雪歩「金曜日の一人焼肉」 (28)

店員「いらっしゃいませ」

\いらっしゃいませー!!/

店員「何名様でしょうか?」

雪歩「一名です」

店員「は、はい、かしこまりました。カウンター席でよろしいでしょうか?」

雪歩「はい」

雪歩「ウーロン茶と、塩タン、カルビ一人前ずつお願いします」

店員「はい、かしこまりました」

雪歩「この店は炭火の焼き台と」メモメモ

雪歩「七輪は確かに趣もありますが、煙の処理が難しいから納得ですぅ」

子供「ママ―、あのお姉ちゃん一人で何しゃべっているのー?」

ママ「シッ、見ちゃいけません!!」

雪歩「一人焼肉はギャラリーを気にしていては始まりません…」

雪歩「前に行った七輪のお店は空調がいまいちだったせいで、煙だらけでした」

雪歩「煙の処理ができないくらいなら、いっそ焼き台にしたほうが正解です」

店員「お待たせしましたー」

雪歩「ドリンクが来るまで1分…なかなか鍛えられていますぅ」

雪歩「金曜日のこの時間帯はサラリーマンでいっぱいだから、一皿目のお肉を持ってくる時間でお店の特徴が分かります」

店員「お待たせしました。カルビと塩タン一人前ずつになります」

雪歩「ありがとうございますぅ」

店員「(やっべ、萩原雪歩の一人焼肉だ…)」ワクテカ

雪歩「店員の痛い視線にも慣れました」

雪歩「すごい…網の上に塗られた油の光沢によって、網が南部鉄器のような重厚な味わいを出しています」

雪歩「まずは塩タンから…」

ジュゥゥゥッ

雪歩「完璧です」

雪歩「塩タンにすらレモンをかけないという人もいますが、それは間違いです」

雪歩「お店がレモンを出してきた以上かけて食べるのが礼儀です」

雪歩「もしお店がレモンをかけてほしくないのなら出してきません」

雪歩「あと長期戦の場合レモンの入った器が汚れるのは仕方ないから、交換してもらうのが普通」

雪歩「でも、」チラッ

雪歩「それを見越してレモン用の小皿を置いているお店は、おもてなしの心が行き届いている証拠です。このお店にはありました」メモメモ

雪歩「まずは一枚目」

雪歩「あふぅあふ…濃厚な肉汁とレモン…そしてこれは!!」

雪歩「塩コショウの配合率が3.5:6.5!!私の一番好きな配合率ですぅ」

雪歩「これは人によって好みが分かれますけど、このお店は当たりです」

………
……

小鳥「プロデューサーさん!声かけましょうよ」

P「無理だって!音無さん声かけれますか?」

小鳥「むりぴよぉ…いま声かけたら殺されそうです」

P「雪歩が一人焼肉で…しかも独り言をいいながらメモを取っているなんて」

あずさ「あらあら~お野菜が焦げちゃいますよ~」

律子「あずささんすら気づかないふりする雪歩って…」


雪歩「次はカルビです。これはタレありです」

雪歩「タレつきカルビをお店特製のたれに着けて食べるのはNG?」

雪歩「答えはNOです」

雪歩「確かにタレつきカルビはそのままでもおいしいですが、お店特製のタレにつけることで二つのタレがハーモニーを奏でます」

雪歩「ハーモニーを奏でることができるのはカルビだけです。ハラミとかは柔らかいがゆえに味が奥までしみます」

雪歩「そのせいで他のタレを拒絶してしまいます」キリッ

雪歩「まずはそのままのタレの味をかみしめますぅ」

雪歩「はじゅぅぅ…これは…しょうゆベースのタレ…自分を強調せず、あくまで肉本来の味を主張する薄味…」

雪歩「重厚な油に下がコーティングされて脂っこいかなと思った次の瞬間、肉の繊維によって油が拭われ…そして舌に届く牛とタレの味…」

雪歩「絶妙なハーモニーです」

雪歩「これはお店特製のタレにかけるべきです」

雪歩「っと2種類のタレがありますぅ」

雪歩「一つは…このカルビと同じしょうゆベースのタレです。コスト削減のためとはいえ、ここは3つ置いてほしかったです」

雪歩「タレは実質1つだけと」カキカキ

雪歩「そしてもう一つは…どろっとした茶色の液体とゴマ…そしてこの鼻孔に広がる匂いは…味噌味ですか」

雪歩「しょうゆと味噌味のタレが出会ったとき、そこには2重奏ではなく数重にも及ぶハーモニーが奏でられます」ジュルッ

雪歩「表面の8割がきつね色になった平均より焼き気味のカルビが会うはずです」

雪歩「はぁぁ…おいしいですぅ…」

雪歩「何より味噌味のタレが見た目以上に…濃いですっ!!」ガタッ


P「ひっ、今度は立ったぞ」

小鳥「見ちゃダメですよ」

律子「あとでネットに拡散されてなければいいけれど」

あずさ「あらあら~プロデューサーさんどうぞどうぞ」

P「あ、あずささんありがとうございます」

律子「私もあずささんみたいにラベルを上向きにするとか覚えないといけないのかしら?」

