ほむら「もう一度だけ逢いたい」 その2 (597)

ほむら「もう一度だけ逢いたい」
ほむら「もう一度だけ逢いたい」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1376819293/)

の続き!

・改変後世界です。
・かずみ☆マギカの深刻なネタバレ有り。既読推奨。
・流血表現があります。



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1382367815

前スレで終わりそうに無かったので次スレを立てました

SSの方向性は決まってるので暫くキツイ描写が続きますが
耐えられない方やバッドエンドが好みの方はここら辺で閉じてください

2度の埋め立てにかんしては荒巻氏が動く事案なので静観します
通報してくださった方ありがとうございます

■イーブルナッツ


聖カンナとインキュベーターは不可視の壁の中、話を続けていた。
外の庭にはカラスが一羽、地面に落下したかんきつ類をついばんでいる。

カンナ
「例えばどんな案ならキュゥべえは飲むつもりだったんだ?」

QB
「宇宙のエネルギー問題を解決するのが第一。なるべく穏便だといいね」

カンナは深く考えた。

カンナ
「『ホンモノ』をいたぶる『本物』、ってのも悪くない・・・そうだな。
生かさず殺さず、魔獣の生まれやすい絶望的な環境を保つ。これはどうだ?
私の恨みは晴らせるし、魔力が枯渇する心配もない」

QB
「聖カンナらしい回答だね。穏便さの欠片も無いよ。
でも、キミの目的は人類に成り代わること。人類を消し去ることじゃないか」

カンナ
「実に惜しい。バレバレ・・・ってわけでもないんだね」

QB
「それに類するものには変わりないだろう、聖カンナの複製体」

カンナ
「そっちはバレバレだったか」



QB
「キミのやり口は不可解だったんだ。かずみをほむらに殺させる隙を与えたり、
第二のかずみを造ったといいつつ、二体目の作製は拒否する点もね」


カンナ
「へえ。続けて」

QB
「離反個体のボク達に、身をもって五年ルールを教えるため、と言うのなら
プレイアデス聖団のかずみを契約させれば済んだ話だ」

QB
「そして、第二のかずみが入った円筒を大事そうに抱えてるのは何故だい?
エネルギー源として使う気すらないように思えるよ」

カンナ
「かずみは貴重な同類だからな。殺すなんてことは絶対しないよ。
私とこのかずみは聖カンナの手によって生み出された子供なのさ。
エネルギーの話だってちょっとした雑談、時間稼ぎなんだな」

QB
「聖カンナは何を求めているのか教えてくれないか」


カンナ
「大体お前の言うとおり、人類が消え去った世界に生きること。
もう計画はほとんど終わったから自慢しに来たんだって。私はヒュアデスの勝利だと伝えに来た」

QB
「人類が消え去った世界・・・」

カンナ
「ああ、消え去った世界だ。正確には人類が消えてしまった世界なんだよね」

QB
「・・・消えてしまった?」

カンナ
「焦るなインキュベーター。この様子なら私の時間はたっぷりありそうだ。
プロドット・セコンダーリオが果てるか、野暮用が終わるまで雑談に付き合ってもらうぞ」

QB
「いいのかい? そんな創造主に逆らうようなことをして」

カンナ
「逆らってないぞ。まだ仕事があるのだからね」



カンナ
「さてさて、五年の強制訓練のお陰で人類が滅びるのは伝わったよね」

QB
「滅びるのはキミ達ヒュアデスだ。ほむらを退けたとしても、精鋭の魔法少女達が相手になるんだよ?」

カンナ
「インキュベーター、五年ルールを示した理由がまだわからないの?
今日から五年間、魔法少女の願い事は何一つ叶わないということだぞ」

QB
「そんな・・・だけど願いの履行以前でも魔法は使える」

カンナ
「基礎的なものだけ、と一度話しただろう。少数の魔獣相手に善戦出来る程度」


QB
「ほむらが不利益にならない願いなら、何でもいいと考えていたのに。
・・・ところで五年ルールを望んだ志筑仁美も、Connectの範疇だったのかい?」

カンナ
「真顔で聞くか? 聖カンナの手の内を明かしてあげるのだからもっと喜べよ。インキュベーター」


カンナが空になったマヨネーズを投げると、壁にはね返されて戻ってきた。
残存魔力量を推し量っているのだろう。胸元のソウルジェムはかなり濁っている。


カンナ
「あの女は死の間際までコネクトされていたのさ。暁美ほむら達の行動を視る為にね、なあんて」

カンナ
「私はまずイーブルナッツの椅子を召喚した。ファンタズマ系の洗脳なら魔力が枯渇すれば治る。
椅子に座らせた程度で、全ての洗脳が消えたと思い込み、あの女の願いを受け入れたのは――」



カンナ
「――お前達ヒューマンだ。完全に自滅している」



カンナが暇をもてあましたのか、空のマヨネーズをくるくると転がし始める。


QB
「それはほむらの選択だ。今でも正しいと思っているよ。今日のほむらは冴えてないけど」

カンナ
「ふんっ。二度と悲劇が起こらないように、という志筑の願いだって、そう。自滅!」

カンナ
「聖カンナサイドの悲劇を止める――つまり理不尽な契約で殺されないように、と考えていたんだ。
願いの文言は全く一緒なのに、五年キッカリの訓練になった。あの女の妙な執念だね」


QB
「執念・・・」

カンナ
「美樹さやかが契約したばかりの頃、魔力コントロールに失敗していただろ。
暁美ほむらにも襲われた志筑仁美は、魔力中毒に相当な恐怖を抱いている」

QB
「彼女は魔力の暴走を止めるための祈りを捧げたんだね」

カンナ
「そうだとも。魔法への恐怖が深層心理に根付いている。契約のシステムが切り替わった原因はコレだな」


QB
「両方とも契約条項に手を加える願いだと思うけど、計画は失敗してるよ。キミは強気に出すぎだ」




カンナ
「強気になって悪いか。計画以上になったんだぞ」



カンナ
「私達でも思いつかないような絶望的で具体的な願い。あの女らしいよ全く。
今日から五年間、抵抗することさえ出来ない地獄を観戦出来るようになった」


カンナ
「私達は少しキッカケを与えただけでトリガーを引いたのは志筑仁美なんだよね。
あの女はわかってて操られてたかと思うほどの自滅っぷり。最高のエンターテイナーだよ」



QB
「かずみにはConnectしてないようだった。
聖カンナは願いによって殺されていたかもしれないよ?」

カンナ
「あのかずみが恨んでいたのは、椅子に座り込んで何もしない私だ。死ぬのも複製体の私だけ」


QB
「全部見越した計画がこれかい? なんて緻密な計画なんだ」

カンナ
「危険な賭けだよ。志筑の願いの結果を正確に割り出す人材が不足していたし、
かずみの記憶をいい具合に弄る必要があったからね」


QB
「ボク達はキミの言う罠に思いっきり引っかかったんだね」


カンナ
「んー。トラップはまだまだあるんだがね。時間が迫ってきたカナ?」

QB
「そうだね。もうすぐほむらが戻ってくる頃だ。
美樹さやかと佐倉杏子を失った今、ほむら側にしか聖カンナは倒せない」




カンナ
「いや、暁美ほむらはまだ戻って来そうに無いね。
あの二人は結構なグリーフシードを蓄えていたし、強い。長引くだろう」

QB
「ほむらにはConnectしていないよね・・・」

カンナ
「聖カンナは、暁美ほむらには接続していないよ。
第一、素の暁美ほむらでないと計画は無為になるんだからね」

QB
「あの手紙には、ほむらを引き継ぐと書いてあったのに?」

カンナ
「保険だよ。計画がしくじったときのね。んで」




QB
「まって、聖カンナ。何かがこっちに来る。この魔力は・・・」

カンナ
「キュゥべえは冴えてる。やっと来たか、私の待ち人。最期の魔法少女様に伝言があるのさ」


「ティロ――」


庭先に少女の姿。


カンナ
「よお。随分と梃子摺っていたね。外でネコの死骸でも見ていたのか?」


「何故貴女がここに居るのっ」



■巴マミの挑戦


□風見野

物語の時間は午前四時前に遡る。



マミ
「この地域も厳しくなってきたわね。つくづく瘴気が濃い」




夜通しの魔獣退治で獲得したグリーフシードはとても重い。密度もある。
見滝原に深く根付いた絶望がここ風見野まで浸透している証拠だ。

マミは眠気覚ましの紅茶を啜り、次なる魔獣の群れを探しに奔走した。


背後に気配がした。


マミ
「まだ居たのね」


マスケットを突きつけると両手を挙げて、にやりと笑う黒尽くめ。

こちらが優位のはずなのに背筋が凍った。


「危ないじゃないか。巴マミさんよ」


一度だけ見たことがあるシルエット。
あろうことか、何も知らず自宅にまで上げてしまった天敵。宿敵。
暁美ほむら以上に危険な魔法少女としてキュゥべえから聞き出したのは記憶に新しい。




マミ
「聖カンナさんね? ずっと探していたのよ」

カンナ
「ハハハ、久しぶりだな。いつ以来だっけ」

マミ
「神那ニコさんがコネクト使いではない、とキュゥべえが教えてくれた瞬間以来よ」

カンナ
「恐ろしいねえ。私の存在を知ってもなお、生き続けるか」

マミ
「私達にしか聖カンナさんを倒せないのは知ってるわね。そちらこそ恐ろしく思わないの?」

カンナ
「インキュベーターの贔屓だろうが。んで『達』って誰だかわかってるのか?」


マミが六人の名称を列挙する。
佐倉杏子、美樹さやか、志筑仁美、美国織莉子、御崎海香、かずみ。


カンナ
「まだ古い情報で踊ってるのか。暁美ほむらに与する離反個体達の方がよっぽど賢いぞ?」

マミ
「もちろん、呉さんが暁美さんに殺されてなければもっと戦力が増えてたわよ」


カンナ
「もう諦めろ巴マミ。数なんてあってないものだ。
不確定要素の多い団体風情が私に及ぶはずも無い。
そして――呉キリカは嬉しい事にまだ生きているぞ、立派な犬として動いている」


マミ
「コネクトで操ったのね」

カンナ
「そういうこと。親愛なる仲間サマはヒュアデスの駒に成り果てた。
次は巴マミ、お前に呉キリカの仕事を引き継いで貰おうか」

マミ
「さようなら。すぐに撃ち殺してあげる」


マミが引き金に指をかけた瞬間、カンナの指先から紐とも触手とも思える何かが射出された。
何とも言いがたい恐怖に身の毛がよだつ。
マスケットをあらん限りの力で振り、触手をはじき返した。


マミ
(思いのほか堅い触手だ)


触手はぺたりと地に落ちて、もぞもぞと動き続けている。


マミ
「何・・・これ」

カンナ
「コネクトが効かなかったか。相手に気づかれずに接続する力なのになあ。
嫌な予感はしていたが、唯一の誤算だったぞ巴マミ」

マミ
「・・・ッ」

誤算と言いつつにこやかに話すカンナが底知れない。
こちらを目指して這い続ける触手を見て、臆病な自分に気づく。


カンナ
「お前の祈りは、私と類似している。命を繋ぎとめるとは、接続に相当するわけだ。
それだけじゃなく魔法もそっくりだ。巴マミはリボンで、私はケーブル。因果だなあ」

カンナ
「同系統の祈りはお互いに干渉しあう。いい勉強になったな巴マミ、え?」

マミ
「ひっ、こっちに来ないで」



類似した性質だと言われたくなかった。リボンと触手は似て非なるものだとマミは感じた。
触手をマスケットで何度も撃って、リボンで縛り上げる。




カンナ
「コネクトが効かないなんて参ったな。どうしようか――強要はさせたくないなあ」


凄みを利かせてマミを一瞥。
腕を組んだかと思うと、顎に親指と人差し指をあてて、あらぬ方向を見ている。


マミ
「つ、次は貴女がこの触手みたいになる番なんだから!」

カンナ
「聞けよ、とっておきを教えてやることにした」

マミ
「何?」


出来るだけ冷静を装って、低い声を意識する。
全身の筋肉が緊張した。


カンナ
「やめた。明日の新聞を楽しみにしてたほうがいいか? でも一面だけ教えてあげる」


カンナ
「暁美ほむら大暴走! 見滝原は壊滅、なんてね。
でも情報規制が入るかな? 隕石が見滝原に降ったことになるかも」


マミ
「貴女! 暁美さんにコネクトを使ったの?」


声がうわずる。終わった。全部終わったと思った。
カンナがほむらの知識を得たら人類が滅びる、とキュゥべえから聞いたときの恐怖が蘇る。



カンナ
「使ってないぞ。使ったら面白みに欠けるじゃないか。
続きのニュースを知りたいなら鹿目詢子の家を探すんだな、今日中にね」


マミ
「さ、探してどうなるというの?」

カンナ
「暁美ほむらを唆したからな。間違いなく来る。私の計画を止めたければもうコレしか無いだろう。
鹿目詢子の家だ。場所は――私は知ってるけどね、フフ」


マミ
「嫌だけど従いましょう。暁美さんを何とかすればいいのだから」


何とかする、か。
自分の首を絞めかねない発言に思わず笑ってしまう。
一人では何もできそうにない。マミが心から頼れる仲間は一人として居なかった。


マミ
(佐倉さんと美樹さんは――)


一ヶ月ほど前から少し様子が変だったのだ。
根拠は無いけど、長年の付き合いゆえの違和感。
ひょっとしたらコネクトされている危険性もある。


極め付きは死臭。二人から何度か死臭がしたのだ。
甘ったるいような酸っぱいような、かんきつ系の匂い。
これが死臭だよ、と言われたら素直に受け入れるしかない独特の匂いが。



マミ
(聖カンナを倒せばコネクトは解除されるはず・・・でも)


騙まし討ちが奇跡的にあたれば。
それから暁美ほむらを倒せばいい。


カンナ
「おっと、銃を向けようと画策してる場合じゃないぞ。形勢が動いた」

マミ
「形勢・・・」

マミ
(想像以上の観察力に隙の無さ。完全に見切られてる)


カンナ
「よく聞けよ、人間。たった今、呉キリカは暁美ほむらに殺害された。
コネクトが切れてしまったよ。じゃあな」



黒い笑みを浮かべて、立ち去る姿を追うことが出来なかった。
追いかけたところで何が出来るというのだろう。





錆び付いたパイプ管に寄りかかり、少しだけ顔をしかめた。
ミシミシと音がする。もしかしたら自分は泣いているのかもしれない。



冷や汗でびっしょりした額を拭いながら、次の客人を迎える。



マミ
「魔獣が、いつも以上に――」




両手に銃器を召喚する。
全部忘れ去るために、マミは戦いに身を沈める。




クラシカルな時計塔が四時十九分を刻んだ。


ここまで
次回は間が空きます。映画の考察に身をやつします


□ 


魔獣が多い。
マミはおぼつかない足取りで帰路を歩いていた。



カンナの言う計画には暁美ほむらが絡んでいる。


今日中に暁美ほむらを倒すには、杏子とさやかの協力が不可欠だ。
その二人はコネクトされているかもしれない。


二人のコネクトを解くには聖カンナを倒すしかない。
聖カンナは暁美ほむらよりも確実に強い。


暁美ほむらを倒すには杏子とさやかの――


完全に詰んでいる。


マミ
(何も信じられない。誰にも頼れない)



日が昇っていた。マミの目には、全てを無に帰す忌々しい灼熱に映った。





視線を戻すと美国織莉子の姿。
おかしい。もう見滝原に着いたのか、と戸惑ったがおかしいのは織莉子の方だ。
まだ風見野である。こんな時間に一人で何をしているのだろうと思った。



織莉子
「巴さん。キリカが! キリカが!」


一番聞きたくなかった。暁美ほむらのことで頭はいっぱいだと自己暗示していたのに。
カンナは嘘を付いてるのだと自己暗示していたのに。


織莉子のうろたえる姿に呉キリカの死を見てしまった。


マミ
「呉さんがどうかしたの」

織莉子
「早朝に不思議な現象を見たの。まるで幻想のような桃色を。
あれは魔法少女が亡くなるときの現象ですよね?」


『円環の理』現象だ。美国さんが呉さんの死に感づいている。
夢か何かだとはぐらかす気だったが、もう限界。外堀を埋められているよう。


マミ
「あれが、と言われても私は見ていないわ」

織莉子
「そうですとも、はるか彼方に見たのですから。でも見間違えるはずが・・・」

マミ
「時間とか覚えてる?」

織莉子
「はい、はっきりと。四時十五分から五分間にかけて暁よりも眩い光の柱が――」


呉キリカは暁美ほむらに殺害された。
カンナの発言はどうしようもない事実だった。時計塔をみてしまった自分を悔やんだ。


織莉子が表情を崩して泣きついてくる。
顔に出てしまったようだ。もう真実を話すしかなかった。








織莉子
「信じられない。死体すら残らないなんて・・・せめて形見だけでも」

マミ
「一緒に戻りましょう。今日は魔獣が多いから」

織莉子
「何故、キリカが殺されたのですか。
暁美ほむらは、何故キリカを殺したのですか?」

マミ
「わからないわよ。そんなの」



マミは消え入りそうな声で答えた。



呉キリカの死と、志筑仁美の遺書めいた書置き。
見滝原に蔓延する絶望。


白女のクラスメイトだって何人も逝ったはず。
織莉子の負担は想像を絶するほど重いに違いない。


今日、暁美さんが見滝原を破壊するそうよ、と呟いたらどうなるのだろう。
そんなことが脳裏によぎる自分にあきれてしまった。

□見滝原


織莉子を自室まで送った後、マミは鹿目詢子の家を目指すことにした。
魔獣の一団を葬り、当てもなく歩いているとキュゥべえが走り寄って来た。


QB
「マミ、大変だ。杏子とさやかが居ないんだ」

マミ
「どうしたのかしら。美国さんの家にかずみさんが居なかったけど・・・これも?」


風見野での出来事を詳細に説明してキュゥべえの意見を聞いた。
織莉子のことも、カンナのことも、キリカのことも話したうえで。

QB
「二人はコネクトされている可能性が高い。
かずみは聖カンナに騙されているのだろう。まずお家に戻って手がかりを探そう」


幾日か前から、鹿目家の捜索などを杏子、さやかに一任していた。
運が良ければカンナが何か残しているかもしれない。


午前十時過ぎ。

自宅に戻ると、御崎海香というプレイアデスの生き残りしか居なかった。
床に臥せっている。


マミ
「御崎さん? 生きてる?」

海香
「あら。執筆中の私に声をかけるとはいい度胸よ。覚悟はよろしくて?」


ノートパソコンの液晶をうつらうつらと眺めている。
海香の指輪を奪って卵形化。


穢れを除いた後、杏子、さやかについて知っていることを全て吐いて貰った。
また、鹿目詢子についても聞いた。


結論から言えば、何も知らないことだけがわかった。


海香
「二人とも消えてしまったわね。何日か前に、平手打ちやらで騒いだ記憶しか残ってないわ。
ただ私に言えることといえば、かずみは無事だってこと」

マミ
「何もしてないのにソウルジェムが穢れる理由・・・かずみさんよね」

海香
「それは秘密。ニコも行方不明の今、私に残された最後の希望よ?」


話にならない。
イクス・フィーレに進展があったかも聞いておこう。



海香
「-Luminous-Nergal-Vertebrate-00001-Ereshkigal-Connect-のまま。
るみのうねがべてぶらてえれっきがコネクトなんて可笑しな呼び方もしたものね」


六つもワードが出るなんてやっぱり不思議、と力なく笑う海香。


マミはコネクトという単語が耳から離れなかった。
たった一つだけ解読できた語とすればコネクトだけ。後はこじ付けに過ぎないのだ。


マミ
「もういいわ。聖カンナって知ってる? それか漆黒の魔法少女」

海香
「誰それ? 漆黒なら呉キリカって子が居るらしいけど。あっ」


顔を輝かせる海香。
何か心当たりはあるの、と問うてみる。もう嫌な予感しかしない。


海香
「佐倉さんって実は帰国子女? Vertebrateの発音が流暢だったわ。
荒っぽい言葉遣いに知的さがほんのり浮かぶとポイント高いのよね」


カンナによるコネクトが裏付けされた。それは感謝する。
顔から血の気が引く。死臭に根拠が生まれた。


海香の無神経さに腹が立つ。苛立った。



マミ
「絶えず浄化しなさい。絶望してでも浄化しなさい。わかったわね?」


グリーフシードでいっぱいの小袋に海香のソウルジェムを入れた。


海香
「やはりグリーフシードを隠し持っていたの。
悪くない一匹狼っぷりね。髪が黄色いし一匹獅子かしら?」

マミ
「いいかげんにしてっ!」


手に持っていた小袋からキューブを鷲んで思いっきり投げた。
人生で一番悪態をついた日であった。

ここまでー



正午過ぎ。
ありったけのグリーフシードと共に、街中に点在する鹿目姓をチェックしてゆく。


志筑仁美が鹿目夫妻の居場所を探し当てていたのだが、
鹿目家まで付けていたはずのインキュベーターはコネクトされたため破棄。
カンナの手によってデタラメな情報が撒き散らされ、数日間の復旧が必要になるほどだった。



自分の足頼み。
杏子、さやか、海香が調べ上げていた住所録のメモは汗で湿っている。




QB
「マミ、テレパシーを受信したよ。織莉子が契約したがっているけどどうする?」

マミ
「好きにしたら。暁美さんの暴走を止める願いであれば何でもいいわよ」


一応織莉子の願いを聞いてみた。
光明が見えるかも、などと淡い期待を抱く。



『暁美ほむらを知りたい。キリカを何故殺したのか。全部知り尽くしたい。骨の髄まで』



美国さんらしくない。
やや衝動的過ぎるとマミは判断し、もう少し考えなおすように助言する。


QB
「そのように伝えておくよ。それとね、既に暁美ほむらが行動したようだ」

マミ
「知ってるわ。呉さんが死んだのだから」

QB
「別件だよ。聖カンナの言うことが正しいなら、暁美ほむらは暴走し始めた」

マミ
「イベント尽くしで泣きそうになるわ。もったいぶらずに聞かせて頂戴」


明け方から早朝にかけて大量殺人が発生したらしい。
大通りから点々と続いて、終着点の見滝原自然公園は血の海が広がっているそうだ。


マミ
「今すぐ追いましょう。公園に暁美さんが居るのね」

QB
「周辺に居ることは間違いない。計画の要である暁美ほむらを何とかすれば勝機が見えるよ」

マミ
(だから何とかするってどうやって?)



移動を始めて二十分くらいした頃。
キュゥべえの動きがぴたりと止まる。フリーズしてしまったかのように。


マミ
「キュゥべえお腹空いたの?」

QB
「いや。織莉子と契約したんだけど」

マミ
(結局したんだ)


QB
「願い事が叶わなかったというか、契約の条項が大きく変わってしまった」

マミ
「願い事が叶わない?」


その内容にマミは絶句するしかなかった。
志筑仁美の契約が悲劇を生んだらしい。


五年間にもわたる訓練の果てに、願い事が履行されるルールになった。
それまで使える魔術は基礎的なものだけ。

基礎の基礎。まして九歳から戦い続けて、五年も生き残れるはずがない。
合理的だが、魔法少女の数が激減しかねないとマミは考えた。


QB
「織莉子の願いは二十歳まで叶わないね。効率が下がってしまったよ」

マミ
「今はそれどころじゃないわ。動くのが先よ」


すでに『命を繋ぎとめる』願いを叶えた魔法少女には関係ない。
いち早く手がかりを掴まなくては。



十四時過ぎ。
大通りをショートカットして最短距離で公園へ向かおうと地図を片手に道を進む。


死体が、死体が転がっていた。


ゴルフクラブで顔が歪んでいるものや、原形をとどめていないもの。
かと思えばナイフで刺されただけと思われるものもあった。


暁美ほむらの手口らしくない、とマミは疑う。


彼女が殺害する場合は見事なまでに拡散した薄汚れた血の跡が残っているはずなのだ。
人間に穢れを移す際に、魔力も移動したというのがインキュベーターの見解である。


以前は眼球がどうこう、思い出したくも無い怪奇殺人があったわけだが。


マミ「多様な死に方だわ」


やはりキュゥべえも同じ疑問を抱いているらしく、ひとつの答えを示唆した。


QB
「離反個体達が暁美ほむらにアドバイスした可能性はあるよ。
彼らにとって暁美ほむらは唯一聖カンナに通用する存在らしいから」

マミ
「そのキュゥべえに聞いたらわからないの?」

QB
「リンクは二つに分断されているからね。情報は直接聞くしかない。
しかも仁美と契約したのは離反個体なんだよ?
全く、暁美ほむらが聖カンナに勝てる可能性は限りなく低いのに」


離反個体がこちらの戦力を削いでいると主張していた。


よく考える。
聖カンナが暁美ほむらを返り討ちにしたら、計画に不備が生まれるはずでは?


でも、聖カンナなら二重、三重の対策を練っていそう。
暁美ほむらがクローンをつくり上げた前例があるし、別の暁美ほむらが計画を遂行するのかも。


マミ
「誰が勝とうが関係ないわよ。今は見滝原を守らないと」


街も人も守れていない現実を目に焼き付けながら公園を目指す。


とても涼しい日だった。
一歩一歩進むたびに口数は減り、肌が汗ばむ。息が荒くなった。


□ 見滝原自然公園


十四時半過ぎ


想像以上。あまりにも凄惨すぎて見ていられなかった。
血の海で赤の世界、だと覚悟していたのに。

震える唇の間から一言。

マミ
「黒い・・・」


QB
「黒い鳥が凄いね。カラスかな」



水銀灯や噴水、樹木。あらゆるところに黒い鳥が居たのだ。
マミがマスケットを召喚し、空砲を放つと、空がこれでもかというほど黒に染まる。
巴マミによって太陽が覆われた。公園はいよいよ地獄の様相をみせていた。


マミ
「全部の鳥を追い払ったわ。暁美さんは居なさそうだし、死体を見ていきましょう」


今度の死体は死体ではなかった。
丁寧に、上下に切り分けられたそれは明らかに人外の仕業である。
円形に開けられた穴も丁寧極まりなく、ガラス細工と見違えるほどの超絶技巧であった。


QB
「穴の大きさが均一だね。一度に何十人と貫く魔法だろう」

マミ
「変じゃない? 一度に何十人も近づくかしら」


この状況は現実ではありえないとマミは思考する。
目の前で人が殺されたら、まず逃げるのが普通、吐いて、気絶することもあるだろう。


マミ
「戦闘が起きた、と考えるのが自然ね。これは駐留部隊や私服の警官でしょう」



公園に積み重なった死体が私服警官や軍隊であることは、装備から判断できる。
特殊な訓練を受けているらしい。とはいえ、あまりにも――。


マミ
「無謀すぎるわ。魔法少女、それも暁美さんを相手に勝てるはずが無いのに」

QB
「司令官級の人間がコネクトされていたとしたら?」

マミ
「無きにしも非ず、ね。全員にコネクトは魔力がもったいない」



マミ
「死体って見続けると慣れてしまうのね。まじまじと観察している自分が怖いわ」

QB
「もうここには用はなさそうだね。ここの近所にある鹿目姓を総当りしよう」

マミ
「祝福の結界だけ敷きましょう、死者への手向けとして。以前広げた守護の結界はすっかり薄れちゃってるし」




公園を出ようとしたとき、一際綺麗な死体に目を奪われた。
他にも損傷の無い死体はあったのだが、これは人の手が加えられている。


片方のグローブだけが外され、袖が捲り上げられている。
横にはガスマスクや防弾チョッキなど、迷彩色の特殊装備。


マミ
「何? このぽちぽち。赤い」

QB
「魔力中毒とは異なるね。死後からだいぶ時間が過ぎてるけど・・・」

マミ
「首筋にも何か痣があるわよ」

QB
「これは注射痕だ。よく気づいたね」





マミ
「普通に気づくわよ。こんなに目立つのに、見逃すほうがどうかしているわね」







十五時過ぎ

ブンッと空気が振るえた。強大な禍禍しい何かが放たれた。
この手の魔術は間違いなく暁美ほむらのものだった。
紫を連想させる波動が嫌というほどマミの五感を侵食する。


マミ
「これは・・・閉じ込められた? 強力な障壁が形成されているわ」

QB
「いや、壁の外だ。この様子だと暁美ほむらが鹿目の家で何かしたのだろう」

マミ
「中心部に鹿目詢子さんの家、ってことね」

QB
「中和して潜入できそうかい?」


首を横に振るマミ。暁美邸宅に仕掛けられていたものとはまるで桁違いの強度だった。
これでは近づくことも出来ない。壁が薄くなるのを待つか、綻びを探すしかない。


マミ
「障壁の中に暁美さんがいることはわかったから、ちょっと縁を歩いてみましょう」


広範囲を囲む魔術。綻びはどこかにあると信じてマミ達は歩いた。

□ 公園周辺


上空の一部に黒煙が集まっていた。砂時計を逆向きに見たかのように少しずつ排煙されている。
キュゥべえは障壁によって空間が隔離されているのだと説明する。
一部だけに穴を開けて換気の役割を、などと話しているがマミは理解を拒否していた。


マミ
「問題は、何故煙が上がっているのか、ということよ」

QB
「それは暁美ほむらが暴れているからだろう」


違う。暴れるなら障壁で覆うはずがない。
別の意図がある、とマミは考えを切り替えたが全く持って適当な答えが出てこない。


マミ
「見滝原の一部地域だけ破壊するってことかしら」

それは理解に苦しむ、とキュゥべえは呟き、マミの肩に飛び乗った。


マミ
「何か光ってない?」


紫の中に紫を見た気がした。
障壁に混ざって非常に見えづらいが、間違いなく同色の何かが発光し、飛んでいる。


QB
「だから破壊・・・おや、この光は方向性を持っているね」


それがどうしたのよ。下らない問答だった。
内側で何がされていようとも、指を加えてみているしかないのに。


マミ
「どうしようもない無力さを感じるわね」


グリーフシードを三粒取り出し、ソウルジェムに触れさせる。
たちどころに具合が良くなる。予想以上に精神が磨耗していたようだ。


□ 障壁外部


十七時過ぎ。大分暗くなってきた。空も、気分も。


QB
「メモによると、ここら辺に二箇所あるけど見てみるかい?」

マミ
「行きましょうか。障壁から少し離れたところね」



大通りは障壁で近づけない。迂回しながら住宅地を目指した。
三十分、四十分歩いたころだろうか。


夜中から一睡もしていないマミの身が強風にゆれた。
どこか焦げ臭くて生暖かい匂い。嗅覚が嫌というほどに感じ取った。


QB
「マミ! 暗くてよくわからないけど、暁美ほむらの障壁が消えたみたいだ」

マミ
「鹿目姓の家がこの近所にあるはず、すぐそこだから外観だけでも――」


暁美ほむらが障壁を解いた理由はわからないが、おおかた全部終えたのだろう。
今更急いでも手遅れなのだという現実がマミを苦しませ、同時に恐怖させた。


マミ
(一箇所目の鹿目姓はハズレだったけど・・・きっと)


恐怖で染まった心に、若干の余裕も生まれた。
もしかしたら開き直りに近いのかもしれない。


マミ
(中心地区は手遅れ。だけど、まだ住宅街は滅んでないわ)


二度、肩で呼吸し息を呑んだ。


マミ
「見つけた。ここね」


表札には鹿目。とてもおしゃれな家だ。
デザイナーズハウスにしてはやや風変わり。玄関の扉が無いのである。


マミ
「扉、壊れているのね。周りの支えも熱で溶けているみたい」


魔力の残り香が漂っている。ここに魔法少女が居たということだ。
鹿目詢子の自宅に相違ない。やっとみつけた。


QB
「正解だね。内部に禍禍しい何かを感じるよ」


マミ
「・・・それじゃあ行くわよ」


結界で暴れていた暁美ほむらがもう帰還しているか、コピーが留守を任されている可能性。
忍び足で石畳を一つ一つ踏みしめた。


QB
「ボクが様子を見てこよう。予備もあるしね」


キュゥべえが先に入ろうとして肩から跳び、空中で静止した。
水に浸かったネコのようにバタバタと身悶えて戻って来た。


マミ
「キュゥべえ何してるの?」

QB
「ガラス張りだと思ったけど障壁だったよ。内側から魔力で護られているようだ」

マミ
「痛かったでしょ・・・。壊しましょうか」

マミ
「ティロ――!」


魔弾が見えない壁に穴を開けるイメージで叫んだ。
しまった。いつも通りに叫んでしまった。

内部に居る暁美さんにバレてしまったかも。


QB
「撃たないの?」


庭から入りましょう、とさり気ないフォローを自分にして、迂回する。
よく手入れされた庭に感心しながら空き巣まがいの行為。



とはいえ全体的にガラス張り。とくに、前面は全てガラスだった。
そういうわけで椅子に腰掛けている人間が、マミ達を見つけるのに時間は掛からなかった。


カンナ
「よお。随分と梃子摺っていたね。外でネコの死骸でも見ていたのか?」

マミ
「何故貴女がここに居るのっ? 暁美さんはどうしたの!」


ガラスを蹴破って、温室を横目に。
リビングで仲良く座るカンナとキュゥべえに疑問をぶつけた。

カンナ
「慌てるな、落ち着こう。ヒステリーになるとロクなことないよ」


カンナはせせら笑っている。
リボンで締め上げようとしても全く攻撃が通らない。



ほむら側に付いたキュゥべえとカンナが見えない何かで護られていた。

離反個体と呼ばれるものがこちらを見ている。外見はキュゥべえそっくりだ。


「やあ。巴マミ達に与するインキュベーター。呉キリカ、志筑仁美、かずみは死んだよ。
美樹さやかと佐倉杏子は現在Connectされている。酷い敗勢だね」


QB
「そうか、キミこそ知っているかい。契約のルールが変えられてしまった。
仁美をそそのかして戦力外にした可能性が疑われているよ? 離反個体」


「ボクは従来のルールに則って、適切に契約している。キミに反論の余地は無いよ」


家中を探してみるが、暁美ほむらは影も形もない。
どうも騙されていたのではないかという不安がマミを襲った。

キュゥべえ曰く、この家には暁美ほむらの残り香しかないようで。


QB
「暁美ほむらはキミを置いてどこにいったのか教えて欲しい」


「ほむらなら、美樹さやか、佐倉杏子と戦闘状態らしい。
聖カンナの居場所を、Connectされてしまった二人から聞き出すために」

マミ
「聖カンナの場所? 椅子に座っているじゃない」

カンナ
「違うぞ、巴マミ。私は聖カンナだが聖カンナじゃない」

マミ
「本当なの。そっちのキュゥべえ」


「想像に任せるよ。それにしても巴マミは成長したね。
聖カンナの存在を知ってもなお、戦いを続けようだなんて」

マミ
「この秘密を全部知っているのは他に暁美さん・・・だけのはず。彼女以上に苦しんだのは確かよ」


「よく生きていたね」

マミ
「暁美さん、そんなに苦しんでたの!?」


QB
「マミ。暁美ほむらはこの家を障壁で護っていないよ。
そして戦闘が始まってから、かなりの時間が経っているのは明白だ」


すっかり日は沈んでいるわ。秋口は日の入りが早いわね、と冗談が言える状況ではない。


キュゥべえは暗にこういっているのだ。
障壁で覆ったのは、杏子とさやかを閉じ込めるためだ、と。



一ヶ月ほど前の出来事が頭の中によぎる。


マミ
(あのときは、私達三人で暁美さんを押さえ込んだけど・・・)


今回は状況が悪い。杏子とさやかが刃を向ける姿が目に浮かんだ。


羽交い絞めにされ、ソウルジェムを砕かれる自分を想像した。
手が震え、口が渇く。


無策で乗り込んで良いものだろうか。
コネクトされてしまった二人が居る以上、暁美ほむらを含め、三人を相手取って戦うケースもあるだろう。


マミ
「どうしましょう。何をしたらいいか全然わからないわ」


あんなバケモノはともかく、二人の後輩に銃口を向けられるわけも無い。
逃げて、逃げて、逃げ出したかった。


QB
「さやかと杏子の元に向かおう。少なくとも暁美ほむらは居るはずだからね」

マミ
「そうするしかないのはわかっているのよ、でも・・・」



カンナ
「話はまとまったか? さて、予定の時間に遅れた巴マミさん。伝言だ」


カンナ
「明日の一面を変えたいなら、暁美ほむらを倒すしかないぞ、ってな」



街を守らなきゃいけない。わかってはいる。
試してみるしかなさそう。負けても逃げても結果は変わらないのだから。



早朝にみたカンナはもっと禍禍しかった。
椅子に座っているカンナはちょっとだけ信用してもいいかもしれない。

この聖カンナは聖カンナじゃないという発言が少しわかった気がする。





マミはキュゥべえを呼び、一目散に家を出る。
割ったガラスを踏みつけて大きく跳躍した。


「達者でな。死ぬなよ」


どこからかそんな声が聞こえた。



残ったカンナは大きく息を吐いた。

カンナ
「遅れてきた巴マミに道案内するのが私の最期の仕事だった。
キュゥべえ、そろそろ不可視の壁を解くが、ひとつ問題提起」

QB
「やっと解放してくれるのか、何でも聞こう」


カンナ
「プロドット・セコンダーリオで造られたモノには自我があるのか。
私には聖カンナの過去の経験が詰まっていて、今も感情や衝動を持ち合わせているつもりだ。
短い間に何度も思考し、椅子に座ったまま策を廻らせたわけだ」


カンナが神妙な顔になる。


カンナ
「私の自我は果たして自我なのか、キュゥべえの考えを聞いてみたいね」


キュゥべえは即答する。

QB
「自我を自己や自己認識と混合しているけど、人間の精神について、というベクトルでいいのかい?」

カンナ
「ん? まあ任せるよ。似たもんでしょ」


QB
「キミ達の文明で言うと、精神機能を、エス、自我、超自我、三つの相互作用で解釈している。
エスとは、本能だ。善悪の区別がつかない事。時間感覚や論理性が欠落している事だ」

