ユミル「雨下の密会」(169)

私には日課がある。

と言ってもここ一月程度のことだが、それでも一日たりとも欠かしていない。

消灯前の点呼を行う15分前。足を向けるのは今はもう使われていない物置小屋の裏だ。

こんな時間にこんな場所、訪れる者などいるはずもない。

だが私は知っている。そこに先客がいることを。

……ほら、やっぱり。

私より早く来ていたその男は、私が到着したことに気付くと顔を綻ばせ、

「ユミル」

そう名前を呼びながら、私を強く抱きしめた。

どうせベルなんだろ

「ああ」

と、返事をしたが聞こえているのかいないのか今一つ分からない。

隙間なく密着されて動くこともできないため、相手の顔を見ることができないからだ。、

……見ることはできないが、こいつが嬉しそうにしているのは分かる。

なんと言っても、こいつはこんなにも抱擁に夢中になっているのだから。

それは私の背に回された両腕から十二分に伝わってくる。その力強さと熱さは 少し痛いくらいだ。

ほら、これほど情熱的に女を抱きしめる男が、嬉しいという感情を抱いていないはずがないだろう?

対して私の方はというと、抱きしめ返すことはしない。私の腕はだらんと下げられたままだ。

さらに言葉数も少ない。会話と言えるのは名前を呼ばれてそれに返事をしたくらいで、後は互いに一言も発していない。

そのことについて私は何も感じないし、こいつも何も言わない。いつものことだからだ。

こいつは私を抱きしめるだけで満足だろうし、私もこれ以上のことをする必要はないと思っている。

これが私の日課。

この時間、この場所で、この男と密会し、抱きしめられる。ただ、それだけ。

……しかし、こんなおかしな関係がよく一月も続いてるよなぁ。

と、男の感触を全身で感じながら考える。

実のところ自分でもよく分かっていないのだ。なぜ点呼に遅れるかもしれないという危険を背負ってまでこんなことを続けているのか。

こいつはどうなんだろうか?

いや、こいつにとっては私とこんな関係になれたこと自体が僥倖で、続けられるのならいつまででも続けるだろう。

それこそ私から拒否しない限り。

私が一言止めようと言えばこいつはすぐさま止めると思う。もともと私が受け入れて初めて成立する関係なのだから。

つまりこの日課の行く末を決める権限は全て私が握っていることになる。それでも止めないのは何故なのか。

……まあ、単純に考えて、私も嫌じゃない、とそういうことなのだろう。

ベルユミだったら歓喜の舞おどる

この奇妙な日課が始まったのは、確か雨の日だった。

あの日はいつも通り辛い訓練をこなし、いつも通りクリスタと一緒にいて、これまたいつも通り一日が終わると思っていた。

だが違った。いつも通りでないことが起こった。

夕食を食べ終え風呂にも入り、消灯時間が近付いてきたのでクリスタと女子寮に戻ろうとしていた時。

この男に呼び止められた。二人きりで話したいから来て欲しい、と。

はっきり言って面倒だったが、どうにも真面目な話のようだったので無視するわけにもいかず、承諾した。

先にクリスタを寮に帰らせると、傘を渡された。わざわざ外に出て行くこいつの後を付いて行くと、辿り着いたのはこの物置小屋の裏だった。

こんな人気のない場所で男と女が二人だけ。警戒するなという方が無理がある。

何をされるのかと身構えて相手の出方を待つつ、先にぶちのめしてやろうかとも思ったが我慢した。

しかし、そんな私に対してこいつが取った行動は、なんとも予想外のことで、

「ユミルが好きだ。付き合って欲しい」

などという、唐突過ぎる告白だった。

期待!

どうせエレンなんやろ(耳ホジ)とか思ってたわ

その時の私はさぞかし呆けた表情をしていたことだろう。そして目の前には大真面目な顔で告白した男。第三者が見れば大いに笑えた場面に違いない。

あまりに予想外だったため、拍子に傘を落としてしまった。小屋には屋根があったから濡れることはなかったが。

つまり傘を落とすくらいの驚きだったわけだ、私にとっては。

そりゃそうだろ。今までそんな素振り一つも見せなかったんだからさ、こいつ。

そもそもどこで私を好きになったのか分からない。私とこいつに何か特別な接点があったか?

考えてみたが思い付かない。そもそも会話すら満足になかったように思える。

特別な接点や会話もないのに好きになったということは……まさか、一目惚れか?

はは、それこそまさかだ。見た目で私に惚れる奴なんていない。それくらい自覚している。

クリスタやミカサならともかく、な。

だったらどんな理由でこいつは私を好きになったのか、と少しの間考えてみた。

だが全く心当たりがないし、告白に対する答えは決まっていたので、はっきり言ってやった。

「お断りだ。悪いな」

男は目に見えて落ち込んだ。「そうか……」と呟きながら吐かれた溜め息には、落胆の色が如実に表れていたように思う。

どうやら断られることは予想済みだったようで、それでも気持ちを伝えたかったらしい。

玉砕覚悟で告白するのもおかしな話しだ。付き合いたければ成功すると確信できるまでアプローチすればいいものを。

ま、どれだけ迫られても私が受け入れるとは思えないが。

ユミルさまが素敵であらば相手が誰でも俺得

好きでもない相手と付き合うなんて考えられないし、そもそも色恋にかまけている時間なんてない。

ハンナとフランツという例があるため、訓練兵だからという理由だけで色恋を否定する気はないが。

あいつらは恋仲になって明確に守るべき対象ができたからか、以前よりも訓練に励むようになったし成績も向上した。

そんなあいつらを見ていると、訓練兵でも恋愛の一つや二つあってもいいとは思うが……私には無理だ。

今のところ男に興味なんぞ持てないし、それに……クリスタのこともある。

そのあたりのことをこいつに説明してやる気はないし、現状じゃどう足掻かれても付き合うつもりはない。

だからきっぱり断ったんだが、少し失敗したかな。

この辛そうな顔を見ていると、私まで心苦しくなってくる。

仕方のないこととはいえ、純粋な好意を向けてくれる相手に酷なことを言ったのだから、それも当然か。

なるほど!相手はキースですね分かります

語気のない声で別れを告げた男は、私に背中を向けて去って行く。

その哀愁を帯びた背中を見てしまったからか、私は咄嗟に言葉を発していた。

「点呼までの10分間、一緒にいてやろうか?」

言い終えた瞬間、しまった、と思った。何を言ってんだ私は。血迷ったか?

こいつだって、自分を振った相手に同情のようなことを言われて嬉しいはずがないだろう。

いやでも、考える前に口が動いたんだから、私にはどうしようもなかったんだよ。

うん、あんな寂しそうな背中を向けるこいつが悪い。

こいつもそのまま帰るかと思いきや戻って来るし。聞き間違いと思って帰ってくれたらよかったんだが。

それにこういう甘いところを見せると、逆に期待させてしまいそうだし。

……まあ、言ってしまったからには無かったことするわけにはいかないか。

そんなこんなで、10分という僅かな時間ではあったが、屋根の下で二人きりの時間を過ごした。

一言も喋らなかった。そりゃそうだ。振られた男と振った女、気まずくなるに決まっている。やっぱり失敗だったな。

そんなことを考えているうちに時間が来た。10分なんてあっという間だ。

今度は私から別れの挨拶を告げて、小屋の壁に預けていた背を離した、その時。

「――ユミル!」

そう大声で叫ばれ、気付けば私はこいつの腕の中にいた。

告白された時以上の衝撃だった。完全に不意を突かれたため、抵抗することさえ忘れるほどに。

10分間無言だったこいつがこんな行動に出るとは思ってなかったというのもある。

だが考えてみれば、こいつはほぼ接点のない私を好きになって、そのまま告白する大胆な奴であったのだ。

一通り呆けた私は、数秒後ようやく我に返って抵抗を始めたが、しかしそこは男と女。純粋な力比べで敵うはずもない。

どうにもできそうにないので、最後の手段として、股間を蹴り上げてやろうと思ったのだが、

「ユミル……頼む」

こんな風に懸命に懇願されては、怒りの矛を収めるしかなくなってしまう。

一緒にいてやると言ったのは私だし、少しくらい許してやるかと、そう思ってしまったのだった。

……甘いなぁ。私ってこんな女だっけ。

あんまり予想すんなよ

期待

再び無言の時間が続く。

その間、明日も雨かなぁとか、明日の立体機動の訓練きつそうだなぁとか、関係ないことを考えて気を紛らわそうとしたがやっぱり無理だった。

男に抱きしめられるなんて経験、初めてだし。

好きでもなく、たった今振った相手とはいえ、私も女だ。意識せざるを得ない。

身近に感じる男の体は思った以上に逞しくて、雨だというのにとてつもない熱を帯びているように感じる。

心臓も、強く速く脈打っているのが伝わってくる。

それは緊張からなのか、それとも興奮からなのか。私には分からない。

同時に思った。こいつの脈動が私に伝わるのなら、私のそれもこいつに伝わっているのではないか。

私だって緊張しているし(興奮はしてないが)、もしそれが知られているなら……少し恥ずかしいな。

湿った熱がいい

でも……悪くないかもしれない。

男の腕の中は思った以上に居心地が良くて、安心できる。

これが、今まで感じることのなかった人の温もりってやつか、と少し大げさなことも考えた。

もし私たちの関係が恋人同士ならこんなものじゃないんだろうか。

それに雨の中で抱き合うってのも、なかなか趣がある気がしてきた。

こいつのことは何とも思ってないけど、この感覚は嫌いじゃない。

……そして、そろそろ時間的に限界が来たところで、私はようやく解放された。

私を抱きしめることができて満足げな表情をしているかと思ったが、そうではなかった。

久しぶりに男から発せられた言葉は謝罪だった。

よくよく考えてみればそれも当然か。こいつからしたら、抵抗しようとした私を強引に抱きしめんたんだからな。

反対に私はほとんど受け入れていたわけだが……ここで正直に言うとまた期待させてしまうよな。

だから、どうしてやろうか。

うーん……。

考え込んでいるうちにあいつが帰ろうとしたため、「おい待て」と、再び引き止めた。

今度は何を言われるのかと、期待と不安が入り混じった顔でこちらを窺ってくる。

その表情に私も胸に期待を抱きながら、告げる。

「明日もこの時間に、ここに来い」

……あれ? また変なこと言ってるぞ、私。

こいつも同じことを思ったようで、しばらく間抜けな面を晒していたが、言葉の意味が理解できたのか見る見るうちに笑みが浮かんでいく。

その顔に満足した私は今度こそこいつに背を向けて、手をひらひら振りながら物置小屋を離れた。

「じゃあな」

別れの言葉に対する男の返事は元気の良いもので、そのことも私の気分を良くさせた。

でも、なーんか変なことになっちまったなぁ。

あいつにとっては一番期待させる状況になってしまったんじゃないか? 自分で言ったこととはいえ、厄介な事にならなければいいが……。

……ま、いいか。

その翌日。雨は止み、さっぱりとした晴れの日だったように記憶している。

夜の点呼の15分前に物置小屋の裏に行くと、すでにあいつはそこにいた。

すると本当に私が来たことが嬉しかったようで、前日の別れ際以上の笑みを向けられた。

こいつ、私に振られたってことを忘れてないか?

