QB「ぼくと契約して、格闘少女になってよッッッ」(172)

転校生が教室に足を踏み入れた瞬間、異変は起こった。

「なんか体が震えるんだよな」「オレもオレも」「え~お前もかッ」

「わたしもよ」「寒いとかじゃないんだよな」「なんでェ~?」

早乙女「~~~~~ッッッ」ブルブル
   (そういえば、私もさっきから震えが止まらないのよね)

ほむら「………」

早乙女「えぇと、体が震える人は手を上げてちょうだい」ブルブル

ザワザワ…

早乙女「全員のようね……」ブルブル

仁美「……い、いえ、ご無事な方が二人いらっしゃいますわ」ブルブル

まどか「み、みんな、どうしちゃったの……?」

さやか「まさか集団でカゼ? だとしたら、あたしらだけバカってこと?」

ほむら(あの二人……なかなかできそうね)

放課後、一緒に帰宅するまどかとさやか。

まどか「結局なんだったんだろう、アレ」

さやか「さぁねえ。それよりあの転校生の方がヤバイって……。
    体育の時間、懸垂で鉄棒壊したり、砂場を飛び越えたりしてたし」

バキッ ドッ ドキャッ

さやか「──なんの音だろ?」

まどか「行ってみよう、さやかちゃん!」

さやか「あっ、ちょっと……まどか!」

この日、二人は人生で初めて目撃することになる。

少女と小動物の果たし合い……ッッッ

ほむら「はぁ、はぁ。相変わらずの強さね、キュゥべえ」

QB「ぜぇ、ぜぇ。君こそ、ずいぶん腕を上げたじゃないか」

激しい肉弾戦を繰り広げる両者。

ガキッ! ドゴッ! ザキッ! ベシィッ!

まどか「ど、どうしよう。あれ、転校生のほむらちゃんだよね……?」

さやか「よくワカらないけど、動物をイジメてるんなら止めないと!」ダッ

まどか「あっ、さやかちゃん!」

ほむら&QB「?」

さやか「ちょっと、転校生! 動物を──」

ベチィッ!!!

殺し合いをする猛獣同士ですらが
戦いの途中邪魔が入るなり協力し合い排除するという──
美樹さやかがハネられたのはあまりにも必然だった。

ほむらとQBから同時にビンタをもらい、さやかは軽く10メートルは吹き飛んだ。

まどか「さやかちゃんッッッ」

さやか「ピクピク」

まどか「さやかちゃん! 起きてよ、ねぇっ!」

QB「素人が格闘士の闘争に割って入るなんて……君たちはどうかしてるよッッッ」

ほむら「そうね。今のは美樹さやかに非があるわ」

まどか「ひどい……こんなのってないよ……ッッ」

ほむら「でも彼女は運がよかったわ。巴マミがこの戦いの立会人だったから……」

まどか「え……?」

ザッ ザッ ザッ

マミ「人間が一基壊れたようね……。私に診させてもらえるかしら?」

まどか(肥満──!? 否、デブじゃない! よく絞り込まれた、とてつもなく巨大な)

まどか(筋肉!!!)

黄色い衣装をまとった、新たな少女が出現(あらわ)れた。

マミ「私は巴マミ。暁美さんと同じく、格闘少女よ」

まどか「スゴイ、皮膚の上から直接心臓をマッサージしてる……ッッ」
ほむら「巴マミ、さすがね」

マミは心停止していたさやかを、瞬く間に蘇生させた。

さやか「──ガハッ!」ゲホゲホッ

マミ「呼吸ができるまで快復させたわ。彼女の生命力なら、もう大丈夫だわ」

まどか「よ、よかった……さやかちゃん……」

QB「さてと、アクシデントも片付いたコトだし、続行(つづ)けるかい?」

ほむら「……やめておくわ」

ほむら「あ、あとあなたたち。一つ忠告しておくわ」

ほむら「命が惜しかったら、キュゥべえの誘いに耳を貸さないことね」

マミ「じゃあ、私も帰るわね。蘇生に費やした分のカロリーを、ケーキで補わないと」

まどか「………」ポカーン
さやか「………」ゲホッ

QB「ホウ……君たち二名もどうやら素質がありそうだ。鹿目まどか、美樹さやか。
   さっそく君たちの豊潤な才気を見込んで、お願いがあるンだけど……」

まどか「?」
さやか「?」

QB「ぼくと契約して、格闘少女になってよッッッ」

さやか「……なにそれ」

QB「読んで字のごとく、格闘する少女になってくれってことだよ。
   君たちなら、努力次第で地上最強の少女にだってなれるッッッ」

さやか「それになると、なにかあたしらにメリットがあるの?
    例えば、見返りに願いごとを一つ叶えてくれるとか……」

QB「ないよ。金品、賞の類の授与は一切認められてないから」

さやか「……バカバカしい。まどか、あたし帰るね。さっき殴られたところが痛いし」スタスタ

まどか「あ、さやかちゃん……」

QB「まどか、君はどうする?」

まどか「……魔法少女なら、よかったんだけどな」

QB「魔法少女?」

まどか「うん。痛みや疲れを知らない体になって、悪い魔女や怪物をやっつけて、
    みんなの役に立てればいいなぁ~なんて」

QB「~~~~~ッッッ」ピクッ ピクッ

QB「鍛錬や苦痛を経ずして、超人的な強さと名声を得る……? なんという怠惰!
   わけがわからないよッッッ 君は格闘技を嘗めたッッッ」

まどか「ビクッ」

QB「君には失望させられた。どうやらぼくの目が曇っていたようだ。失礼するよ」スッ

まどか「待って」

QB「………?」

まどか「今のハナシ、逆にいえば鍛錬や苦痛を経れば、魔法みたいな力を得られる……
    ってことだよね?」

QB「ン~……まァそうなるかな。
   達人なら、素手で猛獣を屠り、木材を断ち切り、山にトンネルを掘ることも可能だよ」

まどか「だったら……。私、格闘少女になる」

QB「ホントにいいのかい? 目玉や耳、手足や命を失うことだってあるんだよ。
   あまり生半可な覚悟で契約されても──」

まどか「大丈夫。私、素手で魔法少女になってみせるッッッ」グニャ~

QBの目には、まどかの周囲の空間が闘気で歪んで映った。

QB「~~~~~ッッッ」
  (覚悟を決めた途端に、なんという闘気! まるで猛獣並だよ!
   かつて暁美ほむら、巴マミ、佐倉杏子と契約した時も、これほどの緊張はなかった!)

QB「君ならあるいは……なれるかもしれないね。素手の力で魔法少女に」

まどか「──で、私はどうすればいいの?」

QB「この瞬間、君は最大トーナメントの出場資格を得た」

まどか「最大トーナメント?」

QB「一ヶ月後、見滝原中学校で行われる地上最強を決めるトーナメント大会だよ」

まどか「どんな人が参加するの?」

QB「まずは君をはじめとした格闘少女。さっきの二人も出場(で)るよ」

まどか(ほむらちゃんと、マミさん、だっけ……。二人とも強そうだったな……)

QB「そしてもう一つの勢力が──魔女」

まどか「魔女?」

QB「裏社会や暗黒街といったアンダーグラウンドな領域で活躍する格闘者だ。
   彼女らの闘いはルール無用! 心も体も歪みに歪んでるし、なにより強い!」

QB「つまりこの大会は──白格闘技と黒格闘技の全面戦争ということなんだよッッッ」

まどか「ムリヤリすぎるよ、それ……」

QB「イ~ヤ、自然だッッッ」

まどか「最後にもう一つ。あなたの目的はなんなの?」

QB「……聞かれたからには答えるしかないね。
   ぼくの本来の仕事は、宇宙存続のためのエネルギー回収なんだ」

まどか「E~~~ッッ ずいぶんスケールが大きいハナシになったね」

QB「第二次性徴期の少女たちが闘争の際に発する闘気(エネルギー)……。
   これが特に効率がよくて、少女たちを格闘技の道に進ませていたンだけど──」

QB「彼女らの血沸き肉おどる闘いを見ているうち、仕事がバカバカしくなってきてね。
   これからの時代は、エントロピーよりエンドルフィンなんだよッッッ」

まどか「~~~~~ッッッ」

QB「今となっては、もっぱら観戦がしたくて勧誘をしているようなものだよ。
   ぼくも触発されて、肉体を鍛え上げ──」ザクッ

まどか(アスファルトを、まるでゼリーのようにすくい上げたッッッ)

QB「これくらいのことはできるようになったしね」

まどか「じゃあ、さっきほむらちゃんと戦ってたのは──」

QB「最初は彼女らにトーナメントの日程を知らせるだけのハズだったんだけどね。
   ついついお互いに闘争本能を抑え切れなくなり、ヤりたくなっちゃったんだ」

まどか「で、ヤッちゃったと……」

鍛錬は明日から、ということでまどかはまっすぐ帰宅した。

QB「今回のトーナメント、これまで以上に面白くなりそうだね……」テクテク

杏子「よう、キュゥべえ」

QB「久しぶりだね、杏子。ちょうどよかった、トーナメントは一ヶ月後に開催だよ」

杏子「優勝はアタシに決定(きま)ってるよ。100パーセント、な」

QB「さすがは前回優勝者、大した自信だね。でも今回はそう甘くないよ」

杏子「暁美ほむらに巴マミ、かい? 多少腕を上げたとしても、アタシの敵じゃないよ」

QB「いや、それだけじゃない。魔女勢からワルプルギスの夜が参加を表明している」

杏子「ワルプルギスの夜……ッッッ」

QB「前回の大会──もし彼女が出場(でて)いたら、君の優勝はなかったかもしれない」

杏子「……ちっ」

QB「そしてついさっき、ぼくはとてつもない素質を秘めた少女と契約した……」

QB「君に理想の格闘少女像ってヤツを教えてあげるよ」

QB「まず、身長150cm以下! 髪はピンクのツインテール!
   性格はうっすら子供っぽさを残し友達思い! ──となれば」
  (鹿目まどかしかいない……ッッッ)

杏子(それ、単なる個人的な好みじゃねぇのか……?)