QB
「超自我は、道徳、倫理だ。善い行動をして、悪い行動をしないように努める事だ。
エスと超自我のバランスを保つのが自我。以上よりカンナは自我があるようだね」

カンナ
「暁美ほむらはエスの化身なんだな・・・って何だその理屈染みた回答。
私の求めている答えと方向性がまるで違う」



QB
「メランコリーと強迫神経症のくだりは必要なさそうだね?」

カンナ
「わけがわからなそうな顔で言うな。よし、軽い質問にイエスかノーで答えてもらおう」

QB
「いいよ」

カンナ
「私は人間か?」

QB
「ノーだよ。聖カンナの魔力で生み出された複製体だ」

カンナ
「気味のいい回答だ。では次、私は本物か?」

QB
「答えづらいね、でもイエス。本物のニセモノだよ」

カンナ
「最後。複製体は人間らしい思考をしたか?」

QB
「イエスだ。創造主である聖カンナがそう思考させた可能性を除けば」

カンナ
「何だ、自我はあるじゃないか。これで満足いく最期を迎えられる」


QB
「だから自我と自己を・・・。そろそろバリアを解いてくれないか?」

カンナ
「同じことさ。ときにキュゥべえ、イーブルナッツと名づけたもので作った椅子があるだろ」

QB
「あるね」

カンナ
「志筑仁美に憑いた魔力を吸い取って、洗脳を解いたと思わせるトラップだ。
だけど、もうひとつ。本来の使い道があるんだよネ」

QB
「あるの?」

カンナ
「私が用意したんだ、あるに決まっているだろ」


カンナが漆黒の椅子に座ろうとする。


椅子を引こうと触れた瞬間、カンナは跡形も無く消えてしまった。
同時に不可視の壁が消えたことをキュゥべえは確認する。


QB
「放って置いても魔力はそのうち尽きていたはず。
まさか積極的に死のうだなんて思わなかったよ」


QB
「こういうのを死の欲動と言うんだろうね」



円筒に閉じ込められた、数十センチ大のかずみが目をパチクリしている。
それは落下して床にころころ転がった。


QB
「ほむらを待っていようかな。キミも待つかい?」


かずみは溶液の中でボコボコと泡を立てた。


次回は超重いのでここまでにしておきます

かずみ四巻ではプロドット・セコンダーリオ体とカンナの表情は一致してません
果たして同じ物と同定していいのかというお話

ついでに海香ほむら戦の謎台詞をほんのり解説してます

vipに出張して英気を養ってきました
では投下


■コネクト

マミ
「すごい煙ね、口を覆わないとむせてしまうわ」


線引きされたように、ある地点から突然街が焦げているのは
昼下がりよりも結界の規模が縮まったためだ、とキュゥべえ。


QB
「もう少しだよ」


マミとキュゥべえは鹿目家から走り続け、結界のすぐ側まで接近した。

そして当然のように、内部を覗き込もうとする。


月明かり。歪なオフィス街。
澄ました顔をしている紫の少女――暁美ほむら。
ここまではマミでも理解できた。


しかし、たとえば、惨殺された赤い髪の少女。
しかし、たとえば、少女に寄り添うようにして、惨殺された青い髪の少女。


これは理解の範疇をはるかに超えている。
とりあえず数歩下がって、視界を広く取るが、風景は何一つ変わらない。


マミ
「ねえ。キュゥべえ・・・佐倉さん達が死んでる・・・わ。
何もかも遅すぎたの?」


甲乙ついたのだと、戦いは終わっているのだと、マミの目には映った。


QB
「よく見てごらん、間に合っている。まだ終わってないよ」


ほむらが左手に持つ何かを輝かせると、二人の体がビクンと大きく痙攣した。


彼女の意図が、まるで理解できない。
わざわざ二人を回復して、傷つけて、破壊を繰り返しているのだ。


QB
「ソウルジェムを砕かれない限り、魔法少女は無敵だけど――」

マミ
「何故、暁美さんが・・・」

QB
「杏子とさやかはソウルジェムを奪われてしまったようだね」



「やめろ、何してんだよっ」

「はい、グリーフシード。これでまた殺して貰える」

「やめて。ほむら・・・やめて」

「あの子は目を外されたのよ? 加害者は貴女達でしょう」




マミ
「何度も殺して、何度も生き返らせてる・・・」

QB
「これは緊急事態だね。戦闘中の二人を支援して暁美ほむらを倒そう」

マミ
「何よ、これ。キュゥべえのうそつき」

QB
「嘘は付いてないよ。マミなら二人を助けられるし、ほむらを倒せる」

マミ
「うそ。それにあんなの戦闘じゃない――処刑よ」




強烈なまでに生々しい死がすぐそこにある。
脳が眼前の光景を処理し終えると、マミは泣き崩れた。


声が漏れないように口を覆った。

しゃっくりを何度もあげた。


絶望の悲鳴が聞こえる。何かが千切れる音がする。
三人は見つからなかったことにして、このままひっそり消えてしまいたかった。





ふと我に返る。
次に、見てはいけないものを見てしまった感覚に苛まれた。



QB
「杏子とさやかを助けるにはもってこいだ。分の良い状態になってきたよ」



ソウルジェムを取り返したのだろう。果敢に攻める赤い魔法少女が居た。
槍を絶妙に操りながら巧く立ち回っている。



「早くアイツの場所を言いなさい。何度死ぬつもり?」

「てめーが死ぬまで死んでやるよ」



マミ
「どうすればいいの。コネクトを解けばいいの? 暁美さんを殺せばいいの?」

QB
「二人を助けるんだ。二人にコネクトが発動すればそれだけ聖カンナが不利になる」

マミ
「魔力切れ・・・。私に出来ることって魔力切れを誘うだけなの?」

QB
「運が良ければ、三人で暁美ほむらを殺せるはず。運が悪ければ、敵に回られるかもしれないけど」

マミ
「運って何よ。夢も希望もないじゃない」



紫の射光によって夜の街が明るく照らされる。
弓で袈裟切りにされた可愛い後輩を見て、意識が途絶えた。




「マミ! マミ!」


記憶が途切れ途切れになっている。
地べたに座り込んでいるようだった。


マミ
(私は何をしてるんだっけ)


キュゥべえがしっぽを振って何かをしゃべっている。
お尻がとても冷たい。

QB
「―――――――!」

マミ
「悪い夢を見ていたのかしら。それじゃあ魔獣退治に・・・」




キュゥべえが自発的に穢れを取り除いている。
不思議。


自分でやるから大丈夫よ、と一言。立ち上がろうとした瞬間、マミは正面の凄惨さを認識した。

まばらに残る街灯。映った影が現実を突きつける。


マミ
「そんな。うそよ」


視界がブラックアウトした。


気を失った。
マミは何度も、何度も、気を失った。



「マミ! マミ!」


マミ
(夢じゃなかった。信じたくない)


キュゥべえが長い耳で背中をさすってくれていた。
お尻が冷たい。服が誰かの嘔吐物で汚れている。

QB
「今すぐ反射中枢に回復魔法を! 閾値を調節するんだ」

マミ
「ごめんなさい・・・。耐えられなくて」


気を抜くとまた自分がどうにかなってしまいそうだった。
親指の爪を立てて、太ももに痛みを与える。


マミ
「・・・すぐに唱えるから」


胸に手を当てながら、長く、深く息を吐いて――。



QB
「マミ、体調はどうだい?」

マミ
「もうちょっとで全快よ。ソウルジェムを取ってくれる?」

QB
「良かった。一時はどうなることかと思ったよ」




黒焦げになった車を背にして、体育座りしている自分に気づく。
顔をあげると大型トラックのシルエットがあった。横転している。



マミ
(あのときもそうだったのかな)


マミはキュゥべえをそっと抱きしめて言った。


マミ
「ねえ、私がキュゥべえと契約した日のこと。覚えてる?」

QB
「もちろん、覚えているよ」

マミ
「キュゥべえは何を思って私に声をかけてくれたの?」

QB
「何も思わなかった。無我夢中でキミの乗っていた車に近づいた」



マミ
「無我・・・夢中・・・」


QB
「あの日、あの場所で契約する。定められた運命のように、ボクはキミに声をかけた」

マミ
「キュゥべえが居なかったら?」

QB
「マミは助からなかっただろう。ボクにしかキミを救えないのだから」


マミはふと哀愁のこもった笑みを浮かべて、おもむろに立ち上がる。
じわりと汗が出てきた。


マミの膝が震える。
武者震いに相違ないとマミは確信した。


マミ
「今度は私の番、ってことね。ありがとうキュゥべえ、やってみるわ」

QB
「ボクは事実をありのままに述べただけだよ」



優雅に、華麗に変身する。


いつまでも逃げている場合じゃない。
いつも通りに、いつも通りであるように意識して。


マミ
「ねえ、ずっと前から思っていたの」

マミ
「魔法って残酷よね・・・。今こうして話が出来るのは・・・」


回復魔法をただひとつ唱えるだけで、すっかり心の不安が取り除かれたことを自覚する。
怒りも悲しみも、すべて意のままに、手に取るように調節できそうだ。

QB
「便利だろう?」


無邪気そうに答えるキュゥべえの頭を軽く小突いて結界に近づく。



マミ
「ここから撃っても、当たるかどうか。厳しいわね」


クリアな頭脳で打開策を提示する。
まずは結界に微小な穴を開けて、干渉できるようにした。


マミ
「作戦はこう。暁美さんを縛り上げて、二人のソウルジェムをリボンで掠め取る。
そこから三人でやっつけるわ。万が一、佐倉さんと美樹さんが駄目なら・・・ここでお別れよキュゥべえ」

QB
「・・・マミ」


糸ほどの細いリボンをイメージして何本も穴に通し続けた。
ときおり街中を突き刺すほどの悲鳴が聞こえたが、マミは感情を殺し、作業を続けた。



QB
「もうすこし魔力を抑えたほうがいい」

マミ
「これ以上は難しいの・・・」

一本目のリボンが半周した。
穴を幾つも追加して何本も何本もリボンを通した。





準備は整った。後は締め上げるだけ。



マミ
「念のため、余所からグリーフシードを調達してくれる?」

QB
「もちろん。でもボクは結界に入れないよ」

マミ
「ううん、悩みどころねえ。ここにしか入り口を作れないのよ」

QB
「結界が完全に崩れたり、戦地が変わることもあるだろう。
そのときはテレパシーを飛ばしてほしい。いつでも補給できるはずだ」

マミ
「ありがとう、キュゥべえ」



マミ
「ねえ私たち、勝てるかな」


軽い口調で結構重いことを聞いてみる。ほんの少しイジワルな感情を含ませて。
もうちょっとだけ、キュゥべえの声を聞いておきたかったのかもしれない。



QB
「諦めたらそれまでだ。でもマミなら運命を変えられるよ」

マミ
「調子いいんだから・・・もう」



マミは正面をまっすぐ見据え、直立したまま、
後ろに居るキュゥべえにこっそりピースサインを作った。


マミ
(あなたの好きにさせてたまるものですかっ暁美さん)



レガーレ


シンプルで小回りの利く拘束魔法。
マスケットに慣れるまでは頻繁にお世話になっていた。


全ての発動を確認すると同時に、結界の一部をこじ開けて強行突破。


ほむらに接敵した、が――




マミ
「へえ、今のを受け止めるなんて出来るわね」

ほむら
「巴マミ、束縛する気ならもう少し痕跡を抑えたらどうかしら」



ほむらは千切れた黄色い糸の束を片手に、悠然と佇んでこちらを見ている。
ソウルジェムを二つ見せびらかして。


束縛は、完全に失敗していた。



マミ
「暁美さんこそ抑えたらいかが。必要以上の障壁は魔力の無駄よ」

ほむら
「この結界は聖カンナ用の索敵を担っている。当然の対価だわ」


さやか
「マミさん! あいつの戦力削っといたよ!」

杏子
「マミ! やっと来たか」


二人はソウルジェムの百メートル圏内で元気そうにしている。
多少衣類に穴や傷、赤黒い染みがあるのは暁美ほむらの攻撃によるものだ。


絶対に勝てない戦いに身を投じて、抵抗した彼女たち。
マミはほんの一瞬目を背けそうになった。


再度、神経中枢に魔力を集中させて気分をととのえる。


マミ
「ところで暁美ほむらさん。可愛い後輩たちに何をしてくれているの?」

ほむら
「その可愛い後輩達はもうこの世には居ないわよ。
ここにいるのはヒュアデスの操り人形。人間じゃないの」

マミ
「操り人形呼ばわりなんて。本当に悪趣味なのね」

ほむら
「悪趣味なのは貴女よ。聖カンナの手駒に堕ちたこいつらに同情の余地はない。
利用するだけ利用して、燃えるゴミにでも捨ててしまえばいい」


マミ
「どうして苦しめたの。あんな拷問まがいのことする必要は無かったわ!」

ほむら
「あら、見てたのね。叩けば聖カンナの情報が降ってくるし、殺せばあの子が報われる」

ほむら
「貴女でもそうしたでしょう? 巴マミ」


マミ
「わ、私は――」

ほむら
「そんな勇気もないくせに、聖カンナを倒そうとしていたわけ? 本当に愚かね」


マミ
「何が勇気よ。適当なこと言わないで」

マミ
「生身の彼女たちを殺してグリーフシードで回復の繰り返し。
これを勇気というなら、そんなもの要らない。狂気染みているわよ」


ほむら
「どっちが狂気染みているの。美樹さやかから聞いたわよ。
ひと月前、貴女が裏で糸を引いて、あの子の殺害方法を命令したそうじゃない」


マミ
「殺害方法・・・?」


さやか
「ごめん、マミさん。隠していたのに口からつい出ちゃった・・・」

マミ
「!!」

マミ
「それ、本当なの・・・」


そろって頷く二人と余裕そうにやり取りを見守るほむら。
あまりにも意外だったので、思わず小さな悲鳴をあげてしまった。


マミ
「もしかしたら、佐倉さんの棍があの子に偶然当たって・・・目が落ちて。
美樹さんが濡れ衣を着たかもしれないわよ」

杏子
「そういう設定を披露しても良かったけどな。バレちゃったらしょうがないよ」


マミ
(思ったとおり情報に齟齬が・・・。二人へのコネクトがこんなに影響している。
二人の記憶までも曖昧だなんて、致命的だわ)


さやか
「もしかしてマミさんも聖カンナって人の魔法を受けたんじゃ」

マミ
「いえ、その可能性は無いはずよ。ありえないもの」




ほむら
「どうしたの巴マミ。まさかとは思うけど、二人の記憶が大幅に改竄されていたのかしら?」

マミ
「そんなことないわ・・・私が黒幕よ。あの少女を破壊しないと、何が起こるかわからないでしょう」


半分嘘を付いた。


人間を実験して別の人間を造りだす。
誰が見ても間違っている。禁忌に等しい悪魔の所業に決まっているのだ。


あの少女は、どんな経緯であれ破壊するしかなかった。
『円環の理』を模写したのがあの少女だ、とほむらが言っているのだから尚のこと。


全く信じていないけれど、未知の脅威は取り除く必要がある。
それに、自分の正しい(はずの)記憶を主張して、二人を混乱させることは控えたい。



マミ
(だれが黒幕かと言えばきっと私が相応しいし・・・)


マミ
「だから暁美さん? 直々に引導を渡してあげる」



ほむら
「あはは、言質が取れてとても嬉しい。これで心置きなく貴女を粛清できるわ」

マミ
「三対一でどこまで耐えられる?」


ほむら
「正確には、一対、一対、二対、一よ。聖カンナの乱入と、そこの二人に気をつけて振舞う事ね」


マミ
「忠告ご苦労様。あいにく、私はあなたを殺すためなら手段を選ばないわ」

さやか
「よしっ、行くよマミさん、杏子。第二ラウンド開始!」

杏子
「さあて、ソウルジェムを返してもらおう。手を抜いてると、右手ごと毟るぞ」

マミ
「・・・」

ほむら
「可哀相な子達。なにもかも無駄だとわかっているのに」

ここまで
次回も重くなりそうです、お休みなさい

内容が支離滅裂すぎて酷すぎる……
作者は自分の書いた奴を読み直してるのか?

>>1の他のSSは割りと好きなのにこれは面白くない
違うの書いてくれよ

>>130
たとえば>>125は前スレ81,105を踏まえた発言です
全体的に難解な構成にしているので、ごもっともな意見だと思います
もちろん読み直しは欠かせませんし、実際に行っています
>>132
今自分が読みたいものがこの手の物なので・・・

ちょっとだけ投下



暁美ほむらを中心に百メートル圏。
制限付きでの戦いが始まってから数分が経った。

一言で言えば、相手の出方を窺うための小競り合いだ。



ほむら
「因縁の対決がこれ? もっと楽しくいきましょうよ」

マミ
「暁美さん、手を抜いているでしょ」

ほむら
「私は本気。身体強化係数を最大まで引き上げているもの」



残りの二人は実質戦力外。
生身でも簡単な魔法は使えるし、ジェムから武器を出すことだって容易い。


ただ、ほむらが赤と青のソウルジェムを握っている。
つまりそういうことなのだ。

宝石から刃先が飛び出ても、ちょっとした魔法が発動しても、無傷なのだろう。



二人の攻撃には期待してはいけない。

二人の動向には気をつける必要があるが――。


マミ
(弱ったわね・・・)



リボンを駆使した数種類の物理攻撃も通じなかった。


マミ
「リボンが効かない。美樹さんわかる?」

さやか
「魔力を纏わせてる。あと近づいたら駄目だよ、ソウルジェムを奪われちゃうから」

マミ
「なるほど――よく夜中まで戦いが持ったわね」


左足でぐるりと弧を描き、円陣状にマスケットを生成する。


魔獣狩りと同じ要領で一発、一発魔弾を放っていくが、
ほむらの驚くべき運動神経によって、マミの銃撃はすべて避けられてしまう。


ほむら
「これでも手を抜いてると言い張る気? 避けるのも立派な戦術よ」


はっきりいってマスケット銃などガラクタに過ぎなかった。


さやか
「かなりまずいね。今まで通り特攻して何とかなればいいけどっ」


マミのリボンで造った長剣を強く握って地団太を踏んでいる。


杏子
「へっ、完全に手を抜かれてたんだ。単純に遊ばれてたんだよ」


くの字に曲がった長槍がリボンに姿を戻した。
所詮付け焼刃のナマクラ武器では弓本体の強度には遠く及ばない。

ただの一発で槍はひしゃげ、ほむらから距離を取らざるを得なかった。


マミ
(どうしよう、このままじゃ勝てない)


ほむら
「マスケットが数十発、打ち込み一回。それじゃあお望みどおり、反撃一回目」

のらりくらりと弓を構えて標的を選んでいる。

マミ
「美樹さん! 避けて!」


紫の射光が強く輝いた瞬間。
さやかの腹部に穴が開いた。


さやか
「マミさんッ、気にしないで・・・怪我は慣れちゃってるから」

ほむら
「いい強がりね。ソウルジェムは正直よ、ほら」



腹部が回復するのと同調して青のソウルジェムに穢れが染み出てくる。
返せ、と走りよるさやかの首を左手で掴んで締め上げた。


さやか
「あ・・・ぐぅ」

ほむら
「ねえ、知ってる? 魔法を使いすぎると危ないのよ」

マミ
「あ、あなたっ許せない!」

ほむら
「なら美樹さやかのソウルジェムを砕きなさい。貴女の手で苦痛から解放してあげるの」


不敵に笑いながら、路上に青のソウルジェムを投げてマミの動向を窺っている。


ほむら
「戦いの運命から解き放たれる喜びは、きっと言葉に出来ないくらい素晴らしいでしょうね」



さやかは足をバタつかせて、ほむらの腕に爪を立てていた。



マミ
「美樹さん・・・」


マミは銃器を召喚して、地表の宝石に狙いを定める。


杏子
「おいっ馬鹿!」


はたかれた。


杏子
「血迷うな、マミ。やっていいことと悪いことがある」

マミ
「でも、こうしないとみんな不幸になってしまうわ!」

杏子
「笑えないな、マミの言うみんなって誰だよ、さやかじゃないだろ? 
もっと冷酷になるんだ。今のさやかを利用するくらい冷酷に」

マミ
「・・・利用、冷酷に利用するの?」

杏子
「ああ、利用するんだ! アイツを殺すためには、まともな手段じゃ通じない。
考えても見ろ、ソウルジェムを砕いたらさやかが化けて出るぞ」


お化けは苦手だろ、と冗談交じりに答える。
首を絞められているさやかも口角を上げていた――気がした。



マミ
「まともな手段で通じるとは初めから思ってないわ・・・でも」

杏子
「ぶっとんだ発想だよ。でないと、みーんなみんな死んじまうぜ」

マミ
「佐倉さんはいつも冷静で、達観してるわね」

杏子
「わっかんねぇ、やけくそになってるだけかも」

マミ
(ぶっとんだ発想・・・)




路上に青のソウルジェム。
記憶が微妙に操作されているさやか。


マミ
「・・・」


身体強化だけの杏子。
そして二人は暁美ほむらの百メートル圏内でしか生きられない。



マミ
(美樹さんだけじゃなく佐倉さんもコネクトされている。戦力外どころか――)

マミ
(佐倉さん、美樹さん、あなた達は信じられない。ごめんなさい)




マミの目は潤んでいた。杏子は素っ頓狂な顔でこちらを見つめている。
すぐ何かを察したようでニヤリと笑いながら言った。





杏子
「それが正解さ」





ここまで



月明かりに赤のリボンと黄色の髪飾りが象徴的に輝いた。

ほむら
「見てなさいよ巴マミ。とても苦しそうよ。チアノーゼというのよ?」


さやかは両手足をだらんと垂らして、ぐったりとしていた。
杏子は瞑目して口を忙しなく動かしている――祈っているのだろう。

マミは息を飲んで、あごを引いた。

マミ
「あ、暁美さん、全部私のせいなのよ。この子たちは関係ないの」

ほむら
「そんな命乞いの言葉はお粗末。貴女が苦しむならなんだってしてやるわ。
それがあの子のため、あの子を殺した罪なのよ」

マミ
「罪は全部私が背負うから、だから・・・」

マミ
「私は一対一であなたと決着をつけたい。この子たち抜きで。本気のあなたと。理解できるでしょ」

ほむら
「それで? 理解は出来るけど、納得は出来ないわ。
二人をどこかへ逃がしたいなんて言い分、聞けるはずないでしょう」


マミは首を横に振って、ひどく真剣な口調で言った。



「佐倉さんと美樹さんを――」



「――殺すの。私の手で」



マミの掠れた言葉。空気が一瞬で凍りついた。
耳が痛くなる静けさだった。


ほむら
「自分で何を言っているのかわかっているの。
友達思いの貴女が一番嫌うことのはずよ」

マミ
「・・・」

マミ
「その代わり、美樹さんと二つのソウルジェムを渡してもらうわ」

ほむら
「認められない。見ていられないくらい馬鹿なこと言ってる。
すべての物事には対価が必要なのよ」

マミ
「・・・暁美さんの魔法円に私たちが乗るのはどうかしら。全員を人質にするの」

両手をあげて従順の意を示す。
伸るか反るかの大博打。暁美ほむらが首肯しないと何も始まらない。

ほむら
「・・・へえ。そこまでして何かをするつもりね」

マミは深くゆっくりと頷いた。

ほむら
「――いいわ。何を考えているのかわからないけど、
貴女の要求を受け入れましょう。精々楽しませて頂戴」

ほむら
「でも巴マミ。貴女は本当に巴マミなのかしら。
貴女は他人に死を与えるような人間では無かった」

マミ
「私は聖カンナさんのコネクトに干渉出来るの。全て自分の意思よ」

ほむら
「聖カンナさん・・・ね。理屈はわからないけど、事実なら羨ましいほどだわ。気が楽でしょう」

マミ
「楽なものですか。これから後輩を殺すのよ」

ほむら
「唆したのは私だけど、決断したのは貴女。怒りの矛先をこちらに向けないで欲しいわねえ」


ほむらは三メートル弱の魔法円を編み終えると、マミ、さやか、杏子に乗るように言った。

ほむら
「はい、お目当てのソウルジェム。
もちろん、約束を破ってもいいわよ? そういうの嫌いじゃないから」

マミ
「・・・考えておくわ」


ほむらが遠くで訝しげに見つめている中、マミは二人を強く、強く抱きしめた。

さやか
「えっと・・・マミさん?」

マミ
「美樹さん。佐倉さん。こんな駄目な先輩でごめんなさい」

さやか
「マミさん本当に殺すの・・・? 杏子も何で落ち着いて・・・」

杏子
「マミとの付き合いは長かったからね、全部お見通しさ」

マミ
「美樹さん。私はね、命を繋ぎ止めるために契約したの」

さやか
「それは知ってるけど」

マミ
「だから信じて・・・ほしいの。二人とも変身して」

マミは穢れを浄化しきったソウルジェムを二人に渡した。
グリーフシードを多めに用意して、変身を終えた杏子とさやかを再び抱きしめる。

マミ
「あなた達の命を私の中に繋ぎ止める・・・だからありったけの力で魔法を注いで」

マミ
「円環の理に導かれるほどに、全身全霊で! 私の魂に深く刻まれるほどに!」

さやか
「・・・」

さやか
「うん、わかった。全部わかった」

杏子
「いくぞさやか」


青と赤の魔力が闇夜に展開されて、マミを優しく包み込む。
二人は濁り始めたソウルジェムにグリーフシードを当てながら、空いた手でマミにしがみ付いた。
マミもまた、二人の体を力いっぱい抱きしめた。


マミ
「もっと、もっと魔力を私に刻みこんで。未来永劫一緒にいられるくらいに!」



魔力の濃度が増していく中、涙をこらえてうつむく三人の姿があった。
離れた位置で眺めているほむらは下唇を噛んでいた。

マミ
「犠牲にしてごめんなさい。こんな最期にさせてしまってごめんなさい」

杏子
「仕方ないよ、分が悪すぎるんだ」

マミ
「こうでもしないと、あなた達の犠牲がないと、暁美さんを殺せない」

さやか
「あたし達、足手まといだもんね」

ぎゅうっと抱きしめてマミは二人に顔を沈めた。

マミ
「・・・二人の力が必要なの」

マミ
「私も信じるから・・・」

杏子
「マミ・・・」

さやか
「マミさん・・・」





「「嘘つき」」



マミ
「!!」


杏子
「最期なんだ。気を使わなくていい」

さやか
「言いたいこと言ったほうがいいよ。操られてるの知ってるし」


マミ
「・・・怖いの」

涙まじりのか細い声。
さやかと杏子はマミの頭を撫でた。

マミ
「信じるのが怖い・・・。裏切られるのが怖い・・・」

さやか
「あたしも怖い。マミさんを裏切るのが怖いよ」

杏子
「怖くないやつなんざ居ないよ。
何をしでかすかわからない自分が怖いんだ」

マミ
「私ね、美樹さんも佐倉さんも、暁美さんくらい怖くて、逃げ出しそうになった。
二人の記憶や意識が操作されてることを知って・・・でも結局どうしようもなかった」

マミ
「今だってそう。全然生きた心地がしないの・・・。二人に身を寄せることさえ怖いの」


さやか
「そんな悲しいこと言わないで。本当の想いは、きっと裏切らないんだから」

杏子
「最初から最後まで迷惑かけっぱなしで悪かったなあ・・・マミ」

マミ
「こんな頼りなくてごめんね。弱くてごめんね」

杏子
「ああ、頼りなかったけど、頼れるとしたらマミだけだ」

さやか
「弱くたって、マミさんはあたしの理想だよ」

皆が皆、嗚咽交じりの、ひどい涙声だった。



魔力の波動の中に桃色が混じっている。
まもなく二人は『円環の理』に導かれるだろう。


「「頑張って」」


長い間抱きしめていたものが消え去り、マミは姿勢を崩した。


マミ
「・・・」

マミ
(佐倉さん、美樹さん・・・命、繋がってる?)

マミ
「・・・」

手のぬくもりに確かな感触があった。
袖で涙を拭って、魔法円から出る。



手を広げてみると長剣が数振り召喚された。

視線を左から右に流すと虚空に長槍が生まれた。

スカートを摘み上げるとマスケットの銃身が降ってきた。

マミ
「・・・」

マスケットを片手に遥か斜め後方、視野の片隅にいる死神に声を投げかける。

マミ
「暁美さん。待たせたわね」


その振る舞いは、マミを象徴する優美さ、華麗さなど全くない、死を受け入れた戦士そのもの。

その声は怒りと悲しみを押し殺した抑揚の無いもの。

その目は視線で刺し殺すほどの鋭さを含んでいる。


ほむら
「待ちくたびれたわ。茶番はもうお仕舞い?」

マミ
「あなたが死ぬまで茶番は続くわ。覚悟して」

マスケットの引き金に指をかける。
それが戦闘開始の合図。


――――――――――――――――――
――――――――――――
――――――


マミの勝利条件はただひとつ。
ほむらのソウルジェムを破壊して聖カンナの計画を阻止すること。

暁美ほむらはあの子と呼ぶ少女を再び創ることを望んでいる。
障害は何が何でも潰す偏った思考に飲み込まれていた。

ほむら
「遠距離なら負けないわ」

マミ
「条件は同じ。想いの強さがすべてを決めるのよ」


銃器から放たれる雷光の弾幕が、地上を駆け抜けるほむらに追随する。
ほむらは刺弾の群れを消し飛ばすほどの剛撃で空間を穿つ。
二人が通り過ぎた後には無数の弾痕と深い孔が刻まれ、街のシルエットを削り取っていった。


攻防は一進一退。
息を付く暇も無い激戦。


戦地は廃墟と化した大通りから市街地、高層ビルへと多岐に及んだ。

片やリボン、多節槍、カットラス、銃器。
片や魔力弾、弓、矢。

お互いに虚空を蹴って絶え間ない攻撃を繰り広げた。

ほむら
「この力を見たら私の想いがわかるでしょう?」

狂気と殺意を含ませて激高した一声。
ほむらの放つ紫の帯が、マミの体を次々と掠めて、街の至る所に着弾する。

マミは遅れて襲ってきた痛みに耐えながら反論する。

マミ
「力は想いではないわ。想いは想いなのよ!」

宙に設置した数十条のリボンを発動させて、ほむらをきつく縛り上げる。
加えて、マスケットで二十四発の撃ち込み。槍を投擲。

槍は紙一重で回避されバインドも無駄に終わったわけだが、
銃弾に怯み、リボンを千切ろうと足掻く彼女の姿に、これまでに無い手ごたえを感じた。

マミ
(対等に戦えてる・・・!)


マミはあらゆる建物を足場として利用した。
その軌道を辿るように、紫の光条が執拗に放たれていく。

矢と形容するには余りある威力。
掠った壁から湯気が上がる熱量を孕んでいる。ほむらの一撃はレーザーのソレなのだ。

反転。
反撃。

斉射の隙を窺いながらマミもまた、ほむらの四肢を狙って射撃した。
威力こそほむらには及ばないが、よどみなく、すべらかに、精確に、狙い撃った。


二人の死闘に呼応するように、活気付いていた見滝原の風貌は少しずつ蝕まれる。
蝋燭の火を吹き消すよりも簡単に街のインフラは奪われていった。



煌々と輝く満月を背にしてビルとビルの合間を高く跳ぶ少女達。

マミ
「無限の魔弾よ――」

流れるように右手を前へ一振り。
おぞましい数のマスケットを召喚し、一斉射撃を行う。

乾いた発砲音が星空を支配し、対象の魔法少女へと、飲み込まれるように輝く軌道を描いた。


それは、けたたましい轟音。それは、強烈な閃光。
砕け散って宙を舞うコンクリート片の影。
空気を切り裂く音と、魔弾を打ち払う無機質な音が砲撃音に混ざり合っている。

完全に無音になった直後、紫色の光線が驚くべき速度で迫り、マミの肩を貫いた。

マミ
「・・・ッ」

マミ
(また被弾・・・もっと距離を広げるしか)


傷口をリボンで圧迫止血。

アレグロを多重に付加。
移動速度を限界まで強化。

駄目押しの鎖縛結界を周囲に敷き詰めながら、何の迷いも無く超高層ビルから飛び降りた。


マミ
「多分――」


マミの現在地は狭い路地だ。直線に細長い閉鎖空間と言ってもいい。
両脇にそびえ立つのは二百メートルほどの摩天楼。

ほむらは地上、上空、いずれかを選んで追いつめてくるはず。

マミ
「暁美さんなら地上から迂回するでしょうね」


空中から飛び降りているときほど無防備な状態はない。

相手が近距離戦主体ならともかく、ガンナー相手には無茶しすぎ。
意表を突くにしてもデメリットが多い。これは蛮行だ。


だから地上から接近されるだろうと予想して罠を作った。
もちろん、万一に備えて、あらゆる所に細い硬質のリボンを張り尽くしている。
素直に追いかけてきたら全身の皮膚がめくれてしまうだろう。


穢れを吸い切ったグリーフシードを投棄する。


二、三、深呼吸をして緊張を抑えた。
唇をきゅっと結んで空気の乱れ、魔力の波動を読もうと空を見上げて集中していると――。

予定調和。
定石。

遠方からカツカツ、と規則的なヒールの足音が近づいている。
絡み付こうとするリボンを魔力で払いながら接近するほむらの姿はどこか優美だ。

マミ
「夜空が綺麗だと思わない?」

ほむら
「満月の夜は人死にが増えるそうよ」


漆黒に澄んだ空気。声の主は夜のお散歩。
距離六十メートル地点。マミの仕掛けておいたトラップが発動するまでもう少し。
石畳の上でリボンが滑るように綺麗な円を描き、内側に三角を形作る。
ヒールの音はすぐに止まり、空間全体が激しく揺れた。

壁や地面から生えた無数の槍が一斉にほむらを突き刺す。
その体をズタズタに引き裂いたのだった。

ほむら
「陰湿さが滲み出ているわ。そうね、聖カンナの次くらいには」

土ぼこりが舞い上がる中、再びヒールの音が路地に反響する。
一本一本するりと抜け落ちてゆく血まみれの赤い槍が、彼女の回復力の高さを示唆している。

異常。
狂逸。

比類なき身体強化と回復力はまさに人外。
死神と揶揄されるのも納得、マミは改めて腑に落ちた。


この程度でやれるはずがないのはわかっている。
何とかならない位がマミにとって丁度良い。

あのまま二人を『円環の理』に導けて良かったと素直に思い込むことが出来るのだから。

マミは頭を振って雑念を取り払う。
目の前の強敵をいかに滅ぼすかに集中しなおしてマスケットを三十六生み出した。

マミ
「これならどう?」


両手にマスケットを二丁持ち、右、左、右・・・交互に射撃を始める。
わずか数秒で全てを使い切るほどの速射だったが、ほむらは負けじと弓で弾いていった。

ほむら
「当たったところで致命傷にはなりえない。そもそも一対一で私に及ぶはずないのよ」

マミ
「そうかしら。呼吸が荒くなっているわよ」

距離五十メートル。

今度は壁に潜ませた魔法円がほむらのエネルギーを検知。

虚空からの槍雨と両壁からの刀がほむらに切迫し、切り傷を付ける。
至る所に血が飛沫し、そこらじゅうを赤く塗りつぶした。


ほむら
「何度やっても同じこと。本当の攻撃というものを教えてあげる」

肩に根深く刺さったカットラスを引き抜きながら、弓を大仰に構えて矢を乱れ撃つ。

ほむら
「――――ッ!!」

矢は直線にマミの身体を目指し――カタチを保てず、紫の火の粉として放射状に散った。
鏡の割れる音を皮切りに、ほむらとマミに魔力弾が襲い掛かる。

マミ
「・・・っ。よく考えたでしょう?」


ほむらは矢を放ち終えたままの残心で、歯をむき出しに。
深い傷をあらゆる部位に負って驚き果てていた。

マミは反射しそびれて出来た傷を意識して修復する。

アイギスの鏡――すなわち反射バリアによって攻撃の一部を弾き返したのだ。
絶対領域と名付けた、とっておきの干渉遮断魔法も同時に作用させていたのだが、耐え切れなかった様子。


ほむらの魔力が鏡を短時間で砕き、領域にも干渉し、マミに小さくも深く熱い傷を多数与えた。

一本一本の威力が下がるはずの乱れ撃ちでこの有様。
極悪とも呼べる矢の破壊力に脱帽しそうになった。

マミ
(まだこんな力が残ってるの・・・?)