振った相手に思わせぶりな言動をする私も私だが。

しかし私から言った以上それを破るのは気が引けるし、こいつは絶対に来るだろうと思ったから、行かざるを得なかった。

冷静に考えると何やってんだ私という感じだが、それも今日で終わりだ。ちょっとした気まぐれだと思うことにしよう。

前夜と同じように隣で壁に背を預けてしばらくすると、男が口を開いた。

今日も抱きしてもいいか、と。

もともとこうなるだろうと予想していたし、私もそのつもりでここに来たのだから、躊躇うことはなかった。

無言で頷くと、飛びつくように両腕を背中に回された。

前回ほど緊張していなかったからか、昨日よりも相手のことがよく意識できる。

興奮したように繰り返される熱い吐息や男性特有の強い匂い。そのどちらも不快ではなく、むしろ互いの距離の近さを再認識させられて悪くない。

余裕があるのは相手も同じらしく、腕の中の私を確かめるように何度も抱き直し、最も良い抱き方を模索しているようだった。

それでも両者とも言葉を発することはなく、私は抱きしめられたまま、こいつは抱きしめたまま、ゆっくりと時間は過ぎる。

この日も点呼ぎりぎりの時間になるとこいつの方から腕を離し、10分間の短い抱擁は終わりとなった。

沈黙のまましばらく向き合っていたが、こいつは名残惜しそうな諦め切れないような表情をしながら、それでも声だけは満ち足りたもので、

「ありがとう」

と二日間分の礼を言い、男子寮の方へ歩いて行った。

今度は呼び止めることはしなかった。

このわずかな時間の密会も抱擁も、単なる私の気まぐれで、二日も続いたことさえ驚くべきことだ。

それを分かっていたからあいつも満足げな声で礼を言ったのだろう。

だからこれでお終い。明日からはいつも通りの関係に戻って、時間の経過とともに忘却する出来事の一つになり下がる。

……そう、思っていたんだがなぁ。

さらに翌日の点呼前。この日も晴れだった。

理由は自分でも分からないんだが、私の足は自然とあの物置小屋に向かっていた。

特にやることもなかったし、なんとなく、本当になんとなく行く気になっただけだ。

10分間、あそこで時間を潰そう、と。

特に何をするつもりでもないが、誰もいない場所で一人で過ごすこともなかなかないしな、たまにはいいだろう。

……なんでいるんだよ、こいつ。

何故か今日も来ていたこいつを見付けた途端に回れ右しようと思ったが、その前に目が合った。

目が合ってしまった以上無視するわけにはいかず、かといって何かできるわけでもなく、その場で立ちすくむ。

あいつも相当驚いたようで、まるで幽霊でも見たかのように目をしばたたかせている。誰が幽霊だ。

そんなわけで互いに無言。ここで会うと本当に会話がねぇな、私たち。

いつまでも突っ立ってるわけにもいかないので、男の隣に陣取りいつものように背を預ける。

こいつは未だに困惑しているのかこちらをチラチラ窺ってくるが知らないふり。

だって私はこいつに会いに来たわけじゃない。ただ一人になろうと思ったらたまたまこいつがいただけだ。

だから……こいつが何をしようと関係ない。

無言の時間は続く。

このまま今日は終わるのかなと思い始めた頃、隣人が口を開いた。

「……今日も、いいか?」

もちろんこの言葉の意味は理解できる。だが私は肯定も否定もせず聞いてないふりを続ける。

こいつはその沈黙を肯定と受け取ったのか、慎重に、ゆっくりと私を抱いた。

三度目の抱擁は今までと違って弱々しいものだった。過去にあったような力強さも熱さもあまり感じない。

それはまだ戸惑っているからだろう。私がここに来たことも、抱擁を許したことも。

ああそうだ、抱擁を許すというのは確かに違うな。許してなんていない。

こいつの問いに私は肯定も否定もしなかった。普通なら迷っているか保留と捉えるところだろうが、抱きしめたいという欲が先行してしまったのだろう。

しかし私が首を縦にも横にも振らなかったのは、迷っているからでも保留にしたからでもない。

ついさっき決めたからだ……こいつが何をしようと関係ない、と。

だから問いには答えなかったし、抱きしめられても抵抗しない。だって関係ないから。

こいつが何をしようがこいつの勝手だ、私が気にすることじゃない。だって関係ないから。

……関係ないけれど、ちょうど目の前に誰かさんの肩があったので、そこに顔を寄りかからせてみた。

この行為をどんな風に受け取ったのか知らないが、弱々しかった腕の力が強まった。

しばらくすると体が熱を帯びてきたようで、この熱い体温をもう一度感じられたことに、私は安堵していた。

もちろん私がそう思っているなんて口にしないし、こいつも何も話さない。

だからお互いに何を考えているか実際には分からないわけだが、それでも私は不思議な一体感を得ていたのだ。こいつとの間に。

それは何故だろうかと思考を巡らせようとしたが、それよりも今はこの状況に浸っていたい。

いつまでも、いつまでも……。

……とまあ、たった10分がいつまでも続くわけがなく、三度目の抱擁は実にあっけなく終了した。

男は何か言いたげな表情をしていたが、その前に私は背を向ける。

すると「あ……」という男から出るとは思えないか細い声が聞こえたので、思わず吹き出してしまった。

後ろの男は何故笑われたか理解できないようで、困惑しているようだ。雰囲気で分かる。

その様子が余計おかしくて、声を出して笑いながら、背後に手を振る。そして、

「またな」

それだけ言って、男のもとを後にした。

この言葉を聞いたあいつがどう反応したかはもう分からなかったが、おおよその予想はつく。

呆けた後に嬉しそうにする姿を想像して、また笑ってしまった。

女子寮に帰る途中、ふと思った。

あいつに抱きしめられるのが本当に嫌だったなら、きっぱりと否定していたはずだよなぁ、と。

それこそ二日前に付き合ってくれと言われた時のように。

相手が傷つくかもしれないからって遠慮するような性格じゃないし、普段の私ならそうしたはずだ。



それなのに否定しなかったということは……。

嫌いじゃないみたいだな、あいつとの抱擁は。

納得のいく答えを得た私は、その晩ぐっすり眠れたのだった。

今日はここまで
変な改行できてしまったけど気にしないで
読んでくれてる人ありがとう

読んでますよー。次の更新も楽しみにしてます。

いいね。
続き、待ってます

乙!
相手が誰なのか凄く気になる…

相手がわからないってのがまたいいな
面白い

女の子にしては背の高いユミルの目の前に相手の肩があった
=相手はユミルよりも背が高い

ということは?(*゚▽゚*)ウハー

超厚底の靴を履いたコニーかもしれん

>>38
新しいなw
もしそうなら>>1に人生捧げるわw

わかったぜ・・・ 犯人は  ダズだ!

