まどか「ぎゅっとしててね?」 (519)

まどかのことが好き。
それは、変えようもない事実だけれど。

ほむら「……」

そんな気持ち。
あなたが愛おしいだなんて、伝えられるはずもない。

さやか「ちょっと転校生、なにぼーっとしてんのよ?」

仁美「さやかさん、そう言いながら人のお弁当箱から物をとっちゃいけませんわ」

さやか「じゃあ仁美がくれる?」

仁美「仕方ありませんわね……」

美樹さやかにお弁当のおかずを盗まれるのはいつものことだ。
私は屋上に広がる青い空を見上げ、ふっと、気付かれないように息を吐いた。



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何度時間を戻したって、私はまどかを守ることができない。
だけれど、時間を戻して戻して、同じ一ヶ月を繰り返すたびに、私のあの子への想いはますます強まっていった。

苦しかった。
それでもやめるわけにはいかなかった。

私はもう、立ち止まることなどできないのだ。

そのくらい、まどかが好きだった。

まどか「ほむらちゃん、今日はなにか用事ある?」

放課後だった。
帰り支度をしていると、まどかが小走り気味に私のもとへとやってきて声をかけてくる。

ほむら「どうして?」

返事をする前にそう訊ねてしまうのは、期待しそうになる私の予防線なのかもしれなかった。

まどかは「えっとね」と言いながら教室の後方へと視線を投げる。
振り返ってみれば、志筑仁美となにやら話していた美樹さやかがまどかの視線に気付いて軽くこちらに手を振ってきた。
首を傾げると、まどか美樹さやかへ向けていた視線を私に戻して「みんなで帰りにどこか行かないかなって」
そう言ってにっこりと微笑む。

ほむら「帰り……」

まどか「あっ、なにか用事があったら、いいんだよ!無理にとは、言わないから」

私は、どう答えるべきか迷った。
まどかと放課後、どこかへ立ち寄れるというのは、私にとってとても嬉しいことで、想像するだけで心が躍る。
だけど、まどかと二人だけでなく、みんな――美樹さやか、そして恐らく志筑仁美もいるのだろう。
それもまた、いやなわけではないけれど。

まどか「また魔女と、戦ったりする、のかな?」

考えをめぐらしている私を現実に引き戻したのは、まどかの小声。
聞き返しかけて、まどかの表情が少し心配げに曇っているのに気付く。だからうまく聞き取れなくても、わかった。

この子は、どうしていつもこんな――

ほむら「いいえ、そんなことないわ」

まどかは、魔法少女の存在を知っていた。
そうして、私もまた魔法少女であるということを。

いつだってまどかはそうだ。
(まどかにとっては少なくとも)転校してきてまだ間もない私を、心の底から、見ているこちらが悲痛なくらいに心配したり、もしくは良いことがあれば一緒に喜んで笑ってくれるし悲しいことがあれば代わりに泣く。

優しかった。
まどかはとても優しい。痛いくらいに。

だから私は、そんなまどかの優しさを振り切ることができない。

ほむら「どこに行くの?」

私が訊ねると、まどかはぱあっと明るい顔をした。

―――――
 ―――――

さやか「まさか転校生が来るなんてなあ」

仁美「さやかさん」

美樹さやかの言葉に、志筑仁美が窘めるように名前を呼ぶ。

放課後、思っていたとおりの四人で夕暮れ時の道を歩く。
こんなふうに歩くのは、久し振りだった。

まどか「へへっ、ほむらちゃんの隣歩けて嬉しいなあ」

今にも鼻歌を歌いだしそうなまどかの隣を、私も遠慮がちになりながら進んでいく。
まどかがそんなふうに言ってくれるのがとても嬉しくて、油断すると弧を描きそうな私の口許を、必死に引き締めながら。

ほむら「どうしてそんなに嬉しそうなの?」

まどか「そんなに嬉しそう?」

ほむら「えぇ」

まどか「お昼休み、私先生に呼び出されちゃって一緒にご飯食べられなかったでしょ?」

ほむら「そうだったわね」

まどか「それで、かな。今日一日あまりほむらちゃんとお話できなかったから」

あまりにも当然のようにそう言うまどかに。
私の中の想いはドクドクと大きな音をたてて向かっていきそうになる。
それをどうにか堪えて、私はできるだけ大袈裟にも、もちろん冷たくもならないように、「そう」と答えた。

まどかたちが寄り道しようとした先は、映画だった。
美樹さやかや志筑仁美がずっと見たかったのだと笑って言っていたから、大方どんな内容かは想像はついたが、劇場に溢れかえる制服姿の少女たちを見てそれはもうほとんど確信に変わった。

さやか「チケット四枚おねがいしまーす」

二人がチケットを買っている間、私とまどかは隅のほうにひっそりと立っていた。

まどか「ほむらちゃん、恋愛ものの映画って見る?」

ほむら「あまり……」

まどか「そっかー。実はわたしも、そういうのに疎くって」

肩をすくめながらまどかが苦笑する。
私はそれを見て、そしてそれを聞いて、少し安堵している自分に気がついた。
だけれどそれは半分で、もう半分は。

ほむら「まどかは、興味ない?」

まどか「興味、かあー」

そうだなあ、というようにまどかは一拍置いてから、「興味は、あるよ」と照れたような笑顔を見せた。

ほむら「あるんだ」

まどか「うん、あるよ」

はっきりと、頷く。
私はまどかから視線を逸らすと、映画館のロビーの、たくさんの宣伝が張り巡らされた壁にもたれかかった。
興味は、ある。
だったら。一瞬そう思い掛けて、私はすぐにその考えを打ち消した。

まどか「ほむらちゃん?」

ほむら「美樹さんたち、遅いわね」

話を逸らした。
どうか、わざとらしくありませんように、と心の中で思いながら。

まどか「あ、そういえばそうだね」

チケットを買うだけでこんなに時間はかからないはずなのだけれど。
そっと辺りを見回しても、美樹さやかたちの姿は見当たらない。

まどか「どこ行っちゃったのかな?」

そう言ったまどかのポケットが小刻みに震えた。
携帯が着信を知らせているようだった。

ほむら「まどか、携帯が」

まどか「ほんとだっ」

ポケットを探って、携帯を取り出すまどか。
電話ではなくメールだったようで、しばらくなにも言わなくなる。
それからまどかは、迷ったように私にメールの内容を見せてきた。
美樹さやかからのもののようだ。

『この映画、ペアで入場らしいから、あたしら先に入ってるねー!』

読み終えて、まどかに携帯を返すと、まどかは「どうしよっか?」と困ったように私を見てきた。

私も、なんと答えるべきか迷ったまま、まどかを見る。
いつのまにか周りにいた人たちはほとんどいなくなっていて、そろそろ、上映が始まるのだろう。
まどかは返信ぜずに携帯をポケットにしまうと、また私を見て、「どこかで座っとこうか」とほんのちょっぴり戸惑いを残したまま、私に笑いかけてきた。

ほむら「映画、いいの?」

まどか「ほむらちゃんが見たいなら、私も見るけど……」

そんなに嫌そうな顔でも、していたのだろうか。
一瞬そう考えたものの、まどかと二人きりで映画が終わるまでの間いられる、それだけで、私はなにも答えられずに「映画館を出てすぐのところに、ベンチがあったわ」と、そう誘っていた。

まどか「あ、うん!」

今度はまどかの表情から完全に戸惑いは消え、嬉しそうな顔になった。
そんな細かい表情の変化一つ一つに、胸が締め付けられるような感覚に陥る。

ほむら「行きましょう」

私は、今どんな顔をしているのだろう。
そんなことを考えて、でも考えたりなんてしたくなくって、それを振り切るかのようにまどかの先を歩き出す。
一瞬振り返ってみると、まどかはとっても嬉しそうな顔をして私のあとをついてきていた。

外に出ると、うっすら肌寒い。
そういえば、もう日はほとんど暮れかかっていたのだ。

映画館前の少し古びたベンチにまどかが先に腰掛けて、「冷たっ」と声を上げた。
それから私を見上げて、「座らないの?」と訊ねる。

ほむら「あ、えぇ……」

まどか「ずっと立ったままじゃ大変だよ」

どの距離に座ればいいのかわからずにいると、まどかが私の手を掴んで引っ張った。
予想外のことだったから対応できずに、私はそのまままどかのすぐ隣に。

ほむら「まどか」

休憩

まどかの名前を、思わず呼んだ。
まどかが「うん?」と言うように私を見る。その距離が近くって、私は「なんでも、ない」と顔を逸らす。
ベンチの冷たさのおかげか、耳まで熱が上がるのは阻止できた、ように思う。それにきっともう薄暗いのだから気付かれやしない。そう思い込みたかった。

まどか「ほむらちゃん」

私が手持ち無沙汰に足許に目線をやると、まどかに呼ばれた。
その声は少しからかいも含まれているようで、私がまどかに視線を戻すとにっこり笑われた。

ほむら「まどか?」

まどか「へへっ、呼んでみただけだよ」

手足を前に思い切り伸ばしながら、まどかが言うものだから。
今度こそ、私の顔は耳まで赤く染まったに違いなかった。

ほむら「そう……」

答えたその声だって、まどかにはどんなふうに聞こえているのかしら、なんて考える余裕もないくらいで。

まどか「あれ、だめだったかな?」

たぶん、普段よりもそっけなく聞こえてしまったのかもしれないと気付いたのは、まどかが申し訳なさそうにそう言ってきたからだった。

ほむら「そんなこと、ないけど」

嬉しかった、だなんて、言葉にはできないのだけれど、できるだけ、「だめだった」わけではないと伝えようと努力はする。

まどか「そっか……」

ほっとしたようにまどかが息を吐いた。
その様子を見て、私は自分自身にどうして、という言葉を投げ掛けたくなる。

どうして、もっとうまく、言えないのだろう。
たとえ素直な気持ちを伝えられなくとも、まどかになんの心配もかけないように。

自分の不甲斐なさに、苛立ってしまう。

ほむら「……えぇ」

ほら、今だって。
いつもこの繰り返し。
せっかくまどかがこんな私に沢山のことを話して、してくれるのに、私はいつもそれを同じようには返せない。

それでもまどかは私の傍を離れないでいてくれる。

まどか「さやかちゃんたち、映画楽しんでるかなあ」

ほむら「そうね」

まどか「やっぱりちょっと気になっちゃうね」

ほむら「少し、ね」

まどか「でもね、私、今こうやってほむらちゃんと話せるの、嬉しいの」

まどかの言葉は、ささくれ立った私の心を溶かしていくようだった。
私はまたしても返事に詰まりながら、必死に、声を紡ぎ出した。

ほむら「……私も」

まどか「へ?」

ほむら「……私も、その」

あと一言が、どうしても言えなくって。
素早く息を吸っては吐いての繰り返し。「嬉しい」その一言を言うだけで、こんなにも勇気がいる。

ほむら「その、まどか」

そこまで言って、私はまた、いつものように「なんでもないわ」なんて言って誤魔化そうとした。
言えるはずなんてなかった。

けれど、まどかはふっと微笑んだ。
どこか嬉しそうに。
そうして次の言葉で、私はまた恥ずかしくてまどかから顔を逸らしてしまっていた。

まどか「ほむらちゃんも、嬉しかったら、私はもっと嬉しいな」

もしかしたら、まどかに伝わっていたのかもしれない。
それはひどく恥ずかしくって、だけどどこかくすぐったくって。
私は声に出すこともできずに、ただただこくこくと首を縦に振った。もう、それしかできなかった。

