恭介「君の父さんの遺志を継ぐ」杏子「ふざけるな」(316)

――2023年 冬

杏子「はぁ…はぁ…」

杏子が地面に突き立てた槍に掴まっている

杏子「ちくしょう…こんなことになるんだったら……」

マミ「佐倉さん…大丈夫…?」

杏子は鼻血を流しながら雪の上に倒れた

マミ「!」

杏子「くそ…!」

マミ「喋らないで…今ソウルジェムを浄化するから…!」

マミが浄化素材をかき集めて杏子の胸に押し当てた

マミ「大丈夫、大丈夫よ…しっかりして…!」

杏子「……」

マミが涙目になり始めた

マミ「…お願い、止まって……!」

杏子「…マミ」

マミ「…?」

杏子「手をどけな…。こんな量じゃとても間に合わない…
   …ここにあるサイコロは、全部あんたが使え…」

マミ「…! 駄目よ…そんなこと言わないで…!」

杏子「…あんたにお願いがある」

マミ「佐倉さん…?」

杏子が髪留めの十字架を引き抜いた

杏子「…もし、奴が最後の情けで『あたしだけ』を連れ去ったらさ…」

マミ「……?」

杏子「…この子を頼む…」

マミ「……。『この子』って…?」

杏子は泣きながら笑った

杏子「…あたしが馬鹿だった…」

体が蒸発していく

マミ「佐倉さん…!? 嫌だよ! 待って!」

杏子「……」

杏子は力尽きて消滅した

マミ「…うぅ…! うぅ…!!」

泣き崩れるマミ

地面についた手に何か温かいものが触れた

マミ「…え…?」

杏子の腹の中にいた胎児だった

マミ「…! うっ…嘘ーーっ!!」

―――――――
――2029年 恭介の個人オフィス

恭介がデスクでネクタイを緩めてウォッカを飲んでいる

恭介(――世界を救う為には、それでも前向きに生きなければならないのか…
   こんな生き地獄が奇跡の代償だというのなら、あの時死んだほうがマシだった…)

恭介「……」

(杏子『世界を救うってのはそれくらい途方もなく難しいことなんだよ』)

恭介(…あの言葉を信じるべきだった。佐倉神父の苦悩も想像に堪えない…
   バイオリンでできることは所詮たかが知れているということか…)

ノックの音がした

仁美「入ってもいいですか?」

恭介「…志筑か」

真っ赤な口紅の仁美が外から扉を開けた

仁美「商談のほうはどうでした?」

恭介(…見る影もなくなったな。ビジネスごっこを始める前は本当に高貴だった)

恭介「…無事成立だ。一滴の血を流すこともなく、な…」

仁美「よかった」

仁美が恭介の肩を揉み始めた

仁美「さて…お約束でしたわね。上条さん」

恭介は鼻で笑った

恭介「…顔色一つ変えないとは、全く大した女だ。それとも金のことで頭が一杯なだけか?」

仁美「はい?」

恭介「腹の底では『誓約書でも書かせるべきだった』と思ってるんじゃないか?
   結婚の話は白紙だ。それから、お前はクビだ。志筑」

仁美「まあ。ご冗談でしょう?」

恭介「とぼけなくていい。斜太の連中にヤクザが絡んでいた…
   お前は知っていたんだろう? 初めから私をはめるつもりだった
   そうでないなら一体どこの世界に血の流れる商談があるって言うんだ? 言ってみろ」

仁美「さぁ? 何をおっしゃってるのかわかり兼ねますわね」

恭介(小馬鹿にしたような猫撫で声を…。大方また何か企んでいるんだろうが…)

恭介「…顔に銃を向けられたんだ。今日ばかりは私の情けに期待しないほうが身の為だぞ」

仁美「そう」

仁美が肩を掴んだまま耳打ちした

仁美「あなたを強姦罪で訴えることだってできるのよ?」

恭介(…策士気取りか。薬を盛ったのもお前だろうな)

恭介「…お前とセックスをした覚えはない」

仁美「あら。私は覚えてますわ。あなたはひどく酔ってましたけれど、ね」

恭介は震える手でグラスを口に近付けた

どういう話だ?

仁美「…赤ちゃんがいますの」

腹をさする仁美

恭介「……」

仁美「父親が誰なのか。ちょっと調べればわかることですわ」

恭介「…ほう」

恭介がグラスを置いて立ち上がる

恭介「なら、こうしよう」

仁美のみぞおちをえぐり込むように殴った

仁美「ううっ!?」

体が背中から浮き上がる

恭介「職業病でな…、私は人の心が読めるんだ。お前のような愚鈍な女の心は特に、なっ!」

渾身の2発目

仁美「はあっ…! あっ…!」

崩れ落ちた仁美の髪を掴み上げる

恭介「斜太の入れ知恵か? だが私を出し抜こうとしても無駄だ」

仁美「うっ、うぅあ…!」

恭介「レイプが望みならすぐにでも引き受けるぞ。お前の子供とやらも喜んでいることだろう…!」

仁美「…あ…」

恭介「?」

仁美「…悪魔…!」

恭介「……」

恭介がデスクの引き出しからハサミを取り出し、片方の刃を仁美の口に突っ込んだ

仁美「ひっ!!」

恭介「それがどうした、醜い雌豚! 『真人間を相手にしてると思うな』とあれほど言っただろう!」

刃先が仁美の頬を内側から押し上げている

仁美「…!」

恭介「私の佐倉神父との違いは、第1に『神を信じていない』こと、
   第2に『生まれながらのサディスト』であるということだ
   有名な話だと思っていたが、知らなかったか? …悪魔で結構!」

仁美「かっ…あっ…!」

恭介「お前は自分を『口の堅い女』だと思うか! なら私がこの口を文字通り耳まで裂いてやる!
   それが嫌なら本当のことを言え! 今すぐに!」

仁美は口を開けたまま泣き出した

仁美「あ…、…はっ…」

恭介がハサミを抜いた

仁美「うっ…うっ…。お……お金が…欲しかったの…」

恭介「ふん…。お前の親父は金の使い方も教えてくれなかったのか
   借金はいくら作ったんだ? 2億か。3億か」

仁美「たった5千万よ…!」

恭介「『たった』? 失敗もする訳だ。5千万という金額は、お前には一生かかっても作れない
   いつまでも空から金が降って来ると思ったら大間違いだ
   …挙句に色仕掛けとは笑わせる。縁でも切られないうちに親に泣き付くがいい」

仁美「うぅ…」

涙でアイラインが流れた

恭介「それ以上私の前で泣くな。見苦しい」

仁美「……。ここまで心から憎いと思った人は、あなたが初めてですわ…」

恭介「私も愛する人以外を傷つけたのはお前が初めてだ」

仁美がよろめきながら立ち上がり、ハイヒールを履き直した

恭介「…妊娠しているというのは本当か?」

仁美「…そうだと言ったら?」

恭介「私の子じゃない」

仁美「……。さすがですね。ええ、図星ですわ…全て私の考えたでっち上げ…」

恭介「そうだろうとも。馬鹿馬鹿しい…」

恭介がデスクに戻った

仁美はベッドに腰掛けて目を塞いだ

仁美「…斜太さんは何て…?」

恭介「……。杏子の名を商談のダシに使われた。生きてるかどうかさえわからないのに…」

恭介はウォッカをグラスに注いでため息をついた

恭介(もう空か…)

仁美「…上条さんらしくないですわね」

恭介「…私がここまでのし上がって来られたのは、杏子の存在があったからだ」

仁美「…まだ、愛してらっしゃるの…?」

恭介「薄汚い口を閉じろ、ゴキブリめ。お前が欲しいのは金だろうが」

仁美「…子供だったとはいえ、一度は好きになった男性ですもの」

恭介「執念だけは人一倍だな」

仁美「…必要なものがありましたら、お持ちしますわ…」

恭介「……酒が欲しい。野生の象を2頭殺せるほどの、大量の酒が…」

仁美「……」

恭介「…今度こそ睡眠薬の入っていないやつをな」

仁美「…! …すみません」

扉を開ける仁美

恭介「志筑」

仁美「…はい?」

恭介「口紅を落とせ。お前に赤は似合わない」

仁美「…ありがとうございます」

恭介「…悪運の強い女だ。全く、虫唾が走る……。神父の戒めは年内に暗記しろ
   そうすれば日曜学校の教師として死ぬまでコーデリアで働かせてやる」

仁美「……」

仁美が部屋を出ていった

恭介(さやか…)

写真の入った引き出しを開ける恭介

恭介(杏子……)

額縁の真ん中で、赤いドレスを着た杏子がピアノを弾いている

恭介(…どこに行ってしまったんだ…)

なんだこれは

ダークすぎんだろ

――――――――
――2011年 春 マミの家

QB「――それと引き換えに出来上がるのがソウルジェムという訳
   これを手にした者は、戦いで力尽きるとこの世界から消えてしまう運命を背負うんだ」

さやか「え…!?」

マミ「そう。契約で願いを叶えた魔法少女は、希望によって世界に歪みを引き起こす
   その歪みが解放される時、希望の分だけ、呪いが生まれてしまうの
   それが人の世に災いをもたらす前に、私達は『円環の理』に導かれて去っていく…」

さやか「そんな…じゃあ、いつかはマミさんも…?」

マミ「うん…そうよ」

さやか「……」

杏子「何ビビってんのさ? 戦いに明け暮れてでも叶えたい願いがあるんじゃなかったのかよ」

さやか「あたしは…」

杏子「……まぁ、あんたの望みなんて所詮その程度のもんだったってことだよ
   契約しちゃう前にそれがわかってよかったじゃん」

さやか「うぅ…」

マミ「……。まぁ、仕方ないよね。人手は惜しいけれど、無理強いはできないもの」

さやか「…ごめん、マミさん…」

マミ「いいのよ。あなたが安易に契約してしまわなくてよかったわ」

杏子「さ、一般人は帰った帰った」

さやか(そうなんだ…。この人達がやってることって、
    傍から見るとかっこよくて楽しそうに見えるけど、実はそんな簡単なことじゃなくて…
    願い事を叶えたのにも、それなりの代償を払ってるんだ…)

さやか「うん…あたしの考えが甘かったよ。軽い気持ちで首突っ込んじゃって、ごめん」

立ち上がるさやか

マミ「あら、帰っちゃうの? せっかく来たんだし、契約の話は置いといて、
   もっとゆっくりして行かない?」

さやか「ううん、まだ時間早いけど、あたしちょっと用事があってさ
    ちょうど話ついちゃったし、キリいいかなって」

マミ「そう…」

さやか「んじゃね」

さやかは帰っていった

杏子「…馬鹿だよね。『戦い』はよくて『消える』のは駄目って、一体どういう基準だよ」

杏子がケーキをかじる

マミ「仕方ないわよ。実際に魔獣の姿を見たこともない、普通の女の子だもの
   普通に暮らしていく中で本物の殺し合いを想像できる子なんて、そういるものじゃないわ」

杏子「あいつは魔法少女には向いてないだろうね」

マミ「どうして?」

杏子「んー、勘…っていうのかな。あいつが考えてた願い事、男絡みなんじゃないかって気がする
   単に『あの人と上手く行きますように』なのか何なのか知らないけど
   何ていうかさ、恋なんてその時だけの幻みたいなもんじゃん?

   そこんとこ無視して『それでも戦う』だなんて、間抜け通り越して危険思想だ」

マミ「いいじゃない、幻だって。恋に生き、恋に死ぬ…
   円環の理は夢から覚めようとしている女の子に永遠を与えるの

   そうして魔法少女はそれぞれの安らぎの中、穏やかに旅立っていく…
   ロマンチックじゃない?」

杏子「…消えちまったら何の意味もねーよ」

マミ「そうかもね」

マミは紅茶を飲んだ

――――――――
――恭介の病室

恭介がさやかから顔を背けてCDを聴いている

さやか「何を聴いてるの?」

恭介「…『亜麻色の髪の乙女』」

さやか「あぁ、ドビュッシー? 素敵な曲だよね」

恭介「……」

さやか「…あ、あたしってほら、こんなだからさ。クラシックなんて聴く柄じゃないだろって
    みんなが思うみたいでさ。たまに曲名とか言い当てたら、すごい驚かれるんだよね
    意外すぎて尊敬されたりしてさ…」

恭介「……」

さやか「…恭介が教えてくれたから…。でなきゃあたし、
    こういう音楽ちゃんと聴こうと思うきっかけなんて、多分一生なかっただろうし…」

恭介「…さやかはさ」

さやか「ん…何?」

恭介「…さやかは、僕をいじめてるのかい…?」

さやか「…!?」

恭介がイヤホンを外した

恭介「なんで今でもまだ、僕に音楽なんか聴かせるんだ…? 嫌がらせのつもりなのか」

さやか「…だって恭介、音楽好きだから――」

恭介「もう聴きたくなんかないんだよ! 自分で弾けもしない曲、
   ただ聴いてるだけなんて…! 僕は…僕は…!」

恭介が素手でCDを叩き割った

ベッドに血が飛び散る

さやか「!!」

――――――――
――病院前

さやか「! あんたは…」

杏子がポテトチップを食べている

杏子「よう」

さやか「……」

杏子「何しょぼくれてんのさ?」

さやか「な、何でもないよ…」

杏子「ふーん」

さやか「…そっちは何しに来たの? 病院なんかに…」

杏子「あんたの様子を見に来たのさ。どうせ吹っ切れちゃいないだろうと思ってね」

さやか「! ……」

杏子「…本当は迷ってんだろ?」

さやか「……うん」

杏子「ここに誰か入院でもしてるのか。男かい?」

さやか「…あんたには関係ないでしょ」

杏子「あるんだよね、それが」

ポテトチップを差し出す杏子

杏子「ほらよ」

さやか「……。ありがと。でもあたし今食欲ないから…」

杏子は出した分を自分で食べた

杏子「そいつ、病気なのかい?」

さやか「……」

杏子「…なるほどね。『治してやりたいのはやまやまだけど、消えちまうのは怖い』って訳か」

さやか「…あんたに何がわかるのよ」

杏子「『このまま勢いに任せて突っ走ったらあんたが後悔する』ってことだよ」

さやか「後悔しない為に、慎重に考えてるんじゃんか…」

杏子「駄目駄目。一度っきりの願い事を他人の為に使っちまうなんて馬鹿のやることだ
   自分自身の望みが何も思い付かないってんなら、あんたは契約のことなんて
   初めから聞かなかったことにして、早いとこキュゥべえの前から消えな」

さやか「恭介は…あいつは病気なんかじゃなくて…」

杏子「病気じゃない。じゃあ怪我か?」

うなずくさやか

さやか「ちょっと前に事故に遭っちゃってさ。それ以来、左手が使えなくなっちゃって…
    『今の医学じゃもうどうにもならない』って、医者に言われたんだって…」

杏子「……。単なる怪我ならあたしやマミの魔力一つで治せるが、
   完全に動かないとなると、元に戻すのは難しいかもしれないな」

さやか「…だから、あたしが…」

杏子「んー。五体満足のあたしに言われてもウザいだけかもしれないけど、
   人間、腕の1本や2本なくたって生きていけるんだよ」

さやか「…普通の人ならね。あたしも『自分だったらよかったのに』って何回も思ったし…
    でも恭介はそうじゃないんだ。あいつには特別な才能があって、
    それは手がどうしても必要なもので…」

杏子「ふーん…」

さやか「……」

杏子「…とにかく、お前はそいつの為に危険を冒してまで契約なんてするな
   怪我のほうはあたしが一応見てやる」

さやか「…!」

杏子「でも期待するなよ。魔法だって万能じゃないんだ」

さやか「…変なことしないでよね」

杏子「変なことって何さ?」

さやか「変なことは変なこと! …例えばキツい言葉かけたりとか…」

杏子「心配すんなって。あたしも人の子だ。悪いようにはしないさ」

さるよけ 期待してるぞ、アーチャー

―――――――
――恭介の病室
恭介が横になったまま背中を向けている

杏子(この坊やか)

恭介「…さっきは、ごめん」

杏子「?」

恭介「…でも、もう音楽も気休めも聞きたくないんだ…」

杏子(あいつ、喧嘩してたのか…?)

杏子「よう。あたしはさやかじゃないよ」

恭介が振り返った

恭介「…だ、誰?」

杏子「佐倉杏子だ。さやかの知り合いさ」

恭介「……」

杏子が椅子に腰掛ける

杏子「『いきなり何だ』って思ったよね。ちょっとさやかに頼み事されて来たんだ」

恭介「……。さやかを傷つけたこと、叱りに来たんでしょう…?
   さやかに謝っておいてください…今は何も考えられないし、聞く耳持つ余裕もないから…」

杏子「そうじゃない」

恭介「…慰めに来たのなら、尚更結構です」

杏子は恭介の左腕を掴んだ

恭介「…?」

杏子(…サイコロ1個分だけな…。どうせあいつが仲間に加わったら、
   足引っ張られて仕事は増えるし、あたしの取り分は減るし、ロクなことになりゃしない
   ここで治しちゃったほうが魔力の節約になる…)

さりげなく魔力で治療を試みる

杏子(…でもなー…やっぱマミにでも頼むんだったかな…)

恭介「…何ですか」

杏子「…動かないか?」

恭介「……」

杏子(無駄だったか…)

恭介「…すみません。もう帰ってもらっていいですか…」

杏子「ああ、悪かったよ」

恭介「いえ…」

杏子「…ところでさやかとはどういう関係だい?」

恭介「え?」

杏子「死ぬほど心配してるぞ、あいつ」

恭介「…子供の時からの、友達です…」

杏子(友達ねぇ…)

杏子「…ま、あいつがヤケ起こさないうちにその手が治るように祈っといてやるよ。神様にさ」

恭介「…神様なんているもんか…」

杏子「……。あたしは信じてるよ。神様って奴は気まぐれで意地悪な役立たずだけどね」

杏子が去っていく

恭介は左手を見つめた

恭介「え…?」

CDを割った時に切った傷が治っている

恭介「…何だって…!?」

支援

あんあん!