マルコなら俺得
続き楽しみ

ライナーかも

まさかの巨人…

ああこれは団長だわ

たくさんのレスありがとう
今日も昨日と同じくらい書く

……これが一月前のこと。

それ以降、特に約束するわけでも示し合わせるわけでもなく、私たちは密かに抱擁を重ね続けた。

誰にも見られず、誰にも漏らさず、毎日毎日。

これによって、私は安堵を感じて癒されているし、こいつも好きな女の体を存分に感じることができる。

続ける理由があって二人の利害も一致しているのだから、わざわざ止める必要がない。

何か特別な事情がない限り、私が拒絶することはないだろう。

そんなことを考えていると、腕に力が加わった。ぎゅうっという音でも出そうなほどに。

この一月で分かったことだが、こいつはその時の気分によって抱き方を変化させる。

私がここに来てすぐは待ち兼ねていたというように思い切り。しばらくするとずっと力込めているのも辛いのかふんわり包み込むように優しく。

優しい時は男らしい大きな手の平でこちらの背や髪を撫でてくる。私もそれくらいのことは許している。

そしてまたしばらくするともっと感じたいと思うのか、力強くかき抱いてくるのだ。

他にも訓練が上手くいかなかったりして辛そうな日には、私に縋りつくように抱いてくる。

私がいないと駄目だと全身で訴えられているようで、悪くない。他人に弱みを見せる奴だとは思っていなかったが。

こんな感じで短い時間の中でも変化はあるわけだが、これ以上のことがあるかと言えば、ない。

一月経っても抱擁するだけで、それ以外のことはやらない。こいつからの一方的なものであることも変わらず、私は抱き返さない。

初めの頃は、そのうち抱擁だけじゃ満足できなくなるんじゃないかと思って、少し警戒もしていた。

こいつも男だ。夜に誰もいない場所で想い人と二人きり。誰だって先に進みたくなるものだろう。

だが私の予想は外れた。一週間経っても二週間経ってもこいつは今以上の行為を求めてこなかったし、もちろん私から求めることなんてない。

結果、一月経った今でも私たちの行為の内容は変わらないままだった。

ま、こいつがそれでいいと感じているなら私が口出すことでもない。

背や髪を愛撫することは許可しているが、尻や胸に手を伸ばしてきたらタダじゃおかない。ボコボコにしてやる。

もしそんなことが起こればその時こそ、私たちの関係は終わりを告げるだろう。

そして、こいつもそれが分かっているのかもしれない。だから手を出さないし、他には何も求めてこない。

いい心がけだ。この現状を維持する限り、こいつはいつまでも私を抱くことができるのだから。

……ま、男としてはそんなことでどうする、と思わなくもないが。告白した時みたいにぐいぐいこいよ、男ならさ。

……はは、私も勝手だな。

さて、今日の日課も終わりの時間だ。いつものように男が私から腕を解く。

この時、いつも少し残念そうな顔をしながら離れていくこいつが私のくすぐる。まるで子供だ。

にやつきそうになるのを必死に堪えながら距離を取ると、より一層眉が下がる。

また明日には会えるんだし、明後日もその次の日もあるじゃねぇかと思うが、それでも寂しいらしい。

これも毎日のことなので、私も毎日のように後ろを向いたあと手を振って、

「またな」

と言ってやる。

言葉使いと背が高いでライナー

この言葉を聞いてようやく、あいつは明日もこの関係が続くと確信できるようで、活気ある返事を寄こしてくる。

この別れ際の言葉のみが、私からあいつへのアプローチなわけだが、それだけで十分なようだ。

男ってのは惚れた相手には皆こうなるのか? 単純だな。

まあ惚れたうんぬん以前に単純な奴か複雑な奴かと言われれば、単純な奴だと思っていたが。単純というより分かりやすい?

分かりやすいこいつに一日の別れを告げることで、私の日課は終了する。

ちょっとだけ高揚した気持ちを抑えつつ、早足に女子寮へ向かう。点呼に遅れたことはないがいつもぎりぎりだ。

その帰路の途中で、ふと、

……ああ、そういやこの一月、雨降ってないな。

そんなどうでもいいことが頭に浮かんだ。

数日後。晴れの日。

良くないことが起こった。

あいつが立体機動の訓練中に怪我をしたのだ。

聞いたところによると体を制御し損ね、直撃はしなかったものの大木に体を掠めそのまま落下したらしい。

珍しいこともあるもんだ、成績上位のあいつが。というのが私の正直な感想だった。

連絡の初めに大事には至らなかったということを聞いていたからかもしれない。

落下場所には草が茂っておりクッションになったことと、本人が慌てず受け身を取ったことが幸いしたようだ。

それでも同じ班の訓練兵に担がれ医務室に直行したが、検査の結果、擦り傷と打撲程度済んだとのこと。立体機動中の怪我としては奇跡的に軽い。

一応今日と明日は安静にするべきという医師の判断で、医務室のベッドで休養しているのが現状だ。

あいつと親しい奴らはちゃんと見舞いに行っているようだが、私は行かなかった。

症状は大したことないし、事実だけを見るなら訓練中に兵が一人怪我を負っただけ。よくあることだ。

だからわざわざ私が様子を見に行く必要はない……特別親しいわけでもないしな。

他の連中も私が見舞いに来たら驚くだろう。女神クリスタの付き添いとかならともかく。

クリスタの付き添いか……それはなかなかいい案かもしれない。

いやいや、何を考えてんだ。クリスタを使ってまですることかよ、見舞いなんて。らしくねぇ。

あいつの面倒なんざ周りの連中に任せておけばいい。それに今以上に人が増えても迷惑になるだけだ、うん。

……そりゃ、多少心配ではあるけれど。

それよりも、あいつがあんな調子じゃあ今日の日課はなしだな。

一月の間一日も欠かさず繰り返してきた日課が途切れるのは少し残念だが、仕方がない。医師の言いつけを破ってまでやることじゃない。

あーそっか。療養の期間は今日と明日だから明日もなしか。つまり二日も空いちまうわけだ。

あいつは寂しがるだろうな。私との密会を毎日との楽しみにしていたようだし。別れ際にあんな顔するんだし。

二日もお預けをくらって、明後日に再開した時どう反応するか今から楽しみだ。

私? 私はまあ……別にこの程度何とも思ってない。

せっかく続けてきた日課に穴が空いて残念に思うくらいだ。あいつとの関係に飢えているわけじゃなし。

たかが二日なくなるくらい、なんてことない。平気だ平気。

……なーんで来ちまうかなぁ。

その日の夜。いつもの日課の時間である点呼15分前。

私はあの物置小屋の前で突っ立っていた。いつものように。

おかしいな。今日はもうすることもないからさっさと寮に戻って寝るつもりだったはずなんだが。何で私はここにいるんだ?

……なんか、おもしろくない。

そりゃあ日課が急に途切れることになったのは気持ち悪かったし、あいつとの密会も嫌いじゃないけれど。

これだと私が執着してるみたいじゃねぇか。

いつから私はこんな女になった? と溜め息を吐く。

でも来てしまったものは仕方がない、私一人だけでも日課をこなそうと小屋の裏に回ると、

「ユミル」

いるはずのない男に、抱きしめられた。

続きが気になって仕方ない

……は?

この体、この腕、この力、この匂い、この熱。

全身で感じるこれらは紛れもなくあいつのもので、この一ヶ月間私が毎日感じていたものに相違なかった。

故に私が間違えるはずはなく、これは夢とか幻とかそんなものではなくて、確かに現実だった。

おいおいおいおい。

なんでいるんだ? 怪我はどうした? 医師に安静にしてろって言われただろ? 怪我人はとっとと寮に戻って休養してろよバカ。

次から次へと言いたいことが溢れてくるが、そのどれもが言葉として口から出てこない。

それだけ私は混乱していたわけだが、こいつはお構いなしに力を込める。逃がさないとでも言うように。

こうやってこいつに抱きしめられるて感じるのはいつもの安心感だ。自然と落ち着き、混乱も収まっていく。

冷静になった頭で考えるのは、やはりこのバカのこと。

さすがに黙ったままではいられないので、この時間にしては珍しく口を開く。

「なあ、なんで来た?」

問いかけに男はピクリと反応して、少し力が弱まる。どうやら自覚はあったらしい、自分が何をしているのか。

長い沈黙の後、男はようやく言葉を作った。

「ユミルに、会いたかったから」

という、正直過ぎる答えを。

……呆れた。

医師の言葉を破って、悪化するかもしれない怪我を押してくるなんて、決して褒められたことじゃない。

だから一度叱ってやろうかと考えた。私に言われればこいつも堪えるだろうし、今後こんな無茶もしなくなるだろう。

……そう考えたけれど、こいつのこの一言でそんな気持ちは吹っ飛んでしまった。

体調も気にならないほど私に会いたかったのかとか、今まで私が来ると信じて待っていたのかとか。

そう思うと、怒りとは真逆の感情が湧いてきて、叱る気分じゃなくなってしまった。

まったく、ずるい奴だ。こうやってストレートに気持ちを伝えられるのが一番効くのだ、私には。

日課を続けるうち、こいつに対して甘々になってしまった私には。

だから私も「そうか」と返すだけで、そのまま存分に味わった。

今日はないものだと思っていただけに、いつもよりずっと心地良かった抱擁を。

結局、私の日課が欠けることはなかった。今日も、そして明日も。

面白いから誰でもいい

背が高くて押しがよ…ゲフン理性的で人に弱さみせなさそうで…
マルコ?

そしてまた数日後。やっぱり晴れ。

今度は私が不覚を取った。

対人格闘術の訓練の時だ。私もその他大勢と同じように、得点にならないこの訓練には真剣に取り組んでいなかった。

厳しい訓練の合間の一休み。そう捉えている私は、今日もクリスタ相手に適当に流していた。

格闘術において、私とクリスタの間に大きな隔たりがある。そのため私が怠けて相手していてもクリスタは常に全力だ。

クリスタは私が真面目にやらないことに腹を立てていて、何度もうるさく言ってきたが当然無視。

やる気のない私にいいようにされる程度の実力で生意気なこと言ってんなと、油断し切っていたのが悪かった。

いつの間に身に付けたのか知らないが、クリスタが繰り出した初めて見る投げ技に足元を掬われた。

全く集中していなかった私は見事に宙で弧を描き、そのまま地面に激突。

その時、遅れて受け身を取ったため中途半端になってしまったのか、手首から聞き慣れない音がした。

ぐきっ、とかそんな感じの鈍い音だ。

診断の結果は、軽い捻挫。思ったより軽症だったが、片手が使えないので三日間は座学以外の訓練に参加できないとのこと。

まさかこんな失態をするとは。三日分の得点を取り返すには少し頑張らないといけない。

にしてもクリスタがあんな技を見せるなんてな。もしかして誰かに教わったのか? 甘く見過ぎていたかな。

そのクリスタはと言うと、何度も何度も謝り倒してきた。ごめんって言葉を百回くらい聞いた気がする。

一人で平気だといっても医務室まで付き添って来るし、私も午後からの訓練休むと言われた時にはさすがに困った。

気を抜いていた私の責任だと言い聞かせて訓練に戻らせるのにかなりの時間を要した。

その様子に医師は微妙な表情を浮かべているだけだったが、あんたも一緒に説得してくれよ。

ちょっと涙目になってるクリスタは可愛かったがな。

診断が終わった後も一応様子を見たいからと言われ医務室のベッドで横になっていると、またクリスタがやって来た。今度はサシャも連れて。

この芋女とは入団初日以来、なんだかんだと付き合いが続いている。癇に障ることも多いが。

二人と話しながら私への見舞い人はこれで打ち止めだろうなと考えた。

もともと大した怪我でもないし、見舞いに来てくれるような親密な人間関係を作ってこなかったから当然ではあるが。

そういやあいつが怪我した時はそこそこ人数いたよなと考えていると、再び医務室の扉が開いて人が入って来る。

誰かと思えば、たった今頭に浮かべていたあいつだった。

また怪我でもしたのかと思ったが、こいつが向かう先は医師ではなく私の方で、

「大丈夫なのか!?」

なんて、切羽詰まった声で問われたので驚いた。

それは傍にいたクリスタとサシャも同じで、なんでこの人が? と揃って首をかしげている。

その後これまた揃ってこっちに視線を向けてくるが、いや聞きたいのは私の方だ。

まさかこいつ、私の見舞いに来たのか?