杏子「ま、どんなヤツが相手だろうと、アタシは勝つよ」

QB「期待してるよ、杏子」

杏子「……ところで、キュゥべえ。せっかくの再会だ。チョットだけ手合わせしない?」ザッ

QB「──まいったな。ぼくの喧嘩好きを知ってて誘ってるのかい?
   断れるワケないじゃないかッッッ」ギンッ

ズギャアッ!

この後、両者は一時間以上戦ったという──

翌日、学校にて──

さやか「えぇ~~~!? あんた、格闘少女になっちゃったの!?」
   (先に帰るべきじゃなかったかなぁ……残って止めるべきだった)

まどか「ウェヒヒッッッ」

仁美「どうかなさったの?」

さやか「聞いて驚かないでよ、まどかが格闘少女ってのになっちゃってさ……。
    しかも一ヶ月後には大会に出るんだって。いくらなんでも──」

仁美「まぁステキ!」

さやか「へ?」

仁美「私もお稽古で、護身術の類を多少たしなんでおりますけれど、
   武道は心身を鍛えるとっても崇高な行いですのよ」

さやか「………(多分そういうのじゃない気がするけど)」

仁美「まどかさん、今度私と武道について語り合いましょう!」

まどか「うん、いいよ」

ザウッ

ほむら「──今のハナシ、聞いたわ。あなたも出るのね、最大トーナメントに。
    ということは、私が出ることも知っているわね?」

まどか「う、うん……」

ほむら「もし、あなたと当たったなら、手加減はしないわ。格闘少女として」

さやか「ちょっとあんた! まどかは初心者なんだから──」

ほむら「伝えたかったのは、それだけよ」ザッ

さやか(無視かい!)

仁美「なんだか、すごいことになってきましたわね」

さやか「なんなの、アイツ。ムカつくなぁ」

まどか「………」ブルッ

さやか「まどか……? 震えてるじゃん! やっぱり大会なんか出ない方が──」

まどか(恐怖!?)(否!)(これは……この震えは)(武者震いッッッ)ブルブル

放課後、まっすぐ家に帰ったまどかをキュゥべえが待っていた。

QB「さっそく開始(はじ)めようか」

まどか「よろしく、キュゥべえ! ところで全身傷だらけだけど大丈夫?」

QB(杏子……まさか、あそこまで強くなっていたとはね)
  「大丈夫だよ、このくらい。それより一ヶ月間のスケジュールをざっと説明しよう」

QB「まず最初の一週間は、ひたすら基礎トレーニングに励んでもらう。
   次の一週間はエンドルフィン分泌の習得、その次は死に際の集中力の習得。
   そして最後の一週間は、ぼくとの実戦スパーリングを行う」

まどか「うん、分かった」

QB「家にいる時は、このメモに書いてある通りにトレーニングに励んでくれ。
   一週間後、また来るから」ピラッ

まどか「学校では?」

QB「この握力グリップを使うといい。こうして握ったり放したりを繰り返すんだ」ギチッ ギチッ

QBと出会ってからの一週間──鹿目まどかは体を鍛え──否、苛め続けた。

まどか「まずは腕立て伏せから……1、2、3……」グッ グッ



さやか「まどか、それなに?」

まどか「これを握って放してを繰り返すと、握力がつくんだよ」ギチッ ギチッ

仁美「まぁすごい!」

さやか「へ、へぇ~……」



詢子「まどか……。ここ数日、急に体を鍛え出したけど、なんかあったのか?」

まどか「ウェヒヒッッッ チョットね」

詢子「体鍛えるのもいいけどさ、ムチャだけはするんじゃないよ。
   過ぎたるは及ばざるが如し、っていうからな」

まどか「うん。ありがとう、ママ」

一週間後、再びキュゥべえが家にやってきた。

QB「うん、だいぶ鍛え込んだようだね。体が引き締まってるよ」

まどか「そ、そうかな……?」

QB「次は脳内麻薬(エンドルフィン)の分泌を習得しよう」

まどか「エンドルフィンって?」

QB「人が運動をし続けると、脳は苦痛を知らせる信号を送る。
   これ以上運動するのは危険だってね。でもそれを無視してさらに運動すると──」

QB「脳はエンドルフィンを分泌し、苦痛を取っ払ってしまうんだ」

まどか「へぇ~」

QB「こうなった武芸者は強い! 死ぬまで動き続けることができる!
   一流と呼ばれる競技者は、みんなこの体験をしているんだよ」

QB「でも最大トーナメントを勝ち抜くなら、
   エンドルフィン分泌を自在に操作できるくらいでないとハナシにならない」

QB「まどか。今日から君は今までの鍛錬の他に、好きなことをやり続けてくれ。
   飽きてきても、体が痛くなっても、ひたすら続けること。いいね」

まどか(私の好きなこと、か……。なんだろ?)

まどか(そうだ、魔法少女になった自分を描いてみよう!)

まどかは魔法少女となった自分を空想し、それをノートに描き始めた。

ガリガリガリガリガリガリ

アイディアが枯渇しても、指が悲鳴を上げても、狂ったように描き続けた。

ガリガリガリガリガリガリ

空想が詰まったノートは、一冊、二冊、と増えてゆき──
あっという間にまどかの部屋には、ノートの山ができあがった。

ガリガリガリガリガリガリ

まどか(自由の女神を魔法で破壊する……と。ティヒヒッッッ)

ブワァァァァ……ッ!

空想ノートが千冊に達した頃、脳内が快楽に満ちた。

まどか「こ……ッ これだね……ッッ 脳内麻薬ッッッ」

ついにまどかは、エンドルフィン分泌をマスターした。

まどかが順調に強くなる一方で、親友のさやかはある悩みを抱えていた。

幼馴染の上条恭介に拒絶されてしまったのだ。

上条「ぼくの手は、奇跡か魔法でも起きなきゃ動かないんだッッッ
   もう放っておいてくれッッッ」



さやか(あたしの力じゃ、恭介に何もしてあげられない……!)

さやか(でもせめて──)

さやか(奇跡や魔法のような出来事が恭介の目の前で起こったなら──
    少しは励ましになるかもしれない)

さやか(例えば……あたしがとんでもない敵に勝つとか──)

突拍子もない思案ではあったが、さやかはキュゥべえのことを思い返していた。

QB「いいよ」

さやか「ありがとうッッッ」

QB「でもさやか、君を最大トーナメントに出場させることはできない」

さやか「えっ、なんで!?」

QB「すでに選手枠は埋まっているし、君があと二週間必死で鍛えたとしても、
   他の出場選手の誰とやっても5秒と持たないよ」

QB「別に君の身を案じているワケじゃない。つまらない闘いは見たくないからね」

さやか「分かった、それでもいいよ……。強くなった姿を見せられれば、
    少しは恭介を元気づけることができるかもしれないし」

QB「じゃあ、トレーニングを始めようか。まずは10kgのダンベルから」スッ

こうして美樹さやかも格闘少女になった。

トレーニング三週間目、まどかとQBはとあるビルの屋上にいた。

QB「死に際の集中力というのは、いわば走馬灯の日常化だ。
   時間が凝縮され、周囲がゆっくりに流れるあの感覚を身につけるんだ」

QB「だから、君にはここから飛び降りてもらう。
   もちろん、下でぼくが受け止めるから安心してくれていい」

まどか「いらないよ」スッ

QB「え?」

まどかは散歩に出かけるような気軽さで、ビルから飛び降りた。

QB「~~~~~ッッッ(地上50m……無理だ、助からない)」

まどか(高速で落下してるハズなのに、ビルの窓の汚れまでくっきり見える。
    これが走馬灯ってやつなのかな……でも!)

ザウッ! ゴロゴロ… スチャッ!

まどかは着地する瞬間、膝を曲げ、腰を折り、背中を丸め、
絶妙なタイミングで転げることで、着地の衝撃を五等分させた。

QB「あれは……五接地転回法ッッッ いつの間に会得していたんだ!?」

まどか「ね、大丈夫だったでしょ」
QB「君の進歩には驚かされたよ。まさしく魔法でも見た気分だ」

まどかの部屋に山積みになっているノートは
エンドルフィン操作以上の成果をまどかにもたらせていた。

魔法少女となった自分をリアルに想像し──

空想し、夢想し、妄想し──これら“思い込み”はまどかの心身に絶大な効力を与えていた。


魔法少女のように悪者と戦い抜く強靭さ(タフネス)!

魔法少女のように多種多様の魔法を使いこなす技量(テクニック)!

魔法少女のようにいかなる困難にもめげない精神(スピリット)!