さるくらったか?
投下が速すぎるんだよ、ちょい支援うけとけ

あんあん

――病院の前
杏子が出て来た

さやか「ど、どうだった?」

杏子は首を振った

さやか「…そっか」

杏子「あんたに謝りたがってたぞ。行ってやりなよ」

さやか「…ううん。いい…」

歩き出すさやか

杏子「おい、契約はするなよ?」

さやか「…やれるだけのことはやったんでしょう?
    それで駄目だったのなら、他にどうしろって言うのよ…」

杏子「だからってあんたが魔法少女になる必要なんてどこにあるんだよ
   あの坊やの手とあんたの命は何の関係もない

   一度契約しちまったら、いつくたばったっておかしくないんだぞ

   それに仲間が増えればその分サイコロの分け前も減らさなきゃならねーし、
   急に足りなくなったら1人で集める羽目になるんだぞ。あんたにはそれができるのかよ?」

さやか「そりゃ、最初は迷惑かけると思うけど…
    あんた達だって、初めから強かった訳じゃないんでしょ?」

杏子「わかんねー奴だな…。契約の願い事で坊やの腕を治したとしても、
   それがきっかけになって、巡り巡って坊や自身を傷つけることになるかもしれないんだぞ」

さやか「なっ……意味わかんない…なんでそうなるのよ!」

杏子「あたしがそうだったんだよ」

さやか「……」

杏子「契約した時はあんなことになるなんて思いもしなかった
   あの人だって嬉しそうだったし、しばらくの間は、1人で大変だったけど幸せだったよ
   …まぁ、最終的に引き金になったのは、あたしのちょっとした失敗だったんだけどね」

さやか「…『大切な人の怪我を治したい』。それって間違ってる?
    あたしは見返りが欲しい訳じゃない。恭介に真相を教えるつもりもない
    だったら恭介が傷つくことなんてある訳――」

支援

杏子「その失敗ってのはさ、妹の怪我を治したことだったんだよね」

さやか「…?」

杏子「そう、あんたと一緒さ。妹に見返りなんか求めちゃいなかったよ
   だけどあたしの家族は、その日からすっかり壊れちまった」

さやか「……」

杏子「…魔法ってのはそういうもんさ。人の為になんか使っちゃいけなかったんだよ
   あたしはそれ以来、この力は自分の為だけに使い切るって心に誓ったんだ」

さやか「…だったらなんで、さっき…」

杏子「……。だから言ってんじゃん。あんたが入って来ると迷惑なんだよ
   今の3人で手に入れたサイコロを、どうせ足手まといのあんたにも配ることになる

   それを今のうちに防げるんなら安いもんだと思ったんだ
   …結果的には魔力と時間の無駄だったけどね」

さやかは下を向いて泣き出した

杏子(泣きたいのはこっちだ、馬鹿…魔力だってタダじゃないのに)

さやか「…あんな恭介、もう見たくない…」

杏子「…だったら会わなきゃいい」

さやか「そういう問題じゃなくて…!」

杏子はため息をついた

杏子「わかったからもう拗ねるな…。魔力に余分ができたらまた何回か試してやるから」

さやか「……」

さやかが顔を上げる

杏子「…だからちょっと待てっての。時間はかかるし、上手く行く保証もないけどね」

杏子(まぁ、坊やの手は治らないけど、何もそれだけが人生じゃない
   しばらく経てば、坊やだって現実を受け入れられるようになるさ
   あんたが契約を考えるのはその後でも遅くない。ちっと頭冷やせっての)

さやか「…ありがとう。…でも、あたしも心の準備はしておくから
    これは、あたしの問題なんだ。いつまでもあんたに迷惑はかけない」

杏子「ったく…」

――――――――
――2005年 杏子の通う教会
佐倉神父が声を張り上げている

神父「――世界の堕落を食い止めるのは、海の上を歩き、石をパンに変える聖人ではありません

   今こうしてここにいる、私やあなた方であり、その家族や友人達なのです

   聞いてください。誰かに愛されることを全く苦痛に感じる人がいるでしょうか?

   照れ臭いかもしれません。時には不安かもしれません。しかし誰もが望んでいるでしょう」

杏子(かっこいいよ)

支援

神父「人に愛される人は、気付かないうちにその人を救っています

   貧しい人に与える為にあなたの財産を売り払う必要はないのです

   あなた方は誰一人、手のひらから金貨を出すことはできません

   一度与えてしまった物は、取り戻すまで返って来ないことを忘れないでください」

神父が1円玉を取り出す

神父「しかしながら、ここにいる全員が、少なくともこのコインより

   価値のあるものを無限に生み出すことができます

   一時の癒し、過ぎ去っていく幸福、無意識下の愛……

   これらは小さなものであるが故、誰にでも配ることができ、しかも決して尽き果てません」

神父「たった一度の握手、ほんの一言の挨拶、わずか数秒の笑顔からも、小さな愛は生まれます

   残念ながら、これによって人の命を救うことはできません

   それでも、疲れ切った人にあと一歩だけ前に進む力を与えることはできます

   この小さな救世主がその人の近くにもう一人いたら、更にもう一歩です

   ここではたった一人がわずかに前進したに過ぎませんが、

   沢山の人が分かち合えば、いつかは大勢が目的地に到達できるのです」

神父「簡単なことです。今日から始めようではありませんか

   この礼拝堂を出たら、すれ違う人々に笑顔で会釈してください

   家に帰ったら家族に話しかけてください

   今日あなたが見聞きしたことでも、夕飯のおかずのことでも構いません

   多くの人と友達になってください。目が合う度に笑いながら手を振りましょう

   彼らは知らず知らずのうちに心を開いてくれます

   こうして繋がった人達は、倒れても簡単に起き上がることができます

   なぜなら、愛する人を喜んで見捨てる人はいないからです」

杏子の願いで集まった人々が盛大に拍手した

杏子(もうすぐ、みんなが助け合って暮らす世の中になるね
   お父さんがこんなに頑張ってるんだもん。…あたしも頑張って戦うよ)

あんあん

――杏子の家

妻「――あなたの説法は素敵だけど、もっと主の御言葉を尊重してもいいんではないかしら…」

神父「……。聖典に書かれた通りの教義を広めるだけじゃあ、もう求道者はついて来ない…
   …新しい時代を救うには、新しい信仰が必要なんだ」

杏子(お父さんはやっぱりすごいな…)

妻「…主はあなたを心配しておいでだわ」

神父「…このことに気が付いた私だからこそ、こうして成功を納めることができたんだ
   みんながようやく関心を持つようになってくれた…
   私には神が啓示をくださったんだとしか思えないんだよ…」

杏子「……」

あんあん!

あんあん!

神父「お前達にはひもじい思いをさせてしまったけど…
   ここまで来られたのもお前達のおかげだ…本当にありがとう
   今ならきっと世界を救える。みんなが変わろうとする時が来たんだ」

妻「…そうね。信じて待っていたことがとうとう現実になった。素直に感謝しましょう」

QB(君の父さんは、この現象を自分の力で引き起こしたと思っているみたいだね)

杏子(いいじゃん。本当なら初めからこうなるはずだったんだよ
   だってお父さんは当たり前のことを言ってるだけだもん)

QB(君が納得してくれているのなら構わないんだが)

杏子(もちろんだよ。お父さんはみんなに正しいことを教える
   魔獣はあたしがやっつける。こうやって、あたし達で世界を天国にするんだ)

苛つくほどの理想論だな

QB(うん、君の気持ちが揺らいでないことを確認できれば充分だ
   今夜も忙しくなりそうだからね。しっかり頼むよ、杏子)

杏子(わかってるよ)

杏子「…お父さん」

神父「何だい?」

杏子「今日もかっこよかったよ」

神父「あはは。ありがとう、杏子。おいで」

佐倉神父は杏子を抱き締めた

神父「ありがとう…。こんなに優しくて可愛い娘達に恵まれて、お父さんは幸せで仕方ない」

杏子は腕の中で笑った

神父「…本当にいい子に育ってくれた」

神父が杏子の頭をそっと撫でた

――――――――
――恭介の病室
杏子が買い物袋を引っ提げて入った

杏子「よう」

恭介「佐倉さん…」

杏子「さやかの奴が気まずそうだったから、代わりに見舞いに来てやったんだ」

恭介「……」

杏子がバナナを取り出す

杏子「食うかい?」

恭介「うん…それじゃあ、後で頂くよ。ありがとう…」

杏子「…何だよ。緊張してんのか?」

恭介「少し…」

杏子「別にかしこまらなくていいよ。歳もそんな離れてないしね」

恭介「…佐倉さんは…どういう人なんだい…?」

杏子「どうって言われてもな…何が知りたいのさ?」

恭介「昨日、君は僕に何をしたの…?」

杏子「はぁ…?」

恭介「信じられないことだけど…君に腕を掴まれてから何気なく自分の手を見たら、
   怪我をしてたはずなのに、綺麗に治ってて…」

杏子「…? 動くのか?」

恭介「いや…」

恭介は左手を見せた

恭介「昨日、CDに八つ当たりしちゃって、ここを少し切ったんだ…それが、嘘みたいに…
   驚いたけど、気のせいじゃない…。何度も確かめたんだ…」

杏子(……。そいつは気付かなかったな…。昨日魔力を使った時、そっちだけ治っちまったんだ…)

恭介「…奇跡だよね、これ…」

杏子「あー…。うん、…よかったじゃん」

恭介「さやかが言ってたんだ。『この世に奇跡はあるんだよ』って
   …そして佐倉さんを連れて来てくれた…

   もしかして、このことだったのかなって…。佐倉さんは、『奇跡』を起こせるの…?
   こんなこと、何だか自分でも不思議だけど、今ならすんなり受け入れられる気がしてる…」

かみかみ

杏子「…じゃあ、祈りがちょっとだけ通じたんだね」

恭介「あはは、本当にいるんだね。神様って」

杏子「……」

恭介「…もう一度、触れてみてくれるかい…?」

杏子(…何度やったって同じだっての…
   あたしにはあんたの手なんかどうやって治せばいいかわかんないんだよ…)

恭介「『もしかしたら』って――」

杏子「神様はきっと、あんたに意地悪してるんだよ…」

恭介「え…?」

杏子「そういう奴さ…あいつは。希望を持たせて、ちょっとだけ淡い期待を抱かせて、
   その後であたし達を何倍も苦しませる…。頭来ちゃうよね」

恭介「佐倉さん…」

杏子「傷を治したのはあたしじゃないよ。手を元通りになんてしてやれない」

恭介「……」

杏子「まさかそんなトンチンカンな誤解されてるなんてなー…」

恭介が左手を差し出した

杏子「…何だよ」

恭介「まだわからないじゃないか」

笑っている

杏子(何がそんなに嬉しいんだ…? 無理だって言ってるじゃんかよ…)

恭介「…嫌かな」

杏子「いや、別に嫌じゃないけどさ……言っとくけど、治らないからね?」

杏子は恭介の手を握った

恭介「……」

杏子「……」

杏子(…馬鹿じゃねーの…)

恭介「…ありがとう」

杏子「…気済んだか?」

恭介「うん」

杏子が手を放す

恭介は自分の手を見た

恭介「…やっぱり、動かないや」

杏子「……」

恭介「…嬉しかったよ。ありがとう」

杏子「ふーん……なら、その調子で元気出しな」

恭介「また、会いに来てくれる…?」

杏子「ああ…?」

恭介「佐倉さんを見てると、ちょっとだけ希望が湧いて来るんだよね…
   先生には『手が動くようになることは一生ない』って言われたけど、
   佐倉さんは、常識では考えられないことが世の中にはあるって、教えてくれたから…」

杏子「だからあたしじゃないっての…」

恭介「じゃあ、誰が…?」

杏子「…知らねーよ」

恭介が笑った

恭介「『神様』かな?」

杏子「……。そうだね。『意地悪な神様』だ」

恭介「君は信じてるんだろう?」

杏子「…こう見えて、神父の娘なんだよね。とっくに破門されてるし、
   教義も平気で破るけど、それでもいまだにどっかで信じてるよ」

恭介「僕も信じることにする」

――――――――
――2030年 コーデリア・ガーデン

アナ「――上条容疑者の所有する『コーデリア・ガーデン』で暮らす少女の行方が
   相次いでわからなくなっている事件の続報です」

院長の巴マミがテレビを睨んでいる

マミ「……」

アナ「――音楽家の上条恭介容疑者が12日、都内の自宅で覚せい剤を使用したとして、
   覚せい剤取締法違反の疑いで逮捕されました

   警察の調べに対し、上条容疑者は『仕事の疲れと孤独を紛らわす為に使った』と
   覚せい剤の使用について容疑を認めている一方で、

   行方不明の2人については『彼女達の居場所はこちらが知りたい』などと
   事件への関与を否認しているということです」

マミ「……」

アナ「――音楽の世界に新たな可能性を切り開いた彼が、
   『コーデリア』設立までに一体どのような足取りで歩んで来たのか、

   また、なぜ覚せい剤の使用に踏み切ってしまったのか
   この後の特集では、上条容疑者の意外な素顔に迫ります」

QB「ここもすっかり騒がしくなったね」

マミ「…ええ。彼は有名になりすぎてしまったの…。もう、私達の手には負えないわ」

QB「故郷が恋しいかい? マミ」

マミ「ううん。あの子達を守り切れなかったのは、やっぱり私の責任だし…
   ここで逃げてしまったら、佐倉さんにも顔向けできないもの」

QB「それにしても、ここが警察機関に目を付けられるとはね
   せっかく優れた素質を持った少女達が集まるようになったのに、
   これ以上安易に契約したら、コーデリアそのものが解体されてしまい兼ねない」

マミがソウルジェムを手に取った

マミ「私も、もうあまり長くはないわ…」

QB「やれやれ、縁起でもない。このタイミングで君が死んだら、
   コーデリアの名誉はますます失われてしまう」

マミ「…いっそのこと、魔法少女の存在を表社会に知らしめてみたらどうかしら」

QB「それこそ本末転倒だよ。僕との契約は身を滅ぼすものとして、永久に忌避されるだろう」

マミ「……。キュゥべえには、何か考えはある?」

キュゥべえが体を回転させて背中越しにマミを見上げた

QB「稀な例ではあるけれど、昔僕がアメリカで出会ったヘレンは
   魔法少女でありながら、今の上条恭介と似たような活動をしていた

   肉体の老化が始まってからは、若さをも犠牲にして魔力の消耗を最小限に抑えることで
   ソウルジェムの劣化を遅らせていた

   魔獣ともほとんど戦わなくなった。『引退した』と言っても差し支えないだろう」

上条爆発しろ

マミ「……」

QB「彼女にテレパシーで言葉と戦いを教えたジョアンナもそうだよ
   もっとも、2人は世界中の魔法少女からグリーフマテリアルの援助を受けていたけれど

   おかげで彼女達は、生身の人間と比較しても長い期間に渡って生き残ることができたんだ
   この考えを発展させれば、君の寿命を延ばすことも充分可能になるはずだ」

マミ「……」

QB「僕達は、魔法少女の在り方を今一度見直すべきなんじゃないかな
   その先駆けに、ほむらや杏子達と結成した『ワルプルギスの夜』を、
   もう一度立て直してみるのはどうだろう

   それも全く新しい体制を取り入れた、画期的な組織としてね
   具体的な運営方針は、これから考えなければならないけれど」

マミ「…そうね。暁美さんに相談してみましょう…」

まみまみ

きゅっぷい

ほむ

――――――――
――2011年 恭介の病室

杏子「――母親には『アン』って呼ばれてたね。可愛い呼び名だからって」

恭介「どうして『アン』?」

杏子「アンズの『杏』に子供の『子』って書いて杏子だから」

恭介が笑った

恭介「『赤毛のアン』だね」

杏子「ん…?」

恭介「知らないかい?」

杏子「んー…もしかしたら、聞いたことくらいはあるかもしれない」

恭介「カナダの小説で、『アン』っていう赤毛の孤児の物語だよ
   僕も最後までは読んだことないけど…」

杏子「へぇー。ちょうどあたしも孤児だし、髪の毛も赤いもんね」

恭介「え……それ、本当…?」

杏子「はぁ? あんたの目にはこれが黒髪に見えるっての?」

恭介「い、いや…」

杏子が笑った

杏子「言ってなかったっけね。そうさ。ちょっと色々あって、
   親父が家族巻き込んで自殺しちゃったんだ。あたしはたった1人、置いてけぼりさ」

恭介「……」

杏子「…あんたに言うことじゃなかったね。悪かったよ」

恭介「ごめん…何も知らなくて…」

杏子「気にしなくていいよ。あたしはこの結果に納得してるんだ
   誰のことも恨んでないし、あたしはあたしで今は好き勝手やって暮らしてるしね」

恭介「うん…」

杏子「ったくもう…いじめに来てんじゃねーんだぞ。今日もおまじないしてやるから手貸しな」

杏子は恭介の左手を握って暗示をかけた

恭介「……。君はどうして、こんなによくしてくれるんだ…?
   知り合ったのはつい最近だし、病院以外で会ったこともないのに…」

杏子「別に不思議に思うことじゃないだろ? あんたに金払ってる訳でもないし、
   治療してやってる訳でもない。っていうかさ、さやかの奴をあんまり困らせんなよ」

杏子(坊やが立ち直りさえすれば、あいつは契約を思い留まるはずだ
   本当はこいつ自身ももう『治らない』ってことはわかってるんだろう
   まぁ、あとは時間の問題だね。右手があれば何とでもなるさ。物は考えようなんだよ)

恭介「……」

杏子が手を放した

恭介は窓の外を眺めている

杏子「…?」

かみかみ?

あんあん?

恭介「やっぱり、治らないのかな…」

杏子「おい…あんたまさか…まだ信じてたのか…?」

恭介が泣きながら振り返った

杏子「…!」

恭介「というより…『信じたい』、かな…」

杏子「だ、だからね…、あれはあたしが治したんじゃなくて――」

恭介「だったら、教えてくれ…何が奇跡を起こしたのか」

杏子「知らないっての…」

恭介「…今は信じていたい…。でないと、僕は僕でいられなくなってしまう気がする…」

杏子「……」

恭介「狂いそうなんだ…『二度と演奏できない』って思うと、怖くて怖くて…!」

杏子(演奏…?)