また明日

それからの時間はひどくゆっくりで、だけどとても早かった。
なんでもないような会話を繰り返し、私の心はそれだけで満たされていた。

まどか「あ、そろそろだね」

と言ったまどかのことばの意味が、わからないくらいだった。
まどかが携帯の時間を見たことで、ようやくもうすぐ映画の終わり時刻が近付いてきているのだと知った。

ほむら「早い……」

思わず呟いていた。
まどかには聞こえないくらいの小声だったはずだった。それでもまどかは「うん」と頷いてくれた。

ほむら「まどかも?」

まどか「うん。そうだよ。早いよね」

そうして私たちは、お互いに別々の方向を見つめていた。
私は真正面を見つめているようで、ずっと薄暗い地表を。
まどかは、どこを見つめているのかはわからなかったけれど。

先に立ち上がったのは、私だった。
このまま、時間を止めてしまいたくなったのだ。
今すぐに、魔法少女になって、時を止めて、まどかとだけ、このまま。

そんなのは、許されないことだった。

ほむら「そろそろ、映画が終わったみたい」

まどか「そういえば、そうだね。さやかちゃんたち、迎えに行こっか?」

まどかも私と、映画館の中から出てくる人たちの波に気付いて立ち上がる。
私は「そうね」と頷いた。
今の、この時間がとても惜しかった。それでもそんな名残惜しさを残さないように、慎重に。

ほむら「美樹さんたち、きっと私たちを探しているだろうから」

映画館へと戻る私の背中越しに、「ほむらちゃん」と声が聞こえた。

まどか「あのね、ほむらちゃん」

ほむら「えぇ、どうしたの?」

まどか「明日も、今日みたいに、こうして話さない?」



夢みたいだった。

まどかが、私と話したいと言ってくれた。
時間を遡るたびに、まどかの中の私の記憶は、そもそも記憶ではなくなってしまう。
忘れて、しまう。
私の存在は、真っ白になってしまう、から。

ほむら「……まどか」

耐え切れずに、まどかの名前を呼ぶ。

まどか。
私の、大好きなあなた。

どれだけ仲良くなったって、時間を繰り返すごとに白紙に戻る私たちの関係。
今回だって、私とまどかは、「転校生」というワードで始まった。

私の中の記憶では、もう幾度となく失ったまどか。
そうして、失うたびに私が巻き戻す時間の中で、まどかはやっぱり私に笑いかける。

もう誰にも頼らない、と誓った。
まどかのためなら、誰にだって冷徹になれると思った。
魔法少女としての一切を、自分ひとりでやろうと決めていた。

まどかの友達である美樹さやかが魔法少女にならないように見張るため、一緒にいることを選んだ。
一学年上の魔法少女である巴マミや、風見野から来るかもしれない佐倉杏子との接触も阻むことに成功した。

けれどただ一つだけ。
計算外のことがあった。

まどかには魔法少女の存在を知らせない。
そのはずだったのに、彼女は一人、魔女の結界に迷い込んでしまったのだ。

その日は雨だった。
「魔法少女になってくれ」と契約を迫るキュゥべえを、まどかに近付けさせないために必死だった私は、魔女が現れたことをすぐには察知できなかった。

気が付けば雨の強さは増していて、私はその中で、まどかが魔女の結界に引きずり込まれていくのを見た。

それまでに魔女を仕留めることだってできたはずだった。
けれどできなかったことを今後悔するより、まずはまどかを助けることが先だった。

私の魔法少女としての姿を最初に見たときの「ほむらちゃん……?」という怯えの混ざった声を、私は今でも忘れられない。

私は戦った。
魔女がまどかに指一本でも触れないように。

魔女の結界が消えたとき、まどかは今度は真直ぐに私を見た。
そうして「ほむらちゃん」
そんな声を残したまま、私のほうへと倒れ掛かってきた。

考える暇もなく受け止めた私の、腕の中でまどかは震えていた。

休憩!

まどかが落ち着くまで、私はずっとそうしていた。
どれだけの時間が過ぎたのか、私にはわからなかった。

これは、なに?と、やがてまどかは私にそう訊ねた。
私は答えるのをためらった。けれど涙で潤んだ瞳の奥には真剣さがあって、私は「悪い夢でも見ていたのよ」なんて言って誤魔化すことなんて、当然できるはずもなかった。

私は話した。
魔法少女、そして魔女という存在のこと。
私もそんな魔法少女の一人だということ。「この街の魔法少女はあなただけなの?」というまどかの問い掛けに、仕方なく巴マミの話もした。

まどかは驚いていた。
驚いて、そうして怖がり、また「ほむらちゃんは、そんなのと一人で戦ってるの?」と私を心配した。
こわくない?というまどかの問い掛けに、私は「もちろん、怖くないわ」と答えた。

怖いことなんて、なにもないのだ、本当に。
私がこわいのは、まどかを失う、ただそれだけなのだから。

その次の日から、まどかは私に信頼を寄せてくれるようになった。
そのことはもちろん嬉しくて、少し不安だった。
まどかとの距離が近くなるほどに、また同じ繰り返しとなってしまうのではないか、と。

それでも私はまどかが近くにいてくれるのが嬉しくて。

私がずっとまどかの傍にいれば、まどかを守れるじゃない。
まどかから離れるより、きっとそのほうがいいわ。

そんな打算的な考えをした。

『明日も、今日みたいに、こうして話さない?』

まどかの言葉を思い出して、私はベッドに体育座りをしたまま背を丸めた。

いつ消えてしまうか知れない、脆いもの。
それでもまだ私はそれを信じたくて、すがりたくなる。
「まどか」と名前を呼んで、「ほむらちゃん」と呼んでほしくて、私は。

今が、ある。

だから、だからやっぱり、嬉しかった。
夢みたいだった。

何度だってまどかと話した。
何度だってまどかに触れた。
もちろん、私のほんとの想いは告げられずにいたけれど。

それでも。

またこうして巡って、何度だって巡って、また、まどかに向き合える。
それが、こんなにも嬉しい。

私は初めて、明日が恋しい、と思った。

短いが、また明日
おやすみなさい



翌朝、私は普段より早い時間に家を出た。

家にいるよりずっと、外の空気を吸っているほうが気分は落ち着く。
朝の冷たい空気に肌をさらすと気持ちもよくなる。

だけど、やっぱりまどかのことを思い出すと、私の体温は一度くらい上昇するみたいで、私は身体の奥まで冷たい風を送り込むみたいに大きく息を吸った。

今日もまた、まどかと話せる。
そう思うと知れずに心が躍る。
早く会いたい、そんなことを、思ってしまうほど。だけど普段、まどかと朝に会うことは滅多になかった。

――だから、通学途中、いつもこの時間に見かけることのない姿を見つけ、私はとても驚いた。

目が合って、声をかけるのが一拍遅れた。

まどか「おはよう、ほむらちゃん」

ほむら「……おはよう」

まどかが笑って、私もそっと挨拶を返した。
予想外に早く会えてしまったことで、心の準備なんてまったくしていなかった私は、「例の心臓病が再発してしまったんじゃないかしら」、と思うくらいの心臓をなだめるのに少しの間必死だった。

まどか「ほむらちゃん、今日は早いんだね?」

まどかは少し遠慮がちに私の隣に並びながら、言った。

ほむら「そういうあなたも」

まどかのことを考えて落ち着かなかったから、なんて理由を言えるはずはなく。
それだけじゃどこか冷たく聞こえる気がしたから、「美樹さんや志筑さんは?」と付け足した。

まどかの返事は「あ、うん。ちょっと」という曖昧なものだった。

ほむら「……そう?」

もしかして、ケンカでもしたのだろうか。
昨日のことで?でも昨日映画を見終わって出てきた彼女たちに、まどかは楽しそうに話しかけていたはずだ。
私はそっとまどかの横顔をうかがった。仲の良い友達とケンカしているようには見えない。どこか、緊張気味な横顔ではあるけれど。

なにかあった?
そう訊ねようか、迷った。が、またしてもまどかに先を越される。

まどか「ほむらちゃんと朝、会えて良かったな」

それはまたあまりに不意打ちで、私は「えぇ」とも「あぁ」ともつかないような返事を返すのがやっとだった。

まどか「そういえば、ほむらちゃんはいつも学校来るのはやいよね?」

ほむら「そうかもね。まどかは、いつもギリギリのようだけど」

まどか「あはは……さやかちゃんと遊んでたら、遅くなっちゃうの。それでいつも仁美ちゃんに急かされちゃう」

そのまどかの話で、やはり美樹さやかたちとケンカしたわけではないのだろうと確信した。
ただ、まどかが自分から言わないのだったら私が聞くべきことではないはずだ。
まどかの表情はちゃんといつもみたいに明るくて、それだけで充分だった。

