お姉ちゃんは16歳。私とは5つ違いだけど、とっても仲が良かった。
近くの海で一緒に泳いで日に焼けたり、冷蔵庫に残ったアイスクリームを賭けてゲームしたり、一緒に買い物に行ったり、
まるでお互いが同級生みたいにじゃれ合って、きっと知り合いのどんな姉妹よりも仲良しだった。
それは、お姉ちゃんに彼氏が出来ても変わらなかった。
お姉ちゃんは頭が良くて、学校の先生にだって負けないくらいたくさんの本を読んでいた。
でも、高校生になってから、同じクラスの友達が夢中になってるメイクやアクセの話には、あんまりついていけてないみたいだった。
だから、お姉ちゃんが彼氏と出掛ける時なんかは、私の方が年上みたいにアドバイスしてあげられた。
「彼氏と町の方に行くんじゃったら、ワンピに合わせてこないだ買いよったミュール履いていかんと」
「そやけど、あれ長く履いとると足痛くなるんよ」
「どうせ車なんやし構わんじゃろ。それと、眉毛も抜いて形整えんといけんよ。お姉ちゃんの同級生たちがしよるみたいに」
お姉ちゃんの彼氏は地元ではちょっと有名な老舗旅館の息子で、今は東京の大学に通っている。
去年の暮に帰省した時から付き合い始めたらしくて、今年の夏は親の車が空いていればそれに乗ってお姉ちゃんに会いに来る。
まじめな顔をしている以外、とくに取り柄は無さそうだけど、感じのいい人だ。
私は夏休みで朝早く起きなくてもよかったから、夜になると、ベッドに寝そべったまま、
お姉ちゃんから彼氏と二人で何処へ行ったとか、そういう話を長い時間聞いたりした。
そのうち、私はお姉ちゃんのベッドにもぐり込み、するとお姉ちゃんは私をぎゅっと抱きしめて笑い合う。
そんなくすぐったいことを、しょっちゅう繰り返していた。
夏休みが終わりに近付いたある日のこと、
私はクラスの子たちと一緒になんとなく町の方へ行こうと、海岸沿いの道を自転車で走っていた。
すると、お姉ちゃんを乗せた彼氏の車が後ろからゆっくりとやってきて、私たちを追い抜いていった。
二人は話もせず、笑いもせず、ただ前の方に目を向けいて、
それでいて、私たちのことなんか目に入っていないようだった。
「おねーちゃーん!」
私は自転車を止めて手を振って叫んだ。
車は止まらず、ただゆっくりと進んでいった。
私は道路の傍らで、他の子たちがいる前で、振り上げた手を中途半端に下ろし、バカみたいな気分を味わった。
海岸で魚を干していたお婆さんが
「あの子、あんたのねえやんかい?」
と聞いてきたので、肯いた。
「ねえやん、××屋の息子とえらい寄り添うとったね」
私は返事をせず、自転車をこぎ出した。
お姉ちゃんのことで知ったふうな口を聞かれたのが腹立たしくて、怒りで顔が真っ赤になった気がした。
その晩、私が目を覚ますと、部屋の向こうにあるベッドにお姉ちゃんの姿はなかった。
お姉ちゃんと私は同じ部屋を使っていたから、私は夜なかに目を覚ましてしまうことがしょっちゅうあって、
例えば、後から部屋に戻ったお姉ちゃんが寝間着を探そうとして物音をたてたり、そんな些細な何やかやなんだけど、
私はそれがイヤじゃなかった。
けど、その日、私を起こしたのは、うちの前の通りに入ってくる車の音だった。
しばらくすると、車のドアが開き、二人の声が聞こえてきた。
お姉ちゃんと彼氏の声だ。
彼氏の声は低くて、何を言っているのか聞き取れなかったけど、いつもより饒舌に喋ってるみたいだった。
お姉ちゃんはそれに対してあまり言葉を返していなかった。
それから、まるで走ってるみたいに早い踵の音がなり、うちの中へ入っていった。
表玄関の扉を閉め、お姉ちゃんはまっすぐに私たちの部屋へ入ろうとした。
けど、廊下でお母さんにつかまった。
お母さんはいつもお姉ちゃんが彼氏と出掛けると、帰ってくるまで眠りにつかず、じっと耳をそばだてて待っているのだ。
「もう一時半になっちょるよ。せんどゆうたして、ちとかし早う帰らんと」
お姉ちゃんは何も言わなかった。
「楽しかったかのお?」
これがお母さんのいつものやり方だ。
私は、こういう時のお母さんはなんだか素敵じゃなくって嫌いだ。私が好きな外行きの顔を、いつもしていてほしい。
「うん、楽しかったけえ」とお姉ちゃんは答えた。
お姉ちゃんの声は、なんだかいつもと違って、調子っぱずれだった。
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