杏子「…楽器が好きなのか?」

恭介「……。さやかから聞いてるかと思ってた…
   …僕は物心つく前からバイオリンと共に生きて来たんだ
   小さい時から発表会で色々な賞を取って来た…みんなから『天才』とまで言われてさ…」

杏子「……」

恭介「事故に遭わなければ、近い将来プロのバイオリニストになれたんだ
   僕にはバイオリンしかないから…
   バイオリンを弾くことができないのなら、僕なんか生きてても仕方ないんだよ…!」

杏子は目を細めた

杏子「……相手考えて物言いな」

恭介「!」

杏子「ムカつくんだよね、そういうの」

恭介「う……」

杏子「ねぇ、あんた人の話聞いてた? あたしはマザー・テレサじゃないんだよ
   あんたが苦しいのもわかるけど、『死にたい』なんて泣き言垂れ流す奴に
   貸してやれるほどデカい胸は持ってない」

杏子が顔を近付けた

杏子「もしあたしが人殺しだったらどうする?」

恭介「…!」

杏子「死ぬか?」

首を振る恭介

杏子が立ち上がる

杏子「…殺してほしくなったらいつでも言いな。あたしがあんたを苦しみから救い出してやる」

恭介「…ごめん」

杏子「泣くんだったら独りで泣きなよ」

出口に向かう杏子

恭介「待って…」

杏子「ん?」

恭介「…これからも、来てくれる…?」

杏子「……。まぁ、適当に暇見つけて来るさ
   こんな部屋で毎日1人ぼっちじゃ頭がイカレちまうだろうからね」

恭介「ありがとう…」

――夕方
さやかが恐る恐る病室に入った

さやか「恭介…?」

恭介「やあ」

さやか「今までごめん…あたし恭介の気持ちも考えないで、余計なことばっかりして…」

恭介「ううん…僕が間違ってたよ。さやかにはひどいこと言っちゃったよね…あの時はごめん」

さやか「…怒ってないの?」

恭介「怒るもんか。いつもお見舞いに来てくれて、すごく感謝してるよ」

さやか(よ、よかった…)

さやかは椅子に腰掛けた

恭介「ところで、佐倉さんってどういう人なんだい?」

さやか「え?」

恭介「さやかの知り合いだって言ってたけど…」

さやか「あ、あぁ杏子ね。んーまぁ何ていうか、その…」

さやか(藁にも縋る思いで杏子の魔力に頼っちゃったけど、
    まさか本当のこと言う訳にも行かないよね…杏子は何て言って入ったんだろ…)

さやか「あ、あたしもあの子のことはよく知らないんだけどさ、
    えっと…あたしが恭介のこと相談したら、『そいつに喝入れてやる』とか言って!

    いやー、止めても聞いてくれないから参った参った
    …『変なことしないでよ』って釘刺しといたけど、嫌なこととか言われてない…?」

恭介が笑った

恭介「そうだね、時々少し怖い時もあるけど、いつも優しくしてもらってるよ」

さやか(ん…ちょっと妬けるな…)

さやか「そ、そうなんだ…」

恭介「…さやかは、『奇跡』についてどう思ってる…?」

さやか「え…?」

恭介「佐倉さんは『知らない』って言うんだ…」

さやか「な、何言ってんのかな…」

さやさや

恭介「自分でもよくわからないんだけどさ…。この間、さやかがくれたCD割っちゃったよね…
   それで手が切れて、血が出てたと思うんだけど…さやかも見てたよね…?」

さやか「…うん」

恭介「あの後、佐倉さんが来て、突然僕の腕を掴んだんだ…
   そしたら、何が何だかわからないけど、その場で傷が治っちゃって…」

さやか(あ、そっか…杏子がかけた魔法、あの怪我にだけ効いたんだ…)

さやか「な、何それー? うーん、不思議なこともあるんだねぇ」

恭介「さやかは、知ってて佐倉さんを連れて来たんじゃないのか?
   佐倉さんが、…何か特別な力を持った人だって」

さやか(…何なのよ、杏子杏子って。あたしだってその気になれば…)

さやか「…杏子は、そのことについて何か言ってた? 手はどれぐらいで治るとか…」

恭介「…僕の手なら、『治らない』って言ってた」

さやか「……」

恭介「だけど、心のどこかでまだ期待してるんだ…前みたいな奇跡が、また起こるんじゃないかって
   そのおかげで、僕はなんとか冷静でいられてる…」

さやか「…恭介」

恭介「何?」

さやか(もし、このままずっと手が治らなかったら、どうする…?
    やっぱり、この前みたいになっちゃうの…?

    逆に、もしあたしが恭介の手を治したら、どんな言葉をかけてくれる…?
    杏子みたいに『特別な人だ』って、そんな風に思ってくれるの…?)

さやか「……」

恭介「…?」

さやさや・・・

――――――――

杏子「――例えば誰かが何の理由もないのにあんたを殴ったとするだろ
   そりゃムカつくよね。でも、そこでムキになって相手を殴り返すんじゃない
   殴られたのと反対側を出して『今度は左だ、来いよ』って言い返すんだ」

恭介「え、あれってそういう意味なの…?」

杏子「ただ我慢すりゃいいってもんじゃない
   平気でそう言えるぐらい強くなることが大事なんだって。沢山の人を救う為にね」

恭介「あはは、そっか。だから杏子は強いんだ」

杏子が笑った

杏子「そいつはどうだかね。あと、その延長でこんなことも言ってたよ
   自分でやり返す必要はない、なぜならそいつは既に罰を受けてるからだ」

恭介「…?」

とりあえず支援

支援

杏恭書くにしてもわざわざさやかを噛ませにするなよ低能が

初めわりと本気でkeyのSSかと思ったわww

杏子「この世の罪と罰のバランスは差し引きゼロで成り立ってるって考え方さ
   面白がって人を殴るような奴は、その分多くの人間を敵に回す

   後にしろ先にしろ、そいつは必ず痛い目に遭わされる時が来るんだって言ってた
   まぁ、世の中は元々そういう仕組みだしね」

恭介「…僕や杏子も、その仕組みの中で生きてるのかい…?」

杏子「そうなんじゃない? それもこれも親父の言葉だけどね」

恭介は左手を見た

恭介「…わからないな。誰かの一生を壊すようなことなんてした覚えはないのに
   どうして僕がこんなにひどい『罰』を受けてるのかな」

杏子が手を掴んでいつもの暗示をかける

杏子「今はまだでも、これからしちゃうのかもしれないよ
   でなきゃ、神様はそれに見合う贅沢でもさせてくれるつもりなんだって思っておけばいい」

恭介「…バイオリンを取り上げられたことと釣り合う出来事なんて
   僕には思い付かないけどな…」

杏子「…ま、生きてればそのうち見えて来るさ。約束はできねーけど」

恭介が杏子を見つめた

恭介「この間の言葉、本気…?」

杏子「何の話さ?」

恭介「『死にたくなったら言え』って…」

杏子「まだそんなこと言ってやがる」

恭介「いや…、今はもう『生きていたくない』なんて思ってないよ
   ただ、もしいつかまた耐えられなくなったら、真っ先に君を思い出すと思う…」

杏子「……」

恭介「その時は、ほんの少しの間でいいから、もう一度僕を支えてほしい…」

杏子「…『殺してほしい』じゃないのか?」

恭介「『生きてれば見えて来る』んだろう…?」

杏子「……そうだね。あんたがそう思えたんなら、多分な」

恭介「杏子は何の為に生きてるの…?」

杏子「あたしはあたしの為に生きてるよ。あんたみたいに1つの物にハマったことはねーし、
   なくしたところで目の前が真っ暗になるほど大事な物も持ってない」

恭介「…音楽の力って、本当にすごいんだよ。君にも感じさせたいくらい…」

杏子「…ピアノならちょっとだけ弾けるよ」

恭介「本当に?」

杏子「んー、あんたからしたら弾けるうちに入らないかもしれないけどね
   子供の頃に教会で覚えた曲がいくつかあるんだ」

恭介「ピアノか…。ずいぶん触ってないな…」

杏子「あんたはピアノも弾けるのかい?」

恭介「『弾けた』だね。仮にも音楽家を目指してた身だし」

杏子「……」

恭介が時計を見た

恭介「…そろそろ行かないと」

杏子「どこ行くんだ?」

恭介「リハビリ室だよ。診察の予定が変わっちゃって。ちょっと寂しいけど、今日はお別れだね」

杏子「歩けるかい?」

恭介「…車椅子を寄せてくれるとありがたいんだけど…」

杏子は車椅子を壁際まで遠ざけた

杏子「ここまで歩いてみな」

恭介「え…」

恭介に近付いて、肘を掴む

杏子「あたしが支えてやるからさ」

恭介は杏子を見上げて笑った

――――――――
――夕方。楽器店
杏子が電子ピアノに向かっている

杏子(何て名前だったっけね…)

体で覚えた、子供の歌の伴奏

ヘッドホンをして、歌詞を思い浮かべながら鍵盤を叩いた

杏子(『わたしの素敵な家族の願い 堅く結ばれて 永遠にそばにいたい
    神様はその願いを聞き届け わたしを導いてくれる』…)

杏子「……」

不意に悲しくなった

杏子(馬鹿…)

同時に演奏ミス。杏子は手を止めた

杏子「…はぁ…」

杏子(…音楽って不思議だよな。知ってる曲が流れると、
   それをよく聴いてた頃を思い出す。忘れてた訳じゃないのにね…)

少し上を向いて、教会とは無関係の明るい曲を弾いた

――――――――
――2030年 恭介の個人オフィス

恭介が観賞用のダガーナイフを机にトントン突き刺している

恭介(…私は過去に囚われすぎているんだろうか。…確かにな
   最後に会ってから6年以上も経つ
   例え約束を果たしたところで誰も喜んでくれやしない)

恭介「……」

深いため息

恭介(追いかけるほど遠のいていく…。やはり私には世界など救えないのか…
   …よりによってコーデリアからさえも行方不明者を出してしまった
   私の最後の砦だったのに…)

恭介「……」

机の上の書類と電話機を床にぶちまけた

恭介(果てに『頭のイカレたロリコン野郎で誘拐犯、あるいは殺人鬼』と来たか
   これではM・ジャクソンの二の舞じゃないか。平和を願う者は決まって変態扱いされる
   貴様らには良心というものが少しでもあるのか!!)

恭介「くそ!!」

ゴミ箱を蹴飛ばし、ウィスキーの瓶を叩き割った

恭介(私は何の為にコーデリアを立ち上げたのか…!
   何の為に『世界を救う子供達』を育てようとして来たのか!
   一体何の為に、全てを捧げて来たのか!!)

恭介「何の為に!!」

ダガーナイフを入り口の扉に投げつける

仁美「!!」

恭介「――!」

仁美がオフィスに入ろうとしていたようだ

ナイフが肩と胸の間に刺さった

仁美「うっ…!」

うずくまる仁美

恭介「志筑……」

恭介は仁美を抱き上げてベッドに寝かせた

仁美「お…おかえりなさい…」

恭介「なぜノックをしなかった…」

引き出しからハサミを出してブラウスを切り裂いた

仁美「それどころではなかったでしょう…?」

恭介(大丈夫だ、傷は深刻じゃない……だが縫わなきゃならないだろうな)

恭介「…肺は無事だ。ナイフを抜くぞ」

仁美「…!」

仁美が強く目を閉じて恭介の腕を掴んだ

仁美「…そっと…お願いします…」

恭介「……」

刃を指で挟むように傷口を押さえ、一気に引き抜いた

仁美「ああっ…!」

ハンカチを裏返しに折り畳んで仁美の手に握らせる

恭介「…押さえろ」

書き手自分に酔いすぎだろ…

ひとひと

仁美「…容赦ないんですのね…」

恭介「すまない…」

仁美「……!」

携帯を取り出す恭介

仁美「待って…」

恭介「何だ?」

仁美「執行猶予中ですわ…」

恭介「…それが?」

仁美「念の為、表沙汰にはしないほうが……」

恭介「……」

恭介は携帯をポケットにしまった

恭介「…裁縫用具をよこせ」

仁美「バッグの中です…1階にありますわ」

恭介「…取って来る。動くんじゃないぞ」

仁美が笑った

恭介「何がおかしい」

仁美「あなたが謝ってくれるなんて」

恭介「…お前はいつも一言多い。もっと深く刺すんだった」

仁美「それは愛情表現ですか?」

恭介「…秘書とはいえお前は敵だ。私は根に持つぞ」

仁美「そう」

ひとひと

――――――――
――2011年 恭介の病室

杏子「よう」

恭介「やあ。…それは?」

杏子は簡素なキーボードを引っ提げている

杏子「昨日買って来たのさ。暇潰しの道具にちょうどいいと思ってね
   でもこんなんじゃ物足りなかったか?」

恭介「……」

杏子がベッドに腰掛けてキーボードをケースから出した

杏子「こいつはピアノにもオルガンにもなるんだ。それにちゃんと和音も出るよ。弾くかい?」

恭介「…まずは杏子が弾いてみてよ」

杏子「いいよ。大して上手くないけどね」

2人はイヤホンを片方ずつ付けた

一番馴染みのある曲を弾く

恭介は小刻みにリズムを取っている

恭介「何ていう曲?」

杏子「忘れちまった」

恭介「…歌の伴奏かな」

杏子「そうさ」

恭介「歌える?」

杏子「弾きながらはちょっとね」

恭介「……」

――曲が終わった

恭介「…僕も弾いてみたいな」

杏子「いいよ」

キーボードを渡す杏子

恭介が押し返した

杏子「おい、何だよ?」

恭介「1人じゃ右しか弾けないから」

杏子「…?」

かみかみ

恭介「左は杏子が弾いてくれる?」

杏子「…!」

キーボードを杏子の膝に乗せる

杏子「っつーか、あんたがどんな曲弾けるかなんて知らないぞ?」

恭介「さっきのでいいよ」

杏子「…まさか、知ってたのか?」

恭介「いや…細かい所は間違えるかもしれないけど、だいたい覚えたから。簡単な曲だしね」

杏子「……!」

恭介が横から杏子の目を見た

恭介「…せーの」

タイミングを合わせて弾き始める

恭介は杏子が先に弾いた通りに鍵盤を叩いた

杏子(本当に弾いてやがる…。すげーな…『天才』ってのはダテじゃなかったのか…)

恭介「…歌ってみて」

杏子「いいっての」

恭介「あはは」

杏子(キーボードでこれだもんな…バイオリンを持たせたら、さぞ……)

――曲が終わった

恭介「もっと一緒に弾こう? 楽しくなって来ちゃった」

杏子「…その前に手貸しな。それと歩く練習だ」

恭介の手を握った

杏子(そういえば、坊やがこんなに生き生きしてるの、初めて見たな…)

暗示が終わり、肘を掴んで立ち上がる

杏子「何かあったのかい? やけに嬉しそうじゃん」

恭介「え? そうかな…」

杏子「……」

恭介のペースに合わせて後ろ向きに進んでいく杏子

杏子「だいぶ歩けるようになったね」

かみかみあんあん!

恭介「…杏子のおかげじゃないかな」

杏子「何でもかんでもあたしと結び付けんなっての」

恭介「あはは」

互いの腕を掴んだまま部屋の中を歩き回った

恭介「…まだまだ先の話だけど、退院した後も会える…?」

杏子「あたしも気に入られたもんだねぇ。まぁ、別にどうしても会えないって理由はないよ」

恭介「よかった。杏子はどこに住んでるの?」

杏子「……。それ聞いてどうすんのさ?」

恭介「遊びに行っちゃ駄目かな」

杏子「…そんなに会いたきゃあたしが行ってやるよ。気が向いたらの話だけどね」

恭介「あはは、そうだね。うちにおいでよ。…杏子は今、孤児院で暮らしてるの…?」

杏子「…いや。本当のこと言うとね、あたし帰る場所ないんだわ」

恭介「…!」

杏子「つっても、住む所に困らない程度の金はあるんだよ
   毎日ホテルに泊まって、あっちやこっちを行ったり来たり
   そうやって自由に暮らしてるのさ」

恭介「……。じゃあ、僕が引き取る」

杏子「はぁ?」

恭介は恥ずかしそうに笑った

恭介「…なんてね。杏子と一緒に暮らせたら楽しそうだなって」

杏子「なーに言ってんのさ」

恭介「ごめんごめん」

杏子(家族か……)

杏子「…ま、考えとくよ」

恭介が立ち止まった

杏子「ん、もう疲れたのか?」

恭介「…杏子の助けになりたい」

杏子「いきなりどうした」

恭介「左手はもう治らないけど…それでも、何とか生きていけるような気がして来たんだ…
   それは奇跡だとか神様だとかっていうのとは関係なく、紛れもなく杏子のおかげで…

   やっと、自分のことだけじゃなくて、他人のことも見えて来てさ…
   それで、まず一番に『助けたい』って思ったのが、杏子で…」

杏子「…あたしは人の助けなんか必要としてねーよ
   誰かに頼らなきゃならないのはあんたのほうだろ?」

恭介「…駄目かな」

杏子「……」

杏子(…もしこいつの家に住むことになったら、手の面倒とかって、あたしが見るのかな…)

恭介は不安定に前進していく

恭介「……」

杏子(…っつーか、いいのかな…人ん家の常識とかしきたりとか、何もわかんねーけど…)

杏子「……」

杏子(…こいつの家族に何て挨拶したらいいんだ…? 話はこいつがつけてくれんのかな…)

トン

杏子の背中が壁に当たった

杏子「ん…」

恭介「…杏子?」

杏子「……考え事してた」

恭介「…どんな?」

杏子「……何でもねーよ」

恭介「…悲しいこと?」

杏子(でも『助けなんか要らねー』って言っちゃったしな…
   …ていうか要らねーよ。何考えてんだあたしは
   ここんとこ毎日こいつの顔見てたから、馬鹿が移っちまった)

杏子「何でもないっての。ほら、どっちに曲がりたいんだ?」

恭介「……」

杏子「何だよ。あたしの顔なんか見てたって何も出て来ないぞ」

恭介は俯いて何か考えると、生唾を飲んだ

それから、少し迷って顔を近付けた

杏子(え…?)