マミは牽制を与えつつ、背面に大きく跳躍し、間に合わせのグリーフシードで穢れを取り去った。

唾を飲み込むと血の味がする。
キューブを掴む手は小刻みに震えていた。



ほむら
「小癪な・・・」

意外なことにほむらの回復力が遅い。
逡巡すること二秒。罠だと判断して追い討ちを考える。

マミ
(一度、試してみる価値はあるわね)


普段より一回り大きいマスケットライフルを作ってアレグロを織り混ぜる。
左手を狙って引き金を引くと、普段の数倍の反動。聞き慣れぬ衝撃音。

予想以上の手ごたえがあった。

ほむらは痩身を捩る。
しかし、わき腹の一部がはじけた。


ほむら
「でもね、ほら。すぐ元通り。だから貴女に勝ち目は無い」

マミ
「あえて回復を遅らせたのね・・・」

ほむら
「ちょっと強くなったからって調子に乗られても困るのよ。
だけどさっきの反射は少し厄介。貴女の固有魔法から逸脱しているわ」

マミ
「いいえ。あれもリボンよ」


ほむらが弓の末端に握りなおして近づいてくる。
反射魔法の性質を瞬時に解析し、無為にするため、近接戦闘で決着をつけるつもりなのだ。

マミが何十にも施した束縛魔法を空いた手で中和しながら、ほむらは接敵しようと足掻く。
高位魔術、レガーレ・ヴァスタアリアでも抑えきれない彼女の底力はマミに眩暈を与えた。

時間を稼ぎたい。
囮の分身を造って足止めを図る。


「アイギスを見破ったのね」

「泥沼になりそうだわ」

リボンが効かないなら人海戦術。

ほむら
「これは佐倉杏子の魔術――構っている場合じゃないの」

「そう上手くいくと思う?」

「足元がお留守よ」


幻覚のタネがバレることもお見通し。
マミにとって、二十秒の猶予時間はあまりにも十分だった。


背部、上部の鎖縛結界がほむらを幾重にも覆っている。
これから行う攻撃が放散しないように徹底的に作り上げた箱庭は――今、完成した。



マミ
「この一撃で決めるわ」


印を結び、詠唱を繰り返し、全ての力を注いだ大砲が一門。


そしてなんの装飾も施されていない無骨な砲身に手を添える。
マミの体躯を遥かに超える、巨大な兵器が唸りをあげた。


マミ
「メテオーラ・フィナーレ!!」


強力無比の烈光が灼熱を帯びて現世に放たれる。


マミは正面にも結界を作り、膨大なエネルギーの塊をほむらと共に閉じ込めんとしたが、
結界はミシミシと音を立てて呆気なく崩壊した。


――制御出来ない。


爆発に次ぐ爆発で聴覚は麻痺し、無音のうちに両脇の高層ビルが消し飛ぶ。
攻撃を行ったマミでさえ、一度魔力弾の方向へ強烈に引き寄せられたかと思えば、
余波で再び直線に吹き飛び、激しい光とともに意識を失った。



意識はあった。視界が無い。呼吸している感覚が無い。


頭がぐるぐるする。

ぼんやりと輝く世界が見えてきた。方向感覚が定まらない。体が悲鳴を上げ始めた。

(佐倉さん、美樹さん・・・私)


マミ
「げほっ、ごほっ」

肺が酸素を強く求めていた。
喘ぐように呼吸を続けていると、様々な感覚が流れ込んできた。

意識して治癒を続けていくうちに、手の指先にじわりとした冷たい感触が戻ってくる。
指を数度曲げ、動くことを確認してから間髪入れずにキューブを鷲づかみ、右後頭部のソウルジェムに押し付ける。

マミ
「まだ回復しきってない・・・」

白い布地の袋には約三十個のグリーフシード。
もう一掴みして穢れを取り除いていると――違和感が生まれた。


肉体に異常があるわけではない。

肉体は正常に機能している。
正常ゆえの違和感だ。

五感が研ぎ澄まされたことで感知できた。
恐るべき波動がどこかで渦巻いているような。


マミ
「!」

正面に殺気を感じる。
次に――体を丸めて避けた。


避けたというよりも、避けていたと言い換えたほうが適切かもしれない。
何を避けたのかすらわからないまま、半ば本能で動いたのだから。

マミは壁を背にして立ち上がる。何が起きたか確認する必要があった。


黒。
紫。
紫。
白。
眼。
黒。
赤。


近くも遠くもない距離にぼんやりと滲んだ色。

ソレはヒトのカタチだった。

理解が追いつくと、酷い頭痛と吐気がマミを襲う。
燃える都市を背景に、赤いリボンを付けた黒髪の少女が弓を手にしていたのだから。


「何故。何故、生きているのよ」
「どうして、ねえ、どうして邪魔をするの?」


二人の声が重なる。
半泣きで訴える彼女の左手のソウルジェムは相当暗くなっているように思えた。

マミ
「無傷なわけ無いのに・・・そのリボンも・・・」

ほむら
「貴女の攻撃を防ぐために全部使ってしまったの! グリーフシードが足りないの!」

ほむらは赤いリボンを外して強く握る。
両手を天に掲げて、ヒステリックに何かを叫び始めた。

ほむら
「でもね? でもね? 桃色の力は残っているのよ?」

今度は聞き覚えの無い言語を口走りながら、ゆらゆらと近寄ってくる。
手指の動きを見るに、彼女なりの詠唱術式なのかもしれない。

マミは生き残るために逃げた。
マミとて残されたグリーフシードは僅少。
再び場所を変えてゲリラ戦に持ち込むしかない。

瓦礫に何度も足を引っ掛けながら、無我夢中で走り続けた。



ますます肌寒さを感じる夜半。
異臭の混じった突風がマミの頬を掻っ切る。


数度の短い競り合いを経て、別の市街地に立てこもった。
桃色の魔力は嫌というほど暁美ほむらの存在を主張していた。

マミ
(暁美さんはバケモノよ・・・あんな魔法少女見たことない)

慎重に、時として臆病になりながら、息を殺して街を這う。
建物の影、裏道、木陰に隠れて紫の少女を狙い撃った。

マミ
「くっ!」

使い終えたマスケット銃を軸に。
身を反らし、地を蹴り上げ、跳躍し、十四の矢を一つ一つ確実に回避していく。

マスケットの撃鉄さえも恐ろしい。音を立てることは死に直結する。
一度射撃を行うと、的確な位置に桃色の矢が飛んでくるのだから。


ほむら
「ふふ、見つけた。大人しく死になさい」

マミ
「死んでたまるものですかっ」

ほむら
「同意は求めていないわ」


多数の榴弾を地面に撃ち、煙幕を張りながら、マミは脇道に身を潜める。
目くらましの代償は光速で物体を昇華させる数条の矢。


逃げた先――天から次々と落ちてくる巨大な円柱を回避。
音も無く頭上を狙って落下する塊は易々と地球をくり貫いてゆく。

血と火と煙の柱は絶えず降り注いだ。

ほむら
「まだ逃げる気? もう少し楽しませなさいよ」


死ねない。

逃げなきゃ。


弓で地面をガリガリ摺る音と、ヒールが地を打つ無機質な音がねじ混ざっている。

その度に距離を広げて、カットラスの刀身を射出し、射撃を繰り返す。
ほむらが隙を見せた瞬間に攻撃を与え、追撃をなるべく減らす作戦だ。



戦闘は最終局面――血みどろで泥沼と化した魂の削り合いが続いている。


ピアノ線ほどの細さと強度を誇るリボンを道という道に仕掛けながら、周囲の地形を把握する。
このリボンは地味な嫌がらせに過ぎないが、引っかかれば十分。
ほむらの姿勢が崩れるだけでも気持ち戦いやすくなる。

マミ
「暁美さん!」

叫んだ直後、濃厚な光がマミの左耳を掠める。

ソレは神速をもって空間を突き抜け、背部の建物に着弾。

炸裂音と縦揺れの振動。
何かに引火したのだろうか。遅れてきた熱風で背中が強く圧された。

ほむらの魔力浪費を誘う作戦に変更したが、一々心臓を掴まれる恐怖がマミに襲いかかる。
でも、こうでもしないと倒せそうに無かった。

マミ
「惜しかったわね」


渾身の反撃。


リボンによる拘束でコンマ数秒の足止め。
宙に固定した二十五余りのマスケット群が撃発した。



ほむら
「――それで?」

ぎちぎちと音を立てて傷口が塞がってゆく。
不気味で気色悪い光景だった。

マミ
(これでも倒れていない・・・か)


再び距離をとる。
逃げるために戦うのか、戦うために逃げているのかわからない。

視界の外から襲い掛かる何かをかわすと、それはやはり桃色。


繰り返す。

逃げて、撃つ。
ときおり散弾、ダムダル弾を織り交ぜて趣向を凝らす。

何度でも繰り返す。


繰り返す。

強化魔法を複数練り合わせての射撃。
マズルフラッシュで砲口が熔けてもお構いなし。
徹底的に破壊することに拘ってマミは銃弾を成形し続けた。

何度でも繰り返す――。


――――――――――――――――――
――――――――――――
――――――


「パロットラ・マギカ・エドゥ・インフィニータ!」


最後の攻撃、であって欲しかった。
ほむらの両足を鎖縛とリボンで縫い付けて一斉射撃。


空を覆わんばかりのマスケットライフル改 五十八口径が火を噴く。
鼓膜を裂く爆裂音が全方位に轟き、ほむらの頭上目掛けて雹のように降り注いだ。


ほむらも負けじと幾何学模様の分厚い防御結界を展開して、攻撃を受け止めている。
しかし、地に膝が着き、腰が曲がり、手を着いた。

ついに全身が雷光に飲み込まれた。


魔弾の雹が地面を上下に揺らす。衝撃波が大気を滑り、窓ガラスを次々と割った。
ほんの十数歩先は近づくに近づけない処刑場だ。

マミ
「流石に・・・この一撃で、ピンピンされていたら、がっくりくるわね」

青ざめた顔でぽつりと呟く。
満身創痍で繰り出した「無限の魔弾」はマミの精神力を奪い切っていた。

マミは予想以上に堪えている。
両手足が鉛になってしまったような重みに抵抗しながら、数少ないキューブを取り出して穢れを浄化。




マミ
「――――っ!」

刹那。

一際強大なエネルギーを感じ、マミは両手で虚空に円を描く。


――アイギスの鏡を二重展開。


放たれた桃色の閃光は乱反射されつつも、鏡を粉々に砕いた。
魔力球は雪のように散り、雷のように至る所を穿った。

双方、全身に多数の熱傷を残す痛みわけに終わった。


ほむら
「ッち。なかなか、隙を。見せないわね」

ほむら
「でも・・・もう、これで、わかったでしょう。私の想い」

マミ
「あれを、全部、受けきるなんて・・・」

マミ
「だけど、残念ね。魔力の漏出は、お互い、様・・・よ」


マミ程度には動きが鈍くなっているほむらを一瞥。


足音が聞こえないように気をつけながら路地を駆ける。
同時に、気休め程度の鎖縛結界を展開して時間を稼いだ。

ほむらが最大出力で結界を破壊することを祈って。

――――――――――――
――――――

深夜だというのに、街は夕方のように紅く照らされている。
熱で揺らいでいる遠方の都市はさながら蜃気楼を思わせた。
それもそのはず、木や草花の三分の一は焼け、街の三分の一は火に飲みこまれていたのだから。

マミ
「はぁ・・・はぁ・・・っ。ここまで離れていれば・・・」


滝のように降り注ぐ矢は避けきったが、続く猛烈な速射は派手に被弾してしまった。
傷口をリボンで縫合しながら、壁にもたれかかって一時休憩。

マミ
「一緒に、魔獣狩りしていたころとは、大違い。
あんな派手に、潰しに、来る子だとは・・・全然思わなかった」


肩で息をしながら、右後頭部にキューブを二粒近づける。
最後の浄化だ。もう後がない。

マミ
「テレパシーは傍受されるとまずいわね」

小さめのマスケットを夜空に向け、黄色の照明弾を二発放った。
緊急を要する際の合図のようなものだが、補給が伝わるかどうか怪しい。
でもキュゥべえなら意図を汲んでくれるはずだ。

テレパシーを検知され、キュゥべえとグリーフシードが相手に狙われる位なら、
今の所在が洩れてしまった方が幾分マシなのだ。

マミ
「早く離れないと」

糸ほどに細いリボンを這わせながら移動を始めた――。

>>173
ダムダム弾のことですthx

ダムダルって何だろう

――――――――――――――――――
――――――――――――

行き着いた先は、小奇麗な住宅地。
そこは薄暗いもののまばらな間隔で照明が機能していた。
どの敷地内に隠れようかと道端で考えあぐねていると、背後に迫る何かが声をかけた。

「よお、探したぞ。巴マミ」

振り向くと、影に融けこんだ漆黒の装束。
驚きのあまり、声を出そうにも唇を震わすだけで精一杯だった。

マミ
「・・・っ!」

スローで伸びてくる細い腕。
飛びのいて逃げようとしたが身体が動かず、肩に触れられてしまった。

カンナ
「巴マミが勝ったのか。これは最大の誤算だったよ」

マミ
「か・・・つ?」

カンナ
「暁美ほむらが近所でシンコピーしているぞ。お前がやったのだろう?」

何を言っているのかマミは理解できなかった。
いつ奇襲されてもいいように、無言で向こうの出方を待つ。

カンナ
「ほう、奇しくもトドメを刺しそびれたと。なるほどなるほど。惜しいことをしたね」

マミ
「何? なんなのよ」

カンナ
「すぐにわかるよ。少し付いてきて貰おうか」

吸い込まれそうなほど黒い魔法少女の一言。

魔力が尽きかけたマミに拒否権はなかった。
コネクトの触手が指先から顔を覗かせている。無言の圧力というやつ。




一人の少女。暗闇の中。
弱弱しく点滅する水銀灯の下に、レッドとパープルが浮き上がった。


黒髪でストレート。腹部を中心に大怪我を負って、もたれ掛かっている。
別の地域から逃げてきた魔法少女――ではなく。


カンナが足を引っ掛けると、重力に従ってずさりと崩れ落ちた。

うつ伏せのまま路上に放り出された少女――暁美ほむら。


マミ
「これは、あなたの仕業?」

カンナ
「私は何もしてない。ほら、よく見るといい」

無抵抗なところを見ると失神しているらしい。
かすり傷や痛々しい切り傷、瘡蓋が幾つも見て取れる。地味で泥沼と化した戦いの名残だった。

背中から両肩にかけての焼け焦げた怪我を見てマミは息を飲んだ。

マミ
「スタミナ切れ・・・ね。体表の回復を疎かにしたから、魔力が漏れ出している・・・」

カンナ
「ご覧のとおり、私の計画は見事に邪魔されたらしい。巴マミの勝ち、おめでたいね」


乾いた拍手を数回。カンナはグリーフシードを一粒取り出す。
マミがソウルジェムを砕くために近づくと、カンナに睨まれ、拒まれた。


カンナ
「そいつは困る。気概のある黒い鳥人に敬意を表して、トドメだけは勘弁してやってくれ」

マミ
「あなたは暁美さんに味方していたの?」

カンナ
「あ? 味方するわけ無いだろう。私がどれだけこの女を恨んでいることか」

マミ
「グリーフシードで回復させたくせに」

カンナ
「だからこそ計画の要にコイツがいるんだよ。邪魔はさせない」

マミ
「また計画計画って・・・。そんなに暁美さんが大事なの」

カンナ
「別にお前でもお前の友達でもいいけど、私に協力しろと言っても首を横に振るだろ?」

マミ
「何の協力かはわからないけど、ノーよ。まっぴらご免だわ」

腕を組んでうんうんと何度も頷くカンナ。マミはほむらの左手にしか興味がなかった。
どうも宝石に重ね掛けしている防護魔術は健在のよう。



不意撃ちでソウルジェムを砕けるかしらなどと思案しているとカンナがおもむろに口を開いた。
私はいつも訊くようにしているのだがと軽い前置きをして。

カンナ
「ときに巴マミ。神は居ると思うか?
宗教批判でも、科学的発展を示す謳い文句でもなく、純粋に」

マミ
「・・・何を言い出すのよ。私たちには関係のないことだわ」

カンナ
「つれないなあ。正解は居ない、滅びたんだよ。だから人類も滅びるべきなんだよね」

マミは間の抜けた声を出していた。
この人はとんでもなくおかしなことを言っている。
あるいは精神攻撃の類かも知れない。まともに反応するべきか戸惑う一言だった。

カンナ
「そんなに変なことではないハズ。この世界を私に明け渡せと言ったんだ」

マミ
「おかしい。あなたは変よ。無茶苦茶なことを言っているわ」

カンナ
「帰納的に考えればいい。人間を創った神は消えた。
次は私を造ったお前達ヒューマンが消える番。でもね、ただ消えろと言ってる訳じゃあない」


カンナ
「人類には自滅してもらう」


カンナ
「とても素敵じゃないか? 人が人を滅ぼすんだ。
私が適当に過ごしている間、気が付けば滅んでいた、なんてね」

マミ
「あなたが人類を脅かしている張本人のくせして・・・なんてことを」

カンナ
「私はまだ一人しか殺していないぞ。私を造り出した生みの親だけ」


カンナは明るい口調でマミに指摘する。
相も変わらぬ仏頂面だが、カンナの口角だけは終始釣りあがっていた。


カンナ
「脅かしているのはお前の側だろう、巴マミ」

マミ
「何が言いたいの? 私はこの街を守るためにずっと・・・」

カンナ
「周りを良く見るんだな。今の戦いで何人死んだ? 何人消えた?
両親を見殺しにした挙句、正義ぶって戦いに身を堕とした結末がこれ。死んでも死に切れないな」

静けさの中にギリリッと歯を食いしばる音が響く。

カンナ
「ああ。生みの親に反抗するのはいいことだと私は思う。とてもいいことだ」

マミ
「・・・」

カンナ
「でね、私はこう思ったんだ。暁美ほむらに対抗しうる存在がいたんだなあと。
これならいっそ巴マミも誑かすべきだったと軽く後悔しているんだ」

マミ
「私はあなたに屈したりしない」

カンナ
「どうでもいいよ。お前なしでも暁美ほむら一人で人類くらいどうにでもなる。
アイツは人間を殺して、同時に穢れを移せる永久機関だからな」

マミ
「なるほどね、暁美さんを使って人類を――」

マミ
「残念だけど、彼女があなたに従うはずないでしょ・・・。既に破綻しているわ」

カンナ
「あいつにはここ一ヶ月の実績がある。焚きつければこのように燃え上がるんだ」

マミ
「・・・そう。あなたはそう考えるのね」

カンナ
「たとえ暁美ほむらが従わなくても、手は打ってある。巴マミのような人材は無数に居るってことだよ。
正義面した連中がね。お前のように、対等に戦えるかどうかは別なんだが・・・」



カンナ
「おおっと忘れていたよ、最後に一番大切な話。美国織莉子という女を知っているな?
新米魔法少女崩れ一人じゃ五年も生き残れない。でも貴重なプロトタイプなんだ。大事に育てて欲しいかな」

マミ
「美国さん? 美国さんに何を――!」

全く関係無い人の名前がカンナの口から出たことにマミは狼狽を見せた。

カンナ
「これ以上喋ることはねえよ」

カンナが鎌を振るうような足払いをするとマミの身体は簡単に宙に放り出される。
浮いた身体に無数の殴打。

マミ
「あ・・・」

カンナ
「消えてしまえっ」

特大のバールでトドメ。
マミは派手に飛んでいった。



カンナ
「ふん、電池切れ寸前の人間じゃこの程度か」

手に付着した人間の血を拭きながらカンナは黄昏れる。
もうもうと立ちこめる土煙の中に、うめき声が聞こえた。

路上に横たわるマミに白い影が近づいている。

QB
「マミ、補給だ。今すぐここから離れよう」

マミ
「に、逃げ・・・」

カンナ
「なんだ? インキュベーターが潜んでいたのか。好きくないなあ。そういうの」

マミに寄り添う契約の箱を指先のケーブルで鞭打つ。
大量に飛び散るグリーフシードに混ざって悲鳴が一つ。

マミ
「キュゥべええぇぇぇ!」

カンナ
「お前は、巴マミは生かしてやるよ。
死ぬことさえ許されない世界で生きつづけるんだな」

カンナ
「自殺する勇気も無くなるだろうし」

マミは目の濁ったキュゥべえを抱えて、這いずる様に視界から消えた。
勝者の惨めな姿を見届けカンナは少し悦に入った。

――――――――――――
――――――

カンナは両手を組み、地面に伏せている少女に近づいた。

カンナ
「さてさて。たいまつのように燃え上がる姿を私に見せてくれ」

カンナ
「――暁美ほむらさんよぉ?」

インキュベーターが散らした黒い塊を五つ、失神したほむらの手甲に押し当てる。

カンナ
「まだ足りないのか」

まるで動きがなかった。
もう五つキューブを拾い、穢れを浄化するとほむらの手がカンナの足首を掴んだ。

カンナ
「くそっ。起きろよ、暁美ほむら」

ほむら
「貴女は・・・えっと」

カンナ
「はあいコンバンハ。ご機嫌いかがかな?」

ほむら
「その声、聖カンナね・・・。ふふ、弱ったころを狙うなんて小物にもほどがあるわ」

カンナ
「助けてやったのに随分なご挨拶だな、感謝しろよ」

ほむら
「助ける? いつ私を助けたというの・・・?」


カンナ
「今、だよ。今。巴マミを追い払ってやったんだ。
ふて腐れてないで、少しは恩義を感じたらどうだ」

ほむら
「余計なことを。私の戦いに乱入するならともかく。巴マミを逃がすなんて!」

カンナ
「おお済まない、巴マミも恨んでいたんだっけ。
でもいいじゃあないか。美樹さやかと佐倉杏子は最終的に殺せたのだろう?」

ほむら
「教える気は無いわ。消え失せなさい。最後まで私の結界に近づかなかったツケよ」

カンナ
「私の質問に口答えするか。なら今すぐ雌雄を決する必要があるぞ」

ほむら
「はぁ・・・今の状態では満足に戦えない。・・・いやな奴」

カンナ
「ふん。志半ばで死ぬのは恐ろしいだろう?」


ほむらは目に入った血を袖で拭って静かに答えた。

ほむら
「あの二人を殺したのは私ではなく巴マミ。
監視していると思っていたけれど、貴女って実は暢気なのね」


カンナ
「巴マミが・・・? まあいいや。痴情のもつれには興味ない」

ほむら
「その適当さ加減、身を滅ぼすことになるわよ」

カンナ
「・・・私にとって重要なのは、今までに魔法少女が何人死んだのか、だけ。
目視での監視は無意味なんだよ。コネクトが切断されているか、定期的に確認するだけで十分なんだ」

ほむら
「定期的に・・・確認? へえ」

ほむら
「Connectの性質が読めてきたわ。
だれかに接続するときには、情報の書き換えや洗脳を必要とするのね」

カンナ
「概ねそんなところ。操作に失敗したら、死亡したと簡単に判断出来る。
これだけ頭が切れるのなら、私が暁美ほむらに接続しない理由がわかるだろう?」

ほむら
「私の人格を崩すのが嫌。或いは生死を確かめる必要が無い」

カンナ
「正解では無いが、悪くない答えだ。もしかしてインキュベーターが話してたか?」

ほむら
「プロドット・セコンダーリオの複製体は一言も。勿論、キュゥべえもね」

カンナ
「まさかアレを見破ったか・・・。それともアイツが私を裏切って話したのか」

ほむら
「・・・前者よ」

にやりと微笑んで答えた。


ほむら
「お陰で謎が解けた。美樹さやか達だけでなく、呉キリカや志筑仁美にも生死の確認をしていたのね。
だから、死の間際に不自然な言葉を吐いたり、よくわからない行動をした、と」

カンナ
「ご名答。ただ美樹さやか達には苦労させられた。
知っててお前が動いてたのかと思うくらいに、何度も生き死にを繰り返した様子だからな。
本当に死んでいたときの喜びはひとしおだったが、とてももどかしかったぞ」

ほむら
「魔力を削れて嬉しいわ。プロドット・セコンダーリオと複数へのConnect、とっくにボロボロでしょうね。
死ぬ間際になったら私を呼んでくれると嬉しいわ。大笑いしながら射殺してあげる」


カンナ
「魔獣のお陰で回復は手軽だったぞ。根底にはお前の大活躍あってこその大繁殖なのだが。
それにね、複製体は独立思考型。お前が造ったコピーみたいなものだよ。魔力は殆ど食わない」

カンナは自分の首筋を指差してふっと笑った。

ほむら
「ん。なら私の付き人同様、その子も裏切るかもしれないわよ」

カンナ
「私はお前じゃあない。余計な魔力は与えてないから、とっくに朽ち果ててるさ。
時間稼ぎ、かずみの排除誘導、巴マミの啓発、と存分に働いてくれただろう」

ほむら
「貴女は、私に刃を向けた付き人をよく知っているようね」


ほむらは額に手を当ててしばらく沈黙する。


ほむら
「思い出した。あの愚か者は、ヒュアデスを知らしめる、と喚いていた・・・」

カンナ
「もう終わったことだろう」

ほむら
「ふふ、怒っていないわ。むしろ感謝してる。未来の危険性に、いち早く気づけたのだから」

カンナ
「何故笑うんだ? 全く感情が読めない。お前のご機嫌取りは大変だよ」

ほむら
「なら優秀な複製体に一任しなさい。同じ顔をした貴女ほどボロは出てないし、お喋りでもないわ」

カンナ
「恨まれてるねえ。どこまでも喧嘩腰、友達を無くすぞ」


ほむらの表情がみるみる青ざめてゆく。
引っかかった、とカンナは内心ほくそ笑んだ。



ほむら
「忘れてたわ。友達は創るものよ! わかったらどきなさい。
巴マミを追わないと・・・あの子が殺される」

カンナ
「生まれてもいないものが殺されるだと? 新しい生命を創れる保証はどこにもないだろうに」

ほむら
「邪魔者を殺してから創るの。面白いサンプルは手に入ったし」

カンナ
「サンプル? サンプルとは何だ」

ほむら
「ああ、貴女は見てないのだから知らないものね。とてもいい実験体を手に入れたの」

カンナ
「鹿目詢子は必要なくなったのか? 私なら提供出来なくも無いが」

ほむら
「喉から手が出るほど欲しいけど、今の行方を知っているのは志筑・・・まさか!」

カンナ
「自ずとそうなる。私は、あの女性の居場所を知っている唯一の存在。
志筑仁美を複数の手段で操っていたのはこの私なんだから」

ほむら
「ああ゛っ! どこまで邪魔をする気なの!」

カンナ
「知りたいんだろう。教えてあげるのもいいけど――簡単には教えられないよ」

ほむら
「それを餌に私を利用する気ね?」

カンナ
「取引と言ってくれ。こればかりはお前の、暁美ほむらの誠意次第なんだ」


ほむら
「一つだけ聞きたいことがある」

ほむら
「貴女の複製体は『人類に消えてもらう』と言っていた。私のキュゥべえは『人類を滅ぼす』と言っていた。
貴女の目的はどっちなの? 事と次第によっては、自力で探すことにするわ」

カンナ
「余計なことを喋ってるな、あの複製体。まあいい、私は暁美ほむらとゲームがしたいんだ。
だからどっちでもないよ。私は人類を手にかける気は無い。誓ってもいい」

ほむら
「そう、なら取引をしましょう。早く貴女の求める報酬を言いなさい。
どうせ浄化に関する知識が欲しいのでしょうけど」

カンナ
「知識? お前は勘違いしているのかな。人間の魂に穢れを移して浄化するシステムは一見魅力的だが、
人間や魔法少女に直接ソウルジェムを突き立てる手法はリスクが大きい」

カンナ
「お前のコピー体から解析した魔力の回収装置ごしなら私でも浄化できるし、
本来、イーブルナッツはそれを応用して造った生成物だ」

ほむら
「じゃあ聖カンナ。貴女は私に何を要求するの? 皆目検討が付かないのだけど」



カンナ
「私を楽しませてくれればいい」

カンナが笑う。
ほむらも笑みを浮かべた。



ほむら
「えらく抽象的ね。らくがきちょうと絵本、どちらが貴女好みかしら。
それとも砂場で遊ぶためのスコップが欲しいの?」

カンナ
「・・・醒めた。醒めたよ。今日はお開き、もう深夜だし」

カンナ
「明日、鹿目詢子が住んでいた家に七通目、最後の手紙を渡しに行くから待ってろ」

カンナ
「一つ補足しておくと、あの女性はもう日本には居ない。
この街の魔法少女に襲われる心配はない代わりに、私に協力しないと見つからないと思え」

ほむら
「ご親切・・・痛み入るわねえ。聖カンナさん?」

足取り軽やかに、カンナに背を向けて、ほむらは颯爽と立ち去った。



カンナ
「皮肉が過ぎるな、あの女は。とても十四とは思えない。
・・・さて、私も幾ばくかの休息に入ろう」


カンナ
「思えば、気の遠くなる一日だった。
魔獣を倒しては回復、コネクト、の連続で気が狂うかと思ったぞ」


独り言。回想。
紙切れも取り出して細部の確認を行う。




見滝原の住民を洗脳魔術と薬品で煽り立て、鎮圧部隊上層部等へのコネクト実行。
巴マミに接触し、代替案に移行。呉キリカの死亡を確認。

カンナ
「上々だった。しかし、民間人を襲っても平気な顔してるなんてなあ。
暁美ほむらの苦悩する表情を楽しみたくて頑張ったのに」

志筑仁美が契約した直後は、具体的な契約条項を調査。
テレパシーを通じて複製体に命令を繰り返した。

彼女に転送魔法を使わせて、かずみの死体とチップ付きの砕けたソウルジェムを視認。
記憶と魂はそのままに、完全なヒュアデス製の「かずみ」として新たに造り変えての再転送。

カンナ
「契約条項の変更を知ったときの様子は・・・見ておいたほうが良かったか。
相変わらずインキュベーターは無表情で、暁美ほむらも似た感じだったんだろうが。

カンナ
「盗聴器を回収して確かめればいいか。十中八九壊れているだろうけど・・・」


暁美ほむらを誘導、美樹さやかと佐倉杏子に挑ませる。
コネクトで定期的に情報を送り込んで、二人の生死の確認も怠らなかった。

たとえば、マミが来る前に二人が死んでいた場合、戦い終えたほむらが音信不通になるかもしれない。
現にコピー体との抗争後、幾日か行方知れずとなった。
そうなるとカンナ直々にマミを言いくるめて、ほむらのもとに案内する必要性が生じる。

カンナ
「この件については・・・運が味方したかな」

カンナ
「巴マミもあの場所に居なければと憂慮していたが、要らぬ心配だった。
なんとか暁美ほむらとの戦闘に突入して、街中で暴れてくれた」

カンナ
「そして巴マミの可能性に気づけたのは大きい。
あれほどの実力なら、役立つ日が来るのかもしれないな」


カンナは今日一日を振り返って満足した。

美樹さやか、佐倉杏子の生存と、巴マミの遅延によって、結果的には多くの人間が自滅したのだから。


加えて、街に多くの罹災者が出たことで魔獣も今まで以上に湧き出てくる。
魔法少女の数が激減したこともプラスに働くに違いない。


あすなろ、風見野、見滝原。
大都市に湧く無数の魔獣をいったい誰が鎮圧出来るのだろうか。



放置された魔獣は、巡り巡って聖カンナの計画に味方する。
人間のマイナスの感情を動力源とし、魂を吸い上げる魔獣はまさに「聖」職者。

カンナの考えに同調しているかと思うほどの都合のよい存在だった。


カンナ
「さあさ、お立会い――」

カンナ
「暁美ほむらに殺されるか、おのれの感情に殺されるか。二つに一つ。
ヒューマンの皆さん、もうゲームはクライマックスだ」


カンナ
「滅びる過程を私に見せてくれ! 無駄な抵抗で私を楽しませてくれ!」

カンナ
「ああ最高だ! 最高すぎる!」


あまりの歓喜に息が小刻みになる。
カンナは気の済むまで、心行くまで、絶頂に等しい興奮に体を浸した。


――――――――――――――――――
――――――――――――


カンナ
「くはっ、笑いが漏れる。これじゃ不審者だ。早いところ魔力を集めて肉体を休めないと」

カンナは地面に散乱したグリーフシードをひとつひとつ丁寧に拾い上げて胸元に抱えた。

カンナ
「路上に散ってるので十分か。魔獣を見るのは当分ゴメンだ」

歩みを進めてみると、脇道にも幾つかキューブを発見した。

カンナ
「全部で二十個くらいか。インキュベーターを屠ったとき、もっと沢山飛び散っていた気がしたが・・・」


最後の一個を拾い上げようと手を伸ばすも、
キューブと地面は糸で丁寧に、しっかり縫い付けられていた。


カンナ
「これは、ただの糸じゃあないな。
人智の及ばぬ力でないと地表は貫通できない」

カンナ
「なんだ。キューブの上に護符を描いているのか。
嫌だなあ、サトールの方陣が転がり落ちているなんて」


瞬息。

カンナが顔をあげると一発の鋭い銃声が響いた。

衝撃音。


魔法の弾丸は、正確に最外部のソウルジェムを粉々に砕く。
勢い余って皮膚に銃弾が到達。
カンナの頭板状筋を引き裂いて、第三頸椎から第六頸椎を完膚なきまでに破壊した。


雹のごとき一撃。
聖カンナの喉首が文字通り四散し、頭部がゴトリと落下する音だけがこだました。







頭部を拾い上げてファーストエイド。


治癒開始。


終了。


「・・・」

「・・・」

カンナ
「今の魔力の波動――巴マミ。よくもやってくれたナ?」

マミ
「嘘。あなたは魔法少女のはず・・・」

カンナ
「当たり前だろう、私は魔法少女だ。
ありったけの血を抜かれても魔力ですぐ元通り。キュゥべえから聞いているはずだ」

マミ
「強化魔法を施した一発よ、あなたのソウルジェムは完全に破壊されて・・・」

カンナ
「それはデコイラン。囮だよ。
何が悲しくてお前たちに弱点を見せびらかさないといけないんだ?」

マミ
「性根は隅から隅まで腐っているのに思考だけはまともなのね。
首じゃないなら、手かしら、足かしら、それとも頭の中?」

カンナ
「何故構えを――そうか、私に挑む気か。
イイね。だが、しかし、勝算はあるのか?」

マミ
「勝ち目のない戦いはしない主義なの」

カンナ
「威勢はいい。なるほど、魔力の容量、波動は私を圧倒している。
体力も気力も全快のようだな・・・。けど、魔法の知識と手数、多様性は私の足元にも及ぶまい」

マミ
「コネクトの真骨頂ね。一つ一つ対処して確実に仕留めるだけだわ」

カンナ
「気安く言ってくれるな。ヒュアデスに反抗したことを今すぐ後悔させてやる。
私の魔術に怯えろ、苦しめ、ひれ伏せ、精々楽しませてくれよヒューマン」


――――――――――――――――――
――――――――――――


□深夜

鹿目邸宅が火だるまになっている。
ほむらもわかっていたのだ。並々ならぬ戦いの後には必ず痕跡が残る。

ほむら
「全焼はしていない。今からでも間に合うかしら」

鹿目邸宅に侵入し、火の粉を必死に振り払いながら、冷蔵庫へ向かう。

ほむら
「良かった・・・」

幾重にも梱包し、隠匿の魔術を施した大瓶を冷凍庫から回収する。

中にはプレイアデス聖団の血で造られた、かずみだったものが入っているのだ。
他の全てを失ったが、貴重なサンプルを保護出来た事でほむらは安堵する。
なみなみと注がれていた血液は凝固しきっているが問題は無い。

ほむら
「自宅も怪しいわね。燃え広がっていないといいのだけど」

眉をしかめて燃える邸宅をしばし見つめた後、失った魔力の埋め合わせをすることにした。



見滝原一帯には特別警報が発令されたらしく、人影一つ見当たらない。
人間は見つからなくとも負の瘴気が漂うこの街には、魔獣が次々と湧き出でている。

魔獣は餌の人間を求めて移動を開始している。

ほむら
「この方向は風見野。急いで追いかけましょう」

ほむらは弓を手に取り、グリーフシードを収穫しようと目論む。
魔力消費の激しいアローは禁じ手。身体強化も最低限に、とことん効率を重視して。




ほむらを支配していた昂ぶる感情は大分落ち着き、冷静さを取り戻していた。
ほむらがまず気になったのは複製体のこと。次にインキュベーターのことだ。



今はどこにいるのか。

あることないこと無闇やたらに考えた末、帰宅に至る。
見滝原を抜け、風見野を大回りした。
美しい朝焼けを見ていると疲れがすうっと取れた。


玄関で靴を脱ぎ、べっとり血が付いた衣服と格闘していると、お帰りの一言。
キュゥべえは一階中央のテーブルにちょこんと座っていた。

ほむら
「遅くなったわね。とても疲れたから少し仮眠を取らせてもらうわ。
細かい話は起きた後に。私が起きたらホットミルクを用意しておいて」

QB
「ほむら、ひとまずお疲れ様。避難するときに戦闘の痕跡を見たけど凄まじいものだったね」

私は焦げている白い生き物のしっぽを修復して、ソファに身を投げた。



目を閉じる。

夢を見る。

同じ夢を見た。


最初に見たのはあのとき。あの子と逢った日。巴マミの自宅で。
――次第に、頻繁に、この夢を見るようになっているのは気のせいではない。

あの子の名前を知りたい。黒塗りされたあの子の名前。



――ほむらちゃん

なあに。■■■。

――リボンに想いを込めてくれるかな

こうかしら。

――上手だよ

何もおきないわ。

――振ってみて

何もおきないわ。

――耳を澄まして

何も聞こえないわ。

――よおく、澄ましてみて



私は夢の中で麦の穂を振っている。
振るたびにあの子の声が聞こえる。名前が聞こえる――。

違う。あの子の名前を発しているのは私だ。

なのに。何で。私は。あの子の名前を。知らないのだろう。

違う。私が振っていたのは――麦の穂ではなかった。赤いリボンを振っていた。

私は正しい名前を発している。あの子の名前を発しているのは――やはり私だ。

あの子の名前を知らないんじゃない。やっぱり知っているんだ。
知っているだけ。思い出せない。■■■の部分は確かに発しているのに記憶に残らない。

■■■。私のただ一人の友人よ、貴女の名前を私に教えて。





夢の中で一頻り苦悩した後、重く軋んだ肉体を動かしてミルクを口に含む。
あの子の名前が思い出せない。思い出せないはずがないのに。
思い出せないことも思い出せなくなる日が来たらどうしよう。


不味い。ミルクから血の味がした。
苦よもぎのように苦くて、口にも腹にも苦かった。


QB
「あの三人と聖カンナはどうなったんだい?」

好奇心旺盛な猫は寝起きの私に話しかけてくる。
命が幾つあっても足りないぞ。

断片的な記憶を探りながら、美樹さやか、佐倉杏子、巴マミの末路を話した。
ホットミルクに砂糖を大さじ二杯。
ひざ掛けのしわを伸ばしながら聖カンナとのやり取りも話す。

QB
「巴マミは生きているんだね・・・。探し出さなくていいのかい」

ほむら
「今はやめておく。魔力も経験も足りていなかったの」



――巴マミ
相打ちを覚悟するほどの恐ろしい強さだった。同時に震えるほど歓喜したのだけど。
戦いに夢中になるあまり、魔力不足というお粗末な幕引きを迎えたことには自嘲を禁じえない。
黒翼での空間侵食で予想以上のリソースを割いた。発動する前段階で気絶してしまった。
当分は移動型の黒き翼で体を慣らしていかないと。



粗末と言えば、隕石のような強烈な一撃を中和してからの記憶が薄れはじめている。
リボンの魔力だけで戦っていたゆえ興奮しすぎたのだろうか。
今すぐ書き記しておきたいのに、キュゥべえは私に話しかけることで邪魔をした。

QB
「それで、聖カンナに関してだけど・・・」


ほむら
「聖カンナは私を利用する気なのだけど、まんまと乗せられる私ではないわ。
あの子を再び創りだして、行方を晦ませばいい。計画の要が私なのだから尚更ね」

詳細な戦闘記録、浄化回数、使用グリーフシード総数、時刻等をメモ用紙に書きなぐりながら答えた。


QB
「まずは五年耐えよう。複製体の言っていた事が真実なら五年のうちに人類が死に至る。
ほむら、キミが道を踏み外さないように見守りつづけるよ」

ほむら
「監視、と素直に言えばいいのに。貴方が望むなら、鹿目詢子の場所を特定し次第――」

ほむら
「――聖カンナを殺害してもいいのよ?」

にっこりと笑ってみる。
口元が引きつっていたかもしれない。


QB
「あくまでも味方に扮しておく積もりなんだね。良かった」

ほむら
「当たり前よ、アイツもあの子の障害成り得る。そうだ。複製体のことで貴方に嬉しいニュースがあるの」

QB
「嬉しいニュース?」

ほむら
「複製体のカンナは同じ顔が気持ち悪い、と言っていたのを思い出したの。
つまり自我があるし複製自体を嫌っている。さらに独立思考型の人形だと聖カンナが口を漏らしたわ」

QB
「ほむらが出て行った後、あの複製体も似たような事を言っていたよ。
彼女もまた聖カンナと神那ニコのような関係かもしれない」

ほむら
「敵の敵は味方、とは上手く言ったものね」

QB
「同感だ。キミの意見は参考足りうる。現にボクも面白い盲点に気がついているんだ」

そう言ってキュゥべえは寝起きの私をあろうことか二階に案内した。寝起きなのに。
物置の引き出しに――ソレが大切に保管されていた。

QB
「このままでは危ないから、御崎海香か美国織莉子に預けようと考えていたんだ。
勿論ほむらが外に持ち出す選択肢はあるのだけど、リスクが大きい」

ほむら
「回収お疲れ様。すっかり忘れていたわ。私は同じだった物で十分だから。
コレとソレを巧く使い分ければ策を練ることも出来るでしょう」

QB
「それで、この物体は誰に預けるのが望ましいか、キミの意見を聞きたい」


ほむら
「金庫――は冗談として、御崎海香はあり得ないでしょうね。そもそも生きているか怪しい。
仮に生きていたとして補助主体の彼女は戦いに向いていない」

QB
「やはり美国織莉子か・・・」

ほむら
「やはり? 一般人の子供に預ける気は無いわね」

QB
「実は昨日の昼頃、美国織莉子は魔法少女になった。
対立個体のインキュベーターが契約を取り結んだそうだ」

ほむら
「それは愚かね。願い事が叶うまでに五年間。飢え死にするのがいいオチだわ。却下。
そういえば、父親の美国久臣は・・・国防に一枚噛んでいた。彼ならオカルトを信じてくれるかしら」

ほむら
「いえ、その前に彼女の願い事は何?」


キュゥべえは躊躇うことなく契約の内容を話してくれた。
聞いておいて良かった。私を恨んでいる奴にどうして預けられるだろうか。
五年ルールというデメリットを前に、奇跡に飛びついた人間なのだ。信用できないに決まっている。


ほむら
「貴方は人間の執念に関して理解が足りてないわ。精進しなさい」

QB
「となると、ボク達が管理することになるけど、聖カンナからコレを隠し通す手段が無い。
戦闘能力は皆無だし、個体数が多い分、Connectに対抗するのは困難だろう」

ほむら
「厄介よね。そのConnectで機能停止にまで追い込まれたらお終いだわ。
貴方達インキュベーターに頼るのはとんでもない悪手のようね」


このまま引き出しにしまっておくことも考えたが、そこそこ厳しい。
かといって地下室に保管したところでどうにかなるものでもない。

埃まみれの狭い小部屋でぐるぐる歩き回って考えた。
どうして気づかなかったのだろう。
一人だけ。一人だけ、預けるに足る人物がいるじゃないか。


ほむら
「巴マミに預けるわ。彼女ならきっと受け入れてくれる」

彼女は私の敵だが・・・聖カンナの敵でもある。
そしてConnectに耐性を持っていたはずだ。巴マミの出任せかもしれないが。

敵にすがるのは正直いって不本意だが、私が持っていても邪魔になるのだから押し付けてしまえば良い。
巴マミの大局観と冷静さは人一倍、場の損得を見極められる人間なのだ。面倒見も良かった。適任に違いない。

――信頼は出来ないが信用は出来る。

QB
「魔力切れになっている可能性があるよ。本当に生きているのかい」

ほむら
「そうならないように命がけで救いなさい。貴方達の手で必ずソレを渡すのよ。
あのベテランはおめおめ死ぬような生ぬるい人間ではないけれど、手を打っておくに越したことはない」

QB
「分かったよ。背に腹は変えられないし、向こう側のインキュベーターにとっても悪い話じゃない。
早速、対立個体に接触して、終戦交渉と救命を依頼しておこう」

ほむら
「助かるわ。これで憂いは無いわね?」

QB
「そうだね。解決の兆しが見えてきたよ」

ほむら
「入浴してから、もう一度だけ仮眠を取るわ。
起きたらアイスミルク二百ミリリットルにブラックコーヒーを百ミリリットル、よろしく」


一階に戻り熱々のシャワーを浴びる。
私は再び麦の穂の夢を見る羽目になった。




QB
「おはよう。もう日が暮れかけている。夜になってしまうよ」

ほむら
「くしゅん」

大きめのマグカップ片手に、軽食を摂る。
血液の入った赤黒い大瓶を忘れずに取り出して、準備完了。

ほむら
「鹿目邸宅へと向かいましょう。聖カンナが何時間つっ立っているのか、今から楽しみね」

QB
「ほむら。向こう側のインキュベーターが魔法少女を連れて巴マミを捜索している。
美国織莉子が居るから、遭遇したときに何が起きるか分からない。
一応話はつけているけれど交戦しないように計らってくれると助かるよ」