天才の劇的な進化を目の当たりにし、さすがのQBも生唾を飲み込んだ。

QB(素手での魔法少女、まどかなら本当に実現させるかもしれないッッッ)

まどかとQBは、まったく人気のない道路に場所を移した。

QB「じゃあ一週間早いけど、ぼくとのスパーリングを始めよう」

まどか「本気でやっていいの?」

QB「当たり前だよ。親の仇のつもりで来てくれなきゃ」

まどか「スゥ~……ハァ~……。じゃあ行くよ、キュゥべえッッッ」ダッ

シュバッ!

まどかは小さなQBめがけ、鋭いローキックを放つ。

──が。

QB「急不意(きゅっぷい)ッッッ」ダンッ

気合の声とともに駆け出すと、QBは耳でまどかの軸足を刈り取った。

まどか「しまっ──」ガクッ

QBはよろけたまどかの頭に乗ると、全体重をかけてまどかの後頭部を地面に叩きつけた。

ドグァッ!

常人ならば、頭を粉砕されたであろう一撃だった。

まどか「ピクピク」

QB「受け身すら取れてないじゃないか。情けない」

QB「……やれやれ。君はエンドルフィン分泌や死に際の集中力を身につけたくらいで、
   強くなったつもりでいたのかい?
   ぼくみたいな小動物に敗けるハズがないと、タカをくくってたのかい?」

QB「ぼくだって、君たちみたいに少女だったら最大トーナメントに出たかったよ。
   優勝する自信だってある」

まどか「うぅ……」ヨロ…

QB「まどか、早く立つんだ。
   今日は100回くらいコンクリートに叩きつけるつもりでいるから、覚悟するんだね」

スパーリングは続いた。

ドギャッ! グシャッ! メキィッ!

QB「今日はこのくらいにしておこう。じゃあまた明日」テクテク

まどか(全然歯が立たなかった……ッッッ)グスッ

最大トーナメントの日が近づくにつれ、学校でも異様な光景が見られるようになった。

生徒A「暁美さん、イスは……?」

ほむら「ゴメンなさい、いらないわ」

生徒A(数時間もの空気イス……しかも一ミリも微動だにしちゃいないッッッ)


まどか(今日こそキュゥべえに一矢報いないと──)ギチッ ギチッ

バキャッ!

まどか「あーあ、またグリップ壊しちゃった……」

生徒B(あれ、100kg以上耐えるグリップだろ……。どうやったら壊れンだよ……)


仁美(いったいどうなさったのかしら、皆さん……。
   さやかさんに至っては、この頃ずっと学校を休んでらっしゃるし……)

むろん、努力しているのは彼女たちだけではない。

操縦士「ホントにやるんですか!?」

マミ「ええ」

操縦士「体がちぎれても、責任は持てませんよ……ッッ」

マミ「ステキな言葉だわ」

巴マミは体を地面に固定し、軍用ヘリコプターとの綱引きを決行。



熊「グオオオオッ!」

ドガッ!

熊「ピクピク」

杏子「ふぅ、72時間ぶりの水分とタンパク質だ……」ガツガツ ピチャピチャ

佐倉杏子は北海道で厳しい山ごもりをしていた。


──そして当日!!!

最大トーナメント当日──
会場となる見滝原中学校の校庭には、大勢の観客が集まっていた。

ザワザワ…

ガヤガヤ…

ワイワイ…


QB「地上最強の少女を見たいか~~~~~ッッッ」


「オオオオオ~~~~~ッッッ」


QB「ぼくもだ、ぼくもだよ! みんな!」


『全選手入場!!』

『影は祈っていた! 更なる研鑚を積み黒色の苦痛が甦った!
 影の魔女! エルザマリアだァ――――!!』

『素手の殴り合いなら私の妄想(リアルシャドー)がものをいう!!
 素手の魔法少女 鹿目まどか!!』

『ティロ・フィナーレ(なんでもあり)ならこいつが怖い!
 見滝原のロンリー・ファイター 巴マミ!!』

『優勝はオレのもの 邪魔するやつは思いきり噛み思いきり喰らうだけ!!
 ピット(ケンカ)ファイター シャルロッテ!』

『デカァァァァァいッッッ 説明不要!! ワルプルギスの夜だ!!』

『今の自分に眼鏡はないッッ タイム・ファイター暁美ほむら!!』

『精神攻撃は実戦で使えてナンボのモン!! 超実戦引きこもり!
 自殺大国日本からエリーの登場だ!!』

『若き王者が帰ってきた!!
 どこで食っていたンだッ チャンピオンッッ
 俺たちは君を待っていたッッッ 佐倉杏子の登場だ~~~~~ッッッ!!』

『以上、8名の少女が本日地上最強を競う格闘士(グラップラー)ですッッッ』


          ┌─  ワルプルギスの夜(カポエイラ)
      ┌─┤
      │  └─  鹿目まどか(魔法少女)
  ┌─┤
  │  │  ┌─  巴マミ(アンチェイン)
  │  └─┤
  │      └─  シャルロッテ(ピット・ファイティング)
─┤

  │      ┌─  エルザマリア(ムエタイ)
  │  ┌─┤
  │  │  └─  暁美ほむら(タイム・ファイティング)
  └─┤
      │  ┌─  エリー(空道)
      └─┤
          └─  佐倉杏子(トータル・ファイティング)

客席──

詢子「まさか、あのまどかがこんな大会に出場するなんて思わなかったよ」

知久「強そうな女の子ばかりだし(というか、明らかに人間じゃないのもいるし)
   ぼくはまどかが怪我をしないことを祈るよ」

タツヤ「エフッッッ エフッッッ エフッッッ」



仁美「あそこにいるのは上条君!? なんで実況をしてらっしゃるのかしら……」



上条『もうまもなく一回戦第一試合を開始いたしますッッッ
   もうしばらくお待ち下さいッッッ』

大会三日前、病室にて──

上条「うわっ、なんだ君は!?」

QB「君、手が動かなくてヒマなんだろう? ぼくと契約して、アナウンサーになってよ!」

上条「………」



上条(あの時、自暴自棄になったぼくは、さやかにひどいことをいってしまった……。
   せめてこうやって、アナウンサーとして再起している姿を見せたい。
   きっと客席のどこかにいるだろうから……)

上条『お待たせいたしましたッッッ ただいまより第一試合を開始いたしますッッッ
   青龍の方角! ワルプルギスの夜ッッッ』

ズンッ!

「でけェ~ッッッ」「つーか、学校より全然デカイじゃん」「敷地に入りきれてないわ」

「なんで逆立ちしてんの?」「カポエイラだからだろ」「カポエイラ逆立ちしねェよ」

上条『白虎の方角! 鹿目まどかッッッ
   なんと、白とピンクの可愛い衣装に身を包んでの登場だッッッ』

「小さいしカワイイ~」「頑張れッッッ」「いや絶対勝てないだろ」

「死ぬなよッッッ」「よっ、魔法少女!」「オイオイ、逃げた方がいいって!」

QB(まどか……。いくら君でも、ワルプルギスの夜には勝てないだろう。
   いきなり当たるなんてクジ運が悪すぎるよ)

マミ「この戦い、私が紅茶を飲み干す前に決まってしまいそうね」ゴクゴク

杏子「キュゥべえ、あいつがお前のいってた理想の格闘少女ってやつだろ?
   とはいえデビュー戦の相手がアレじゃなぁ……」

QB「うん、いくらまどかに才能があるといっても、荷が重すぎる相手だ。
   すぐ終わってしまうだろう」

ほむら「そうね。この勝負、すぐ終わるわ」

ほむら「勝つのは──」

ほむら「まどかよ」

マミ&杏子&QB「!?」

使い魔「武器の使用以外、全てを認めます!」

使い魔「開始(はじ)めいッッッ」

ワルプルギス「キャハハハハハハッッッ」

まどか「お手柔らかに」ペコッ

ワルプルギス「……子供の頃からずっといわれてたんだ。全力を出すなってな。
       今日生まれて初めて──全力を出すッッッ」

まどか(しゃべれるんだ……)

ズドンッッッ!!!

上条『ワルプルギス、巨体で鹿目まどかを押し潰したァ~~~~~ッッッ
   もはやカポエイラでもなんでもないが、早くも決着かァッッッ!?』

詢子「まどかッッッ」

知久「いや大丈夫だよ、ママ」

タツヤ「邪ッッッ 邪ッッッ 邪ッッッ」

鹿目まどかの実父である鹿目知久は、こう述懐している。

「えぇ……あの時、娘と対戦相手の大きい選手が向き合った瞬間──
 正直申しまして私、娘より相手の心配をしてしまいましてね」
 
「父親失格ですかね……ハハ」

「なので娘が潰されてしまった時も大丈夫だという予感があったんです」

「いや……予感よりも確かなものでしたね」

「ですから、直後に起こったことについても、さほど驚きはありませんでした」

上条『お~~~ッと! 生きていたッッッ
   鹿目まどか、なんとほとんどダメージを受けていないッッッ
   さすが魔法少女、いったいどんな魔法を使用(つか)ったのかッッッ』

まどか「攻撃がテレフォン(※)になってたから、急所を外しただけだよ」

※予備動作が大きく読みやすい攻撃のこと

上条『急所どころか全身を潰されていたような気もいたしますが──
   とにかく無事なようですッッッ』

ワルプルギス「~~~~~ッッッ」

まどか「じゃあ今度はこっちの番だね」

ギリッ…

上条『この大きく弓を引くような構えは──』

上条『アントニオ猪木も得意とした、ナックルアローだッッッ』

ズドンッ!

