少年「おじさん、天使みたい!」悪魔「残念ながら、俺は悪魔だ」 (112)

こうやって始末書を書いていると、十年前のできごとを思い出す。

人間界で画期的なものが発明されたばっかりに、天使も悪魔も大変なことになっちまったんだぞ。

お前はそれ、わかってんのか?

「非科学的なことは、大嫌い」と人間だった女神は言った。じゃあよお、お前さんが冥界で『女神』って呼ばれてることに気づいているか? 神だよ、神。

本来、生命ってのは決まった時に尽かさなきゃならねえんだ。じゃねえとあの世とこの世のバランスがおかしくなっちまうのよ。

お前のせいだぞ。

ペットに人間と同じ寿命を持たせる装置なんてよ。悪魔様がお怒りだぞ。

ああ、原稿を書かなきゃ書かなきゃ……「元」売れっ子ライトノベル作家の俺は焦っていた。

気づけばおじさんと呼ばれる年だ。ライトノベルは売れなくなっていき、もはや生活に困窮する程になっていた。

締切はもう3日も過ぎている。何か……何か書かないと。

ライトノベルなんだ。適当にそれっぽい単語を並べれば、それらしいのが出来上がる。

最初に「妹」という単語が浮かんだが、やめた。萌えやエロは俺の専門じゃない。

「神」「冥界」「天使」「悪魔」「能力」……適当に思いついた単語でも、なにか出来そうな予感はしていた。

悪くない。ライトノベルの題は、『天使と悪魔』。

ああ、始末書を書かねえと書かねえと。地獄にいる俺は焦っていた。何を焦るかってそりゃあ、43回もやっといて1度も成功しねえんだもんな。

真正面から俺を監視している閻魔に目配せをする。

閻魔「書けたか?」

悪魔「なあ、これって絶対書かなきゃだめか?」

閻魔「『また次もやるんだからいいだろ』ってか? そうはいかん」

へいへい。どっちにしろ、チャンスはあと一回しかないだろう。あいつも本気を出してきそうだ。俺は、地獄の山に磔にされている女神を一瞥した。

すまねえな、また失敗して。

始末書の題名は、『天国に侵入してごめんなさい』。

ああ、作文を書かないと書かないと。小学生の僕は焦っていた。提出日が月曜日なのに、題と名前しか書けていない。

姉「書けた?」

高校生の姉が、僕を急かす。いいなあ姉ちゃんは、作文が得意だから。

いっそ、猫のクロのことを書いてしまおうかと思った。黒猫だから黒。黄色い目の中に月を宿している、不思議な猫。僕の、友達。

作文の題は、『僕の家族』。

筆がほとんどといっていいほど進んでいなかった。全く、まいった。焼酎を切らしていたことに気づき、買いに行く。

どうせ、今日も酒を飲んで終わりだ。そんな気がしていた。ああ、一体どこで間違えたのだろうか。もっといい人生が送れるはずだったのに。

信号が青になり、渡る。悪魔ってどんなやつだろうな、と妄想をしていたら、大きなクラクションの音に気がつかなかった。大型トラックが迫る。

あれ、俺の人生、ここで終わり?

閻魔「おっ、人間界で人が死んだぞ」

悪魔「嬉しそうだな」

閻魔「地獄行きだといいな。一体どんな悪人なんだろう」

悪魔「それ、取らぬ狸のなんとかってやつだぜ」

閻魔「お前は黙って、始末書を書け」

悪いけど、俺はお前のことが大嫌いなんだ。腹いせに、死んだ人間を生き返られてやろう。

悪魔「……」ピッ

閻魔「なんだ、そわそわして」

悪魔「なんでもねえ」

閻魔「エロ本が読みたくなったのか?」

悪魔「あいにく、エロは専門じゃない」

勉強も好きじゃないし、友達もいない僕だけれど、趣味はある。それは、野球クラブだ。学校のじゃなくて、地域の。

毎週土日、姉の通ってる学校のグラウンドを借りて行ってる。練習試合中、校舎の窓から大きな声が聞こえた。

姉ちゃん「翔太―! 頑張ってるー? 終わったら待ってて! 一緒に帰ろー!」

まったく、元気な姉だな、と思う。ブラスバンド部の練習だろう。

ミスタードーナツが食べたい気分だった。ねだったら、買ってくれるかな。

俺は確かに、大型トラックに轢かれて死んだはずだった。が、目を覚ますと、そこは自室だった。

一体あれは何だったのだろう。疲労による幻覚だろうか。

疲れるほど仕事してねえだろ、と自分でツッコミを入れる。

ライトノベルの続きだ。えーっと……

ラノトノベル作家「悪魔は、とっても悪いヤツだったんだ……」ブツブツ

閻魔「ちょっと席外すぞ」

悪魔「そうか」

閻魔「俺には『仕事』が多くてなー、お前とは違うんだ」ハァ

わざとらしいため息をついて、忙しい自慢をしやがる。俺はお前の、そういうとこが大嫌いだっての。

悪魔「心配しなくても、逃げねえよ」

閻魔「俺のオナニーが長引くかもしれんぞ、得したな」

冗談か本気かわからねえ。そりゃ地獄には、エロ本やエロビデオ、裸の女……いろいろあるけど、俺はそういうのには興味ねえんだ。

清純派悪魔なんだ。

悪魔「何度言わせるんだ。エロは専門じゃない」

姉「上がって」

嫌に大人っぽい声で、妹が言った。先に玄関を通っただけなのに、大人ぶりたいんだろうな。

姉「今、家に誰もいないの……」

なんだそれは、どう言う意味だ。僕をからかっているのか?