会話をしながら歩いていると、目的地に着くのはあっという間だ。
それからもまどかの話に耳を傾けていると、私たちはいつのまにか学校の玄関にまで来てしまっていた。
まるでものの数分のように感じてしまう。もっとも、それは私の中の時間感覚が狂ってしまっただけであって、実際にはかなり遅いペースで歩いていたのであろう。ふと見た時計の針は、いつも私が学校に着くのより遅い時間を指していた。

もう少し、二人で話していたい。
けれど、「美樹さんたち、もう来てるみたい」

靴箱には、まどかの友人たちのものがいれられていた。教室に着けばまどかは真っ先にあの子たちのもとへ向かうだろう。

まどか「あ、ほんとだ。わたしたち、ゆっくり歩きすぎちゃったね」

まどかが少しおかしそうに笑って、私も「そうね」と笑い返す。
お昼は四人で食べる日もあるけれど、朝だって別々。
あの中じゃ、私は馴染むことができない。まどかの、邪魔をすることは、できない。

だから、ここからはさりげなくまどかから距離を置こうとして。

まどか「あ、ほむらちゃん」

呼び止められた。

まどか「放課後、一緒に帰ろうね」

優しいまどかの笑顔と、言葉。
それだけで、私の心はすっと軽くなって、しあわせな気持ちでいっぱいになった。

そんな気持ちを抱えたままの、昼休みのことだった。
今日は屋上で食べるからと、まどかたちと一緒にお弁当を広げたあと、教室に戻る道すがらだった。

唐突にまどかは私の隣に並ぶと、「あのね」ととても申し訳なさそうな顔をした。

ほむら「どうしたの?」

まどか「さっきは言い出せなかったんだけど、今日保健委員の仕事に当たってたの、すっかり忘れちゃってたの」

空になったお弁当箱の包みを胸の前で抱き締めるまどか。
保健委員の仕事。
まどかは本当に申し訳なさそうで、俯いてしまっている。

そんなまどかを見て、私はなにか考える間もなく「待ってるわ」と言っていた。

ほむら「もちろん、まどかがいいならだけど」

自分の発言に驚きながら、私は咄嗟に付け足した。
まどかはぱっと顔をあげると、ようやく私を見た。
その顔はとても嬉しそうで、この選択は間違いではなかったのかもしれない。

まどか「いいに決まってるよ!ありがとう、ほむらちゃん!」

「一緒に帰ろうって言ってたのに、一緒に帰れないと思ってずっと『どうしよう』って」まどかは少し早口気味にそう話した。私は相槌を打ちながら、まどかが心の底から安堵しているのを見てまた、どうしてか嬉しい気持ちになった。

委員会なのだから、一緒に帰れなくたって仕方がない。
それなのにまどかはずっと私との約束のことを考えてくれていた。
そうして今は、こんなに「良かった」と言ってくれている。それがきっと、嬉しいのだ。

まだまだかかりそう
今日は以上、明日は保健室、おやすみなさい

―――――
 ―――――

まどか「保健委員の仕事ってね、体調悪い人を保健室に連れて行くだけじゃなかったんだって、わたし知らなかったの」

ガラス張りの廊下を歩きながら、まどかは話す。
放課後になっていた。
まどかはおそらく教科書が詰め込まれている鞄の紐を肩にかけて握り、軽やかに歩いてゆく。

私は少し後ろをついていきながら、この時間の始まりにも、(もう何度だってあったことだけれど)まどかに保健室への道を教えてもらったことを思い出していた。

『暁美さん。あの、保健室、案内しようか?』
『鹿目さん、じゃなくってまどかでいいよ』
『ほむらって名前、すごくかっこよくて良いなあ』

「暁美さん」そんな哀しい呼び方から、いつも始まる。
だけれどいつだってまどかの言うことは私の心を動かし溶かしてゆく。

まどか「ほむらちゃん?」

はっ、と我に帰った。
まどかが心配げに私を見つめていて、私はもう保健室へと辿り着いたのだということがわかった。

―――――
 ――

ま仕事ってね、体調悪い人を保健室に連れて行くだけじゃなかったんだって、わたし知歩きながら、まどかは話す。
放課後に教科書が詰め込まれている鞄の紐を肩にかけて握り、軽やかに歩いてゆく。

私は少ついていきながら、この時間保健室への道を教えてもらったことを思い出していた。

『暁美あの、保健室、案なくってまどかでいいよ』
『ほむらかっこよくて良いなあ』

「暁美哀しい呼び方から、だってまどかの言うことは私の心を動かし溶かしてゆく。

まど?」

はに帰
まどかが心配げにと辿り着いたのだということがわかった。

いけない。せっかくまどかが私に話をしてくれていたのに。
まどかが保健室の鍵を開けながら、大丈夫?、と訊ねてくるのを、私は「ごめんなさい、平気よ」と答えた。

保健室に入ると、この場所特有のツンとした薬品の匂いがした。
中途半端にカーテンは閉じられ、置かれた椅子などもあまりに無造作だったために、保健の先生はかなり慌しく出て行ったのだろうと想像がついた。
というよりは、面倒臭いものは全部保健委員に任せよう、という方針なのかもしれない。

なにはともあれ。

ほむら「まどか。本当に私もついてきて良かったの?」

今さらだろうが、私はそう訊ねた。

保健委員の仕事というのは、こういう保健室の掃除と、手当て用具などの点検だという。
教室で待っているつもりだったのだが、まどかが「すぐに終わらせちゃうから大丈夫だよ」と私を連れてきたのだ。
だがよくよく見てみれば点検しなきゃいけない箇所は多そうだし――なにより。

放課後の保健室で二人きり。


まどかが保健室のを、私は「ごめんなさい、平気よ」と答えた。

保健室に入るた。
中途半端にカーテンは閉じられ、置かれた椅子など無造作だったために、保健の先生はた。
というよりは、面倒臭いものは全部保健委員に任せよう、という方

ほむら「まどか。本当に私も

保健委員の仕事とい手当て用具などの点検だという。
教室で待っているつもりだったのだが、まど終わらせちゃうから大丈夫だよ」と私を連れてきたのだ。
だがよくよ二人きり。

目の前にはまどかがいて、まどかは「どうして?」と言うように不思議そうな顔をしている。
私は言葉を慎重に選ぶように、「邪魔だったら悪いから……」
自然と声が小さくなる。

まどか「そんなことないよ。邪魔なわけないよ!」

ほむら「でも」

まどか「それにわたし、少しでも長くほむらちゃんといたくて――」

まどかの言葉が唐突に止まった。
私は、思わず顔を背けた。
そのくらい、大変な顔をしていたのだと思う。

まどか「……」

ほむら「……」

沈黙がおりてきた。
私は視線をさまよわせ、結局まどかのもとへと戻すと、まどかと目が合って。
夕暮れ時のせいだろうか、まどかの顔も赤く染まっていて、まどかは目が合った途端、「仕事、するね!」と後ろを向いた。

目の前にはて、まどかは「どうして?」と不思議そうな顔をしている。
私は言葉をように、「邪魔だった悪いから……」
自然なる。

まどか「そん。邪魔なわけな」

まどか「

まどかの言葉った。
私は、思わず顔を背をしていたのだと思う。

まどか「

沈黙がおり
私は視線をさまどかのもとへと戻すと、まどまどか顔も赤く染まってい合った途端、「仕事、す

それから間もなく、まどかは窓際に置かれた先生の机から「用具一覧」と書かれた紙を探し出して、その後ろにある棚の中を探り始めた。恐らくあの紙を参考に、あるものとないもの・足りないものを確認していくのだろう。ここに来る前にはチェックシートなるものをもらっていたから、ないもの・足りないものはそこにチェックをいれて提出するらしい。

私は手持ち無沙汰になってしまった。
まどかの手伝いをしたいものの、保健委員でもない私が勝手に保健室の備品を触るのは気が引ける。
それにいくら保健室に来る回数が多いとは言っても、ここに何があるのかだとか、知らないしわからない私が手伝っても。

そんな考えをしながらまどかの背中を見つめていたとき。
高い位置に手を伸ばそうと背伸びをして腕を伸ばすまどか。

――転んだりしたら危ないわ。

私は無意識のうちにまどかのそばへ寄っていき、恐らくまどかが取ろうとしているものに手を伸ばした。

まどか「あ、ほむらちゃ……」

指先が、ほんのちょっと触れ合った。

それから窓際に置かれた先生の机から「用具一その後ろにある棚の中を探り始めた。恐らくあの紙を参考に、前にはチェックシートなるものをはそこにチェックをいれて提出するらしい。

私は手持ち無沙汰まどかの手伝いを保健室の備品を触るのは気が引ける。
それにいくら保健室多いとは言っても、ここに何がないしわからない私が手伝っても。

そんな考ながらまどかの背中を見つめてい伸ばそうと背伸びをして腕を伸ばすまどか。

――危な

私は無意まどかのそばへ寄っていき、恐らくまどかが取ろうとしているものに手をちゃ……」

指先が、ほんのちょっと

背伸びをしていたまどかが小さく声をあげた。
そのまままどかの手は離れていって、私はまどかが取れなかった箱を取って渡した。
どうやら中身はピンセット一式が数セット入っているものらしかった。

まどか「あ、ありがと」

私もまどかも目を合わせない。
私の場合は、合わせられなかったわけだけれど。

今さっき触れ合った指の先だけがなんだかとても熱かった。
そうしてまた、今私たちはこの場所に二人きりなのだと、強く意識した。

それを振り払うかのように、私は「他になにか手伝えることある?」
用具の点検以外なら、なにかできることがあるかもしれない。むしろ、なくちゃ困ってしまう。

背伸びをしていたまどかは離れていって、私はまどかが取れなかった箱が数セット入っているものらしかった。

まど

私もまどか合わ、合わせられなか

今さっき触れ合っなんだかとても熱また、今私に二人きりなの

それを振り払うになにか手伝え
用具の点検できることがあるかもしれない。むし

保健室・・・・・・チェックシート・・・・・・まどほむ
この既視感はいったいなんだというのだ・・・・・・

>>89
盗作

犯罪者にはそうなんだろう

何でもない

まどか「え、そんなのいいよ!」

ほむら「私だけが何もせずに待ってるわけにはいかないわ」

まどか「でも」

ほむら「それに、そのほうがきっと早く帰れるでしょ?」

まどか「……じゃあ、ベッド整えるのお願いしてもいいかな?」

わかったと頷く。
まどかはまたお昼のときのように申し訳なさそうな顔をしているが、こればかりは私も譲れない。

棚とは反対側の壁際にあるベッドは、一つずつカーテンで仕切られていて見えないようになっている。
まずは三つ置いてあるうちの一番端に置いてあるベッドの前に立った。
窓側のためか、カーテン越しの夕日がゆらゆらと、妙に温かかった。
そうしてまた、カーテンに遮られまどかの姿が見えなくなったことで、私はようやく大きく息を吐くことができるようになった。