ちょっと信じ難かったが、こいつの真剣な態度を見るとどうやらその通りのようだ。

……マジかよ。

何も答えない私に業を煮やしたのか、男はさっきよりも強い語調で聞いてくる。

その声で我に返った私は、内心の動揺を隠しながら大したことはないと落ち着かせる。ただの捻挫だと。

そこに医師の説明も加わり、男はようやく平静を取り戻したようだ。

取り乱して悪かったと謝って、大事にならなくて良かったと言った後、それでもこちらを何度も振り返りつつ医務室から出て行った。

なんだあいつ。本気で私を心配して見舞いに来たってのか?

私が怪我したことはさっきクリスタが教官に報告してくれたはずだから、その時に知ったのだろう。

でもそれなら私が軽症だってことも耳に入っているはずなのに、わざわざ?

自分の目で確かめたかったと、そういうことなのか?

あんな不安げな表情で、一秒でも早く私の状態を知りたいというように。

……なんだよ、ちょっと嬉しいじゃねぇか。

やばい、しっかり押さえてないと口の端が持ち上がってしまいそうだ。

ちらと横を見ると、クリスタとサシャがまたまた揃ってこっちを見ていた。それも好奇心旺盛な目で、にやにやしながら。

しまった。こいつらに隙を見せてしまうとは。

その後二人の息の合った追求に晒されたが、何とか誤魔化し通した。あまり納得いっていないようだったが。

途中で医師に怒られて追い返されてなかったらやばかったかもしれない。

二人が訓練に戻り、ようやく落ち着けたところで思ったことがある。

……あいつが怪我した時、私は見舞いに行かなかったなぁ。

あいつはあんなに心配してくれたっていうのに……ちょっと悪いことしたかな。

夜。まだ捻挫の痛みはあるが、手首さえ無茶させなければ問題ない。だから今日も物置小屋に行く。

先に来ていたあいつが私に気付いたので、いつものように表情を和らげるのかと思ったら、違った。

切なげに私の名前を呼ぶこともせず近づいてきて、全力で抱きしめられた。今までで一番強く、目一杯。

初めてのことだから一瞬驚いたが、今日はそういう気分なのかなと受け入れようとした時、

「心配した」

という言葉とともに更に力を込められて、ようやく理解できた。

……確かに、今までと違う日だったな、今日は。

今日は私が捻挫した日だ。

確かに医務室でも帰り際にまだ安心し切れていないような態度を取っていた。

その後再び見舞いに来ることはなかったが、どうやら私と医師の言葉だけでは不十分だったようだ。

この腕に込められた力は、その不安の表れなのだろう。こうして抱いていないと心配で堪らないというように、全力だ。

「心配した」という短い一言にも、どれだけ私を思っていたのかが伝わってくる。

ったく、捻挫一つで大げさな奴め。

……でも、素直に嬉しい。

こいつの剥き出しの気持ちが、心に沁みる。

私のことをこんなに思ってくれる奴なんて、一人だっていなかった。

こんな屑みたいな人間をここまで心配してくれるのは、こいつだけだ。

そう思って男の顔に視線を向けると、その辛そうな表情は変わっていなかった。

ああそうか。私を抱き留める腕には力が込められっぱなしで、こいつの不安はまだ解消されていないようだ。

……。

少し迷ったが、もういいよな。

男が僅かに反応する。思わず息を呑んだようだ……気付いたからだろう。

己の腰に回された、私の手に。

男は私の取った突然の行動に驚きを隠せないようで、固まっている。テンポの速くなった心音からその緊張が伝わってくる。

私は手首の痛みに耐えながら、続けて男の耳元に口を近づける。そして、

「大丈夫だ」

不安も緊張も何もかも取り除けるようにと願いを込め、努めて穏やかな声で、囁いた。

男の体から余計な力が抜ける。早鐘を打っていた心臓も徐々に落ち着きを取り戻していく。腕の力を入れ直し、今度は優しい抱擁に変わる。

どうやら、やっと安心してくれたようだ。

次の瞬間、何を思ったか男は頬を擦り寄せてきた。

今度はこちらが面食らう番だったけど、すぐに許した。それどころか釣られて私も同じことをしてしまった。

何やってんだろと思いながらも、摩擦で生じる熱はあったかくて、心地良い。

背に回された腕も、もっともっと強くして欲しいと思ってしまう。

その気持ちを込めてこちらから手に力を入れると、応じるように抱きしめ返してきた。

……ああ。本当に、悪くない。

こんなに心地良いことはないと、初めての幸福を感じながら、私は更に強く力を込めた。

相手も同じように感じてくれたらしく、一部の隙間もないくらい体を密着させてくる。

こうして、強く強く、そしていつもより少しだけ長く、私たちは抱擁を交わしたのだった。

この日、私の日課に大きな変化があった。

男の抱擁をただただ受け入れるだけだった私が、初めて自分から求めたのだ。

自ら相手を求めるという行為には恥ずかしさもあったけれど、しっかりと受け止めて貰えた時の喜びは何ものにも代え難いと、そう思った。

今までこちらが勝手に感じているだけだった奇妙な一体感も、確信に変わった。

この時間、この場所において、私とこいつは互いに欲し、求め合っている。

その事実を認識できたことが、堪らなく嬉しかった。

明日以降も私から抱きしめにいくだろうし、あいつの髪や背を愛撫する。頬も寄せる。

今後は、この僅かな時間の密会を、日々の楽しみとすることを私はもう否定しない。

この10分間だけは心から楽しもうと、今決めた。

明日の日課が待ち遠しい。

……だが、この心地良い時間は、いつまでも続かなかった。

予定していたところまで書けたので今日は終わり
明日から少し少なくなるかもしれない
読んでくれてる人ありがとう

乙。
きゅんきゅんした

おつ。

こういうのいいなぁ
胸がぎゅ~ってなる

ちょこちょこ相手のヒントがあってドキドキした

今日は少なくなるかもと書いたけど時間が取れたから昨日ぐらい書く

見られた。

日課が始まって約二ヶ月経った日の夜。もうずっと晴れ。

いつものように二人で抱き合っていたら、私たち以外の気配を感じた。

その方向に視線をやると、女だった。訓練兵の一人だろう。あんぐりといったご様子だ。

遅れてこいつも気付いたようで、驚きとともに大げさに振り返る。

その拍子に女は我に返ったのか、慌ててこの場から走り去った。間隔の短い足音がだんだん遠ざかっていく。

足音が完全に聞こえなくなるまでの間、私は動けなかった。いや、動かなかった。

代わりに動かしていたのは脳の方で、この状況について考えを巡らしていた。

見られた。私の日課を。私たちの密会を。私たちだけの時間を。

あの女は誰なのか。訓練兵であることは間違いない。

辺りに人工の明かりはなく、あるのは薄い月明かりだけだったが、それでも顔だけは覚えた。

だが名前が分からない。あんな顔をした奴はいたかと頭の中で女訓練兵の顔を次々思い浮かべていく。

確かに何度か視界には入っていたし記憶の片隅にあの女はいたわけだが、名前は出てこない。

もともと興味のある奴や目立つ奴以外は気に留めていない。そんな奴は名前を覚えるつもりもなかったため、仕方ないか。

問題は向こうが私たちのことを知っているかどうかだ。私から女の顔が見えたのだから向こうから見えていてもおかしくない。

なんだってこんな時間にこんな場所にやって来たんだ、あの女は。まあ恐らくただの偶然だろうが。

さらに偶然この物置小屋に来ていたとして、どうして裏にまで回ってくるのか。もしかして私たちの気配を感じ取ったのか?

でも、そんなことよりも。

見られたことよりも、水を差されたことに腹が立つ。

せっかくの日課。日に一度しかない、私がこいつと求め合える密会を邪魔された。安寧を得られる機会を奪われた。

だんだんイライラが募ってくる。別に誰が悪いというわけでもないんだが。強いて言うなら巡り合わせが悪い。

だからこの怒りは誰にも向けることはできず、それが余計に私を苛立たせる。

あーくそ、たった10分くらい好きにさせてくれよ。

この溜まった鬱憤をどう処理してやろうかと考えていたら、

「ユミル」

という男の呼びかけに、明後日の方を向いていた私の意識は引き寄せられた。

あ、と思って視線を男に戻すと同時、ちょっと強めに抱きしめられる。

気にするな。今だけは他のことを考えず、この抱擁に集中してくれと、そう言われた気がした。

……そうだな。二人だけのこの時間に水を差していたのは私の方だった。

女に見られて驚いたのも怒りが湧いたのも本当だけど、そんな瑣末事は全部後回し。

どんな邪魔が入っても、この10分間は互いに求め合うだけの時間だ。それを失念していた。

だからごめんという気持ちを込めて、私も強めに抱きしめ返す。

気を取り直して再び抱擁を続けていると、先ほど感じた怒りも自然と静まっていく。

はは、単純だな私も。

日課を終えて男と別れた後、いい気分で帰路に就きながらも、やはり考えてしまうのはあの女のことだ。

明日以降あの女がどういう行動を起こすのかは分からない。噂として吹聴するか、胸の内に仕舞っておくか。

後者を選び秘してくれるならそのうち忘れていくだろうし、私たちにとってはそれがベストだ。

だが前者を選ぶなら?