少年「何それ? どーいう意味―?」

姉「やっぱりわからないか。冗談冗談!」

冗談じゃない。姉は僕よりHな知識があると自負しているようだが、まったくもってそんなことはない。姉は僕を見くびりすぎている。

少年「僕は、エロは専門じゃないよ」

姉「え」

ほれみろ。僕を舐めると、どうなるかわからないぞ。

でも、妹が驚いたのは、どうやら別の意味のようだった。

姉「懐かしいね、その言葉」

すごく…読みにくいです

「覚醒」だの、「天罰」だの、「煉獄」だの書いていると、普通の青春小説を書きたくなる。

俺にも「青春」と呼べる時期はあったはずだ。人並みに友達を作り、人並みに恋をし、人並みに失恋をする――。そういう青春が。

俺の初恋の人は元気だろうか。確か、「南美奈子」という名前だった。

名門のお嬢様で、なのに快活で天然で、その格式を感じさせない彼女に、俺は恋をした。

「私の名前って、早口言葉みたいでしょ。嫌なのに、お父様が将来の旦那には婿に入ってもらうって言うのよ。一生この名前」

と、よく愚痴をこぼしていた。

ということは、今もその名前だ。Facebookで検索してみようか。

――検索結果の一番上の「南美奈子」に高揚するが、それは彼女とは別人だった。

彼女がFacebookをしているなら、必ず自分の顔をプロフィール画像にしているはずだからだ。

それほど、彼女は誰とでもすぐに打ち解けたがり、そして美人だった。

>>19
すまんな

こんな始末書に意味はないな、と思っていた。どうせ、次もやるんだから。

チャンスはあと一度しかない。誰に言われたわけでもないが、確信していた。

今度はあいつも、それほど甘くはないだろう。

俺は磔の女神を見た。

待ってろ、天国に連れて行ってやる。

女神の生前の口癖が聞こえてきそうな気がした。

「私、エロは専門じゃないの」

ドーナツを食べながら、姉と話をする。

姉「そしたらさ、かながさー」

学校の友人のことを話す姉はよく笑う。とても可愛いし、こんな人がお嫁さんだったら幸せだろうなと思った。

でも、僕は姉を好きなんだろうか。

愛情というよりかは、愛着というような感じがする。

そう、まるで、クロみたいな感じ。クロは可愛い。

作文は、クロのことを書くことに決めていた。家族の話なんて、書きたくもない。

だめだ、全く進まない。

買ってきた焼酎をがぶ飲みする。もう何杯目かわからない。意識が朦朧とし、すべてがどうでも良くなる。

いとしの南美奈子の幻影が見え、空中にキスをする。

何やってんだ俺は。自分自身に腹立たしくなり、さらに焼酎を飲む。

瞬間、体中が硬直するのがわかった。この世のものとは思えない音が、喉から鳴り響く。

そして、心臓に今まで感じたことのないような激痛が走る。

ああ、俺死ぬんだな。神様も、一回しか見逃してくれないんだ。さあ、行き先は、どこだ?

天国は相変わらず、眺めのいい場所だった。俺も、ずっとここに住みたいと思った。しかし俺は永久に、地獄定住である。 

44という数字に、縁を感じる。4は、幸せか。死か。

天国と地獄の境界に足を踏み入れると、あいつの声がした。

「懲りないねえ、君も」

悪魔「……天使か」

天使「44回目だよね? もうそろそろ、本気で撃退しちゃおうかなあ」

悪魔「女神を元いた場所に返してやろうと思うだけだ。様子見に来たんだ」

天使「あの磔を、どうやって解くつもりだい? 強力な封印がされているのは知っているだろう?」

悪魔「なにかパスワードがあるんだろうな、それがきっとどこかにあるはずだ」

天使「どこかって例えば、人間界、とか?」

姉「クロは元気?」

少年「元気だよ」

姉「ずっと行ってないもんね。見に行こうかなあ」

少年「早く来ないと、死んじゃうかもよ」

姉「うそ!?」

少年「嘘だよ」

僕が生まれた時から飼い始めたから、クロは12歳だ。普通なら、もう死んでもおかしくない年である。

だけど、装置がある限り、クロはあと60年は生きるだろう。

人間界? いいことを聞いたような気がした。そこにしか、女神を解放する手段はない。問題は、どうやって行くかだが……。

「だいたいさあ、君は何故女神にそこまで構うんだい?」

わかりきった質問をするやつは大嫌いだ。考えろ、考えるんだ。どうすればあっちに行ける?