まどか「え、そんなが何もせずに待ってるわ

ほむらそのほうがきっと早く帰れるでしょ?」

まどか、ベッド整えるのお願いしてもいと頷く。
まどかはまたお昼のときのようているが、こればか

棚とは際にあるベッドは、一つずつカーテンで仕切られて置いてあるうちの一番端に置いてあるベッドの前に立った。
窓側のためか、カーテン越温かかった。
そうしてまた、カーテンに遮ことで、私はようやく大きく息を吐くことができる

気付かないうちに、ずっと緊張していたのかもしれない。
息を吐き出すと、身体からも力が抜けていくのがわかった。

薄いカーテンの向こうからは、まどかが保健委員の仕事を頑張っているらしい音が聞こえてくる。

保健室のベッドは使った生徒自身がきちんと戻していくのだろうか、最初からほとんど整えられていたために、私がすることといえば枕の位置を無意味に調整するだけだった。
それももちろんすぐに終わってしまうから、真ん中のベッド、そして最後のものもあっという間に整え終えてしまった。

他にやることは――

そう思ってまどかを呼ぼうとした私はけれど、まどかが集中している様子を見てためらった。
少し待ったほうが良いかもしれない。それに、なんだか身体が重い気がした。
よっぽど緊張していたのだろうか。自分で驚いてしまう。

私は休憩も兼ねて(ほとんど私がしたわけではないが)整えたばかりのベッドへと腰を下ろした。

気付かない、していたのかもしれな身体からも力が抜けていくのがわかった。
薄いカーテンの向こからは、まどかが頑張っているらしい音が聞こえて。

保健室のベッドは使っだろうか、最初からほとんど整えていたために位置を無意味に調整するだけだった。
それもすぐに終わっ、そして最後のものもあっという

そう呼ぼうとした私はけれど、まどかが集中している様良いかもしれない。それに、重い気がした。
よっぽど緊張していたのだろう

私は休私がしたわけではないが)整えたばかりのベッ

すまん
以前に同じような表現を見たことがあったから同じ人かもと思ってつい書き込んじゃったんだ

続きがすごく気になるのでぜひとも続けてください

許さないそれでも信者か

そうなんだ大変だね

「ほむらちゃん?」とまどかの呼ぶ声で、私は気が付いた。
眠ってしまっていたようだった。身体は後ろに倒れ、せっかく整えたベッドのシーツにはわずかに皺が寄っていた。

ほむら「まどか……」

まだ少しぼんやりした頭で声に出すと、途端に目が冴えてきた。
すぐに身体を起こそうとして、ベッドの周囲を囲んでいたカーテンの一画が少し遠慮がちに開かれた。

まどか「ほむらちゃん、終わった?」

ほむら「あ……」

私は恥ずかしくて声も出なかった。
よりによってこんなところをまどかに見られるだなんて。
私は今さら冷静さを保つことも忘れて、「わ、私っ、その……」と言いかけて。まどかは――

まどか「……ぷっ」

ほむら「あ、あの、まどか……?」

笑い出した。
ますます私は恥ずかしくて混乱して泣き出しそうになってくる。
どうしてこんな。昔の私はとっくに捨てたはずなのに、まどかといると、まどかの前では、私はこんなふうになってしまうのだろうか。

まどか「ご、ごめんねほむらちゃん……!」

言いながら、まどかは私に近付くと、手を伸ばした。
「なに……」と最後まで言う暇もなく、少し歪んだリボンがまどかの手によって直された。

ほむら「……ありがとう」

まどか「うん」

ようやく笑い終えたまどかが、今度はにっこりと笑って私の隣に座った。
そうして、「ごめんね、いっぱい笑っちゃって」
私はもうまともにまどかの顔を見ることもできずに首を振った。

まどか「あんまりほむらちゃんがかわいかったから」

しばらくは声すら出ない、と思っていたのがあっさりと覆された。
予想外のまどかの言葉に、私はバカみたいに「えっ?」と声を上げていた。

まどか「あ、もちろんほむらちゃんはいつもかわいいんだけどでもそうじゃなくて――」

まどかが少し慌てたようにそう言って、そして「な、なに言ってるんだろうわたし」と苦笑した。
そういえば、さっきまで射していた夕日の光は弱くなっていて、保健室は少し暗くなっていた。
そんな中でも、そっと盗み見たまどかの頬は薄っすら赤く染まっているのがわかった。

まどか「でも、こんなほむらちゃん見れて、わたし、嬉しくて。それに今日こうして待っててくれたし」

ほむら「まどか……」

まどか「……他にもたくさんほむらちゃんのこと知れたら、わたし、もっと嬉しいなって」

二人きりの保健室では、私のひそめるような息遣いと、まどかのなにかを探るような小さな声しか聞こえない。
私は、「えぇ」と相槌を打ちながら、自分の中でまどかに対する感情がどんどん大きくなっていっているのを感じていた。

まどか「それで、ね。良かったら――」

その後のまどかの言葉は、静かな空間に突如響いたチャイムの音にかき消されてしまった。
また静寂が戻ってきたとき、私は聞き返そうとまどかを見た。まどかも私を見ていて、必然的に視線が合った。

まどか「ほむらちゃん」












――良かったら、今度の日曜日一緒に出かけませんか?










今日は以上
おやすみなさい

>>100
ネタ被りだったのかな、こちらこそ申し訳ない

>>1です

盗作というのは、どの作品のどの部分でしょうか。
具体的に教えてもらいたいです。

決して盗作したつもりはありません。
などとこの場で言っても仕方のないことだと思いますが、できれば完結させたいと思っています。
しかし本当に「盗作」と思われても仕方のないくらい似た作品があるのなら、速やかにHTML化依頼を出しに行きます。



私は本当に、夢でも見ているのかしら。
いっそ夢であってほしいと思う。夢でなければ、魔女が見せる幻覚か。

けれど、魔女を倒せば倒すほどその可能性は狭まってゆくし、夢であるはずもない。
ちゃんと痛みがあるのだから。

『――良かったら、今度の日曜日一緒に出かけませんか?』

まどかの言葉が、そのときの声、表情、それら全てを思い出すほどに、私の中の体温はぐんぐん上昇していくようだった。

今度の日曜日。
一緒に。

ぐるぐると、そのワードだけが私の頭の中を駆け巡ってゆく。

今夜は雨が降っていた。
傘もささないでいる身体の表面はひどく冷たい。それなのに上がっていく体温は止められない。身体の中だけが発熱しているみたいだ。

冷静なんかでいられるはずはなかった。

今の私は――確実に、舞い上がっているのだ。

だって、私がまどかと――

繰り返せば繰り返すほど、まどかとの距離は遠ざかるばかり。
私はまどかをよく知っているのに、まどかにとっての私はただの初対面の転校生にしか映らない。
それがどんなに辛く苦しかったことか。もうまどかとは、本当に初めて出会ったときのように、話すことも触れることもできないのだと思っていた。当然、そうなるしかないと。

嬉しい。だけれど怖くもあった。
これ以上、また新しいまどかを知って。そうしたら私は。



風邪を引いたらしい。
翌朝、目を覚ますと身体の中だけでない、確実に、体温が上がっていた。

びしょ濡れになった制服はハンガーに掛けて吊るしてあるが、遠目に見た分でもどうやらあまり乾いていないというのが見て取れた。
昨夜のうちに乾かしておけばよかったのだが、そんなことすら億劫に思えるほど昨日の私は疲れきっていた。ソウルジェムをグリーフシードで浄化するだけで手一杯だったのだ。それからのことはまったく記憶にないのだから、恐らくもうそこから私は眠ってしまったのだろう。

なんとかしなくちゃ。

私は熱のせいだろうか、呆と霞む思考のまま、布団から這い出た。
身体は鉛のように重く、動きも緩慢というより鈍くなる。ふらふらと、こんな貧相な肉体ですらこの足は支えられなくなっている。
私はベッドを抜け出し、ほんのちょっと歩いただけでへなへなと崩れこんでいた。

ほむら「……」

こんな状態じゃ、とても学校へなんて行けるはずもなかった。

―――――
 ―――――

チクタクチクタク。
時間は過ぎていくものの、その進み方は異様に遅かった。
私は布団の中でじっと時計の針が進む音だけを聞き続けていた。

なんとしても早く治して、学校へ行かなければ。

ただ、それだけだった。

――まどか。

もし私がいない間に、なにかあったら。
たとえばまた魔女の結界に迷い込んでいたり、ああ、キュゥべえに「魔法少女になってくれないか」と誘いを受けているかもしれない。

そんなことばかり考えて、気が気でない。

けれど。
本当は、それだけじゃないのだ、もちろん。

ほむら「まどか……」

堪えきれなくなって、私は声に出していた。

まどか。まどか。まどか。
……会いたい。

繰り返す、そんなうわ言。
気持ちだけが膨れ上がって、今すぐにでも走り出したいのに身体は言うことを聞いてはくれない。どうしようもない思いで、私は布団の中で丸くなった。

唐突に、家のチャイムの音が響いた。

ふと時計を見れば、いつのまにか数時間は過ぎており、ちょうど、学校は放課後となっているだろう時間になっていて私は(気持ちだけでも)飛び起きた。
幾分かマシにはなっているようだったけれど、それでもまだ身体の辛さはなくなっていない。魔法少女だというのに、情けなかった。

着ていた紫色のパジャマは汗でびっしょりで、けれど着替える時間なんてあるはずもなくてカーディガンを上から羽織るだけ羽織って私は玄関へと急いだ。
なんとなく、予感があったのだ。まだ少しふらつく身体をなんとか支えて、私は扉を開ける。