ほむら
「はぁ。殺されないように気をつけるわ」

移動型の黒翼で滑空することも考えたが、徒歩で向かうことにした。
魔力はまだまだ足りていないのだ。魔獣を探しつつ鹿目邸に行けば両得と言うもの。

左手で瓶を抱え、右手には弓という傍目には不可思議な格好で見滝原を闊歩した。




ほむら
「確かにここだったはず」

鹿目邸宅らしき場所には着いたが、何も無かった。何も。
正確に言えば焦がれた瓦礫の山があるだけ。付け加えると巴マミらしき魔力の残り香があった。

巴マミはどこに居るのか、と問うとキュゥべえはわからない、と答えた。
私達の苦しい苦しい命の削り合いから十四時間は経っているのに何故見つからない。何処へ消えた。


死んでしまったのかしら。


ほむら
「変ね、瓦礫と化しているのはこの家だけでは無い。ここで戦闘があったと見るのが自然なのだけど。
私がコレを回収したときは、普通に燃えているだけだったわ」

QB
「巴マミは運悪く、聖カンナと交戦した可能性がある」


街中に鎖縛結界が敷かれている場合、大規模な戦闘が起きたとしても音や光、魔力は漏れにくくなる。
しかし流石に、住宅を数件破壊する程の攻撃なら、私も、キュゥべえもすぐに気づくはずだろう。

私に気づかれたくないがために、別種類の強力な結界を展開して――。
なんて、考えても一向に答えは出ないのだから気にするだけ無駄だった。


ほむら
「どうでもいいわ。聖カンナも居ないし自然公園で暇を持て余しましょう。
巴マミも家を壊しちゃうくらい元気そうで光栄の至りね」

とまあ皮肉のひとつやふたつ言い捨てたくなる気持ちを察して欲しい。

よろよろ接近してくる魔獣を何度も叩き潰す。憂さ晴らし。
グリーフシードは落とさなかった。こいつも人魂を吸っていない。
ハズレばかりだ。


QB
「公園なら視界が開けて不意打ちにも対応できるだろう。
聖カンナと対面するなら相応の容易が必要だし急ごうよ」

わかってるわ、と吐き捨てて壁にへばり付く魔獣にスイングを決めた。


瓦礫が火を上げて道を塞いでいる。
時間はたっぷりあるのだから迂回して公園を目指せばいい。


小道を右折。直進。右折。行き止まり。Uターンして右折。直進。


QB
「潔く空を飛んだら早いんじゃないかな。そうすれば聖カンナはすぐにボク達を見つけるだろう」

ほむら
「魔力が勿体無いわ。いつ来るか、来るかどうかすらわからないのに此方が急ぐ道理はない」

QB
「そういう考えもある。ほむらが楽しいなら付き合ってあげるよ」

ほむら
「貴方も冗談みたいなこと言うのね。退屈に決まっているじゃない」


キュゥべえとのんびり歩きながらヒールでメロディを奏でていると――。
何かがフラフラと近づいてくるのであった。


何か、である。魔獣には見えない。
心底驚いたとでも言えばいいのか・・・。
いや、驚いたのだ。ソレを見て私はすっっっごく驚いた。
とにかく驚きの連続で目を疑ったのは確かだ。


赤黒い瓶を落としそうになった、と言えば私の混乱具合がわかるかしら。
非常に驚いた。叫びそうになった。
立ち尽くす私にソレが声をかけてきたのだからまた驚いた。



『よお、鹿目の家に居ろと言ったじゃないか。どこをほっつき歩いているんだ』

ほむら
「聖・・・カンナ・・・・・・よね?」

カンナ
『見れば分かるだろう。手紙を渡しに来たと言うのに・・・。
鹿目詢子のことはどうでもいいのかな』

ほむら
「どうでもよくない。ただ、あそこは何も無かったから貴女が来るまで時間を潰していたの」

カンナ
『ハッ、嘘は良くないぞ。うろうろし過ぎだろ。徘徊じゃあないんだから』


カンナは軽口をたたいている――彼女の口は欠落しているけれど。


ほむら
「何故そう思うの。自分の憶測を過信しないことね」

カンナ
『お前は罠にかかったんだよ。罠。散々忠告してあげたのに。罠。罠。
志筑仁美の料理を食べてしまったのだろう? 喰うなと念を押してあげたのに。
志筑仁美の飲み物を飲んでしまったのだろう? 飲むなと念を押してあげたのに』

ほむら
「はあ? それとこれは全然関係ないわよ」


カンナはやれやれと肩をすくめて首を振った――彼女の右肩も欠損している。

――さすがに首はある。

ただ、標本のように筋繊維が剥き出しになっていて・・・甲状腺かな。
外頚動脈も丸見えどころか静かに脈打っている。グロテスクだ。


カンナ
『家具・・・椅子は私の手造りだ。複製体の殺害用に造り、複製体に運ばせた。
水も食べ物も・・・私の手造りだよ。遠隔操作で志筑仁美に運ばせた』


QB
「手造り・・・どういうニュアンスだい?」

カンナ
『あの卵料理――ドゥエロス・イ・ケブラントスは私なんだよ。
卵の臓物和えと日訳されている通り、聖カンナの臓物和えだったわけだな』

カンナ
『あの料理は私の一部なのだから独特の波動を発している。
お前の位置情報くらいなら簡単に探知出来るわけ。わかった?』

ほむら
「文字通り一杯食わされたわけね」

カンナはフンと鼻を鳴らして――鼻はあるわよ。

カンナ
『戦闘と消化で臓物和えは大分失われているが、こうしてお前を追うことは出来たんだ。
もう役目は終えた。好きに洗浄でもすれば良い』

ほむら
「凝っているわね。発信器を取り付ければいいのに頭の固い奴」

カンナ
『どこがだ。極端な濃度の魔力は機械の回路を破壊しうる。お前のような魔法少女には使えないよ』

カンナ
『で、それは。その瓶は何だ。気持ち悪い』

ほむら
「これがサンプルよ。ヒュアデスの貴女なら言わなくてもわかるでしょう?」

カンナ
『ほう。鹿目の家を調べても見つからなかったから心配していたんだ。
複製体に事後処理を命令していたが・・・。この状態ならお前の手に渡っても別に害は無いな』

ほむら
「貴女の事情なんてどうでもいいから早く渡しなさい。手紙を」


瓶を丁寧に収納し、カンナの左手から手紙をもぎ取った。

内容を確認する。


【□□□□□ □□ □□□□□□□□□□

□□□ □□□□□□□□ □□□ □□□ □□□□□□□□□】

なんだこれ。
なによこれ。


QB
「なんだい。この四角は」

カンナ
『鹿目詢子の居場所だよ。気が向いたらワードを一つずつ教えてやる。
そういうゲームがしたくなったんだな』

ほむら
「ゲーム?」

カンナ
『ん。お前は時機に魔法少女全体から忌み嫌われ、恐れられるだろう。
現に幾つか悪名がまとわり付いてるのが最大の論拠になるわけだ。
そんなバケモノが世界に放り出されたら、国外の魔法少女達は黙るはず無い』

カンナ
『気狂いのお前を排除しようと、世界中から正義の味方が押しかけることになるんだよ。
そいつらを返り討ちにして、私を楽しませてくれ。褒美にワードを教えてやろう、というゲームだ』


大人しく従っていれば五年で人類は終わるのか?
うんともすんとも言い得ぬルール説明に困惑を覚えた。

返り討ちも何も、積極的に私に牙を向ける人間がいったい何人居ると言うのだろう。
そう都合よく魔法少女が襲ってくるはずがない。気狂いは聖カンナの方だ。


カンナ
『あの子、とやらと有象無象の人間。お前はどっちが大切なんだ?』

ほむら
「あの子よ」


理解できない質問だ。あの子に勝るものは無いのに。ありえない。考えられない。
安心したぞ、と聖カンナのテレパシーが飛んできたわけだが。
その程度で安心するなら一生安心していなさいと言い返したくなった。
口には出さない。表向きは従順であれ。


カンナ
『私が直々にお膳立てしてやろう。名は体を表す、と言うことで・・・。
決闘と悲劇の料理名に因んで、まずはスペイン。
――総勢九十一人の魔法少女が世界平和のためにお前を狙うだろう。
あの子、なる者と邂逅したければ生き永らえてみるんだな』


キュゥべえは此方を見て首を傾けている。
私の答えは初めから決まっていた。


ほむら
「望むところよ。お互い楽しみましょうね」


握手は交わさない。
お互いに交わそうとすら思わないはず。


カンナ
『一足先に現地で待っているよ。準備があるのでな。
連絡手段は手紙の裏にある電話番号かインキュベーターのテレパスで』

ほむら
「ええ。ところで聖カンナ。その風貌はどういう風の吹き回し?」


聞いておきたくてうずうずしていた。
カンナの体は所々欠落し、派手な焦げ目が右半身に集中している。
何かをぼとぼと零しながら活動するその汚らしい姿は完全に人間を辞めている。


カンナ
『他愛のない事。しくじった。それだけだ』


外見の修復もままならないほど魔力を消費したらしい。
カンナは胸元にある鍵穴のような刺青を指差して、多分、笑っている。

風見野で手に入れた新鮮なグリーフシードを五粒与えてやった。



かくして鹿目詢子、あるいはそれに類する素体探しと研究が再開する。
表向き聖カンナと手を組んだ形になるが、この期に及んで世間体など気にしていられない。
舞台が変わるのだ。
あの子に逢うためのエレガントな方法には事欠かないはず。

特に西欧は「死」の思想に明るい。

魔法円、魔術、呪術、印、詠唱は魔法少女個々人で様々だが、
私は見滝原の図書館でエッダ、ソロモンの鍵等の翻訳本を読み漁り、その術式イメージを具現化していった。

魔法への理解を深めた。
強固にしていった。
堅実に、着実に知識を積み上げていった。


イギリスやフランスは錬金術が盛んな魔導都市が多かったと聞く。
レメゲトン、黒い雌鳥、ネクロノミコン、アブラメリン、聖ヨハネの黙示録等の原著に触れる機会も自ずと与えられるだろう。
それだけ私が得る道標は増えていくのだ。


もうすぐ。もうすぐあの子に逢えると信じて止まなかった。


――――――――――――

苦よもぎ。本文中のどこに忍ばせても目立つのでいっそ説明しようかなと

雹と火、隕石、この次が苦よもぎ。三番目ですね
フレーズをこっそり混ぜてから、前スレ400辺りの副題で二度、露骨に提示しました

以降、徐々に頻度を上げて目立たせたんですが
「苦よもぎ」
こいつだけは本文中に出るとなると気になって気になって

書き溜めでは1260もイナゴも二億も唐突なのでもう開き直ります


余談ですがニガヨモギの学名はアルテミスが由来です
「ヨモギ属」で調べれば出るかも

アルテミスは遠矢射る女神として、人間には見えない矢を放ち、次々と殺していきます
人間の視点で見ると、災いそのもの。疾病と死を司る存在なのです

これはSS内で露骨に提示した気がする

因みに、ティロ列車砲にくっ付いてる鹿はアルテミスの聖獣、ケリュネイアの鹿が元ネタかなと
銀のチャリオットを鹿さんが牽引する姿はまさに月女神アルテミス。月はとある映画で半分裂けちゃいましたが
鹿さんはヘラクレスの12の難業にも出てきますね

閑話休題
ニガヨモギは死の象徴であり、花言葉は愛別離苦や不在と言えばそれっぽいでしょうか

と、どうでも良い事でした。良いお年を。


□見滝原

海香
「暗黒の瘴気が街中を支配していて見つからなくてよ。
美国さん、吐き気はない? 異変を感じたらすぐに言いなさい」

織莉子
「この程度何とも・・・。御崎さんこそ、体力に気をつけて。
もしものことがあったとき、御崎さんの回復魔法に頼るしかありませんから」


ほむらに組する離反個体からの救助要請を受けて、慎重に捜索を開始するも既に明け方。
暁が見滝原を薄墨色に染め上げている。


海香
「おかしいわね・・・。何度探査魔法を用いても、この地点からそう離れていない。
特に戦闘も起きていない地域だし、どこかに隠れてるにしても・・・流石に」

織莉子
「もしかしたら視界や座標を惑わす魔法が掛けられているのでは。
街を一通り歩きましたが、探査が反応を示し続けるのは妙だと思います」

海香
「魔法除去は使ったわよ。大抵の魔法は解除されるはず」

QB
「海香、強力な除去魔術を使ってみてくれないか」

海香
「ニコの忘れ形見に出遭っても知らなくてよ。それを承知で私に使えと言うの?」

QB
「マミと暁美ほむらが戦ってから随分と時間が経った。
離反個体がマミの生存を報告してきたけど、今現在は危険な状態にあるかも知れない。
聖カンナの気配も感じられないし、そろそろ無茶をしても良い頃だと思うんだ」

織莉子
「私も同意します」

海香
「はいはい、分かったわ。魔力を蓄えるからちょっと時間がかかるわよ」

印を結んで二十分後。
御崎海香は五百メートル大の青白い膜を地に這わせたのだった。


――――――――――――
――――――

鉄橋の近くで巴マミは発見された。
強力な隠蔽の魔術を除去してから二時間後のことである。
捜索開始から既に十九時間が経過していた。


織莉子
「そ、ソウルジェムは無事だけど・・・。あぁ! 身体が・・・身体が・・・!」

海香
「美国さん、今すぐソウルジェムを百メートル以上離して浄化。いいわね?
今の状態で意識が回復するのは精神にとても良くないわ」

織莉子
「は・・・はいっ」


QB
「生憎グリーフシードの量が足りていない。海香は鮮度維持を終えたら下体の捜索を手伝ってくれ。
マミはボク達が運んで織莉子の家に匿う。なるべく魔力に依存しない形で経過観察するよ」

海香
「美国さん? 早くここから離れなさい。聞いてるの?」

織莉子
「血。血でべっとりしてるの・・・。ソウルジェムが・・・血でひどくて」

QB
「何をしているんだ。距離をとって穢れを取り除くんだ」

織莉子
「あ、あぁ・・・お医者様を。お医者様を呼ばなくちゃ・・・」

海香
「もう! ソウルジェムを寄越しなさい。
キュゥべえは予備個体を呼んで体内外リンクの切断。代わりにやって!」




ここはどこかしら。
天国ではなさそう。地獄でもなさそう。
どうもボンバルダメントを放った瞬間から記憶が抜けている。
今さっきまでマスケット銃を握り締めていたはずなのに。
こうして横になって呼吸をしている以上、まずい状態ではないと思うのだけれど。

でも、両足が固定されていて思うように動かない。
首も動かしにくくされているみたいだ。
声だってあまり出ない。呻き声は出せるけれども、意味のある言葉は紡ぎ出せない。

病院のベッドかと思ったけれど、目を左右に動かすと絵画や置物の数々が見て取れる。
ここが美国さんの家だとわかったのは、上から不意に私の目を覗き込んで、慌てふためく彼女の姿を見たからだ。


「キュゥべえ! 御崎さん! 巴さんが! 巴さんが!」


そのままどこかに消えてしまった。バタンと扉が閉じる音を最後に、重い静寂がおとずれる。
聞きたいこと、話したいことは山ほどあるのに。たったひとつの手がかりが私を置いて行った。

手のひらで顔を覆ってため息を吐く。とても長いため息。
ここで手が動くことにやっと気づいた。とても丁寧に包帯が巻かれていて、心地よいくらいの白さ。
だけど点滴の管が針を引っ張っていて痛い。



透明なチューブに赤い血が逆流していた。


何年も寝たきりかと思うくらいの退屈具合に酔いそう。

心臓の鼓動も聞こえなくて。

窓と天井の間を眺めているとカタンと物音がして、誰かが入ってきて。
急に視界が光でいっぱいになって、上半身がちくちく刺されて。

あ。キュゥべえ。

QB
「対光反射はある。触覚は確実に戻っている。マミ、ボクの姿は見えるはずだね?
キミは一時的な失語症に陥っているけど、内言語は良好だ。すぐに話せるようになるだろう」

内言語って何だろう。とりあえず頷く。
美国さんと御崎さんはどこに行ったんだろう。

QB
「しかし、無茶をするね。使い物にならなくなった体をリボンで繋いでまで戦ったんだ。
筋肉や神経がぐちゃぐちゃになっていたんだよ?」

ちょっとだけきつい口調だ。
ごめんなさい。

QB
「突然だけど、マミにお願いがあるんだ。海香にも織莉子にも内緒だよ」

マミ
「何、かしら」

精一杯の力で声を紡ぎだす。
頭は元々クリアだ。理解は出来るはず。

QB
「暁美ほむらから荷物を預かった。誰にも見つからないように保護して欲しい」

マミ
「荷物程度なら良いわよ。断る理由はないし」

今度は息をするように言葉が出てきた。自然回復様々――そ、そうよ。


マミ
「暁美さんと聖カンナさんがどうな――」

QB
「暁美ほむらは聖カンナに靡いた。お互いに国外へ逃亡するらしい。
離反個体が言うには表向きの協力、とのことだけど・・・信用できるかは定かではないね」

聖カンナは生きていたんだ。ああ、なんてこと。

マミ
「キュゥべえ、私」

キュゥべえは首を横に振った。

QB
「見滝原のような惨状を未然に防ぐべく、幾つかの魔法少女組織が立ち上がっているのも事実だ。
でもね、マミ。キミは追いかけたら駄目だ。この街に湧き上がる魔獣を駆除するのが優先だよ」


マミ
「魔獣。魔獣はどれくらい増えているの?」

QB
「今は安静に。魔力で急速に回復させるのも禁物だ。過度に使うと中毒を引き起こしてしまう」

マミ
「私の使命なの。街を護らないといけない。いますぐにでも・・・」

QB
「見滝原の人々は大半が避難している。湧き出た魔獣は海香と織莉子がペアで退治してるから今は養生してくれ。
別に気に病む必要は無いよ。元気になってから取り戻せばいいんだから」

マミ
「美国さんも戦っているの?」

QB
「契約条項が変更されてからボク達も一部手探りだからね。
織莉子は貴重なプロトタイプ一号だ。データの収集はしておくに越したことはないよ」

マミ
「止めて。今すぐ止めて!」

QB
「どうして?」


マミ
「願い事も叶わないのに戦いの場に出すなんてどうかしてるわ。
美国さんはこのルールを知らずに契約したのでしょ? あまりにも残酷よ」

美国さんが巧みに魔力を使う姿を想像するだけで、ただならぬ悪寒がした。

QB
「それでも織莉子は戦わないと生き残れない。既に魔法少女なんだから」

マミ
「だったら。だったら私が美国さんの分のグリーフシードも集める。
美国さんは父親の見滝原復興に力添えでもしていればいいのよ」

QB
「どうしてそんなに拘るんだい?
これから生まれる魔法少女は皆同じ段階を踏んでいくんだ」

マミ
「美国さんは危険なのよ」

QB
「危険? どこにでも居る普通の少女じゃないか」

マミ
「美国さんが利用されることが危険なの」

ある意味、美国さん自体が危険だと思った。

QB
「なるほど。彼女の、今の願いかな」


マミ
「きっと誰かに利用されるんだわ。あの子は暁美さんを知り尽くすことを望んでいるもの。
なるべく日常に置いて、考えを改めるまで待ちましょうよ!」

QB
「願い事の変更は出来るけど、履行は五年後だ。果たして五年後に人類は生き残っているのかい?
緊急時に備えて、戦力を一人でも増やしたほうがいいとは思わないのかい?」

マミ
「それは・・・私が二人分動けばいいんだわ。人々を守って、戦力にもなればいいのよ!
キュゥべえこそ、どうして美国さんに拘るの? 女の子は世界中にいるじゃない」

QB
「どうしても織莉子を戦わせたくないようだね。わかった。
防衛術の訓練を集中的に習得させよう。ただし、魔獣退治はマミに任せることになるよ」

マミ
「それでいいの、キュゥべえ。全部私のせいなのだから」

QB
「マミ・・・。焦る気持ちは分かるけど今は心と体を寝かすことだけを考えて。
織莉子も海香も辛い思いをしてるけど、フォローはボク達でしているから心配要らない」

マミ
「苦労を掛けるわね・・・」

QB
「ボクには感情が無いからね。苦労というものは良くわからない」

――――――――――――
――――――




体は絶対に動かさないように、と言い残してキュゥべえはどこかに消えた。
美国さんは最後まで戻ってこなかった。
それが気持ち悪くて、同時に気が楽になる複雑な心境だった。
御崎さんとも合わす顔が無かった。


何より、自分はいったい何のために、何をしていたのかすらわからなくなる。
いっそこのままソウルジェムを砕いてしまえばとすら思ってしまうほど。
それが最悪の選択だと理性的に判断できたけど、抑えられる自信が無い。
気を紛らわせておかないとどうにかなりそうだ。

ニュースでも見ようと思った。
枕もとのリモコンを闇雲に操作し、ベッドをリクライニングさせて上体を起こす。

テレビを付けて一通り切り替えていくが警報を伝えるような青枠は一つも見当たらない。変だ。




「見滝原といえば、失踪者が相次ぎ、大規模ビル火災などの人災が記憶に新しいですが」

たまたま目に付いたワイドショーでは見滝原の惨劇などと銘打って評論家たちが様々な憶測を垂れ流していた。
たとえば、燃料工場に放置されたカーリット爆薬に引火したとか、天然ガスのパイプラインが破裂したのだとか、
新型兵器の輸送中に事故に巻き込まれて暴発してしまった、とか。

思わず息を飲む。

背面のフリップボードにはペプコン、ツングースカ、ミタキハラの比較がされている。
不安を掻き立てる色合いで彩られていた。

「死者・行方不明者併せて二千人超と前例を見ない大災害でした。原因の早期特定と罹災者へのケア――」

事務的な定型文句を並べて番組は終了した。
映像や写真の類はまるで無く、最後まで同じ調子で議論を交わしていただけだった。


「二千人・・・かあ」


嫌悪と後悔の濁流に押しつぶされそうになった。




「十七時になりました。本日、十月二十一日のニュースを――」


今になって一週間近く寝込んでいたことを知った。
電気が通っているんだからそれなりに時間が経っていると気づくべきだったのに。

新聞を取りに行こうとしてベッドから足を――下半身は固定されている。
ギプスで強く固定されているらしく、凍りついたように動かなかった。

石膏なら力ずくで外せるはず。
集中して魔力を高めるとむず痒い感覚が半身に流れ込んだ。

「あら?」

ふかふかのブランケットを勢いよく取って見るが、下半身には何の固定もされてない。
包帯は右足の太股だけに巻かれていた。中途半端な位置で途切れていて、端は血を沢山吸っている。
それどころか身に着けているものは、明らかに自前ではないひらひらの白いショーツだけ。

言葉を失った。


結局、普通に起き上がれたので部屋を歩いてみる。
出来立ての新品みたいに動いた。きっと脚だけは無事だったのだろう。


マガジンラックには様々な情報媒体があった。
国内外の有名どころの新聞は一通り揃えてあるみたい。
一面には外国人の少女の顔写真が二十枚近く窮屈そうに押し込まれている。
どれが、ではなく英字らしき新聞には大体決まってカラーやモノクロの顔写真が掲載されていた。

「嫌ね。玉突き事故だなんて」

これが別の事件や事故だったら手に取らなかったかもしれない。
ラックごと持ってくる勢いで雑誌や新聞を運べるだけ運んで、適当に置く。

ベッドの宮棚には小さな観葉植物や目覚まし時計が綺麗に並んでいた。
数個のグリーフシードとソウルジェムが仲良く横たわっている。

卵形状態のソウルジェムは久しぶりに見た気がした。

「かなり濁っているみたい」

命よりも軽いソウルジェムを持ち上げてまじまじと眺める。

――強く握ったら楽になれるかしら。

掌中に包んでから、本気で悩んだ。数回、ぎゅっと力を込めてみる。
冷たい。硬い。思ってたよりもずっと。

馬鹿な考えはやめなさい、と何度も言い聞かせた。
何とか、グリーフシードで穢れを取り除くとほんの少し暖色が浮かび上がった。

「あれ。これって・・・」


凝視した。
ベッドスタンドに近づけて凝視した。
まさか――。まさか――。そんな――。そんな――。


トクントクン。

心臓の鼓動がはっきりと聞こえる。

トクントクントクントクン。

鼓動はどんどん速くなっていき――


気がつけば。
窓を開けて、外に飛び出ていた。
魔法少女に変身してわき目も振らずに鉄柵を乗り越えた。

全力で走った。
無我夢中で走っていた。


――――――――――――
――――――


「やっと見つけタ」

血眼になって探し出した長身の白い化け物。
魔獣の群れが点滅しながらのろのろ移動している。

マスケットライフルを数丁生み出して砲列を組んだ瞬間、頭が真っ白に。

瞬き一回、無意識に全ての魔獣を蜂の巣に撃ち抜いていたようだ。
回収できたグリーフシードはたったの二個。


全然足リない。
もっと探さなイと。


次の群れを見つけ、その次の群れも一匹残らず屠った。その次の次も。
キューブを十個集めたころには、辺りはすっかり暗くなり、いつの間にか星空が天上を色濃く照らしている。

自宅近くにある思い出の公園を偶然横切った。
覚束ない足取りで立ち寄ってしばらく目を伏せる。

マミはベンチに座って、キューブを取り出す。
花柄の髪飾りを外し、どす黒く濁ったソウルジェムに恐る恐る触れさせていった。

一つ、二つ。

ジェムを月に掲げて見るが、真っ黒で何も見えない。
キューブを三つ、四つと触れさせていった。

ジェムを夜空に透かして見る。まだまだ黒かった。
五つ目のキューブを接触させると、淡い色合いが微かに見えた。


「・・・嘘」


それは見慣れた黄色だけではなかった。


一見するとミラクルに思えたが、呪いの印章とも見て取れた。
どちらであれ、あの世から咎められているように感じられた。

死を冒涜しているように感じた。生をも冒涜しているように感じた。


マミは嗚咽交じりの涙を流しながら六つ、七つとキューブを押し当てる。
穢れが消えていくにつれて、ソウルジェムがだんだん重くなった。

魂の重さだとマミは確信する。

そこに魂があるのは奇跡では無く、極めて理論めいた魔法の産物でしかなかった。



――奇跡なんて


全てのグリーフシードを使い終えると、マミは何度も咽び泣き、何度も吐瀉した。
今生の別れと再会の喜びを一緒くたにしてドロドロにかき混ぜた感情に溺れて。


「美樹さぁん・・・佐倉さぁん・・・」

「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」


魔法少女として生きることを誓った小さな公園。
――嗚咽し懺悔を繰り返しながら、友人の名前を何度も呼びかける少女の姿がそこにはあった


ソウルジェムはただひたすらに美しかった。


□ 一ヵ月後



マミ
「御崎さん、お久しぶり。元気にしていたかしら」

海香
「いい感じに絶望しているわ。巴さんも粋な計らいをするのね」

マミ
「これは偶然だったの。まさか牧さんとの思い出の場所だったなんて・・・知る由も無かったわ。
嫌ならすぐに場所を変えましょう。もう一軒改修を終えたばかりのお店があるの」

海香
「気にしなくていいわよ。さっ、早く入りましょう」


見滝原の喫茶店。
まばらな人通りのカフェテラスでマミと海香はラテを口にしている。


海香
「ここのラテは絶品だった。カオルと一緒に飲んでいたからかもしれないけど。
二、三ヶ月ぶりに訪れたとはいえ、こんな味だったかしら。もっと甘かった気がしたわ」


海香はガムシロップ片手に、思い出話に花を咲かせていた。
終始笑顔の海香にマミは真剣な表情で話を切り出す。


マミ
「御崎さん。本題に入るけど、暁美さんを追うのは止めて欲しいの。
あなたが魔法少女の連合軍に加わるなんてもってのほかよ」

海香
「・・・大げさね、ちょっとした取材を兼ねているだけで基本は魔獣の駆除よ。
この際だから言っておくけど、私も成長したの。
暁美ほむらの殺害計画を立てていた頃より丸くなったと思わない?」


海香は一瞬だけ悲しい顔を見せた。


マミ
「あなたが国外に行くとあすなろ市を守る魔法少女は居なくなる」

海香
「それの根本を突き止めるためにいくの。ヨーロッパ周辺での魔獣大量発生の件。
知ってるでしょ? え、知らない? 多分、ニコの忘れ形見と暁美ほむらが関わっている」

海香はスクラップノートを取り出し、色あせた新聞記事を指差す。


海香
「異変はここから始まった。場所はスペインのラ・マンチャ。玉突き事故で二十一人の少女の命が奪われた。
でもね、この子たちの共通点はほとんどないのよ」

マミ
「ガールスカウトのキャンプで移動して・・・だったはず」

この記事は見たことがある、と付け加えるマミ。
聞こえていたのか無視したのか、海香は話を続けた。

海香
「ウェルズ・ゼノ――架空の団体よ。見滝原と同じで情報規制の類でしょうね。
共通点があるとすれば、全員第二次性徴期で遺体は非公開。
マイナー誌によると交通事故ではあり得ない具合の激しい損傷だったとか」


マミ
「魔法少女狩り・・・?」

海香
「そう考えてるけど、メリットが全然見受けられなくて困っているの。
それを確かめるためでもあるわね。魔獣が増えて喜ぶ人なんて居ないもの」

マミ
「・・・だとしたら。本当に、暁美さんに出くわすかもしれないわよ。
あの子は目的のためなら手段を選ばないから」

海香
「平気、平気。実務は魔獣退治のサポートをするだけ。たった一年よ。
暁美ほむらの本質は私達と似たようなものだし、いざとなったら交渉で折り合いをつけるわ」

マミ
「馬鹿なこと言わないで! 私はあなたの身を案じて言っているの!
遭ったら最後、話し合いで解決出来るわけない。暁美さんは理解し得ない・・・別の生き物なのよ!」


海香
「カオルも巴さんと同じことを言っていた。このカフェテラスの、あなたが今座っている席で。
結局は同類なの。私もあなたも暁美ほむらも、死を受け入れられないばかりか、冒涜しているのよ。
私はミチル。あなたは・・・そのソウルジェムに聞いたほうが良いかしら。
公園で見つけたときの様子があなたの全てでしょう。でなければ巴さんはとっくに死んでたはず」

マミ
「暁美さんは、暁美さんは――」

海香
「あの時、カオルは暁美ほむらをこう言い捨てていたわ」


『想いは同じかもしれない。でも、神は二人も要らないよ。
死者の蘇生はプレイアデスが担う。『円環の理』にうつつを抜かす悪魔は消さないと』


海香
「私はミチルの肉体だけ。あなたは二人の魂の一部だけ。
肉体も魂も無い自然現象――『円環の理』を創るなんて途方も無い願いを抱いた赤いリボンの死神。
見て御覧なさいよ。本質はとても似ていて可哀想になるくらいだと思わない?
皆が皆、手に入るか、あるかどうか分からないものに想いを注いで、うつつを抜かしているの」


マミはストローを口に加えて目を伏せていた。


海香
「辛気臭い話になってしまったわね。
とりあえず、巴さんにあすなろを任せたいの。一年くらい。
美国さんと二人で協力すれば難しい話ではないわ」

マミ
「私一人でやるわ。美国さんは絶対に戦わせられない。
今の状態で魔法少女に関わろうだなんて到底許せない」

海香
「まだ頑なに拒んでいるのね。私は賛成よ? 美国さんが暁美ほむらの全てを知ること。
直接本人に聞くことなく、何が起きたのか詳細に把握することが出来る。魂一つで一流の諜報員になれるのよ?」

マミ
「美国さんには見滝原を復興する使命がある。
だから、願い事が変わる日が来るまで大人しくしてもらうの」


海香
「はぁん。美国さんが禁忌の魔術に手を出して、呉キリカを造り始めるんじゃないかって心配しているのね。
あの子には暁美ほむらと互角に渡り合った巴マミという素敵な先輩が居るじゃない。サラスパッと解決してくれるわ」

マミ
「あの時、“私”が暁美さんと本当に互角でやりあえてたのなら、それこそ奇跡でしょうね。
対価はとても大きなものだった。今の私には背負うものが多すぎて何も出来ない。何も」

海香
「風見野と見滝原に加えて、あすなろの魔獣退治も請け負ったくせに?」

海香はラテをもうひとつ注文する。


マミ
「戦いだけが私の生きる全て。美樹さんと佐倉さんの証を残せる最高の機会。
だから私は戦い続けるの。私の世界にそれ以上の人間は必要ないし、面倒は見切れない」

海香
「気持ちは分かるけど、今の言葉だけ聞くとまるで電波さんだわ」

マミ
「二度とあの子たちを死なせるわけにはいかない。大きな過ちを繰り返さないためのチャンスよ。
十二体の和紗ミチルさんに囲まれて生活するあなたに比べれば、とても健全な生き方だと思うの」

海香
「やだやだっ。知り合うならもっとまともな考えの魔法少女が良かった。
短い間だったけど、美国さんはとても柔軟な思考の持ち主に思えたわ」

マミ
「御崎さんも人を見る目が無いのね。美国さんも存外似ているわよ。
私たち魔法少女はどう足掻いても、最後まで過去に縋るしかないの」

海香
「ところで彼女はお元気? 父親と二人きりで難儀していそうだけど――」

マミ
「難儀の一言で済む次元じゃ――」


マミと海香は一月ぶりの再会を満喫し終えて、各々の無事を祈った。


御崎海香は即日スペインへと旅立つ。
大量発生した魔獣退治を目的とした臨時の魔法少女組織への参入。
表向きは公明正大を謳ったボランティア団体だった。



□ 一年後

巴マミは定期的に美国邸に訪れてはグリーフシードを美国織莉子に供給している。
今週も魔獣退治の合間を縫って織莉子のお茶会に付き合っていた。

織莉子
「・・・巴さん? その本は何かしら」

マミ
「フランスにいる御崎さんから書籍が送られてきたの。
暁美さんに興味を持つのなら是非とも読んでおくべき一冊よ」

織莉子
「これが・・・一年前の出来事を基に書いていたと言う小説。
海外でも執筆活動を続けているとは。とても精力的な人ですね」

マミ
「ううん、違うわ。もっと前のお話。
暁美さんが題材なのはそのままに、フィクションに落とした短編童話集なの」

織莉子
「アイのメモリー? 不思議なタイトルね」

マミ
「ええ、そうね。あなたにあげるから、来週にでも感想を聞かせて欲しいわ」

マミは満面の笑顔を作った。


今から一年半ほど前の春から夏にかけて、見滝原で発生した怪事件が題材だ。
暁美ほむらは自宅の地下室で『円環の理』を模した少女を創った。
名前は無く、家族は無く、眼球も無かった。


海香は、現場に居合わせた人物のうち、唯一の生き残りとなったマミ本人から仔細を聞き出してアレンジを加えた。


織莉子
「本当ですか。とても嬉しい」

マミ
「子供向けだから、少し物足りないかもしれないけど」

最初のページをちらりと見せてからマミは手渡す。

日当たりの良い二階のバルコニー。
目を閉じて椅子に座っている少女の表紙が織莉子の興味を惹いた。

織莉子
「巴さんが私にプレゼントを下さるなんて。とても幸福な一日になりそうです」


――そんなに喜ばないで
胸が締め付けられてしまうわ。

おもちゃを買い与えられた子供のように喜ぶ織莉子を、マミは直視できなかった。




一週間後。織莉子に告げた。

「暁美さんを知り尽くしたいという願いの意味が分かったかしら。
私と違って、美国さんは願い事を変更することが出来るのよ。
だからもう一度だけ。もう一度だけじっくり考え直して欲しいの」

うな垂れていた織莉子はマミの言葉を聞くや否や、目をキッとさせ、珍しく声を荒げた。

「そんなことのために嘘を付いたの?
巴さんの笑顔を見れたときは心底嬉しかったのに。
やっと過去の束縛から解放されたと思ったのに」

マミはソウルジェムを取り出して織莉子の目線まで持っていく。

「過去の束縛? 生き残るためなら何だってするわ。
美樹さんと佐倉さんをこれ以上殺さないためにも」

「私だって変わらない。どうしてキリカが殺されたのか知りたいの。願いは絶対に成就させる。
あんなグロテスクなお話を読ませたからって揺らぐほど甘い決意ではないのよっ」

「美国さんの馬鹿!」

「巴さんのわからず屋!」



アイのメモリー

人語を話すカラスが、両目の無い少女に眼球をプレゼントする話だ。
カラスから渡された物体が人間の眼球だと知らない少女は、カラスに言われるがまま眼球を眼窩にはめ込む。
すると、本来の持ち主の記憶が頭の中に流れ込み、映像が再生された。
少女の喜ぶ様子に気分を良くしたカラスは、次々と他人の眼球を啄ばむようになる。
もう一度、光と色を感じさせることが出来るなら、世界が血で染まっても構わない――。
手ごろな標的を探し出すために、今日もカラスは黒い翼を大きく広げる。



□ 二年後

見滝原。被害が特に甚大だった中心部を除いて、街並み、人は戻りつつあった。
死者・行方不明者数は増減を繰り返しながら、ついに七千余りにまで達する。
どうも適当な事故をでっちあげて、死亡者数をなんとか減らそうと辻褄合わせをしているのだとか。

そんな暗い一面を見せつつも、表向きは着実に復興を果たす見滝原と対極的に、国外では深刻な流行病が蔓延していた。


特に欧州。特に北欧。


何の変哲も無い至って健康な人が意識を失ったり、突然、死に至る病だ。
はじめは子供や老人の死者が相次いだため、何らかの感染症が疑われた。
一人の死体を見つけると、その周辺にも必ずといっていいほど似た症状の人が発見されるためである。
やがてその可能性は否定される。疾病が広がるにつれて、極端な性差や年齢差は見られなくなった。

とりわけ繁華街や人通りの多い地区での被害が多いのだが、屋内で「傷病者」が発生することは極めて稀だった。
新型の致死性ウイルスの類かと思われたが、なるほど原因特定は困難で、現地医療関係者の頭を悩ませている。
(毒性が強ければ強いほど、感染症は収束するのが通例である。)

生き残った患者はみな、脳も心臓も正しく機能している。
なのに、意識レベルはJCS基準で三百という極めて深刻な昏睡状態にあるのだ。



マミはコンビニエンスストアで購入した週刊誌の特集コラムを読み終えると、紅茶を用意し、リンゴを齧った。
二日振りの食事だ。胃が食べ物を拒絶するので手頃な果物を選んだ。

「御崎さんからの連絡もすっかり減ったし心配ね」

三ヶ月前。ドイツの両親に顔を見せるという電子メールを最後に、海香とは連絡が取れていない。
海外での魔獣狩りと小説の執筆活動という二足のわらじで頑張っているようだけれど。



マーラーの交響曲第八番を聴き終え、メモリーカードを抜き取る。

ショルティも好いけどバーンスタインが一番しっくりくる。
LSO盤とVPO盤を聞き比べるようになったらいよいよ末期かもしれない。

マミは紅茶を一口啜る。
二人の笑顔に想いを寄せながらソウルジェムをじっと見つめていた。


「マミ。突然だけど今日はキミに頼みがあって来たんだ」


と、キュゥべえが硝子テーブルの上で臆面もなく言う。
本当に突然だった。ずっと居たのかな。


「いやよ。私はこれから風見野で魔獣を退治しに行くの」

「マミの元で技術を学ばせたい子が居るんだ。覚えているだろう?
一年前に仮契約したこの街出身の新米――」


「何度も言うけど、弟子は取らないわ。こんな私に教えられることなんて無いもの」

「マミほど魔獣を深く理解し研究を重ねた魔法少女は居ない。
おまけに筋金入りの強さもあるのだから打って付け。理想と言っても良いのに」


「私はこのソウルジェムのために生きている。その魔法少女さんとはまるで正反対の生き方のはず。
グリーフシードは沢山あるから、その子がピンチのときはいつでも与えていいわ。
だけど、弟子には出来ない。大体、赤の他人に心を許せるわけないじゃない」