ワルプルギス「キャハハァ……ぶおぇっ!」ゲロッ

ドズゥゥ……ン

使い魔「しょっ……勝負ありッッッ」

上条『な、な、な、なんとォ~~~ワルプルギスの夜、一撃で轟沈ッッッ
   ナックルアローの一撃で沈んでしまいましたッッッ』

上条『我々は今、魔法を目撃しましたッッッ
   これが素手の魔法だッッ これが素手の魔法少女だッッッ』

まどか「やったぁ!」

ワルプルギス「なんか……キモチいいや……」ガクッ

マミ「いい勝ち方だわ。あの子、華を持ってるわね」
杏子「スッ……スゲェッッッ」ブルッ
QB「まどか、君の力がここまでだったとは……ッッ」

ほむら(すばらしい一撃だったわ……まどか)

上条『青龍の方角! 巴マミッッッ』
  『白虎の方角! シャルロッテッッッ』

上条『おお~~~っと、シャルロッテ、ヤシの実を持参しているぞ?』

シャルロッテ「ガブッ メリッ ムシャッ」

上条『なんと噛みつきでヤシの実を穴だらけにしてしまいましたッッッ
   これは対戦相手を穴だらけにする、というデモンストレーションか!?』

QB「あの固く複雑な繊維が密集したヤシの実を……ッッ」
まどか「……すごい咬合力だね」

マミ「抵抗しないヤシの実を穴だらけにする──いじめられっ子の発想ね」ザッ

使い魔「開始(はじ)めいッッッ」

シャルロッテ「クアアアッッッ」グワッ
マミ「!?」

ガブッ!

上条『マミったァ~~~~~~~~~~ッッッッッ
   巴マミ、首を噛まれたッッッ またしても短期決着かァッッッ』

仁美「あぁ……」クラッ ドサッ

使い魔「しょ、勝負あ──」
マミ「勝手に終わらせないでくれる?」

シャルロッテ「!?」

マミ「残念だけど、この程度の牙じゃ私の頸動脈まではとてもとても……」

シャルロッテ「~~~~~ッッッ」

マミ「あなたはつまらないわ。ティロ・フィナーレ!」

ドゴッ!!

使い魔「勝負ありッッッ」

上条『これはすごい! またしてもパンチ一発で決着ゥッッッ』

マミ「………」ギロッ

上条『しっ、失礼いたしましたァ! ティロ・フィナーレ一発で決着です!』

マミ「………」ニコッ

使い魔「うわ、すげェ。陥没してるよ……。おい、タンカ持ってこい!」

上条『一回戦第三試合、暁美ほむらVSエルザマリアッッッ
   しかしエルザマリア選手、試合場になかなか出てきませんッッッ』

ほむら「わざと遅れてじらす作戦かしら……姑息ね」

使い魔「あの~……ゴニョゴニョ」
QB「えぇっ! エルザマリアが控え室で背骨を砕かれて折りたたまれてた!?
   わけがわからないよッッッ」

ザッ!

???「あんたの相手はこのあたしよ!」

ほむら「あなたは……!」

上条『な、なんで君がこんなところに!?』

上条『失礼いたしました……! 朱雀の方角から美樹さやかが登場だッッッ』
  (君は客席にいるんじゃなかったのか!?)

さやか「キュゥべえ。この大会は地上最強を決める大会のハズだよね……。
    だったらついさっき控え室で正選手を倒した私に、出場権は移るんじゃない?」

QB「………」

控え室──

使い魔「しっかりしろッッッ 何があったンだッッッ」

エルザマリア「に、に……ん……ぎょ……」ガクッ

使い魔「タ、タンカだ! タンカを早くっ!」

再び試合場──

QB「君の要求、受け入れよう」

ワアアアアアアアッ!

上条『最大トーナメント最高責任者、キュゥべえ氏のOKが出ました!
   第三試合は、暁美ほむらVS美樹さやか、となりましたッッッ』
  (おいおいさやか、大丈夫なのか……?)

ほむら「美樹さやか……。あなたが格闘少女になっていたのは知っていた。
    ずいぶん強くなったようね。
    でも二週間やそこらの鍛錬で私に勝てると思っているなら、考えが甘すぎよ」

さやか「ふん、こっちにだってあんたを倒すための奥の手くらいあるよ。
    一ヶ月前にぶっ飛ばされた借りを今日こそ返す!」

使い魔「開始(はじ)めいッッッ」

さやか「ええいっ!」

ドガッ!

上条『オープニングヒットッッッ 美樹さやかの右ストレートが命中ゥ!』

ほむら「前の件があるからわざともらってあげたけど、やはりこんなものね。
    こんな突きじゃ、普通人なら倒せても、私は到底倒せないわよ」

さやか「相変わらずイヤミなヤツだね。だったら、これならどうッッッ」

ザシュッ!

ほむら「!」

上条『おおっと、鋭い手刀ッッ 暁美ほむらの頬が切れた!』

さやか「どう、あたしの斬撃拳の味は? 剣よりも鋭いんだから!」

ほむら「………」

さやか(これで、アイツは腰が引けるハズ! 一気に攻めるッッッ)ダッ

ドゴッ!

上条『カウンター気味のミドルキックが、さやかの脇腹に入ったァッッッ』

さやか「ぐぅ……ッ」ガクッ

ほむら「切れ味は鋭いけど、軌道が単純だわ。やはり、あなたはまだ鍛錬不足よ。
    今すぐ棄権しなさい」

QB「う~ん、さやかの上達ぶりは素晴らしいけど、さすがに修業を始めるのが
   遅すぎたね」

まどか「さやかちゃん……ほむらちゃん……!」

QB(しかし……さやかが魔女エルザマリアを倒したんだとしたら……
   彼女の実力はこんなものではないハズ……)

さやか「あ~あ、やっぱりこのままじゃ勝てないか」

ほむら「?」

さやか「あんた、興奮時に分泌される出血を止める物質がなにか知ってる?」

ほむら「アドレナリンでしょう。格闘少女の常識だわ」

さやか「あたしはね、あれの一歩先を造り出すのに成功したんだ……ッッ」

QB「ま、まさか……ッッ アレをこの短期間で会得したのか、美樹さやかッッッ」

さやか「フゥ~~……!」

上条『おおおおっと、美樹さやかの体がどんどん変化していくぞッッッ
   これはいったいなにが起こっているのでしょうか!?』

メキメキ…

ほむら「~~~~~ッッッ」

QB「これは──マジョレナリンッッッ」
まどか「マジョレナリン!?」

QB「ストレス時に分泌されるアドレナリンとノルアドレナリンを、
   体内である割合で合成することによってできる物質だよ」

QB「優れた格闘少女がこれを成し遂げたなら──ごくわずかな時間ではあるが、
   裏社会の格闘少女、魔女になることができる!!
   二週間足らずでよくぞここまで……奇跡と魔法を同時に見た気分だよ」ゴクリ
まどか「キュゥべえって、なんでも知ってるね」

上条『こ、これは……ッッッ 美樹さやか、騎士と人魚が合体したような姿に
   変形したァ~~~ッッッ これは強そうだ!』

オクタヴィア(さっきの魔女を倒した時にもこれになったから……あまり持たない。
       2分以内にケリをつけてやる!)

ほむら「そそられたわ……ッッ 美樹さやか!」

上条『死闘再開ィッッッ』

ガスッ! バキッ! ドギャアッ! メキッ! ドゴッ!

ほむら「──くぅっ!」

上条『先程までと打って変わって、暁美ほむら、防戦一方ッッッ
   変身した美樹さやか、圧倒的なパワーとリーチで攻め立てるッッッ』

オクタヴィア(さァ……時間を操る技ってのを見せてごらん!)

ほむら「どうやら戦力を隠して倒せる相手じゃないわね……」

この絶体絶命の局面で、ほむらが選択したのは──あろうことか全身の脱力!

筋肉を硬直させるのではなく、あえて弛緩させたのであるッッッ

ゆる~…… ゆる~…… 筋肉も、骨格も、内臓すらも、液体のように──

ほむら(今ッッッ)

ダンッ!

究極ともいえる脱力から、一気に最高速度へ加速ッッッ

この時のほむらの初速──なんと時速270キロ!

ズガァッ!!!

上条『!? え、え、え!? え、あっ!
   超高速タックルで、美樹さやかの体が校舎まで吹っ飛んだァ~~~~~ッッッ』

オクタヴィア「──ぐはァッ!」ブハッ
      (なんて速さ……ッッッ まるで時間でも止められてたようなッッッ)

シュウウウ…

さやか「ぐっ……!」
ほむら「はぁ、はぁ……。今の衝撃でマジョレナリンが再び分離したみたいね……。
    これでもう、あなたの勝ちはないわよ」

さやか「あんたって、ほんとバキ」

さやか「でも勝ち目がなくったって……奇跡も魔法もあるって証明するため──
    あたしは必ず優勝する!」

上条(ま、まさかさやかは──! ぼくのために!?)
  『美樹さやか、足元をふらつかせながらも攻め続けるッッッ』

さやか「たとえ、あんたでもこの技だけは使いたくなかった……ッッ」ヨロッ

よろめいたと見せかけ、さやかは右手をほむらの左目にくっつけ──

ほむら「!?」
さやか「シィッ!」ドスッ!

くっつけた右手に思いきり左拳を突いた。

上条『古流殺法、眼底砕きが炸裂ッッッ これは危険な技だ!』

ほむら「惜しかったわね」
さやか「!」

ゴッ!