まあそもそも、女が私たちのことをしっかり認識できていたかも分からないわけだが。

もし認識できていなかったのならすぐさま情報を広めることはしないだろう。

逆にしっかり認識できていたらどうなるか。

私は女の名前を知らなかったし男も覚えがないそうだが、向こうはそうではないはずだ。

私はともかく、あいつは成績上位者だし、何かと目立つことも多い奴だ。知らないということはないだろう。

女があいつに対して何らかのアクションを起こす可能性は高い。

そして、明日の日課はどうするか。

一度見てしまった以上、明日も女が物置小屋に来る可能性は十分にある。確認のために、己の興味のために。

それはまずい。やましいことをしているわけではないが、私は二人しか知らない密会という状況にある種の高揚を覚えていたのだ。

あいつはどうだか知らないが。

……私だって本音では、そんなものは二の次で、一番大事なのはあいつと求め合うことだと分かっている。

でも私があんなことをしていると周りに知られれば、いろいろ面倒なことが起こりそうだしなぁ。

はあ、本当に厄介なことになってしまった。

見た。

次の日。本当に雨降らないな。

午前の訓練が終わり、昼食のために食堂に向かおうとしていた途中のことだ。

あいつが例の女と二人で話していた。

一緒に歩いていたクリスタを先に行かせ、二人に悟られないように物陰に隠れて観察する。

ちょうどいい場所がなく距離が開いた所に陣取っため、会話の内容は聞こえない。

とはいえ女に詰め寄られてあいつは困惑しているようだし、十中八九昨日のことだろう。

やはり女の方はあいつを知っていたか。どうなるか分からないが好ましい状況ではないのは確かだ。

割って入ってもいいが、女が私のことを認識できていなかった可能性が残っている以上、無闇に出て行くのは得策ではない。

もしかしたら後で私にも接触してくるかもしれないが、今の段階ではどちらとも判断できない。

今むざむざ出て行けば、男の相手が私だと自ら名乗り出るようなものだ。

もどかしいが、このままここで観察を続けるしかない。

数分後、話が終わったのか二人は距離を開け、それぞれ別々に食堂へ向かい始める。

結局どんな会話がなされたか一つも聞こえなかったから、どういう結末を迎えたのかは分からない。

不思議だったのは二人の表情が対照的だったこと。

あいつの方は理解できる。あんな場面を見られて、その張本人にあれこれ追及されたら苦々しい顔にもなるだろう。

解せないのは女の方。会話が進むにつれ、なにやら嬉しそうな表情になっていったのが気になる。

もしかしてあいつ、吐かされたか? そう簡単に口を割る奴ではないと思うが、女が満足のいくことを言ったのは確かだろう。

何を聞かれた? 何を言わされた? 今から追いかけて聞いてみるか? もうほとんどの訓練兵が食堂に行っただろうし、今なら。

意を決し物陰から身を乗り出そうとした時、名前を呼ばれた。

クリスタだった。私がなかなか食堂に来ないから心配して戻って来たようだ。

くそ、今は無理か。

その夜。

結局あいつに尋ねる時間はなく、女が私に接触してくることもなかった。

胸にモヤモヤとした嫌な感じを抱えつつ、いつもの場所に足を向ける。

昨日あんなにバッチリと第三者に目撃されたんだ、本来なら今日は中止にするべきなのかもしれない。

でも、二人だけという状況は崩れてしまうかもしれないけれど、やっぱりあいつと求め合いたいから。

そして、あいつも私と同じ気持ちだと、そう思えるから。

……ほらな。

私の日課は、私たちの密会は、他人に見られたくらいでぶれるような代物じゃないってことだ。

ただ気になったのは、今日のこいつは全てが遠慮がちだったこと。私に向ける表情も、私を抱く腕の力も。

その原因が女との会話にあることは疑いようもなく、女本人はいないのにまた水を差された気分になった。

これは早急にどうにかしなければならない。

明日、あの女に会いに行こう。

見てしまった。

更に次の日。いつになったら雨は降るのか。

夕食を摂り終えた後、

風呂に向かう途中、

あの女を見かけたので、

こっちから話しかけてやろうと尾行してみると、

女は人目の付かない場所に行き、

何故かそこにはあいつがいて、

二人で抱き合い始めた。

一時間半くらい休憩

oh…



地の文がほとんどでこれだけかけるのがすごい。


ユミルの嫉妬くるか

すごいなあ…しっとりした文でこっちまでドキドキしてくる。

目の前が真っ暗になった。

ような気がした。もちろんそれは錯覚なわけだが、一瞬意識が飛んだのではと思った。

……何してやがんだ、あいつら。

目の前の事態も錯覚かと思ったから、目を擦って、瞬きして、頬を二度ほど叩いて、目ん玉かっぴらいて凝視してみた。

……錯覚じゃない。完全完璧100パーセント見たまんまのことが目の前で起こっている。

それが分かった途端、全身から力が抜けて膝から崩れそうになったが、よく分からん自尊心でなんとか踏ん張った。

それでも頭は空っぽで、出て行く勇気も気力もなく、私はその場で立ち竦むしかなかった。

現実だけどそう思えない。事実だけど認めたくない。目を逸らしたいけど逸らせない。逃げ出したいけど足が動かない。会話が聞こえないのが唯一の救いか。

体は動かなくとも脳は動くのがなんとも厄介で、望んでないのに思考だけは働いてしまう。

昨日あの女の機嫌良さそうだったのはそういう理由か? あの時の会話で抱き合うことを決めたのか?

女は昨日に負けず劣らずの上機嫌ぶりで、男の背に回した手はしがみ付くように服を握っている。

無遠慮に頭を胸板に擦り寄せて、髪が乱れるのもお構いなしという感じだ。

対するあいつも女の腰に手を添えてやがるし、女を全身でしっかり支えている。

顔だって満更でもなさそうで……あれ?

満更でもない? いやいや、なんだあの不愉快そうな顔は。苦虫を噛み潰したようとはああいうのを言うんじゃないか?

あいつの顔は、少なくとも私を抱いている時のような満ち足りたものではない。むしろ満足とは正反対の表情だ。

ひょっとして……嫌々やってる、のか?

よくよく見てみると、女の腰に添えられた手も触れるか触れないかというくらいソフトなものだ。

女を体で支えているのも、相手に体重をかけられて倒れないように仕方なくやっているように思える。

さらに胸元で頭をぐりぐりされる度に鬱陶しそうな顔をしている。

……もしかして、本当の本当に、嫌々?

何らかの事情があって無理矢理相手させられているだけなのか?

その事情って……例の密会以外に考えられない。

例えば、密会のことを漏らさない代わりの交換条件にとか。何故その見返りが抱き合うことなのかは分からないが。

だって昨日あいつは、女との会話で苦々しい顔をしていた。日課の時もどこか遠慮がちに抱いてきた。

それは、これを強要されていたからじゃないのか?

他の女と抱き合うのが嫌で、それでもやらざるを得なくて、だから私に対して気が引けていたとすれば。

私の都合の良い解釈かもしれないが、辻褄は合う。

体に活力が戻ってくる。足にもしっかり力が入って踏ん張りが利く。しっかり床を踏みしめ、意識を正常にする。

……よし。

たった今、決めたことが二つある。

一つは真実を確かめること。

そしてもう一つは……。

約二時間後。消灯15分前。

一つをやり終えた私は、すっきり半分、緊張半分という面持ちで、いつもの場所にやって来た。

やはりあいつは私より早く到着していたが、その表情はかなり暗く、固いものだった。

私が来たことに気付いても晴れることはなく、近づいても来ない。

ほんの二時間前にあんなことをしていたのだ。昨日以上の罪悪感を得てしまっているのかもしれない。

私は事情を知っているがこいつはそれに気付いていないので、素知らぬ顔で聞いてやった。

「どうした?」

男は何かを考えた素振りを見せた後、口を開けて言葉を発しようとする。

が、その前に、

「なんてな。もう全部分かってるよ、私は」

そう言うと、こいつはぽかんと口を開いたまま固まってしまった。

……こいつの呆けた姿は実に愉快だな、うん。

そんな呑気なことを考えつつ、私は全てを話した。

昨日あの女と話しているのを見たこと。二時間前に抱き合っているのを見たこと。

その二つの状況を私なりに解釈して仮説を立てたこと。

仮説が正しいのか、真実はどうなっているのか確かめるため、ついさっき女と会ってきたこと。

私の解釈はほぼ的中していたこと。

そしたら女が私に対しても口止めの代わりを要求してきたので、逆に脅してやったこと。ああ、もちろん手は出してないぞ?