冷めた目でキュゥべえに言い聞かせ、怯える子供のように目線を下げながら歩き、物置の扉を開ける。
沢山ある青いポリバケツのうち一つを取り出し、蓋を外した。

「これで手打ちにしましょう。身体強化でも代謝維持でも好きに使っていいから」

溢れたキューブが幾つかカラコロと音を立てて、床に散った。



□ 1260日後

見滝原を出てから四十二ヶ月経過した。


マリグラヌール同様、自己増殖能を持つカチオン性ベシクルを用いてDNAの複製、分配に成功――。
ベシクル型人工細胞に膜分子前駆体を添加することで、自己生産ダイナミクスを引き起こし、ベシクル変形機構を確認。
ジャック・ショスタクの提唱した三要素を含んだ有機合成物質の作製方法を考案した。


境界、自己生産、情報複製。

ゼロから生命を創ったと言っても良い。


それはソフトマター物理学の極限であり、生命システム解析の礎である。
リピッドワールド仮説はますます有力視されることだろう。


膜が先にあって、RNAが一本の糸のようにスルリと入り込んだものが生命なのだ。
生命は高分子の糸でがんじがらめに支配されている。



前述の内容は、私にとって統合自然科学の知であり、自己研鑽の最上かつ生命理解の道標。


要するに――。


此処、ドイツのアイヒシュテット。古臭い村の小さな地下研究所でも、あの子との邂逅は成された。




人を魅了する容姿、人に近しい頭脳。
桃色の髪に青白い肌。
血塗られたように赤い唇。
金に光る双つの瞳。



ほとんど完成といってもいい。
しかも、魔力を注ぎ続けなくても動く至高の一品なのだ。

鹿目詢子を入手することなく器の作製に成功した。
今後、更なる完成度を求めるときには、入用になるかもしれないが。


懸念材料はある。


器は可能な限りの一般性を保っているものの、新規の遺伝子を組み込んでいない点。
あの子ではない別人の遺伝情報でこの器は成り立っている。
そこはソウルジェム、桃色の光、あるいは魔法という概念を発展させて解決するよりない。


「ほむらちゃん!」


ほら。あの子が声を掛けてきた。Vertebrate-02701の札を首に下げている。
赤いリボンの繊維を数ミリグラム埋め込むことで、桃色の力を克服した最新の後継素体だ。
たまたま六芒星数だったこともあり、呪術的にも縁起が良かった。


「ほむらちゃんほむらちゃんほむらちゃんほむらちゃ――」

頭を撫でてあげると喜んでくれた。
吸い取られそうなほど綺麗な、金色の瞳だ。
頬ずりもして幸福を堪能していると鉄扉が何度も叩かれる。

ドンドンうるさい。

「嫌だわ。もう場所を特定されてしまったのね。
私が追い払うから、貴女は奥の部屋に隠れていなさい」

「ほむらちゃんほむらちゃんほむらちゃんほむ――」

にこりと微笑む素体の首には見慣れない傷が付いている。
昨日お散歩をしたときにケガをしたのだろう。

「――――!!」

違う――他の魔力の匂いがする。敵の手に触れられてしまったか。
後頭部に付着した半透明のマイクロチップが私を嘲笑している。
全部で六箇所。くそ、なんてこと。

「・・・」

「可哀想だけど処分するしかないわね。
次はきっとうまくいくわ。だから今は大人しく殺されて? ね?」

「・・・」

一ヶ月後の四月三十日は念願のヴァルプルギスナハト。最高傑作を産むとしたらその日だ。

ぽろぽろと涙を流して素体を処分する。
こんな感動的なシーンなのに、ドンドンと叩き続ける音の主は何を考えているんだ。
ますます耳障りになってきたので扉を開ける。処分の続きはそれからにしましょう。


「どちら様ですか。私は今忙しいのですが」

天使の笑顔で応対する。

訪ねてきたのは、浅葱色のショートヘアに銀縁の眼鏡・・・利発そうな少女だった。
仄かに春の花の香りがする。見覚えは無い。

「噂に聞いたとおりだ。黒い髪に赤いリボン――。
災いを招く者、ヴァルプルギスの夜。そしてボクの姉さんを殺した死神に間違いないね」

「ああ、魔法少女。貴女だけ? そう、大変だったわね」

がっくりした。
一人で乗り込んでくるなんてどこまで愚かなのだろう。

「それで、貴女はどっちなの。
聖カンナの使いなら、早くワードを残して消えなさい。
それとも私に付きまとう暗殺集団崩れなのかしら」


少女の反応は芳しくない。
個人的な恨みがあると言うや否や、バチバチと電撃を身にまとわせた。

試しに弓を振るうと少女は地面に激しく打ち付けられ、細胞培養ディッシュの山に突っ込んだ。
シンセス社から入手した臓器チップの束がキラキラと舞う。


「ここにある研究機材、資材はどれも高額なの。
貴女が軌道を反れて動くと、また一から再現しないといけなくなるのよ」

不服を垂れながら控えめな攻撃を続ける。

「二十一。C」

と呟いて事切れるまで。


「聖カンナの使いならそう言えばいいのに」




Connectを喰らった少女の哀れな最期だ。
救いも希望もまるで無い。


空白ばかりの手紙に単語をひとつ埋め込んでふと思う。

「恨み・・・この研究施設の関係者かしら? みんな消したはずなのだけど」

訪問者の死体を片付ける。私の作品も一緒に片付ける。
淡々と処分した。生ゴミを捨てている気分だ。

ばっちい。

「聖カンナもとんだ迷惑者。私の邪魔してばかりよ。
鹿目詢子の必要性は下がったから、アイツに関わらないように逃げたほうがいいかしら」

私の素朴な独り言に私のキュゥべえは答える。

「それは現状が落ち着いてからにして欲しいかな。
デンマーク以北とスペイン、フランスの魔法少女は壊滅。新規の契約者は今日まででたった252人。
対照的に魔獣の数は増え続けている。これじゃ本当に世界が危ないよ」


「聖カンナに言いなさいよ。けしかけてるのはアイツでしょうに」

「ほむらが動かない限り、被害はこの周辺だけで済むんだ。
聖カンナはいつも近隣に隠れ潜んでいるようだからね」


だから大人しくしてくれ、とキュゥべえは言う。
襲い来る魔法少女を掃除しながらも、ある意味世界を救っている。

不愉快だが面白い状況かもしれない。


「はるばるここに来る連中が増えるわけだわ。小言は聞き飽きたから貴方も手伝って。
雑魚に見つかった以上、いつ襲撃されてもいいように。大事な荷物はまとめておかないと」

キュゥべえにキャリーケースを持ってこさせて梱包、収納を続ける。

書物や資料は全てデータ化したから主チップ一枚とバックアップ用の十四枚で済む。
場所をとるのは試料、流体デバイス、グリーフシードだけ。

「これはもう必要ないんじゃないかな。十分に使い倒したのだろう?」

キュゥべえは耳毛を器用に動かして大瓶を持ち上げる。

「かずみから抜き取ったプレイアデス聖団の血が入っているの。
護符の記述用に、鳩の血インクとして再利用しているわ。洒落ているでしょう?」

六つの魔法が作用した、七人の魔法少女の血液。
相性の良し悪しが露骨に出る分、強力なマジックアイテムとして重宝している。

「プレアデス七姉妹が暴漢から逃げてハトに変装する寓話だね」

「何年も一緒なのに、相も変わらず身も蓋もないことを言うのね。もっと乙女心を持ちなさいよ」

無茶な要求かも。わかってる。



キュゥべえからキレート化した赤黒い粘液を取り上げる。


「とどのつまり、このインクは大事なのよ」


科学が信仰されるこのご時勢、鼻で笑われるようなオカルトグッズを大切に保存する。
数年前の自分が見たら本気で頭おかしいと心配されそうだ。
仮にそう言われたら、視野が狭いのねと大人の対応を見せるまで。

こんな私でも魔法の存在すら否定してた時期があった。
今では、おはようからお休みまで魔法に頼りっぱなし。慣れとは怖いものだとつくづく思う。

「鳩の血インク・・・で護符ならアブラメリン魔術の類だろう?
愛を成就する中世のおまじないみたいなものだと認識しているけど」


そう。相手の名前を書いて、縛り上げる呪いみたいなもの。
サトールの方陣だとか言われている少しアブナイ魔術。


「実際効く気がするから人間の思い込みって面白いのよ。
魔法とオカルトは切っても切れない関係なのだから迎合するに越したことはない。
それに、極みに達するためには、あれこれと理由を付けて物事を避けるべきではないと思うの」

ほら、数枚の呪符が青い灰になった。
私の隠れ家の近くで誰かが除去魔術を詠唱したのだ。

キュゥべえもしっぽを立てて反応する。


「次のお客さんは相当お怒りのようね。人数分のグラスとぶどう酒はあるかしら」

鉄扉の向こうにいる客どもに辟易しながらも、ソウルジェムに加護を掛け直して息を殺す。



命のやり取りは、もう慣れた。


□ 四年後

少女は見滝原に踊る。

「ねえ。いつ帰ってくるの」
「あの時、一年だって。言っていたじゃない。延びに延びて、もう四年も経ってる」

見滝原の魔獣を壊滅させる。

「死に至る病がアフリカ大陸にまで広がったの」
「魔獣に魂を取り込まれる人が増え続けている証拠よね」

見滝原の魔獣を全滅させる。

「ねえ、御崎さん。魔獣の前に倒れてしまったの?」
「ねえ、御崎さん。円環の理に導かれてしまったの?」

御崎海香は戻ってこないだろう、と。
キュゥべえはいつも反射的に答えている。


だから。多分。きっと。でも。




風見野の魔獣を壊滅させる。
自宅で二日ぶりの食事を摂る。

ファストフード店のアップルパイ。紅茶のフィナンシェ。

おわり? おわり?

ソウルジェムが訴えかけた。

終わり。終わり。

自分に強く言い聞かせる。



スカッファーレから視線を感じる。目が合ってしまう。

「ううん。海香は大丈夫だよ。とっても強いもん」

筒が喋る。怖い。

無邪気な慈愛が痛々しくて辛い。

「後一年のがまんだよ。がんばろうね」

筒が喋る。怖い。

無邪気な笑顔は、もっと痛々しくて、もっと辛い。




「あすなろ市に行く時間だわ」

――マミは呟く。

「・・・」

筒は喋らない。

マミは駆ける。

ソウルジェムが穏やかに輝く。


円環の理に半分だけ持っていかれた魂がふたつ踊る。

巴マミに半分だけ持っていかれた魂がふたつ踊る。


死を冒涜した。生を冒涜した。




――命を繋ぎ止める願い




文字通り、命を、繋ぎ止めてしまった。
そんなつもり、全然なかった。


「お父さんとお母さんが・・・」
「佐倉さんと美樹さんは・・・」


懺悔する少女は憂愁に閉ざされ、マスケット銃と共に戦地を舞った。




■ Connect


女にケーブルを挿し込みながら、加害者の女は悪態をついた。
被害者の女は後頭部の痛みに気づかないし、背後にいる存在にも気づいていない。


「私の目に映るもの全てがニセモノ。ニセモノだ」

「我が物顔で地上を支配する現生人類は滅んでしまえ」


「世界の人口は三分の一減った。第二次性徴期の少女は限りなく減った」

「人魂を貪る魔獣は二億躯超。私の計画を脅かす存在はもはやありえない」


「しかし、暁美ほむらは何なんだ。とんだ期待はずれじゃないか」

「血を見ても精神を冒さない。死を見ても心を患わない」


「哀れな人形を造り続ける極悪人は破滅しない。自滅しない」


「かといってヒトを喰らい尽くすわけでもなかった」

「私の手によって、早々に罰を与えるべきだった」


女からケーブルを引っこ抜く。
傷ひとつ付いていないことに満足すると、そそくさと次の女にケーブルを挿し込んだ。



□ 五年後 カリフォルニア


「La Mort?」

「Behold! Walpurgis Night!」


地元では一番の大きさであろうショッピングモールにそいつらは現われた。

今回の襲撃が何度目かはわからないが、
ここ四、五年で十数のパラフィン包埋サンプルが奪われ、二十余りの素体が破壊された。
言うまでもなく、私の生命を刈り取るために追いかけてくるのだから気が滅入る。



「Jauchzet auf. Es ist gelungen」


「Virtute firmans perpeti」

「Accende lumen sensibus」

「Infunde amorem cordibus」



・・・。
アウターウェアだけを残し、予備動作なしで変身を終える。
いつでも攻撃して構わないという無言の意思表示で、相手の出方を見た。
敵は正面に五人で、気配と魔力を隠しきれていない少女がさらに数人か。

問題なのは真ん中にいる陰険魔法少女。
睨み合い。ええ、大キライよ。


「また会えて嬉しいわ。暁美ほむら」

「私は会いたくなかった」


蒼い長髪、サードアイの位置に蒼のソウルジェム。
私は良く知っていた。

「今こそ私の手で始末してあげる。亡き友の名に誓って」

月並みな常套句で煽り、馴れ馴れしい口上を述べながらびしっと指を立ててきた女を。



ほむら
「流石にしつこいわ、御崎海香。
スペインやドイツの時ならまだしも、何遍も大陸を越えてまで追いかけて来るなんて」

海香
「何度も言ってるでしょう。私はカオルの遺志を受け継ぐ。暁美ほむらは消されるべきなのよ。
文句があるのなら、彼の世で直接申し開きすることね」


討伐、復讐と来て、近頃は赤の他人ごときの遺志を振りかざしてくる。
全てが御崎海香の自業自得だと言うのに、五年以上怒りの矛先になっているのがこの私。


ほむら
「私に勝てたことが一度でもあったかしら。頭数を揃えただけの烏合の衆は魔獣退治がお似合い。
研究熱心な魔法少女に挑むより百の百倍は楽なはずよ?」

海香
「新生プレイアデス聖団は烏合の衆ではなくてよ。魔法少女が振りまく希望そのもの。
今日こそ憎悪の連鎖に終止符を打たんと世界が一つになったの」


私を取り囲むようにして姿を見せた魔法少女は丁度二十四人だった。
これは過去に前例がないほどの大人数。

相当な手腕を以ってしても個人主義者の群れを従えるのは難しく、軋轢や齟齬は避けられないが。


ほむら
「貴女らしいわね」

御崎海香なら解決出来るだろうと瞬時に腑に落ち、彼女らしい手段の選ばなさに共感を覚えた。
ある意味、世界が一つになったとは言い得て妙。


「Alroetsue kierre iem. Fandel zadius. Hierle melifan. Iem endia」


御崎海香に侍る四人が呪をつぶやくと周囲の一般人が消えた。

双子用のベビーカーを押す夫婦がゆっくり地に溶けた。
走り回る子供と服に着られたティーンの群れが光の柱に消える。
恰幅のいい女性や品の良さそうな老紳士は静かに霧散した。


テレポーテーション。つまり、高度な転送魔法と断定できた。
客自体が作り物で、モールの形をした固有結界なのかも知れない。
後者は考慮するまでも無い見当違いの推察。

「・・・」

部外者を消したのは彼女達の一般人に対する配慮、ではなく肉壁の排除に他ならない。
続いて、物陰や建物の至る所から現われた魔法少女のシルエット。

イナゴの大群を思わせた。
皆が皆、鉄の胸当てを装備し、出陣前の馬のように轟いていた。
足音は戦車のように響き、獅子のように歯を剥き出しにしている。

軽く見ても三桁はくだらない。

ほむら
「キュゥべえ。貴方は出来るだけ遠くに避難して」

QB
「この人数を相手に戦うのは無謀だ」

キュゥべえは私に逃げろ、と促している。


ほむら
「所詮、戦闘経験の浅い子供の群れ。三割でも惨殺すれば士気はガタ落ち。でしょう?」


この空間に居る全員に大見得切った。
とんでもない。数の暴力に対抗するのは容易ではない。
敵に紛れてかく乱を狙うか。いや、路地に潜んで一人ずつやるか。いや――。



いや――落ち着きなさい。落ち着くのよ。


ゲスペンスト。ネクロマンシー。オートマトン。バイオロイド。ダブルジーン。
何でもいい。絶対仕掛けがあるはず。魔法少女はいまや絶滅危惧なのだから。


頭では理解していた。
それでもなお、歯がガチガチと音を立て始め、眩暈がふわっと通り過ぎた。
副腎が悲鳴を上げて私の並列分散処理を見事に妨害する。

海香
「Faura yerwe murfan anw sol ciel」

「「「「「Lequera gott! Getrra spiritum!」」」」」


呪文か号令か判断しかねる何かを合図に少女達が襲い掛かってきた。




密かに詠唱を終えていたフィニトラ・フレティアを発動させて恵みの雨を降らせる。
これすら避けられない魔法少女を間引きして――さあ、開戦よ。


――耳のある者は聞きなさい。
私の想いの強さを手土産に、火と硫黄の池に頭からダイブするがいいわ。


フェルム臭漂う赤褐色雨を浴びながら思った。



心まで大見得切らなくていいのに――。



□ 数日後 見滝原 美国邸大広間

甘ったるいコハク色の紅茶で喉を潤して、茶菓子をひとかじり。
マミは半ば諦めにも似た無力感を覚えつつ織莉子をぼんやりと眺めていた。

「最後の最後まで貫いたのね。美国さんなりの意思を。
その選択に後悔は無い? 考え直そうとは思わない?」

「勿論です。自分の気持ちに嘘は付けません。
私は巴さんの一番弟子なんですから、色々・・・良く理解しているつもりです」

声を震わせながらも、織莉子は屈託の無い笑顔で答えた。

「弟子を取った覚えはないわ・・・。
あなたが勝手に自称しているだけで、私から何も学んでいないでしょう」

「いいえ。想いの大切さ、目的を成し遂げるための執念深さ、我慢強さ。
言葉にし難いことを巴さんは背中で教えて下さいました」

「本当にそう思っているの? おめでたい人ね」


まもなく五年が経過する。
美国織莉子の契約が完全に果たされる瞬間にマミとキュゥべえは立ち会っていた。

「さあ、もうすぐ時間だ。契約の内容に変更はあるかな」

「ないわ」

織莉子は力強く言った。マミは小さなため息を漏らしていた。



「「・・・」」

「・・・」

そこから二時間くらい待った正午過ぎ、キュゥべえは尻尾を振って言った。

「五年越しの契約は成立だ。さあ解き放ってごらん。キミの洗練された力を!」

白い光が織莉子を包み込み――。

「み、美国さん・・・?」

心配そうに声をかけるマミに、織莉子は手を軽く上げて答える。
織莉子は伏目したまま、頭の中に流れ込む映像を言葉にしていった。

「今、流れています。ほむらと名付けられた赤いリボンの女の子の記憶が。
ああ。なんて可哀想なのでしょう。幼い頃から虚弱で、病院でひとりきりで。
ああ。なんて気の毒なのでしょう。入退院と転校を繰り返すばかりで、両親の顔すら・・・。
ああ。あ、あ――」




「嫌あああああああああぁぁぁぁっ!!」



織莉子は目を見開き、頭をかかえて絶叫した。
膝を付いて、脳に侵入する悪夢を拒絶するが如く、頭を左右に激しく振っている。

長く鋭い叫びの中、織莉子は髪を掻き毟り、顔を歪ませていた。

キュゥべえはいざ知らず、マミにとってその反応は想定内だった。


「だから――もう一度考え直して欲しいってあれほど言ったのにっ」


自らの目を引きちぎろうとする織莉子に、マミは手刀を喰らわせる。
力なく仰向けに倒れて白目を剥いた織莉子の頬と唇は真っ白になっていた。



ベッドに移そうと織莉子に触れる。小刻みに痙攣している様子だった。
そこでマミは毛布を掛けて、嘔吐で窒息しないように横向きに動かして見守る。


「ねえ、キュゥべえ。美国さんの願い事は叶ってしまったの?」

「暁美ほむらを知り尽くすことを願い、同時に知ることを拒絶している。
願い事は――叶っている最中と言えばいいのかな」


「叶っている最中、なのね。美国さん・・・本当にその祈りで良かったの?」

「・・・」


「私と同じね。本当に・・・」


マミは織莉子のソウルジェムに優しく語り掛ける。
もう人を見ていなかった。


「マミ。感傷に浸っている場合じゃないよ」

「わかってる。ちゃんと持ってきたわ」



□ 同時刻 カリフォルニア 現地時間十九時過ぎ


バタバタと引き上げるプレイアデスを見て、安堵と疲れでへたりと座り込んでしまった。


「見てご覧なさい」

「――――! ・・・―――!」

「なんて気の毒なの」


ありったけの力で、国籍不明の魔法少女の顔を掴んだ状態での出来事だった。
右手で口を覆われてるにもかかわらず、首から下だけは元気溌剌で、
今も私の拘束から逃れようと必死にもがいている。

仕方なしに手首を軽く捻って首の骨を折ると、その身体はピタリと活動を止めた。
しかし、しばらくすると死体がもぞもぞ動きはじめた。



気持ち悪い。


これが魔法少女。
首を圧し折っても、胸に風穴を開けても、自己修復する戦闘マシーンだ。
たとえ四肢が破壊され、頭が吹き飛んだとして死が確定するわけではない。


「お帰りなさい。天国は素敵なところだった?」


ひゅーひゅー。
唾液を帯びた生暖かい風が手のひらを撫でる。

今度は的確にソウルジェムを砕いて、今回の戦いは終わりを告げた。






藍色の世界から姿を消しているプレイアデスの影をぼんやりと眺める。
自分の見通しの甘さに身震いが止まらない。

トッコ・デル・マーレと魔力ドレインを駆使してもジリ貧の戦闘。
今生き残っていることさえ不思議に思えた。


かといって馬鹿の一つ覚えのように運命、運命、と主張するつもりは無い。
次のように、生き残った要因は容易く導出できる。


――『円環の理』現象に恐怖するものがいた。
かつて出遭った飛鳥なにがしのような魔法少女はごく普通にいるということだ。



卵から孵ったばかりのアヒルの子に風船を見せると、それを親だと思って追い回す現象に似ている。
インプリンティングの例証実験は、風船を哀れに追いかけるヒナに現実を突きつけて終了する。
不安定に転がり続ける風船は針を突き刺すだけで、何の前触れもなく破裂しこの世から姿を消す。
お前の追っていたものは風船に過ぎなかったという情報だけを残して。


ヒナも魔法少女も反応は同じ。


魔力を使いすぎた少女は何の前触れもなく光の柱に消える。
残された側は目を見開き立ち尽くすか、わけもわからず子供みたいに泣き喚くか。


流石に魔法少女の方が一回りも二回りも感情表現豊かではある。
目を閉じたらすぐに浮かび上がる絶望に満ちた顔に当分うなされそうだ。

なにより、敵方のグリーフシードが尽きたのも一因、むしろ一番の致命傷だろう。
御崎海香のファンタズマ系分身魔術が解除されてからは陣形の瓦解が目に見えて分かった。

過去に何度も襲ってきたことが幸いしたのか、流石に向こうも引き際は弁えている。



――で、今回で何度目だっけ?



こんな感じで毎度毎度、相手側の魔力が尽きるまで相手をしなければならない。
人手が多いゆえ、今回の戦闘期間はそれほど長くなかったがもううんざり。
プレイアデスだって同じことを考えてるに違いない。お互いに疲弊しているはずなのに。





しかし、こうして強かに、私に接触する魔法少女が存在した。
御崎海香の号令で、蜘蛛の子を散らすように撤退するプレイアデス聖団。
その中に、ただ一人敢然と立ちながら賛美歌を歌う女が――。




「聖なるカンナ、聖なるカンナ、聖なるカンナ。
昔いまし、今いまし、やがてきたる者。主たる全能のカンナ」




漆黒を纏い、暗黒を侍らせ、軽い会釈をしてきた。

最後に殺した女の頭に力を込めて私は応える。
中身が地面や頬に激しく飛び散った。


カンナ
「HAHAHA。またしてもコンバンハだなあ? ええ? 元気そうで何より」

ほむら
「あの時も私が疲れ果てたときだった。五年ぶりね」


三日三晩にも及ぶ戦闘で、延べ数十の死を与えた。
意識しないと、呂律も回らないくらい息絶え絶え。
両脚の筋肉は断線したかのように動かない。まだ立ち上がれそうになかった。


カンナ
「お前の黒翼は恐ろしい。屈強な魔法少女らも赤子同然で散っていってココロが痛むよ」


黒翼に巻き込まれた大半がファンタズマ系の幻影であることを、お互いに了解した上での発言だ。


カンナは黒い笑みを浮かべて私の前に仁王立ちした。
目をしきりに動かして、座り込む私を見たり、どこか遠くを見たりと忙しない。


ほむら
「御崎海香の下で働いていたのね。凡人に飼われる気分はどう?」

カンナ
「逆だよ、逆。訂正してくれ。今日はお前の姿を最期に見ておきたくてね。さて――」


最期か。
おかしいわ。何故カンナは殺気を纏っているの。
私を殺す理由は絶対に無いはずよ。

カンナ
「何故殺すことを控え始めた。暁美ほむらは通算で145080人だけ。
今や見る影もなく温い性格になった。あの子とやらは諦めたのか?」

ほむら
「まさか。桃色の力を克服する手段が幾つも見つかっただけ。
数多の魔法を極めた今、生体実験の機会も大幅に減ったわ。
つまりね、鹿目詢子という取引材料はほとんど無価値になったの」


残念だったわねぇ。

互いに互いを利用しているのだから、旨みが無くなれば手をひくのは当然。
どうしてカンナの言いなりになる必要があるのだろう。


カンナ
「ならプランBに移行だ。全く、保険をかけておいて正解だった。
実を言うとだな、私もお前の存在が無価値同然の紙クズと化したんだよね」

カンナは目をひん剥いて、私をあざけ笑った。


カンナ
「つい先ほど、日本では丁度昼頃にあたるが、美国織莉子が契約して五年経過した。
アイツの願いは、アイツに与えた願いは――」



『暁美ほむらを知りたい。何故キリカを殺したのか、全部知り尽くしたい。骨の髄まで』



カンナ
「人類の殺戮に消極的なお前は必要なくなった。
全部、美国織莉子が引き継ぐことになってるからお前はお役御免」


カンナは眉をひそめて話を続けた。
思うところは私と同じらしい。

カンナ
「・・・と言いたいところだが、美国織莉子はお前の記憶に耐えられなかった。
だから私がコネクトして、内側から強制的に記憶を植えつけねばならない。
それにね、昔から気になっていたんだ。暁美ほむらの存在そのものを」


身構えると同時にカンナは詠唱を始めた。
脚部は既に完治させた。反撃はいつでも。

首の後ろに取り付けられた石を正確に叩けば終わりだ。


カンナ
「Ics File――っと」


【-Luminous-Nergal-Vertebrate-00001-Ereshkigal-Connect-】


バイブルのようなものにアルファベットが次々と浮かび上がり、ご丁寧にそれを私の目線にまで差し出した。
イクス・フィーレのための時間稼ぎは無く、御崎海香のように鼻に掛けたりしていない。
その落ち着き具合と魔力の濃さは本物だ。

カンナ
「そう、これだよこれ。頭が痛くなるんだよ。
このワードがさっぱりわからないんだ」


それは、ルミナスの事を指していた。
私自身イクス・フィーレの文言を見たのは初めてだが、相当不親切な代物だと思った。
しかし、二、三ほど耳に痛い言葉が刻まれていることを踏まえるとあながち馬鹿に出来ない。



カンナ
「お題は二つ。ひとつ。イクス・フィーレの解読。5/6は解析できた。
ふたつ。魔力を変換し、産生するリボンの不思議」


カンナ
「六つのうち、五つ解読したら、残りのワードも気になるというもの。
というかお前も知ってるだろうが、イクス・フィーレの文言は四つ以上出ないんだ。普通はね」

カンナ
「だから記憶を全部見透かしてやる。お前が何を願って契約したのか不明。何もかもが未知。
リボンも貰おう。美国織莉子に正確な知恵と装備を移植するためには必要不可欠」


私の心が穢されて、命よりも大事なリボンまで持っていかれるのか。
なんとしてもConnectを阻止しなければ。


ほむら
「どうして私なの・・・」


笑われた。
こいつも馬鹿じゃない。私の思惑は全部お見通しだ。

カンナ
「時間稼ぎは無用。本題に入ろうか。死ぬよりも、もっと酷いこと――知っているか?」

ほむら
「・・・戯れ言を。死ぬことが一番に決まっているわ」


カンナは指先をくるくる回しながら見下してきた。


カンナ
「自分がツクリモノの操り人形だと気づくこと・・・だよ。お前には一生理解できないだろうケド」


ええ。理解できないわ。
一瞬の隙を衝いて首を刎ねてやる。


カンナ
「もう一つある。忘れること――忘却だよ。お前にデス・ペナルティなんて生ぬるい」



あの子の顔は多分、覚えている。
あの子の声もなんとなく。
あの子の名前は全く思い出せない。
・・・っ。



「さようならだ。暁美ほむら」



カンナは私に指先を向けて唱えた。





       「Connect」




                               ,,,,,,,-────-,,,、

                            ,,,,,,≦///////////////>,、
                           ////////////////////////\
                          ///////////////////////////,,ヽ
                       ,.イ////// ̄ ̄ ̄`<//////////////ム

                       i/////,,/        \////////////,∧
                       }///,イ__         ヽ////////////ム
                       ハ"-" /  ,`>x 、     !ハ///////////,ヽ
                    ,  /r/   i  .!  /` <   ゝム///////////
                    /  V.!    .!  ! ./    `<   ヾ,,///////,,i
                   ,.!   }!   \V  ! .i        ヽ ヽ/!//////,/
                   ! , ,/ i rX、ヽヽ 丶!    ___  \ .i,,!/////,/
                   マ` ¨  .!. 、弋x` ゝ ヽ、"¨      i ヽ,ハ/////
    _,,,,,,,,,,-──-,,,ミ     ゝ __ノ.! ` ==` i   ̄ _____ /./ V_//,Y
  Y"//--──- ミ////`-┐     , -.!    ノ      ` 二 " " ./  .! .i/\
   `V        ` <//ヽ ̄!_/ .从          ` ¨", .イ ,>-' /」  ,イ
    丶          `</ヽ` !___ .ゝ   、      `フ-- "__,> "  / !
     .\           `< > x 〈 .\ ヾ -─vア /, イフ   イ-- "   !
      ヽ              `///>x .ヽ ` ̄ ̄  <_廴└" ,ノ     ノ
        `  _____      `   -x` `  ≦__∠"  /"  ̄, -  ¨¨ .Y
 -  __ -- " , -------"`  <  ヽ    ` X , >--xヽ ノ          ハ
     / ,TT"  ̄ ̄ "  二ニ--` <,    / ___ `¨ Y         }
    /   `",> ",r--- " ____,  - ヽ   /、  、 i / 、ヽ、     /
  /" ,> "   ゝ" T    ̄ ̄ ̄ / ̄, .V .ム i     | .i  \\` -─っ
  / ./        /       / " /   ` ̄ .ゝ、 T.ヽ├─ xゝ ヽ-r - "
 i ./          /     , "   /    /    ヽ ヽ弋!  ハ ` ̄

ここまでと書いてくれると乙し易い。

乙無用とあらば勝手に書く。

乙。

>>326
投下が途切れたらここまで、って感じですね
たまに微修正のため中断するときもありますが




接続か? ああ、接続は大成功だ。

記憶を満遍なく吸い取り、美国織莉子にペーストする。
願いを拒絶するのなら、コネクトで無理にでも。

そもそも一個人の意思がどれだけ強くたって因果律の気まぐれには絶対に抗えない。
美国織莉子は遅かれ早かれ暁美ほむらの代役として努めることになる。


仮に美国の精神が完全に壊れたら、その次の人間を見極めてこのキオクを移植する。
そのための保存的コネクトでもある。



「無駄な抵抗だとわかっているのに。どいつもこいつも、ヒューマンって奴は・・・」



暁美ほむら。
この女の根源を全部消すのはアリキタリか。少しだけ欠片を残すのもまたオツなもの。
しかし、全てのキオクを取り除いた分、空白を埋め合わせるだけの対価が要求される。
たとえば、私の所有する知識、記憶、経験及び魔力。
全てを忘却したら暁美は、少しだけ「私」らしくなってしまうということ。


コネクトには制約が多い。
下手を打つと「私」が書き換えられてしまうし、キオクの管理、出力の制御も難しい。
「私」を構成する自我と他人の記憶の間に、明確な境界線を引くことが何よりも重要だ。


暁美ほむらのつんざくような絶叫が聞こえる。無様だ。





「わたし、鹿目まどか。このクラスの保健係なんだ」

「燃え上がれーって感じでかっこいいと思う」

「ほむらちゃんもかっこよくなっちゃえばいいんだよ」



来た。源泉を掘り当てたがごとく、次々とどうでもいい記憶が湧き出してきた。

指先から脳に流れ込んでくる映像、音声のデータに、スクラッチノイズが走っている。
暁美ほむらが転入したのは最近の出来事のハズ。
これは今にも消えてしまいそうな脆い記憶の集合なのだ。



「ユウカがローマの噴水っての練習してたんだけどさー。
よりにもよってオーボエ! あの楽器使いこなすの大変なんだよねえ」

「へー。ユウカちゃん頑張りやさんだもんね。どう? 上手だった?」

「ひっどいひどい。ゾンビみたいだった」

「なあにそれ。一度聞いてみたいな。
でも笛を吹くだけでしょ? すぐ出来そうな気がするけどなあ」


背の小さい少女がおどける。彼女の隣にいるのは美樹さやかだと考えられる。
薄倖の剣士は巴マミの手によって死んだと聞いた。



「まどかにはまだ早いよ。リコーダーだって怪しいのに」

「さやかちゃんだって音楽の時間ずっと寝てるよね・・・」

「いうなっ!」




何度も場面が入れ替わる。
通学路、教室、巴マミの家、エトセトラ、エトセトラ。


「さようなら。ほむらちゃん。元気でね」


泣き叫ぶ暁美ほむらを見た。



オシマイ。
フィーニス。
エンディア。
フィーネ。



「キャハハハハハハ――」

空飛ぶ機械仕掛けの道化を背景に街が崩壊に包まれる。
あろうことか瓦礫が私にも襲い掛かるのだから驚いた。



暁美ほむらはまだ叫んでいる。


『道化』を処理し、グリーフシード様卵形物質を分析していると、
暁美ほむらの叫びに呼応するかのように別のデータが流れ始めた。


瓦礫の山から教室に。
世界が書き換わった。



「はーい。それじゃあ自己紹介行ってみようっ」


このやり取りには覚えがあった。


ほむら「私も魔法少女になったんだよ。これから一緒に頑張ろうね」


転校生のお出ましだ。
良く見なくても、眼鏡を掛けている。


確か、数ヵ月後に見た目が変貌したが――。二度目の転校か? んなわけない。
さて困ったことだ。暁美ほむらの脳内にはダミーデータが混在している。

なるほど。
美国織莉子が狂うのも良くわかる。そう思った。

コネクト対策としては悪くない。最期まで私に抗うつもりだろう。




暗転。

私が立っているのは個人宅の広い庭だ。
この場所はどこかで見た記憶があった。


鹿目詢子が居る。はあぁ。何だかんだで暁美ほむらはこの素材を気にしているのだ。
髪を二つに束ねた子供と父親らしき男性の姿もあった。


詢子「おっ、コイツぁ珍しいなあ。橘か」

子「どうしたのこれ。また植木市で変なの買ったの?」

父「昔馴染みの友達が譲ってくれてね、まだまだ苗木なんだけど」

詢子「まどかぁ、この木はとても縁起が良いんだぞー」

子「普通の木にしか見えないよ?」

詢子「まどかも毎年一度は見てるんだけどなあ。思い出せるか?」

子「うーん。全然わかんない」

詢子「左近の桜に右近の橘と言って、ひな壇に飾る縁起物なんだ」

子「へえ! って全然ピンと来ないや」

父「桜も、橘もちゃんと理由があって選ばれているんだよ。桃の花を飾る人もいるんだけど――」

詢子「また始まった。逃げろまどか、こいつの話はなっがいぞー」

まどか「パパ、目が怖いよー」

父「まどかにはまだ早かったかな」





突然、鹿目まどかという童女が左右に引き裂かれ、
内側から名状しがたい暗黒の何かがゆっくりと膨れ上がった。
その暗黒物質は息をするかのように、それが当たり前かの様に、周囲の人間を吸収していく。

あらゆる策を講じて倒そうと試みたが、フツーに負けた。

足場ごと呆気なく飲み込まれた。





あれは、魔獣の親玉だ。






暗転は続く。

暁美ほむらの叫びも続く。


この品の無い絶叫とは気長に付き合うしかないのか。
案外、声の主は美国織莉子かも知れない。耳鳴りがするから止めてくれ。
現実世界では一瞬でも、記憶を覗く私は膨大な時間を経験するんだから。




マミ「いい? 鹿目さん。このように魔女は個別の性質を持っているの」

まどか「やっぱり難しいんですね」

マミ「例えば、この魔女の性質は不信。結界の最深部に入るとすぐに攻撃を仕掛けてくるわ」


これが魔女だと。巴マミはイラストが下手なようだ。
バジル色のジュレを頭から被った怪物だ。
魔女と言えば、黒い服に黒い帽、傍に黒猫と相場が決まっている。



まどか「マミさん。このページだけ古ぼったい――?」



『全ての運命の不幸を無くそうとする、地上をマホウで埋め尽くし、
全人類を戯曲の中へ取り込もうとする、動く舞台装置。』

『この全てが戯曲ならば悲しい事など何もない。
悲劇ではあるかもしれないけれど、 ただ、そおいう脚本を演じただけ。』



マミ「ヴァルプルギスの夜。結界を持たない伝説の魔女ね」

まどか「街の人に魔女が見られちゃうんですか・・・」

マミ「ううん。私の聞いた言い伝えだと、呪いが大災害として具現化するんですって」

まどか「そんな魔女が・・・見滝原に来るんですね・・・」

マミ「性質は無力。撃退こそ出来るものの倒した魔法少女はいままで誰一人いないらしいの」




私はこんな感じで記憶を取得し、適切に保存していった。
何度も場面は変わり、何度も『魔女』に遭遇した。

ヴァルプルギスの夜と呼ばれる『道化』とは互角以上でやりあえる。

しかし。

あの女を生贄に召喚される黒い山には、もはや触れることすら難しい。
対峙する度、兇悪な生物へと進化している。

高速詠唱で築いた四十層に及ぶ耐魔牆壁でさえ、数時間持ちこたえるのがやっとだった。






何度始まりを繰り返すのか。

何度終わりを迎えるのか。

数多の記憶が流れ込んだ。

体感時間は数十日にも及ぶ。


暁美ほむらは次第に性格が変わっていくが、スタート地点は滅多に変わらなかった。
大抵は授業前のホームルームから始まる。次点は鹿目まどかという童女の部屋。

今回の記憶だって同じ。
ダミーメモリーの残り滓なのだから細部は違えど大筋は変わらない。

見滝原中学と思われる建物の渡り廊下に暁美ほむらと鹿目まどか。
マァ、私は二人の後ろを付いていくだけだ。早く終われとも思った。



ほむら「そう。ならこれ以上変わろうだなんて決して思わないことね」

まどか「さもなければ全てを失うことになる・・・ってほむらちゃん言ってたよね」

ほむら「鹿目まどか? どうして――」

まどか「ごめんね。その前に。ちょっとそこの女の人にお話があるんだ」


まどか、という子供が明らかに私を見ている。
同時に暁美ほむらも私を認識したのか目を見開いて口をぱくぱくさせていた。

私とて経験の無いことだったので息を呑んだ。


ほむら「まどか? 知り合い? 初めて見るのだけれど」

まどか「あなたは、カンナちゃんだよね。どうしてこんなところまで来てくれたのかな?」

カンナ
「やあ。数秒ぶりだな、暁美ほむら。記憶のお前と会話するなんて思わなかったが、流石はイレギュラー。
もう何でもアリでこっちの精神が持たなくなりそうだよ」


ほむら「その姿。魔法少女がどうしてこんなところにいるの」

カンナ
「飲み込みが悪いね。お前の頭にコネクトしているのだから当然。
美国織莉子もお墨付きの気味悪い記憶。吐き気を覚えるヨ」

ほむら「美国・・・貴女も白女の・・・」

まどか「違うよ。カンナちゃん。カンナちゃんはほむらちゃんを見てないんだよ」


カンナ
「・・・何だお前。今は暁美ほむらに用があるんだ。外野はすっこんでてくれ」

まどか「カンナちゃん。カンナちゃんはまだすることがあるの」

ほむら「その、カンナ・・・さん。私に何の用事?」

まどか「ほむらちゃんは離れてて。今からカンナちゃんを――きゃあっ」



桃髪童女の足をウィップで束縛して外に放り出した。


まどかという女の体がガラス張りの壁を突き破るも、上空で静止する。
飛び散ったガラス片も宙に浮かび上がっていた。


まどか「カンナちゃん。どうして怒っているのかな?」


赤子をあやす親のように、困り顔で微笑んでいる。
腹立たしい。


ほむら「まどか、貴女は一体全体・・・いえ、その女性のことも後で聞きましょう」

ほむら「今は支援するわ――」


暁美ほむらが変身する。
盾に手をかけて此方を睨み付けていた。


カンナ
「ほお、第二形態という奴だな。防御に特化したシールドスタイルと見た。
だが、けど、そんなに小さい盾でお前はどう立ち向かう?」


どこか幼さを感じさせる暁美ほむら。
次の瞬間には、後頭部に何かを突きつけられていた。



ほむら「今すぐ変身を解いてソウルジェムをこちらに渡しなさい」

カンナ
「私の後ろを取るか」


頭を強く振ると、鋭い破裂音を含んだ衝撃と硝煙の匂いが廊下に突き抜けた。


ほむら「そんな、銃弾が効かないっ」


失念していた。この暁美ほむらは瞬間移動し、火器や爆弾を中心に様々な得物を使用する。
流石は記憶の世界。少しばかり分が悪い。

カンナ
「手抜き過ぎだよ。ここまで甘く見られていたとはね」


まずはイクス・フィーレ。
記憶世界でソウルジェムを砕いたとして、果たして意味は無さそうだし。



【-Luminous-Ereshkigal-Connect-】

【-Nergal-Vertebrate-00001-】



これは――。いつ以来だったか。
インキュベーターと二重契約を果たしたソウルジェムコレクターと同じ現象だ。

双樹のときは四つ。
イクス・フィーレにとって四つも六つも大して変わらない。普通は三つまでなんだから。


双樹は二段変身をした。
暁美も二段変身をしている。


私の中で全てがパーフェクトに繋がった。


カンナ
「やっとわかったぞ、暁美ほむら。お前は二重人格者なんだ。
頭の中で鹿目まどかという架空の人間を作り出して、それを脳内で使役していたんだよ。
これがその証拠。喜べよ、暁美ほむら。謎の一つがあっさり解けた」


首を傾げる暁美ほむら。
本人だからこそ自覚しなかった驚きの真実に、さぞかし戸惑っているだろう。


ほむら「ネィガル・・・べ、ベーテー・・・。何よこれ。意味不明な外国語で私を揺さぶるつもり?」

カンナ
「ものわかりが悪いのか、それとも認めたくないのか。
ならはっきりと言ってやろう。まず、エレシュキガルは志筑仁美のこと。
すなわち、お前の深層心理には――」


まどか「Vertebrate-00001は、本物になろうとしたホンモノとニセモノの間の女の子」

まどか「カンナちゃんはそう言いたいのかな・・・?」


抑揚の無い口調。
私は首肯する。


ほむら「え? ちょっと二人は何の話を」

カンナ
「可哀想に。もう一人のお前は全部知っているじゃあないか。
イヤだなあ、知らない振りは止してくれよ。お前もそう思うだろ? 鹿目まどかぁ」


別人格の暁美ほむらはひたすら微笑んでいた。

元ネタ的なものの一部がはっきりと出ます
伏線も少しずつ・・・



まどか
「知らない振りじゃないよ」

ほむら「まどか。貴女は・・・」

まどか
「わたしはね、全宇宙、過去と未来のあらゆる魔法少女の救済を望んだの。
この新しい理が紡ぐ宇宙に収束させてからも――」


桃髪の暁美ほむら。口を開けばコレだ。
宿主以上に脳みそがイカれてやがる。


カンナ
「訂正訂正。話の通じるやつは居ないのだな。
なら、もう、用無しだ。暁美ほむらの記憶はほとんど視たことだし、この手で消し去ってやる」

ほむら「い、いやっ」

カンナ
「いや、じゃねえよ。人間風情が」

まどか
「大丈夫だよ。ほむらちゃん。
全ての魔法少女を正しく導く存在がわたし。だって神様だもん」


随分な寝言を言っている。


まどか
「ねえ、カンナちゃん。リボンのコネクト相干渉、楽しんでくれた?
そろそろ目を開けてみようよ。これは全部天上の序言なんだから」

は?