と、またあの男が死んだのを感じた。閻魔の野郎、俺が細工したのに気がついて、また殺しやがったのか。こうなりゃ意地でも蘇らせてやる。

悪魔「……」ピッ

天使「あまり人間風情のために力を使わないほうがいいよ。もったいない」

悪魔「うるせえ」

力? そうだ、何度も死に、何度も甦れば、生命力は弱まる。

弱まったところに、俺が付け入る隙があれば、なんとかなるかもしれねえ。

悪魔「……いいことを思いついたぜ」

姉ちゃんに別れを告げ、僕は今クロとじゃれている。クロは最近、あまり動かなくなった。

『本来の』、死期が近いのかもしれない。

少年「ねえ、クロも、死んじゃうの?」

クロ「……」

少年「クロは僕と同い年なんだから、僕と同じぐらい生きてよ」

クロ「……」

少年「クロも死んだら、天国とか地獄とかに行くのかなあ」

クロ「……ニャーゴ」

なんだそれは。そこだけ肯定されたような気がして、悔しい。

どう考えても、夢ではなさそうだった。

さっきまた生き返ったかと思うと、また殺された。

どこからともなく毒グモが現れ、俺を刺して殺した。すぐに生き返り、今度はスズメバチに刺されて殺された。

家の中が怖くて外に出ると、ナイフを持ち歩いた不良に殺された。

銀行に寄ったら強盗に銃殺され、バスに乗ればバスジャック犯に殺された。

俺は今、何度目かの生死を繰り返し、生きている。

どういうことかわからないけれど、異常に気分が高揚しているのがわかった。今日中に原稿を書ききれそうな気がした。

しかし、心臓の鼓動は弱かった。あれ、なにかくさい臭いがする。

次の火事で、あいつの鼓動は限りなく弱くなる。俺が乗り移ることができそうだった。

悪魔「俺、帰るわ」

天使「あれ、案外あっさりと引き下がるんだね。今度そっちの女の子紹介してくれよ~」

このゲス天使が、と心の中で毒づく。お前の頭の中はいつでも、金と酒とセックスだ。

まったく、天使の顔した悪魔だぜ。

天使「あ、今俺のこと悪魔だって思った? 逆だよ、君が天使らしすぎるんだよ」

悪魔「当たり前だろ」

天使「いい加減そっちの文化を受け入れればいいのに」

悪魔「言っとくが俺は」

天使「『エロ専門じゃない』だろ? 好きだねえ女神の口癖」

悪魔「俺の行動指針は、いつもそれさ」

いつも、何に向かって進めばいいのかわからない。

例えば学校では先生が、友達が行動指針を示してくれるのかもしれないが、僕はおとなしいから相手にされない。

家に帰れば……普通は親が僕の道を示してくれるんだろう。

あ、姉の家に野球帽を忘れた。外は暗いけれど、とりに行こう。

姉「うん! 気をつけておいで! 待ってるから!」

クロがいなくなったら、きっと僕には、姉しか残らない。

部屋にガスが充満しているのに気がついたのは、嬉々揚々と書き始めた直後だった。苦しい。これで死ぬの何回目だっけ? 

でも俺には、確証があった。必ず、生き返る。

意識が遠くなる。帰ってくるから、待っていてくれよ……。俺の……ハルヒ……。


ふう。どうやらうまくいったようだ。散らかった部屋の、男の中に俺は乗り移った。

なんだこれ? 始末書か? 『神は人間たちに一撃を食らわせた』……。へえ、悪くなさそうだな。俺が書き上げてやろうか。

ん? なんだこれ。『涼宮ハルヒの憂鬱』? これが手本ってわけか。いいだろう。

天使「その子可愛いねえ」

悪魔「追ってきたのか」

天使「俺は先に行くよ」

悪魔「行くってどこへ?」

天使「あたりはついてるんだ」

姉の家についてすぐ、ただならぬ気配に背筋が凍った。何かいる。絶対。

姉「いらっしゃーい! 本日二度目だね!」

少年「あんまり動かないほうがいいよ」

姉「え?」

少年「帽子は?」

姉「あっちだけど……」

少年「帽子を取ったらすぐ帰るから。陽子姉ちゃんはそこにいて」

姉「え? でも……」

「そうはいかないな」

姉「そうだよ! ……え?」

悪魔「お前がやったのか」

天使「まあねん」

悪魔「どこまでやったんだ」

天使「何もしてないよ。これから美味しくいただくところさ。もちろん女をね」

俺が天使を追ってやってきた時には、男子と女子が眠っていた。

悪魔「ここと女神、何の関係があるんだ」

天使「それよりなんだい、そのヨレヨレのカッコ」

悪魔「お前だって、ボロボロじゃねえか」

天使「僕は君みたいに依り代がないからボロボロになるのも仕方がないさ」

悪魔「そうかい」

天使「さて、俺が憎いんだろ? 決闘と行こうか?」

決闘だって? 冗談じゃねえ。戦闘能力はどう考えても天使の方が上だ。

だってあいつはいろんな技が使えるのに対して、俺は幻術ぐらいしかできねえからなあ。

それにここには、ガキどもがいるってのに――。

あ、あれ? このガキ、どっかで見たことあるような気がするが――気のせいか?

天使「準備はいいかい?」

悪魔「お、おいちょっと待てよお前! ここは屋内だぞ!? こんなとこで暴れられるわけねえだろうが!」

天使「そうだね、可愛い女子校生を傷付けるのは惜しいな。外でやるか」

そのあとは中でこいつとやるってか。ご苦労なこった。

悪魔「お、お前――」

天使「ふ、今日のところはここで引き下がっておくよ。さようなら」

ちっ、そういうことかよ。

天使が人間界から消えてすぐ、ドアノブが回される音がした。

「ただいま。陽子、いるのか?」

やべえ。

目を覚ますと、非常に不可解、というより危険な状態にあった。

まずここはどこなのだろう。書きかけの原稿がない。ハルヒのライトノベルもない。

両脇には、すやすやと眠る子供。

俺はもう来世にいるのか? では前世の記憶を持っているとはどういうことだ。

何もかもわからないが、とにかくここが子供たちの家なら、俺は不法侵入者だ。

逃げなければなるまい。

締切なんて、どうでもよかった。

ピコピコうるせえ音が鳴ったと思ったら、あいつの携帯だった。

悪魔「はい」

女「先生! 締切何日過ぎてると思ってるんですか!? 家にもいないし!! どこにいるんですか!?」

悪魔「締切? ああ、始末書のことか? あれは完成したぜ」

女「ならさっさと渡してくださいよ!」

悪魔「わかったわかった。喚くなよ」

俺が書き上げておいてやったんだ、感謝しやがれ。

目を覚ますと、もう午後8時を過ぎていた。

少年「あれ、寝ちゃってたのか」

姉「私もぉ」

少年「暗いから帰るね」

姉「あれ、お父さんまだ帰ってきてないのかなぁ。遅いなあ」

少年「あ、見て!」

机の上に、陽子姉ちゃんのお父さんの筆蹟と思われる書置きがあった。

『これから危険な事がおきます。二人とも、絶対そこから動いてはいけません 
お父さんは仕事が残っているので今日はもう帰れません 陽子父』

姉「なんだろうね」

何か違和感を感じた。なんだろう。

自室に戻ると、何故か原稿がなくなっていた。

ハルヒの1巻の上に、書置きがしてある。

「女子高生が神ってのも悪かねえな! 面白かったぜ!」

何者だ、こいつは。

泥棒だ。それはわかる。しかし書きかけの原稿まで持っていったのは、どういうわけだ?

とにかく警察に通報だ。携帯携帯……ない?

女「なかなかいいですね。この『天使と悪魔』」

悪魔「だろ? こりゃ俺の最高傑作だからな!」

女「……なんか雰囲気変わりました? 田中先生」

悪魔「いや?」

女「そうですか……」

馬鹿だ、この女! 本当の大馬鹿女だ!