小鳥「これは社会の常識ですから、今のうちに覚えておいた方がいいですよ」

雪歩「薄いタレ同士の方がよりいいハーモニーを奏でる…そんな常識が音を立てて崩れました」

雪歩「濃厚な味噌ダレとカルビが合わさって、焼いた味噌のような香ばしい香りに!!」

雪歩「っといけない…席に座って落ち着いてと」

雪歩「濃厚なのに口にいつまでも残らない…このお店の味噌ダレは一級品ですぅ」メモメモ

雪歩「次はタレなしのカルビで味わおうとっ」


雪歩「っとここで忘れていけないのがロースとハラミです」

雪歩「この2つを焼いた頃には網が汚れてきますから」

雪歩「そのときが最高の時間です…フフフ」

雪歩「すいません、ロースタレなし、とハラミタレ一人前ずつでお願いしますぅ」

店員「ありがとうございまーす!!」

雪歩「ここで素人はカルビやハラミははさみで切りたいとか言いますぅ」

雪歩「それは間違いです」


P「目のハイライトがないぞ」

律子「知りませんよ!!」


雪歩「肉を素人が切るぅ?笑わせてくれますぅ」

雪歩「素人が切ったお肉の表面なんて、ざらざらした食感にしかなりません!」

雪歩「それにはさみは最初だけしか綺麗に切れません。閉じる瞬間はどうしても段差ができます」

雪歩「この段差があるお肉をおいしそうに食べる素人はゴミ以下です」

雪歩「それにはさみの構造的にどうしても洗えない場所がありますし、なにより誰が触ったかわからない調理器具で切りたくないです」

雪歩「餅は餅屋。肉はプロの肉屋さんに切ってもらうのが一番です」

雪歩「ふふふ…完璧な理論ですっ!!」


子供「ママ―?」

ママ「こらっ!!」

雪歩「さっきハラミにタレはNGと言いましたが、このお店ならやってくれる気がしますぅ」

雪歩「もちろん味噌ダレはつけない方向で、いざ…勝負です」


雪歩「……!!焼く前からわかってしまいました…このお店はお肉によってタレに漬け込む時間を変えていますっ!」

雪歩「だからハラミのタレはほとんど…くぐらせるくらい…タレ通し…そんなつけ方があるなんて!!」

雪歩「それに焼くと」

ジュゥゥゥゥッ

雪歩「タレの成分がほとんど湯気になって飛ぶみたいですぅ」

雪歩「味は…!!」

雪歩「タレの香りだけを残してハラミ本来の濃厚な肉の味のまま…!!すごい…」ポrッポロッ


P「おいおい泣き始めたぞ」

律子「ここってそんなにすごいお店なのですね」

雪歩「以前貴音ちゃんが湯気通しなるものがあるって言っていましたけど、タレ通し…素晴らしいですぅ」

雪歩「さぁ、本番のロースですぅ」

雪歩「焼き加減がもっとも難しいお肉です」

雪歩「このお店は照明が白色蛍光灯で助かりましたぁ。肉本来のピンク色がしっかりと見えます」

雪歩「性質の悪いお店はオレンジ色の光と薄暗さで誤魔化します。前に白色LEDで確認したら茶色がかったお肉が出されていました」

雪歩「あのお店はつぶれたらいいです!」プンプン

雪歩「ふぅ…嫌な思い出を忘れさせてくれる、うっとりするようなきれいなロースです。天の川のようなきれいな霜のライン…」

雪歩「いざ網の上にロースをアプローチ……………ランディング」

雪歩「全てを同時に綺麗に置かないと、焼きむらができてしまいます」

雪歩「今日は完璧です」

雪歩「ふつふつとわきあがる油…裏面はきっとねずみ色の肌に黄金色の傷…」

雪歩「表面はまだピンク色、ここで食べるのが…通です」

雪歩「テイクオフの瞬間、無駄な油を網の下へさようならっ!」

雪歩「塩もつけずにお口へ…はじゅぅ…」


雪歩「奥歯でかみしめた瞬間霜は油へと変わり、頬の奥を刺激しますぅ」

雪歩「そして支えを失った肉の繊維はほどけていって、口の中でなくなりますぅ」

雪歩「牛の臭みもなく、甘さだけと香ばしさだけが口の中に余韻を残す」

雪歩「おいしいですぅ」

雪歩「さて、網が汚くなったところで、すいませんネギ塩タン一人前とごはん小を下さい」

店員「はい、かしこまりました」

雪歩「ネギ塩タンをどうして網が汚くなったところで注文するのか」

雪歩「通の人にはじめ正気を疑われました。汚い網にタンはご法度だと」

店員「ネギ塩タンとごはん小です」

雪歩「はい、ありがとうございます。この上でこそネギ塩タンを焼くことができるのを誰も知らないなんて、悲しすぎます」

P「あーあ、また飲みすぎて…」

小鳥「Prrrrrrrrrr」
あずさ「Prrrrrrrrrr」

律子「どうするんですか?」

P「車は無理だし、タクシーで送るか…」

律子「送り狼にならないようにお手伝いします」

P「信用ないなぁ」

雪歩「ネギ塩タンをいまから焼きます…っ!!」

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