか」

勇者「常に頭に置いてと言ったのはまおうにだけじゃありません。あなたにもです」

夫人「それはもとより承知していますが……」

勇者「今はこの家に偵察石を置いてますから盗聴はされていないはずです。
   でも俺たちを招き入れた時点で、あなたはもう謂れのない文句で粛清されてもおかしくない、くらいの覚悟はして欲しいです」

夫人「……それは誰よりも理解しています。あの伯爵の下劣さは……誰よりも」

勇者「それなら十分です。では俺も行ってきます」

 ―――……

勇者「ここが伯爵邸か。ったく醜いまでに魔法のバリアが張られてやがる。よっと……」

 邸宅の裏に回り込み、周囲に歩哨が居ない事を確認してからルートを探る。

勇者「防衛を徹底したって、伯爵と言う職柄からは逃れられないからな……」

 ――見つけた。外部との交信を行うわずかな隙間。電気製品やねっとわーく、
と言うものにはそこまで知識がないが、基本的に線周りは魔王の力が弱くなる……と言うよりは
強すぎるとノイズが生じるらしい。これは賢者からの教えだ。

勇者「ここから内部までワープっと……それ」

 いとも簡単に邸宅内への侵入に成功する。
魔力の反応はほとんどない。伯爵が居ないのなら、それはそれで都合が良いと言うものだ。

勇者「よっと……」

メイド「…………」

勇者「あ…………」

 俺としたことが、魔力の反応だけに頼りすぎて、普通の使用人が居るかどうかのチェックを怠っていた。

勇者「ちっ……こうなったら!」

メイド「勇者様……ですか……?」

勇者「は?」

メイド「私です、メイドですよ! 以前貴方の家に仕えておりましたメイドでございますよ!」

勇者「あー……ああっ! あのメイドさん!」

メイド「ようやく思い出してくれましたか……忘れられたのかと思って心配になりましたよ」

勇者「まさかこんな所で……ってのん気に話してる場合じゃねえ。今日伯爵はどうした?」

メイド「ご主人様なら今日は新たに造成された潜水艦の視察と何とかの会議に出ておられます」

勇者「よくも侵入者にのうのうと話せるな……」

メイド「ああすみません! でも勇者様が……」

勇者「今ここに居るって事はもう俺の家に仕えるのは辞めたって事だよな……
   とにかく、お前がここに居るなら都合はいい。近いうちにゆっくり話せる機会ができないか?」

メイド「私の家がここなので……ですが、今日は午後から市場へ買い出しに行きます。時間はたっぷりとられているのでその時なら」

勇者「じゃああの裏手にある大きな野菜売り場で待とう。それと、俺が勇者である事は絶対に秘密だ。今ここで話したことも全部な」

メイド「わ、わかりました……」

 それから4時間後……

勇者「っ……遅いな……」

メイド「あっ、ごめんなさい勇――」もごっ

勇者「それは内密って言っただろうが」

メイド「けほけほ……すみません、つい慣れた呼び方で言ってしまうので……」

勇者「まぁいいや。さっきも言ったけど、お前が伯爵に通じているなら色々都合が良いんだ」

メイド「私は通じていると言うほど……」

勇者「なぁにちょっと本人や周辺の情報を俺に流してくれるだけでいいんだよ」

メイド「…………」

勇者「どうした、立ち話はやっぱり嫌か?」

メイド「いえ……そうではありません。ただここまで流れてきてしまったのですが、
    やはりご主人の事をぺらぺらと話すのはどうかと思い直して……」

勇者「そういやなんでうちに勤めるを辞めたんだよ」

メイド「はっきり言ってしまえば……リストラです。別に雇うお金が無くなったという訳ではないとおもいますが、
    勇者様レベルの貴族だと下手なメイドを置くよりは優秀なメイドを常に置くんです。
    だから私は、勇者様が旅立ってからミスが多くなって……」