女「それにしてもこの、天使が黒くて、悪魔がヒーロー的な逆説は、面白いですよ」

悪魔「逆説? いや、真実だよ」

女「え?」

悪魔「いや、悪魔がヒーローってのは間違いだ。絶対に間違いだ」

女「そうなんですか……あ、今日はもう帰っていいですか? 暗いですし」

悪魔「ああ、構わねえ」

女「では、原稿いただいて帰りますね。失礼します」ガチャ

全く、俺はいくつの顔を持てば気が済むんだ? なあ、女神よ。

姉「絶対離れてはいけませんってことは……ずっとこのまま?」

少年「そうだろうね、多分」

姉「そっか!」

姉はいきなり飛び上がったかと思うと、急いで自室に向かった。

少年「何してるの?」

姉「私のお母さん、私が小さい時に死んじゃったでしょ。だからお父さんが、一人になった時用に生活ノートを残しておいてくれたの!」

かなり年季の入った「生活ノート」を見せてもらった。生活するうえで重要なことが箇条書きになっている。

『戸締りはきちんとすること』

『3日に一度は洗濯をすること』

『雨が降り出す前に買い物に行っておくこと』……

なぜか、しっくりきた。何がだろう。

隣に住む婦人から、電話を貸してもらい、編集の女にかけた。

すぐに女は電話に出た。

ライトノベル作家「あ、あの……信じてもらえないかもしれないけれど――」

女『まだ何かありましたか? 原稿はもういただきましたが』

原稿を、女が回収した? 未完のものをか? おかしい、どうして――?

女『何かご用でしたら、もう一度出版社かアパートに伺いますが』

ライトノベル作家「出版社? 僕は今日まだ一度も出版社には――」

女『何を言っているんですか? 今日の夕方頃、私とふたりで出版社へ行き、そこで原稿を見せていただいたじゃありませんか」

ライトノベル作家「え、一体どう言う――」

女『もういいです、直接聞きますから』

人間界で田中満として生きるのには問題ねえようだが、本来の目的を忘れちゃならねえ。

女神の封印を解く合言葉。それを知らなきゃ意味がねえんだ。

天使は『あたりはついてる』といった。そしてあの子供の家――あの見覚えのあるガキが、女神と何か関係があるんだろう。

手っ取り早く直接行って聞くのが一番だが、この姿はまずい。

あーあー死んでやがる。馬鹿野郎だぜ、全くよお。

二月の東京は寒い。もうすぐしたら、雪が降り積もるだろう。

あれから姉のお父さんは帰ってこないし、僕も家へ帰っていない。

あの書置きのいいつけを守っているのだけれど、何かが引っかかる。

僕がとてつもない何かに巻き込まれていることは確かだった。

助けて、お母さん。

あれは、俺が教室で萌え系ライトノベルを読んでいたときのことだ。

「へえ、田中君ってそういうの読むんだ」

しまった。ブックカバーの方からではなく、後ろの方から声をかけられた。中身を、見られた――。

「Hだね」

「あ、あのそれは――」

「お前だってHだろー?」

俺に助け舟をだしてくれたのは、クラスの不良たちだった。

「爆乳、巨尻、腰は細い。サイッコーのエロボディじゃねえか!」

「お前も、エロい事に興味あるんだろ?」

「残念でしたー。私、エロは専門じゃないのよ」


ああ、そうだ。君はそういう子だった。俺の大好きな、南美奈子――。

女「ねえ、田中先生」

なんだ。

女「秘密の合言葉知ってます?――『南美奈子』って」

なぜ、お前がその名を知っている――?

天使「時間がないぞ、気づかれた」

悪魔「ああ知ってる。とりあえず、生き返らせてやんねえと、子供の家に入れねえ」

天使「そうだな、私が」

悪魔「お前はボロボロだ。俺がやる」

悪魔「……」ピッ

天使「……遅かったか」

悪魔「面倒なことになりやがったぜ」

天使「早くあいつを殺せ」

悪魔「結構怖い声してんじゃなえか」

天使「悪魔に人間の声は全て同じに聞こえるようだな」

悪魔「そうだ、馬鹿だからさ」

少年「ねえ姉ちゃん」

姉「なに?」

少年「……」

姉「何か用事?」

少年「やっぱりここから動いたほうがいいと思う。何か危ない気がする」

姉「でも書置きには、『絶対に動かないこと』って……」

少年「姉ちゃん、さっきなんて?」

姉「書置きには……」

少年「その前!」

幼「何か用事? って……」

用事……用事……それだ!

体が動く。無事生き返ったか。よしよし。最初からこうすればよかったんだ。

でも、あの野郎あんな方法で俺をはめるとはな……!! 頭にくるぜ!! 

だがまずは関係者……つまり、あのガキどもから殺してやる!! 

待っていろ……うひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃあ!!

悪魔「行ってくる」

天使「待て!」

悪魔「なんだ?」

天使「いろいろと迷惑をかけたな……天使」

悪魔「何言ってんだ。その名は十年前に捨てた。今は俺が悪魔で、お前が天使だ」

天使「昔は私もお前も、天使だった」

悪魔「そんな昔のことはいいっこなしだぜ。行ってくる」

『これから危険な事がおきます。二人とも、絶対そこから動いてはいけません
お父さんは仕事が残っているので今日はもう帰れません 陽子父』

『戸締りはきちんとすること』

少年「ね? 『こと』の表記が上と下で違う」

姉「ホントだ。ってことは、どういうこと?」

少年「つまり上のは、お姉ちゃんのお父さんではなく、全く別の人間が書いた」

姉「何のために? いつ?」

少年「おそらく目的は、僕らを離さないようにすること。時間は、僕らが部屋で寝てる間」

姉「それで、いったい――」

不意に、ぶっ殺してやるううううううううううううううううううううううううううという絶叫が聞こえた。拳銃を持った男が、こっちに近づいてくる。

姉「なに? なんなの?」

速い。手馴れた動作で、銃に弾を込め、発射する。

よけられない。

少年「うわああああああああああああああああ!」

悪魔「間に合ったか。ギリギリだ」

そこに立っていたのは、僕たちのよく知る人物――。

姉「お父さん……?」

悪魔「いや、これはちょっと事情でな」

目の前の男が、ひどく息を荒げている。

「き、貴様アアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

悪魔の身体能力がなけりゃあ、このガキへ向けて撃たれた弾丸を受け止めることはできなかった。

やべえやべえ。それにこれは、この女の父親のの体だしなあ。

少年「おじさん、天使みたい!」

悪魔「残念ながら、俺は悪魔だ」

いつまで激昂してやがるんだあいつは。いい加減落ち着けっての。

悪魔「お前スゲエのな。立て続けに二回も憑依できるなんてよお。でもその体、お前のじゃねえだろ? 姿を現せよ」

ラノベ作家「この……見習い天使がアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

悪魔「十年ぶりだな」




悪魔「……悪魔よぉ」

つまり、天使のような悪魔は、天使ってこと?