杏子の唇にキスした

杏子(は…!?)

――長い

口を塞がれたまま顔を引きつらせる杏子

杏子(キ…キスされてる……どうすんだよ…『キス』だぞ…!?)

恭介がようやく顔を離した

杏子はまぶたを半分閉じたまま目を泳がした

恭介「……」

杏子「……」

恭介の顔に唾を吐きかける

恭介「!」

杏子「…何してんの?」

恭介「……」

杏子「おい」

恭介は下を向いた

杏子「何してんの?」

後味悪いエンド確定だけど続きが気になるな

うらやましい

恭介「…ごめん…」

杏子「お前は人の体を何だと思ってんだよ」

恭介「……」

恭介をベッドへ誘導する

恭介は目を逸らしたままベッドに上がった

杏子は椅子に腰掛けて膝の上で頬杖をついた

恭介「……」

杏子「……」

杏子(ったくもう…)

杏子「…悪かったよ。顔拭きな」

恭介「いや…。僕が馬鹿だった…どうかしてた。ごめん…」

杏子「……。さやかには言わないでおいてやる」

恭介「…うん」

杏子(変な感触だった…まだ口に残ってる…。人の唇ってあんな柔らかいのか…)

恭介が袖口を掴んで顔を拭いた

杏子(キ…キスされた。…嘘じゃない…本当に口にキスされた…)

恭介「……」

杏子「…なんであんなことしたのさ?」

恭介「……」

杏子「…あたしがベタベタ触るから行けると思ったのか?」

恭介は顔を背けた

杏子「責めてる訳じゃないよ。理解したいだけだ」

恭介「……」

杏子は小さなため息をついた

杏子「…ただの変態だったのか。抱かれに来てるんじゃないのに」

恭介「ごめん…」

杏子「…帰るわ」

あんあん……

――――――――
――2005年 杏子の家
杏子の妹が悲鳴を上げた

振り返る杏子

杏子「!」

熱湯を張っていたフライパンが床に落ちている

妹「熱い!」

妹の腕が見る見る爛れていく

杏子「…た、大変…!」

杏子はシンクに水を溜めた

杏子(まだ4時半だ…お父さん達はまだしばらく帰って来ない…
   …そうだ…今、あたしの魔力で火傷を治しちゃえば…!)

杏子が踏み台を寄せる

杏子「ここに腕を入れて。すぐに冷やせば治るから」

妹は泣きながら首を振っている

妹「やだ、痛いよ!」

マミ「今日も紅茶が美味しいわ」668からの分岐

改変前のマミ生存 OR 改変前のマミ qb 復活

誰か書いてくれたらそれはとってもうれしいなって

杏子「怖がってちゃ駄目! 冷たい水だから入れても痛くないよ、ほら!」

妹「やだ…!」

怯えて杏子から離れていく

妹「痛い…!」

杏子「もう…わかったから…じゃあね、水に浸けなくていいからそこで止まってて…」

妹「痛いよ…」

杏子が妹の体をそっと捕まえた

杏子「『火傷が治りますように』って、あたしが神様にお祈りしてあげるから…」

妹「うん…」

杏子「だから目つぶって。一緒にお祈りすれば神様は聞いてくれるから…」

杏子は妹を後ろから抱き締めたままソウルジェムを両手で包んだ

杏子(どうしよう…お父さんにバレたら絶対何か聞かれる…
   お母さんだったら『神様が治してくれた』って喜ぶかもしれないけど、
   お父さんは多分そんなこと言わない…)

腕の爛れが引いていく

――家の扉が開いた

杏子「!?」

両親が帰って来たようだ

妹が目を開けた

親達がひっくり返ったフライパンに目をやった

神父「あ…!」

妻「! ちょ…ちょっと、2人とも大丈夫!?」

杏子「う、うん…あたしが見てたから…」

妹が腕を見た

火傷が治っている

支援

妹「あれ…?」

杏子「しーっ…!」

佐倉神父が2人に駆け寄った

神父「怪我はないか…!?」

妹「嘘…。本当に治っちゃった…」

神父「…?」

妹「神様が治してくれたの…?」

神父「…怪我したのか…?」

神父が2人の体を見る

杏子「……」

杏子がソウルジェムを背中に隠した

神父「…? 手を見せてみなさい」

ソウルジェムを指輪に変えて手のひらを差し出す

杏子「ん、何もないよ…」

神父「……」

妹「あたし、うっかりフライパン落としちゃって、ここ火傷したの……」

杏子「!!」

妹「でも、今お姉ちゃんが神様にお祈りしてくれて…そしたら治ったの…」

両親が不安そうに顔を見合わせている

杏子(『しー』ってば…! もう、そもそもなんで今日に限って早く帰って来ちゃうのさ…!
   まさか教会で何かあったの…? そういえば…お父さん達、さっきから何か…)

佐倉神父が姉妹の顔を順番に見た

杏子「……」

神父「…杏子」

杏子「…何?」

神父「…どうやった?」

杏子「え…」

神父「何をした…?」

杏子「…あたしはただ…」

神父は遠くを見ながら顎ひげを撫でた

神父「…あの目は…」

杏子「…?」

杏子の手を引いて歩き出す神父

妻「あなた…?」

神父「……杏子に大切な話がある。とても大切な話だ」

妻「……」

杏子は家の外へ連れ出された

神父「……。どうして教会に人が集まるようになったか、知ってるか…?」

杏子「…!」

神父「…まさかとは思うけど…、お前の仕業なのか…?」

杏子「な…なんで…」

神父「…今日、集まって来た人達と話して来たんだ。お母さんと一緒にね…」

杏子「……」

神父「そうしたら、みんなお母さんの話を全く聞かなかった…私の話は楽しそうに聞くのに…
   よく見ると誰も彼も同じような目をしてて、悪魔に取り憑かれているみたいだった…」

杏子「……!」

神父「何かおかしい…さっきのことと言い…。今のお前の顔を見てると、
   お父さんには、お前が真実を知ってるんじゃないかって思えるんだよ…」

杏子「…」

神父「…もしそうなら…、教えなさい。正直に」

――――――――
――マミの家

マミ「あら、今日はずいぶん早いじゃない」

杏子が両手に大量のお菓子を引っ提げている

杏子「…何ていうか、じっとしてられなくてさ…」

マミ「…?」

マミは杏子を部屋に上げた

マミ「――どうしたの? そわそわして。ダイスが足りなくなってしまったの?」

杏子「…サイコロは足りてる…」

杏子はため息をついた

マミ「…心配事?」

杏子「……」

マミがミルクティーを出した

あんあん……

マミ「言ってみなさい。力になれるかわからないけど、誰かに話せば解決しちゃうこともあるわよ」

杏子「…何つーのかな…」

マミが紅茶をすすった

杏子「…ほむらは何時に来る?」

マミ「聞いてないわ。遅くても5時前には来るんじゃないかしら」

呼吸を整える杏子

杏子「…あのね。…今日、知り合いの男と会って来たんだけど…」

マミ「あら、恋の相談?」

杏子「違う…。ちょっと、嫌な話になるぞ…」

マミ「……」

杏子「……。ここ最近、2人っきりでよく会ってたんだけどね…
   いや、2人っきりって言っても…そこがたまたま他に誰もいない場所だったってだけで、
   あたしはそいつがどうこうってことで会ってたんじゃなくて…」

マミ「ええ…」

杏子は少し目を泳がした

杏子「…まぁ、それで…。今日、そいつに…変なことされちゃって…」

マミ「…!」

マミが凍り付いてカップを置いた

杏子「んー、『だから何だ』って言われたらそれまでだけどさ…
   …見かけによらないもんだな。まさかあいつが変態だったなんて」

マミ「佐倉さん…」

杏子「ん?」

マミ「…どうして、抵抗しなかったの…?」

杏子「…気付いた時にはやられてたんだよ…そこからは、さすがに動転してたし…」

マミ「……」

マミが杏子に抱き付いた

杏子「は…?」

マミ「そっか…ごめんね。…そうだよね…怖かったんだよね…」

杏子「…? …あいつは別に怖くねーよ」

マミ「いいのよ、こんな時まで強がったりしないで…佐倉さんだって女の子だもの
   そんな目に遭ったら混乱しちゃうよね…。怖かったね…辛かったね…」

マミが鼻をすする

杏子「お、おい…泣くほどのことじゃないっての…」

マミ「ごめんね…私が慰めなきゃいけない時なのに…」

杏子「…何か行き過ぎた予想してないか…?」

まみまみ

――――――――
――恭介の病室
さやかが入っていく

さやか「――恭介?」

恭介は寝そべったままキーボードで遊んでいる

恭介「…さやかか。驚いた」

さやか「それ、何?」

恭介「…杏子から借りたんだ」

さやか(そっか…杏子がねぇ…)

さやか「そういえば、恭介はピアノも上手いんだったね」

恭介「上手くないよ」

さやかは椅子に腰掛けた

恭介「……」

さやか「…聴いてみてもいい?」

恭介「…構わないけど…」

さやか「…今日、元気ない?」

恭介が手を止めた

恭介「…そんなことないよ」

さやか「……」

恭介「……。せっかくだから、さやかも弾いてみる?」

さやか「あ…、あたしはいいよ」

恭介「簡単だよ」

さやか「うぅ…でも、あたしピアノなんてロクに弾いたことないし…」

恭介「…そっか」

寂しそうに鍵盤を叩く

さやか「…なんか、ごめん…」

恭介「ううん。嫌なら仕方ないよ」

さやか「い、嫌っていうか! そうじゃなくて…その…
    あたしなんかが触っちゃっていいのかなって…」

恭介「あはは。怖がらなくてもいいのに」

さやか「うぅ…」

恭介「……」

恭介がため息をついた

恭介「…僕って最低だ…」

さやか「えっ…! なんで…?」

恭介「…相手が嫌がってるのに、自分の望むことを人に無理矢理強要したりして…」

さやか「ちょ、ちょっと、何言ってんのよ。恭介は何も強要なんかしてないでしょ」

恭介「……」

さやか「…? あぁ、わかった。なんかさっきから元気ないと思ったら、さては杏子だなー?」

恭介「…!」

さやか「杏子が『ピアノなんか弾けない』って言ってるのに
    無理に付き合わせようとして怒らせちゃったんでしょー」

恭介「……」

どこかで見た文体だな
こういう作風好きだ

さやか「恭介…?」

恭介「…まぁ、そんな所かな」

さやか(なんか、それにしちゃ…落ち込み方が…)

さやか「そ…そっか。よっぽどキツく怒られたんだねぇ…もう、杏子め…」

恭介がぎこちなく笑った

恭介「……やっぱり、奇跡は起こらないね」

さやか「…あ…」

さやか(そういえば恭介には『治らない』って言ったんだってね…本当はそれが現実なの?
    それならなんであたしには期待させるようなこと言ったの?
    あたしがキュゥべえと契約するのがそんなに迷惑…?)

さやか「…きっと、もうすぐだよ。だから、諦めないで――」

恭介「僕が望んでた奇跡は起こらない。もういいんだ…。今日、それを確信できたから…」

さやか「恭介…」

恭介「自業自得なんだ…諦めなきゃ……」

さやか「杏子に何か言われたの…?」

恭介「……」

恭介は首を振った

さやか(…もう、だから『変なことしないで』って言ったのに…!)

さやか「心配ないよ…」

恭介「…?」

さやか(もう杏子には恭介を任せられない…
    治療もできないのに、あたしの目の届かない所でこれ以上恭介と会ってほしくない…)

さやか「恭介の手、きっと治るから…それまで頑張ろうね」

恭介「……」

さやか(杏子に迷惑なんかかけないよ。戦い方はマミさんやキュゥべえに教えてもらうもん…
    グリーフマテリアルを誰かに分けてもらうこともしない…

    初めからこうすればよかったのに、あたしは自分の支払う代償を恐れて
    努力もしないで結果だけ欲しがってたんだ…)

――――――――
――夜。魔獣退治の帰り道

マミ「それにしても『キス』ね…。暁美さんは、そんな経験ある?」

ほむら「いいえ」

杏子「ったく、なんであたしなんだよ…」

マミ「きっと佐倉さんのことが好きなのよ」

杏子「それなら口で言えっての…」

マミ「いいじゃない。キスは言葉を超えた最高の愛情表現よ
   何気ない会話の中でふと目が合った2人は
   どちらからともなく瞳を閉じ、熱い唇を寄せ合う…」

杏子(…なんか寒気しないか?)

ほむら(ええ、鳥肌が立ってるわ)

杏子「…で、あんたはしたことあるのかい?」

マミ「ないわ」

杏子「何だよ。知ったようなこと言ってるけど、やっぱりないんじゃんかよ」

QBシャワーの人?

マミ「そう…。だから、ちょっぴり羨ましいの」

杏子「そんないいもんじゃないよ。あんたもいきなりされてみな
   びっくりするぞ。それにちょっと腹立ったし…。嬉しさなんて1割以下だ」

マミが笑った

マミ「何も言わずに突然キスするなんて、情熱的よね」

杏子「…からかってんのか?」

マミ「嫉妬してるのかな」

杏子「だったら代わってほしいぐらいだ」

マミ「ううん。誰にもあなた達の邪魔なんてできないわ。2人の恋は始まったばかりだもの」

杏子はため息をついた

杏子「あーあ、こいつに話したのが失敗だった…」

ほむら「そのようね…」

マミ「ごめんね。こんなことって今までになかったから、何だか嬉しくって」

杏子「あのなぁ」

――その頃

QB「――本当に、いいんだね?」

さやか「うん。やって」

QB「マミや杏子が何て言うか。確かにエネルギーの回収効率が上がる分には大助かりだけどね
   とにかく君が決めたことだ。契約は成立、君の祈りは遂げられる。それじゃあ、行くよ」

キュゥべえがさやかの胸からソウルジェムを取り出した

――――――――
――恭介の病室
杏子がたいやきを食べながら部屋に入った

杏子「…よう、変態」

恭介「!」

杏子「言い訳は考えておいたか?」

恭介「え…?」

杏子「ったく、いつまでもダンマリ決め込んでんじゃねーぞ。人のファーストキス奪っといてさ」

恭介「……」

杏子「忘れてほしいってんならそうしてやるよ。別に恨んじゃいないしね」

恭介「…杏子…」

杏子「ん?」

恭介「…もう会えないかと思った」

杏子「まだ水に流した訳じゃない。今日はあんたの考えを聞きに来たんだ」

恭介「……。そうだね…しっかり言おう」

杏子は椅子に腰掛けて脚を組んだ

恭介「杏子は、突然現れて僕を励ましてくれた。毎日色んな話を聞かせてくれて…
   …杏子に会ってから、不思議なことも起こったりして…」

たいやきを食べ終えて片膝を抱える

恭介「君の父さんの話、すごく興味深かった…。あれから少し、僕の考え方も変わった気がする…
   孤児だって聞いた時は驚いた…全然そんな風に見えなかったし、
   自分の家族にあんなことがあったっていうのに、平然としてて…」

杏子「……」

恭介「初めは、『よっぽど図太いんだな』としか思わなかった…
   それに比べて、僕はなんて不幸なんだって…。君が羨ましかった

   だけど、杏子は明るさの陰にものすごく重いものを背負ってるんだって気付かされて…
   …何とかしてあげたかった…。でも、何もない僕にはどうすることもできなくて…」

杏子「……」

恭介「…それで、…杏子のことを考えてるうちに、いつの間にか好きになってた…」

杏子「…ふーん」

恭介「…本当にごめんね、昨日は…。杏子の気持ちを確かめもしないで…」

杏子「……。ま、いいよ。遊び半分じゃなかったってことは充分伝わった」

恭介「ありがとう…」

杏子「ほら、手貸しな」

恭介の左手を掴む

杏子「あたしはね。ちょっと事情があって、あんたを立ち直らせたかっただけなんだ」

恭介「……」

杏子「まぁ、さやかの為って言えばいいのかな
   実はあいつが腐ってると、色々と迷惑なんだよね」

恭介「…ねぇ、杏子」

杏子「何だい?」

恭介「…君は、一体…」

杏子「ん?」

恭介が左手で握り返した

杏子「なっ…!?」

恭介「…見て」

杏子(動いてる…!)