まどか
「だからね、リボンなの。わたしの用意したリボンにあなたはConnectしたの」


リボン。性質が同じなら干渉はありえる話で・・・。



カンナ
「リボン・・・暁美ほむらのリボンかっ!?」


おいおいどういうことだよ。
あのリボンは――あのリボンは――。


まどか
「驚かせてごめんね」



――そりゃないぜ。鹿目まどかさんよぉ?


『――胸のうちにはとどろくはず
いろいろなものに姿を変えて――』


――お前もコネクト使いだったのか。


シールドを展開させて桃目の少女の攻撃を防がなければ。



カンナ
「うわああぁぁぁ――――っ!」


二十。三十。全力で耐魔シールドを構築。


『――すべて移ろい行くものは
永遠なるものの比喩に――』


四十、五十。数十の耐物理シールドを交互に重ねて強大なエネルギー波に備えた。
私を吸い込もうとした黒い山に匹敵、凌駕する数の牆壁を造り続けた。

え、リボンを・・・用意だと? 用意と言ったか?

用意って何のために? あの赤いリボンはいったい――。


六十。七十。もはやどんな手段でさえ私に傷を付――ギャああッッ!!



♪過甚の神 (Adapted)
http://www.youtube.com/embed/Zw6WWKFOrQQ?start=1668&end=1953

□円環的時間

1.

混沌に門がひとつだけ聳え立っていた。
光源の無い暗黒にもかかわらず見ることが出来た。
門と床以外には何も無さそうだ。


門の周りをぐるりと一周するが何も起こらない。

扉の左右にはそれぞれヤギと蠍らしき生物が刻まれている。


コネクト同士が干渉を起こしたからこんなことになったのか。
あの桃髪の子供は、もしかして暁美ほむらの言う『円環の理』だったのか。
いやいや、ありえない。


あの魔法少女が『円環の理』ならば、インキュベーターの願いによって誕生したことになる。
だとしたら、インキュベーターが『円環の理』の実態把握に困窮しているはずがない。
では、あれは魔法少女ですらない未知の存在だというのか。


「あの子供・・・最後に呟いていた。円環の・・・。まさか・・・ね」


闇に座り、状況整理をしていると空から声が聞こえた。



「どうしてここに来たかわかる? あの日から五年経ったんだよ。
つまり願い事はキチンと叶ったんだ。みんなを苦しめたカンナは死んじゃえってね。
あなたは知ってたかな? プレイアデスのメロペーは復讐の女神様なんだよ。うぇひひ」

うぇひひ?

次に、頭の中に鮮明なヴィジョンが流れる。
かずみを円筒の中に保管し口角を上げる複製体。
円筒を携えて、燃え滾る街を駆けてゆくインキュベーター。
どこに格納されたのか、暗闇の隙間から、巴マミの泣き顔がちらりと映った。


「あー、あー。聞こえる? えっとね。かずみから造ったかずみは今も生きてるんだって」


ああ、残念だ。プロドット・セコンダーリオ体が創造主である私を裏切るなんて。
良かれと思ってかずみからヒューマンの血を抜いてあげたのに。


「よう、哀れな子羊。積もる話はあるけど、まずは一発殴らせろ」


かずみの声に続いて牧カオルの音声が頭蓋に響いた。
首が捻れるような鈍痛と、膝が千切られるような激痛が走った。


自分の手足を見る。
どうなっているんだ。体は傷ひとつ付いていない。



門扉が開く。
進めと強要しているような、言葉にし難い威厳を覚えた。
恐る恐る門をくぐると、先程と同様、何も無い闇が広がっていた。



2.

振り返ると、くぐった門は無くなっている。

そして中央に先ほどと似通った門があった。
今度は、豚と大きなハエのおどろおどろしい刻印が左右に。


「ミチルを造ってくれたことには感謝しよう。海香の支えになってくれるはずだ。
今日、お前はミチルに殺されたんだ。これで世界に安寧が訪れるだろうね」

「造り替えたかずみのこと――すっかり忘れていたでしょ。
カンナ、あなたは自分の魔法に殺されたんだ」


浅海サキと若葉みらいの声が頭の中から聞こえた。
左手の血管が引っ張られるような感覚と、心臓が削られるような激しい悪寒に襲われた。

殺された?
いいや、私は生きている。ジェムは翳っているだろうが失われてはいない。
こうして胸の内で強かに隠れている。

扉がゆっくりと開く。
躊躇うことなく門を通過した。この調子ならばすぐ黒幕と接触出来るだろう。



3.

「まさか 私を憎んで魔法少女になってたなんて 
そんなことしなくても フツーに 幸せな人生を 送って欲しかった」

「あははは。いい気味だわ。これに懲りたらもっとまともな生き物になりなさい」


心の中から忌々しい声がふたつも聞こえた。
この怒りを何処にぶつければいい。
血液が煮え滾る。熱くて身体が沸きあがりそうだ。


門には『聖なる威力』と刻まれていた。
今までに潜った門にも何か書かれていたのだろか。
この声から逃れたい一身で、狐と針鼠が刻まれた扉を思い切り蹴る。


先に進むしかない。



4.

「カンナさん。この先は進まないほうがいいですわ。
ご自分がどうなったか分からない様子ですもの。
あらゆる地上の絆を断ち切る、永遠の女性なるものがあなたを冒す前に」


カンナ
「どうやって引き返せばいいんだ?」

返事は無い。


「キミだよキミ。織莉子を無理やり契約させたでしょ。この程度で赦されると思ったら大間違いだ。
キミはやっちゃいけないことをやったんだ。もうね、これはね、万死に値するんだよ」


あの女の言うことも引っかかるが選択肢はひとつしか与えられていない。
二人目の声の主は思い出せない。思い出せなくなった感覚だけがじんわりと残っている。
今の状況に比べれば取るに足らないが、十分理不尽な状況には変わりない。


徐々に息が苦しくなった。身体が鉛のように重く、歩くのも容易ではない。
ブロンズよりも重苦しい扉に刻まれた一角獣と龍が私を睨んでいる。

『比類なき智慧』が開いた。



5.

「私、ユウリちゃんとお友達になれたかな」
「アンタはりっぱな探偵になれたよ」

「ユウリちゃんとお友達になれたかな」
「アタシは料理人にはなれなかったよ」

「探偵には料理人のお友達が不可欠なの。グルメ探偵ネコ・ウルルって知ってるよね?」
「アタシは探偵にはなれなかったよ」

「私、ユウリちゃんとお友達なんだよ」
「アンタは料理人にはなれなかったよ」

「私はグルメ探偵ネコ・ウルルになれたかな」
「アタシはりっぱな探偵になれたよ?」

「あは、あはははは」
「うふ。ふふふふ」


どちらか、あるいは両方が飛鳥ユウリなのだろう。
これは、精神汚染の類に違いない。耳を塞いでも胸の奥から響いてくる。

何度もリピート再生された。

メッセージ性の無い虚構に決まっている。
真剣に聞いても何も得られないノイズに決まっている。


――虚構?

今までの“声”は本当に声なのだろうか。
知らぬ間に大仕掛けの精神攻撃を喰らっているのかもしれない。


熊とロバの刻印を足蹴に扉を無理やりこじ開けて先に進む。



6.

「あんたのつ らいきもち はわかるけ どさ。まほ うはそんな ことのため にあるわけ じゃないの よ」
「ああ、まっ たくだ。し ゅだんくら いえらぼう ぜ」


「つかいかた しだいでと ってもすば らしいもの になる。そ れがまほう なんだよ」
「いまさらと いたところ であんたの こころには とどかない だろうけど ね」


「でもね わたしはた だしいとは おもってな いよ。あん たのけついも あの子のけ ついも」
「しかたない じゃん。あ とはもう、 とことんつっ ぱしるしか ないんだか ら」



たどたどしい言葉で誰かが何かを言っている。
そこに抑揚は無く、中身がごっそり抜け落ちた操り人形のようだ。
幾重にも反響し、耳にも魂にも悪い。

今度の門にも『比類なき智慧』の文言。扉には犬と蛇が描かれていた。

犬と蛇か。

何となく美樹さやかと佐倉杏子を思い出した。
アレらにもコネクトを使ったからか情を高ぶらせるレゾナンスが止まらない。



7.

「チャオ! 初めまして。んー、怖い顔しないでよ。
いちごリゾット作ろうよ。いちごリゾット食べようよ。おいしくてニッコリ出来るよっ」

かずみの声だが、このふてぶてしさは和紗ミチル。プレイアデス的に言えばカズミ。

「ちちんぷりん!」

どういう理屈かわからないが、ほんのりと甘いテイストが舌に広がった。

「名付けてニコリゾット! みんなニッコリ美味しかったでしょ」

カンナ
「おい、なんて言った?」


その名称。
冗談とは程遠い悪質さに満ちている。


カンナ
「ふっざぁぁけぇえぇるなぁあぁぁあああ!! 私をあんなものと一緒にするなぁぁあぁああ」

迷うことなく舌を引っこ抜いた。
血の味が私を満たしたが、舌は何ともなかった。



・・・。

カズミ・・・?

カズミの仕業にしては・・・。


「Hyades思想は良かったんですけど、理解者はついに現われませんでしたね。
ニセモノはオリジナルになろうとする意思があるから、オリジナルよりも価値があると思うんです。
だからホンモノよりも本物らしいと私は考えていますよ」

ああ、次はお前か。

暁美ほむらへの復讐目的で唆した哀れなニセモノからのメッセージ。
もう何を言っているのかわからないが、激励だと言う事はひしひしと伝わってくる。




この空間に設置された門は従来と大きく異なる装飾の濃さが見て取れた。

観音開きの門には『第一の愛』と刻まれている。
扉の右には太陽らしき橙色の惑星。その中央に獅子の刻印。

左には恐ろしい怪鳥としか表現できないカラスのような、クジャクのような鳥類が描かれている。

カンナ
「この先に何かがあるわけだ」


扉は沈黙を貫いて、私が触れるのを待ち続けていた。



□ 円環的時間


世界中の光が全部吸い込まれたような白い空間だった。
中央に椅子が一つあって、白装束を着た子供が座っている。

ちょこん、と。

より具体的に言えば、ソウルジェムらしき紅い宝石が胸元に五箇所。
装束、髪の長さこそ異なるが、暁美ほむらの隣にいた子供で合っているだろう。
桃色の瞳が実に象徴的だった。



「お疲れ様。呼び方はカンナちゃんでいいのかな。それとも聖さん?」

――どっちでもいい。

「そっか。なら、カンナちゃんで良いかな」

カンナ
「私はお前に殺されたのか。それで死後の世界とやらに飛ばされたのか」


死後の世界。口にするだけでも馬鹿げていて身震いが止まらない。
そんなものあるわけがない。絶対に。

「カンナちゃんは生きてたよ。生きたままわたしのアクセス媒体にアクセスしたんだよ。
だからね、死後の世界と言うのは合ってるけど少し惜しいかな」


アクセス媒体、つまり髪を留める赤いリボン。私における接続ケーブルだ。


カンナ
「そうか。だが、けど、だとしたらここは何処だ。さっきのは何だ。
第一、お前は何者なんだ。この閉鎖空間の支配者なのか」

「ここは争いと絶望から解放された世界。わたしは円環の理」


カンナ
「円環――自然律かと思いきや、普通の魔法少女が行使した魔術だと言うのか?」

「わたしは円環の理。過去と未来の全ての魔法少女を救済する存在」


『円環の理』、即ち法則だと言い張る少女。
この子供、私にはただの・・・人間にしか見えない。




あの現象だって、今になって見れば高度な空間転移魔法で説明が付く。
先程の暗闇で見聞きしたものはモノマネとテレパシーで再現できなくも無い。
ましてコネクト使用者なのだから、他の魔法少女に比べ模倣の難易度は格段に下がる。



カンナ
「馬鹿馬鹿しい。お前は私にコネクトされたことを忘れたのか。お前は普通の魔法少女だろう。
名前は鹿目 ■■■、見滝原に住む中学生で――ぉお?」


「ごめんね。わたし、神様だから。個を示す記憶は全部遮断させて貰ったよ。
名は体を表すって言ってね。円環の理とわたしの真名が結びついたら駄目なの。だってわたし、神様なんだから」


極東に伝わる言霊信仰。とても用心深い子供だった。
この私を未知の空間に運び込んで記憶を遮断したことをも自白している。

なんたる余裕。

まさしく神業と褒めてやりたいところだが所詮魔法少女。
魔法少女の倒し方は私に限らず誰もが良く知っている。



カンナ
「神様? 神はもう滅んだんだ。お前は、鹿目 ■■■は存在しちゃいけないんだヨ。
今すぐ消し去ってやる。滅んだ奴がぬくぬくと生きていてはいけない」

「だからって戦うの? さっきみたいに負けちゃうよ。
カンナちゃんはわたしが神様だって、本当はわかってるよね?」

カンナ
「尚更負けるものか」


私が殺意を露にした瞬間、子供の目に剣呑さが浮かび上がった。



「わたしにはぜったい勝てないよ。勝てる要素は一つもないんだよ?」


カンナ
「私は強い・・・私は美しい・・・私は賢い・・・私は正しい・・・」


カンナ
「誰よりも! 誰よりもだ!!」


神が滅んだから、トリガーを引く聖カンナが現われてしまった。
神が居ないから、聖カンナから聖カンナが造られてしまった。
憎悪の連鎖は果てしなく繰り返され、どんな希望も根深い絶望に等しく収束した。
私の存在そのものが反証足りうる。

ほら見ろ。神はどこにも居ないし、居てはならない。
白い椅子に座っているこの子供は何かの間違いだ。幻想だ。
仮にあれが神だとしても、神を神たらしめんとする要素が全くもって欠落している。



カンナ
「だから、お前を消して、全部消して、何もかも初めから無かったことにして――」

「怖がらないで。カンナちゃん。わたしはカンナちゃんの気持ち、良くわかるよ。
だってあなたはわたしの最高の友達だから」

カンナ
「お前に何がわかるっ」





「もう誰も恨まなくていいんだよ。誰も呪わなくていいんだよ」




少女は太陽の笑顔を浮かべて指をぱちんと鳴らす。

カンナ
「お、おい。魔法が使えない。何をしたんだ!」



「こんなところまで来てくれたんだもん。
わたし達は最高の友達だよね。だからね、ケンカはいけないと思う」



『円環の理』が椅子から立ち上がって私に接近してきた。


カンナ
「く、来るなっ! お前のような奴知らない! 友達でもなんでもない!」



「大丈夫だよ。だって――カンナちゃんは、わたしの、最高の友達なんだから」



銀色に輝く粉が降って来る。
目の色、雰囲気がガラリと豹変する。


こいつは本当にヤバい――ッ。

『円環の理』の目は最高に金色に凍て付いている。もう私に死をもたらす気満々だ。




やばいやばいやばい。
どうすればどうすればどうすれば。
しにたくないしにたくないしにたくない。


            「これからは、ずっと一緒だよ」

                              ..  -┐
                              /,..   -┴┐
             rヘ           _  _   //        /
         /  ヽ      ,.  ´.: : : : : :.`ン´       , ‐-= .,_
            {     、  . ´.: : : : : : : :. :. :.{\      / : : : : : : `ヽ
       _,..⊥..,_   〕 ´ : : : : : : : : : : : `ヽ’,   ,.イ `ヽ: : : :``丶、
        く     ⌒フ: : : : : : : : : : ,ハ.: : : :. :.Vハ     }   ): : : : ‘,
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-‐…=ニ⇒'´         `        i  )}`   iY          -=ミY
      _∧         、   、     Y⌒ヽ、,jリ            (:::::::::::
   f :::::::::⌒}             '.   }        ∧   、        i:::::::厂
.   ゝ:::::::::,八            '  ;         ∨    :.        j::: (ハ
   人 :::::::::::` ー- 、       :i           ;    }   r‐-‐彡: : j:リ
  /.: : :しヘ, :::::::::::::リ   /  :j: ハ          ノ    /⌒´ 、:::::::r=彡'
/.: : :/: : 人 :::::::::(   ノ⌒' く廴彡         ′  ,イ:::::::::__ハ _ノ
.: : :/: :/  `う::::::::`¨´:::::::::::::::::/ }          / `⌒´


□カリフォルニア ショッピングモール


カンナの接続に対抗する?
――彼女の繰り出す類稀な固有魔法に抗うのは不可能よ。

どんなに障壁を築いても、聖カンナはそれを易々と突破する強みを持つ。
私は何らかの行動に移すどころか、目を瞑ってしまうという杜撰さの極み。


死。人形。忘却。
カンナのねっとりとした言葉遣いが耳から離れない。
これがConnect?



ぎゅっと閉じていた目を恐る恐る開いてみると。


にわかに信じられなかった。
私は呆然として見つめることしか出来ない。


聖カンナの人差し指がだんだんあらぬ方向に曲がりだし――。


指先からブツンッと不穏な音が聞こえたかと思えば、そのままカンナは仰向けに倒れた。
しばらく手足を動かし、咳のような動作や背中を反る動作を繰り返した。
私とキュゥべえは異様な光景に魅入られていた。
カンナの顔はますます紅潮してゆく。


記憶が消されているような感覚は一切無い。
それすら気がつかないのがConnectの真骨頂なのは重々承知だが。
当のカンナこそ虚ろに喘ぎ、時折、消えてしまいそうな程小さな悲鳴を繰り返した。

見えないナイフで体中を滅多刺しにされてるような。
とにかく異常な事態だった。



ほむら
「キュゥべえ、何が・・・どうなっているの?」

QB
「ほむらがやったんだろう? お手柄だよ!」

ほむら
「いいえ。私には何も出来なかった。何も」

QB
「・・・? まあいいさ。お手柄には変わりない」


リボンは真紅にうなっている。


おおよそ一、二時間後。
音沙汰無く、たちまち胸元に桜色の閃光が射し込み、カンナの変身が解けた。
キュゥべえはソウルジェムの消滅と聖カンナの絶命を確認した。

ほむら
「聖カンナは死んだ。でも生きているみたいに、徐々に死んでいった」

QB
「あの瞬間には既に死んでいたよ」

ほむら
「死んだ存在に生を見たわ」

思ったままのことを口にした。



「ラザロ徴候よ」


御崎海香が現われて言う。
暖かそうな私服姿で眼鏡は掛けていない。

ほむら
「・・・見ていたの」

海香
「逃げようともせず、あろうことか、ノコノコあなたに近づく聖団のメンバーが居れば、
トップとして連れ戻すのは当然のことではなくて?
まさか、寄りにも寄って、ニコの忘れ形見が潜っていたとは思わなかったけど。
一から十まで見聞きしてたのは半分偶然だから、悪く思わないで欲しいわね」

ほむら
「聖カンナは普通に逝ったわ。
あの子に導かれたにもかかわらず、何故か死体が残っているけれども」

海香
「『円環の理』はとても恐ろしい現象。
おぞましく暗い力を前に、聖カンナですら・・・」

海香はゆっくりと首を横に振っている。
項垂れているようにも見えた。



慈悲に満ちた優しい光を見て、おぞましく暗い力ですって?
小人物はみなそう言うのだ。鼻で笑ってやる。



ほむら
「『円環の理』はとてもロマンチックよ。オーロラよりも美しく太陽よりも目映い。
何がおぞましいの? 何処が暗いの?」

海香
「あなたは何故そうも『円環の理』にこだわるの?
世界に仇なす敵とはいえ、絶対の死を前にして何も感じなかったの?」

こいつも同じことを。
御崎海香と牧カオルは似ている、と思った。

ほむら
「・・・なんでかしらね。でも、それが、私が私たる所以よ。
強いて言うなら好奇心――と答えれば、御崎海香は満足するのかしら?」

海香
「そうかも知れないわね。質問ついでにもう一つ。
聖カンナが逝った今、赤いリボンの死神は、これから何を目指すのか知りたいの」


建物の影に隠れて、数人の魔法少女とインキュベーターがこちらを見ていた。
まだやりあう気なのか。


ほむら
「私の推測では、もう人は殺さないんじゃないかしら。あの子の器は完成しているもの。
死に掛けた魔法少女の側で、『円環の理』を宿す実験は続けるでしょうね」


御崎海香は首を左右に振る。
魔法少女達の一部が変身を解いた。

ほむら
「勿論、邪魔をするなら話は別。容赦しないわ。
あの子に逢うための障害は全部壊すつもりだから」


血まみれの右手を開いて見せた。
指と指の隙間からピンク色の肉がぽたぽたと垂れている。



全ての生き物が眠りに落ちたような静けさの中で、肉滴の音だけが響いた。
汚物を見る目で佇む御崎海香。生体物質を垂らす私。
キュゥべえはどこ吹く風といったところ。

彼女に関連する事で幾つか心残りがあった。
ひとつは美国織莉子のこと。そして――。

ほむら
「キュゥべえ、今は夜中の何時?」

QB
「何故、今それを聞くんだい?」

海香
「・・・だいたい二十一時だけど」

お互いに、訝しげに睨み付けながら。


ほむら
「感謝するわ。私のは魔力で駄目になっているから。
ということはキュゥべえ。聖カンナが死んだのは、あの筒のお陰かもしれないわね」

QB
「なるほど。確かに履行時刻は過ぎているようだ」

ほむら
「お礼に一つ、いい事を教えてあげる。御崎海香という魔法少女に遭ったら、こう言いなさい。
見滝原に行けば貴女の望んだものがあるってね」

海香
「何を企んで・・・。いえ、必ず伝えておくわ」


ほむら
「私は御崎という女が嫌いなのよね。もう二度と顔を見たくないくらい。
ここだけの話、次にあの女を見かけたら牧カオルの人形を送りつけてやろうと考えているの」


御崎海香の手が震えだした。

ほむら
「かずみを生み出した自分達は棚に上げて、私に怒りをぶつける気?
造る人間によって命を扱う是非や基準、認証が変わると言うのなら、とんだお笑いぐさだと思わない?」

海香
「その人の死生観や倫理観次第よ。
少なくともID論者にとって私は異端で、あなたはもっと邪悪な何かなの。だから私たちは・・・」


ほむら
「ヒトがヒトを造ったら駄目だなんて刷り込みの固定観念を押し付けないで欲しいわ。
それはヒトが勝手に言い出しただけ。製造元はそんな説明書送りつけていない」

海香
「災厄を招き寄せる考え方ね」

ほむら
「災厄で結構よ。誰にも邪魔はさせない」

海香
「そう・・・。私も殺したくなるほど恨んでいる人が居て、五年以上も追いかけているの。
あなたのような考えの持ち主なら喜んで聞いて下さると思うのだけど?」



アルデバランからすうっと横に逸れたプレイアデス輝く星空の下で。

ほむら
「イヤよ。早く私の前から消えて頂戴」

海香
「なっ!?」


駆け引きなしで、本当の気持ちを言えるのは清々しいことだと感じた。




「「「・・・」」」

三者三様。
私とキュゥべえとカンナの死体だけが十字路に残った。

御崎海香とはしばらく腹の探りあいを続けた後、お互いに言いたいことを言って別れた。

彼女と顔を合わせると決まって口論になる。
神や宗教ではなく、科学こそが真に普遍だという主張で著名なNOMA原理を持ち出して
「あの子」の様態を否定するだけでは飽き足らず、
『円環の理』を見えざるピンクのユニコーン呼ばわりする始末。
パスカルの賭けと黒鳥理論を引用して反論してみれば、論理的誤謬よ、と苦い顔で言い返してくる。



希望を求めた因果がこの世に呪いをもたらす前に消え去る現象。


                Law of Cycles
                 円環の理


素粒子物理学のような視点で、理性的に『円環の理』を解釈したアイツ。
そこに自然神学的見地を介在して人間性を視た私。


法則はそれ以上でもそれ以下でもなく、初めから存在したという考えと、
その壮大な秩序と組織原理は何者かの手解きが前提だという考えの対立。
根底の大元のところで食い違うのだから、いくら私達が似た者同士であろうと理解し合えない。


結末は初めからわかっていたはずなのに。




御崎海香が立ち去った今でもふつふつと怒りが湧いてくる。

「ああっ、くやしいっ。聖カンナに利用されてたくせに何様のつもりよ」

聖カンナが紛れていたお粗末な組織。
接続されて手駒にされた人も少なからず居たでしょうに。


ただ――気を緩めてはいけない。


御崎海香のことだからどこかで私を見ているかもしれない。

かずみに逢いに見滝原に戻ったかもしれない。

発狂した美国織莉子の記憶を操作しに戻ったのかもしれない。

生き永らえた仲間に洗脳魔法を掛け直しているかもしれない。


聖カンナは死んでいる。

今言える客観的事実はそれだけ。



「いつだったか、ほむらに話したことがあるよね。『円環の理』の把握に苦慮しているって」

「昔々、遠い昔にそんなことも言っていたわね」

「ソウルジェムだけが導かれる『円環の理』現象は見たことが無い。初めてのケースだよ」

「Connectの前後で何かが起きたのは事実だけど、魔力消費に因る事故死の亜種でしょう。
今回に限っては契約の祈りが関与しているし、気に留める必要は無いと思うわ」


「次に導かれる魔法少女も身体を残すのかな」

「残したとしたら、『円環の理』に何かが発生した証拠になるわね。
今すぐ魔法少女を探しに行きましょう――あっ」

「?」


死体に駆け寄った。
聖カンナは目を見開いて死んでいる。
アルデバランの遥か遠くを見ながら死んでいる。


「聖カンナ、ねえ覚えている? 覚えてるわよね。五年前のことなのだけど。
貴女への一方的な約束を今、果たしてあげる」




「キュゥべえ、そこのウォルマートでお買い物しましょうよ」

「何を買うんだい?」

「落書き帳と絵本とスコップと――」



お腹も減っているし、とキュゥべえに微笑みかけた。


>>348
元ネタさっぱり見えない……
完結したら参考文献みたいな形で示して貰えたら勉強になります

>>378
考えときます

一部の元ネタは地の文でちゃんと出しますが
基本ファイアーエムブレムシリーズです・・・
>>361の台詞>>249の地の文などなど


「素っ気無いものね」

星々が凍りつく深夜の国立公園で独り言のように呟いた。


「回りくどいことをしなくても、すぐに現地の警察が処理しただろう」

「人としての死を与えてやったまで。
なんというか、死体に惚れたというか、見蕩れてしまったというか」

「ふーん。死んだものに何らかの解釈を取り付けるなんて理解できないなあ」


魔力の放散で液晶がバリッと音を立てて割れる。
新品のタブレットはたった今、ガタクタになった。

ゴミをポイと投げる。モロロックの深淵が何も言わずに飲み込んだ。

>>381はちょっとミス
>>377の続きから投下します




≪Calif. Teen Shot & Killed With Rifle≫

California Police are investigating a
shooting that left a 19-year-old girl
dead.It happened around 22:30
Thursday night on Columbus Avenue.
Police say 19-year-old Kanna Hijiri
was shot in the head.She was flown
to Undaria Memorial Hospital in
Laminariales town,where――



小型タブレット端末で取得したニュースを流し読む。
聖カンナは額に紅い花を咲かせて死んだ。



カンナ

檀特
曇華
カンナ・インディカ



そしてインディアン・ショット


悲しいほどに名は体を表す



「素っ気無い記事ね」


星々が凍りつく深夜の国立公園で独り言のように呟いた。


「回りくどいことをしなくても、すぐに現地の警察が処理しただろう」

「人としての死を与えてやったまで。
なんというか、死体に惚れたというか、見蕩れてしまったというか」

「ふーん。死んだものに何らかの解釈を取り付けるなんて理解できないなあ」


魔力の放散で液晶がバリッと音を立てて割れる。
新品のタブレットはたった今、ガタクタになった。

ゴミをポイと投げる。モロロックの深淵が何も言わずに飲み込んだ。



澄んだ夜空に固く誓う。


「『円環の理』を素体に宿して、あの子と本当の邂逅を成し遂げる。
あの子は桃色の光の中に居る。あの子は、死に際の魔法少女の側にたゆたう。
後は、魂を適切に移し変えるだけの技術だけど――」

当時、頻繁に唱えていた呪だけでは芳しい成果は現われなかった。
膨大なグリーフシードと人間を捧げる価値はあったが。


「ボク達インキュベーターに出来るなら苦労はないね」


光の波動から魂を引っこ抜くのは極めて難しい。
魔獣が人間から吸い出すのとはわけが違う。
器に『円環の理』を宿す場合、自然に浮かぶアイデアのひとつが魂の結晶化だが。



「後一歩及ばないだけ。まずは魔法少女を探しましょう?
キュゥべえだってあの日以来、公に魔力管理を始めたのだから難なく見つかるはず」

「本来は魔法少女の延命を目的としているんだ。
契約数は激減した代わりに生存率が格段に向上したんだよ」


魔獣の討伐は原則数人でのグループ行動。
身内の一人が逝きかけたところで助け合うのが自然の摂理。
そんなところに私がひょっこり現われて、誰にも理解されない種類の言葉を唱えながら看取ることになる。
何体もの人形を連れて、だ。


「同属を襲ってもいいけど、周囲に知れたらますます邪魔される。
友好的に近づいても、グリーフシードを与えるわけでもないから恨まれる。悩ましいところなのよね」

「他人の死に際に近づくなんて。さながら『死者を囲い込むもの』ヴァルプルギスの夜だ。
どんな態度で接しても怖がられるだろう。気にするまでも無いよ」

「貴方は相変わらず好き勝手言いすぎなのよ」


インキュベーターの知恵も複合して呪文をアップデートしましょう。
魂を結晶化し、固定する技術を応用すれば、桃色の光から理成分を抽出することも出来るはず。
まずは長年の連添いからあれこれ聞き出して、実際に『円環の理』現象で試行しよう。




「仮に、『円環の理』と呼ばれる概念が具体化するなら一度見てみたいものだね」

「『円環の理』は存在する。私が証人よ」



私とキュゥべえは天を仰ぎ見る。

あの子が星空の向こうに。きっと。
体の奥底から沸き立つ想いの強さにたちまち落涙していた。



ひゅー。ひゅー。ひゅひゅー。
凍てつく風が心地いい。


「貴方は『円環の理』に逢ったらどうするの」

「想像もつかないね。まず、無害かどうか確かめようと思う」

「あら、冷静ね」


どこか懐かしみを覚える黒と無数の星々。
もう少し包まれていたい。







「キュゥべえ・・・夜明けが近いわ。戻りましょう」





長いこと、本当に長いこと星空を見続けていた。
もう一生見なくてもいいくらいに。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――
――――――――――――


■祀り

死んだ存在に生を見た。
生きている存在に死を見た。


      四月 十八日 聖金曜日/受難日


見滝原は八年振りの再会、といった面持ちで私を受け入れた。

美樹さやかも佐倉杏子も――既に居ない。


「巴マミはまだ生きているの?」

「別の個体によると、独りで戦い続けているそうだ」

「無理も無いわね。魔法少女とはそういうものなのだから」



小型のキャリーケースを引きながら私は呟く。

「もう一度だけ逢いたい」

キュゥべえは答えた。

「宇宙を救うこと。人類の繁栄は言うまでも無く包括されている」

淀みない返答に満足し、私は何度も何度も頷いていた。




「私は私で貴方は貴方なのね」

「ほむら。行くのかい?」

「ええ、やっと見つけた。これがたった一つの冴えたやり方」

「達者でね。暁美ほむら。キミは最高のパートナーだよ」



「・・・」

「・・・」


――逢う為には何だって諦めてやる。何だって捨ててみせる。


“ シロベーン”よりも遥かに賢明で理性的なエイリアンとの別れを名残惜しみつつも、
太陽の明るいハミングを奏でながら、かつての自宅へ戻り、二階に足を踏み入れた。

―――――――――――――――――――――


木造りの一室。小綺麗な書斎――だった。


血液が至る所に染み込み、酸味のある匂いが漂う。

窓から入り込む春の光がそれを強調した。


床や壁には数多の刀傷が生々しく残り、一部の木材は朽ち果てている。

慎ましやかだが、見るに耐えない惨状だった。


眩い陽だまりの中――

――椅子には誰も腰掛けていない


―――――――――――――――――――――


「あの子」が読んでいた書物は、そのまま机の上に置かれている。
表紙は黒ずんでおり、陽の当たる部分はすっかり色褪せていた。


「あの子」の匂いが染み付いた椅子に深く座り、無造作に本を開く。

栞紐が紙に張り付いている。「あの子」が最期に見たページだ。



『世の中には何か暗い力があるのね。
それがおそろしく意地悪に私たちの心の中に一本の糸をひそませて、
その糸でがんじがらめにして、ふだんならそんなところに踏み込もうとは夢にも思わぬ
危険がいっぱいの邪道に私たちを引きずって行くのです。』

『きっとそんな暗い力が私たちのなかで、まるで私たち自身がそれを造りでもしたかのように、
私たちの自我になるのです。だからこそ、その力の存在を私たちは信じるのだし、
それがあの秘密の作業を遂行するのに必要とする場所を設けてやるのね』



「あの子」が読んでいた本「砂男」の一説に目を通し、鼻で笑う。

『円環の理』が暗い力だっテ? 馬鹿らしい。



――急がないと


書庫からおもむろに羊皮紙を取り出す。
八年前、マミの自宅から拝借した『円環の理』に関する写本だ。

鳩の血インクに自分の血液を混ぜ合わせ、人差し指を濡らす。
手の震えと格闘しながら想いの丈を綴った。


――結局、私の理解者は誰一人現れなかった


先ほどの一説が目に入った。


――暗い? ああ、ソういうこトか


もはや思考すらままならない。


ソウルジェムはどす黒く変色している。
そんな暗い力とはもうすぐお別れの時間。


リボンを外し、両手で柔らかく包み込む。準備は万全だ。

もうすぐ、今にも――素敵な、素敵な桃色の力が私を包み込んでくれるのだから


――――――――――――――――――
――――――――――――



――凝血の舞台に役者が揃う


暁美ほむらの死から十年近くの時間が流れた。

数週間前、巴マミは、美国織莉子、鹿目詢子と共に暁美ほむらの人生を視た。


そして、この日。
とある書籍の影響で「ヴァルプルギスの夜」と呼ばれるようになった十八年前の惨劇以来、
巴マミは魔法少女として初めての弟子を取ることになる。


鹿目まどか
鹿目ほむら


年齢は共に九歳。十月十五日生まれ。


暁美ほむらの死から百八十日後に生を受けた。

奇しくも四月十八日に冥界に下り、 百八十日後に地上に戻る冥府の神を再現していた。
美国織莉子はこの事実に気づいてから、暁美ほむらを神話に喩え〔ネルガル〕と独自に呼称している。



――ネルガル

Basilisk Glance
バシリスクのような目つき、すくみ上がらせるような目つき、悪魔の目、災いを招く者。
シュメール神話、バビロニア神話、列王紀に登場した大量殺戮の神。


命の冠をかぶり、14人の不気味な、恐るべき魔の護衛を従えた姿で尊崇された。

冥王としてのネルガルは黒い鳥人の様相で、戦争と疾病を齎す災禍の象徴である。

ネルガルは14人の従者を使って地下世界の7つの門を差し押さえ、

冥王の部屋でエレシュキガルを殺そうとした伝説が残っていた。



「この前、名前は当てにならないって・・・」

「だからこそ識る必要があったの。
顔立ち、佇まい・・・目の前の『奇跡』を見て、巴さんはどう感じましたか」

「紫の子。雰囲気は、暁美さんに似てなくも無い。
桃髪の子は、今のところ普通の女の子にしか見えない。
二人とも、生まれながらの魔法少女というところは・・・かなり気になるわね」