少年「そういうことなの?」

天使見習い「元、な」

天使見習い「そしてコイツが……本家本元の――」

悪魔「ウグワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

天使見習い「悪魔だよ」

小説家「……」

悪魔「ウゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

天使見習い「その作家をはがしたのは上出来だが、落ち着けって」

悪魔「なぜ、先回りできたんだぁ……」

天使見習い「天使が教えてくれてたからさ」

天使見習い「お前、一度このガキどもを襲撃しようとして失敗してるだろ?」

――
天使見習い「お前がやったのか」

天使「まあねん」

天使見習い「どこまでやったんだ」

天使「何もしてないよ。これから美味しくいただくところさ。もちろん女をね」

天使「さて、俺が憎いんだろ? 決闘と行こうか?」

天使見習い「お、お前――ボロボロじゃねえか、どうしてここまで――」

天使「ふ、今日のところはここで引き下がっておくよ。さようなら」

天使見習い「まさか、こいつらを眠らせたのは……」

天使「ああ、俺じゃなくて悪魔の野郎だよ」

天使見習い「お前、あいつと戦ってたのか……そうか、あのやろう俺の女神輸送計画を知り、合言葉を知る人間を片っ端から――」

天使「そのつもりだろう、時間がない」

姉「私たちが眠っている間に、そんなことがあったなんて……」

自称悪魔の天使見習いは、話を続ける。

天使見習い「お前はあんまり人間界に降りねえから、人の声の判別が下手だよな」

天使見習い「最初はお前がどこに潜んでいるかとヒヤヒヤしたが、案外間抜けで助かったぜ」

悪魔「なんだと?」

天使見習い「お前ずっと、あの小説家の知り合いの女に憑依してたんだろ? 普通に俺と接して損したな」

悪魔「ああ……」

天使見習い「だってお前と初めて会ったとき俺は、この姿、そこの女の父親の姿に変化していたんだからな!」

天使見習い「本当にあの小説家を知る人間なら、風貌の違いで俺が『田中満』でないことがすぐにわかったはず!」

「ただいま。陽子、いるのか?」

やべえ。

どうする? この作家がここにいるのはどう考えても場違いだ。こいつをここに捨てても、俺の姿は見られる――だったら!

陽子父「な、なんだねきみはっ!?」

天使見習い「生命力ビンビンだからうまくいくかわからねえがが、これしか方法はねえ! いくぜ!」

陽子父「うわああああああああああああああああああああ!」

――
女「なかなかいいですね。この『天使と悪魔』」

悪魔「だろ? こりゃ俺の最高傑作だからな!」

女「……なんか雰囲気変わりました? 田中先生」

天使見習い(陽子父)「いや?」

女「そうですか……」

馬鹿だ、この女! 本当の大馬鹿女だ!

姉「それで、私のお父さんの姿をしているんですね」

天使見習い「すまねえ、緊急事態で体を借りた」

はやくも姉と天使見習いは打ち解けているようだった。僕には何がなんだか、まだ分かっていないというのに。

天使見習い「しかし想定外のことが起きた」

天使見習い「そこの作家が起きて、お前に問い合わせた」

天使見習い「携帯は奪っておいたんだがな、甘かった」

天使見習い「俺がコイツの父親の体を使ってお前を騙したことに気がついたお前は、ラノベ作家を殺害、憑依した」

悪魔「一歩遅かったな」

天使見習い「ああ」

天使「時間がないぞ、気づかれた」

天使見習い「ああ知ってる。とりあえず、人間の肉体がねえと、子供の家に入れねえ」

天使「そうだな、私が作家を生き返らせてやろう」

天使見習い「お前はボロボロだ。俺がやる」

天使見習い「……」ピッ

天使「……遅かったか。もう作家は蘇生され、憑依されている」

天使見習い「面倒なことになりやがったぜ」

天使「早くあいつを殺せ」

少年「ラノベ作家さんが殺害されてすぐに蘇生して、天使見習いさんが憑依するつもりだったんですね?」

天使見習い「ああ、だが悪魔が蘇生して憑依する方が早かった」

天使見習い「再び肉体を手に入れたお前は、また子供たちを狙うと知っていた」

少年「なるほど、だから離れるな、動くなという書置きを」

姉「バラバラに行動して殺されないように残しておいたんだ!」

天使見習い「そういうことだ。筆跡は真似たつもりだったが、細かい表記までは気が回らなかった」

悪魔「全てお前の狙い通りってわけか」

天使見習い「お前がラノベ作家を殺害して憑依するまでのスピードを甘く見ていた以外はな」

悪魔「畜生……チクショオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

天使見習い「なあ、女神の封印を解く合言葉を知っているんだろ? 教えてくんねーか?」

悪魔「……」

天使見習い「女神が生前、あの世とこの世のバランスを崩したのはわかってる」

天使見習い「お前が十年前、人間界にやってきたのもそのためだってわかってる」

天使見習い「でもよお、女神は生前、このガキのために装置を開発したんだ」

天使見習い「だってこいつには、血のかよった家族が母親しかいなかったんだから」

姉から聞いたことがあった。

僕の父親の話だ。

僕の父親は、僕が生まれて間もなく、交通事故で死んだ。

できるだけきょうだいが多い家庭がいいと思っていた僕の母は落胆し、ペットを飼った。

それがクロだった。でも、クロは僕たち人間より早く死ぬ。それを不憫に思った母は、動物の寿命を人間と同じにまで引き伸ばす装置を開発した。

これで僕と母とクロは、ずっと一緒なはずだった。

装置はすぐに普及し、世界中の人が使うことになった。

それが、すべての発端だったって言うのか。

う……ぐ……ここはどこだ?