勇者「俺はそこに関係ないだろ」

メイド「関係――いえ、確かにそうですね。正確には勇者様が旅立った前後からミスが増え、
    私は新しくて優等なメイドのために職を追われました」

勇者「そんなこんなでここまで……か」

メイド「いろいろ転勤転属はあったんですけどね……結局ここに勤めることになったのは変わりません」

勇者「……なんかわりぃな、俺が留守してたばっかりに。
   見習い時代から一緒に居たからもう10年は同じ家に居たって事になるよな」

メイド「何だか幼馴染みたいですよね。たまに私がこっそり部屋を訪れて数学を教えてもらって、
    勇者様には魔学を教えてもらってました」

勇者「妙に懐かしいな。別にそれほど時間は経ってないはずなのに」

メイド「そうですね。それから勇者様が旅立たれて……やっぱり結構な時間が経ってますよ」

勇者「いざ意識してみるとそう実感が無いんだよな。……それでメイド。
    お前の時間も限られているようだし、そろそろ用件を済ませたい」

メイド「何ですか?」

勇者「依頼だ。伯爵を片付けたい。その為の情報を教えてくれないか」

メイド「え……」

勇者「まぁ最初から良いと言う訳がないのは分ってる。お前の雇い主だからな。でも――」

メイド「いいですよ」

勇者「へ?」

メイド「いいです、と言ってるんです」

勇者「……おいまじかよ」

メイド「私にはそれ以上言えません。ただ、あの方を殺めると言うのなら、メイドとしても咎めません」

勇者「殺すって言っておきながらアレだけど……なんでまたそんな風に言えるんだ」

メイド「だから、それ以上言えないと言っています。邸宅に侵入するなら、
    午前勇者様が通られた場所で十分だと思います。問題は時間ですが……今日の夜は大きな会合があり、
    その後は飲んだくれて寝ているはずなので、その隙を突くのが1番楽かと」

勇者「なるほどな……お前はその時どうするんだ」

メイド「おそらく物音がした時点でメイドやら警備が出動するはずですが、微力ながらこちら側を上手くミスリードします。
    どうせご主人様が死なれるのなら、私の職務実績などはもう意味を成しませんから」

勇者「妙な因果とはいえ……大変な事を任せてしまってすまないな」

メイド「いえとんでもありません。勇者様のお役にたてるのなら」

勇者「俺の国に帰ったら、再雇用を約束させるよ。海の国の伯爵家に勤められるなら、うちでなんて訳ないはずさ」

メイド「ありがとうございます……! その時は、ぜひ勇者様と共に旅を」

勇者「帰り道は一緒だ。お前みたいに働いてくれる子なら喜んで歓迎するさ」

メイド「も……もう、何と言葉にしてよいか」

勇者「……だから、今夜はよろしく頼む」

メイド「はい……!」

 夜遅く 夫人邸宅前

勇者「そいじゃ行ってくるよ」

まおう「勇者さまどこへ……」

勇者「うーん……悪い奴をやっつけに行くんだよ。でも今日の仕事は、俺1人の方が都合良いんだ。
   むしろ夫人宅の方が危険かもしれないから、召喚士と一緒に守ってくれ。いいか?」

まおう「う、うん! 私も行きたいけど……ちゃんとおばさん守る!」

勇者「よし、良い子だ」 タッタッタッタ……

まおう「…………」

夫人「どうしたの?」

まおう「いえ……あんな勇者さまも良いのですが……やっぱり何だか、違和感が残って……」

 気配に気を付けながら邸宅の裏に回る。やはり線の周りは魔法障壁が薄い。これで昼間と同じように進入できるだろう。

勇者「庭は……歩哨が5か。いくらなんでも多すぎだろ……余計に単独で来てよかったぜ」

 短い転送魔法を連用し、帰りのルートを確認しながら屋敷の中を進む。
メイドが教えてくれた地図はほぼ正確で、ターゲットの寝室前まで難なく辿りつけた。
 そして廊下で合図を送ると、あらかじめ控えていたメイドがひょこりと頭を出した。

勇者「おい、メイド」

メイド「はい勇者様」

勇者「監視に動きはあったか?」

メイド「こっちが気持ち悪くなるほど動きがありません。大丈夫だと思います」

勇者「じゃあ打ち合わせ通りだ。お前が水を差しいれる為に寝室へ入り、錠を掛けないまま中へ。
そしてターゲットの近くに行ったらグラスを鳴らす。その5秒後に突入するから、安全なところまで離れる。