上条『ほむら、返しのハイキックがクリーンヒットォッッッ 美樹さやか、ダウンッッッ』

ほむら「とっくの昔にメガネよ」

さやかの眼底砕きは、いつの間にか眼鏡をかけていたほむらの左レンズを割っただけだった。

さやか「(万策尽きた……でも)……まだ、やれる……」ズル…

ほむら「……なぜそれほどまでに執念を燃やしているのかは知らないけど、いいわ。
    それなら格闘少女として悔いのないよう、この手で殺してあげる」スッ

ドゴッ!

ほむら「!?」

上条『お~~~~っと、ここで乱入者が現れ、トドメの一撃から美樹さやかをかばった!
   この勇敢なる乱入者の正体は──』

上条『ぼくだったァ~~~ッッッ いてェ~~~~~ッッッ』
さやか&ほむら「………」

さやか「き、恭介……なんで……!」
上条「もういいんだ、さやか。奇跡も魔法もあるってこと、見せてもらったよ」ゲホッ

上条「さぁ、ぼくの手につかまって」スッ

さやか「……? 恭介、手が──!」
上条「あ」

わずかではあるが、上条の手が動くようになっていた。

パチパチパチパチ! ワアアアアアアッ!

仁美(ふふ。私の完敗ですわ、さやかさん)パチパチ

ほむら「上条恭介。飽き果てるまで喰らいつつも、“足りぬ”雄でありなさい」

上条「はっ、はいっ!」ゴフッ

ほむら「──祝福するわ、二人とも」ザッ

使い魔「勝負ありッッッ」

まどか「さやかちゃんも、ほむらちゃんも、かっこよかったぁ!
    ──でも、なんで上条君の手が動くようになったのかなぁ?」

QB「ぼくにもわけがわからないよ。ただ一つだけいえることは──」

QB「スゴイね、人体♪」

QB「……スゴイといえば、あそこにもスゴイのがいるけど」

ガツガツ モリモリ バリバリ

QB「バナナにおじやに、梅干し、炭酸抜きコーラ……。
   これから試合なのにそんなに食べて、大丈夫かい?」

杏子「食うかい?」モグモグ ムシャムシャ

QB「いや……いいよ」

杏子「あっそ」メリメリ ゴブゴブ

杏子「──さて、アタシの出番だね!」

上条『青龍の方角! 空道 エリーッッッ』
  『白虎の方角! ついに登場! 前大会チャンピオン 佐倉杏子だッッッ』

さやか「いや~まどかには、かっこ悪いとこ見せちゃったね」

まどか「そんなことないよ! スゴくいい試合だったよ!」

QB「あとは君も、ぼくと一緒に解説と応援を頑張るしかないね。あ、始まった」

エリー「質問をしよう」

エリー「この地球上で最も強力な毒ガスとはなにかワカるかね」

杏子「あ? 知らねーよ、んなもん」

上条『エリーが動いた! 無造作に佐倉杏子に近づいていきますッッッ』

ふぁさ…

上条『エリーの髪の毛が、杏子の顔にかぶさっ──』

ドシャアッ!

上条『!? ──佐倉杏子、いきなりのダウンッッッ』

エリー「答えは塩素、ワカったときにはもう遅い」

エリー「あらかじめ髪に二種類の洗剤を混ぜておいたのだ。卑怯とはいうまいね」

上条『こ、これは……ッッ 前チャンピオン、佐倉杏子一回戦で敗退かッッッ』

杏子(同じだ……)

杏子(釣ったトラフグを自分で調理して食った時と──)

杏子(だったらイケる!)ガバッ!

エリー(なぜ毒が効かない!? クソッ、もう一度!)ファサ…

杏子「アンタの技はタネがワカったら、もうオシマイなんだよッッッ」ヒョイッ

ガシッ! メキメキッ

上条『アームロックが決まったァッッッ それ以上いけないッッッ』

使い魔「勝負ありッッッ」

上条『これで一回戦は全て終了ッッッ なんとベスト4は全員が格闘少女です!』

QB「いつも格闘少女は魔女に押され気味なのに(前回も杏子以外は初戦敗退だったし)
   こんな大会は初めてだよ!」

ドラム缶一杯に入った紅茶を、軽々と飲み干すマミ。

QB(人間じゃない……ッッッ)

マミ「鹿目まどかさん、か。相手にとって不足ナシね」

QB「まさかワルプルギスの夜を一撃で倒すほどとは、ぼくも予想外だったよ」

マミ「でもね、キュゥべえ。いくら強いといっても、彼女はまだまだ初心者よ。
   そこを突けば──勝つことはそう難しくはないわ」

一方、さやかに話しかけるほむら。

ほむら「美樹さやか」

さやか「わ、びっくりした! なによ!」

ほむら「さっきの試合、なかなかだったわ。まさかマジョレナリンを操作できるとはね」

さやか「お世辞はいいって。あんたがまだ手の内全部出してないことくらいワカるし。
    ……で、用はそれだけじゃないでしょ?」

ほむら「次の試合……。鹿目まどかと巴マミ、どちらが勝つと思う?」

さやか「あたしにゃワカらんよ。もちろん、まどかを応援するけどさ」

ほむら「──おそらく、まどかは巴マミに敗けるわ」

さやか「え!?」

上条『ただいまより準決勝第一試合を開始いたしますッッッ』

上条『青龍の方角! 素手で魔法を生み出す少女、鹿目まどかッッッ
   一回戦、規格外の巨体を持つワルプルギスの夜を一撃で轟沈しましたッッッ』

上条『白虎の方角! 一人暮らしのアンチェイン(地上最自由)、巴マミッッッ
   こちらもシャルロッテをティロ・フィナーレ一発で倒しておりますッッッ』

使い魔「開始(はじ)めいッッッ」

上条『オオッッ 鹿目まどか、いきなりダッシュだッッッ』

マミ(若いわね……)

まどか(マミさんには悪いけど、一撃で終わらせるッッッ)ブオンッ!

ガッ!

上条『巴マミ、両手で円を描くような防御でパンチをサバいたッッッ
   これは……空手道に伝わる防御技“廻し受け”だッッッ』

まどか「円……ッ!?」
マミ「究極の防御、“円環の理”よ。 ──そしてこれが、ティロ・フィナーレ!」

ドギャッ!!

上条『凄まじいパンチ、じゃなくティロ・フィナーレで鹿目まどか撃沈ッッッ』

使い魔「──勝負ありッッッ」

マミ(派手にデビュー戦を飾ったあなたは、必ず私にも一撃狙いでくるとワカってたわ。
   だからそれさえサバいてしまえば、スキだらけになることもね……)

ムクッ

まどか「私……敗けちゃったのか……」
マミ「え……ッッ(ウソ……半日は起き上がれないハズ……)」

上条『おぉ~~~っと、鹿目まどか起き上がった! しかしもう勝負はついています!』

マミ「………」
まどか「マミさん……ありがとうございました」グスッ

マミ「鹿目さん」
まどか「はい?」
マミ「もう一度よ」

ブオンッ!

上条『え、え、え!? 勝利したハズの巴マミが、なぜか鹿目まどかに襲いかかったァ!』

QB(マミ……なんてプライドだ! 試合は文句ナシに君の勝ちだった。
   でも、あっさり起き上がったまどかの姿を見て、決着を許さなかったッッッ)

上条『巴マミ、ティロ・フィナーレを連打ッッッ しかし、これを鹿目まどか回避ッッッ
   今度はまどかがナックルアローの構えッッッ』

マミ(無駄よ。円環の理でサバいてみせ──)

ガゴッ!

マミ「が……ッッ」ドサッ

上条『マミの円環の理が発動するよりも速くッッッ ナックルアローが炸裂ゥッッッ』

使い魔「しょ、勝負ありッッ」

上条『なんとも奇妙な結末ッッッ 鹿目まどか、一度は逃した勝利を再び手にしました!
   まさに魔法少女の名に恥じない勝利といえましょうッッッ』

ワアアアアァァァァッ!

「すっげェ~」「さっすが魔法少女ッッッ」「おめでとうッ」

まどか「………」

詢子(まどか……。アンタもあたしの娘なら、これで終わらすハズがないよな?)

まどかは倒れているマミの手を握り、ささやきかけた。

まどか「マミさん……。私たちはまだ決着がついていない。
    一度目はマミさんが勝って、二度目は私が勝った」

まどか「本当の決着をつけましょうッッッ」ザッ

ガバッ!

まどかの闘気に呼応するように、マミが立ち上がった。

マミ「えぇ、鹿目さん……。決着をつけましょう」ザッ

まどか「はいっ!」

上条『~~~~~ッッッ なんと準決勝第一試合、鹿目まどかVS巴マミは、
   三本勝負の三本目に突入だァッッッ』

詢子「それでこそあたしの娘だ!」

知久「まどかは大人しくて、とても喧嘩なんかできない子……。
   そんなふうに考えていた時期が、ぼくにもありました」

タツヤ「救命阿ッッッ 救命阿ッッッ 救命阿ッッッ」

杏子「あ~あ、よくやるよ。二人とも」
QB(ホントだよ……。乱入したくなっちゃうじゃないか……ッッ)
さやか「まどかも強いけど、マミさんもかっこいいねぇ」
ほむら「これで互角……勝負はワカらなくなったわ」

上条『死闘再開ィッッッ 鹿目まどか、猛ラッシュッッッ』

ガッ! バゴッ! ドッ!