ここ最近、意識が朦朧としてばかりだ。何度も殺されているような気がするのは気のせいか? 

原稿は一体どうなったんだ……。

天使見習い「通常なら死ぬはずの動物たちが冥界に来ないんだもんな。そりゃバランス崩れるよな」

天使見習い「お前はそれに怒って、生前の女神――つまり、コイツの母親に罰を加えようとした」

少し離れたところで、数人が話している。男が話しかけている相手は、悪魔とか死神とか呼ぶべき類の、どう考えてもこの世の人間ではないものだった。

俺もいよいよ終わりかもしれない。

「非科学的なことは、大嫌い」と君はよく言っていた。だって君の専門は――


「私、エロは専門じゃないの」

「じゃあ何が専門なの?」

「生命科学よ。私、絶対にこの世に変革をもたらしてみせる!」

ああ、僕の愛しの――

少年「なぜ、僕が装置の開発者の息子だってわかったんです?」

天使見習い「なあに、簡単だ。顔がそっくりだからだよ」

少年「え」

このガキ、照れてやがる。かわいいやつだぜ。なあ、女神。

天使見習い「なあ、俺の予想だけど、合言葉って、生前の女神の本名なんだろ?」

姉「合言葉って、なんのことなんです?」

天使見習い「いいか、よく聞けよガキども」

天使見習い「女神は――お前の母親は、本来天国行きなのに、ずっと地獄に幽閉されている」

正直、又聞きばかりになるのは不快だった。でも、当時僕は2歳だったから、仕方がない。これも、姉から聞いた話だ。

――
悪魔「貴様カアアアアアアアアアアアアアアアアアア! 自然の摂理を歪めたのはアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