今後一切お前と私に関わらない、密会のことを誰にも漏らさない、物置小屋には近づかない、などなどを誓わせたこと。

だからもう女のことは気にする必要はないし、さっさと忘れた方がいいということ。

これら全部を一気にだーっと喋ってやった。もう口が疲れた。

「……とまあ、こんな感じだ。分かったか?」

こいつは終始ぽかーんとしていて、一つも口を挟むことなく聞いていた。

一呼吸、いや二呼吸ほど置いてから話が終わったことに気付いたのか、こくこくと何度も頷く。

その仕草が妙に可愛らしくて、少しにやついてしまった。

しばらくして男はようやく全てを飲み込めたらしく、しかしまた顔つきを固くしになり、

「ごめん」

と、頭を下げてきた。

実は、こいつにも言いたいことはたくさんあった。

どうして私に相談しなかったのかとか、一人で何とかできるつもりだったのかとか、それで女の条件を受け入れてりゃ世話ねぇなとか、

もしあのまま要求がエスカレートしていったらどうするつもりだったのかとか、まあいろいろだ。

そういった諸々のことを、以前こいつが怪我した体でここに来た時は叱らなかったから、今度こそはと思っていたが……ダメだこりゃ。

つくづくこいつに甘くなってしまったなぁ、私。

だから怒らない代わりに、両腕を広げてこう言うことにした。

「ほら、早くしろ」

これだけで全てが伝わったのか、男は勢い良く飛び込んできた。

けど勢いが良過ぎてそのまま倒れそうになってしまったので、ぺちっと後頭部を叩いてやる。

すると叩かれたこいつは「はは」と小さく笑う。私も釣られて笑みをこぼしてしまう。

一度離れかけた心の距離を埋めるように、お互い力強く、一心に抱き合う。

そして、

……やっぱり、いいなあ。

素直に、そう思ったのだった。

……と、しまった。忘れるところだった。

今日はまだやることが残っている。二時間前に決めたことの、もう一つだ。

かなり恥ずかしいことになるが、やらないと私の気が済まない。こいつには忘れろと言ってしまったけど。

男の肩に寄りかからせていた頭を離し、互いの間に少しだけ隙間を空ける。

そして顔をこいつの真正面に持ってくると不思議そうな目で見られる。何故離れるのかと。

……それはな、離れないとできないからだ。

「――」

キスが。

時間が止まる。

初めての感覚に体が打ち震える。

数秒を永遠に引き延ばした時の中で感じられるのは、こいつの唇の感触だけ。

抱擁よりもずっと熱くて、心地良くて、溶けてしまいそうだ。

唇から全身にとてつもない痺れが伝わって、このまま続けていたら本当に狂うんじゃないか。

世の恋人や夫婦はこんな刺激的なことを当たり前のようにしているのか。とても考えられない。

まるで麻薬だ。おかしくなると分かっていても、続けたい、止められない。

これくらいにしておかないと、と思った時にはすでに手遅れで、この心地良さの虜になってしまっていることだろう。

それくらいすごいのだ。

この、キスってやつは。

ゆっくりと、唇を離す。

停止していた時間は再び動き出し、月明かりや夜風を感じられるようになる。

口から白い吐息をこぼしながら、顔を逸らす。

やっぱり照れくさいから。恥ずかしさとキスの余韻で真っ赤になってるんじゃないかと思う。

そう考えると、視線を外さずにはいられなかった。

本当は手で覆って見られないようにしてしまいたいのだが、抱き合ったままのこの状態じゃそうもいかない。

だからせめて、こいつの視線から逃れようとしたのだ。

……キスをしたのは、我慢ならなかったから。

こいつがあの女と抱き合っているのを見た時、もうダメかと思った。

その後口止めのために無理矢理やらされていたことも分かったし、女に二度と近付かないことも誓わせた。

それでも、イヤだった。

たった一度のこととはいえ、こいつも渋々だったとはいえ、許せなかった。

こいつの腕の中は私専用なんだ。あんな女が収まっていい場所じゃない。

こいつと抱擁を交わすのは私だけの特権なんだ。あんな女が平気でしていいものじゃない。

こいつとの密会は私の日課なんだ。あんな女に奪われてたまるか。

これは紛れもなく嫉妬だ。私だけのものじゃなくなってしまったという独占欲の表れでもある。

だから、新しいなにかが欲しかった。

抱き合うのが駄目ならば、他のなにかを探せばいい。次は抱擁よりも更に激しいもので。

そう思案した結果が、キスだった。

緊張したし、恥ずかしかったけれど、やってやった。

抱擁を奪われた事実を変えることはできないけれど、私たちはそれ以上のものを手に入れた。

……なあ。私たち、これでもっともっと求め合えるよな?

……ん?

顔の赤みも引いてきたので再び男に視線を向けると、こいつはまだ固まったままだった。

おいおい、お前の時間はまだ止まってんのか? もうそろそろ動き出さないと時間が迫ってるぞ。

それだけ衝撃が大きかったってことか。不意打ちだったしな。

覚悟を決めていた私でもあんなに痺れたんだし、それも仕方ないか……へへ。

まあ今日は特別な日になったし、少しくらい遅れてもいいかなと思った時、男に動きがあった。

それでもまだ整理できていないのか、照れや喜びよりも驚きの方が勝っているようだった。

信じられない、といった表情だ。

男は呆然としたまま私から体を離すと、ふらふらと男子寮に向かって歩き始める。

そんな調子で大丈夫かと少し心配になったが、そのうちに元に戻るだろう。

そう考えて私も小屋を後にする。

日課の新しい変化に胸を高ぶらせ、これからは毎日でもできるのだと心を弾ませて。

そして、今日の密会は忘れられない思い出になるだろうと、確信しながら。

翌日。この日は二ヶ月ぶりの雨だった。

それも大雨。今までの分を取り戻すかのごとく土砂降り。風と雷のおまけ付きで。

この影響で外で行う訓練は尽く中止となった。

ある程度の悪天候ならそういった場合の訓練も兼ねて強行されることも多いが、それさえできない状況だったのだ。

その夜。多少弱まったものの、それでも通常の雨より勢いがあることは変わらない。

変わらないが、この程度のことは日課を中断する理由にならない。

吹き飛ばされそうになる傘を押さえ付けながら、物置小屋に到着する。

裏に回れば、雨も風も雷もお構いなしに、いつも通りあいつは私を待っていて……。

――あれ、いない?

え?

……いったん目を閉じて、もう一度ゆっくり開いてみよう。

そうすればあいつはそこにいて、待ち兼ねたと言わんばかりに私に抱きついてきて……。

――来ない。

あれ? 本当にいないのか?

小屋の裏を隅から隅まで見渡してもあいつの姿はどこにもない。そもそも見渡すほどのスペースがない。

なんだ、遅れてるのかあいつ。珍しいな。

いや、珍しいというよりこの二ヶ月で初めてじゃないか、こんなこと。

……まあいいか。そういうこともあるだろう。たまには私が待つ側と言うのも悪くない。

そう思いながら、私はあいつが来るのを待った。

けれど、あいつは来なかった。

待てども待てどもあいつの気配は感じられず、時間だけが淡々と過ぎていく。

そうして、10分が経ってしまった。もう寮に戻る時間だ。点呼が始まってしまう。

それでも私は待った。いつか来てくれるだろうと信じて。

怪我をしても、あの女に見られる危険があっても、あいつは来たのだ。雨風くらいなんてことないはずだ。

それとも何かあったのか? どうしても来られなくなるような何かが。

でも最後にあいつを見かけたのは夕食の時だったが、その時はいつも通りピンピンしていた。

夕食後から今までの間に事故があったり怪我人が出たという報告も受けていない。

ならあいつはいつも通りここへ来るはずなのだが……来ない。

どうして……?

結局、それから30分過ぎてもあいつが現れることはなかった。

つまり今日は、二ヶ月続いた私の日課に初めて空きができた日になったのだ。

今日はここまで
なんか密会のシーンは同じようなことばかり書いてる気がする
それでも読んでくれてる人ありがとう
次の更新で完結する予定

密会でじわじわと情が湧いてくるのわかる丁寧な描写だね
なんで男の子の方が来なかったか気になるー!

おつー!!

最初は男がだれなのか気になるから読んでたのに
最近は胸キュンが止まらない!

もうユミルを幸せにしてくれるなら誰でもいいよ


次回楽しみにしてる

乙!もう終わりかー…残念
でも次楽しみに待ってる

乙!
地文が長い人でユミルって言うと「ベルトルトとユミルの」の人しか知らないけど文章違うよね?
他に書いてる?
教えて下さい

申し訳ないが今日は更新できない
明日の夜必ず完結させる

>>113
そのSSの作者さんとは別人
過去にもいくつか書いたけどタイトルを出すとこのSSの男が誰かバレるだろうからなしで
ユミルとこの男の絡みがメインのSSが多いんで

良い描写や表現をする人だなぁ

いいなー好きだわ このSS

>>1完結したら 過去作を教えて欲しい

エレンかベルトルトかマルコ
アルミンは成績上位じゃないからな…

今回で完結

日課が途切れた日の翌日。昨日の豪雨が嘘だったかのような快晴。

昨夜は何故来なかったのかと、あいつのことを注意深く観察してみたが、よく分からなかった。

訓練の時も休憩の時も飯の時も、いつもと変わらないように思える。

見てるだけじゃなく話しかけてみようかとも考えたが、やめておいた。

あいつからしても、私と二人きりでいられる一日一度の機会を逃がすだなんて、余程のことのはずだ。

何か止むを得ない事情があるのだろう。もしかしたら他人に言えないようなことかもしれない。

……それでも、一言くらいは欲しかったけど。

まあいい。たった一日のことだ、そこまで気にすることじゃない。どうせ今晩には再開できるんだし。

文句はその時言ってやる。昨日あいつを待っていたせいで、点呼に遅刻したんだからな。

……だが。

その日の夜も、あいつはいなかった。

二日続けて来ないなんて、おかしい。

それも私に何も伝えることなく、黙ってだなんて。あいつの性格ならそんなことしないはずなのに。

本当に何かあったのか? 特別な理由があって、それにかかり切りなのか?