恭介が笑った

恭介「動くようになったんだよ」

杏子(まさか、さやかの奴…)

恭介「本当に治るなんてね。ほとんど諦めてたのに…」

杏子「……」

恭介「また奇跡が起こった…きっと杏子のおかげだよね」

杏子「ち、違う…」

恭介「あはは、違わないよ。見て、こんなに自由に動かせるよ
   昨日まで自分の手じゃないみたいだったのに…」

杏子「……」

恭介「ありがとう」

杏子「だからこれは…」

恭介は笑いながら涙を浮かべた

恭介「ありがとう…」

杏子(こいつ…)

杏子「…まぁ、とにかくよかったんじゃない…? これであんたも晴れて自由の身だ」

恭介「またバイオリンが弾けるんだ…。もう夢の中でしか弾けないと思ってたのに…」

杏子「ったくもう…あんたにはついて行けねーよ」

杏子も笑った

恭介「あはは。…使ってたバイオリン、捨てちゃったな…」

杏子「…?」

恭介「父さんに頼んで処分してもらったんだ。持ってても辛いだけだと思って…
   少しだけ後悔はしてたけどね。もう仕方ない」

さやさや……

杏子「……」

恭介「…杏子」

杏子「ん?」

恭介「また新しいバイオリンが手に入ったら、一緒に遊ばない?」

杏子「あたしはバイオリンなんか弾けねーよ」

恭介「違う違う、ちょっと聴かせたい曲があってさ
   その時、一緒にピアノを弾いてくれたら嬉しいんだけど」

杏子「おい…」

恭介「きっと喜んでくれると思う」

杏子「…まぁ、別にいいけど。どんな曲だ?」

恭介「それは秘密だよ」

杏子「あんたじゃないんだから1回聴いただけで再現しろって言われてもそんなことできねーぞ」

恭介「大丈夫だよ。杏子なら絶対弾けるから」

うわああああああああああ

最悪のタイミングか

――夕方。病院の前
杏子が煉りようかんを食べている

さやか「…!」

杏子「よう」

さやか「…何よ。あたしを待ってたの?」

杏子「ちょっと確かめたいことがある」

さやか「……」

杏子「…あんた…キュゥべえと契約したか?」

さやか「!」

杏子「やっぱりな…。人の忠告を無視しやがって。あたしは何の為にここに来てたんだよ」

さやか「…恭介から聞いたよ。『手は治らない』って言ったんだってね
    本当はあんたの魔力で恭介の手を治すことなんてできない…
    あんたには、それがわかってたんでしょ…」

杏子「……」

さやか「騙してたのね…あたしのこと」

杏子「…治療はまだ途中だったんだ。確かに坊やには『あたしは治せない』って言ったけどね
   だってそう思わせといたほうが、無事に動くようになった時に坊やも喜ぶだろ?」

さやか「…本当言うとさ、もうあんたには恭介と会ってほしくないんだよね」

杏子「……」

さやか「…あんた、恭介に何したの?」

杏子「…!」

さやか「いかにも『口止めされてます』って顔してたよ、恭介。…あいつに何したのよ」

杏子「…あたしは何もしてねーよ」

さやか「…答えてよ。なんで恭介があんなに落ち込んでたのか。あんたなんでしょ」

杏子(馬鹿野郎…、被害者はこっちだぞ…)

杏子「だから何もしてねーっつーの。何が『口止め』だ、馬鹿」

さやか「…あっそ…。あんたには感謝してるよ。手を治そうとしてくれたのは事実だから
    だけどこれで恭介に用はなくなったでしょ…とにかくもうあいつに関わらないで」

杏子「…! なんであんたにそこまで指図されなきゃならないのさ?」

さやか「じゃあ聞くけど…あんたは恭介と会わなきゃいけない理由でもある訳?」

リトバスとまどかのクロスはよ

杏子「はぁ? 『坊やと友達になるな』なんて一言も言われてねーぞ」

さやか「ふーん…『友達』ねぇ」

杏子「何だよ。悪いか?」

さやか「…別にいいよ。変なことさえしなければね」

杏子「いつまで人を疑ってんのさ? 落ち込む理由なんて他にいくらでもあるだろうが」

さやか「……」

さやかは下を向いて考え込んだ

杏子「……」

さやか「…ごめん。それもそうだね…。ちょっと神経質になってたよ…」

杏子「ったく…」

杏子がポケットからうんまい棒を出した

杏子「…食いな」

さやか「…ありがと」

――――――――
――翌日。病院
杏子が屋上に上がった

恭介が車椅子に座ってバイオリンを弾いている

杏子(『捨てた』って言ってなかったか…?)

足音を立てないように近付く杏子

杏子(…完全にプロじゃんか…)

杏子「……」

杏子は柵にもたれて聴き入った

――曲が終わる

恭介「……」

杏子「よう」

恭介「あ…杏子」

杏子「上手いじゃん」

恭介「ありがとう。だいぶ鈍っちゃったけどね」

さやさや……

杏子「そのバイオリン、どうしたんだ? 親に新しく買ってもらったのかい?」

恭介「これは…。実はさ、父さんが捨てずに取っておいてくれたらしいんだ
   昨日さやかやみんなが集まって、手が動くようになったこと、お祝いしてくれて…」

杏子「ふーん」

恭介「順調に行けば明後日には退院できることになったんだ
   それでもしばらくは精密検査に来ないといけないんだけど…」

杏子が笑った

杏子「何ていうか…あっけなかったね」

恭介「…杏子にはどんなに感謝しても足りないよ」

杏子「何言ってんのさ。あたしは結局顔見てただけだ」

恭介「…本当は、それで充分だったんだと思う…
   思い返すと短い間だったけど、杏子は本当に心の支えになってくれてた
   もし手が治らなかったとしても、杏子がいてくれたから…いつかは立ち直れたと思う…」

杏子「……。間違ってもさやかにそんなこと言うなよ」

恭介「え…? どうして…?」

杏子「…あんたは手が治ったことを素直に喜べばいい
   『治らなくてもよかった』なんてつまらないことは口にするべきじゃない
   あいつ、あんたのことが心配で夜も眠れないくらいだったんだぞ」

恭介「…そうなんだ…。さやかにも、沢山ひどいことしちゃったな…」

杏子「ま、やっちまったことをいつまでも引きずってたってしょうがない
   暗くなるようなことは早いとこ忘れちゃいなよ」

恭介「……」

恭介は寂しそうに笑った

恭介「そうだね」

杏子「……。まだあの時のこと気にしてんのか?」

恭介「! …ううん…」

まさに人魚姫だな……さやさや

杏子「あたしのことそんなに好きか?」

下を向く恭介

杏子(…惨めな思いさせたまんまだったな…)

杏子「…例の曲、聴きたいんだけど」

恭介「え?」

杏子「あたしに聴かせたい曲があるって言ってなかったか?」

恭介「…ああ」

杏子「ちゃんと聴いててやるからさ。弾いてみなよ」

恭介「……。いいよ」

恭介がバイオリンを構えた

恭介「これ、本当はバイオリンの曲じゃないんだ。ピアノと合わせる為に、僕が考えたんだけど…」

杏子「『考えた』?」

恭介「明日にでも、一緒に弾こう?」

杏子「……」

恭介が演奏を始めた

杏子「なっ…!」

杏子が教えた曲らしい

杏子「…これってまさか…」

杏子(あの歌にはバイオリンパートなんてないのに…自分で作っちまったのか?)

恭介「……」

杏子「あんたは作曲もできるのかい?」

恭介はバイオリンを弾きながら笑いかけた

杏子(バイオリンやる為に生まれて来たような奴なんだな…)

かみかみ

――――――――
――夜
4人が魔獣退治を終えた

マミ「――昨日より、1歩前進したんじゃないかしら」

さやか「そ、そうかな…。いやー、そんなに褒められると照れますなぁ」

杏子「このくらいで浮かれてんじゃねーぞ、新入り
   あんたの受け取ったサイコロは、半分以上あたしらが出してやったようなもんなんだぞ」

さやか「わ、わかってるわよ…」

マミ「仕方ないわよ。美樹さんはまだキュゥべえと契約したばかりだもの
   もう少し慣れて来れば、きっと貴重な戦力になると思うから、初めは大目に見ましょう?」

杏子「ったく、これだから反対だったんだよ…
   今日だって何度こいつのせいで余計な手間使ったか」

さやか「ご、ごめんって…近いうち、ご飯でもおごるからさ
    って言っても、恭介が退院した後になっちゃうけど…
    お祝い買う為に、お小遣い貯めなきゃいけないし」

――――――――
――夜
4人が魔獣退治を終えた

マミ「――昨日より、1歩前進したんじゃないかしら」

さやか「そ、そうかな…。いやー、そんなに褒められると照れますなぁ」

杏子「このくらいで浮かれてんじゃねーぞ、新入り
   あんたの受け取ったサイコロは、半分以上あたしらが出してやったようなもんなんだぞ」

さやか「わ、わかってるわよ…」

マミ「仕方ないわよ。美樹さんはまだキュゥべえと契約したばかりだもの
   もう少し慣れて来れば、きっと貴重な戦力になると思うから、初めは大目に見ましょう?」

杏子「ったく、これだから反対だったんだよ…
   今日だって何度こいつのせいで余計な手間使ったか」

さやか「ご、ごめんって…近いうち、ご飯でもおごるからさ
    って言っても、恭介が退院した後になっちゃうけど…
    お祝い買う為に、お小遣い貯めなきゃいけないし」

――――――――
――夜
4人が魔獣退治を終えた

マミ「――昨日より、1歩前進したんじゃないかしら」

さやか「そ、そうかな…。いやー、そんなに褒められると照れますなぁ」

杏子「このくらいで浮かれてんじゃねーぞ、新入り
   あんたの受け取ったサイコロは、半分以上あたしらが出してやったようなもんなんだぞ」

さやか「わ、わかってるわよ…」

マミ「仕方ないわよ。美樹さんはまだキュゥべえと契約したばかりだもの
   もう少し慣れて来れば、きっと貴重な戦力になると思うから、初めは大目に見ましょう?」

杏子「ったく、これだから反対だったんだよ…
   今日だって何度こいつのせいで余計な手間使ったか」

さやか「ご、ごめんって…近いうち、ご飯でもおごるからさ
    って言っても、恭介が退院した後になっちゃうけど…
    お祝い買う為に、お小遣い貯めなきゃいけないし」

なんか変なエラー起きてる?

杏子「ん? あとたった2日で一体どうするつもりだ?」

さやか「ええ…? 何よ、2日って…」

杏子「坊やと会ってないのか?」

さやか「恭介…、つい昨日『退院はまだ先だ』って言ってたけど…」

杏子(こいつよりあたしのほうが見舞いに行くようになっちまったな…)

杏子「じゃあ、急に予定が変わっちゃったのかもな」

さやか「…嘘じゃないわよね?」

杏子「はぁ? そんな嘘ついてあたしに何の得があるってのさ?」

さやか「うぅ…」

杏子「そんなにあたしが信用できないってんなら、明日にでも坊やに聞いてみな」

さやか「…そうするわ」

杏子「本っ当にもう…ちっとは後輩らしくしろっつーの」

マミ「まあまあ。せっかく仲間になったんだし、2人とも仲良くね」

さやか「はーい…」

杏子「あたしが何したってんだよ、ったく…
   じゃ、あたしはそっちのホテルに泊まるから、ここらで失礼するよ」

マミ「そう。わかったわ」

杏子「じゃあなー」

ほむら「ええ」

さやか「……」

杏子が去っていく

マミ「――そう落ち込まないで、美樹さん」

さやか「え?」

マミ「佐倉さんも悪気はないのよ。『足手まとい』なんて言ってるけど、
   本当はあなたのことが心配で仕方ないだけなのよ」

さやか「あたしは別に、落ち込んでなんか…」

一瞬落ちたかな?

マミ「そう? それならいいんだけど。困ったことがあったらいつでも言ってね
   魔法少女にとって、心のケアはとても大切なことなの
   どんな些細なことでも相談に乗るから、遠慮しちゃ駄目だよ」

さやか「うん…。あたしは今の所平気だよ。もう契約しちゃったんだし、
    あたし自身が後悔しない為にも、早く一人前になってみせるよ」

マミが笑った

さやか(あの子、また恭介と会ってたんだ…。杏子の学校って病院から近いのかな…
    なんかずるいな…。それにしても明後日退院だなんて…)

ほむら「……?」

さやか(そうだ…。明日、学校午前中だけだし、タイミング逃さないうちに何か渡しとこ
    恭介は午前で終わりだってきっと知らないから、いきなり行って驚かせてみようかな…
    そしたら夕方まで時間あるし、恭介とゆっくり話せるよね)

――――――――
――2030年 見滝原 ほむらのアトリエ

ほむらがマミと映像通話をしている

ほむら「――今のところ、コーデリア・ガーデンは日本に2軒あるだけ
    中でも対象を魔法少女のみに絞れば、運営はそう難しくないはず
    と言っても、実際にやるのはあなただけれど」

マミ「頭が痛いわね……」

ほむら「……」

ほむらはカメラを巨大なキャンバスに向けた

組織図の上に『Walpurgis kNights』と書かれている

ほむら「規模が大きくなっても根底的な発想は変わらないわ
    ただ、カバー範囲を世界レベルにまで発展させなければならない場合も考えられるけれど」

マミ「……」

ほむら「主な構想はこの通りよ。第1段階、日本各地の魔法少女を
    1つの組織として統一するネットワークの確立

    第2段階、魔獣の活動が活発化する地点の統計と予測
    それも可能な限りリアルタイムで正確な情報共有を目指すもの」

マミ「……」

ほむら「同時に、魔法少女1人1人の戦闘能力やソウルジェムの状態を把握した上で、
    少人数のゲリラ部隊を編成する

    これらを魔獣の動向に合わせて派遣して、瘴気が薄い地区は比較的弱いチーム、
    瘴気が濃い地区は強いチームで制圧する、という具合にキューブを集めていく」

マミ「『最小の労力で最大の功績を』…ね」

ほむら「ええ…。魔獣退治を戦争として捉え、ビジネス化する理論よ」

マミ「……」

ほむら「現場の指揮者はコーデリア出身の魔法少女が担当する
    そして、…リーダーには報酬が多く行き渡る制度を組み込む」

マミ「難しい問題ね…」

ほむら「でも、魔獣を抑え込める戦力を維持する為には、どうしてもやらなければならないわ」

マミ「……」

ほむら「コーデリア出身者は最終的に、ヘレン・ケラーやアン・サリバンのように戦線を引退する
    その後は私達に代わって司令部の内勤ということになるでしょうね」

――――――――
――2011年 ホテル一室

杏子がキーボードを練習している

杏子(あいつって何でも弾けそうだよな…)

新しく買った楽譜を開きながら

杏子(こういう曲も、自分でバイオリン用に作れるのかな…
   …もうちょっと難しい曲でもやらせてみたい気もするな…)

何度も弾き間違える杏子

ため息が漏れる

杏子(ちょっとハードル上げただけなのに全然追い付かねーよ
   いっそのことあいつにでも習ってみようかな…)

テレビをつける

映画のラブシーンが映った

杏子(…あいつがバイオリン弾けるようになったのは、さやかのおかげなんだよな…
   こんなこと、さやかが知ったら何て言うかね…)

恭介にキスされたことを思い出す

(マミ『キスは言葉を超えた最高の愛情表現よ』)

杏子(…あたしのこと、キスしたくなるほど好きなのか…?)

目を泳がす杏子

杏子(そりゃ嬉しいけどさ…。んな簡単にしていいもんじゃないだろ…)

横になってテレビを見つめる

無意識に観察した

俳優と女優が重なってキスしながら手を繋いでいる

杏子(…こういうことされたら、どんな気分だろうな…。あいつこういうの好きそうだし…)

恭介の落ち込んだ姿がよぎった

杏子(…悪いことしちゃったな…。『好きだ』って教えてくれてるのに、唾かけたりして…)

女優の動きを見つめる杏子

杏子(…ま、お詫びも兼ねて応えてやるとするか。明日ならまだ忙しくねーだろうし、
   昼に行けばさやかの奴と鉢合わせちまうなんてこともないだろ
   さやかにはちょっと悪いが、ほったらかしにしとくのも何だしね)

――――――――
――翌日。恭介の病室

恭介「――先生にも、どうして急に手が動くようになったのか、理由は全くわからないんだって」

杏子「ふーん」

恭介「…もしかしたら、気持ちの問題なのかもしれないね
   杏子と出会ってから、いいことばっかりだったから…」

杏子「そうか?」

恭介「うん…」

杏子「…嫌なこともあったんじゃない?」

恭介「…! それは…自業自得だから…」

杏子「あはは、よっぽど効いちゃったみたいだね。あの時は悪かったよ」

恭介「その話はやめようよ…思い出すと、杏子の顔見るのも辛いから…」

杏子「……。それなんだけどね。あれから知り合いに相談したり、
   ああだこうだって色々考えたりしてさ…」

恭介「…?」

かあみいじょおおおお

杏子「『まぁ、いっか』って思えるようになったんだよ。そりゃ初めはムカついたけどね
   こっちが善意でリハビリ手伝ってやってたら、いきなりキスなんかしやがってさ」

恭介「……」

杏子「…でもね、誰かに好かれるってのは悪いもんじゃない
   あんたには惨めな思いさせちゃったよね。何もあんなことしなくたってよかったのに」

恭介「いや…怒って当然だよ…。あれが初めてだったんだし…」

杏子が呼吸を整えた

杏子「なんつーかさ…。あたしのこと、嫌な思い出にされるのも気に食わないんだよね」

恭介「…?」

杏子「お詫びじゃないけど、あんたに渡したいものがある」

恭介「何だい…?」

杏子はブーツを脱いだ

恭介「え…?」

杏子「『迷惑だ』ってんなら受け取らなくてもいい」

素足でベッドに上がって恭介の膝に跨った

恭介「……!」

恭介の肩を掴む杏子

杏子「してやるよ。キス」

恭介「…いいの…?」

杏子「うん」

恭介「……」

杏子「あたしはね、要するに嬉しかったんだよ。あんたに『好き』って思われて」

恭介「嫌がってたじゃないか…」

杏子「あの時は、ただあたしが女だからってだけで
   おふざけで手を出したんじゃないかって勘繰っちまったんだ」

恭介「……」

杏子「くだらない下心でやったんじゃないって誓ってくれる?」

恭介「…うん。誓うよ」

杏子が笑った

恭介「…何だか、恥ずかしいな…」

杏子「ったくもう…それはこっちのセリフだっつーの」

恭介が杏子の体を見た

恭介「…椅子に座ったままでも充分なんだけど…」

杏子「退院のお祝いだ。映画の真似だけどね」

恭介「あはは。洋画を見てるとよくあるよね、こういうシーン」

2人は目を合わせた

杏子「いいもんじゃない? なんか、こういうの」

恭介「…うん。すごくドキドキする」

恭介が杏子の腰に手を当てた

杏子「準備はいいかい?」

恭介「ああ」

杏子「それじゃ、目閉じな」

目を閉じる恭介

杏子「……」

杏子が唇を濡らして顔を近付けた

――ガラッ

さやかが満面の笑顔で駆け込んで来た

さやか「恭介、退院おめ――」

杏子「!!」

さやか「!?」

腕から小さな花束を落として逃げ出す

杏子(さやか…!? まだ学校じゃねーのかよ…!!)