「天使とか悪魔って、ほんとにいるのね」

天使「止めるぞ」

天使見習い「おうよ」

「いいわ、覚悟は出来てる」

天使見習い「なんだと?」

「倫理的にやってはいけないことをしていたのは分かっていたの。子供のためだったけどね」

天使見習い「お前……」

「最後にあなたたちと会えて嬉しいわ。……さあ、来なさい」

天使「あなたはまだ若く、魅力的だ。ここで死ぬのはもったいないです」

「よく言われるわ。だけど私、エロは専門じゃないの」

ずっと部屋の中にこもっているのはよくないな、と思った。

俺がハルヒだのラノベだのに熱中している間、この子供たちはそんな数奇な運命を背負わされていたなんて。

俺はてっきり、彼女は今でも――幸せな家庭を築いていると思っていたのに。

南、いや、南博士。あなたはなんて、かわいそうな人だ。

――
天使見習い「あいつが、地獄行き?」

天使「ああ、それも、幽閉されているそうだ」

天使見習い「どうして……! あいつは生前の素行も良かった。ただあの装置だけだってのに!」

天使「悪魔は死後も彼女を苦しめるつもりなんだろう」

天使見習い「外道が……」

天使「俺は今からやつを封印しに出かける」

天使見習い「封印だと? だが何年かしたらあいつはまた……」

天使「だろうな。だが時間稼ぎにはなる」

妹のやつの続きが欲しい

僕が姉と出会ったのは、母親が死んですぐだった。

不可解な死を遂げた母を気味悪がって親戚から見捨てられた僕は、よその家庭で育てられることになった。

陽子父「お母さんの知り合いです。もし自分に何かあったら、君を預かるよう言われていてね」

姉「よろしく!」

乳母「よろしくね、翔太くん」

物心着く頃には、これが偽りの家族であることに気づいていた。どこかよそよそしい。

育ての母に反抗したり、育ての父親と何度も喧嘩するうちに、姉が真実を教えてくれた。

姉「今まで黙っていてごめんなさい……でもお姉ちゃんは、あなたのことが心配なの」

少年「お姉ちゃん? 義理の姉のくせに!」

姉「義理だなんて……本当の家族のように接してよ」

姉「なんでもしてあげるから――Hなことでも」

少年「僕は、エロは専門じゃない」

姉「それ、あなたのお母さんの口癖だったんだよ。お父さんから聞いた。やっぱりあの人の息子さんなんだね」

僕は、この家が嫌で嫌で、一人で生活を始めた。一人と、一匹で。

「田中君も、そういうHなのやめたほうがいいよ」

「え?」

「どうせ作家になるんだったらさ、いかがわしいものより、カッコいいのが読みたいな」

「そ、そう?」

「田中君も、エロは専門じゃないほうがいい」

そう俺に助言してくれた君、ああ、愛しい君、ダメだ。名前が思い出せない。


>>84
そっちのが向いてるんだろうな。こういうのは難しい

天使見習い「つまり、悪魔が封印されている間、俺が地獄に落ちてあいつを天国に連れて行けって?」

天使「そうだ、頼めるか」

天使見習い「やっぱり天使はお前だしな。俺は悪魔の方がお似合いだ」

地獄に行ってみると、そこはきたねえ場所だった。エロティックな場所だった。

女に飢えた死人どもが、あいつのことを『女神』と信仰していた、

くっだらねえ。エロは専門じゃない。そうだ、だって俺は、元天使見習いだから。

天使見習い「磔――封印を解くのに合言葉が必要なのに気がついたのはつい最近でな」

天使見習い「もう少し早けりゃ、お前が復活する前に人間界へ来て、関係者から名前を聞いたのによ」

姉「私、名前なら知っています!」

僕の母親の本名を、僕が知らないで、姉ちゃんが知ってるんだ――環境上仕方がないとはいえ、悔しかった。

姉「ごめんなさい、あなたが出て行く前に、お母さんの名前ぐらい言ってあげればよかったのに。混乱していて、言いそびれたわ」

きっと、乳母を実の母と思うように教育されてきたから、誰もが、僕に母の名を告げるつもりはなかったのだろう。

姉「翔太くんのお母さんの名前は――」

悪魔「言わせるかアアアアアアアアアアアアアアア!」

悪魔の腕から伸びた触手が、姉ちゃんの心臓を貫く、ひゅっと小さな呼吸の音がして、血を撒き散らしながら地面に倒れた。

少年「お姉ちゃん!」

ああそうか――あの少年があの子の子供か――

別の家庭に引き取られたらしいから今は違う名前だろうが、彼女の家は名門、婿にはいらせると言っていたから、あの少年の本当の苗字は彼女と同じ――

さっきまで覚えていたじゃないか。ずっと好きだった子の名前じゃないか。

さあ、思い出せ。

「私の名前って、早口言葉みたいでしょ。嫌なのに、お父様が将来の旦那には婿に入ってもらうって言うのよ。一生この名前」

意識がはっきりしていくのが、自分でもわかった。そうだ、彼女の名前は――

ずっと好きだったあの子の名前は――

「みなみいいいいいいいいいいいいいいいいい、みなこおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

正直言って、何がなんだかわからなかった。突然女が殺され、不意に男が名前を叫んだ。

名前? そうか、今あいつが言ったのは名前、合言葉だ!

悪魔「貴様アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

ラノベ作家にも、触手が伸びていく。仰向けに倒れているあいつが、かわせるはずもねえ。全速力で走り、やつの眼前に向き直る。

悪魔「な、何をする!」

天使見習い「合言葉が聞けたんだ……ここでお前を倒すことができたら、万々歳ってわけだ」

悪魔「俺を倒す? 悪魔に歯向かおうというのか!」

天使見習い「今は、俺だって悪魔だ」

少年は、気を失っている。

俺に伸びてきた何度目かの死の予兆を受け止めたのは、凛々しい男性だった。

向こう側には、血だまりをつくっている少女と、気絶した南の息子がいる。

天使見習い「感謝するぜ、作家よお。何度も殺しちまって、すまねえ」

ライトノベル作家「え?」

天使見習い「お詫びと言ってはなんだが、始末書は書き上げておいたぜ。俺、ああいうのは得意なんだ」

ライトノベル作家「始末書……? もしかして、原稿?」

天使見習い「そうとも言う」

悪魔「邪魔ばかりしおって……あの世で後悔するんだな」

天使見習い「とっくにその覚悟は出来てる。残念だが、お前に俺は倒せない」

ライトノベル作家「あ、あなたは一体……」

天使見習い「そういやこれ、死んじまった女の父親の体だったな」

ずる、と音がして、まるで昆虫の脱皮のように、綺麗に体がはがされていった。

姿を現したのは――綺麗な天使だった。

天使見習い「うおりゃあ!」ブン

結構大きな自慢の爪を振り回してみるけれど、やつには届かない。

天使見習い「ちっきしょう……」

悪魔「低級天使が、調子に乗るなア!」シュルシュル

こいつの戦法は、触手で相手の動きを止めて、心臓を貫くって感じらしい。

天使見習い「悪趣味な野郎だな。触手なんて、ひきょうだ」

悪魔「黙れエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ」

天使見習い「ぐっ、動かねえ」ギリギリ

悪魔「手足を縛られては、もう動けまい!」

天使見習い「目を封じなかったのは、誤算だったな」ギン

悪魔「ぐ、ぐわアアアアアアアアアアアアアアアア」

突如、悪魔が低い叫び声をあげる。さっきまで天使は劣勢だったのに、どうしたのだろう。

悪魔「貴様ッ……その技ハ元々、私ノモノデハ……」

天使見習い「俺も地獄へ行って、ちょっとお前の技を研究しててね。今はこっちの――幻術のほうが専門だ」

悪魔「くそ、クソガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」

天使見習い「お前は俺を縛ったつもりでも、本当は縛られていたってことだな」

悪魔「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」

天使見習い「何が本物で、何が偽者かなんて、わからねえと思わないか? 俺が悪魔を引き受けた天使であるように……」

天使見習い「偽りの世界を描くライトノベル作家のように……」

天使見習い「偽りの家族を持つ少年のように……」

天使見習い「今は、お前より、俺の方が悪魔らしい」

天使見習い「じゃあな」ザクッ

天使が、職種で悪魔の心臓を貫いた。紅い世界が眼前に広がる。

せっかくの綺麗な白い羽が、返り血で血まみれになっちまった。まったく面倒だぜ。まあ――先のことは考えなくてもいいんだけどよ。

悪魔「ち、ちくしょオオオオオオオオオオオ……オオ……オオオ……」スゥ

天使見習い「……消えたか」

ライトノベル作家「だ、大丈夫ですか」

天使見習い「お前こそ大丈夫かよ……もう死ぬことはねえし、生命力もすぐに戻るだろうがな」

ライトノベル作家「そ、そうですか」

天使見習い「お前の知り合いの女は、天使が蘇生して、記憶を消してるから問題ねえ。あとは……あの女を蘇生してやらねえとな」

ライトノベル作家「ま、待ってください! そんな体で大丈夫なんですか?」

天使見習い「おそらく女を蘇生したら俺の命も尽きているだろう……それでも構わねえ」

ライトノベル作家「だったら! 天使さんに蘇生してもらえばいいじゃありませんか!」

天使見習い「わりいな、これは俺の中のけじめなんだ。お前のこと、応援してるぜ――」

目が覚めると、悪魔に殺されたはずの陽子おねえちゃんが生きていた。

姉「大丈夫!? 翔太くん」

少年「お、お姉ちゃん……」

陽子父「大丈夫かい二人とも、とにかく病院へ行こう」

少年「そ、そうだ……天使さんは!?」

姉「あれ? そういえばいないね。どこに行ったんだろう……あの作家さんもいない」

どこからともなく、声が聞こえた。綺麗に降り注ぐような、清らかな声。

「俺は天使じゃねえ。悪魔さ」

くっそ猿くらったぜ!