「あ……」と声がして、見えたのは、あんなに会いたかったまどかの顔。

ほむら「まどか……」

まどか「ほむらちゃん、その、お見舞いに来ちゃった」

今日は以上

できるだけ早く完結できるようにします

予感はあったけれど、実際にまどかの顔を見ると「どうして」という言葉しか出てこなかった。
来てくれてありがとう、だとか、嬉しい、だとか、もっと他に言うべきことはあるはずなのだけれど。

まどか「迷惑だったらごめんね。でもほむらちゃんのこと心配だったから」

ほむら「迷惑だなんて!そんなこと、ないわ」

驚いて、一瞬声を荒げてすぐに私は元の声のトーンに戻した。
まどかが「あ、うん」ときょとんとした表情をした。

ほむら「……なにも出せないけれど、あがって」

私はなんだかいたたまれない気持ちになってまどかから目を背けた。

まどか「うん。お邪魔します」

礼儀正しく挨拶したまどかが家に入ってくる。

部屋に通すと、まどかは「綺麗な部屋だね」と感心したように言った。

ほむら「殺風景なだけよ」

答えると、まどかに適当に座っておいてと言い置き部屋を出ようとした。
せめてお茶でも、と思ったのだ。

そんな私を、まどかの手が制した。「ほむらちゃん、寝てなきゃ」まどかはそう言って、まだ中途半端な体温が残るベッドに私を座らせた。

それからまどかはほんの少し恥ずかしげに、目を伏せる。というよりは、視線の先を迷わせているようだった。私はすぐにその意味に気付いて、着ていたカーディガンを胸の前に寄せた。

ほむら「ごめんなさい、すぐに着替えるわ」

まどか「あ、でも身体、ちゃんと拭かなきゃ」

ほむら「けど」

まどかが、来ているのに。
そんな私の思いを汲み取るみたいに、まどかは「体、拭こうか?」と。

ほむら「えっ……」

まどか「あの、ほむらちゃんがいいなら、だけど」

ほむら「……お願い、してもいいかしら」

私はきっと、考えることを放棄した。
勢いに任せてでも、まどかの言葉が理解できなかったわけでもない。
明らかにそれは私の意思だったわけだけれど。

まどか「うんっ!それじゃあタオルとか容易しなきゃ」

ほむら「洗面所はこの部屋を出て左にある、から」

まどか「はーい。ほむらちゃんはちゃんと寝ててね」

わかったわ、と返事をして、私はベッドに再び横になった。
まどかはそれを確認して部屋を出て行った。

私はすっと吸った息を吐いて、また吐いた息を吸って、それをただ意識的に繰り返した。
心臓は不自然なくらい落ち着いており、私は未だにこの状況が信じられていないのだとわかった。

そうよ、きっとこれは夢ね。
まどかに会いたいあまりの、私の。
だってそうじゃなきゃまどかが私のこんな身体を拭いてくれるだなんて――

そんな考えに至ってすぐ、その思考はまたしても放棄された。
というよりは放棄せざるを得なかった。

まどか「ほむらちゃん、起きてる?」

ほむら「……えぇ」

まどか「新しいパジャマは」

ほむら「そこに」

まどか「あ、これだね」

まどかが私の新しいパジャマと、水の張った洗面器をベッドの側にあった机に置き、「ほむらちゃん、体起こせる?」と私の肩に触れた。「
「えぇ」とそんな返事を返して、私はまどかの手に素直に甘えた。
まどかは優しく私の身体を起こしてくれる。やはり起き上がるのは辛くはあったけれど、まどかの手があったからほとんど苦にはならなかった。

まどか「パジャマ、脱がすね」

こくん、と頷く。
まだどこか思考がはっきりしない。まどかのされるがままだった。
けれど、徐々に私の身体が顕になっていくにつれて私は恥ずかしくなって、ぐっと自分の腕で胸の前を隠した。

まどか「ほむらちゃん?」

ほむら「あの、まどか……その、前はいい、から。背中だけ」

まどか「あ、そっか、うん、そうだよねっ」

今日は以上
叛逆二回目行ってきたためあまり時間がなかった、短くてすまん

こわいくらい静かに脱がしてくれていたまどかが、今はっと気付いたように苦く笑う。
「ごめんね」とまどかが言ったのと同時にパジャマのボタンは全部はずされた。
脱いだパジャマで前を隠す。今感じている熱は確実に風邪のせいではなかった。頭がくらくらおかしくなりそうだった。

まどか「じゃあ拭いていくね」

ちゃぽんとまどかの手が洗面器にひたされ、タオルから水が絞り出される。
それをまた水につけて絞り、水につけて絞り、まどかは何度かそんな無意味な動きを繰り返したあとに、そっと、私の背中に触れてきた。
ほんのり温かい。洗面器の中身はぬるま湯なのだろう。
私はさっきあんなに落ち着いていた心臓が嘘みたいに(きっと嘘だったのだろうけれど)自分の鼓動が速く激しくなっていくのを感じる。

ほむら「……お願い」

辛うじて答えた声は、まどかにどう聞こえたのか心配だった。
もしかして小さすぎて届いていなかったかもしれないし、届いていたとしても蚊の鳴くような声だっただろうけれど。

ぬるいタオルは気持ちが良くて、しかもまどかがそれ越しに私に触れていると思うと、本当に。
本当に、おかしくなってしまうんじゃないかと思った。
首元を拭うとき、まどかが私の長い髪を避けてそのときに触れた指先がくすぐったかった。けれど笑うのではなく、私はもう泣きそうだった。色々な感情が溢れて爆発しそう。

しばらく無言だったまどかが「腕、あげてくれるかな?」と言った。
なんだか随分と久し振りにまどかの声を聞いたようで、しかもその声は微かに固くて、私は言われるままに腕をあげた。
すると抱き締めていたパジャマが落ちかけて、慌ててもう片方の腕に力を込める。そうしたときに小さく声が出てしまったようで、まどかが「大丈夫?」そう言って、小さく息を呑んだのがわかった。

ほむら「……大丈夫」

私はそれがどうしてなのか、一瞬わからずに戸惑ったが、すぐに察した。
昨日の魔女との戦いで負った傷がまだ癒えてないのだ。魔法の力で治す余裕なんてあるはずもなかったのだ。
もしかすると、背中にだって同じように残っているかもしれない。私は少なからず動揺しながらも、「……大丈夫、だから」ともう一度同じ言葉を繰り返した。

まどか「……うん」

まどかは一瞬なにかを言おうとして、そうして結局目を伏せ頷いただけだった。
それからまたぬるま湯にタオルをひたし、脇を拭ってゆく。その動作はひどくゆっくりで、時々首筋にかかったまどかの吐息はこころなしか熱かった。

お互いの息をする音だけが、聞こえていた気がする。
時間の流れはまどかに会いたいと思っていたさっきよりずっと遅く感じた。
私は、なにか言う余裕なんかなくって。まどかは、わからないけれど――その吐息だけで、なんとなく、まどかも緊張しているのかもしれないと、気付いていた。

まどか「はい、終わりだよ」

もう一方の脇を拭き終えたときにはすでに、私はもう何時間もずっとこうしていたような気がしてしかたなかった。
もっとも、実際にはものの数分なのだけれど。
私は「ありがとう、まどか」と小さな声でお礼を言った。今はまどかの顔をまともに見れるはずなんてなかった。

新しいパジャマに着替えると、ようやく心が落ち着いてくる。まどかはてきぱきと片付けをし、私に置いてあった体温計を渡してすぐに「ご飯作るね」と部屋を出て行ってしまった。
私は一人また自分の部屋に取り残され、そうして今ようやく全部の感情が追いついてきたみたいに、枕に顔を埋めた。

今日は以上
昨日より短かった……

書けるときにぱっと書き溜めて投稿できるようにしますすみません

今体温なんか測ったら体温計を壊してしまうかもしれない。そんなことを本気で思ってしまうほど、身体の熱が上昇しているのがわかる。
まどかに触れられていたところすべてが熱を持っているんじゃないかって思うくらい。

ほむら「……しにそう」

ぽつりとそんな声が漏れ出た。



数十分が経ってから、まどかは「ほむらちゃん、大丈夫?」と言いながら部屋へと戻ってきた。
その頃にはようやく気持ちが落ち着いて、私は大人しく布団に包まっていた。
まどかは、今度は一人分の土鍋を持っていた。「それは?」と視線で問うと、まどかは「お粥だよ」と言って起き上がった私にそれを差し出して見せた。

ほむら「お粥……」

まどか「勝手に台所使わせてもらっちゃってこんなこと言うのはとっても悪いんだけど、ほむらちゃんのお家、あまり食べ物、置いてないね」

ほむら「……そうかもしれないわね」

まどか「お米があるだけ、良かったけど……ほむらちゃん、ちゃんとご飯食べてる?」

私はまどかから視線を逸らした。そんな私を見てまどかは「だめだよ、ご飯はしっかり食べなきゃ」と言ってベッドの側に腰を下ろした。
そうして土鍋からお皿にその中身を取り分けて私に渡す。私はまどかの言葉に曖昧に頷いて受取った。

まどか「食べれそう?」

ほむら「ええ。ありがとう、まどか」

そういえば、朝からなにも食べていないのだった。そのためか、それともまどかが作ったものだからだろうか。突然に空腹を感じてきた。
湯気をたてているお粥を添えられていた蓮華で掬ってそろそろと口に運ぼうとする。
するとまどかが「ちょっと待って」と蓮華を持つ私の手を止めた。

ほむら「どうしたの……?」

まどか「ちゃんと冷まさないと、やけどしちゃうよ」

まどかはそう言うと、私の手に触れたまま、「ふーっふーっ」と息を吹きかける。
それから「はい」と笑った。ありがとうの「あ」の字も出てこないままに、私は蓮華を口にいれた。
美味しかった、と思う。けれどまどかの行動でまた私の中は混乱して、はっきりとその味はわからなかった。

食べ終えてまどかに渡された風邪薬を飲んで再び横になると、まどかは「本当に、突然来ちゃってごめんね」と申し訳なさそうに言った。
私は無言で首を振る。それから、勇気を振り絞って私は言った。