まどか(マミさん相手に一撃必殺なんて考えは捨てなきゃ! 多撃必倒で決めるッッ)
マミ(ぐっ……! 円環の理での防御が間に合わないスピード!)

マミ「だったら──これよ」マルン

上条『なんだァ!? きゅッ……球体!? 
   巴マミ、まるでアルマジロのように丸まったッッッ』

マミ「これでもう、どんな攻撃も怖くない……ッッ」

まどか「えいっ!」ガキン!

まどか(硬い……ッッ 拳じゃ歯が立たないッッッ)

上条『巴マミが鉄球と化したッッッ これはさしずめ──“球環の理”か!!』

杏子「マミの奴、あんな技を開発してやがったとは……」

ガキンッ! ガキッ! ゴキンッ!

上条『球環の理となった巴マミに、鹿目まどか、必死にパンチとキックを放つが、
   まったく通用しないッッッ』

まどか(このままじゃ、こっちの手足がダメになっちゃう……!)

さやか「……ねェ。あんたならあの防御、どうやって破る?」
ほむら「私ならああなる前に終わらせるわ」
さやか「つまり策ナシってワケね……」

マミ「そろそろこちらから行くわよ。ティロ・フィナーレ!」

ギュルルルルッ! ドゴォッ!!!

上条『強ッ 烈ッッ! 高速回転しての体当たり──ティロ・フィナーレが炸裂ッッッ
   魔法少女が派手にブッ飛んだァァァッッッ』

まどか「う……ぐ……ッ」
   (あれをもう一撃喰らったら敗ける! なにか、なにか手はない!?)

マミ「鹿目さん、球環の理に導いてあげるわッッッ」

ギュルルルルッ!

鉄球弾と化したマミが目前に迫っている──というのに、まどかは脱力していた。
さやか戦のほむらのように。

さやか「──そっかあ! あの高速タックルなら、マミさんの防御を破れるかも!」
ほむら「いえ、無謀よ。巴マミの防御力は完璧に近いわ」

まどか(脱力を維持したまま──右腕を振るうッッッ)ヒュンッ

マミ(何をするつもりかは知らないけど、無駄よ!)ギュルルルル

ベッチィィィィッ!!!

上条『……ッッ こ、これは……ッッッ
   鹿目まどか、鞭のようにしならせた右腕を、巴マミにぶつけたァ~~~ッッッ』

マミ(痛い……)(痛い!)(痛いッ)(とてつもなく痛いッッッ)

マミ「──はっ!」

まどか「どんなに硬くたって、痛みは平等だもんね……。思わず技を解いてしまうほどに」

マミ「~~~~~ッッッ(しまった……ッッ)」

ズドンッ!!!

上条『痛みで球環の理が解けたスキを突き、ナックルアロ~~~~~!!
   これには巴マミもひとたまりもないッッッ ノックダウンだッッッ』

使い魔「勝負ありッッッ」

QB「さすがまどか……あそこで鞭打を思いつくとはね」

さやか「鞭打って?」

QB「脱力して、鞭のようにしなった手で敵を叩く技だよ。
   ダメージじゃなく痛みを与える技だから、頑強な肉体も通用しない」

さやか「なるほどねぇ~」

ほむら「巴マミも、まさか痛みで攻略されるとは予想もしなかったでしょうね」

ガツガツ ボリボリ ムシャムシャ

杏子「マミがだらしなかっただけのことさ。痛みで技を解くなんてな」ガツガツ モリモリ

QB「さっきも食べたのに、また食べてるのかい?」

杏子「食うかい?」ズルズル バリバリ

QB「いや……いいよ」

杏子「あっそ」モニュモニュ ゴクゴク

まもなく、まどかがさやかの所に戻ってきた。

さやか「やったじゃん! 次はもう決勝だよっ! ここまで来たら、優勝っきゃないよ!」

まどか「ありがとう、さやかちゃん! ……ところで、ほむらちゃんと杏子ちゃんは?」

さやか「二人ともどっか行っちゃったよ。なにせ、次の試合でぶつかるワケだし……」

まどか(あの二人のどちらかと決勝を戦うんだ……私)

試合場──

上条『これより準決勝第二試合を行いますッッッ』

上条『青龍の方角! 時間停止を錯覚させる高速少女、暁美ほむらッッッ
   一回戦では高速タックルで美樹さやかを打ち破っておりますッッッ』

上条『白虎の方角! 前大会チャンピオン、佐倉杏子ッッッ
   こちらもエリーの猛毒に屈せず、貫禄の勝利を見せてくれましたッッッ』

ワアアアァァァァ!!!

まどか「いよいよだね」ゴクリ

さやか「暁美ほむら……シャクだけど実力はホンモノだった。
    敗けて欲しいような、欲しくないような複雑な心境だよ、ったく」

使い魔「開始(はじ)めいッッッ」

ダッ!

上条『佐倉杏子がしかけたァッッッ はっ……速いッッッ
   速さとウマさを兼ね備えた、コンビネーションだァ~~~~~ッッッ』

スカッ スカッ スカッ

杏子(お、おかしい……)

杏子(なんで一発も当たらねェんだ!?)

上条『~~~ッッ あ、当たりませんッッッ 佐倉杏子の打撃が当たらないッッッ
   反射神経でかわしているというより、前もって攻撃が分かっているような──』

ほむら「佐倉杏子。あなたとは数え切れないほど闘ったわ……」
杏子「!?」

ドガッ!

上条『キレイなカウンターが入った! 佐倉杏子、早くもダウンッッッ』

杏子「アタシと何度も闘った……? どーゆう意味だッッッ」

ほむら「答える義務はないわ」
杏子(そ、そりゃそうだ)

バキッ! ドガッ! ガスッ!

上条『今度は暁美ほむらが攻勢に出た! 面白いように打撃がヒットする!
   これもまるで、相手がどう動くか分かっているかのような芸当ですッッッ』

QB(ついに暁美ほむらが本気になったか……ッッ)

QB(ほむらの武器は、時間停止を錯覚させるスピードだけじゃない)

QB(彼女は頭の回転も早い。彼女の本当の武器は──
   その頭の回転を生かし、敵との闘いを徹底的にシミュレートすることにある!
   時間遡行でもするかの如く、気が遠くなるほど、巻き戻しと再生を繰り返す!)

QB(ましてや杏子はチャンピオンだから情報が多く、奇策を弄するタイプでもない。
   さぞシミュレーションしやすかったに違いない)

QB(まどかが現実にあり得ないことを妄想して強くなったとするなら──
   ほむらは逆ッ! 現実にあり得ることを全て想定して強くなるタイプ!)

ドザァッ!

上条『またも佐倉杏子ダウンッッッ あまりにも一方的な試合展開だッッッ』

杏子(こ、こいつ……どんな手品か知らねェが、たしかにアタシと闘ってやがる。
   それも10回や20回なんてもんじゃない。
   だったら──アタシが絶対やらないような攻撃をすれば……!)

杏子は土下座した。

上条『……え?』

杏子(一番やりたくないことって考えたら、コレだったんだよな……。
   だまし討ちなんてガラじゃねーけど、これしかないッッッ)

ほむら「………」

ドギャッ!

上条『な、なんと、土下座している頭を思いきり蹴りつけたァ~~ッ
   油断も容赦もありゃしないッッッ』

ほむら「土下座をするあなたも体験済みよ(その時はだまされて敗けたけど)」

上条『チャンピオン大の字ッッッ もはや万策尽き果てたかッッッ!?』

杏子(死ぬか、死ぬか杏子!?)

匿名希望を条件に、某宗教の元信者が語ってくれた。

「──はい。当時、あの方の教義は大流行しておりました」

「内容が素晴らしかったから? もちろん、それもあったのでしょうね──しかし」

「真実は残酷でした」

「流行の一番の要因は、あの方の娘さんの催眠術によるものだったのです」

「彼女の術中に入った信者は、進んであの方の教義を拝聴しました」

「あの方も、まさか娘のおかげだとは知らなかったようです」

「そしてある日──真実を知ったあの方は怒り狂い、一家心中に及んだと聞いています」

「それから先のことは私も存じ上げません」

「え? もしその娘さんが今も生きていたら、どうなっているかですって?」

「ン~……おそらくは想像を絶する使い手になっていることでしょうなァ……」

上条『佐倉杏子、立ったァッッッ しかし、果たして打つ手はあるのでしょうか!?
   暁美ほむらの攻防術は、あまりにも完璧すぎるッッッ』

杏子「こいつだけは使用(つか)いたくなかったよ……」

ダッ!

ほむら(──速いッ!)

上条『佐倉杏子、暁美ほむらに勝るとも劣らないスピードだッッッ
   ここにきて一気に動きが変わりましたッッッ』

ほむら「~~~~~ッッッ(未体験の動き!)」

ドゴォッ!

上条『この試合で初めて、暁美ほむらがヒットを許したァッッッ いったい何が起きた!?』

まどか「杏子ちゃんが、さらに強くなった!」
さやか「魔女化もしてないのに、いったいどうやって!?」

QB(こ……ッ これは……ッッ そうか、自己催眠かァ~~~~~ッッッ
   自己催眠で速度を強化し、動きを変え、シミュレートを凌駕した!)