頭痛くなってきた

――廊下

さやかは慌ててドアを閉めると、震える両手で口を塞いだ

さやか(何…? 何…!?)

過呼吸に陥り、ドアにもたれてへたり込む

さやか(何、今の…? 何やってるの…!?)

体が震える。涙が滲んだ

さやか(何それ…? なんで…!? 何なの…!?)

看護師が通りかかった

ナース「あなた、どうしたの? 具合悪いの?」

さやさや……

さやか「…ひっ…、ひっ……」

ナース「大変…すごい震えてるわよ。先生に診てもらわないと」

さやかは口を押さえたまま首を振った

ナース「とりあえず、今はここで横になってていいから。すぐに先生呼んで来るわね」

鞄を落としてふらふらと立ち上がる

ナース「歩けるの? 無理しないで」

さやかが声にならない声で泣きながら去っていく

ナース「ちょ、ちょっと…」

さやかいったぁぁぁぁーーー!!

アウトー!

――病室

ナース「上条さん? 入っていいかしら」

恭介「どうぞ…」

看護師が部屋に入った

杏子がベッドに腰掛けて、俯きながら足をぶらぶらさせている

ナース「お友達が来てたけど…。あの子、泣いてたわよ。何かあったの?」

恭介「…いえ…」

ナース「…喧嘩でもしたの?」

恭介「……」

杏子「……」

杏子(やっちまった……)

――――――――
――夜。さやかの部屋

さやかがベッドに腰掛けてソウルジェムを見つめている

さやか「……」

QB(ねぇ。入っていいかい?)

さやか(…キュゥべえ…)

QB(3人とも心配してるよ)

さやか「……」

机の陰からキュゥべえが現れた

QB「怖気付いたのかい?」

さやか「…そんなんじゃない」

QB「来ないなら来ないって一言伝えてほしかったな。みんな君を待ってて出発が遅れてるんだ」

さやか「……」

QB「何か困ったことがあるみたいだね」

さやか「…大きなお世話よ」

QB「魔法少女になった以上、君にも魔獣と戦う使命がある
   君の為でもあるけれど、こっちとしてもきちんと責任を全うしてもらわないと困るんだよ」

さやか「…だったらあたし1人で戦う。マミさん達にはそう伝えといて」

キュゥべえは目を閉じた

QB「あの3人の中に、会いたくない子がいるようだね」

さやか「……」

QB「魔獣は手ごわいよ。今のさやかの実力から考えるに、1人では恐らく荷が重すぎるだろう」

さやか「…あいつの顔見るくらいだったら、危ない目に遭ったほうがまだマシだよ」

QB「君は事を甘く捉えすぎている。杏子の反対を押し切って契約したんだろう?
   ここでまた君が新たに問題を起こしたら、困るのは僕だけじゃないんだよ」

さやか「…なんで杏子なんかに頼っちゃったんだろ、あたし」

QB「杏子のことが気に入らないのかい?」

さやか「あいつ…『変なことしない』って約束したのに…」

QB「味方同士のトラブルなら、きちんと話し合って解決しないと」

さやか「…あいつとは口利きたくない」

べえさんの胃に穴が開く・・・あるかどうかはしらんが

QB「ワガママを言わないでくれ。僕がここへ来た一番の目的は、君を連れて戻ることなんだ」

さやか「…あたしはあいつと一緒に戦わないほうがいいんだよ…
    頭のどこかで『杏子が魔獣との戦いで死んでくれたら』って考えがちらついちゃって、
    下手したら、あたし本当にそうなるように仕向けちゃうかもしれなくて…」

さやかが下を向いて泣き出した

さやか「最低だよね、こんなこと考えるなんて…
    でもあたし、あいつのことどうしても赦せない…!」

QB「うーん、なるほどね」

さやか「……」

キュゥべえが椅子の上に飛び乗った

QB「君の気持ちはわかった。マミ達にはありのままを話しておくよ」

さやか「! い、今の話…」

QB「大丈夫。余計な問題を誘発させないように、
   言っちゃいけないような所は黙っておいてあげる。それなら心配ないだろう?」

さやか「……」

QB「今日はひとまずゆっくり休むといい。でも、ずっとこうしてる訳にも行かない
   今君がやるべきことは、一刻も早く元気を取り戻すことだ。いいね」

さやかは下を向いたままうなずいた

QB「うん。それじゃあよろしく頼むよ、さやか。また会おうね」

キュゥべえがベッドの陰に消える

さやか「…あたしって、嫌な子だ…」

――――――――
――マミの家

テーブルにリンゴが切り分けられている

QB「――さやかはどうやらメンバーが気に入らないみたいだね」

マミ「そう…困ったわね。何でも相談してって言ったのに…」

ほむら「……」

杏子「……。まぁ、『気に入らない』ってのはあたしのことだろうね」

マミ「そうね…佐倉さんも悪気がなかったのはわかるけど、
   邪魔者みたいな言い方は、美樹さんにはちょっとこたえたかもしれないわね…」

杏子(本当の原因はそこじゃないけどな…)

マミ「美樹さん、他に何か言ってた?」

QB「具体的には特に教えてくれなかったよ。ただ、僕にはひどく落ち込んでいるように見えた」

マミ「心配ね…。そういえば、暁美さんは美樹さんと同じクラスだったわよね?
   学校で何か変わった様子はあったかしら?」

ほむら「……。今日はどちらかと言うと上機嫌だったと思うのだけれど」

マミ「あら、不思議ね」

ほむら「でも、午後の様子は私にもわからないわ。2年生の授業は午前で終わってしまったから」

杏子(そうだったのか……)

マミ「美樹さんとは何か話したの?」

ほむら「挨拶程度しかしなかったわ」

マミ「そう…」

杏子「……」

マミ「…佐倉さん?」

杏子「…ん?」

マミ「そんな顔しなくていいのよ。悪いのは佐倉さんじゃないもの
   学校で元気だったのなら、美樹さんはあなたが思うほど傷ついてはいないはずよ」

杏子「……」

マミ「きっと、集まる時になって不安になってしまったのね
   『またみんなの足を引っ張っちゃうんじゃないか』って。美樹さん、いい子だから…」

杏子はリンゴを一切れ口に入れた

マミ「あの子には、私からきちんと話をしておくわ。とにかく、今日の所は3人で行きましょう」

支援

支援

――――――――
――翌日。学校の屋上

さやか「……」

マミ「お説教をする為に呼んだんじゃないわ。だからそんなに怖がらないで
   私の顔、怒ってるように見える?」

さやか「…ううん」

マミ「…チームの子が嫌なんですって?」

さやか「…! キュゥべえから聞いたの…?」

マミ「ええ」

さやか「……」

マミ「…美樹さん、私のこと嫌い?」

さやか「え?」

マミ「いつも先輩ぶって、かっこつけて、本当は力になってあげられる自信なんてないのに、
   『全部私に相談しなさい』なんて言って…
   こんな頼りない先輩について行くの、嫌になっちゃった?」

さやか「う、ううん! マミさんはかっこいいし、優しいし…ちゃんと尊敬もしてるよ…」

マミ「…じゃあ、佐倉さんかしら?」

さやか「…!」

マミ「あの子、昨日美樹さんが来なかったのを見て、結構へこんでたわよ
   『この間は言い過ぎちゃった』って、口には出さないけど思ってるみたいで」

さやか「…あのことなら別に気にしてないよ。あたしがお荷物なのは本当だし」

マミ「美樹さん…」

さやか「ねぇ、マミさん…キュゥべえはどこまで喋ったの…?」

マミ「え…?」

さやか「あたしが杏子のこと嫌いだって、みんなの前で言ったの…?」

マミ「そんなこと言ってなかったわよ」

さやか「……」

マミ「…佐倉さん、怖い?」

さやか「…別に」

マミ「うーん…。どうして嫌いなの?」

さやか「……」

マミ「2人には絶対に内緒にしておくから。言うだけ言ってみない?」

さやか(なんで思い出させるのよ…)

顔を隠すさやか

涙がこみ上げる

マミ「美樹さん…?」

さやか「…何でもない…」

マミ「泣かないで…。どうしたの…?」

さやか「何でもないってば…!」

>>194
弁当分けてもらってるシーンあったからべえさんも胃はあるだろう

――――――――
――同じ頃。病院の前

医者達が恭介の見送りに出ている

恭介「長い間、お世話になりました」

ナース「お大事にね」

医者「大変だと思うけど、頑張ってね。リハビリとバイオリン」

恭介「あはは。ありがとうございます」

両親に連れられて車に向かっていく

父「さあ恭介、家に帰ろう。…退院おめでとう」

恭介「うん…」

遠くに杏子の姿が見えた

花壇の煉瓦に腰掛けてクレープを食べている

恭介「杏子…!」

父「…?」

恭介「ごめん、2人とも…。父さん達は先に帰ってて」

父「…どうしたんだ?」

恭介「大事な友達が来てる…。少し話してから帰るよ」

父「……。わかった。あまり寄り道するんじゃないぞ
  まだ体は万全じゃないんだ。くれぐれも車に気をつけなさい」

恭介「あはは、うん。事故はもう二度と御免だからね」

――恭介が杖に縋りながら杏子に歩み寄った

杏子「……」

恭介「…杏子」

杏子「…何の用さ?」

恭介「! 君こそ…」

杏子「あたしはあんたを見送りに来ただけだ」

恭介「見送りじゃなく出迎えだったら嬉しかったんだけど…」

上条家の車が走り去る

杏子「…あれ、あんたの家族じゃないのか?」

恭介「…そうだよ」

杏子「いいのか? ほっといて」

恭介「母さん達にはいつでも会える…今は杏子のほうが大事だから」

杏子「ふーん…」

恭介「…その…」

杏子「座りなよ。そんな足で立ってないでさ」

恭介「あ、ああ…」

隣に腰掛ける恭介

恭介「…昨日のことなんだけど…」

杏子は遠くを見ながら食べ続けている

恭介「……ありがとう」

杏子「何が?」

恭介「何って…全部さ…」

杏子「…結局できなかったね」

恭介「……」

杏子「あんたはさ。さやかのことどう思ってるんだ?」

恭介「…なんで…?」

杏子「見てわかんないの? あいつ、あんたに惚れてんだよ」

恭介「……」

杏子「あんたはどうなのさ? そこんとこ。あのままほっとくのか?」

恭介「…さやかは、僕にとって家族みたいなもので…ほとんど弟みたいにしか思えなくて…
   さやかが僕のことを好きだなんて、どう受け止めればいいのかわからないんだよ…」

杏子は口の周りを舐めた

杏子「…もうあたしにしか興味ないのか?」

恭介「…ああ。杏子のことを思い出すだけで、じっとしていられなくなる…」

杏子(…あたしもキスされた日の夜はそうだった)

杏子がクレープを食べ終えた

杏子「前から聞きたかったことがある」

恭介「何…?」

杏子「あたしを引き取るって言ったよね。あれは本気?」

恭介「…!」

杏子「…ったく。真面目に考えちまったじゃんかよ」

恭介「杏子…」

杏子「……」

恭介「…ごめん。確かにあの時は冗談のつもりだった…
   でも、『本当にできたらいいのに』って、ずっと思ってたよ…」

杏子「…仮の話だけど、一緒に住むとして、あたしと何するんだ?」

恭介「そんなこと聞かれても…。いつもみたいに話したり、音楽をやったり…
   何ていうのかな…僕はただ、一緒にいたいだけなんだよね」

杏子「……」

恭介「最近は、病室に戻る度に杏子の匂いがした…
   夜に杏子のこと考えてると、いつの間にか眠ってて…
   『一緒に寝られたらどんなに幸せだろう』…とか思ったりして…」

杏子は目を泳がした

恭介「…杏子が来てから何度も奇跡的な出来事があったけど…
   どんな不思議な奇跡よりも、僕はただ君だけが欲しかった…」

杏子「ふーん…」

恭介「…杏子の気持ちが聞きたい」

杏子「……。あいつを怒らせたくて会ってた訳じゃないんだけどな…」

恭介「……」

杏子「…あんたはあたしがいなくなったらどうする?」

恭介「考えたくもないよ…。もっと杏子のことが知りたい
   これからも杏子と関わっていたい。ピアノや歌も聴きたい…」

杏子「……」

恭介「…嫌かな」

杏子「…いいよ。…面倒見てやるよ」

恭介「ありがとう」

杏子が恭介の手を握った

杏子「家まで送ってやる」

―――――――――
――夜。マミの家

杏子「――あいつはまたサボりか」

マミ「うん…、今日私が説得してみたんだけど、
   泣いてばかりで、何が嫌なのかちゃんと話してくれないのよ…」

杏子「……」

コーンスナックを食べ始める杏子

マミ「失礼を承知で聞くけど、この前のこと以外で何か心当たりはない?」

杏子「…!」

マミ「美樹さん、どうしてもあなたと会いたくないって言うの…
   私の見てない所で何かあったんじゃない?」

杏子は目を逸らした

杏子「…さあね」

マミ「……」

杏子「…あいつがした契約の願い事にケチつけたからかもしれない」

マミ「どういうこと?」

杏子「…あいつ、知り合いの怪我を治すようにキュゥべえに頼んだんだよ
   それであたしは『くだらねーことに奇跡を使いやがって』って馬鹿にしたんだ…」

マミ「そうだったの…。美樹さんには、それが赦せなかったのかもしれないわね」

杏子「…魔法の力なんて、他人の為に使うもんじゃない
   そんなことしたって、いつの間にか自分も相手も傷つけて、
   最後にはそいつ自身を破滅に追い込んじまうだけだ」

ほむら「……」

杏子(…そうだよ。あいつの手を治そうとなんてしたのがそもそもの間違いだった…
   さやかの奴にはっきり『遊び半分でこっちの世界に入って来るな』
   って言って、無理矢理にでも締め出しちゃえばよかったんだ…)

ほむらがリボンを握り締めて震えた

QB(――マミ、みんな)

マミ(あら、キュゥべえ。どうしたの?)

QB(さやかを連れて来たよ)

杏子「!」

マミ(…鍵は開いてるわ。通してあげて)

QB(ああ、了解だ)

キュゥべえを肩に乗せたさやかが入って来た

さやか「……」

杏子「……」

マミ「よく来てくれたわね、美樹さん。そろそろ行こうと思っていた所だけど、
   少しゆっくりしてからにする?」

さやか「…そうする。ありがとう」

マミ「今、紅茶を出すから」

マミがテーブルを離れた

さやかは俯き気味に杏子を睨んでいる

杏子「……」

さやか(…何か言うことないの)

杏子(…! …悪かったよ)

さやか(…それだけ?)

杏子(他に何て言ってほしいのさ?)

さやか(…さあ、何だろうね…あたしわかんないや
    ただ…、『言ってほしい』とかは、ちょっと違うと思う)

マミがテーブルにティーカップを置いた

マミ「もう…。2人とも仲良くしなさい。話すなら私に聞こえるように話したら?」

杏子「……」

マミ「せっかく来てくれたんだもの。いっそここで仲直りしちゃったらどうかしら
   私達は互いに命を預け合う関係なのよ。仲間割れは一番避けなければいけないことよね」

さやか「……」

マミ「美樹さん、何があったかは佐倉さんから聞いたわ」

さやか「…!」

マミ「佐倉さんにも深い事情があるのよ。心無い一言に思えたかもしれないけれど、
   あなたの優しさに共感して、その裏返しで厳しい言葉をかけてしまっただけだと思うの」

さやか「…?」

さやか(あんた、マミさんに何て言ったのよ?)

杏子「……」

さやか(…嘘ついたんだ。…そうだよね。言える訳ないもんね、あんなこと)

杏子は冷や汗をかいた

さやか(いいよ、それで。これはあたしの問題だもん
    仮に解決できる人がいるとしたら、それはマミさんじゃない)

杏子(…あたしを殺そうってのか?)