……探しに行ってみるか? いやでも私がここから離れた後に遅れてやって来たらすれ違いになってしまう。

それにもし男子寮内にいるのなら女の私が会いに行くことは不可能だ。

そもそも点呼の時間も迫っている。時間がない。手がかりもなく探し回るのは得策とは言えない。

……くそ。

自分から行動できずただ待つだけのこの状況が、ひどくもどかしい。

結局今日もあいつは現れず、私はまた点呼に遅刻した。寮長からいろいろ言われたが、そんなこと耳に入らなかった。

明日こそはと、そう信じていたから。

私の期待は裏切られた。

次の日も、そのまた次の日も、あいつが来ることはなかった。

からっと晴れ渡る空とは対照的に、私の心は曇がかったようにどんよりしていく一方だ。

そのくせ普段のあいつはやっぱりいつも通りで、日課が途切れて五日目にもなると、さすがに疑い始めた。

特別な事情なんて、何もないんじゃないか、と。

だってあまりにもいつも通りだ。五日もの間密会に来られないような事情があるのなら、何かしら態度に出るはずだ。

なのにそんな様子はおくびにも出さない。まるで何事もないかのように。

腹が立つ。

私はこんなにも悩んでいるというのに、お前は何も気にしていない。

日を重ねるごとに苛立ちはどんどん募っていく。もしこれが単なる揉め事ならとうに爆発していただろう。

それでも私から話しかけることをせず、あいつを待ち続けるのは何故か。

それは、疑心を持ちつつも、まだ信じているから。

どうしようもない事情があって、だから私に何も伝えられず、密会に来ることができないのだと。

……だって、もし何も事情がないなら、あいつが来なくなった理由なんて一つしか考えられない。

それだけは、イヤだ。

そうあって欲しくないから、近いうちに何事もなかったように再開できると、信じていたいのだ。

だが、もう無理だ。

いつもの時間にあいつが来なくなってから丸十日。その間空はずっと晴れ模様。

遂に私は限界を迎えた。

その直接の原因は、訓練中にあいつが他の女と親しそうに話していたことにある。この私を差し置いて。

冷静に考えればそれはただの会話だった。誰だって同期と話しくらいする。その相手がたまたま女だっただけ。

お互い何とも思ってないし、特別な気持ちもないだろう。

そう頭では理解できているのだが、日々あいつへの疑心を深めていた私の体は勝手に動いた。

二人の間に割って入り、男の腕をわし掴んで引きずっていく。

急な出来事に二人とも驚いたようだがお構いなしだ。その場を離れる際には、女に睨みを利かせておいた。

強引に引きずられる男は何やら訴えてくるが、知ったことか。てめぇが悪い。

やって来たのはあの場所。十日前まで私とこいつが毎日欠かさず会っていた、物置小屋の裏だ。

ここを選んだのは私の言いたいことをすぐに分からせるため。

とはいえ、連行される途中からこいつは気付いていたようだ。そこまで馬鹿ではなかったか。

ならば話は早い。早速本題に入らせて貰う。聞きたいことはただ一つ。

掴んでいた男の腕にさらに力を込め、真正面から睨みつける。

でも実は、これらの行為は虚勢だ。私の心を占めているは、怒りよりも不安なのだから。

今から発する問いに対してどんな答えが返ってくるか、本当は不安でたまらない。

最悪の答えを想像しながら、そうであって欲しくないと願いながら、恐る恐る口を開く。

「どうして、来ない?」

一呼吸おいて、

「……私のことが、嫌いになったのか?」

震える声で、そう尋ねた。

これが、私が恐れていたこと。

本当に特別な事情がない場合の、こいつが密会を拒む理由。

怪我をしても、誰かに見られるかもしれなくても、今まで一日たりとも遅れることなく来てくれていたんだ。

それが十日だ。こいつがこの場所に来なくなって。

だったらもう、これくらいしか考えられないじゃないか。

何故かは分からないけれど、私のことが嫌いになった。理由としては十分過ぎる。

好きな女と求め合うという目的がなくなってしまえば、誰がこんな物置小屋に来たがるものか。

私だって、日課がなければ足を踏み入れることはなかっただろう。

質問からどれくらい経ったのか。目の前の男はまだ答えない。

実際には数秒程度だろう。それでも今の私には果てしなく長く感じる。

こいつの回答を聞きたいけど聞きたくない。そんな矛盾した心理がそう錯覚させているのだろうか。

ごくりと、固唾を飲んでその時を待つ。

そして遂に、男は口を閉ざしたまま一つの行動を見せた。

ゆっくりと、首を振ったのだ。

横に。

……その行為の意味を理解するのに、また数秒の時を要した。

嫌いになったのかという私の問いに対し、こいつは首を横に振った。

つまり、嫌いになって、ない。

どっと力が抜ける。ずっと掴んでいた腕から手を離し、つり上がっていた目もようやく下がる。

さらに知らず呼吸も止めていたのか、長い長い溜め息を吐いてしまう。

……よかった。

不安が大きかった分、安堵の度合いもまた大きかった。

……本当に、よかった。

だが、私が安心できたところでまだ問題は残っている。

私にとっての最悪の事態は回避できたが、そうなると結局最初の疑問に戻るのだ。

それを知りたい。

「……だったら、どうして来てくれないんだ?」

こいつを十日も来られなくさせるような事情とは何なのか。

本当に他人に言えないことなら諦めるつもりだが、そうでないなら話して欲しい。何か力になれるかもしれないし。

そう思案しつつ尋ねると、男は迷うかのような仕草を見せる。やはり言い辛いことなのか。

だったら無理に聞き出したくはない。質問を撤回しようと口を開くより先に、言葉が返ってきた。

だがそれは、予想外過ぎる答えだった。

……キスは、好きな人同士でやるものだから、とそう言ったのだ。

は?

急に何言ってんだこいつ? キスって十日前に私からした、あれのことか? それと私の質問に何の関係がある?

突拍子もない内容を受けて軽くパニックになる。鳩が豆鉄砲を食った気分とはこんな感じかもしれない。

そんな私をよそに、続けて男から発せられたのは、更に意味不明な言葉だった。

……え?

こいつ今、何て言った?

しっかり聞こえていたはずなのに、脳が理解しようとしない。豆鉄砲どころじゃない、まるで大砲で粉微塵にされた気分だ。

それでもどうにか頭を働かせて、男の言葉を反芻する。

――どうして、好きでもない男にキスなんてしたんだ。

そう、言ったのか?

好きでもない、男?

ようやく言葉の意味を飲み込めた瞬間、さっきから脱力状態にあった私はその場にへたり込んでしまう。

こいつが違う女と抱き合っているのを見た時でさえ、気合いで乗り越えたというのに。

こいつの言葉一つで、私の膝はあっさりと限界を迎えてしまったのだ。

もうわけが分からない。なんでそんなことを言うんだ。それが私に会いに来なくなった、理由?

私の頭は真っ白で、ただただ男を見上げることしかできない。

呆然とする私に、男は更に言葉を投げかける。

――だから、もう終わりにしよう。

それだけ言って、男は私に背を向けた。

その背中が離れていく。遠ざかっていく。毎日のように腕を回していた背中が。どこか悲しそうな雰囲気をまとって。

もう、二度と触れらない場所へ行ってしまう。

引き止めたかった。連れ戻したかった。行かないでと、言いたかった。

けれど、私の体は何一つ動いてくれなかった。

その日の夜。遂に私も、あの物置小屋へ行かなかった。

二月以上に渡って続けてきた日課が、完全に途切れた。

以前ならそれに残念がることもあっただろうが、今の私にはどうでもいいことだった。

そんなことよりも、深夜のベッドの上で考えるのはあいつが言った言葉の数々。

あの後、数十分は座り込んでいたが、そういつまでも呆けていることはできなかった。

人間の体ってのは自然と回復する力を持っているもので、時間が経てばある程度は立ち直ってしまう。

本人の意思にかかわらず。

だから考えざるを得なかった。あの言葉の意味を。

……いや、本当は考えるまでもない。だって、言葉の内容は単純で、それが全てだろうから。

あいつは私を嫌いになっていない。

なのに密会を拒否した理由は、私がキスをしたから。

好きでもない、あいつに。

……はは、ガキかよ。

つまりあいつが言いたかったのは、キスは好き合う者同士がするものだと、そんな子供染みたことだ。

勝手な奴。私が抱きしめ返すのは受け入れたじゃねぇか。それでキスは駄目とか、理解できない。

そもそも私に好きだと言ってきたのはお前で、抱きしめてきたのもお前が先だ。それも初めはこっちの了解も取らずに。

そのくせ自分が気に入らないことがあったら終わりにしようだあ? なんて一方的で我儘なんだ。

くたばっちまえ、バカやろう。

……はあ。

あの密会の瞬間だけは、通じ合っていると思っていた。

普段大して会話もしない私たちが二月も続けることができたのは、そのおかげだと思っていた。

互いに全力で求め合っている時、体だけでなく心も繋がっていると思っていた。

そう、思っていたんだけどな。

私は間違えてしまった。

自分のことを好きでもない女と唇を重ねるのは、あいつにとってタブーだった。

それに気付かなかったのは、つまり通じ合っているなんてただの思い込みだったってこと。

何をやってるんだろうな、私は。

私は、あいつのことが好きじゃない。

あいつはそれを分かっていた。そういう意味では私の心をちゃんと理解していたのだ、私よりも。

でも……それは私の、本心なのか。

時計を見ると、深夜二時を回っていた。

明日も訓練があるってのに全く眠れる気がしない。こんなことじゃまた怪我をする。

無理矢理にでも寝付こうと頭を横にすると、気付いた。

頭を預ける枕が、僅かに湿っていることに。

……。

気を紛らわすように窓を見る。

カーテンの隙間から覗く夜空には、雲一つ見られない。きっと明日も晴れるだろう。

……雨、降らねぇかな。

この朴念仁!!

素晴らしい…きゅんきゅんする

めんどくさい二人だな!
つづきはよはよ!

翌日。天気は予想通り晴れ。そう簡単に雨は降ってくれなかった。

この日から、私の生活は二ヶ月前のものに戻った。

適当に訓練に励み、質素な飯に文句を言い、サシャをこき使い、クリスタをからかう。

そして、夜はどこにも行かず寮で過ごす。

そんな日々と晴れの天気が、十日は続いただろうか。

何の変哲もない日常。訓練兵になってからの生活は、その大部分がこういった日々だった。

あの二ヶ月。あの二ヶ月だけ、あの10分間だけが、おかしかったのだ。本来なら。

密会のことを誰かに言うつもりはないし、あいつも漏らすことはないだろう。

一時の気の迷いだったと思って、忘れてしまおう。このまま何事もなかったように過ごしていけば、いずれ記憶は風化する。

そう、日課が始まって二日目の夜に感じていたことが、少し長引いただけのこと。

だから、もう終わりしよう。

――そんな風に、納得できるはずがない!