ほむら「……嬉しかったわ」

恥ずかしくて、まどかの顔は見れなかったけれど。
「良かった」と言ったまどかの声は弾んでいた。

まどか「ほむらちゃん、早く元気になってね」

ほむら「……えぇ」

まどか「……無理、しちゃだめだよ」

ふっ、とまどかの声のトーンが変わった。

ほむら「無理って」

まどか「ほむらちゃんの体、傷だらけだった」

ほむら「……それは」

身体を起こして、私はまどかを見た。
まどかは泣きそうな顔をしていた。

まどか「魔女と、戦ったからだよね、全部。手の傷だって」

私ははっと自分の手の甲を見た。
こちらにも知らないうちに傷がついていて、私はそれを遅いと知りながら布団の中に隠した。

まどか「ほむらちゃん。わたしじゃ、なにもできないのかな」

私ははっきりと予感していた。
まどかが、次になにを言おうとしているのか。
そうしてそれは、私がずっと恐れていた言葉だと。

まどか「私じゃ、魔法少女に」

ほむら「やめてよ!」

自分でも驚くくらい、声を荒げていた。
まどかが私を見る目も同じだった。私はだけれど、止まらなかった。止められなかった。

ほむら「魔法少女になりたいなんて、なるだなんて言わないで!それはあなたじゃとても荷が重過ぎるのよ!あなたはなにも――」

まどか「……できない、よね」

我に帰った。
そのときにはもう遅かった。まどかは悲しい笑顔を見せて、「ごめんね、へんなこと言って」と立ち上がった。

ほむら「まどか」

まどか「そうだよね、こんなわたしなんかじゃ、なんの役にも、たたないよね」

――違うの、そうじゃないのまどか。

まどか「きっと、ほむらちゃんの足手纏いになっちゃう」

――そうじゃない。

まどか「わたし、今日はもう帰るね」

待って、と手を伸ばす前に、まどかは私に背を向けた。そのまま行ってしまう。
熱を持ったままの私の身体は簡単にまどかの姿を視界から消してしまった。待って、という言葉は喉の奥に張り付いて、終ぞ出てくることはなかった。

本当は今週中に全部書き溜めて投稿するつもりでいたのですが、中々書き上がらないので
とりあえず生存報告も兼ねて途中まで

更新滞って申し訳ない

―――――
 ―――――

目が覚めた。
昨日の薬が効いたのか、それとも、私が魔法少女だからだろうか。
身体はすっかりとは言えないものの健康を取り戻していた。
熱だってまったくの平熱に戻っているし、昨日あんなに苦しかったのが嘘みたいだった。

そうして、昨日のあの出来事も、まどかが見舞いに来るあたりから全部嘘なら良いのに。

それでも台所で使ったまま置いてある昨日のお皿や、洗ってくれていたらしい洗濯物がそのまま洗濯機に入ってあったりすると、嫌でも思い出してしまう。

恥ずかしくてどうしようもなくて、だけれどあんなに嬉しかったのに。
私はどうして、あんなふうにまどかを傷つけてしまったのだろう。
もちろん傷つけるつもりなんてなかった。ただ、まどかを魔法少女にしたくなかっただけで。それでも私は結果的に。

もう少し言葉を選べばよかった。
もう少し冷静になれば。

後悔ばかりが襲ってくる。
私はそれを振り払って、少し皺になっている制服を手でさっと直した。

この間の朝まどかと顔を合わせた場所にはもちろんまどかがいるはずなかった。
まだまどかと顔を合わす勇気がなかった私は、少し安堵した。
けれど、いくらか時間が過ぎて、普段まどかと一緒に登校してくる美樹さやかたちが教室に入ってきても、そこにまどかはいない。

もしかして、と思ったことは正解だった。
早乙女先生に訊ねに行くと、先生は「鹿目さん?鹿目さんは風邪でお休みですよ」と机に突っ伏したまま答えてくれた。
今までの記憶から、これ以上先生と話を続けると恋人と別れた先生の愚痴に付き合わされるハメになることが予想できた私は、「失礼します」とすぐに職員室を出た。

ほむら「……」

まどかが、風邪。
職員室を後にしてすぐ、私は教室に続く廊下で立ち止まった。
まどかに自分の持っている風邪を移してしまうなんてことは、考えられないことではなかったのに。やっぱり帰ってもらえばよかったのだわ。そんなことを今さら思ったって仕方がないことだけれど。

いったい、どうして。私は、どうしたら。
そんな疑問詞ばかりが次々と頭に浮かんで、私はまたくらりと目眩を感じそうだった。

その日一日、私は後悔と自己嫌悪ばかりに囚われていた。
いっそソウルジェムが全て濁りきってしまえば楽になるのに、と考えてしまうほどに。
だけれど、それはもちろん許されることではなくって、許してはいけないことだった。だから私はできるだけ平静に、自己と向き合おうと試みた。

私はどうすればいいのか。私はどうしたらいいのか。
まどかを傷つけてしまった私にはもう、まどかと一緒にいる資格は無い。
だけれど、だからといってこの時間を諦めるわけにもいかない。そう。私なんか、まどかの側にいる資格はもともとないのよ。

何度もそう、自分に言い聞かせた。
それでも簡単にはここ数日の感情から抜け出せるはずもなくて。
未練にも似た気持ちがずっと、私を襲ってくる。

それだから私は、学校が終わるとすぐにまどかの家のほうへと向かっていた。
ほとんど無意識のようなものだった。気付いたのは、すでにまどかの家の前に着いたときだった。
一瞬だけ、玄関のほうを見つめた。やはり、インターホンを押す勇気は出なかった。

そのまま回れ右をしたとき、「転校生!」と声。
美樹さやかが立っていた。

さやか「なに、転校生もまどかの見舞い?」

ほむら「……違うわ」

逡巡したあと、私は首を振った。
今ここで頷いておけばもしかすると彼女についてまどかの家に入れるかもしれない、と考えた自分のずるい考えが嫌だった。
だからそれを振り払うかのように、突き放すかのように、「私は帰るから」と美樹さやかの隣を通り過ぎようとした。
私は忘れていた。もちろん、美樹さやかがそれを許してくれるはずがないということを。

さやか「ちょっと待ちなよ」

ほむら「なに?」

さやか「見舞いじゃなかったらなんであんたがここにいるわけ」

ほむら「それは……」

また、答えにつまった。本当にそのとおりだ。
美樹さやかは溜め息をつくと、「素直になりなよ」だなんて。

ほむら「素直?」

さやか「まどかと仲良くなりたいんでしょ?」

なにを言っているのだ、美樹さやかは。
私は驚いて、声が出なかった。
それを無言の肯定にとったのか、「あんたって案外わかりやすいとこあるよね」なんて言ってからりと笑った。

さやか「正直なこと言うと、あたしは転校生のこと気に入らない。なんか転校初日からまどかのことじっと変な目で
    見てるし。話してみてもすっごいうさんくさいしでさ」

ほむら「……知ってたわ」

さやか「でもまどかはあんたのことほんとに好いてる。ずっとそれが不思議でそれもまた気に入らなかったけどあんたと    まどかの様子見てると、納得っていうか」

私はただじっと、美樹さやかの口許を見つめていた。
彼女のそこから紡ぎだされる言葉は、意外じゃない言葉で、意外な事実で。今の私には到底信じられないことで、だけどそうであってほしいと思ってしまうことで。

さやか「この間の朝だってさ。あんたと一緒に行きたいからってあのまどかがだよ?あたしや仁美にすっごい申し訳なさそうな顔して言うの。あんなまどか初めて――」

ほむら「美樹さん。あなたは、なにが言いたいの」

私はもう、聞きたくなかった。聞きたい気持ちももちろんあったけれど、これ以上聞いてしまったら、私は。
だから私は半ば強引に彼女の言葉を遮る。美樹さやかは、遮られたことに少し顔を顰めてみせる。そうして彼女はそのまま。

さやか「暁美ほむら」

すうっと息を吸ったあと、美樹さやかが発したもの。
それは激しい非難の言葉だった。

さやか「まどかを泣かせんな!」

私はなんだか目が覚めたような心地がした。
彼女の言葉は非難の言葉であったけれど、それと同時に、私の中のなにかを突き動かすものでもあった。
それはきっと、彼女の言葉の裏にあるのがただの怒りや憎悪だけではなかったから。

さやか「昨日の夜、電話したんだ。そしたらさ、あの子、泣いてた。ほむらちゃんとケンカしちゃったって、泣いてたの」

ほむら「……」

さやか「あたしね、転校生のこと気に入らないって言ったけど、まどかに接する様子見て、そんなに悪い奴じゃないんだなって思ってたよ。まどかのこと泣かせるようなやつじゃないってことだけは、わかってた」

ほむら「……」

さやか「それが、なに?なんでまどかは泣いてるの?ねえ」

ほむら「……私が」

ひどいことを言った。
なにもできない、だなんて思ったことはない。まどかは最初から、本当になにもできやしない私の憧れだった。
そんなこと、一度だって考えたことなんかない。本心なんかじゃ、あるわけない。だけど。

ほむら「私が、ひどいことを言ってしまったから」

小さな声で答えたら。
美樹さやかはあまりにもわざとらしい溜め息をついてみせた。そうして、言う。

さやか「あんたって、ほんとバカ」

思わずその言葉にキッと美樹さやかを見ると、その視線を真正面に受け止める彼女がいた。
その表情はさっきまでの怒りに満ちたものではなく、同情の色があった。

さやか「あの子、ひどいこと言われたからってあんなに泣きじゃくる子じゃないよ。悪口言われても『しかたないよ』って笑っちゃう子なんだ、まどかは」

ほむら「……」

さやか「まだわからないようだからはっきり言ってあげる。――まどかは、あんたに拒絶されたって、泣いてたんだ」

――拒絶?