上条『佐倉杏子、肉体の限界を超えたような動きで、暁美ほむらに接近ッッッ
   杏子の猛攻に、ほむらはガードを固めるのがやっとかッッッ』

ほむら(脱力するヒマも与えない、というワケね……)

ほむら(おそらくは自己催眠……。なぜか、よほど使いたくなかった手段のようね。
    いいわ、付き合って──否! 突き合ってあげる、佐倉杏子ッッッ)

上条『おっと両者、足を止め──……ッッッ!?
   殴り合うッッッ 共に防御を捨て、真っ向から殴り合っているッッッ』

ガスッ! ドゴッ! ベキッ! ドカッ! バキッ!

この日初めて、観客が総立ちになった──

二人の少女の命と誇りを賭したぶつかり合いに、誰もが言葉を失い──

己の中で熱く煮えたぎる何かを感じていた。

まどか「ど、どっちもスゴイ……ッッ」
さやか「ハハ……あたしが敵わないワケだ」

QB(ぼっ……ぼくもだれかと殴り合いたくなってきた!)

ワアアアァァァァァァ~~~~~ッッッ

上条『さすがは前大会チャンピオンッッッ 佐倉杏子、みごとな勝利ですッッッ』

まどか「さすが杏子ちゃんだね!」

さやか「大したもんだよ、あんたにゃ負けたよ」

マミ「すばらしい試合だったわ、佐倉さん」

QB「杏子こそ、ナンバーワンの格闘少女だよ!」

杏子(おかしい……)

杏子父「すごかったぞ、杏子!」

杏子母「えぇ、立派だったわ」

杏子妹「すごかったよ~」

杏子(ああ……ナルホドな)

杏子(こういうことって……大抵はそう……大抵は……)

──夢。

使い魔「勝負ありィッッッ」

上条『永遠に続くとも思われた殴り合いを制したのは──暁美ほむらだッッッ』

ワアアアァァァァァァ~~~~~ッッッ

ほむら「はぁ……はぁ……」ガクッ

ほむら(もし最初から自己催眠を使われていたら、この勝負は……。いえ、仮定は無意味ね)

上条『ン!? 失神しているハズの、杏子選手の目から涙が!
   敗北の悔し涙か!? あるいは闘い抜いたことへの歓喜の涙でしょうか!?』

ほむら(どちらも違うわ……)

ほむら「きっと夢の中で懐かしい誰かに会えたんでしょうね……佐倉杏子」

試合場の真ん中で、観客に向かってQBが吼える。

QB「少女が地上最強を目指して何が悪い!」

QB「本来、少女とは保護されるべきかもしれないッッッ」

QB「本来、少女が強くなる必要なんてないかもしれないッッッ」

QB「しかしッッ 君たちが目撃したように、少女とはかくも強くなれるんだッッッ」

QB「今日、少女でありながら最強を目指す子たちが集まったッッッ」

QB「そして死闘を勝ち抜いてきた──」

QB「偉大なるバカガール二名ッッッ」

QB「この地上で誰よりもッ 誰よりもッッ 最強を望んだ二名ッッッ」

QB「決勝(ファイナル)ッッッ」

ワアアアアァァァァッッッ

詢子「まさか、まどかがあそこまで強くなってたとはね……」

知久「ぼくも驚いたよ。でも、ここまで来たら応援するのみさ」

タツヤ「まどかッッッ まどかッッッ まどかッッッ」



さやか「キュゥべえのやつ、ノリにノッてるなァ~……」

マミ「こんにちは、美樹さん。私も一緒に観戦していいかしら」

さやか「あっ、マミさん!」

杏子「さやか、アンタも格闘少女として生きるなら──よォ~く見ときなよ。
   この決勝戦をな……ッッ」

さやか「~~~~~ッッッ」
   (スゴイ……この二人、もうまどかや転校生と闘うことを視野に入れているッッ)



仁美「お二人とも……お怪我をしないよう頑張って……!」



上条「いよいよ最後の試合か……。ぼくの手が動くようになったのは、
   きっと彼女たちの闘気のおかげなんだろう。
   感謝の気持ちを込めて──たとえノドが砕けても実況を完遂する!」

上条『青龍の方角! 魔法少女 鹿目まどかッッッ』

上条『一回戦ではワルプルギスの夜、二回戦では巴マミを激戦の末、下しましたッッ
   魔法少女のような可憐な姿から、素手による魔法を繰り出すッッッ
   彼女が魔法少女の名を冠することに、もはや異論を唱える者はありませんッッッ』

上条『白虎の方角! タイム・ファイター 暁美ほむらッッッ』

上条『一回戦では美樹さやか、二回戦では佐倉杏子を倒し決勝にコマを進めましたッッ
   まるで時間を操るが如く戦術は、まさに現代の時間旅行者といえましょうッッッ
   一見クールな佇まいの中に、熱い魂(ハート)を燃やす闘士だッッッ』

ワアアアアアアアアアアアアア!!!

QB「まどか、ほむら……。さぁ見せてくれ、君たちの闘争(ファイト)!!!」


ほむら「まどか、よくここまで勝ち上がってきたわね。
    前に学校でもいったように、手加減はしないわよ」

まどか「うん……うん、ほむらちゃん。私もそうする」

ガシッ!

上条『これから血で血を洗うルールで雌雄を決しようという二人が、抱き合ったッッッ
   まさに友情の抱擁! これからどんな惨劇があろうと、友情は永遠ということか!』

使い魔「開始(はじ)めいッッッ」

ダッ! ダッ!

上条『まるで申し合わせていたかのように、両者突っ込んだ!』

ガッ! バシッ! ベチィッ! ドゴッ! メキィッ!

上条『まどかの右ストレー……ほむらが左──右……左ミドッ フック……ッッ
   はっ……速い! 実況が追いつかないッッッ』

バチッ! ベシッ! ゴカァッ! ガンッ! ドッ!

QB「こんな打撃戦……初めてお目にかかるよ……ッッ」

間合いを離し、両者構え直す。

まどか「ふぅ……ようやく体が温まったよ」

ほむら「私もよ」

さやか(今までの攻防が──!)
マミ(全部ッッ)
杏子(ウォームアップだったのかよ……ッッ)

ほむら「ここからはもう──友達じゃない」ドロ…

上条『これは──!? さやかに決定的な一打を与えた、あの……ッッ』

ほむら(今ッッッ)

バシュッ!

上条『超高速タックルゥッッッ』

バチィッ!

上条『~~~ッッ!? タックルをしかけたハズのほむらが、客席までスッ飛んだァッ!』

まどか「たしかこんな感じだったよね、円環の理って」スッ

マミ(て、天才だわッッッ)

上条『鹿目まどか、巴マミの防御術“円環の理(廻し受け)”を真似て、
   暁美ほむらをスッ飛ばしていたッッッ これが魔法少女の実力か!』

ほむら「やるわね、まどか」
まどか「ほむらちゃんこそ。マミさんと闘ってなかったら、今ので終わってたよ」

ほむら「──なら、防御が通じない攻撃をするだけのことよ……」

ザシュッ!

上条『お~~ッと、これは美樹さやかの斬撃技ッッ これでは防御しても斬られる!』

さやか「ウソでしょ……ッッ」

上条『両者、闘いを経て成長しているッッ 進化する天才というべきかッッッ』

ギリ… ドゴンッ!

上条『ここで、まどかのナックルアローッッ またも暁美ほむら、吹っ飛んだ!
   やはり攻撃力では圧倒的に鹿目まどかに分があるかッッッ』

ほむら(まどかの成長スピードを鑑みると、長期戦は危険! 次で仕留めるッッッ)

フッ!

上条『オヤ? 暁美ほむらが……アレ? き、きっ……消えたァッッッ』

杏子「高速でまどかの周辺をフットワークしてやがるッッ 何をする気だ!?」

ズドドドドッ!

まどか「ぐぅっ! ──くっ! うぁっ!?」

上条『オオオッッ ほむら、高速で動き回り、四方八方からまどかを滅多打ちィッッッ』

QB(考えたね、ほむら……。白亜紀の人類は恐竜をああやって打ちのめしたという。
   おそらくは恐竜との闘いもシミュレートしたのだろう。まさにタイムスリップ……!)

ズドドドドッ!

まどか(ぐっ……! うぅ……! は、反撃ができないッッ)

QB「あの戦法を攻略する方法はいくつか考えられる──」

美樹さやかのように魔女化し、体力と耐久力を増強する。
巴マミのように“球環の理”で、相手の拳が壊れるまで耐える。
佐倉杏子のように自己催眠で、自分の速度を同レベルまで上げる。

QB「しかし、いかにまどかが天才でも、今すぐこれらの技は真似られないだろう。
   ──さぁ、どうする魔法少女!」

ダッ!

上条『満身創痍の鹿目まどか、校舎に向かって走っていくッッッ』

QB(ンなるほど~~~ッッ その手があったか!)

校舎に背中をつけ、ほむらを迎え撃つまどか。

まどか(こうすれば、攻撃を正面からに限定できる!)

上条『しかし、かまわず暁美ほむら、突っ込んでいくッッッ』

まどか(ここで──右ストレートでカウンターッッ)ブオンッ!

ほむら(全てシミュレート通りの動きよ、まどかッッッ)

パシッ!