正直になろう。余計な雑念を取り払って、本心だけを見つめよう。

もう十日過ぎた、そろそろ自分の気持ちに気付いてもいい頃合いだろうが。

……ああそうだ、終わりになんてしたくない。もっともっと、いつまでも続けていたい。

日課なんだ。日常の一部と考えて何がおかしい。

たった二ヶ月のことではあったけれど、私にとっては大切な日常だった。

たった10分のことではあったけれど、私にとっては大切な時間だった。

それをあんな一方的に終わりにしようと言われて、はい分かりましたと納得いくはずないだろうが。

その程度の想いで、毎日毎日お前に会いに行っていたわけじゃねぇんだよ。

あいつに終わりを告げられてからの数日は、おかしな考えを持ってしまったこともある。

もうあいつとできないなら、他の男とやればいい。

私がただ男性の温もりに飢えているのなら、何もあいつである必要はない。

適当にそこらへんの男を捕まえて上手い具合にやれば不可能ではないはずだ。

……なんて、糞みたいな考えを。

そんなことで満足できるか。他の男なんかじゃ何の意味もない。

そう、あいつの腕の中が私専用なのと同じように、私を抱くことができるのもあいつだけの特権なのだ。

あいつとだから、二月も続けた。

あいつとだから、許した。

あいつとだから、癒された。

あいつじゃなきゃ……ダメなんだ。

このあいつに対する気持ちを、感情を、想いを、何と呼ぶのか。

そして、私の日課を、私たちの密会を、あの心地良い時間を取り戻すには、どうすればいいのか。

そんなこと、考えるまでもない。

あいつの気持ちはとうに分かっている。今までに二度、雨の日に全てを語っていたのだから。

今度は私が語る番。

そう決意して、空を見上げる。

あとは……雨が降る日を待つだけだ。

数日後。消灯15分前。雨。

夕食を食べ終え風呂にも入り、消灯時間が近付いてきたので他の男子と男子寮に戻ろうとしていたあいつを。

私は呼び止めた。二人きりで話したいから来て欲しい、と。

先に周りの男どもを帰らせ、驚くあいつに傘を押し付ける。そのまま付いて来いと無言で伝え、辿り着くのは物置小屋の裏。

こんな人気のない場所で男と女が二人だけ。警戒するなという方が無理がある。普通なら。

対面して見据えると、男は緊張の面持ちで身構えている。これから何をするつもりなのかと。

相変わらずの鈍感バカめ。これだけぴったり合わせているのに気付いてないのか。

まあそれはどうでもいい。やることはただ一つなのだから。

ゆっくりと、息を整える。

初めての夜を思い出す。今日と同じ雨の日で、あの日から私とこいつの全ては始まった。

今、私たちの立場は逆転している。止まってしまった関係をやり直すには、打ってつけの状況だ。

覚悟を決める。

そして、万感の思いを込めながら、

「お前が好きだ。付き合って欲しい」

一世一代の、告白をした。

その時の男は今までで一番呆けた表情をしていた。

あまりに予想外だったのか、拍子に傘を落とす。屋根があるから濡れないけど。

つまり傘を落とすくらいの驚きだったわけだ、こいつにとっては。

二人の間に沈黙が落ちる。ああ、そういや無言になるのはよくあることだったな。

でも今日ばかりはそうも言っていられない。時間もないことだし、ちょっと急かすか。

「おい、返事は?」

男の肩が僅かに震える。

すると呆けた表情のまま、絞り出すようにか細い声で、

「……どう、して」

なんて、素っ頓狂なことを聞いてきやがった。

ま、こいつバカだしな。もう全部話してやるか。私の気持ちを。

「どうしても糞もあるか。本当に分かってなかったんだな、お前」

「まあ具体的に言うと、ここで密会を続けるうちに自然とそう感じるようになったんだよ」

「初めはそうでもなかったけど、いつからかお前との密会は私にとって日々の拠り所になっていた」

「ここで出会うだけで、気持ちが高ぶる。抱き合うだけで、安らかな気持ちになれる。お前が嬉しそうにするだけで、私まで嬉しくなってくる」

「一緒にいられることが嬉し過ぎて、キスまでしてしまったな」

「確かにお前の言う通り、あの時の私は自分の気持ちを自覚していなかった。ただキスをしたいという思いだけで、その原因を考えていなかった」

「そのことを、お前は分かっていたんだな。だから私と距離を置くことにした」

「けどな、あまりに一方的だぞ。あんな一言二言で勝手に離れられても困るだろうが。そこは反省しとけ」

「……ま、そのおかげで自分の気持ちを見つめ直すことができたんだが」

「悲しかった。毎日毎日お前のことが気になって仕方がなかった。お前と会うことができないだけで、私の心は大きく揺さぶられた」

「もうあの日々は戻って来ないのかと考えると、おかしくなりそうだった」

「……分かるか? 私にとってお前との時間がどれだけ大切なのか」

「それは何故か。ここまで言えばもう分かるだろ?」

「……お前のことが、好きだからだ」

「だからもう一度、私たちとやり直して欲しい」

今までの会話の少なさを吹き飛ばすように言い放ち、私は口を閉ざした。

不思議と心はすっきりとしていて、昨日までの重苦しい感じが嘘のようだ。

それは全てを伝え切ったからだろう。

こいつに対する私の気持ちを、感情を、想いを。

恋と呼ばれる、この心を。

あとはもう、答えを待つだけ。

どんな答えでも、受け入れよう。

さあ、答えてくれ。

長い長い沈黙の後、男は意を決したように、動いた。

私の体を、抱きしめたのだ。

いつかのように、あの二ヶ月の日々のように、力いっぱい。

それだけで、今までの辛さや悲しさ、寂しさや苦しさが吹き飛んだ。

私の胸に懐かしい感覚が蘇ってくる。

激しい熱さ、蕩けそうな甘さ、そして心が洗われるかのような、安堵。

たくさんたくさん、溢れ出す。

一度失ったものを取り戻したことで、本当に恋しく感じていたのだと思い知る。

この抱擁を。この感覚を。こいつのことを。

やっぱり私には、こいつが必要だ。

にしても、私もなかなか簡単な女だ。こいつのこと言えないな。

そのこいつはと言えば、私の背に回した腕にぎゅうっと力を込めて、頬をぐりぐりすり寄せてくる。

そして私の耳元で、何度も謝ってきた。今までの己の行動を後悔するように、何度も、何度も。

すると頬に湿りを感じる。ぼろぼろと、次々に流れてくる。

……まったく。

女々しい奴めと思いながら、私からも抱き返す。

私の想いも、こいつの想いも、外に逃がしてしまわないように。

「泣くな。男だろ」

……私? 私はいいんだ。女だから。

男は何十回と謝罪の言葉を言った後、今度は涙を止めることなく違うことを囁き始めた。

ユミルが好きだ、大好きだ、と。

私を抱きしめる腕に、もっと力を入れて。

……ああ、分かってる。もう全部分かってるよ。

私たちはバカだった。私は気持ちが通じていると勝手に思っていたし、こいつは行動だけで気持ちを示そうとした。

言葉にしなければ、伝わらないことがある。

それを理解できた。

たった一言、好きだと言うだけで、幸せを感じる。

たった一言、好きだと言われるだけで、幸せを感じる。

その一言に抱擁という行為が合わさって、もっと幸せを感じる。

でもな、あまり連呼してくれるな。恥ずかしいんだぞ、私だって。

どれくらいの時間が過ぎただろうか。いつの間にか涙は流れなくなり、男の言葉も止まっていた。

どちらからともなく、すり寄せていた頬を離す。

そしてお互いに、赤く腫れた目を見つめ合い、涙でボロボロになった顔を、近づける。

……今度は、いいよな?

……ああ。

その直前、二人同時に口を開き、

「好きだ」

愛の告白をして、唇を重ねた。

好き。

好き。

大好き。

言葉にできない代わりに全身で愛を伝えると、男も応じてくれた。

目一杯の愛を込めて、口づけを続ける。

……この瞬間、私たち二人の心は、本当の意味で通じ合えた。

この日。雨空の下で。

私の日課は、私たちの密会は、新しい始まりを迎えた。

もう二度と、この背中を離さない。

いつまでもいつまでも、二人一緒に続けていくことだろう。

――私たちは、愛し合っているのだから。




おしまい。

以上で終わり
男が誰かはもちろん決めてあるけど初めからSS内では明らかにしないつもりだった
何人かには絞れたかもしれないけど
そんなわけで過去作についてはご勘弁を

読んでくれた人レスしてくれた人本当にありがとう

乙です!
素晴らしかった…
もし可能でしたら他の作品も教えてください

乙よかった
男は脳内で俺変換したので問題なかった

ごめん入れ違いで過去作聞いてしまいました
また次の作品を楽しみにしてます!

乙でした
しっとり熱をもった物語、大変おいしゅうございまいた
男性を誰だか語らなかったのもグイグイ引き込まれたし
自分的にはベルトルさんと思って読んでました

乙です!過去作も読みたかったが・・・(´・ω・`)
脳内でコnaンの犯人像のまま完結しておるよw

乙ッ 女の子してるユミルで満足した!もう相手だれでもよい!

実によかった。誰かわからないのも色々掻き立てられるものがあるね。
乙でした。次回作も期待してる

乙です!凄い引き込まれて、風呂でも読んでましたw
相手が分からないのが斬新でした。
自分的にはジャンだと思って読んでいましたが、誰でも良い!

乙でした。誰なのか気になるけどそこがいい
口調的にはベルトル、マルコはなさそう…か…?
自分的にはエレンだと思って読んでました

口調からして該当するのがエレンしかいないと思ってた
ただエレンよりユミルの方が身長がデカいから
その点で文中の描写と齟齬が出て首をかしげてしまう

誰でもいいけどすごく良かった

素晴らしかった
乙です

ライナーで想像してたけど、ユミルとライナーの組み合わせってのはなかなかないから違うんだろうな
乙でした

口調は誰にでも当てはまるように描写してると思う
この潔癖っぷりマルコで想像してた


自分は最初から最後までライナーで想像してたぜ

ライナーのような気がするが…
乙です。良かったです

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2013年11月02日 (土) 10:55:39   ID: pc6cFega

誰なんだよ

2 :  SS好きの774さん   2018年01月26日 (金) 23:46:12   ID: NJWDcu3u

1みて吹いたwww

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