違う、そんなはずはない。だって、むしろ私のほうが。まどかに、拒絶されてもしかたがない立場にいるはずなのに。
ただでさえ、魔法少女という異質の存在で。生きてる時間も違って。あの子を守ろうとしたって結局はずっと同じ結果で。この手で、あの子を殺めたことだって、あるのに。
もちろん今のまどかはそんなこと知りもしないだろうけれど。それでも、普通でない感情をまどかに抱いている時点で私があの子に拒絶されるほうが自然なのだ。

さやか「ねえ、転校生。あんたがここにいるってことは、本当に拒絶したわけじゃないんでしょ?まどかと、仲良くなりたいんでしょ?だったらもっとちゃんと、素直になりなよ。素直になって、まどかと向き合ってあげてよ」

最後は、静かな声だった。
それでも私の中にはっきりと響くものがあって、だから私はこの真直ぐさが苦手なのだ、と思う。
同じ時間を繰り返す中で、彼女の真直ぐすぎる正義感やなにかに何度も何度も何度だって邪魔をされてきたし築いてきたものが壊された。
だけどそんな彼女のそういうところに救われていたところもなかったわけじゃない。

もっと、素直に。

私はどうすればいいのか。私はどうしたらいいのか。
もう一度、心の中に問いかける。

――私は、どうしたいの?

ガチャリ、とドアが開く音がした。
私たちは同時にそちらを向いた。「あれ?」と不思議そうな顔をしているのは、まどかのお父さんだった。

知久「君たちは」

美樹さやかがちらりと私を見ると、そっと私の背中に手をおいて、前へ押し出した。

ほむら「……まどかの、お見舞いにきました」

また間があいてしまって申し訳ない
今日は以上

今年中には終わらせます

これでいいかな?



知久「わざわざ来てくれてありがとう」

ほむら「いえ……」

知久「きっとまどかも喜ぶよ」

まどかのお父さんに案内され、私はまどかの部屋の前に立った。
美樹さやかは「野暮なことはしないから」と言って玄関のところで私に手を振って帰って行った。

知久「暁美、ほむらさん」

ふっと名前を呼ばれた。
まどかのお父さんはまどかの部屋のドアのぶに手をかけたまま、私を穏やかな顔で見つめていた。
驚いて返事をしない私に、彼は「いや、ごめんね」と困ったように笑った。

知久「まどかが、その子のことをよく話していてね。君のことだよね?」

私は今度は本当になにも言えなくなって、ただこくこくと、頷いた。
まどかのお父さんの嬉しそうな顔は、まどかにとてもよく似ていると思った。

知久「まどか、起きてるかい。お友達が来てくれてるよ」

だけどそんな感慨も、すぐに緊張へと移り変わった。
まどかの部屋の扉が開かれる。私はぱっと視線を別のところに向けた。まどかの部屋の中を覗くのには、まだ勇気が足りなかった。
部屋の中から「起きてるよ」と返事が聞こえ、恐らく、ベッドから降りたのであろう音が聞こえた。そうして、「誰?」と声。

知久「暁美さん」

まどか「えっ、ほむらちゃん!?」

途端、ばたばたと足音が聞こえたと思うと、目の前で扉がバタンと閉じられた。
「まどか」と声をかける暇もなかった。
会いたくないと思われているのかもしれない――そんな考えが一瞬で浮かんで、それからまたまどかの声でぱっと泡のように消えた。

まどか「ちょ、ちょっと待ってね!今ひどい恰好してて……」

焦ったような、まどかの。
私は「大丈夫」と、少し間抜けのような返事をした。まどかのお父さんが丸めていた目にまた笑みをたたえた。
そうして「僕はお菓子でも用意してくるよ」と部屋に背を向けた。お気遣いなく、と言う前に、「君はまどかをよろしく」

ほむら「……はい」

そうだ。私はもう。まどかを、傷付けない。傷付けたくない。
『素直になって、まどかと向き合ってあげてよ』
美樹さやかの言葉を思い返し、私はぎゅっと拳を握り締めた。

そのとき、ゆっくりと、部屋の扉が開く。そうしてそこから、おずおずとまどかが顔を出した。

まどか「ほ、ほむらちゃん、ごめんね、こんな恰好で」

まどかは急いで髪を梳かし結っていたのだろう、片手には櫛が握られていて、結った髪はいつもより少し不恰好だった。
それがまたかわいくて、だけれどそんなこと言えるはずなくて、それよりまどかがパジャマのまま、なにも羽織らずにいることに気付いて私は、まどかの許可を得る前に「ベッドに戻って」と部屋に足を踏み入れていた。

ほむら「その恰好じゃ、よけいに風邪がひどくなってしまうわ」

まどか「あっ……」

まどかは今気付いたというように顔を赤らめる。私はいまだ胸の奥を締め付けているような緊張と不安を押し殺すためにも小さく息を吐いた。
そうして、赤らめたままの顔を俯かせているまどかにどう声をかけるべきか迷い躊躇ったあと、結局「ベッドへ戻って、温かくして」とごく当たり前のことしか言えなかった。
まどかは「うん……」と小さく頷いて、少し覚束無い足取りで今まで横たわっていたのであろうそこへ戻ってゆく。私は後ろ手でドアを閉めた。

ベッドに戻ったまどかは、どこかそわそわしている様子だった。
それはもちろん私も同じで、まどかに「ほむらちゃん」と呼ばれるまでドアの前から動けないほどに自分の中で緊張が大きく鼓動の音をたてていた。

まどか「ほむらちゃん、そんなところに立ってたら冷たいよ」

ほむら「あ、えぇ……」

私はおそるおそるまどかの傍へと近付いた。「そこの椅子でいいなら、使ってね」というまどかの言葉に頷いて、勉強机の前の椅子を引いて腰掛けた。それは少しひんやりとしていた。

まどか「……ほむらちゃん、体調は?」

ほむら「私、は。もう、平気。あなたこそ、熱はもうないの?」

まどか「うん、朝にちょっとあっただけだから」

そう、と目を伏せた。まどかの答えに少しだけ安堵する。風邪をうつしてしまったのはほかでもない私のせいだけれど、思っていたよりもまどかの症状が重くはなくって。
昨日まどかが来てくれたのと同じようなことはできなくても、せめてなにかまどかにしてあげたかった。けれどやっぱりこんな私じゃ、という思いが邪魔をする。

まどか「……」

ほむら「……」

まどか「あ、あのね、ほむらちゃん」

少しの沈黙のあと、私とまどかは導かれるようにして目を合わせた。
私は息が詰まりそうだと思いながらも、まどかの視線を受け止めた。そうして。「ごめんなさい」と、自然と言葉がこぼれ出ていた。まどかの目が大きく見開かれた。

まどか「えっ……」

ほむら「昨日は、あなたがせっかく来てくれたのにあんなふうになってしまって」

まどか「ほ、ほむらちゃんが謝ることはないよ!」

でも、と言いかけた私を、まどかが首を振って遮った。

まどか「私こそ、ごめんね。急に帰っちゃったし、それに、ほむらちゃんのことなにも考えないで……」

ほむら「――私、あなたのことを守りたいの」

今度は、私がまどかの言葉を遮った。
まどかを守りたい。危険な目に遭わせたくない。もう、あなたを失ったりしたくない――

ほむら「だから、あんなことを言ってしまったの。本当に、ごめんなさい」

まどか「ほむらちゃん……」

頭を下げる。深く深く。それは単にそれだけ謝罪の意が大きかったわけではなくって、顔を上げることが怖かったこともあった。
だけれどいつまでだって頭を下げているわけにはいかなくて、私はそっと、また頭を戻して。
まどかが、「うん」と優しく笑ってくれていた。
あなたを拒絶したわけじゃない。そうして、まどかも私を、拒絶しなかった。

まどかのかわいらしい小さな手が、膝の上でそろえた私の指先にそっと触れ、それから、「ほむらちゃん」とベッドから身を乗り出すようにして、ぎゅっとされた。

ほむら「ま、まどかっ……!?」

全身で感じるまどかの体温はなんだか熱くて、もしかするとまどかがさっき言った言葉は嘘だったのかも知れないと気付いた。
それとももしかしたら、私の体温が上がったのだろうか。また、なんだか少しくらくらしたから。けれどそれは決して嫌なものではなかった。

まどか「私もね、ほむらちゃんにいなくなってほしくない」

耳元で、囁くようなまどかの声が聞こえて、私は「うん」と目を閉じる。
早まる心臓の音が、さらに大きく聞こえる気がした。まどかの声がかき消えてしまうんじゃないかと思うほどに。

まどか「それだけは、わかってほしいな」

ほむら「えぇ……」

何度もまどかの亡骸を抱いた腕で、ちゃんと温かさが感じられる身体を抱き締めた。
さらに、心臓の音が大きくなった気がした。早すぎる鼓動は胸を痛くする。その痛みに勝るくらいの幸福感が、それでも私の中を支配しつつあった。

まどか「なんだか……ずっと、ぎゅっとしててほしいなあ」

小さな、小さなまどかの声。そうして、すぐに寝息が聞こえてきた。どうやら眠ってしまったらしい。
一層感じるまどかの重みが、とても愛おしかった。

―――――
 ―――――

まどかのお父さんが持って来てくれたお菓子を丁寧にお断りして、私はまどかの家を出た。
部屋を出る前にもう一度眺めてきたまどかの寝顔を思い出す。それから、いまだに私の身体を包んでいる、まどかの温もりを。

私はどうすればいいのか。私はどうしたらいいのか。私は、どうしたいのか。

その問い掛けの答えはもうとっくに出ていた。
私は、やっぱりあの子を守りたい。愛おしいまどかのことを。だから、私は――



日曜日は、駅前で待ち合わせすることに決めていた。

あのあと結局風邪がぶりかえした私はもう一日学校を休んでしまった。心配したまどかが電話をくれた。翌日は美樹さやかになぜかニヤニヤと絡まれた。昨日はひたすら緊張してうまく眠れなかった。
まどかに「ほむらちゃん、病み上がりなのに」と心配そうな顔をされたのに「絶対今週の日曜日にしましょう」と言った手前、途中で体調が悪くなるわけにはいかないのに。
まどかは本当に私と二人で遊んで楽しいと思ってくれるのかしら、なんて考え出したらキリがなかった。
目が覚めたのも早い時間で、きっちりと用意を済ましてもなお待ち合わせの時間より大分早くて、それでも私は落ち着きなく家を出た。

休日だからだろうか、普段たまに訪れるときよりもずっと人通りが多くて少し酔いそうになる。
どうやって時間を潰そうかと考えていると、思っていたよりもずっと早くまどかの姿が見えた。