メイド「大丈夫です」

勇者「では行け」

メイド「…………失礼します」

 メイドが静かに扉を開き、中へと歩いて行く。妙に甘ったるい匂いが扉の間から香る。
コツコツと歩を進める音が止まると、俺は神経を研ぎ澄ました。

メイド「お水をどうぞ」キンッ

 確かにガラスの高音が聞こえた。そして心臓の音が聞こえそうになるほど感覚を尖らせ、
5のカウントをした後静かに、そして素早く部屋中に入った。

勇者「(すぐに麻痺る吹き矢を――)フッ!」

メイド「――!」

 事は一瞬だった。ガラスの音がした方向へ吹き矢を撃つと、
そこにはメイドがベッドの上に乗って、盾になるように固まっていた。

メイド「ひぐぅっ!?」

 矢は首の根本に刺さった。貫通したり深く刺さったりはしないが、
逆に触れただけでも効果のある強力な麻痺薬が塗られている。

メイド「っく……う……」

 意識はハッキリ残っているのか、体の自由が利かない苦悩をはっきりと表情に映していた。

海国伯爵「よもやこの俺を簡単に殺せると思った訳でもあるまい」

勇者「……ああ、そうだな。いつから気づいていやがったんだクソ野郎」

海国伯爵「このメイドが午後の買いだしに行く前から……と言ったら、お前は驚くか?」

 それはつまり、俺が最初に侵入した時から気づいていたと言う事なのか。

海国伯爵「そう口に出して驚こうとは思わないだろうな。だが全て俺は知り得ている……不思議に思うだろ」

勇者「……カラクリは気になるかなぁ。なんせ、あの時から俺も周囲に気を配っていたんだ。話を耳に出来たのはメイドだけのはずだ」

海国伯爵「俺が情報を聞いたのはそのメイドだ……今ここに居る、どこぞのメイドの誰でもなく」

勇者「う、裏切ったのかメイド……!」

メイド「ちがっ……違うの……!」

海国伯爵「話がごっちゃのままじゃ心地悪いだろ……俺もそういう性格でな。今の悔しくて苦しいお前の気持ちがちっとは理解できるんだ」

勇者「嬉しくない共感だな」

海国伯爵「俺の能力は催眠術……それもこの世で誰にも負けない程の強力かつさじ加減が利くものだ。
      お前の侵入に気付いた俺は、不審に思ってメイドに催眠術を掛け、襲撃しようとしたお前をあえて都合よく誘い入れた……まぁそんな感じだ」

勇者「しかしあの時までは正常なメイドのままだったはずだ。彼女はお前が、潜水艦を視察しに行ったと言っている」

海国伯爵「私が一介のメイドに仕事をいちいち教えている訳がないだろう……そもそもこいつにはメイドの仕事を任せていない」

勇者「はぁ……?」

メイド「……」

海国伯爵「こいつは元お前の家に仕えるメイドだったらしいが……それなら気づいていただろう。
      美貌だけは確かだ。身体の具合も最高だ。だから仕事が出来なくてもメイドで居られる。そんな所だ」

勇者「まさか……おい止めろ!」

海国伯爵「今お前が怒ったところで何も変わるまい……ずっとこいつは俺の世話をしてきた。最初は暴れてしょうがなかったが、今じゃ従順よ」

勇者「それ以上メイドに触るな!! この俺ならな……お前を気合いだけで殺すことだってできる」

海国伯爵「ふっ、思い上がりを。ならせっかくだから気合で殺して頂きたい」

勇者「それは――俺の手と足が動かなくなってからだってぇの!!」

 ガキンッ!

海国伯爵「この能力が無ければ海軍を編成することなど出来なかった……それに、俺自身も戦争によって成長し、またさらなる力を手にした」

勇者「くっ……」

海国伯爵「物語の主人公面をした勇者よ。お前は所詮1人でしかないその屈辱を十分味あわせてやろう」

勇者「目が光っ――くっ!!」

勇者「目が光っ――くっ!!」

 一瞬にして体中の力が抜けた。意識はハッキリ残っているが、口が全く動かない。
ヒュルヒュルと細い息を吐くだけの人形のようだった。

勇者「…………」

メイド「勇者様ぁ!!」

海国伯爵「安心しろメイド。ただ俺の催眠を利かせただけだ。お前も掛かっている時だけは心地よかっただろう。
      今それをこいつにも味あわせているだけだ」

メイド「てことは、まだ意識も――」

海国伯爵「あえて残していると思った方が良いかもな。今からお前が犯されるところを……いや、もうしつけると言った方が正しいか。どちらにせよ無駄な心配はする事あるまい……」

メイド「はなっ……放して……!」

海国伯爵「いつもは始めれば自分から求めるクセに」

メイド「そんなこと言わないで!」

海国伯爵「主人に向かってなんて言葉づかいだ。まぁ俺は優しいからな……
      今日はかねてよりほぐしていたケツの調子を見るか」

メイド「やだっ……やだやだやだ!!」

海国伯爵「聞こえるだろ勇者。良い声だ。お前もこんなのが好きじゃないのか?」

勇者「…………」

海国伯爵「答えられないよなぁ俺のせいで。じっくり見ていくと良い。夜は長――」

 一瞬視界が暗転した。夜の海に放り込まれたような、暗くて寒く、どこにも掴みどころがない不安の中を漂う感覚。
しかし体はすぐ浮上していった。温度が、嗅覚が、触覚が、そして目が――