あのおぞましい連続殺人事件から、数日が過ぎた。

俺はマスコミを避け、人里離れた森林に来ている。

ライトノベル作家「よし、これで天使さんのお墓は完成だ」
ライトノベル作家「天使さん、原稿を書き上げてくれてありがとう。本当に、ありがとうございました」

寒空に大きな太陽が輝く。俺の語りは、これで終わりだ。

悪魔「んで、お前はあれか? 俺より先に、悪魔の計画に気がついていたのか?」

天使「ああ、お前が40回目ぐらいの侵入をした時から、悪魔の復活には気がついていた」

悪魔「それで、最近急に冷たくなってたのか。悪魔に気づかれないための、作戦ってことか」

天使「まあな。結託していれば、怪しまれると思ってな」

悪魔「ガキどもを守ってくれて、ありがとう」

天使「それはこちらのセリフだ。よく戦ってくれた。ありがとう」

悪魔「悪魔に天使の輪っていうのも、変な感じがするぜ」

天使「戴冠式のようなものだ」

悪魔「光栄だぜ」

天使「お前は、また悪魔を名乗っていいのか? なんなら昔のように、また私と一緒に天国を……」

悪魔「悪魔のいなくなった地獄を、誰が監督するんだよ。まったく、閻魔だけじゃあ頼りねえ」

天使「……そうか」

悪魔「なあ、天使よお、月の女神の神話って知ってるか?」

天使「知っているとも。月の女神テイアが、太陽神ヘリオスを産んだのだったな」

悪魔「ああ、月の女神が、太陽の子を産んだんだ」

天使「……」

悪魔「なあ、天使よお、生命ってのは――終わりが来るから美しいと思わないか?」

天使「えらく東洋的な考え方だな。しかし――賛同する」

これで俺の語りは終わりだ。これからは――太陽の子の、未知なる物語だ。

「あなたはもういいから、地獄に帰りなさい」

「へいへい。お礼のひとつぐらいあってもいいような気がするが――元気でな、月の女神」

あの事件から数ヵ月後、僕と姉はライトノベル作家さんのところに遊びに来ていた。

姉「本当に面白いですよ! 『なぜか俺が天使と一緒に新世界を救うことになったんだが?』」

ライトノベル作家「原題はもっとシンプルなんだけどね……商品化となると、恥ずかしいタイトルがつくのさ」

少年「すごく詳しいところまで書いていますね。まるで本当に地獄にいたみたい」

ライトノベル作家「いたんだろうね、彼は――おや、その猫は?」

姉「不死身の猫です! 私たち、また一緒に暮らすようになったので、最近は私が世話しているんですよ?」

ライトノベル作家「そうか。それは良かった」

実はこのSSは僕の7年間の遠距離恋愛がベースになっています。もちろん、秒速5センチメートルと絡ませるためや特定を防ぐために、無理やり時系列や場所、内容はいじっています。
でも各キャラの言い回しなどは当時のをそのまま使っています。そしてこのSSに登場するキャラにも全てモデルがいます。
ちなみに男はSSの内容を盛り上げるためにモテる設定でしたが、僕は一度も告白されたことがありませんし、
告白したのも小学生の時からずっと好きだった幼馴染のモデルになっている女の子に中学の時に告白をしたのが唯一です。
そしてこれからもずっと死ぬまで好きでい続けたい子もその子です。
ちなみにイケメンのモデルの奴も本当にあんなくそ野郎で幼兄のモデルになった人にボコられました。

じゃあ何でこんなことを蛇足で書くかというと、
『あの映画』だけが遠距離恋愛の結果じゃないということを知って欲しかったからです。
すごく上からな発言になってしまっていますが、
『距離』に負けなかった『二人』が少なからず実在するんだってこと、そしてその『距離』に勝つためには、
このSSでもキーワードになっていますが、『想いをちゃんと伝え合うこと』、そして『大事な二人だけの約束を交わし、
果たすこと』、これが『距離』に勝つために大切なことなんじゃないかということを僕の実体験をもとにこのSSで皆さんに伝えたかったからなんです。

以上で蛇足は終了です。気分を害された方がいたら本当に申し訳ありません。
でもこれから、遠距離恋愛に挑もうとしている方、もしくはすでに途中の方、
そして遠くに好きな人がいる方になんらかの考えるきっかけになればと思っています。
また、あの『秒速5センチメートル』という映画には僕自身とても考えさせられました。
確かに僕もあの映画を見て凹みましたが、「あんな結果にならないためにも」と、
遠距離恋愛に絶対に負けないという気持ちが逆に強くなったきっかけにもなりました。
そのおかげで僕は7年という年月を乗り越えて彼女と一緒になれました。
なので、皆さんにもそういう風にあの映画を捉えてもらえれば、
あの映画を見たことも決して無駄ではないと思えるのではないかと思います。

では長々と書いてしまいましたがこれで本当に本当に終わりです。
ここまで読んで頂いて本当に本当にありがとうございました。

少年「陽子お姉ちゃん……僕、猫の寿命を元に戻そうと思うんだ」

姉「え? ……そうだね。無理に生かしておくのも、かわいそう」

ライトノベル作家「そのコンタクトを、取ればいい」

僕はクロの目に入っている、三日月型のコンタクトレンズを外した。

ライトノベル作家「これが開発された当時、君のお母さんは『月の女神』と呼ばれていたよ」

姉「すごいね、翔太くん。あなたのお母さんは」

少年「うん、きっとあの世でも――すごいんだろうな」

冬は暗くなるのが早い。ぼんやりと、空に三日月が浮かんでいた。

少年「ありがとう、お母さん、天使さん」

END

くぁ~ 終わったああああああああああ

すまんな、確かにわかりずらかったなあ
>>54で死んでるのは作家な。そのあと過去に遡って作家視点で語ると言う時間巻き戻し技法だったんだが、難しいな……。

ま、もうこういうものは書かないかなあ。>>84みたいなのがいいのかもしれない。

みてくれたみんな、ありがとう!

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