まどか「あっ、ほむらちゃん!」

私を見つけて手を振るまどかはいつもよりなんだかとてもかわいらしく見えて、それはその服装のせいだと気付いた。
ベージュのフレアスカートに薄いピンクの五分袖のサマーニットを合わせており、少し開いた胸元からは白いキャミソールのフリルが覗いている。足許もそれに合わせたようなサンダルを履いていた。
私はといえば、白のワンピースに、淡い紫色のカーディガンを羽織っているだけで、少し地味な気がした。履きなれないパンプスにおさまるレースタイツに包まれた足が少し痛かった。

まどか「ほむらちゃん、ごめんね。待たせちゃったかな?」

おはよう、と言う前にまずそう言うまどかが、なんともまどからしいと思う。
私は小さく首を振ると、「私も今来たところだから」と言葉を返す。こんなやり取りだけでもなんだかこそばゆい。まどかも同じだったみたいで、照れたように「そっか」と笑った。

それから私たちは、二人で色々なお店を見てまわった。
ショーウインドに並んだ大人びた服や、雑貨屋さんのかわいい柄のメモ帳や、ゲームセンターの景品のぬいぐるみや。
どれもただ冷やかすだけだったけれど、とても楽しかった。

ファストフードのお昼を終え、また少しお店をまわったあと、私たちは駅の近くの噴水が見えるベンチに腰掛けた。思っていたよりも距離を歩いていたみたいで、足がくたびれている。

まどか「楽しかったなあ」

ほむら「……えぇ」

そっとまどかの横顔をうかがうと、まどかは言葉のとおり、とても楽しそうな笑顔を浮かべていて、「楽しい」と感じていたのが私だけじゃなかったのだと安心する。ベンチに座ったままそっと伸ばした足のつま先が痛むのが気にならないくらいに。
いつのまにか空はもう夕焼け色をしていて、そろそろ帰らなくちゃいけないということを意識させる。
「また来週、遊びたいね」と無邪気に笑ってくれるまどか。
私は、そんなまどかに伝えなくてはいけないことがあった。

高鳴る音を無視して、私は「まどか」と名前を呼んだ。
まどかが私を見たのがわかったけれど、私はまどかのほうを見ることができなかった。

まどか「どうしたの?」

ほむら「知るか」

ほむら「もうすぐ、見滝原にとっても悪い魔女がやってくるわ」

なんの脈絡もなく話し始めたような私に、まどかが戸惑っているのがよくわかった。
私はちゃんと伝わらなくていい、伝わらないで、そう思いながらまどかに告げる。

ほむら「だから、来週は遊べないかも知れないの」

今日見たまどかの笑顔が、今日聞いたまどかの声が、今日感じた、まどかとの時間が。
私の中に静かに降り積もっていく。そうしてそれと同時に、密かで確かな決意も。

まどか「……そっか」

残念そうなまどかの声。
私は自分の中で生まれる気持ち全部を振り払い、立ち上がった。

ほむら「――そろそろ、帰りましょうか」

また、つま先がズキリと痛んだ。

別れ際に「好き」という言葉がこぼれ出た。
案外簡単に出せるものなんだと驚きながら、私はまどかに手を振った。まどかの表情はよく見えなかった。それで良かった。

ひとまず以上
夕方くらいにはラストまで投下できると思います

ほむら「もうすぐ、見滝原にとっても悪い

なんの脈絡もなく話し私に、まどかが戸惑っているのが
私はちゃんと伝いい、伝わらないまどかに告げる。

ほむら「だから、来週は遊べない

今日見たまどかのたまどかの声が、今日感の時間が。
私の中に静かに降そうしてそれと同時に、密かで確

まどか「

残念。
私は自分のれる気持ち全部を振り払い、立ちた。

ほむら「――そろそろ、帰りましょ

別れ際に「好き」といた。
案外簡単に出せるものなんだと驚き。まどかの表情はよく見えなかった。それで良



それからの数日間は偶然にも休日が重なって、「とっても悪い魔女」――ワルプルギスの夜を倒すための準備だけに時間を費やすことができた。
インキュベーターが「君一人でワルプルギスの夜に立ち向かうのは無茶だ!」というのを無視して、巴マミと接触してワルプルギスの夜が来る日は別の街へ行ってもらうことに成功した。
無茶だというのは、自分でもよくわかっていた。それでも美樹さやかが魔法少女ではなく、佐倉杏子がまだ風見野にいる今、ワルプルギスが過ぎた見滝原を守れる魔法少女がいなくなってしまうことは避けたかった。
まどかから何度か電話がかかってきたが、出ることはしなかった。

何度だってまどかと話した。
何度だってまどかに触れた。
そのたびに私はまどかを失った。私のほんとの想いも告げられずに。

そうして私は。

またこうして巡って、何度だって巡って、また、まどかに向き合った。
まどかに告げた、「好き」という言葉の意味がどうとられたのかはわからない。もしかすると届いていないかもしれない。それでもまどかにずっと告げられなかった言葉を、たった二文字の想いを、聞いてもらえただけで私は。

もう何も、思い残すことなんてなかった。

――今度こそ。

私は誓う。
今度こそ、まどかを守ると。そのためなら、たとえこの身がどうなったとしてもかまわない。




アハッ、アハハハハハハハッ!
アハハハハハハハハハハハハッ!


何度聞いても気分が悪くなる声が、暗く染まった空にこだましていた。
降り頻る雨に、吹き荒れる風。気が付けば整然とどこかへ行進していくような使い魔たちに足をとられ、私の身体は傾く。

手の甲のソウルジェムは、暗く黒い色に変わりつつあった。
その色は、額から流れ出る血を拭ったからだけではないことは理解していた。グリーフシードも、もうない。限界が近付いてきていた。

このままじゃまた、まどかを守れない……!
せめて、せめてワルプルギスの夜がこの街を破壊し尽くす前に決着を。

最後に残った、なけなしの力を振り絞って私は立ち上がる。それと同時に、しっかりと地面を踏む足音が聞こえた。
振り返る。
ここまで必死で来たのであろう荒い息をするまどかが、そこにいた。

ほむら「まどか――」

まどか「……ほむらちゃん、私」

ほむら「まどか、だめっ!」

弾かれたようにまどかに走り寄ると、私はまどかを抱きすくめる。
どうして、という思いが頭を駆け巡ってゆく。

まどかは「そのまま」と言った。

ほむら「え?」

まどか「そのまま、ぎゅっとしててね?」

滲んでゆく視界の端に、真っ白い足が見える。
その間にも雨は私たちの間を邪魔するみたいに降り注いできて、私は耐え切れずに目を閉じる。まどかを抱く力だけを、強くして。

まどか「ほむらちゃん。私ね、たくさん考えたの」

まどかの手が私の背にまわされた。
背中に感じるまどかの手の温もりは、とても優しかった。

まどか「魔法少女は、あんな怖いのと戦う代わりに、なんでもひとつ、願い事を叶えてもらえるんでしょ?」

私は、答えない。歯を食いしばる。そうしなければ、今にも崩れ落ちてしまいそうだった。

まどか「ほむらちゃんは私のこと守りたいって、言ってくれたよね」

静かに、静かにまどかは言う。

まどか「私のこと、好きって」

そのときだけ、まどかがぎゅっと、力を強くしたのがわかった。
あの日――二人で出掛ける最後の日だと、決めていた日。こぼれ出た言葉。
まどかに、ちゃんと届いていたのだと、私はそのとき初めて確信した。

私は答えた。必死だった。

ほむら「好き!まどかのことが大好きなの!だからまどか、お願い」


まどか「ありがとう。その言葉だけですごく勇気がわいてくるの――わたしも、ほむらちゃんのこと大好き」

一瞬ゆるんだ力が、また強くなった。
まどかが私を大好きだと言った。それは嬉しいはずなのに、とてもとても嬉しいはずなのに。

まどか「だから、ごめんね」

今は、とてつもなく悲しかった。聞きたくなんて、なかった。










――「鹿目まどか、君の願いを教えてごらん。君はどんな祈りで、ソウルジェムを輝かせるのかい?」












キュゥべえ「まさか、彼女の祈りがそこまで強いものだったなんて思いもしなかったよ」

白い獣はいつものように淡々とした口調でそう言って、きらきらと雨上がりの光る世界を見つめていた。
しかしそこにはなにも映ってなんかいないことを、私は知っていた。

キュゥべえ「魔法少女になったばかりのまどかがワルプルギスの夜を一撃で仕留めてしまうなんてね」

ほむら「……まどかは、どうして」

キュゥべえ「どんな魔法少女であれ、最強の魔女を倒してしまうほどの力を使ってしまったんだ。それと同等の呪いを溜め込むしかないじゃないか」

私はそっと、倒れこんだまどかの手を握った。
まどかのソウルジェムは今にも割れてしまうに黒ずんでいて、まどかの意識がないことだけは幸いだと思った。
そうして気付く。私の手の甲のそれは色を取り戻していることに。そのとき、私は初めて泣いた。

『私もね、ほむらちゃんにいなくなってほしくない』

まどかに言われた言葉を思い出す。
それは願いを捧げたまどかの凛とした声に重なった。

私はまどかのソウルジェムを手にとる。
黒々とした色に変わったそれはけれど、雲の切れ間から覗き始めた日の光に照らされればやっぱり綺麗だと思った。
そんなまどかのソウルジェムに、私はそっと口付けた。ピシリ、と音がした。



私は繰り返す。何度だって繰り返す。そうしてまた性懲りもなく、まどかに恋をするだろう。

時間を遡るたびに、まどかの中の私の記憶は、そもそも記憶ではなくなってしまう。
忘れて、しまう。
私の存在は、真っ白になってしまう、けれど。

私の中では、決してなくならないものだから。

――ほむらちゃんが、いなくなったりしませんように。

まどかの願いがずっと生き続けている限り、私は決して立ち止まれない。立ち止まらない。
新たな決意を胸にして、私は何度も踏み出した新しい世界へと立ち向かってゆく。

終わり

以上になります
叛逆を見てからずっとほむらやまどかのことを考えていて何か書きたくなった
ただの甘いイチャイチャものでも良いなと思いながらも、結局はこういう形になりました
本編以前にまどかのこんな願いがあったのなら少しは(自身が)救われるのになと思った(実際はほむらにとっては呪いに等しいかもしれない)

長々と付き合っていただきありがとうございました
HTML化依頼は夜にでも出してきます
それではまた

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