「あらあら。巴さんは変わったわね。
以前の貴女ならこういう不穏分子は即座に“摘み取る”選択をした。違う?」

「この二人を見極めて欲しいのか、育てて欲しいのか、はっきり言ってくれると助かるのだけど」

「魔法少女絡みのことはノーを貫くと言ってなかった?」


頬を膨らませるマミを見て笑みを漏らす織莉子。




「こほん。では、もう一度同じ質問。巴さん、奇跡はあると思いますか」

「美国さんは本当に悪い人。私が根負けするまで聞き続けるつもりでしょう」

「お互いに頑固だからこうなるのよ」

「全ての物事には、明確な理由が与えられているものよ。奇跡なんて。
でもこれが奇跡だというのなら。私の時には、どうして――」


マミは悲しげな顔で、ソウルジェムを見つめていた。


■輪舞


一晩中しんしんと降り続けた霧雨はすっかり上がり、
静かな日差しが見滝原を美々しく照らしている。


日曜日の朝。小鳥は元気よくさえずり、小川のせせらぎが安らぎを演出する。

横並びに歩いている三人の間を、やわらかい春風が若葉の匂いを宿して吹き抜けた。


一人暮らしにしては広々としたワンルームのマンション。
内装は落ち着いていて、高尚な食器類や絵画の類が飾られている。


硝子テーブルの前にちんまりと正座する二人の女の子。


見たところ十七、八の凛とした少女が、はにかみながらケーキを運んで来た。
見滝原と風見野を統括するこの道二十年のベテラン魔法少女だ。

「二人ともお疲れ様。楽な姿勢でいいわよ」


「わあ、おいしそう!」

「ありがとうございます」


少女は適当な距離をとって子供達の斜め前に座った。

「そうそう。二人ともソウルジェムを出してくれる?」

「この指輪をたまごにするんだよね」


桃色のソウルジェムと紫色のソウルジェムが硝子の上で仲良く隣り合う。


「はい、グリーフキューブ。五粒もあれば綺麗になるわよ」

「「はーい」」


白い生き物がソファに飛び乗る。

「回収は任せてほしい。濁り具合の確認や、戦闘のアドバイスもボクが担当するよ」

「えー、勝手に家に入るの?」


「それなら、テレパシーでもいいわよ? ね、キュゥべえ」

「そうだね。窓際に置いていてもいいよ。
だけど、これは実体化した魂だから扱いには気をつけて――」

怪訝そうな顔を浮かべて少女を見つめる女の子たち。

「五粒じゃ綺麗にならなかったよ?」

「あら、不思議。容量が大きいのね。きっと立派な魔法少女になれるわ」



ケーキを食べ終えた桃髪の子が、興味深そうに少女のソウルジェムを覗き込む。
黄色の中で赤と青がくるくる回っていた。


「マミさん、マミさん。一番強かった子ってどれくらい強かったの?」

「むずかしい質問ね――私三人分? かしら」


苦笑いしながら桃髪の子に答えた。



「えーずるい。私もマミさんみたいに強くなりたい」

「わたしはマミさんが一番強いとおもうよ」



「まどか。たくさん勉強して、たくさん戦えばマミみたいになれるだろう」

「んー。ずっと寝てるキューベーには言われたくないよ」

「そうだよ。キューベーも走ったら?」


ほむらと言う名前の子が白い生き物を捕まえようと、部屋を駆け巡る。

白い生き物がソファから逃げ出す。

それを見た桃髪の子、まどかも部屋を走り回る。


「キュゥべえも大変ね。二人とも、足元には気をつけるのよ」

その様子を微笑ましく見守る少女。



「いたっ、何これ?」

ほむらのおでこが大きな額縁に当たった。

「この絵だけ裏返しだよ?」

「表も何だか不気味だね」

「ごわごわしてるよ」



〔ほら見つかった。忠告したとおりだろう? 彼女達はまだ九歳、第二次性徴を迎えるまで五年もある。
例のリボンと共に、これもボク達が管理しておいた方が良かったと思うよ〕

〔私は、これでいいと思うの。いずれ話すんだから知っておいたほうが良いかなって。
この子達なら大丈夫。時空を超えて廻り逢った運命の二人――なのよ〕


〔またその話か。ボクには信じられないな。確かに面影は感じるけど――。
まさか――アレ以来、頑なに弟子を取らなかったマミが折れた理由って・・・それかい?〕

〔さあ、どうかしら。ふふっ〕

テレパシーで疎通を行う。当然ながら外部には聞こえない。



「「マミさんー! これ何?」」


「これは・・・『円環の理』の言い伝え」

「「教えて教えてー」」


「良いわよ、二人ともこっちに座って」

「「はーい」」


「ほら、キュゥべえもいらっしゃい」

「マミ。もう平気なのかい?」

「何とか、ね。それじゃ読むわよ?」





その ことば は きこ え なくとも
むねの おくへは と ど く は ず

あらゆるもの に すがた を かえて
かがやく こな を まく の です

まち の うえ でも なみ の した でも

わたし の ただ ひとり の ゆうじん

よばれる ことの ない かわりには
いつでも そこに いるのです

うつろい ゆく この すべて は
あおのひ の きぼう の ひゆ に すぎま せん

かつての すべては いま みたされる

ことば に できぬ まほうたち で さえ
ここ に とげられる

いつか えいえんの その きぼうが
わたしたち を むかえに くるのです






「本来、魔力を正確にコントロール出来るまで秘匿だからね。
伝え聞くのはおろか、写本を見ることが出来るなんて例外中の例外だよ」


「絵じゃないんだ。何語なんだろう?」

「んー? 全然わかんない」


「そうね。私たちにはとても理解が及ばないわ。でもね、その昔。
ずうっと、ずうっと昔のこと。『円環の理』に逢いたくて、世界中を駆け巡った女の子が居たのよ」

「へえ。すてきなお話ね」

「それでその女の子は『えんかんの理』に会えたの?」

「ええ。きっと会えたと思うわ。今のあなた達を見てると、ね」

「「?」」

「ふふ。わからなくて良いのよ」



「「・・・」」

「あ、これは読める。ひらがなで書いてあるよ」

「どれ? しわしわで読みにくいよ」

「ほら、ここ」

「ほんとだ! わたしにも読めるよ!」




「「わたしの――

「「ただひとりのゆうじん!




円環の理は宿せなかったのです。

人類の叡智を集めても宿せなかったのです。

暗黒の力に頼っても宿せなかったのです。

それでも彼女は円環の理に逢いたかったのです。


彼女は絶望していることに気づいてしまいました。




     「あの子に逢えなくて濁りきってしまいそうだわ」

「でも奇妙な話よね。お陰であの子にもう一度だけ逢えるのよ」

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♪Il Dio della Morte e La Fanciulla - Love Solfege
http://www.youtube.com/watch?v=Vq0Boy0fnzw



■Luminous


――暗い? ああ、ソういうこトか

もはや思考すらままならない。
ソウルジェムはどす黒く変色している。

そんな暗い力とはもうすぐお別れの時間。
リボンを外し、両手で柔らかく包み込む。準備は万全だ。

もうすぐ、今にも――素敵な、素敵な桃色の力が私を包み込んでくれるのだから。

希望と絶望に板挟みされた状態で、圧倒的な光と熱量が私を包み込んだ。

八年前の春先以来、二度目の『円環の理』は温かく私を包み込んで――

――温かく私を

――私を


『円環の理』が比類なき魔力を私に従えて。

神秘的な詩と神聖な桃色に包まれて。

あの子の姿に引っ張られて。


あの子の赤いリボンに目を焼き付けながら。

桃色の瞳に目を焼き付けながら。








――着いた先は何も無い闇だった


□円環的時間

♪Fire Emblem 10 Ascent (過甚の神)
http://www.youtube.com/watch?v=3rfG-G8wSu4


1.

特筆すべき事項は、数メートル先に大きな門があるということ。
ここは、温度も匂いも感じられない闇だということ。
ここは、闇なのに、光源がないのに、周囲の様子を認識出来るということ。


「私は確かに『円環の理』に導かれたはず。つまりここは導かれた先の世界?」
前回、つまり八年前にも目の前が闇に包まれた経験はあったのだが。
今回は何かが違う。何もかもが違う。


自分の身体がある。
こうして門を見て、重く塞がった扉に手を触れられるのだ。
身体の一つや二つあっても何ら不思議ではない理不尽な空間だ。


「うあ何これ」
なんと左手の甲に石。詳しく言えばソウルジェム。多分本物。
私は本当に導かれたのか。それとも『円環の理』の言い伝えは贋物だとでも言うのか。



だとすれば、
立ち尽くすしかない。
――今まで私がしてきたことって


ボトッと音がした。
足元には眼球がひとつ転がっていた。
痛い。


痛い?

痛い! 痛い!

私の目だ! 私の左目が落ちている!


鈍い痛みに悶えていると腹が裂けて、臓器が綺麗なアーネシの魔女を描いて飛び散る。
生暖かい鮮血が蠍の刻印を満遍なく塗りたくった。
口から赤い泡まで出てくる始末。目を覆えばいいのか、口を押さえればいいのかわからない。


津波のように圧倒的な暴力が次々襲い掛かり、身体を上へ上へと突き上げていった。
暗闇の大地が染まる染まる赤く染まる。
身が投げられ、地面に打ち付けられた後も四方八方から暴力を浴びた。


身体の内側でも、激痛が散々に跳ね回る。
どこまで自分の体でどこから暗闇なのかわからないほど。
体中の神経が示し合わせたかのように一斉に発狂し始めた。


赤と黒の世界を上下しつつ、
途切れ途切れの意識を繋ぎ合わせながら、私は幾つか精度の高い仮説を構築した。
まずは三つ。


1.ここは濃厚な魔力と瘴気で満ちている。
2.ここは現世ではない。
3.私は死んでいるが魔法少女である。


どす黒かったソウルジェムが透き通っているだけでなく、点滅しているのが仮説1の裏付け。
仮説2は、考えるまでも無く明らかで、こんな状況は現世では在りえないだろう。
最後の仮説も同様、私はあの子を求めて死を選んだのだ。


手元に赤いリボンが無いのも、身体に傷がつかないのも、仮説3を支える論拠になり得る。
この世界に鏡は無いが、自分の目は不思議なことに二つあったし、お腹も触ってみれば案外無傷。
だからこそ異常で説明しがたい光景と苦痛に混乱しているのだ。


あるいは仮説1による自然回復の影響で、逐次傷が塞がっているのかも。
血は徐々に乾燥している。時間の概念と酸素はあるらしい。
やはり自我はあった。




――あの子に逢いたい。それだけなのに。



閉じられた門が目に入った。
どうしたものかと若干悩んだフリをしてから、破壊することに決めた。
即座に弓を生成し、目の前の塊に矢を射る――。


なかなか着弾しない。
門の少し手前で見えない結界に命中し、魔力片が八方に飛び散る。
扉の一部が凹むに過ぎなかった。


「魔法の攻撃は・・・弾かれるのね」


素手なら触れられた。
力ずくでこじ開けるしかない。
だけど近づけない。


血の池に目や歯が無数に浮き、私を成す部位がてらてらとピンク色に光っていた。
壁にもぐっちゃりと付着してる。
壁、あったんだ。


今の状況を利用するとしたら手段は一つしかない。
見えざる力に打ちのめされながら、私は何遍も回復呪文を唱える。
回復の対象は私ではなく私。


床に転がっている臓器目掛けてがむしゃらに。
思惑は至って簡単。私の器、付き人をこの場で造ろうというだけ。
それこそ材料は無限にあるのだ。


やっとのことでヒトの形をしたものを造った。二体。
一番期待していたことだけに失意も甚だしいが、この付き人はスケープゴートにはならない。
この暴力は私、暁美ほむらに襲い掛かるものだった。


私の動きを目で追うだけの出来損ないの付き人に命令を下し、扉を押させる。
扉が開くと、私を苦しめる現象はピタリと止まった。
門の向こう側はさらに深い闇に見える。


「ありがとう。えーっと」

「ベンヌ」

「フルバシュ」


アイツが面白半分か何かで名付けた名前。
どんなカタチをしていても名前は大事だもの。
付き人は呼吸を乱しながら門に寄りかかっている。


「・・・念には念を」
飛び散った私を素材に、付き人をさらに十二体造りあげた。
先の二体とは異なり、落ち着いた状況で造ったから完成度は抜群――と言いたい所だけど。


全部で十四体。あの時と同じ十四体。
違うのは出来栄え。記憶の移植をしていないこと。名前。
「命名。左から、シャラブドゥ、ミキト、ティリド、ベールリ、ムタブリク――」



「暁美ほむら」は絶対に譲らない。貴女達はきっと裏切るから。


「この先にもトラップがあるかもしれないから、
扉を制圧して何者も通さないように努力しなさい」
ベンヌとフルバシュを門に配置する。


・・・。
次はこの程度じゃすまないかもしれない。
一瞬たじろぎつつも、あの子に逢えるのならと思い底知れぬ門をくぐった。


2.

誰かに首を絞められている。
体が宙に浮いたまま、皮膚と筋肉がブチブチと小さな音を立てていた。
勿論、私の正面には誰もいないし、魔法少女に首絞めは効かない。


付き人の裏切りならば容赦なくねじ伏せることも出来るが、見えざる手には抗えない。
気持ち悪い。一体誰が何のために・・・。
突然、刃物のような見えない何かで串刺しにされ、へそ辺りの肉がごっそり消える。


へそ?
何かを思い出しかけた。
なんだっけ。もう思い出せない。強行突破してから考えよう。


棒立ちしている付き人二体に門扉を壊すようテレパシーで命じる。
私が触れたら先ほどの圧倒的な暴力が発動するかもしれないから。
黒髪の生き物は頷き、すたすたと門に近づく。


――――――――――――――――――
――――――――――――

状況はさして変わらない。私の方針も変わらない。
付き人を二人ずつ使ってさらに三、四つと門を打ち壊して制圧していく。
穴だらけになり、硬質なものでひたすら投打される比較的軽い痛みに耐え、歩を進めた。


6.

「闇は十字路だったのね」


この広い空間はちょうど四辻になっていて、中央に門があったのだ。
遅すぎた大発見だと控えめに自嘲する。
魔道を修める人間として、十字路という場所は想像以上に重い意味合いを持つ。



「ここは――そういうことなの?」


近代までのヨーロッパでは自殺者は死体に杭を打たれて十字路の中心に埋められる。
自分への殺人とみなされて、審判の日まで魂が彷徨うように仕向けられるのだ。
現在でも十字路に小聖堂や十字架を立てる習慣は残っている。


「私は・・・」


自殺まがいのことをしたのは否定できないし、自分の気持ちに嘘は付きたくない。
だけどこんな所を彷徨い、堂々巡りに終わる覚悟は出来なかった。
ソロモンの鍵に、十字路は生と死をつなぐ経由地で不浄な場所だと記述されている。


そこは足を引き止め思索に誘う場所で、味方にすると有利な、大体は恐ろしい霊が出る。
全ヨーロッパで魔女が集会を行うのは、ご存知魔の山の頂上と十字路。
この地にも霊がいるのだろうか。


一方で、「創造主が空間を規定し、創造を秩序づける」始原だとする聖所的意味合いもある。
初めに何々があった、というやつだ。
概念、意味、論理、説明、理由、理論、思想を意味する「言葉」や「業」として訳されている。


「もう少し。私の推論が正しければ、もう少しで決着がつくはず。そうでしょ?」


まさに思索に誘う場所そのもの。
どちらの解釈が、なんて関係ない。一秒でも早く――。
ツィダヌ、イディブトゥと名付けられた二人の器を呼んで第六の門を開放させた。


7.

「私は・・・」

「?」

十四人の中で最高傑作の付き人が口を開いた。

「私はこの門を開いた後、何をしたらいいの」

「ソーニャと共に辺りを見張って頂戴」

「・・・はい」

「この門だけは他と違うでしょう?」

「・・・はい」

「この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ」

「・・・はい?」


「四月の十八日は受難日。およそ七百年前の受難日、ウェルギリウスとダンテが旅をした場所。
煉獄と呼ばれる魔の山の頂上に、私の求めるベアトリチェが居るということ」

「・・・?」

「三行韻詩の古典よ」

「?」




話していていらいらする。
生まれたての赤子のように物を知らない。
なのに、こんなものに頼らないといけないなんて。


観音開きの門にはアガペーを意味する言葉が刻まれている。
扉の右には眩い太陽、その中央に獅子の刻印。
左にはアンズーよりもおぞましい怪鳥としか表現できないワタリガラスが描かれている。


ソーニャとリムステラ。
最後に残った二人の名前を呼び、七つ目の扉を開かせる。
私が暗闇に身を預けようとするとリムステラが再び口を開いた。



「残された私は・・・いつまで・・・」

「貴女はこの空間を包む魔力に耐えられる。
傷は癒える。全身が腐り果てることは無い。悠久に、暗闇を見続けることが可能だわ」

「私は・・・。私は・・・」

――――――――――――――――――
――――――――――――



暗闇の向こう。

白い世界だった。

どこまでも白い世界だった。













□ 円環的時間

♪Fire Emblem 6 Dark Priestess
http://www.nicovideo.jp/watch/sm18106869
http://www.youtube.com/watch?v=swBy5sWe0Us



    ヽ        __  |    /
   r 、 }、  .  ^´      ` ‐- <
、  \i }/             \    {
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'    } ,  /       /  }、 i  ヽ 、 V
    / /   { ,〃_/_/_/!   i l|_|_   ! i ヾ、
、  ハ/  , l'// i/ / |  }' }イ/ヽ | } i | \
 > イfi i i  | i/,.ィチミ. |  / ィ=ミ、 | l /||\
/' ! i {| | |  l |イ:::(_, ` j/  i:(_, }}j/,'| ||i `

{ | , | | | ト{ ヒ::ソ       ヒ:リ j/ l| ;/!ヽ
! / / ル{ l  i{ ヽ      '   ムイ'j,イ ||  `
/ / ' 八 {ヽ{l>...   ー '   ..ィ'i  / リ、
,/ , --ミiハ \  ト .. _ ..ィチ/ ルj/ ヽ _ \
../     `^´)´ ̄ゞニニニイ,-‐^}、イ     Vヽ´
'        ヽ ヽ-、  ̄` {:゚}   ( { i .     }=
          } i   ゚⌒ー、`1_r ´ Vノ    ハ
         Y      ^><_  ヽ   ノ/ 、
、        /     <  /   } 7´i ヽノ
/ーァ‐<_ .<          `ヽ{   ノ_L _r'




白い椅子に女の子が座っている。



「お久しぶり、ほむらちゃん。
最期までリボン持っていてくれたんだね。嬉しいな」



私のたった一人の友人が嬉しそうに微笑んでいた。

やっと逢えた。あの子に。


笑い合いたい。
語り合いたい。
抱きしめたい。


だから駆け寄った。
だから手を伸ばした。
でも触れる資格は無かった。



だって。

私は――あの子の名前を知らない。


「あ、あの。貴女の名前、教えて欲しいの。
とても話しにくいのだけど、ついに思い出せなくて・・・」

「名は体を表すんだよほむらちゃん。だからConnectを続けたの」


この子は安らかな微笑を浮かべていた。



「え?」


「本当の名前はナイショだよ。わたしのことは『円環の理』と呼んで欲しいかな」

「私と貴女は時空を越えて巡り合った最高の友達。でしょう?
そんな意地悪は言わないで。ああ、こっそり私に名前を教えて頂戴」


円環の理、とこの子が言う。
違うわよ、と私は言い返した。


「違くないよ。だってわたしは『円環の理』。神様なんだもん」

「最高の友達がこうして頼んでいるのよ。どうしても教えてくれないの?」

「うん。何人かの最高の友達が同じことを聞いてくれたけど、誰にも教えないよ」

「何人か――どういうこと? 貴女は私だけで、私は貴女だけの友達のはず・・・」


この子は横に首を振った。


「みんなみんな最高の友達だよ。分け隔てなくみんなが最高の友達。
だからこうして、みんなを想って大切にしているんだよ」


柔和な笑顔で、しかし明確に述べた。
私の中で何かが崩れていく音がした。



「み、認めない。私は有象無象の一員だったって言いたいわけ?」


「ううん。ほむらちゃんは特別。私の名前を頻繁に思い出すから何度も介入してあげたんだ。
最高の友達を差別しちゃいけないし、わたしは神様だから。
リボンでConnectして記憶を消してあげたんだよ。
だけどその分、余計な知識をあげちゃったみたい」

「余計な知識? 受け取った覚えは全く無いわっ」

凄く苛立っていた。
あ、桃色の力――と浮かぶ前にこの子は話し出していた。

「例えば白くて輝く粉、地上ではイーブルナッツと呼んでたよね。例えば器の作り方。
例えば、魔力の取り込み方。例えば、円柱の具現化。例えば、わたしの力。
例えば魔力で編んだ障壁。例えば、魂を結晶化する方法。例えば橘、時じくの香――」

「・・・」

聖カンナと同じことを言っている。
接続には対価が必要だと。
何らかの知識や経験を犠牲に、相手の自我を上書きし、改竄していく。


「ほむらちゃんが思い出すのが悪いんだよ? 因果だから仕方ないんだけど。
でもいいプレゼントにはなったからおあいこだよね」


この子、『円環の理』は愛おしげに微笑む。


「うそよっ! 私は私の実力で知識を勝ち取ったの!
全ては私の意思で選択した道なの!」

「最高の友達だもん。これからはずっと一緒だよ。
だからほむらちゃんの知らないことを教えてあげる。
宇宙を新しく作り変えたのもわたしだから何でも教えてあげられるかも」


「名前! 夢の中で聞いた貴女の名前を――!」

「名前は駄目。姓名は生命。氏名は使命だから。最高の友達でも、ナイショ」


「最高? こんなことしてもっ。最高と、言えるのっ?」


自棄になっていた。
『円環の理』の髪を掴み上げ、顔を椅子に叩きつけた。地面にも叩きつけた。


『円環の理』は微笑んでいる。



「うん。だって最高の友達だもん」







鼻血を垂らしながら言ってのけた。



ざしゅっ。


椅子に座り直した『円環の理』の喉元に弓を突き刺す。
桃色の瞳は動じない。哀れなものを見る目で優しく微笑んでいた。


「こんな・・・こんなのあの子じゃない。別人よりも違う何かだわっ!!
みんなが最高の友達ですって? それは誰も選べないのと同じ。偽善者の吐く言葉よ!」


「どうしちゃったの、ほむらちゃん。どんな子にも均等に想ってあげるのが神様なんだよ?
だれかを贔屓したら駄目だし、だれかを蔑むことも駄目。平等に愛してあげるのが神様なんだよ?」


「り、リボンは? 死んでしまったからここには無いけど、貴女からの最高の贈り物よね!
お願いだから、そうだと言って。私の為だけの贈り物だと言って!」


気がつけば、肩を掴んで必死に揺すっていた。
情に訴えるくらいしか出来なかった。


「ほむらちゃんはね。初めてこの世界、つまり改変途中に来てくれた子なの。
元々はじめからリボンで接続するつもりだっただけ。
贈り物じゃなくて、わたしが用意した道具だよ」


「道具・・・」


――っ。

苦い吐息がまず口から洩れた。
返事をしようにも声が出なかった。
ただかろうじて唇が声に形を付した。


「私は――。私は、こんな機械仕掛けの神様に縋っていたというの。
これじゃ人形で慰めていたほうが何倍もマシよ」


ぐしゃぐしゃに泣き喚いていた。
『円環の理』は静かに微笑むだけだった。


ねえ――どうして微笑んでいるの?


この子は役目をこなすだけの無味乾燥な存在だったんだ。
私が求めていたものは。
『円環の理』の正体は。




神?


概念?



違う。


機械だ。装置だ。人形だ。



――なら、壊すしかないわ

――なら、創りなおしましょう



私はひどく激高していた。
考えるよりも先に言葉が飛び出ていた。


「そうだ」
「貴女のその身を砕いてあげる」
「貴女には、この子の器は小さすぎる。狭すぎるっ」
「私の魂とひとつになりましょう!」
「貴女には私だけを見て欲しいの! 私だけを感じて欲しいの!」


『円環の理』は私の殺気に反応した。
露骨なまでの嫌悪を露わにして。



「わたしは魔法少女を導く使命を与えられたもの。
わたしの手によって世界は正しい方向へと進んでいく。
なのになんで邪魔をするのかな? 勝てっこないのに」


「いいえ、私なら出来る。今までの話を聞いて一つ確信を持てたことがあるの」

「聞くだけ聞いてあげるよ。ほむらちゃん」

「名は体を表す・・・私達の世界に伝わる『円環の理』の写本。
あれは強力な魔法の詠唱を書き記したものね?」

「!!!!!」


微笑む以外の表情を初めて見た瞬間。


「機械仕掛けならタネはあるはずだもの。
名が体を表し、姓名が生命だというのなら、言葉こそが姓名にして生命」

「そんなことしたら、どうなるかわかってるの・・・?」


『円環の理』の声は震えていた。




                      知らない


                           私の想いに匹敵するものは無い



                         貴女が言ってしまったから



                    「最高の友達」と


           私は感じてしまったから


       「運命」を




――だからそれに応えてあげる


「私にConnectしていたのなら、私の実力は良くわかっているでしょう?
死者を囲うもの、死神、冥王と呼ばれた由縁を想い知りなさい。
貴女の知識を得ている私に怖いものなんて無いわ!」


「あぁ・・・ぁああ」


椅子に座ったまま、恐怖らしき感情を見せる『円環の理』。

この子は逃げることなく引き攣った顔をしている。

哀れだと思った。

きっと、椅子から立ち上がる自由を与えられていないんだ。

私が魂を解放しない限り、未来永劫ここで座り続けるに違いない。




「キレイに作り変えてあげるからね」




自由、悦楽、知恵、愛、顕現、平和、合一。

『円環の理』を砕くのに恥じない光の魔法円――七芳星を編み上げる。


これをアエメトのシジルと呼ばれる強力無比の印章に合成した。

最外核にエノク語と単純な円陣、次の層には円陣と正七角形、ラテン語を織った対角線。
その中央に真円と七芳星が敷かれる事になる。

大ペンタクルとして知られる魔法円に極めて複雑なアレンジを付加した。


これで駄目ならもう何をしても駄目。
全身全霊であの子の顔をした物体を砕いて、魂を解放してあげる。



「その言葉は聞こえなくとも 胸の奥へは届くはず
あらゆる物に姿を変えて 輝く粉を撒くのです 街の上でも波の下でも」

天空から差し込む神聖な光に『円環の理』が包まれた。
私達がイーブルナッツと呼んでいた銀色の粉が降り注いで周囲の魔力を吸引してゆく。


次のフレーズに躊躇った。でも私の想いだ。これは私の想い。
時空を越えて廻り逢った運命そのもの。



『私のただひとりの友人』



私が言葉を紡ぐと『円環の理』を飲み込んだ光が震え上がり、紫の業火として再び君臨した。
椅子は跡形も無く砕け、理は目を見開き、大量の血を吐きだした。


ほむら
「呼ばれることの無い代わりには いつでも其処に居るのです
移ろい行くこの全ては 青の日の希望の比喩に過ぎません」


『円環の理』が首を掻き毟って喘いでいる。
桃色の目から涙が溢れていた。


ほむら
「嘗ての全ては今満たされる 言葉に出来ぬ魔法たちでさえ
ここに遂げられる いつか永遠のその希望が 私達を迎えに来るのです」





桃色の柱が天を衝く勢いで拡大する。


理を完全に飲み込む。


ゼロに収束した。






世界は白に融けた。




「これが『円環の理』現象。肉体を容易く葬り、魂を露わにする」

            「とても力強いわ」

             ,.......-――..-
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:/  :!    |!    `        ,ヘ:::|:::|      ヽ  |:::/三ヽ!:::|


「私は間違っていたのだわ」

「あの桃色の光は魔法が引き起こす結果に過ぎない」

「光の麓に力と慈愛は在っても、魂は存在しない」


「魔法少女が呪いを撒き散らす前に消滅する法則。本質はこれだったのね!」

「今の私は『円環の理』を掌握したも同然!」

「これであの子の魂を難なく結晶化できる。最高の友達は私だけのもの!」

「あはははは!」


                   「可哀想なほむらちゃん」

                              ∧
                      r 、  / ,∧         ,
                      |  \/ / ∧      | \     __,
                   、___ |  f´    〉       |    /  |
                  ___} \⌒ヽ }   /´ ̄      .   |/   !
                       | 〈   \ ム斗 '’          \| /   |
⌒^ヽ        / `ー===≦  \ /   ,         /    \ /,
    \      {k     /   ,/'⌒´/    /     /  :i |  ‐トミ′
   -=≠=ミ    \  ¨¨´  {  /  `¨¨7   /7⌒///   ; |  i | \\
. ,/      :.  \  ≧=-   _\/} / .///} ィf爪癶 / /| .,   | |\⌒ :
 {{      :.   \   -‐=ミ ー‐=彡 /   / Vソ ムイ,ィf圷/  : :./ }/
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\       三二ニ=‐一     . . : : : : f´ 廴    /    /  :.   丶    :.
  ¨¨¨¨⌒´    /    /. : : : : :./ :゚。〃}}=≦。  i/       |     \\  :!
\         /    /. : : ニ=- ´   }/ {ソ ゚    /      |.,      \\} |
≧=‐一     ´  . . . . . : r‐{⌒ヽ    //   〉, /       : / ′      У/、
              r‐廴../: :\  { 〉, : /  '’     /  :/   ,      / /\\
ニ=-  .        に⌒´: : : : :.(`^.∧ 〉,{/ {⌒¨7^ヽ/     ハ  ′  / '’    \
   \  ニ=--- -=彡\^⌒ヽ __rヘ __,∧∨.'’\/: :く ___{  | / |  :. //         \
    \   \ { }ノ廴二ニ=ミ___{   (`⌒7´: : : r‐、: :{ 〉 :|'   |  //        \ \
、      \   `⌒>‐-=ミ{_  / 廴」 /〉'’: : : :ノ   }: }>='   | __/|           |   :.
 `⌒¨¨ア   ・・・…‐----‐   ´   と´: : : : : };′   /--ぅ{/⌒´|i   |           |   ::.
'⌒´}‐〈  \                イ⌒^´ .′  ′   :,   川  リ           |
   }  \ } }\                / !  | .;    /     ′/   /
  }/^⌒¨¨¨´   `ニ=――――=彡{__ノ    ,:   /    }   , ./                |
}/           \        \. |   |’  /     :/    ′                 八
 -‐‐‐-             \ __彡'⌒^> |   ’  ′    ,      ,            /
                 /-‐     /   |   | ,:__ -‐ ´        ′         /
              /´       '^¨¨´-=ニ二三  ,/         |           /
           ∨ /   /  r‐―‐-...    /        /  ∧ー――=彡´
           |/    /__   \.:::::::::::.\__廴       /  / .∧
/       '⌒´   /{:::::::::\  /ヽ:::::::::::::::::::/`⌒ヽ  .′   / }\


「写本は写本。
遠い昔、私の詠唱を聞き取って、九死に一生を得た子が書き記しただけ。
なのにアレンジを加えたら効果はますます変わっちゃうんだよ」


「ひいっ」


「それでも。ほむらちゃんは、わたしの最高の友達。ほむらちゃんは写本を血で書き換えてくれた。
より不完全で意匠を凝らした神秘的なものにしてくれたの」


「書き換えてくれたですって」


私が書き換えた? 

違う。私は貴女に接続されていたんだ。
いつだって、リボンに想いを馳せていた。貴女だと思って。
でもリボンは洗脳の道具でしかなかった。


私は何も書き換えていない。

写本は貴女に書き換えられたんだ。

私は生まれた瞬間から貴女に書き換えられていたんだ。


「私はそう創られたんだ。そう――貴女にそう創られたんだからっ!
お母様、お母様。どうして私を創ったのよっ。それだけのために創らないでよっ!
返してよっ! 私を返してっ!!」


『円環の理』が首を傾げる。
涙で濡れた目でもう一度よく見ると、『円環の理』の目の色が明らかに変わっていた。





「だからお礼に、本当の詠唱を教えてあげる。
永遠の愛だけが肉と魂を二つに分けるんだよ。そしてきちんと保管してあげる。
この魔法を防ごうとした最高の友達も少し居たけど、その行為は無意味だよ。
どんな姿になり果てても、たとえソウルジェムが砕かれていてもきちんと愛してあげるから」




――違うよ




「これが、イクス・フィーレに暴かれたLuminousだよ」




――私が望んだのはこんなのじゃない




『わたしの言葉は耳に聞こえなくても 胸のうちには響くはずです
姿をいろいろと変えて 怖ろしい力を揮うのがわたしです
野の小径でも、波の上でも 心を不安にする永遠の道連れで
来いといわれることのない代りには いつでもくっついているのです』


「こっちは身体。桃色で、柔らかい光でしょ?」





――私が知りたいのはこんなのじゃない





『全て移ろい行くものは 永遠なるものの比喩に過ぎず
かつて満たされざりしもの 今ここに満たさる
名状すべからざるもの ここに遂げられたり
永遠にして女性的なるもの われらを牽きて昇らしむ』



「こっちは魂だよ。ほむらちゃん?」

「・・・」





「次の子を導かないと」

「・・・」



「止めても無駄だからね」

「・・・」



「うそじゃないよ。止めても無駄だよ」

「・・・」



「わたしはわたしの手で全ての魔法少女を導いていく。
幾千の昼が過ぎて、幾万の夜が流れても必ず・・・必ず・・・」

「・・・」

―――――――――――

     /i´Y´`ヽ      
     ハ7'´ ̄`ヽ.      
     l ,イl//`ヘヘ! ネルー
     リノ(!つヮ-ノリ__  
    ノ r'⌒と、j     `ヽ

    ノ ,.ィ'  `ー─--、 /
   /           i!/
  (_,.            //
  く.,_`^''ー-、_,,.____,.ノ/
     `~`''ー-─-‐‐'


  __┌┐_      / //

 [__  __] _   〔/ / 
   _| |_ _ \ \     /   
  /_  __ \.  ̄     ./
 | (_,,/ /   |  |      ∠
 ヽ__ノ   /__ /      ,/         /i´Y´`ヽ
       ┌ ┐      /         ハ7'´ ̄`ヽ.  アサダァー!
   [ 二二   二]     ∠_         l ,イl//`ヘヘ∩
       |  |          ̄>      リノ(! ゚ ヮ゚ノリ/
   [二二   二]      /        ⊂   ノ
   ___   |_|       /           (つ ノ
   \ \__       ,/.      _____(ノ___
     \__|      \      |           |
      __       ./     |\ ⌒⌒⌒⌒⌒⌒\
   [二二_  ]    /..      |  \^ ⌒   ⌒  \
       //    {       \  |⌒⌒⌒⌒⌒⌒.|
     / ∠___     ̄フ        \ |_______|
    ∠____  /  / 
      _,,__/ /  \ 
     / o   /   / 
     ヽ_/    \




ここは冥王の部屋の一つ向こう側で、九番目の最後の空間。

ここには絶望も争いも無い理想の世界、救済の部屋があります。


わたしはほむらちゃんの手を牽いて救済の部屋に入ります。
ここに生きて足を運んでくる人は居ません。
七つからなる慈悲の部屋であらゆる罪を洗い流し、冥王の部屋で大半が正しく導かれますから。


野の小径の両側に大きな透明の円筒、つまりシリンダーがあります。たくさんあります。
シリンダーには魔法少女の身体が丁寧に仕舞ってあります。


わたしはほむらちゃんにお話しします。


「ほむらちゃんはどのシリンダーが良い?
やっぱり初めてこの次元に来てくれたのはほむらちゃんだもんね。
だから、ほむらちゃんのためにVertebrate-00001のシリンダーをずっと取っておいたの」

「・・・」


次々と通り過ぎます。

シリンダーの中にはクリスタルと色んな状態の身体が入っています。
ちなみにクリスタルは魂を結晶化したものです。


お腹が無いものや、太股が無いもの、火葬されたもの。         ・ ・ ・
魔獣さんのレーザーで穴が開いたものがほとんどですが、全部綺麗に直っていきます。




ほむらちゃんの友達のさやかちゃんと杏子ちゃんはクリスタルが綺麗な形ではないです。
魂の半分が欠けていますが、いずれ元の形に戻ることをわたしは知っています。

「二人の間にする?」

「・・・」

「ならVertebrate-08991はどうかな。これは最後の数字なんだけど」

「・・・」


◆分岐 Ending A/LOGOS

この世界には絶望はありません。争いだってありません。

わたしはちっとも寂しくありません。

ここにはたくさんのお友達がいますから。

みんな青白い顔をしているけれど、わたしは寂しくありません。

誰も話しかけてくれないけど、絶対に寂しくありません。

全ての魔法少女は希望に裏切られることなく天に昇ります。

これ以上の幸せがあるでしょうか。


                      / \. /    |            /
                        |   ∨    |   __    i      |__
                        |    ‘,  > '"       ¨'' |      /´    ̄二=-  .,
                        , '" |     }/         ⌒ヽ.   /          ̄ミ\
                  /    |     /   ,            \─-ミ              \
                  /    人   '   /          \ ミ゙\  \  ̄ ¨ '' ─-   ... _
                :'  /       X_i  { | i       \   : ‘:.    /              ̄  ‐ ミ
              ///    /  /  .:::|  | | |   |  | ヽ  |  ’,  /       ___ ...二ニ=-  \
                /′ '    /  /  .:::: |  | .斗─!:  |、 ┼i┼;-i|    廴人\  ( ̄ ̄ ̄ ̄             `\
               |   .:   \ .:: i〉 八 |八从\| \j八| | }    V::::::\  `\
               |  ' |   |_ノ   j!   ヘ{`ー'"     `ー'"ムイ    }:::::::::::::\
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               ∨ 八  | /八 {\\> .._ `  ´_.ィ´ノィ/∨:::∨::\\::::.... ミ\
                   \/ / /::\´ ⌒∨¨}=ニ={⌒}  ̄⌒\::   \\   ``   ‐-   ... ___
                      /// .:/:::/     廴__   ___ ノ     ‘;      :...          ────
                       // / .:/:::ノ       入_´ ,.イ      /x,.ニニニフ    ‐-   ... __
                // /..:://        辷‐<__/__    ノ//   \                ̄ ̄
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                // // // |:::::トr::r‐ '" ( (/`ー-、   ノ}___ ̄´   }::::::..\    \           `ヽ
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             : i.//   : ;'   |:::i /    / / | | 〃ニ_ソ ∨\  \:::::::::::::::::::::::::....       ‐-   ...  _
             {//    i i   |:::i \ /:::| ム i | | :::|   ∨ )   ∨ ̄ ̄¨ '  :;:::::::......      ::::::::::::::...
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          // \\    | |   |:::| \::_{ i   /\\|/ ∨ /               \       |::::::::::::::::::....
      //     \\/⌒ ̄ ̄ ̄⌒/   \__ノ\ \ \_/                   \       |
      //     / ̄/        /        ヽ }   \\                   V⌒

また後で投下します


◆ Ending B/MYTHOS


この世界には絶望はありません。争いだってありません。

たくさんのお友達を平等に想います。平等に想ってあげます。

今からVertebrate-00001のクリスタルとお話です。

シリンダーに近づいてみると、00001の身体は祈りを捧げていました。

                            -― 、
.              ┌―- 、     /       }
               ,′  /⌒^´ `ヽ  _   ,'==―- . ____
            {  /         i∠   /       \  }
        ____〉'′     /i   ; _) /           `<
       `ーt__/      / /   /、   ヽ   ' /   ; }  、、
.    /{    /     -‐   ´   /! }ハ  /  / 斗‐=≠ イ  ト、ヽ
.     ゙ー゙ー=ニ=-‐   -‐=彡   .イ } } ∧_/  /// / }/ リ  } } ! }
        / -‐=ニ   -―― ´// '′} iハ /イ {/  /  { /ノ j/
     〃v^y´, ‐ァ'´/ ,    ∠/__ト}_}  | -==ミ  V´  ′
     {!  ( ( // /        { {_ ハl!   |         ` ┐
.     `   `´   /         八 `{ |l  |          ′
.       /  /         /  `∧{ハ  ト、      、_ ノ
       ´   /          /   // `^'ヘ ト `ニ=-
.    ´     ´          ´   //、    ヽ , ‐-  __/
   -‐                 ,, '^´>‐-ニ=:、___/
                / _r'^ア      ∨ 、
               -‐ ,ィZ__ノ } /         \\
       -‐    く     ′   i     ヽ `ー‐ァ
-==              )     /    | \     `ー‐'-、
              /    '  /  |   `ー- 、 / ̄ア
.        --―==/     {  ′  |   . -‐<ア/-、 /

何に祈ってるの?