海国伯爵「……がっ…………」

 気付けば、奴は黒い血を吐いてベッドにうずくまっていた。

勇者「は…………何が……?」

まおう「…………」

勇者「お前! なんで……こんな所に」

まおう「勇者さまは忘れています。わたしたちが持っている魔法石は、
    やろうとすれば私の方からも映像や声が受け取れるようなっていると」

勇者「じゃあお前は……」

まおう「ごめんなさい……私ついてきちゃいました。でも勇者さまの約束は守ってますよ」

勇者「……ぷっ、今さら何をだよ」

まおう「音はもう聞こえますか?」

 ようやく完全に戻った聴覚を澄ませる……すると、外からはガヤガヤとした声が響く。
パチパチと燃える音……火事……家が燃えている訳ではない……。

召喚士「警察よ」

勇者「召喚士……? そうか、俺逮捕されちゃうのか」

召喚士「馬鹿、違うわよ。警察によるクーデター。元から伯爵は酷かったみたいね」

勇者「でもこんな短期間で……作戦の編成なんて」

夫人「それは私たちの仕事です」

勇者「ふ、婦人まで……! なんだよ、こんな所にオールスターじゃねえか」

夫人「私たちは予てからチャンスを窺っていました。そして今晩は確実に何かが起こる日。
   それなら変革を願っていた者たちが動いて当たり前です」

勇者「あんだよ……あー、俺何やってたんだろう」

夫人「いいえ、あなたの働きが無ければ何も解決しませんでした……もっとも、
   この男を殺しただけで解決なんて有り得ませぬが、目先1番の問題は、と言う意味です」

メイド「さま……勇者様……」

勇者「だ、大丈夫かメイド! まだ麻痺が効いてるだろ……そこまで長時間抜けないはずじゃないけど」

メイド「あんなこと知られて……もうあなたの前に居ることは出来ません……」

勇者「……アホかお前は。言い方は悪いけど、その位で俺はお前を見きったりしないぞ」

メイド「そんな……こと……」

勇者「信じられるかどうかって言い出したら、俺の方がこんな世界信じられないと思うさ。
   でもまだ、感情のある潤んだ目で俺の名前を呼んでくれるんだ。こんなにうれしい事はない」

メイド「っう……うぅっ……!」

まおう「…………」

召喚士「ふぅ……しょうがない子ね」

 翌日、伯爵の死は民間の新聞業者を通じて海の国に知れ渡った。
そこには扇動された反乱警察が伯爵を討ったと書かれているが、本当に関わっていた数人の名前については一切触れられていない。

 そして港にて

夫人「みんな……行かれてしまうのですか」

勇者「ええ。やることやったから、留まるわけにも行かなくて」

召喚士「私もここに残るつもりだったけど、ほとぼりが冷めるまでは雨の国に避難してるわ」

まおう「私はただ、付いていくだけです!」

メイド「私もまおう様に同じです」

夫人「安全を優先されると聞いて……こんなヨットを用意してあります。4人ではちょっと狭いかもしれませんが、
   今日の風向きなら4時間ほどで雨の国へ渡りきれると思います」

勇者「ありがとう。……んー、ここじゃ見開きすぎてやっぱり目立つな。とっとと乗り込もうぜ」

まおう「私いっちばーん! 前が良いのー!」

召喚士「ちょっと、いきなり海に落ちたりしないでよ!」

メイド「ご夫人も……本当にありがとうございました」

夫人「いいえ……いつも伯爵邸に行くと、一生懸命働いている姿は拝見しておりました。
    苦労された事を同じ女性として誇りに思います」

勇者「もういいかメイド」

メイド「はいっ! 勇者様!」

 ゆらゆらと揺れるヨットに乗りながら、離れていく海岸を眺める。
調子よく波を分けていくにつれ、いつまでも立っている夫人の姿が粒の様に小さくなっていった。

――海の国 了――

――雨の国――

召喚士「やっぱり名ばかりじゃなかったんだねー」

メイド「ずっと向こうまで雨雲が続いてますね」

 雨の国。それは正式な名前ではない。寄り添うようにして形成された工場街が、いつしかそう呼ばれるようになっただけだ。

勇者「ここに俺たちが求めるものはないからな。ただの通過地点なんだし」

召喚士「そうね。別に気にすることもないわ」

 雨の国を東に抜け、さらに霧の国を越せば大きな大平原へでる。そこまでいけば、俺の故郷までの道はようやくメドが立つものになる。

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