杏子(ウマい!)
上条『ほむら、まどかの右ストレートをキャッチングし……ッッ これは……ッッッ
   アームロックだァ~~~~~ッッッ それ以上いけ──』

ボグッ

「折った!」「折ったぞッッッ」「マジかよッッ」

上条『暁美ほむら、鹿目まどかの右腕を完璧にヘシ折ったァッッッ』

さやか「ま、まどかァッッッ」

仁美「まどかさん!」

フワッ

上条『お~~~っと、ここで観客席からタオルが投入されたァッッッ
   投げたのは──鹿目まどかのお母さんッッ 親の愛情が成せるタオルッッッ』

ほむら「………」
使い魔「勝負あ──」
QB「待つんだッッッ」

QB「まどか……。君の母親からタオルが投入されたが──
   彼女は正式なセコンドじゃないから効力はない。しかし右腕は折れた……どうする?」

まどか「続行(つづ)けるよ、もちろん」

詢子「ふざけンなッッ まどか、テメェ一人の命じゃねえんだぞッッッ
   周りで心配してる連中もいるってことを、少しは考えろッッッ」

まどか「ママ、ごめんなさい。でもここだけは譲れない。もしここで譲っちゃったら──
    私は鹿目まどかでなくなる気がする。だから──」

詢子「……ふぅ。ワカったよ。
   ただし本当に危ないと思ったら、試合に乗り込んででも止めるからな」

まどか「ありがとう、ママ」

QB「──続行ッッッ」
上条『オオオオッッ 試合再開だァッッッ』

タツヤ「成長しやがったなァ、まどか……」ニィ~
知久「!?」

まどか「ゴメンね、ほむらちゃん。待たせちゃって」

ほむら「もしこの世に神というものがいるのなら──
    こうしてあなたと試合を続行(つづ)させてくれたことに心から感謝するわ」

ほむら(次は左腕を──ヘシ折るッッッ)ギュオッ

上条『暁美ほむら、またしても高速でまどかに接近ッッッ』

ほむら(右拳はもう使えない、次は左拳を出すハズ──!)

ドゴォッ!

上条『!? !? !? ○×△~~~~~ッッッ えぇ~~~~~!?
   鹿目まどか、折れている右腕で殴ったァッッッ 水月にクリーンヒットォ!』

ほむら「………ッッッ(折れてる腕でなお、この威力……ッッ)」

まどか「ウェヒヒッッッ 折れてるイコール使えない、じゃないよ。ほむらちゃん」

マミ「まったく……キュゥべえったら、とんでもない子を発掘したものね」

ほむら(まどか……あなたの覚悟、しかと受け取ったわ。
    だったら私も五体満足で勝ちを得ようとは思わない)ゆる~

上条『暁美ほむら、再び脱力ゥッッッ ──が、ダメージは大きいぞ!
   今までのようなフットワークができるのか!?』

ほむら(これが私の最終兵器──)

──音速拳ッッッ

パパパパパパパパパパァァァァン!!!

上条『オオオオオッッッ まるで時間を止め、一方的に殴りまくるが如く、
   凄まじい連打が決まったァァァッッッ』

QB「脱力で弛緩した関節を、一気に加速させた正拳かッッ」

まどか「~~~~~ッッッ」ゴボォッ

ほむら「………ッッ」ガクッ

上条『鹿目まどか、大ダメージッッ ──が、暁美ほむらの両拳も……壊れたァッッ!』

ほむら(やはりね……。音速で拳をぶつければ、いかにまどかといえどもダウンする。
    そして音速で拳をぶつければ──打った拳も破壊される……ッッ)

まどか「かっ……ごふぅっ! はぁ、はぁ……スゴイよ、ほむらちゃん……」

ほむら「はぁ……はぁ……あなたこそ、あれで倒れないとはね」

まどか「もう私は力が、残ってない……。今から……最後の技を打つよ。
    これが通じなかったら、ほむらちゃんの勝ち……だね」

バッ!

上条『鹿目まどか、跳んだァ~~~~~ッッッ 高いッ 10メートル以上はあるッッ』

QB(あの瀕死のダメージの身で、いったいどんな魔法を見せる気だい?)

さやか「まどかッッッ なにを!?」

杏子(どちらも──あと一撃が限度!)

マミ(これで決まるわね……)

まどかは無意味に跳び上がったワケではない──

宙に舞うことで、自身を惑星(ほし)と化したのである!

これすなわち、宇宙拳!!!

宇宙の力を得た、神のナックルアローッッッ

ほむら(宇宙を味方につけたというワケね……。いいわ、勝負ッッッ)

まどか(この一撃に全てを込めるッッッ)

両者の拳は交差し──互いの顔面にめり込んだ。


ドグアッッッ


上条『~~~~~ッッッ ……! ~~~~~ッッッ ……──!』

上条『……決まりました』

上条『最大トーナメント優勝者はッッッ 魔法少女、鹿目まどかだァァァッッッ』

ワアアアアアアアアアアッッッ!!!

使い魔「勝負ありィィィッッッ」

ほむら「~~~……!」ムクッ

まどか「ほむらちゃん……」

ほむら「ふふっ、完敗だわ。あなたが……チャンピオンよ!」

ガシッ

上条『試合が終わればノーサイドッッ 両者、握手を交わしたァッッッ
   なんという美しい光景でしょうかッッッ』

ワアアアアアアアアアアッッッ!!!

上条『少女は強いッッ かくも強くなれるのですッッッ』

上条『私は彼女らの強さに、今猛烈に感動しておりますッッッ』

上条『ストロングイズビューティフルッッッ アリガトォォォ~~~~~ッッッ
   アリガトォォォ~~~~~ッッッ』

仁美「本当に美しいですわ。傷だらけなのに、お二人ともなんと神々しい……」パチパチ

詢子「おめでとう、まどか。いつの間にか逞しくなりやがって……」

知久「いい試合だったね、ママ」

タツヤ「まどかッッッ 俺の予想を覆しやがったッッッ」ニィ~

上条『以上でッッ 最大トーナメントを閉幕といたしますッッッ
   家に帰るまでが最大トーナメントですのでお気をつけてッッッ』
  (ぼくの仕事もこれで終わりだ……。ありがとう、さやか、みんな……)


          ┌─  ワルプルギスの夜(カポエイラ)
      ┏━┫
      ┃  ┗━  鹿目まどか(魔法少女)
  ┏━┫
  ┃  │  ┏━  巴マミ(アンチェイン)
  ┃  └━┫
  ┃      └─  シャルロッテ(ピット・ファイティング)
━┫

  │      ┌─  エルザマリア(ムエタイ) ⇒ 美樹さやか(飛び入り参加)
  │  ┏━┫
  │  ┃  ┗━  暁美ほむら(タイム・ファイティング)
  └━┫
      │  ┌─  エリー(空道)
      └━┫
          ┗━  佐倉杏子(トータル・ファイティング)

控え室に戻るまどかを、さらに驚くべき光景が待っていた。

「おっ」「来た来た」「やっと来たか」「待ちくたびれたよ」

まどか「?」

「「「「「「「「 遅いよ、チャンプッッッ 」」」」」」」」

なんと大会に参加していた全選手が整列して待っていたのである。

ワルプルギスの夜──

巴マミ──

シャルロッテ──

エルザマリア──

美樹さやか──

佐倉杏子──

エリー──

そして、暁美ほむら──

ワルプルギス「アンタがナンバーワンだ」パチパチ

マミ「是非、また私と闘ってね。今度は敗けないわよ」パチパチ

シャルロッテ「~~~~~ッッッ」パチパチ

エルザマリア「………ッッ」パチパチ

さやか「いやァ~すごかった。あたしも親友として鼻が高いよ!」

杏子「やるじゃん。アンタとはいずれ手合わせしたいね」

エリー「空道に入門しないかね」パチパチ

ほむら「おめでとう、まどか」パチパチ

ライバルたちの拍手を受け、感涙するまどかだった。

まどか(みんな、アリガトウ……。私、もっと強くなります)

数日後──

まどかは当てもなく町を歩いていた。

まどか(あれから──ほむらちゃんは私との決勝戦を繰り返しシミュレートし、
    さらに強くなっていることだろうな)

まどか(さやかちゃんはマミさんに弟子入りして、二人で切磋琢磨している)

まどか(さすがに特訓のためとはいえ、魔女化したまま学校に来た時は驚いたけど……)

まどか(杏子ちゃんも大会の日のうちにヒマラヤへ飛んで、修業に励んでいるとか……)

まどか(魔女たちも今回は成績が振るわなかったけど、きっともっと強くなる)

まどか(あ、あと上条君は手が動くようになったけど、
    ヴァイオリンの道に進むか、アナウンサーの道に進むか、悩んでるみたい)

まどか(私もうかうかしてると──どんどん置いてかれちゃう……)

まどかは引き寄せられるように、最大トーナメントが行われた校庭にたどり着いた。

まどか(まだわずかに闘気と血の匂いが残ってる……)

ザッ ザッ

QB「やぁ、まどか。君も興奮がなかなか冷めず、ここに来ちゃったクチかい?」

まどか「キュゥべえ。 ……うん、そんなとこかな」

QB「優勝おめでとう。君はすばらしい格闘……いや、魔法少女だよ」

まどか「ありがとう。 ──ところでキュゥべえ」

QB「なんだい?」

まどか「私、まだキュゥべえには勝ったことなかったよね」

QB「右腕はまだ折れてるんだろう? ベストじゃない君とヤるつもりはないよ」

まどか「ううん、さっきマミさんに治してもらったから」

QB「なるほど……準備万端というワケだね」ニヤッ

まどか「さぁ開始(はじ)めようよ、キュゥべえッッッ」ザッ

──闘いはまだまだ終わらないッッッ

                                      <完>

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