さやか(…別に。そんなことしたってどうにもならないでしょ
    たださ…用もないのにあたしに話しかけたりしないで
    あたし、あんなもの見せられた後で愛想笑いできるほど我慢強くないから)

さやさや……

――――――――
――昼。見滝原某所

杏子がモナカアイスを食べながら歩いている

杏子(しょうがねーじゃん…あいつはあたしに惚れちまったんだよ
   今更あいつを捨てろっつーのかよ…)

恭介「あ、杏子!」

恭介が遠くで手を振っている

杏子「あ…」

恭介「奇遇だね、こんな所で会うなんて」

杖をついてふらつきながら走って来る

杏子「おい、無理しなくていいっての」

杏子が駆け寄って支えた

恭介「ありがとう」

杏子に抱き付く恭介

杏子「ちょっと…人前であんまりベタつくな…。誰が見てるかわかんねーぞ」

恭介「あぁ、ごめん…つい」

書き手はレスの無さで需要ってものを弁えられないものか

杏子「あはは。なんか、あんたって年上の女好きそうだよね」

恭介「え…そうかな」

杏子「そうだよ」

食べかけのアイスを差し出した

杏子「食うかい?」

恭介「うん、頂くよ。ありがとう」

恭介は杖にもたれるようにアイスを食べ始めた

杏子「ここで何してたんだ?」

恭介「リハビリの為に散歩してたんだ。月曜には学校に行きたいんだけど、
   まだ親が不安がっててさ。杏子は何をしてたの?」

杏子「ゲーセン行って来た所だ。ここんとこあんたの見舞いばっかり行ってたから
   何して暇潰せばいいかわからなくなっちまった」

恭介「そっか…これからは学校があるからますます会えなくなっちゃうね」

杏子「そうだね…。学校は楽しいか?」

恭介「楽しいよ。病院での生活にうんざりしてたから、みんなの顔を見るのが楽しみだ
   でも杏子がいないのだけが、ちょっと残念だな…」

杏子「あはは、あたしの分まで勉強しなよ。あんたにはちゃんとした将来があるんだからさ」

恭介「…うん」

杏子「……。んなことより、暇ならどこか寄ってかない? ジュースぐらいならおごるよ」

恭介「そんな。僕が出すよ」

杏子「いいっての。もらえるもんはもらっときな。あんたはまだ働ける歳でもないんだし」

恭介「…そういえば、杏子って――」

杏子「ん?」

恭介「……。何でもない」

恭介が下を向いた

杏子「どうした?」

恭介「…ううん…今は聞かないでおくよ」

杏子「……」

杏子(…馬鹿みたいに正直な奴だと思ってたけど…
   こいつもこいつで気遣ってるのかもしれないな)

杏子「あたしのこと心配か?」

恭介「え…」

杏子「言いたいことがあるなら言っちゃいなよ。あんたの言葉では傷ついたりしないし、
   そう簡単に見捨てたりもしないからさ」

恭介「…わかった。…少し気になってたんだけどさ…。杏子って、どんな仕事してるの…?」

杏子「……。仕事っていう仕事はしてないよ」

恭介「え? じゃあ、どうやって暮らしてるの…?」

杏子「……。親父の遺産さ」

恭介「…杏子の家、お金持ちだったんだね」

杏子「…嘘だと思うかい?」

恭介「…半分ね」

杏子「……!」

恭介「やっぱり、聞くべきじゃなかったかな…」

杏子はため息をついた

杏子「…本当のこと知りたい?」

恭介「…ううん。今はまだ、僕は知らなくていいと思ってる…
   ただ…、もし悲しい仕事なら、できれば辞めてほしいな…」

杏子「悲しい仕事って何さ?」

恭介「……」

杏子「葬儀屋とか?」

恭介「いや…そういうことじゃなくて…」

杏子が恭介の背中を叩いた

杏子「一体何を想像してんだよ」

恭介「……」

恭介は鼻を掻きながら小さなため息をついた

恭介「疑ってた訳じゃないけど…。もし、…もし杏子が体を売ってたら、嫌だなって…」

杏子「……」

恭介「……」

杏子「…それ、金になるのか?」

恭介「わからないけど…」

杏子が笑った

杏子「そんなこと思いつきもしなかったよ。あたしはそっちとは一生無縁だ
   いくら積まれようが、死んでも御免だね。誰が好きでもない男なんかと…」

恭介「……」

杏子「あたしは正真正銘潔白さ。だからそこは心配しなくていいよ
   キスされたのも抱き締められたのも、家族と女以外ではあんたが初めてだ」

恭介「…そっか……うん。ありがとう…すっきりしたよ」

杏子「ったく、何つーこと考えてやがんだよ」

恭介「ごめん…」

恭介が困ったように笑った

杏子「…ちょっと来な」

恭介を人目の少ない物陰へ引き連れる

杏子「したいと思わない?」

恭介「…何を…?」

杏子がチュっと唇を鳴らした

恭介「…!」

杏子「何戸惑ってんのさ?」

いやいや恋愛模様以外の所で期待しているので続けてくれ

恭介「…いや。杏子から言って来るなんて、珍しいから…」

杏子「……」

杏子が恭介の肩を掴んで壁に押し付けた

杏子「一瞬だけな。誰も見てないうちに」

恭介「ああ」

目を閉じてキスした

体を離すと、恭介が杖を捨てて杏子を引き寄せた

杏子「!」

恭介「もう少しだけ…」

目を泳がす杏子

恭介からキスした

杏子(ったく…)

恭介が口をこじ開けるように舌を入れた

杏子「…!」

恭介「…平熱高い?」

杏子「何年も計ってない…なんで?」

恭介「口の中温かいね」

杏子「へんた――」

言い切る前に恭介がまた唇を塞いだ

杏子「……」

知らない人が目の前を通りかかった

杏子はキスしたまま恭介の頭を叩いた

――――――――
――夜。4人組が魔獣と戦っている

杏子が魔獣の放つ魔法の糸を切断していく

さやか(どいて)

杏子「…?」

後ろからさやかが剣を脇に構えて突進して来る

杏子「なっ…!」

さやかは杏子と戦っていた魔獣の集団に斬りかかった

さやか「うあああああああ!!」

先頭の首を切り落とし、大量の剣を召還して乱雑に投げ込む

大半はかすりもしなかった

杏子「おい…」

さやかが落ちた首を踏みつけて何度も突き刺す

死角から放たれた糸がさやかの腕に絡み付いた

さやか「…ふん」

剣を大きく振って断ち切る

杏子(何やってやがる…ほとんど魔力の無駄遣いじゃねーか)

杏子はさやかから目を離さないように別の魔獣を狙った

さやかは自分の仕事を投げ出して杏子の獲物に向かって走った

杏子「…!」

さやか「……」

すれ違う瞬間、冷たい目で杏子を睨んでいるのが見えた

杏子と魔獣の間に割り込んで来る

さやか「だあああああああ!!」

近い敵から剣で殴った

さやか「はぁ、はぁ…!」

魔獣が倒れるまでひたすら殴る

杏子(切れ味が落ちてるぞ…相当疲れてるな)

>>218
さやかを落したいだけのSSだ
いやなら閉じろ

杏子「さやか!」

さやか「……」

杏子「何やってんだよ! あんたはもうすっこんでろ!」

さやか「うるさいわね…」

杏子「…!」

さやかを比較的安全な方向へ蹴り飛ばす

さやか「うわっ!」

杏子「手本を見せてやるからそこで座ってな…。そろそろ覚えろっての」

杏子は糸を紙一重の所でかわしながら魔獣を次々と斬り捨てた

さやか「……」

マミとほむらがさやかの殺し損ねた魔獣を処理している

マミ「さあ、行くわよ! 暁美さん、美樹さんを助けてあげて」

ほむら「ええ」

マミが大砲を召還した

ほむらが背中の翼で低空飛行して、尻もちをついているさやかを抱き上げた

杏子「……」

杏子が退避する

マミ「ティロ・フィナーレ!」

魔獣の群れが燃え上がった

――やがて燃え尽きて静まり返った

マミ「――みんな、よく頑張ったわ」

ほむらがさやかを降ろして翼を引っ込めた

さやか「はぁ…はぁ…」

杏子とほむらが地面に散らばった浄化素材を集め始めた

マミ「美樹さん。ソウルジェムを見せてみなさい」

さやか「……」

俯きながら少し濁ったソウルジェムを差し出す

マミ「佐倉さんを助けてあげようとしたのね? それはいい心がけだわ
   でも、まずは目の前の仕事に集中することから始めなさい」

さやか「…マミさん。あたしは杏子を助けようとしたんじゃないよ
    また嫌味言われるのが嫌だっただけ…
    こうやって、あたしがちゃんと魔獣を倒せば誰も文句ないわよね」

マミ「あらそう。見返りをもらうことを正当化する為に、人の手柄を横取りしたって訳ね」

さやか「……!」

マミがさやかの傷を修復した

マミ「焦りは禁物よ。美樹さんはまだそんなこと考えなくていいの
   それに、誰もあなたをお荷物だなんて思ってないわ。だって私達、友達じゃない
   当分は素直にダイスを受け取っておきなさい」

さやか「……」

杏子が来た

杏子「…よう…こいつはあんたのだ、さやか…」

浄化素材を一掴み差し出す

さやか(…そうやってマミさんの前でいい顔して、あたしだけ悪者にしようっていうの?)

杏子(何ふざけたこと言ってやがる)

杏子「…全部あんたが倒した魔獣のサイコロだ
   これだけあればその穢れも完全に浄化できるだろ」

さやか(…余計なことしないで。あんたの手からは何も受け取りたくないから)

杏子「…!」

歯を食いしばる杏子

マミ「もう…またテレパシー? そこで一体何を話してるの?」

さやか「……」

杏子「…あたしらは何も話してないよ。あんたの気のせいだ、マミ」

マミ「…そうなの? 美樹さん」

さやか「…うん。別に何も…」

マミ「……」

さやかは杏子から浄化素材を受け取った

ほむらがさやかの目を見つめている

さやか「…何よ…」

ほむら「……。戦場に私情を持ち込むべきではないわ。あなたには難しいかもしれないけれど…
    現に、あなた1人の無謀な行動が、残る3人の仕事を増やした」

さやか「……」

ほむら「誤解しないで。あなたを落ち込ませたい訳じゃないわ
    この程度の出来事で本心から責めるつもりもない。私はただ、あなたを助けたいだけよ
    似たような状況が続けば、あなたは近いうちに自分を保てなくなるから」

さやかは涙目になった

マミがさやかのソウルジェムを浄化し始めた

さやか「…もういいよ、マミさん。あたしこのチーム抜けるわ」

マミ「!」

杏子「…!」

ほむら「……」

さやか「そのほうがお互い都合いいよね。足引っ張る子はいなくなるし、
    あたしも今みたいにみんなに怒られなくて済むから」

マミ「誰も怒ってなんかいないわよ」

さやか「無理しなくていいって言ってるでしょ。本当は追い出したくて仕方ないくせに
    …っていうか、むしろさ。あたしがここにいたくないんだよね」

杏子「…あんた1人で何ができるってんだ、さやか
   もうちっとコツを覚えるまではあたしらの世話になっときな」

さやか(…誰があんたなんかに)

杏子(…テメェ…)

さやか「あ、そうだ、ほむら…。あんたにお礼言ってなかったよね…さっきはありがと」

ほむら「……」

さやか「それじゃ、バイバイ。あとは3人で上手くやって…」

浄化中のソウルジェムを拾って歩き出す

マミ「ちょっと、待ちなさい」

さやか「…『もういい』って言ったわよね…あたしは1人で生きてくから…
    戦いにも慣れて来たし。…契約した時点で、初めからそのつもりだったんだ」

マミ「美樹さん」

マミが駆け寄る

さやか「…ついて来ないで」

マミ「……。いつでも戻って来てね?」

さやか「……」

さやかは泣きながら走り去った

マミ「…美樹さん、契約する前はあんなに素直な子だったのに…」

ほむら「…どんな不条理も受け入れる覚悟がなければ、魔法少女は務まらない
    美樹さんには、それができなかったのでしょうね。…気の毒な子…」

杏子「……」

―――――――――
――数日後。廃れた教会

杏子と恭介が席に腰掛けて手を繋いでいる

杏子(さやかの奴…)

恭介「…立派な教会だね」

杏子「……」

恭介「…杏子の父さんにも会ってみたかったな。きっと立派な人だったんだろうな…」

杏子「…ひたすら正直で、優しい人だったよ。変わり者だったけどね
   …正直すぎて、ちょっと馬鹿で、子供みたいな人でさ」

恭介「……」

杏子「あたしの初恋なんだよね。ガキだった頃、親父と結婚したくて、
   親父に好きになってもらう為に一生懸命だった」

恭介「…そっか」

杏子は脚を組んでポッキーを食べ始めた

杏子「食うかい?」

恭介は杏子の手をどけてキスした

杏子「…!」

恭介「……」

杏子が首を振って立ち上がった

パーカーのポケットに手を入れて説教壇に上がる

恭介が後ろからついていく

杏子「…あんたはあたしのことを何だと思ってる?」

恭介「え…?」

杏子「なんでキスばっかりするのさ?」

恭介「…『好きだから』じゃ駄目かな」

杏子「どこが好きな訳?」

恭介「…全部、かな…」

杏子「あたしの全部なんか知らねーだろ」

恭介「……。これから知ること、全部受け入れるよ。…全部好きになる」

杏子「…あんたを傷つけても?」

恭介「そのつもりだよ」

杏子「…ふーん」

杏子が振り返って恭介の頬を引っぱたいた

恭介「…!」

杏子「…これでもか?」

恭介「あのさ…。やっぱり杏子、今日イライラしてる…?」

杏子「……」

恭介「いいよ…僕が捌け口になる」

杏子「…くっ…!」

恭介の胸倉を掴んで壁に強く押し付けた

杏子「…言ったね」

恭介「ああ。やってくれ」

杏子が反対の頬を倍の力で叩いた

唇が切れて血が垂れた

恭介「うっ…!」

杏子「ナメんなよ…」

恭介が目の色を変えて杏子を見つめた

恭介「……」

杏子の左胸に指を食い込ませる

杏子「…! …触んな!」

恭介の頭を壁に叩きつけ、首を絞めながらキスした

恭介が襟元を掴んで押し返す

杏子「!」

足がもつれ合い、抱き合ったまま階段を転げ落ちた

恭介「いっ…た…」

杏子「いい根性してんじゃん…」

杏子が恭介を床に押さえつけて強引にキスした

恭介「……」

どちらからともなく指を絡めて手を繋いだ

無理矢理舌を入れる杏子。その気になれば喉に届きそうだった

恭介が杏子のポニーテールを鷲掴みにした

杏子「…!」

恭介の首を絞める

恭介が急に舌を噛み締めた

杏子(痛っ…)

杏子は本格的に気道を絞めつけた

顎に一層力を入れる恭介

杏子「っ…!」

繋いだ手に爪を立てる

恭介「……」

舌の裏から血が滲んだ

杏子(…噛み切られる…!)

首を絞めていた手で恭介の胸を叩く

恭介がようやく口を開けた

飛び退くように倒れる杏子

肘をついたまま口を押さえた。かなり出血している

恭介「杏子…?」

起き上がって来た恭介の腹に蹴りを入れた

恭介「ぐっ…」

杏子「…殺す気か?」

恭介「…ごめん、つい…。ちょっと興奮しちゃって…」

杏子「……」

杏子は人差し指で手招きすると、口の中に溜まった血を口移しした

杏子「…死ぬかと思ったぞ」

恭介「…舌、長いんだね」

>>218
バサラの方行ってこい。今丁度さやかちゃんと恭介がいい感じだぞ

杏子「…?」

恭介「大丈夫だった…?」

杏子「…これが大丈夫に見えるか?」

恭介「…もっといじめたいんだけど…」

杏子「は…?」

杏子は目を泳がした

恭介「あ…何言ってるんだろ…頭でも打ったかな…」

杏子「……」

恭介「嫌だよね、こんなの…ごめん」

杏子が少し震える手で恭介の肩を掴んで顎を上げた

恭介「え…?」

杏子「…いいよ」

恭介「…君は…」

杏子「…?」

恭介が唇をつけた

舌先で杏子の傷を抉る

杏子「んっ…!」

痛みで息が漏れた

恭介の舌を噛まないように顎の力を必死で抜いた

口から血がこぼれていく

――説教壇の上にキュゥべえが乗っているのが見えた

杏子は横目に睨みながらキスを続けた

QB(なるほどね…。さやかが怒っていた理由はこれだったのか)

杏子(よう。いきなり何の用だい?)

QB(さやかのソウルジェムの状態が思わしくない
   その原因をはっきりさせる為に、みんなの動向を観察していたんだ)

恭介が杏子の上着のファスナーを下げた

杏子「…どこまでする気だ? 変態」

恭介「…たまには、名前で呼んでほしいな…」

杏子「……変態」

恭介「…どうして呼んでくれないんだ…?」

杏子「んー…。なんか、こっ恥ずかしいんだよ。あんたの名前呼ぶの」

恭介「…そっか」

杏子「悪いね」

恭介「ううん。こうしていられるだけで充分幸せだよ…」

杏子を抱き締める恭介

杏子は血まみれの口で恭介の首に何度かキスした

QB(しかし、どうしたものか…。わかったはいいけど、あいにく上条恭介は1人しかいない)

杏子(…つまり何、『別れろ』っての…?)

QB(それは違うよ。君が恭介をさやかに譲ったら、そのしわ寄せは杏子に行ってしまう
   だけど僕にとっては、さやかより君のほうが重要な収入源だ
   だからどの道犠牲が避けられないのなら、君のソウルジェムの安定を優先したいね)

杏子(あたしはさやかみたいに神経細くねーぞ)

QB(なら、今すぐ恭介と別れてさやかに謝りに行くかい?)

杏子(……。それで、こいつの気持ちはどうなる。こいつが好きなのはあたしなんだぞ)

QB(彼には割り切ってもらうしかない)

杏子(…ふん。できるか、そんなこと…)

QB(困ったな…。まぁ仕方ない。今日はこれ以上話し合っても進展はなさそうだ
   また別の解決方法を考えつつ、さやかを見守るとしよう
   ところで杏子、今僕が見聞きしたことは、マミ達に伝えても構わないかい?)

杏子(…! …勘弁しろ)

QB(わかったよ。このことは秘密にしてあげる
   また使用済みのグリーフマテリアルが溜まったら声をかけてね
   僕も時々3人の戦いに同行するから、その時でも構わないよ。じゃあね、杏子)

恭介「杏子の血だ…」

恭介は杏子の唇を噛んだ

まあ書き手もクソだわなぁ

わざわざVIPでやるなよ

―――――――――
――夜。マミの家

杏子がソファでうつ伏せにウトウトしている

マミ(キュゥべえ。美樹さんの様子はどう?)

QB(相変わらずだ。でも大丈夫。さやかには僕がついてるからね
   彼女1人でも危険を極力避けられるように、しつこく助言してあげる)

マミ(ありがとう。早く機嫌を直してくれるといいんだけど…)

マミが何気なく杏子の顔を見た

唇の隙間から血が滲んでいる

マミ「佐倉さん…。口、怪我してるの…?」

杏子「ん?」

杏子が唇に触れた

杏子「チッ…やっぱ完全に治療しないと駄目か…」

ソウルジェムを取り出す杏子

マミ「口の中を怪我するなんて、一体どうしたの?」

杏子「彼氏にやられたんだよ…。あの変態、急に噛みやがって…何なんだよ」

マミ「……」

ほむら「……」

杏子は舌を治療した

杏子「あいつの相手してたら魔獣と戦う前にボロボロになっちまう
   これじゃ命がいくつあっても足りねーよ、ったく…」

マミ「…佐倉さん。もしかして…彼、エスなの?」

杏子「…『エス』?」

マミ「…『サディスト』っていう言葉、知ってるかしら…」

杏子「何だよ、それ…」

マミ「…えっと…ね…」

ほむら「…相手を痛めつけて快楽を得る人のことよ」

杏子「なっ…あいつは、そんなんじゃねーよ…」

ほむら「彼がエスでないとすれば、これは単なる暴力ということ」

(恭介『…もっといじめたいんだけど…』)

杏子(…あいつ、まさか本当に変態だったのか…?)