「・・・」

「・・・わからないわ。でも、祈っていないと気が済まないの」

わたしはいつでもどこでもほむらちゃんと一緒だよ。

「・・・」




ほむらちゃんがこれからどうなるのかわたしは知っています。

Vertebrate-00001は身体に知恵を隠しています。


わたしが次に話すとき、ほむらちゃんはこう言うのです。


現世には『円環の理』の言い伝えを刻んだ石版があるわ、と。
現世には貴女のリボンも残っているわ、と。
貴女個人が存在した証拠は惑星のように瞬いている、と。
原本もリボンもきっとインキュベーターが管理しているから破壊するのは容易ではない、と。


とても悲しいことです。
誰かにルミナスを唱えられることは『円環の理』の存在意義に関わります。

神様は二人も要りません。

魔法少女を導くのは、わたしの使命。
わたしの選択した道。
わたしの捧げた祈り。
わたしが捧げる想い。
わたしだけで十分です。


一通りシリンダーの巡回を終えて、次にほむらちゃんに話しかけるとこう言うでしょう。


私だけでは写本を書き換えるのが精一杯だった、と。
だから貴女も一緒に顕現して、『円環の理』を物語る言葉を探しましょう、と。


ほむらちゃんはわたしに付け込こもうと試みます。

リボンでわたしの真名を消したことを引き合いにわたしを攻め立てます。
魔法少女の存在そのものを消さないわたしを攻め立てます。


魔女の概念を消さないと、『円環の理』の存在意義に関わります。
全ての魔法少女を導かないと、『円環の理』の存在意義に関わります。
『円環の理』を成す呪文を正確に詠唱されると、『円環の理』の存在意義に関わります。


わたしは納得してしまいます。
万一のことは絶対にあってはいけません。


ここでもほむらちゃんは訴えかけます。でも名前は教えてあげません。
わたしはわたし。誰かに支配される存在であってはならないのです。
永遠なる女性は鳩の血ごときで縛られるわけにはいかないのです。


ほむらちゃんはとても嬉しそうです。
あなたとの出会いをやり直せると。上手くやれたと。


心の中でそう考えていることもわたしには全てお見通しです。


かつてあった過去もこれからあるかもしれない未来も全部わかります。
だからこそ、この選択が正しいのです。


遅かれ早かれ、結末は同じなのですから。




ええ。あの子はあの子だったわ。
機械のようで、人形のようで。それでも、たった一人の私の――。


『円環の理』の役目に振り回された哀れな女の子。
そう感じるのに時間は掛からなかった。


試験管のようなチューブを必死に行き来して平等に愛を振りまく女の子。
ICUだかHCUだかで虚ろな患者を必死に鼓舞する草臥れた医療人みたい。

あの子はひたすら、愛を捧げているけれど。
他のチューブの中の少女は死んだように眠っているの。


ただ。私とお話しするときだけ、どこか楽しそう。どこか嬉しそう。どこか懐かしそう。
本当に幸せそうなあの子の笑顔を見ると荒んだ心は息を吹き返すの。




あの子は本当に、私を想ってくれる。
夢にまで見た優しい世界。でもね、それと同時に『神様』を呪ったの。


あの子に何故、『円環の理』を押し付けたの。
運悪く、『概念』を引き当ててしまった私の友達。
言い伝えになるほど長い時間を『使命』に費やして、理性が壊れてしまった女の子。




どこまでも果てしない草原と青空。
一面に広がる麦の穂畑と悲しいほどに瞬く星空。


場違いに布置された機械的なチューブひとつひとつに寄り添う健気な女の子の姿を見続けて。



私は――覚悟を決めた。



雁字搦めに縛り付けられた哀れな運命から解き放ってあげる。



だってそうでしょ?

他の子に振りまく笑顔はほとんど無意味なの。

大多数の魔法少女にとって、あの子の献身は愛の押し売りと言っても過言じゃない。


彼女達からすれば『円環の理』なんて在って無い様な物に映っているでしょう。
もしかしたら地獄のような日々だと思っているのかもしれないわ。




でもね、私だけは違う。

あの子には私だけを見て欲しい。私だけを感じて欲しい。
私はあの子だけを見たい。あの子だけを感じたい。

ずうっと想ってた。



だからね。


『円環の理』の役目を利用することにしたの。


桃色の光は――ただの呪文による効果だった。
永遠の愛で霊と肉を分かち、地上の束縛から引き放つ呪文。

そこに魂はなかった。
抽出なんて以ての外だった。


あの呪文が『円環の理』を構成するのだとしたら、誰でも『円環の理』に成れる。
リボンも、言い伝えの石版も、写本も現世に残っている。
今頃キュゥべえが何処かに保管してるでしょう。


その気になれば誰でも魔法少女を導けるのよ。
プレイアデスのかずみが祈ったように。
いいえ。伝承に隠された真実にさえ気づけば、ちょっとした言葉を唱えるだけで済むの。



私に唯一残された方法は、あの子を言葉巧みに言いくるめること。
幾つかのアイデアを小出しにしていけば、あの子は間違いなく飛びつくでしょうね。
真名や使命に拘るほどの執着を見せるのだから、この賭けはきっと成功する。させてみせる。


勿論、とっておきも残しているわ。


呪文の抹消。石版の破壊。リボンの回収。
これに加えてもう一押し。


『円環の理』のお手伝い。


全ての魔法少女を導くことが役割だと豪語するなら。
何故『円環の理』は積極的に魔法少女を殺さないのか。
『円環の理』のやっていることは、どう贔屓目に見ても死を齎すことなのよ。


あの子は彼の世と此の世を繋ぐ能力の持ち主。哀れな『円環の理』。
あの子の力は、死に際の魔法少女に干渉すること。


二人で呪文をアレンジすれば、一緒に現世まで付き添うことも、
あらゆる魔法少女に関与することも、もしかしたら出来るでしょう。


あの子に私の考えを入念に伝えてあげる。
じっくりじっくり情報を与えて、私色に染めてあげる。


悟られないように。少しずつ。丁寧に。確実に。



あの子が私の試験管を離れてから次に逢うまでに、二回の青空と二回の星空が通り過ぎる。
いつか全ての魔法少女が導かれる日が来るまで、私は祈り続けるわ。
全てが終わったとき、私はあの子と――。







『では永遠は副次的な物だと。愛し合った果てに永遠があるのだと。
暁美さんはそう仰るのですか』

『飛躍しすぎよ。でも何だかとても素敵な響きね』




私は――。

――――――――――――――――――――――――――――――

今回はここまで

ここらへんを更にいじって含みを持たせつつ終わらせるつもりでした
この後、具体的な展開(主に>>420の続き)をほんの少し続けますが、しょうがないんです
何度も消そうと思いつつ、伏線放棄にも繋がるし勿体無いなあと色々悩んでました

12月末に匂わせてしまった以上、投下だけはします
読み返す度に、ね? 最後までお付き合い頂ければ幸いです

今年のイースターに、わずかですが残り全て投下します




端的に言えば賭けは成功したわ。
不安定な理念で成り立っていた法則は随分と脆い人格を潜めている。
私の言葉に惑わされた愚かな子。あっさりと信用してくれた。


全ての魔法少女を導けば、あの子は『円環の理』の使命から解放されるはず。でしょう?
この星空と麦穂畑に縛られた少女達も円筒の棺から解き放たれて、本当の天国を勝ち取れる。
私はこの草原に根付く最後の毒麦として、あの子の本来持っていた理性を取り戻すわ。


私は『円環の理』の使いとして現世に光臨するでしょうね。
あの子と一緒に。

全ての魔法少女を導く、崇高なる使命を手伝うために。
あの子との出会いをやりなおすために。



今、魔法円の上に『二人の証人』が立っている。

私と、この子。





「これからはずっと一緒よ」



「これからもずっと一緒だよ」





私はとてもとても満足していた。
天真爛漫な「この子」の無邪気さが愛おしく思えてきた。
もうこの子に屈する必要なんて無い。
この子と一緒に常世で過ごし続けるだろう。

何日も何年も、この子と一緒に――。
全てを終えるには、まだまだ時間がかかりそうだけど。
明日にでも、目が醒めるだろう。この子と一緒に目覚めるだろう。



そして――

――晴れやかな笑顔で私たちは手を取り合うに違いない




「ほむらちゃん、ソウルジェムは持った?」

「当然よ。これが無いと魔法が使えないわ」

「じゃあ。行こっか」

「ええ、行きましょう。貴女が貴女の使命を果たすことを祈って」

「うぇひひ」




『円環の理』が手を繋ぎ、詠唱を――。


詠唱って・・・何だっけ。


そもそも何で手を繋いでるの?


私は誰と手を繋いでいるの?






「綺麗な人。貴女は・・・?」



桃色の髪の見知らぬ少女が私を見て微笑んでいた。


■ ルミナス


マミさんはとてもやさしくて強いお姉さんです。
見たき原と風見野をマジュウから守ってる魔法少女です。
近所に住んでるのでいつでも会いにいけそうです。
お母さんを昔から知ってるって言ってました。
お母さんの友達の生徒なんだって。
マミさんは私のことをよくしってるみたいだけど。
おりこさんはきれいで目が怖いです。

でもマミさんのキューベーはあんまり好きじゃないです。
おうちに帰って夜ご飯を食べた後も窓の近くで私たちのソウルジェムをずっと見てました。
何か呟いて、ついさっきいなくなりました。



まどか「マミさん、素敵な人だったね」

ほむら「私もあんな人になりたいなあ。マジュウをばんばんたおしてた」

まどか「この宝石があればわたしも戦えるのかなあ」

ほむら「きれいな色だよね。すいこまれそう」

まどか「そうだ。あれ貸してよ」

ほむら「あれ?」

まどか「うん。グリーフキューブ。キューべーが分けてくれたでしょ?」

ほむら「この黒い粒のことね。たしかグリーフシードでしょ? おなまえ」

まどか「・・・」

ほむら「・・・?」


まどか「キューブだよ。十年以上前はシードと呼ぶ人も残っていたけれど」

ほむら「十年・・・。私たちがえっと、えっと。あれ。生まれてないよ? マミさんに聞いたの?」

まどか「え。何でだろう? マミさんそんなこと言ってないよね」

ほむら「うん」

まどか「うーん・・・」

ほむら「まどか、だいじょうぶ? お昼から顔色ちょっと悪いよ」

まどか「うん・・・。あの言い伝えの紙を見てから頭がくらくらするの」

ほむら「あ、私も。ただひとりのゆうじんってところが」




とても悲しかった。



まどか「いろいろあってつかれたのかな。もう寝るね」

ほむら「電気消すね。おやすみ、まどか」

まどか「おやすみなさい。ほむらちゃん」

ほむら「うん」



――――――――――――――――――
――――――――――――





まどかと私はマミさんと一緒に見滝原を守っています。
三人で魔ジュウの群れと戦っています。


マミ「筋が良いわね。弓は棒術として活用することも出来る」

マミ「魔獣への対処は近距離、中距離、どちらもマスターすることが絶対条件」

マミ「今日のほむらちゃん、まるで何年も魔法少女をしていたかのような判断力だったわ」

ほむら「私なんてまだまだです。マミさんにはとうてい及びません」

マミ「・・・」

マミ「変わったわね。暁美さん」

ほむら「アケミさん?」

マミ「逢えたのでしょう? 『円環の理』に導かれてあの子に」

ほむら「あの子・・・?」


マミさんは時々おかしなことを言います。
アケミさんという人には会った事ないといつも言ってるのに。
じーっと目を見つめてくるときはとっても怖いです。


マミ「さて、妹さんの方も・・・。あの子はちょっと天性の魔力に頼りすぎね」


マミさんはまどかの名前を呼びません。
初めてマミさんと会ってから何ヶ月も過ぎたのに。


妹さん。あなた。桃髪の子。
まどか。まどか。まどか。


何かマミさんは怖がってるみたい。
照れ屋というわけじゃなくて何かかくし事をしてるような。





ある日の真夜中。
怖い夢を見て、お水を飲んで、もう一回ベッドに戻るとまどかが起きてました。
最近のまどかはヘンです。急にむつかしいことを言うようになってます。
マミさんとキュゥべーはまどかをかなり嫌ってるのかな。
あんまり仲はよくないです。だから、お姉ちゃんがしっかりしなくちゃね。



まどか「またうなされてたよ? 最近増えてきたよね」

ほむら「あのね、笑わないで聞いてくれる?」

まどか「うん。笑わないで聞いてあげる」

ほむら「夢の中でね、ガレキの街に居るの」



とても恐ろしい夢。魔法少女が何人か倒れていて。
空には静かに回り続ける巨大な道化師。
そこに桃髪の子が現れてキュゥべえと会話する。
世界は遡り、絶望を貫く桃色の矢。それを放ったのは『神様』のような。


触れ合う手と手。二本の赤いリボン。



ほむら「大事な女の子にもらったリボンにさわると大切だった何かがいっぱいなくなっていくの」

ほむら「全部忘れて、星がとってもキレイな世界から追い出されちゃうの」



いやだ、いやだ、って叫んでも。



ほむら「でね、いっぱい実験して思い出そうとするんだけどいつも失敗しちゃうの」

ほむら「どうしても思い出せなくていっぱい人を殺しちゃう夢をみるの」


私がいっぱい居た。
まどかもいっぱい居た。

怖い。怖い。怖い。


その後も! ソノ後も! 其の後も!


そレはえ

んカんノこ

とワり

うぇひひ




やめて! 手を離してよ!! 

全部忘れちゃう! 全部消えちゃう!!

顔も! 声も! 詠唱も! 想いも! 私の、とっておきのアイデアも――!!





私はまどかの手にしがみ付いていました。
まどかの手は温かくて柔らかくて安心する。私の方がお姉ちゃんなのにな。


まどか「がんばったね。ほむらちゃん」

まどか「でもね、気のせいかも。それはリボンじゃなくて麦の穂だったのかも」


ほむら「そんなことないよ。ぜったいリボンだった。赤くてすごい力を持ったリボンだったもん」

まどか「それが避けようの無い運命なんだと思う。そうしなきゃみんな救われないんだ」


まどか?


まどか「神様はいつもいつもこの世界を導いているんだよ」

まどか「幾千の昼が過ぎて、幾万の夜が流れても必ず・・・必ず・・・」

ほむら「ねー。まどか、何か知ってるの? リボンのこと教えてよ」

まどか「まだダメ。ほむらちゃんは耐え切れなくて壊れちゃうから」


まどか・・・。



次の日、キュゥべーは私だけを廃墟に連れて行きました。
私が住んでたんだって。へえ、うそでしょ? 覚えてないもん。

QB「本当さ。このボクを見ても思い出さないのかい?」

なんか他のキュゥべーとちょっと違う気はするけど。

ほむら「あなたは・・・キュゥべーね」

QB「やれやれ。気長に行こうか。まどかのことも含めて」


まどかもお母さんもお父さんも心配してると思うのでしばらくいた後、帰ることになりました。
優しいキュゥべーが話します。


QB「仮に君がほむらだとしたら、その理由を教えて欲しい」

QB「そのソウルジェムは紛れも無くほむらの魂。未だに信じられないんだけどね」

QB「ほむらが何故ほむらの魂を持っているのか調べないといけないんだ」


ほんのちょっと間をおきながら、こんなことをぽつぽつ話してました。
独り言だから聞き流してていいよと言ってたけど、気になってます。
私ほむらだもん。キュゥべーとは契約してないけどこれ私の魂だもん。


小道から髪の長い女の人が出てきました。
そしてキュゥべーに近づきます。



海香「今のこの子からは禍禍しいエネルギーは感じられないわ」

QB「そうか。君なら正確にわかると思ったんだけど」

海香「時期というものがあるのかしら」

QB「現にほむらは第二次性徴に達した頃だった。今回は、彼女には明確な理由が見当たらない」

海香「最重要案件への接触はいつにしましょう」

QB「極力ボク達が対応する」

海香「杞憂に終わればいいのだけど。二人ともイクス・フィーレでチェックすれば・・・」


魔法少女に変身して私をじっと見つめてきます。マミさんみたいで怖いです。



QB「魂は紛れも無くほむらだろう?」

海香「Vertebrate-00001とNergalだけ。まあそういうことなのでしょう・・・」

QB「彼の世で何かがあったのは事実だ」

海香「癪に触るわね。まさか暁美ほむらの主張が理に適ってたなんて」


QB「まだ全て確定した訳じゃない。彼女達の目的は穏やかなものだと信じている」

海香「あら。この個体はインキュベーターらしくないわね」

QB「『円環の理』とほむらに関して一番詳しいのはこのボク。修羅場を潜れば成長もするさ」

海香「濁り切らずに導かれた少女が発生している報告は度外視なの?」

QB「痛いところを突くね。そっちの件はまだ――」


ずっとキュゥべーとよくわからないことを話し込んでます。
なんだろう。この女の人きらい。



ほむら「ねえ、いきなり出てきて何よ! 私のキュゥベーを早く返してよ!」

海香「よくもまあ、いけしゃあしゃあと言えるわね。今度は何をしに来たの!」

ほむら「ぐ・・・ぐるじぃ」

海香「あなたって人は!」

QB「御崎海香。離すんだ」

海香「許せないっ! 許せるわけ無いじゃないっ!」


女の人が青筋立てて私の首を絞めました。
大人の魔法少女は怖いです。


このキュゥべーとマミさんは優しいけど、他のみんなは私を見る目が怖くなっていきました。



一番大変なのはまどか。
ずっとうなされて寝込んでいます。
今度、まどかは入院します。中学校に上がるまでに治るといいな。
ずっと、お姉ちゃんが守ってあげるからね。


――――――――――――――――――
――――――――――――




私とまどかが十四歳の誕生日を迎えた頃。
巴マミさんが訪ねてきて開口一番こう言ったわ。




「ごめんなさい。あなた達を殺さないといけなくなったの」




マミさんは涙を流しながらマスケット銃を握り締めていた。


「マミさん・・・」

「理由は聞かないの?」


大粒の涙が頬を伝った。


「マミさんはいつだって正しいから・・・」


私も泣いてたと思う。



まどかは人並み外れた魔法の使い手。
普通の魔法少女は恐れを抱いて避け、たまに排除しようと襲い掛かる者もいた。
仕方の無いことだと、私とまどかが一番理解している。


第二次性徴期を迎えて私達の魔力は更に、爆発的に上昇した。
特にまどかは、キュゥべえから歴代最強と言われるほど。
巴マミさんとキュゥべえはその日、まどかが『円環の理』の力を宿していることを感じ取った。


昔はどうなのか知らないけど、今の『円環の理』は死の代名詞。
魔法少女を無作為に選択して消し去る大災禍。
この力は人が持っていてはいけないものだ。



「そう。暁・・・ほむらちゃんはどうするの」


私は暁美さんじゃない。


「まどかを守るか、マミさん達に味方するか。ということ?」

「ええ。あの子を止められるのは、あなただけだと思ってるから」

「私、お姉ちゃんだから・・・。でもまどかが原因でこんなことになってるなら・・・」


出来れば、話し合いで済ませたい。
マミさんにはまず、おうちに上がってもらって・・・。
どっちを選んでも、マミさんに殺されちゃうんだろうな。


でも。それでもいっか。


二階の寝室に入ると、まどかは爽やかな笑顔を私達に振りまいた。


「わたしは愛してる。この世界を、魔法少女を、全力で愛してる。
世界はわたしに愛されるためにあるんだよ。
だから、マミさんもほむらちゃんもすぐにわかってくれる。そうだよね?」


傷だらけで、全身から血を流して。


「まどか! 貴女・・・」

「えへへ。ちょっと甘く見てたかな。昴先生がルミナスを使うなんて聞いてないよぉ」


ベッドの脇に、死体がふたつ転がってた。
まどかは至高の光と呼ばれる神聖呪文を唱えて、死体を桃色の光で覆って消し去ります。


「驚かないで、ほむらちゃん。わたし、全部思い出したの。
ううん、知ってたの。わたしの使命、選択。わたしがここにいる理由。
何よりも、望んでくれたのはほむらちゃん、あなたなんだよ」


まどかの慈愛に満ちた目を見て、私は涙が止まらなかった。
何か大事な想いがごっそり抜け落ちているような。
からっぽの自分に初めて気づかされたの。



「マミさん、ごめんなさい。私、まどかを一人には出来ない・・・」

「やっぱり私たち人間には理解が及ばないわ。
時空を超えて廻り逢ったあなた達なら、どんな苦難も乗り越えるでしょうね」


マミさんの、敗北宣言だった。


「まどかには敵わないよ・・・。逃げないと死んじゃうよ」

「暴走する『円環の理』は野放しには出来ないの。
魔法少女が生き延びないと、この世界は魔獣に耐えられないから」

「そんな・・・。お願いだから逃げて・・・」



「わたしは魔法少女を導く使命を与えられたもの。
わたしの手によって世界は正しい方向へと進んでいく。
なのに、どうしてわたしの邪魔をするのかな」


「私たちの女神様は哀れなものね」


まどかは剣呑な雰囲気で至高の光、ルミナスの詠唱を始めている。
その姿は何か遥か遠くの存在に思えて仕方ない。
使命に関係なく、役割に関係なく。血を分けた私の妹なのに。

まどか。
その先に何を視ているんだろう――。



マミさんがマスケット銃を構える。
私は、何も出来なかった。


たん。

たん。たん。




ぐちゃ。



□ N年後、荒廃した世界


石版を粉々に破壊し、最期の戦いを終えた。

大聖堂の床に倒れているのは。
剣と、銃と、槍を自由自在に使うベテランの魔法少女だった。

私は倒れた女性の髪を撫でた。
唇の端から流れる一筋の血が白い肌に美しく映える。
瞳は力なく床を見つめていた。


――――――――――――――――――
――――――――――――



「ほむらちゃん。全部終わったね。世界中から悲しみは取り除かれたよ」

「そうね。私と貴女はずっと一緒だった」


でも、私はずっと孤独だった。
私の気持ちも知らずに、まどかは本当に嬉しそうにしていた。



「だから今だけは特別、これに触ってみて」

「かつてインキュベーターと呼ばれた地球外生命体が保管していたリボンね。
色褪せているどころか、今にも崩れ去ってしまいそうよ?」


「うん。丁寧に持って。想いを込めてくれるかな」

「こうかしら。何も起きないのだけど」

「上手だよ、これを振ってみて」

「こうかしら」


「聞こえる?」

「いいえ。布の摺れる音しか聞こえない」

「よおく聞いてみて」

「こんな布切れに固執した貴女も変よ。少し・・・魔力を感じるけど、特に何も聞こえないわ」


「よおく耳を澄まして。今日は世界が絶望から解放された特別な日。
ほむらちゃんにはわたしから最後のプレゼント」


・・・

・・・
・・・


聞こえるわ。

聞こえる。昔々、遠い昔に失われた音色が。



見えるわ。

見える。昔々、遠い昔に私が真に求め続けていた笑顔が。


まどか。
私のただ一人の友人。
たった一人の私の友達。


――今度こそ


目が醒める。この子と一緒に目覚める。そして――


晴れやかな笑顔で私たちは手――


♪Il Mondo Dei Sogni - Love Solfege'
http://www.youtube.com/watch?v=SnrCEVFWA94


◆ EPILOGOS


この世界に現れた『二人の証人』はイースターの39日後、天へ昇った。
彼女らに危害を加えようとするものがあれば、必ず殺された。

この者は、天を支配する力を持っており、また、水を血に変え、
思う侭に、何度でも、至高の光と桃色の矢を以って人を愛する力を秘めていた。

この者は、地を支配する力を持っており、また、血を力に変え、
思う侭に、何度でも、業火の理と紫色の矢を以って地を蹂躙する力を秘めていた。



鹿目まどかは朽ちることを知らない無限の愛と純粋な想いによって全ての物語を終わらせた。
自らを犠牲にし、あまねく絶望を終わらせた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

     希望を求めた因果がこの世に呪いをもたらす前に魔法少女を消し去る現象


                         Law of Cycles
                          円環の理



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


その本質は、恐ろしいほど深い庇護欲と独善の極みとも言える慈愛で満ちていた。


――――――――――――――――――
――――――――――――


 全てを思い出した暁美ほむらは鹿目まどかの不在性を自覚すると咽び泣いた。
大聖堂の床に突っ伏し、体を丸め、体を震わせ、激しく嗚咽し、涙と洟と汗が顔から流れ落ち、
苦悶の波はおよそ可能だとは到底思えぬほどの激しさで襲い掛かった。
耐えられる限界を超えるまで強さを増すと、ほむらは絶望と後悔で意識を失った。


 翌朝目を覚ますと、まどかの契約を阻止出来なかったことを悔やみ、
宇宙に固定され続ける概念として変わり果てた鹿目まどかに直面せざるを得なかった。


 この苦しみは時間が経てば受け入れられるものだと、まどかのカタチをした概念が囁くが、
ほむらは彼女の言葉に少しも癒えることなく、彼女が既に鹿目まどかから遥か遠い存在であることをいっそう自覚し、胸に募る後悔が和らぐ日が来る見込みは遠いものに思えるだけでなく、物理的にも精神的にも不可能なことだと思い知った。





"Everything in this world is fake. My life is nothing more than a drama that you penned. Please, prove it. "
この世界はすべて嘘でした。私の人生は貴女の書いた戯曲にすぎません。それを証明して下さい。

                                  ――演劇の魔女 ヴァルプルギスの夜について






 余すところ無く全てを理解した暁美ほむらは泣き崩れた。
 堕罪と卑下が雑じりあった気持ちで満たされ、『円環の理』をその使命から解放するという計画が上手くいくと少しでも考えた過去の記憶無き自分を呪った。もし、もう一度だけやり直すことが出来たなら、ほむらは迷わず盾に手をかけたことだろう。しかし、もはや『円環の理』に宇宙を書き換えられ、全てのインキュベーターが葬られた以上、いかなる取引も不可能なことは自覚しており、その魔術性が時間遡行とは別の形で顕現しているため、ただひたすら自分を責めるしかなかった。

ほむらは鹿目まどかとの約束をついに果たせなかったことを目の前のまどかに詫びた。
慎重にやらず、まどかの言葉を鵜呑みにし、概念にさせてしまったことを詫びた。
幾度と無く時を遡り、まどかを絶望の運命から救おうと少しでも考えたことでさえ、詫びるより無かった。


 『円環の理』に成り果てた鹿目まどかはほむらに添い、静かに太陽の笑顔を浮かべるのみだった。
ほむらは世界中の悲しみについて考え、苦しみ抜き、二人だけの世界を受け入れようと努力した。




しかし、ともかく、イースターの39日後。






暁美ほむらは自殺した。







天上の草原。
円筒の棺の中で誰かが言った。


「向こう側にいたら、魔獣に殺される。
こちら側にいたら、想いに殺される。どっちもどっち。ひどい話だよね」


全ての魔法少女が『円環の理』に導かれた末にあったものは、
不変の愛であり、不朽の愛であり、無限にして無償の神の愛だった。




 自殺せずに死ぬことは、その死期を神に委ねることである。


 絶対的な自我が自己存在に属するためには、そうでありつづけるためには、
自殺という選択の他にはいかなる可能性も在り得なかった。
全てを知った明晰(Lucide)な暁美ほむらにとって、自殺(Suicide)こそ究極的な救済のカタチであり、
神聖な儀式でもあり、同時に神に叛逆することの出来るたった一つのやり方だった。


鹿目まどかの人間性が不在となった今。
機械仕掛けの神を目の前にしての自殺は狂気でもなく、迷妄でもなく、自由であり、抵抗だった。


いずれにせよ、暁美ほむらは『円環の理』によって円環的時間世界に帰結した。




 暁美ほむらは、生きていたときに可能であったときよりも激しく深い悲しみを抱いていたが、
彼女が示した唯一の反応は、哀れな『円環の理』を愛することだった。


 ほむらは自分が暁美ほむらだと認識されていないことすら理解しており、
救済の部屋に用意された、五桁の番号が打ちこまれたシリンダーに仕舞われ、
暁美ほむら個人ではなく、女神の愛を受容する大勢の魔法少女の一人として『円環の理』を愛した。


 ほむらにとって生きることは愛であり、苦しみすら愛であり、死さえも愛であった。
この世界における全ての現象は『円環の理』を愛するための曖昧ではない理由であり、
避けようの無い嘆きも、後悔も、全て『円環の理』を愛するための更なる動機であった。







 悠久の時を経た今。




暁美ほむらは依然として鹿目まどかを想い続けている。
たとえ報われることが無くても。



♪Fire Emblem 6 Eternal Wind
http://www.nicovideo.jp/watch/sm6603467
http://i.imgur.com/NRr3bki.jpg

以上で終わりです。
対比に対比を重ね、誰かへの発言がそのまま発言者に跳ね返ってくるよう、
何度も練ったSSなので二度、三度と読み返して下さると嬉しいです。

円環の理は救済なのか。天国はユートピアなのか。救済は善なのか。

SFで使い古された思考かつ、誰も書くことを望まない世界観ですが・・・。
私の考えるところの三割でも伝われば大成功だったと思っています。
本当にありがとうございました。

元ネタ、参考文献の要望があるのでつらつらと書いていきます
思いだした順になるので極めて雑です。少々時間掛かります


確かに何回か読み直さないとわからんところが多そうだ。
けどこのまどかはクリームヒルトの面影があってこういうのはありだと思う。

ひえええ
難しい
とにかく乙!

もしかして作者は御坂「もう、いいや」の人だろうか?


カンナの参戦方法提供してからだいぶ経ったけど、ここまで壮大な物語を書いてくれるとは完全に想定外だ

何はともあれ、完結おめでとう

>>522
実は黒い魔法少女はキリカかずみその1なのですよ
プッツン参戦は当てられた形になりましたが当時凄いびびったw
>>521
ドイツ文学といい交響曲といいモチーフは似てるかも知れません
まあトリップが違いますから

元ネタは後日
もう眠いのです

気持ち悪すぎる
完結させた所だけは褒められるが気持ち悪すぎる
2次創作何だから書きゃ良いんだが面白くはなかった



海外のその手の話って、
書いた当人も主要な読者も一神教の文化で育ってきたというバックボーンがあって
初めて十全に機能するものだと思うから、
日本的な八百万の神を引きずったごった煮文化で育った人間が読んだ時に
ものすごい読み解きにくい部分が多々ある。

まどマギは、まどかというカミサマが存在する世界だから、
それに異を唱える話ってのはつまりメタ的に考えたらそういうことなわけで、
やっぱりわかりにくいんだけど
まあ多少日本人的な視点で噛み砕いたような話にはなってたような感じ。

でも雰囲気作りとか趣味的に入れたいとかあったんだとは思うけど
モチーフ多すぎてちょっとごちゃっとしてたような気もする。
まあ中盤だるいのも海外SFにありがちなことの再現と思えば…

俺は好き俺は嫌いってなら良いと思うがグダグダフォローしないといけないって時点でお察しだな…

完結おめでとう。乙です。

しかし全く終わった気がしない。SSでこんな読後感は初めて。とりあえず読み返します。

カッコ付けた寒い文章は変わらず無意味に長く悪いキャラ崩壊で不愉快
いつか面白くなるかと我慢して読んでいたが間違いだった

――――――――――――――――――――――――――――――
■覚え書き

まずは前作に触れる必要があります
ほむら「私のただひとりの友人」
ほむら「私のただひとりの友人」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1373975863/)
http://i.imgur.com/lP28R8n.png
総集編エンドロールの解読文章とファウスト二部第五幕の文言を比較し、着想しました
叛逆後にはほむら(魔女)が書いたんじゃね?という有名な考察の一つとして再び様々な場所で紹介されてます

前作は安価より、E.T.A.ホフマン、砂男、バレエ、コッペリアを元にしています
ホフマンは自動人形、ドッペルゲンガーが大好きなので流れに即して怪奇的な続編を考えます

そこで、ほむら円環を春に設定したこともあり2014年4月18日の受難日及びネルガルとエレシュキガルの神話を重ねました
http://www.jiten.info/dic/nergal.html
『ネルガルとエレシュキガル』での検索もどうぞ

ネルガルが4月18日の180日後に地上に戻ることと、9歳の女の子2人を考慮し
襲歩部を十数年後→約一八年後、暁美ほむらの円環をその約十年前に設定しました
安価で拾った9と5で、9歳契約、5年訓練のような曖昧設定の一般性を続編に継ぐ必要がありました
同じく安価で、その女の子2人がほむらとまどかである必要がありました



同神話をネタに扱ったFE烈火の剣に登場するネルガルとモルフ(人形)、エーギルなどの設定を借り、
冥王関係でスレイヤーズという古典ライトノベルからフィブリゾ
魔法概観と核心に言及しうる一部展開を借りました
言い伝え、神託そのものが呪文だった、など。主に混沌言語に関する設定です

コネクトの独自設定はFE聖魔のグラド皇子リオン及び魔石から
詢子がほむらや仁美の被コネクトに気づいてたりも
まどかの独自設定は同じくFE封印の暗闇の巫女イドゥン、FE暁の女神のアスタルテから

ネルガル(FE、神話)の設定から14人退場(殺害)する必要があり、
前作鳩の血インクと掛け合わせてのプレイアデス聖団、おりこ組を出しました
プレイアデスに関する有用な参考文献ですが9月にはページが消えてたのでWayback Machineから

ギリシア神話・伝説ノートには非常にお世話になりました
http://web.kyoto-inet.or.jp/people/tiakio/antiGM/antiGM.html


受難日ネタとして、ダンテの神曲を連想し七つの大罪と三位一体、煉獄山を使用しました
円環後、門に描かれた14動物の印章と因果応報な空間の仕組みはこちらを元ネタにしてます
7つの門はイシュタルの冥界下りにも。wikipediaでエレシュキガル、アスタルテでどうぞ
とりあえず全部FEに出てきます

イースター自体はアニメ12話放映日と重なって4chanで騒ぎになっただけで、練った意図はないです

暁美ほむらが14体の付き人なるものを造ってプレイアデスと戦闘し、また聖カンナが名前を与えていますが
『メソポタミア/ネルガルの14の悪魔』でお調べ下さい。こちらが元ネタになります
現存する名前は12なので残りはFEのモルフから借りました
リムステラ、ソーニャ↓
http://light.dotup.org/uploda/light.dotup.org13222.png


クララドールズの14体を当てたなどとしてアニメ2板本スレで稀に名前が挙がるのは嬉しいのですが、
ドールズは15体だし名前が七つの大罪リスペクトだから全然違うだろと私は思ってます
ワガママは正義

テッド・チャン、グレッグ・イーガン、アーサー・C・クラーク等の影響を強く受けています
神様は残酷で理解できなくて、必死に生きてる人間を突然天国に連れ込んで記憶消して麻薬漬けにして、
みんな満足ハピーエンディング!よくあるアンチ・ユートピアな視点です



作中に出てくるラテン語、中二的セリフはFE、グレゴリオ聖歌、ヒュムノス語から戴いてます
検索で訳が出ない場合もあります
FEの全セリフ一覧はかわき茶亭様からお借りしました
おりこ、かずみ(特典SS含む)のセリフを全て書き出し、キャラ崩壊が軽度のものに収まるようにしました
ただし、まどか組はキャラに延長線を引き、二回りは極端にしました。お察しください

大聖堂の床はコレを設定していますが、もはや描写する意味はありません
シャルトル大聖堂
http://peregrinations.kenyon.edu/vol1-3.pdf


作中の魔法円と方陣は実在するものを調べて取り上げています
臓器チップもリピッドマター仮説も各地名もおおよそ実在してます
ラブジュ様の歌詞はイタリア語ですのでキチンと意味が在ります
入手は絶望的に困難ですがAmazon等に一部作品群があります(宣伝)

例の言い伝え兼呪文のものはマーラーの交響曲第8番にもそのまま出てきます
千人の交響曲として著名です。千人で演奏するんです


他には、Teleological Arguments for God's Existenceを参考にどうぞ
聖書は特にヨハネ黙示録を中心に。映画で早乙女先生が言ってたのはコレのことですね
神vs悪魔を描写した以上、今後のまどかの展開で欠かせないモチーフになりそうです二期はよ

その他PN、TBS、KAN、劇場版公開前CM、BD背表紙のキャッチコピーなど一部引用英訳
基本、FEと聖書とエンドロールのアレだと思っていただければ
そこから連想ゲームしていった結果です

後はハードSFのお約束を幾つか
翻訳文を読み慣れてない人や科学、生物、特に宗教的感覚に疎い人には地獄のようなSS(ですらない何か)に映ると思います

いいえ、切って正解です。あなたのその判断は正しかった。



SGが濁り切る前に消し去ることが魔法少女の救済ならば。

SGが半分以上濁ったときに消し去ることも救済と呼べるのでは
仮に願いを叶えた直後に神の手で消し去ったとしても、それは救済ではないのか
誰かが誰かのSGを破壊することでさえ、もはや救済足りうるのでは
どこまでが救済なのか、そもそも救済って何だ?というディストピアなお話をだらだらと


>>519
シリアスでまど神を悪に位置させるSSは滅多に見かけませんからね
ありと言って貰えて嬉しいです

>>520
飛ばし読み、流し読みもまあ、手段の一つです
雰囲気だけでも楽しんでもらえたなら作者冥利に尽きます

>>524
ホントごめん
12月頃に書き終えてから完成品を読むたびに
気軽に受け入れられる代物じゃあないよなあと覚悟してました

>>525
中盤をバッサリ切っても一見成り立ちそうなんですよねえ
これはもうモチーフに引きずられたとしか言えない
14人の部分無くして円環後に直接繋げば簡潔に終えられるのも尤もですが
前作終盤に撒いた伏線を回収せずにはいられませんでした
複数視点も、不気味さとわかりにくさを天秤にかけるようなものでしたし
後魔法少女同士の戦いも書いてみたかったんです
・・・ごった煮ですね

>>526
批評はありがたいものです。具体的であればあるほど
どの作者さんもココロの奥底で求めているのでは?

>>527
いつも応援ありがとうございます!!
期待に応えられたかどうかわかりませんが完結できて良かったです

>>528
不快に感じるのが普通だと思います
続き、二次を書くにあたって、程度の差こそあれ、誰かを苦悩させないと始まりませんから・・・
でも、映画がこんな話じゃなくて本当に安心した



バイバイノシ

SSにどんな「内容」を求めているのか知らないけど、
北斗の拳とかドラゴンボール見て、現実的な格闘技からかけ離れてるとか
話し合いの大切さが描かれていないって言っても仕方ないだろ。

見る人が見たらもっともな話かも試練けど、世の中にはそれを楽しむ人も一定数はいるんだよ。
別に独特な雰囲気やまどマギの解釈を楽しむSSがあったって良いんじゃないの。

なんか他作品を引き合いに出して滅茶苦茶な擁護してる奴がいるけど
それ全然フォローになってねえから

別に良いと思うし、作者もそれは割り切ってるんじゃないかな。

ただなんの具体性もない「内容」って言葉に違和感を感じたから別の視点を提示しただけだし。
まどマギSSだからってギャグやエロ、バトルオンリーのがあっちゃいけない訳じゃないだろ。
だったらオサレさを追求したSSがあっても良いんじゃないの。

そんで、そういうSSへの批判が「内容がない」ってのは筋が違う気がするだけ。

>>573
別にフォローはしてないぞ。
SSの楽しみ方なんて人それぞれなのに自分の基準に合わないってだけで批判する意味がわからんだけ。

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