マミ「そこで気になるんだけど…」

杏子「…?」

マミ「佐倉さんは、エムなのかしら…?」

杏子「……」

ほむら「…『エム』というのは、エスの反対よ。痛めつけられることで快楽を得る人」

杏子「…! …待ちな。そんな奴、この世にいねーだろ」

マミ「……。そう思う?」

杏子「当たり前だっつーの」

ほむら「……」

マミ「きっと佐倉さんは今まさに目覚めの時を迎えようとしているんだわ
   気付けば湧き上がる性の快楽に溺れて…」

杏子「また始まったよ…もうこいつ何とかしてくれよ」

ほむらが笑った

マミ「でも私の予想、ここまで結構当たってるじゃない
   私が言った通り、例の彼とこうして恋に落ちちゃったんだし」

マミが唇に指を当ててウィンクした

マミ「『恋の預言者』! どうかしら?」

杏子「……」

ほむら「……」

――――――――
――さやかの部屋

さやかがベッドで膝を抱えている

QB(入っていいかい、さやか)

さやか「……」

QB(魔獣退治に行くのが嫌なのかい?)

さやか(…言われなくてもちゃんと行くわよ)

QB(その前にドアを開けてくれないか。閉まったままじゃ荷物が入らないんだ)

さやか「…『荷物』…?」

ベッドから降りてドアを開ける

QB「やあ」

キュゥべえが薔薇の花をくわえている

さやか「…それ、どうしたの?」

QB「君にあげようと思ってね。所有権が放棄されていたから拝借して来たんだ」

さやか「……」

さやかがキュゥべえを抱き上げてベッドに腰掛けた

QB「薔薇は嫌いかい? さやか」

さやか「…ううん。ありがと…」

QB「トゲを処理してないから気をつけるんだよ」

さやか「…うん…」

キュゥべえはベッドに薔薇を置いて窓の外を見上げた

QB「…雲が晴れた。部屋を暗くしてごらん」

さやか「どうして…?」

QB「今夜は満月だ。一緒に眺めようじゃないか」

さやか「……」

さやかは照明を落として窓辺に立った

べえさんの胃が心配で心配で

QB「驚くほど明るいだろう? 月の光だけで部屋の中が隅々まで見えるくらいだ」

さやか「…本当だ」

QB「おかげでいつもより瘴気が薄い。魔獣を倒しに行ったとしても、
   あちこち駆け回ることになって効率が悪いかもしれない
   それなら、今回は部屋にこもって明日の戦いに備えるという選択肢もありだ」

さやか「……」

QB「仮に僕が魔法少女なら、そうするだろうね」

さやか「…いいのかな、こんなことしてて…」

QB「ああ。それでいい。君自身がそう考えることで、明日は普段以上に積極的に戦えるはずだ
   さやかは誰かに指図されると本領を発揮できないタイプだからね」

さやか「……」

キュゥべえが月を見つめた

QB「地球には人間の気に入りそうなものが山ほどある
   戦う気力がない時は、こうやって彼らの力を借りるといい」

こう、一瞬凄く斬新なバトルシーンが始まったのかと思った

さやか「…うん。ありがとう。…あんたのおかげで、一瞬だけ恭介のこと忘れられた…」

QB「ねぇ、さやか。今、キッチンにはココアの粉と牛乳がある。後でこっそり飲みに行こう」

さやか「うん…」

さやかが少しだけ笑った

マミ(――キュゥべえ。聞こえる?)

QB(ああ、聞こえてるよ、マミ)

マミ(美樹さんの様子はどう?)

QB(花をあげたら少し落ち着いた。チームへの復帰は難しいと思うけれど、
   ソウルジェムが穢れるペースはこれまでより落ちてくれるだろう)

マミ(よかった…。お手柄よ、キュゥべえ)

QB(これも僕の役目の1つだからね)

――――――――
――2031年 斜太興業の事務所

恭介「――ところで、例の『赤鬼』の手がかりは見つかったのか…?」

初老の組員が両手を上に向けた

組員「んなもんあったらこっちから教えてますわ」

恭介「そうか……」

組員「東京からはるばる戻って来てくれた人にこんなこと言いたかないですけどねぇ、
   あんた騙されてたのと違いますか?」

恭介「……!」

組員「戸籍上、佐倉杏子って女はとっくの昔に死んでる。それもガキん時です
   あんたの女は偽名で付き合ってたんですよ
   でなきゃ戸籍乗っ取りの出来損ないみたいなもんで――」

恭介「馬鹿を言うな。杏子とは12年も連れ添った。しかも初めに会ったのは中学の時だ
   家柄はまあまあだったが、ただの中学生にわざわざ身分を偽って近付く奴がいるものか」

組員「まぁ何にしたって、うちが探してる赤鬼とあんたの元カノは別人でしょうや
   口酸っぱくして言ってますけどありゃ怪物ですよ、本当

   佐倉が在籍してたっつー『ワルプルギスの夜』についても調べさせてもらいましたけどね、
   あれただのド貧乏な小劇団ですよ。ふっつーの女の子の集まりなの。わかります?」

恭介「……」

組員「もう諦めたらどうです? こっちもこっちで赤鬼の話は既に伝説と化してる
   これ以上そんな宝探しみてーな仕事に時間割くのマジで馬鹿馬鹿しいんですよ」

恭介は目を逸らした

恭介「…『失くした』とは思えない…。『もう会うことはない』なんて割り切れないんだ…
   今はまだ、『ただはぐれてしまっただけだ』と信じていたい…」

組員同士が呆気に取られたように目を合わせる

組員「…まあ上条さん。取引も落ち着いたことですし、久々におやつでもどうです?
   ずいぶん譲歩していただいてますからなぁ。上物ですが、特別にお安くしておきますよ」

恭介「…!」

顔を上げる恭介

組員「いやはや、喜んでいただけたようで。あんたの為に取っといてよかった」

恭介「……いや」

組員「…?」

恭介「…ノーだ」

組員「あらま」

恭介「…私を廃人にする気か?」

組員「滅相もない。私はあんたの力になりたいだけですよ」

恭介「……」

組員「すっきりしたいんでしょう?」

恭介が両手で顔を拭いた

恭介「…いや、駄目だ。薬の話はするな…せめて執行猶予が終わるまでは」

組員「大丈夫ですよ、バレやしませんって。うちが保証しますから」

恭介「……。顔を洗って来る…」

マミさん大人やな

――――――――
――2011年 休日の昼。カフェ

杏子と恭介が向かい合わせに手を握り合っている

恭介「――昨日さやかと会ったんだけど、『顔も見たくない』って言われちゃってさ…」

杏子「……」

恭介「…さやかとの関係は、壊したくなかったのに…」

杏子「……。それなら、ちょうどいいって言えばちょうどいいかもね…
   これであたしもあんたも、あいつに気を遣わなくて済むんだしさ…」

恭介がアイスティーを一口飲んだ

恭介「…綺麗な指輪だね。よく似合ってる」

杏子「…! こいつには触るな…。なくされると困るんだ」

恭介「…家族のもの…?」

杏子「……まぁそんな所さ」

恭介は唇を噛んだ

杏子「もう、何暗い顔してんの? たまのデートだ。気楽に楽しもうじゃん」

べえさんがイケメンすぎて涙でた

文章長い上に話がよくわからないな……
まとめ載ったら見よう

かみかみ

長いけどさやかをひたすら落として恭介とあんあんを
持ち上げたいだけのオナニーだよ

恭介はともかくあんあんは下がる一方ですやん

支援

恭介「ううん…そうじゃないよ」

杏子「…?」

恭介「実は、杏子にお願いがあって…。なかなか言い出せなかったんだけど…」

杏子「…何」

恭介が少し顔を赤くした

恭介「…今度の連休、うちに来ない…?」

杏子「……」

恭介「何だか最近…デートが終わった後、妙に寂しくてさ…。杏子、携帯持ってないし…」

杏子はストローをくわえた

恭介「…2人で夜遅くまで話したり、2人で朝を迎えて、一緒に朝食を取ったり…
   そんな1日が、今は僕の夢でさ…」

杏子「…ふーん」

恭介「…親に旅行に誘われてるんだけど、杏子が来てくれるようなら断ろうかなって思っ
てて…」

杏子「…あたし、夜って忙しいんだよね」

恭介「そうなの…?」

かみかみ

俺は支援する

杏子「うん…ちょっと知り合いと会わないといけなくてね」

恭介「…どんな人?」

杏子「んー、何つーのかな…。あ、そういえばあいつら、あんたの学校の奴らだよ」

恭介「え…誰?」

杏子「巴マミと暁美ほむらだ。知ってるかい?」

恭介「あぁ、暁美さんは確か…さやかのクラスに新しく入って来た子だ。巴さんは知らないけど…」

杏子「あいつは3年だったかな。うん、今年で15だからそうだ」

(マミ『…彼、エスなの?』)

杏子(そういえばマミが言ってたな…。こいつって冗談抜きで変態なのかな…)

恭介「そっか……」

杏子が恭介の手を握り直した

杏子「…1日ぐらい時間作ってやってもいいよ」

恭介「本当?」

杏子「その前に、あんたに確かめたいことがある…」

恭介「何?」

杏子「…あたしを痛めつけるのって、楽しいか…?」

恭介「え…。あ、あの時はごめん…何だか、殴られてるうちにスイッチ入っちゃったみたいで…
   楽しんでた訳じゃないんだけど…体が勝手に動いたっていうか…」

杏子「……」

恭介「…今でも思い出すんだよね。何だったんだろうって…
   どういう訳か、杏子の痛がってる姿が無性に愛しく思えてさ…」

杏子「…!」

恭介「あはは…。杏子の言う通り、『変態』だよね…僕。自分でも少し怖いよ…」

杏子「…そういえば、あの時さりげなくあたしの胸触ったよね」

恭介「…!」

杏子「しかもその後、服脱がそうとしなかったか?」

恭介が目を逸らす

かみかみ

杏子「…ぶっちゃけさ…」

恭介「…?」

杏子がストローで氷をくるくる掻き回した

杏子「…抱きたいの?」

恭介「……」

杏子「……」

恭介は鼻を掻いた

恭介「…興味はある」

杏子「…もし子供が出来ちゃったらどうする?」

恭介「…それはまずいね…」

杏子が笑った

杏子「わかってんじゃん」

恭介「あはは、これはさすがにね…」

杏子「ま、そこんとこわきまえてるならいいよ。一緒に寝てやる」

恭介「ありがとう」

杏子「血迷って無理矢理犯そうとしても駄目だぞ。腕力はあたしのほうが上だ」

恭介「なっ…! そんなことしないって…」

杏子「変態」

恭介「うう…」

杏子はチュっと唇を鳴らした

――――――――
――ある日の放課後
恭介が学校を出ていく

仁美「あら、上条君」

恭介「あ、志筑さん」

仁美「遅かったですわね。これからお帰りですの?」

恭介「うん。ちょっと友達とダラダラしてて。志筑さんは?」

仁美「用を済ましていた所ですわ。よかったら、途中まで一緒に帰りませんか?」

恭介「ああ、いいよ。そういえば、志筑さんとこうして話すのは久しぶりだね」

仁美「ええ。退院なさってしばらくは忙しそうでしたので、声をおかけするのは控えてましたの」

恭介「あはは、そんなに気を遣わなくてもいいのに」

仁美が笑った

ひとひと

――帰り道

仁美「――さやかさん、心配ですわね…。暇を見つけてお見舞いに行くべきでしょうか…」

恭介「…さやかか…」

仁美「…どうかしましたの?」

恭介「…ううん。何でもないよ」

仁美「……」

恭介「…あ、ところでさ…志筑さんって帰る方角はこっちなんだっけ?
   今まで帰り道に見かけたことってないような…」

仁美「…ええ。本当は全然逆方向ですわ」

恭介「え…じゃあ、今日はどうして…?」

仁美「上条君に…お話ししたいことがありますの」

恭介「話…?」

仁美「大切なお話ですわ。…実を言うと、学校に残っていたのはこの為ですの
   ほんの少しだけ、お時間をいただきたいんですけど…」

恭介「え…っと、僕なんかが聞いちゃっていいことなのかな…」

仁美「これは上条君にしかお話しできないことですわ。どこか近くで腰を下ろしませんか?」

みみみ

ハッピーエンドになればいいなぁ……

ひと

恭介「…うん。わかった」

2人が道を逸れて歩いていく


――遠くを杏子が横切った
ポッキーをくわえながら両手をポケットに入れている

恭介「あ、杏子だ」

仁美「え?」

恭介「ちょっと、待ってて…すぐに戻るから」

仁美「ええ…」

足早に近付いていく恭介

恭介「杏子」

杏子「ん? ああ、あんたか」

仁美「……」

恭介「どこへ行くんだい?」

杏子「マミん家さ。あんたは何してんの? こんな何もない所で寄り道かい?」

恭介「ううん、ちょっと…友達がね」

杏子が仁美に気付いた

杏子「…あの子か?」

恭介「うん…何か大事な話があるらしくて…」

仁美は鞄を両手で引っ提げて立ち尽くしている

杏子「ふーん…」

杏子はポッキーをかじった

恭介「僕が役に立てることなんてあるかどうかわからないけど…
   …それじゃあ、あんまり待たせると悪いから、僕はもう行かないと」

仁美の顔を見つめる杏子

杏子「……」

仁美「……」

ポッキーの箱を取り出す

杏子「2人で食いな」

あんあん!

恭介「あ…、ありがとう」

杏子は背中越しに手を振りながら去っていった

恭介が仁美の元へ戻った

恭介「…ごめんごめん、待たせちゃったね」

お菓子の箱を差し出す恭介

恭介「これ、さっきの子がくれたんだ。『2人で食べてくれ』ってさ」

仁美「……」

仁美は少し俯いている

恭介「あぁ…お菓子なんか食べてる場合じゃなかったかな…ごめん。真面目に聞くよ」

仁美「…お友達ですか?」

恭介「うーん…杏子は、入院中によくお見舞いに来てくれてた子で…」

恭介は鼻を掻いた

恭介「…今は、大切な人なんだ」

仁美「…そうでしたの…」

恭介「あ、杏子のことなら気にしないで。僕が女の子と会ってたからって怒らないと思うから」

仁美「……」

恭介「…どうしたの?」

仁美「…素敵な方ですわね」

恭介「あはは…何だかこっちが照れちゃうな。…うん。いい所を挙げたらキリがない人でさ」

仁美「……」

恭介「学校のみんなには内緒だよ? 冷やかされたら手に負えないから」

仁美が寂しそうに笑った

仁美「…お幸せになってくださいね」

恭介「ありがとう」

恭介は笑いながら頭を掻いた

ひとひと……

仁美…

―――――――――
――マミの家

杏子がテーブルをピアノに見立てて指で叩いている

マミ「――そういえば暁美さん、最近少し、来るのが早くなったわね」

ほむら「ええ」

マミ「何か理由でもあるの?」

ほむら「あなた達の漫才が見たいのよ」

杏子が手を止めた

杏子「こっちは付き合い切れねーっつーの」

マミ「あら、その言い草はないんじゃない? 私はあなたと彼の恋を応援したいだけなのに」

杏子「どう見てもふざけてるだけじゃねーかよ」

マミ「そんなことないわよ」

マミは目を閉じて紅茶を飲んだ

鈍い男とかハーレムアニメの主人公だけで十分だ

杏子「あ、そうだ…。ちょいとそのことで相談があるんだが」

マミ「ええ、何でも言って」

杏子「今度の連休、1日だけ休んでいいか?」

マミ「彼氏とデートかしら?」

杏子「うん…」

マミ「暁美さんはどう思う?」

ほむら「私は構わないけれど」

マミ「そう」

マミが笑った

マミ「何だか、いつの間にかみんなで戦うのが当たり前になっちゃったよね
   本来なら、たった1人でやらなければいけないことなのに…」

ほむら「…そうね」

あんあん可愛すぎる食べちゃいたい私女だけどあんあんに食うかい?って言われて食べちゃいたいよ食うかい?ってなに?誘ってるの?いいよギシギシアンアンしようね年越しはあんあんとえっちだよやったねざまぁキモオタさんあんあんお待たせ大好きだよれろれろちゅっちゅっ

>>292 書き手はその「鈍いやれやれ系主人公」()に自己投影()して書いてるんだと思うよ

うーん…
物書きとして許せないんだが
何この幼稚な文章

杏子「……」

マミ「とにかく、楽しんでいらっしゃい。素敵な土産話、期待してるわよ」

杏子「ったく…」

杏子がミルクティーを飲み干した

(恭介『…興味はある』)

杏子(…あいつ、どうするつもりなんだろう…)

マミ「お代わり、要る?」

杏子「ん…? ああ、もらっとくよ…」

マミ「……」

マミが杏子の目を見つめた

杏子「…? 何だよ…」

マミ「…佐倉さん、ひょっとして…」

ばいばい猿さん

考えてみれば魔女の元なんだから魔法少女じゃなくて魔少女と呼ぶべきだ

あるいは魔女子

杏子「ああ…?」

マミ「今度のデート…夜中に時間を作るっていうことは、お泊まりかしら…?」

杏子(…もしかして、同じこと考えてんのか…?)

杏子「…なぁ、マミ…」

マミ「な、何?」

杏子「…言いにくいんだけどね」

マミ「ええ…」

杏子は目を泳がした

杏子「…セックスのやり方、知ってる…?」

ほむらがティーカップを落とした

酉でぐぐったらあのSSがでてきた

ほむほむ

考えてみれば年齢的に思春期だよな
アニメだとそういう性への関心とかのシーン見られないから、二次創作でも興味深い

ほむほむ!ほむほむ!

ほむー

復活あんあん!

復活あんあん!

あんあん?

あんあん……

SS速報に移ったの?

新年おめでとう支援

あっちに移動したみたい

……

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom